シナリオ詳細
<冥刻のエクリプス>Non ducor, duco.
オープニング
●交差Ⅰ
その日、ローレットへと一人の女が少年を連れて訪れた。
長い金の髪に意志の強い赤い瞳を携えた冷ややかな美貌の騎士である。
「『特異運命座標』へ伝令をお持ちしました。内密なる王命となります」
涼やかな声音は凛と通り、只、意志の強さを感じさせる。その傍らには桃色の短髪に鮮やかな新緑を思わせる瞳の青年――否、少女であろうか――が立って居た。
「はいはい」
ローレットの受付より顔を出した『パサジールルメスの少女』リヴィエール・ルメス(p3n000038)が少年のその整った顔を見て身を固くしたのは致し方ない事だっただろう。
「アマリリスーーさん!?」
ぎょ、としたリヴィエールの言葉にローレット内はざわついた。青年のその顔は先の月光人形の一件でデモニアへと反転した『天義の守護騎士』アマリリス(p3p004731)と瓜二つであったからだ。
「……言われると分かっていたでしょう」
「まあ」
苦虫を噛み潰し、青年は傍らの女騎士の横顔を眺める。注目の的となった二人の天義の騎士。
女騎士は「エミリア・ヴァークライト」とその名を名乗った。
「ヴァークライト……?」
「如何にも」
その名は、『リインカーネーション』 スティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)と同じ。天義貴族ヴァークライト家は家長であったアシュレイ・ヴァークライトの『不正義』により現当主と前当主の一人娘を残して断罪されている筈だ。
無論、そのヴァークライト家の『一人娘』がスティアであり、名乗り上げた女騎士が現当主その人なのだが。
「ヴァークライト家の現当主って不正義の始末をつけるために自身の一族を処刑した『氷の騎士』っすよね……」
「そう、呼ばれる事はありますが――生憎、良い呼び名とは思って居ません」
女騎士に促されて、青年は「ヨシュア・C・ロストレインです」とはっきりとその名を名乗った。
「……そちらはアマリリスさんの双子の弟って事っすか」
「そうですね。姉さんがお世話になって『ました』」
愛らしい顔に一瞬の曇りを見せるヨシュア。彼と、そしてエミリアがこうしてローレットに足を運んだ理由。
それこそが――
「魔種『ヴァークライト』及び魔種『ロストレイン』の討伐命令がでています」
――一族の不始末を自身らで終わらせろ、ということか。
●交差Ⅱ
天義が市街地。聖堂や居住エリアの中を往くアシュレイ・ヴァークライトは『そこに有った筈』のものがないことに気づいた。
市街地内部を移動するうえで、リスクとなって居たのが特異運命座標の介入前であればアストリア枢機卿が率いる聖銃士である。敵か味方かと区別することが難しい相手なのは否定できず、大っぴらな活動を行う障害であった事は確かだ。
「聖獣様たちもいらっしゃらない……あなた……」
「噂では『特異運命座標』が聖銃士と聖獣を退けたそうだ」
急激に戦力を減少させたアストリア枢機卿派閥。そのおかげかスムーズな活動ができるとアシュレイは傍らの愛しい妻、エイルの背を撫でた。
「……大丈夫でしょうか」
「『こうして帰ってきてくれた』んだ。君を――そして、その子たちを護るよ」
アシュレイが連れるのは何人もの月光人形や孤児たちだ。
彼の妻、エイル・ヴァークライトが月光人形である様に、彼が連れるのは身寄りなくこのままでは飢えで死を免れぬ孤児たちや年端も行かぬ月光人形の『子供達』。
皆が皆、帰る場所なく寄る辺としてアシュレイとエイルの許へ集った存在であった。
一見すれば微笑ましい――されど、それは『狂気を伝播』させ続ける。
彼らの周囲にいる孤児たちは狂気の影響を受け、その狂気の伝播の速度を急激に上げていく。
「どういたしますか」
「先ずは市街地での安全地帯の確保を。子供達と貴女の無事こそ最優先だ。そして――そこからは」
アシュレイはゆっくりと王宮を見上げた。
正義。
正義を成す。
正義とはなんだ――?
幼い子供を断罪するという事か。無垢なる人々を罪を決めつけることか。
その意志は誰かによって左右されるものなのかとアシュレイは奥歯を噛み締めた。
操作される様な正義。神がそれを望まれるというならば、その神は偽りなのだ。
「『あるじはわたしたちを愛している』」
「ええ。ええ……。『ひとは皆、大罪の上にある。しかして欲を捨てるな。それは神が与えた財産なのだ』」
私欲に濡れたそれを罪だと謗るか。
不可解な罪を正当と言い張るか。
偽りの神を否定すべく、アシュレイは言う。
「――この国には居られない。巻き込んで済まない、エイル」
ふるり、とエイルは首を振った。
愛しい妻を『罪』というならば、神を討つ不正義を『罰』としよう。
もう二度と失う事はしない。この国を正すが為――もう、迷いは捨てなくてはならないのだ。
――<神がそう望まれるのだから>――
●交差Ⅲ
炎の気配がする。翼を揺らしジルド・C・ロストレインは正義の焔を見詰めていた。
「この国は腐ってしまったんだ……」
悲し気に言うその言葉に、同じく胸を痛めたかのように彼の娘は「ええ」と目を伏せた。
「罪なき人々を罪だと謗り、断罪の刃を向ける。
他者の違いを許容できないとは、悲しいことです……」
手を組み合わせた聖女は眉を寄せる。ジャンヌ・C・ロストレイン――アマリリス――はお父様、とジルドを呼んだ。
「お父様の幸せは、どこにありますか?」
「この国にはないかなぁ……」
「私は――ジャンヌは、お父様のために何ができますか?」
「ジャンヌ、この国は私と君の幸せを奪った。
君の手を血に濡れさせ、君という命の自由さえ剥奪した。
騎士であれば誰かを殺すのは正義かな。騎士であれば断罪するのが当たり前なのかな」
ジルドの言葉にジャンヌは涙をはらはらと流して首を振った。
「いいえ! いいえ、お父様!
ジャンヌはお父様が幸せを願っていてくれたことにさえ気づかぬ愚か者でした。
生きたいと願った誰かを殺す罪深さに気づくことなく刃を振るう――私は……」
涙を流すジャンヌにジルドは大丈夫だ、と幼い子供にする様に彼女の頭を撫でた。
それは、聖女となる前に感じた掌の暖かさであったか。
聖女様!
聖女様――!
喝采なんていらない。
騎士様!
賞賛なんていらない。
ただ、『ひとりのにんげん』としてあいしてほしかったのかもしれない。
聖女とて所詮一人のひとなのだ。この国は『狂っている』。
「子供の幸せを願わぬ父親がいるわけがない! 涙を拭いて、ジャンヌ。共に行こう」
「ええ、お父様。不幸は止めなくてはなりません。もう二度と、聖女が生まれぬよう」
この国を壊してしまおうではありませんか。
――<神がそう望まれるのだから>――
●そしてすべてが収束した。
天義騎士団よりエミリア・ヴァークライト及びヨシュア・C・ロストレインを通じての通達。
魔種及び月光人形の活動が確認された。
その影響を受けた『不正義』の人々と、聖獣の存在も確認済みである。
正義の勇者『ローレット』よ。
魔種なる原罪の不正義を討伐し、この白き都に平穏を齎してほしい。
「『神がそう望まれるのだから』」
「ヨシュア?」
「いえ、いいえ……市街地に残された民も多くいます。救出にも手は必要でしょう。
何より、影響を受けた獣たちや『呼声』も気になりますから」
「……ああ」
複雑なる思いを抱えた二名にイルは「立ち止まれないんだ」と顔を上げた。
「リンツァトルテ先輩――リンツァトルテ・コンフィズリーが姿を消した。
何かがあった。隠された何かが。隠さないといけない国であることが私は恥ずかしい。
……けれど、罪なき人にまでその枷を背負わせたくないんだ。皆、力を貸してほしい」
見習い騎士たるイル・フロッタは言う。
盲目に、憧れの先輩を追い掛けるだけの時期は過ぎたんだ。
先輩が、すきです。
先輩が、とてもすきです。
なら、先輩が『不正義』と言われたら刃を振るえるか? そんなの、無理だ。
「罪なき人に刃を振るわず、救えるなら、なんだって。
甘いって思ってる。言葉を交わせるなら、救いだってある筈なんだ――これが、私の正義なんだ」
皆の、正義をぶつけて欲しい。この国に。
救える命は未だ、沢山あるのだから。
――正義ってなんだと思う?
- <冥刻のエクリプス>Non ducor, duco.Lv:7以上完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年07月08日 22時00分
- 参加人数109/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 109 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(109人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
我は導かれず。我こそが導く。
懼れる勿れ。
懼れる勿れ。
我が標はそこにあるのだから。
神よ――
神よ――
あなたが、望まれるならば。
●
そこに有ったのは、濃い戦禍の気配であった。
尾を揺らした狐憑――狐耶は『こやっ』と周囲を見回している。
「ええ、戦場です。街がまるごと戦場です。戦闘狂は前へ出ろ、怖れるものは外へ行け。そんな感じです」
人々は惧れを口にして、神へと祈りを捧げ続ける。それがこの国の風景だった。在り来たりな、宗教と言う『泥』に塗れた世界――神が居るならば、こんな状況にもなって居ないだろうにと狐は呆れを口にする。
「ですが誰しもすんなり出れるものではないのですよね、ええ。
ですので私もたまには功徳を積むのも良いかと思います、はい。功徳は仏の概念ですね、稲荷関係ないですね」
この国の神様とは違うでしょうけど、と笑う彼女の傍らに、ぐんと魔物の気配が色濃く寄った。
「……グラァ……ガアアアアアッ!!」
警戒と、そして、不快感。吼えたアルペストゥスは程近い場所に感じる魔種の気配を払う様に猛禽の如く目をぎらりと光らせた。
魔物や『魔なる者』が跋扈する中で、狐耶やアルペストゥスが担うは住民たちの避難だ。
「た、助け――」
怯え、腰を抜かせた男の襟をばくりと咥えて引き摺る様に運搬するアルペストゥス。人助けセンサーを振るに活用して、軍馬にまたがる一悟は突如として混乱の中に陥る事となった美しき白亜の都を見詰めて呆然と呟いた。
「いつだって割を食うのは力なき人々なんだよな……そんな人たちをオレたちが守らないで誰が守るちゅーの!」
この美しき清廉なる白には魔が潜む――それは七罪、大いなる存在、ベアトリーチェ・ラ・レーテの『公演』が始まった証拠だ。
特異運命座標達の活躍により籠城戦となった枢機卿アストリアが留守にしている都へ進軍する二組の魔種、一方は『子供達を連れ』、一方は『我が子を連れ』――互いに、この国を憂い王宮へ進んでいるのだ。そこで涙を流す無辜の民には構わずに。
「チクショウ……ッ、革命には『犠牲が付きもの』とか言ってる場合かよ……!」
毒吐く一悟の声に、アウローラが頷いた。神を靡かせ、ぷうと頬を膨らませたアウローラ。
「悪い事する相手には容赦しないよー!
