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シナリオ詳細

<総軍鏖殺>タ・エナンティアの存心

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 歯車大聖堂(ギアバジリカ)――
 鉄帝国では観光名所として識られるようになったその場所は、元はと言えばある宗教団体と鉄帝国軍部が絡み合った未曾有の事件によって作り出されたものである。
 宗教団体クラースナヤ・ズヴェズダーの聖女アナスタシアは『スキャンダル』により団体の結束に亀裂を走らせ、その後、その身を深き闇へと堕とした。
 反転と呼ばれる事象。アナスタシアが酷く絶望していた事が察せられる。
 正しく磔の聖女となった彼女はギアバジリカの動力部に取り込まれ、帝都へと進軍せんと迫ったのだ。

 その場所も悲劇を忘れれば観光名所。シンボルの扱いだ。
 聖女アナスタシアは餓えた者達から物資を略奪し生き延びた過去がある。
 喉が渇けども汚水を啜るしかなかった悴む冬に幼子を放置し、己らだけ胃袋を満たしたことがある。
 だが、それも生き延びるためだった。
 女は悔恨よりクラースナヤ・ズヴェズダーで身と心を砕き、弱者の力となった。
 正しく『聖女』と呼ばれるようになるまで。
 凍えるような寒ささえ忘れられるようにと、女に積もった後悔は慈愛と献身となったのだ。
 ……それでも、過去は消えやしない。一度犯した罪は永遠に女の心を苦しめた。
 ――だから?

 現状を維持するしかないとでも言うのか。穏健に『何もしてやくれない政治中枢』と手を取り合うことを望むのか?
 見よ。
 広大な領土を。
 帝都にばかり集中した資源は寒々しい冬を乗り越えるために燃やし尽くされ熱となった。
 烟る街の饐えた匂いは強者が搾取をした証ではないか。
 トタン屋根を伝う雨水さえまだ恵まれている。雨風凌ぐ事も出来ずに路上に転がる幼子を見ても尚、奴らは何もしてこなかった。
 象徴だと言われたラド・バウさえもそうだ。
 恵まれているからこそ娯楽(ショー)を楽しむことが出来るのだ。
 飢え、眠ることさえ恐れる者達にその様な心の余裕などあるものか。

 見よ。
 ヴィーザルの子等は凍え、悴む掌を擦り合わせて飢えを凌いでいる。
 だと言うのに略奪者が襲い来る。平穏などは何処にもなく、勅命の下、大義名分を得たと虐げられるのだ。
 ならば?
 ――ならば、抵抗せねばならない。


『新皇帝』の勅命を受け、国内は阿鼻叫喚の渦に巻込まれた。
 それはクラースナヤ・ズヴェズダーの『革命派』とて同じであった。各地に潜伏場所を保有していた『革命派』はこの機をやり流すことは容易ではある。だが、民主的で平等かつ平和な国家の実現を掲げる彼等は現状を見過ごすことは出来ない。
 帝政派との連携を求める穏健派の生温さに痺れを切らした急進派は初志を忘れず行動を開始する。
 つまり――『鉄帝国政治体制の大変革』を求めて動き始めるのだ。
 革命派からの依頼を受けたイレギュラーズの前には只ならぬ雰囲気の一人の女が立っていた。
「……元々は真紅の髪をしていたのですが、申し訳ありません諸事情で色彩が可笑しくなってしまい――気になりましたか?」
 穏やかな口調で話すが彼女の醸し出す気配は決して気を許せるものではない。
『魔種』
 その言葉が脳裏に過ったのは間違いではないのだろう。女の名はブリギット。ブリギット・トール・ウォンブラング。
 ノーザンキングスの活動するヴィーザル地方のハイエスタの女である。
 雷神の末裔を自称するハイエスタとして生を受けた幻想種はその見た目の割りに永き時を生き、ウォンブラングを治めてきたそうだ。
 そんな彼女は今、革命派の一員として、そして『アラクラン』を名乗る新皇帝は軍人として帝都に身を寄せている。
「わたくしはとある事件で居所を離れることとなりました。……その時も武力に敗北したのです。
 ですが其れも過去。現状と比べれば、致し方がないことと割り切っています。ええ、『村の子供ら』を思えば心が痛みますが」
 目を伏せった女は雷神の末裔を意味するという金色の眸と、色彩の失せた錆銀の眸を気にするように掌で顔を覆った。
 憂う仕草一つさえ、美しく思えるのは女が高潔なるハイエスタを名乗るからであろうか。
「ヴィーザルは寒さも厳しく食物も少ない。故にノーザンキングスを名乗る者は僅かな資源を求めて帝都に手を伸ばしてきたのです。
 ……どうして、わたくしが此処に居るか? わたくしも革命派の思想には同意しているのです。

 ――幼子が餓え苦しむことの無き未来を。武力に怖じ気づく事の無いヴィーザルの平穏を。
   混迷する帝都を牛耳り、政の中枢を得ることで統率した和平を得た得なくては未来はない!

