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シナリオ詳細

新たな勇者の物語

完了

参加者 : 36 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「魔王打倒、おめでとうー!」
 オレンジジュースを掲げて楽しげな声を上げたのは『魔法使い』マナセであった。
 少女は混沌世界で語られる勇者王伝説においてはある特殊な役割を与えられた存在である。
 勇者パーティーの魔法使い。それも純粋に攻撃魔法に特化した町娘の少女が、英雄になるまでの成長が擬えられている。
 実直な戦士や聖翼は元より、精霊使いも聖女も賢者さもある程度の地位や実力を兼ね備えている。
 ただ、『マナセ・セレーナ』は片田舎に生まれた強大すぎる魔力を有したただの一人の少女だったそうだ。
 彼女はその後、勇者アイオンと旅をし、文字通り『魔法使い』の原典とさえされたのだ。
 イレギュラーズにとって馴染み深いとすれば深緑の一件だ。
 妖精郷を襲った冬の王――今はオリオンの名で親しまれている――の封印魔法具を作成した魔法使いであり、深緑を襲った冠位魔種怠惰を退ける際にも一役買った魔法具のクリエイターでもある。
 混沌世界のオリジナルのマナセは天才的だったのだろう。そして、プーレルジールのマナセはと言えば。

「ねえ、こういう時って、勇者凱旋パレードとかないの?」

 ……普通の女児である。勿論、『魔王イルドゼギア』という終焉獣を作り出す際のベースになった『勇者の物語』を封じるだけの実力は有していたが、彼女は普通の女児だ。
 一人では何も出来ず、怯えていた彼女が封印魔術をも行使できたのは紛れもなく、イレギュラーズのお陰なのである。
「ねえ、ねえ、ないの?」
「ないよ」
 オレンジジュースを飲みながら馬車に揺られて足をぶらんぶらんとさせていたマナセは頬を膨らませた。
 困った顔をしたのは『勇者』アイオンである。彼こそが伝承の勇者――の、プーレルジールでの姿であるが全くの別人だ。
 物語を見た限りのアイオンは歴とした勇者であったが、このアイオンは普通の冒険者とも言える。
 だが、イレギュラーズとの冒険で彼は「俺も勇者って名乗っても良いと思う」と言い出したのだ。
「勇者として、遣りたいことが出来たから」
「パレード?」
「違う」
 マナセは「つまんなあい」と転がった。アイオンは馬車に揺られながら「そうだよね、『ロック』」と微笑みながら振り返る。
 視線の先には元『魔王イルドゼギアの依代』である『魔法使い(ウォーロック)』が座っている。
 ゼロ・クールの製作者(クリエイター)であり、その技術を編み出した青年は終焉獣に寄生され魔王として君臨していたが、この度イレギュラーズの尽力により救われた立場である。
 この世界での始祖とも言えた彼には名前がなかった。故に、魔法使い(ウォーロック)と呼ばれていた彼はロックと名乗ることに決めたのだが――
「どんぐりマンも詰らないでしょ?」
「僕はどんぐりマンなのか」
 マナセには相変わらずどんぐりマン(マナセが付けたかったニックネーム)で呼び掛けられている。
 困惑しながらもロックは「遣りたいことは確かに出来たよ」と傍らのゼロ・クール――いいや、秘宝種の少女の頭を撫でた。
「その為にイレギュラーズに協力して貰おうと思う。僕と、この世界を護ってくれた彼等に恩返しがしたいからね」
「……お父さん」
「どうかしたかな、クレカ」
「無理をしたら、私はお父さんを一生許さないと思う」
「……ふふ」
 瞬いてから笑ったロックにクレカはどうして笑っているのだと眉を吊り上げた。
「ああ、いや、君も『人間らしく』なったんだね」
 ゼロ・クールは作り物の命だ。人形を動かす動力源は魔力である。魔法人形であった彼等に心までは与えられない。
 それを与えられたことは何よりも嬉しい。ロックはクレカの頭をくしゃりと撫でてから「嬉しいよ」と囁いた。


「ただいま、ギャルリ・ド・プリエー!」
 勢い良く飛び込むマナセはイレギュラーズ達を歓迎するべく、ギャルリ・ド・プリエで一等広い場所でのパーティーを企画していた。
 その伝令を受けてか、魔法使い達が準備を整えてくれていたのだ。食事もあり、酒もある。混沌では見られない食材も散見されていた。
「ロックは壊れたゼロ・クールを直してあげたいんだっけ?」
「ああ。もしも、イレギュラーズ、君達が困っていたら気軽に声を掛けて欲しい。
 それに、僕からも頼みたいことがあるんだ。難しいことかも知れないが、実現できると確信している」
 ロックは穏やかに微笑みイレギュラーズとパーティー会場へと誘った。
 その姿はこの世界での『イルドゼギア』そのもので、何とも魔王らしい角があり驚く者も多いだろうか。
 だが、彼はそれ程気にしてはいないようである。微笑む青年の側でアイオンは平和が戻ったのだと笑みを浮かべていた。
「イレギュラーズ、君達の『混沌世界』に僕達は自由に渡る為のポータルと作ると決めた。
 この技術はある意味、魔王が確立させようとしていたものだと思う。ちょっとした細工をすれば僕ならば――一ヶ月位、寝なければ……出来ると思う」
「寝て欲しい」
 クレカがじらりと睨め付けた。ロックは肩を竦めて頬を掻く。少し困った顔をしている彼は普通の人間だ。
「理由は簡単だ。僕達は君達が立ち向かうこととなる滅びに対抗する手段を用意したい。
 僕達が戦力になるだけじゃない。ゼロ・クールだってそうだ。皆、君達に恩を返したいんだ」
 ロックは穏やかに微笑んだ。クレカは『もしも敗北していたら』ゼロ・クールを戦力にして混沌に乗り込むつもりだったのだろうと改めて確信する。
(……勝って良かった)
 父に会いたいという我が儘だったかもしれないが、ほっとした。知らない内に事が起こり世界の侵略が起こっていたならば救いも何もないからだ。
「と、云う事で僕に混沌世界のことを教えてくれないかな? なんでもいいよ。
 君達の冒険の話でも、特産品の話でも、近所の子猫の話だってね。僕は君達を識る事で混沌を知りたい」
 そうして、渡った先の混沌を護る為に力を尽くしたいとロックは言った。
「先の話?」
「そう。アイオンはどうしたい?」
「勿論、俺は冒険しようと思う。稽古でもするか? 飯でも食って今はのんびりしてもいいな」
 アイオンはにかりと笑ってからイレギュラーズを見回してから手を差し伸べた。
「プーレルジールでの冒険は此処で終わりだ。
 それでも、君達の冒険はまだ続いていくだろう? 今は少しだけの小休憩だ。
 それから……これからの旅の準備をしよう。思い出を話し、心を整理し、美味しい者を食べて、それから、よく眠る。
 戦いは続くんだろう。なら、英気を養おう。早速だが――」
 アイオンが顔を上げた途端に背後で激しい爆発音が響いた。
「……早速、あの暴れん坊の魔法使いをとっ捕まえてくる」
 ごめんなさいと叫ぶマナセが逃げていく後ろ姿にアイオンは可笑しくなって笑ったのだった。

