シナリオ詳細
<光芒パルティーレ>ローズマリナスの揺らめき
オープニング
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塩花を蹴散らし船は進む。静寂の名をほしいままにしたその海は女神の抱擁を受けたかのような穏やかさを讃えていた。
絶望のかんばせはその鳴りを潜め、狂濤の気配さえ遠離る。甲板に立った白波の気配に輝かんばかりの旭日が反射した。
海洋王国大号令――そう呼ばれた国家事業を終えて幾年、人の手が加えられたアクエリアは急激な発展を遂げていた。
暗澹たる雲に覆い隠され神鳴りの劈く音さえも久しくなったその場所はアクエリアを経て、フェデリアへと続き、美しき黄泉津へと至ったそうだ。
そうして、碧色の水面を征く舟は喧噪の中へと辿り着く。
あの頃、絶望の大海原を旅していた頃からは想像も付かぬ喧噪に、真珠の煌めきを閉じ込めた美しき海面。
帷子時にはまだ遠くとも、炎節の気配に近付いたこの地にはシレンツィオ・リゾートと呼ばれた自由を謳歌する島々がその姿を現した。
絶望の青の入り口であったアクエリア海域。
イレギュラーズ達が軍事拠点としたその場所は、恐るるべき病の脅威を失い急激に観光地として変化していた。
自然の豊かさは其の儘に、セレニティブルーの海原は白い指先を待ち望むように穏やかさを讃えている。
アクエリア総督府の歓迎の声はローレットにも響き渡った。
●
「すごい、すごいわ! とっても綺麗」
サマーワンピースに身を包み、旅行鞄を抱えた『探偵助手』退紅・万葉 (p3n000171)がタラップをリズミカルに駆け下りて行く。
その背後をのそのそと歩くのはチャウチャウの面白山高原先輩と、その背にしがみ付いているエキゾチックショートヘアの蛸地蔵君だった。
「先輩、蛸地蔵君! 見て、ここがアクエリアっていうらしいの!」
首を捻った二匹の背後で、そのリードを持っていた『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は「落ち着いて」と声を掛ける。
海洋王国が念願の『新天地発見』を果たしてから、この海域は長らく貿易に使用されていたらしい。
この諸島群は海洋王国、新天地カムイグラ、そして鉄帝国との貿易を結ぶ一大都市となったらしい。フェデリア島から連なり、アクエリア海域もコンチネンタルホテルが建築させ観光地として栄え始めたらしい。
「荷物はホテルに置いていこう。それから、ガイドブックを貰ってこなくちゃ」
「雪風って、そういう所こだわり強いわよね、そう思わない? エルピス」
ええ、と、と首を捻った『聖女の殻』エルピス (p3n000080)は煌めく水面を眺めてからぱちりと瞬いた。
アクエリア総督府ではこの島のガイドブックの無料配布が行われているらしい。
アクエリア宝石洞は小舟を使って通り抜けることの出来る幻想的なスポットとして親しまれていた。
洞穴の外より差し込む光は蒼き水面を揺らがせる。煌々とした岩は宝玉と呼んでも差し支えはないものだった。
淡く、光の気配に支配されたその場所で指先を水面に浸せば小魚たちがキスをする。
「アクエリア宝石洞はやっぱり外せないとおもうの。エルピスは何処か気になるところはある?」
「ええ、と。アクエリア大聖堂……と言う場所が」
美しきコロニアル様式の大聖堂には聖なる哉、その力を瑞々しく受け取った湖畔の大樹がどしりと腰を下ろしている。
若く麗しき少女達はステンドグラスの天使が『光の加減』で微笑めば、恋が叶うと噂しているらしい。
――当然、エルピスは恋のこころはあまり分からず、天義の聖女であった経験からこの地の見学に訪れたいそうだが。
「俺には聞かないの? メモリアル・ロックで空中散歩とかしてみたいんすけど。
あ、デルモンテ環礁も船をチャーターして夜に行くと星空が綺麗だって聞いたんだよなあ」
「アレグロ・ビーチでダイビングするのも素敵よね。珊瑚礁と熱帯魚、イルカとかいるのかしら?」
「不思議な生き物ならいるかも」
なんたって、混沌だから。
顔を見合わせた旅人(ウォーカー)の二人にエルピスは首を傾いだ。
アタリメ・アクエリアと呼ばれた南部のリゾートホテルではハネムーンやダイビングで訪れる観光客にも人気だそうだ。
メモリアル・ロックではワイバーン・アクティビティを楽しめるほか、浮遊魔法によるバンジージャンプなどのアクティビティで若者の人気を博している。険しく切り立った崖の一部には願掛けのお守りを収める場所があるらしく、浮遊生物の背で空中散歩のついでにおねがいをする者も居るらしい。
「一日じゃ周り切れなさそう! 先輩と蛸地蔵君も一緒に遊びましょうね。
ビーチで水遊びだって、きっと、とってもとっても楽しいから。ほら、雪風もエルピスも!」
手を引いて走り出した万葉は薔薇色の頬でアクエリアの海を眺め遣る。
光彩溢れる、潮騒の港。自然豊かなアクエリアを一時満喫してみませんか――
- <光芒パルティーレ>ローズマリナスの揺らめき完了
- GM名日下部あやめ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年07月11日 22時05分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(50人)
サポートNPC一覧(3人)
リプレイ
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閑靜たる海域を撫で付けた初夏の風は存分に夏の気配を孕む。アクエリア海域を包み込んでいた暗澹たる恐怖は遠離り、隘路とさえ思われたこの場所は広く旅人の行き交う場所となった。
大樹に懐かれ湖のしじまと共に鎮座するアクエリア大聖堂の扉をそっと開いてから千代は「綺麗ですね!」とエルピスを振り返った。
「はい。ひかりが注いで、不思議な場所です」
「大聖堂というからやっぱり全体的に厳かな感じがすごいですね! 私的には詫び寂びとした雰囲気が好きですが、こういうのも悪くないと思います」
そっと、ひとつふたつと足を運べば天より注いだ光がステンドグラスの女神と天使が色彩の涙を零す。
千代の見上げた横顔を薄らと照らしたホワイトパールの色彩が眩くてエルピスは目を細めて穏やかに微笑んだ。
「ステンドグラスの天使様ってあれですかね! ぐぬぬ……何とかして微笑みを見て恋の成就を狙いたいものです!
……現状相手はいませんけどね!
ほら、エルビスさんはどうですか? 天使様が微笑みましたか? ――貴方に幸あれ、って奴です!」
「わたしも、わかりません。……ですが、千代様に屹度微笑んでくださいますよ」
さいわいあれかし。願うように口にすれば、ブーゲンビリアの色彩が淡く、揺らいだ気がした。
「ひさしぶり。元気にしてたー? 一緒に大聖堂見て回ろ! きれいな場所を見るのは私も好きだから」
「はい。元気でした」
小さく頷くエルピスの手をそっと握りしめてからシグルーンは綺麗だね、と大聖堂をゆるやかに進む。
「……あれからどう? 生きてて楽しい? 後悔はない?
