シナリオ詳細
<祓い屋>正しき道
オープニング
●
濃い灰色の空間に鉄格子が嵌められている。
上部から垂れてくる光のお陰で、辛うじてその存在を認識できた。
嗄れた巨大な蝶のような夜妖を見上げ、明煌は鉄格子に手を付く。
「久しぶりですね、明煌」
広い空間に響く音は、人の言語とは異なるものであるが、不思議と何を喋っているのかが分かった。
「うん、二十年以上会ってなかったから。久し振り、藤宮」
巨大な嗄れた蝶を『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)は藤宮(とうぐう)と呼んだ。
「前に会った時はこんなに小さかったのに。人間はすぐに大きくなりますね」
僅かに身を捩り、長細い手を明煌の前に差し出す藤宮。
小さな動きだというのに、藤宮を繋ぐ鎖がギシギシと唸った。
「元気でしたか?」
「うん、元気だよ」
それは良かったと優しく笑う声が聞こえる。力を持たない普通の人には、彼女の笑い声は逃げ出したくなる程の不気味さがあるだろう。けれど、明煌はそんな藤宮の優しさが好きだった。
巨大な嗄れた蝶は明煌の頭に乗る『真珠』を指差した。
「この子縮れてますね。何か苦しいことがあったのですね。それにその右眼……以前は両方ともあったでしょう? どうしました?」
鉄格子の向こうから明煌の頬を撫でる藤宮。ふさふさとした産毛が猫の毛みたいだと明煌は思う。
「右眼は暁月にあげた」
「あの一緒に来てた子ですね。彼も元気にしていますか?」
「うん、元気だけど。燈堂の当主になったから……」
「ああ、では近いうちに死んでしまうのですね」
「……」
藤宮の端的な物言いは、彼女が夜妖であることを物語る。そこに悪気などはなく、ただ事実を述べただけなのだ。だから余計に暁月が置かれた状況に打ちのめされる。明煌は僅かに眉を寄せた。
「明煌は悲しいのですか? とても悲しい色が見えます」
「……そうだね。悲しい。だから、絶対救いたいと思ってる」
ぎゅっと鉄格子を握った明煌は一度視線を落したあと、再び顔を上げた。
「なるほど、だから此処へ来たのですね」
「ああ……」
明煌が此処へきた目的は、深道、燈堂、周藤を廻るレイラインの澱みを正すこと。
それは、『封呪』無限廻廊を循環する力の解放に繋がる。
「――俺はもう先生には従わない。自分で考えることにした」
春泥の助言のまま、廻を危険な状態にしてしまった後悔を明煌は抱えていた。
当時は誰も明煌の迷いに手を差し伸べてくれる人は居なかった。
けれど、今は違う。親友や仲間が声をかけてくれる、時には叱咤して、間違いを正してくれる。
明煌の言葉に耳を傾けてくれる。だから、春泥の手を取らなくてもいいのだと思えた。
「暁月を救うにはどうしたらいいか考えた。そうしたら、まず澱んだ流れを綺麗にする方がいいって思ったから。藤宮、もう辛くなってるよな?」
明煌は伸ばされた藤宮の手を握った。
「そうですね、そろそろ限界かもしれません。でも、貴方の中にある後悔と呪いみたいな感情を喰らってあげることぐらいはできますよ? もうずっと昔から、そうしてきましたから」
藤宮は古くから周藤を守護する夜妖として此処に封じられている。
深道の子らの怨嗟や辛い感情を喰らうことで健やかであれと願う心優しき夜妖だ。
一つ一つの呪いは小さいものだが、長い年月と共に蓄積されたものは計り知れず、雁字搦めになっているのだろう。
「いや、この後悔も呪いみたいな感情も。俺のものだから。誰にも渡さない」
暁月への愛情も、廻への後悔も、全部自分が抱えなければならないものだから。
きっと独りでは、此処へ来る事もなかった。
親友や仲間が居てくれるから、明煌は前に進める。
「――藤宮、いまその澱みから解放してやるからな」
「ええ。ありがとうございます明煌」
●
生前、夫と約束をした。
厄介なものを押しつけてくれたなと、今でも思っている。
何度も投げ出してしまおうかと思ったけれど、何だかんだで続いているのは、性分なのだろう。
「もうすぐだよ、輝一朗」
約束が果たされる日は近いと葛城春泥は夫の顔を思い浮かべながら呟いた。
薄暗い燈堂家の地下、無限廻廊の座へと足を踏み入れた春泥は辺りをじっくりと見渡す。
広い部屋には呪符が張り巡らされ、最奥には封印の扉があった。
真ん中には仄かに光を帯びる魔術陣がある。これが『封呪』無限廻廊であった。
「此処まで来られたということは、『拒絶』はされてないわけだ?」
大きな手で顎を撫でた春泥は口の端を上げる。
封印の扉の奥に居る繰切が侵入を許さないと判断すれば、此処に至る階段も消え失せる。
「ふうん? 優しいんだね繰切は」
「先生、勝手に入っちゃだめなんじゃないの? ここ……暁月さんも今日居ないっていうし」
何だか近寄りがたい空気だと周藤日向は春泥の袖を引いた。
「夜妖憑きだと、逃げ出したくなるらしいね。怖い感じ?」
振り返った春泥は日向に顔を向ける。日向には管狐が憑いているのだ。
「うん、怖いよ。早く戻りたい」
尻尾を内側に巻いて日向は泣きそうな顔をした。
「まあ、色々やらないといけないからもう少し付き合いなよ。明煌も呼んだんだけど来ないし、暁月も不在で面白くないからさ」
「明煌さんにまた悪い事させようとしてる?」
日向の問いに春泥は「はて?」と首を傾げる。
「僕は何も悪い事なんてしてないじゃないか。それより、日向は明煌がどこに居るか知ってる?」
「……今、忙しいみたい。昨日周藤に来てたから」
日向の言葉に片目を瞑る春泥は「なるほど」と頷いた。
「レイラインの浄化か。成程、明煌も自分で考えられるようになったんだ。偉いなぁ。昔は誰も友達が居なくて僕に泣きついてきてたのに……成長したんだね」
くすくすと笑う春泥の声が空間に響く。
「ねえ、日向。澱んで停滞していたレイラインを解放したらどうなると思う?」
「え? 綺麗になるんじゃないの?」
純粋な日向の視線に春泥はにんまりと笑みを浮かべた。
「堰き止められていたダムを壊したら、水が一気に流れ込んで大変な事になるだろう? それと一緒さ。僕としては願ったり叶ったり。いやぁ、手間が省けたね!」
大きな手で春泥は大袈裟な拍手をする。日向は眉を寄せて頬を膨らませた。
「先生はホントのことでも、回りくどい言い方するよね」
「……でも、本当のことだろう?」
『封呪』無限廻廊の前に歩んだ春泥は恨みを孕んだ笑みで「こんな場所潰れてしまえばいい」と呟く。
「さてと、お客様が来る前に色々終わらせてしまうかな」
「何をするの?」
日向の問いかけに春泥は「内緒」と笑った。
●
少しだけ窮屈な装置の中に入り込んで、ヘッドギアをつける。
ゆっくりと寝転がれば、寂しくないようにとぬいぐるみを添えられた。
「小さい子みたいじゃないですか?」
「だって廻は私にとって子供みたいなものだし」
『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)にそっと頭を撫でられて、『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は目を瞑る。
此処はVRMMO『Rapid Origin Online』通称『R.O.O』のログインルームだ。
「先生に招待されたときは、どうなるかと思ったけど……」
「はい、用事があるとかですぐどっか行っちゃいましたね」
数時間前、暁月と廻をこのログインルームに迎えた春泥は、早々に何処かへ行ってしまった。
廻の体調を考え、入念なメディカルチェックを行ったあとようやくダイブ出来る段となったのだ。
「じゃあ、すぐに迎えに行くから。大人しく待ってるんだよ」
「はい」
廻は胸躍らせながら、R.O.Oへとダイブする。
目の前に広がる鮮烈な色彩に廻は笑みを零した。
久し振りのR.O.O(ネクスト)へのダイブは新鮮さで溢れている。
猫耳尻尾のアバターは背も低く、現実との差異はあるが何より身体を思う存分動かせるのが嬉しかった。
「ふあああ! 足、うごく! 手もぶんぶんしても大丈夫!」
目を輝かせ頬を染めた廻はその場で跳ね回る。
現実世界の身体は浄化の影響で四肢が動かない状態になっているが、ここネクストでは何の制約もない。
「おっと、居たいた。廻!」
「暁月さん! 見てください! ジャンプできます! たのしいです!!」
小さな身体でぴょんぴょん跳んでいる廻を暁月は掴まえ、片腕で抱っこする。
「おお、良かったねえ」
余りのはしゃぎように暁月も幼子を相手するような感覚になった。
「明煌さんも早くくるといいですね。あ、お土産さきに買っちゃおうかな」
「ふふ、気が早いよ。まだ、たっぷり時間はあるからね。君の誕生日祝いなんだ。用事を済ませたら明煌さんもすぐ来るよ。そしたらいっぱい遊ぼう」
「はいっ!!」
嬉しそうな廻の頭を撫でた暁月は前から歩いて来る男に視線を上げる。
軍服を身に纏い、黒い眼帯をした鋭い目つきの『明煌』が居たのだ。
「あれ、明煌さん?」
思わず呟いた暁月はそれが『ネクストのNPC』だと気付く。
「……チッ」
舌打ちをしたあと無言で視線を逸らしたネクストの明煌は苛立ちを隠そうともせず、足早に人混みの中へ消えてしまった。呆然と立ち尽くす暁月は何だか胸がもやもやしていることに気付いた。現実と同じように友好的な会話が出来ると期待してしまったからなのだろう。
ヴェルグリーズ(p3p008566)も春泥の誘いに応じてR.O.Oにダイブしていた。
今回は少年のアバターではなく、現実世界の身体を投影したものを使っている。
「きっと、こうしたほうが俺達の目的も分かりやすいだろうからね」
彼が向かう先は、神咒曙光(ヒイズル)の帝都星読キネマ譚。大正ロマンを再現したフィールドだ。
「こんにちは、マイフレンド」
「君は……ああ、そうかこっちのテアドール殿か」
小さな妖精の姿でヴェルグリーズの周りを回ったテアドールは『ジェダイト』という個体だ。
以前、R.O.Oで冒険していた時に仲良くなったのだ。
「どこかへ行かれますか?」
「うん、ヒイズルにある燈堂家に行きたいんだけど、案内を頼めるかな?」
了解しましたと告げるジェダイトはヒラヒラと舞ながら先導する。
「それにしても燈堂家にどのような用事で行かれるのですか?」
「……うん、夢を見たんだ。大切な人たちを助けるための方法っていうのかな。だからそれが本当なのか確かめに来たんだよ」
誰かの願いが夢になって現れたのかもしれない。
けれど、その鮮明な天啓ともいえる記憶はヴェルグリーズの頭から離れなかった。
燈堂家の中庭に足を踏み入れたヴェルグリーズは、此処が現実世界と殆ど大差ない風景だと思った。
向日葵や立葵が咲いて、眩しい日差しが降り注いでいる。
ザリと足音がして振り返れば、そこには『妖刀廻姫』の姿があった。
今なら分かる。彼はヴェルグリーズとウィール・グレスの情報を読み取ったものなのだろう。
その数奇な運命を紐解けば合致する。
そして、これは夢でみた光景と同じだ。彼はきっとこう言うのだとヴェルグリーズは視線を上げる。
「……取りに来たんだね」
「ああ、君が持ってる力を譲り受けに来たよ」
ならばと、妖刀廻姫は手の中に剣を出現させる。
「――この『離却の秘術』を欲するならば、その力示してみせよ」
妖刀廻姫の冷たい声が中庭に響いた。ヴェルグリーズは眉を寄せて相手を見つめる。
「でも、君はもう戦えないじゃないか」
ヴェルグリーズの言葉に妖刀廻姫は首を左右に振った。
「それでも、己より弱い者に渡す事は出来ない」
ひりつく緊張がヴェルグリーズの首元を駆け抜けて行く。
妖刀廻姫の決意を邪魔する訳にはいかないと、封魔星穹鞘『無幻』は二人の様子を見守っていた。
されど、渦巻く不安はどうしようもなく膨らんでいくばかりだった。
- <祓い屋>正しき道完了
- GM名もみじ
- 種別長編EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年10月13日 22時05分
- 参加人数49/49人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 49 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(49人)
サポートNPC一覧(5人)
リプレイ
●
薄暗い地下の大空洞に澱むのは昏き穢れの檻。
僅かに零れ落ちる陽光が、時間を示す唯一のものだった。
藤宮と呼ばれた夜妖は、その静かな城で微睡む。
慈しむ心を持ち、深道三家の人々の穢れを食べて、見守ってきた存在。
心優しき声に縋ってしまうのも頷ける。
「藤宮は永くこの地で深道の人々を見守って来たのですね」
巨大な檻の中へと入った『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は藤宮を見上げた。
「もしや、葛城春泥という女性の事を何かご存じではありませんか?」
「知っていますよ。春泥のことも……外から見ると少し変わっていると思われるかもしれませんね」
藤宮や舞花へとふわふわの手を差し出す。親愛の意であろう。舞花は藤宮の手に触れた。それは柔らかく心が安らぐ感覚があった。
「彼女は燈堂当主の暁月さんを間接的に害しようとしました。長い時間をかけ何か良からぬ事を目論んでいるようなのですが……」
「良からぬことですか。そうですね、廻にとっては明確に害悪であるでしょう。あの子は手段を選ばないことがありますから。ただ、その目的を私の口から告げるのはあの子も願わないでしょう」
藤宮にとっては春泥も深道の子らの一人なのだ。
もしかしたら此処へやってきた事もあったのかもしれない。
「……気になっている事があります。此方の動きは、恐らく葛城春泥も察知している筈です。にも変わらず妨害の気配が一切無い。間に合わないと観念した……等と言う事は今更無いでしょう。つまり、彼女にとってこの動きは取るに足らないか都合が良いかの何れか、という事です」
舞花の言葉に『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)は考え込むように藤宮の手を握る。
「都合が良い……?」
自分で考え出した答えが、春泥の策略の一つとして利用されるのかと明煌は眉を寄せた。
「深道さんが考えた末のご決断なら、やはり力になりたいと思います。ですが……浄化した後の不測の事態も備えなければならないと思います」
『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は明煌の傍で藤宮を見上げる。
「明煌さん、周藤の浄化が完了した場合、何が起こると予測されますか?」
特に燈堂の――『封呪』無限廻廊へと及ぼす影響を懸念する舞花。
「俺は正常な流れになって、『封呪』が安定すると思ってた」
「その可能性もあります、ですが逆も然り。これまで詰まっていた霊脈の流れが通ると、当然ですが滞留していた霊力が一気に流れ込むのではないですか?」
舞花の問いに明煌は「確かに」と頷く。
「堰き止めていた物が無くなる事によって溢れて来るもの……などは本当に無いのでしょうか? その事をもっと良く考え調べなければなりません」
「今まで枯れていた周藤と結ぶ路から急に大量の霊力が流れ込んできた場合、今の無限廻廊には何が起きますか?」
ジュリエットの言葉に舞花が重ねれば、『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)が「はーん」と口角を上げる。
「穢れを祓うね。ま、汚れてるんなら掃除する。そいつが道理ってぇやつか。ただまぁ溜まりに溜まったもんを一気に綺麗にしちまったら弊害ってのも飛び出しちまうかもしれないわな」
イレギュラーズ達の疑問を受け、明煌は困ったように眉を寄せた。
自分の決断は間違っていただろうかと不安が明煌を襲う。
「んで、藤宮を倒しちまったらどうなるんだ? メリットはレイラインの正常化だろ? なら想定しうるデメリットはあるのか? さっき言ってた大量に霊力が流れ込むだけか?」
「これまでの事からすると、葛城春泥の焦点は恐らく燈堂でしょう。暁月さんを亡き者にしようとした事からして、狙いは……例えば、何等かの干渉をする事も合わせて即座に無限回廊を破壊する。可能ですか?」
ニコラスの声に舞花が重ねる。対策や準備を成せば解決出来るかも知れないからだ。
「穢れを祓えば、藤宮も楽になる。彼女を殺せば周藤が困るから。デメリットは……」
明煌は藤宮を見上げその赤い瞳で問う。
「大量の霊力が流れ込めば、無限廻廊が壊れる可能性があります。特に、当主である暁月が弱っていれば尚のことその可能性は高くなる……少し前までは脆かったと記憶していますが」
藤宮の声に明煌は「でも!」と首を振った。
「浄化しないと藤宮が壊れるやろ? レイラインも正常化しないといけない。無限廻廊が壊れたら暁月は当主じゃなくなるかもしれないけど、多分危険だと思うし、繰切出てくるやろし……準備が必要らしいけど先生は詳しくは教えてくれんかったから」
明煌は暁月を救う為に廻を『神の杯』へと変える策略に乗った。
廻が暁月に拾われる前から――否、それよりもずっと前から、何十年にも渡って積み重ねたであろう計画を此処で破綻させるであろうかと舞花は考え込む。
「離却の秘術の件が間に合えば……繰切にも対処し得る?」
されど、それにはこのタイミングでの無限廻廊の破壊は悪手に思えた。
不安や懸念はあれどレイラインの正常化は必要不可欠なのだろうとニコラスは覚悟を決める。
溜息を吐きながらも、その瞳には「明煌達を助ける」という強い意思が込められていた。
「今ごろ廻はROOでいっぱい遊んでるのかにゃ?」
『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)は明煌の元へとやってくる。
「うん、暁月と先に行ってる。廻一人じゃ行かせられないしね」
「……久しぶりに廻と遊びたかったけど、明煌のお手伝いして浄化とか終わったら廻が元気になっていつでも遊べるに違いないのにゃ!」
ちぐさの声に明煌はこくりと頷いた。
「藤宮は深道の人たちの悪い気持ちとか呪いとか食べてくれるいい蝶々なのにゃ?」
二人の会話に顔を出すのは『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)だ。
「藤宮もやさしいカイイなんだね。ケガれをはらったら死んだり……しないよね?」
リュコスは優しい藤宮が死んでしまわないか。穢れを祓ったあと二度と起き上がれなくなったらと眉を下げた。誰かを犠牲にして誰かを幸せになんてしたくはないのだ。
藤宮が穢れの塊ならば祓わなければならないのだろう。けれど、彼女は深道の人々の為に頑張っていた。それを倒して「おしまい」だなんて悲しいとちぐさは涙を浮かべる。
「僕は藤宮を助けたいにゃ」
最終的に何をどうやっても倒すしかないのなら、その時はきちんと手を貸す。
けれど、助けたい気持ちは本物だとちぐさは明煌の手を握った。
「うん。穢れを祓ったら藤宮は少し楽になるはずなんだ」
明煌の応えにちぐさとリュコスは安心したように笑顔を零す。
「明煌おじさんはちかくにいる人、たいせつな人をみんな、たすけけたいと思っているんだよね。ぼくもおなじ。手のとどくかぎりたくさんの人をたすけたい」
だからとリュコスは明煌へ視線を上げた。
「おじさんのケイカクにきょうりょくするよ。
どんなものかおしえて、ぼくにできることなら何でもするから!」
「ありがとうリュコス、ちぐさ。まずは藤宮の周りの穢れを祓う」
「わかったにゃ!」
リュコスへ応える明煌を見つめジュリエットは微笑みを浮かべる。
素直に皆を頼る、今の明煌は好ましく思うのだ。以前の明煌であれば一人で抱え込んでいただろう。
だから、また彼の顔が辛く歪まぬようにしてあげたいとジュリエットは頷いた。
「姿は違えど、藤宮さんは真珠さんと同じ蝶なのですね。
やはり真珠さんもあの様な感じの夜妖になるのでしょうか?」
ふわりとジュリエットの元へ飛んで来た白灯の蝶が肩に止まる。
「藤宮さんがいなくなったら、これからの穢れはどうするのでしょう?」
浄化する要石のこと、藤宮のことが分かる文献は無いかとジュリエットは尋ねた。
もし、他に方法があるのならその方法を模索することは間違っていないはずだから。
鎖に繋がれている藤宮はきっと辛いに違いない。それでも此処へ留まっているのは、深道三家の子らを慈しんでいるからなのだろう。
「心優しい貴女、大丈夫ですよ。私はまだまだ死ぬ気はありませんから」
「このままじゃもっと澱んでしまう、取り返しがつかなくなる……だから、穢れを祓う」
藤宮と明煌の答えにジュリエットは目を輝かせる。この戦いはきっと『生かす』ためのものなのだ。
それが叶うかは此処からの自分達次第だが、明煌は藤宮を生かしたいと思っている。
「でしたら、全力でお手伝いさせて頂きますね!」
そっと佇む『覚悟の行方』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)へ明煌は視線を上げた。
「明煌さん、だよね。こうして話すのは初めてだけど、貴方の話は聞いてるよ」
イーハトーヴの纏う空気と鋭い視線に明煌は警戒をしてしまう。
「俺さ、暁月先生のことが嫌いなんだ」
「……」
イーハトーヴから視線を逸らし、胸の痛みに耐えるように拳を握る明煌。
昔であれば『暁月の事が嫌い』なんて言う相手には殴りかかっていたかもしれない。
「彼を慕う廻を利用したことを忘れられないから。
廻は暁月先生のことが好きだから、これは秘密だけどね。
同じように廻を利用しようとした貴方のことも嫌いだよ」
廻を想い、自分達を嫌いだというイーハトーヴの言葉に、明煌はほっと『安心』した。
理由も無く暁月や自分を嫌い、罵声や中傷を浴びせる『親族ども』とは違うのだ。
イーハトーヴは廻を大切にしている。だから廻に酷い事をした自分達を責める。それは当然の事に思えたし嫌われているのも道理だった。ならばと明煌はイーハトーヴを真っ直ぐに見つめ直す。
元来、イーハトーヴという男は他人を傷つけることを厭う、心優しいぬいぐるみ職人だ。
それ故に、心をすり減らしやすい。自分が傷つけられた記憶を持っているからこそ、他人に優しくあろうと努力している。そんな彼が『明煌を傷つけること』を選んでまで発した言葉は重みがあった。
明煌を傷付けることで自分も傷付く。それでも伝えなければならないから。
お互いの生い立ちを知らない二人ではあるけれど、簡単に流して良い会話ではない。
イーハトーヴと明煌は真剣に向き合っていた。
「……だけど。
貴方や暁月先生がいなくなったら廻が悲しむ。だから俺はここに来た。
廻の笑顔を守るために来た」
「うん。ありがとう」
「そういうわけだから、仕事はちゃんとするよ。安心してね。それに、藤宮のこと放っておけないもの」
『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)は手の中の綺麗な石をそっと握る。
「わたしと明煌さんが持っていた夢石。記憶を戻すためには、そのふたつが必要……その事を明煌さんが教えてくれた」
この記憶はきっと力になってくれるとシルキィは息を吐いた。
前世の記憶と、燈堂での記憶は持っている。
ならば煌浄殿での記憶はどうなるのだろうとシルキィはふと疑問に思った。
もし、それが永久に喪われてしまうとしたら……浮かんだ懸念に息を飲むシルキィ。
「廻君も、他の誰も、犠牲にしないために……」
前に進むためには『離却の秘術』が必要となるだろう。けれど、それはヴェルグリーズたちに任せる。信じているからこそシルキィは此処へきたのだ。
「だから、わたしはわたしにできることを……」
先程浮かんだ疑問を拭うように、シルキィは一歩踏み出す。
「深道三家の最後の一つ、周藤……この家も地脈が淀んでるんだ」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は薄暗い地下洞に足を踏み入れた。
何れだけ元が澄んだ願いであろうとも、長く滞留すれば澱んでしまう。
「水もそうであるように、人の願いも循環させなきゃいけない」
狭い場所に押し込めるのではなく、沢山の人と共有して協力しなければならないのだと、サクラは傍らの小さな幼子の手をぎゅっと握る。それが自分達の役目だから。
「詩乃、やれるね? 私も明煌さんも力になるから頑張ろうね!」
「うん……!」
詩乃は巨大な檻の前に立ち手を広げる。
「藤宮、来たよ」
「貴女は……銀詩石影ですか? あの時、貴女の気配が消え、既にこの世には居ないのだとばかり思っていました。そうですか、その者と歩むことを選んだのですね」
「ん、もう深道の子たち大丈夫。私にすがままなくていい。だから、藤宮もたすける」
巳道(銀詩石影)だった頃とは違い、吹けば飛ぶような幼子になってしまった詩乃でさえ、自分を助けるために此処へ来てくれたのだ。藤宮は慈愛に満ちた声色で「ありがとうございます」と告げる。
「藤宮? 苦しそうなのにゃ……」
大きな藤宮を見上げ、溢れ出た穢れに眉を寄せるのはちぐさだ。
「藤宮、はじめましてにゃ。僕は杜里ちぐさ、猫又のイレギュラーズにゃ」
「はじめまして、ちぐさ」
ちぐさの耳に藤宮の声が届く。それは『人の言葉』ではないが何を言っているかは聞き取れた。
「明煌達から話を聞いたにゃ。僕はきみを助けたいって思うのにゃ。藤宮は助かりたいって思うにゃ?」
祓われて死んで楽になるのではない、穢れが消えて昔の様に元気になりたいと思っているのかとちぐさは問いかける。いくら自分達がそう願ったとしても、もし藤宮が消える事を望んでいれば意味が無い。
「藤宮のしてきたことは役目や仕事でも簡単に出来ることじゃないにゃ。僕は報われて、幸せになっていいって思うにゃ」
だから、藤宮に問うのだ。
――生きたいのか、と。
「ええ、それが叶うのなら……深道の子らの行く末を見守ることができたなら嬉しいです。それに、心優しいあなたたちとも、いっぱいお話したいです」
「分かったにゃ! 僕は、藤宮の穢れを祓うにゃ! それで、いっぱいお話するにゃ!!」
生きたいと願う。
それが、叶わなくとも……藤宮はちぐさ達を信じたいと思うのだ。
――深道の子らが愛しくて此処に居るのか?