 その為には急がねばなりません。凍え悴む冬が来れば飢えは進み、子等は命を落としてしまう。
 その前に、わたくしは帝都を混乱より救い、平等を与えねばならぬのです」
 女の思想は理想でしかない。だが、其れを是とし動く者が居るのも確かだ。
 彼女の理念は『革命派』の中でも過激である事には違いは無い。
 だが、女が『魔種』であれど、『何者』であったとしても現皇帝が『冠位魔種』であるならば問題は無い。
 寧ろ、其れを打ち倒すというならば力が必要なのだ。女とは現状協力態勢にあることをアミナ司教は是認している。
「わたくしはこの国を救うが為に戦います。『アラクラン』……気になさっているかと思うので敢えて口に致しますが……。
 手脚として新皇帝派を利用しているのです。
 彼らが力を以て否定的見解を述べる者は斥けましょう。
 彼等は悪事を働くやも知れませんがそれも一時の我慢。この国を手に入れ平穏が訪れるまでです。
 時間が無いのです。この冬を越すためには急がねばならない。此の儘では冬が来て飢え死ぬ者達が増えてしまう。
 ――その為に犠牲は致し方ありませんでしょう?」
 美しく微笑んだ女は一息ついてからテーブルに広げた地図をとん、とんと指差した。

「クラインモール。スチールグラードの均衡にあるスラムです。
 この地に取り残された弱き民が存在しているのです。だと、言うのに天衝種が攻めてきた。
 此れを救わねばなりません。この民は『助けるべき存在』でしょう」
 出来る限りを救えばそれで良い。全部を救おうなどとは女も考えては居ないだろう。
 全てを救わんとするとどれ程の危険がつきまとうか――
「……わたくしが信用できるというならばどうぞ、武器の使用許可を。
 目的が同じだというならば助け合うことこそが本懐。わたくしは、悪人ではございませんもの」
 目を伏せってからブリギットは「ご決断を」と囁いた。女の事も気にはなる。だが、その前に――『救いの手』を差し伸べねばならないか。

 ――イレギュラーズの前を後にした女は気配を感じてぴたり、と足を止めた。
「『ドルイド』」
「あら、いらっしゃっていたのですか、ギュルヴィ。皆さんにご挨拶をしては?」
「冗談も達者に口に出来る聡明な貴女ならば分かるでしょう? 私が顔を出せば、彼等は貴女の手さえとりやしませんよ。
 私も貴女も『国を盗りたい』だけ。弱者を蹴落とすつもりはないのですから『今回は協力すべき相手』でしょうに」
「……さて、どうでしょう?
 新皇帝派たる『アラクラン』は弱者をも虐げ、敗者を狩ります。
 ええ、それはあくまでも『新皇帝』というシンボルに従っていなくてはならないから。
 此方にどの様な事情があれどもお優しいあの方達は許しはしませんでしょう?」
「そうですね。優しい彼等は全を救うことを求める! だからこそ、貴女に『彼等への依頼』を任せたのではありませんか。
『どうぞ、仲良く』『楽しい毎日を』過ごして下さいね。ブリギット――」

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 『餓える民』過半数の救出

●フィールド情報
 スチールグラード近郊に存在する『クラインモール』と呼ばれるスラム街。
 宗教団体クラースナヤ・ズヴェズダーはこの地で炊き出しなどを行ってきました。
 清潔な場所ではありませんが、住民達の姿が多く見えます。
 クラインモール内には天衝種が解き放たれており暴れています。彼等の目的は『弱者や新皇帝の指針に反する者を撃破すること』のようで何らかの指示を受けていそうです。

●『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラング
 ヴィーザル地方のハイエスタの女。幻想種であり若々しい見た目ですが高齢です。(前回登場、拙作『Fimbulvetr』)
 ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
 革命派では『多忙を極めるギュルヴィ』の名代として出入りをしているようですが……。
 どうやら彼女は新皇帝派『アラクラン』と呼ばれる軍人グループを所属し、彼等を利用しながら『国家に平穏をもたらす』為に武を持って国を制することを目的に掲げているようです。
 皆さんと一緒にクラインモールへ訪れ、民の救出に多少手を貸してくれます。

 接触したイレギュラーズは『分かる』でしょうが、彼女は魔種です。それでも、ここでは敵ではありません。
 何故ならば勅命は『強ければなんでもいい』と言っているのですから……。

 信用するかどうかはお任せします。彼女の手を借りれば天衝種の撃破は容易となるでしょう。

●天衝種
 全てバラバラにクラインモール内を歩き回っているようです。

 ・トニトルス 2体
 雷の狼。非常に巨大な体躯でとてもタフです。その体には雷を纏っているほか、詳細情報は不明です。
 ブリギットは最も強い天衝種はトニトルスだと教えて呉れています。

 ・ラースドール 15体
 古代遺跡から出土したパワードスーツに怒りが宿り、動き出した怪物です。
 非常にタフです。ハンマーのような長い腕による高威力近接攻撃や、機銃掃射による中距離扇攻撃を行います。ハンマー攻撃にはブレイクを伴います。

 ・ブレーグメイデン10体
 生前に激しい怒りを抱いていたアンデッドモンスターです。毒や病、狂気をまき散らします。
 怒り任せの衝撃波のような神秘中~超距離攻撃してきます。単体と範囲があり、『毒』系、『凍結』系、『狂気』のBSを伴います。威力は高くありませんが、厄介です。

●餓える民 約40人
 クラインモールの住民。大半は他スラムに逃げたり、ラド・バウ自治区に身を寄せようと移動を開始しているようです。
 何処にも動く事の出来なかった病人や怪我人、親を失った子供達、訳ありそうな者達だけが残っています。
 クラインモールは集合住宅を思わせます。其れなりに人の居る場所は目星が付けやすそうです。
 全員を救おうと考えると難易度は跳ね上がります。あくまでも過半数の救出が『ノーマル』難易度となります。

 ・人数の内訳は
 【病人・怪我人 10人】【子供達 15人】【訳ありそうな者5人】 【明確に犯罪歴がある事が判明している者 10人】
 犯罪歴がある者達はブリギットが把握していました。彼等はスリや窃盗で生き延びてきた者達です。
 イレギュラーズを見付けると子供達や病人を差し置いても我先にと救出を願い出るでしょう。訳ありそうな者達は出自を多く語りません。