私は、君が幸せだといいなって思っているけど、そうじゃなかったら、謝りたかったから」
「――」
少し、息を吐き出して、エルピスはシグルーンを見詰めた。美しい彼女。はじめて出会ったときとは少しばかり姿の変わった。
「シグルーンさんは、しあわせでしょうか。わたしは、とてもしあわせです」
もしも、あなたがふしあわせだと笑うなら。エルピスは力を貸したいと、そう囁いて。
「聖堂を見学するのは初めてだな…こういう場所では、神様に祈りを捧げたりするんだよね?
どういう風にすれば良いのか、エルピスに教えて貰いたいなぁと思って。形式は大事だろうから」
「わたしは、天義しかわかりませんが、いいですか?」
不安げにそう呟くエルピスにルーキスは大丈夫だよと優しく返した。彼女がここの見学に訪れたいと願った事は、『らしいな』と感じられて。
この神聖な空気は天使様のような姿をした彼女に良く似合っていたから。
「……そう言えば、『ステンドグラスの天使が微笑めば恋が叶う』って聞いたんだっけ……うーん、うーん……どうだろう?」
エルピス、と声を掛けるルーキスにエルピスも難しいと云う様に首を捻って。花咲くような色彩は天からの贈り物。
「わからないですが、きれいですね」
ルーキスはそうだね、と返した。ステンドグラスの天使が微笑まなくっても、彼女が微笑んでくれればそれでいい――なんて、思えたから。
「綺麗な大聖堂だねぇ。あまりこういうところには来ないのだけれど、たまにはいいもんだね。
ほら、思い出にもなるしさ? これから先、何年か経って。こんな景色もいっしょに見たなって思い出せたら素敵だと思うんだ」
どうかなあ、と振り向いたシキのアクアマリンの瞳がきらりと輝く。同じ色彩、けれど、すこしだけ違う色。
サンディはあの殺風景で、手を貸さねばならなかった島に出来た美しい建物に圧巻されるように息を呑んだ。
「水神様とかコン・モスカとか、色々あったけど……立派なもんだな。
こりゃカミサマだって無視は出来ねぇような気がする! どっちかというと式場とかか? まぁそんなに違いはねぇはず」
折角だからお祈りでもしようと手招くサンディにシキは首を傾いで。
「お祈り……君は何をお祈りするの?」
「俺自身の事は今更カミサマにお願いするようなものはねえが……」
そうだ、お祈りしたい言葉は『ふたりとも』秘密だけれど決まっている。サンディはシキの為に。シキは『我儘で欲張り』だからふたりとものことを。
――君が幸せでありますように。これからも、君の隣にいたい。
そんなお願い事は秘密にして。この先の青が穏やかでありますようにと願ったサンディは、「この先もシキが楽しく過ごせますように」と付け加えた。
「気のせい、かな?
……ステンドグラス本当に綺麗だねえ。天使たち微笑んでいるみたいだ、なんて」
雰囲気が変わった気がするとサンディも彼女へと頷いた。天使のささやきのように落ちてくる光は鮮やかで温かい。
もしも微笑んでくれたのならば――素直に喜ぼう。愛おしい輝きが、祝福を与えてくれたのだと。
優美な装飾が施された大聖堂を眺めて百合子は「この辺の信仰についてよく分からぬので綺麗という事までしか分からぬ」と首を捻った。
大陸から離れているからか、様式は少し違う。見慣れぬ物を眺めるセレマの服の裾を美少女らしくつい、と突いた百合子は「ねえ」とセレマを呼んだ。
「ねぇ、美少年。テンシってなに? 精霊じゃないの?」
「天使というのは理解し難い超常的頂点が遣わすとされる、比較的人間にも理解しやすい化生だ。
理解しやすくあるため、人に理解できる姿・性質をもって造形・描写される。
モスカなら頂点はリヴァイアサンであり、天使は海獣ということになる……ステンドグラスを見れば雰囲気はつかめるだろ」
ほら、見遣れと言わんばかりに指差されたステンドグラス。光差し込むそこで白き翼を揺らすその人は祈りを捧げるように佇んでいる。
「……まあ数十年後には、御使いはどこぞの巫女の形になるかもしれないがな」
「……確かに、あの伝説は神話と繋がろうな。
だがそうか、この配置は神意をつたえる場としての室礼なのだな。
ステンドグラスも神と天使を仰ぎ見る構図になっているので視覚的に分りやすい」
美しいだけではなく。それが信仰を表しているならばだれかが感じた教義や欲望がそうしてあの白き翼と赤子を懐く女神のかたちを作ったのだろう。
「要するに、神と人では互いに何を考えてるかわからないのさ。
だから人に似せた天使を介して教義と欲望を相互に意訳する必要がある。
単なる偶然や出会いを、恋や運命と名付けたがるのと同じだ」
ふうん、と百合子は首を傾げた。ならば、最初に天使に微笑まれたと思った者は何処かに居たのかと物珍しそうに瞬いて。
「万葉も一緒に先輩達と皆でどうかな……犬や猫が入っても大丈夫なのかな?」
アクエリア大聖堂に向かうのだというベネディクトの足元でポメ太郎が行きましょうと面白山高原先輩にアプローチをしていた。
「ええ、勿論。先輩、ポメ君を乗せてあげて?」
万葉がポメ太郎をそっと抱えて面白山高原先輩の背へと乗せれば、少し自慢げにポメ太郎が尾を揺らす。
静謐溢るる大聖堂では少しだけ声を潜めて。ベネディクトは厳かなる聖堂のパイプオルガンをまじまじと眺めた。
「……教会のステンドグラスを眺めるのは実は昔はよくあってね」
鬱屈とした思いを抱えて、懺悔の言葉と願いを胸に俯いてばかりであった。人を沢山殺しすぎたと自覚する――そんな自分が今、この場所を見ればどう思うのか。
ベネディクトは面白山高原先輩の上に乗っていたポメ太郎をそっと抱き上げた。
「見えるか?」
問えば「あん」と小さめな返事が返される。蛸地蔵君は万葉の足にべたりと張り付いて「なあご」と鳴いた。
「……綺麗だな、ポメ太郎。見に来てよかった」
「ね、とっても綺麗。先輩も蛸地蔵君も、そう思うでしょう?」
三匹の嬉しそうな顔を見れば、万葉もしあわせなのだと微笑んで。
「……今日は付き合ってくれてありがとう、万葉。どうかな、お礼にこの後アイスでも食べに行かないか?」
「勿論。あのね、美味しそうなお店は見付けてあるわ! ポメ君、先輩の背中に乗って。行きましょうね!」
犬猫用のかき氷も食べられるかも、とうきうきと走り出した彼女をベネディクトは穏やかに見守っていた。
●
「あの絶望の青がこうなるとは、誰も予想してすらなかっただろうな。
ま、かく言う俺もその一人な訳だがね。つくづく、人生ってのは何が起こるかわからねぇモンだ」
あの海に感じた焦燥に。死の気配。縁ははあ、と息を吐く。なんたって海種じゃなくても海に飛び込みたくなる暑さだ。
変化を解いてその身の儘に海へと泳ぎだそう。色とりどりの珊瑚が目にも優しく――少しだけ、躯には厳しくて。
「こっちの姿の方が楽には楽なんだが……色々と引っ掛かりやすくなっちまうのが難点かねぇ」
小さく笑ったウィーディーシードラゴンの青年は流れの向くまま、波の向くまま漂って。
瞼の裏に熱帯魚の色鮮やかな影が泳いだ。何もかもを忘れてひとやすみしておきたい。この平穏こそ分かち合いたいものだったから。
「今回はアタリメ・アクエリアに視察に来たわけだが……なるほど、海の上にコテージが並んでるってのは風情があっていいな。
ハネムーンやダイビング客に人気……とこの辺りなら水上屋台や各コテージへの飲食物の配達なんてのも良さそうだな。
水上屋台なら、ハネムーン客が多いなら装飾品やら土産の置物やらが形に残って人気が出そうだ」
成程、と周囲を見回す以蔵はサングラス越しに商機を見据えて。サヨナキドリとしてリゾートの商機はがっちりと掴んでおきたいから。
「……なんで俺がガイドブック配り係なんだ?
