PandoraPartyProject
嵐の前の革命派
大きな両開きの扉に、ノックの音がした。
室内外にはそれぞれ兵が立っているので、おそらくは彼らだろう。
予想通りと言うべきか、室外の兵が扉を僅かにあけて顔を出す。三重半ばという顔立ちで、人によってはおじさんと呼ばれかねない年齢の兵だ。しかし、この場所では若造と呼ばれる範囲の年代である。
なにせここは鉄帝首都スチールグラード。鉄帝軍参謀本部。論理と知識の牙城である。
「アレクセイ大佐がお見えになりました」
「結構。入れたまえ」
対して、回答をのべた声はひどく幼かった。例え二十台が相手でもおじさん呼ばわりしてしまいそうな、ありていに記述して『幼女』である。
大人が十人以上はかけられる長テーブルの左右にそれぞれ壮年期をとうに過ぎた男達が腰掛け並んでいるその最奥。つまりはもっとも権力をもつ人間の座席に、その幼女は腰掛けている。
胸に下げた勲章や階級を示すバッジからは、彼女が将軍位――つまり左官にあたるアレクセイ大佐よりずっと上の階級。将官に座する人間であることがわかる。いや、それ以上に……。
「失礼致します――招集に応じ参上いたしました。グロース・フォン・マントイフェル将軍」
高級な絨緞を分厚い革靴で踏み、入室するアレクセイ大佐。
対して、幼女――グロース・フォン・マントイフェルは薄く笑い、椅子の肘掛けに顎肘をついてみせる。
「そう堅くなることはない、アレクセイ大佐。我々は確かに国家に忠誠を尽くす軍人であったが、今はその限りではあるまい?」
グロース将軍の言うとおりだ。
彼女もアレクセイも、この鉄帝国に長く仕えた軍人であることは確かだが、バルナバス新皇帝即位にあたって軍内部の統制を保つべく『あるルール』が儲けられた。
互いの心情や政治的派閥に対して、軍内部では不干渉の姿勢をとりあうというものである。
下士官の反発を恐れた上層部の消極的態度だとも、逆に上層部が不干渉姿勢をとらせる間に政治的に軍を支配するつもりだとも噂されるが、その信疑は定かではない。少なくとも混乱をもたらすのは確実であり、実際に敵同士が机を挟んでにらみ合うという異常な状態が何日も続いている。
だが一方で、この『新皇帝派』に属するグロース将軍が軍を強制的に統率しなかったおかげで、アレクセイは己の部隊を潰されずに済んでいるとも言えた。
特に『軍規』というものに対して狂気的なまでに忠実なアレクセイのような軍人にとって、軍人が軍を脱するという事実はテロリズムに等しい。たとえ皇帝が冠位魔種になったからとて、許されることではないと考えていた。
政治はマクロに言えば人と人のにらみ合いだ。勝手な事をすれば相手から殴られ、殴る人間がこちらの二倍いれば殺される。
グロース将軍は政治的にみて強力な軍事力を、軍内部でも特に多く保有する人物であり……それゆえに彼女が『好きにせよ』とこちらを放置することが、アレクセイ大佐からは不気味に見える。
事実、アレクセイ率いる『スチールグラード都市警邏隊』は新皇帝即位にあたって生じたモンスターの退治や、新皇帝派を名乗る暴徒の鎮圧を行っている。当然新皇帝派であるグロース将軍を刺激する行為だが、彼女は今のところなにも言ってこない。
ギアバジリカ防衛作戦や、新皇帝派軍閥である『アラクラン』への警戒にすらも、驚くほどの静観姿勢である。
当然、アレクセイは『軍内部での衝突』は避けているものの、『それ以外』の存在に対して一切の容赦をしていない。
逆に新皇帝派の軍閥が他派閥の民間人を攻撃することも多々あり、軍内部はフラストレーションをため込んでいる状態だ。
「かけたまえ」
グロース将軍が一番手前の椅子を指さした。
「は」と短く答え着席するアレクセイ大佐。左右をもう一度観察すれば、それまで煙草の煙でぼやけていた輪郭が露わになる。
新皇帝派の軍人や政治家、果ては魔術結社の長までもが座って居る。いつからここは新皇帝派の集会場になったのだろう。
そして今、『どの派閥にも属していない』アレクセイ及び都市警邏隊の立場は、危ういといえる。
「アレクセイ大佐。貴君等が革命派に下るという噂を聞いたが、真実かね?」
幼い声。しかし何十年と生きた人間の出すようなすごみのある声が、グロース将軍の口から漏れる。
「は。いいえ、クラースナヤ・ズヴェズダー革命派からの接触は受けましたが、下るということは――」
「では、ボリスラフ少佐以下ブラックハンズ部隊が革命派に加わることになるのかな?」
「…………」
遮るように述べたグロース将軍の言葉に、アレクセイ大佐は口を真一文字に結んだ。眼帯で隠れた片目を、どこか憎々しげに細める。
ボリスラフ少佐及びブラックハンズ隊。それは鉄帝軍に古くから存在し幾度も『総入れ替え』されてきた特殊工作部隊であり、過去にはショッケンのやらかしもあることから政治的には弱い集団だ。
彼らはギアバジリカとその一連の騒動によって破壊され、今では再開発されているモリブデン地区の自警を行っており、かつては聖女アナスタシアの部下であったボリスラフ少佐の背景もあって地元からは信頼をおかれていると聞く。
だがアレクセイからすれば、ギアバジリカによってテロを起こした『最初のブラックハンズ』であるアナスタシアも、ギアバジリカ奪取によって軍を出し抜こうとした『第二のブラックハンズ』であるショッケンも――そして軍からの命令を完全に無視しモリブデンに引き込んだ『第三のブラックハンズ』であるボリスラフもまとめて許しがたい存在であった。
「奇しくも今日、革命派の面々との交渉が行われるそうだ。現場を見に行くかね?」
「…………」
沈黙による否定。それがアレクセイ大佐のとれる唯一の行動であった。
アレクセイ本人の考えからすれば、今の革命派は『危険』だ。
だが同時に『正義』だ。
ギアバジリカ事件以降危険分子が排除され、弱者救済という理念に対してまっすぐになりつつある。
もし彼らから協力を求められれば、監視という意味も含めて合流を検討しただろう。
なにせ、今ではあの世界的英雄であるイレギュラーズが多数在籍しているというハクもあるのだから。
「ならばどうだろう。『私達』の派閥につかないかね、アレクセイ大佐?」
今にも葉巻を加えて煙をはきそうな、そんな表情でグロース将軍は薄笑いを浮かべる。
魔種に下った愚か者が。
どの口が。
のうのうと。
アレクセイの胸の中で煮えたぎるような怒りが湧き……それを、眼帯の下に隠した。
そしてまた、沈黙という名の否定を返した。
「結構……好きにしたまえ」
グロース将軍はその答えを見越していたかのように、笑みを凶悪に深めた。
※革命派がブラックハンズ隊のボリスラフ少佐との交渉を開始しました
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