そんな風に『闇之雲』武器商人(p3p001107)は藤宮に問いかける。
「勿論です。深道の子らが健やかであるように願っています。けれど、やはりどうしても辛い苦しみは出てくるでしょう。それを私が食べて子らが元気になるのなら、幸せなのです」
藤宮の答えに武器商人は微笑んだ。彼女の気持ちは武器商人にとって深い共感を得るものだ。
自分も愛しき子らが苦しんでいる時、自らがその苦悩を引き受ける事ができるのなら、喜んで全てのものを喰らうだろう。
だから、武器商人は藤宮に親近感を覚えた。
もし、藤宮の穢れを自身が引き受けることになろうとも、できる限りの力で祓いたい。
そんな風に思うほど武器商人は藤宮の想いに自分を重ねていた。
きっと藤宮の羽は最初から朽ちていたわけでは無い。
長い年月を掛けて穢れを喰らい、捩れてしまったのだろう。
それを元に戻してやりたいのだと武器商人は藤宮を見上げた。
「……随分と、酷い旋律ね」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は聞こえてくる音に眉を寄せる。
穢れを喰らい大切な人を守る。何度そんな風に自分を犠牲にする者達を見てきただろう。
「自己犠牲なんて、もうこりごりなのよ」
リアは藤宮を見上げる。大きくて慈悲深い夜妖は、深道三家を見守る『母』なのだろう。
「今すぐ、この忌まわしき因縁を断ち切って全てを元通りにしてあげるわ。
大切なモノは、自分の手で救う。そうでしょう? 深道朝比奈?」
振り返ったリアに『深道当主』深道朝比奈は「ええ」と答える。
「これでも、深道の当主なのよ。皆を守るのが私の役目……勿論、藤宮貴女もよ。
今、穢れを祓ってあげるから! 待ってなさい!」
明煌、と『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)は彼の傍に歩み寄った。
「もう分かっていると思うけど……アタシ達もいるからね。絶対、一人で背負わせたりしないから」
「うん。ありがとう。……頼りに、してる」
明煌にとって頼れるのは自分自身の力だけだった。呪物を従わせるだけの強さ。
けれど、その頑なな石柱のごとき心は、実のところ脆く簡単に欠けてしまうものだった。
その中にある弱い自分でも構わないと言ってくれたのは、親友のジェックやイレギュラーズだった。
だから、明煌は春泥の誘導ではなく、自分の意思で此処へ来ることが出来た。
未来へ向かう為の一歩を踏みしめるために。
「いくよ、明煌!」
「ああ!」
駆け出した明煌の影から赤い縄が飛び出す。
それは黒泥の形をした穢れに巻き付きギリギリと締め上げた。
其処へ重ねるように弾丸の雨が黒泥に降り注ぐ。
ジェックの広範囲に渡る弾丸の嵐は穢れの動きを鈍らせた。
「ミアン、眞哉行け!」
巨大な剣を振り上げた眞哉の傍をミアンの金糸がすり抜ける。
「どれだけ多くたって、どれだけ根深い呪いだって、ひとつひとつ紐解ける。
焦って絡まって千切れたりしないよう、そのための時間を作れるように、アタシ達がいるんだから」
ジェックの言葉に明煌は胸の奥に確かな勇気が湧いてくるのを感じた。
一人じゃないというのは、こんなにも心強いのかと改めて思ったのだ。
『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)は緊張した面持ちで深呼吸をする。
胸は何時になく鼓動を打っているような気がした。
自分にこの役目が務まるのか。落ちこぼれであった自分が他人の家のいざこざに介入していいものか。
ぐるぐると思考が嫌な方向へ向かってしまう。
「……でも、今なら出来る。そう信じてる。待っててくれる人がいる」
ぎゅっと拳を握った彩陽は赤茶の瞳を上げて前を向く。
「だから頑張れる……祓いきる! やってやんよ!!」
彩陽の声は戦場に響き渡った。助けたいと願う気持ちは、自分や誰かの勇気に繋がるはずだから。
祈りを込めて弓を引き絞る彩陽。彼が手にする剔地夕星は破邪の弓だ。
その矢が放たれる時に紡がれる弦音は、それそのものに穢れを祓うという願いが込められている。
彩陽が引いた弓から離たれた矢が僅かな弧を描き、穢れの黒泥に中たった。
蠢く黒泥はその矢の周辺から浄化され薄暗い地下洞に差す陽光へと消える。
「よし……!」
自分の力は役に立つ。
それが分かっただけでも彩陽は嬉しかった。
自己肯定感の低い自分が、それでも立ち向かった先にある一歩。
成功の積み重ねが増える度に、彩陽の瞳に輝きが増す。
「早速明煌くんの肉盾になる時が……!!!!!!!!!!」
嬉々として黒泥の攻撃を受け止めるのは『名誉の負傷』キコ・ウシュ(p3p010780)だ。
「ウシュ、あんま攻撃受け過ぎんな。回復するにも手が足りんくなる」
「なるほど! そういう考え方もあるよね! えっと、じゃあ穢れを切っていけばいいんだっけ?
俺に出来る範囲で頑張るよ! だからね、明煌くん、俺の事頼っていいからね!!」
「分かった。分かったから目の前の敵に集中しろ、危ないやろ」
ウシュは「はーい」と返事をしながら不可視の糸で穢れの黒泥を絡め取り切り裂いた。
「俺の事いっぱい頼っていっぱい意識してね! 君の今世紀最大? の大仕事が終わるまで俺倒れないようにするから! 穢れくん、憑りつくなら俺にしなよ! 俺の方がいい男だよ!」
黒泥を切り裂きながらウシュは戦場を舞う。
「あっ、別に明煌くんがいい男じゃないって言ってる訳じゃないよ!? 明煌くんは良い男だけど、それを誰かが知ってライバルが増えるのが困るって言うか、いや推しが認知されるのはいいんだけど、俺だけの宝物にしておきたいって言うか! 複雑な乙女心とヲタク心!」
嬉々としたウシュの声が戦場に響き渡った。
「ふーむ。僕にはちょっと難しい話ですが、とにかくこの穢れを何とかすればいいのですね」
『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は拳を構え黒泥を睨み付けた。
「このドロドロ、殴っても何とかなりそうですか?」
駆け出した迅は蠢く穢れへ拳を叩きつける。その瞬間弾け飛んだ黒泥の感触を迅は手を開いて確かめた。
「大丈夫そうですね。よし、では参ります!」
悲しい運命に囚われている友のため。その運命を覆そうと抗う友の為。
人々を守るために苦しみを引き受けて来た優しい夜妖(ひと)に報いるために!
「どろりとした邪魔なものはこの拳で全て打ち砕いてみせましょう!」
「長い年月の間に、澱んでしまった願いの残滓や呪いを深道の子らに影響がでないようにと食べ続けていた……優しい夜妖さん、なんでありますね」
藤宮を見上げた『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)はその瞳に強い輝きを宿す。
「なら……自分達が力にならねば。積み重なった呪いや穢れ……断ち切ってみせる!
で、ありますよね、明煌さん!」
振り返ったムサシへ「ああ」と明煌は答えた。
元気でうるさい少年だったムサシが、今はこんなにも頼りがいのある青年へと成長している。
それはムサシが逞しくなったことと、明煌が心を開いたことが重なり、そう感じるのだろう。
「明煌さんも迷いから吹っ切れて、前に進めている……ならその助けになるだけでありますよ!」
何故ならムサシと明煌は『ともだち』なのだから。困っていれば手を貸す。それが普通のことだ。
「……今回も自分達は喜んで手を貸すでありますよ!」
「頼りにしてる」
その言葉にムサシは満面の笑みを浮かべる。
穢れの数は無数。一体一体を相手していたら延々と長引き消耗するだけだ。
ならばとムサシは黒泥の中へ駆け出す。燃える焔はムサシの熱い心を表すように瞬く間に広がった。
「行けッ! ディフェンダー・ファンネルッ!」
小さな呪いがこれだけ重なっている。どれだけの長い年月、この呪いを背負い続けたのだろう。
計り知れない重みだとムサシは唇を噛む。
「――俺は」
『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は藤宮と其れに纏わり付く穢れを睨み付けた。
「俺はただ破壊するだけだ。それだけが俺にできることだ。さあ。俺が破壊するべき敵はどれだ」
ブランシュにとって穢れも藤宮も同じ『敵』だ。破壊すべき目標でしかない。
「俺が消し去ってやる。お前たちが望むもの全てを葬り去ってやる」
凄まじい速さで戦場を移動するブランシュに穢れは追いつけない。
「セイッ!! ハアアアアァァッ!!」
藤宮に巻き付いた穢れごとブランシュは攻撃を叩きつける。
「そんな雁字搦めで諦めるな。手を伸ばし続けろ。お前がその場所から出たいのなら!
俺は貴様の死だ。その穢れを――今、殺してやる!」
戦場に響き渡るブランシュの声が、反響し空気を震わせた。
ブランシュを遮るものはこの戦場に存在せず、死神は縦横無尽に駆け巡る。
「俺を、死神を止められると思うな!」
ブランシュの走りに圧倒され「すごい」と声を上げたのは『優しき笑顔』山本 雄斗(p3p009723)だ。
「僕はあんまり呪いとかに詳しくないけど……ここの穢れを祓えれば廻先輩を助ける一助になると思っていいんだよね明煌さん?」
「ああ、廻も暁月も藤宮も助けたいから、俺はここに来た。だから、手伝ってほしい」
明煌の言葉に「分かったよ」と雄斗は頷く。
「ま、失敗しても僕たちも命懸けでリカバリーするから。明煌さんもあんまり気負いすぎると途中で疲れちゃうよ? 大丈夫、任せてよ!」
走り出した雄斗の背を見つめ明煌は「ありがとう」と呟く。
「フォームチェンジ、烈風!」
眩い光に包まれた雄斗は次の瞬間ヒーロースーツへと変身する。
雄斗は二刀の剣を構え、穢れの黒泥を切り裂いた。
「うわ、切ってもドロッとして気持ち悪い」
手の残る感触は決して斬り心地の良いものではない。纏わり付く粘度の高い泥に怖気が走る。
サクラは詩乃と共に黒泥の中を往く。
「この穢れは、元は藤宮の優しい心から来てるんだよね」
澱んだとはいえ、善なる願いを斬り捨てたくはなかった。
あくまでも彼女が抱えた痛みを浄化したいから。
サクラは月の剣で穢れを祓う。さらりと解けた穢れは柔らかな光の粒となり陽光へと昇っていった。
「よかった……」
詩乃が呟いた言葉にサクラは目を細める。
「僕は皆に生きてて欲しい。その為に浄化が必要なら微力でも協力したい。それに……」
辛い感情を食らう夜妖に思う所があるのだと『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は顔を上げる。
昼顔の張った結界が戦場を覆い、仄かな光が煌めいた。
「呪いが、穢れがなんだ!」
全部燃やして仲間を癒すのだと昼顔は声を張り上げる。
人の負の感情を取り込み、己を傷つける夜妖。きっと藤宮は優しいのだろう。けれど。
「君は、その感情から生まれるモノをどう思っているの?」
己の生い立ちを思い返しながら昼顔は唇を噛む。
それでも昼顔はその名に応えようと必死だった。
「バグエネミーとして生まれた友達が居た。竜二氏は多分満足して逝ったけどさ……僕は彼の死からまだ前を向けずに居る。それでも……この痛みは『もう誰も死んで欲しくない』という思いに繋がっている」
昼顔の言葉にロレイン(p3p006293)は僅かに瞳を伏せる。
「正しい在り方って、何なのかしらね?」
ロレインが思い返すのは此までの旅路。
「最近、というよりも豊穣が見つかってからだと思うけど、災いの渦中のところどころで神の話を聞くわ。こんな段階になるまで手を出して来ない、一歩間違えば存在さえも忘れられる神が……そうまでして眠りについたのは何故かしら……?」
首を傾げるロレインは懸念を口に出す。それは、一歩身を引いて全体を見渡していたロレインだから行き着いた疑問なのかもしれない。もっと大きな何かがあるのではないか。
「救うための大義名分に取り憑かれて、目覚める存在への対抗策を忘れてないかしら……?
私はそこが心配だわ」
何れにせよ、この穢れを放置するわけにもいかないだろう。
この周藤が穢れに飲み込まれれば、レイラインで繋がっている燈堂や深道とて腐敗する。
「古蝶……呪われて朽ちた姿はある種の蛾とも。
その在り方からすると蜘蛛の巣に捕われた蝶が正しいかしら……」
槍を構えたロレインは藤宮の元へと跳躍する。
『薔薇の舞踏』津久見・弥恵(p3p005208)は辺りをぐるりと見渡し慎重に歩みを進める。
何せ深道三家の情報が足りないのだ。傭兵稼業をしていれば、ある程度は臨機応変に対処出来るものの。
どうやら、此処に至るまでの複雑な経緯があるらしい。
「ふむ……」
弥恵は自分なりに納得した上で話しかけやすそうな朝比奈の元へとやってくる。
「いくつか確認したいのですが、穢れを祓うというのは攻撃すれば良いのでしょうか?」
カフェ・ローレットからの要請を受けて此処へ赴いたはいいものの、『穢れを祓う』という意味が弥恵には分からなかったのだ。
「そうね。海外の人には難しい概念かもしれないわね。とりあえず、皆と一緒にあの黒い泥を攻撃すればいいわ。私達の攻撃に合わせてくれれば早く倒せると思うわ。どうかしら?」
朝比奈は戦場に澱む黒泥を指さし頷いた。弥恵が理解できたかと伺うように首を傾げる。
「なるほど、それなら分かりやすいです。ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、穢れを祓う間は朝比奈様を守る事もさせていただきますよ」
「ありがとう。助かるわ」
微笑んだ朝比奈が思ったよりも親切で、弥恵はほっと胸を撫で下ろす。
そんな弥恵と朝比奈のやりとりをリアは珍しいものを見たと目を瞠った。
「あたしにも優しくしてくれて良いのよ? 朝比奈」
「もう、そういうのは……いいから。さっさと行くわよ!」
照れくさそうに視線を逸らす朝比奈は白蛇を纏わせ黒泥へと向かう。
藤宮を倒す必要はあるのか。
ニコラスはそんな疑問を思い浮かべる。考えても答えは出ない類のものなのかもしれないとニコラスは直接藤宮へと問いを投げかけた。
「お前さんはここのレイラインの弁を担ってるって思ってるんだが合ってるかね?」
「そうですね。厳密には少し異なりますが、その捉え方で問題ありません」
「そうならば弁がなくなるのは困るわ。今まで堰き止めてたもんが全部吹き出すってことだ。だからおまえを祓う以外に浄化の方法がないのか、或いは俺たちが弁の代わりを担うことはできねぇのか? 例えばお前の怪異憑きになることで雁字搦めの穢れに干渉してお前と穢れで切り分けることができるか、だとかな」
ニコラスの問いに藤宮は「ありがとうございます」と返す。
「優しい貴方。その気持ちは嬉しく思います。けれど、この身は真性怪異に迫るもの。人の身で受け止め切れるものではありません」
人々が藤宮という存在を『神』として崇めるのならば、彼女は今すぐにでも真性怪異となりうるだろう。
けれど、それは藤宮が望む所ではないのだ。
「神として崇められるよりも、私は深道の子らの傍で話しを聞き寄り添いたい」
それが叶うなら――
「分かった。じゃあ夜妖憑きになる線は無しだ。でも、お前さんを殺したくはねえ」
穢れを祓う為に攻撃を仕掛けなければならなくとも、藤宮を殺すことは嫌だとニコラスは紡ぐ。
「……ええ、まだ深道の子らが気掛かりですから」
穢れに侵食され制御が効かなくなった部分は、勝手にイレギュラーズを襲うだろう。
されど、藤宮の精神はまだ心優しいままであるのだ。
「なら、頑張らねえとなあ!」
ニコラスは大剣を手に藤宮に纏わり付いた黒泥を叩き斬る。
これは藤宮を『生かす』ための戦いだ。それはきっと深道三家を救う足がかりにもなる。
●
成程、と『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は黒泥蠢く戦場を見渡した。
「あとはここさえ浄化できれば、ひとまずのお膳立てが整うという訳か」
燈堂の解れかけていた『封呪』無限廻廊の強化、深道のレイラインの正常化と信仰の移ろい。
穢れを引き受けていた藤宮の解放。それが齎すものは正しき霊脈の流れ。
されど、その為には――
「藤宮が抱える穢れの浄化は必須事項か。ああ、出来れば上手くやりたい所だな」
穢れを喰らい続けることで周藤家を――深道の子らを守ってきた存在なのだ。
「少しくらいは報われてもいいだろう?」
汰磨羈は明煌の傍へ立ち、横目で彼を見遣る。
「暁月も廻も、両方救う。そういう欲張りは大好きなのでね。手伝わせて貰うぞ」
おそらく明煌という男は、何も『捨てられない』のだろう。
大切なものを、それに抱いた感情も、救いたいという気持ちも。
きっと、此処へ来たのだって藤宮を何とかして穢れから解放してやりたいと思ったからだ。
――ああ、欲張りが過ぎるぞ。明煌よ。だが、その無茶無謀、悪く無いぞ!
汰磨羈は胸の中に迸る感情に口角を上げる。
空中へ妖刀を走らせれば、切り裂かれた空間から冷気を纏った氷神が現れた。
それは霊力を集約させ、眩い光を穢れへと放つ。
轟音とともに穢れを吹き飛ばした汰磨羈は明煌へ一瞥くれる。
「無駄に時間を掛けたくないのでね。効率的に行くぞ!」
「ああ!」
汰磨羈が開いた道を明煌は共に駆け抜けた。
澱んだ穢れを見遣り迅は拳を前に突き出す。
こんな時、範囲攻撃が使えればもっと力になる事が出来ただろうかと、僅かに心が曇った。
「ん、いけませんね!」
己の頬をパチリと叩いた迅は深呼吸をして瞳を上げる。
どうやら穢れを殴る内に、邪気を吸っていたらしい。そういう僅かな陰りが拳を鈍らせるのだ。
迅は拳に闘志を纏わせ穢れの黒泥へ叩き込んだ。
弾け飛ぶ黒泥はぶるぶると身を震わせたあと、霧状になって消え失せる。
それを追いかければ降り注ぐ陽光へと向かっているようだった。
「穢れも天へ昇って行くのでしょうか」
迅は再び拳を握り締め、背後から迫る黒泥の間合いへと踏み込む。
範囲攻撃が出来ないのなら、手数で補えば良い。
「張り切って参ります!」
この身体が折れるまで、拳を振るい続けるのみだと迅は戦場を駆け抜ける。
「明煌殿、やはり藤宮殿は殴るしかないのでしょうか」
「うん……殴って穢れを祓わないともっと苦しいから。それに、藤宮は強い」
迅は明煌の横顔を見つめた。其処には微塵も悲観していない瞳が見える。
信じているのだ。こんな所で藤宮は死にやしないと。
以前の明煌だったら藤宮の穢れを祓っても彼女が死んでしまうなら意味が無いと諦めていただろう。
けれど今は違う。迅や他のイレギュラーズたちとの繋がりが明煌の心を動かした。
だったら迅もそれを信じようと決意する。
「では、全力で挑ませてもらいますよ!」
倒す為ではなく、生かす為に――!
迅はより強く拳に覚悟を乗せて振るった。
ムサシと雄斗は肩で息をしながら黒泥へ対峙していた。
多少の痛みや傷ぐらいで立ち止まる訳にはいかない戦場。
胸の内に燃え上がる闘志が、熱く迸る。
「ここからが……本番でありますっ!」
「フルスロットルでまだまだ行けるよ!」
戦場に響き渡るムサシと雄斗の声は、戦っている仲間を勇気付けるもの。
雄斗は光を纏った二刀を藤宮に纏わり付く穢れへと走らせる。
「……」
痛みに震えるように藤宮が聞き取れない声を発した。
「少し痛むかもしれないでありますけど……我慢するであります!」
ムサシは焔を纏った刀で藤宮の穢れを灼く。
一瞬にしてゴウと燃え広がる炎で、戦場の地下洞が赤く照らされた。
その炎を割って明煌が血刀を振るう。ムサシは明煌の背を見つめ目を細めた。
多数のイレギュラーズが入り乱れる大変な戦場ではあるけれど、明煌が自分達を信じて助けとして呼んでくれたことが……とても嬉しいのだ。
「俺も、『ともだち』として……頑張らないと、だ!」
ムサシの言葉に明煌は一瞬だけ視線を合わせ優しい表情を向けた。
「俺、戦闘は全くの素人だからいくらでも俺に指示していいからね! 明煌くんの命令ならどんなことでも従いますワン! 俺犬じゃなくて、狐だけど(笑)」
ウシュは不可視の糸で黒泥を弾きながら、明煌へと声を掛ける。
「あ、でも命大事には聞けないかも。前に宣言したしね。どんどん命削って明煌くん助けてあげる♡」
「なんでやねん……命粗末にすなや」
不機嫌そうに明煌は眉を寄せる。ウシュの言葉は明煌にとって不可解なものが多い。
本当に不意に死んでしまいそうで怖いのだ。
「んふふ、明煌くん一緒に頑張ろうね♡ 俺と君と、君の事大切に想ってくれてる人たちと協力してくれる人たちの力があれば絶対大丈夫! なぜなら、俺よりもベテランで戦闘経験豊富な人たちが多そうだから!