雰囲気づくりと荒っぽい客の対策とか言ってうまく丸め込まれた気がするのは――気のせい……じゃないなこれ」
がくりと肩を下ろしたエイヴァンは酒場が開くまでは暇だと入ったが仕事をせずにバカンスという甘い言葉は餌だったのかと嘆息する。
「ぶつくさ言いつつも真面目にやっているあたりが俺らしい――とか、どこぞのトカゲ野郎が言ってやがったな。
仕方ねぇな、とりあえず手伝うからにはだ。終わった後にうまい飯とうまい酒、それぐらいは準備してもらうからな」
此処で食べれるものを軍の経費で落として貰うからなと憤慨するエイヴァンにアクエリアの軍人達は「オーケー」と笑った事だろう。
プールサイドのビーチパラソル。リクライニングチェアに腰掛けて波の音と本のページを捲る音だけに耳を傾ける。
海洋決戦の凄惨さを忘れさせるような穏やかな風景にリンディスははあと息を吐いた。
「色んな人の物語が失われた先で――それでも、こうやって新しい何かを紡いでいくのですね」
彼女の言葉に耳を傾けてマルクは身を起こす。ハーフパンツに麻の半袖。潮風と潮騒の中で読書を貪る贅沢はあの戦いを越えたからこそ得られたものだから。
「観光や海へ出掛けるのも楽しいけれど、時間がゆっくりと流れるような休日も、また得難いものだよね。
けれど、そうか。あの海の決戦から、もう2年も経ったんだね……」
多くの船が沈んで、多くの命が沈んで。歴史と呼ぶには余りにも新しく生々しすぎる傷痕。それも何時しか彼女が言うように物語へと変化するのだろう。
「彼らの『その先』の物語は失われたのかもしれないけれど――『これまで』の物語は、きっとこの海に残っているんだね」
その輝きが愛おしい。そう感じるマルクの横顔にリンディスは小さく頷いた。
きらきら、光り輝く海のような。あの鮮やかさがこの世界の人達の歩んでいく軌跡。強くて、輝いて、諦めることもなくて。
「この輝きがとても、素晴らしいと思います。――もちろん、マルクさんの輝きも」。
波に煌めく光のような、無数のうつくしさ。だからこそ、その輝きを護りたかった。
続いていく道が、途中で止まってしまった道が――せめて、幸せであるように。
「あおーい! ひろーい! ブラッド、早くあそぼ――ちょっと!! 僕水着がんばって選んだんだってきのうちゃんと話したでしょ!」
ジャ、と鋭い音を立てて閉められたパーカーのジッパーにサンティールは唇を尖らせた。
急がなくたって海も空も逃げやしない。水分補給にも気を配ってと注意深く告げたブラッドは怨めしそうに見詰めるサンティールに肩を竦めて。
「す、すみません……神に仕えるという制限の多い職業柄、つい条件反射のようなもので……」
「だからぁ! かわいいって言って欲しかったの!
僕だって一応ね、カッコいいだけじゃなくてきみにはかわいいって言ってもらいたいの! もー!!」
それなのに、パーカーを着せてしまうなんてと拗ねたようなサンティールにブラッドは頬を掻いた。
柔らかな青林檎色が風に揺らいでいる。拗ねて、赤くなった頬。ブラッドは見下ろしてから「はい。可愛いですよ、いつもの凛々しい君とは違う雰囲気で良いかと思います」とこくりと頷いた。
嗚呼、分かって居た。こうなる可能性があるくらい。けれど、一緒に遊ぶならちゃんと水着を見て欲しかったのだもの。
「俺も、海で遊ぶ事は少なかったので思っていたよりも今日を楽しみにしていたのかもしれません。
冷えでお腹を壊したら無理はしないでほしいのですが……楽しむ場で早々にあれこれ言っても意味がありませんね」
「ほら、行こ! 僕泳ぐのだって得意なんだから! きれいなもの、いっぱい見つけようね。ふふふ!」
お腹なんか壊してる余裕もないくらいに楽しみたいのだもの。手を引くサンティールにブラッドはそうですねとそのかんばせに笑みを湛えた。
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「来てみたはいいものの、どうにも落ち着かねえな……しかし暑いな……泳ぎくらい覚えるべきか……」
むう、と唇を尖らせるシオンの尾にじゃれつくように蛸地蔵君が飛び込んだ。手を伸ばしたまんまるとした猫を背負っていたのは面白山高原先輩。
「……っつーかなんで猫と犬が……? あんまり野良がいそうな場所じゃねーが……ああ、あんたのペットなのか」
「ああ、ごめんなさい! 面白山高原先輩と蛸地蔵君が失礼しちゃって!」
駄目でしょうと叱り付ける万葉に此処までペットを連れてくるのも大変だろうにとシオンはアメジストの瞳を瞬かせて。
「ああ、名前は何ていうんだ?」――面白山高原先輩と蛸地蔵君、と口にした彼女にシオンは肩を竦めて首を振る。
「……犬とネコの方じゃなくてあんただぞ。あたしはシオンだ。一応、イレギュラーズだな。これも何かの縁だ、また会ったらよろしくな」
「万葉よ。何時もは再現性東京にいるの」
またあったら一緒に遊んでね、と微笑んで手を差し伸べた万葉にそっと手を重ねたシオンは「お手してもらったみたい」だと声を弾ませる彼女にむ、と眉を吊り上げた。
「……ところで、あんたはダイビングとかしなくていいのか?
