シナリオ詳細
<黄昏崩壊>破毒の檻、人竜の覚悟
オープニング
●ザビアボロス
ベルゼー・グラトニオスは限界を迎えつつある。
『先代』――いや、今や再びザビアボロスの名を奪い取った、真なるザビアボロスは、静かに呼気を吐きだした。
『愚かなものだ』
口にすれば、苛立ちと嫌悪がにじみ出てくる。下らぬ亜竜種(ニンゲン)どもに情けをかけるベルゼーという矛盾した存在も、彼に付き従う矜持を失った竜種どももだ。
自身がその気になれば、ベルゼーすら討伐できるだろう、とザビアボロスは思う。それが事実か傲慢さかはさておいて、そう思えるだけの実力をザビアボロスは持っていたし、ザビーネの持つ怨毒などとは比べ物にならぬほどのそれを運用することができることも事実だ。その毒は、ザビーネと名乗った、もはや名もなき竜すら、その力で抑え込むことができるほどに。
『下らぬ――実に下らぬ。ヘスペリデスも、人間どもも、一度洗い流した方がいい』
す、と、ザビアボロスは立ち上がった。その骸骨のような体をゆるりとふるい、
『そこで見ているがいい、もはや名もなき竜よ。
だが、今の貴様では、せいぜい亜竜どもに食われぬようするのが精一杯か?』
嘲笑するように、ザビーネに言い放つ。不意の一撃を食らったザビーネは、未だ立ち上がることがでいない。いや、それどころか、周囲は毒素に塗れた沼に覆われ、もはやそこから這い上がることすらできまい。
ザビアボロスが飛翔し、いずこかへと消えていく。ザビーネは、ぐ、と息を吐きながら、つぶやいた。
「……その毒を以って、この地を洗い流すおつもりですか……?」
そうつぶやいた。脳裏に浮かぶ。ベルゼーとともに訪問した、亜竜種の里のニンゲン。観察した、精一杯に太陽に顔を向ける花。相争いながら必死に生きる甲虫。自分の手で溶かして殺した練達のニンゲン。
「私はいい……ですが……ですが……」
過ちを犯した自分には、相応の罰が下るべきだろう。だが、他のものに理不尽な終わりを与えてはならない。生命とは、生きるべきだ……その先に破滅が待っていたとしても、自分の足で、選び、歩き、生を全うするべきだ。
あたりに塗れる、毒素の泥が、どろりと動いて、ザビーネを檻のように包んだ。その内部は、高濃度の怨毒によって満たされた、死毒の檻である。並みの竜では、耐えられないようなそれに、ザビーネは意識をぎりぎりで保ち続けた。
「何とか……しなければ……」
だが、今は彼女にできることは、無いのかもしれない――。
●共同戦線
ヘスペリデスに異変が起こった。ベルゼー・グラトニオスは限界を迎えつつあり、その力故にヘスペリデスは崩壊の兆しを迎えている――。
その最中で。対応に追われるイレギュラーズたちの前に、二人のレグルスは再び姿を現した。
「……ムラデン、ストイシャ……!」
驚く様子を見せたイルミナ・ガードルーン(p3p001475)へ、しかしムラデンは、いつものこちらを挑発するような鳴りを潜め、酷くまじめな顔で声を上げた。
「君が僕たち――特におひいさまに不快感を抱いているのは知ってる。でも、今はちょっと話を聞いてほしい」
その言葉に、イルミナは僅かに、息をのみ、それからゆっくりとうなづいた。
「どうぞ」
「有難う。単刀直入に言う。君たちの力を貸してほしい」
「それは」
セレマ オード クロウリー(p3p007790)が、静かに言う。
「どういう意味だ。竜らしくないじゃないか」
「おねえさまが危ないの」
ストイシャが言う。
「先代様は、おねえさまからザビアボロスの名をはく奪した。今、本拠地の方でつかまっているの」
「あのザビーネがか……!?」
アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が驚きの声を上げた。あの、恐るべき力を持った竜。それがいいようにやられたという事実が、にわかには信じがたい。
「それほどまでに、先代ってやつは強いってことか」
「ぶっちゃけ、僕たちが束になって勝てるかどうかも怪しい」
ムラデンがそういう。彼もまた、竜なりのプライドを持っている。その彼がそういうということは、つまり事実であるということだ。
「こういっては何だが」
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が言う。
「敵対する竜が、内々でつぶしあってくれるなら、こちらにとっては好都合……という見方もできるぞ?」
もちろん、本心からそう思っているわけではない。そう思われることを承知で、何故彼らは取引を持ち掛けたのか、ということだ。
「もちろん。ただ、同時に、おひいさまの存在が、先代を倒すカギになると思う」
「先代の毒に対抗できるとしたら、お姉さまのそれ以外に考えられない」
ストイシャが、必死の様子でそういう。
「先代……ザビアボロスは、俺達と敵対するつもりなのか?」
イズマ・トーティス(p3p009471)が尋ねるのへ、ムラデンはうなづいた。
「先代は、いっそヘスペリデスを、自分の毒で洗い流すつもりだ。それは、君たちも望む所じゃないだろう?
君たちはベルゼーを倒すつもりなんだろうけど、その邪魔にもなりうる。
つまり、今やザビアボロスは、僕たち共通の敵だ」
「だから、協力してほしい、ですか」
水天宮 妙見子(p3p010644)がそういうのへ、ムラデンがうなづいた。
「はっきり言う。僕は、君たちは使えると思ってる」
それは、ムラデンとストイシャが、気まぐれのように押し付けてきた依頼、それを成功させたがゆえに築き上げた、信用とでも言うべきものだった。
「頭を下げろというのなら下げてやる。靴を舐めてやってもいい。おひいさまをたすけたい。君たちを利用させてくれ」
その眼は、真剣そのものだった。ストイシャも、そうだ。どっかおどおどとしていたストイシャの瞳は、今は真っすぐ、恐れることなく、こちらを見ている。
「……作戦は?」
ソア(p3p007025)が言った。
「あるんでしょ? どうするの?」
「私たちとあなたたちなら、私たちの方が強い。竜だから。
だからこそ、あなたたちが、本命」
ストイシャが言った。
「私たちが、眷属のアリオス竜の相手をする」
「なるほど、ザビアボロスは、私たちをそもそも戦力として数えていないのですね?」
新田 寛治(p3p005073)が頷く。
「話を聞く限り、ザビアボロスは強く人間を見下している。もしザビーネさんを救出するとしたら、それをやるのはムラデンさんとストイシャさん、お二人だけが脅威だと、ザビアボロスは考えているはずです。
だからこそ、我々は自由に動ける」
「めがねのは話が早くて助かる」
ストイシャが目を輝かせた。つまり、ローレット・イレギュラーズは、ザビアボロスにとってノーマークの存在なのだ。だから、ローレット・イレギュラーズを妨害するための専用の策や戦力などは存在しない。逆に、ストイシャとムラデンを妨害するための戦力や策は、唸るほど用意してあるはずだ。だから、ムラデンとストイシャは、そのすべての戦力を引き受け、その間にイレギュラーズが内部に侵入する……!
