シナリオ詳細
<アルマスク攻勢>Der Luftangriff
オープニング
●
昼とも夜ともつかない雪の空。
低く分厚い雲は、けれどやけに明るく感じられる。
ラジオ電波塔制御室の上階に設けられた展望レストランから、少女は雪に包まれた街を眺めていた。
テーブルに乗った食材はカチカチの黒パン、数切れの干し肉を煮戻したスープだった。
貴賓室の豪奢な食器には、とてもではないが相応しいとは思えない代物だ。
だが実のところ、配給される三日分の量でもある。
「……まっず」
少女――ターリャが呟くと、給仕の女性は蒼白な表情で「申し訳ございません」と深く頭を垂れた。
ひどく痩せ、獣耳をへたり込ませ、震えている。
魔種(デモニア)が怖いのだろう。
気持ちは良く分かる。かつては自分もそうだった。
鉄騎種(オールドワン)が怖くてたまらなかったから。
原罪の呼び声(クリミナル・オファー)に答え憤怒の魔種へと堕ちる前は、自身も鉄騎種であったが、細く小さな身体はまるで『らしく』はなかった。
かつての身体なんて傷だらけだったが、今は一つもない。誰が見ても可憐だと評するだろう。
完全無欠の美少女にしか見えない――魔種でさえなければ。
ターリャは所在なげに剣の柄を撫でている。
このまま魂を焦し続ける怒り任せに、給仕を斬り捨てても良かった。
けれど彼女はそうはしなかった。
というよりも、なぜだか『出来なかった』。
仮に給仕が鉄騎種であったら、一瞬たりとも躊躇わなかったであろうが――
「別にいいけど、お姉さんが悪いんじゃないでしょ。それわたしの口には合わないから、食べてよ」
「……そんな、ターリャ様のためのお食事を私ごときに、滅相もございません」
「命令が聞けないの? あーじゃあ、お仕置き。こんなに不味かったお仕置きだから」
「で、では、いただきます……お情けを、ありがとうございます……」
ターリャは席を立つと、その場を後にした。
あの給仕は、新皇帝派の軍人共にこき使われ、何日も食べて居なかったのだろう。
何度もむせながら、大急ぎで掻き込むように食べる音が聞こえる。
「お仕置きなんかに感謝されても困るんだけどな」
これは情けではない。情けなんてかけたつもりはない。本当に頭に来る。とんだ誤解、ひどい言い草だ。これは罰なのだ。お仕置きだ。そのはずだ。そもそも悪いのは鉄騎種の奴等だ。給仕をあんな風にしたのは、新皇帝派の軍人共ではないか。
原罪の呼び声は『狂気をもたらす』とされている。けれど給仕に対する微かな同情心を怒りに塗り固めるような、自身の心に対する『ある種の言い訳』をターリャは自覚していた。
自身が『どう狂った』のかは、今でも分からないままだ。
屈強な鉄騎種が怖くなくなったことさえ、単に自身が反転して強くなったことに起因するとも思える。
綺麗な反転というものが、真逆の性質へと変化することならば、自身はどうなのだろう。
鉄騎種の少女だった頃の自分自身と、その心の在り方と、どう違ったというのだろう。
「馬鹿みたい。どうでもいいや」
そんな風に流してしまうところさえ、何も変わった気がしない。
ひょっとすると自分自身は、最初から狂っていたのだろうか。
そんなことを考えながら、ターリャは窓から街を見下ろした。
鉄帝国中央部に位置するアルマスクの街は、多くの街の例に漏れず、深い雪に覆われている。
食料は底を尽き、近隣の村落との通商も閉ざされている。物資は全て新皇帝派が接収しているから、人々は飢えに苦しんでいた。
幾度かあった暴動の傷痕すらも白く覆い隠され、人々は雪さえ囓って命を繋いでいた。
ざまあみろと、ターリャは思う。
自身を切り刻み見世物にした連中(鉄騎種)が――厳密にはこの街の住民ではないが――今は足元で足掻き苦しんでいるではないか。
ふと眼下にフードをかぶった数人の人影が見えたが、ターリャは気にもとめなかった。
おおかた、こそ泥か何かだろう。誰が何をしようと、自分自身には全く関係のないことだ。
誰かが奪い、誰かが苦しむ。苦しむのは憎き鉄騎種だ。
ならばきっと晴れやかな気持ちになれるはずだ。
絶対に胸がすく思いがするはずだ。
