PandoraPartyProject

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罪冠カプリッチオ

「……ああ」
 煉獄の少女は実に気だるく溜息を吐いた。
「ああ、本当に臭う。心底鼻に突く。単なる悪臭よりも、もっと、もっと。
 本当に貴方って何時お会いしても陰鬱な風情を纏っておりますのねぇ」
 冠位色欲を有するこのルクレツィアは原罪たるイノリが定めた幻想の『担当』だ。
 神託の成就の為に、滅びに対抗姿勢を取るイレギュラーズを相手取る戦いは世界各地で続いている。
 何れも絶大な権能を有する大魔種『七罪』は何時如何なる時のイレギュラーズにとって、世界にとっての最大の敵で在り続けている。
 ……それを前提に。影なる空間で行われたこの『会談』は実におかしなものであった。
 向かい合う内の一人は少女。先述のルクレツィア。冠位を持つ最強の魔種の一角である。
 状況を異様なものに変えているのはもう一人――男の方だ。
 彼こそ今、幻想を大いに騒がせている事件の主役の一人である。
「で、あるか? 身なりには十分気を使っているのだがな」
 惚けたように口角を歪めたルクレツィアをいなしてみせたのはヨアヒム・フォン・アーベントロート。
 幻想の名門、かの国の汚れ仕事の大半を管轄するアーベントロート家の当代当主その人であった。
「それに言われた筋合いではないぞ、ルクレツィア殿。
 そなた等、魔種の臭いこそ、唯の人間には大いなる毒となるではないか?」
「旅人は反転なさらないなら良いのではなくて?」
「狂う事はあろう?」
「狂った人間が言うなら、いよいよ説得力も増しますわね」とルクレツィアは肩を竦めた。
 但し彼女はそんな唯の事実に何ら責任感は覚えていない。
 アーベントロートの当主がこんな風なのは自分の所為ではなかったし、ずっと昔からの事だ。
 第一狂気の伝播如きで『こんな怪物』が産まれるとするならば、七罪の仕事はずっと楽に違いない。
「それで、貴方。随分と派手に遊び始めたようで。趣旨変えでもなさったのかしら?」
「然り。愛娘の成長に目を細める日々だったのだがな、この程は随分と面白くも無く。
 ルクレツィア殿。正直に申して、『アレ』では我がアーベントロートの血脈足り得ぬとは思わぬか?」
「……成る程、アーベントロートの係累に『貴方らしさ』を求めるなら落第点は免れないでしょうねぇ。
 あの可愛らしいお嬢様――最近そこまで性格がお悪くないもの」
 ルクレツィアの皮肉にもヨアヒムは機嫌を損ねる様子も無く「アレでは期待外れだ」と頷いた。
(嗚呼、それでか。本当に性質が悪い。彼からすれば『収穫』を早めたに過ぎないのでしょうけど。
 ……多少の失望は感じますわね。確かに。これ以上時を置いても腐るだけでしょう。
 ならば、せめても『マシ』な内に――といった所かしら?)
 ルクレツィアは享楽的で身勝手で――或る意味で自身に似たリーゼロッテの事を良く知っている。
 彼女の危うさはとても心地良い仕草であり、同時に目の前の男が求め続けたものであると知っていた。
 演出家は往々にして予定外を嫌うものだ。それが傲慢で身勝手である程に。
 そしてルクレツィア自身、それを厭と言う程に知っている。
「気の長いお遊びでしたこと」
「いいや、そうでもない。それはそなたも同じであろう?
 他に楽しみも無い世の中なれば、娘を愛で続ける時間は決して悪いものではなかっただろう」
「……まぁ、十年だ二十年を『長い』は確かに違ったかしら。
 何れにせよ、幻想の担当は私です。今はカロンにも付き合っているし――
 念の為に確認いたしますけれど、貴方のお遊びは私の邪魔になりはしないのでしょう?」
「むしろ、幻想の乱れはそなたの望む所ではないのかね?」
「ええ。ですから単なる確認です」
 ルクレツィアは『担当』が騒がしかったから『知っている人間』のもとへ顔を出しただけの話だ。
「では、もう用はありませんわね。ごきげんよう、精々お励みになりなさいな」
 手短にそう言って踵を返し、後ろ手をひらひらと振って見せる。
 敵対しないなら許容の内だ。関わりたいとさえ思えない。
(本当に厭な臭い。鼻が曲がりそう。こちらにまで染みついてしまいそう――)
 七罪は或る意味において人間を愛している。
 その罪の一つ一つを肯定するものだ。
『さりとて、七罪でもその一切を認めたくならない人間は存在するという事なのだろう』。

 ――本当に、『気持ち悪い』――

 ルクレツィアは最初からこの男(フリークス)を人間であると思えなかった。

※リーゼロッテ・アーベントロートは逮捕に反抗、指名手配が掛けられているようです……
 そしてクリスチアン・バダンデールが動き始めました……!

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