「だから、私たちが囮になる。竜種、あそこにいるのは眷属のアリオス竜だけど、そのアリオス竜は、私と、弟(ムラデン)で、全部相手する」
「心配なんてしてくれるなよ? 僕と妹(ストイシャ)なら、百戦して百勝できる――その隙をついて、君たちは内部に侵入して、おひいさまを救出してほしい」
「わかった、任せてほしい」
零・K・メルヴィル(p3p000277)が言った。
「他に敵はいるのか?」
「アリオス竜は僕たちが全部相手をする。必要なのは、亜竜や毒の魔物たちの相手だ。もちろん一体や二体倒せばいいわけじゃない。山ほどいるだろうから、数は絶対に必要だ」
「任せろ」
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が頷いた。
「俺がすべて、タナトスの名の下に葬送してやろう――」
「よし、こちらでも攻撃メンバーを集める」
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が言った。
「この依頼、引き受ける。必ず、ザビーネを救出しよう」
「それじゃあ、細かく作戦を立てるよ」
チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)が頷く。
「頑張ろう! 必ず、やり遂げるんだ!」
「……はい。思ったのとは違う形ですが」
ムサシ・セルブライト(p3p010126)が、言った。
「改めて、見せてやります。人の、可能性を」
真っすぐに、ムラデンとストイシャの瞳を見据えた。
「たのんだよ」
ムラデンは、に、と笑って、頷いて見せた。
「……おねがい」
ストイシャも、まっすぐに、こちらを見つめる。
果たして突発的に発生した、竜と人の共同戦線。
その結末は、如何に――。
- <黄昏崩壊>破毒の檻、人竜の覚悟Lv:40以上完了
- GM名洗井落雲
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年07月02日 00時05分
- 参加人数63/63人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 63 人
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参加者一覧(63人)
リプレイ
●竜は飛び、人は駆ける
空を、いくつもの影が覆っている。
それをよく見れば、翼持つ巨大な存在だと気づいただろう。
生命の頂点に立つ存在。竜。明星種『アリオス』と呼ばれるそれらの竜は、竜とカテゴライズされる生命の中では、年若い、或いは力も弱い、とされる。
だが、それも『竜の中では』という話だ。アリが人間に挑む際に、『人間の中では子供である、力なき者である』と言われたところで、何の慰めになろうか。
「けど、君たちはただのありんこじゃないって思わせてもらうよ」
そう、ムラデンと名乗った少年は言った。ムラデンもまた竜であり、人の姿をとれる将星種『レグルス』に属する上位の竜だ。
「調子が出てきたいみたいですね?」
妙見子がくすりと笑った。
「ほんと、頭下げるだの靴舐めるだの言ったときは結構心配しましたよ。
調子狂うといいますか。
あんたは、上位存在として、人間を小ばかにしてればいいんですよ。
そう言うものでしょ?」
「……やりこめられた気分だ。あとで煽って遊んでやる」
に、とムラデンは笑った。
「いい?」
と、ストイシャ――彼女も将星種『レグルス』竜である――が声を上げた。
「あっちのアリオスは、私たちで何とかする。予定通り。『あのくらいなら、敵じゃない』。でも、『倒すのが精いっぱい』」
「『目的』を達成するのは、俺達というわけだ」
マカライトが言う。
「漸くマトモに『依頼』されたな。
まずは俺達がここで派手に立ち回る。その隙をついて、突入&退路維持部隊、そしてザビーネの救出部隊が突撃する」
「ルートの維持は、オイラたちに任せて」
チャロロが言うのへ、非正規雇用が、フン、と鼻を鳴らした
「目立てないのは残念だが。だが、得てしてこういう役割の方が重要かつ大変なものだ。
完遂させてもらう」
「お願い。終わったらお菓子をあげてもいい」
ストイシャがそういうのへ、チャロロがにこりと笑った。
「楽しみ……だけど、なんだか餌付けする感じで言ってない?」
「ザビーネさんの救出に関しては」
寛治が言う。
「『その案件、私にお任せいただけませんか?』
囚われのお姫様の救出、心得がございますので」
「たのむよ、メガネの。それから」
ムラデンがそういって、イルミナの方を改めてみた。複雑そうな表情をしたイルミナへ、ムラデンは言葉を紡ぐ。
「君がおひいさまを嫌っているのはわかる。そのうえで、おひいさまと戦って生きて帰ってきたくらいの、君の力を利用させてもらいたい。
今だけ、お願いしたい」
「わかってるッス」
イルミナが、短く言った。
ひとまずは、それでいい。
「お願いね」
ストイシャが、そう言った。お願い、と。そういった。
「ふふー、まかせて」
ソアが笑う。
「今度はちゃんと、名前覚えてもらうからね!」
そういって笑った。
「ムラデン、ストイシャ」
ラムダが、静かにそういった。
「征くとしようか……その選択が正しかったと思えるほどにヒトの可能性……魅せてあげるよ?」
「……死ぬなよ」
ムサシが、真面目な顔でそう告げたので、ムラデンは、べぇ、と舌を出した。
「誰にもの言ってんの。君も死ぬなよ。再戦するんだろ」
「フランスパン」
ストイシャが、零に声をかけた。
「気を付けて。おねえさま、お腹すいてると思うから」
「頼まれた」
そう、零がうなづいた。ムラデンとストイシャが視線を合わせると、爆発的な気配が、二人を中心に広がった。刹那の間に、人間の姿であった二人の竜は、赤と、青の、本来の、竜としての姿をとっていた。
『始めるよ!』
『行って!』
ムラデンと、ストイシャが、そう叫ぶ。同時に、二匹の竜は飛翔した。無数に襲い掛かるアリオス竜たちの迎撃にうつる。同時に、地上にも無数の悪しき気配が満ち始めていた。あたりには、先代ザビアボロスの眷属であろう、亜竜、そして魔物たちの姿が次々と現れる。
「こっちも始めるか」
アルヴァが言う。
「……やるぞ」
その言葉に、仲間たちはうなづいた。
かくして悪意の間隙を突き、竜を救うための戦いが、始まろうとしていた。
●第一の戦線・前
上空には幾匹のアリオス竜がいる。それを、赤と青の竜が、やすやすと迎撃している。なるほど、大口をたたくだけあってムラデンとストイシャは「やる」らしい。だが、それを先代ザビアボロスも承知のようだ。アリオス竜はムラデンとストイシャの足止めのみに注力しているようで、つまり倒せずとも負けなければ、アリオス竜たちの目的は達成されている。