 移動のしやすさは 犯罪歴のある者・訳ありそうな者>子供>病人・怪我人です。
 保護をしクラインモールの外にブリギットが用意してくれている革命派の馬車に連れて行くor天衝種を全部撃破、撃退しない限りは危険はつきまとうと考えて下さい。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <総軍鏖殺>タ・エナンティアの存心Lv:10以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年10月13日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
蘭 彩華(p3p006927)
力いっぱいウォークライ
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
流星の狩人
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵

リプレイ

●『ウォンブラング』
 その村は寒々しい荒野ばかりのヴィーザルにぽつねんと存在していた。
 ひりつくような寒さも、悴むてのひらさえ気にすることもない。
 彼等は雷神の末裔としての誇りを胸に過ごしてきた。

 ――おばあさま。

 呼ぶ声に、振り返ってからブリギット・トール・ウォンブラング (p3n000291)は穏やかに笑うのだ。
 ウォンブラングの指導者であるブリギットは永きを生きてきた幻想種であった。
 雷神の末裔として雷を駆使するまじないを得意とした『ドルイド』は穏やかな暮らしだけを望んでいた。
 ノーザンキングスとして、鉄帝国を牛耳ることを望んでいたのではない。
 ただ、変えたかっただけだ。
 飢餓に苦しみ、泥水を啜らねばならぬ生活を。
 凍え苦しみ、最も惨たらしい死を目の当たりに為ねばならなかった生活を。
 その様な目にウォンブラングの民が合わぬようにと護りたかっただけだった。

 ――おばあさま。

 ブリギットははっと顔を上げる。楽しげに笑い合う『革命派』のイレギュラーズ達。
 その様子を目の当たりにして『狂ってしまっている女』は穏やかに微笑んだ。
 ブリギット・トール・ウォンブラングには『村の子供達』とイレギュラーズの区別が付いては居ない。
 故に、『村の子供達』で、『ブリギットの言い付けを護る可愛い子』であるというならば、護らねばならないのだから――


 スチールグラードに点在しているスラムでは越冬の準備を行なう暇など無く、恐慌に陥る民達の様子が見て取れた。
 発された勅令により、国内は動乱に見舞われ弱者は虐げられるだけである。この『クラインモール』とて例外ではなかった。
 その地はクラースナヤ・ズヴェズダーによる炊き出しも幾度も行なわれ来た地である。即ち、弱者救済の対象になった事のある場所なのだ。
 勿論、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)にとっては見知った土地と言うことである。絶句し、眺め遣るスラムは閑散としていた。常ならば、泥にも臆することなく過ごす者達や花や拾い集めた鉄くずを売る子供の姿もあった。
 現在はそのような者達の姿は確認出来ず天衝種の唸り声が響いている。
「ついに革命が始まるんだねヴァリューシャ! 地道だけどがんばろー!」
 ヴァレーリヤの肩をぽんと叩いた『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は「うはは」と明るい笑みを浮かべた後、ヴァレーリヤの前に立っていた人影に気付いて瞬いた。
「ブリちゃんじゃん、おいっすー! こんなところで会えるなんて、運命感じない!? 暗躍捗ってる? ……なーんつって!」
「ええ」
 振り向いたその女の姿を秋奈は見たことがあった。だが、その時と随分様子は変化している。雷神の末裔たる金の眸は鈍銀へと変化し、美しかった紅色の髪も色彩が抜け落ちていた。
 暗躍、と秋奈が称したのは彼女は己を魔種であると堂々宣言した上でイレギュラーズ達に『革命派』としての仕事を依頼したからである。
「魔種だからって皆が悪い人っていうわけじゃない、それはわかってるけど……」
 それでも魔種である以上は警戒が抜け切ることはない。居心地が悪そうに身を捩る『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の傍らで神妙な表情をして見せたのは『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)。
「俺は知ってんだ……魔種にも分かり合えるヤツらは案外居るって。
 ブリギットさんもそのパターンだろ? 今の所、警戒は必要だが……信頼には信頼を、信用には信用で返してやれば良い、良くも悪くもな」
 一瞥すれば、『ドルイド』ブリギットは己をどう使うかもイレギュラーズ次第だと告げた。
 魔種とは世界を破壊する存在なのだという。『航空猟兵』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)はこの世界の不倶戴天の敵である『筈』の魔種の真意は未だ掴めずに居た。
「わたくしは魔種です。性質(ありかた)は分かりきっておりますでしょう。だからこそ、わたくしは包み隠さず申し上げるのです。
 ――わたくしは生きているだけで、活動を行なえば行なうほどに世界の破滅に至る『滅びのアーク』を蓄積させる存在。
 それでも、わたくしには叶えなくてはならない目的がある。故に、この地に参ったのです」
 その目的こそ『国盗り』。新皇帝であるバルナバスのやり方ではブリギットの求める未来は掴むことが出来ない。
 故に協力者であるギュルヴィと共に革命派が求める国家の掌握と、其れによって安定した政(まつりごと)の上に民の平等を成り立たせんとしたのだ。
「……鉄帝国の中枢を担わせられるかは別の話だが、人々を救いたい気持ちは近いようだな。
 無闇に敵対すればお互いが損をするし、ここはブリギットさんと協力したい」
 緊張しながらも『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はブリギットへと告げた。
 女は美しい笑みを浮かべたまま立っている。『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)はブリギットの反応を見定めるように視線を送った。
「わたくしを信頼できると?」
「信頼できるかは分かりません。けれど、やれることはやるべきです。ブリギットさんもお手伝いして下さいますか?」
 仲間が民の救出活動に向かう最中に『力いっぱいウォークライ』蘭 彩華(p3p006927)が担うことになっていたのはスラム街に点在している家屋の素材や家具などでバリケードを作成し出来うる限りの民を護衛する準備であった。
 拠点を作成することを説明する彩華の傍で焔は緊張に滲んだ汗を拭うように掌の力を緩める。
「信頼か。新皇帝に対して異議を申し立てるという意味では私達は同様の立場だ。
 鉄帝の政治事情には興味は無いが、強いたげられる者を見て見ぬフリをする理由も無し、かな。そちらもそうだろう?
 色々とキナ臭い話ではあるが、魔種と手を組むのも、住民たちを助けるためなら構わないさ。……これも同じ意見の筈だ」
 だからこそ、イレギュラーズの前に姿を見せたのだろうと『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は手を差し伸べた。
 魔種である以上、彼女ほどの強力な『護衛役』は居ない。道中にイレギュラーズが救えるだけ救い護送できればこの地でならば安心だ。
「ええ! 其れは勿論。わたくしは民草を救う革命(しそう)の元で遣ってきましたもの。
 それでも、敢えて問わせて頂きます。真逆、『この場所』の全てを救おうとでも?」
「……俺達は全員を救う。救おうと足掻く。
 だからそれに付き合ってもらいたいね。理想に説得力があるかどうかは、行動で示すものだろう?」
 淡々と告げたイズマにブリギットは薄く笑った。全くもって、理想ばかりである。
 全てを救いたいというならば、クラインモールだけでは全然足りないではないか。今も何処かで弱者が命を落としている。それがこの国なのだ。
「……クラースナヤ・ズヴェズダーが助けに来た――我らが声を聴け。全ての弱者に救いの手を。全ての者に平等な手を」
 掌を翳す。ブランシュは堂々と言葉を紡ぐ。
 それがたとえ魔種の手を借りる事になっても。
 クラースナヤ・ズヴェズダーは弱者救済を掲げているのだ。
「我々は全ての人を救わねばならないのです。
 この場所だけではない、この国だけではない。救いを求める者に、救いの手を――!」
 揺らぐ銀の髪。朗々と言い放ったブランシュを一瞥してから、ブリギットは「お若いこと」と唇に笑みを含んだ。
「けれど、わたくしは貴女が嫌いではありません。ええ、ええ、協力致しましょう」
「時間が無いぜ。まあ、今は細かいことは良いよ。魔種じゃなく『美人の幻想種』って認識しておけばいいんだろ?」
 救助のために地図を確認していた『ヤドリギの矢』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)は快活に笑った。
 細かくその立場を突き詰める時間さえも惜しい。クラインモール内に響いた獣の唸り声を耳にして狩人は走り出した。


