シナリオ詳細
<神逐>森羅根絶之理
オープニング
●それぞれの思惑
豊穣、政治機構が七扇の一角……
『大蔵卿』たる加辺・右京は高天御所内部に位置していた。
決戦近し。その折に豊穣有数の権力者たる天香・長胤もまた出陣するとなれば――
「我らが出ぬ訳にも行くまいな……布陣はどうか?」
「はっ。各所に防衛線を配置しました、敵は真っすぐに御所を目指してきております」
「狙いは当然、アレと巫女姫であろうな」
魔種の身へと堕ちている右京が見るは天守閣……そこに座し黄泉津瑞神、だ。
あれが豊穣の守り神とすら称えられた存在か。
此処から見るだけでも狂気を宿しており、最早守り神というよりも悪神だが。
しかし今の所派手な動きを見せる様子はない。と言うよりも、どうにも動きがおかしいような……
「――大蔵卿、確認しました。霞帝、並びに神使達が四神の加護を得て結界を強化している様です。またこちらは未確認ですが……ある神使が『奇跡』を齎し黄泉津瑞神を阻害しているという情報も……」
己が配下――『冥』の者が跪きながら報告を並べている。
成程、致命的な一線だけはまだ超えていないという事か……どうやらやはり防衛線は維持し続ける必要がある様だ。霞帝一派を撃滅するか、或いは時間を稼げば黄泉津瑞神が完全に落ちるのもそう遠くはないだろう。
「この国の滅び、か」
右京は天を見る。この国は――滅びるのだろう。
巫女姫の一派が勝てばそれこそ跡形も残らぬし、万一神使達が勝とうとも同じ事だ。
神使達が勝利したのであれば恐らく七扇の長達も大半は壊滅する――それはつまり――
「ふ、はははははは」
面白い。いずれに転んでも『面白い』話だ。
……大蔵の長としてあらゆる所へ金を注ぐ事に尽力してきた。
適切に配する事が国を育み、多くを進歩させてきた。
立ち並ぶ新たな建造物を見た時など心が躍ったものである。
しかしある日――ふと。
飽いた。
……それが魔種の呼び声を受ける『前』だったか『後』だったかは覚えていない。
ただなぜかある日飽いたのだ。この国を、発展させることに。
代わりに抱き始めたのは逆――
国の総てを『壊して』みたくなった。
それはまるで子供の様に。砂場で造った自らの作品を一気に粉砕して見たくなるような衝動。
そのような人間だったからこそ狂ったのか、或いは狂ったからその様になったのか。
先述の通り覚えてなどいないが。
「総員――布陣せよ。持ち場にて敵を撃滅するのだ。
『アレ』にはあまり近付きすぎるなよ、取り込まれるぞ」
もはやどうでも良い事だ。
この一戦で全ては壊れるのだから。
同時。右京が視線を運んだのは自らの戦場からは少し離れた所――
「気狂いめ――こちらまで巻き込んでこようとするつもりか」
視線を向けただけで『おぞましさ』を背筋に感じる場所があった。
あそこに――いたのは――
●大地の癌の理
虫けら共めまだ生きているのか。
豊穣の大地は危機に瀕している。魔種が跋扈し肉腫が生み堕ち。
そして豊穣の神の一柱として崇められていた『黄泉津瑞神』がけがれに落ちて――ついに暴走の一途を辿っていた。大呪とは詰まる所、黄泉津瑞神を完全に狂わせ豊穣を壊滅させる為の手段であったという訳だ。
この国は――いや別にどの国に対しても言える事だが――
存外、人間と言うのは手強い。
追い詰めれば意外な力を発揮するしつこい連中だ。だからこそ絶大なる力を用意して粉砕する必要があった……いかに強力な肉腫だろうが魔種だろうが一個体で国を亡ぼすなどと言う事は未だかつて成された事はない。七罪冠位のお歴々にしろ『そう』である筈だ。少なくとも観測されている範囲においては。
だからこそ大呪は必要であった。
神の威光にあやかって神を名乗る者がいる――この神威神楽を。
神によって滅ぼす為に。
強きを以って国を滅すのだ。これ程効率的な事があるだろうか。
しかしそれでもまだ生きている。
この大地は。此処に住まう民達は。
こちらに向かってくる――忌まわしいイレギュラーズ共は。
未だ希望と言う名の黄金に目が眩んでいる。
カラカサ……もとい、ザントマンがその事実に対して抱いたのは『疑問』だ。
――なぜ生き縋る?
なぜ大人しく死なないどいつもこいつも。
自凝島へと流された捕虜の面々は死ぬと思っていた。
あそこは罪人を流す地ではあるが――魔物やら肉腫やら魔種やらより取り見取りの地と成っている場所だ。あんな所に流されて生きて帰って来られる筈などないのだ。いずれかになり果てるか、いずれかに食い散らされるか……
だというのに連中は戻って来た。一名を除いて。
そんな馬鹿な事があるのか、どれだけ生きるのだ?
潰しても潰しても湧いて出てくる、大地にへばり付く塵共め――
「ああ痒い痒い。蛆の様に湧くな。黙して死ね」
私は。
私は――生まれたその瞬間から周りのモノ全てが疎ましかった。
美しき木々が。立ち並んだ建物が。人の営みが。
豁然とした正義が。自らを満たす為の欲望が。人の悪徳が。
不快不快不快不快不快。何もかも何もかも何もかも何もかも何もかも。
だから私は理解した。私がどういう存在なのかを。
私はこの世界を滅ぼす為に生まれたのだ、と。
奴らを視てると痒くなる。心の底から嫌悪して一匹一匹すり潰したい――肉腫とは『そういう』者達だ。
生まれた時から滅びの因子を身に宿し、滅ぼす為に生まれた存在であるが故にこそ全てが疎ましい。
私は特に幻想種共が疎ましかった。
奴らの怯える様が、奴らの屈服する様を見た時など実に心が躍る。奴隷商人として謳歌していた時代など奴らをどれだけ泣き叫ばせながら壇上に並べた事か――まぁ一体だけやけに激しい抵抗をみせた『紫髪』の個体がいたりもした気もするが……
「はて――んむ?」
ふと撫ぜる首筋。なんとなく痛みが走った様な気がしたが、気のせいか?
……ザントマン自身も忘れている程であるが、そこにはよく見ると在る『古い傷跡』があった。それは件の『紫髪』の少女を捕える際に生じた、戦闘の折に付けられた傷。それが一介の、ただの少女の撃であればザントマンの身を傷つけるに至る事すらなかっただろうが。
その少女が実は深緑の巫女の血族であった事……『姉』譲りの類稀な高度な魔術を知っていたが故の一撃だったことが――魔に属するザントマンの身を長く、永く蝕んでいたのだ。
そしてザントマン自身が強大な力を持ち。
豊穣の地で敵と言う敵に未だ会った事がなかったからこそ……気付く事も無かった。
奴隷の身へと落とした者に興味を示す事もなく、そのまま奴は生き続けた。
――この国に来た時は、最初はつまらなかったものだ。
バグ召喚以外で来る方法がなかった時代――幻想種の数は圧倒的に少なかったからだ。いるのは自ら神を自称するヤオヨロズの馬鹿共と、阿呆の様な膂力と汚らしい角を宿す獄人の鬼共ばかり。
時折手慰みに踏みつぶしてみたが、爽快感がある所かこんなのがこの大地のあちこちに根付いていると考えた時は発狂するかと思った。
しかしそれももう終わりだ。今更間に合わせなどするものか。
黄泉津瑞神は落ちている。巫女姫は強大な力を手にしている魔種だ。
天香・長胤もまた巫女姫の狂気に落とされ手駒と成り。
その義弟に関しても半分は狂い、此岸の巫女の片割れもまた――
「……これだけ至ってまだ止めを刺せていないとは解せませんが、まぁいいでしょう」
終わりだ終わり。今日ここで! 神威の国は終わるのだ!
全てが終わればまた向こう側へと戻ろう。ああ、深緑の巫女共をまた捕まえに行くのも一興だ。奴らが後生大事にしている書物など踏みつけ、破り、焼き払ってくれる。目を繰り抜き髪を斬り裂き呪具の道具としてくれる。ああ、あの忌まわしい大樹を折りに行ってもいい――あははははは。
泣けよ叫べ、無力な天に祈って呪詛を吐いて絶望して死ね!
――ザントマンの周囲に湧き出るは肉腫。膠窈肉腫(セバストス)の階級に在るザントマンは純正肉腫(オリジン)の誕生を誘発させる力を持っている――この国に肉腫が多いのはそういう事で。
今の今までずっと各地に増やしてきていた。己が力の種を撒き、芽吹く時は正に今。
魑魅魍魎が如く湧いて出る。殺意と悪意を身に宿したこの世の敵が湧いて出る。
「ンッふっふ。ンふふふふふふふ――
さぁ今こそこの国に蔓延る全ての生命を駆逐する時! 神の国が死する日は来たッ!
あああ天よご照覧あれッ――貴様らを殺す、神逐(かんやらい)の刻は来たのだ!」
ザントマンは止まらない。
初めから狂っている、間違った生命体である彼が全てを滅ぼうとする事に『理由』など無いのだ。
例えば――奴隷に売られ転落した巫女姫の様な事情は無く。
例えば――この国を良くしようと尽力し、歩んだ果てに悲劇を得てしまった訳でもなく。
例えば――姉を想う気持ちに付け込まれた此岸の巫女の様な過去もない。
ただ、ただ生まれた時からそうだっただけの事。
初めてこの世界を見た時から邪悪で満たされていた。
お前達を殺すのがとても楽しくて仕方がないのですよ――ンふふふふふふ!
- <神逐>森羅根絶之理Lv:20以上完了
- GM名茶零四
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月19日 22時36分
- 参加人数100/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
リプレイ
●
豊穣の中枢におぞましき気配がまとわりついている――
黄泉津瑞神。猛り狂うその姿に、かつての守護神としての意思はもはや僅か。
もはや己では止められぬのであろう。
故にここで必要なのは神の威光ではない。
「さてま、露払いと行こうかねぇ!!」
前へと自ら進む意思を持つ――人としての力である。
姫喬が踏み込む眼前にあるは生死の境目、命を奪い合う戦場の空気。
されど何を億そうか。迫る肉腫の群れを、空駆ける動きと共に――薙ぐように。
さすれば奴らの目が姫喬へと向くものだ、思った通りに。
「さぁさ御立会! 澱み溢るる化外の戦慄き、彼岸の彼方へ押し流せ!」
集まり集った神使の大騒乱! 近くば寄って目にも見よ!
演舞が如く踏み動き、縦横無尽に名を示さん。
無論――己が動きにばかりかまけている訳でもない。ちらりと視線を滑らせた先にいるのは、ソロアで。
「右京へ向かう人の道を作るぞ――いや、それだけではない!