「これほど間近で竜を見ることができるとは、拙者も大興奮でありますが!」
成龍があたりを確認しつつ、そう声を上げた。
「それすなわち、こちらに流れ弾もくるということで――来ます!」
叫ぶ――同時、アリオス竜の吐き出した火炎のブレス、その破片のような火球が、イレギュラーズたちが戦う地上へと落下する。成龍の言葉を受けて、イレギュラーズたちは一斉に飛びずさる。流れ弾の爆風は、其れであっても、イレギュラーズたちの肌を焼く程度には激しい。
「常に注意を続けねばなりませんね……そのうえで!」
「こいつらの相手を、だ!」
マカライトが叫ぶ。飛び込んできた飛行タイプの亜竜が、マカライトを切り裂くべく、その牙で襲い掛かる。マカライトは妖刀でそれを迎撃すると、再び叫んだ。
「来るぞ! こいつらに、ムラデンとストイシャの邪魔をさせるな!」
現れた無数の亜竜は、イレギュラーズへの妨害というよりは、ムラデンとストイシャの妨害のために繰り出されたものたちだ。なぜなら、先代ザビアボロスは、人間を戦力として数えていないためである。故に、イレギュラーズたちの存在が、この地で輝く。まさに先代ザビアボロスにとって、イレギュラー・ファクターであるのだ。
「せん滅しようなんて考えなくていいよ」
ラムダが声を上げる。
「むしろ、ここで苦戦しているように見せた方がいい。先代の予想の範疇を超えない、ように見せかけてやった方がいいわけさ! とるべきは、遅滞戦術だ!」
「了解。隊列を維持して、とにかく耐えるんだ」
アルムが構える。
「傷はいやし続けるよ。絶対に、ここで死人を出したりしない……空の上の二人もね。
冥穣君、やろう!」
「ええ、まかせなさいな」
冥穣が、ウインク一つ。周囲の精霊に語り掛け、ネットワークを構築する。
「どこも見逃さないわ! 安心して戦って!」
「アタック、いきます!
亜竜どもなら、ド派手に暴れてる空の上のアレに比べれば虫同然……いやアレから見ればあたし等がそうなんだけど!」
ルトヴィリアが声を上げて、その手を振り下ろした。展開された術式が、世界終焉の帳を描いて、陸亜竜、空亜竜を包み込む。帳が内部の亜竜たちを痛めつけるや、そこへ武蔵の連装砲が解き放たれ、強烈な砲弾が、亜竜たちの頭を思いっきり殴りつける!
「行くぞ! 例え相手が誰であろうと、向かう先が何処であろうと!
救いを求める声あらば応えるのが、この戦艦武蔵であるッ!!」
「こ、このまま攻撃を続行しましょう……あ、あとで竜の血とかもらえないかな……?」
ルトヴィリアが弾幕を形成しながらも、ふへへ、とそうジョークを言ってみせるのへ、武蔵は笑った。
「頼んでみたらどうだ!? 意外とくれるかもしれない!」
「たぶん無理じゃないですかねぇ!?」
二人の『砲撃』は亜竜たちを抑え込む。一方、その横合いから殴りつけるかのように出現したのは、例えばサイクロプスのような、デザストルに住まう魔物たちである。
「島風! 増援来る!」
武蔵が叫ぶのへ、島風はうなづき、
「島風型駆逐艦 一番艦 島風 着任 v」
ぴっ、とポーズ。
「支援要請 受託 武蔵姉 地上防衛 ……まかせる」
そう、どこか不思議気な感慨を覚えつつも伝える。島風は走る――速きこと、島風の如し! 撃ち放たれた魚雷は宙を飛び、サイクロプスの顔面に突き刺さった。着弾、爆発。次々と突き刺さるそれが、怪物たちの進行を抑える!
「ノア、トール! 私が敵を集める! 一気に薙ぎ払うぞ!」
沙耶が声を上げ、タイニーワイバーンとともに飛翔する。追って、亜竜、そして魔物たちがごうごうとその後を追った。とはいえ、それですべての敵を引き付けたわけではないという事実が、この戦線が激しい戦いを繰り広げているという証左ともなっている。
「助けを求められたのなら手を差し伸べるまで! そこに種族や思想の違いは関係ありません! 必ず救ってみせます!」
トールが声を上げて、敵陣へと飛び込んだ。沙耶の集めた敵群へと、煌めく刃がさんざめく。
「巻き込みに気を付けてくれよ!」
「私は気を付けます、けど!」
「撃ち抜かせてもらうわ!」
沙耶、そしてトールの応酬の中、ノアはその手を掲げるや、二人の集めた敵に向かって、強烈な魔力の奔流を解き放つ! 放たれた魔力は、さながら光線のようになって、二人の集めた敵をそのうちに飲み込み、光芒の中へと消滅させていく。
「そうだったね! ノア、君も気を付けてくれ!」
沙耶が叫ぶのへ、
「ごめんなさい……ただ、この大地を食い尽くさんばかりの竜と魔物の群れ……これが暴食の暴走、とでも言おうかしら。牛飲馬食……いや、鯨飲馬食という言葉でも足りない……竜飲暴食とでもいうこの状況、加減はしていられないのよね?」
そういうノアの言う通りだろう。加減などしている余裕はない。全力で戦い、敵を薙ぎ払い、それでもまだ、敵はやってくる。
「とにかく、次の敵にうつりましょう!」
トールが叫んだ。もちろんだ。仲間たちはうなづく。こちらが覚悟をいちいち決めなくても、敵は次から次へと襲い掛かってくるのだから。
●第二の戦線・前
「フン……奴ら竜は、俺達のことを虫か何かだと思っているようだが」
非正規雇用が、眼前に現れた陸亜竜を殴りつける。ごう、と強烈な音が響いて、陸亜竜が転倒した。
「これでは、どちらが虫か、だな! 次から次へと……!」
非正規雇用が叫ぶように、第一と第三の戦場の中間地点に当たるここでも、既に激しい戦いが繰り広げられていた。ここは、第三の戦場に向かうものたちのための進行ルートであり、撤退路でもあった。
「皆、孤立は避けて!」
白虎が叫ぶ。
「とにかく、戦線を維持すること! そのためには、私たちが倒れたらだめなんだから!」
その言葉通り。ここに要求されるのは、突破だけでも防衛だけでもない。両方が要求されるのだ。このエリアは、先代ザビアボロスが『人間の侵入など予期していなかったため』、戦力という面では他の戦場に比べれば若干低い。が、それでも敵の数は多いし、何より長期の戦闘を続けなければならないということが、この場に参戦したイレギュラーズたちに重くのしかかる。
「私達の事随分下に見ている様だけど……痛い目に見てもらうよ。
たとえ、個で勝てなくとも、数と経験で勝つよ!」
白虎の言葉に、
「その通り! 頑張ろう!」
チャロロが叫んだ。エリア内では、既に戦闘が活発化しており、まずは突破のための戦闘が要求されている。
「今は、深くまで切り込むんだ! ザビーネさんを救出するチームを送り出す!