みーんなまとめてお仕置きしちゃうんだから!」
無実の民を犠牲にするだなんて、赦さないとその弾丸が雨の如く市内を闊歩する獣や魔物へと襲い掛かる。
「アウローラちゃんにおまかせ! 此処から先は行かせないんだからー!」
前線へ立つ少年少女。その背を茫と見つめる天義騎士たちを振り仰いだヴィルヘルミナは声を張る。
「聞け! 天義の騎士たちよ!」
結上げた緑の髪を揺らす。風の名を授かりし騎士の娘は騎士の誇りとは高潔であることだと口にした。
「魔を滅する、それを念頭に置いて居られる方が多いかと思う。
それもまた、一つの目的ではあるだろう。だが、私は。私達は……騎士だ。
その根底には誰かを護るという意思がある事を、私は信じている」
正しいものは正しいと仰ぎ、間違いは正すのみ。
「―――未だ助けを求める民草を、吼え猛り爪牙で血を求めんとする者たちから護るべく。我らのこの手を……間に合わせる為に!! 力を合わせて向かおう。我々は同じ目的を持った同士なのだから!!」
鼓舞する声を聴きながら、秘密の隠れ家に避難民を一時的に退去させていた屍の頬に汗が伝う。
人形じみたその顔に僅かな不安が過ったのは美しかった戦場がこうも穢れに満ちるものかと感じたからか。
「――早く!」
ロゼッタが屍へと声をかけた。獣を受け止めるように、自身を追い込みなおも力を求めるロゼッタが魔物たちの許へと飛び込んだ。
「くっ……邪魔ッスよ!」
声を張るリョーコ。傷を負う仲間達に回復を送りながらも、市街地の人々をシスターキャサリン――情報屋キティの居る聖堂へと非難させ続ける。
(天義の街がまた大変なことになってるんッスね……けど、ここで足を止めるわけにはいかないっす!)
全力移動で振り切れ、疾風り伝説~流星一条~を胸にリョーコはただ、ただ、歩を進め続ける。
【―――9時の方向、敵影です】
ファミリアーを駆使し、司令塔として情報伝達に立つ回るNo.9。世界から得た贈物はその脳内に直接言葉を響かせることだった。
騎士や、そして、仲間たちすべてに指令を送る様に優先的に伝達を送り続ける。
その言葉を口にする事ない少年に視線を送ったシスターキャサリン――キティは「それで、後方での情報伝達っても危険よ?」と紅いルージュの塗られた唇を歪める。
『構いません。これができることならば』
ホワイトボード越しに伝えた思いは確かなもので。
ええ、とフィーネは小さく頷いた。癒しの気配が周囲に広がっていく。
「微力ながら、お手伝いをさせて頂きましょう。
戦場は違いますが……きっと、私の大切な人も、戦っている頃ですから」
憧れたあの人はかの大業、ベアトリーチェ・ラ・レーテへと向かったか。フィーネは祈る様に癒しを広げ続ける。
(ここで、せめて――力になれたならば)
癒しを受けながらもノエルは交戦状態の戦場をぐるりと見回した。傷だらけの体を引き摺る様に、その力を振り絞る。
「アルちゃん、シリル、あたしの同郷トリオ登場! 一人でも多くの人を、助けてみせる!」
どん、と声を張ったフラン。同郷トリオ三人、名付けて『お助け隊』は此度で二度目の出撃だ。
「旗印はフランだからね。期待してるわ。
私達、三人ともヒーラーだからね。その能力を活かさない手はないわ」
胸を張るアルメリアにフランは勿論と笑みを浮かべる。民間人を救うためには仲間を鼓舞して護る事も必要だ。
「呼び声は怖いけど、でも3人なら大丈夫!
もしアルちゃんやシリルが呼ばれそうになったら、思いっきりほっぺつねって呼び戻すんだからー!」
「そ、それは大変だね……!」
慌てた様に言うシリル。なるべく多くの人を助けられるようにと自身を鼓舞するように掌にぎゅ、と力を込める。
「そう、そうだね……呼び声……だめ、だめだよ……いなくなっちゃうなんて……僕は絶対に嫌だよ……!」
震える声音でそう云って。その声ににい、とアルメリアとフランは笑みを浮かべる。
「いなくなる訳、ないでしょう?」
「勿論だよ! シリルこそ、居なくなっちゃだめなんだからー!」
三人。力を合わせればどこにだって行けるはずだと。視線を合わせる。
癒しを送り、騎士たちを鼓舞する三人の面前で民間人が獣に襲われる。
「何があっても怖気づくなよばっきゃろー! 私が道を開いてやる!」
声を張ったマナみ。雷が落ち、我に続けと声を張る。瞬間記憶は、お助け隊の三人に「あっちにけが人が居る!」と確かな情報を伝えた。
「わかった! アルちゃん、シリル、いくよ!」
「ええ。此処は任せます!」
三人娘を見送ってマナみがにぃと笑みを浮かべる。
攻撃手の背後で、避難誘導の際に足音を立てぬようにと気を配り、出来る限りの『隠密』を心がけた佐里はしいと唇に指寄せた。
「見つかっても私が対応できますけど、見つからないに越したことはないので」
絶対に見つかってはいけないといえば緊張より何かのトラブルに巻き込まれる可能性だってある。
それならば出来る限りの平穏と――そして、落ち着きをと佐里は小さな深呼吸を民間人へと促した。
「さあ、マナみさんやお助け隊の皆さんが戦っている間に避難しましょう」
爪が地面を抉る。
「どわっ」
慌てた様な零の声がする。その声に片をびくりとさせたアニーが「ひっ」と声を漏らした。
戦闘はしたことない。それに、恐ろしいという気持ちでいっぱいだという様にアニーは傍らの零に視線を向ける。
「こ、こわいですね……!」
「怖い。けど、頑張らなきゃ……!」
勇気を振り絞った零にアニーは頷いた。誰も死なせぬようにとパカダクラを伴い、騎士たちへとサポートを送る。
「ヒッ――!」
怯えた市民に零は手を伸ばす。大丈夫、絶対に死なせやしないと自身と、そして、人々を勇気づけるようにそう言って。
「双星の輝きよ。どうか、皆の笑顔と未来を守って! ──ウルサ・マヨル!」
ウルサ・マヨル。パーシャが異界より喚ぶ双剣。それを手にして、彼女はくるりと振り返る。
「……行こう、ミミちゃん!」
「相変わらず危なっかしいですね。
へいへい、しょーがねーから付いてってやるのです」
肩を竦めてミミは前を行くパーシャの背を追い掛けた。パーシャは優しい、ヒト相手の争いごとは『ビビリ屋』のミミ以上に嫌っているはずだ。
(――だから、こんな時はミミが助けてやんねーとですよね。友達の前でビビってばっかも居られないですし、ね!)
「ミミちゃん?」
「なんにもねーです。ミミみたいなぱんぴーも頑張ってるんですから、あいつらにも頑張ってもらわねーと」
ほら、と騎士を指さしたミミにパーシャは大きく頷いた。
確かに、パーシャの手は震えていた。人を傷つけるのは怖い、けれど――迷ってはいられないと迎撃を繰り返す。
「濃い――血の匂いだ。しかし『聖獣』とはまた、随分と盛ったものだね?ただの獣に聖なるも何もないだろうに。
獣は獣同士食い合うだけだ。本能のままに殺しあおうじゃないか」
ぺろりと舌舐めずりをするマルベートの傍らで『楽しい場所』へと連れてきてもらったというミレニアは母の横顔を見遣る。
「私はそれほど動けないわ。それに、痛いのも嫌いよ」
「ああ、知っているさ。『いいこ』に」
「ふふ。大丈夫よ。私知ってる――楽しいことってすぐに終わっちゃうんだもの」
ミレニアは柔らかに笑み浮かべる。幼い少女が母に向ける様な甘えた顔をして「うるさいのって嫌いなのよね」と首を傾いだ。
「ああ――けれど折角のお遊びだろう? 何、行先も決めない散歩みたいなものだ。寄り道くらいしようじゃないか」
歩む母娘の傍らでヒットアンドアウェイを繰り返すセイが戦闘を行っている。聖堂の前、シャルロットはゆっくりと血色の瞳を開いた。
「ふぅ、この国を出たいというならとっとと出れば良いのに。
まあいいわ、人形遊びも、聖女ごっこも、思い通りにいかないことを教えてあげる」
改革なんて『いつだって血腥い』と決まっているではないか。
シャルロットは騎士たちに民の避難を命じ、追い縋る獣を切り払う。
「聖堂へ!」
守るべき民が為――首を傾いだ気象衛星ひまわり30XXはふむむと小さく声を漏らす。
「知ってるですか? ゾンビ災害は気象情報の仕事じゃないのですよ?
これってあれですよ、緊急速報とかのやつなのです。気象情報も中断されるやつなのです」
番組を中断して此処でお知らせレベルなのですと彼女は憤る。
「あくまで視聴者の生存優先なのですよ。世話が焼けるですね」
ひまわりに続く様にティーナとノーティガルは戦いへと赴いた。癒し手と自身を鼓舞し継戦を生かしたティーナ。
後ろからひょっこりと顔出してスーが「さーて、頑張っちゃうよ!」と声発す。獣耳遊撃隊は何処までも『全力』だ。
「グループ命名は私なのです。格好いい」
うむ、と小さく頷くアトゥリ。前往くスーへの援護射撃を繰り返す。少数故の身軽さを生かし、戦場全体を見通す様にして、継続火力に長けるアトゥリが行うはとにかく戦場蔓延る敵の数を減らすことだ。
「ここは呼び声があるんだよね? 私だって好き好んで友達は打ちたくない……ブン殴ってでも連れて帰るよ!!」
ふんすと力を込めたクランベル。アトゥリと示し合わせて数を減らす様に精密者液を繰り返す。瓦礫も潰えた馬車も全てが全て彼女に取っては戦場の内。
(天義は一回滅ぼしちまった方が良いんじゃねーの正義怖ェわー……)
肩を竦めたことほぎ。魔種と間違えられて断罪されては堪ったもんじゃないとでも言う様に悪名を気にして『英雄らしい』動きを取ることはできない。
「……なんでこの依頼受けたって聞かれたらアレだ。金目当て。天義は怖いが金は欲しい」
そういうんん減の欲求と言うのも大事だ。火事場泥棒したい気持ちを抑え、治癒を行いながらことほぎはこそりこそりと進んでいく。
陰に潜んだことほぎとは対照的に前へ立ち、鼓舞するように『懐かしい』行いに身を任せたウォリアが声を張り上げた。
「騎士である事を誇りとする者ならば、膝を折るな。
呼び声に屈さず、己が護るべきものへの想いを心に宿し――そして何より……明日に繋ぐ今日を一つの命として生き抜け!