勿論帰りの……凱旋の道もな!」
彼女もまた意気揚々と戦意がある。敵の注目を集める姫喬に対し、治癒の術を齎して。
同時。邪気を払う光を前へと。
届く肉腫を打ちのめしてゆく。戦いはこの先でこそ行われるのだ――
「出し惜しみは無しだ! 全力で行くぞ!」
「やれやれなんとも数が多い限りだけどね。ま、豊穣での戦いも佳境って事の証左か」
次いで千歳の斬撃が肉腫を切り裂く。その一撃は殺意を刃とした不可視の一閃。
弱っている個体を中心に確実に数を減らしていく。まだ豊穣という国を終わらせる訳にはいかないのだ――この戦いに勝ったからと言って全ての問題が片付く訳ではないだろう。
それでも此処で終わるよりはずっといい。
「生き残れば考える時間くらいは与えてもらえるさ」
向かってくる肉腫。その凶悪な手を霊刀で捌き、返しの一撃を抉り込ませて。
「ええ。この国を終わらせるわけにはいきませんよね――それに何より、あんな奴の手によってなんて。全く認めがたい事です」
更に神那の撃が飛ぶ。向かってくる敵に対し放つ大喝が如き衝撃が敵を薙ぐのだ。
そのまま隠密の刀で体勢を崩した者を一閃。
負けられようかこんな場で、しかも斯様に人を見下す輩に対し。
「では、参りましょう」
味方の動きに合わせて前進す。決して突出せず、足並みを合わせて周囲を見ながら。
「ニャ……豊穣が滅んでしまうかの瀬戸際ニャ? そんな事はさせないニャ!
騎士ニャンジェリカ――微力ながら助太刀するニャ!」
「やれやれ、豊穣を覆う闇……その元凶の一端が此処に在るという事であれば是非も無し。
ここで決着をつけましょう。ええ……これ以上は見るに堪えません」
同時。ニャンジェリカが敵の突進を抑え、屍が周囲の者らに熱狂するかのような士気を齎す。
ニャンジェリカは許せなかった、国を滅ぼそうとする輩がいる事が。
自らの故郷は――かつて滅んでしまった。悪意の力によって、友も守れず。
あのような破滅など一度でも多い。故に奥歯を噛み締め肉腫たちを押さえつける。
「んニャ――! あっちに行って、襲ってろニャ――!!」
そのまま弾き飛ばす様に――『冥』達がいる方へと。
奴らも敵。そして肉腫は無差別であり上手くいけば向こうの者達と潰し合うだろう――目論見通りすぐさま奴らは争い始めて、であれば弱った所を屍は狙う。爆薬を投じ、傷を更に増やすかのようにして。
「はっ。こいつぁ奇妙な三つ巴になったもんだな……全部相手にするよか大分マシだが!」
そこへサイモンの銃撃一つ。いや、それはまるで雨あられの様に敵のみへと降り注ぐ。
鋼の驟雨であるかのように。明確に敵対してくる冥の者達を中心に浴びせるのだ。
無論、それでも決して楽観出来るような状況ではない。
敵は多く、刃が届けば身が削れるものである。敵の攻勢も激しい――
「だがそんなものは戦場の常だ」
瞬間。割り込んだのはフローリカだ。
己が独自のハルバードで敵を横から一閃。旋回させ、そのまま撃を幾つも。
――豊穣自体に特に思い入れがある訳では無い。
己は傭兵だ。しかしそれでも、無為なる人々の死を見るのは気分がいいものでなければ。
「やれる範囲で暴れさせてもらうとするさ! まったく、海の竜の時もそうだったが怪物みたいな奴ばかりとやり合うのはやはり慣れないな!」
そのまま前進。肉腫よりも己の意志を持っている冥の者達を優先して敵を減らして。
「なんと禍々しい邪悪な気配……
流石は豊穣を闇に落とした元凶の一端ということでしょうか。
尤も……それしかない存在というのも哀れな存在なのでしょうが」
兼続は敵の数の多さを見ながら思わず吐息一つ。
これは長丁場になるだろう――だからこそ支援を徹底する。
「少しでも長く戦場に立ち、支援に回りましょう……
このような悲劇の連鎖は、此処で必ず終わらせねばなりません」
混乱せしものがいれば分析の声を飛ばし、活力を失った者がいれば満たして。
彼は彼の戦いをする。豊穣の未来を――繋ぐ為に。
「んにゃ――! これが豊穣の暗殺組織ってヤツらにゃ!? でも奇襲を受けない人ってどうやって倒すのかにゃ? お弁当に下剤入れるとかかにゃ……それは辛いにゃ……にゃ――!! クナイがいきなり飛んで来たにゃ――!?」
そして雪見もまた冥の者達を優先している。奇襲が如き一撃のクナイを、己が反射神経でギリギリの所で躱し。沸き立つは敵愾心――と言うべきだろうか?
いずれにせよ奇襲という分野において劣れるものか! どっちが奇襲のナンバーワンなのか、今こそここで雌雄を決す……え、肉腫もくるの? しかも沢山? そう……
「じゃあ大乱闘にゃ――!! 私の力をその目にしかと見るがいいにゃ――!!」
見る事が出来たらそれは切集ではないのでは? 誰かの突っ込みが入ったが、ともあれ雪見は人ごみを用いて己が姿を巧妙に隠し――影より一撃を敵へと叩き込む。
「うふ、あは、あはははは」
別の一角でも冥に対応する者がいる……鏡だ。
不敵な笑みと共にその指に摘ままれているは冥の放ったクナイが一つ。
――当たる直前に受け止めたのか。つまらなそうに投げ捨てれば、鏡は口端を更に吊り上げて。
「クナイなんてやめてください、死んでしまいます。それより……アナタ方も刀を使うんでしょう? 折角だからそっちの方で遊びましょうよぉ。ああどれ程の切れ味なんですかねぇ……?」
「ぬぅ――気狂いめ」
望むは死合い。クナイなど通じぬとせぬ言動と共に『競い合い』を渇望している。
どちらが早いか。どちらが殺せるか。ああ――
神速の居合が――戦場を穿つ。
「ありゃりゃ鏡たそが随分張り切ってますねー
挨拶しときたい所ですが、後にしときますか」
知り合いの愉悦の声を感じながら、ピリムが向くは眼前。
本来であればなんか悪い方が蘇ったとか蘇ってないとかいう話を聞いて、そっちの方の『脚』に興味があったのだが――まぁこっちで『頂いて』いくとしよう。誰が敵であろうと構わない。とりあえず向かってくる連中からは命を奪って足も良いでしょう?
速度のままに駆け抜けて、刀の線を走らせれ――ば。
「おやおやセレスたそまでいましたか。そっちはお元気でー?」
「――ピリムか」
もう一人知り合いがいた。イーゼラーなる神を心棒する、セレスチアルだ。
「この戦いの先にあるものには興味はない。
ただ私は、イーゼラー様のために多くの御霊を捧げてゆくだけ」
「はっはっは! 穢れた魂が大量にあるとイーゼラーのお告げで聞いたのだぞ! イーゼラー様に正しい魂にして貰う為にも我が『救済』しなければ! さぁかかって来るのだ!! フンヌッ!!」
いやセレスチアルだけでなく同じくイーゼラーを心棒せしネメアーまでやる気全開だ。膂力を全身に。されば膨張する筋肉があまりにも――その――なんか怖い!
「ば、化物め……!」
「なにをぉ! それは無知から来る畏れにすぎない! さぁ我が筋肉の脈動を感じ取るのだ! 生き残ればこの手刀を躱すのだ! 待て、退くではない!! どこへ往くのだ、救済を受けぬか――ッ!!」
凄まじい突進と腕力からなる衝撃波が冥を襲いその防御を砕いていく――イーゼラー様に祈り捧げるのだととっ捕まえては投げて、千切って。強制黙祷!
「――一つでも多くの霊魂を、我慕う神のイーゼラー様のために」
同時。《節制(テンパランス) 》のセレスチアルの指揮が皆の動きに俊敏を齎し。
御霊を神に捧げんとすべく供物へ蛇を放つ――ああ仲間が傷付けば治癒も施そう。
イレギュラーズであってもいつかはイーゼラー様に捧げる事になるやもしれぬから。
「……この戦いはこの国にとっちゃ厄災なんだろうな」
ニコラスは見上げる。天を、天に聳える禍々しき月を。
戦いはどうあれ国に爪痕を残そう。時代に終わりに轟く雷鳴と言えるか――
不吉だ。しかし、破滅の終わりにこそ。
「俺達は新たな時代を積み上げるんだよ」
大地の癌共などに負けてたまるか。
押し寄せる肉腫達。奴らが放つ一撃一撃が到達すれば浅くない傷を齎す、が。ニコラスは退かない。超高速、高密度の魔弾を放ちて抗おう。新たな時代が――すぐそこにあるのだから!
「あー! あっちにもこっちにも敵とはヒドい状況である!
が、とりあえず首を獲っていい相手がいるのは幸せなことであるな!」
「あの傘みたいな奴の事はよくわからないんだけど、一言で言うとハーモニア達に悪い奴なんでしょ? もう! いいよ、やっつけちゃお! あたし達みんなで!」
ボルカノとマリリンが迫る肉腫達を前に声を紡ぐ。
どこを見ても敵ばかり。首魁は傘みたいな奴で、奥で笑っているとはなんとも、おぉ。
「我輩今日は本気であるので! 覚悟の準備をするが良い――!」
放つは竜の咆哮。ボルカノの一撃にして、自らの総力でゴリ押す作戦が敵を薙ぐ――
されば次ぐようにマリリンも肉腫へ。周囲の士気を向上させるように、狙いを絞って。
「さあ見せてあげるよ、あたしの一撃!」
穿つは冥と争っていない、こちらへと向かってくる肉腫共。
幾度も穿とう貴様らの身を。朽ちて無くなってしまうまで。
「……成程。アレがザントマン、か。禍々しい気配は怪物と言うに相応しいな」
その時、戦場の遠くを見据えるのはアレフだ。
気配を感じる。アレがこの周辺の元凶にして打ち倒すべき敵――
本来であればあちらに向かいたい所であった、が。
「だが……私も私に出来る事をすべきだろう。我々にとって、そしてこの土地に住む者達にとってこの戦いは後を決める大きな戦いとなる――その為に、この場に赴いたのだからな」
自らは此方で留めるべき敵達がいる、と。肉腫に冥……どちらも含め放つは光だ。
それは邪気を払う光にして味方には害を成さぬ天罰の一撃。
豊穣の大地は己にとってあまり関わりの無い地である。生まれ故郷と言う訳でもない。
「それでも」
個人として――人が嘆く様を傍観するは好みに非ずと敵を薙ぐ。
「……敵の敵は味方じゃないけど、利用できるものは全部利用するよ」
イルリカもまた己に出来る事をすべく前線へと突き走る。
彼女の狙いは冥側だ。複製肉腫達の増殖能力と無差別攻撃で混戦は必至……
故に明確な『意思』をもって向かってくる冥に注意を割いて彼らを――飛ばす。
肉腫の波の側へ。ぶつけ、争わせ力を削がせるのだ。
「やれやれ一体どれほどいるというのか。こうも多いとは、キリがないのぅ」
「無限とは考えたくない所だね――まぁ、少しずつでも露払いと行こうか」
紅椿と零時は襲い掛かって来る肉腫達を捌きながら言葉を紡ぐ。全く、倒しても倒しても湧いてくる連中だ……故に落ち着いて狙いを定め、確実に撃破してゆく。焦れば津波が如き奴らに飲み込まれよう。
無駄のないように動きながら紅椿は纏まった連中がいれば冥も含めて薙いで。
零時は矢を放ち――敵を穿っていく。ミス無き様に。力を絞り上げて。
「滅びの為の在り方か。くく、面白いな。
その点では俺も貴様等と何も変わりがない」
瞬間。戦場に瞬いたのは一晃だ。
全身を墨で塗りつくしたかのような和服に身を包む彼にあるは闘争欲。
滅び、ああ滅び。実に結構な事だ。
しかし駄目なのだ貴様らは――己から滅びに向かうなぞつまらん。それでは只の自壊だ。
「今の刹那を楽しみその末の滅びであってこそ!