そのはずである。
はずなんだよ。
「みんな死ねばいいのに。あーあ、はやく新しい国にしたいなあ」
――そんな窓の下。
フードの男は電波塔に抱かれたビルの下層に入り込むと、インカムのような通信機を起動した。
高度な暗号技術が組み込まれており、鉄帝国の物ではない。
こんな芸当が出来るのは練達ぐらいのものだろう。
「そちらの様子はどうだ」
「もうすぐってところだね」
答えたのは、マキナ・マーデリックという女の声だ。
「そうか」
「そっちに怪物(デモニア)が一匹居るようだけど、気付かれてはいないね」
「気付かれてはいるが、問題はない。こちらに一切興味がないことはリサーチ済みだ。隠した気配を察知されるより、かえって安全だと判断している。何しろ化物だからな。敵だと思われるぐらいなら、こそ泥扱いのほうがマシだろう。それよりそちらの仕掛けはどうだ」
「万事問題ないね。人物像の選定基準については多少の興味があるけどさ」
「たいした事じゃない」
佐伯製作所系の会社員で、典型的な希望ヶ浜人の類型、ローレットのイレギュラーズでもある。
政治思想は特になし。日本人的な無宗教。いわゆるオタク。ひどい人見知りだが、ある意味では練達国内の人間には安心無警戒。たとえば世の中に存在する痴漢や泥棒、通り魔といった犯罪者、あるいは実在する怪物などを恐れても、国内組織が何らかの目的を持って自身に接触してくるなどとは夢にも考えていない。ましてや利用するなど思いもしない。
そういったものは心のどこかで、ゲームか何かの世界の出来事だと思っている。
名前は――普久原・ほむら(p3n000159)。ターゲットとの仲も良好。
「周囲を泳がせるのにうってつけの人材だ」
「承知した。以上だよ」
マキナは独立島アーカーシュに所属する軍人であり、アーカーシュ・ポータルの『審査』はパスしている。というよりも、平たく言えば佐藤 美咲(p3p009818)の同僚なのだ。鉄帝国出身の鉄騎種ではあるが、美咲の所属する00機関の現地協力員でもある。
ということは先程の男――ジオルド・ジーク・ジャライムスと呼ばれている――も、同じく00機関の諜報員であると思えるが。その目的は美咲とは全く異なるものだった。
●
街の遙か上空には、巨大な雪雲が渦巻いている。
セレンディの盾という防衛機構の働きによるものだ。
その中に伝説の浮遊島アーカーシュが浮いていることなど誰も――魔種さえも――知るまい。
先程のフードの男達を除いては――
「以上が作戦の概要となります、何かご質問は?」
帝国陸軍少尉リュドミーラが、一同を見渡す。
イレギュラーズはアーカーシュから、ワイヴァーンで降下する。
ラジオ電波塔の下部には四階建てのビルがあり、新皇帝派の占拠されているということだ。
調査によれば間違いなく魔種が居り(ターリャと推測されている)、危険な戦場となる。よくよく連んでいると思われるヘザーの姿は、今回は確認されていない。
ターリャが居るのは全くの偶然ではあるが、彼女はおそらく移動中であり、戦意は高くないと思われる。
人類不倶戴天の敵――魔種である以上は討伐が望ましいが、撃退であってもやむなしだ。
ともかく一行は電波塔を新皇帝派の手から取り戻し、アルマスクの街に解放の意を伝える。
それがミッションだ。
アルマスクは飢えているが新皇帝派が食料を占有しており、それを解放すればしばらくは困らない。
その間に流通を回復出来れば、派閥の懐も痛まないはずだ。
雪をどうにかするために、いくらかの古代技術を利用することにはなるかもしれないが、そこはそれ。
「特にはないようですね。
オペレーションは私が行いますので、エヴァは現地で作戦全体の指揮を執って下さい。
チーム自体の指揮はマルクさんか、どなたかにお願いします。
現場での詳細、戦闘方法などはイレギュラーズの皆さんで決めて頂ければと思います」
――後は。
「そのあたりは私が適任っぽいのよね」
電波塔の操作は機械的なものだと思われるが、どうやら停止していると思われる。起動にはおそらく精霊との対話が必要であり、作戦にはオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の名が挙がった。
