PandoraPartyProject

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『氷狼』の遠吠え

 ――――ビュウ。
 凍て付く風が吹く。雪は横殴りに降り荒み一面に銀化粧を施した。そうして僅かに落ち着きを見せる。
 その繰り返し。だが、例年には見られぬ強大なる寒波『フローズヴィトニル』はその脅威たる牙を未だ突き立てた儘だ。
 革命派の難民キャンプも悴む寒さに震える者が多く居た。大鍋を運び、白湯にも近いスープで身体を温めて欲しいと尽力するのは革命派の象徴樽少女アミナ (p3n000296)であった。
「大丈夫ですからね」
 心にもないことを。露程思わず励ましとする。アミナはヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ (p3p001837)を始めとするイレギュラーズ達の尽力が今のキャンプを保っていると知っていた。
「大丈夫、ですからね」
 手が震える――息苦しく、不安ばかりが溢れ出す。アミナはかたかたと指先を震わせながら配給を行って居た。
 各派閥への伝令は時間を要しはしたが漸く全体に行き渡ったらしい。
 鉄帝国の地底には『フローズヴィトニル』と呼ばれた古の魔物が封じられているとの一報が舞い込んだ。それはアミナの居る革命派も同じ。
(大丈夫……同志ブランシュ達に任せておけば――)
 アミナはすう、と息を吸ってからぎこちない笑顔を作る。自身が不安になれば難民達はパニックを起こすだろう。
 イレギュラーズにも誰にも言わず、難民キャンプから少し離れた場所で食事を取っていた『同志ブリギット』の元へとアミナは向かう事にして居た。
 魔種という存在。後腐れのない相手。何よりも、革命派を子のように愛でている彼女に時折甘えていた。
「同志ブリギット」
「……アミナ」
「フローズヴィトニルの話は聞きましたか? また、同志達を戦いに送り出さねばならないのです。
 非力な私は足手纏いになる。だから……皆に任せてぬくぬくと毛布に包まって過ごさねばならない現実が苦しい」
「そうですね、わたくしもそうでした。『護る為には強くならねばならない』。
『指を咥えていては自然淘汰されてしまう』『冬は、恐ろしい魔物だった』のだから」
 自然とその言葉は奥へ奥へと響いた。
 泥濘んだ心の中の柔らかい場所に突き刺して、其の儘、臓物を掻き混ぜるような不快感。頭痛に続いた確かな閃き。
「私も強くなれますか」
 ――同志ブリギットは、応えやしない。