なれば今この刻は、この地を這う滅びを斬るとしよう。
黒一閃、黒星一晃、一筋の光と成りて、滅びの幕開けを切り捨てる!」
故に薙ぐ。滅びを宿す肉腫に狙いを定め、幾体も幾体も――滅しよう。
「おう! おうおう! あっちもこっちもヤベぇ戦場が多くて俺みたいなのが喰いっぱぐれなくて助かるぜ! らぁッ! どんどん来いよ、どうしたどうしたァ!!」
その時、別の戦場の一角で爆発が如き衝撃が走ったのは――ルウだ。
肉腫かなんだか知らないが悪い奴であるのに間違いはない。
であれば殴る。であれば追い出す! やる事はシンプルだ……!
「悪ィヤツを片っ端からブン殴って、ぶった斬って、吹っ飛ばしてやるだけだ! おらあッ!」
力の限り。まるで暴風が如く――彼女は暴を振るう。
れる闘争本能に従って突き進むその姿を誰が止められようか。特に狙うのは黒い服を着た、冥とかいう連中だ。イレギュラーズの仲間が集まっているのを確認すればそちらは巻き込まないようにだけ注意しつつ……突進、追撃。
「くっ、奴を止めろ……これ以上進ませるな!」
「ふっ。冥と言うたか、奴ら悪くない動きよ。なかなか歯応えのある連中じゃわい!
それでこそ――戦働きのしがいがあると言うものよ!」
ルウの力に警戒を見せた冥が戦力を集中させようとする、が。
そこに割って入ったのがゲンリーだ。戦場を暗躍するは得意なようだが。
「戦場での真っ向勝負ではどうかな? 知らぬならば先達としてドワーフの戦を見せてやろう! ドワーフ魂は実に純粋――ただ己を一振りの斧として、へし折れるまで振り回すのみよ! わははッ!」
呵々一つ。ゲンリーの豪快な声が響いたと思えば冥の者が宙を舞った。
敵を吹き飛ばし道を切り拓く彼の一撃だ。無論、かように目立てば冥の攻撃も集中するものである――されどそれがどうした? 負傷は恐れない。死は恐れない。ただ己が怯懦する事のみを、ドワーフは恐れるのだ!
「全く、目に余る光景だな。まあいい、やれることをやろう」
そして冥達を退けねば指揮を取っている大蔵卿を獲れぬと。
マテリアが放つ魔力が奴らへ直撃。クナイの反撃が飛んでくるも、恐れようか。
山の様に敵に負を齎し彼らの動きを束縛するのだ――
「肉腫はともかく、彼らの戦力には限界があります。もう一息です、頑張りましょう」
「そうですの、全てを、相手に取る必要は、ありませんの、物事は、考えようですの」
そこへ更にガヴィとノリアの手が入る。ガヴィは暴走している肉腫達と冥達の間に蒼き衝撃波を一閃し――ノリアはタイミングを見据え、物陰より瞬時に移動を。
行く先は肉腫達の前だ。身を晒す様に、あえて彼らの目前に姿を現せば殺意が集中する。
――それでも彼女は何事にも動じることのない、大いなる海の力を身に纏わせて。
「さぁ、こちらですの、手の鳴る方へ、ようこそ、こちらへ」
彼らを引き付ける。隙だらけなその姿勢に、思わず食い散らす獲物と彼らは見て。
しかし彼女の防は崩せない。大海に針を刺しても何の意味もないように……そのまま歩みは『冥』が集中している布陣の方へと。さすれば発生するのは肉腫と冥の狂暴なぶつかりあいであり。
「崩れた――今です! 大蔵卿への道を開きます、ご武運を!!」
さすれば陣形に乱れが生じたのをリュカシスは見逃さなかった。
敵陣に突撃する様に声を張り上げ足を踏み入れる。鋼の力は折れず屈さず、局面への道を開かんとするのだ。
大蔵卿。冥達を指揮し、防衛の要となっている彼を叩かねばならない、なれば。
「自国を滅ぼす為に奮う力など、何の意味があるでしょう。彼は最早道を誤った人物であり……そして、これは正しき道を繋ぐ為の戦いです! さぁ露払いは――お任せを!!」
冥の刃を押しのけ敵の陣地深くへと斬り込んで。
「チィ……なんたる有り様か! どいつもこいつも使えぬ連中ばかりよ!」
「ああ――ようやく不殺も手加減もいらん相手と巡り合えましたわぁ、光栄な事やなぁ……」
直後。悪態吐き捨てる右京の下へと踏み込んだのは追儺だ。
滾る闘志が太刀に力を。飢えた狼の様な本能が膂力を膨らませ。
「……あんたも異形に心を食われてはるんやな、そこは少し共感しますけどなぁ。そんな半端な心で人の道を外すたぁ甘いでぇ!!」
「ほざけ! 鬼の分際で、図が高いわ!」
剛閃幾度も交わり、血飛沫舞うはああ戦場の華か。
右京は魔種だ。例え肉薄されようとも彼には狂気に乗じたが故の力があり。
「そう簡単には倒れねぇ、ってか? あめぇよ。欲に駆られた奴が……俺達に勝てるかよ!」
されど一悟は『だからこそ』こちらが負ける事はないと確信している。
地位、名誉、領地、金、物――幾らでも持っていた筈だ。大蔵がどうだの、分からないがとにかく偉い地位についていたのだろう? ならば教養もあった筈だ。本を読んだことはないのか?
「よくある話じゃねえか、悪魔に魂売って身を亡ぼすバカの話なんて……
いつ見失った、心を!」
「小僧、知った口を利くな! 貴様に『持っている』が故の悩みなど知るまいよ!」
遠方より気の撃を当て、隙を作り一悟は跳び込む。
右京の懐へ。馬鹿に付ける薬はなく、故に容赦はしない――爆裂の一撃を叩き込んで。
「とーぜんそんなの知らないにゃ。でも、なんにゃ?
何か悩みが在ったら国を無茶苦茶にしてみーんなを困らせてもいいと思ってるにゃ?」
同時。魔の光を輝かせ右京の横から穿ったのはシュリエだった。
「どいつもこいつも、国を自分が好き勝手できるもんだと思ってやがるにゃ。嘆き悲しませるだけの外道はわらわ達が倒すのにゃ……お前にこの戦いの結末は見させないにゃ! 精々地獄で悔しがってれば良いのにゃ!」
「貴方達とは因縁も無い。しかし、神威神楽を滅ぼそうとするのなら止める理由にはそれで十分です――では戦いましょう。滅びの理などまだいらないので」
お前達の好きにはさせぬとボディと共に右京へと向かう。
このような者を逃せばまたいつかどこかでロクな事にはならぬ――負の要素を重ねるべくシュリエは魂の奥底より黒き球体を顕現。厄災を宿した破滅を投じ、同時にボディは五指に込めた力を一点に。
――右京の身へと叩き付ける。
依頼は全力で遂行するのだ。神威神楽を守り、平穏を取り戻す。
「倒れるまで続けましょう。こちらが勝つまで――続けましょう」
倒れるまでただ只管に拳を振るう。迅速に、急速に、加速して。
目の前の敵を打ち砕く。勝利の二文字が見えるまで。
「中々素敵な好奇心……いや欲望をお持ちのようだね。僕個人としては好ましいと思うし、共感もするけれど……その程度だよ」
「私もこの国には飽いていますが、さりとて壊していいかとは別の問題。
その愚かな野心――撃ち砕かせてもらいましょう」
それでも魔種としての力で抵抗する右京へとシルヴェストルと牧の撃が続く。
まずはその力を削がんとする闇の衝撃を放ち、その間隙を縫って牧が飛び込む――斬撃と共に飛来した一撃は急速に距離を詰めて、猛撃とも言うべき連打は逃れる事を許すまじ。
産まれた地の安寧を望んで戦うは、天の神、地の神に対する御恩返し。
成すしかないのです――右京は討つ。そうであると牧は魂に刻んで。
「金勘定が得意なら違う『戦い方』ができたはずです。
損得勘定を誤ればこうなるのは当然でしょう」
決して攻撃の手を止めぬ。
「まだまだぁ! こんな程度で手を緩めたりはしねぇぞ!!」
さすればリックの支援が攻撃手達を包む――赤き血が滾る様な熱狂が場を包み。
更に彼の治癒術が傷を癒すのだ。戦略の視点から右京へ攻撃を集中させる事が出来るルートを算出しつつ、軍師たる眼力が味方の動きを加速させて。
「はじめまして、ご機嫌麗しく。宜しければ一緒に遊んで頂けないかしら~?」
「ヒャッハァ――! ベンジャミン参上ですぞ――!! カトウ・キョー! その命『俺の神』への生贄になるがよいですぞ――拒否権はないのであしからず!」
そこへレストの魔力による光が降り注げば、ベンジャミンは狂気の渦の中にいるかの如く舞い踊る。その様は正に――
「ゴキブリのように舞い、ハエのようにウザイと大好評の戦いを見るがよいですぞ!」
言うが如く。近付いては封印の術式を叩き込み、離れてはまた近付くヒットアンドウェイの戦法。
何もかも破滅することを望むその魂こそ『神』への供物に相応しい!