GMコメント

 境界(プーレルジール)編、お疲れ様でした。
 魔王軍が勝っていたら混沌に乗り込むつもりでした。

●何をするの?
 ・勝利を喜びましょう!
 ・ゼロ・クールと交流や修理を頼みましょう。(カスタムもできるよ)
 ・アイオンやマナセ、ロックとお話をしましょう。

●同行者について
 プレイング一行目に【グループタグ】もしくは【名前(ID)】をご明記ください。

●同行NPC
 シナリオ指定のNPC(サポートNPCのアイオン、マナセ、クレカ)に対してのプレイングは自由にお掛けください。
 また、指定されていないNPCにつきましてはシナリオ推薦等をご利用頂けますと幸いです。

 ・ロック(元魔王イルドゼギア)
 ロック/どんぐりマンと呼ばれています。名前に大きくこだわり派ないのでイルドゼギアと呼ばれても反応します。
 非常に穏やかな男性です。ゼロ・クールのクリエイターであり原初の魔法使いです。
 プーレルジールでは彼とファルカウが魔法体系の一つを作り出したようです。どうやら魔女ファルカウとも懇意にしておりお知り合いです。

 ・『魔女』ファルカウ
 アルティオ=エルムで眠りに就きました。プーレルジール全ての滅びの気配を抱えて眠ったようです。
 暫くは防衛魔法を張ったらしく安全です。混沌を救った後、彼女を叩き起こして安全に滅びを消し去ればプーレルジールはもう安全な場所になりますね。
 今はもう声を聞くことは出来ませんが彼女の事はロックに聞いてみても良いかもしれません。

 ※『イレギュラーズではないキャラクター』は此方に来ることは出来ません。お気を付け下さい。


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。

【1】ギャルリ・ド・プリエの祝勝会
天井に綺麗な穴が空いています。マナセが飛んで逃げましたが捕縛されています。
空がとても綺麗ですね……。
各種料理や酒が揃っています。ノンアルコールドリンクも多数。
また、お酒に関してはプーレルジールの特殊なものもおおいようです。
試してみても良いかもしれませんね。不思議な果実を利用したお酒は種類が多いそうですよ。
持ち込みも可能です。ゼロ・クールが給仕を行なってくれています。
ロックとの交流やゼロ・クールのカスタム(修理)も可能です。
アイオンやマナセ、クレカは基本此処に居ますが、皆何処へでも着いて来てくれます。
外で鍛錬をしたり、思い出を語ってもいいかもしれませんね。

【2】その他
何処か行きたいところがあればご指定下さい。
ただし、ご要望にお応え致しかねる場合もございます。

  • 新たな勇者の物語完了
  • 新しい『勇者』が生れ落ち、そして――
  • GM名夏あかね
  • 種別イベント
  • 難易度VERYEASY
  • 冒険終了日時2023年12月16日 23時00分
  • 参加人数36/∞人
  • 相談7日
  • 参加費50RC

参加者 : 36 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(36人)

ギルオス・ホリス(p3n000016)
ステラ(p3n000355)
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
セララ(p3p000273)
魔法騎士
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
老練老獪
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
夢野 幸潮(p3p010573)
敗れた幻想の担い手
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

サポートNPC一覧(3人)