「機械のほうはちょっと、どうかな」
「そこらへんは、なんとかしてみるっスよ」
美咲が名乗りを上げた。通信設備なら、理屈は分かっているから、そう大きな違いはないだろう。
「分かりました。それじゃあ細部を詰めていこうか」
了承したマルク・シリング(p3p001309)が一同を見渡す。
「それからこれは個人的なお願いになりますが。すずなさん、バルドさん、妹をよろしくお願いします」
「ちょっと! 恥ずかしいからそういうのは!」
「分かりました。シュカさん無理は禁物と言いたい所ですが、肩を並べて戦えるのが嬉しいです」
「すずな! すずななら、そう言ってくれるって思ってた!」
すずながちらりと視線を送ると、リュドミーラはほっとした表情をしている。信頼してくれているのだろうから、応えてやらねば。
「それでヨハンも来るんでしょ?」
「えーどうしようかな、って尻尾を掴もうとしない」
露骨に嫌そうな表情をしたヨハン=レーム(p3p001117)をリーヌシュカ(p3n000124)が追いかけ回す。
「なんだヨハン、昔は遊んでやっていたのに。今は遊ばれているのか」
「もう本当に帰ろうかな」
「だめ、絶対来なさい!」
「あーもう……」
賑やかな奴等はともかく、一行には今後の展望もある。
「ま、予行演習だと思おうや。この街とは今後も長い付き合いになるんだろうしな」
「そっスね」
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)に、美咲が頷いた。彼等はラジオ放送を利用してアーカーシュの立場を宣伝する計画を立てており、この街の開放はそうした利益とも合致する。
「ラジオとかってなんかレトロでいいですよね」
ほむらは意外にも楽しげな様子で地図などを覗いている。
(……何ごともなければいいんスけど)
そう思った時、美咲は『ちょっとしたこと』に気付いた。
このまま気付かないふりをすれば、情報的な優位に立てるかもしれない。
だが『査定』であれば、『気付かないのは落第』かもしれない。
ならばこれは警告か。同僚のよしみの。組織だってコマを失うのは面倒だ。
それは優しさとは意味合いが違うが、似ている所もある。
ほむらから『あれ』をとってやるのは、優しさかもしれない。
だが『組織』からは感情的だと思われるかもしれないし、逆に合理的だとされるかもしれない。
どう判断されるか、どう報告されるかは、相手次第だとも言える。もっと言えば組織の目的次第だ。
いや、あるいは自身の報告次第でどうにでも出来るだろうか。
いずれにせよ、そろそろ『赤点』を喰らう頃合いではあろう。
組織がこんな状態の美咲を放っておくはずがないのだから。
――各々の思惑はさておき、まずは作戦を成功させねばなるまいが。
- <アルマスク攻勢>Der Luftangriff完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年01月09日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
空に突き出した桟橋を、風が切り裂いている。
奏でられ続ける鋭い音は、慣れてしまえばなんだか心地よくも思えた。
こうした縁まで来れば――『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は思い返す。
浮遊島アーカーシュが嵐に包まれていることを。
眼下は大精霊による防衛機構が働き、分厚い雲に覆われている。
その向こう、遙か下にはアルマスクという街があるはずだ。
大きな翼をもつ亜竜が、錬の隣まで大股でやってきた。
錬はその喉を撫でてやると、仲間のほうへと振り返る。
「しかしなんともアーカーシュらしい作戦じゃないか」
新皇帝派に占拠された街を取り返すため、イレギュラーズが一気に降下して突入するというものだ。
分析では完全な奇襲になるらしい。
「電波ジャックって一度やってみたかったんだよね!