だから、あんまり気負わないでね。普段通りよ普段通り。そして終わったら俺とデートしよ!!!!」
良い事を言ったと思えば、デートに誘うような、相変わらずマイペースなウシュに明煌はどう応えていいものか分からず、曖昧な表情を浮かべた。そんな明煌の表情さえ嬉しいとウシュはにこにこと笑みを零す。
ロレインの槍から桜の花弁が舞い散る。
藤宮の身体に巻き付いた穢れへと桜槍の閃光が走った。
「練達は外に出ない研究者と旅人の国と言われていたけど、中ではこんな呪いを抱えているのよね」
こんな島国の何重もの層に分かたれた塔の中。何れだけの魔力的なエネルギーが重なっているのだろう。
あるいは、そういった特異な場所だからこそ練達という国が作られたのだろうか。
推測の域を出ないが考える余地はあるのかもしれないとロレインは眉を寄せる。それに。
「数多の悲劇と贄を捧げて、それでも眠らせ続けなければいけない存在……そんなものいるのかしら?」
ロレインは疑問に思っていたことを藤宮へと投げかける。
「救う手段にはきっと別の代償を生じるはず……教えて。三家で維持しなければならない、眠っている者の業を」
「眠っている者の業ですか。それは繰切の背負ったものという意味ですか?」
深道の人々に『悪神』であると定義されたクロウ・クルァク。それを封ずる為に『善神』である白鋼斬影が燈堂の地に赴き、激しい戦いの末、クロウ・クルァクが白鋼斬影を喰らう形で収束した。
白鋼斬影の権能である『封呪』無限廻廊を置いて、繰切を燈堂の地から出てこないようにしている。
全ての悪は繰切のせい。そう信じていた深道の人々の信仰が変わったのは、白鋼斬影の妹である銀詩石影がイレギュラーズに打ち倒されたからである。銀詩石影を倒す程の力を持つイレギュラーズならば、諸悪の根源である繰切を打倒しうるのではないか。長年に渡る後ろ向きな信仰が、ようやく変わりつつある。
このレイラインの正常化もその一つの手段であるのだろう。誰しもが前に進もうとしている。
「なるほど……」
ロレインは藤宮の答えを噛みしめるように瞳を伏せた。
考えなければならないことは、多そうだとロレインは息を吐く。
その傍で藤宮の言葉を聞いていた武器商人は「ふうむ」と自分の顎に指を置いた。
「あの要石を壊したらどうなるのかな? 怪しいと思うのだけど」
武器商人の問いかけに、藤宮は一瞬考え込む。
「……そうですね。霊力が吹きだして周藤の家が壊れますね」
「あー、それはマズいねぇ? でも、深道にも燈堂にも要石はあるじゃないか。あっちも壊れると危険なのかな?」
武器商人の問いに藤宮は「同じく危険ですね」と答えた。
「じゃあ、君は要石も守ってるってことなのかい? 深道は銀詩石影(巳道)が倒されたじゃないか、あれは守り手がいなくて大丈夫なのかな?」
「深道の方は煌浄殿もありますし当主もいますからね。燈堂は強い結界を二重に張ってますから」
だからこそ、藤宮は死ぬ訳にはいかなかった。穢れを喰らう心優しき夜妖(はは)として、要石を守る守護者として此処に居る。
「何ともまあ……」
強い存在だと武器商人は笑みを零す。
「呪いも、怨嗟も、穢れも。我(アタシ)には親しい『隣人』の様なものさ」
なればこそ、黒泥がどんな風に消えるのかが手に取るように分かる。
武器商人は穢れを包み込むように抱きしめ、陽光の下へと送るのだ。
「朝比奈さん、そちらは大丈夫ですか?」
弥恵は黒泥の攻撃をひらりと躱し、しなやかな四肢で跳躍しながら朝比奈の傍へ着地する。
「ええ、何とかやってるわ。弥恵さんも無茶はしないでよ」
「ふふ……大丈夫ですよ」
初めて見た時の印象は人見知りなのかと思っていたが、案外強気な性格なのだと弥恵は笑みを零した。
それなりに場慣れしているのは、深道の当主として日々鍛錬をしているからなのだろう。
弥恵は朝比奈のその真っ直ぐな瞳に好感を覚える。
彼女の為に自分が出来ることをしてやりたい。そんな風に思ってしまうのだ。
朝比奈の背後に回り込んだ黒泥を見据えた弥恵は地面を蹴り上げる。
一瞬の間に黒泥へと蹴りを叩き込んだ弥恵は、くるりと振り返り朝比奈に微笑みを浮かべた。
「ケガはありませんよね?」
「びっくりした。後ろにも居たのね。ありがとう、助かったわ弥恵さん」
それにしても、と朝比奈は弥恵をじっと見つめる。
「あなた、そんなに細いのにどうやったらそんな脚力が出るのかしら?」
美しい流線を描く弥恵のしなやかな四肢は、朝比奈も感嘆するほどだ。
「日々の鍛錬ですよ。朝比奈さんも大人になれば……大丈夫です!」
「残念ね……こう見えて成人しているのよ」
胸元を押さえ朝比奈は肩を竦ませる。夜妖憑きの性質であるのか見た目が十代で止まっているらしい。
「いえ諦めてはいけません。牛乳を飲みましょう! 今からでもきっと遅くないです!」
「ありがとう、弥恵さん……」
素直に励ましてくれている弥恵に怒るにも怒れずに、朝比奈は何だか可笑しくなって破顔する。
イーハトーヴは細やかな糸を戦場に張り巡らせる。
糸に切り裂かれた黒泥は弾けて霧状になり陽光が注ぐ方へ昇っていった。
「長く溜め込まれた淀みを一度に祓うんだ、何が起こるかわからない……」
廻の為にも明煌が命を落すような事態は避けなければならなかった。
幸い、彼の周りには誰かしらが居る。ならばとイーハトーヴは藤宮へと意識を集中させた。
「藤宮、貴方は優しいね」
イーハトーヴは藤宮へと手を伸ばす。
「こんなに沢山の穢れを、人の子の為に食べ続けてきたんだ」
イーハトーヴの伸ばした手を侵食するように穢れが這い寄った。
「貴方の苦しみを取り除く手伝いを、俺にもさせてね!」
眩い光を解き放ったイーハトーヴの手から穢れが剥がれ落ちる。
「ありがとうございます。優しきひと」
藤宮の行いは誰かを救えるものなのだろう。
けれどその想いから生まれる可能性を否定すると昼顔は声を上げる。自分のエゴなのだと。
「僕は淀んでしまった願いの残滓から生まれた者として、その行為は否定して君を救う。
お願い、信じて。どんな苦しみでも、その先に可能性の光があって!
それで乗り越える強さも人にはあるって!」
穢れが浄化されたあと、藤宮はどうするのかと昼顔は問いかける。
死ぬつもりがないのなら、とびきりのハッピーエンドを望むなら。
「皆を救える結末を、一緒に見に行こうよ!」
「そうにゃ! 藤宮が助かりたいって思うなら、僕は全力で力になるにゃ!」
昼顔の声にちぐさも言葉を重ねる。その想いと共に穢れも少しずつ剥がれていた。
「何故、あなたたちはそうまでして、助けようとしてくれるのですか?」
深道三家の問題であるのに、ちぐさたちは命を賭けて穢れを祓おうとしてくれている。
「うーん……僕はこの世界の、じゃないけど妖の一種にゃ。だから仲間意識とかあるのかもにゃ」
ちぐさは猫又の妖怪であった。人では無いもの。だから藤宮の事が気に掛かるのかもしれない。
「あとは純粋に藤宮がすごいっていう尊敬とか、誰かのために自分を犠牲にして幸せになれないのは悲しいって思う、僕の自分勝手にゃ」
ちぐさは藤宮に抱きついてふわふわの手に顔を埋める。
大きな手に掴まれば、藤宮の顔なんて見えやしない。それぐらい大きな存在。
「藤宮の穢れを僕に移してくれても大丈夫にゃ。イレギュラーズは伊達じゃないのにゃ」
明煌は怒るだろうかと、ちぐさはちらりと後ろを向いた。
「諦めたくないから、全部祓えるって信じてるから」
彩陽もまた弓を引き穢れを打ち祓う。少しずつではあるが地下洞に光が増えていた。
「此処にいる皆で可能だって事信じてるから! せやから! 藤宮も諦めんな!!」
自分達も頑張るから。全力を尽くすから。体力が尽きるまで、自分の意地が尽きるまで。
「絶対に、負けんなよ!!」
彩陽の声が戦場に響き渡る。昼顔、ちぐさ、彩陽の想いが光となって溢れ穢れを浄化していく。
「優しい子たち。あなた達の勇気を分けてくれてありがとうございます。
私も、頑張らないといけませんね。穢れなんて吹き飛ばさなければ……」
助かりたい。助けたい。その意思が重なるとき、どんな苦難だって乗り越えられるはずだから。
少しずつ藤宮の心が動き出す、そんな気配に彩陽もちぐさも一層力がこもった。
――――
――
「生かすべきモノを生かし、殺すべきモノだけを殺す。その為の餓慈郎だ」
汰磨羈は肩で息をしながら刀を構える。藤宮の羽から降り注ぐ鱗粉が地下洞に漂い汰磨羈の肺を灼いた。
されど、それはジュリエットの歌声で解かれる。
無限に沸き続ける穢れなれど、少しずつではあるが減退しているように思えた。
誰しもが願わずには居られなかった。穢れだけを祓い藤宮を生かすことを。
イレギュラーズが重ねる一刀が蔓延る黒泥を削ぐ。
実際の所、明煌にも藤宮にも……汰磨羈たちイレギュラーズにも『本当に穢れだけを祓い藤宮が生き残る道があるのか』というのは分からなかった。
だからこそ、可能性を捨てきれなかったのだ。
汰磨羈は愛刀の柄を握り締めた。
生死を分かつ妖刀――愛染童子餓慈郎を握った時から、"そうする"覚悟は出来ている。
それは、汰磨羈が思う以上に至難の道であるだろう。だからこそ、挑む価値があるものだ。
「大いに欲張って、全て勝ち取る。そんな幸福が、そんな慈愛があってもいいだろう?」
愛刀を掲げ、汰磨羈は口角を上げる。
「"この子"も、そう言っている」
藤宮の足を伝いその背へと登り詰めた汰磨羈は羽にこびり付いた黒泥目がけて刃を走らせた。
「――さぁ、まずは藤宮を救おうか!!」
飛び散る黒泥が霧状になって霧散する。瞬時に再生した藤宮の羽は薄汚れたものではなく、仄かに白く輝く遊色であった。
それを見つめたジュリエットは明煌の周りを舞う真珠を思い出す。
「穢れを祓ったなら、藤宮さんの羽はきっと綺麗なんでしようね……」
真珠もあんなに白く透明で綺麗なのだから。この所艶を増している気がするのは、明煌の心が豊かになったお陰か、それとも廻の生命力を啜っているからなのか。
「もうすぐですよ、藤宮さん……私達が今、救ってみせます」
救ってみせる。その強い意思を持つことこそが、未来へ繋がるはずだから。
紡ぐ想いを糸に乗せて。シルキィも指先に纏う糸を手繰り藤宮の穢れを打ち祓う。
「……影みたいな、無数の穢れ。
藤宮さんが、これをずっと溜め込んで来たんだねぇ……皆の為に」
愛おしい子らの為に、健やかで過ごして欲しいと願った結果なのだ。
自分に大切な人が居るからこそ、その気持ちは痛い程によく分かる。
その苦痛を変わってあげたい。取り除いてあげたい。そんな風にシルキィだって思ったことがある。
だからその行動は否定することは出来ない。
けれど……皆で迎える未来の為に穢れはここで祓ってみせる。
「わたしも全力をかけてみせるから!!!!」
シルキィの糸は陽光に煌めき黒泥を絡め取るように破砕した。
銀色に煌めく刃が穢れを断ち切る。その刀身の柄を握るのは舞花だ。
戦く黒泥は舞花を取り込まんとその身を躍らせるが、一瞬にして銀刃で両断される。
「提案と言いますか、確認なのですが……
霊脈の浄化について、段階を踏んで流量を調整していく事は可能ですか?」
一気に流れればそれだけ負担が大きいだろう。徐々に増やして行く事が出来れば燈堂側も次第に馴染むのではないかと舞花は藤宮へ問いかけた。
「或いは最悪時間を稼げるのでは、と思ったのですが……」
「そうですね。全てではありませんがある程度は可能です。以前の『封呪』の状態でしたら厳しかったかもしれませんが、いまなら受け止め切れる可能性はあります。この穢れを祓えればの話しですが」
長年積み重なった暁月の精神負担、それにより綻んでいた『封呪』無限廻廊は強化された。暁月の精神がイレギュラーズと共に苦難を乗り越えたことにより、以前よりも強く逞しくなった為だ。
藤宮の穢れを祓い、彼女本来の力を取り戻せば舞花の言うように多少の流れを制御することも可能なのだろう。これが先程ニコラスが問いかけた『弁の役割』への正しい回答なのかもしれない。
だからきっと此処へ明煌がイレギュラーズと共に来た事も間違いでは無いのだ。
「であれば、やはり穢れを祓うことは優先されるのでしょうね」
舞花の銀閃が走った後からリュコスの小さな身体が駆け抜ける。
「ぼくにはいくらでも向かってきていいよ」
リュコスは藤宮の足下へと回り込み、制御不能になっている足を掴んだ。
「深道の人たちがうんだケガれのもとや、それをすべてひきうけてあげた藤宮のやさしさがまちがってるとはおもえない。いけないのはそれがためこんだままになって藤宮をくるしめていたこと……」
振りほどこうと穢れが藤宮の足を振り回すのをリュコスは必死に押さえつける。
「いきばのないかなしみも、にくしみも……ぜんぶうけとめてあげるから」
増えていく傷も物ともせず、リュコスは藤宮の足にしがみ付いて穢れを引き剥がした。
――怒りも、悲しみも、憎しみも、後悔も。
穢れの元は生きてれば誰でも持っていて、人がいるかぎりなくなることはない。
「ためこみすぎたら、まわりごとゆがめるだけで、きっとあってあたりまえのものなんだ!」
だからこそリュコスは考えてしまう。この穢れが全部無くなってしまえばどうなってしまうのだろうと。
マグマ溜まりから一気に噴火してしまうような、地の奥底から響く恐怖がリュコスを捉える。
「でも、大丈夫! ぼくがいる。ぜったいにあきらめない!」
自分に刻んだ傷諸共、穢れを打ち祓うのだとリュコスは叫んだ。
「だから、藤宮もあきらめちゃだめだよ!」
――諦めたくない。
そんな風に人の言葉ではない声が地下洞に響く。
人とは違い分別の付くはずの藤宮が、自分の為に穢れを祓おうとするイレギュラーズに動かされた。
もしかしたら、本当にこの穢れを祓いきり、自らも消えない未来が望めるのでは無いか。
希望という煌めきが、小さな鼓動を立てる。
「藤宮、今のキミには分からないかもしれないけれど。過保護は人を殺すんだ」
ジェックは藤宮の身体に絡みつく穢れ目がけ照準を合わせる。
引き金を引いた反動が肩に重みとしてのし掛った。
撃ち出された弾丸は真っ直ぐに戦場を飛び、藤宮に纏わり付く黒泥諸共撃ち貫く。
裂けた身体から白い粒子が漏れ出ていた。それはゆっくりと藤宮の傷を癒す。されど、黒泥が白い光を侵食するように拮抗していた。
「本来、感情っていうのは誰かに預けるものじゃなく、自分で持っていくものなんだよ。
明煌がソレを抱えて生きることを決めたように」
ジェックの言葉に明煌は目を見開く。自分の口からではなく親友の言葉で示されると少しむず痒い。けれどそれは悪い感情ではなかった。知ってくれているというのは存外安心するものなのだ。
「向き合って、ぶつかって、乗り越えて、消化して。
苦しくっても辛くっても、そうして一つ一つ成長していくんだ」
それが分かるようになったのは、ここ数年のことだけれど。知ったからこそ伝えられる言葉がある。
「アタシ達が今していることはキミに溜まった澱みや呪いを祓うこと。
でもね、今溜まっているものを祓えたからとこれから先もキミが全ての恨み辛みを食べてしまっては、彼らの成長を奪うことになる。それは……未来を奪うことと同じなんじゃないかな」
深道の子らを大切だと思う気持ちは否定できない。その点においては間違いではないのだ。
尺度が違うだけで夜妖にも感情はある。人の尺度と違うのは教えられる存在が居なかったから。
けれど、長くその身に人の感情を溜め込んだ藤宮なら共感はできなくとも理解はできるはずだ。
「深道の子らを大事だと、大切だと思うなら、守るのと同じだけ、信じて見守ってみよう?
分からなければアタシが教えてあげるから」
夜妖の如く人を避けていた明煌へ寄り添ったように。ジェックは藤宮にも手を差し伸べる。
ジェックのその背は明煌を勇気付けた。親友として隣に立っていても良いのだと肯定されるような気がしたのだ。そして、並び立つ自分が確りと立たなければならないと強く意識もした。
――信じてみたい。
深道の子らを。ジェックたちイレギュラーズを。
夜妖らしからぬ行いだと言われようとも。
信じるという想いは穢れとなってしまった苦痛の中にあったのだから。
苦悩を藤宮が喰らってくれると信じた人々の数だけ、彼女の中には信じる心が積み重なった。
サクラは藤宮の身体を繋ぐ鎖を剣で断ち切った。
「そんなものに繋がれていたら淀むに決まってるよ。鬱屈して溜まったものは、思いっきり暴れて発散するのが一番なんだよ!」
こんな台詞、親友に聞かれたら「サクラちゃんはサクラちゃんだなぁ」なんて呆れられるだろう。
けれど、そうで無くては意味が無い。自分の成すべきを成してこそ、己の意思は貫ける。
「さぁ、力を貸して禍斬!」
自分の信じる最善を尽くし、勝ち取る為に――!
「……『立場』があるって、大変よね」
リアは朝比奈の隣に並び立ち、制御不能に陥っている藤宮の手を受け止める。
重くのし掛る藤宮の手に、ぎしぎしとリアの身体が悲鳴を上げた。
「あたしはド平民だからその辛さは分からないけど……そういう人、身近でずっと見てきたから。だから、手伝ってあげるわ。やりたいんでしょう? 『深道の当主』様!」
藤宮の手を跳ね上げ、声を張ったリア。
朝比奈は白蛇を藤宮の手に巻き付ける。黒泥に染まった手に牙を立てその穢れを祓うのだ。
「あたしの近くなら、どんな穢れも呪いも打ち消してみせるわ。母さんから受け継いだ、願いの力で!」
リアは朝比奈と共に藤宮の手へと銀の細剣を走らせる。
広がる旋律は美しく荘厳であり、雄々しく勇猛であった。
旋律の魔術は藤宮の身体を蝕む穢れを天へと誘う葬送曲である。
その煌めきを瞳に映した朝比奈は、リアがこんなにも強くて美しい旋律を奏でるのだと感動を覚えた。
「私も負けてられないわね」
ぐっと拳を握った朝比奈は白蛇を一本の小刀に変える。
霊力を纏わせた小刀を手に朝比奈は藤宮目がけて走り出す。
「朝比奈!」
双子の兄、周藤夜見が朝比奈とリアの為に道を切り開いた。
藤宮の身体の中心に救う『心』へと絡まった穢れへの道だ。
「深道の為、暁月さんの為、ぶちかましてこい! 深道の当主様!」
リアの声が朝比奈の背を強く強く押す。
「明煌さんも詩乃も、藤宮を助けたいって気持ちを思いっきりぶつけて!」
助けたい、力になりたい、ともに歩みたい。そんな純粋な想いを込めて穢れを浄化する。
サクラの言葉が明煌の背を押すのだ。
「藤宮……!」
明煌が楽にしてやると言ったのは、殺したかったわけではない。
心優しき藤宮に生きていてほしいと願ったからだ。
藤宮は本質的には巳道の英霊であった詩乃と同質の存在なのだろう。
もしかしたら、身体の中心にある『心』とへ絡まった穢れを祓えば消えてしまうかもしれない。
それは明煌も詩乃も望んでいやしない。だからサクラは詩乃に藤宮の存在を消さないよう願った。
「藤宮が、ねがわないと……」
詩乃は不安げに瞳を揺らす。その手を強く握りしめるのはサクラだ。
「大丈夫、私も手伝うよ。ううん、私だけじゃない。皆がいる――!」
明煌もサクラもリアも、舞花だっている。
藤宮が居なくならないように、みんな此処に集まった。
汰磨羈が切り拓いた途をイレギュラーズが往く。
心優しい藤宮に共感したのはイーハトーヴや武器商人。
己に出来ることを一生懸命成そうとする雄斗、ウシュがいる。
昼顔や彩陽だって最後まで力を振るってくれていた。
舞うように戦場を駆けるのは槍やしなやかな脚力を持つロレインと弥恵だろう。
諦めないでと叫んだのはリュコスとちぐさだ。
ジェックの弾丸が『心』に纏わり付いた分厚い穢れをたたき割る。
ニコラスの大剣とブランシュの火力がそれを引き剥がした。
修復しようと這い寄ってくる穢れどもにムサシと迅が身を挺して身体を張る。
怨嗟にも似た呪いを煌めく光で防ぐのはジュリエットだ。
想いを紡ぎ、願いを糸に。前へ前へと。繋げるのだとシルキィは謳う。
「いっけーーー!!!!」
サクラの大きな声が地下洞に響き渡った。
全部を救うことを、諦めない。
此処から歩き出すのだから。
――生きていたい。
子供達を見守るためにも、藤宮は強くそう願った。
自らの想いと、イレギュラーズたちの心が重なり合う。
轟音と共に、眩い光が地下洞を覆い尽くした。
●
光が収まったあと、穢れは跡形も無く消し去っていた。
破邪の力は、イレギュラーズが願った強き想いによって力を増し、藤宮の穢れを祓ったのだろう。
ぐったりと倒れ込む藤宮にサクラたちは駆け寄る。
「大丈夫……!?」
「ええ、何とか……ああ、久し振りですね。身体がこんなにも軽いのは」
身体を震わせながらも藤宮は確りと『生きて』いた。
「藤宮……よかった」
「明煌。心配を掛けてしまいましたね。もう大丈夫ですよ」
安堵の表情を浮かべる明煌の頭を藤宮は優しく撫でる。
「お前は穢れを払えたけど、また新たに穢れを食べ続けるのか?」
ブランシュの問いに藤宮はボロボロになった羽をゆっくりと広げた。
「そうですね……けれどもし、本当に辛く苦しいと助けを求める子が居たら、この手を差し伸べてしまうかもしれません」
慈愛に満ちた藤宮の言葉をブランシュは否定する。
「それを続ける限りお前は幸せになることなど出来ない。俺に出来る事は無いのか。その穢れの少しでも俺に分け与えるなど……ちょっとしたことでもいい」
「では、もしまた穢れが自分の力で浄化しきれなくなったら、祓いにきてくれませんか?」
「分かった。死神が必要だというのなら。俺に――航空猟兵に、連絡を寄こすことだな。
数十秒で飛んできてやる」
頼もしいと藤宮が笑い、ゆっくりと地下洞に光が満ちる。
レイラインの正常化と共に、藤宮の自浄効果が現れ始めたのだろう。
「私は今後も手を差し伸べることをしてしまうかもしれない。けれど、あなたたちが言うように自分の想いときちんと向き合わねば、本当の強さは手に入らないのかもしれませんね……」
ジェックはこの戦いで藤宮もまた心の在り方を変えたのだと気付く。
「そうだよ」と微笑みながらジェックは藤宮の手を握った。
「深道の子らが信仰を変え、前に進もうとしているのですから、私も変わらねばなりません。ただ、苦痛を喰らうのではなく背を押してやれるように。その先にある本当の強さを手に入れてほしいですから」
未来を奪うことのないように――
藤宮はジェックの隣に立っていた明煌へも手を伸ばし、その頬を愛おしげに撫でた。
イレギュラーズが此処へ来なければ、藤宮は以前と同じようにただ求められるまま苦悩を喰らっていただろう。されど、これからは前へ進むための道を示すことが出来る。
「レイラインの流れを少しずつ調整することは出来そうですか?」
舞花の問いに藤宮は「ええ」と答える。
「多少は流れ込むでしょうが……もし良かったら様子を見てきてはくれませんか?」
「分かりました。直ぐに向かいます。やはり不測の事態はありうるでしょうから」
頼みますと藤宮は舞花の背を見送った。
ブランシュはレイラインの正常化を確認したあと朝比奈の前にやってくる。
「深道朝比奈、お前が当主か。お前は強いのか? 俺たちよりも」
「何よ、急に……?」
首を傾げる朝比奈にブランシュは大剣を向けた。目の前に迫る剣尖に朝比奈はブランシュを睨み付ける。
ブランシュの行動如何では間に入らざるおえないとリアと夜見が朝比奈の傍にやってきた。
朝比奈はリアと夜見へ「大丈夫」だと目配せをする。
「当主の責務というのは重いものだ。俺は、それをあの鉄の国で見てきた。生きてきた。
誰よりも強く、従わせなければならない。その態度で務まるのか?」
深呼吸をした朝比奈は真っ直ぐにブランシュを見つめる。
「全てをねじ伏せ、君臨する力と覚悟がお前にあるのか。今の俺にはお前をとてもそうは見えない」
「随分と言ってくれるじゃない? 何のつもりか知らないけど」
朝比奈は剣先を向けられ大人しく話しを聞くような性格ではない。ブランシュが朝比奈を煽っているのなら効果は覿面ではある。そして、ブランシュはそのつもりであるのだろう。
「もし、示せるのであれば――俺と戦え」
殺気を帯びた一閃が朝比奈の喉元を裂く。これは脅しではない。真剣勝負なのだと朝比奈は首元を押さえブランシュに白蛇を向けた。
「そもそも夜妖憑きがどれほどなのか俺も興味がある。暁月は強かった。お前はどうなんだ」
「朝比奈!」
「大丈夫、リア。心配しないで。深道の当主として問われているんだもの。受けて立たなければ誠実ではないでしょう?」
心配そうに見つめるリアに振り返った朝比奈は強い眼差しで頷いた。
光に満ちた地下洞で藤宮の再生が始まる中、ブランシュと朝比奈の戦いも終わった。
双方に重傷を負いながらも、両者の表情は満足げであった。
リアの肩を借り起き上がった朝比奈にジュリエットの回復が降り注ぐ。
「頑張ったわね、ちゃんと見てたわよ」
「ありがとう。少しは当主らしかったかな……」
戦いを続けたのは意地でもあった。当主に相応しくないと自分で認める訳にはいかなかったから。
けれど、力不足は否めないのも事実であった。ブランシュはそれを気付かせてくれたのだ。
「ブランシュもありがとう……良い戦いだったわ」
「精々腕を磨くことだな」
差し出された手をブランシュは握り、お互いの実力を認めあった。
「僕さ、テストで何度も確かめてこれで大丈夫って思ってたのに、後にミスに気づく事が多々あるんだ」
昼顔は明煌の元へ歩み寄り、話しを切り出す。
「春泥氏が不在で予定してない時に僕達と共に浄化させたんだ。全て彼女の予想通りな訳がない。明煌氏が自分の意志で起こした事は、彼女の思惑を切る刃になる」
明煌は昼顔の言葉に耳を傾けた。
「だから今は次の事を考えよう。夜明け前が一番暗いとも言うし。
此処を乗り越えて皆で夜明けを見る為に、さ」
「うん、ありがとう」
明煌の横顔は絶望なんか微塵も感じられなかった。
そこには、皆で遣り遂げたという嬉しさと安堵が滲んでいた。
「あ、じゃあ僕は龍成氏に電話してくるね」
その場を離れた昼顔は龍成とのメッセージ画面のコールボタンを押した。
●
「……本当に馬鹿げてる」
昏い地下の石壁に女の声が反響する。
それは落胆と怒りを孕んだ声色であった。
燈堂の地下、無限廻廊の座は薄暗く、葛城春泥と周藤日向の靴音がやけに響いている。
春泥は『封呪』の前で念入りに術式を調べているようであった。
「こんな物の為に何人死んだんだ?」
普段は飄々とした春泥の表情が、忌々しげに歪んでいる
珍しいこともあるものだと日向は春泥の顔をまじまじと見つめた。
「無駄死にも良い所じゃないか。意味が分からない。
は? 巫山戯るな。こんな粗末な術式で真性怪異が封印出来るとでも思っているのか?