故に目を輝かせてその命をベンジャミンは狙うのだ。
如何な戦いであろうと全ては神! 神の為に!
「ぬぅぅ小賢しい連中だ……煩わしい!」
「ハッハ! 人間であることを捨て、人間を裏切り、魔種になってその程度か!
愚か、実に愚かだな! 所詮貴様は人間である事に堪えられなかった痴れ者よ!」
相次ぐイレギュラーズ達の攻撃に舌打ちをする右京――
そこへ直撃するのはダークネスクイーンの必滅奥義、世界を征服する一撃!
「我こそは悪の秘密結社『XXX』が総統、ダークネスクイーンである!
往生際の悪い塵共よ――ここが貴様等の終幕である! 黄泉の果てへ送って進ぜよう!」
敵の動きには衰えが見え始めている。ならばこの機を逃すまいと、彼女は高らかに宣言しながらその歩みを一気に前へと。
「さて。前の依頼では共闘、とまではいかなかったからねぇ――改めて行こうか希紗良ちゃん」
「うむ、アッシュ殿とこうして明確に共闘するのは初めてでありますな」
同時。右京を捉えたシガーと希紗良。
互いに構えるは刀である。同じ匂いを、剣士としての矜持を持つ二人の願いは同じ。
「互いに剣に恥じない戦場を演じて見せましょうぞ」
「剣に恥じない、か。うん、良いね。そういう啖呵が切れてこそ、だ」
止めるべくは大蔵卿、加辺右京。
七扇の一人だったと聞くが――国滅ぼすに加担するのであればもはやその心算はどうでもよろしい。ただ、斬り。ただ、打ち捨てる。
跳躍。シガーの思考と意志が刀の切っ先に収束し。
――我が剣未だ頂に至らず、然れども。
「持ちうる全てを駆使して強敵に立ち向かうとしよう」
その全霊を込めて一刀を放つ。
「そなたが加辺殿でありますか……希紗良と申します。その御命、頂戴するであります」
されば希紗良もまた、礼の一つを述べてから往く。
如何なる相手であろうとも礼儀を持って接するのが彼女の在り方。礼とは人によって使い分けるものではなく、己が自らに課すモノであれば――どのような相手であろうとも。
いざ、尋常に。
己が刀を――鞘から解き放つのだ。
「大蔵卿……! いかん、敵が迫っている! 大蔵卿を援護せよ!1」
「――腐ってやがる。右京もだが、お前ら冥もだ。主人が道踏み外したら止めんのがお前達の仕事じゃねぇか。呼び声の影響だろうが、つまんねぇ死に様選びやがって……!」
であれば冥の者達も決して静観している訳では無い。主の危機に駆けつけんと動いて。
だからこそリヒトは悪態一つ。今の彼らは見るに堪えない――
主を諫めぬ臣下など如何程の価値が在ろうか?
傷ついている冥の一人に狙いを定めて。
「この猛火はアンタらへの手向けだ。
せめて苦しまないように灰に還す――それが情けってやつだろ?」
穿つ。
容赦はしない。もう半端な優しさで傷ついたりなどしない。
敵は敵として全力をもって討つ。それが――俺なりの『誠意』だと。
「作ったモノを壊したくなる、か。
……ああ分からなくはないぜ。クリエイターだって自分の作った物を壊したくなる事はある。
だがよ――他人の命を、自分の国を犠牲にしてまでってのは頂けないな!」
同時。リヒトに次いで春樹もまた冥へと向かう――その拳は固く握りしめられていて。
思うは今までの事。豊穣で共に修行した日々と、その仲間達と共に戦えるならばなんの不安があろうか。むしろ心強い事の他無い!
故に冥よ。右京よ、お前達の間違いを正しに行こう。
自らの範疇で自らの好きにするは結構だ。だがそれに他人を巻き込むな――
再生の治癒を春樹は自身に。拳振り上げ吶喊す。
「ええその意気です。彼らを許すべきではなく……故にこそ滅しましょう」
さぁ、と。紡いだのは冥夜で。
「私を誰だかご存知で? ――『冥府のごとき夜をも平らげる存在』であれ。そう希望を込めて名付けられた秘宝種――冥夜と申します。貴方がたにとって、これ程皮肉な存在はいないでしょう」
口端を吊り上げ『冥』の者達へと降り注がせるは陰陽術。
それはかつて兄が得意としていた術式だ――あぁあぁ全く本当にこの連中には怒りしか湧かない。彼らの所為で私は兄探しを中断する羽目になったのだから!
「――報いは受けていただきましょうか!」
「冥夜。苛立って周囲が見えなくなるような事にだけはなるなよ……ま、サポートはしてやるがな」
冥夜の猛追――その様に些か注視しながらベルナルドもまた彼らを討つ。
筆で描かれた虹色の星が敵を叩くのだ。この芸術こそが己の『正義』とばかりに。
そしてその筆には……冥夜程燃え上がってはいないが、静かな怒りを確かに備えていて。
「右京とか言ったか。俺はよぉ、権力にかこつけてテメェの欲望だけのために民を束縛する奴が気に入らねぇんだ」
だから倒す。ぶちのめす。
お前を倒して全て丸く収めてやるのだ――それに。
「俺もここで倒れるつもりはねぇ」
遥か遠く。海向こうで暴くべき『闇』があるのだ……それまで己は死ねない。
「命がけだろうと退く訳にはいかない。そもそも大一番のこの場面、これより先に退く場所もなければ……俺は俺に出来る事をやるだけだ」
尤も、修行した面子が揃っていれば暴れる準備も元より完璧だが、と。
晴明は笑みと共に前線へと到達する。優れし五感で周囲を警戒しつつ、怪しき動きが在ればベルナルド達に伝達するのだ――右京は以前、独自の術式を用いて戦力を増やそうとしていた。それ自体は防がれた故に使えぬとは思う、が油断は出来ぬと。
「香れ悪意の霧よ。俺達を阻む者を蝕み倒せ!」
そのまま彼が紡ぐは意思の結晶、敵を蝕む悪徳の華。
――右京に近付けばこそ『呼び声』が脳を打って来るが、それがどうしたというのだ。
仲間を。
共に戦う黒奏隊の仲間を想えば――斯様な惑わしにほだされる筈もない。
「冥には同情するよ。発展に飽いた? 壊すのが良い? ああこんな上司の気分で振り回されて、肉腫や特異運命座標に壊されて……それで満足というのなら、君達は間違っている。俺だって強い立場の相手に弄ばれた過去があるから」
そしてそれは十三も同じだ。再生の加護を仲間に齎し、強き意思を瞳に携えながら。
「でも俺の仲間を傷つけようってんなら手加減はしない。
来なよ――俺は必ず生かしてみせる」
彼は癒す。此度の戦いでは流石に『飽いた』などとは言ってられず。
故に全力を。戦線を、仲間を支えて勝利へと導こう――
「ぬぅぅ! なぜだ、何故押し込めぬ……奴らにも肉腫は向かっているというのに……!」
右京の表情に焦りが灯る。肉腫は無差別である――ならば当然こちらにも来るが向こうにも行っている筈だ。決して右京達だけが不利な状況ではない。なのに、押されている。
こんな馬鹿な事があるかふざけるな――
怒りを伴って右京は己に近付くものを薙ぐ、しかし。
「むむ……愛ね。そう! 愛が足りないのよ、此処には!
皆で生きて帰るのよ! そしてそれは愛があるからこそ……!
皆で愛の強さを証明するの! こけー!」
愛を謳う鶏であるトリーネの輝きと聖なる一声が皆に治癒の力を齎すのだ。
特に右京と戦っている者達を中心に、だ。流石に魔種を相手にすれば傷は負うもの。
だからこそひよこ達と共にハーモニーを奏でて皆を癒す。こけぴよ大合唱!
「まだまだここからよ――! ファイト!」
「おのれ奇怪な神使いが! ならば貴様らから狩り尽くしてくれる――ッ!」
面倒な癒し手達。それらを穿ちて戦況を変えんと、右京が跳躍すれ――ば。
「阿呆だなやっぱりよ。文官上がりの小役人だな、性根がよ」
そこを、カイトは狙いすましていた。
大きく跳躍すれば、それは脚が地についていないという事だ。それは完全なる隙となる。
もしも彼が武官であれば斯様な動きは見せなかったかもしれないが。
「――お前は他の役人共と違ってどこまでも『お前自身の技量』がねぇんだよ。
落ちるトコまで落ちた力ってのは必ず代償がつくもんだ。
強くなったと思ったか? ……『お支払いの時間だ』」
「ぬ、ぬぁ! 貴様――ッ!!」
穿つ一閃。練り上げられた呪符が右京の心の臓へと直撃す。
その身を突き破るかの如く。確実に落とせる時を待っていたのだから。
――渾身の一撃を叩き込んでやった。
彼の絶叫が聞こえる。肉体の能力に過信した者程、実に哀れな終わり方であり。
しかし――それでもまだ戦いは終わらない。
右京を失った事で冥達は敗走するだろう。それでも、それでも。
『元凶』がまだ残っているのだから。
●
――嫌悪感が渦巻いていた。
悪意。殺意。侮蔑……あらゆる負の感情が『人』に対して向けられている。
渦中に居るのはザントマン。
豊穣に肉腫を齎した元凶であり、古くから深緑の幻想種を苦しめた『大地の癌』
「……厄介な相手よ。こんな所にまでザントマンの抱いている『悪意』が迸ってる」
アリシアは思わず眉を顰めるものだ――ザントマン。
遥か過去から存在している、ガイアキャンサーの中でも古株に当たる一体。
天を憎み、人の殺害欲を抑えられぬ怪物……
だが、それでもアリシアの歩みが後ろを向く事はない。
怪物とは人に打倒されるものである――特異点として、吸血鬼として。本来あり得なかった生命体である肉腫……ザントマンに嫌悪感を示しつつ戦場に立つ英雄達を支える詩を彼女は紡ぐ。
英雄譚よ紡がれよ。英雄達に力を与え、悪を討ちたまえ――
「さて。ガイアキャンサーも何度目かって感じよね。海の方でも出てたけれど……
ここでキッチリ始末をつけたい所ね」
であればと大地に蠢く複製肉腫共や純正達に相対するはイリスである。
ザントマンを叩くにしても数が多すぎる――その役目は他の者に任せ、己は此処を抑えよう。もはや何から生まれたのかすら分からぬ異形の手が伸びてくる、が。イリスはむしろその懐へと踏み込んで敵を抑え込む。
万全の守護の構えを宿しながら壁となるのだ。
「自然ならざるもの達、ここで私が食い止めます。大人しく、地に還りなさい!