ヘスペリデスを、毒で塗れさえたりしない! 絶対に!」
「ならば俺は切り開こう。所詮俺は斬るしか能がない……救う以上に、斬りたくて仕方がない!
黒一閃、黒星一晃! 一筋の光と成りて、破毒への活路を切り開く!」
一晃が、ざん、と力強く踏み込んだ。前方には、筋骨隆々とした陸亜竜が盾のごとく待ち構えている。一晃は、しっ、と鋭く呼気を吐くと、その刃を横一文字に振りぬいた。陸亜竜の首に一閃。ずるり、とこぼれおちる。
「行け! 斬れ!」
叫ぶ。応、と仲間たちが一斉に突撃!
「おっしゃー! 突撃じゃー!」
ニャンタルもスタた、と疾走――すぐに足を止めて、飛びあがる!
「走るの面倒! いや、体力温存!! 隕石攻撃でヒット! 安堵! アウェイ!」
やばい剣が宇宙の幻影を見せつつ、亜竜たちの体を次々となで斬りにしていく。
「この先に、助けを待つ方がいる!」
迅が叫び、空亜竜へととびかかった。鋭い一撃は、空亜竜を大地に叩きつけるように、重力をのせて叩き落とされる!
「それだけで、拳を振るうには十分です!
命を懸けるには、充分です!」
同時に、無数の黒き髪が、陸亜竜をつかみ取った。そのまま、その一本一本が刃のように煌めき、陸亜竜を斬殺する。詩織の、一撃。
「己の思う通りにならないからと、その想いも体も捻り潰し捕えて従わせようですか……。
まさに毒親、毒竜故に尚の事と言った所でしょうか。
今は亡き私のお義父様と、お義母様の爪の垢でも煎じて毒親竜に飲ませたい所です」
そうつぶやき、優雅な微笑。
「……とは申しましても、亡き人の爪の垢が手に入る訳も無く。
でしたら代わりにその傲慢な手管、手折って恥の一つも掻いて頂くと致しましょう」
「そうね、ママは子を愛するものよ。
あれ? 先代さんはパパだったかしら? ママだったかしら?」
プエリーリスが、にこりと笑う。いずれにしても、親としては失格には違いあるまい。
「可哀そうなパパに使われる、かわいそうな愛しい子たち。
母の呼ぶ声を聞いて。母のもとへおかえり――」
プエリーリスの言葉に誘引された亜竜、或いは魔物たちが、ざんざんと大地を踏みしめて突撃してくる――。
「素敵だね、お母さん。じゃあ、お子さんたちは泥んこ遊びなんてどうかな?」
ルーキスがぱちん、と指を鳴らした。同時、巻き起こる混沌の泥が、亜竜たちを押し流す。
「それとも、お歌の時間かい?
泥に塗れるか、それとも声を聴いてみるか。
いずれにせよ手抜きはしない主義なんだ、嫌になるぐらい浴びせてあげるよ」
にこり、とルーキスが笑う。イレギュラーズたちの猛攻により、戦線が押し上げられていく。が、同時に『ルートの確保』もしなければならない。突撃し、後ろを封鎖されては意味がないわけだ。
「我々ハ強襲ヲ行ウ側デスガ、実質、防衛戦ニナルト当端末ハ予測シマス」
多次元世界 観測端末は静かにそういう。上空から、戦場を俯瞰する。そして、守るための思考と観測を開始する。
「サア回復役丿皆サン、腕丿見セ所ト行キマショウ」
一方、そのさらに上空から、強烈な対地掃討攻撃を解き放つのは、ェクセレリァスだ!
「猛牛とて軍隊蟻の群れによって死ぬんだし、人間舐めてると足元掬われるぞ?
まぁ私ヒトの子じゃないし、お偉い先代様が今後どうなっても知らんけど?」
ふ、と笑うェクセレリァス。戦線を維持するのは、もちろんこの二人だけではない。
「そうね! 先代って奴には、ほんとに舐められてるわねっ!」
ぷんす、と明確に怒りを見せるのは、きゐこである。
「まぁ侮るだけ侮っておくと良いわ! 鬼謀って奴を見せてやるわよ!
まずは火力集中! で、タイミング見てわなを仕掛けるわ! 撤退用のやつよ!」
「おねがい! ちょうどいいポイントは、私も探してみるよ!」
水愛がそう声を上げて、あたりを俯瞰する。敵は四方八方から参加してくる。遅滞をおこなうなら、今確保したエリア内に設置した方がいいだろう。
「わかりやすく目印をおいておいてね! 間違ってみんなが踏んじゃうと大変だから!」
水愛の言葉に、きゐこが頷いた。
「もうすぐ、突破できる!」
ユイユが叫んだ。
「なるほど、流石最前線! お給料もいい分、大変なエリアだね!