―――オレが共に征く……信じろ、共に生き残る為に!」
鼓舞の言葉を何より口にする。狂気孕んだ獣じみた月光人形たちを焼き払う様に、只、その体を張った。
それに負ける様なガーグムドではあるまい。
「ガーグムドである! 我がこの都市に熱き魂と炎を呼び起こそう!
まずは耳を澄まし目を見開き戦闘そのものや悲鳴や剣の音を聞け!」
滾る炎と共に進むガーグムド。吹き飛ばし、肉体を盾にして獣を受け止め続ける。その背後より支援する獣耳遊撃隊の姿が見える。
「目線を上げて、前を向いて。明けない夜は無いんだから、ねっ!」
その言葉、しかと聞きながらガーグムドは「ああ!」と大きく声を上げた。
「炎を見よ! そして、戦場へ行け! 我らの勝利が為に!」
炎の気配をちらりと見て、鼎はゆっくりと傍らのシャロンの手を握りしめた。
「ふふ、大丈夫かい? 医者らしく守るなら、気負わなくてもいつもみたいにやればいいよ。
……それに、シャロンが平常を見失うなら、傍にいるよ。いつもと変わらないようにね?」
鼎、とシャロンは言う。もしもおかしくなったなら、鼎だけでも逃げて欲しいと告げた言葉に鼎はその手を握るだけだ。
「何度だって、君の名前を呼ぶ」
届く様に。救う様に。
シャロンは幼い子供達を救うためにただ、進んだ。
子供を抱きしめる腕に力を込める。自分が可笑しくなったらこの子供達をも犠牲にするのだろうか――
「シャロン」
傷つけないように。鼎はもう一度繰り返した。
「大丈夫だ。何度だって呼ぶよ。君の名前を」
●
アマリリス、と呼ぶ声がした。
それは誰のものだっただろうか……?
愛し気に呼ぶ人。
楽し気に呼ぶ人。
親し気に呼ぶ人。
今はもう、それも思い出せない。
約束――? 約束なんて、した、かしら?
●
ゆっくりと、顔を上げた。
深呼吸をして、スティアは緊張を口にした。
「お父様、お母様」
ど、ど、と鼓動が音を立てる。その傍らの叔母に小さく頭を下げて、スティアはイルと共に戦場を駆けた。
(お父様はきっと『子供達』と『お母様』を護りに来る――なら、お母様を狙えば必ずお父様はやってくる……!)
決意を胸にしたスティアの傍ら、ゆっくりと息を整えた沙月は月光人形の子供へと肉薄した。
「どこまで力になれるかわかりませんが、頑張らせて頂きます。――雪村沙月、いざ参ります」
組技で対応し、出来る限りの短期決戦へ持ち込めるようにと沙月は考えていた。無論、それは『戦場の人数』による不安からだ。
「聖女対応の者が多い中、どれ位まで粘れるか分かりませんが……いざ!」
「着任早々とんでもねぇ騒ぎだな。事情は知らねぇが、気に食わねえことは確かだ。んじゃ、いっちょ初陣といきますか」
ふう、と息を吐いたルカ。子供達の制圧に乗り出した彼は国に反逆してまで守りたいものが『仮初』であることを堂々と口にした。
その視線の先――エイル・ヴァークライトが立って居る。
「仮初……?」
「ああ。認めたくねぇのはわかる。でも死んだ人間は生き返ったりしねぇんだよ」
堂々と、そう告げる。子供達なんて巻き込みたくないだろうと口にして。
「――私も、仮初だわ。もしも『娘がそうなったなら』、私は彼女が仮初のいのちであろうと愛しいと思う。慈しむと思う。傷つける者全てを恨むと思う。それが、間違っていて?」
厳しい言葉を投げかけたエイルにルカはは、と小さく声を漏らした。
「Pi! PiPi!」
それでも、誰かが誰かを傷つける事は間違っている事だとミドリは言った。けれど、誰も止めることができない――誰もが思いを交錯させて、誰もが『それを正しい』と考えているのだから。
「PiPiPiPi!」
避難誘導をしながら仲間達を回復し続ける。危ない場所から危なくない場所へ――出来る限り万全に。
そう願う様にしたミドリの前には月光人形を護る子供たちの姿があった。
「諸君! ゴッドである!
ゴッドがジャスティスを望む、と天義のフレンズはよく口にするな! 間違いではない! されどこのゴッドが真に望むは、ユー達が正しく己のジャスティスを選び取る事! 故にバッドと呼ばれる事を選ぼうとゴッドはそれを否定しない!」
ゴッド――豪斗は堂々と言う。
「しかし、だ! キッズはそのフューチャーをセレクトするまでのグロウアップにはまだ早い! ウェイクアップだ、キッズ!
ゴッドオーラの力を以って、ユー達が正しきロードを選び取るまでの猶予を与える! 少し痛むがラヴのウィップと耐えよ!」
ラヴと共に子供達を『正しき道へ』と誘う様に豪斗は只戦い続ける。
(子供――理解、出来ない訳じゃない。鬼賊のあたしは敵さんの考えが理解できない訳じゃなくて、やり方が気にくわないだけ!)
直接ぶっ飛ばすと考えれば何所か戸惑いを隠せない。桜華は進行経路に存在する避難民の対応に当たっていた。
「我が名は鬼城桜華! 鬼賊の名に掛けて弱き者を助ける義賊さね! さあ、こっちへ!」
避難誘導に当たった桜華の許へと弾丸が飛び込んだ。それに対処するように祈りを届けるはヴェルフェゴア。
「我らが主、イーゼラー様の元へと還らぬ魂達……彼らを今こそイーゼラー様の元へとお送りして差し上げましょう……」
淡々と告げたその声音。エイルが子供達を狙う者を倒さんと生前の『エイル・ヴァークライト』
そうであったように攻撃を続けていく。
(成程……個体としては強力。しかし、それが神に仇なす理由となってはいけないのです……)
祈る。只、その言葉を聞きながらグレイシアはエイルの傍らに存在する月光人形や子供達の数が余りにも増えていることに気づき、驚いた様に瞬いた。
「月光人形に子供達……以前に比べ、かなり増えているようだな」
グレイシアのその言葉に、ルアナがぐ、と息を飲む。
「前回あの人たちを逃がしたから、可哀想な子たちが増えたんだ」
小さな勇者は、不安げに唇を噛み締めた。もっと自分がしっかりしていれば――戦えれば、とルアナは掌に力を込める。
「此処で逃せば、更に被害が拡大する事になる…吾輩達で食い止めるとしよう」
グレイシアの掌が、ルアナの背を叩いた。少女は、ゆっくりとうなづく。
「うん……。今度こそ終わりにしようね。頑張る」
後悔はここまでだ。エイルを護らんとする子供達全てをひきつけるように小さな勇者が声を張る。
「ごめんね。ゆっくり眠ってね」
傷ついたからだが、痛む。痛い? 痛くなんてない、怖くなんてない。痛いのも怖いのもきっと子供達の方なのだから。
ルアナの前で威嚇術を用いて子供達を無力化するグレイシアは気丈に振る舞う勇者を横目で見て、静かに息を吐いた。
「ある意味、子供を盾にされてるようなものだな……これは。全く、厄介な事この上ない」
そうだ。彼らは確かに厄介なのだ。それはLumiliaにもよくわかっていた。
「一度取り逃してしまった相手です。その責任は私にもあります。加えて、ここには無関係の人も多い。被害はこれ以上許容できません。
……アシュレイさん、エイルさん、ここで、終わらせましょう」
只静かに。加護を与えるように歌う。Lumiliaは友と無関係の罪なき人を護るために只、気丈にも其処に立った。
エイルとアシュレイ。其々の各個撃破の為に勇者と魔王が切り開いた道。そこへ進む『仲間』達へと彼女は加護を送る。
長い髪を靡かせ、彼女が視線をくべるはアシュレイの妹――スティアの叔母たるエミリアであった。
兄の犯した罪が為、幼い姪を護るべく一族を『断罪』した騎士。その存在は正しく天義らしいものだと冬佳は目を細めた。
「――人の社会である以上……歪みが生まれない、なんてきっとあり得ない。それはこの世界でも変わらない真実でしょう」
正義とは何か。それは、白と黒と両極端に分けられるものではなかった。皆が皆、正義を叫び、他の正義を踏みつぶし続ける。
「ああ――無辜の民を幾ら犠牲にしても構わないなどと。
その行いは、正しく否定しようとしていたはずの天義の闇そのものですよ。哀しいですね、騎士ヴァークライト」
それを人は反転と言うのだろう。
無辜の民を犠牲にしても尚、この国に抗うというならば、正しくも悪と呼べるのではないか。
有象無象へと攻撃を放った冬佳の背後よりエミリアが敵へと肉薄していく。
「魔種となった肉親と戦うスティアさんの力に少しでもなりたいから、私も共に戦います。だって、友達だもの」
その言葉にスティアの瞳が瞬いた。リディアは仲間達を支援するように乞い謳う。
前線進むエミリアを支援するエリーナとマルク。その回復範囲に届かぬ者を失わぬようにとリディアは願った。
「一度のおなった人と一緒にまた生きれるやなんて、夢みたいな話。それはほんまに、その人やろか」
こてりと首を傾げる。蜻蛉は「スティアちゃんのお母さまなん?」と瞬いた。
「ええ」
「それはほんまやろか。スティアちゃんのお母さまはスティアちゃんの嫌がることをするん?」
不安げに、蜻蛉はそう呟いた。周囲の子供達をエネミースキャンで班別を続け只、子供達を傷つけることを厭う様にエイルの許へと道を開き続ける。
「……誰やってずっと大切な人と一緒におりたい。でも、乗り越えんとあかんのよ」
「一緒に――」
「あかんの。『スティアちゃんのお母さま』やない。
あんたは、直ぐに泥になって消えてしまう――まがいもの、なんやから」
凛と鈴鳴らす。その音を聞きながら蜻蛉は刹那気に目を細めた。
ただ、それだけだった。
「んだよめんどくせーな。なんで俺達まで駆り出されないといけねーんだよ」
戦禍の中でぼやいたシャウラにスピカは「もう」と頬を膨らませる。
「そんなこと言わないでよ。いい加減タダメシ喰らいはよくないって、スピカも言ってたじゃない」
相棒の窘めを聞きながら、耳にした子供のすすり泣く声にシャウラが顔を上げた。
「こんなところにいると死んじまうぞ! さっさと逃げるんだよ」
霊魂と疎通しながら情報を収集し出来る限りの接敵を避ける二人の目の前に獣がぐん、と襲い来る。
「ッ――来ないで!」
スピカの声を聴きシャウラが走り出す。進むは聖堂。人々を護るために手を伸ばすのは何も間違いではないのだという様に。
幼い子供の姿が二人の視界に入る。ああ、けれど、あれは『違う』のだ。
「月光人形――ッ」
その声を聴き、ミーシャが顔を上げた。子供達の群れを抜け、エイル・ヴァークライトに接敵した特異運命座標達。
その攻撃を伏せがんとし前線へ飛び出すアシュレイを受け止めるエミリアが「スティア!」と呼ぶ声がする。
「叔母様――!」
癒しを送るエリーナの隣を奔る様にスティアは只、母に『その形見』を向けた。魔力がともる。
(肉親を殺す――……)
言葉にすればミーシャは何とも言えないバツの悪さを感じた。
アシュレイ・ヴァークライトの行いは、狂気を払招ければ『イイヒト』だった。正義も悪もそこにはなく、善悪を自身のものさしではかるミーシャにとっては狂気が孕まなければその行いは是とされるものだった。
(娘と似た、子供を、断罪できなかった。うん、ふつう、だよね)
ミーシャはその姿を両眼に映す。
「神がそう望まれる正義を。罰を。救済を。
――じゃあ、神様の望みだと、その証明は、誰が出来るんだろうね。神様って、意地悪だよねぇ」
その言葉にエイルが唇を戦慄かせた。嗚呼、そうだ――そうだ。
――主人は、正義だった。
その行いを聞いたエイル・ヴァークライトは少なくともそう思った。
――幼い子供に善悪など、正義と悪など『神』など、分かる訳がなかった。
もしも、断罪されるのが幼い我が子、スティアだったならば。
きっと、信心深き聖都の貴族、エイルとて神へ反旗を翻しただろう。
断罪されるべき子供だって、それ以外の『正義なんていう目に見えない判断基準』で断罪される人々は、誰かの愛した人だった。
「神の望みなんて、ないわ」
「でも、私の望みはあるんだ!」
スティアはお母様と声を震わせた。声を届かせるように魔力がエイルを襲う。
傷だらけの体に力を込めて、自身の攻撃を防ぐべく刃を向ける父を睨み付ける。
「アシュレイ・ヴァークライト! 貴方は此処で死ぬんだ!