クレカ(p3n000118)
境界図書館館長
マナセ・セレーナ・ムーンキー(p3n000356)
魔法使い
アイオン(p3n000357)
勇者

リプレイ


「アイオン!」
 手を振って走り寄るのはセララ。赤いリボンがぴょこりと揺らぎアイオンは見慣れた姿に笑みを零す。
「ああ、セララ」
「決戦での連携はバッチリだったね。これでボクとアイオンは戦友だよっ。
 そして――じゃーん! 決戦で発動しておいたギフトで作った漫画をプレゼントなのだ。
 決戦の様子を漫画にしたんだよ。この街の人々にも配る予定だけど、一番最初はアイオンにプレゼント!」
「凄い。俺ってこんなに格好良かった?」
 勿論とセララは微笑んだ。
「アイオンとボク達はこの世界を救ったんだし、その活躍は広めないとね。未来ではきっと、伝説の勇者になってるだろうし」
「伝説の……なれるだろうか」
「勿論!」
 それなら嬉しいなと笑ったアイオンの背中にココロは勢い良く声を掛けた。手を振り、駆け寄ったココロのグラスとアイオンのグラスがかちんと音を立てる。
「アイオンさん! 見てくださいましたか、わたしの活躍を!」
「ああ、勿論!」
 ココロにとって大事なことを思い出させてくれたのはアイオンだ。
「そして……ロックさん! なんかかっこいい名前ですね。
 あなたももう一人の勇者だわ。次の二人の冒険はわたしもつれていってくださいね」
「それは勿論」
 隣でマナセがぴょんぴょんと跳ねているのも愉快そのものだ。
「……そう。わたしは救世主でもなければ英雄でもない。わたしにはそんな力はないんです。
 でも、アイオンさん、あなたは勇者。英雄になれる資格があります。だから、これからも頑張ってください!!」
 胸に手を当て、アイオンに向き合ったココロにマナセは勿論と大きく頷いて見せた。
「僕の破撃もこの位すごい威力にしたいなー、憧れるなぁ……!」
「憧れて、いい……のか?」
 呆然としていたライゼンデにヨゾラは「凄いよね」と頷いた。
「あ、アイオンさん、マナセさんとは話した事なかった! 初めましてー!
 そういえば……アイオンさん達は、これからどうするの? 混沌世界に来れるなら喜んでだよ!」
 にんまりと笑ったヨゾラに「ま、まさか、勇者アイオンに魔法使いのマナセ!?」と驚いたようにたじろいだ。
 伝説を相手にしても親友は臆することなく共に酒を飲み涙を流し、笑い続けるのだ。彼ならばどんなことがあっても楽しめそうである。
「楽しいな。今この時が終わっても……これからも冒険は続く、のだろう?」
「そうだね…これからも冒険は続いていく、から。未来を楽しみに、進んでいくんだ」
 親友と頷き合ったヨゾラ。アイオンは「これから先が楽しみだよ」と大きく頷いた。
「よぉ、アイオン。また会ったな。楽しんでるか?」
 ひらひらと掌を揺らがせて挨拶をするバクルドの姿に気付きアイオンは「やあ」と手を振った。
 常ならば一人旅を行なうバクルドだが旅は道連れとアイオンと同行してやってきた。放浪とはハプニングの連続だ。
「独り旅も良いもんだが、人に教えながら歩む放浪も悪かねえ」
「バクルドにそう言ってもらえたのなら嬉しいよ。良い旅になったか?」
「ああ悪くない、きっと良い放浪になる。混沌でも会ったら一緒に放浪しようぜ、俺とお前さんと俺の娘であり一番弟子とな」
 快活に笑ったバクルドに「娘が居るのか?」とアイオンは問うた。バクルドは『二番弟子』は直ぐに成長して行く彼は見て居るのは愉快だが楽しみ甲斐がないと肩を叩く。
「世界は広いんだ同じところでも時間が違うだけで一変する。
 次の放浪に思い馳せよう、どんな場所に行くか空想しながら結果的に真逆の方向に進むんだ……絶対楽しいぞ。
 ただ、まあ……今は目の前の酒が何よりも一番だがな!」
「はは。確かに。次に旅をするときは師を見習って俺も征く当てなく歩きたいもんだ」
 楽しげに弾む声音を聞きながら、何処か困惑した様子でサーシャ・クラウディウスはリースリットを見た。
「アイオンさん」
 サーシャの見舞いに行こうと声を掛けようとしていたが、サーシャが自らこの場に来ると申し出たのだ。リースリットは身体に障るだろうと気を配ったがサーシャは首を振る。曰く――彼は、一所(ひとどころ)には居られないから、追掛けたいのだと。
「……サーシャさん……」
 二人の関係にリースリットは踏み込めない。しかし、サーシャの言う通りアイオンは旅を辞められないだろう。
 屹度、此処に居てと乞うてもアイオンはバクルドやヨゾラと旅に出る。明るく笑いマナセやフィナリィを連れて走り出すのだ。
「ね?」
「……ああ、そうなのでしょう。ですが、自分の足元や通って来た道、関わって来た人……そうしたものを蔑ろにする人だとも思えません。
 何れにせよ、お二人はもっとちゃんと向き合って話し合うべきだと思います。
 ……預言、という訳ではありませんが、屹度、当面の平和の後に争いの火種が湧き始めるのではないかと思います。
 最も可能性が高いのは、やはりイミルとクラウディウスでしょうね」
「ならば、わたしがアイオンと話しましょう」
 サーシャは振り絞ったように「アイオン」と呼んだ。調停者が必要となるならば、サーシャか、それともフィナリィか。
 何れにせよ、『勇者』のアイオンが国を興すとは思えない。彼は世界をも股に掛けそうだとリースリットは苦い笑みを浮かべる。
「リースリット、あなたは良い友人です。だからこそ、わたしは思うのです。
 アイオン。あなたを好いていました。けれど、わたしに言われて留まるようなあなたを好きだったわけではないの。
 旅を夢見て、冒険者になりたいと笑うあなたが好きだから……いってらっしゃい。何もかも、わたしが守り抜きましょう」
 ああ、貴女はその選択をする。リースリットは背を向けたサーシャを追掛ける。涙が一滴落ちたのは、二人だけの秘密にして。


「ひとまずはおつかれさま。事後処理とかは明日から考えよ」
 床に座ったハリエットと並び、ギルオスは「ああ、お疲れ様」と微笑んだ。
「イラスさんを殺めずに済んで、よかったなって思うんだ」
 ぽつりと呟くハリエットは俯いた。貴方の大切な人を『二度』喪うことにならなくて、本当に良かった。と。
「悲しまずに済んでよかった。少し落ち着いたら改めて、あの人とちゃんと話せたらいいね」
「――あぁすまなかった。無茶をさせたね、皆には」
 イスラとの事は気にはなるだろう。ハリエットを見遣ってからギルオスは眉を下げた。何時か、また別の時に語れるだろうか。
 かつての世界での縁を口にするのは何処か重く、のし掛かるようなものでもある。
 今はこの混沌での縁を大切にし、感謝を口にしておきたかったのだ。そんなギルオスをじいと見詰めてからハリエットは唇を震わせる。
「疲れてるなら膝でも肩でも貸すよ。皆祝勝会に夢中だから、人目も気にならないと思う、し」
 今は、なんでも横に置いておく。本当は色々とあるだろうけれど、これは明日から歩くための必要な事だ。
「うん……ありがとう。はは。それじゃお言葉に甘えて」
 ギルオスは肩を借りようと縮こまってハリエットの肩へと額を預けた。
 その気配にハリエットは小さく息を吐く。
「あぁ君も無事でよかった。プーレルジールでの戦いが終わって……」
「そうだね」
 漸く一息付けそうだとギルオスは目を伏せる。彼女の存在を側に感じながら、明日への英気を養うのだ。
 ――君とまた一緒に。どこまでも、歩けるように、と。

