シナリオ詳細
<夏祭り2022>アクアマリンが零れる
オープニング
●
煌めく日差しが燦々と白い砂浜に照りつける。
細かい砂は素足で歩くと火傷しそうな程熱くなっていた。
それでも、足下を攫って行く波の温度が、火照る足裏を冷ましてくれる。
「海って、何年ぶりだろう」
打ち寄せる白波と沈んで行く砂を踏みしめながら、『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は沖を見つめた。
パライバトルマリンの波打ち際をゆっくり歩く。
フェデリア島シレンツィオ・リゾートに暁月達は訪れていた。
白いコロニアル様式の建物と潮風の匂い。頬を撫でる風も緩やかで心地よい。
希望ヶ浜に住んでいると、本当の海で泳ぐ機会なんて無い。
大抵が温水プールや、人工的な波を起こしている海水浴場だ。
「あー、めちゃ綺麗……」
ぽろりと溢れた『素』の言葉。視界いっぱいに広がる壮大な海を見つめていると、自分が教師であるとか燈堂の当主であることが遠のいていくようで。思わず零れた『素』に少し照れながら頬を掻いた。
この不思議な感覚は。重くのし掛っていた、呪いにも似た歪みから解放されたのも大きいだろう。
「おーい、暁月! こっち手伝って欲しいんだけど」
浜辺に広げられたシートを押さえ『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は海を見つめている暁月を呼ぶ。
「ああ、すまない。今行くよ」
ぺたぺたと歩いて来る暁月のサンダルで砂が跳ね上がった。
水気を含んだ足とサンダルの間に砂が纏わり付く。
「何か、考え事してたのか?」
ビーチパラソルを砂に差した龍成は、暁月にアメジストの双眸を上げた。
「いや……、海が綺麗だなって。ぼーっとしてた」
「そうなん? まあ、滅多に本物の海なんてこねーしな。……俺は、お前が廻の事気にして、また落ち込んでんじゃねーかって思ったけど」
合わせていた視線をフイと逸らし、龍成はパラソルを開く。
「おや、心配してくれるんだ? 龍成は優しいね。まあ、晴陽ちゃんの弟だものね。優しいか」
「……俺じゃねーよ。廻がお前が心配だから、見ててくれって言ってきたんだよ」
燈堂の本家、深道へと廻が行ってしまう日。廻は龍成に暁月を託したのだ。
「廻はどうしてるだろうね」
「やっぱ、落ち込んでんじゃねーか。つか、電話しろよ実家なんだろ?」
つい最近まで禄に実家に寄りつこうともしなかった龍成に言われるとは、成長したものだと暁月は孫を見るような目で微笑んだ。
「……その必要は無いさ」
目の前にいる暁月とは別方向から、『同じ声』が聞こえ、龍成は勢い良く振り向く。
「深道明煌……何で、ここに」
目を見開く龍成に和やかな笑顔を向けるのは、『煌浄殿の主』深道明煌だった。
その隣には、ウェディングヴェールを被った『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の姿もある。
「明煌さんに廻も……」
少し表情を強張らせた暁月が明煌と廻を見つめた。
「やあ、暁月も久し振りだね。元気にしてたかい? 廻がね、『皆に会いたい』って泣くものだから連れてきてあげたんだよ。ホームシックってやつだね」
明煌はヴェールを被った廻の背を押して前に出す。振り返り、行っても良いのかと伺う瞳。
「ほら、廻。遊んでおいで。遅くなるまでには帰って来るんだよ」
「はい……っ! ありがとうございます明煌さん」
明煌の隣から龍成の元へやってきた廻は、ふにゃりとした笑顔を向けた。
少し痩せたように感じる頬を撫でて、龍成は廻を連れて海へと歩き出す。
「シルキィと愛無が心配してた……大丈夫かって」
「んー、穢れを浄化するから。結構大変かな。あんま体力ないからすぐ熱でるし」
痩せたというより窶れたと言った方が正しいかもしれない。かなり無理をしているのだろう。
「でも、ちょっとずつ治って行ってるから。大丈夫。何とか頑張るよ」
「アイツらにひでー事されてねーか?」
煌浄殿の主である明煌や葛城春泥に苛められてないかと問う視線。
心配そうに見つめる龍成から、逃げるように廻は波打ち際に足を浸す。
「……『大丈夫』だよ。それより、遊ぼう。海水浴もしたいし。縁日も花火もあるんでしょ? いっぱい遊びたいんだ。ね、お願い」
「はぁ、わーったよ。でも、廻泳げたっけ?」
「う、浮き輪があれば大丈夫だよ!」
楽しげな声を上げてはしゃぐ廻と龍成を眺めながら、明煌は暁月の隣に座り込んだ。
「俺らもあんな風に遊んでた時あったなぁ……」
「そうだな……あの頃は何も考えず、遊んで居られた」
遠い昔。暁月が十歳にも満たない頃には、明煌とよく遊んでいたのだ。
それが今では別たれた道の上に居る。暁月は燈堂の当主として。明煌は煌浄殿の主として。
こうして隣に座って会話するなんて奇跡みたいなものだ。
「……その着物暑くないの?」
「いや、もう暑いし。見れば分かるやろ? はやくホテル帰りたい」
汗を吸った肌襦袢に空気を入れる明煌に、暁月はペットボトルの水を差し出す。
「ありがと……うーん。ぬるい」
「ホテルで買ったやつだから。ビール買ってくる?」
「ああ。お願い」
水上バンガローへと歩いて行く暁月の背を見ながら、明煌は手で顔を覆った。
「は……は、何其れ」
お互い、距離感を計りかねているのがありありと分かる。なんせ、久し振りの会話だ。
暁月の動向を知っているとはいえ、本人を目の前にすると、渦巻く感情を抑えるのに精一杯だ。
明煌はパライバトルマリンの水面の眩しさに眉を顰める。
溢れんばかりの陽光に目の奥がチクリと痛んだ。
●
「ふむ……随分と遠くまで飛んで来てしまったのだ」
フェデリア島を少し遠くから見てみたいと『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は青空を飛んでいた。
この辺りは沢山の島があり、無人島だったり少数の人達が住んでいたりするらしい。
「おや? あれは……百合子か?」
白いセーラー服を着た、長い黒髪の友人を見かけ手を振る遮那。
されど、その禍々しい雰囲気に下降を止める。
「いや……百合子ではないな?」
よく似ているが友人の咲花・百合子(p3p001385)はバッサリと髪を切ってしまったから、あんなにも長髪ではなかった。琥珀の瞳を寄せる遮那を、上を向いた少女の鋭い視線が射貫いた。
「お主は、誰だ?」
「あなたこそ……」
何者ですかと問いかける瞳が、赤く染まった。
- <夏祭り2022>アクアマリンが零れる完了
- GM名もみじ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年08月06日 22時10分