魔法少女リディア――行きます!」
そしてイリスが止めれば同様にリディアも敵の抑えへと。
リディアの狙いは特に手強い純正の個体である。彼らは場合によっては魔種にも劣らず、抑えようと思えば危険もあろう。
だがそんな事は承知の上だ。
彼らを抑え、そして味方の力を信じる。
悪意など食い破る、希望の一撃を放つ者達の力を。
「ザントマン……アレクシアちゃんを連れ去った悪い人!」
同時。奥歯を噛み締めながら戦場の奥を見据えるのは焔だ。
本当であれば焔自身もあの目玉を倒しにいきたい所なのだが――今は皆が万全に戦えるようにするために他の肉腫を倒そう。ザントマンを討つ動きだけが、彼を倒すに至る流れではない!
「ザントマンなんかに操られて……可哀そうだけど、全部吹き飛ばしてあげるよ!」
あらゆる事象に干渉し肉腫を生み出す力。
ともすれば炎から生まれる事もあるのだろう――己と魂が似通った者がいれば流石に思う所があるものだ、が。それでも容赦はしない。
カグツチの先端に炎が灯る。太陽が如き紅蓮の炎が突き走り――敵を穿って。
「『夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい』
『そうしないと、眠たい砂が降ってきてザントマンに攫われてしまうよ』
でしたっけ? それにしてはイメージと随分違いますがね」
そこへカイロの治癒術が飛ぶ。前線を張る味方の傷を癒しながら、やはり見据えるは奥。
ザントマン――深緑の御伽噺であったか。
抱いていたイメージとは随分と異なっているものだ、まぁ。
「理想と現実が乖離しているのはよくありますが」
吐息一つと共に彼は治癒を続ける。
己が身にも金色の光を纏わせ――彼曰くの『これも治癒術』らしいが、ともあれ自らの身に加護を施し、さぁ行こうか。
「ああ……ああ! なんとおぞましい、オゾマシイ! なんなのだこの戦場は!!」
カイロと同様に治癒を行っているのは白も、だ。
しかし彼は冷静なカイロと比べれば怒り狂っている。なぜならば――気に入らないから。
肉腫のおぞましさも、ザントマンの異物感も。
人の思惑も、差別も、何より『同胞』が多すぎることがッ!
「許さない、ユルサナイ、ゆるさない! こんな場所は認めない!!」
天使の歌声で皆を治癒し、時に殺傷の霧を持って肉腫共を討つ。
無論、敵もさるものだ。冥達がいた戦場では基本的に物量で押してくる肉腫が多かったが――ここには純正を含め精鋭がいる。気迫をもって彼らに抗い続けるが、やはりその刃が身にも届くものであり。
「ああなんだか暫くお肉食べたくなくなっちゃいそうよねえ。あっちを見てもこっちを見ても」
アレクシエルもまた厳しさに晒されていた――近付く肉腫がいる度に衝撃をもって吹き飛ばす。
それでもまだまだいる。まだまだ奥から湧いて出てくる。
どいつもこいつも肉の塊の様な異形で……暫く肉料理は遠慮したい感情に駆られる程に。
「ザントマン――君の事は文献やローレットの記録で調べさせてもらったよ。君のような狂った思想と生命体が存在するから、この世界に平穏が訪れないのだ。最低最悪な君は僕たち特異運命座標もといイレギュラーズが断罪してやる」
それでも奴だけは討たなければならないとエクレアは闘志滾らせ肉腫達を討つ仲間の援護を。
治癒を施し、あるいは負を打ち払い。
戦う者達の身を万全に整えるのだ。ザントマンには聞こえてないかもしれないが――それでも自身の抱いた思考を率直に紡いで。
「やれやれこんなに邪魔する連中が多いと……流石に放置する訳にもいかねぇなぁ」
「なぁにわしらにはわしらに出来る事があろうぞ。さて――行こうか」
直後、ドミニクスの射撃が肉腫達を粉砕し、瑞鬼は自身に幾つもの加護を纏わせ前進。
その身はまるで朽ち果てぬ山脈であるかの如く堅牢であれば。
「かっかっか! 貴様らは神使を侮り過ぎた。企みもここで終わりぞ。
さぁ朽ち果てよ! 土くれへと帰り、眠るがよい!!」
鬼の秘儀にて敵を討つ。肉腫だろうが魔物だろうがなんだろうが死を迎えれば同じとばかりに。
「凄い数だね。うん、でも……ボクもイレギュラーズなんだ。皆と共にここに在ろう」
そしてロロンもまた敵を押し留める為に前へと出る。
横一線に生み出された氷槍が全力と共に突き出されるのだ。戦の号令がごとき煌めきがロロンの胸中に瞬けば未熟な敵など粉砕するが如く。
「想い重なった『遅延毒』を濯ぐ事。
私に為せる術は肉壁のみで、肉どもを阻む臓――三日月を知れ」
次いでオラボナが成すは道の維持。一度開いたように見えても閉じては意味が無し。
故に彼はその強大なる『肉』をもって敵を留めるのだ。
往く者を庇い、自らには守護の加護を齎して。
倒れぬ。そして、倒させぬ。
「はー……確かに、こんがと数を生み出せるんやったら、ザントマンちいうのは厄介やね。単純にまっすぐ攻めてくるだけやったら相手しやすかろうけど……物ば考えて攻撃してくる輩が混じってないとは限らんしねぇ」
祈乃が懸念するのは特に純正肉腫だ――複製はあまり意志を感じぬが、純正までそうとは限らぬ。
故に敵を見定め火力を集中させる。
只管に拳を振るいて魂を滅する一撃を肉腫へ。
「生きとし生ける奴らを害することでしか己を確立できない。
その在り方は相容れねえが……理解は示すぜ。けどな、大人しく殺されてはやらねぇぜ?」
なにせ俺はしぶてぇからな――そう言うのはタツミだ。
殺す理不尽を強いる奴らに、殺せない理不尽を見せてやろう。
前に出て敵を抑え、隙を見つけた瞬間に叩き込むは――己が拳。
全身を使った引き絞るような拳の構えから射出されるソレはまるで竜の咆哮が如く。
「俺は――生きるのが何より好きだ!」
防御を固め崩されず、叫ぶは明確なる『生』の意思。
人とふざけて楽しく過ごして巨乳の女の子が好きと叫ぶ。自由を謳歌し己が己のままに。
その在り方を――お前達程度に止められるものか!
「ザントマン。御伽噺に登場する本物。まだ存在していたのですね。
……ならば決着をつけるものなのでしょう。幻想種によって」
更にハンナも純正を相手取り、その首を狙わんとする。
――自らは兄程頭が良い訳ではない。だから、ザントマンに関する仔細は分からぬ。
それでも魂で分かる。『ここで終わらせなければ』と。
故に高めた集中から繰り出すのは――舞だ。
血の舞が肉腫へと降り注ぐ。想いを載せ、武神に捧ぐ一幕をここに。
「ンッふっふ。死ね、死ね。誰も彼も死んでしまえ――一人たりとも生かして帰すな」
深奥。肉腫が生み出される中で鎮座するはザントマンだ。
彼は勝利を確信している。人間共が抗えようか、この軍勢に。
人間共が抗えようか、天守閣に座す黄泉津瑞神に――
瞬間。ザントマンの眼前にまで突き走った魔力があった。
有象無象の肉腫を薙いで滅ぼしていく――その一撃を放ったのは。
「余の魔力をもって道は切り拓く。おまえたちは早く行け!!
……必ずやあの下郎の首を取って帰ってくるのだぞ。
勝利以外の報告など――いらぬからな!!」
ルーチェだ。ザントマンへの道を切り拓くべく、前に出て放った光の奔流が道を作っている。
――無論、前に出るというのは危険な事。
ルーチェ自身浅くない傷を負っているが、それがどうしたというのか。勝利への布石とすえば安いもの!
「なんと。がんばりますなぁ――無意味な程に」
「無意味か否か。その眼でしかと見るがいい」
それでも余裕崩さぬザントマンの前に往くは竜真。ルーチェが作った道を瞬時に駆け抜けて。
放つ一閃。目の前にいる怪物によって、幾つの悲劇が生み出されたのか。
終わらせなければならない。悲劇は、元凶が目の前に現れた今、ここで。
「俺を、旭光を見ろ! お前を、終わりを斬り伏せる一閃がここにいるぞッ!!」
戦意は昇華し力となり、紡ぐ一閃は鋭く重い。
――その首を獲る。
獲れなくても隙を作れればソレで良い。お前は必ず終わるのだと思考の中で渦巻いて。
「ザントマン……今度こそ本物、なのかしら? なら、私は……」
そしてエルスは思考する。かつてザントマンによって犠牲になった少女――
カノンの事を。
ずっと気がかりな事があった。彼女が反転してしまった直接のきっかけが貴方だとしたら。
「ずっとずっと貴方を葬り去りたくて仕方がなかった」
「ンッふっふ? 誰の事をはなしているのか知りませんが――お知り合いでも不幸に?」
放つ一閃には確かな殺意。ザントマンの対応は早く、飛び退くが――逃がすものか。
必ず殺す。ラサで貴方の御伽噺を知り、アーカーシャで真実を知った時から。
ラサで動く者として、エッフェンベルグへ敬意を持つ者として――絶対に倒すと決めたのだから。
「誰ぞの事など覚えておりませんなぁ。
あなた方は踏みつぶした虫の事を覚えておいてでで?」
「虫、だって?」
嘲笑するようなザントマンの声。対するは未散だ。
虫。虫、か。
夢の様なハッピーエンドも。
望みの薄い先も。
上を見れば首が疲れて、下を見ればキリが無い。
「嗚呼そうです」
だからぼく等、虫けらですとも
「琥珀を夢見る――虫けらだとも!」
「例えば、それが虫けらとして。何故生きすがるか、なぜ死なないか。」
同時、横より迫るはヴィクトールだ。
未散と共に掛ける彼が抱く思考には『答え』がある。
人とは、人間とは、多くの場合生きようとするからだ。そう望むからだ。
死にたくないと願い、それを叶えようとする。
「そして、ボクはそれを手助けしますから」
「――ねえ、一緒に死んでくれますか、ヴィクトールさま」
「もちろんですよ、チル様」
一緒にいっても構いません。
けれどもあなた様が死ぬのはよろしくないですから、痛いくらいにとどめておいてくださいね。
「OK、精々『凄く痛い』程度に留めますよ」
通ずる二人に迷いはない。ザントマンを討つ為に命を懸けるも迷いはない。
ヴィクトールが未散の前へ。彼女を庇う様にその身を挺せば、未散の一撃がその後方より。
狙うは――首だ。
ザントマンの古傷。決して消えなかった呪いの痛みを思い出させ、穿とう。
「ンッふっふ面倒な。しかし私一人とずっと戦えるとお思いですか? それは」
「甘いって? いやいやそれは君の目算の方が甘いね」
未散達を迎撃するとともに純正を呼び寄せ囮とするザントマン――
だがそこへ至ったのはマルベートとミレニアだった。さぁご覧、ミレニア。
「鮮烈なる悪意と悦楽を。それに立ち向かう仲間達を。
どれも本当に素晴らしい『教材』だ。ここで肉腫でも突きながら勉強会と行こうか」
「……あんまり、綺麗な景色じゃないね。これが、私に見せたかったものなの?」
こんなものが? ミレニアは疑問符を浮かべながら楽し気なマルベートの顔を覗く。
いずれにせよ戦場であるならば気は抜けぬ――マルベートの背より治癒の術を飛ばし、マルベートは純正を相手取って戦況を進めるものだ。ああ、あぁ、ミレニアの見学の邪魔なのだ――新しいモノを増やそうとしないで欲しい。
「さ。私の背からは出ないようにね」
「うん――あまり好きな空気じゃ、ないけどね」
それでも知っておこう。『憎悪』という感情を。
未知たる感情の一角を――
「――あらあら、ザントマンのおにーさんはこんなところにいたのね」
瞬間。微かな笑みを含んだ声が聞こえてきたと思えば――そこに居たのはフルール。
「初めまして、『夢語る李花』フルール プリュニエよ。あなたの嫌いな幻想種ですよ♪
ふふ、よく見たら傷痕があるのね。一体誰に付けられた傷かしら……?