私はスティア・エイル・ヴァークライト。ヴァークライト家の名の下に、貴方を断罪する!」
気丈に、乙女はそう名乗った。
ぐん、とアシュレイが動く。それを受け止めたシャルレィスがき、ときつく男を睨み付けた。
「アシュレイ、子供達を退かせて!
貴方達を守ろうとさえしないなら、私達に今子供達を討つ理由はないんだ! 貴方だって一人も欠けずに守りたいんでしょう!?」
叫ぶシャルレィスの頬にアシュレイの一撃が突き刺さる。ひゅ、と息を飲んだままに体を反転させてシャルレィスは彼を呼ぶ。
「私は、正義の味方になりたいわけじゃない! ただ、護りたいんだ。1つでも多く、未来の笑顔の可能性を!」
アシュレイ目掛けてシャルレィスが飛び込んだ。彼女を退けんと刃を振るうその向こう。鮮やかな光が周囲に展開されていく。
強力な癒しがシャルレィスを包み込んだ。まるで天使の加護の如くエリーナは歌い続ける。
「ネリー……勝ちましょう」
友人に語り掛ける様にエリーナはそう言った。罪なき子供を傷つける事なきよう、その言葉(やいば)を届かせるべき仲間を鼓舞し続ける。
「正義……正義とは、なんなのでしょうか」
「そう、考えるの苦手……なのに考えること多すぎる!
あー……何も考えずに悪戯して回れる日々に戻るため、がんばるぞー」
正義と呟くエリーナの声を聴きながらどらは居心地が悪そうに目を細めた。
安全地帯で成り行きを見守って居たかったというどらはがくりと肩を落とす。
「あー……こんな疲れる事したくないけどなあ……」
リジェネートを使用して襲い来る聖獣たちの狂気を払う様にどらは立ち回る。
周辺の対策から、アシュレイを攻撃するに邪魔となる存在は少なくなる。
(でもエイルとアシュレイが揃っていると分が悪い……んだなあ……)
ぼんやりと考えたどらの傍らから力の限り走る行人が飛び込んだ。
「手を伸ばせ、声を上げろ。さすれば俺は、その手を掴もう。
旅人―――この世ならぬ者(イレギュラー)として、君たちが道に迷わぬように」
呼び声に負ける事なきようにと鼓舞を送り続ける。その声を聴きながら、ルウは大仰に頷きエイルへと飛び込んだ。
「天義の事は難しくて俺にはよく分からんが、魔種の連中に好き勝手させるわけには行かねえな! 今回も暴れさせてもらうとするぜ!」
「暴れん坊はいけなくてよ」
穏やかなエイルの声音を聞きながらもその視線を逸らせぬようにと拳を振るい上げる。
全力の一撃を以て、その視線をくぎ付けにせんとしたルウへ向けてアシュレイの剣戟が襲い往く。
「エイルになにを――」
「余所見は禁物だ、というのは『戦場』では常識だろう」
至近、破壊するべく天使は肉薄していた。アシュレイへと接敵したリジアの冷ややかな声音が降り積もる。
「これで、二度目だ。覚悟はしてきた。
…思い出したことがある。想いというものは、消えず、継ぐ事が出来るという事だ」
二度目の接敵。リジアはアシュレイ・ヴァークライトをしかと両眼に映し込む。
「……私はあいつの何でもないが……お前達は違うだろう……
お前達の愛とやらは、そうあるべきとしたソレだ。間違ってはいないだろう。
だが、お前達にとって唯一なはずのあいつにもそうあろうとしたお前達はやはり間違っている」
リジアは言う。戦友として意識したとしてもそれ以上――恋人や肉親など――ではない。ならば、愛と言う言葉はそこには存在していないのだと彼女は認識していた。
「愛しているさ」
「ああ……だが、『愛』の方向は間違っている」
愛とは何か。リジアは彼の歪んだ愛を『破壊すべき』だと認識した。
「故に……『産んだ者としての愛を見失った』お前達を破壊する……」
愛してる。可愛い可愛いスティア。
その言葉は汚泥のように包み込む。払う様にリジアは破壊の一撃を放った。
「家族と戦うなんて辛いことだと思うけど、真っ直ぐに向き合って本当に凄いと思うわ。
彼女や皆が願う結末に辿り着けますように……私、頑張るわね!」
やる気は十分。焔珠はアシュレイに肉薄した。リジアと焔珠。二人の攻撃を受け流しながらアシュレイはエイルを呼ぶ。
「スティアさんの悲しみを断ち切る、その手伝いをさせて欲しい」
淡々と告げたマルクがスティアに微笑んだ。
「うん……此処で、終わりにしよう」
「エイルさんへの道は開く。子供の被害も防ぐ。両方ともやってみせるよ。スティアさん――今!」
マルクの言葉を聞き、スティアは走り出す。
アシュレイを抑えるリジアの体が跳ねる。それを受け止めるようにマルクは癒しを送り、その脚を支えた。
スティアがエイルへ走り寄る。周辺を薙ぎ倒すようにしていた勇者はそれを支援した。
魔王が勇者を呼ぶ声に、少女は振り返りアシュレイを受け止める。
「駄目だよ――!」
「そこを、どけッ!」
死に物狂いだった。この場の誰もが『魔種』の狂気の強さにその体を震わせた。
魔種を倒さなくてはならない。哀しみの連鎖があるんだとマルクがエリーナを呼べばその癒しが降り注ぐ。
「誰も傷つけるなァッ!」
シャルレィスが吼えた。傷だらけで満身創痍。ここで、厚い回復に少数だと不安がったそれを支えるイルが大きく目を見開いた。
「スティア」
「大丈夫だよ」
イルはスティアの声にアシュレイの許に走った。彼女がエイルに一撃を届けるため。
母の二度の死を味わったイルは確かに、不安に震えていた。
――先輩なら、どうしますか。
聞きたいことだらけだった。
――先輩なら、友達が悲しいときはどうしますか。
白薔薇が咲いた。それが、イルは『何時か聞いたことがある神様の一撃』なのだと瞬いた。
「ッ―――ああああ!」
エイルの叫声が響く。アシュレイが死に物狂いに手を伸ばすが聖なる気配が『輝く幻影』を以て彼を焼いた。
「今!」
それが、何処からかの支援であるかを皆は知らなかった。それでも、これを逃してはならないと声を張る。
「リジア!」
イルの声にリジアは頷く。破壊するべき部位は当に分かっている。
「ここだ」
淡々と告げたそれ。アシュレイの口から赤が飛び散り、エイルと呼んだ。
「――エイル、君を――」
伸ばされた手は届かない。
「スティ、ア――」
お父様、と返した少女の声がした。彼女は目を見開く。幼い頃、父が撫でてくれた仕草と同じ。掌が頭にぽんと乗せられる。
「大きく、な―――」
声が、途切れた。
浄化されたその場所でもがくエイルがああ、ああ、と何度も繰り返し続ける。
白薔薇が、弱者を塩と変え、全てを浄化したのだろう。
「お母様――!」
運命に、可能性を懸けるように。
殺さないといけないのは分かっている。殺さないといけないという最終的な結果が変わら無くてもいい――エゴでもいい『月光人形』と言うその存在で死んでほしくなかった。
お母様を浄化したい。
只、願って、願って、願って。声が震えた。
「スティア」
震える手が、スティアの頬を撫でる。スティアは呆然と目の前の母を見遣る。
「命を、削るだなんて、やめて頂戴」
「でも」
「貴女には笑って欲しいの。だいじょうぶ、大丈夫よ。……私はね、スティアのお母さんなの」
それが仮初の存在だとしても。
柔らかに笑みを浮かべ――その手が、落ちた。
●
何度だって、名前を呼ぶ。
スティア――優しい、母の声だ。
一生涯、聞く事のなかったはずの、大切な、かけがえのない声。
お母様。
お母様。
お母様――――×××××。
●
「果たしてこの物語がどのような結末を迎えるのか。これは見届けなければいけませんよね。ふふふ」
かしゃん、かしゃんと骨が音を立てる。四音はくすくすと小さく笑みを浮かべた。
癒しを以て進みながらも、その言葉は辛らつそのものだ。
この戦場にはイレギュラーズであった聖女が居る。『聖女ジャンヌ』――アマリリスは幸福の義務を枷にして焔を以て村を焼いた。
「そう、アマリリスさんを取り戻す気なら呼びかけ続けないと。
皆さんの心からの声が届くことを私も祈ります。
幸福は多くの人の力によって為されるものですからね」
いくつもの不幸が降り注いだ。天災であるかのように、焔が焼き、全てを喰らう様に伸ばされ続ける。
「……私はジャンヌ嬢と親しかった訳でもない……。
ただ同じ『元聖女』という共通点しかない。だが、それでも……元『断罪の聖女』として彼女に救いを与えてほしいと思ったから……ボクは全力を尽くすっス」
淡々とそう告げる。ミリヤムは只、声を震わせた。水仙隊――その名を冠する者は皆、聖女ジャンヌをローレットの只の一人のイレギュラーズ、アマリリスへと戻すが為に集っていた。
「……『ジャンヌ』を」
淡々と告げるヨシュアにカイトはゆっくりと頷いた。
「ヨシュア、一緒に行こう。弟を護るのは兄の役目……だろ?」
「……よろしくお願いします」
視線を僅かに向けた。家督を継ぐのは誰かと言う不安はそこにはあるだろうが、没落したとして扱われるロストレイン家の名を持つ二人にとっては『罪深きロストレイン』と呼ばれるのは何とも心地が悪い。
「……不安がらなくていい。父さんと、ジャンヌを『救おう』」
それは、天義の騎士としての言葉だった。
炎の気配がする。それは二人の魔種が炎を使用するからか。
「強い焔の気配を感じて来てみたけど、皆おかしくなっちゃってるの?