- 参加人数40/40人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 40 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(40人)
サポートNPC一覧(4人)
リプレイ
●
レイチェルは眩しい陽光を忌々しげに見つめた。灰にならないとはいえ日傘は欠かせないのだ。
冷たいパインジュースを手にアルエットへと声を掛けるレイチェル。
「よう、アルエット。……暑くてバテてねぇか?」
姿は全然似ていないけれど、アルエットが妹の姿と重なるのだ。纏う雰囲気が似ているのかもしれない。
だからつい世話をやいてしまう。
「水分取んねぇと熱中症になっちまうからな。これ、やるよ」
ジュースを渡し、アルエットを日傘の影に入れてやる。
「ありがとうなの。レイチェルさん水着とっても似合ってるわ」
「俺だって、ちゃんと着飾りゃお嬢サマに見えなくもないだろ? アルエットも凄く可愛いぜ」
頬を染めてはにかむアルエットは、先日の物憂げな表情ではなく、愛嬌のあるもの。
「ちゃんと楽しめてるなら、良いが」
「アルエットとっても楽しいの!」
彼女の楽しげな姿にレイチェルは胸を撫で下ろした。
四音はパライバトルマリンの海に煌めく愛らしいアルエットを抱き上げクルクルと回す。
「わわ?」
「ふふ……たまにはこういうのもいいでしょう?」
砂に足を取られ、倒れ込んだ二人。下敷きにしてしまった四音を大丈夫かと心配そうに見つめれば。
「あなたの好きにして良いんですよ?」
なんて返って来るものだから。アルエットは四音をそのままぎゅうと抱きしめた。
「まあ、冗談は置いておいて。苦しい時や、辛いことがあった時は思い出してください。大丈夫、あなたには私がついています」
微笑みを浮かべる四音にアルエットはこくりと頷く。
「四音さんとアルエットは親友だものね、頼りにしてるわ」
ちぐさは高揚した気分で砂浜を歩いていた。
「……んにゃ? あの白い水着もしかして……やっぱり廻にゃ!」
「ちぐささんっ」
会いたかったと抱きついたちぐさを受け止める廻。
「廻、ちょっと細くなったにゃ? ごはん食べてるにゃ?」
「えと、はい……体調悪くて戻しちゃうことあるんですけど、今は大丈夫です。それよりこの水着がちょっと恥ずかしくて」
ヴェールで顔を隠す廻に「気にすることない」とちぐさは笑う。
「ねえねえ廻、燈堂家に帰って来れないのにゃ?」
暁月も寂しがっているし自分も会えないのが嫌で。でも、廻の『泥の器』の浄化は不可欠で。
これはわがままで困らせてしまう言葉だったとちぐさは反省する。
「でも僕もみんなも、廻の帰り待ってるにゃ! だから今日は寂しいの忘れて一緒に遊ぶにゃ!」
「はい! 遊びましょ!」
「え……っ!」
「わ、わ、廻さま……! ほんもの……??」
ちぐさ達の後から驚いた声が聞こえる。
顔を上げれば嬉しそうな顔をしたメイメイと祝音がこちらを見ていた。
「良かった、お外に出る事が出来たのです、ね」
明煌は意外と柔軟な人なのだろうかとメイメイは様子を伺う。
祝音は明煌の事を信用できないと視線すら合わせなかった。そんな、祝音の視界の端に懐かしい人影が映り込む。首を傾げる祝音はまあいいかと廻へと向きなおった。
「お体に無理がないように、たくさん遊びましょう……!」
まずは波打ち際で砂遊び。城や動物をメイメイと廻と祝音、ちぐさは一緒に作り上げる。
湿った砂を積み上げて、形を整えて。
「よいしょよいしょ」
砂ひつじと砂バクを添えて、完成すれば四人とも笑顔になった。
「次は浮き輪で浮かんでみる?」
祝音の提案にメイメイは頷く。浮かびながら、波にさらわれて形を崩す砂の城を見つめるメイメイ。
それがどこか廻と重なって物悲しくなってしまう。
祝音は明煌がこちらに近づいてこないか警戒しながら、浮き輪で水面を揺蕩う。
「後で、ジュースやかき氷も食べよう?」
「いいですね」
廻は祝音に笑顔を見せた。
「ねえ、廻さん……何かあったら、信頼できるローレットの人を頼ってね。約束、まだ有効だからね」
また遊ぼうと祝音とメイメイ、ちぐさは廻の手をぎゅっと握りしめ、またお別れをした。
大きな荷物と浮き輪を抱え姿を現した眞田にボタンは目を瞠る。
「眞田さんは大荷物ですね」
ボタンは水着ではなく普通のシャツを着て待って居た。
「えー! ボタンさん水着着ないの!? あ、シャツの下ね、なるほどね」
眞田の抱える荷物の中に旗を見つけ首を傾げるボタン。
「旗はビーチフラッグって言うゲームで使うんだけど」
「今年も勝負しましょう?」
去年の縁日では負けてしまったからリベンジだとボタンは拳を握る。
「負けた方がとろぴかるじゅーす? 買ってくださいね」
嬉しそうに意気込むボタンを前に手を抜くわけにはいかないと眞田は頷いた。
結果は――
「やったぁ、初勝利です! 眞田さんお怪我はありませんか?」
砂の上に倒れる眞田はその勢いでジュースを買いに走る。
「完敗だよ、君がこんなに強かったなんて……って、うわーー!! 溶けてるーーー!!?」
雪だるまになったボタンが、砂の上にでろりと広がっているのに眞田は目を白黒させ転んだ。
「あ、いえ! 私自身は溶けないので大丈夫ですよ!」
微笑むボタンにジュースを渡し、「完敗だよ」と空を仰ぐ眞田。
「夏と思えないくらいヒヤッとしたよ! もー!!」
二人の笑い声が夏のビーチへ広がっていく。
ボディは店員にお勧めされたウェディング水着を龍成の前に晒す。
どうですかと見上げてくるボディの頬を摘まんで「可愛い」と素っ気なく返す龍成。
大きな胸になだらかな鼠径部を通る白い紐は龍成にとって目に毒だった。
視線を逸らした龍成に首を傾げ、この水着はあまり良く無かったのかと恥ずかしくなる。
「……さぁ、行きますよ龍成」
そんな気持ちを振り払うようにブーケ風のボールを手にキャッチボールへ誘うボディ。
波打ち際の砂を思いっきり踏みしめれば、高いヒールの先が引っかかり。
「あっ」
ボディは勢い良く海へと倒れる。ずぶ濡れになった水着は水分を吸って項垂れている。せっかく龍成の隣でも似合う水着を選んだのに。
「大丈夫か?」
龍成の手を掴んで立ち上がる。手から熱が伝わって来た。こうなると顔もすぐに赤くなる。龍成が近くに居ると処理能力が大きく低下するのを感じる。
この水着だってそうだ。ウェディングドレスに似た水着の意味は漠然と理解出来る。
では、何故『龍成のためなら大丈夫』と考えたのだろうか。
――大切な人だから? 私よ。私は龍成をどう思っているのですか?