もしかしてそこを狙われたら弱いのかしら? ねぇ、どうなの?」
「――何、傷?」
ザントマンはふと首に手をやる。今言われて初めて気づいたぐらい傷――確かに在る。
だが開いている訳でもない。こんなものが何の意味を持つというのか。
――魔力を収束させる。暗黒の球体がまるでブラック・ホールの様に。
「ンッふっふこんな程度些事も些事。それより幻想種の分際で私の前に出てくるなど……」
「なぁに? 気に障ったの? 私を殺す?
ええ、やれるものならお好きにどうぞ。また幻想種に傷つけられるのは痛いですものね♪」
「ンッふっふ――さっさと死ね」
超速で飛来する直死の一撃がフルールの足元に着弾。
されどフルールとて言だけでザントマンを遊んでいた訳では無い。刹那に施した集中が彼女に力を与え、全盛を思わせる速度で致命傷を回避する――無論、魔力の奔流は一つにて終わらぬが笑みは決して途絶えさせず。
「これが……ザントマンの力」
その時、呟いたのはアンジェリカだった。
――本当は恐ろしい。強大な魔種に匹敵する力を持つザントマンの力量を間近で見れば益々その想いが強くなる。けれど、彼らが齎そうとする滅びを見過ごすことなどそれこそ決して出来ないのだ。
だから、戦おう。
「戦って、生き延びて、共に」
――明日を掴み取りましょう。
未だザントマンへの接近を邪魔する肉腫共を纏めて薙ぐ為に彼女は光を放つ。誰にも決戦の邪魔などさせるものか。皆で戦い、勝利し、掴むのだ。
明日の光を、絶対に。
「……今度こそ本当のザントマン、ね。
そうよね、誰もザントマンは一人なんて言ってないものね」
深緑でもラサでも『ザントマン』には世話になったとアルメリアは想起する。
多くの悲劇があった。多くの迷惑を被った者がいた。
――あんな事をもう一度繰り返そうというのなら。
「……消滅させてやるわ! ザントマン、亡ぶべしよ!!」
「ンッふっふ……幻想種如きが威勢のいい。人に飼われて泣き叫ぶがいいわ」
地を這う蛇が如き雷閃がアルメリアの魔法陣より射出される。
ザントマンからも迎撃の魔力が放たれれば、交差と同時に鍔迫りの爆発。
多くの肉腫を吹き飛ばし、しかし一撃で終わらない。魔力が尽きるまで撃ちまくってやる。
「オォォォオ――ッ!! ココデ会ッタガ百年目ダ……ザントプリンッ!」
「でましたな珍生物」
その時、横から割って入ってきたのがプリンだ。ザントマンの魔術を邪魔するように介入して。
プリンにはザントマンを放っておく選択肢が無かった。
己の自慢の肉体を地に伏せた者。共に戦ったプリン戦士(*彼の主観)を連れ去った者。
そして何より……
「オマエハ……オレノ夢ヲ捨テサッタ!」
誕生するはずだった至高のプリン大樹を――台無しにした者!(*プリンの主観)
許すまじ。幾度魔力が紡がれようがプリンの身を吹き飛ばされようが構わぬ。
突進し、前線を担う者達へ攻撃が飛ばぬ様に援護する! 全てはプリン同志の為! プリン万歳――!
「より良くなるべき魂達を穢す者……
イーゼラー様のもとに還り、作り直されて頂きますわ!」
そしてプリンに気を取られた一瞬をヴェルフェゴアは見逃さなかった。
持てる限りの魔力を収束し――解放。首筋を只管狙い、穿たんとする。
こんな所で倒れる訳にはいかないのだ。捧げるべき魂をイーゼラー様に捧げる為……
「私がハーモニアである事を……奴へと!」
故に弱点となる首へと討ち続ける。力の限り、持てる全てを注ぎ込んで。
「欲するままに生きるのは結構な事だけれど。滅びも絶望も終焉も、まだ受け取るのは御免被りたいわね? ……ええ。まだ、後が気になる事柄もあるの」
「ンッふふふ……ご安心を。一度死ねば最早気にする事もない」
「……そういうでしょうね。だから、えぇ」
刹那。ザントマンと対峙した佐那は刀を構えて。
「理不尽な死を与えるというのなら……好きに生きる者として、抗うとしましょう」
生きる為に――奴を討つのだ。
刺突と斬撃の繰り返しを間断なく。奴に自らを治癒させる隙間を与えなければ――いつか討てると。
「クヒヒ! ようやく会えましたよ! ザントマン様を騙る方!」
瞬間。戦場に響いた声は一体なんだったか――
否、幻聴ではない。それはあやめ『達』の声であった。奴隷・No・51、17、ジェーン、クリティ……彼女らが集いし目的はザントマンの下へと往く為。しかし、他の者達とはまた違う闘志の様なモノを燃やしていて。
「私はしがない『ザントマン』様の信者。
ええ、我々が信奉する「慈愛」を持って奴隷にする事でしか救えぬ者達を救済する……ザントマン様の信者ですとも。私としては貴方の様な悪性の塊のような糞でしかない存在などザントマンなどと決して認めないのですが……クヒヒ!
まあ貴方に首輪を付けたらそれはそれで似合うでしょうとも!
どうです? この無駄な戦いが終わったらうちの奴隷になりませんか?」
「はっ? 近頃のイレギュラーズは気でも狂っていらっしゃる?」
「ぐうの音も出ない正論ですね……やっぱりあやめ様の一族が心棒している『ザントマン』の方が異端過ぎておかしいのでは……」
「正直ここの人達全員狂人しかいないと思う」
超高速で並びたてられたあやめの言動。返したのは言葉よりも超圧縮された魔力の投擲。
あやめに直撃し炸裂――まぁこうなるだろうと17とクリティは若干以上に思っていたので回避済みだ。あやめはあれこれ言っていたが、悪性の塊である『こっち』の方こそが本物なのだろう。
だが――天邪鬼たる17は、ふと思ってしまった。
「悪意の塊に『感謝』とか『敬愛』の気持ちを伝えたらどんな反応をするか?」
奴隷とは不幸だ。幸福になるものなどいようはずがない。
しかしあらゆる出来事には『例外』と言う言葉も付いて回るものだ。
それが奴隷・No・51でもある。
「……正直私のこの気持ちは筋違いのモノだってわかっている
けれどどうしても……伝えたかった」
ザントマンの苛烈なる魔術を受けてもなお――彼女は倒れない。
意志の力で立っている。どうしても、どうしても伝えたい事があったから。
奴隷になった原因。周囲から『要らない子』扱いされた私が『ザントマン』と名乗る者達に誘拐されたから。最後は人に売られるのかと最初は思った――だけど。
「そのおかげで、私は『ご主人様』に出会えた」
死んでた私に生きる為の存在……運命に出会えた。
それはザントマンという存在があったからこそ。
ザントマン事件が起きなければ――私は――
「ザントマン……貴方という存在が居てくれたから……
奴隷になれた私は幸せになれた…………ありがとう」
だから感謝の言葉を伝えたい。
貴方がいてよかった――と。
腕の中で収束させた魔力の弾をザントマンの首筋に投擲しながら。
「――なんだ? なんですと? 感謝? 感謝したのですか、今?
何を想って? ああやめなさい背筋に蛆が湧く様だ! 気持ちが悪い事この上ない!」
この言葉を伝える為だけに五人掛かりでここまで来た。危険を賭して、それでも。
結果として生じたのはザントマンの、心の底からの『嫌悪』だ。
クリティは思っていた。あいつは『悪意の塊』で『恐れが具現化したもの』ならば……反対の感情をぶつければ弱体化か、そうでなくとも何がしかの影響があるのでは? と。
「……まぁ一理はあるよね。事態の光明を見つける事が出来れば、まぁ上々だし」
結果として虫唾が走っているかのような反応をして――同時。
彼の放つ魔術の奔流にも恐れず往くのはジェーンだ。
テンションMAXで51ちゃんを応援して。
「イェーイ! ジェーンちゃんだゾ!
ねぇねぇザントマンちゃんには絶対ミニスカ似合うよね!
今度ザントマンちゃんの同人誌作るね! 勿論ザントマンちゃんが受けの(はぁと」
精神の力を弾丸に変え――解き放つ。
注意が散漫と成っているか? 少なくとも、先程まで気持ちの悪い笑い声で余裕面をしていた頃のザントマンはいない。それは戦況が進み、ザントマンへの攻撃が集中している故もあるだろう。
――ならば見過ごせない。
ザントマンに猶予を与え、再び安定させてしまう前に。
「奴を更に抑え込む――ルクト」
「ああ……行くぞ、アレックス。存分に暴れてやろう」
空より飛来したのはアレックスとルクトだ。
目標は三つ――一つは空から強襲し、ザントマン付近の肉腫を退け時間稼ぎする事。一つザントマンの撃破。そしてもう一つは。
「全員で、生きて帰る」
言葉の上では平坦な様子だが――しかし瞳には強い決意を灯しルクトは往く。
アレックスを抱きかかえ全力で移動し。彼を降下させれば後の狙いはザントマンへ。
「前は世話になったな――借りは返すぞ。審判の時だ!」
「神の裁きのつもりですかな? 数百年私を放った神などに何が出来るというのか」
「審判は我々が下すというだけの話。
――行くぞ、この身の一遍まで使い果たしてでも必ず討ち果たす。
我ら天罰領、天より下る罰であり天を下す罰であるッ!」
空からはルクトが。地に降り、奇襲の一撃を仕掛けるはアレックスが。
互いに補う様にしてザントマンへと攻勢をかけていく――
必ず潰す。必ず倒す。こいつだけは絶対に生かしてはおけないから。
「やれやれ癌(キャンサー)とはよく言ったもんだな。人から生まれ落ち、人を蝕む腫瘍。ただそこにいるだけで周囲を蝕む生まれながらの悪。決して存在を許されないもの」
同時。弓を全力で引き絞るのはミヅハだ。
距離がある。それでも、当てる。
奴がどんな存在だろうと――憐れまない。憐れむ余地なんてない。
「『俺が居なかった頃』とはいえ、あれだけの悪行を行ってまだ足りないか!
