PandoraPartyProject

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砂塵の彼方へ

 瑞雨はフェニックスの気配さえ遠ざけた。生命の秘術(アルス=マグナ)が大樹へと未来を宿す。
 イレギュラーズ達は祝宴を、植林を――不安を滲ませる妖精達の保護を。
 降る雨に感謝を。恵みを喜ぶように雨の下で踊る幻想種達の姿を遠巻きに眺めながら少年は嘆息した。
 褐色の膚に、ペリドットの眸を持った少年は慈雨でも甘雨でもなく涙雨のように感じていた。
ベルは、満足したんだろうなあ」
 少年――リュシアンは家族のように共に過ごした友の名を呼んだ。
クラリーチェもそうだ。満足したんだろうな……」
 魔種に転じる。それを少年は叶えることの出来なかった後悔や嘱望のなれ涯てであると感じていた。
 その最期が満足行くものだったのであれば、魔種というこんなどうしようもない存在にも救いがあったようにさえ感じられた。
「救いかあ」
 リュシアンは流れの傭兵の息子だった。ほぼ孤児と云っても差し支えないほどに放任された家庭で育ち、『ラティフィ商会』に引き取られた。
 名目は一人娘のジナイーダの遊び相手兼護衛だ。
 同時期に傭兵団が盗賊を討伐したらしい。盗賊が連れていた丁度同い年位の少女も商会に引き取られた。
 彼女の名前はブルーベル。親が彼女にその名前を付けた理由は『印無し(名無し)』だったのだという。
 彼女はその名を嫌いニックネームで呼べと唇を尖らせていた。
 彼女は奴隷商人に拐かされそうになり反転の道を選び、リュシアンはラティフィ商会の一人娘が『惨たらしい実験』でキマイラに変貌したことに絶望して魔種の手を取った。

 ――くすくす、復讐なんて甘やかな毒。よろしくてよ。
   お好きになさいな? ショーを特等席で見せてくれるのでしょう?

 女の手を取ったリュシアンは各地で彼女の飼い犬のように働き続けた。
 女王蜂の指示は絶対。働き蜂としてせっせと蜜(つみ)を集め続けるだけだ。
 妖精郷アルヴィオンにも一枚噛み、カムイグラでは動乱を引き起し、ファルベライズではお好きになさいと背を押された。
 そこにジナイーダをキマイラにした男、『博士』の姿がある事を奴は知っていたのだ。
 退廃的で浪漫狂いの女は気紛れに深緑にも手出しした。
 とはいえ、女の本来のフィールドは幻想だ。青薔薇咲き誇る園へと遊びに出掛けた彼女はリュシアンやその部下達を森へと放置した。
 例えば、カロンの権能を分け与えられていたハンナラーラ等は物の見事に森を灼いていたわけだが――
「ハンナラーラもエルナトも自由気ままだしなあ」
 其れ等を監督しないで良いとされるのは色欲派閥が一枚岩ではないという事だ。
(ま、それでいいや。エルナトもハンナラーラもどうせ、関係のない存在と云えばそうだし。
 それでいい。それだから、ブルーベルの最期を見届けられた。
 アイツはクラリーチェの思惑にも気付いて居たから……。
 そうだな、クラリーチェに変な親近感でもあったんだろうか)
 クラリーチェは自身の身を闇へと堕としてでもカロンを倒す為の一助となった。
 その献身。彼女が友へと感じていた愛情に。家族を失った寂しさに。
 ……全てを堪えて居なければならなかった苦しさに。
 ブルーベルにとっても思う所があったのは確かなのだろう。
 もしも、クラリーチェがカロンの手を取っていなかったら? ――さて、どうなるかは分からない。
 定まった後の過去は変化することはないのだ。誰が、どう望もうとも。
 ならばせめて安らかな眠りが訪れることを眠るだけだった。
 リュシアンはひっそりと伽藍堂の大事を見下ろした。
 春の気配を讃えたその場所は、嘗ては小さな集落があったらしい。その名を、最早誰も知ることはない。
「フロース、お前も消えたんだよな」
 ぽそりと呟いてから、大樹を撫でた。その大樹に宿っていた精霊は消え失せ、此の儘静かに朽ちて行くのだろう。
 リュシアンは一本の樹をその地へと植えることにした。
 人知れず友であった魔種と、彼女と去って行った魔種を弔うように。
 ――もしも、誰かが見ていたならばこの樹は魔種が植えた呪いだと誹るだろうか。
 それでも構わない。だが、心優しい誰かが見ていてくれたのであれば、この樹を育ててやって欲しい。

 ふと振り向いた背後に、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
 ……屹度、気のせいなのだろうけれど。

「イレギュラーズは次に何処に行くんだ。アーカーシュ……鉄帝の天空の島か。
 そこには居ないだろうから暫くは顔を合わせなくて済むな。無駄に殺し合いなんて続けたくない」

 少年の目的はただ一つだった。ファルベライズ遺跡で相対することとなった一人の男。
 ――『博士』プスケ・ピオニー・ブリューゲル
 彼は屹度、あの砂漠に居るはずなのだから。


「やあ、ご機嫌は如何? 麗しの姫君リリ」
 傅いた男の声に紅色の瞳の女は「さあ、どうかしら」と笑った。
「少しばかり準備期間をくれるなら、君のために素敵なショーを用意しようと思うんだ。
 エルナトはもう帰ってきたかな?
 リリ、君だって其れなりに準備が必要だろう。宵の狼達も吼える日を楽しみにしているはずだ」
「エルナトは――……ふふっ」
 意味ありげに微笑んだ女――『リリ』と呼ばれた彼女は唇をぺろりと舐めた。
「それで……ピオニー。これからに期待してもよろしくて?」
「勿論。其れなりに時間を頂戴すればね。実験には其れなりの準備が必要だから。
 天空の島の遺失技術静寂の海に潜む魔物。それらの気配が遠離った頃に彼等にご挨拶をしよう」
 男は傅き、臣下がするように恭しくもその髪へと口付けた。
「麗しのリリ、旅人である我々は誰かに狂わされたわけではなく、元から狂って居た。
 魔種なんて性質をも変貌させる原罪などでは計り知れない魂の在り方だ」
「……エルスは逢いに来てくれるのかしら?」
「プリンセスには準備時間も必要だ。とびきり美しくおめかしをして出迎えてやろう。
 彼女はとびきりのVIPだろう。丁寧に持て成す用意をしなくてはね。
 さあ、リリ。今暫くお眠りなさいな。
 其れから、次に目を覚ましたならば『ラサ』は貴女の物となるでしょう――」

 ※アルティオ=エルムでは『祝宴』が行われます。
 ※砂塵の彼方で『旅人』らが暗躍しているようです――

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