「わぁ! ココハ、今日のお洋服もとっても素敵だね!
 世界が平和になったってことはさ、キセさんの仕立てる服も今まで以上に色んな場所に届くかもしれないねぇ。
 そしたら、モデルのココハとお兄さんももっと忙しくなるのかな」
「忙しくなるかもしれません。ムサシは早速、着替えていました」
 背筋をぴんと伸ばしたココハにイーハトーヴはくすりと笑う。マスター・キセは楽しげに衣服を用意しているのだろう。
「本当? もし俺にお手伝いできることがあったら何でも言ってね!
 ココハにはたくさんお世話になってるから……っていうのも勿論あるけど、キセさんの作る服ってすごく素敵なんだもの!
 プーレルジール特有の意匠にも興味があるんだ! 大好きな仕事のことで学べることが無限にあるって幸せなことだよね」
「イーハトーヴさんはキセの服が好きですか? キセと仲良くして上げて下さい。仕事をするようにと見張って下さると幸いです」
 背筋をぴんと伸ばしたココハは「手始めに、キセが好きなお酒です」と瓶を手にやってきた。
 彼女は淡々としているがマスターを敬愛している。ココハはキセの為にある。それは屹度ムサシも同じなのだろう。
「これがキセさんの好きなお酒なの? 有り難う」
「いいえ。イーハトーヴさんがキセを好きになってくれるのであればうれしいです」
 ココハはつんけんとしながら「こちらもキセが好きなものです」と用意をしながら声を掛けた。
「ふむふむ、面白そうな料理やお酒がいっぱいだわね。この味や作り方を調べておけば経験値ががっぽり稼げそうだわね」
 イナリは酒や料理を口にすることで得られる経験値を稼ぐのだと思う存分に堪能していた。
 側に立っているギーコは「此方はマイマイの実です」などとイナリに紹介してくれる。
 それらは混沌にはないが、手法などは応用すれば混沌でも利用できるだろうか。
「美味しいお酒、珍しいお酒、ってなると興味を持ってくれたり、高く買ってくれたりする人は多いからね。将来的には美味しいお話になりそうだわ……♪」
「ライセンス料を頂こうかと思います」
「……結構なことを言うのね?」
 イナリにギーコは「ギャルリ・ド・プリエの為です」と背筋を伸ばして淡々と答えたのであった。
「うーん、知らない世界のお酒廻り……悪くないですね。
 今後の趣味にするのもいいかもしれません……もっと度数の強いお酒は……おっと、いけません。槌目的を忘れるところでした」
 はたと足を止めたマリエッタは『半分はどこかの鴉殿へと当てつけ』で、もう半分は呪雲仙たる興味本位で「アイオンさん」と声を掛けた。
 問うたのはただの世間話だ。好きなもの、どんな冒険をしてきたか、これからなにをするのか――それから、誰と旅をしたいか、だ。
 マナセ達の名を上げるアイオンは「マリエッタと旅をするのも楽しそうだ」と朗らかに笑う。
「ええ、実は私の知り合いに勇者の大ファンの魔術師がいましてね。厄介な人なんですけど、だからこそ貴方の事を知りたかったんです」
「その人は俺と旅を出来そうかな?」
「どういう……」
「また、何処かで出会えたら、一緒に冒険出来るかも知れないだろ。旅は道連れってさ」
 ――本当に当てつけになりそうだ。
 大きなお鍋でビーフシチューを作るフラーゴラは「皆で食べたいね-」と微笑んだ。
「にんじん、たまねぎとかのお野菜に……じゃじゃん! おっきなお肉をぶつ切りに」
「んー」
「おおっ、ウルズさんいつに間に料理が出来るように……ってワイルド!! もうちょっと丁寧に……! って、それ……」
「これ? さっき飲んだお酒。これ? これもさっき飲んだお酒」
「え?」
「でぇじょうぶっすよ、全然料理できるっす。切るのはちょっと自信ないけど焼くくらいなら……」
「ワイルドすぎるよー!」
 酔っ払いウルズに翻弄されるフラーゴラ。慌てる彼女に「あ、大丈夫っす」と彼女は首を振った。
 奇行に走りたくなるが、肉を殴ったりはしない。大事なお肉だからだ。
 ビーフシチューが完成すればモカの出番だ。給仕のゼロ・クールたちに接客のアドバイスをしながら、共に料理を楽しむのだ。
「混沌と自由に行き来できるようになるなら、Stella Biancaプーレルジール支店を立ち上げるのもいいな」
 そんなことを考えながらゼロ・クール達に勧められる酒を口にする。大食らいでいくらでも食べられるようにしたのはメニュー案にもなるからだ。
「あつあつ」
 ぱちくりと瞬いたステラに「冷ましてね」とアルムは微笑んだ。
 ロックの事が気にはなっていたが彼は無事に落ち着きを取り戻したらしい。
「さあ、ステラ!せっかく来てくれたんだし、たくさん楽しもう!
 俺もノンアルコールドリンクにしようかな! カラフルで綺麗だねぇ。サハイェルではステラがたくさん頑張ってくれたから休んでてね」
 ステラが居るから酒を止めておこうと笑うアルムに気付いたモカがゼロ・クールに教わった給仕方法を試すと良いと促した。
「どうぞ」と差し出す料理に舌鼓を打ちながらアルムは微笑む。
「ギャルリ・ド・プリエ……滅びに瀕してると聞いてやってきたときは、どこか寂しさ漂う街だった気がしてたけどさ。
 祝勝会が開けるくらい平和になってよかった。ステラとも出会えたしね!」
 この後はステラと何処界にこう。アトリエ・コンフィーも良いが、ステラと共にギャルリ・ド・プリエを散策したっていい。
「いっておいでよ、あそこのカステラが美味かった」と声を掛けるアイオンに手を振ってアルムは「ステラ、いこうか」と声を掛けた。
 彼女の歩調に合わせてのんびりと。エスコートをするのだ。アイオンは「それにしてもコレは美味しいなあ」と呟く。
「アイオンさん、美味しい? そのビーフシチューはワタシ達が作ったんだよ。前にお鍋作ったの覚えててくれたんだね。
 ワタシね、お肉屋もやってるから、好きな人のお腹をいっぱいにしたくて色々始めたから、料理方面褒めてくれるのは嬉しいな」
 にっこりと笑うフラーゴラに「フラーゴラの好きな人は幸せ者だなあ」とアイオンは嬉しそうにビーフシチューのお代わりを求めたのであった。