でも、あと一歩だ!」
ユイユの言葉の通り、イレギュラーズたちは戦線を押し上げつつあった。もうすぐ、エリア内の制圧は完了する。
「さぁ、ザビーネって人をよろしくね!」
ユイユが叫んだ。突入チームイレギュラーズたちが、感謝の言葉を告げて、ザビアボロスの領域へと消えていく。
「さて、ここからはゲームチェンジだ」
ナイアルカナンがにこりと笑った。
「ここからは、皆が帰ってくるまでの防衛戦闘。何時になるかわからない時を、ずっとここで稼がなきゃならない。
大変だけど、猫の手も貸してあげよう。さぁ、もうひと踏ん張り、だよ」
ナイアルカナンの言葉に、仲間たちはうなづいた。
戦いは、まだまだ続くのだ。
●第三の戦線
殺すことが当然だと教えられていた。
奪うことが当然だと理解していた。
何故なら自分たちは竜であり。
世界の頂点であり。
その頂点の竜のうち、毒を以って竜の命を奪うことすらできる一族であったから。
命を自由にできる立場であったから。
ザビアボロスの一族とは、医術の一族であった、と、誰かに伝えられた記憶がある。
だが、やがて一族は驕り、命を軽んじ、『死神』に堕したのだと。
だが、それでよいと、教えられていた。当然だとおしえられていた。そうすべきだと、理解していた。
足元に生命がいる。これはよい命か。踏みつぶして殺す。それは苦痛の生から解放してやったことになるのか。
人はいずれ死ぬ。練達のニンゲン。自分が溶かし殺した人間。亜竜に殺されるよりはましだ。ベルゼーに食われるよりはましだ。だから、先に殺してやった。
それは正しい思考か?
抗うべきであったのではないか?
あの、炎の嘆きはこういった。
「まぁ、諦めかけている儂が言うのもなんじゃが」
と、バツのわるそうな顔で、
「それでも人は、最後まで抗うべきじゃと思う。
これは――儂が、人に見ている夢なのかもしれんが。
ザビーネ。貴様(きさん)は、儂が貴様に興味がないといったな。
じゃから、ザビなんちゃらという名を覚えんのじゃと。
違う。儂は、貴様の一族の在り方に興味はない。揺れる、ザビーネという個に興味がある。
じゃから、儂が希望を託せるかもしれない、ローレット・イレギュラーズの姿を、見せてやりたかった。ザビーネという、一つの生命に、じゃ」
その言葉の意味は解らなかった。その時は。
今は何となく、わかった気がする。
「わかったからといって、何になる」
そう、つぶやいた。
「我は……私は……」
つぶやいた。
もう遅い。体を蝕む、怨恨の毒。それは、先代の明確な敵意と殺意だ。今は自分の力で抗えれど、その均衡を維持することでやっと。
抑えることしかできない。突破はできない。そのために、ファクターXが必要だった。想定外が。
それを、ムラデンとストイシャは、ずっと探していた。時折報告する、「印象に残った人間」の話を覚えている。フランスパンのやつとか、熱い奴とか……明確に、力を見せてくれた、人間たち。それがなければ、自分はとうの昔に、諦めていたかもしれない。身も心も『ザビアボロス』となることを選んだかもしれない。
そう考えれば、結局変わったのは、人間の影響なのかもしれない、と思う。強く生きる、か弱き人間。竜に蹂躙されるだけの存在のそれは、いまここに、存在感を以って、目の前に現れた。彼らこそが、想定外(イレギュラーズ)なのだ。
ならば、こういうべきなのかもしれない。ムラデンとストイシャが、望むように、
「たすけて、と」
つぶやく。
同時。
ずがん! と、強烈な音を立てて、壁面に亜竜が叩きつけられた。それが、ザビーネの周辺にとどまっていた毒の檻に溶けて消えていく。
「ボクが来た!」
ふふーん、と、それは笑った。
ボクと鳴く、ニンゲンだった。
「あっ! またボクって呼ぶ気でしょ! 違うよ! ボクは――」
「ソア、でしたか。何故ここに――?」
「そう、ソアはボク――って、えっ!?」
ソアが目を丸くした。
「漫才をやっている場合じゃないぞ」
セレマが鼻を鳴らしながら、駆け寄ってくる。
「内部から攻撃を仕掛ける。手伝え」
「何故?」
そう言うザビーネに、セレマは眉をしかめた。
「呆けているのか? ボクはあの気に食わないストイシャの使い走りだ」
「つまり、助けに来ました、ということです」
寛治がそういう。
「とらわれのお姫様を助ける仕事は、何度か経験がありますので。
エキスパートですよ、私たちは。
セレマさん、耐えられますか?」
「少しくらいは、だ。だが、ふん、腐っても竜の毒だ。多少の時間稼ぎにしかならない」
「なら、それで充分だろう」
アルヴァが言った。
「いいかザビアボロス、外からは俺らが毒を攻撃する。
お前は内側から、力を合わせりゃ壊せるかもしれねえ!」
「何故?」
何度目かの言葉を、ザビーネは挙げた。
「どうして――」
「先代とか言うやつが何をしようとしてるか、知ってるな?」
アルヴァが言う。
「対抗するには、お前の力が必要だ――ってのは実利的な部分でな。
それから、ほら、ムラデンとストイシャ。そいつらに頼まれた――ってのも、ビジネスライクな部分で」
ああ、とアルヴァは頭をかいた。
「しらん。わからん。俺はいまだにお前が怖いし、お前の何も、乗り越えたと思ってない。
でも、助けなきゃいけないと思った。それは、たぶん、本当の気持ちなんだと思う」
「それは、おそらく我々の共通の意識です」
寛治が言った。
「我々は――竜と人の対話の可能性。それを、捨てたくない」
「檻を破壊するの」
胡桃が言った。
「手伝って。生きるつもりがあるのなら」
ふぅ、と、息を吐いた。
「……どうして、って言いたいの?