燈堂の秘匿がこの程度だったなら、あの子らは……何で」
春泥の苛立ちに日向は耳をぺたりと下げる。
「いや。何かがおかしい。封じているのは確かだけど。隠してるのか? 何から……?
はー……、いや僕の感情はいい。それよりも準備をしないとね」
振り向いた春泥はいつも通りの自信ありげな笑みを浮かべていた。ほっと胸を撫で下ろした日向は春泥の動向をじっと見つめる。
無限廻廊の調査をするというのは、自分が見て直ぐに分かるものなのだろうかと『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は首を傾げながら地下への階段を降りる。
四音が此処へ来たのは『親友』の生みの親である葛城春泥へ挨拶がしたかったからだ。
「きっと仲良くなれそうな気がするんですよねー」
なんて四音の声が地下通路に響いた。
幾つかの長い階段を降りて至ったのは大きくて広い空間だ。
部屋中に呪符が張り巡らされ、部屋の真ん中には仄かに光る術式陣が見える。
その前に春泥と狐耳の少年周藤日向が立って居た。
「やあ、こんにちは葛城さん。私とお友達になりませんか?」
「おや君は誰だい?」
振り返った春泥は『愛らしい美少女』である四音に首を傾げる。
「私は鶫四音。恋屍くんの親のであるあなたとは気が合うような気がするんです」
「恋屍……ああ、愛無のお友達なのかな? ははー、あの子に友達いたんだ?」
あの一匹狼の化け物に友達が居たとは驚いたと四音を見つめる春泥。
美少女に見えるけれど中身は愛無と同じような化け物なのかもしれないと春泥は口角を上げる。
「……とは言え、そんな直ぐに仲良くなるのは難しいというのも分かります。関係を深めるには時間も必要ですしね! ということで、私は貴女のお手伝いをしようかと思いますがどうでしょう?」
「おや、手伝ってくれるのかい?」
くすりと微笑んだ春泥へ、四音はにっこりと笑みを浮かべた。
「ええ……私も皆さんのために『いいこと』をしたいと思いまして。
それに、貴女に協力した方がきっと面白いことになる気がするんです。くふふふ」
怪しげに嗤った四音に、春泥は満足げに「おいで」と手を取る。
『封呪』無限廻廊へと近づいた四音は、仄かに光る術式陣を見つめた。
「君の魔力を貸して欲しいんだ」
「そんな事でいいんですか?」
首を傾げる四音は握られた手から魔力を吸い上げられるのを感じる。
「うんうん、良い感じだよ」
ふと四音は部屋の奥にある封印の扉を見つめた。その中には邪神繰切が封じられているという。
「アルエットさんにも見て欲しかったですね。彼女にはもっと人ではない存在に慣れておいて欲しいので」
「おや、好きな人でもいるのかい?」
「……将来的に必要かなと思いまして」
邪神に会わせることが将来的に必要だと考えるなんて。美少女の皮を被ってはいるが、夜妖と変わらぬものなのだろうと春泥は四音を見遣る。
「……人でなしだって愛されたいと思うのでしょうか? 私にはまだ余り実感はないですけど」
「人と関わったって碌な事は無いけどねえ」
自らが人ならざる者だからこそ、人の紡ぐ愛と、悪辣な性質に惹かれてしまうのかもしれない。
『春泥の友達』楊枝 茄子子(p3p008356)は四音と春泥が話している部屋へ降りて来た。
「やほー、春泥くん。遊びに来たんだけどなんでこんなとこにいるのさ」
手を振って近づいて来る茄子子は、四音と春泥を交互に見つめ首を傾げる。
「で、何かやろうとしてんの? 会長手伝うよ?」
「ははっ、四音も茄子子も僕が何をしようとしているのか理解してないのに、よくも手伝うと言えるねえ。有り難いんだけどさ」
春泥は茄子子を傍まで呼び寄せ、怪物みたいな大きな手で茄子子の両手を包み込む。
「会長は『いい子』だから、春泥くんが悪いことをしようとしてるんなら止めないといけないけど」
春泥は自分がやっている事が良いだとか悪いだとかそんな説明はしない。
ただ手伝って欲しいと茄子子に告げ、それを彼女は了承した。それだけだ。
両手から魔力が抜けて行く感覚がある。
けれどそれは、即座に魔力が満ちる茄子子にとってみれば他愛の無いもの。
「これだけ?」
「うん、これだけだよ。僕一人の魔力じゃ足りないしねえ。まあ、気休めみたいなものだけど」
春泥は何かを成そうとしている。それは茄子子にも分かった。けれどそれがどんな物なのかは分からなかった。他人の気持ちなぞ分からないし、別にどうでもよかった。
見ている限りでは『悪い事』とも思えなかった。ただ、茄子子や四音から魔力を借りているだけだ。
それに、自分は十分に『いい子』なのだ。何を咎められるものでもない。
「上手く利用するのとか得意でしょ。会長はね、上手く利用されるのが得意なんだ」
「……君は面倒くさくなくて助かるよ」
一々理由を問われるのも面倒くさい。それを聞いて妨害なんてされた日には、何も喋りたくなくなる。
何度そうして、邪魔が入ったことか……思い出すだけで嫌になる。
「だからまぁ、会長がわかんないように上手く使ってよ。友達だからね。
会長、友達は大事にするタイプなんだ」
「茄子子は『いい子』だね」
「そうでしょ。会長は……」
いい子だからと紡ぐ茄子子の声が、石床に反響した。
「ふむ……」
石の階段を下り無限廻廊の座へと降りて来た『千変怪異を友として』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は先客が居るのを見つける。
彼は別の真性怪異の手がかりになるだろうとこの燈堂の地を踏んだ。
情報は何れだけあっても良いのだから調査の機会があれば参じるまで。
「君は……葛城研究員か」
セフィロトでの騒動に絡んでいた春泥とシューヴェルトは面識があるのだろう。
この用立ては前回のように戦闘で解決できる事柄でも無い。慎重に言葉を選ばねばとシューヴェルトは深呼吸をした。視線を上げれば四音と茄子子、それに狐耳の少年の姿が見える。
前者の二人はイレギュラーズだが、後者は見知らぬ子供であった。
「んー、見覚えがあるような。名前なんだっけ?」
「シューヴェルト・シェヴァリエだ」
「あ、そうそう。シューヴェルト君。どうしたんだい? こんな所まで」
春泥がこの燈堂の地下へ来たのは、おそらく目的はここに封じられている『繰切』に関することなのだろうとシューヴェルトは考え、此処まで降りてきたのだ。
「何かしているようだったから、僕でも手伝える事があるかと思ってな」
「そうなんだ。じゃあ魔力を貸してくれるかい? 別に痛くないよ」
大きな化け物の手を差し出した春泥に手を重ねる。
魔力を吸い上げられる間、シューヴェルトは思考を巡らせた。
目の前の春泥は繰切を弱体化させる術を持っているのではないかという疑念が浮かぶ。
事前の情報によると、彼女は深道の人々と深いつながりがあるのだという。
なればこそ、燈堂の地下に眠る繰切の強大さや危険性についても知っているはずだ。
だから、こうしてシューヴェルトは協力を申し出た。
今のところ誰かを犠牲にするようなものには見えない。魔力を吸い上げられているだけだ。
「はい、終わり。ありがとうシューヴェルト君」
魔力を丸い宝石の形にした春泥は呆気なく彼の手を離した。
シューヴェルトは深呼吸をしてから春泥の元を離れ、部屋の奥にある封印の扉の前へと立つ。
封印越しに繰切の声が聞ければと思ったのだ。
「何用だ? 初めて見る顔だが」
シューヴェルトがギフトで交信を試みる前に、扉の中から声が聞こえた。
「ああ、声は聞こえるのだな」
声を封じる事も出来ない、分体を簡単に外へと出せるような封印は、酷く脆く見えた。
何かあれば壊れてしまいそうな予感にシューヴェルトは眉を寄せる。
「……初めて来たけど、ここがあの祓い屋、のお家なのね?」
燈堂の正門を潜った『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は目の前に広がる何棟もの旅館のような屋敷に目を瞠る。傍らの『死血の魔女』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)と共に正門から中庭へと続く通路へと歩みを進めた。
「話にだけは聞いてたけど、すごいお屋敷……ちょっと畏まっちゃうわね」
セレナはマリエッタへ向き直り、彼女が真剣な表情を浮かべているのを見つめる。
「廻さんに可能性が見えてきたというのなら、それはとても良い事」
されど、まだ可能性は細い糸のようなもの。更に真実を追究しなければならない。
マリエッタの戦いは最初からそこにある。その横顔を見遣りセレナは頷く。
彼女が真実を追い求めるなら、その手助けをしたい。そう願っているのだ。
「しかし……あーるおーおー……うう、ぴーしーとかだいぶ? とかどうしてか理解が及ばないんです。近代機器は難しい……」
「ROOはわたしもよく分からなくて、まだ触ってないんだけど。マリエッタは輪をかけてダメそうね」
まるでお年寄りのようだとセレナは心の中で呟く。
「と、ともあれ私は私で調査しましょう」
「ええ。出来る事をやっていきましょう」
マリエッタとセレナは中庭を通り抜け燈堂の本邸へと足を踏み入れた
各地で情報は仕入れたけれど、無限廻廊の座はまだ調べていない。
「ここを調べれば、私の目で調べられる情報全てを得たという事になるはず」
「初めて来た私でも、何か役に立てるといいんだけど……」
セレナの不安にマリエッタは目を細める。
そういった先入観の無い調査も何か得るものがあるはずなのだ。
本邸の座敷牢へと続く階段を下り、更に地下へと降りていく。
葛城春泥の呪いの痕跡を辿る事ができれば、彼女に繋がるものも出てくるだろう。
マリエッタは注意深く階段を降りる。煌浄殿の呪物であるチアキを連れてくることは叶わなかったが、無理をさせるわけにも行かないことは分かっている。
深道三家の歴史については十分情報を得た。今必要なものは廻に掛けられている呪いへ、直接繋がる物や魔力の痕跡だろう。マリエッタは引かれるように地下へと進む。
ふと視界が開け広い空間が広がった。辺りにはびっしりと呪符が張り巡らされ部屋の真ん中には術式陣が見える。「ここは……」とマリエッタが呟けば人影が歩み寄ってきた。
「やあ、マリエッタ君だっけ? ようこそ無限廻廊の座へ! なんて僕はここの主ではないけれど」
物々しい飄々とした声が石床に響く。パンダフードと被った葛城春泥だ。
警戒するようにマリエッタが身構える。それに習いセレナも春泥を睨み付けた。
「駄目だよ、此処での戦いは御法度さ。ここは『封呪』無限廻廊があるからね」
ノンノンと春泥は化け物の手を左右に振る。
「……分かりました。では少し部屋を調べさせて貰っても構いませんか?」
「うん、大丈夫なんじゃないかな。此処に来る事が出来たってことは繰切も君達を歓迎してるってことだからね。まあ、主じゃない僕が言うのもなんだけど。好きに調べればいいよ」
マリエッタ達に背を向けた春泥は仄かに光る術式陣へと向き直る。
セレナとマリエッタは壁にびっしりと張られた呪符をじっと見つめた。
「封呪の術式や呪符が目立ちますが……ここ最近のものから更新されたものから優先して調査してみれば、何かが見つかるかもしれませんね」
確かに呪符には新しいものと古い物があった。
「少し試してみたいのだけど」
セレナは壁の呪符へと手を翳し、無機疎通を試みる。
「封じるもの……結界については、わたしもわたしなりに思う所があるの。結界とは封じるものであり、守るものでもある。『これ』は封印の側面の方が強いとは思うんだけど。或いは……悪い影響から遮るものでもあるのかも、なんて」
壁の呪符はどうやらこの無限廻廊の座を安定させるものらしい事が分かった。
暁月の精神不安から壁の呪符が真っ黒になって剥がれ落ちた事があるらしいが、その時は無限廻廊の座は不安定になっていたのだろう。
ならば本命である『封呪』無限廻廊はどうなのだろうとセレナとマリエッタは春泥の元へやってくる。
「ここには命を捧げた人の魂もあるのでしょうか」
マリエッタはこの場に漂う霊魂を探すが、何処にも存在しなかった。
「無限廻廊に吸い込まれてるからね。探しても出てこないよ」
「なるほど」
魂ごと吸い込まれてしまったのなら見つからない訳だとマリエッタは頷く。
「春泥、貴女の目的は神となる、超越者へと階段を上ることなのですか? 興味があります」
マリエッタの言葉にセレナは目を見開く。
得体の知れない、深淵を見るような春泥へ興味を示すなんてとマリエッタの肩を掴んだ。
「私は魔女ですから、協力できることもあると思うのです」
「……マリエッタ? 何言ってるの? この人の協力者に、って、そんなの! ……本気なの?」
セレナの問いにマリエッタは『魔女』として「本気よ」と答える。
マリエッタが何を考えているのか分からなくなったセレナは掴んでいた肩を離した。
けれど、きっと何か考えがあるはずなのだ。それを信じる他無いとセレナは一歩引いた。
一緒に巻き込まれるのは、逆に足枷となってしまうだろうから。
「協力かあ……じゃあマリエッタ君もそっちのお友達も魔力を貸しておくれよ」
春泥はマリエッタとセレナの手を握り、朗らかな笑みを浮かべる。
それが逆に不気味で、セレナは背筋を震わせた。
――――
――
澄み渡る空を見上げれば、木の枝の小鳥が数羽チチチと会話しているのが見えた。
燈堂家の中庭を歩きながら『薄明を見る者』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は傍らの八雲樹菜をの横顔を見遣る。何処か楽しげで嬉しそうな表情を浮かべる少女。戦いとは無縁の柔らかな笑顔に愛おしさがこみ上げた。
ブレンダが燈堂家に来たのはこの笑顔を守るためでもあった。
久々に訪れたブレンダを樹菜は嬉しそうに迎えたのだ。
「今年は暑かったが花はどうかな? 樹菜」
「はい! みんな元気に咲いてますよ。これはサルビアでこっちはケイトウです。薔薇もあります」
紫色やオレンジの鮮やかな花々と柔らかな色合いの薔薇、それに少し自慢げな樹菜の姿がブレンダの瞳に映り込む。
「相変わらずここの花は綺麗に咲いている。シルトのバカにも見せてやりたいくらいだ。樹菜たちが大事に育てたおかげだろう」
ブレンダに褒められ頬を染めながら笑みを零す樹菜。
ふと少女の視線がブレンダの指先へと向けられているのに気付いた。
左手の薬指の指輪が意味するものを樹菜だって知っている。
学校でも噂になっていたのだ。ブレンダ先生の左手の薬指に嵌められた指輪のこと。
「ん? ああ、これか。ふふ、実は婚約をしてな」
「婚約ですか!? わ、わ……おめでとうございますっ! どんな方なんですか? ブレンダさんが好きな所とかありますか?」
顔を真っ赤にさせて矢継ぎ早に問いかける樹菜にブレンダは笑みを零した。
そういえば樹菜にも伝えてはいなかった。自分で言いふらすことでもないと思っていたから。
其れにしても随分と興味津々のようである。樹菜も年頃の女の子ということなのだろう。
「好きなところはそうだな……このままの私がいいと言ってくれるところかな」
照れくさそうに頬を染めたブレンダに、樹菜は胸を高鳴らせる。
いつも強くて格好いいブレンダが、こんなにも少女のような表情を見せるのだ。
それ程までに相手の事が好きなのだろう。
ブレンダの気持ちに共振するように樹菜も胸がドキドキしてくる。
「私もいつかそんな風に言ってくれる人が現れたらいいな……」
「きっと樹菜にもいつか隣にいたいと思える人が見つかるよ。私にだって見つかったんだから」
ブレンダの言葉に樹菜は「はいっ!」と元気よく応える。
恋の何たるかを樹菜は未だ知らない。けれど、ブレンダとの時間は他の誰かと過ごすよりも煌めいているように見えた。憧れを錯覚する少女特有の柔らかな心なのだろう。
樹菜との楽しい時間はあっという間に過ぎる。今回は彼女と語らう為だけに来た訳では無いのだ。
幾人かのローレットの仲間の姿を見つけ、ブレンダは「そろそろ」と樹菜に別れを告げる。
暁月や樹菜たちの大切な場所を守るために此処へ来たのだ。
「心配するな樹奈。この場所は絶対に護るし私もちゃんと帰ってくる」
「はい。ブレンダさんお気を付けて……」
シルトをここへ連れてきて樹菜に会わせる約束をして。ブレンダは本邸へと向かう。
その凜々しいブレンダの背を見つめながら、樹菜は彼女の無事を祈ったのだ。
本邸の縁側に座り『輝く赤き星』眞田(p3p008414)は青い空を見上げる。
傍らには『番犬』黒曜が日本酒を煽っていた。暁月が楽しみにしていた日本酒らしいが、少しぐらい飲んでも怒られはしないだろうと眞田と共にグラスを揺らす。
「廻君の様子はどうですか?」
「んー、暁月から聞いた話しだと日に日に弱ってるみたいだな」
廻が煌浄殿へ行ってから一年以上は経っている。それだけ気軽に逢いに行けなくなった。
逢えない寂しさが募るばかりか、容態も不安定だと聞けば心配せずにはいられない。
悲しさと苛立ちが眞田の心を掻き回す。
ROOで元気な姿を見られれば良かったけれど、会うのが怖いと思ってしまうのだ。
己の弱さを思い知らされ、余計に酒を煽る眞田。
中庭の端にサルビアとケイトウのが見えた。その隣には早咲きのコスモスが風に揺れる。
何度、この中庭の花を見ながら一緒にご飯を食べ、飲み交わしただろう。
「……廻君だけじゃない、暁月先生や黒曜さん、澄原君……俺はきっと」
この燈堂家に集まる人々に家族のような親しみを覚えている。
「黒曜さん、俺ってガキですね……出来るなら俺が廻君の代わりになりたい、そんな簡単なものじゃないってわかってんのに……何も力になれない」
悔しげに顔を歪ませる眞田へ黒曜は「俺もだよ」と肩を優しく叩く。
「……俺、行ってきます。何が出来るか分からないけど。何もしないよりマシだから」
立ち上がった眞田は本邸の奥にある座敷牢への階段へ向かった。
眞田を送り出した黒曜はフードを深く被った『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)を庭先で見つける。
「何してんだ?」