「一先ずは……改めまして、マナセ様。封印術の行使、お見事でした」
「わたしだけじゃないけどね、えへへ。皆がいたから」
 くねくねと身体を揺らすマナセにアリシスはくすりと笑った。成功しなくては困るがああも完璧にこなせるとは。流石は、と言わざるを得ない。
「細かいことが苦手、といいますか……一足跳びに遥か先のステージから始めている故でしょうね。
 本来は必要な前提にして過程である基礎や技術論がなかなか身に付かないのも、宜なるかなというものです」
「細かいのって難しいの。ロックの手伝いしてるけど、ばーんでどーんじゃダメなのかな」
 唇を尖らせるマナセを見ていれば、アリシスはいいえと首を振るしか出来ない。
 術式という形で道筋さえ用意できれば奇跡を起こせる可能性は高いだろうか。世界法則に抵触しないならばプーレルジールと混沌の行き来すら直ぐにでも成せる可能性があるのだ。
「あ、マナセさんだ! 今日は招待してくれてありがとう! んー、でもそろそろマナセちゃんって呼んだ方が良いかな? 仲良くなって随分立つかもーって思ったから」
「ちゃんでも、呼び捨てでもいいわよ」
 にんまりと微笑むマナセに「有り難う」とスティアは微笑んだ。様々な料理を前にして野菜をやや避けているマナセに何事も無かったようにサラダを取り分けながら「オススメはある?」と問う。
「スティア」
「オススメとか好きなやつが知りたいなあ! あ、お野菜は食べてね。
 せっかくだし、レシピも教えて貰いにいこうかな?
 私達の世界でも作れるようになれば、マナセちゃん達が遊びに来た時に安心できるかなって思って。故郷の味ってたまに恋しくなったりしちゃうしね!」
「スティア」
「お野菜は食べてね」
 お野菜を食べれるようにしてあげるのもいいのかな――なんて、考えるスティアは「すぺしゃるなお料理もあるからね」と胸を張った。
 マナセの魔力と同じくらいに『嫌な予感』を言葉を感じ取ったポメ太郎が「くぅん」と声を漏す。
「どうした? ポメ太郎」
「スティアが恐いって」
 ベネディクトは答えるマナセと、『ががーん』をするスティアを見比べた。
「良く分からないが……一先ず、お疲れ様。マナセ、よく頑張ったな……って、これはマナセの所為か。まだまだ制御は難しそうか?」
 走り寄ろうとしたポメ太郎を手放せばマナセの方へとぴょんぴょんと跳ねて駆け寄っていく。マナセはにっこりとポメ太郎を抱き寄せてから「うーん、分かってきた気もするんだけどね」と困ったように呟いた。
「ああ、そうだ。戦いが終わったら何かご褒美を、という話だったろう?
 今度、機会があれば俺達の世界に来た時にでも何処か案内しようと思ってな。それで構わないか了承を貰いに来た。勿論、ポメ太郎も一緒だ」
「本当? ポメ太郎はご飯を食べる場所に入れる?」
「入れる場所を選ぼう。ああ、楽しい所でも、美味しいものを食べたいならそこに案内しよう。希望があれば聞いておくよ」
 ベネディクトが言うが早いか、足元のポメ太郎が勢い良くマナセへと飛び付いた。
「わんわん、わーん」と鳴いているポメ太郎はマナセを褒めているのだろう。
『でも駄目な事しちゃったらごめんなさいしないとだめですよ。
 ぼくもご飯を食べ過ぎちゃってよくおこられます! マナセさんのはなんだかスケールが違う気がしますけど!』
「謝ったわよ、でもどんぐりマンが怒ってるの。ちゃんと修理するもの」
『はい! それがいいですよ!』
 尾をぶんぶんと振るポメ太郎を抱き上げたマナセは何となく犬の気持ちが良く分かっているようだった。
「はは、マナセ、ポメ太郎と一緒だったか。何時も通りご機嫌だな」
 混沌では飲むことが出来ない酒をグラスに並々注いだルカは「マナセはジュースな」と果実ジュースを炭酸で割ったものを差し出した。
「んで、どうだ? 世界を救った気分は」
「なんか、私、本当にすっごい人になったみたいじゃない? 皆がいてよかったあ」
 マナセ一人の成果ではないが、マナセが居なければならなかった。マナセはその成果に胸を張っても良い。
「よく頑張ったなマナセ。良い大人にゃまだ程遠いが、良い子には間違いねえ。
 そういやお前さんこの前誕生日だったらしいな。後で何か買ってやる。何か欲しいもんはあるか?」
「え? んー、ルカが決めて。レディに何を送るのか! よ!」
 頭をぐしゃぐしゃと撫でたルカをきっと見上げたマナセに「レディか」とルカは笑った。
 ロックが作る転移装置を利用してラサに来たならばマナセを案内してやりたい。プレゼントはサンドバザールで買っても良さそうだとルカは『お預け』を提案し「ええーやだあ」とマナセを拗ねさせたのであった。