「ボディ? 陽に当たりすぎたか? ホテルの部屋戻る?」」
顔を近づけて様子を伺う龍成は自身が着ていたラッシュパーカーをボディに被せた。
目に毒なのもあるが、この姿を他人に見せたくないと思ってしまうから。
出来れば誰も居ない場所で、心置きなく見たいのだ――
照りつける陽光がギュスターブくんの肌を焼く。
日陰を求めパラソルの下へやってきたギュスターブくんは先客の明煌へ声を掛けた。
「こんにちは、ぼく、ギュスターブくん。遊びにきたけど、暑くて動けなくなっちゃった、おじさんちょっと横によってくれない?」
巨体をくねらせ頭をパラソルの影へ押し込むギュスターブくん。
隣では明煌が死んだ魚の目をしていた。
「おじさんも、暑そうだねえ。ぼく、人間は服を着ないといけないって知ってるよ。めんどくさそう」
それにしても熱気が立籠める。
「……おじさんもむこうで楽しそうなおにいさんみたいに、遊んで来ればいいのに。僕がここでお昼寝しててあげるから行っておいでよお」
「……」
舌打ちをせんばかりに面倒くさそうな顔をした明煌は、ばたばたと着物の中に空気を入れた。
「はい。ビール買って来たよ」
「ああ……ありがとう」
暁月から冷たいビールを受け取った明煌の背後から「おお!」という感嘆の声が上がる。
ムサシが手を振りながら近づいて来るのが見えた。
「並んでると本当にそっくりであります……眼帯が無かったら気づかないかも」
笑顔で周りを動き回るムサシに、明煌は彼の頭を掴んで制止させる。
その様子を見つめるのは愛無だ。深道家に連なる明煌の存在は愛無にとって興味深いものだろう。
廻を連れてきてくれた事も多少は感謝をするべきなのかもしれない。
最近は廻の周りも賑やかになった。彼の魅力か『器』としての資質か。
何にせよ折角の『ハネムーン』というやつなのだ。廻とシルキィに二人きりの時間を作ってやるのも、彼らを守る番犬の仕事だ。それに、守る上で情報は多ければ多い方が良い。
特に廻の傍に居る深道明煌の情報は出来るだけ手に入れたいのだ。
どうにも出会った頃の暁月に似ているのだ。まだ、雁字搦めだった頃の暁月に。この男は。
「その恰好暑くないかね?」
愛無は明煌へそう投げかける。
「めちゃくちゃ暑いね」
「レンタルとかあるのではないのかね? 浜辺で着物とか無いだろう」
「あー、確かに有るかも。まあ、レンタルじゃなくても売ってるか。暑すぎやから買ってくる」
「そうですね。折角海に来たんでありますから、難しい顔せずに楽しまないと駄目でありますよ!」
ムサシは明煌に付いて水着を選びに行く。
「とういう訳で、ビーチボールだ」
「……何で、先生居るの?」
暁月はいつの間にか現れた葛城春泥に視線を向ける。
「廻に何かあったら、直ぐに見られるように同行したんだよ。僕ってば優しいねぇ」
春泥と明煌と龍成チーム、愛無と暁月とムサシチームで勝負と相成った。
「負けた方の奢りでありますか! これは何が何でも勝たねばならないであります!」
「まぁ、みんなお金持ってそうだし。なぁに。負けなきゃいいのさ。負けなきゃ」
「何で、俺まで巻き込まれてんだよ!?」
悪態を付く龍成の声がビーチに響き渡る。廻とボディとギュスターブくんはパラソルの下で応援だ。
「必殺! ゼタシウムブレイザーV・アクアバージョン」
バインとムサシが明煌の顔面にビーチボールを喰らわせる。
悪巧みも良いが真夏の太陽の下でいい汗を流せばわだかまりも水に流せるかもしれないと愛無は、ボールを掴んでムサシに投げ返す明煌を見て頷いた。
「……『らぶあんどぴーす』は大切だぞ。腹黒達。お天道様も言ってるぞ」
「いや、先に顔面狙ってきたのはムサシやけど?」
「勝負に手加減は不要であります! くらえー、であります!!」
わいわいと賑やかに、大人げなくはしゃぐ明煌達に、廻は笑みを零す。
夏の浜辺の。眩しい思い出――
●
「遮那殿、よければ共に花火でもいかがだろうか」
鬼灯は花火が上がる浜辺で遮那へと手を振った。
豊穣を離れ勉学に励む遮那を見て、偶には息抜きも良いだろうと目を細める。
「遮那さん! お話しましょ!」
「おお、二人とも。一緒に花火を見よう」
章姫と鬼灯に笑顔を向ける遮那。鬼灯は少年の隣に立ち打ち上がる花火を見上げた。
「……慣れ親しんだ豊穣から離れ久しいと思うが少しは慣れたか? まあ貴殿の事だ、俺が問いかけるまでも無いだろうが」
「うむ。此方で学ぶ事も多く毎日が新鮮であるが、楽しいぞ」
遮那は自分と違って真面目だから。責務の重みで潰れてしまわないかと心配になるのだ。
「背負うものは護るものが増える度に人は強くなり弱くなる。そうだろう、遮那殿」
「……ああ。そうだな」
魔に魅入られそうになった時、強くあれたのは鹿ノ子達の事を思えばこそだった。だが、同時に頼ってしまう、負担を掛けてしまうと思うこともある。
「彼女らには話せぬ悩みもきっとそのうち出てくるだろう。その時は俺や暦を是非頼ってくれ。影はいつでも貴殿の味方だ」
「ありがとう。鬼灯。頼りにさせて貰うぞ」
男同士にしか話せぬ、預けられぬものがきっとあるだろうから。
ネーヴェは義足で柔らかい砂を踏む。
バランスが取るのが難しい砂は支えて貰わなければ歩きにくいだろう。
「握っていただけません、か?」
緊張したように差し出されたシャルティエの手にネーヴェの指が乗せられた。
しっかりと絡んだ指先。繋いだ手の温もりに少しだけ緊張するシャルティエ。
夜空を見上げたネーヴェはシャルティエの耳元で囁く。
「ね、クラリウス様。流れ星が消えてしまう間に、3度願いを心で唱えたら、叶うのだそうですよ」
見上げた群青の空に瞬く一筋の流れ星。
「あっ」
二人して同時に声を上げる。願い事をする暇などなかったけれど。
相手は何を願ったのだろうか。
言葉にすれば叶わないとされる願い。
ネーヴェはシャルティエが幸せでありますようにと願った。健やかに怪我はしないでほしいと。