ならば往こう! これは遥か彼方に在る国に誓った意思!
かの大樹ファルカウに誓って――ここで討ち取るぞザントマン!!!」
宣告と同時に指を離す。おかしな話だが『手ごたえ』があった。
弓を使う者には時々ある感覚だ。放った時点で、当たると分かる。
だから狙ったのだ。首筋の僅かな傷。狩人として狙い外さぬ一撃が――直撃した!
「ぬっ! これは……なんと遠方から……だがこの程度、小賢しいわ!」
「今だ――ッ! 行こうスティアちゃん。深緑の恐怖をここで終わらせる!」
「そうだね、サクラちゃん。深緑の御伽話は終わらせるんだ!」
それ一撃で奴を撃滅しうるには足りなかった、が。隙は出来た。
奴を浄化せしめんと跳び出したのはサクラとスティアだ。
ザントマンの周囲を覆っていた肉腫達は大方掃けている。こちらも、また時間をおけば再び包むほどの数がやってこようが……しかし勝機などと言うのは一瞬でもあれば十分だ。
不十分な数の肉腫で彼女達は止められない。
サクラの剣閃が肉腫を穿ち、跳躍と共にザントマンの近くへと。
「ガイアキャンサー・セバストス・ザントマン……ここで討ち取る!」
「ほざきますな人間如きが。私に本気で勝てるつもりでいるのですか!」
「ああ――勿論だぜ、ザントマン!!」
瞬間。サクラに次いで接近するのは――ルカだ。
「見つけたぞぉ!! 逃がしゃしねぇ……テメェだけは必ず殺す!」
殺意。闘志。使命。
それのどれだと言えば今のルカの感情に近いだろうか……
もしかすれば本人にも分からないのかもしれない。
ただ、分かる。分かっているんだ。
カノン。
こいつだけは絶対に逃がさない!!
「ぬぉ――と!?」
服を掴み身体を固定し、組技を掛けるかのような形でザントマンの頭を掴む。
狙いは首の傷を晒す事だ。仲間が攻撃しやすいように。ここを穿ちやすいように。
無論言う程簡単な事ではない。ザントマンはガイアキャンサーとして優れた膂力をも持っている怪物であり――ルカを振り解かんと力を籠める。魔力の渦を発生させればルカの全身を蝕んで。
「離す、かよぉ……!」
それでも彼は折れない。
「カノンの痛みに比べりゃぁ――こんなもんかすり傷以下だろうがよぉ!」
墓前で誓ったあの日の為にも。
折れる訳にはいかないのだと――魂を燃やしてでも立ち塞がって!
「ぬぅぅ小童が、邪魔なッ!」
「ザントマン……ここで終わらせますよ!!」
ここが勝機。
明確にそれを感じた者達は一斉に動いた。連鎖する様に、ドラマが跳躍し。
――ザントマン。その御伽噺は深緑の幻想種であれば、一度は聞いたコトがある子守唄。
けれど、外に出るコトのない私には関係の無いお話でした。
「ですが……!」
こうして外の世界に出て、あなたの実在を知った。
許せぬ同胞の無念が渦巻いている事を知った。
「あなたの悪夢は! 物語は此処で終わりです!」
苛烈に、鮮麗に。
蒼き魔力の刃で――首を抉る。
「が、ご――このッ」
「お前の暴虐はここで終わりだ。俺達が、終わりにするんだ」
更にまだ終わらない。ウィリアムが魔法陣を展開すれば、星の輝きがザントマンを捉え。
星の魔力を過剰集中させ――内部から破壊してやる。
ザントマン、許さない。幻想種達を汚し、汚し続けるお前を……
「俺は幻想種を羨んでいた――違う。憧れてたんだ」
その神秘性、優しさ、そして強さ……
彼らは多くを備えていた。魅力ある、素晴らしい種族だ。
だというのにお前は穢した。赦せることではない。
『ザントマン』は滅んで、忘れ去られてしまえば良い。
「恐怖も絶望も、今日で終わりだ! お前は永遠に――忘れられろ!」
「ふざけないで頂きたいですな、ゴミを幾らか処分した程度でせせこましい!」
「ゴミだと――やはり救われんな。断罪の時だ、ザントマン」
であればとウィリアムに次いでレオンハルトが前へ。
地を駆け振るう一閃は全力だ。肉体が限界を迎えるまで――斬撃に変えてやる。
首輪騒動の偽物ではない、本物のザントマン。
たとえその生が予め決められたものだったとしても、眠ることなく悪徳を積み上げたのはお前の選択だ。お前が選択し、お前が自らの意思で悪であったのだ。
「その腕――もらうぞ。ラサの砂漠で我らが紡いだ、無為の足跡の結末を此処に!」
「ぬぅ! そうはさせまんぞッ!!」
だがザントマンもさるものである。攻撃を受け続ける――であろうはずがない。
魔力を爆発させるように収束させるのだ。
何も届かせない。決して、決して。奇跡ごときに殺されるかとばかりに。
皆を吹き飛ばさんと――すれば。
「うげぇ、これがザントマンかぁ……気持ち悪いなぁ。こんな外見だったなんて……」
ドラマと同様にフランも耳にした事があった。
小さい頃に聞かされたお話。『ザントマンが来る』って聞いて泣いた事もあった。
どこかへ連れていかれるのは怖かった。だけど、それも今日で終わりだ。
――あれらを本当に只の『御伽噺』にしてあげる。
彼女が付与するのは芽吹の種だ。対象にマナを練った淡い光の種を宿し――その魔力循環効率を飛躍的に向上させる。自らに加え、ドラマやルカにも分け与え、皆の全力で振るえるようにしつつ。
ザントマンが魔術を紡げば、即座に治癒の祝福で対抗しよう。
一秒でも長くたてばそれだけ皆の生存確率が挙がるのだ。
倒れられない。死ねない。まだ、此処にいるんだ!
「……絶対倒れない!」
「うん! これ以上、恐怖に彩られた悲しい物語はいらない!
だから絶対にここで終わらせるんだ! 幻想種の悪夢は――ここで!」
「行くよッ――スティアちゃん!」
更にスティアとサクラが同時に行動を。魔力の残滓を集わせ、羽根とした一撃をスティアが放てば、その軌跡に追従する様にサクラが地を駆ける――
居合。風よりも速く、舞い散る花びらよりも美しく。
その首筋を狙いて穿つ。
「さて――私の愛するお姉様がお世話になったようで、これは御礼参りで御座います」
同時。しきみの声がしたと思えば、彼女はもうすぐ近くに居て。
「それに……此処は私の故郷。
随分と御愉しみの様ですが、そろそろお帰り頂いても? ええ、黄泉路の果てへ」
一撃放つ。
お姉様の素晴らしさに気付いた事は褒めて差し上げませう。
然し、お姉様は笑顔であるからこそ素晴らしいのです。
――それを折ろうとして、あの笑顔を崩そうとして楽しむなど言語道断。
其れすら分からぬお姉様ビギナーは万死に値するのです。
と、その時。
「ああ――そうかお前か。お前だったのか」
グドルフが歩む。如何なる傷を受けようと、彼は感じていない。
それよりも重要な事があるからだ。ああ『ロザリオ』が――
「ロザリオが共鳴してる……そうか。
お前がすべての黒幕だったんだな。俺の――『私達』の人生を壊したのは」
「んん~? 誰ですかなお前は。知りませんが」
それは『グドルフ』だけの事情。余人は知らぬ『彼』にとっての宿星。
強く生を願う。
それが自身への、妹の望みだった。
「ま、今更だな。何をしたって何が帰って来る訳でもねぇが……報いは受けて貰うぜ」
この世界に己の名を刻む――それが彼の望みだった。
随分と、時間が経ってしまったが。
「テメェをぶちのめせば――片ぁ着くわなぁ!!」
吠える。彼が抱くは勝利への渇望であり、自らと、そして皆の生感への望み。
この手で勝利を奪い取る。
血反吐吐き、それでも折れず朽ちず彼は前へ前へ。
瞼の裏に抱くは――ああ。きっと『グドルフ』の――
「ぬぅぅぅ!? なんだこの力は、人如きに斯様な事が――ッ!」
「ああ、よかった。此処にいらしたんですね。
海を越えて逃げられていたらどうしようかと思っていた所でした。
――言った筈です、ザントマン」
貴方を必ず滅すると。
聞こえてきた声はリースリットのものだ。
邪魔な肉腫を排し、ルカ達の動きに合わせて一気に前進。
狙うは首筋だ。時間をかける心算など毛頭ない。
終わりにしましょう、御伽噺。
「もはや犠牲は生み出させない。私達がさせない。
永きに渡る幻想種の恐怖に今こそ終止符を。
幻想種が貴方を、その概念を否定する――消えなさい!」
渾身。
その手に抱きし光の剣で両断せんと雷を纏わせた。
ザントマンの首が落ちる――永く続いた悪夢が、これで終わる――
「――首を落とした程度で私が死ぬとでも思いましたかァァッ!!」
かと思われたが、死なない。
首は奴に刻まれた弱き点であり『幻想種を追い詰める』筈の者が幻想種に付けられた屈辱の跡――であるが、ザントマンは概念であり御伽噺。首の亀裂を広げれば奴に大いなる打撃を与える事は出来るが、致命にはあと一歩!
その存在総てを滅さぬ限り奴は止まらない――!
荒れ狂う魔力がそこかしこに。首を落とされた故か狙いが定まっていないようで、肉腫をも巻き込んでいる。ブラック・ホールが如き暗黒球体が投じられ、超重力の一撃が誰をも遅い、まるで天災が如く。
「やれやれ御伽噺は御伽噺に還るのが筋というモノ。
みっともなく現世に執着するなど……言語道断!!」
だがそんな事は予測済みだ。バスティスの声が飛べば体勢を即座に整えて。
同時に彼女は思う。ガイアキャンサー・セバストス・ザントマン。
受肉化した悪意。混沌に表出した癌。
幻想種という種の歴史に出来た瘡蓋――
「あたしの様な人を見守りたい存在とは対極の存在だね」
ふっ、と笑うようなのは一瞬だけで。
「――我らは神の軍勢ぞ! 圧殺せよ!