上空から飛び降りてシュウゲキってのもクールでイイよね!」
拳を打ち合わせた『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が笑う。
この街にはラジオ電波塔があると言われている。
手に入れることが出来れば、情報発信が可能となる目算だった。
「事前情報まで完璧だとありゃ、今日ばかりはパトリックの大馬鹿野郎に感謝だな」
応じた『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が腰に手を当てる。
アーカーシュが諜報能力に優れているのは、仇敵が残した遺産があったからとも言えたから。
「報いてやるためにも、おれたちはここを手に入れる。
そして楽しいラジオライフを鉄帝国全土にお届けせにゃならん訳だ」
広報というものはは今後の戦略を考える上で、肝にもなり得る。
「ラジオ電波塔。精霊と機械の混合技術というのも素晴らしいじゃないか」
「その設備って精霊の力で起動するのよね」
林檎をひと囓りした『長老の友』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が振り返った。
新しい友人との出会いは楽しみでもあるが、魔種が居るとなれば怖がっているかもしれない。
早く追い払ってあげなければならないと、オデットは決意を固めた。
肝心の精霊はどのあたりに居るだろうか。うっすら感じられるのは、おそらく突入階層の上部と思われる。ひとまずは安全と思われるが、詳細は近付いてからだろう。
「最低限、天井は壊さないようにしたいわね」
「それなら私が保護結界を展開します」
「ありがとう、よろしくいお願いね」
応えた『ドラネコ配達便の恩返し』ユーフォニー(p3p010323)の頭に、ワイくんが顔を寄せる。
「……ワイくん、映画みたいでわくわくするね♪」
独立島アーカーシュという派閥の中で、ユーフォニー自身は普段の会議などにはあまり参加していないと考えているが、それでもこの独立島アーカーシュの一員であるという意思は揺るがない。
「しっかり決めようね……!」
無論、空の旅に胸が高鳴ってはいる。けれど彼女は気も抜かなければ手も抜かない。それに敵であろうと傷つけ命を奪う重みも忘れることはない。ユーフォニーはそういう生き方をしている。ワイくんや、万能遠距離攻撃係長の今井さんも知る通りに。
「ムシャア!」
精霊雑草ムシャムシャくんだって、ドラネコさんだって、今はここに居ない山口さんだって同じだ。
「いずれにせよ新皇帝派には勿体ない設備だ。盛大にご退場願おうか!」
錬が結び、一同が頷いた。
「だいたい終わったっすよ」
地図に敵配置などの目星を付け、『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)が皆に見せてやる。
しかしやってくれるものだ――美咲は思う。
(ほむら氏を関わらせるのはなぁ……)
同じく作戦に参加した普久原・ほむら(p3n000159)に00機関は盗聴器を仕掛けたのだ。
目的はおそらく美咲の査定であり、本件とは全く関わりが無い。もう一つの頭痛の種である。
仕掛けられたのが『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)あたりならヘマなどしないだろうが、ほむらは諜報やなにやらに関してかなり甘い考え方をしている。
有り体に言えばずぶの素人だ。
さてどうしたものか――
「……痛った! バーベ! 考え事してるんだから噛みつくんじゃないよ!」
「なんか食べようとしているみたいですね、へ、へへ」
ほむらがへらへら笑う。人の気も知らないで、冬の原稿でも描かせてやろうか。←後に事実となる。
「……今回、魔女はいないのですね」
「そうみたいだね」
述べた『忠犬』すずな(p3p005307)にマルクが応じた。