 ヴァレーリヤは出発前のギアバジリカでのブリギットとの事を思い出す。
「ブリギット、貴女の真意はどうあれ今は仲間です。力を貸して頂けますこと?」
 そう告げたヴァレーリヤに「クラースナヤ・ズヴェズダーの皆さんは、お優しいこと」と彼女は笑ったのだ。
 それが司祭アミナが彼女を仲間だと認識したことを指しているのか、それとも別のことであるかは定かではない。
 だが、今は弱者救済を行なう手立てに『魔種の戦力』を投入できるのだ。迷っている暇など、悩んでいる暇などはなかった。
「……主よ、私に勇気を。彼らを救う力をお与え下さい」
 祈り指を組み合わせる。如何なる犠牲を払おうとも戦わねばならぬ場面が存在しているのだ。
 主は言う。疑うこと勿れ。信を持ちて進み凶暴な敵に当たれ。恐れるなかれ。神は我らと共にあり。我らの屍の先に聖務は成就されると。
 クラースナヤ・ズヴェズダーの教えを胸に進むヴァレーリヤと共にミヅハとイズマはクラインモール内を捜索していた。
 俯瞰的な視線でイズマはモール内の地理地形の整理を行なう。地図を確認していたミヅハとの認識が共通になれば一先ずは安心だ。
「作戦内容は俺達か別働隊が要救助者を馬車か拠点に連れて行く、だな。
 ブリギットが用意した革命派の馬車の護送もあるしやる事が山積みだけど、多少の齟齬はさっき擦り合わせることが出来た、筈」
「そうだね。クラインモールの外の馬車までの護衛もある。人手が足りないかもしれないが……」
 ミヅハは心配そうに顎に手を当て悩むイズマの肩をぽんと叩いた。連携し、『救助対象を馬車で逃がす』という根幹認識さえ統一できていれば状況に合わせて行動は出来る筈だと楽観的に――それでも、そのマインドはこの悍ましい場所では必須である――告げた。
「……敵より先に、俺達が保護するぞ」
「ええ。参りましょう。天衝種(てき)は餓えた獣。私達は家畜ではありませんもの。むざむざと喰われてなどやるものですか」
 周囲に蠢く天衝種。ヴァレーリヤのファミリアーは瓦礫の下を抜けて走り行く。ブレーグメイデンの気配を察知して、イズマは緩く頷いた。
 三体程度が疏らに散っているか。救助者の探索を優先し出来うる限りの不要な戦闘は避けておきたい。
「どうする?」
「……一先ずは彼等を避けましょう。此方が見つかったならば、戦う準備は出来ておりますもの」