そうね、きっと彼ならそうしたでしょうから。
わたしという炎が、そなたの力になるの」
そう、言う胡桃に、ザビーネは、暖かな炎を見た気がした。
「そう……あなたもまた、人と生きる炎なのですね」
そう、つぶやく。
「あなたが、練達でしたこと。忘れてあげるとは言わない」
ルビーが言う。
「でも……大切な誰かを想う真摯な気持ちを無碍になんて出来ない。
私は正義の味方なんだから。
だから、私はあなたを助ける。あなたを助けて、って頭を下げてくれた、ムラデンやストイシャのために。
……あなたはどうする? 私たちの手を取るなら――」
その言葉に、ザビーネはうなづく。
「お手伝いをお願いします。皆さまでも、この毒の近くでは長くは持たないはずです――」
イレギュラーズたちの相手は、ザビーネを閉じ込める折だけではない。あるだけで周囲に毒素をばらまく悪意の檻を破壊しつつも、周囲の眷属どもと戦わなければならないのだ。
「檻の方は」
零が叫んだ。切り裂かれる亜竜が屍をさらす中、次なる亜竜がとびかかる。その鋭い爪を受け止めながら、
「どうなってる!?」
「俺達の隊長が何とかする!」
ブランシュが横合いから、それを殴りつけた。死の颶風。速度をのせた絶殺の一撃。
「ならば、俺は死を振りまこう――その名のままに! 行くぞ、牡丹!」
「まかせな――」
牡丹が飛翔する。無秩序な軌道を描き、敵を翻弄――その隙をついて、叩ききる。
「輝くもの天より堕ち! 航空猟兵は伊達じゃねぇってのを見せてやる! ブランシュ!」
「嗚――俺たちは今、二風の死だ!」
ブランシュが声を上げ、突撃する。
「お、おう」
零が困惑したように振り向き――。
「あれは? ブランシュの方」
「年頃なんです!」
愛奈が叫び、振るうは無慈悲なる一撃。その一撃が、亜竜を吹き飛ばす。数は多い。もしかしたら、無尽蔵なのかもしれない。
「……なにをしてるんですか、ザビアボロス! そのままそこで、朽ちるつもりですかッ!」
叫ぶ。鼓舞するように。あるいはしかるように。
「ザビーネ様、その苦しみを少しもらいます。
毒は誰かを救う事もできるのだと、僕だって信じたいのです」
ジョシュアが、わずかに――ほんの少しだけ、怨毒に込められた、意志を感じ取った。それは、冷たい、あまりにも冷たいものだった。先代の、すべてを嘲る傲慢さがにじみ出ているようだった。
「……こんな冷たいものを、僕は認めません」
身を蝕む苦痛に呻きながら、ジョシュアは降りへの攻撃を続ける。イレギュラーズたちの苦労はやがて実を結び、檻が徐々に砕け、どろどろと溶け始めた。
「離れてください、内側から吹き飛ばします」
ザビーネが言う。イレギュラーズたちが飛びずさるや、その檻が内側より解けるように粉砕・消滅した。すらり、と立ち上がる。毒の沼地に立つ、ブラック・レディ。
「……ザビーネさんは色々な生命を観察して、どう思った?」
イズマが尋ねる。
「どんな生物も生態系の中にいて、他の生物と共に生きてる。
いつか死ぬからこそ生き抜く事に価値がある。
俺は生命を尊く思うから、全て洗い流すなどさせたくない」
「同感です、青いコンダクターの人よ」
ザビーネが言った。
「ゆえに……あなた達に利用されることを良しとしましょう。もとより、私だけでは、先代を抑えることはできません」
「協力するということですか?」
瑠璃が言う。
「それは結構。ですが、もろ手を挙げて歓迎されている、というわけではないことは理解してください」
ザビーネは、間違いなく練達で凶行を犯したのだ。それは、決して無視できることではない。
「もちろんです。貴方も」
そう、ザビーネはイルミナを見た。
「大丈夫かい?」
ゼフィラが言う。
「気持ちはわかる……とは言えない。でも、君のうちに渦巻く思いを、察することくらいはできているつもりだ。
だから、無理はしないでいい」
「大丈夫ッス」
イルミナが、ゼフィラに微笑んだ。それから、少しだけ暗い瞳で、睨みつけた。
「ザビアボロス。ほんとは、助けたくなんかない。殺してやりたいとすら、思っている」
吐き出すように、言った。
「でも、お前が、もう一体のザビアボロスへの切り札になるのなら。
……わかってる。わかって、いる」
「……イルミナ・ガードルーン」
ザビーネが言った。
「あなたの瞳を覚えています。この、火傷をともしたイレギュラーズのことも。
あの時のあなた達を、覚えている」
「戯言を――」
イルミナがにらみつけた。ザビーネは、その手に、少しだけ力を集中した。高純度の毒素が、その中に、小さな黒曜石のナイフのような姿で顕現した。それを、ザビーネはイルミナに押し付けた。
「『ザビアボロス』を殺す武器です。一族に伝わる怨毒を凝縮し、一族を安楽死させるため『だけ』のナイフです。
他の竜には効かないものです。ザビアボロスの一族だけを殺す、自決用の毒ですから」
ザビーネが笑った。
「もしも、あなたが貴方の意思で『ザビアボロス』を殺す機会があったとしたら、その際に使ってください。それが、先代であろうとも、私であろうとも。
ただし、使えるのは一度だけ。一度使えば自壊します。
使ってもいい。使わなくてもいい。『どちらに』使ってもいい。
あなたには、それを選ぶ権利があります」
ぎり、と、イルミナは、奥歯を噛みしめた。
「よいのか」
汰磨羈が、言った。
「御主の言葉を覚えている。まだ、救助に向かえるかもしれんぞ、と我々を嘲った言葉を。
嘲りであったとしても、あれは、未だ迷う御主の本心だったのではないのか。
だとするならば……」
「考えた末です」
ザビーネは頭を振った。
「私には、このようなことしかできません。
行きましょう。外では、皆さんの仲間が、戦っているのでしょう?」
そういった。
長居は無用だった。
思いは様々あれど。
今は、脱出するしかなかった。
●第二の戦線・終
「東側がちょっと押されてる!」
アクセルが叫ぶ。激しい戦いが、終わることなく続いていた。
突入した仲間たちが戻ってくるまで、ここを維持しなければならない。それは、あまりにも危険な防衛戦闘だった。
「ふさいで! そこから決壊しかねない!」
「無理はしないでほしいっきゅ!」
レーゲンが叫んだ。
「回復はするっきゅ……ここで戦線が崩壊したら、意味がないっきゅ!」
「回復チームを守るんだ!」
トウカが叫ぶ。
「敵も馬鹿じゃない! ねらってくるぞ!」
「人は変われる。命は変われる! 俺だって変われた! 変われたんだ!」
ウェールは叫んだ。
「誰かが変わろうとすることを……俺は否定したくない! 俺を、俺自身が否定できない! だから!」
救いたい。その意志は間違いなく、一つだった。それが、決死の戦線を、このタイミングまで維持し続けてきた。
意地であり、決意であり、実力であった。
「お怪我した人はちゃんと支えますよって、大丈夫やよ!
あともう少し、耐え抜きましょ!」
蜻蛉が、そう叫んだ。あと少し。あと少しに間違いなかった。長い長い戦いの果てが、もうすぐ見えてくると、そう、信じていた。
「頑張りましょ……人の可能性、見せてあげるの!」
此処にいるのは、可能性の戦士たちだ。人の可能性の、光だ。
「羽虫同然と侮るのなら、一寸の虫にも五分の魂ってのを思い知らせてやるまでさ!