騎士へ至る道を歩んで欲しい。胸に秘めた想いは伝うこと無く。されど彼の道行きが光に満ちたものでありますようにと願いを込めた。自分はそこに居なくて構わないから。
シャルティエは彼女の傍に居たいと願う。この手で守り抜きたい。悲しみを笑顔に変えたい。
ネーヴェは強い心を持っているから自分なんかが守れるだなんて驕りかもしれないけれど。
傍に居られるなら何だってしてみせるから。だから――どうか、傍に。
秘めたる願いは星の瞬きに消えて行く。
こうして星夜の砂浜を歩くのは何度目だろうか。
耳に木霊する漣の音は寂しさを引き連れているようだ。
「そないに離れて歩かんでもええのに。うち、何かしたやろか?」
背中から聞こえてくる蜻蛉の不安げな声に振り向かず肩を竦める十夜。
「いや何、今夜のお前さんはいつにも増して綺麗なんでな。月からもよく見えるように、おっさんなりに気を遣ってるのさ」
月から天女を奪ってしまった身だからと空を見上げる十夜に蜻蛉は頬を膨らませる。
「もう……よお分からん事ばっかり並べて。気ぃ使うとこ間違えとります」
拗ねたように海へと飛び込む蜻蛉を追いかけて、十夜も水面へ身体を浸した。
海の中を追いかければ暗い水底へ沈んでいきそうな蜻蛉の姿が見える。
「駄目だぜ、嬢ちゃん。“其処”は、お前さんには似合わねぇよ」
黒く澱んだ水底より、月明かりの下で微笑む方が蜻蛉には似合っているから。
十夜は蜻蛉へ自身の尾を絡ませ引き寄せた。
蜻蛉は暗い水底を一瞥して、視線を上げる。かつて『其処』に居たのは貴方だったのに。
今は、月の光と同じ瞳の中に映る『蒼い魚』は、緩く笑みを浮かべているのだ。
フェデリアに来てから暫くの時間が経った。
そろそろ豊穣が恋しくなる頃かと朝顔は遮那を縁日へと誘う。
「水着で行くのか?」
「はい! 遮那君の水着は海だけじゃ勿体ないですよ」
「其方の水着も美しいぞ」
静かな星空と賑やかな祭り。対照的な風景が好きだと朝顔は目を細めた。
「遮那君、手を繋いでくれませんか?」
人混みが怖いという朝顔の手を握りゆっくりと歩き出す遮那。
共に食べるものは、豊穣では見られない南国のフルーツを使った飴や、香辛料が効いた串焼き。
「遮那君、何か気になる事ありました?」
同じ味を楽しみながら朝顔は遮那に問いかける。
何か考え事をしているような気がしたから。この前のデートでは見られなかった表情。
無理にきくつもりはないけれど、考えこまずに頼ってほしいと思う。
「男が女に頼るなんて……とか思うかもしれませんが。好きな人に頼って貰えるのは凄く嬉しい事なんですから!」
「ふふ、ありがとう向日葵。其方は優しいのう」
随分と伸びた背。届くようになった朝顔の頬に、遮那は優しく触れて。
「これが豊穣風の縁日ですか」
夜になり橙の灯りが灯された幻想的な祭りに目を輝かせるチェレンチィ。
「はぐれんなよ」
「はいっ!」
歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれる龍成に少し嬉しくなる。
色んな出店を見渡したチェレンチィは金魚すくいを指差した。
「どちらが沢山すくえるか競争しましょう! 龍成さん!」
「あいあい。どうやってやるか分かるか? これで、ひょいって掬う」
龍成はポイを水につけ、金魚を追いかける。全然掬えてない。
「え、こんな脆いものでやるんですか? あっ」
破れたポイを持ち上げたチェレンチィは残念そうに首を振った。脆すぎる。
顔を見合わせた二人は「次だ次」と立ち上がった。
何だかさっきよりも人が多くなってくるのに、チェレンチィは隣の龍成を振り返る。
「あれ? 龍成さん? あ、前に……龍成さん、待ってください……わぷ!」
チェレンチィは人混みに流されるまま目を白黒させた。
「……おい、大丈夫か?」
「はっ!」
手を引いて人混みから助け出してくれた龍成にチェレンチィはこくこくと頷いた。
「縁日楽しみね!」
「そうだな」
ジェラルドはアルエットを連れて豊穣風の縁日へ足を運ぶ。
祭りは故郷にもあったが、場所も違えば文化の差もあるのだとジェラルドは目を輝かせた。
「金魚すくい、水風船、輪投げ? どういうものなのか全然わかんねぇ……アルエットは何がしたい? 付き合うぜ」
「ええとね、じゃあ水風船!」
それにしてもとジェラルドはアルエットの浴衣に視線を落す。
「……今日のアンタは別嬪だぜ」
いつもの癖で頭を撫でようとして手を止めたジェラルド。
折角可愛くセットしているのに崩れたらもったい無い。
「ジェラルドさんも格好いいの! 浴衣似合うね」
「まあ、そんな興味ねえんだけど、アルエットが浴衣着てくるっつてたからな。俺がいつもの服だったらおかしいだろ? せっかく片方が小奇麗に着てくれてんだし。その隣のヤツも程々に見れた奴になった方が良いと思ってさ」
アルエットの事を考えながら選ぶ服は楽しかったとジェラルドは目を細める。
「んふふ。アルエットとジェラルドさんは仲良しね!」
「ああ、そうだな」
笑顔で手を繋ぎながら、二人は縁日の灯りに照らされていた。
「は~」
大きな溜息を吐いたタイムは浴衣姿で遮那を待つ。
VDMシーで喋ったこと。忘れてほしい。無理かな~。大体、浴衣を選んで貰ったのだって夏子が素っ気なかったせいだし。あの人ってばホント私の気持ちも知らず――
「悩んでいるようだなタイム」
「ってわああああ遮那さん!!! 今の声に出てた? どこまで聞いたの!?」
「大丈夫だ。VDMシーで喋ったことからしか聞いて無い」
「全部じゃない!」
手で顔を覆ったタイムは観念したように瞳を上げる。
「……でも隠してるんじゃないしそういう訳なの。ごめんね」
年上であるのに自分のままならなさを打つけてしまった。もっと確りしなくてはならないのに。
「……でも、悩んだらまたお話してもいい?」
「構わぬよ。私でよければ話しぐらいは聞くぞ」
良い返事に笑顔を取り戻したタイムは「この浴衣どうかな」と袖を持ち上げる。
「とても愛らしいぞタイム。良く似合っておる」
「ふふ。遮那さんは褒め上手ね。やっぱり選んで貰って良かった!