『同志』
 口に出してからギュルヴィ――否、『フギン・ムニン』は笑った。男の傍らには外交官ローズルが。そして背後には副官クロックホルムが控えている。
 『ビーストテイマー』クラウィス・カデナ中佐は月長石を思わせる丸い玉を手にしていた。
「如何です、クラウィス」
「……非常に良い『毛並み』だ。美しい。これがかの伝承のフローズヴィトニルだと思えば垂涎物だ」
 クラウィス中佐の傍では二匹の狼がぐるぐると喉を鳴らした。ビアンコとネーロと名付けられた狼たちは月長石を敬い傅いた。
「その制御も出来ますか?」
「してみせよう」
「それは僥倖」
 手を叩いたフギンに「説明して頂いても?」とローズルは何時も通りの柔和な笑みを崩さずに問い掛けた。彼は乱花魅咲と言う二人の魔種と共に地下探索に出掛けたが、成果は余り得られなかったという。
「『ローレット』とは厄介ですね。敵に回せば執念深く追ってくる」
「だからこそ、宿敵に呼ぶと相応しいのでしょう。私にとっても――『我が王』にとっても、ね」
 王という響きには二つの名前が重ねられていることにローズルは気付く。眦を下げて見せる青年に「貴方も表情作りが上手いこと」とフギンは揶揄うように言った。
『氷狼の座(ゲフリーエン・ヴォルフ)』でフローズヴィトニルの封印の要を破壊し、この寒波を呼び寄せました。
 寒さに凍え、食物は凍り付き、人は餓えた事でしょう。それもまた、自然淘汰。国の繁栄には仕方がない犠牲だったでしょう。
 人為的なものでさえなければ、それは自然現象だと人々は理解し、諦観を懐いたことでしょうとも。
 ええ、勿論、私とてフローズヴィトニルは最初は御伽噺であると思って居ましたよ? しかし、現に私の手で寒波が引き起された!
 そのヒントとなったのは一人の娘です。……真逆、フローズヴィトニルの欠片たる氷の精霊女王が顕現しているとは」
 氷の精霊女王とは銀の森エリス・マスカレイドの事だろう。
 フギンは革命派として活動する中で、イレギュラーズ達が銀の森をローレットの支部拠点にしている事を察知した。と、言えども潜入はして居ない。
 元より、エリス・マスカレイドは精霊としての権能を利用し森の中に多重に結界を張り巡らされている。フギンでは望んでも立ち入ることは出来なかっただろう。
 だが――彼女は『氷の精霊女王』なのだ。
「彼女はただの精霊ではない。特異な存在です。まさか、フローズヴィトニルの制御装置の一つだとはね。
 ……アレが生きているならば何処かにフローズヴィトニルが存在しているはずだと地下の探索を先んじて行って居て良かった」
 フギンを始めとする『アラクラン』は先んじて地下道の調査に乗り出し、地底奥深くの情報収集を行って居た。
 過干渉を避けるイレギュラーズ達にブランデン=グラードは譲り渡す結果となったが、お陰でバルナバス帝が暴れている最中にも地底の情報を得る事が出来ていた。
 そうして、フローズヴィトニルの封印の要へと辿り着いたのだ。
 氷狼たちが襲い来るが、それら全ては退けた。封印の要となっていたのはクラウィスが手にしている月白石だ。何かの魔道具なのだろう。
 その制御はクラウィスが命を削り行なう事になるだろうが、この際、必要な犠牲は厭うまい。
 アラクランがフローズヴィトニルの封印の要を手にしているという現実が必要なのだ。
「しかし……総帥、わざわざイレギュラーズに『氷狼の座』の説明を行なった理由は?
 まさか、各地にフローズヴィトニルが分かたれて封印されていることを説明したかったわけであるまいでしょうね」
 眉を吊り上げ、怒った事をアピールするように表情を作ったローズルにフギンははははと乾いた笑いを漏す。背後のクロックホルムが水差しを手にし目を伏せて居る。
「私は新皇帝派であり、革命派でしたからね。
 彼等にも情報を与えなくてはフェアではないでしょう。ええ、要は私が所持していますが、その他の部品だけでも十分価値はある。
 ……それも皇帝に一矢報いる力となり得る可能性があるほどの、ね」
 故に、各地に存在するフローズヴィトニルの力を奪い合えと言うのか。
「やだな、どうせあのお兄さんお姉さん達が邪魔するんでしょ。ヘザーは何やってんだろ、建国勢なのに」
 先程から黙ったまま、ふくれ面をしていたターリャがぼやく。
 こちらまで移動してきた彼女とて、イレギュラーズには何度も辛酸をなめさせられていた
 ヘザー・サウセイルという魔種は何かやることがあるらしく帝国東部方面に残っているらしいが。
「……」
 相変わらず黒仮面の少女は、何も話そうとしない。
「当人が現れず使い魔風情を寄こすとは、あの男」
「ヘザーなんか来もしないし、どっちも居たら居たで殺し合いになりそうだけど。わたしもあいつ嫌いだし」
「建国勢か」
 一緒にされてはたまらない、とでも言いたげに、ヴェルンヘル=クンツは肩をすくめて見せた。
「ま、俺の雇い主は建国勢の皆さんだ。従えというのなら従うけどな」
 ヴェルンヘルは僅かにたばこの紫煙をくゆらせた。
 それに、どうせ目指すところが一緒なら、そこまで同道するのも無益ではあるまい。今のところは、まだ。ヴェルンヘルはそう思う。
「それでおじさん達はどうするの?」
「観客になるおつもりですか?」
 ターリャの言葉にローズルが続けた。
「いいえ、私もそろそろ舞台に立たねばならぬ頃合いでしょう。
 何事も挨拶は必要だ。ブリギットも今頃……ふふ、彼女にも苦難は訪れるでしょうがそれも又必然。
 準備を整えたならば、地下へと行きましょう。そうして、彼等を迎え入れるのです。
 戦いの結果であれば褒賞に『狼の力』なんてくれてやれば良い。おや、ローズル、面白い顔をする」
「……バルナバス帝が為の働きではありませんね?」
 ローズルは理解出来ないと言った様子でフギンを見遣る。
 線の細い、戦いには向かぬ男だ。片目は穿たれ涙が流れ続けている。抜け落ちて骨のみになった翼を有する元飛行種の男。
 嘗て砂漠の盗賊王に拾われた唯の薬師。その姿に憧れ、軍師となっただけの武に秀でぬ男は『愉快』であればそれで良くなったとでも言う様に戯けて笑う。
「ああ、私は――革命派『でしたから』」

 ※『何か』が蠢いているようです。

鉄帝動乱編派閥ギルド

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