ここは有名だって聞いたが。行きたいなら、その間くらいこいつらなら見といてやるぜ」
「シオンさんも一緒には?」
泳げないとは言えなくて。シオンはいや、いいと首を緩やかに振ったのだった。
「ソアの水着。可愛らしくて素敵だね。見惚れちゃうよ」
エストレーリャが褒めてくれるから、ソアは擽ったくって、嬉しくて。ビーチに着いてからにんまりと笑みを溢れさせて。
「いこうよ、エスト」
水中に誘った指先がするりと絡められる。水の中だから自由に動ける。エストレーリャに抱きかかえられて「わあ」と喜ぶソアにエストレーリャは「ねえねえ」と揶揄うように声を掛けた。
「ね。ソア、見てて」
海の精霊達は、バブルリングでハートの輪を作る。大きなハートが水中に浮かんだその中を、すいすいと魚のように潜り込めば、まるでダンスを踊っているようで。
「ふふ、綺麗だね」
「そうだね」
重さも力も何もかもいらなくて。空を飛んでいるように自由だから。ぎゅっと寄り添って、それから沢山ダンスを踊ろう。
抱きかかえることだって水中なら問題なく出来るから。
「見て、明るいのに星空みたい」
海面を眺めればきらきらと陽の光が差し込んだ。うつくしい、真昼の星空に手を伸ばせば魚たちが指先を擽って。
「ボクたちを仲間だと思ってるのかな?」
笑う彼女の頬にそっと頬ずりを。エストレーリャは「ねぇ。ソア」とその名を呼んだ。
今年の夏も、君といっぱい遊んで、楽しい夏にできたらいいね。そんな約束に心は躍った。
「海の近くに住むのも悪くありませんね」
ミディーセラの言葉に「そうねえ」と微笑んだアーリアは冷えたエールを喉へ通す。
コテージの涼やかさは心地よくて。潮騒だけが二人を包む。あつくて、でも冷たくて。夏の気配にぬくもりが恋しいとアーリアはミディーセラの傍らに腰掛けた。
「今度またアーリアさんと……はねむーん?」
「海風は好きよ、やっぱりいつか海が見える街に住みたいもの……っては、はねむーん!?」
ぎょおと目を見開いたアーリアの手からエールの入ったグラスを奪い取ってから、そのまま金の色彩が混ざりだした彼女の髪を膝へと誘って。
「ひとつ問題があるとすれば日差しが少し……それなりに……だいぶ強いことです。
つまり…屋内でくつろくべきですこと。もてなしに負けないぐらいアーリアさんを甘やかさなければなりません。でろでろになるまで」
ごろりと転がったアーリアを見下ろしてミディーセラはくすりと笑う。
「今日はひたすらゆっくりしましょう。アーリアさんを膝枕して……何から何までわたしがお世話するのです」
彼と平和な時間を。そう願うからこそ、頑張って戦うのは当たり前で。貴方は此処で待っていてなんて強がってみせることにも慣れたけれど。
こうして甘やかしてくれるから、充電だって必要で。
「おや……いけませんよ、アーリアさん。
何から何まで、と言ったでしょう? 頑張りすぎなのですから、休みすぎなぐらいでちょうどいいのです」
お酒を飲もうと伸した指先をするりと絡め取ったミディーセラの長い髪がアーリアの頬を擽った。
「それじゃあ、飲ませてくれる?」
何から何まで。そんなおねだりにだって彼は「ええ、ええ」と頷いて笑うのでしょうから。
●
燦々と光を注ぎ入れるように煌めきを返す宝石は視る者によってその姿を変えるのだろう。少しの波と仕草でも揺らぐ小舟に体を預け蝴蝶はほう、と息を吐く。
(――昔、人に言われたのです。もっとたくさんのことを知りなさい、美しいものに触れなさい、と。そうすればお前はもっと綺麗になるよ、と)
美しいとは人それぞれ。万人の中に正しく記述された基準がなければ蝴蝶にとってもその人が口にした『綺麗』はまだ分からなくて。
誰もが綺麗だと息を呑む。その誉れを受け止めた美しき空間で、蝴蝶は「ああ、成程。これが」と唇に音を乗せた。
(……私は変わらねばなりませんから。どうやって変わればいいのか、実を言うと分からないのです。
けれど、こうして何かに触れてみるのは悪くないはずなのです。
そうですね、ええ――時間の許す限り、景色を眺めていましょうか)
その双眸に映り込む色とりどり。潮の満ち引きでさえその色彩を変える世界で、今は、佇んで。
「……しばらく見ないうちに……こんなに様変わりしているとは…………いや…変わりすぎでは……?」
ぱちくりと瞬いたグレイルはaPhoneで記録を取ろうと揺らぐ光を眺めていた。廃滅病の気配が消え失せて、今や穏やかな海洋が広がっている。
「………一応は折角のリゾート地な訳だし……色々見て回りたいけど……まずは……どこに行ってみようかな……?
……学園の皆を連れてこれたら……もっと良いんだけど……修学旅行とかの候補地に上がったりしないかな……?」
イレギュラーズなら、きっとワープでひとっ飛び。それでも、そうではない友人達は少し一苦労することになるだろうか。
グレイルはあの戦いの傷痕を探すようにと小舟に揺られてのんびりと進み続ける。
――水のうえから見ても 綺麗なのならば したからは どれほど うつくしいでしょう?
船ですれ違う人々は夜光虫のランタンにおっかなびっくり驚くだろうか。半透明のその体を透けて見える宝石洞のひかりの中。
ノリアはゆらりゆらりと身を揺らがせる。海の上から照らすより、水中から照らした方が宝石の光は鮮やかさを湛えてくれる。
ほら、宝石が光を湛えて。
(きれい――ですの)
うっかりしっぽを傷付けないように。すこしずつ。光の透けた躯はまるでこの場所の一部のようで。
船では見付けられないようなとっておきはあるかしら。そんなことを思いながら、水中を静かに漂って。
「ワイバーン、お留守番なー!」
小さめの魚を餌に渡してから熾煇はぴょんと跳ね上がった。仔竜の尾がゆらりと影を描いて揺らいで。
「ひさかー、あそぼー! 追いかけっことかもしたいけど、今日は船に乗ろうな!