シグバルドを殺した魔種の二体。そのうちの一体ターリャが居り、もう一体のヘザーは居ない。
「腸が煮えくりかえるってもんだ」
そう零した『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)にとって、シグバルドは尊敬出来る相手だった。
賊ではあるが、それでも腕っ節のみの一代で成り上がった男でもある。魔種ターリャ達は手負いのシグバルドを暗殺し、ルカ達イレギュラーズとの再戦の機会を永遠にフイにした。
こんな馬鹿な話があるものか。
ポラリス・ユニオンに所属する者にとっては、なおさらだ。
「とにかく、ここでクビを獲る気でやるよ!」
「……ああ、当たり前だ」
イグナートにルカが応えた。
なにはともあれ――
「ありがとう、これで作戦は決まったね。それじゃあオデットさん、お願い出来るかな」
受け取ったマルクが一同を見渡し、頷いたオデットが大精霊に伺いを立てる。
すると眼下の雲が渦を巻き、ぽっかりと数メートルほどの穴が開いた。
一行はここから出撃する。
今なら街も、ラジオ電波塔も一望出来る状態だ。
ひどく吹雪いているが、作戦に支障は無い。
「……ありがとう」
これで準備はおおよそ整った。
ならばいざ――
「作戦開始! アルマスクを取り戻そう!」
マルクの号令の下、一同がワイヴァーンに騎乗する。
「今度こそ。行きましょう、シュカさん!」
「ええ、もちろんよ! すずな! それじゃ行きましょ、バルドさんも」
「委細、承知した」
「良いかね? おちびちゃん」
「何? 怖いわけ?」
ぐいぐいと腕を引っ張るリーヌシュカ(p3n000124)に、『帝国軽騎兵隊客員軍医将校』ヨハン=レーム(p3p001117)は眉をひそめて踏ん張った。踏ん張り続けた。
「違うぞおちびちゃん。僕は高い所が怖いわけじゃないぞ、断じて。ただね作戦というものは慎重に定められるべきっであって、ヒューマンエラーなどのふとしたミスで落下、つまり死亡する確率を組み込むというのはいかがなものかというか、そもそも騎兵隊ならウマを使うべきであってだね――」
「早口すぎでわからないわ!」
「オアアアア落ちる! やめ!」
――オアアアアアアアアア!
イレギュラーズは(なぜか)ヨハンを先頭に、にわかに晴れた雲間へ向けて空を駆ける。
●
ラジオ電波塔の下部は、レンガと鉄筋を組み合わせた造りのビルになっている。
鉄帝国らしい無骨な建物だ。
広い事務所になっていた三階は、机などが取り除かれ、集会場のようになっていた。
今は新皇帝派を名乗る軍人達が占有している。
彼等は天衝種と呼ばれる魔物を従え、横暴の限りを尽くしていた。
街の住人から食料や物資を奪い、地下室にたらふくため込んでいる。
人々は僅かな配給を受け、嫌々ながらに従っていた。
「つまんないなー、みんな死ねばいいのに」
ターリャという魔種の少女が、一つだけ残された机の上で足を組んで呟いた。
普段ならば略奪した肉などをつまみに酒を飲んでいる軍人達だが、偶然立ち寄ったこの上役を前に、めずらしく姿勢を正している。目下の話題は近隣集落への略奪計画だった。
とはいえターリャは帝都へ向かう途中であり、そもそも彼等の上司という訳でもない。
単に『魔種は強い』から、なんとなく彼等を支配する立場にあるというだけだ。
いくら姿勢だけは正しても、この吹雪ではやることもない。
昼下がり、締まりのない空気が広がっている。
誰かがあくびをした、その時だった。
「……あ、なんだぁ?」
立て付けの悪い窓硝子の向こうに、巨大な影が過ぎった。
突如――窓硝子が飛散し、雪と共に吹き込んでくる。
窓を蹴破ったイレギュラーズが、一斉に室内へと飛び込んできたではないか。
「――さて。一曲、演ろうか」
「それは、世界。私だけの世界」
ヤツェクがギターをかき鳴らし、ユーフォニーが瞳を閉じる。
(……きっと絶対大丈夫です。ためらいには、勇気を!)