 クラインモール内に響く助けを呼ぶ声。プラックは海より遠く離れたこの地でも『船頭』であるように仲間達を導いた。
「んー? たこくん、あっちかい?」
「ああ。あっちから何か聞こえる。ハリエットは?」
 スキップをするようにマフラーを揺らす秋奈の眸は常とは違った色を宿す。楽しげな口調に変化はないが、胸の内に本音を隠し続けているかのようである。
「進行方向に敵が居る。大きいね……トニトルスかな」
 ブリギットが最も強敵であると名指ししたそれが歩き回っている。渋い表情をしたハリエットにブランシュは「避けられますか」と静かな声音で囁いた。
「避ける路を探そうか」
「オーケーオーケー。さっさと助けちゃわないとね。私ちゃんも『釣り糸』の具合を確かめた――おっと、ヒミツだった」
 にんまりと笑う秋奈にブランシュは首を捻った。秋奈は何者かを待っている。周囲を確認してから彼女は声を潜めて「まぁ、さぁ……」と肩を竦めた。
「ブリちゃんが『信頼できるか』『信用できるか』って聞いてくるわけだ。
 私ちゃんだってブリちゃんのことは信用してないけど後ろの大物が釣れるまでは仏のおかお!
 あっちもこっちも同じだよ。セリフ(建前)とルビ(本音)がちょと違うくらいさ! 当たり前の生き方だかんね」
 後ろの大物という言葉にプラックは「フギン=ムニン」と呟いた。
「その名前、聞いたことはあるけどブリギットさんは言ってなかった。寧ろ、自分の背後にいるのは革命派に一枚噛んでる軍部の……『ギュルヴィ』?」
「そいつ、気になる訳だよ」
 当たりを付けておくのは悪い事じゃないでしょと秋奈は静かな声音で囁いた。その眸は笑ってなど居ない。
「……皆、思惑を抱えているのです。使えるものは使う、ですね」
「そうするしか無い。今は猫の手だって借りたい程なんだからな」
 四人はトニトルスと呼ばれる天衝種を避けるように路を外れる。もう一度、住民救助の際にこの路を通るかはよく話し合っておくべきであろう。
(錆びた鉄に、饐えた匂い。……ああ、この世界にもスラム街はあるんだね。そりゃそうか。
 この雰囲気を懐かしく感じるくらいには、召喚されてから時間が経ったんだね……)
 故郷を思えばこそ、ハリエットは妙な心地になった。鉄帝国のスラムは傾いだトタンの屋根が並び、過酷にも耐性ある鉄騎種を中心に越冬に恐れを成す獣種達が身を寄せ合っている。人の気配の失せたその場所に残された生活感は泥水を啜ろうが生き延びてみせるという人間の逞しさを感じさせた。


 クラインモール内に避難民を護衛するための一時的な拠点を作ることをゼフィラは目的としていた。
 既存の建物を、と周りを見回せど掘っ建て小屋が関の山――と言う状況にも心は痛む。これがスラムの在り方なのだろう。
「さて、今日はよろしくねブリギットちゃん! 一緒に拠点を作ろう!」
 手を差し出した焔にブリギットは不思議そうに瞬いた。細い指先は柔らかなアーチを描き、握手を求める焔は真っ直ぐにブリギットを見詰めている。
「……あ、戸惑ってる?
 ブリギットちゃんは魔種だし、この先で戦ったり、もしかしたら殺し合うようなこともあるかもしれないけど。
 それでも、今はここにいる人達を助けるために一緒に戦う仲間だもん、ちゃんと挨拶はしておかないと。そうでしょ?」
「……ええ。其れだけ素直である方がわたくしも受け入れやすいです」
 腹の中に抱え込んでいる爆弾。本音と建前で『魔種を受け入れる』と言葉にされる方が居心地が悪いとブリギットは囁いた。
 焔のように『殺し合うかも知れないけれど、今は協力者だ』とはっきり言われた方が受け入れやすいという事なのだろう。
 トタン屋根を被せ、公民館の代りのように使用されていた小屋を拠点とすることに決めたゼフィラは「補強をしよう」と提案する。
 仲間達が救助した人々が隠れられるようにとバリケードを設置し、天衝種が入り込まぬようにと障害物を用意する。
「それにしても、拠点の設営に回されるとは思っていませんでした」
「ブリギットさんなら『子供』を護る為に力を貸してくれると思ったんです。
 材料は適当に集めましょう。住民には申し訳ありませんが、この実情ならば其れ処じゃありませんしね」
 作業を進める彩華は機銃の弾丸や衝撃波を防いでくれる者でなくてはならないと告げて居た。天衝種は人々が動き出せばこの場所に集まってくる筈だ。
 ブリギットの様子を眺め彩華は「寧ろ、ブリギットさんは此処が一番だと思います」と頷いた。
「何故?」
「探索を行なうよりも拠点で子供達を護る方が向いていると思います。駄目ですか?」
 彩華の紅玉色の瞳をまじまじと眺めてからブリギットは「確かに」と緩く頷いてみせる。
 一先ずは足止めを出来るだけの準備を行なっておくべきだと彩華は着実に準備を続けて居た。
 ――何処からか、炸裂する戦闘音。顔を上げたブリギットは渋い表情をしているようにも思え、焔は苦々しい思いを飲み込んだ。
 魔種だから、殺していい。
 世界を救う大義名分で行なわれる人殺し。
 現状の鉄帝国は皇帝の勅令の下で殺しを働く者が居る。それと、自身等は何も変わりないのではないか。

 ――ぼくは、おまえたちをゆるさない。ひとごろし……!