踏ん張れよ、オマエら!」
クウハが叫ぶ。その体はボロボロであっても、自分たちに託した仲間たちのために、倒れるわけにはいかない。
「幕を下ろすにはまだ早い、主役の皆々様が来るまで持ち堪えてみせましょう!」
雨紅もまた、声高らかに宣言し、戦い、耐えた。そして、その願いが、想いが、報われる瞬間は、やってきた。
「来たぞ……! 突入チームだ!」
グリゼルダが叫ぶ。
「前方の道を開けてやれ! 向こうも消耗しているはずだ! 助けるんだ! 私たちで!」
グリゼルダの叫びに、仲間たちは応じた。ほどなくして、仲間たちが、ザビーネを伴い飛び込んでくる。
「ザビーネさん、ね?」
ルミエールが、そう言った。
「嗚呼、ベルゼー。可哀想なヒト。
彼が、彼に付き従う竜達が下らないなんて。
ザビアボロス。きっと愛を識らないのね。
可哀想に。可哀想に」
歌うようにそういうルミエールへ、ザビーネは頷いた。
「そうかもしれませんね。愛、ですか。興味深い現象ですが――」
「歩けるかな? 他のメンバーは……」
雲雀がそういうのへ、クウハが答えた。
「消耗は激しそうだ。とにかく守りながら撤退するぞ」
「では、しんがりを踊るとしましょう」
雨紅が頷く。
「私も、少しでも敵の数を減らしましょう」
エルシアが言った。
「魔物たちは、竜の気に当てられて暴れているにすぎません。
私の祈りで、正気に戻して見せます。
そうすれば、きっと、この場から逃げ出すはずですから」
その言葉に、仲間たちは頷いて返した。
「エト、もうすこし、戦えるか?」
ウィリアムが尋ねるのへ、エトはうなづいた。
「もちろんよ、ウィルくん。
わたしたちが追手を抑えながら戦うわ。
みんなは、ザビーネさんをお願いね?」
「頼むぞ。ここまで来て、彼女を傷つけたりしたら――それこそ、ムラデンだのストイシャだのに怒られてしまう」
苦笑するウィリアムに、仲間たちも力強くうなづいた。ウィリアムとエトは、迫る敵に向けて、ゆっくりと立ちはだかった。
「ふたつの星の力……例え小さくとも確かな力を見せてやろうじゃないか」
「ウィルくんの背中はわたしが護るんだから!」
撤退するザビーネの背中で、苛烈な戦いの音が響く。それが、人の意思が奏でる音なのだと、ようやく理解できたような気がした。
「さぁ、行こう!」
雲雀が声を上げるのへ、仲間たちはうなづく。そして、撤退戦が始まろうとしていた。
●第一の戦線、そして戦いの終結
「猫の手貸します。頑張れー! みゃー!」
祝音の言葉とともに、癒しの光が、上空で戦うムラデンとストイシャに降り注ぐ。さすがの彼らも、疲労の色が濃いように見えた。
「……二人も、頑張ってるのです、みゃー……!」
辛そうに、祝音がつぶやく。竜の戦いに、攻撃手として参加することはできない。ただ、少しばかりの援護とともに、応援を祈るしかないのだ。
「戦士達よ、後ろは見るな。そなた達の背には我がいる。任せておけ……いかなる傷も、塞いで見せよう」
エリシアが叫んだ。仲間たちにそそぐ、癒しの力。けれども、それで全快なんてできないほどに、仲間たちは傷を負っていた。エリシアもそうだ。この場において、傷つかないものは少ない。
「抑える。支える――必ず……!」
意地でもここで、戦線を支え続けなければならなかった。ムラデンとストイシャ、そしてイレギュラーズたちが倒れれば、ザビーネの救出は成らない。それは、決戦におけるこちらへのダメージを意味している。
「黄昏よりも深き闇のいろが燃えている。
ザビーネ=ザビアボロス。
その悲しげな面影を覚えている。
わたしに憎しみのいろはない。
ただ――あのひとも、残されたもののためにもがいているのだと知ったから」
エーリカが、静かにつぶやいた。思いは違えど、そして、思う相手は違えど。ただ、この戦いを終結に結びたいという願いだけは、皆が同じくしていた。
「大丈夫」
サンティールが言った。
「願いに、祈りに。
貴賎なんてありやしないんだ」
竜であろうとも、人であろうとも。
竜にあらずとも、人にあらずとも。
その願いに、祈りに、違いなどはない。
「だから僕は、ニンゲンとして背中を押す。これがちっぽけなニンゲンにも出来ることさ!
そうだろう、たみこちゃん!」
「そうですとも!」
妙見子が叫んだ。
「そうですとも! そうですとも!
私は破壊しかできぬ女です。いいえ、いいえ、そう言う女でした。
今は違う! 違うと、胸を張って言える!
そうでしょう、ムラデンさん! ストイシャさんも!
あなたたちが、願うのならば――私は人として、それを紡いで見せる!