遮那さんの浴衣は誰かに選んで貰ったの? んん~?」
照れくさそうに視線を逸らした遮那はほら往くぞと歩き出した。
かき氷にラムネ串焼き。食べ物ばかり買ってくるタイムに遮那は笑みを零す。
「食べ物ばっかりって言わないでよ~。縁日ならではなのがいいのっ。 じゃあじゃあ!射的やりましょ。わたしと勝負! 何か取れたら頂戴。わたしも取れたら遮那さんにあげる」
負けないと腕を捲るタイムの背を遮那は追いかけた。
少し痛む鼻緒にエーリカは小さく息を吐く。
歩きづらいのだろうと、ラノールは大きな手を差し出した。
彼女のことなら何だって分かってしまう。
「大丈夫かい?」
差し伸べられた手に指を乗せたエーリカは安堵の表情を浮かべた。
「わたしが『たすけてほしい』って思ったとき、ラノール、すぐに振り向いて手を引いてくれるね」
「……ふふ、誰のでもわかるわけじゃない。君だから、わかるんだ」
お互いが大切で、愛おしくて。焦がれる恋をしているから。
耳元で囁く言葉と染まる頬。いつまでたっても変わることの無い恋の熱。
「ラノール、みて。果物に飴をかけてるんだって。きれいだね、宝石みたい」
「食べるかい?」
「……いいの?」
差し出されたりんご飴を頬張れば、固い飴の内側からしゃりっと果肉が溢れ出す。
「ね、ラノール。ほら、反対側をどうぞ」
「……おや、良いのかい? じゃあ、一口」
大きな口と牙でガリっと噛んだラノールの横顔に、少しだけ胸が跳ねるエーリカ。
だって、そんな仕草だって格好いいのだ。頬染めたエーリカは「たのしいね」と愛しき人に微笑んだ。
「今回、頼んで作って貰った浴衣は良いな。良く似合っているよ、リュティス」
「ありがとうございます。御主人様も良く似合っていると思います」
普段はメイド服姿のリュティスを見つめ新鮮だとベネディクトは顔を綻ばせる。
二人が着ている襟替りの浴衣は揃いの仕立てだ。僅かに頬に朱が差すリュティス。
「ただ、足元は慣れないか? 痛めたら何時でも言うんだぞ」
「お気遣いありがとうございます。走れはしませんが、大丈夫かと思います」
手を繋ぎ縁日を往く二人。夏の体温はほんのりと汗ばみ、鼓動と共に掌から伝わってくる。
金魚掬いに夢中になるベネディクトが、これまた意外にも得意ではないようで。
穴の開いたポイを照れくさそうに持ち上げた。
再び手を繋いで歩いて往けば、水色の瓶が氷水の中に浮かんでいるのが見える。
「ラムネとはなんでしょうか?」
「ラムネか? ふむ、瓶の中にビー玉が入っているのかな」
「せっかくなので買ってみても良いでしょうか?」
不思議な形をしたラムネの瓶を手に二人は顔を見合わせた。
ビー玉を押し込んで、溢れる炭酸に慌てて口をつければ、どちらともなく笑いが零れる。
喉の奥に落ちていく強いラムネは、夏の思い出に深く刻まれた。
●
ヴィーザル地方に吹く爽やかな風がジュリエットの髪を揺らす。
湖畔に掛かる桟橋と、陽光が水面に煌めいて反射した。
ジュリエットは岸辺にそっと足を浸し、水を掬い上げギルバートへと差し出す。
「シャツを着た方がいいだろう。まだ肌寒いしな」
「貸してくれるのですか?」
ギルバートは上着を脱いでシャツをジュリエットに手渡した。
脱いでいるギルバートを直視出来ず、名を呼ぶ彼に慌てて手を差し出す。
「は、はい……っ」
胸の奥が締め付けられるような動悸。耳朶に昇る熱を感じる。
折角シャツを貸して貰ったのだ着ないわけにはいかないだろう。
頭から被り引っ張って髪の毛を外へと出した。まだ温かいシャツからギルバートの香りが上がってくる。
「さ、桟橋の方へ行きましょ……きゃ!」
「ジュリエット!?」
急に歩き出そうとしたジュリエットはぬかるみに足を取られ、水面に倒れ込んだ。
「怪我は無いか!?」
慌てて手を差し出したギルバートの瞳には、濡れそぼったジュリエットの姿が鮮明に写り込む。
「怪我はありませんが、お借りしたシャツを濡らしてしまいましたね……」
白い肌と水着が濡れたシャツ越しに透けて見え、その美しさに目が眩んだ。
軽々と自分を抱えタオルを取りに戻るギルバートの顔は耳まで赤く染まっていて、ジュリエットは湧き上がる恥ずかしさに胸元でぎゅっと指を握り締めた。
「繰切殿ー! 俺だーーーーー!」
封印の扉に阻まれ跳ね返るアーマデル。
本来の巫女である廻が不在の今、此処に来るのはアーマデルの役目なのだ。
「ああ、義務感ではないぞ。そうだな……俺も『寂しい』のだろう」
保護者や大切な者も友人も居てくれる。けれど、自分に加護をくれた神はもういないのだ。
微かな残り香のような欠片を残し、世界に解けてしまったのだと伝えられている。
事実かそうでないかは分からないが、そう信じる者が紡いだ運命(糸)が、それを限りなく真実へと近づけるとアーマデルは繰切へ語った。語りながらお供え物を袋から取り出す。
「何だ土産か?」
「ああ。時期限定のトロピカルなドリンクとかスイーツ」
奉納用の酒もあわせて扉の前に置いた。
「そうだ繰切殿、水着のサイズは大丈夫だっただろうか?」
「ああ、今度のは大丈夫そうだ。前のは破れてしまったからな」
「いつか……」
アーマデルは小さく零れかけた言葉を否定するように首を振った。己は『希望』を語るべきではないと。
言葉にすれば運命はどうしても彼の手をすり抜けてしまう。だから、望みは胸に秘め。
送別会のあと季節は夏へ移ろう。
燈堂家の人々は元気だろうかとチックは本邸までの道を歩いていた。
向日葵や葵の咲く庭園は美しく胸が充たされる。
本邸に居る白銀に挨拶をして地下へと降りるチック。
「……こんにちは、繰切」
「おう、小さき鳥よ。今日はどうした」
チックはフェデリアに行った時の話しを繰切に語る。
「……海や花の景色、とっても綺麗な場所で……ね。そこにある教会で、この前着たのとは……違う『結婚』する時の衣装。お試し、した。ドレス……なんだけど。男の人が着ても、大丈夫そうなもの……だった」