宝石洞ってとこは綺麗だって聞いたんだぞ。あ、俺も船漕ぎたい! う、うー!」
小さな手を伸ばす熾煇へと寿馨はくすりと笑った。シトリンクォーツの実家の催し物には参加できなかったから――のんびりとリゾート地の観光をしよう。熾煇の紹介を受けて訪れたアクエリア宝石洞の潮の香りが少し擽ったい。
「煌めく石たちが宝石みたいで綺麗な場所だねー。色んな色がある」
「星空みたいに綺麗だな。星よりもたくさん色があるな。ひさかー、あれ取りたいなー? 取れないかなー?」
うんしょ。そうやって立ち上がってみるけれど、熾煇の足元がぐらりと揺らいだ。小舟は心許ない足場だから、寿馨はくすりと笑って。
「はは、あれは取れないよ熾煇。ここだけのキラキラだからね」
「むうー。ひさかはこーゆーとこ、好きか? 俺、皆が好きなところが好きだぞ。ひさかが好きなら、俺も好きだぞ」
「……綺麗な所は好きだよ。あんまオレ一人で出かけないから教えてくれてありがとな」
優しい声音で囁けば、満足そうに笑った熾煇がもう一度とそろそろと小さな手を水へと浸す。小魚たちの口付けに指先が驚いてから「わあ」と声を上げれば寿馨は小さく微笑んだ。落ちてしまわぬように、その体をそうと支えて。
「わぁ……! こんなに綺麗な場所があるんですね……!」
まるで万華鏡のような世界。音を色彩として認識するユーフォニーは漂う静寂の中ではこの宝石達の反射だけで万華鏡の世界に漂うようだと息を呑んで。
小舟の上から指先だけを水面に遊ばせたマリエッタは「来てみたかったんです」とムエンとユーフォニーへと微笑んだ。
「岩壁以外に水面にも宝石の輝きが瞬いて……本当に綺麗。この場所にお二人とこれたのも……奇跡の様なものなんですね」
「ああ。まるで星空のようだな。岩壁のみならず水面にまで宝石の輝きが映り込んで……」
まるでユーフォニーの瞳の色のようだと、ムエンの言葉に繋いだマリエッタは宝石を指先で指し示す。
「ほら、あれはムエンさんの剣みたいに、燃え上がるような色の宝石もありますよ」
「ユーフォニーのドラ猫達の瞳のような宝石も探してみよう。あそこにあるのとか、エイミアの瞳の色にそっくりじゃないか?」
どうだろうと振り向いてムエンの言葉にぱちりと瞬いたのはルビーとラベンダーの色彩を有する小さなエイミア。
ユーフォニーの膝から「どれ?」と言いたげに身を乗り出す小さなドラネコ型の軽量ドローンはまるで生き物のように尾を揺らがせて。
「瞳の色、宝石に似ているって嬉しくなっちゃうね、エーちゃん♪
それなら……あの宝石はマリエッタさんの声、あっちの宝石はムエンさんの声の色みたいです」
万華鏡のような世界で。ユーフォニーが微笑めば、マリエッタはエメラルドのような瞳を細めてどれですかと少しだけ身を浮かし――「わっ、」と小舟で身を揺らがせる。
「おっと……しかし、奇跡。奇跡か。覇竜の外に出て、私は出会いを重ねた。
深緑で奇跡も見たし、フェニックスとも出会って……戦って魂の一片まで託された。今ここで2人でいられるのは、小さな奇跡の積み重ねなのだろう」
それも奇跡なのだろうと微笑んだムエンにユーフォニーは「素敵な奇跡の連続ですもの!」と手を打ち合わせる。
「私、もっと知りたいです。おふたりのこと!
……何があってもふたりのことはちゃんと見つけますからね。えへへ、急に言いたくなっちゃいました」
少しばかりの照れ隠し。ユーフォニーの微笑みにムエンは二人に何かあったならば、と唇を震わせて――首を振った。
白いワンピースの裾が皺にならぬようにと指先の力を抜いた彼女へとユーフォニーは「似たデザインのワンピースを私達も買いに行きましょう!」とマリエッタを眺めて。
「マリエッタさん?」
ふと、マリエッタが眺めた蜂蜜色の宝石。ヘリオドールは、煌めいた。覆い隠された本当の瞳の色に、魔女であると言うことしか知らないこの瞳。
――いつか、私は受け入れられるのでしょうか。
その時、どう言えば。唇の震えは呼気を飲む音とユーフォニーの明るい声音で収まった。
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「カンちゃん、新婚旅行、遅くなってごめんよ。資金稼ぎに依頼依頼でついずるずると後回しになっちゃってたんだよね。
……それに、旅行に行くならやっぱり海洋がよかったから、俺の一番愛している国へカンちゃんを誘いたかったんだ」
本当だよ、と笑った史之に睦月はぱちりと瞬いた。新婚旅行のことは諦めていた、何て言えば彼は凹んでしまうだろうかと睦月は小さく笑みを零す。
「すてき……」
「そうだね。こんなに美しいものが隠れていたなんてすてきだね。
フェデリア海域といえば俺にとって狂王種の住処だったけれど、この景色を見ているとあの地道な戦いも意味があったんだって思えるよ」
「えっと、パンフレットによると周りの鉱物と地層は現在研究中なんだって。
ふふ、謎が明かされる日が楽しみだね、しーちゃん」
――なんて話していたら、急に彼の腕が背に回された。引き寄せられて唇が重なって。
時々大胆になる彼に心臓が早鐘を打って、耐えきれないと叫びを上げる。
「――愛してるよ睦月。
おまえが俺の腕の中にいるなんて夢みたいだ……これからもよろしくね、ご主人さま」
「……うん、しーちゃん、僕も愛してる。これからふたりでいろんな景色を見ていこうね。
隣りにいるのはいつでもしーちゃんでいなくちゃ嫌だよ? ひとりにしないでね」
この海に二人きりで漂うような。そんな浪漫に身を任せて、もう一度。重なった唇の熱は愛おしくて堪らなかった。
「こうしてまたこの世界で巡り会えたのだから。大好き、大好き、愛してる。もっとぎゅってして」
シレンツィオ・リゾートの商機を感じては居るけれど。それはそれとして折角ならば愛しい小鳥との逢瀬を楽しみたい。
武器商人の囁きにヨタカは緩やかに頷いた。言葉で聞くだけでも美しい宝石洞。ひかりの中を漂う小舟にふたりきり。
「わ、わ……すごいっ……! 紫月、凄いねぇ、綺麗だねぇ……!」
はしゃぐ愛しい人の横顔に武器商人は唇で三日月のかたちの弧を描いた。
「涼しいし、美しいし……小舟でゆったり進めるのも趣があっていいねえ」
まるで夜空の星が直ぐ近くまで届いたような煌めきに、水面の青色は彼の横顔までも照らすから。
ヨタカは鮮やかな光を受け止めながら、そっと武器商人の手をつん、と突いた。愛しい紫月。優しい色彩に包まれたその白い指先はそっとその頬へと引き寄せられる。
「おまえと番になってから色んな所へデートに行ったけど、此処はとびきり素敵だこと。おまえの故郷だというのが尚良い」
白い頬に楽器を弾く繊細な指先が擦り寄って行く。愛おしい。二年半の間、共にあると誓った恋心。それでも、まだまだ新婚の気分なのだと微笑んで。
「万葉様こんにちは。面白山高原様、蛸地蔵様も一緒なのですね。みなさま宝石洞に行かれるなら、ニルもご一緒したいのです」
「ええ、勿論!」
先輩達も一緒に乗れるのよと微笑んだ万葉の足元で蛸地蔵君が抱えろとニルへと手を伸ばす。
アリクイが威嚇するようにばあんと手を伸ばすずんぐりとした猫は夏の暑さに少しだけぐったり。
「きらきらひかる中に、ニルとおんなじ色があったらいいなって……。
夜の星よりも近くで光るもの。手を伸ばしたら届くでしょうか?」
「落ちてしまうかも。支えてもいいかしら?」
ぐらぐら。足元の揺らぎを感じるニルをそっと支えて万葉は「ニルさんとおんなじ色、みつかった?」と問い掛けて。
ニルのコアの色。ニルの色。それが他の色と共に煌めいて、ひとつきりじゃなく、たくさんのきらきらと微笑んでいる。
「……なんだか、うれしいきもちがします。
万葉様たちの好きな色の石もありますか? きらきらのなかに、たくさんの人の好きがありますように」
「私の瞳みたいな色を探してみようかしら。きらきら、ニルさんのいろの近くなら嬉しいなあ」
「大聖堂はたのしかった?