これ以上この辺りを焼かせない為にも止めてあげなくちゃ!」
炎の御子――焔は表情を歪める。人々を悲しませるように炎を使うのは彼女に取っては許し難いことであった。
倒すだけではない、その心を揺らがせる精霊たちを説得するように精霊疎通を以て彼女は語り掛け続ける。
天下御免と攻撃続ける彼女の傍らで、危機に瀕する一般人を救う様にアクロバティックな動きを見せた『虚』。
「お前――! そんな動きしてる場合ではないだろう?」
『は? やっぱりこういう時はキメ時じゃね?』
慌てて突っ込む稔。いや、かっこいいならうれしいのだ。何せ宝石に勝る美天使だ。
美しさで思わず敵が動きを止めたというならば完璧なのだが、実際はそうもいかないようで。
「別にこの国の未来とか興味ないけど民に罪はないんだよ?
てか不正義と人が断ずるのは傲慢だし魔種が正義を騙るのも不遜でしょ。結局どこまで行っても……いや、どうでもいいか」
呟いたェクセレリァス。その言葉を聞き「正義とは俺に遥かに劣る美しさだな」『正義狂いメンヘラの戯言じゃね?』と稔と虚が会話を続けている。
傲慢だ。
そうだ、美しくないのだとェクセレリァスはぼんやりと考え残念気に「アマリリスのばーか」と呟いた。
「でーあーふたーでー。ゆーすてーあろーんどふぁーあうぇー」
鼻歌交らせて秋奈は別の戦場へ向かうイルに「がんばってね」と声をかけた。
「御武運を」
「だいじょーぶよ。戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣が許しはしないわ!」
剣を握る。莫迦、と呼ばれた聖女の父――ジルドに向けて。
その桃色の髪に優し気な笑み、酷く朧げな『魔種』の姿。其れを捕らえたときにヨシュアがひ、と息を飲みカイトが唇を噛み締める。
「父さん……」
「OK、二人にとっては『お父さん』だ。けど、私にとっては『敵』よ!
狙うは大将首のロストレイン――ここで、赦せば誰かが死ぬわ! さあ、言って『可愛い妹(きょうだい)』救ってきなよ」
カイトの背に声かけて秋奈がに、と笑みを浮かべる。
ジルドの隣には、ジャンヌが祈る様に手を組み合わせて至っていた。
「やっと見つけた――あんた一人に大勢が待っているの。さっさと戻ってきなさい! これが私の叛逆(ごうよく)だ!」
ぐん、と刃が振るわれる。ジルドの剣戟にぶつかり弾かれたそれにち、と小さく息を漏らす。
そこへと飛び込む炎を打ち消す様に焔が飛び込んだ。
「いい炎なのです」
クーアが金の髪を揺らしぱちりと瞬いた。
「紅蓮、灰燼、その類。放火魔たる私が最も好むところなのですが。それがこの国の断絶に向けられることを、私は好まないのです」
「馬鹿ばっかりです。無謀な祈りは更なる破滅を生むと言うのに……
それでも止めぬと言うならば、手助けぐらいはしてあげてもいいのですよ。さあ行きますよ、便乗して放火しないでくださいね!」
放火魔クーアに続く様に利香りが人命救助へ向かう。火炎に対しては『クーアで慣れていた』とでも言う様に利香はロストレインの二人を護る様に立ちふさがる炎の精霊を睨み付ける。
「完全な破局の後に、焔は二度と上がらない。その為に向けられる焔なら、この私が奪うのです!」
精霊を無力化するように、攻撃を続けるクーア。
果たしてどちらの焔が強いのか――そんなの『利香と一緒なら』分かり切ってるではないか。
「ふつうのおはなだったら もえちゃうけど わたしは もえない」
ポムグラニットはくすくす笑う。綺麗な薔薇には毒がある。
そう告げる様にふわり、と揺れる花弁乙女の足は止まらない。焔など彼女には関係ないとでも言う様に、すいすいと進んで。
焔の痛みはなく、傷がその身体に刻まれる。それでも尚、彼女は毒をばら撒いた。
「新入社員のチェルシーよ。私の方が一応年上なのよ? 年上を敬うがいいわ!」
どん、と胸を張ったチェルシー。『取り巻きバスターズ』はずんずんと進みゆく。
周囲に蔓延る炎など気には留めぬという様に、アースハンマーを振り上げる。
「どうも! 取り巻き駆除サービスの取り巻きバスターズ(株)です!」
シエラは胸をどんと張る。報酬? それは勿論『エモ』い展開でOKだ。
炎の精霊や骸たち――所謂『取り巻き』にバスターズ社員を連れて、薙ぎ倒す様にシエラが進む。
「シエラは逞しくなったなぁ。私も一社員として頑張ろうじゃないか。
それにしても反転してしまった恋人を再反転しにいくとはな」
「エモい展開ですよね!」
シェリルの言葉にシエルは瞳をきらりと輝かせた。反転――純種が存在を転じさせ、『未来への可能性』の蒐集を『破滅への可能性』の蒐集へと変貌させる其れ。
愛しい恋人のため、その命を這ってでもというのはシエルの言う所の『エモ』なのだろう。
うんうんと頷いたシェリルは「なら、そのためにがんばらないとな?」と彼女を見遣る。
「それでは社員の皆さん! 生きますよ!」
「誰が社員よ誰が……」
どどんと胸張ったシエルにリナが思わずそう突っ込んだ。エネミーサーチを使用して的確に敵を探すリナはぶつぶつと小さく呟き続ける。
「シェリルさん以外は回復有料ね」
「上司なら無料にするべきです。おら、さっさと働くですよ平社員共。私が部長なのです、今決めたのです」
「どういうこと!?」
今決まったらしい職位に余りの事にリナはイヴを振り返る。気配を遮断し敵を集めるようにするシェリルに群がる敵へと射撃を以て攻撃を続けるイヴ。
リーダーシエラの指示に従いチェルシーとリナはぐんぐん進む。
「取り巻きなんてけちょんけちょんです!」
その声音、確かに聞きながら水仙隊の一員としてヴォルペはジルドとジャンヌを引き離す様に攻撃を放った。
「麗しの銀の君が取り戻したいと願うなら、おにーさんは命を賭けるに値する。全て護るよ」
麗しの銀の君――武器商人はその声に、ひひと小さく声を漏らした。有象無象蔓延る世界で凛として張る声はかき鳴らす弦が如く。
聖女の心を揺らがす様に、只、なおも響くのみ。
「愛しいトモダチ、白祈の君。聴くがいい、此処に集まる願いを。
聖女ではなく1人の少女へ祈る呼び声を。我らはキミの罪業は消せないけれど――分かち合う事は出来るから。
嗚呼、白祈の君。幸せを、我らと勝ち取ろう」
祈る様にそう言った武器商人を庇う様にヴォルペは立ちはだかった。
精霊たちの動きを見ながらヴェーゼは苛立ったように「ああ……精霊仲間に惨い事を、絶対に許さんからな! おたんこなす!」と叫んだ。
聖女を救うが如く、動く特異運命座標達。
中衛位置から一気に飛び込んだガルハは只、修羅が如く最大威力で敵陣へと飛び込んだ。
「フハハハ! 我が名はベリア・V・サタナエル! 汝らを勝利に導く戦乙女である!
汝ら勇士達よ! この艱難辛苦を乗り越えた先にこそ輝かしい勝利があるのだ! 故に! 我は汝らを最大限最大限支援しよう!