それはさぞ綺麗だったろうなと笑う声が扉の向こうから聞こえた。
繰切は出かける事ができるなら行ってみたい所はあるのだろうか。白銀や灰斗と家族旅行のような。
「そうだな。人の姿になって色々な所へ行ってみたいぞ」
それが叶うのなら、案内させてほしいとチックは微笑む。
「そういえばアンドリュー、聞きまして?」
ヴァレーリヤは船を漕ぎながらこの先の小島に美少女の幽霊が出るのだと悪い笑顔を向ける。
「なんでも見たが最後、戻ることはできないのですって。楽しそうだから行ってみませんこと?」
「うむ、なにやら右大胸筋がいつのなく震えている! 行くぞ! マイフレンド!」
わくわくと肝試し気分でアンドリューと船を漕ぐヴァレーリヤは上空を飛んでいく遮那を見つけた。
「遮那くーん! 待って下さいよー!」
それを追いかけるのはルル家だ。彼らもこの小島に肝試しにきたのだろう。
上陸したヴァレーリヤは島を包む異様な空気に息を飲んだ。
白い砂浜に、白いセーラー服の美少女が立って居る。それに相対するのは同じセーラー服を着た百合子。
「ふむ……?」
小首を傾げた百合子は目の前の少女が着ている『白セーラー』をまじまじと見つめる。
「なあ、お前の制服と同じものだよな? あれ」
百合子の隣に立ったセレマは、眉を寄せ目の前の『何か』と対峙していた。
身体中が無意識に最大限の警戒を発している。
白セーラーは生徒会長の証。似た制服を持つ流派など存在しないと百合子は認識していた。
同胞なれば挨拶をしておいた方がいいかもしれない。
困っている同胞なれば助けるのが生徒会長の役目だから。
百合子が手を差し出した刹那、セレマがその肩を押した。
二人の後を通り抜けるは、衝撃波を伴った拳の一撃。
否、一撃にしか見えない多弾の拳だ。砂が舞い上がり背後の木が粉砕する。
「クッッ……ッソがよぉギリギリ庇いきれた!!」
白い砂にまき散らされた肉片。セレマはこの一撃で何回死んだのだろうか。
「どう、いう、こと、だっ! なぜ吾の知らぬ白百合清楚殺戮拳の使い手が此処に居る!」
砂浜は戦場と化し。圧倒的な死の予感が広がった。
「遮那くん、気をつけて。あの人……かなり不味い相手です……!」
セレマを打った一撃を目の当たりにしたルル家はごくりと唾を飲み込んだ。
震える手で武器を構え、奥歯を噛みしめ遮那の盾になる。
話しを聞いた時はよくある怪談だと思っていた。危険な場所に人を近づけさせない方便。
されど、目の前の美少女は余りにも似すぎているのだ。
死の島に住む黒髪の――『灰の魔人』に。
「幽霊のくせに、実体があるだなんて聞いていませんわよ!」
ヴァレーリヤは美少女――咲花・香乃子の攻撃を受け流す。アンドリューにも手伝って貰い、この砂浜に集まった人達で対応しても、分が悪すぎる相手だ。
「ああ、もうクソったれが! 何回殺すんだよ!」
「なぜ吾の知らぬ白百合清楚殺戮拳の使い手が此処に居る!」
百合子の動揺に迅も息を飲んだ。白百合清楚殺戮拳の門下生かと思ったがこの鬼気。ただ者ではない。
戦うという選択肢は、死を意味していた。事実、セレマはもう何度も『死んで』いる。
それ程までに、恐怖を感じる相手なのだ。話しが通じるとも思えないと迅は眉を寄せる。
「会いたくは無かったぞ、開祖!」
認めたくはないが、セレマやヴァレーリヤ、迅をいれても勝ち目は無い。
「しっかり捕まってろ、全力で逃げる! 道中の援護は任せた!」
「一旦引きますわよ!」
ひっ捕まえて水着のクリーニング代と酒代をむしり取れればと歯を噛みしめるヴァレーリヤ。
殿を務める迅は視界を遮るように砂を打ち、香乃子の追撃を躱す。
死の予感が犇めく美少女は、去って行く百合子を瞬きもせず見つめ続けていた。
●
星空の浜辺で獅門は剣を振っていた。
幼い頃から何度も繰り返した基本の型。静かな波の音が獅門の耳に届く。
この場は本当によく星が見えると刀を振いながら獅門は視線を上げた。
豊穣でも見えるけれど、異国の地なればこそまた違った風情がある。
「……修練はここまでにしておくか。星空が綺麗だしな」
懐をから取り出した龍笛を奏でる獅門。
春嵐に寄りかかり漣の音に合わせ緩りと旋律を吹いた。
「良い音色だな」
「ああ、天香の……ありがとうよ。この星空を見てるとな」
笛の音色に引き寄せられた遮那に手を振って、再び獅門は夜音を響かせる。
正純は星を見上げながら浜辺を歩いていた。
静かな夜の空。視線を地上へ戻せば見慣れた姿が目に止まる。
「おや、遮那さんもお散歩ですか?」
「ああ正純もか」
「ふふ、星が綺麗な夜ですからね。散歩したくなる気持ちも分かります。……少し、歩きませんか?」
今日一日楽しかっただろうか。そんな問いかけに遮那は笑顔で頷いた。
「ふふ、きちんと遊学できてます? ここで学んだことを、きちんと豊穣に帰ってから活かさねばなりませんからね」
「分かっておるよぉ」
少し間延びした子供のような仕草に正純は笑みを零す。
「しっかりと遊び、しっかりと学ぶ。あの国ではできない経験をして帰りましょうね」
正純は一呼吸置いて遮那を真っ直ぐに見つめた。
「……ええと、実は遮那さんにお見せしたいものがあります」
上着をするりと脱いだ正純は右肩の義手を曝け出す。其処から身体の中心に掛けて広がる痣。
「この痣は私と星の繋がり、今まで私の信仰の寄る辺だった鎖です」
星の綺麗な夜だからこそはっきりと見えるもの。正純にとっては大切なもの。
「傍から見れば気味が悪いですよね。それでも、貴方にも知って欲しかった」
正純の真剣な表情に遮那も確りと頷く。
「気味が悪いなどとは思わぬよ。正純にとって大切なものなのだから。それを貶すようなことはせぬ」
秘密を曝け出すのは勇気がいる。それでも知って欲しいということは、それだけ信頼されている証拠。それが素直に嬉しいのだと遮那は優しく微笑んだ。