「ええと……ロック、でいいのかしら?」
 傍らにはオディールが。オデットはにこりと微笑んでからノンアルコールのドリンクに口を付ける。
 知らない果実の味わいはグレープフルーツにも似ていたが甘ったるい香りを感じられる。炭酸水で割れば飲み易そうだ。
「ああ、君は……オデットとオディールか。こんにちは」
 イルドゼギア、であったその人は穏やかに微笑む。その笑顔は魔王らしからぬ雰囲気でオデットは幾許か安心を覚えた。
「魔法がどうのって話を聞いたから、ちょっとお話してみたくて。
 私はこうやって精霊達や自然から魔法を使うことが多いのだけど、もうちょっとうまい魔法の使い方とか知ってたりしない?
 このままでも苦労はしてないのだけど、精霊と仲良く共に荒れる術は私はいつでも求めているのよ。
 ね、オディール? この子だって精霊なのよ、ちょっと訳ありだけど」
「そうだね。自然から使う魔術も立派なことだ。もしも、君が望むなら自分の魔力に目を向けてみても良いのかも知れないな」
 自分に、と呟くオデットにオディールが手伝うと言わんばかりに擦り寄った。
(……死神ミーナ、いい取引相手だったのに死にやがって……取り残された者の事を考えやがれ。
 やっぱり俺は何かの命と引き換えに得た勝利は嫌いだ、肯定してしまえば妖精郷で否定したかったもの全てを認めてしまう気がする……。
 そうなってしまっては……自分の全てを否定してしまう。やっぱり祝う気にはなれんな)
 穏やかな時間の中でもサイズは物思う。ロックへと呼び掛ける。
「あんたが作ろうとしている混沌世界に渡る為のポータル、作るのはいいが、ポータルを動かす為のエネルギーはどうするつもりなんだ?」
「プーレルジールの世界的な魔素を使用する。この世界は枯れること無く潤沢な土壌があるからね」
 サイズはそれは混沌に活かせるのだろうかと考えた。妖精郷の『門』はそもそもがシュペルの作品だ。ロックの手法とは大きく違う可能性もある。
「サイズ、まだ何か悩んでるの?」
「マナセか。魔王は倒したが、次の目標が定まったみたいだな……まだ戦火に身を投じるとは物好きな者だな。
 お前がどうなろうが知ったこったないが……俺みたいに負けて、命を削って使った奇跡すら歪んで裏切られて、報われない結末に辿り着くなよ」
「んー。サイズが負けたのかは知らないけど、大丈夫よ。わたしって、結構運が良いのよ」
 軽く笑ったマナセにサイズは肩を竦めた。妖精ですらない嫌いな相手にこの様に気を配るなんて自分らしくないと首を振って。
「めぇ……お空が、綺麗……マナセさまは、豪快です、ね」
「えへ……」
 マナセが気まずそうな笑みを浮かべるのを確認してからメイメイは「どんぐりマン、いいえ、ロックさま」と呼び掛けた。
「どんぐりマン、で反応してはいけません、よ」
「ああ。僕にそんな名前を付けようとするとは現代の魔法使いは恐ろしいね」
「はい。これからは、混沌世界を守る為に、力を貸して下さるのです、ね……とても、頼もしい、です。
 今度はアイオンさま達が異世界を救う勇者、になるのでしょう、か。冒険の続きも、楽しみになってきました」
 勿論、一緒に行きましょうとメイメイは微笑んだ。ロックは「その為に、努力しなくてはいけないね」と柔らかな笑みを浮かべる。
 魔王の外見だというのに、魔王らしからぬその人にアレクシアは「やっぱりこう、『魔王』なんて柄じゃ無さそうだね」と笑った。
「本当に……あ、あと、お仕事を頑張りすぎてしまう人を、よく知っているもので……無理をしすぎないで下さい、ね。
 クレカさまが、ちゃんと見張ってて下さると思います、が」
「はは……肝に銘じるよ」
 肩を竦めるロックにメイメイははたと「混沌には、もうすぐシャイネンナハトがやってきます」と言った。
 プーレルジールではそれはクリスマスとして知られているらしい。その辺りも混沌とは違うのだと驚くアレクシアは「そういえば、一つ良いかな」と声を潜めた。
「ねえ、ファルカウさんとはお友達……だったのかな? 良かったら、どんな人だったのか聞かせてくれないかな。
 前からあんな感じで、全部知った感じで自己犠牲をしちゃうような人だったの?
 もっと色々とお話したかったのに、自分だけ先に眠りについちゃうんだから。
 いざって時には私も協力したいって言っておいたのにー! なんか採点厳しかったのも今更腹立ってきた!」
「ああ、あの人は厳しくてね。僕も72点とか言われたものだよ」
「ロックさんでも?」
 アレクシアはぱちりと瞬く。彼女は誰に対しても厳しく自らの事も20点と告げて居たらしい。そんな人だからこそ、世界を救う為に自己犠牲を祓うのだろう。
「私、本来の世界ではファルカウを祀る聖堂で神官もやってるんだ。
 同じ人じゃないにしても、きっと私達の世界でもああやって眠りに就いたんだろうね……助けてあげたいな」
「君の世界にもファルカウが?」
「うん。私の世界……残念だけど私は結構『覚えてない』ことが増えてきたから……本を用意したよ。
 幻想種にまつわるものと、後は私達イレギュラーズの本。
 代わりと言うわけじゃないんだけど……ロックさんたちの魔法に関する資料ってないのかな。来る時に備えて、少しでも力をつけておきたいんだ」
「そうだな……僕の魔法はマナセが屹度読み解ける。君がよければマナセと一緒に解読してみてはどうかな」
 屹度役に立つだろうとロックは笑った。マナセが大きな嚔をしたのは――言うまでもない。
「天井の穴、ぽかぽかの日差しが入ってくるね……みゃー。
 雨が降った時の為にプリエ用のとっても大きい傘いるかも。作れるかな?」
「穴は流石に、直すんじゃないかな……?」
 見上げる祝音の側にヤーガは立っていた。不思議そうな顔をしたヤーガに祝音はどこかぎこちなく頷く。
「どんぐりマンさん…ロックさん……良い名前だね。みゃー。今のプーレルジールには、慣れた? 君やファルカウさんの事……聞いてみたい、かも」
「僕も……この世界の冒険の事、色々聞かせてもらえると嬉しい」
「何なりと」
 穏やかに笑うロックを見ていればヤーガは『弟』の成長を感じ入る。
 クッキーやお菓子を食べながら楽しげに笑う弟はそれでもどこか無理をしているようだった。
(境界依頼でも、一緒だった人が……)
 奇跡は、人の命をも奪い去った。だからこそ、祝音の悲しみは計り知れない。後で泣くのならば側で付き添おう。
 静かに佇むヤーガを見遣ってから祝音は「こっちだよ」とその手をそっと引いた。
「クレカ様のおとうさま、帰ってきてくれてよかったですね! かぞくはだいじ、だから、ニルはとってもとってもうれしいです!
 帰りを待つひとがいて、帰りたいひとがいて……ちゃんと帰れないひともいた、けれど。
 会いたいひとに会えるのは、とてもたいせつなことだと。ニルは改めて思ったのです。だから、ニルは、ロック様に見てほしいものがあるのです」
「何だろうか」
 ニルに視線を合わせていたロックはそっとニルが差し出す杖を眺めた。
「この杖の宝石は、ニルとおんなじ秘宝種のコアなのだそうです。
 どこの誰のものか、ニルはわからなくて、でも、いつもニルに力を貸してくれる杖、ニルのだいじなもの……」
「このコアを解析すればいいだろうか。少し時間は掛かるかも知れないけれど、分かることはあるだろう」
 ロックはまじまじと見詰めてから「この子は、君の家族……だろうか」とそう呟いた。
「ロックさん、偉大な魔法使いが居ると聞いて、ちょっと訊きたい事があって、不躾なお願いなのは、分かってるんだけど。
 あのね……不老不死とか、若返り、みたいな術について、何か知らないかなって」
 ロックはセレナをまじまじと見た。その問い掛けに驚いたのだろう。何処か、苦しげで、それでいて困ったような顔をする。
「あ、困らせたかったわけじゃないのよ。……わたし、ずっと一緒に居たい人がいるの。
 年齢も全然違う人……そうは見えないけどお年寄り、で、だから、不老不死か、若返りの方法を探してるの。そのものじゃなくても、繋がりそうな知恵でも良いから、何か……」
「世界の法則に従えば、プーレルジールにはないな。もっと他の世界ならばあるのかもしれないが……」
「そう……それから……その。元魔王の依代、だったのよね。『魔王』という概念について、どう思う?
 ……世界にとって、『魔王』は必要でもあるのかなって。
 ちょっと考えて……それを討つ為に、世界の意思を統一する必要悪……ごめんなさい、変な事を訊いて」
 俯くセレナの頭をぽんぽんと撫でたロックは「そうだね、少し考えて見ようかな」と言った。
「世界に悪が無ければ、新しい悪が出来るのかも知れない。必要悪ならば、そうかもしれないな。
 誰かの心を一つにすれば、不要な争いが減るのかも知れない。そう思えば、悪人と呼ばれた存在だって、素晴らしい奴に見えてこないだろうか。
 僕の考えだ。押し付けてすまないね。君が良い答えに出会えることを願っているよ」
 ロックが穏やかに微笑めばクレカが世界の手を引いて「お父さん」と声を掛ける。世界は「ロックパパ」と呼び掛けた。
「パーティなんて大人数での集まりは本来柄じゃないんだが。
 ……今回の件で柄じゃない事なんていくらでもしてるから、もう一つ増えた所で今更というものだからな、ロックパパよ」
「そう言われるとむず痒いな」
 ロックが笑えば世界は眼鏡の位置を正し「せっかくの親子水入らずな時間に悪いが少し付き合ってもらうぜ」と盃を掲げた。
「何はともあれまずは乾杯。そして生存おめでとうとでも言うべきか? まあ挨拶もそこそこにして本題に入らせてもらうが」
「ああ、どうぞ」
「こっちと混沌を繋げるポータルの件に関してだが、俺にも手伝わせて欲しい。
 ほんの小さな奇跡なら起こせるし、足手纏いにはならないつもりだ。
 理由? ……そりゃもちろん、他の奴等に自慢する為さ。このポータルの製作には俺も関わってるぞってな」
 世界をじいと見たロックはついでにクレカを見比べる。
「ああ、よければ」
 世界の本音はロックとクレカの団欒の時間を確保する為だ。それを察したような顔をするロックに何ともむず痒い心地となったが、クレカが手を離さないためどうにも動く事が出来なかった。