 いつかの日、少年が叫んだ言葉だけが焔の体内を血液のように巡って、傷口から沁み出すように痛みだけを感じさせていた。
「……まだ、遠いですね」
「ああ。だが、避難民達が来る可能性もある。準備を進めようか」
 ゼフィラは目線を落し、瓦礫の上に立っていた。此処に住まう人々は、どの様な心地で過ごしていたのだろうか――?

 弾丸の驟雨が降り注ぐ。
 ラースドールの追撃を躱しきるには至らない。この先に救いを求める者が居るとプラックは気付いて居た。
「倒さなくちゃちと、キツいな」
 集合住宅のように続く長屋と、張りぼての住宅地を駆け抜けるプラックは歯痒い思いを抱いていた。

 ――助けてくれ!

 誰かの、声だ。「別方向か」と悔しげに拳を固めた。この先の救助者を助けなくてはならない。それでも、他の誰かが救いを求める気配がする。
 仲間を信じなくてはならない。それでも、だ。もしもヴァレーリヤやミヅハ、イズマが其方にいなかったら?
「どうしたのですか?」
 問うたブランシュにプラックは「別方向にも人影がある」と呻いた。兎に角救うことを目標としているイレギュラーズには非情な選択が求められる。
(数が多い……かと言って隊を別ければ、此方が窮地に陥る可能性さえあるのです)
 ブランシュは達の姿をなくした鉄の塊を勢いよくラースドールに叩きつけてから意を決したように問うた。
「『別方向に居るのはどの様な人ですか』」
 その言葉を絞り出したブランシュの意図に気づき秋奈は「ブランシュちゃん」と呼びかける。
「ハリエットさん、向こうに別働隊はいるですか?」
「……一応近くには居るね。ブレーグメイデンとトニトルスを避けてきたからかもしれない」
 天衝種の気配を察知して何方もが避けて動いてきた。それらが至っていない場所こそが救出対象の避難区域だ。
 故に、程近い場所に居るのが確かであった。
「ハリちゃん、あっちに任せられそ?」
「言い切れない、かな」
 ハリエットが心配そうに呟くが――眼前のラースドールを倒し、待っている子供達を救わねばならない。
 40名もの人間を全員救おうとするのだ。何度も往復し、出来うる限りの命を救うことは、あまりにも難しい。
(思い出すね。薄暗い路地裏を追われ、逃げ惑っていたスラム街での生活。
 今の私はそこにいる人を守る立場になった。……ほんと、不思議だね)
 もう大丈夫だと子供を抱きかかえたハリエットは何度目かの往復に疲弊を隠しきれずに居た。
 拠点で待ち受ける焔やブリギットに5人の子供達を任せ、彼等の話す情報を頼りに病人や怪我任の確保に走る。
「さっきの助けを呼ぶ声にはイズマさん達が向かったみたい」
「……なら、任せよう」
 ぎり、と奥歯を噛み締める。いざともなれば自身を囮に全てを引き受けるつもりであったプラックに秋奈は「皆で頑張んないとね」と声を掛けた。
 短期戦を目指し、打ち合ったとて撤退を行ない拠点の場所を嗅ぎつけられないように気を配る。無論、拠点で彩華がブランシュ達に告げた『人の気配が多くなれば嗅ぎ付けられる』という言葉が捨て置けない。
「病人の皆さんは自分で歩けないですから運ばないと行けないです」
「全員を一斉にとは行かないのが歯痒いね。何往復かしておこうか」
 ハリエットとブランシュの目の前には怪我を負った男に支えられている病に苦しむ女がいた。
「命も短いので、捨て置いて下さい。救われたい子達が居るはずです」
「馬鹿いうなって……全員助けてやるから……!」
 プラックが声を荒げ、秋奈が「そーそー、任せときなって、だはは! 私ちゃんたち正義の味方だし?」と明るい声を掛ける。
 天衝種の追跡を逃れきれないと別った際にはラースドールを惹き付ける役割を担い、出来る限り物音無く撃破することを四人は心掛けた。
 問題はトニトルスだ。巨躯の天衝種は稲妻の気配を身に纏い走り回っているという。
「……トニトルスが近い」
「身を隠そうぜ。拠点が嗅ぎ付けられちゃう」
 秋奈に頷いてハリエットは怪我人の背を撫でた。子供の手を引き、怪我任を担ぎ、余裕など何もない。
 だが、全員を救うと決めたのだ。過半数を自身等が。そしてもう一方が過半数を連れて逃げることが出来れば――プラックは「待て」と叫ぶ。
 イレギュラーズの気配を感じて顔を出した『訳ありげ』な男とラースドールが睨み合う状況になっていたのだ。
「くそ……!」
 プラックは己を囮にして飛び出す。その軀を支えるべくブランシュが武器を構え――トニトルスが獲物を待っていたと言わんばかりに飛び出した。
「隠れて」
 囁き、ハリエットが銃を構える。呼気さえ察されぬように。身を屈める。トニトルス、ブリギットが強力だと言っていた獣。
 只の一人では抑えきれない状態だ。傷だらけになりながらも青年はトニトルスを引き寄せた。
 目の前で引き裂かれた命に腹を立てている場合ではないと知りながらも、どうしようもなく全能なる正義の味方になりたかったのだ。
「ひっ――」
 ブランシュの背後で立った物音は自由に動き回る五体満足な女が出したものだった。
「……我らは平等に全ての人を助けます。それでも歩ける方は歩くように。これに逆らった場合、命の保証は出来ません。
 また、救出された後はイレギュラーズ及びクラースナヤ・ズヴェズダーの指示に従ってください」
「助けてくれるっての!?」
「……『従えば』です。静かに」
「さっさと助けてよ! 助けて! 子供なんて捨て置いてあたしを連れてッ――」
 ブランシュは嘆息した。犯罪歴がある女がブランシュの背後で怯えていた子供を押し退けて自身を救出してくれと叫んだのだ。
 目の前にはトニトルス。女の声に反応した獣の牙が迫る中、ブランシュはゆっくりと敵を睨め付けた。
 救えない者を斬り捨てることも、また勇気であるのかも知れない。