アラックを手にラズワルドは廻を夜のビーチへ連れ出す。
「それにしてもさぁ……んふふ、すっごい水着だねぇ」
ウェディングドレスのような華やかな衣装。白無垢に対抗して『彼』が選んだのだろうか。
意味ありげで何だか心がモヤモヤする。白は貴方の色に染まりますという意味もあるからだ。
「さぁて、お酒っと。あの時の梅酒、イイ感じになってきてるから味見するー?」
繰切酒造の梅酒も持参したから花火を見ながら飲むには丁度良い。
「味見良いですね」
「ふふ~」
琥珀色の梅酒を注ぎ、二人で舌に転がせば甘くて強いアルコールが広がる。
廻に撓垂れかかったラズワルドは、柔らかな肌に頬を擦りつけた。
「安眠のお守りが欲しいんだよねぇ……何か交換して?」
ラズワルドは普段着のコートの留め具を廻の手首に巻く。
代わりに廻は太もものベルトをラズワルドへ渡した。
「ねぇ、廻くん。大丈夫って魔法の言葉だけど呪いにもなるからさぁ……僕の前では言わないでねぇ?」
このまま逃げても廻を攫えないのなら、せめて本当の言葉がほしい。
「……えと、その。頑張らないといけないんですけど、浄化とか少し辛くて……それで寂しくなって、皆に会いたくて連れて来て貰いました。本当は、こんな弱音吐いちゃいけないのに。明煌さんも他の人も僕の為に時間を割いてくれてるのに。……ぅ、う」
零れ落ちる涙を舐め取ってラズワルドは廻をぎゅうと抱きしめた。
尻尾を巻き付けあやすように。離さぬように。
「暁月様、私にお時間を頂けませんか?」
星穹は暁月の隣へ腰掛ける。
「どうしたんだい?」
「そのですね、ヴェルグリーズが……あの剣が『急遽予定が入ってしまったんだ、すまない星穹殿』とかなんとか言って……依頼へ行ってしまったのです」
イレギュラーズであれば仕方の無いこと。星穹とてそれは分かっている。けれど寂しいものは寂しい。
楽しみにしていたし、浮かれて準備も頑張っていた。
「……これじゃあ全て水の泡なんですもの」
澄ました顔がいつになく不機嫌そうで暁月は目を細める。
「……ちょっと? どうして笑っているんですか!」
だから、今日は暁月とデートをして、彼に禁止されていた外でのお酒を解禁して、朝帰りするのだと大きな声で叫ぶ星穹。
「それもこれも、今私を止められないヴェルグリーズが悪いんです……ばーか」
酔い潰れた星穹を隣のベンチに寝かせ、子供たちを見守るアーリア達。
暁月と明煌を両側に座らせたアーリアは冷えたビールを差し出した。
「美人の誘いよ? 断らないでしょ?」
「はは、まさか……ありがと」
ビールを受け取った暁月は「楽しい一日に乾杯」と伝う彼女にグラスを重ねる。
「……しかし、ほんっと二人とも似てるわよねぇ」
まじまじと暁月と明煌の顔を交互に見つめ、笑顔を見せるアーリア。
「ね、明煌さん。暁月くんの小さなころのかわいい話とかなぁい?」
夢の廻廊で彼の過去を見た事はあるけれど、やはり本物を知ってる人の話は聞きたいものだ。
純粋な悪戯心でもある。
「暁月の小さい頃の話しかい? そうだねぇ……」
「待って。何を話す気なんだ明煌さん? 彼女に変な事を吹き込まないでくれよ?」
アーリアの目の前を暁月の手が通り過ぎ、明煌の腕を掴む。
一瞬だけ困惑した表情を見せた明煌はパっと暁月の手を払った。
「……セミ取るために暁月が木登って、落ちたんだけど。俺が怒られた」
「あらまぁ」
「池に暁月が入って溺れて助けたら。俺が怒られた」
「いや、いつの話し! 4歳とか5歳とかやんそれ!」
立ち上がった暁月は漏れ出た素の言葉に僅かに頬を染める。
その瞬間、夜空に花火が咲いて大きな音が胸を打った。
「近くで見ると壮観ね」
こんな平和な日々が続けばいいのにと呟いたアーリアの声は花火の音で掻き消される。
「アーリアちゃんは、暁月の友達? 仲良いよね」
耳元で囁いた明煌の声は、暗く絡め取るような気配があった。
「ん? どうしたの? 内緒話?」
「ううん。何でも無いわ」
隣に戻ってきた暁月に首を振ってアーリアは明煌の顔を横目で見遣る。
暁月に似た暁月では無い横顔は、興味を失ったように視線を逸らした。
花火が打ち上がる浜辺を遮那と鹿ノ子は浴衣で歩く。
「遮那さんと出会って、もう三度目の夏になりますね……早いものですねぇ」
鹿ノ子は遮那の袖を引いてお願いがあると瞳を上げた。
「もしも僕が、本当に遠くへ行くことになって、そして……帰ってくることがなかったら、そのときは」
――――その時はどうか、僕のことを忘れてください。
花火が水面に反射して、七色の光を散らす。
覚えていてほしいと、いつか鹿ノ子は遮那に言った。それに忘れられるものかと遮那は応えた。
約束をしたのだ。
けれど、その命が危ぶまれるのならば。未来を守れるのならば。
「だいすきです、遮那さん。はじめて約束を交わしたあの夜からずっと、この気持ちは変わりません」
だからどうか。幸せでいてほしい。
「いつか、いつか愛するひとを見つけて、幸せになってね」
離れない事が愛だというならば。離れることもまた愛だと思うのは、愚かだろうか。
鹿ノ子はそんな事を思いながら遮那の顔を見つめる。
大切なものは、唐突に――この手から零れていくのだと遮那は息を飲んだ。
姉も。兄も。忠継も。今度は鹿ノ子なのか、と。琥珀の瞳を曇らせる。
子供の様に泣いて縋る事ができれば、どれほど良かっただろう。
そうしたら、彼女は離れて行かないのだろうか。
自分は子供だという自覚はあるのに、こんな時だけ抑制するように心に歯止めがかかってしまう。
遮那の内側で渦巻くのは、悲しみと苛立ち。覚えの無い複雑な激情だ。
これを、鹿ノ子にぶつけてしまうのは子供のすることだ。
「……達者、でな」
絞り出す事の出来た言葉は震えている。取り繕うなんて出来ない。
悔しい。辛い。苦しい。腹立たしい。悲しい。寂しい。どうすればいいかなんて、分からない!