軍人達が呆然とする中――煌めく色彩が弾けた。
「ちょいと野暮用で邪魔するぜ」
荒れ狂う程の魔力の暴風――けれど万華鏡のように美しい魔術が止んだ直後。敵方の防御姿勢さえままならぬうちにルカが踏み込んだ。そして呆然とする軍人達へ向け、巨剣で一気になぎ払う。
「あ、な、なんだ。ふざけっ」
ラサの砂嵐を思わせる苛烈な乱撃に、軍人達は怒声をあげることしか出来ない。
否、むしろ悲鳴と言うべきか。
慌てふためく敵をよそに、一行は立て続けの猛攻を仕掛ける。
錬の指が閃くと無数の式符が舞い、陰る太陽を映し出す魔鏡が顕現した。
虚像の鏡像から溢れる漆黒の雫が、相対する敵陣の運命を漆黒に塗り替える。、
続けて戦場を一望したオデットの放つ熱砂の嵐の後に、マルクとバルドが敵陣深くへと斬り込んだ。
漆黒の魔力が奔流となり敵陣を呑み込む。
「てめえら、ナニモンだ!」
それはついに発せられた『意味を持った言語』だった。
けれど彼等にとって、事態の解決には、なんら役立つものではなかった。
「帝国軽騎兵隊客員軍医将校ですが」
ヨハンは偉いのか偉くないのか分からない肩書きを応えてやった。
ともあれうちのアラフォー? だかアラフィフ? の父もやることをやっている以上、彼自身も己が役割自体は果たさねばなるまい。
「シュカさんは新皇帝派のお相手をお願いします……!」
「もちろんよ、すずな!」
「ヨハンさん! しっかり守ってあげてくださいね!?」
「分かりましたよ」
「背中は任せたわ、ヨハン!」
サーベルを抜き放ったリーヌシュカを先頭に、軽騎兵隊が新皇帝派の部隊と真正面からぶつかった。
「どういうこと?」
ターリャが机から飛び降りた瞬間、旋回する強烈な拳の一撃が襲った。
「――ッ!?」
吹き飛んだターリャが、柱へ叩き付けられる。
「ヤツェク、すずな、このまま畳み掛けるよ」
拳を引き絞り、即座に構え直したイグナートが仲間達に発破を掛ける。
「万事了解だ。それじゃお嬢ちゃん、おれと踊ろうか」
「最悪、なんであんた達がここに居るの」
「むしろこちらの台詞ですが。これも何かの縁ならば、今日も剣術指南致しますよ」
腰を低く、刀の柄に指を添えたすずなに向け、ターリャが突進する。
――早い。
抜刀したすずなの刀に、ターリャが巨剣をぶつける。
両足が床を擦り、刃と刃が火花を散らした。
ターリャの一撃は重く、鋭い。
すずな自身よりも、ずっと。
この間と比べても一段上がっている。
だが――やはりターリャの剣術は『力任せ』だと感じた。
受けた僅か一瞬で、刃の軌道を逸らしたすずなが短く息を吐き出す。
初撃を流されたことそのものに驚いたターリャが、跳ねるように後ろへ下がった。
「――この手応え。先日よりも愉しませて頂けそうですね……!」
「何なの、お姉さん。こっちは全然、楽しくないんだけどな」
知略は任せたのだから、このまま武力担当らしくやってみせよう。
「おっと、ダンスの相手はこのおれだ」
そう言ったヤツェクへ、ターリャは下唇を噛みながら向き直った。
幾度も繰り出される強烈な斬撃をヤツェクはいなし、かわし。
いずれも必殺の剣撃だが、絶妙に軌道を逸らしてくれているのは、都度打ち込まれる一粒の弾丸だった。
美咲が撃つ小さなピストルの一撃一撃がターリャの剣や腕、手首にあたり続けている。
針のような一刺しだが、常に先手先手を打つ美咲の銃声はターリャを封殺し、その反応速度が仲間達の合図にもなっていた。奇襲から僅か数十秒、アドバンテージはイレギュラーズが握り続けていると言える。
「シグバルドを殺したのはテメェか?」
「何、お兄さん。そうだけど」
ターリャに向き直ったルカは、怒り心頭だ。
シグバルドの息子であるベルノにとっての仇ではあるが――