神でも、上位存在でもない、ただの妙見子として!」
友とともに。つないで見せる。
隣には、メリーノがいた。にっこりと笑う。
「そうよねぇ、たみちゃん」
優しく笑った。
「やっちゃいましょ。願いの果てまで」
笑う。願う。愛す。だから耐えられた。ここまで、戦えた。戦える。これからも、ずっと。
その時――戦場の先から、幾人もの仲間たちが、駆け寄ってきた。
その中に、見知らぬブラックレディがいることに気付いた。
喪服を着たような、女。
死の象徴。
今は名もなき竜。
「ザビーネさん、なのですか?」
Lilyが、攻撃の手を休めていった。その瞬間、何か、ピンとした緊張が張り詰めた。
「申し訳ありませんでした」
ザビーネが言う。
「お手間を。ストイシャ、ムラデン、あなたたちも」
「よかった……」
Lilyが、そ、っと胸をなでおろした。そして同時に、これまで倒れてて来た無数の屍に、「御免なさい……どうか安らかに……」と、祈りをささげていた。
「ムラデンッ!」
ムサシが叫んだ。
『わかってるよ! ムサシ!』
ムラデンが叫ぶ。続いたのは、ストイシャだった。
『私と弟(ムラデン)で、水蒸気のブレスを吐く。それに乗じて逃げるの。いい?』
「わかったであります! そちらは――」
『僕を心配するとか偉くなったじゃん。たみこも変な顔すんな! この程度から逃げられないわけないでしょ!』
「いや、こういうのって絶対フラグでしょ!!」
妙見子が叫ぶ。
『それより、おねえさまをお願い――行くよ!』
すぅ、と二匹の竜が、息を吸い込んだ。同時、相反する二つの属性のブレスが空中で衝突し、爆発した。同時、空中で強烈な蒸気の煙幕が巻き起こり、あたりを包み込んだ。
「よし……撤退しましょう!」
ムサシの言葉に、仲間たちはうなづいた。
かくして、視界遮る霧の中、確かな結果を得ながら、イレギュラーズたちは勝利の撤退を行うのであった――。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様の活躍により、ザビーネは無事救出完了。
ムラデンとストイシャも問題なく撤退しています。
先代との決戦に備えてください。
GMコメント
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
お世話になっております。洗井落雲です。
先代、ザビアボロスが活動を開始しています。
ザビアボロスを倒すためにも、まずはキーとなるザビーネを救出します。
●成功条件
ザビーネの救出
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
●状況
先代のザビアボロスが活動を開始しました。その手始めとして、自分の意にそぐわぬザビーネ=ザビアボロスを攻撃し幽閉。
現在は姿をくらましていますが、ヘスペリデスや、人里への攻撃を企てているようです。
これを許すわけにはいきません。ですが、ザビアボロスを倒すためには、ザビーネの助力が必要不可欠となります。
その事実を取引材料として、ムラデンとストイシャが、イレギュラーズたちに助力を求めてきました。
ザビーネへの因縁は諸々あるでしょうが、今はひとまず、お互い利用しあうつもりで共同戦線を張ってください。
作戦エリアは、ザビアボロス一族の領域。
特に戦闘ペナルティなどは発生しません。
●選択肢とグループ参加について
グループや複数名、ペアでの参加希望の方は、プレイング冒頭に、
【グループタグ】or同行者(ID)
の形でご記入ください。
●戦場
以下の戦場が存在します。参加したいエリアを、後述の選択肢から選んでください。
1.ムラデン・ストイシャ援護戦
敵地に存在する、眷属のアリオス竜は、ムラデンとストイシャがすべて対応します。皆さんは、アリオス竜と戦う必要はありません。
とはいえ、ここで『人間が参戦し、ここでてこずっている』という印象を与える必要があります。
周囲には眷属亜竜や魔物などが存在します。皆さんは、基本的にはこの亜竜や魔物と戦い、敵の目を引く必要があります。
稀にアリオス竜からの攻撃の余波などが飛んでくることもあるため、危険度はそれなりにあります。
人数は多くは必要ありませんが、激戦地のため、腕に自信のある方が参加するとよいと思います。
2.領域突破戦
敵地を突破し、ザビアボロスの住処に突入路と撤退路を確保します。
アリオス竜は存在しませんが、多くの亜竜と魔物からの攻撃にさらされ、同時に経路を確保するための継続戦闘も必要とされます。
非常に重要なポイントです。少し多めに人数を配置した方がいいかもしれません。
3.ザビーネ救出戦
ザビーネを救出するために、ザビアボロスの住処に突入します。
ザビーネは縁毒の檻に閉じ込められており、これを破壊する必要があります。ちょっとやそっとでは破壊されませんし、近寄れば毒系列のBSを毎ターン付与してくる厄介なオブジェクトです。
同時に、眷属の亜竜も存在します。亜竜を受け持ちつつ、檻を破壊してザビーネを救出するだけの実力を持ったエースが必要です。少数精鋭で進むとよいでしょう。
●エネミーデータ
非常に多岐にわたりますので、簡潔に。
アリオス竜 ×???
ザビアボロス眷属のアリオス竜たちです。基本的にムラデンとストイシャが相手をします。ので、基本的にはエネミーユニットとしては数えません。(戦場のど真ん中で怒りを付与しても、こっちには飛んでこないものとします)。
ただ、流れ弾、という形で、稀にブレスなどの攻撃が飛んでくる可能性がありますので、周りはよく見ておくとよいでしょう。
作戦の上で、攻撃目標にすることは許可しますが……やらない方がいいです。倒せませんし、一匹や二匹アリオス竜の目を引いたところで、ムラデンとストイシャの邪魔になるだけです。
眷属亜竜 ×???
飛行タイプのワイバーンと、陸生タイプのワイバーンが存在します。飛行タイプは攻撃高めで耐久低め、陸生タイプはその逆、といったイメージです。陸生タイプが盾をして、飛行タイプがメインアタッカーを務めてくるでしょう。
様々なBSを運用してきますが、とりわけ脅威なのは、毒系列のBSです。じり貧にならぬよう、回復などは用意しておくといいでしょう。
眷属魔物 ×???
眷属というか、周辺に生息している魔物の類。このシナリオで言ってしまえば、はっきりと雑魚で、数を頼みに物理攻撃などで暴力的なアクションを起こしてきます。
とにかく数が多いので、強力なタンクでしっかり引きつけたり、広範囲の攻撃でまとめて薙ぎ払いましょう。
●味方NPC
ムラデン&ストイシャ
ザビーネの従者である、レグルス竜の二人です。
ほっといても死にません。というか、余計なことをすると逆に戦闘の邪魔になる可能性があります。
回復飛ばしたりすると喜ぶかな、位なので、基本的には放置で。
以上、ご武運を。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】ムラデン・ストイシャ援護戦
敵地に存在する、眷属のアリオス竜は、ムラデンとストイシャがすべて対応します。皆さんは、アリオス竜と戦う必要はありません。
とはいえ、ここで『人間が参戦し、ここでてこずっている』という印象を与える必要があります。
周囲には眷属亜竜や魔物などが存在します。皆さんは、基本的にはこの亜竜や魔物と戦い、敵の目を引く必要があります。
稀にアリオス竜からの攻撃の余波などが飛んでくることもあるため、危険度はそれなりにあります。
人数は多くは必要ありませんが、激戦地のため、腕に自信のある方が参加するとよいと思います。
【2】領域突破戦
敵地を突破し、ザビアボロスの住処に突入路と撤退路を確保します。
アリオス竜は存在しませんが、多くの亜竜と魔物からの攻撃にさらされ、同時に経路を確保するための継続戦闘も必要とされます。
非常に重要なポイントです。少し多めに人数を配置した方がいいかもしれません。
【3】ザビーネ救出戦
ザビーネを救出するために、ザビアボロスの住処に突入します。
ザビーネは縁毒の檻に閉じ込められており、これを破壊する必要があります。ちょっとやそっとでは破壊されませんし、近寄れば毒系列のBSを毎ターン付与してくる厄介なオブジェクトです。
同時に、眷属の亜竜も存在します。亜竜を受け持ちつつ、檻を破壊してザビーネを救出するだけの実力を持ったエースが必要です。少数精鋭で進むとよいでしょう。
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