「今日は黒曜誘って黒豆と水遊びしようかと思って来たのだけど……」
きゐこはローレットの仲間が本邸の奥へ入っていくのを見遣り「ふむ」と頷いた。
「何やら不穏な動きが見えるわね?」
「あー、何かあるみたいだな。暁月いねーしローレット奴ら次々と来るし、留守番任されてんだよ」
「なるほど。なるほど。みんな調査に入ってるのね。じゃあ私もそっちを優先しようかしら。ねえ、私真面目になったと思わないかしら?」
同意を求めながら溜息を吐いたきゐこに、黒曜は「はいはい」と相づちを打つ。
「……まぁここに来る人居る人って悪そうに見えても意外と悪い人じゃないのだけど、自分勝手で割と強硬手段に出るのよねぇ。念を入れて警戒しておきましょう♪」
自分勝手という点においては、きゐこも引けを取らないのだがと黒曜は頭を抱える。
座敷牢への行きがけに覗いた台所では『護蛇』白銀が『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)と何かを作っていた。此方も半ば見慣れた光景である。
「俺は仮とはいえ蛇巫女、ならば今は縁結んだ神の元へ行くべきと感じた」
「そうですね。父上も喜びますよ。あ、それ取ってください」
アーマデルは目の前にあった赤いタコさんウィンナーを菜箸で摘まむ。
「おかずは昨日の残りの筑前煮と、豚肉があったので生姜焼きも入れてます。野菜はあんまり好きじゃないのでお肉が中心ですけど……アーマデルさん何か作ってみます?」
「……大丈夫だ、今日の俺にはガストロ帝国の魂がついている」
美味しくなる呪文だろうかと白銀は微笑み。アーマデルへ卵を溶いたボウルを渡す。
「……時が満ちればこのように過ごす事もできなくなるかもしれない。白銀殿も、繰切殿に言いたいことは無いか?」
「んー、父上が居ても居なくても、私は此処を守りますし。自分の足で何処へだって行けます。別に縛られてる訳じゃ無い。私が居たいから居るんです。まあ、動くと結界の張り直しとかあるので面倒だから外に出ないんですけど。だから父上もいつまでも引きこもってないで自分がしたいようにすればいいんです」
「……それって大丈夫なのか? 繰切殿出て来たら燈堂爆発したりしない?」
アーマデルの問いに「するかもしれません」と白銀は朗らかに笑う。
「まあ、冗談ですけど。人って弱いから……父上を悪者にすることで安心を得ている。私は別に構いませんし父上がそれを受入れているのなら何も言いません。向けられる感情はどうあれ父上は信仰を得ている『神』です。縋る人が居れば受け止めてしまうものなのです。なので、アーマデルさん。父上のことよろしくお願いします」
白銀の言葉にアーマデルは「わかった」と頷いた。
アーマデルは無限廻廊の座へと続く階段を下る。
幾人かの先客が居るが構わず封印の扉の前へとやってきた。
「繰切殿、間が空いて申し訳ない」
「構わぬぞ。土産も持って来たのだろう?」
アーマデルは白銀の弁当を扉の前に置く。その弁当へ手を伸ばすのは童子の姿をした繰切の分体だ。
膝の上に繰切を乗せたアーマデルは弁当を摘まみながら言葉を紡ぐ。
「俺は弾正と並び立ちたい。時には喧嘩もするだろう、だがそれは異なる思いを擦り合わせること。縁の形も様々で、織り成す色模様もとりどりで。ここではないどこかの『クル』と『キリ』は『ひとつ』ではないが、『相棒』として並び立って在るように見えた」
「廻がそんな話しをしていたな」
タコさんウィンナーを頬張りながら繰切は答える。
「取り巻く状況も変わりゆく今なら、繰切殿と白鋼斬影殿が並び立つことができるかもしれない。『唯一』は倦みゆくものだが、並び立つ友あらば、巡り廻って流れゆく筈」
繰切は自身に巻き付いた白蛇の頭を撫でた。
「誰かの、何かの犠牲でつくる運河より、皆で少しずつ出し合って成した大河。それを正しく伝え維持すること。その方が長く安定する筈、そこはヒトが努めねばならぬ事だが……」
語るアーマデルは繰切の意見も聞かせてほしいと童子の手を握る。
「……再び並び立つことが出来るならばな」
燈堂へ来る前、アーマデルは残穢に託された壺に以上が無いか確認していた。
闇の力が強まる今、壺を繰切の元に置いておくのは良くない気がしたのだ。
実際に、壺の入り口には僅かにだが亀裂が入っていた。
微細なものだが、『良くない』ものだと確信する。
「何やかや、俺はあんたに深入りし過ぎた。失いたくないから最後まで足掻くつもりだ、どうかそれを忘れないでいてくれ……もしこの地に在る事に差支えが出たならば、共に来てくれればいい。再現性九龍城でも、豊穣の領地……はえらい人の確認が必要だけど、まあなんとかなるさ」
アーマデルの優しさに膝の上に乗った繰切は彼の頬を撫でた。
『会えぬ日々を思い』紫桜(p3p010150)は繰切にもしもの事があったならばと不安に駆られ、此処までやってきた。調査といっても自分に何が出来るか分からないから、ただ繰切の傍に居たかった。
童子の姿となっている繰切を抱え、紫桜は仲間達の会話を聞いていた。
春泥の説得は自分より仲間や彼女の事をよく知っている人達の方が上手く出来るだろう。
されど、何か会った時の為に用心するに越した事は無い。
手持ち無沙汰に繰切が足をぱたぱたとさせるのが、丁度太ももに当たって痛かった。
けれど、それですら何だか愛おしく思えてくるから不思議なものだ。
春泥と仲間の会話を聞きながら、紫桜は自分に出来ることを考える。
「繰切はどうして分体を出せるようになったの? 封印されて会えなくなってたのに」
「我の闇の力が強くなったからな。北の大地で父神と息子の封印が解けたからだろうな」
北の大地というのは鉄帝とかだろうかと紫桜は首を傾げる。
あまり国外のことは詳しくないのだ。
「そういえば、何で彼女を招いたの?」
「別に拒む理由もないからな。何かを成したいとやってきたのだから、好きにさせた。紫桜や他の者だってそうだ。好きに戯れるといい。まあ、面倒くさいのは要らぬがな」
紫桜は繰切の小さな身体をゆらゆらと揺らす。
大きな欠伸をした繰切は何だか眠たそうだった。
「繰切はこれからどうしたい? 俺達にどうしてほしい? 好きな人の為に出来ることはやりたいよね何でも。それにもっともっと繰切の事知りたいし。ねぇねぇ、繰切。俺に俺の好きな人の事教えてよ。もっともっと深く知ってもっともっと愛したいからさ」
「そうだな……巫女達や子ら、友であるお前が健やかであれば良い。あとは、美味い飯や酒も欲しい。偶には享楽を嗜み、怒られぬ程度に悪戯をするのも悪く無いな。怒られるのは面倒だからな」
ぷらぷらと足を揺らした繰切を紫桜はぎゅうと抱きしめた。
「白雪さん、久しぶり」
ふわふわの毛並みを撫でた『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は出迎えてくれた白雪と共に中庭を歩く。もっとふわふわの毛並みを触っていたいけれど、今はやるべき事があった。
「ねえ、白雪さん聞いてほしいんだ。葛城春泥って分かる? そう、パンダフードの。奴のせいで廻さんが死にそうになってるんだ。奴は無限廻廊にも何かしてくるかもしれない」
白雪は祝音の言葉に付いて来いといわんばかりに一歩前を往く。
「え? もう来てるの? 急がないと!」
廻が死なずに済む方法は他の場所で仲間が調べてくれている。だから祝音は無限廻廊の座に赴き春泥から燈堂を守りたいと考えたのだ。
「できる範囲で良い、協力してもらえたら嬉しい。万一の時は、絶対死なないで。君自身と皆を守ってね」
「にゃーん」
急いで無限廻廊への階段を下っていた祝音は段差に躓き、前のめりに倒れ込む。
「わ!?」
それを受け止めたのは童子姿の繰切だった。
「あ、繰切さん? 小さい? えと、そうだ。葛城春泥……あいつのせいで、廻さんが危ないんだ……!」
「春泥なら下に居るぞ」
繰切の言葉に祝音は恐怖を覚える。何か仕出かすつもりなら止めなくてはと階段を急いで下った。
「ねえ繰切さん、お部屋に結界を張っても大丈夫? 念のためなんだけど」
「別に構わんぞ。何やら他の者も調べたり張ったりしてたからな」
「そうなんだね。繰切さん葛城春泥に気を付けて。絶対だよ」
祝音が無限廻廊の座に辿り着いた時には、既に幾人かのイレギュラーズが到着していた。
彼らが戦闘態勢に入っていないということは、一先ず緊急性のある出来事は起っていないのだろう。
「よかった」
祝音は白雪と童子の繰切と共に無限廻廊の座を壁伝いに歩く。
懸念した『黒印の呪い』の気配は感じられなかった。それを確かめるのも調査の一つであった。
張り巡らされている呪符は暁月や燈堂の人々の魔力が感じられる。これは問題無さそうだった。
振り返った先には周藤日向が居る。春泥の傍に居る狐耳の少年を心配そうに見つめる祝音。
明煌がレイラインの浄化へ向かうのへ同行したい気持ちもあったがと『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は無限廻廊の座へ降りていく。
「もしかしたら封呪に何か影響があるかもしれませんし、繰切、そして灰斗に何かあったら大変ですから、ボクは此方に。暁月さんが不在ということもありますし、今はボクらで守りませんと」
「父さん、元気かな……」
慣れた階段を二人はゆっくりと歩く。前から歩いて来るのは童子姿の繰切だ。
丁度良かったとチェレンチィは繰切へ手を振った。
調査といっても神秘的なものはチェレンチィには分からないから、繰切本人に聞こうと思っていたのだ。
「お久しぶりです。繰切。変わりありませんか?」
「チェレンチィか……問題無いぞ。ただ、今日は賑やかだな。下に人がいっぱい来てるぞ。祭りか?」
確かに祭りでも無ければ無限廻廊の座に、たくさんの人は集まらないだろう。
「お祭りではないのですが。もういっぱい来てますか。あ。封呪の様子はどうですか? 何か影響があったりしていませんか?」
チェレンチィは童子姿の繰切と手を繋ぎ、階段を降りて行く。
「特に問題は無いぞ」
「なら良かったです。そういえばこの前のグラオクローネの時ありがとうございます。お礼を言ってなかったので。灰斗はお姉さんに会えてびっくりしていました。力のコントロールや戦闘訓練なども頑張ってるんですよ。ね、灰斗」
「う、うん。姉さんはなんか、すごい恰好してた。けど、父さん見てたら同じようなものかなって思った」
肉体美を惜しみなく曝け出すのは血筋なのかもしれない。
その点灰斗は着込んで居る事が多いから、白鋼斬影の血が濃いのだろう。
今日は空も不在である。チェレンチィは気遣うように灰斗へ視線を送った。
「あれは……確か、春泥さんに日向さん? どうして、燈堂家に……?」
無限廻廊の座へと辿り着いたチェレンチィはパンダフードを被った春泥を見つける。
チェレンチィの胸が妙にざわつく。考え過ぎならば良いが春泥が何かを企んでいるように見えるのだ。
ラサでの吸血鬼騒動の報告書を読む限りでは、彼女の印象は『良い人』である。
されど、燈堂に纏わる資料には『黒印の呪い』をつけたり廻を泥の器にしたりと非道な仕打ちが記されていたのだ。いまいち掴みきれない時は警戒するに越した事はない。
「君たちと一緒さ。僕もここを調べに来たんだ」
「危ない事をしているのですか?」
「……してほしいのかい?」
飄々とした春泥の返事にチェレンチィは「むう」と頬を膨らませる。
●
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は嫌な予感に眉を寄せる。
「当主でもないのに、何で此処に居るんだ? 葛城春泥」
「どうしてって、やりたい事があったからさ!」
肩を竦め首を振る春泥はレイチェルを見つめ返した。
「──おい。春泥。お前の目的や果たしたい事は何だ?」
「なんだい藪から棒に」
「ラサでのネイト達への対応を見た範囲だと……お前、本当は『人が良い』方だろ。やり方は兎も角、だが。今までの所業や此処を潰したい事にも、何か理由があるんじゃないか? 皆のママなんだろ。皆や大切な人の為なんじゃないか?」
レイチェルの言葉に春泥はくすくすと笑いだす。
「人が良いとは、言われた事ないんだけど。うんうん、悪く無いねえ! この僕が! 人が良い!」
手を広げくるくると回り出す春泥は道化を気取っているように見えた。
「そうそう、レイチェル君の言うとおり人助けだよお! 僕は優しいからねぇ!」
人を喰らったような言い回しに「やっぱり悪人なのではないか」とレイチェルの脳裏に不安が過る。
「でも、まだ内緒。だってまだやること残ってるんだ。だからさ、ちょっとお散歩でもしてきなよ」
「おい……何を企んでるんだ」
秘密と化け物の手を唇に当てる春泥。
レイチェルはこれ以上話していても埒があかないと封印の扉の前へ移動する。
其処には無限廻廊の座を眺める繰切の分体が居た。先程まで童子だったが今は青年の姿である。
「繰切、お前の力調べてもいいか?」
レイチェルの指先をそっと押し返す繰切の手。
「止めておけ。我は真性怪異だ。人の身には受け止め切れん。我は無為にお前を壊したくは無い」
「そうか……なら止めとく。お前が嫌がることはしたくねえからな。その代わり質問いいか?」
レイチェルは繰切の隣へ並び立つ。封印お扉の前からは仲間の姿が見えた。
「なぁ、繰切。この前、お前の父親のバロルグの話を聞いたぞ。……バロルグは酷い事をする奴だった。今の繰切は悪い奴じゃないと思うが! お前も持つ闇の力って何だ?」
「そうだな。父神は我から見ても悪に染まっているように見える。昔はそこまででは無かったが、今はもっと酷そうだ。追放されてからのことは伝え聞くしか出来ぬから詳しくは分からんが。光と闇は対となるものだ。人は光を好む者が多いだろう。陽の下でしか生きて行けぬのだから当然だ。闇を悪とするのも正しい生存戦略といえよう。ただ、闇の住人にとって強すぎる光は目を灼き皮膚を焦がす。此方としても窮屈な穴蔵の中で過ごしたくないと思うものも出てくるのだ。だから、善悪など主観であり絶対的な分別など出来ない」
そう紡ぐ繰切は手の平の上に黒い液体を発生させる。
「これは闇の力で作り出した毒だ。そのまま撒けば悪であろう。されど、薄めて別の成分と配合し組み替えれば薬ともなるものだ。これは悪であるか。闇の力も光の力も他の全ても。使う者使われる者によって悪にも善にもなりうるのだろうな」
繰切の声にレイチェルはじっとその手の平を見つめた。
「騒がしいな。何事だ」
無限廻廊の座へと降り立った『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)は見知った顔を見つけ手を振る。
「おぉ! 龍成! お前さんも来たか!」
「よお、おっさん」
手を振り返すのは『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)とその隣の『シンギュラリティ』ボディ・ダクレ(p3p008384)だ。
「何が起こってるかはまだ分からんが、無理はするんじゃねぇぞ。お前に何かあれば、お前の姉と彼女に叱られちまうからな! とにかくこの騒動をなんとかするとしよう」
「彼女……龍成、いつの間に彼女が? え?」
目を瞬かせるボディと龍成を交互に見つめ、天川は「じゃあな」と春泥の下へ歩みを進める。
後ろから「誤解だ」と声が聞こえるが少しばかりのスパイスは良い塩梅になるだろう。
ともあれ天川は春泥の下へとやってくる。
(女狐って感じの女だとは思ってたが、こりゃあ一筋縄じゃあいかなそうだな)
パンダフードを被った飄々とした風体の春泥へ天川は視線をくれた。
(何にせよ目的が分からにゃ対策もクソもねぇ。なんとかボロを出すとまではいかぬでも、気分良く話してくれれば御の字ってところか? あぁ! クソっ! 明煌のバカ野郎も気になるが、あっちはあっちで他の連中がなんとかするだろう!)
「おや、君は確か……天川君だっけ?」
「燈堂家の相談役がこんな時期にこんな場所へ何の用だ? おっと、相談役だったのは先代の時代だったな。それにしたってアンタ、燈堂家にはそれなりに影響力もあるだろう? 一体何を企んでいる?」
春泥の企みを聞いたところで素直に答えてくれるかは分からないが、聞いてみないことには前には進めないだろう。両手を顔の横に掲げた天川は戦意は無いと示す。
「こっちは争う気はねぇよ。ただな、この家の連中は俺のダチなんだ。あまり虐めてやってくれるな。場合によっては俺なら協力できる側かもしれんぞ?」
「企みねえ……ふむふむ。まあ、こう見えてさ、夫が深道に居たんだよ。結婚は出来なかったんだけど、それでも一緒に育てた養女が本家の跡取りと結婚した。その子供の……末っ子が君達もよく知ってる明煌さ。血の繋がりは無いんだけどお婆ちゃんなんだよ。ついでに暁月は曾孫にあたるよ」
「は?」
突拍子も無い言葉に天川は首を捻る。嘘か本当か判断がつかない。
「とにかく燈堂家の連中が酷い目に遭うのだけは勘弁してやってくれよ。お前さんがどんなプランでどんな目的を持って行動してるのか分からん状況じゃ代替案も出してやれねぇ。お互い何も知らん状態で険悪な関係になるのもアホらしいと思わないか?」
天川の言葉に春泥はカラカラと笑った。
「僕はさ、強い子……つまり神様の母になりたいんだよ」
「それはどういう意味だ? 繰切を子供にしようって話しか?」
「えー、嫌だよ。見た目がちょっと好みじゃない」
「おい……こんなに美しい我を掴まえて見た目が好みではないとはどういう了見だ」
春泥の頭を掴んだ繰切はぐりぐりと振り回す。「乱暴者だし」と春泥は溜息を吐く。
「まあ、僕も大抵エゴイストだから。目的の為には何でもするし、君の理解の及ばない部分もあるだろうけどね。譲れない部分があるから……それがお互い打つかったときは戦ってもぎ取ればいいんだよ。その方が簡単で分かりやすいでしょ。譲れるならそれは大願じゃない」
春泥の瞳の奥に深淵の如く深い闇を見つけ、天川は息を飲んだ。
『傍に寄りそう』ラズワルド(p3p000622)は座敷牢から無限廻廊の座への階段を下っていた。
「繰切サマがまた出られるようになったお祝いとか、まだしてなかったと思ってねぇ?