遮那は涙と共に、その場を後にした。
夜の浜辺にシルキィと廻の足跡が続いていた。
「……廻君。会いたかったよぉ、ほんとに!」
「僕もシルキィさんに会いたかったです」
手を繋いで時間を惜しむようにゆっくりと歩く二人。
シルキィが愛無に貰った水着はウェディングドレスのようで、彼女の魅力が一層引き立っている。
昼の賑わいとは裏腹に夜の海辺は静かな時を刻んでいた。
星が瞬き海に落ちていく。特別な光景だろう。
廻が煌浄殿に入って少し経った。
横目で見遣る廻の頬は少しやつれているように見える。大丈夫かと問うことはできるだろう。けれど其れに返答がある来るとすれば、やはり「大丈夫です」なのだ。
シルキィには祈ることしかできない。廻が無事に帰って来ますようにと。
「……でも、やっぱり心配なんだ」
煌浄殿での浄化を疑う理由はシルキィには無い。それで穢れが祓えるのならば仕方の無いことだ。
それでも、廻が苦しく辛い思いをしているのなら傍に居てあげたい。
「……ね、廻君。今から言うことは冗談だから。
きっと、キミを困らせちゃうだけだから……本気にしないでねぇ」
――行かないで。
ペリドットの瞳が揺れる。
呼応するように、廻の紫瞳に涙が浮かんだ。
行きたくない。行きたくない。行きたくない。そんな思いが溢れ出す。
「僕……怖いんです、明煌さんに逆らえなくて。どんどん変えられていく……自分が自分じゃ無くなっていくみたいで。だから、少しでもシルキィさんとの思い出を覚えていたい、温もりも声も忘れたくない」
廻はシルキィの肩に顔を埋めて涙を流す。
柔らかなシルキィの肌に安堵を覚えた。縋るように肩から頬へ流れる唇。
涙に夜空の星が反射して、ただシルキィの温もりを覚えていたいのだと一粒零れ落ちる。
静かに泣いている廻をシルキィはつよく強く抱きしめた。共に在る時間を惜しむように、強く――
シルキィと別れたあと廻はホテルの部屋のドアをそっと開ける。
遅くなってしまったから明煌は寝ているだろう。起こすのは悪いからと静かにドアを閉めた。
「おかえり廻」
「ひっ!」
振り返った瞬間に明煌の声が上から振ってきて廻は飛び上がる。
「随分『早かった』じゃないか。朝まで帰って来ないかと思ってたよ」
「明煌さん。遅くなってごめんなさっ……、っ」
謝罪も待たず、明煌は廻の細い腕を掴みリビングへと歩き出す。
「廻にさぁ、選んで欲しいんだよねぇ。どれが良いか……」
明煌の言葉に首を横に振って「ごめんなさい」と一歩下がる廻。
けれど、掴まれたままの腕では何処にも行くことは出来ない。
「約束を破ったのは廻だよね? お仕置きはちゃんと受けないと。さあ、初めはどれがいい?」
明煌の声が耳元で響けば、逃げられない檻へ囚われる感覚を覚え、廻の身体は小刻みに震えた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
夏の思い出は色彩豊かに。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。夏祭りをたのしみましょう!
●目的
夏祭りを楽しむ。
●ロケーション
フェデリア島シレンツィオ・リゾートです。
パライバトルマリンの海と青い空。白い砂浜、縁日、花火。
サマーフェスティバルの装いです。
A:浜辺(昼、夕、夜)
シロタイガービーチ。水着で遊びましょう!
昼は青空。夕方はオレンジ色に。夜には美しい星空が広がります。
青い海で泳いだり、浮き輪で浮かんだり、ビーチバレーもいいですね。
砂浜でお城を作ってみたり、水上バンガローで軽食も楽しめるでしょう。
夜の砂浜を静かに歩いてみるのも風情があって良いと思います。
B:縁日(昼、夕、夜)
シロタイガービーチから、天衣永雅堂ホテルまでの道沿いには豊穣風の縁日が開かれています。
橙色の明かりに照らされて浴衣でゆっくり歩きましょう。
金魚すくい、水風船、輪投げ、型抜き、串焼き、お面。
ラムネやフランクフルトやたこ焼きなんかもあります。
迷子にならないように手を繋いでみたり。
C:花火(夜)
星空に咲く花火を見上げるのもいいですね。
肩を寄せ合って見上げたり、草っ原に寝転がってもいいでしょう。
浜辺からも見る事が出来ます。
花火も気になるけど横顔も気になってしまいますね。
D:その他
自宅や、燈堂家、ヴィーザル地方の湖畔など、上記以外の場所はこちら。
●プレイング書式例
強制ではありませんが、リプレイ執筆がスムーズになって助かりますのでご協力お願いします。
一行目:ロケーションから【A】~【D】を記載。
二行目:同行PCやNPCの指定(フルネームとIDを記載)。グループタグも使用頂けます。
三行目から:自由
例:
A
【白廻】
今日は明煌さんから許しを貰ってシレンツィオ・リゾートに来ました。
久々に皆に会えるので、とっても嬉しいです。
でも、この水着じゃないと駄目だって言われてて。
ちょっと恥ずかしいかも。
●NPC
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
煌浄殿に居て、普段は会うことが出来ませんが、今回は特別につれて来て貰いました。
少し痩せたように感じますが、いつも以上にはしゃいでいます。
【A】~【C】に居ます。
○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)
海に来て楽しそうです。
【A】~【C】に居ます。
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
教師として保護者として見守る為に来ました。
廻と明煌が来ている事に驚いています。
【A】~【C】に居ます。
○『煌浄殿の主』深道明煌
廻を連れてフェデリア島へやってきました。
普通に観光しています。
【A】~【C】に居ます。
○『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)
豊穣から遠征中です。
しばらく向学のためフェデリア島へ滞在するようです。
【A】~【C】に居ます。
○『彷す百合』咲花・香乃子
海洋南西部に浮かぶセントリリアン諸島からやってきた白百合清楚殺戮拳の開祖。
とても強いです。何故か戦闘(フレーバー)が発生します。
【D】フェデリア島近郊の小島にいます。
○その他
ギルバートは【D】のヴィーザル地方の湖畔。
テアドールは【D】の研究所。
繰切は【D】の燈堂家。
アンドリュー、アルエット、ラビ等もみじ所有のNPCは居そうな場所に居ます。
●諸注意
描写量は控えます。
行動は絞ったほうが扱いはよくなるかと思います。
未成年の飲酒喫煙は出来ません。
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