 振り下ろされた拳は怒りの儘に瘴気を放った。具合が悪いと告げる病院を背負い上げてイズマは走る。
 我先にとせがんでくる元・罪人に「待っていてくれ」と優しい声音で告げる。
「俺を!」
「……我儘を言う暇があるなら動けない人を運べ。自分勝手な事をしたら天衝種の前に放り出すぞ」
 罪人が舌を打つ。イズマは嘆息しながらも拠点へ向けて移動を開始した。泣き喚く子供を保護するように怪我人の女が背を撫でる。
 どうやら親子のようである。ミヅハは母親に「子供の手を握ってやっててくれ」と頼んだ。
 ずん、と地が揺れる音。トニトルスは一匹ずつ『奇妙なほどに均等に嫌な場面』に姿を見せた。
「俺が引き受ける、今のうちに連れ出してくれ!
 弱者を潰すのも、そもそも弱者だと見下すのも許しがたい思想だ。人の命を……天衝種になど渡さない!」
 子供を抱き締めるヴァレーリヤにイズマは叫んだ。幾度か救助対象を拠点へと移送し、そこから馬車へと護送しなくてはならない。
 拠点に着けば其の儘ブリギットを連れ添って馬車に向かう予定だったのだ。
 ミヅハは「最後の関門だな」と呟いた。拠点は目前だ。救出対象を巻込む可能性さえある。
 トニトルスとブレーグメイデンを相手取りながら、焔は「大丈夫」と子供達へと声を掛ける。
「ブリギットちゃんも助けて」
「ええ。子供達を犠牲になどさせません」
 杖を握りしめる魔種にゼフィラは『魔種の強力な力』を持ってすれば拠点を守り切れると認識していた。
 それは彩華とて同じだろう。ブリギット・トール・ウォンブラングが魔種である以上、イレギュラーズより強力な戦闘ユニットである事には違いない。
 彼女と手を取り合い、共闘状態の拠点ではブレーグメイデンは確かに数を減らしていた。
 だが、トニトルスこそが強敵だ。
「どうか先へ。ここで彼らを切り捨てたりしたら、あの子にも司教様にも顔向けできませんもの」
 ヴァレーリヤの脳裏に過ったのはあの冬を越えることの出来なかった『あの子』の事だった。
 いつか最後の審判が来たとしても再会は叶わないあの人も、腹を空かせ浅ましくもパンを食べてしまった己の罪を抱きながら『彼』を思う。
 膝から崩れ落ちそうになったとて彼等を護らねばならないのだ。
 目の前にはトニトルス。牙を剥き出す雷の獣を前に聖句を刻んだメイスは聖なる焔に包まれた。
 拠点の程近い場所での戦闘だ。拠点内に残された訳ありそうな顔をした者達は怯えたように身を縮こまらせている。
「少し辛抱してくれるかい? 必ず守ってみせるよ」
 ゼフィラはヴァレーリヤを支える様に聖体頌歌をその魔力を持って奏でた。ヴァレーリヤの隣では雷の気配を纏った女が立っている。
(ブリギットには立ち向かわない、か……?)
 ミヅハは夜(きき)さえ切り裂く鏃を構えながらその様子を見守っていた。
 立っているブリギットには傷の一つも無く、ヴァレーリヤは傷だらけだ。それが魔種という存在を敵と認識していないという意味なのかは定かではない。
「ああ、傷を……可哀想に」
 ブリギットがヴァレーリヤの頬を撫でる。その仕草が幼い子供にするものだと感じ取りながらミヅハは天衝種の排除に取り掛かる。
 放つミスティルテイン。大樹の剣にして、新芽の矢。それは迷宮森林の神聖なる気配を讃え、巨躯の獣を貫いて行く。
 早く助けろと飛び出した罪人が子供を押し退ける。線上に転がり出した子供をトニトルスの爪が傷付けた刹那に焔が「ひっ」と息を呑んだ。
(俺が救えるのは所詮、手が届く人だけ。やはり秩序を取り戻す政治は必要だ。
 だがそれには派閥も思想も個の力では足りないから……許せる範囲でいい、手を取り合ってほしいと思う――!)
 ブリギットに視線を送ったイズマ。彼女が協力的であれば、救えるはずだと考えずには居られない。
 遠く、天衝種より逃れるように走る音が聞こえる。追い縋るのはもう一体のトニトルスか。
「全員で迎撃しますか」
 囁く彩華にゼフィラは「やむを得ない」と構え――
「ッ、おにいちゃんが!」
 子供の泣き声が聞こえてブリギットが動きを止める。ハリエットは子供と天衝種、そしてプラックの前に身体を滑り込ませ武器を構えていた。
 秋奈とて同じだ。傷付き苦しげな表情を見せた彼女は『ブリギットの出方を見ている』。
「もう、おやめなさい――『―――――』」
 囁くブリギットはイレギュラーズの耳には届かぬ『呪文』を唱えた。
 天衝種達がぴたりと動きを止める。睨め付ける魔種は「ああ、可哀想」と傷だらけになったイレギュラーズの身体を抱き締めた。
「どういう……?」
 戦闘が膠着状態になった事には変わりは無い。
 ブリギットが何をしたのかは分からない。何らかの最終手段であったのかもしれない。
 詳細は不明だが、直ぐにでもこの場所を離脱してしまうべきだろう。
 元・罪人の罵声ばかりが響くその空間で傷を負い息も絶え絶えになった子供を抱き締めて「生きてる」と焔は呟いた。
 一度距離をとる天衝種達に降り注いだ雷は何かを指示しているかのようにも感じられた。