大地を蝕む癌ごとき、振り解けずしてどうするか!!
前を見よ! 望む未来は――勝利はそこにある、進めェ!!」
大号令を発して戦術を指揮する――援護は厚く、攻撃はもっと厚く。
彼女の言により急速に戦線が立て直される。ザントマンの乱舞の混乱は、もはやない。
あと一歩だ。あと一歩で、奴を完全に撃滅する事が出来る!
首が落ちて奴の狙いがマトモに定まっていない今が――好機!
「ならば全て引き潰しましょう。時間を遺失魔術(いじ)ってでもやってみせましょう。
貴方が終わっていないのと同じように、こちらもまだ終わっている訳では無い――!」
であればと。死が吹き荒れる中を突き進むはアルプスである。
まるで自らの時間に干渉するかの様な一時を。高速を乗り越え更なる高みへ。
生じる刹那に――音速波の先を超えれば。
「ザントマン、お前のスペルが最後を示すZならアルプスのスペルはA!
始まりを告げる鐘の音を聞け――ッ!!」
跳ねて、上から衝突。
『ある少女の付けた傷』を更に、ザントマンの肉を大きく抉り飛ばして。
「が、ぁ、ぁあああ!!? おのれ畜生共が! 人が! 正しき生物が! そんな程度が! 神の奴隷が! 選ばれてしまった愚か者共程度が私をぉぉぉぉ――!!」
「あれこれ言ってるけど、もう貴方はここでお仕舞いだよ! 次は――ないッ!」
直後。咆哮するザントマンに追撃する様にルアナが一撃を叩き込む。
先のザントマン自身による無差別攻撃により邪魔をする肉腫の数は更に減っている――故に彼女もまたザントマンへ攻撃する事が出来ているのだ。この国を狂わせた元凶の一つを、放ってはおけない。
「ここで引導を渡して、この国を好転させるきっかけを、作るんだ!!」
「馬鹿め!! 今、世界中にどれだけの肉腫がいると思っている!
私を倒せば終わりだとでも思ったか? ――ゴミ共め!
セバストスの数など300は超えているわ!」
それはザントマンが数を感知できるのか、それともただの戯言か。
分からぬが奴は言っていた。脆弱な貴様らなどいつか死ぬ、と。
死ね、死ね死ね! 誰も彼も死ね!! 苦しみ滅んで泣いて叫んで死んでいけ!
「例えそれが本当の事だしても、前と同じだと思うなよ」
だが、と。紡いだのはシラスだ。
奴の神秘術は桁違いだ。他のもこれ程の領域か――は分からないが。
例えどれ程この世に悪意が蔓延っているとしても、人は必ず打ち破る。
一度負けたとしても!
「アレクシア……ッ!」
「うん! あれが、あれが深緑の幻想種が生み出して恐れなら……逃げる訳にも臆す訳にもいかない! 私達が打ち砕かないと――いけないんだ!」
人は必ず最後には勝つのだと。
再びその手を握りしめる事が出来た――アレクシアと共に二人は往く。
終わらせる。『感情』があるからこそ、人は色んな物語を紡いでいける! 前に進めるんだ!
「私は、それを知っている!」
私がここに立っているのも、あの人に『憧れた』故なのだから!
だから私は全身全霊をもって、人の想いを、願いを、可能性を否定するあなたを倒す。
――『ザントマン』という名の恐怖の物語よ!
「この一撃で、幕引きだッ――!!」
ザントマンの神秘が飛んでくるが――シラスの指先がそれを弾く。
彼女に手は出させない。二度とお前なんぞに連れては行かせない。
悪あがきの道連れにだって――させるものか。
同時。アレクシアが紡いだ魔力は魔法陣と成りて天へと招来。
取り込んだ周囲の魔素と自身の魔力を束ね併せ、強大な威力を持つ光の矢を生成し――
射出。
「ぬぁああああ……おのれェッ! 幻想種になんぞに殺される訳には――!!」
残った胴体の過半が消し飛び、もはや再生するような見込みもない。
今生きているのはただの執念。或いは怨念とも言うべき憎悪の執着か――
まだ殺したりない。幻想種達の嘆きを聞いていない! 人をもっと殺さねば!
ああああああ人よ死ね! 死んでくれ! 出来る限り不幸になった上で死んでくれ! 尊厳を汚され、瞳に死を灯しながら世の中を呪って死んでくれ! 頼む! この私のささやかな願いをどうかあああ!!
「――ザントマン、お前が生まれた理由など。
この世に執着する理由など至極どうでもいい。
お前の様な者が生まれるからこそ、この地の汚れは消えぬのだ!」
ザントマンの残った生命力が頭部に収束していく――故に清鷹は刃を構えて。
「もしもお前の様な者がまた生まれようと、私達はお前を倒すまで何度でも刃を向けるぞ! あまつさえ己の下らぬ願いの為に神を利用し、その神格すら汚すなど……百度死んでも只ではすまぬと思え!」
最後に残った大きな目玉を――両断した。
――ァ、アアアアア。ォ、アアアアアッ――!!
絶叫。高天京全てに響き渡るかのような絶叫が周囲を震わせている。
と、同時。誰かが見た。
ザントマンの総てが朽ちて消えようとしたその時――ザントマンの身体から淡い光が漏れ出ていて。
「あれは――?」
それは天へと昇っていく。上手く、輪郭を捉える事が出来ないが、あれは……
幻想種達の――魂だろうか。
かつてザントマンによって犠牲になった者達。その恐怖を取り込んでザントマンは自らの力を強大にしていたのではないか。奴隷が出来て嘆きが発せられるたびに奴は強くなり……そして魂は奴に死後も囚われていた。
ザントマンの背後に見えていた目も、もしかするとその残滓で……
…………ありがとう。
ふ、と。
耳元に聞こえた声は誰のモノだったか。
幾人かに聞こえたその声色――しかし確かに聞こえた感謝の言葉。
「終わった、のか……?」
残存の肉腫達は散り散りに散っていくが、もはや増えている様な様子はない。
純正は打ちのめされ、弱き複製達だけならば追撃も容易だろう。
癌は――除去された。
神威神楽の奥底に巣くっていた病は今――確かに、浄化されたのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加まことにありがとうございました。
かつて幻想種を苦しめた存在はついに神威神楽の地で終わりを迎えました。
はるか遠いこの地でも人を苦しめ――しかし最後には人に敗れたのです。
それは皆さんの可能性があったが故の事だったのでしょう。
ありがとうございました。
GMコメント
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
<神逐>の決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
■勝利条件
ガイアキャンサー・ザントマンの撃破
加辺・右京率いる部隊の撃破or撃退
●ご注意
一行目:どこの戦場に行かれるかを御記載ください。
二行目:グループで参加される場合は【グループタグ】を、お仲間で参加の場合はIDをご記載ください。
三行目:ここからはご自由に御記載ください。
==例==
【A】
【ンッふっふ】 or ギルオス・ホリス(p3n000016)
ぶん殴るぜ!!
======
■高天京(高天御所)
豊穣首都、高天京に存在する御所の一角です。
中枢への道を守るかのように、敵勢力(下記詳細)が布陣しています。
この戦場では大きく分けて二つの戦場が在ります。
■【A】の戦場
■加辺・右京
七扇が一角、大蔵卿。
その身は魔種へと堕ちており、この国を滅ぼそうとする魂胆に積極的に協力しています。
前回の全体依頼においては特殊な術式を起動させており、そこから妖怪を召喚し手駒を増やそうとしていました――が、その目論見は潰されており、この戦域には彼に従う『冥』しかいないようです。
刀と巫術を用いる近も遠も出来るオールラウンダータイプの様です。
ただし元が文官肌の人間なので、技能が優れているというよりも魔種としての性能で押してくる様な形が主体でしょう。
■冥×複数
七扇の一部のみが知る暗部の部隊です。
天香家の――特に権力者たる長胤に忠誠を誓っている者達で、彼に協力する者達の手足ともなっています。現在はカラカサに従っている模様。
基本的に刀を用いますが、クナイ等による中距離戦も可能な様です。
こちらに向かってくる肉腫やイレギュラーズの皆さんに攻撃を咥えます。
■複製肉腫(ベイン)×無数
ザントマンにより創り出されている複製肉腫。恐ろしい勢いで増えています。
ただし狙いが若干無差別の様です。どちらかと言うとイレギュラーズの皆さんを狙ってきますが、時折『冥』達を狙う事も。恐らく数が多いので制御しきれていない個体が存在しているのでしょう。
■【B】の戦場
■ガイアキャンサー・ザントマン
深緑に伝わる物語――ザントマン正にその人です。
御伽噺から発生したガイアキャンサーで『膠窈肉腫(セバストス)』の階級を持ちます。
その能力は尋常に非ざる領域に到達しており、多くの幻想種が彼の手によって悲惨な運命を辿っています。生まれた時からあらゆる生物――ただし魔種など滅びのアーク側の存在は例外ですが――に対する巨大な殺意を抱いています。
ザントマンに挑む場合は十分に注意してください。
非常に強力な神秘攻撃を中心に捻じ伏せようとして来ます。
また彼の周囲では常に複製肉腫、時折純正肉腫が発生する事があるようです。
・『Zandmann』:常時発動。幻想種に対する特攻性能を持ちます。幻想種である場合、ザントマンから受ける全ての最終ダメージが増加します。頭文字はSではなくZ。あらゆる生命に終わりを齎す者の証――
・『ある少女の付けた傷』:常時発動。よく見えないかもしれませんが、ザントマンには首筋に古傷があります。ここにダイレクトに攻撃すると最終ダメージが増加します。特に幻想種が攻撃した場合、更にダメージが増えます。ただし本当に首の一部分なので狙い辛い位置かもしれません。
■純正肉腫(オリジン)×3
ザントマンにより創り出されている純正肉腫。
開始当初は三体います。周囲の自然現象などの概念から創り出している様です。
性能は複製を超えていますが、ザントマンには遠く及ばない性能です。
かといって放置する事は危険でしょう。弱くは在りません。
多くのBSをバラまいてくるタイプが1体。肉弾戦タイプが2体いる様です。
また、純正がいると複製の作成スピードが上がります。
■複製肉腫(ベイン)×無数
ザントマンにより創り出されている複製肉腫。
恐ろしい勢いで増えています。魑魅魍魎かの如く大量に湧き出てきている様です。
性能自体は『冥』よりも劣っています。が、とにかく数が多いですし、戦闘の最中にも増えています。彼らは小動物からでも発生する勢いだからです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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