―――さあ、勇士達を今こそヴァルハラへの道は開かれん!」
堂々たる一言で、ベリアはそう言った。信仰蒐集でカリスマ性を上げ乍ら、ベリアは周辺の騎士や一般人たちの避難を促し続ける。
ヒールオーダーでベリアがヴェーゼやガルハに回復を与え続ける。
(しかし、倒した敵にも何らかの事情はある筈だ……)
その様子をぼんやりと眺めていた朝姫は溜息を洩らした。
複数の魔種、そして、敵か味方かの判別すらつかぬ混戦状態の戦場。朝姫は「どうしてこんな」と呟いた。
「はあ、本当はこんな危険な奴の相手をしたくはないんだけど……。
友達の由奈ちゃんとか知り合いが頑張るって言うなら協力しない訳にはいかないよね。
回復は任せて! だから無茶だけはしないでね!」
朝姫の言葉にくるりと振り返った由奈は頷き、「ね?」と死聖を見遣った。
「成る程成る程……これが俗に言う『ヤンデレ』という奴なんですね、死聖お兄ちゃん。
まさか『自分の娘を魔種に堕としてでも自分の下に置く』……拘束系ヤンデレさんに違いないですね!」
にこにことしている由奈。対照的な死聖は「ふう」と肩を竦めた。
「戦力として呼び集められただけだけど、可愛い女の子の幸せの為なら、微力ながら力を貸すさ」
「ええ、ええ! というか、親の過干渉とかウザイですね……放置しても子供は立派に成長するものです、私みたいに! 死聖お兄ちゃんの敵は私の敵です!」
立派――かどうかはさておいても死聖が敵だというなら由奈にとっても敵なのだろう。
大騒ぎしそうな由奈に「無理は禁物!」と言い聞かせる朝姫。
「子離れできぬ父はみっともないぞい? こんなに可愛らしい子というのにおお哀れ哀れ」
ジルドを煽る様にそう言った太極の言葉。ジルドはそれを意味が分からないという様に肩を竦めた。
「彼女が一人で歩むならそれでもいい。けれど、『彼女はこちらの手を取った』。意味が分かるかい?」
「ふむ?」
霊魂操作を使用した太極の瞳がジルドを見遣る。
「父の手を取るほどに彼女は苦しんでいた。助けてほしいと差し伸べた手を取らぬ父親が居るかな?」
「……彼女が『望んでいようが望んでいまいが』手を取らしただろう?」
死聖の問い掛けにジルドはふんと鼻で笑った。
「―――心の奥底にそういう欲求があるから人は『魔』に魅入られるのさ」
彼女は、アマリリスは父の気持ちが分からなかった。それ故に、父が『アマリリスを護るために故郷を焼いた』事を知った時――彼女の中にあった立派な『騎士』という父(もくひょう)が揺らいだのだ。
娘が聖女として国のため、村のためと担ぎ上げられたその様子。
手を血に塗らしてまでも、人々の為と心を殺し続ける様子。
それを知らぬ顔をする父親が居て堪るものかとジルドは太極の体を吹き飛ばした。
「ひィッ!? 師匠のお手伝いしに来たら何故か魔種の相手をさせられてたのです……聖奈聞いてないよ!?
だァー! もうヤケだよ! どちらにせよ、こんな危険人物ほっとけないし死ぬ気で師匠のお手伝いしてやるのですよ! 腹括って生き延びるぞ!」
叫ぶ聖奈は師匠――死聖を支えるように立ち回る。死聖、聖奈、由奈、朝姫。皆が皆、ジルドという強敵を相手に死に物狂いだ。
機動力を武器にした死聖に続き聖奈が勢いで一撃を放つ。逃走するのも戦略の内だという様にただ、ただ、攻撃を続け続ける。
「父親が娘の幸せを望むのはわかる、けど。止めさせなきゃいけないから」
ティアは淡々という。ジルド向けて剣を手にしたティアは飛び込んだ。
「アマリリスを助ける為にもここは負けてられない」
『油断はするなよ?』
「わかってる、いつも以上に頑張るとするよ」
いつも以上――そうしなければ魔種は越えられない。多勢の特異運命座標の標的となって居るジルドはその攻撃全てを受け流すことは叶わない。
「一緒に天義を見学した事をよく覚えてるよ。その笑顔を取り戻す為にも私達は戦うよ――だから、戻ってきて、アマリリス」
ジルドの背後にいる聖女は、ティアの言葉に『笑った』
その笑みは美しく、聖女足らしめる笑顔であった。それを見てアリシアは小さく「ああ」と声を漏らす。
「貴女が辛いと思ったならば……それを打ち明けて欲しかったのはエゴかしら」
辛いと泣くことができないのは『國が為』だったのだろうか。
アリシアはジルドに接敵し魔力の一撃を叩きこむ。祈る様にアマリリスを呼ぶ。
きらり、きらりと白い光が空へ昇る其れが奇跡の様に僅かに凪いだ。
「ッ――」
「ジャンヌ」
ジルドの声に、はっとしたようなジャンヌは「ええ、お父様」とにこりと微笑む。まだだ、まだ、足りないのだ。
その様子を眺めていたシュバルツが歯を食いしばった。その傍らのコーデリアは『この奇蹟は起こるか』を見定めるようにじ、とジャンヌを見遣る。
「……さぁ、今宵はお相手願いましょうか。楽しく死合いましょう? もっとも……らしくもなく、少々の私怨を添えさせて頂くけれどね……!」
光に視線を奪われていたジルドに接近した佐那が声を張る。びゅ、とジルドの頬を切り裂く一撃。
転じて、その体に叩き込まれた焔の刃が佐那の胎を焼いた。
「ッ――!」
痛みに目を瞠りながら、それでもと佐那は奇跡を乞うた。
背後の『ジャンヌ』。彼女へと呼びかける其れだけでも奇跡はその身にあるいのちを焼いた。
「……思うまま自由に生きてきた私では、きっと。貴女の理解者足りえないのでしょうけれど
そうだとしても。共にした時間が少なかったとしても……楽しかったものだから。友達と思って良いかと、そう思ったのよ」
「ああ、ジャンヌの友人かい。仲良くしてくれてありがとう」
柔らかに告げるジルドの声音とは裏腹にその剣戟は止まらない。
佐那は「負けてられない」と歯を食いしばり、きらりと彼女から何かが飛び散った。
それは武器商人が祈る言葉を告げたのと同じように――奇跡の光がきらりきらりと降り注ぐ。
その光に嘴は「ああ」と小さく呟いた。その光の意味は、特異運命座標ならば誰もが分かる。誰かのいのち、それをかけた奇跡なのだ。
(私ができることなんて本当に些細なことでしょう。
それでも何もしないでいるなんてことは出来ません。今は役に立てないかもしれないけれど、ここで見聞きした経験は必ずや次に生かすことが出来るはずだから。……魔種を救う。私はそのためにローレットに来たのだから)
もってけ泥棒と嘴はその祈りに注ぐ。命を懸けるのは皆、この場所にいる以上同じなのだから。
真弓が放った一撃に続きグランティスが守り手としてタイの前線に立つ。ジルドが薙ぎ倒す様に放った一撃にマキーニが癒しを送った。
アインザームは傷だらけの仲間達を見、そして、それをにこやかに『心痛める事無く眺める聖女』に唇を噛み締めた。
聖女。
聖女の微笑み。
(こんなことでは救われない――!)
名乗り口上で引き揚げ、敵を全て惹きつける様にしたアインザーム。それを支えたシュタインは声を張り上げた。
「仲間を救いたいとは……イレギュラーズは面白い……ならば我が全力で道を開く、後ろは任せたぞ! 我らは神の眼であり英雄達の武具である!」
ジルドの許へ集おうとする炎を全て受け止める様にしたシュタイン。アインザームとシュタインに集う敵らを一掃するようにバルザックが続く。
「……真っ当な親は、常に子供の幸せを祈っている。
だからといって親が子供の願いを捻じ曲げるなどという理不尽は、許されてはならない。だから……親離れと子離れの時だ」
親離れと子離れ。そう告げて、アクセルは更なる祈りを願った。ジルドの向こう、聖女ジャンヌへと一撃を届けんとする特異運命座標達へ癒しを送り続ける。
彼の瞳に映り込んだ光は文字通り奇跡が何かを成そうとしている瞬間で。
(ここで何かを諦めるわけにはいかないな……)
アクセルは只、そう呟いた。前線に送り出されたレンはジャンヌの許へと飛び込んだ。ジルドを抑える仲間達を振り返れば、頷く佐那と視線が勝ち合う。
「アマリリス、いや……ジャンヌという名前だったのか、初めて知った。やっとキミの名前を知れて俺は嬉しいと思う。
この命、例え捧げようと――俺はアマリリス、アンタを取り戻す!」
それは恩人へ向けた只、一つの言葉だった。戻って来いと手を伸ばす。炎がレンの体を包み込めど眩い奇蹟が蓄積されていくだけだ。
「花のように笑うキミの手を、これ以上血に染める事はない。君には多くの仲間がいる、待っている人がいる。
もう一度やり直そう――騎士も聖女も抱え込まないでなんでも言ってくれ。キミは、一人じゃない」
その言葉にジャンヌの瞳が僅かに瞬かれた。
そうだ、彼女は『誰かのため』の人間だったのだ。リアムはぼんやりと考える。
ジルドを魔力を以て攻撃を続け、リアムはそうだ、と呟く。
「アマリリスとの面識は一度しかない。恋人の為に皆で誕生日を祝って欲しい、と頼まれた時だったな。
…あの様な優しき者が、報われない世界があってはならない。だから、貴様を倒す――!」
倒して手遅れかもしれない。そう思う。反転した純種が『魔種』から戻った事は一度たりともないのだ。
けれど、可能性を捨てきれなかった。
特異運命座標。
可能性の蒐集者。
シュバルツとアマリリス、二人の恋人同士。その可能性を信じたいとリアムは只、そう告げた。
「――どうせ見るのなら奇跡が見たい。きらきら光る宝石のような結末(ものがたり)を。どうか彼らに、彼女に、幸いがありますように」
願う様に、ウィリアムはそう言った。きらきらと、光る宝石の様な奇跡が空を覆っていく。
髪を凪ぐ風は白き都に吹き荒れる。奇跡の気配だろうか――嗚呼、けれど、誰かのいのちの上にそれはあるのだとウィリアムは悟っていた。
ジルドの事を吹き飛ばす。ウィリアムがその距離を詰めた。
「鈴鹿はアマリリスさんの事は殆ど知らないし、別にどうなろうが興味はないの
だけど……彼女の為に戦う人がこれだけ居て……その中に鈴鹿の大切な人が居るなら協力するのは当然なの。
だから……貴様が大事にしてる正義とか不正義とか心底どうでもいい……ただ邪魔だから死ね、魔種」
腹立たしいという様に一撃を放ち続ける。鈴鹿にとってはアマリリスもジルドも『興味はなかった』。
けれど、この戦場に居る誰もと同じ様に、彼女とて大事なものがあった。輪廻が戦っている。
誰もが可能性を賭けて、命を燃やし、そしてアマリリスの為とその身を削る。
「全く、熱くなりすぎて隙だらけな子が多いわね。……でも、嫌いではないわ。守ってあげるから、思い切り行っちゃいなさい」
輪廻はそれを護る為にジルドを相手取っていた。鈴鹿に安心してと輪廻は振り返る。
「私は、もう二度と死なない、約束はやぶらないから、ねん」
「ッ――」
失うのは怖い。
だから、誰もがこの場所で失いたくないと手を伸ばすのだ。
「みんなのじゃましないでよ! リリーたちは、ほんとうのしあわせをつかみたいから! だから……邪魔しないでよ――」
リリーは只、気丈に声を張った。ジルドを止めるため。戦い続ける。
役割はただ、『大切な者を見失わない』ことだった。
「もどって、きて」
涙が滲む。傷だらけになってでも尚、奇跡の光が降り注ぐこの場所で、リリーは足を震わせ只、ジルドにしがみつく。
これこそが強欲なのだ。倒れていく仲間達を支援しながらハイネはその様子を眺めた。ジルドに集おうとする焔を受け止める仲間達。
(このままではいけませんね……強欲が故に、全てを飲み込まんとしてしまう……)
美しき白の都は煤に汚れる。
「邪魔をしないでくれないか」
「邪魔はどっちだ? 親父さんよぉ! 過保護もそろそろ卒業してやってくれ!」
アーサーは癒すハイネに視線を向け乍ら只言った。
「俺は助っ人で此処にいるだけだが、ジャンヌの話は聞いてる。
すげーよな、アンタの為に命賭けていいって奴がこんだけいる」
きっと、父の幸せを願うだけではないのだ。この場の皆の幸せをアマリリスは願っている。
ただ、それでも――『絶望』の底にあった全ては幸福と言う義務を課したのだ。
枷は外れない。ああ、けれど、もうすぐだ。
攻勢に転じていた佐那が膝をつく。レンがその背後よりジルドへと飛び込んだ。
「父さん。貴方の心は繊細故に魔となりましたか……。
これ以上、父さんが護ってきたものを父さんが壊すのを見ていられない――だから終わらせる!」
カイトの翼が開かれた。
「いけ、ヨシュア! 姉を救うんだ! ジャンヌも苦肉を抱えていたんだ。
お前も神に選ばれた姉をねたむように、ジャンヌも普通でいられるお前がうらやましかったんだ!」
「ッ――!」
ヨシュアが目を見開いた。特別であった姉が羨ましかった。非力であった自身が妬ましかった。
どこからか眩い白が降り注いだ。それを、バラが咲いたと言ったのは誰だっただろうか――ジルドが苦しむ様な声を漏らす。
浄化の光の中、カイトは「ヨシュア!」と叫んだ。兄と弟、二人の剣が父の胸を裂く。
その瞳の焦点が二人に合った。
「ああ、大きく―――」
その言葉は、もう、続かない。
●
さあ、聞いて、と願う。武器商人が特異運命座標達へと乞うた奇跡。
聖女ジャンヌ・C・ロストレインを『騎士アマリリス』へと再度の反転を。
「聖女君。初めまして。
僕は死にたがりの引きこもりで、天義とか分からないけれど、待っている人を置いてきぼりに出来るのかい?