鬼の居ぬ間に、じゃないけど。んふふ、お酒持参で忍び込んじゃった」
そんな建前を呟きながらラズワルドはひたりひたりと石の階段を降りる。
幸いなことに煌浄殿とは違い、繰切はラズワルドを自身の居場所へ誘った。
本当なら元気な廻とROOで遊びたかったけれど、泣く泣く諦めたのだ。
この状況に焦れているともいえる。ラズワルド自身は真面目にこの調査へと乗り出していた。
ラズワルドが向かった時には既に何人ものイレギュラーズが無限廻廊の座へと来ていた。
「なぁんか穏やかじゃないねぇ……」
ラズワルドは無限廻廊の座の入り口からそっと中を覗き込む。
居るのは見知ったイレギュラーズと、葛城春泥と周藤日向だった。
春泥は廻を泥の器にした悪党である。ラズワルドは警戒しながら春泥へと近づく。
「悪巧みなら他所でやってくんない? 梅酒が不味くなっちゃうからさぁ」
「なんだい? じゃれたいのかな? 悪戯好きの白猫くん?」
向き直った春泥へラズワルドは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ん? あれ、直接話したことあったっけ……まぁいいや。
初めまして、廻くんや明煌さんにいろいろと『お世話』してくれてるおばあちゃん」
以前、ギフトで得た印象からしてもロクな相手ではない。けれど貴重な情報源だ。
「あ、繰切サマ、ご機嫌いかがー? おばあちゃんも、一杯どぉ?」
いつも通りの青年の姿をした繰切へ手を振るラズワルド。もう片方の手には酒瓶が握られていた。
「構わないよ。美味しい酒は好きだ」
繰切と春泥とラズワルド。三人で『封呪』の前に座り酒を飲み交わす。
「……ねえ、この封呪が壊れたら具体的に何が起こるか。そもそも何のためにあるのか。有識者の見解が聞きたいなぁ?」
「何が起るのかは……爆発して焦土になると言われてるけど。実際のところそれを観測できないからね。試していいならするけども」
飄々と笑う春泥にラズワルドは「遠慮しとくよ」と首を振る。
「一応、繰切サマ封印する為にあるんでしょ?」
「まあ……効果の程は何ともだけどね」
ラズワルドは『封呪』の術式陣を改めて見遣った。何時もは繰切の所へ一直線に向かうからまじまじとこんな風に見るのは初めてだった。周りに置かれている石は何だろうか。
「ぶっちゃけると僕は廻くんが無理せず、また穏やかな生活できるようになるならそれでイイんだよねぇ……だから、方法を教えてくれるなら対価も代償も払う気だけど」
知識も経験も足りないと自覚するラズワルドは難しいことは考えず、ありのままを問いかける。
悪魔との取引になろうとも切欠ぐらいは掴みたいのだ。
神域にまで迷い込んだ猫に怖い者は無い。好奇心以外に猫を殺せるものか。
「そうか、廻はきちんと愛されていたんだね。深道の血じゃなくても」
「どういうこと?」
耳元に囁かれる声が悪魔みたいな声色に聞こえた。
「時が来るまで愛されるように。大切に扱われるように。深道の血を持つものはあの子を所有し庇護下に置きたいと思ってしまう。そう、作り替えたんだよ。偶然拾われたなんて、そんなの有り得ない。だから、君が知ってる穏やかな生活は作られたものなんだ。飼い猫と同じ」
ドクリと嫌な音が聞こえる。これは自分の心臓の音だ。ラズワルドは春泥の言葉が嘘か本当か分からなかった。否、嘘であってほしかった。揶揄っているだけなのだと思いたかった。
――そんなのまるで、箱庭の人形じゃないか。
「教えてくれた君に、プレゼントをあげよう。これは夢石といってね、廻の記憶がこの中に入ってる。あの子自身も知らない記憶さ。どうやって作り替えられたのか。この夢石の中に入ってる。これを握らせてどんな風に自分が自分じゃなくなったのか教えてあげるといい。耐えきれず壊れてしまうかもしれないけど。廻を愛してくれる君になら壊されてもいいと思うかもしれないね。試してみないとわからないけど」
悪辣に笑う春泥の声を聞きながら、ラズワルドは手の中に転がった薄紫の石を見つめた。
眞田は壁一面に張り巡らされた呪符に圧倒される。
広い空間に新古入り乱れた魔力のこもった呪符がびっしりと張られていた。
こういう類いのものは不用意に触れると宜しくない。
眞田は他の手がかりが無いかと部屋の中を歩き回る。
廻を救う手がかりは無いか、綻びはないか。そんな風に考えながら行き着いた先は封印の扉の前だ。
繰切が封印されているという強固な扉。
「流石にこれは開かないよな」
「まあ、開くことがあれば、この辺一帯は焦土になるぞ」
扉の中から聞こえてきた声に眞田は胆を冷やす。これは繰切本体の声だ。
「冗談だよね?」
「さあ……確かめてみるか?」
揶揄うような声に眞田は一歩後退る。
出来る事なら、葛城春泥が無限廻廊に手を加える前に先手を打ちたかったのだが。眞田は無限廻廊の周りをうろうろとしている春泥へ視線を上げる。今のところ何かをしているようには見えなかった。
黒曜と共に無限廻廊の座へ降りて来たきゐこは春泥の所へは向かわず調査を先行する。
何かを聞き出すなんてものは、やりたい人や親身になれる人に任せる方が上手くいくときゐこは考える。
きゐこは神経を研ぎ澄ませ周囲の気配を探った。
「結界が張られてるのと、調べ物ね」
怪しいものは無さそうだと判断したきゐこは次に黒曜へ問いかける。
「異変があった際に一番最初に変化が出る場所ってどこかしら? 点検の際に殆ど確認しない場所も教えて欲しいのだけど」
「無限廻廊に何かあったら、一番最初に気付くのは暁月だろうな。封呪と妖刀は繋がってるらしいから。ただまあ、いまROOだろ? あれにダイブしてるときどうなるかは俺にも分からん。点検の時に確認しねー所か。うーん、何だろう。無限廻廊は俺は触れねえけど、暁月が確認するしな」
何か仕掛けるならば急所か穴場と相場は決まっている。
特に一番最初に変化が出る場所は注意が必要だろう。きゐこは『封呪』の術式陣を見つめる。
傍らには使い魔の黒豆が周囲を見張っていた。
「さて、本命を調べますか……」
「おい……危ねえぞ」
無限廻廊に近づくきゐこを黒曜が止める。
「大丈夫よ。罠とかも無さそうだし……うーん」
「何か分かった?」
座り込んだきゐこの隣に春泥が膝を抱えていた。
「強い術式陣ね。一人じゃこんなの組めない。複雑で強力だわ。でも、これで繰切を封じている?」
真性怪異を『この程度』で封じられるものなのかときゐこは眉を寄せる。
「この石はなんだ? ずっと前に来たときはこんなの無かったが。暁月が置いてったのか?」
黒曜の問いにきゐこは顔を上げた。
「分かりました。彼女が居るのは誤解ですね」
ボディは龍成を見つめながら頷く。
「ああ、そうだよ。そもそも何処にそんな時間があったよ。基本的に家に帰ってきたら一緒に居るだろ」
依頼が無い日は燈堂の離れへと帰ってくる。龍成も学校が終われば寄り道もせず家に帰って勉強をしているような日々だ。確かに彼女(?)とデートをする時間など無い。
「しかし、國定様はなぜ彼女と?」
「とにかく調べようぜ」
ボディは天川と話し込む春泥を見遣り眉を寄せる。
春泥がいることがどうにも不穏に思えてくるからだ。
廻や龍成に呪いを施した。他にも色々な悪行と思えることをやっている。
当主である暁月が居ない今、警戒しないわけにはいかなかった。
明らかに怪しい春泥に質問を投げかけたい所ではあるが。
「まずはこの部屋の調査をしましょう」
春泥に何か仕込まれていないかを確認しなければならない。
薄暗かった部屋に明りが灯る。ボディと龍成は壁の呪符を念入りに調べた。
「前見た時と変わった様子はねーな」
「そうですね。同じもののように見えます」
呪符には異常が無いことは確認できた。ならば、術式陣の方かと二人は部屋の中央へとやってくる。
「あれ?」
ボディと龍成は見た事の無い石が術式陣の周りに置かれていることに気付いた。
赤き血のカーマイン、翼隠のオニキス、青緑抱くサファイヤ、黄金のヘリオドール、月夜のアメジスト。
五つの石が仄かに光を帯びている。
「龍成、これは以前からありましたか?」
「いや……前に見た時は無かった気がするが」
「やっぱりそうか。俺よりお前らの方が見てるもんな」
ボディと龍成の懸念に黒曜が納得したように答える。夜妖憑きである黒曜は無限廻廊の座へ降りることは滅多に無い。
少しばかりの変化。繰切を尋ねよく此処を訪れるラズワルドやアーマデル、紫桜も石が置かれていることは気付いていただろう。されど、それが暁月が置いたものかが判断できずにいた。
「葛城様、この石は貴女が置きましたか?」
「そうだよ。僕が置いた……」
ボディは春泥を睨み付け警戒を強める。
何をするつもりだと、問うた所で正直に答えてはくれないだろう。こういった陰謀家は煙に巻くのが常套手段だ。だからボディは気になることだけを問いかける。
「貴女は何のために動いているのですか」
聞きたい事は、今回の方法や手段ではない。最終目的。ホワイダニット。
こんなあからさまに警戒されるこの場に現れ、イレギュラーズが来る事も予測出来たはずだ。
敵対や妨害をされる恐れもあった。それなのに、春泥は此処へ来たのだ。
「何の為に、か……」
危険を侵しても何かを成したいという思いがあるからだ。
恐らくは大きな欲望や感情に起因する。そういった心の機微に疎いボディには難しいものだが。
「……もしかして大切な人のためだったり?」
龍成が呪われた時に、ボディは血塗れになってでも突貫した。あの時はどうなってもいいから大事な人を助けたいという想いが渦巻いていた。
だから、もしかしたら自分と同じ気持ちなのではないかと問うた。
「それは間違ってないかな。約束があるんだ」
ぽつりと呟いた春泥の声に『愛を知らぬ者』恋屍・愛無(p3p007296)はその胸ぐらを掴んだ。
「何を望む。葛城春泥。最強の生物を作ろうとしている事は把握している。だが、それと同等。いや、それ以上に何かを求めている気がする」
何時かの言葉が愛無の胸に過った。悲しげな諦念と僅かな怒りを孕んだ声色。
――人間って弱いんだよ。本当にすぐ死んでしまう。
恐らく春泥は繰切の力を掌握しようとしているのだろうと愛無は考えを巡らせる。
その為の神の杯、離却の秘術。いかに春泥が強靱であろうと『神』の前では所詮『人』なのだ。
深道の『信仰』を変え、力を奪い神を降ろす。
そして新しい『信仰』を作ろうとしているのかもしれない。
廻を新たな『神』に据え、新たな信仰を造り上げようとでもいうのか。
その根幹には何があるのかと愛無は思案する。
『深道三家を神の束縛から解放する』
此までのことを鑑みれば、春泥にとって深道三家は利用するだけの存在ではないはずだ。
(はっ!僕は捨てたくせにな)
苛立ちが春泥の胸ぐらを掴む手に伝わる。
愛無はその怒りの中に『しゅう』の声を聞いた。
冷静になれと語りかける声は、愛無が守らねばならない『子』の存在を強く意識させる。
愛無は獏馬の夜妖憑きだ。夜妖を吸い込む無限廻廊とは相性が悪い。
しゅうのために。愛無は春泥の胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「利用ではなく信用。個ではなく群れで動く事も覚えたまえ。
これだから無駄に一人でできる者は面倒だ。まったく。子に説教をさせる親が何処にいる」
「えー、だって……結局『裏切られる』んだったら最初から居ない方がいいと思わないか?」
春泥の言う『裏切り』が何なのか愛無には分からなかったが、きっと些末なことなのだ。
「お前は何のために科学者になった。結局、最初は『誰か』のためではなかったのか。そして、お前は、今、何のために戦っている。誰のために戦っている。それはお前が一人でなければ為し得ぬ事なのか」
――僕は、お前にとって矢張り不要な存在なのか。
そんな相反する言葉が愛無の胸に響いた。それ自体が強烈に嫌気が差す。期待などしたくもないのに。どうしたって春泥が『親』であるのだと意識してしまう。捨てた事への怒りと悲しみが胸を抉る。
愛無の言葉に春泥は大きな手で頭を撫でつける。
「約束したのは、僕だからさ……愛無に背負わせたいわけじゃないんだよ。こんな重いの誰が他に背負えるっていうのさ。ほんとアイツ、嫌な奴なんだ。愛してたのに。死ぬ間際に呪いみたいな願いをさ、言って死んだんだよ。裏切り者。死ぬ時は一緒だなんて言ってくれたのに」
愛してる。憎らしい。
その感情には覚えがあった。
愛してほしい。裏切り者。
それは表裏一体の感情である。
春泥にも愛無にも流れている心の慟哭。愛憎。
全く滑稽であるが。結局其処へ行き着くのだろう。
けれど、それど愚かだと誰が誹れようか。
●
「……さて、と」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)は無限廻廊の座をゆっくりと見渡す。
この場で問題は起こしたくないが春泥の意図が読めない状況。
復讐が目当てなら全部壊して仕舞えばいいのに、それをしないのは理由があるからだとカイトは考えを巡らせる。真実は彼女の胸の奥にしかないだろうが。
「どちらにせよ主人の不在時に『なにかあっちゃまずい』のはお互い様なんじゃないか?」
「そうだねぇ。面倒くさいことは御免だね」
両手の平を見せて春泥は肩を竦めた。
彼女の真意は読み取れないが、予防線を張るに越した事は無いとカイトは保護結界を張る。
既に仲間が張り巡らせているが、途切れなく隅々まで行き渡らせるのも重要に思えた。
杞憂で済めばそれでいい。けれど何人もの仲間が警戒しているのだ。
その何科が無い事を祈りながらカイトは春泥へ視線を向ける。
「お前は何を考えているんだ?」
意図が知りたいとカイトは問いかけた。
踏み込まれたくない場所であろうが、踏み込まなければ彼女が本当に悪人に成り果ててしまう。そんな気がするのだ。間違いを犯さないようにしてやりたい。
ここまでの盤面が既に彼女の意図したものであるならば……その『罪』を作り上げたのが、この祓い屋の一族だとも、言うんだろうか。
カイトは考えを巡らせながら春泥を真正面から見遣る。
果たして、誰が『悪い』のだろうか。カイトにはそれが分からなかった。
「僕は、僕の成したいことをする……神の母になりたいって話しはしたっけ?」
春泥はカイトへそんな風に問いかける。
「いや直接は聞いて無いな」
「人間、特に子供ってさ直ぐ死んじゃうんだよね。ぽろぽろ、ぽろぽろ。何でそんな脆いのかなと思ってさ。僕は結構頑丈な方だからさ。でも、神様だったらすぐには死なないでしょ。強いしすごく丈夫だ。だからさ、死なない強き者(かみさま)の母になりたいんだ」
朗らかに笑う春泥の顔は正しく聖母のようで。そこに偽りなどないような気がしてしまう。
『最強のダチ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は仲間たちと春泥の会話を聞きながら考え込む様に呪符の壁へ背を預ける。
「繰切は今、闇の側に傾いている。ここでレイラインが正常化された場合、『封呪』無限廻廊との間に反発やなにやが強くなってしまうのではないか?」
「ヤツェク君……君はいつも慧眼だね! 褒めてあげるよ!」
くすくすと笑って近づいて来る春泥は新しい玩具を見つけたみたいに目を輝かせる。
面倒くさいことこの上ないが、彼女の興味を引けたのは行幸だろうとヤツェクはそのまま続けた。
「もちろん彼を封じるならば、短期的に見ればいいかもしれん。だが、大きな力を大きな力でおさえれば、いずれおこるのは爆発だ。おれは今でも『繰切と無限廻廊、二人の「共にありたい」という願い』をもっとハッピーな形で叶えさせたい」
なるほどなるほどと春泥は手を叩いて喜ぶ。
「もっと聞かせておくれよ。君の描いた道筋をさ」
再び二人の神の物語をレイラインの強化に合わせ『語り直し』、正常化によって起きるであろう力の衝突を中和させるのはどうかとヤツェクは春泥に語る。
ここにあるのは光闇がお互いを支配しようとする物語ではなく、陰陽が支え合う調和の標。
「効果があるかは、分の悪い賭けだ。だが、因習でがちがちになったイエをほどきたいのだ、おれは。断ち切るのではなく、爆発させるのではなく」
深道の信仰は外部(イレギュラーズ)との関わりで変わりつつある。
「暁月も明煌も、若い奴らはちゃんとぶつかり合えていた。だったらその背を押すのがあるべき大人のスタイルだ。物語を語り直し、『神のありよう』を変える。一瞬では終わらないかもしれん。遠回りかもしれん……だが、やがて人柱となった魂も、解放される。なあ、それじゃあいけないのかい、『先生』よ」
「その道筋は、理想的ではあるね。でも、具体性が抜けている……僕はずっと積み重ねてきた」
ヤツェクの語った道筋は春泥の中にある理想と『かけ離れてはいない』のだろう。
「うーん、でもそうだね。少し道は変わるけど君の歌に乗せた方が引き寄せやすいか。僕のはちょっと直線的すぎるものね……」
ぶつぶつと呟いた春泥はヤツェクを『封呪』の前に連れて行く。
「さっきの歌、もう一度いいかい? 魔力はこっちで用意するからさ」
「燈堂の家に……繰切の所に来るのも、もうすっかり慣れる、してきたね」
『繰切の友人』チック・シュテル(p3p000932)は繰切へ何を話そうかと楽しみに燈堂本邸へ赴く。
ユーディアに会ったこと、夏の思い出、色んなことを話したい。
後は廻や暁月、明煌も含めて皆を救う方法を見つけなければならない。
「でも、どうして……かな。凄く、嫌な予感……する気が、して」
チックは胸がざわつくのを手で押さえ込む。地下への階段を下り、何時もより多い気配にそっと中を覗き込む。其処には幾人かのイレギュラーズと葛城春泥の姿が見えた。
「……春泥。此処で、何しようとしてた……の?」
「やあやあ、ラサでは世話になったね。皆のママだよ! こんな所へどうしたんだい?」
「おれは、繰切と話す……しに来た。この家に来たら、いつも……そうしてるんだ」
ふーんとチックを見つめた春泥は部屋の真ん中にある術式陣の前に立つ。
「……深道の人達と縁が深い、なら。これがとても危ないのも……知ってる、でしょ?」
何か仕掛けるつもりなら止めなければと春泥の腕を掴むチック。
「壊れる……してしまったら、ここに住む……してる人達が、危ない」
「ふふ、チック君は優しいねえ。別に今ここで君と争うつもりはないんだけど」
悪戯に『封呪』へ触れようとする春泥をチックは力を込めて掴んだ。
「春泥……おれは、君がラサでしてくれた行いに……感謝、してる。『烙印』の症状で苦しむ……した時や、ネイト達の事も。手伝う、してくれた……から。……でも、繰切や廻達……危ない目に遭う、して良いか……とは。違う、話。『かみさま』である、前に。彼は……おれの、友達。友達を助ける……したいと思う、のは。不自然な事じゃない……よね?」
チックの言葉に春泥は腕を降ろす。青年の頭を化け物の手で撫でて微笑んだ。
「ふっ……悪戯は冗談だよ。それにもう仕掛けは終わってるんだよね」
「え? どういうこと……? 春泥?」
チックの瞳に混乱の色が浮かぶ。
揶揄うような春泥の行動へ苦言を呈するのは『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)だ。
「大人なら、子の手本となる振る舞いをすべきでは」
日向の傍に並んだすみれは春泥を鋭い眼差しで睨み付ける。
(じめじめ眼帯野朗の次は腹黒パンダですか。全く、この家はどうしてこうも危ない輩が多いのでしょう)
「何故立入禁止の場に他人を連れて来ようと思えるのです。自身は先を行くにしても、子供には待てと言うのが普通ではないですか」
「付いて来たそうだったしねえ」
すみれの問いに春泥は飄々と返答する。
「春泥様は日向様が純真で責任感の強くパンドラを持たない夜妖憑きな事をご存知の筈。あなたが進めば伝令役の務めを果たすべくこの危険な地まで付いて来てしまうと予測できるではありませんか」
口にするほどにすみれの怒りは心の中で渦巻く。
「そろそろ、か……うん、中々上出来じゃないか。向こうも上手くやったね。これなら問題無い。
ヤツェクさっきの歌行けるかい」
春泥の言葉にヤツェクは『封呪』の前に立ち静かに瞳を伏せた。
「繰切――クロウ・クルァクは盃にたゆたう水なり
無限回郎――白鋼斬影は水を抱く盃なり
二つは支え合うもの、添うもの、そのようにあれかし」
ヤツェクの唇に乗るのはいつかの言葉の再現。
「何をしているのですか?」
すみれの問いに春泥は満面の笑みを浮かべた。
その瞬間、地面がぐらぐらと揺れる。
「な!?」
「――地震!?」
直ぐに収まった揺れにすみれや他のイレギュラーズが顔を上げれば術式陣の周りに置かれた宝石が浮かび上がり光を放つ。それは陣を覆うように光のヴェールを被せた。
術式陣に被せられた光のヴェールを避けるように、部屋全体に黒い染みが広がる。
「何をしたのです!?」
怒りを露わにしたすみれは春泥へと障壁を打つけ術式陣から遠ざける。
「おっと! 何って穴を開けたのさ。この場所へレイラインに乗った残穢が流れるように」
「そんな……周藤の皆様が負けたということですか?」
すみれは春泥を睨み付けながら、日向を自分の背に隠す。
「魔力を貸してくれた子達がいて助かったよ。ヤツェクも上手く歌ってくれたし。計画もこれで進む」
春泥は四音と茄子子、シューヴェルト、マリエッタとセレナ、それにヤツェクを見つめた。
すみれにとって、熟成された計画や善悪など微塵も興味が無い。
ただ『日向を怖がらせた』。その事実がすみれにとって重要なことであった。
怒りは迸るオーラとなってすみれの周りに漂う。
「うんうん、美人が怒ると迫力があるねえ!」
手を叩いて笑う春泥へすみれが仕掛ける。それをまるで踊るように躱した春泥はすみれの手を取り、くるくると回った。春泥に攻撃の意思は無い。されど、すみれの心は乱れたままだ。
「深道の重鎮だか何だか知りませんが……我が恩人である日向様を傷つけた折には、命に代えてでも絶対に許しませんから」
日向を立ち入り禁止の危険な場所へ連れ出し怖がらせた春泥に、すみれは怒りを露わにする。
明煌が日向に血を纏わせたことよりも更に怒りは増していた。
普段は穏やかなすみれが、悪鬼の如く怒り狂っている様を見て茄子子は「どう、どう」と仲裁に入る。
「喧嘩やめなってー。話し合いから始めようぜ」
茄子子越しに怒りの形相で春泥を睨み付けていたすみれは、次第に冷静さを取り戻す。
「すみません、取り乱してしまいました」
「良いよー、誰も怪我してないし……それよりさあ、何かやばそうだよ」
すみれと茄子子は無限廻廊の座に嫌な気配を感じ眉を寄せた。
「おいおい、どうなってんだ?」
天川はひりついた気配に二刀を構える。
(晴陽が居なくて良かったぜ。もう何がなんだか分からん。どうなってやがる!)
石床から染み出した影が穢れの黒泥へと変わった。
「やはり、こちらへ影響がありましたか……!」
無限廻廊の座へ駆け込んで来たのは舞花だ。彼女は周藤へとレイラインの穢れを祓いに向かっていたはずだった。
「周藤はどうしたんだ? 大丈夫なのか!?」
天川の問いに舞花は真っ直ぐに仲間を見つめる。
「はい。周藤の方は全ての穢れを祓い、守り手の夜妖もイレギュラーズの皆も無事です。一気に流れ込むはずだった霊脈も少しずつ流れるように調整して貰ってます。ですが、堰き止めていたものを流すのですから、普段よりはやはり多くなる」
舞花の言葉に天川は「成程な」と口角を上げる。
「だったら、この残り滓みてえな穢れを祓えば、問題はねえってことだな? なら話しは早え。小太刀で加減なんて出来ねえからな」
「はい。どこに染み出すか分かりませんでしたが、周りの被害を考えれば此処が最も安全でしょう」
元々繰切を封じる為に作られた空間である。霊脈の揺らぎにも強いはずなのだ。
されど、霊脈に穴を開けるとなると一人の魔力では到底及ばない。
四音、茄子子、シューヴェルト、マリエッタ、セレナの魔力、それにヤツェクの歌を道しるべにして、安全な場所にレイラインの抜け穴を呼び寄せた。
「春泥、お前……」
レイチェルは春泥へと向き直り、そのにやついた顔に鋭い眼光をくれてやる。
「だから言っただろう? 助かったって……いやぁ流石の僕でもこの頑丈な空間に穴を開けるの大変だったんだよねえ。きちんと開くかは五割の確立だった。まあでも君達のお陰でそれを『完全』に持って行くことができたんだ。ささ、早く穢れを倒したまえよ。放っておいたら面倒だよ」
春泥の声に祝音は目を吊り上げた。
「何その言い方! お前のせいでこうなったのに!」
「手伝ってほしいのかい?」
「お前の力なんか借りるものか!」
無限廻廊をこれ以上好きにさせないと祝音は蠢く穢れへと向き直った。
「僕がどう傷ついたって構わない。廻さんも暁月さんも明煌も、繰切さんや皆も絶対生かすし死なせない」
祝音は魔力を練り上げ、剣の形に変える。それを染み出した穢れへと走らせた。
断ち切られた穢れは空間を漂い、霧となって消える。
「災いは突然やってくる。もう、嫌というほど経験してきたんだよね」
眞田は気持ちを瞬時に切り替えて蠢く穢れへとナイフを突き立てた。
切り裂いた端から、もう一度刃を走らせる。
用心していたらこそ、即座に戦闘態勢が取れたのだ。
「ただ協力するだけならいいけど。でも呪いとか、そう言うのを掛けられないわよね?」
セレナはマリエッタと連携し、溢れ出た穢れへと魔法を放つ。
茄子子やカイト、他の仲間が張った結界のお陰で『封呪』や壁に貼られた呪符は守られていた。
これなら多少の戦闘も問題はないだろう。
ブレンダは剣を構え石床を蹴る。飛び上がったブレンダの剣刃は的確に穢れを打ち祓った。
この剣は守る為に振るわれてこそ、その力を発揮する。
緑色の瞳で穢れを見据えたブレンダは次々と刃を叩き込んだ。
――どうか、無事に、済んでくれ。
カイトはそう強く願いながら懐から術符を取り出す。
素早い動きで術符を飛ばしたカイトは魔力を流し込み、穢れの動きを止める。
視野を広げ空間全体を俯瞰する形で見渡せば、仲間たちの姿が見えた。
無限廻廊の座の出入り口に春泥の姿が映る。
満足げに、役目は終わったとでもいうように階段を上っていく春泥。
「春泥くん帰るの? まぁ、またなんかやるなら誘ってよ。じゃね」
「ああ……僕の仕事は終わったからね。またね、茄子子君」
去って行く春泥を一瞥し、すみれは日向に向き直る。
真面目な日向はきっと逃げろと言っても聞かないだろう。ならば。
「お願いがあります。……聞いていただけますか?」