わたしはまだ、すこしだけ……かみさまの御許に足を踏み入れるのがこわくて、ほんとうはいっしょに行きたかったのだけれど」
「いいえ。エーリカとこうして宝石洞に来ることができただけでもうれしいです」
揺れる小舟の頼りなさにわあ、と歓声を上げて。飛沫ひとつに笑い合えることがエルピスにとってはしあわせだった。
「ふふ、つめたい! だいじょうぶだよ、エルピス。
ここは、水乙女たちがとっても元気だから、落ちそうになっても、まもってあげる」
エーリカがそう言うなら、屹度安心できるから。なないろのひかりに水面のあおいろが混ざって、まるで夢の世界だから。
そっと、エーリカはてのひらを重ねようと手を伸ばした。エルピスはそっと握り返して「落ちたら、一緒でしょうか」とぱちりと瞬いて。
ぬくもりが、ゆめじゃないと信じさせてくれるけれど、落ちるのは少しばかり怖いかも。
そんな揶揄いに顔を見合わせて、小さく笑った。
「……えへへ。エルピス、だいすき。これからも。たくさん、たくさんあそぼうね」
「はい。たくさん、たくさん」
●
降り注ぐ旭日を一心に受け止めて、その翼を揺らがせたアンリはぱちりと瞬いた。海図と睨めっこ、見下ろせばバカンスリゾートへの改築が急ピッチで進められたアクエリアが眼窩に広がっている。
「お守りのあるところまで来たら何か……とりあえずみんなの健康とかでお祈りするかな?」
共にのびのびと天を泳いだワイバーンに、小さなドラネコのドラちゃんが余りの高さに怯えたように躯を竦めて。
そうと抱きかかえたその躯は優しいぬくもりに包まれていた。
リトルワイバーンの背に乗って鹿ノ子はガイドにしっかりと注意事項を確認する。
翼を生やし、雄大なる空をすいすいと飛ぶことはあるけれど、騎乗動物の背に乗るのは経験もあまりなく。
鹿ノ子を背に乗せたリトルワイバーンの楽しげな声に「宜しくお願いします」と云う様にその背を撫でた。
「ここ……?」
お守りを収める場所には幾つものおまもりや小さな石が並んでいる。ひとは、こうした訪れ得ぬ場所にイノリと願いを捧げるのだろう。
(友人や、血を分けた妹や、血の繋がらない家族が、どうか健やかでありますように。
姿を消してしまったご主人が、見つかりますように。
……愛しいひとが、幸いでありますように)
さいわいあれかし。愛しいひとたちが笑っている未来を乞うように。鹿ノ子は目を伏せて、祈りを捧げた。
「なるほど、この島では色んなアクティビティが楽しめるんだね。星穹殿、どれに行こうか。……バンジージャンプ? ってなんだろう」
「……バンジージャンプは、高所から飛び降りるものですね。今回は浮遊魔法の補助があるようですが……」
パンフレットを眺める星穹にヴェルグリーズは瞳をきらりと輝かせた。その明るい笑顔に星穹は思わずたじろいで――
「飛び降りる? 浮遊魔法で高いところから?へぇ、楽しそうだね! 折角だから普段できない体験をと思っていたんだ……!」
「…………あの。ヴェルグリーズ?? 私、その、バンジージャンプは遠慮したいというか、どうしてそんなに笑顔で……?」
じりじりと後退しても手を取られて引き寄せられればそのままお立ち台。ヴェルグリーズの微笑みが、星穹のかんばせが引き攣った。
「大丈夫だよ星穹殿、ほら二人同時でもいいらしいから。しっかり手は繋いでおくから、それじゃあ3、2、1……」
「いや二人一緒でとかそんなことではなくて私は遠慮したいのであって――手を繋いでいて欲しいのではなくて!!!!!
ま、まさか貴方ねぇちょっとヴェルグリーズっ、きゃあああああ?!!!!!!」
「わあああああああはははははは!!!!!」
ずん、と身を引っ張られるような感覚。星穹の視界が一気に変化する。大地に近付く恐怖に、意識をも遠く持って行かれそうな衝撃。
「すごい! あの高さから落ちるとあんな感じなんだね! すごく貴重な体験だった! ねぇ、星穹殿! ……星穹殿?」
興奮抑えきれぬと行った調子で声を掛けたヴェルグリーズにかんばせに蒼を差してから星穹の唇が尖り、目つきも鋭くなっていく。
「……はぁ。あの! ええ……確かに、貴重な体験でしょうね! ~~っもう、ヴェルグリーズの馬鹿!!