置いてきぼりは寂しく悲しい。僕が置いて逝かれたから分ける。寂しく悲しい事は終わりにして?
そして――しがない手品師に本物の奇跡を魅せて」
京司は声を震わせた。
武器商人のいのちの光が、佐那の友情が、レンの恩が、悪と呼ばれようが『神様』を願ったクローネが、そして――相棒を取り戻したいというアランと、恋人の為に命を賭すシュバルツが。
聖女の為と願った。
彼女を取り戻したいと――
それには代償が必要だった。『可能性を賭けて奇跡を起こす』――パンドラは命の灯が少なければ少ない程にその奇跡の光を届かせるのだ。
ならば、と多数のいのちを懸ける。それが無謀としろうとも。
諦めてはならぬと願った武器商人の命の欠片が光として変貌していく。
祈りの光が、舞い上がる。
その中で、ジャンヌ・C・ロストレイン――アマリリスの焔の剣は深々とシュバルツに突き刺さっていた。
「アマリリス!」
アランは覚えてねぇのかと酷く狼狽した様に言った。くそ、と毒づく背後でハロルドは畜生と何度も繰り返す。
――魔の存在は皆殺しだ。例外は、ない。
ハロルドはぐ、と奥歯を噛み締めた。ただ、彼は成り行きを見守っている――彼女が『愛しい人達を殺すのかどうか』を。
「……思ったより早い再会でしたね。……その様子じゃ『憶えて』ないのでしょうけれど……」
クローネはちら、と見遣る。
一人の聖女が堕ちていく瞬間を見た。分かり易く自身を怪物(あく)だと告げたクローネは胡乱に世界を見遣る。
「……神が居る?」
「ええ」
静かに、明るいアマリリスとは違う声音を響かせて。
クローネはふうと小さく息を吐いた。
「……どうだか」
背を向ける。彼女の視線は、再度、その父へと向けられた。
「アマリリス!」
シュバルツに突き刺さった刃を振り払う様にアランは飛び込んだ。
「覚えてねぇなら教えてやる! 俺は太陽の勇者! アラン・アークライト!
ローレットの特異運命座標だ! テメェを止めに来た!」
それが勇者(じぶん)の使命だとでも言う様に。腐った焔と彼女を称して振り払う様に焔の中を往く。
光が。
光が、煌めいている。
「……なぁ、覚えてるか?
その銀輪をプレゼントした時の事。焚き火を前に語り合ったり、紫陽花畑に行ったり、海に行ったりもしたよな。
……あのな、誕生日を祝って貰った時とか、すげー嬉しかったんだぜ?」
静かに、膝をついていたシュバルツが言う。彼の全てをかけた刹那だった。
その身体から血潮と共に炎が溢れ出た。このままではいけない、と、アランが唇を噛み締める。
「――いいのかよ」
このままでは彼女の大切な人が死んでしまう。その剣をアランは握りしめた。シュバルツに突き刺さったそれを留めるように、己の掌からぼたぼたと血が落ち続ける。
「なあ! 幸せになりたいなら戻ってこい! 聖女じゃなくていい、騎士じゃなくていい!
父親なんざ関係ねぇ! 正義だの不正義だの言うクソ野郎はこの俺がぶち殺す! ――アマリリス!」
声が、響く。アマリリスの剣を握る力が抜けていった。
シュバルツは喉からヒュウと息を漏らしながらその笑みの消えた炎の色の瞳を覗き込む。
「沢山のモノをお前から貰った。だから今度は俺が返す番だ。
犯した罪が背負い切れないなら俺が一緒に背負ってやる。お前が涙を流すなら、俺が隣で拭ってやる。聖女だとか、騎士だとか、そんなのは関係ねぇ」
手を伸ばす。頬に触れれば自身の血がジャンヌを汚した。
構いやしない。アランは周囲に迫る炎を退けるように刃を振るう。
もう少しだ、もう少しなのだ――届いて欲しい、奇跡の光が降り注ぐこの刹那に。
「俺にとっての「大切な人」は世界で唯一人、お前しか居ないんだ。――愛してるぜ。ジャンヌ」
眩い程の光が、周囲を包み込んだ。
鮮やかなその輝き魅比せられたように四音が目を見開く。
「まあ……」
唇に僅かな笑みを乗せる――この物語は意外な結末を迎えるのか。
溢れる血を留めるようにクローネがシュバルツへと駆け寄った。その体を支えたレンも、信じられないという様に『ジャンヌ』を見詰める。
「シュバルツ……?」
声が、した。
手を伸ばした。アマリリスと呼んで――ジャンヌ・C・ロストレイン? 莫迦言えよ、それが彼女の名前だとしても俺達といたのは確かに『アマリリス』だったじゃないか!
「馬鹿野郎!」
アランが吼える。
「お前が……お前が幸せになりたいんじゃないのかよ!? たった一人の女を幸せにできない程に俺達は落魄れてなんかいねぇ。
俺の相棒は『正義不正義』だの口にしてるクソ野郎のカワイイ人形なんかじゃないはずだ!」
腹立たしいとでも言う様に、アランが言ったその言葉に、ジャンヌの焔の瞳が桃色に変化する。
鮮やかな、戦場駆けた兄弟と同じ色。
「―――ふふ」
唇から笑みが漏れる。
「死ぬのが怖くて『大切』が救える訳ねぇ」
聖女の頬へ手を添える。その姿は、まだ『焔の聖女』の儘ではないか。
可能性を全てかけて。命を賭してでもと求めるにも余りにも世界は流転を嫌っていた。パンドラの箱の中――抉じ開けた全てを掴む様にシュバルツはその体をきつく抱きしめる。
「覚えてるか?」
「覚えてる。覚えてる……ごめんね、ごめんなさい。無責任だけど、私は、貴方の幸せを……何より願ってる」
お前が居ないで幸せになれるものか、とその体を抱きしめた。聖女がそっと胸を押す。
「私を、私の儘で殺してほしいの。
この炎に飲まれる前に――貴方の許に戻って来れた内に。無事に、という約束は……破っちゃったね」
沢山約束を破っちゃった、と聖女は白い髪を揺らして只、笑った。
「殺せ、ってか……」
その時、アランは察した。こうしてその意識が『魔種になる前』に戻った事こそが奇跡の一つ。これ以上の奇蹟を乞うには神様は残酷だ。
汚泥の中から掬い上げた一縷。縋るような思いで彼女の手を取れど、魔種である彼女はこれからもっと罪を重ね続ける。
「ええ、アマリリス。私はそれを赦すことはできません。
貴族として、何より――貴女の友人として」
コーデリアは静かにそう、呟いた。オーダー&カスタムを手にした彼女は長い髪を靡かせる。
止められなかった後悔もある。
救いたかった想いもある。
ならば、可能性を賭けてでも、『ジャンヌ』の為に、と彼女は只、飛び込んだ。
「これが私の使命。貴方の友人としての使命。戦いを忌避した貴女に、戦いを広げさせぬようにすること」
それが、彼女のためだとコーデリアが放った一撃が聖女のその身を地面へと叩きつけた。
白薔薇が咲いている。美しい、白き都に鮮やかな花を咲かせて。
コーデリアにはそれが、或る物語の終焉にも見えた。
シュバルツが見下ろした、アランが声を震わせた。そして――ハロルドが刃を構えた。
「……アマリリス」
その声に聖女は、『聖女』ではなく、一人のアマリリスとして、へらりと困った様に笑った。
「そんな顔、しないで」
血の気の引いた顔で、唇を震わせて。
ただ、自身を殺すためにやってきた『正義の使者』を眩そうに目を細める。
ひとつの奇蹟だった。
反転した彼女に『元のアマリリス』が戻ってきた。
ただ、それだけでも尊い奇蹟であったのだ。
「シュバルツ」
手を伸ばす。ジャンヌ・C・ロストレインのその表情は確かに『アマリリス』と呼ばれたおんなの顔をしていて。
「×××××」
ただの五文字だった。
唇が動いて、言葉にして。
小指に運命の糸があるというなら、きっと、それが絡まる様にと人は願うのだろう。
運命という一本道なんて、莫迦らしいと笑ってくれるだろうか。
その日、一人の女が死んだ。騎士としてでも、聖女としてでもない、或る男の恋人として。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
関係者が盛り沢山となりましたが、天義にあった『騎士と聖女』のお話でした。
PPP。奇跡というものは難しく、パンドラ値が少ない程に起こりやすいという特性があります。皆さんの気持ちが『奇跡』に届くものであったが故に今回の奇蹟が起こったのだと思います。
どうぞ、傷を癒してください。
勝利、おめでとうございます。
※補足
以下、YAMIDEITEIより補足します。
本依頼は六人のPCさんに下記の特殊判定を発生しています。(若干の文章差がある為、代表してMVPのシュバルツさんのものを提示します)
お客様の参加中のシナリオ『<冥刻のエクリプス>Non ducor, duco.』において特殊判定が発生しました。
お客様のキャラクターは『魔種アマリリス』の前に生じた岐路に相対しています。
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まったくそれはタールのような暗黒であり、『物理的に』運命を絡め取ろうとすらするかのような泥の鎖が如しであった。
触れた時、最初にイメージされたのは『底なし沼』だったが、それが誤りなのはすぐに気が付いた。それは――魔種と化した『堕ちた聖女』は踏み入れた者のみならず、近付いた者を否が応無くその闇の内に引きずり込むブラックホールのようだった。
苛烈な熱量が高温から低温を望むように。
真逆のベクトルは全ての可能性を吸い尽くす。
光より闇へ、パンドラよりアークへ。反転した運命は希望ならぬ絶望として全く逆の結末を望んでいる。
必死の呼び声を掛け、決められた結末に抗う誰かが愛した者だったとして――否、愛した者だからこそ。
グズグズに蕩け、爛れた『少女の形』は色濃い破滅と深淵を望んでいる。
「聖女だとか、騎士だとか、そんなのは関係ねぇ。
俺にとっての『大切な人』は世界で唯一人、お前しか居ないんだ。――愛してるぜ。ジャンヌ。」
引き戻そうと思った瞬間、シュバルツ=リッケンハルトはそれが尋常ならざる仕事である事を知らずにはいられなかった。
雨垂れで石を穿てるか。
答えの無い数式に挑む意味は?