役目として周藤家へこの状況の伝令を任せるのだ。地上へ上がれば燈堂家の電話が使えるだろう。
実際この地で何かあったとすれば、暁月や明煌がいなくては危ういのではないか。
此処へ連れて来られずとも知らせることで何か動いてくれるはずだ。
すみれのお願いに日向は「わかった」と頷く。
「ありがとうございます。ではお願いします」
任せてと踵を返した少年の背を見送り、すみれは穢れへと向き直った。
「龍成さんも駆け付けてくれたのはとても心強いです、でも無理はしないで下さいね?」
「ああ、問題ねえ」
チェレンチィは龍成の姿を見つけ声を掛ける。その隣にはボディの姿もあった。
ボディは龍成を庇うように穢れへと対峙する。剣を手に斬りかかればその背後から龍成の刃が走った。
春泥はきっと歩みを止める事は無いのだろう。自分が抱えているエラーと春泥が抱く思いが同質であるとするのなら、それは酷く狂おしいものなのだろうとボディは思い馳せる。
――私は私のバグのために動いている。私の大切な人、大切な人にとって大事な人
全部を守りたいのだとボディは剣を振った。穢れが切り裂かれ霧散する。
周りの呪符や封呪を傷つけないようにチェレンチィは灰斗と共に戦場を駆けた。
「――灰斗や龍成さんに何かあったら嫌ですから。ボクが守ります。必ず!」
美しい羽が薄暗い戦場に閃いた。
「封呪には絶対に近付かせません!」
チェレンチィの言葉にヤツェクも頷く。
この状況下、二柱の子である灰斗は不安定になるだろうとヤツェクは少年を気に掛けていた。
少年が傷付く事は絶対に避けたいのだと視線を巡らせる。
灰斗の対の存在となる空の『親』であるヴェルグリーズとも友人である。
ならば、ヤツェクにとって灰斗もまた家族の一員であるのだ。
「灰斗、心配するな。側にいるぞ。アンタの片割れでもないが。なにかあったら、身を挺してかばうさ」
「うん、ありがと……大丈夫」
「所で黒曜? 私水遊びするつもりで来たからいつもの服の下は水着なんだけど……どうかしら?」
どうかしらと問いかけるきゐこに「似合う似合う」と相づちを打つ黒曜。
「……ふふん♪ でしょ? 我ながら良い水着だと思ってるのだわ♪」
言い終えてからきゐこはその背に魔法陣を展開する。
「ま、色々落ち着いたらまた遊びに行きましょう? 夏ならプールとか……秋なら紅葉狩りも良いわね」
口調は軽く、魔術は重く。空間に蔓延る穢れを焼き払うきゐこ。
「――巫女は神に仕え声を聴き、ヒトへ伝えるもの。ヒトの意を集約し、神へ奏上するもの」
アーマデルは繰切を背に隠し蛇腹剣を握る。
「……ヒトと神を繋ぐもの。故に繋がる縁を断つものを許さない」
うねりながら戦場を走る刃が黒い穢れを打ち祓った。
「……繰切。おれね、前に……君の子供達に会う、したんだ。
ルーと、ユーディア。二人に……君達を別ける、する方法を……聞いた。
廻達を、助けたくて。でも……本当にそれで良いのか、ずっと……悩んだ」
チックにも特別に想う人が出来たのだ。だからこそその気持ちが分かる。
「大事な人と離れ離れ……なるのは、凄くつらい事……なんだって。
沢山の人の為に、『悪』としての役割を……一人が背負う、なんて。
そんなの、絶対……おかしいよ!!」
チックの強い想いが白き灯火に煌めき、戦場を包み込んだ。
黒い穢れがチックの清き想いによって浄化されていく。
「やっぱり来たか……!」
レイチェルはレイラインの浄化で怒るであろうこの事態を予測していた。
一際大きな穢れがレイチェルの前に現れる。
穢れの集合体とも言える黒い影は、周りの残滓を取り込み高い天井まで伸びた。
レイチェルはこれを倒せば穢れは祓えるだろうと直感する。
此処には弟分の龍成も居る。『封呪』無限廻廊もある。
守らなければならないものが沢山あるのだ。
「負けられねえンだよ……! こんな所でなぁ!」
この場を守ることこそ、明日の道筋を照らす光なのだとレイチェルは吠える。
レイチェルの手の平から溢れ出た魔力の焔が灼熱の陣を描き戦場を覆った。
轟々と燃えるのは赤き炎。
足掻く穢れの一撃をかわすことなく受け止めたレイチェルは「もういいんだ」と呟いた。
これらは元々、藤宮に預けられた「助けて」という願いだ。
「もう、お前たちは救われてるんだから」
澱むことなんてない。正しく救われたのだから、もう苦しまなくていい。
レイチェルは立ち上がる炎へ向けてそう紡いだのだ。
――――
――
「おや、何処に電話してるんだい?」
真後ろから聞こえて来た声に、日向は身体を跳ねさせる。
帰った筈の春泥が後ろから現れたのだ。
「先生……どうして?」
「え? 日向置いて来たと思って引き返して来たんだよ。一応、君は子供だしね。連れて来たからには一緒に帰らないと。それより、電話はいいのかい?」
「えと、明煌さんに電話してるんだけど繋がらなくて。暁月さんにも」
「あー、今ROOに入る為に移動してるんじゃないかな。暁月はもうログインしてるだろうし」
明煌は周藤での仕事が終わり、暁月と廻が待つログインルームへと移動しているのだろう。
すみれに言われたように連絡したいのだが、どうしたらいいのかと日向は思案する。
「無限廻廊の座の穢れは大丈夫さ。あれだけイレギュラーズが居れば何の問題もない。だから僕は必要無いとあの場を離れたんだ。ま、心配なら一緒にログインルームへ行くかい?」
今度こそすみれの役に立たねばと思いながら、日向は春泥と共にログインルームがある彼女の研究所へと向かった。
●
シルキィは明煌と共に周藤家からROOへのログイン装置がある研究所へ向かっていた。
明煌が運転する車の助手席でシルキィはぎゅっと指を握り締める。
「ねえ、明煌さんお話してもいいかな」
「うん大丈夫」
流れていく風景を見つめ、シルキィは唇に言葉を乗せた。
「わたしは廻君の『泥の器』の穴を塞いだ。わたしにあるのは『繋ぐ者』としての力。そして、『誰も犠牲になって欲しくない』っていう独りよがりな願いだけ」
シルキィのその願いは誰もが持つ純粋な祈りであった。
「二つの記憶とわたしの力が、廻君を助けることに繋がるのなら……わたしは、きっと頑張れる。だから、明煌さんに夢石の使い方をもっと聞いておきたい。二つの夢石を使う時……記憶と、それを戻す対価とする為には何が必要なのかを」
明煌は一呼吸置いてから、言葉を選ぶように少しずつ話し出す。
「廻の記憶は、おそらくまだ足りない。いま持ってるのって召喚される前と、燈堂家にいた時だから」
「あ……」
シルキィは小さな声を零した。
漠然と感じていた不安。その答えが降ってきたからだ。
まだ足りない。煌浄殿にいた時の記憶が無いのだ。春泥はそれを誰かに渡したのだろうか。
焦る気持ちがシルキィの中で膨らむ。
「シルキィちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫。焦ってる場合じゃないね。わたしの繋ぐ者としての力が何なのか明煌さんには分かるかな。かつて泥の器を塞いだこの力。夢石を使う為に……そして『離却の秘術』のために、この力でできることがあるなら、わたしは何だって頑張れる」
シルキィの真っ直ぐで純粋な言葉に明煌は眩しさを覚えた。
廻と同じように、シルキィも穢れ無き心を持っている。
眩しくてあたたかい、陽だまりや月明かりみたいな優しい心。
「シルキィちゃんは廻の召喚前の記憶を見たんだよね? 昔だったらこれを叩きつけて廻の心を壊してたかもしれない。今はこれを渡すのは嫌だと思ってる」
ニュースの中のありふれた事件の一つじゃない。『大切な人』が死ぬ時の記憶だ。見るだけで吐き気がしてくる。もし、これを渡せば廻が壊れてしまうんじゃないかと恐れが先に来てしまう。
「うん……わたしもずっと渡せなかった」
「俺は渡さなくていいと思ってる。傲慢って言われてもいい。渡したくない。こんなの……」
今すぐにでも壊してしまいたいと明煌は眉を寄せる。
乱れた心を落ち着かせる為に明煌は長い溜息を吐いた。
「わたしは、信じてくれた明煌さんを信じる。……廻君のこと、必ず助けてあげようねぇ」
「うん。助けたい……暁月も廻も。藤宮だって助けられたんだから」
走り出した車は近づいて来る秋の気配の中、風を切って前へと進んだ。
――――
――
『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)はログイン装置にふかふかのクッションを置いた。
今日は友人である『おいしいで満たされて』ニル(p3p009185)とROOへダイブする日なのだ。
「テアドールもROOにログインするのですか? ニルは、ともだちとログインするの、わくわくします」
「はい! 僕もわくわくして胸がほんわかになります」
テアドールがはしゃぐのも無理は無い。何せROOのアバターを管理するのがテアドールの使命なのだから。
友人であるニルのサポートは自分がしっかりしなくてはと張り切っているのだ。
早速、二人並んでログイン装置へ寝転び、ネクストへとダイブする。
「アマト……!」
「あ、テアドール……じゃないベスビアナイト?」
ログインしていつもとは違う恰好になった二人は何だか変な感じだと笑い合う。
テアドールを真似た水着姿を見られるのは何だか照れてしまうのだ。
そんな二人へ近づいてくるのはROOのNPCである妖精姿の『ジェダイト』だ。
「お久しぶりです? はじめまして?」
「そうですね、一度お会いしたことがありますのでお久しぶりですね」
目まぐるしくROOで遊ぶ中でジェダイトとも会ったことがあるらしい。
「ジェダイト様ともともだちになれたら、とってもとってもうれしいです。テアドールたちと遊べたら、たのしいです」
「ええ、もちろんですよ。あなたともお友達です」
小さな妖精の身体でニルの手を掴んだジェダイト。
「じゃあ、ジェダイト、ですね!」
友達になれれば名前で呼び合う。それを教えてくれた人がいた。
「あの、ジェダイト……廻様が来てますか?」
「ええ来ていますよ。ちょうど其処のカフェーでくつろいでいます」
ジェダイトに連れられて大正ロマンの小綺麗なカフェーに顔を覗かせるニルたち。
聞こえて来たのは楽しげにはしゃぐ『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)の声だ。
アバターは猫耳尻尾の幼子を使っているらしい。そんな猫廻を抱えるのは『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)だった。こちらは軍服姿であった。元気に遊んでいる廻を見つめニルは目を細める。
他にも『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の姿が見えた。
華やかな色のワンピースにクロッシェを被り、ボブカットにしたアーリアは暁月達の下へコツコツとヒールを鳴らしながら近づく。
「そこの軍人さんと猫憑きさん」
「おや、アーリアちゃん可愛らしい恰好だね。髪も切ってるじゃないか」
「どぉ? これが今のヒイズルの最先端らしいわ」
くるりとしなやかな指先でスカートを揺らしたアーリアに暁月と廻は「綺麗」だと答える。
「とても似合ってます!」
ぴょんぴょんとアーリアの周りを飛び跳ねる幼子姿の廻は、まるで本当の子供のよう。
「はしゃぎすぎないようにね」
「はいっ!」
手をぴこっと上げた廻は、カフェーの椅子に大人しく座る。けれど、視線はそわそわと周りの景色を見つめ忙しなく動いていた。駆け出したくてうずうずしているのだろう。今日ばかりは仕方ないとアーリアは微笑み暁月へと視線を流す。
「それにしても暁月くんの姿、普段とはまた違った色男ねぇ……ふふ、写真に撮って学園の生徒や晴陽ちゃんに見せてあげたいわ!」
「それは、恥ずかしいなあ」
基本的にスーツか和服を着ている暁月の軍服姿は良い話題になるだろう。
「いざという時の為に傍には居てあげたいけれど、私はやることがあるから――行ってくるわね」
「ああ、いってらっしゃい。気を付けてね」
颯爽と去っていくアーリアの背を見つめ暁月は頼もしいと笑みを零す。
「かなしいのはいやです、すきなひとはいっしょにいてほしいし、みんな笑っていてほしいです」
廻や暁月、明煌。燈堂家や煌浄殿の皆と一緒に楽しくご飯がたべたい。
「そのために……ニルには何ができますか?」
ニルはジェダイトへ向けて「かみさま」の下へ連れて行って欲しいと願う。
燈堂家へと向かう道すがら、軍服姿の明煌と出会った。彼はこちらのNPCなのだろう。
「明煌様は軍人さん? ここには煌浄殿はないのですか?」
「煌浄殿というものはありませんね」
ネクストには煌浄殿は無く、燈堂家があるのみなのだろう。先程のNPCの明煌も『燈堂明煌』と名前の表記があった。
「おや、どうやら二柱はどうやら此方へ向かってきてるようですね。この先に居ます」
ジェダイトが指差した方向を見れば、クロウ・クルァクと白鋼斬影がゆったりと歩いてきていた。
傍らには『発展途上の娘』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)のアバター『siki』の姿があった。
「離却の秘術」も重要だけれど、そちらの回収には仲間が向かってくれている。
ならばとシキはカミサマと話しをしたいと思ったのだ。
「こんにちは、シキさん」
「やあ! ニル達も一緒にお散歩する? カフェでもいいんだけどさ、天気が良かったら外でおやつ食べるのもよくない? 私、美味しいお団子が食べたいなー!」
「良いですね!」
二柱とシキとニルとテアドールとジェダイトと。
六人はお団子を手に川に架かった橋の上を歩く。石造りの橋をゆっくりと。
気さくな神様たちと話してみたいのが半分、泥の器について知りたいのがもう半分。
シキは白く煌めく水面へと視線を向けた。橋の欄干に手を付いて遠くを眺める。
「廻のことさ、私は皆ほどよく知ってるわけではないけど……可能なら手を伸ばしたい。あの子が大切な人と笑っていられるように。この力が届く限り、出来ることをしたい」
シキの言葉にニルも重ねる。
「えと、ニルはクロウ・クルァク様と白鋼斬影様に話しをききにきました。繰切様につながるかみさま。ふたりのままでいられなかったのが繰切様と聞きました。おふたりはどうしてふたりでいられるのですか?」
「我らが二人なのは、元々だからな……確かに競い合ったことはあるが。まあ喰らいたい程愛してはいるが、それを行った所で白鋼斬影が消えるだけだろう? 繰切からすれば、我はその道筋を忌避した存在なのだろうな。可能性の分岐だ。ともすれば繰切となった二柱の願いだったのやもしれん」
喰らってなければ共に歩むことが出来ただろうかという、儚い夢をネクストが読み込んだ可能性がある。
ニルとシキはその答えに静かに頷いた。だったら、とシキは二柱へと振り返る。
「二人は操切や泥の器について、何か知っていることがあれば教えてくれない?」
「はい……ニルも知りたいです。泥の器ってなんですか? どうしたら……すきなひとみんな、笑っていられますか?」
色々と調べて、どうにか繰切を二分すればいいのではないかという可能性までは辿り着いた。
仲間が探しに行ってる「離却の秘術」でそれが叶うのだと。
「でも、その先は? 二分したところで本当に脅威は去ったといえるのか、泥の器をより安全に解除する方法はないのか。私には、わからないことが沢山ある。ま、私にわからないだけかもしれないけど!」
団子をもう一本ずつ差し出したシキは一歩前に踏みだす。
「カミサマたち、知ってたら教えて。知らなくても、知ってそうな人がいたら教えて。美味しいお団子に免じてさ。だめ?」
シキやニルの疑問は尤もだろう。だから、それを知る為に二柱の下へやってきたのだ。
「泥の器は浄化し続ければ神の杯となります。しかし、その過程で大抵の人間は死んでしまう。泥の器に穴が開いて穢れが溜り死んでしまうのです。けれど、それを繋ぐことができれば、やがて神の杯となる。巫女……貴方の世界の『廻』も神の杯となりつつあるのでしょう。途中で止めることは出来ない」
「けれど、完成すれば廻はどうなってしまう? 神が降ろされて、そのあと廻は元通りになるの?」
シキの問いに白鋼斬影は首を振る。
「おそらく記憶は剥がれ落ち、人格を成し得ない。神そのものになるでしょう」
「そんな!」
ニルとシキの声が橋の上に響く。悲痛な表情を浮かべるシキとニルに白鋼斬影は優しい笑みを向けた。
「それを望まぬというのなら、これをお持ちなさい」
白鋼斬影がシキとニルの手に落すのは『繰輪の術式』を刻んだ石だ。
「これは『離却の秘術』の対に成るもの。これを貴方の世界の『繋ぐ者』と共に使いなさい。そうすれば、神の杯となった人間の記憶を繋ぐことができる」
泥の器の浄化を止めることが出来ないのなら、神の杯となったあとで、掴み取る道筋を選べばいい。
「記憶は『夢石』となって散らばっています。其れ等は必ず神の杯の近くにある。探してみてください」
「夢石と繋ぐ者……」
「それから……夢石は砕けば強大な力となります。けれど、そこに封じられた記憶は喪われてしまう。気を付けてください」
確りと頷いたシキとニルは手にした石を握り締めた。
「あの!」
突然声を掛けられたクロウ・クルァクと白鋼斬影は声の主に振り返る。
其処には華やかなワンピースを着たアーリアが立っていた。
「どうした?」
「――知り合いに似ていて声をかけてしまったの」
知り合いというアーリアの言葉に二柱は顔を見合わせる。
「この人に似てる人が何人も居たら争いが絶えないでしょうね……」
「おい」
二人のやり取りにくすりと微笑んだアーリアは「燈堂のお屋敷」の場所を訪ねる。
「迷ってしまって。道案内をお願いできないかしら」
「良いぞ。丁度帰る所だったしな……礼はさっきの『知り合い』の話しでいいぞ」
道すがらアーリアは二柱へ繰切の話しを語る。
「その人はね、元々は二人で、長い戦いの末に互いを求め、二度と離れぬよう喰らい、一つになった。そうして人の心の安寧のために、自らが悪神であろうとしたの」
けれどそれは綻び、沢山の悪い事が重なった。
「一つであるだけが正解じゃなく、二つであるから寄り添える……なぁんて、無理なのかしら」
二柱のように『その人』がなれたらと、思ってしまうのだと伝うアーリアにクロウ・クルァクは考え込むように唸る。
「そうだな。まあ、そいつの考えは分からんでもないが。そんなもの知らぬと引っぱたいてやればいい。昏い穴蔵から引きずり出して陽の光を下にくれば、共に地を駆けた記憶も目覚めるだろう。喰らってしまえば、一緒になど居られぬ。そんな当たり前のことを後生大事に抱え込んでる阿呆は張り倒せ」
クロウ・クルァクの言葉にアーリアは目を瞠る。
「まあ、心優しいお主には餞別をくれてやろう。手を出してみろ」
素直に手を出したアーリアにクロウ・クルァクは黒紫の石を渡した。
「これを握り込んで殴れ」
「……それは私達の力を織り込んだものです。きっと貴女の力になってくれますよ」
此処で受け取ったとしても現実世界に持って行ける訳では無いのだとアーリアは石を見つめる。
されど、これは物質ではない。『託された心』だ。それをアーリアは力強く握り締める。
「今度出会ったら、カフェーで珈琲でも飲みましょうね!」
クロウ・クルァクは手を振って去って行くアーリアに「おう」と気の良い返事をした。
――――
――
『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は久し振りのROOへ新鮮な気持ちで降り立つ。
ヒイズルに会わせて大正ロマンの衣装を身に纏い燈堂家までの道を往く。
途中のカフェーで見かけた廻は本当に楽しげで思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ、廻さまが飛び回って楽しんでいる姿を見るのは、嬉しいけれど。此処は現実ではありません、ものね……本当にそうあれる日が来るように、わたしに出来る事をしましょう」
廻達に声を掛けずにメイメイは燈堂家へと向かう。
燈堂家の門の前でニルと『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)のアバター九重ツルギの姿を見つけたメイメイは「こんにちは」と手を振った。
弾正は秋永 久秀と共に燈堂家の台所へと足を運ぶ。フライパン+サキモリ☆キッチンで料理を作るというわけだ。
「神の気紛れを真に受けてはキリがない。……とはいえ、弱点が明確で御しやすいと思われている私であればクロウ・クルァクや蛇巫女から何か聞き出せるかもしれません」
蛇巫女を困らせない限りは友好的な姿勢を取ると決めた弾正は忙しなく手を動かし、次々と料理を造り上げた。
「久秀さん、配膳の手伝いを頼みますよ。白猫イズルさん、今日も愛らしいですね」
弾正の声に久秀は内心悪態を付く。
(九重め、何が『神格を持つ真性怪異と縁を繋いでやる』だ。やはり打算であったか)
膳を運びながら溜息を吐いた久秀はまあいいと首を振る。利用されるのならば、自分のその状況に乗るまでだ。里から連れ出された事には驚いたが、四神には及ばずともクロウ・クルァクや白鋼斬影はそこらの夜妖よりは強そうだと久秀は二柱の前に配膳する。
(上手く取り入る事さえ出来れば秋永の者達も、俺を頭首と認めるかもしれん)
「ご無沙汰です。本当はもっとお会いする機会を増やしたいのですが、ままならぬ事が多いもので。お供え物と依代のお二人用は別に準備しましたから、まずは歓談の時間を取りましょうか。今日はちゃんとお酒も用意してあります」
台所から居間へとやってきた弾正はクロウ・クルァクと白鋼斬影へ声を掛ける。
其処には二柱の他にも燈堂家の面々とメイメイやニル達の姿もあった。
弾正が使える手段をあるだけ用意したのは、少しでも多くの手がかりを得る為だ。
「怪異のお二方は察しがついているかもしれませんが、俺には救いたい人がいる。別の世界の明煌さん……彼の迷いを見た以上は、助けに必要な情報を持ち帰りたいので」
「おい、蛇巫女と結弦とやら。貴様らはどうやって依代になったのだ? 怪異の喜ばせ方を教えろ。困った時は力になってやらなくも無い」
蛇巫女と結弦は顔を見合わせ「選ばれた」のだと告げる。
この世界ではクロウ・クルァクと白鋼斬影が二人を依代と選んだのだろう。
「こちらの暁月様と明煌様は雰囲気が全然違うのですね。おふたりはどうして仲が悪いのですか?」
ニルは暁月や結弦の話しを聞いてみたいと思った。仲良くなりたい気持ちも廻達のために情報を知りたい気持ちもある。それ以上にどんなものが好きかを知りたい。いっぱい美味しいものを食べてほしい。
「君達の世界にも兄は居るのか……彼を救いたいと? 向こうでは犬猿の仲と言うわけではないのだな。少し羨ましいよ。私は嫌われてしまっているからね。私が異能者で当主を継いでから兄の態度が変わってしまったんだ。まあ、与太話さ……君達が聞きたいのは私のことじゃないだろう?」
暁月はニルやメイメイへと視線を向ける。
「『泥の器』と『神の杯』というものを、ご存知でしょう、か」
メイメイはそんな風に話しを切り出した。
「実際の所、それがどういうものなのか、どういう事になるのか、よく知らなく、て。杯にされてしまった存在の命が失われてしまうのは、分かっては、いるのですが……術式が進んでいる今となっては、止めるのは難しいと思いますが、制御、出来ないのかな、と」
メイメイの問いに白鋼斬影は「知っていますよ」と返す。
「まず、泥の器が生きている事が幸運です。普通の人であれば泥の器から溢れる穢れで死んでしまいます。その穴を繋いだ者が近くに居るのでしょう。ただ浄化をし続け神の杯になったものは記憶が剥がれ落ち、人では無くなってしまう」
「……かみさま、をくっつけたり、分けたり……そういう事も可能なのです、よね? 廻姫さまの持つ『離却の秘術』がまさにそれ、とは思うのですが…そこから更に、力を分ける事は出来るのでしょう、か」
メイメイの言葉にニルは瞳を瞬かせる。先程貰った『繰輪の術式』を刻んだ石を手の平の上に転がした。
「これは?」
「ええ、先程ニルさんに渡したものです。『繰輪の術式』は『離却の秘術』の対となるもの。剥がれ落ちた記憶を繋ぐ道標となるでしょう。ただ、これだけでは意味が無い。散らばった『夢石』を探さなければ」
記憶を封じた夢石を探す。メイメイは拳をぎゅっと握り締めた。
大切な友人を救う、可能性。その道標が目の前にある。
ふと、メイメイは猫耳尻尾の廻の姿を思い出す。
「『泥の器』である廻さまは、ROOではどういう状態なのでしょう? 身体は、こちら側には無く。精神だけの状態……ですよね? クロウ・クルァクさまは、こちらに来ている廻さまの呪いを感じ取れるのでしょうか。呪いは、心までは侵さないのでしょうか……?」
「……さっきカフェーに居たちびっ子か。外の世界の事は分からぬが、先程見た限りでは問題無さそうだったぞ。この世界に居る分にはな」
クロウ・クルァクの言葉にメイメイはほっと胸を撫で下ろす。
けれど、何故なのだろう。胸騒ぎがどうしても止まらなかった。
●
白い花弁が風に乗って目の前を通り過ぎる。
燈堂家の中庭で『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は『星穹鞘』Muguetと対峙していた。
「あの日『彼が折れてしまったらどうする』という問いに答えたのは、他でもないお前自身だったでしょう。ねえ。ふざけるのも大概にしておきなさいよ」
彼に名前を呼んでもらうという願いはもう叶えてやった。
「鞘を出しなさい。お前の本体を、出せ。今ここでへし折ってやるわ」
一歩迫る星穹に『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)と『妖刀廻姫』は何を言わんかと考えあぐねていた。その気配を察した星穹は二人に首を振る。
「廻姫。ヴェルグリーズ。少し黙っていてもらえますか。
これは妻としても『私』としても許しがたいのです」
廻姫が折れるというのなら、鞘である無幻とて存在する意味も無し
「あの日はお父様に邪魔されたけれど、今度こそ決着をつけましょうか。今日こそお前を殺してやるわ」
その存在が自分自身ではないと、否定できればどれ程楽だっただろう。
掻きむしりたい程の嫌悪と、羞恥に胸がざわめく。