 祝勝会に参加するつもりはサンディには無かった。シキに捕まってしまったのはそれは別の話でもある。
(まあ、結局英雄として歩き出しちまったバカの顔でもみて見たけどさ、やっぱバカはバカだよなあ)
 アイオンは結局『勇者』になるのだ。その最中に一人散ってしまった――そう思えば、辛気くさい顔でもしてると思ったのだ。
 確かに、アイオンはその死を背負って行くのだろう。それでも、仲間と英雄の道を歩むのだ。
(……それでこそ『アイオン』。遥か高く遠くで輝く、サンディ·カルタの『ライバル』。なんだよな)

「お疲れ様じゃよ……アイオン様……いやアイオン殿の方が良かったかね?」
 ティルーの村にやってきたオウェードはアイオンの母の容態を確認してから「良くなって居る……良かった」と頷いた。
「そろそろ言おう……ワシらは実は混沌と言う世界に来た者じゃ……」
「うん、聞いている。俺も、その世界では『勇者王』って呼ばれていたんだろう?」
 オウェードは頷く。アイオンはそう聞いて、自らがそんな存在ではないと悩ましげに感じていたのだろう。
「ロック殿が混沌に行く為の準備をしているので将来はお前さんも混沌を冒険するかも知れぬ……その時はまたイレギュラーズとして宜しくじゃよ。
 これは混沌にある『鉄帝』のメロンソフトじゃ……美味いぞ……」
「有り難う、皆喜ぶよ」
 マナセも連れてきて遣って、メロンソフトを分けてやれば良かったかと考えるオウェードにアイオンは「マナセにも渡しに行こうか」と提案したのであった。

「アイオンさん、マナセさん」
 シフォリィはそっと近付いてから穏やかな笑みを浮かべる。
 本来ならば存在しえなかった世界線。自らが出会うはずの無かった人々。それが、出会い、冒険をし、縁を繋いだ。
 その事がシフォリィにとっては何よりも嬉しいのだ。
「いいところですね、プーレルジールは。
 ちょっと違うかもしれませんけど、こんなきれいな世界を私達の世界の勇者達は旅をしていたと思うと……ちょっと羨ましく思います」
「俺も、羨ましいと思う。もっと色んな世界を見て見たいよ」
 アイオンは瞳を輝かせる。その笑顔は霞む事無く、美しい。マナセはと言えば「シフォリィの世界も綺麗なのでしょう?」と問うた。
「ええ。今の私達の世界もいいところですよ、きっと来たらすごく驚くと思いますから。
 ……そうでした、折角なので今回の戦いで協力してくれたちょっと紹介したい方がいるんですけど……」
 ゆっくりと、近付いて来たのはシフォリィにも良く似た銀髪の娘であった。
 どこかおっかなびっくりとした歩みと、躊躇いは『賢者』と呼ばれた彼女らしからぬ雰囲気だ。
「その……」
「君は『フィナリィ』? 俺はアイオンだ。話には聞いている」
「わたしはマナセよ。ね、ね、シフォリィの世界だとわたしたちの仲間だったんでしょう?」
 人懐っこいマナセにフィナリィは途惑いながらも頷いた。
「初めまして、混沌の方ではこのシフォリィさんの前世らしいフィナリィ・ロンドベルです。
 ……あれ、なんでシフォリィさんは渋い顔をしているのでしょうか? ……信じてもらうには無理があるからわざわざ隠してたのに?」
「普通、信じられませんよ」
 拗ねた様子のシフォリィにアイオンは「いいや信じるよ」と首を振った。
「でも、二人は別々の存在だと認識してる」
「それが宜しいかと」
 嘆息したシフォリィは「余計な情報ですよ」とフィナリィを肘で小突いた。マナセは「ね、フィナリィの話をも聞かせて」と楽しげに飛び付くのだった。

 アルティオ・エルムの近くへとやってきたチェレンチィは「疲れましたか?」とマナセに問うた。
「ううん、一緒だったから大丈夫よ」
「そうですか。それならよかった」
 にこにこと笑う彼女にチェレンチィは視線を合わせる。小さな魔法使いは相変わらずの様子だ。
「改めて。イルドゼキアとの戦い、お疲れ様でした。皆さんで力を合わせて『物語』を封印出来て、本当に良かった。
 やはり、流石ファルカウさんが認めた実力です。マナセさん。
 あの時はいきなり抱っこしてしまってすみません、その方が速いかなと……
 お守りも持ってて下さってありがとうございます。力になれたのなら幸いです」
「チェレンチィが抱っこしてくれなかったら絶対ダメだったわ。何時でも良いわ、はい、抱っこ」
 チェレンチィは両腕を伸ばすマナセに小さく笑った。まるで妹のように振る舞う彼女は自由気ままだ。
「マナセさん。混沌を救ったら、ファルカウさんを起こして。
 滅びを消し去って安全になったら、また皆さんと冒険してみたいな、なんて、ね」
「滅びを消すのもわたしが手伝うのっていいんじゃない?」
 マナセはきらきらと瞳を輝かせる。こんな彼女だからこそ、良く分かるのだ。
「……マナセさんと一緒にいて、分かったんです。やりたい事、やるべき事を、全力でやればいいんだと。
 自信が無いって言うマナセさんを元気づけたいと思っていたのに、気付いたら逆にボクの方が力をたくさん貰っていたんです。
 ……自分に自信が持てなかった。でも今は、大丈夫。貴女のお陰で気付けたから。
 ありがとうございます、マナセさん。勇者王アイオンの伝説の登場人物ではなく、目の前の『貴女』に会えて、本当に、良かった」
「チェレンチィ。私にとってもあなたは奇跡よ。いっぱい力をくれたのだもの。大丈夫、恐くなったらわたしの魔法がなんとかしてあげる。
 だから、手を繋いで居てね。わたしも恐いときチェレンチィと一緒って思うようにするから」
 にっこりと笑ったマナセはその手を握り締めてから「約束よ」と囁いた。