それはまるで風車の前のドン・キホーテのようで。
理屈よりも先に――特異運命座標であるが故に肌で理解した結論はそれが『不可逆』であるという確信に過ぎなかった。
近付いただけで損耗する運命は、奇跡は、これ以上踏み込めば滅びるのは己のみであると告げている。
『命を賭けたとしても何一つ得るものは無く、選択は選択の体を為していない程にアンフェアであるのは明確過ぎた』。
貴方はそれでも雨垂れで石を穿つか。
答の無い式に答えを見出し、驢馬と古びた木槍で風車(フリークス)を打倒しようと望むのか?
明らかな『間違い』を是認し、暗黒の洞への一歩を踏み出そうと言うのか――?
////////////////////////////////////////////
上記本文中にございます通り、『魔種』に正対してそれを引き戻そうとする事は、自らブラックホールに突入するようなものです。それは逃れ得ない破滅の行為であり、この英雄的、献身的行為は必ずしも報いられるものではありません。
7/1一杯までにこのアドレスに下記のどちらかを選択し、ご返信下さい。
また1を選択した場合は、200字程度のプレイングを同時に御送付下さい。
1、それでもアマリリスを引き戻す
2、諦める
尚、返信がない場合『諦める』を選択したとみなして進行されますのでご注意下さい。
※メール自体の他者への公開は構いません。
但し、本選択においては下記を念頭に置くようにお願いします。
※重要な注意※
再三の繰り返しとなりますが、この特殊な判定は『PCのプレイング』によって生じていますが、あくまでそれは『生じる』までの道のりであり、『何らかのプラスをもたらす結果』を保証するものではありません。
1を選択した場合、極めて高確率で重篤な判定を生じます。
また1を選択した場合でも『アマリリス』が反転より戻る確率はほとんどないと考えて下さい。
以上、宜しくお願いいたします。
上記にあります通り『本特殊判定は至上の危険を帯びつつも何一つ報いられる事の無い判定』です。
特殊判定は何らかの有利を生じるものだけではなく、PCの行動の結果『とんでもない事が起きる』場合も含むのです。
この選択で『それでもアマリリスを引き戻す』を選択した場合、六人の内一人でも『諦める』を選択したならば、パンドラ減少量に減算が働かず『選択した全員が死亡判定』となりました。
しかしながら、全員が『それでもアマリリスを引き戻す』を選択した為、減少量に減算が働き辛うじて100%を切るという結果となったのです。(これは最初からそう決めていました)
記載した通り本来『何ら報いられる事は無い選択肢』でした。
しかしながら、戦いの最期に奇跡が起きたのは間違いなく運命を捻じ曲げた結果です。
アマリリスさんにせよ、シュバルツさんにせよ、他皆さんにせよ本気でプレイしてくれた事に感謝します。
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
夏あかねです。関係者盛りだくさん。
A→ ←B と同じ場所を目指し運命は交差します。それぞれが思惑を抱え、目指す正義はなんなのか。
信じる神は同じはずであるのに、どうしても『擦れ違う』ものですね。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●成功条件
・『魔種』の討伐
・『月光人形エイル』の死亡確認
・一般人の可能な限りの被害減少
●ご注意
グループで参加される場合は【グループタグ】を、お仲間で参加の場合はIDをご記載ください。
また、どの戦場に行くかの指定を冒頭にお願いします。
==例==
【A】
リヴィエール(p3n000038)
なぐるよ!
======
【A】ヴァークライト家
市街地エリアにて『子供達と共に王宮を目指し進軍しています』。
一般人に関しては直接手を上げることはありませんが狂気の伝播による影響が大きくなります。
また、その狂気の伝播により聖獣たちが暴れ出さんとしていることから一般人の対応(避難誘導)が必要となるでしょう。
・アシュレイ・ヴァークライト
魔種。亡き妻の忘れ形見であるスティアを溺愛しており、スティアと似た境遇の少女を護るために不正義とし断罪された過去を持つ。
彼自身の戦闘能力は天義の騎士として強敵に分類され、強い呼声を発します。最愛の妻のためならばその刃を振るう事を躊躇いません。
・エイル・ヴァークライト
月光人形。結婚前は凄腕の冒険者であったことから個体の中では強力です。温和で気さく、茶目っ気のあるご夫人であり、殺すことを躊躇わせるような雰囲気を感じさせます。
氷、光等の魔法を得意とし、回復にも優れます。夫人は常に夫に付き添う様に行動します。
・幼い子供の月光人形
無数の個体です。狂気の呼び声を発する子供達であり、その出自は『孤児であった』『幼くして死んでしまった』などと様々。
行き場のない子供達を引き取る様に慈しんだエイルの事を本当の母のように慕い、エイルに仇なすものに襲い掛かります。
それなりの戦闘能力はあります。
・幼い子供達(生者)
孤児の子供達であり、幼い月光人形たちの友人や家族のように振る舞いました。勿論エイルの事も本当の母のように慕っています。
狂気に感化されているために『不殺』での対応にて正気に戻すことができます。
・聖獣(悪)
月光人形の呼び声に感化された獣たちです。獰猛であり、一般人にも関係なしに襲い掛かります。
主人をアシュレイと定めて居る為か、アシュレイとエイルの指示には従うようです。
【B】ロストレイン家
市街地エリアにて『娘と共に周囲を焼き払いながら王宮を目指しています』
聖都にある不正義を全て灰とし、穢れた存在を消し去ることを目的としているようです。
一般人の対応(避難誘導)や狂気への対処、及び、外部より合流した『骸』への対応が必要となるでしょう。
・ジルド・C・ロストレイン
魔種。一夜にして故郷を灰燼とした炎を使用する天義の騎士。
高い忠誠心が一転し、娘をも『神の供物』とされたことに酷い絶望を覚えています。
優し気な言葉をかけ、不正義と『この国の在り方』を変えるべく全てを灰燼と化しリセットすることが彼の目的です。
それこそが、誰かの幸せになるのだと彼は盲目的にもそう思って居ます。
・ジャンヌ・C・ロストレイン
魔種。元はアマリリス(p3p004731)さん。天義の聖女であり、騎士。
ジルドの呼び声で反転し、彼が為に『幸福を義務付けられた聖女』です。アマリリスであったころの記憶は薄く、左腕に恋人からもらった銀輪と、相棒と揃いのお守りのミサンガがあるが、何であるかは分かりません。
その背中には背負えないほどのいのちと罪と、そして、義務を翼として持っています。
他者の幸せを願っていますが、その願いは正しく成就しません。何故ならば父の『狂気』がそれを捻じ曲げるからです。
・骸
ジルドとジャンヌを取り巻く無数の骸。敵性であり、命を強欲にも飲み喰らわんとします。
炎に焼け焦げながらも這い進み『生きて居るもの』を狙います。個体ずつは強くはありませんが数が多くあります。
・炎の精霊
ジャンヌとジルドの盾であり狂気に感化された精霊たち。
すべてが全て、焔の気配を感じさせ、周辺家屋や人々を燃やし尽くさんとします。
【C】市街地救援
上記A、Bと同様箇所になりますが、大きな部分をカヴァーすることとなります。
進行経路にある市街地の民の救援や、獣や呼び声の気配からの救助を行います。
主な敵は『月光人形』『骸』『聖獣(悪)』となります。
また、一般人の外部への脱出は外部も戦場になるため、サントノーレの手引きにて『シスターキャサリン(裏では『情報屋キティ』)』の聖堂への避難を促されます。
情報収集依頼『Detective eyes』にて登場した『味方騎士(明確にアストリア枢機卿派閥でない者たち)』の支援も受けられます。
※騎士たちへの回復支援や鼓舞激励なども当戦場では必要となってくるでしょう。
●同行NPC
・『氷の騎士』エミリア・ヴァークライト
スティア・エイル・ヴァークライトの叔母にて現ヴァークライト家当主。
二刀流&体術を駆使した変則ファイター。騎士としての実力で『不正義があった貴族』の中では真っ当な地位に居ます。
周囲に恐怖心を与えるギフトを所有しています(魔眼と同様、意志の強さによりそれは左右されます)
断罪することに忌避感はない騎士然とした女性です。ヴァークライト家を担当します。
・ヨシュア・C・ロストレイン
アマリリスの双子の弟にして、カイト・C・ロストレインの弟。
天義騎士団に所属する騎士であり、『ロストレインの不正義』の渦中にあります。
アマリリス曰く、『ヨシュアは私の上位互換』とのことですが内心、聖女出会った彼女を妬む気持ちもあります。
天義らしい信仰者。その体の弱さがコンプレックスですが血反吐吐いても戦い抜きます。主にロストレイン家を担当。
・イル・フロッタ
天義の見習い騎士です。ご指示があればなんなりと。
●呼び声に関して
当依頼は非常に『魔種』が多く『強力』です。
純種の皆さんはどうぞ、お気を付けを。
どうぞ、よろしくおねがいします
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