知りません、先に帰ります!! 私……私だって貴方を怒れるんですから! 貴方に甘いだけじゃないんですから!!」
「あれ!? なんで怒って……す、すまない! 楽しかったからつい! 星穹殿? 星穹殿――――――!!!!」
怒りに震えた彼女を追掛けて、ヴェルグリーズは幾度もないほどに謝罪を繰り返した。
「なるほどワイバーン・アクティビティか。これはいい、ワイバーンの空中機動のよい訓練に……なに、2人乗り?」
「ん……? 訓練?」
咲良はエーレンを見遣ってからぱちりと瞬いた。いつかの日、練達の水族館でも彼は真面目だったことを思い出してくすりと笑う。
口には出さずとも、未熟な恋心は彼に向いている。本音は直隠して咲良はにんまりと微笑んだ。
「あ! じゃあさ、考えてもみなよ! 訓練なら人がしがみついた状態で重石があった方が負荷上がらない? 上がるよね? よしそうしよ!」
そうとも言われれば確かにそうだ。しがみ付かせて済まないと彼は謝るが咲良はううん、と首を振ってぎゅうとその背に抱きついた。
「……どちらかというとスタミナや乗り心地の訓練だな、これは」
ワイバーンを使わないといけない救助の案件などがあるかもしれない。なるべく揺れないように静かに――と考えてからエーレンは「願掛けは此処か」と呟いた。
「……より強く、より速く、より優しく。民のために」
(エーレンくんが、あたしの想いに気づいてくれますように)
――どうして彼女が連れ回したがるのか、それに興味を持ってくれただけでも一歩前進なのかも知れない。
「ねえ、空中散策でであの山頂まで行けるって!」
ぶんぶんと手を振りって飛竜を指差してから行こうとタイムは合図を送る。夏子は「へえ?」と首を捻った。
「はて 普段から飛んだり跳ねたり、斬った張ったの我々が……飛行とかで高所慣れとか
……はあー、シてないモンだね。アラ恐がっちゃってアララかーいぃねぇ。良いよ良いよ掴まんな」
思ったよりも高くて。風切る音がひゅうひゅうと響いている。夏子の背中にぎゅうと手を回して不安げにタイムは唇を震わせた。
「絶対に離れないでね」
背中に感じたぬくもりに夏子は揶揄い笑う。なんたって、普段からおっかなびっくりすることばかりなのだから。
「もっと静かなトコでしっぽりと~ なんて方が良かったんじゃない?」
――何て、揶揄えばタイムは「お願い事をするのよ」と唇を尖らせた。
「願掛け? ほっほん なるほどね?」
「夏子さんも叶えばいいなって思う事沢山あるでしょ?」
なんだかんだで乙女だもんなあと背中にしがみ付いた彼女の手を確かめるようにぽん、と叩いてから「まあねえ」と夏子は笑う。
「んん~世界平和……かなぁ。出来れば争いとかナシで。ノンキにイチャイチャ過ごしてたいよねぇ~、タイムちゃんは?」
「わたし? んー、ひみつ!」
勿論、あなたと楽しく過ごしたい――なんて、バレていそうなお願いも、ひみつはひみつなのだ。
●
「星が綺麗ですね」
小舟の上で。二人一緒にゆらりと揺れる。伸びた影を眺めていた雪風は「確かに、綺麗だよね」と天を仰いだ。
リディアはそんな彼の横顔を見詰めてから「初夏とはいえ、夜は少し冷えますね」とそうっと身を寄せる。
びくりと跳ねた肩。女性に余りなれていないという彼はリディアの仕草に少しだけ情けない声を漏した。
「手を繋いでもいいですか?」
「俺、手汗すごいけど」
「いいえ、構いませんよ」
できればただの友達ではなく、一人の女の子としてみてほしい。そっと凭れ掛かれば硬直した彼の肩が少し擽ったい。
「……本当は今夜中、どころか昼も夜も病める時も健やかなる時もずっと雪風さんと一緒にいたいです」
「俺は、さ、恋愛とか、分からなくて。君の気持ちに直ぐに応えるとかは屹度無理なんだ。
友達として、こうやって一緒に過ごせたら良いと思うんだ。それじゃあ、だめかなあ」
頬を掻いた彼にリディアは今は其れでも、と目を伏せって。星の煌めきが、水面に静かに光をおとした。
「こうやって落ち着いてルチアさんとデートできて嬉しいです」
囁く鏡禍にルチアはぱちりと瞬いた。小舟の上から眺める星空に、少しの非日常。そんな中でも常と変わらぬ様子のルチアは首を捻って。
「デートっていったって、似たようなことは今までもしていたじゃない。それとも、やっぱり気持ちが違うかしら?」
「違いますよ。お弁当を作ってくれたと聞いていますし」
ええ、と頷いてルチアが差し出したのは練達でも流行のキャラ弁当。ルチアと鏡禍が二人並んでいる弁当飾りに驚いたように鏡禍はルチアを見詰めた。
「…………えっ、これキャラ弁ってやつですか?
食べるのもったいないなぁとは思うのですが、でも、食べないのももったいないですよね……」
ううん、と唸った鏡禍はいただきますと告げてから思い立って箸でおかずを掴んで「あーん」とルチアへと差し出した。
ぱちくり、瞬く彼女には『以前のおかえしです』と揶揄うような言葉を重ねて。
「あ、ほら、流れ星ですよ――……ずっと彼女といる時間が続きますように」
「死せる魂に安寧がありますように」
聞こえない程度の願い。共に願った星空に、その思いが聞き届けられるようにとルチアはもう一度目を伏せた。
「前もこうして海から星を見上げたんだ、懐かしいね」
「前はサマフェスの無人島で、だったねえ。場所も良いけど、夏の星は近く見えるんだ。体感だけどね?」
どう思うと囁く行人にアントワーヌの瞳は優しく光を帯びて。夜の天蓋は、手も届きそうな程に眩く、美しい。
「本当だ、手を伸ばせば届きそうなくらい大きく見えるね。
星は綺麗で大好きだけど行人君と見る星は一人の時よりずっと綺麗なんだ――あぁ、勿論私にとって一番綺麗なのは行人君だけどね!」
「きれい、か。そう言ってくれると嬉しいよ、フェア・レディ」
そっと手を差し伸べてアントワーヌの白魚の指先が行人の掌をそうっと掬い上げる。そのまま唇へと誘ってから「ねえ」と囁いた。
「なんだい、アントワーヌ」
「最近言ってなかったから忘れるところだったよ。お手をどうぞプリンセス、今宵私と踊ってくれますか?」
行人は小さく笑った。そう言われて手を取ってからが始まりだった。最初のリードは彼女へ。彼女が踊りたいようにエスコートされるのだって悪くは亡い。
世界も羨んでしまうくらいに君と過ごしたいと揶揄うように微笑んだマイフェア・レディ。
王子様だから。なんて、そんな強がりが言の葉の端に見えたようで、行人はアントワーヌの手をそっと引き寄せた。
「おっと、その前に――ところで、ギフトはいつ切ってくれるんだい?」
「さて、なんの事だろうねプリンセス!」
夏の吐息を感じさせるフルーツの盛り合わせ、ほんの少しのアルコール。並べた小舟の上でアレクシアと未散は天を見上げた。
「其れではご覧下さい」――だなんて芝居めいて星々を指差して。
一等明るい星を探せば判り易いと三角を描いた彼女の言葉に耳を傾ける。圧倒されそうな程の星の海。
指差、教えて呉れる星空の案内人の声音は心地よくて、つい「もっと教えて」とねだってしまう。
「続いて彼れがヘラクレス、へびつかいに射手座、蠍座。……然し星座を最初に決めた人は相当の暇人だ。
けれど『星涼し』だなんて言葉もある位、涼しい風と、際立たせるかの様な星の光はずっと見ていたくなって好きです」
あれはなあに。そんな風に聞いているとアレクシアは少しだけ、とフルーツカクテルを喉へと落としてふんわりとした心地に包まれる。
「あれは、」
そうやって唇を震わせてから未散はそっと傍らの心地よい重みを肩に抱いた。静かな寝息に、優しい気配。
(――やれ、眠ってしまいましたか)
すやすやと微睡みの中に落ちていくアレクシアの騎士なのだから。そっと肩を抱いて仰いだ月は美しい――
「美味しい食事に綺麗な星空! とっても楽しみ! 宝石洞も気になるけど行くのはまた今度ね!」
小舟はぷかりと浮かんで海を行く。美しい星空に、ヨゾラははあと息を吐く。満点の空に飾る煌めきは何処までも美しくて。
「……海洋の食事だと新鮮な海鮮とかがメインかな?