(――ああ、生き残ったのだ)
 グリーフは一人、その場に立っていた。産み出され自我に至れなかった姉妹達が居る。彼女達はロックに頼めば改良してくれるだろう。
 新たな生を受けるに至れる者も居れば、破損し、此の儘眠りに九十九のも居るのだろう。
(この世界にきてからの私は、悲観的で、諦めながら、最悪を回避するために動いていて。
 けれど、諦めなかった人がたくさんいて、結果、未来を、最善を勝ち取った。……なにが守護者だろう。
 天之空・ミーナさん。彼女を、私は深くは知りません。けれど、彼女は諦めずに、未来のために生きた、もうひとりの、紅矢の守護者。
 ……一人になってしまいました。また、自分は生き残ってしまった。
 最初から分かっていたこと。先に逝く方たちを見送ると。生きて忘れないことが、私にできることだから)
 グリーフ・ロスは『秘宝種』だ。混沌では人であり、この世界では物である。だからこそ、己の在り方が定まった気がした。
(……生きます。……でも、寂しいです)
 クレカは屹度グリーフの手を離さないだろう。呼べば側に居てくれる。穏やかに過ごす家族だと認識してくれる。
 それは確かなもので。己は一人ではないと分かりながらも、皆が希望を捨てない中で自身だけはこの世界を切り捨てようとしていたのだ。
(故郷も、クレカさんのお父様も、私は救おうとはしていなかった――ごめんなさい。
 そして再会したドクターの中に、私は無くて。私の中に、彼の『ニア』はもはや無くて。
 けれど、刻まれた記憶は消えなくて。私は、どうあるべきだったのか……私は、何なんだろう)
 足元に何かが落ちていた。ゆっくりと拾い上げればそれはドクター・ロスの残した記憶媒体のようである。
 男の苦悩が綴られた最後には『ニアはもう居ないというならば産声を上げた彼女達を祝福出来ない己は何だろう』と綴られていた。
 人は、悩みながら進んでいく。グリーフはその苦悩を背負い歩くことになるのだろうか。
 ああ、けれど。
「グリーフ」
 呼ばれてから振り返る。クレカが手を振っている。
「迷うなら、私を連れて行って。貴女の、答えを探したい」
 ――今度は、そうするのは自分だと彼女は手を差し伸べるのだ。

 ――ミーナ。
 それが、『夢野幸潮』が魅せられ恋をした嘘吐きの、悪い死神の名前だった。
「戻ってくると約束したろうに。行ってきてねという言葉は帰ってきてという願いの裏返しであるのに。
 本当に、本当に………どこまでも自分勝手な、ヒト」
 幸潮は俯いた。読み返すだけで世界の嗚咽が聞こえる。その身は雨にでも打たれたらしい。水滴が滴り落ちる。だって、それを知らないからだ。
 知らない。知らなかった。未だにこの恋心はなんたるか、を。それを学ぶ契りを交したというのに。
「我の恋の物語には汝が必要だ」
 呟く幸潮は唇を引き結んだ。
(――ああ。笑うとも。盛大に笑ってやるとも。ただ今生一時の別れ、世に蔓延る千の物語に於いて珍しい事でもない。
 それに我が恋の翼が"来世“で会おうと言ったのだ。何の後悔が残されていようか。何の不足が生まれていようか。
 千年もの旅路、大義であった天之空・ミーナ。汝が心、『敗れた幻想の担い手』たる『夢野幸潮』が受け継ぎ語り続けよう。生命を賭けし『奇跡』は為ったと)
 一瞥してレイリーは酒を手に「ねえ、実際さ、死神が死んだらどうなるかって聞いてなかったわよね」と何処か砕けた笑みを浮かべた。
「幸潮、一緒に飲む? 笑って楽しく見送ろうよ」
「……ああ」
 微笑むレイリーは涙で送り出したら、また死者に怯える自分になる気がするのだと溌剌とした頬笑みを浮かべていた。
「ま、ミーナもその方が喜ぶ……ってのは自己満足に過ぎるかしら」
 本当に跡形も無く消えて無くなってしまって。残されたのが剣や衣服の破片だというのが彼女らしい。
「ミーナ、私は絶対に幸せになってやるからな。草葉の陰や天上から嫉妬して見ていなさいよ!」
 レイリーは立ち上がってから赤と紫のチューリップを束ねたブーケを投げた。

 ――愛しています。ミーナ。だから、私が死んだときは貴女が迎えに来てよね。

「……ここ」
 Lilyは目を伏せた。涙がほろりと零れながらも祈りを捧げ続ける。
「私、ミーナさんのこと何も知らない……たった1年、一緒に人生を走り抜けた……。
 いつか別れが来ると、分かっていたのに……なんでもっと、ミーナさんと話そうとしなかったんだろう……」
 恋なんて、知らない。本の中で擬えられただけだった。
 だから、この感情が分からない。けれど――
 ファルマコンを前に苛烈に戦うその人は美しかった。
 お茶目なあの人は楽しげに笑う、それが愉快で心地良かった。
 夏は海に行った。次は何処に行くと声を掛けてくれて、微笑みながら好きだと口にしてくれた。
 その人の事が――「私、ミーナさんの事が大好き……だったんだ……」
 さようなら、初恋。
 あなたの事が、好きでした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした!
 ロック、マナセ、アイオンは暫くの後、安定した『ゲート』を越えて混沌に至ることでしょう。
 (流石に故郷を捨てられませんので彼等は安定してから皆さんの手助けに参ります)

 プーレルジールを救って下さり、ありがとうございました!

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