PandoraPartyProject
古へ語り、明日る今日
「――と、言うことだそうですよ。オーナー?」
終焉(ラスト・ラスト)と記憶されるこの混沌世界の底の底。その地に揺蕩う乙女の気紛れを前にしても表情を崩すことなくリュシアンは静かに告げた。
「まあ。カムイグラ、でしたかしら?
オニーサマにお聞きしても『存在(ある)ならば存在(ある)のだろう』としか教えて下さらなかったですけれど。
ふふ、鬱蒼とした澱の森。時間を止めた澱み、情愛の欠片とそれ以上の呪い――
気まぐれな運命で見つけた『乙女』はいい仕事をしたみたい」
うっとりと笑みを浮かべたのは『七罪色欲』ルクレツィアだ。酷く感情的で酷く危険な悪名高い――『女の子』を体現した彼女の問い掛けにリュシアンは「そうですね」と返した。
深緑の森で失意に濡れた少女を見つけた際を思い出す。リュシアンにとってその呼び声は「ちょっとした玩具位にはなるだろう」位の思い付きに過ぎなかったが、反転した少女が『神隠し』に逢った事でその思惑は大いに崩れたと言える。まぁ、その後の話は知っての通りだ。『面白い物語』を見られたとルクレツィアが喜んでくれたのだからリュシアンにとってはこれ以上はなかったのだが――
リュシアンにとってルクレツィアは救世主だ。世の中の不運へと抗う手段を渡してくれた享楽的な悪魔(おとめ)。故に彼女が『喜ぶ事』を手伝うのは彼の使命でも在る。魔種の多くがそうであるように彼も己が為に世界を侵せる者だった。そこに善悪の理屈はない。尤もブルーベルのようにそれでも割り切れない個体も居ない訳ではないのだけれど。
「まあ、エルメリアはよく働いたと思います」
「ええ、ええ、混沌大陸とは違う果ての地に魔の種を芽吹かせる。
エルメリア(あのこ)は貴方の見込み通りでしたわね、リュシアン。勿論、最後まで上手くいくとは限りませんもの。
それでも。ザントマン(あれ)が暴れ続けてくれたお陰で、滅び(アーク)は十分に感じる事が出来ました。
きっとオニーサマも褒めて下さるわ。私も嬉しいし鼻が高いというものでしてよ」
カムイグラの動乱、その終結は『終焉』にとっては百点を付け難い結末だった。
しかして、覆水が完全に盆に返る事など有り得まい。
滅びのアークにより生まれた命を肉腫(ガイアキャンサー)とするならば、それは決して絶える事のない生命を帯びた呪いに他なるまい。やがて其れがカムイグラと言う地から世界へと広がるのも時間の問題と言えるだろう。
舞台に上がるならば顔見せは必要だという事だろうか?
演者についてより深く知って貰えた良き機会だっただろうとルクレツィアはやけにリュシアンを褒め続ける。
(……オーナーがこんなにも褒めるってんだから、何かあるんだろ。面倒くさいことがさぁ……。妖精郷の時にブルーベルも随分苦労してたしな……)
饒舌な乙女の言葉を聞き流しながらリュシアンはその顔面に笑顔を貼りつけていた。
女の感情を逆撫ですることなく、女の感情を手玉に取ることなく、少年は『可愛い可愛い男の子』を演じるように彼女の欲しい言葉を連ね続ける。そうした機微を知る事は特にこの冠位色欲を相手にして『長生き』するコツである事は知れていた。
「黄泉津瑞神が『けがれ』に濡れたのは、素晴らしい演目でした。
祓われたとて、再誕したばかりの幼い神が本来の力を取り戻すまでは時間を有する事でしょう。
……ええ、アルバニアの手前放っておきましたけれど。アレももう無い。
ならば少しお手付きしておいた方が良い場所でしたもの。オニーサマにもしっかりとご報告いたしましょうね」
「はい。『始』様には宜しくお伝えください」
「まあ、リュシアン。オニーサマに何て他人行儀な。
アレは私のオニーサマだし、貴方達の親でもあるのですよ」
「オーナーの愛しの方を名前で呼ぶほどに無礼でもないんで」
ルクレツィアが目を伏せたその隙に「それじゃ」と背を向けたリュシアンへと小さく笑みが降った。
ああ、厭な気配だ。七罪の縄張りですらない手も付かぬ場所に『悪戯』出来た功績を褒めて貰うだけなら良いが――何かの素振りを見せた時点でリュシアンは「何ですか」と振り向かない訳に行かないのだ。
面倒くさい、と口に出してしまえる『七罪怠惰』のカロンや、その下に付く幼馴染み(ブルーベル)が羨ましくなる。
「そういえば、リュシアン。貴方の『博士(センセイ)』が研究していたアカデミアってラサではなくって?
……願いの叶える秘宝(エリクサー)――色宝なんてもの、ひょっとして知って居たり?」
ぴくり、と指先を揺らがせたリュシアンに「カロンの駒(ブルーベル)も、貴方の幼馴染みだったかしら?」と笑み零す。
肝胆を寒からしめる、この女の厭な所を凝縮したかのようなネチリとした口調だった。
「アイツは関係ないでしょう」
「うふふ、友情に厚いのかしらね! 嫌いじゃなくてよ。なら、ジナイーダは?
貴女が救いたかった存在。力ない儘、死んでいった可哀想な女の子も関係しているのかしら」
「……まあ、どうでしょうね」
「さあ、リュシアン。お散歩なら行っていらっしゃい。
ええ、ええ! 女の束縛ほど嫌われるものはありませんものね!」
「見てくるだけですよ」と吐き捨てるように言って姿を消したリュシアンの背中に「運命って悪戯なものですわねぇ」と零す。
うっとりとして唇に指を当てたこの乙女は終焉に属する魔種達の中でも最悪を極めているに違いない。
*領地でRAIDイベント『色宝争奪戦』が終了しました!
この結果により『ファルベライズシナリオ』に影響が生じる場合があります!