綺麗な海、満天の星空……海洋での戦いの時はゆっくり空を見る余裕はなかったからこうやってのんびり綺麗な星空を見れて、嬉しいね」
指先を浸せば珊瑚礁の中から様子をうかがう魚がからかうように口付けた。昏い海の中から顔を覗かせるのは死霊ではなく、美しい尾ひれたち。
そうして、気の向くままに眺めることが出来る星空に風景が愛おしい。
「料理も……んー、おいしーい! お魚とか元の世界で食べたことなかったんだよね。
やっぱり、僕は混沌に来れて良かったって思うよ。
これから先も色々楽しんでいきたいな……勿論、シレンツィオ・リゾートもね!」
混沌世界は広くて、美しいから。シレンツィオにこれから何があるかは分からない。それでも、ヨゾラは眺める夜空の光と共に楽しんで行ければと――そう願わずには居られないのだから。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
恐ろしい波濤の海から一転した、美しいシレンツィオ・リゾート。
そのアクエリアでの皆さんの新しい思い出を紡がせていただけ光栄でした。
夏はまだはじまったばかり。これから、沢山のたのしいが重なって行きますように。
またご縁が御座いましたら、どうぞ宜しくお願い致します!
GMコメント
日下部あやめと申します。素敵な海へのお誘いに参りました。
『アクエリア』でのバカンスを一足お先に楽しみませんか?
●シレンツィオ・リゾート
かつて絶望の青と呼ばれた海域において、決戦の場となった島です。
現在は豊穣・海洋の貿易拠点として急速に発展し、半ばリゾート地の姿を見せています。
多くの海洋・豊穣の富裕層や商人がバカンスに利用しています。また、二国の貿易に強くかかわる鉄帝国人や、幻想の裕福な貴族なども、様々な思惑でこの地に姿を現すことがあります。
住民同士のささやかなトラブルこそあれど、大きな事件は発生しておらず、平和なリゾート地として、今は多くの金を生み出す重要都市となっています。
https://rev1.reversion.jp/page/sirenzio
●アクエリア海域
『海洋王国大号令』にて舞台となった第一拠点でしたが、今は観光地へと転換されたようです。
元々の海や山、湖などを利用した自然豊かなアクティビティが多数存在し、
中央の都市部にはクラシックスタイルの美しいコンチネンタルホテルが建設されています。
ここでは大自然のなかゆったりとした優雅な休暇を満喫することができるでしょう。
中央に建設された軍事基地は役所として残り、見事な建築様式によって観光客に感銘を与えています。
・アクエリア総督府
ガイドブックを配布しています。軍事基地の名残を感じられます。
・アクエリア宝石洞
海面にできた洞窟です。
小舟を使って通り抜けるこの場所は、宝石のように煌めく色とりどりの石が洞窟の中で反射し幻想的なスポットとして有名です。
・デルモンテ環礁
アクエリアを覆う珊瑚礁地帯です。無限のセレニティブルーと満天の星空に囲まれることができるでしょう。
小舟をチャーターして食事をしながら星空を眺めにゆく事も出来ます。
・アタリメ・アクエリア
デルモンテ環礁の南部に作られたリゾートホテルです。
海の上に一軒一軒並ぶコテージには直接ラグーンへアクセスできるオーシャンビュープールがつき、ハネムーンやダイビングで訪れる人々にも人気です。
・アクエリア大聖堂
島を聖域化するにあたって建造されたモスカの聖堂は更なる改築を経て、コロニアル様式のエレガントな外観と聖なる力を吸い取って育った湖の大樹に彩られました。
ステンドグラスの天使が微笑めば恋が叶うという噂があるそうです。
・メモリアル・ロック
高く突き立ったアクエリアの山には橋がかけられ、大空を飛び回るワイバーン・アクティビティや浮遊魔法によるバンジージャンプなど様々な自然身溢れるアクティビティが楽しめます。
切り立った崖の山頂付近におまもりを収める場所があり、願掛けを行う事が出来ます。
ご自身のワイバーンや飛行生物との空中散歩を楽しんでみませんか?
・アレグロ・ビーチ
環礁地帯に建設された美しいビーチです。広がる珊瑚礁と熱帯魚たち。
永きにわたって人類の手が入らなかった悠遠なる大自然が海の中にも広がっています。
その美しさから有名なダイビングスポットにもされています。是非ダイビングを楽しんでみて下さい。
・その他
アクエリア海域が中心とはなりますがシレンツィオ・リゾート内部でしたらお船で移動することも可能です。
また、アクエリア海域を自由に探索して楽しむことも出来ます。
●同行者や描写に関して・注意事項
・描写の都合、ひとつの場所に絞っていただいた方がよりお楽しみいただけるかと思われます。
・ご一緒に参加される方が居る場合は【同行者のIDと名前】か【グループ名】をプレイング冒頭にお願いします。
・暴力行為等は禁止させていただきます。他者を害する目的でのギフト・スキルの使用も禁止です。
●NPC
日下部担当のNPCにつきましては山田・雪風とエルピス、退紅・万葉(+ペットの犬の面白山高原先輩と猫の蛸地蔵くん)が参ります。
お声かけがなければ出番はありません。
とても素敵な海を夏のイベント前に先取りしてみませんか?
大人数でも楽しめる要素もありますので、恋人同士、気になるあの人とは勿論のこと、仲良しグループやお一人様も大歓迎です。
素敵な初夏の思い出となりますように!
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