 拠点から馬車への護送を行なうイレギュラーズ達は、近寄らぬトニトルスに違和感を感じながらも先を急いでいた。
「テメェら、何やってんだよ! 俺を助けろよ! クソッ!」
「ッ、……そんなことを言っていると、助けてあげませんわよ。大丈夫、少しだけ待っていて下さいまし。絶対に戻って参りますわ」
 子供達と病人を先に護送したい。先に戦闘に巻込まれ命を失った犯罪者達とて救いたいと願った命だった。
 幼い子供達を一度安全域へと脱出させていたプラックは元犯罪者のその言葉に頭に血が上る感覚を覚えていた。
 何れだけ努力しようとも感謝の意志さえ彼等は見せる気も無いのだ。
「テメェ……」
 命を削り、心を絞られるような感覚を覚えたとて救わんと伸ばした手を払われるかのような感覚にプラックが歯噛みする。
「プラックくん」
「……アレも救助者だ」
 焔の声にプラックは頷き、馬車へと子供達を乗せているミヅハとイズマに視線を送った秋奈は遠巻きに見えるブレーグメイデンに警戒するように頬を掻く。
「だはー、もー、あれだなー? あんまり勢いありすぎるとだなー、私ちゃんにぃー会いたくなったー? なんつってなー!」
 秋奈は犯罪歴のあった男の腕を掴み上げる。つかつかと歩み寄ってきたブリギットは男を睨め付けてから。
「あ」
 ばちん、と音がした。意識を失った男の軀が倒れて行く。目を瞠った彩華が「大丈夫ですか」と駆け寄るが泡を吐く男は微動だにしない。
「ブ、ブリギットちゃん……?」
「殺してしまっても、良かったのに」
 呟いたブリギットの金色の眸に僅かな銀の色彩が差し込んだ。まるで『女の正気』が失われていく様子を眺めているかのようである。
「思いとどまって下さいましたの……?」
 ヴァレーリヤの頬にそっと手を当ててからブリギットは穏やかな声音で囁く。
「悲しい顔を『私の可愛い子供達』にさせる訳にはいきませんでしょう。
 ええ、けれど、害悪を殺してはならない理由は分かりません。これを此処を淘汰せねば、虐げられるのはあなたたちではありませんか」
「そ、そこまで弱くはない……筈だけどな……?」
 ミヅハが首を捻ればブリギットはその頭を『幼い子供』にするように撫でてから言った。
「いいえ、あなたはわたくしが護らねばならぬ可愛いウォンブラングの子供ではありませんか」
 鈍銀の光を帯びた眸が、奇妙な気配を宿して揺らめいている。その、奇怪な空気にミヅハは思わずたじろいだ。
「気を失っているだけみたいだね……」
 ホッと胸を撫で下ろしたイズマはブリギットは危険因子であると認識する。
 ブレーグメイデンは動かないか。此の儘全員で安全域まで撤退できそうではあるが、さて。
「……我々はまだ民主主義を仰ぐ同志と考えてよろしいですよ? ブリギットさん」
 ブランシュの呼びかけに振り向いたブリギットは悍ましい程に穏やかな笑みを浮かべていた。
「ええ。わたくしはあなた達と協力をする同志ですもの」
 おばあちゃんと呼んで下さいと微笑む彼女は只の人のようであった。
 その様子がどうにも胸につっかえた気がして焔は唇を引き結ぶ。
(同志、か……人を救う事が理想で、其れに協力するためなら種族は関係ない……?
 それでも、世界を壊す綻びなんだとしたら――……この世界に来て、随分と時間は経ったはずだけれど、まだ、難しいな)
 馬車の車輪が立てる音を聞きながらハリエットはブリギットを見詰めていた。
 嘗て、ヴィーザルに存在した村で『魔種に襲われ平穏を壊された女』。己に力があれば救えたと憤怒に駆られて力を熱望した女の在り方。
(ブリちゃんのことは今は目を瞑るしかないじゃん。しかもペストマスクマンが出入りしてるんだって話じゃん?
 私ちゃんと『お話』が必要な子かもだし、その時は楽しく盛り上がっとくワケよ。
 ……サンディくんとか呼んでな! ぶはは。黒だったら目の前で唐揚げと目にレモンぶっかけたらあ! ね、『戦神壱番(かなで)』)
 秋奈は目の前で気を失った罪人の首根っこを掴み引き摺るように歩くブリギットを眺め遣った。
 明確に救うと口にしていなければ、あの女は普通に男を殺して素知らぬ顔をしていただろう。
 それが人を救うために必要だったから。
 それが生き残る為に必要だったから。奪われる前に、奪わねばならない。
 それは磔の聖女とまでも称された『あの人』の絶望にも似ていて。
 ヴァレーリヤは祈る。
 例え、『天衝種』の宿した雷が、ブリギット・トール・ウォンブラングの雷と同種であると見抜いてしまっても。
 ヴァレーリヤは祈ることしか出来なかった。

 どうか、もう二度と『あの様なこと』など起りませんように――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
プラック・クラケーン(p3p006804)[重傷]
昔日の青年
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女

あとがき

 おつかれさまでした。
 ブリギットという魔種と革命派。これからどうなっていくのでしょうね。
 また、ご一緒致しましょう。それでは、また。『可愛い村の子供達』!

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