「いつだって『私達』の命は彼の隣にある。お前は私よりも、ずっとずっと彼の隣に居られるというのに。長く彼を守れるというのに!! お前が『私』なら。傷付いた剣を包み込むことだって、出来るでしょう」
星穹の声が中庭に響いて、遠くへ消えた。
「鞘は剣を守るもの。外からも、敵からも守れるもの。罅割れた剣を。ましてや彼を元通りにすることの難しさは、私が一番理解しているでしょう?」
――戦って欲しくない。
そう想っているのは、無幻であり星穹自身であった。
それが手に取るように分かる。分かるからこそ憤るのだ。
「彼を見守るのが相棒(つがい)じゃない。彼を失いたくないのなら、何をしてでも止めなさい!」
凜とした星穹の声に無幻は目を瞠る。
廻姫の意思を尊重したい。けれど、何より彼を喪いたくない。
「貴女は鞘。私は盾。だけどそれ以前に、私達は剣を支える器なのだから。
……要するに。伝えれば良いのです。生きていて欲しいと。傍に居てほしいのだと」
恐らく、星穹の剣ほど、無幻の刀は察してはくれない。より、刀に近いものだ。
言葉に出来ないのなら行動で示せば良い。
「……廻姫。ヴェルグリーズ。私達の中心は他でもない貴方達です」
星穹の声に廻姫とヴェルグリーズが顔を上げる。
「貴方達が死ぬときが『私達』の死ぬときです」
その言葉は何よりも重く、誰よりも強い願いを示すものだ。
「私達には貴方を受け止め、支え、守り、愛することしかできないけれど。貴方が望む力を受け止め形にすることが、私達には出来る」
生きてほしいと、無幻が叫んだ。
その声は廻姫の心にも届いただろう。
そっと星穹たちの言葉を見守っていたアーリアは静かに歩み寄る。
「戦う気はないわ、貴方には守りたいものがあったのでしょう? そうして掴んだ平和なら、それを害するつもりはない」
アーリアは廻姫と無幻を見つめ目を細めた。
「けれど、貴方がかつて守りたいものがあったように。私達にも、此処に居る皆にも守りたいものがある。それはこの世界ではない、私達の日常なの」
だからとアーリアは一歩前へ踏み出す。言葉を重ねる為に。
「私は、私達は、救いたい人が居る。だからお願い、私達に力を貸してください」
星穹、無幻、アーリアの言葉を受け廻姫は息を吐く。
その強き想いが廻姫の中の記憶を呼び覚ますのだ。
朧気だった『離却の秘術』の全容。その全てをはっきりと思い出した。
だからこそ確信出来る。彼女達はこの秘術を心から欲して居る。
誰かを救うために、手を伸ばそうというのだ。
それを託せるか。廻姫は目の前の『自分』へと視線を上げた。
「廻姫、剣を交えて物理的な力を示すことに俺はあまり意味を感じていないんだ」
自分達の物理的な『力』は先の大戦で廻姫も目にしたはずだ。
この場で示すべきはそういった『力』ではないとヴェルグリーズは思い至る。
「だから……」
ヴェルグリーズはその場に剣を置いた。
「話しをさせてくれないか」
『離却の秘術』が大切な人達を助ける為の方法なら迷わず手を伸ばそう。
その為に力を示せというのなら、そのようにする。
けれど、それはヴェルグリーズ自身も納得できるものでなければ意味が無い。
「キミは俺だ、何を考えているかは何となくだけれど分かるよ」
廻姫の目はヴェルグリーズが秘術を託すに相応しい人物であるか、それを見定めようとする瞳だ。
だからこそ逃げない。逃げる必要など無い。託すべきは己自身だとヴェルグリーズは胸を張る。
「俺には守りたい大切な人がいる、暁月殿は未だに燈堂の当主の運命に囚われたままだ。
きっとこのままでは彼はその身を危険に晒す、俺はそれをなんとしても止めたい。
親友としてその背を支え隣に立って共に明日へと踏み出したい。
助けたい人がいる、救われて欲しい人がいる、俺がその術を求める理由はただその一点だ」
凜とした声が中庭に響いた。
いつもは柔和な印象を受けるヴェルグリーズの声が、今は凜々しく聞こえる。
「キミの持つ術はきっと俺達に正しき道を示してくれる道しるべになる」
誤った使い方などするものか。誰よりも正しく紡いでみせる。
「俺とキミが得た大切な縁に懸けて誓おう。
だからどうか廻姫、その為の力を俺に託してくれないだろうか」
廻姫はヴェルグリーズの瞳を真っ直ぐに見据えた。
その瞳に偽りは無い。自分自身なのだから、すぐに分かる。
ヴェルグリーズ『だけ』がこの場に臨んでいたのなら、廻姫は託さなかったかもしれない。
何故なら、その全容を思い出させたのは、ヴェルグリーズに寄り添い強き想いを言葉に乗せた星穹やアーリアたちの声があったから。
「一人だけじゃ無い。だから、託せる」
たった一人だけでは折れてしまうかもしれない。けれど、ヴェルグリーズは一人ではなかった。
この『離却の秘術』は皆で紡ぐ道標だ。
「ありがとう……」
秘術を受け取ったヴェルグリーズは廻姫へ笑みを零した。
「あとこれは個人的なことだが……どうか相棒を、そして自分を大事にしてくれないかな。俺はこれ以上鞘の彼女の不安そうな顔を見てられないんだ」
ヴェルグリーズの盾も、廻姫の鞘も悲しい顔は似合わない。
「彼女達の涙は俺達が拭う、それも大事な俺達の役割だと思わないかな」
「肝に銘じておこう」
「……どうか、終わりが来るその時まで。鞘(あのこ)を頼みますね、廻姫。
私達は人に頼るのが不得意なようで。きっと貴方のことが心配で、一人で泣いているかと思いますよ」
星穹の言葉に廻姫は視線を上げる。
「何故って……あの子も、私ですから」
微笑んだ星穹は踵を返しヴェルグリーズの隣に立った。
ゆっくりと消えていく二人の姿を、刀と鞘は何時までも見つめていた。
●
一足先にログアウトしたメイメイは廻達のログインルームへと駆け込む。
其処にはメイメイが予想した通り、葛城春泥の姿があった。
「やあ、メイメイちゃん遊び疲れちゃった?」
手を振った春泥へメイメイは警戒を強める。煌浄殿で話す事もあったけれど、廻を泥の器にしたのは紛れもなくこのパンダフードなのだ。
「何をしてるんですか?」
廻のログイン装置へ手を置いていた春泥をメイメイは睨み付ける。
ログイン装置の中には暁月があげたぬいぐるみと明煌の羽織が見えた。
横たわる廻が何かされてやしないかと悪い予感がしてくる。
「え? メディカルチェックだよ。廻は大事な器だからね。負担が掛かってないか見てるんだ。ほら見てよ、楽しそうにはしゃいでる」
ログインルームの壁に備え付けられたモニターへ明煌と暁月、廻の姿が映し出される。
『もお、明煌さん返してくださいっ。暁月さんと帽子交換だったのに』
『はっ……』
『おっと、落ちる落ちる。ふふ……廻、すごい楽しそうだねえ』
それは本当に幸せそうな三人の姿だった。
「メイメイちゃん、僕はさ繰切とか無限廻廊とかどうでもいいんだよね。全部、ぶっ壊れればいいと思ってるんだよ。けど、それをするには多くの人が犠牲になるだろう? 流石の僕もそれじゃあ寝覚めが悪い。だからまあ、一番犠牲が少ない方法を取りたいと思って今までやってきたんだ」
「それが廻様ですか?」
メイメイの問いに春泥は悪辣な笑みを浮かべる。
「繰切をクロウ・クルァクと白鋼斬影に分けて弱体化させ、その二柱を戦わせる。そしてクロウ・クルァクが疲弊した所を一気に叩くんだ。でも、クロウ・クルァクはともかく白鋼斬影は一度飲み込まれた身。現世に留めるには依代が必要だろう。それが廻。神を降ろした廻はそれは強い子になる。簡単には死なない。僕は神の母になりたいからね。それで、無限廻廊も壊して深道のクソみたいな信仰を潰すんだ」
くすくすと笑った春泥はメイメイに一歩近づく。
「君にこれを話したのは何故だと思う? それはね、君が此処へやってきたから。本当は誰にも教えてあげないつもりだったんだけど。君は見事に此処へ辿り着いた。ご褒美にこれをあげよう」
メイメイの手の平の上に転がるのは、赤と薄紫のグラデーションが美しい石。
「これは夢石。煌浄殿で過ごした廻の記憶が入ってる。握って願えば廻の記憶が見られるよ。ただまあ他人の記憶を覗くのって勇気がいるよね。見るか見ないかは勝手にすればいいけど。持ってたらいいことがあるかもしれない。さて、お話はこれでおしまい」
「いえ、まだ……」
終わってないとメイメイは春泥の手を掴む。
されど、春泥が手にした小型装置からメイメイの顔へ催眠ガスが噴射された。
遠のく意識の中でメイメイは必死にログイン装置へと手を伸ばす。
「もうすぐだよ、輝一朗」
そんな春泥の声を聞きながら、メイメイは意識を手放した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
祓い屋本編『正しき道』でした。
次回は最終回となります。お楽しみに。
MVPは次への道筋を掴んだ方へ。
GMコメント
もみじです。
祓い屋最終章、三話『正しき道』です。
※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
●はじめに
後述のパートごとに分れています。
どれか一つを選んでください。
時系列は【1】【2】【3】の順です。
人数の偏りがあっても構いません。好きな所に行きましょう。
●目的
・レイラインの正常化
・『封呪』無限廻廊の調査および防衛
・繰切についての情報収集
・離却の秘術の入手
●NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175):【3】ROOにいます。
希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。
燈堂の当主の末路は人柱です。
その命を捧げる覚悟はしていたつもりですが、死にたくないと吐露しました。
○『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277):【1】周藤家にいます。
禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。
暁月の事を愛しています。
それ故に、暁月を燈堂の呪いから解放したいと願い葛城春泥の計略に加担しました。
『赤の他人だった』廻なら犠牲にしても構わないと思っていました。
けれど、今は廻を大切だと思っていて、後悔しています。
暁月も廻も救いたいと思っています。
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160):【3】ROOにいます。
『泥の器』にされてしまい穢れた状態です。
浄化の影響で体力が無くなっているようです。疲れやすく熱をよく出します。
呪物が作る花蜜で栄養を補っています。
とうとう両手足がうごかなくなりテアドールの補助具をつけています。
一日の大半を眠って過ごしているようです。
ROOへダイブし、久々に身体をいっぱい動かせて嬉しそうです。
とてもテンションが高くはしゃいでいます。
○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215):【2】燈堂家にいます。
元・獏馬の夜妖憑き。
燈堂家に襲撃を掛け敗北。その後は燈堂家の居候となりました。
姉とも仲直りをして、現在は親友と共に燈堂家の離れで暮らしています。
医学の道を目指すようになり、最近は勉学に励んでいます。
○『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243):【3】ROOにいます。
ROOの事件、竜との戦いを経てイレギュラーズの皆さんの事がとても好きです。
今まで外に出られなかったので、色々な事を教えて欲しいと思っています。
廻の両手足を支える魔術と科学技術を合わせた補助具を開発しました。
○『深道の相談役』葛城春泥:【2】燈堂家にいます。
佐智子(明煌の母)の幼い頃には既に深道の相談役だった事から、影響力が強い人物です。
深道の人達は彼女を信頼しています。
暁月や龍成、廻に『呪い』を掛けた張本人でもあります。
何か思惑があるような気配がします。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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以下は物語をより楽しみたい方向け。
●夜妖憑き
怪異(夜妖)に取り憑かれた人や物の総称です。
希望ヶ浜内で夜妖憑き問題が起きた際は、専門家として『祓い屋』が対応しています。
希望ヶ浜学園では祓い屋の見習い活動も実習の一つとしており、ローレットはこの形で依頼を受けることがあります。
●祓い屋とは
練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。
●前回までのおさらい
・廻が『泥の器』にされました。浄化の為に煌浄殿に居ます。
・泥の器を解くのは難しく、このままでは『神の杯』に成ってしまいます。
・それでもイレギュラーズは手がかりを探ります。
・繰切は二つの神が合わさったもの、それを再び二分すれば神降ろしが行われても、廻が助かる可能性はあるのではないかと判明しました。
・イレギュラーズに任せれば繰切という深道にとっての『悪』を倒せるのだと、人々は信じ始めています。
・故郷である北の大地の封印が解かれ、繰切の『闇』の力が強まっているようです。
●今回のあらすじ
・深道三家のレイラインを正しい流れにするために周藤へ穢れを祓いにいきます。
・燈堂家の地下無限廻廊の座で春泥が何かを画策しているようです。
・繰切を二分する方法をROOに探しに行きます。ROOにはクロウ・クルァクと白鋼斬影が居るからです。
・ROOに入ったイレギュラーズたちはヒイズルへと赴きます。
・そこで待ち構えていたのは妖刀廻姫です。離却の秘術を譲り受ける為に戦うのかを委ねられています。
●これまでのお話
燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】周藤家で穢れを祓う
●目的
・穢れを祓う
・深道三家のレイラインの正常化
・調査や交流などもOK
●ロケーション
再現性山梨の周藤家です。
四方を山に囲まれた緑の稜線が美しい町並みです。
希望ヶ浜から来た人々は空が近いと表します。空気と水が綺麗です。
周藤家の中庭には大きな『要石』が置かれています。
●出来る事
周藤家の中庭に置いてある『要石』の周りに広がった穢れを祓います。
穢れを祓う事により深道三家に繋がるレイラインが清浄なものになります。
万が一、穢れを祓うことが出来なかった場合、
煌浄殿の呪物の封印や燈堂家の無限廻廊に悪影響があります。
戦闘の前後で明煌たちとお話することもできます。
会話がメインでも戦闘がメインでも問題ありません。
●敵
○悪性怪異<夜妖>『古蝶』藤宮(とうぐう)
周藤の地下に封じられている夜妖です。
朽ちた羽を持った巨大な蝶のように見えます。真性怪異に近しいものです。
周藤家を守護する夜妖が、その身に穢れを溜め込んでしまっています。
長い年月の間に澱んでしまった願いの残滓や呪いを深道の子らに影響がでないようにと食べ続けていたのです。
燈堂と深道のレイラインが清浄な流れになった今だからこそ、穢れを祓ってほしいと藤宮は願いました。
一つ一つの呪いは小さくとも、長い年月で積み重なったものに雁字搦めになっています。
鬼火と羽打ちの範囲攻撃があります。
戦場には常に鱗粉による呪いのバッドステータスが広がっています。
○穢れ×無数
藤宮が溜め込んだ穢れが具現化したものです。
どろどろした影のようなものす。斬ることによって祓うことができます。
取り憑いてダメージを負わせてきます。
●NPC
○『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)
禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
負荷の大きいレイラインの浄化を執り行います。
それは、暁月のためであり、この先の未来を見据えているからです。
独りでは成し得ない浄化ですが、イレギュラーズが居てくれるならと踏み切りました。
あまり言葉には出しませんが、頼りにしているようです。
○『暁月の弟』周藤夜見(しゅうどうよみ)
妖狐の夜妖憑き。暁月の弟です。朝比奈とは双子。周藤家の当主です。
朝比奈よりは冷静な判断をします。それは兄の暁月のようになりたいと思っているからです。
優しく強い兄のようになりたいと願っています。
普段は冷静沈着ですが、一度、怒りに火が付くと過激な行動に出る場合があります。
それは妖狐の夜妖憑きが故の特性です。
○『暁月の妹』深道朝比奈(みどうあさひな)
実権を握るのは佐智子たちですが、彼女が深道の当主です。
白蛇の夜妖憑き。暁月の妹です。夜見とは双子。
とても兄想いの少女です。
兄弟以外には人見知りをして高慢な態度を取ることもあります。
暁月と同じように、其れ其れの家の当主の責務を負います。
○胡桃夜ミアン(くるみやみあん)、実方眞哉(さねかたしんや)
煌浄殿の呪物たちです。
明煌や海晴と共に呪物回収を行うため『外』へ出られる子たちです。
眞哉は明煌達とどこかで血が繋がっているようです。
今回は明煌に同行しています。
○詩乃(しの)
白鋼斬影の妹。煌浄殿に預けられている、『巳道』の成れの果てです。
イレギュラーズと戦い力の殆どを失い精霊になりました。
巳道であった頃の記憶も曖昧で、童子のように振る舞います。
ミアンに懐いています。今回は明煌に同行しています。
【2】燈堂家での調査および防衛
●目的
・『封呪』無限廻廊の調査および防衛
・水遊びや花見などもOK
●ロケーション
再現性東京、希望ヶ浜の燈堂家。
大きな和風旅館のような佇まいです。
門下生が生活する南棟、東棟、訓練場がある西棟。
とても広い中庭は四季折々の草花が見られます。
北の本邸には和リビング、暁月や白銀、黒曜の部屋があります。
離れには廻、シルキィ、愛無、龍成、ボディの部屋があります。
本邸の地下には座敷牢と、そこから続く階段があり、無限廻廊の座へと繋がっています。
●出来る事
『封呪』無限廻廊の調査をします。
また、葛城春泥が此処へ来ています。何かしらの意図があるようです。
『封呪』への影響を考えれば穏便に済ます方がいいですが戦闘になる可能性もあります。
●『封呪』無限廻廊
無限廻廊の座は薄暗く、一面に呪符が張り巡らされています。
その呪符は当主である暁月の精神状態に影響され真っ黒に染まることがあります。
今は経年劣化で剥がれる以外は問題無いように見えます。
広い部屋の真ん中には『封呪』無限廻廊の術式陣が光っています。
真性怪異『繰切』を封じているものです。
燈堂家はその無限廻廊を守護する役割があります。
無限廻廊が壊れると、繰切が復活して、多くの命が失われると言われています。
弱い夜妖がここに吸い込まれると自力では逃げ出せないようです。
術式陣の中に入ると夜妖憑きにも何らかの影響があるとされています。
歴代の燈堂家当主は交代する際、この封呪に命を捧げ人柱となります。
『封呪』無限廻廊と暁月の持つ『妖刀』無限廻廊は繋がっているとされています。
●NPC
※当主である暁月は本日不在です。
○『深道の相談役』葛城春泥(かつらぎしゅんでい)
佐智子(明煌の母)の幼い頃には既に深道の相談役だった事から、影響力が強い人物です。
深道の人達は彼女を信頼しています。
暁月や龍成、廻に『呪い』を掛けた張本人でもあります。
燈堂家の無限廻廊の座に現れたということは、何か思惑があるような気配がします。
春泥から攻撃を仕掛けてくることはありませんが、応戦はするでしょう。
何の目的でここへ来たのかは今のところ分かりません。
○周藤日向(しゅうどうひなた)
狐耳尻尾の可愛らしい少年。暁月の従兄弟です。
日向は伝令役として、深道三家を行き来しています。
今回、春泥の傍にいるのも彼女の動向を探るためです。
彼は特異運命座標ではない一般人です。
○『蛇神』繰切
燈堂家の地下に鎮座する蛇神です。水神でもあり、病毒の神でもあります。
その前身は『クロウ・クルァク』です。クロウ・クルァク時代よりも信仰は薄れていますが、無限廻廊を簡単に突破できる程の力は残っているだろうと目されています。けれど、それをしないのは白鋼斬影との約束があるからです。
無限廻廊の座の封印の扉の向こうに本体がいます。
『闇』の力が強まり、分体を出せるようになりました。
彼の『闇』の力が強まったことによる影響は未だ判明していません。
○『繰切の子』灰斗
神の子。夜妖や精霊と呼ばれる存在です。
強さはそれなりなのですが、コントロールが不足しています。修行中。
対の存在である神々廻絶空刀が居れば安定するのですが、本日は不在です。
○『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)
元・獏馬の夜妖憑き。
燈堂家に襲撃を掛け敗北。その後は燈堂家の居候となりました。
姉とも仲直りをして、現在は親友と共に燈堂家の離れで暮らしています。
医学の道を目指すようになり、最近は勉学に励んでいます。
本邸の方で何か騒がしいような音がきこえたので駆けつけました。
○『三妖』牡丹、白銀、黒曜
○『夜妖たち』黒夢、白雪、雨水
○『燈堂門下生』湖潤・狸尾、湖潤・仁巳、煌星 夜空、剣崎・双葉、八雲樹菜
灰斗や三妖、夜妖、門下生たちとは中庭でお散歩できます。
花を見ながらのんびりと過ごしたり、水遊びをするのも良いでしょう。
【3】ROOへダイブ
※ヴェルグリーズさんはこちらの選択肢に固定されます。
※ROOのステータスシートがある場合は姿やスキルなど参照します。
どの姿など希望があればプレイングに記載してください。
(プレイング送信は現実世界のものとなりますのでご了承ください)
●目的
・繰切や泥の器についての情報収集
・離却の秘術の入手
・大正ロマンを満喫するのもOK
●ロケーション
ROOのヒイズルです。
大正ロマンを再現したフィールドです。
港町から坂を登って、煉瓦造りの『カフェー』に馬車道を路面電車が駆けぬける。
タイル張りのモダンなビルヂングに、電線が蜘蛛糸のように巡り。
道行くモガの装いは羽織袴ならずワンピヰス。
戦闘が行われる場所は、ヒイズルの『燈堂家』です。
現実世界と同じ中庭を映したフィールドとなります。
●出来る事
大正ロマンのヒイズルで遊ぶ事ができます。
NPCや神々から情報を聞き出すのもよし、カフェーでゆっくり過ごすのもよし。
ヒイズルには燈堂家が存在しています。訪れてみるのもいいでしょう。
燈堂家では『妖刀廻姫』が待ち構えます。
彼を説得などで納得させる事ができれば戦闘は回避できるかもしれません。
妖刀廻姫と戦闘を行うかは、ヴェルグリーズさんに決定権があります。
●ネクストNPC
ROOのNPCです。彼らはアバターではないため、死亡すれば戻りません。
街中で見かけることもあります。
話しかければ何かしら答えてくれるでしょう。
情報を聞き出すチャンスでもあります。積極的に情報収集を行いましょう。
○『妖刀廻姫』(ようとうめぐりひめ)
離却の秘術を所持しています。
とある騎士が最愛の姫君を斬ったそれは長い時を経て多くの主人の元を渡り歩きました。
因果と宿命を司り、全てを断ち斬る力を与えるかわりに、絶対に斬り離せず別れ得ぬ業罪の応報へ導く終わることなき、悲劇の魔剣と呼ばれていました。
大戦を終え、現在は霞帝の元でMuguetと共に静かにすごしています。
ひび割れてしまった刀身を抱えています。
再び戦闘となれば、折れてしまう危険性があります。
「――この『離却の秘術』を欲するならば、その力示してみせよ」
○『星穹鞘』Muguet
古の時代。Muguetは魔剣を封じるために作られた聖なる鞘でした。
元は正義における、歴史ある大聖堂の霊銀鐘でした。魔の大軍に街が襲われた際、この鐘を流星が打ち、聖なる音色で魔を祓ったという伝承が残っています。そして魔剣を封じるため、時の大司教が鐘を鋳つぶし、炉でなく星空の光で術鍛され、鞘となったのです。
ヒイズルにおける銘は封魔星穹鞘『無幻』です。
大戦を終え、現在は霞帝の元で妖刀廻姫と共に静かにすごしています。
ひび割れた妖刀廻姫を案じ、戦って欲しくないと思っています。
○クロウ・クルァクと白鋼斬影(はっこうざんえい)
二柱とも神格を持つ真性怪異です。
異邦の神なのでヒイズルでは四神の神格には及びません。
気さくな感じで接してきます。
○『蛇巫女』アーマデル
ハージェスの巫女。故郷を守る為にヒイズルへとやってきました。
大戦まではクロウ・クルァクと白鋼斬影の依代でしたが、負担が大きいので一柱を結弦に継承しています。
○神路結弦(かみじゆづる)
燈堂廻のネクストNPCです。
儚げな青年で、現在は白鋼斬影の依代となっています。
現実世界の廻より嫉妬深く喜怒哀楽が激しいです。暁月に依存しています。
○燈堂暁月
ネクストNPCです。
結弦の命の恩人です。現実世界の暁月より厳格で堅い人格のようです。
『燈堂の当主として正しい道』を歩んでいます。兄の明煌とは犬猿の仲です。
○燈堂明煌
ネクストNPCです。
暁月の兄です。現実世界の明煌よりも傲慢で悪辣です。暁月とは犬猿の仲です。
弟のような異能力が無いので、暁月が当主を継ぐとなった時に家を出て軍に所属しています。
○『テアドール』ジェダイト
ネクストが無辜なる混沌の存在を読み取った結果生じた存在。
ROOアバター被験者管理システムAI『テアドール・ネフライト』のコピー。
ネフライトの目的である『自壊』を阻止するために生まれ落ちました。
町の案内や情報などを提供してくれます。
●NPC
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂家の当主。
ROOで廻がはしゃぐ姿を見られて安心しました。
軍服に身を包み、今日ばかりは暁月も楽しんでいるようです。
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
『泥の器』にされてしまい穢れた状態です。
一日の大半を眠っている状態になっているため今日のROOダイブがとても楽しいです。
猫廻の姿となってはしゃぎ回っています。
あとから合流する明煌のためにお土産をみて回ってます。
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