「だったらちょうどいい、ここで殺してやる」
「なんで、お兄さんとは関係なくない?」
「俺があるって言ってんだ」
一合、また一合。
以降は数えることも出来ぬほど、巨大な剣と剣が嵐のようにぶつかり合う。
「俺はラサの傭兵、ルカ・ガンビーノだ。自分を殺すやつの名前ぐらい知っておきてえだろ」
「知りたくないし、殺されてもあげないけど」
――祖国の為に戦う相手が、よりにもよって祖国の人間というのは皮肉なものだ。
悲しく、不毛ではないかとヨハンは思う。
新皇帝派の軍人だってやり直せる。
だからせめて命を奪わないように戦って欲しいとも伝えていた。
新皇帝派の軍人と衝突した軽騎兵隊は、今のところ優勢だ。
基本的には突破力だけが取り柄だが、ヨハンの懸命なバックアップにより継戦能力が向上しているのだ。
幸いとどめを刺すような戦い方もしていない。
彼等が答えてくれているのだから、ヨハンもまた戦場を支え続けるために術式を紡ぐ。
あとは、そう。
だからこんなことを考える余裕も生まれる訳だが。
「はぁ……リーヌシュカ」
「何?」
もうずいぶん長いこと、このおちびちゃんの面倒を見てきたのだ。
そろそろこちらの面倒を見て欲しいというような気持ちも湧いてくる。
「この戦いが終わったらキスしてくれない?」
「別にいいけど、なんで?」
「はあ!?」
いいのかよ。
いくらなんでも、あっけらかんとしすぎだろう。
半ば冗談まじりの言葉だったが、これにはヨハンのほうが動転する。
「じゃあやだ」
「逃げるんですか」
「逃げてない、やだからやだ」
「そうだ、ダメだ兄(あん)ちゃん。いくら兄ちゃんでもそいつは我慢ならねえ」
軽騎兵のおっさんが突然割り込んできた。
「お嬢は俺達の姫なんだ。だったら、だったらよ!」
おっさんが叫んだ。
「ち、ちゅぅはよ、兄ちゃんが俺としようや!」
「どうしてそうなるんですか!?」
●
とにもかくにも、交戦は続いていた。
苛烈な戦いだがユーフォニーは既に保護結界を展開し、フロアを保護している。
最初の窓硝子以外は無傷だ。
だが天衝種の一匹がそんなユーフォニーの喉笛を、食いちぎろうと襲い来る。
「今井さん、お願いします!」
「承りました」
今井さんに教えて貰った魔力の扱い方で――
にゃんこのバッグチャームから魔力をリンクさせ、マシンガンの乱射が天衝種を撃ち貫いた。
今井さんは次の一体へ数本の色鉛筆を放ち、更に三角定規とライフルで追撃を仕掛ける。
軍人と斬り結ぶ軽騎兵に、錬はすかさず助太刀に入る。
「助かるぜ、兄ちゃん!」
瞬時に鍛造した斧から放たれる爆発的な魔力が、敵の軍人を吹き飛ばした。
「やり合う時は、かならずタイマン以上だ」
錬の立ち回りと号令に、体勢不利となっていた騎兵達が持ち直す。
「世話が焼けますね、お姫様の軍隊は」
畳み掛けるヨハンの術式が、その戦う力が息を吹き返した。
作戦は順調だ。
だが好調な戦況に、暗雲が訪れようとしていた。
戦場の中枢ではマルクとバルドが背中を合わせている。
マルクの魔力が敵陣を蹂躙し、バルドの光剣が次々に切り裂いていた。
仲間の援護があるとはいえ、こちらは一方的と言っても過言ではない。
かけ声と共に、バルドの光剣が再び怪物を一刀の元に切り裂いた。
剣技の冴えもさることながら、バルドの爆発的な瞬発力は脚力を起点としている。
その足は――今は義足だとマルクは聞いている。
長くは耐えられないのだとも。
そしてその時は訪れた。
床を蹴りつけたバルドの踵が、ついに砕けたのである。
こうなれば形成は逆転しかねない。
崩れたバルドを助けるには人手が必要となり、人員が抜けた穴が出来る。
ひとたび決壊すれば、今度は軽騎兵達が崩れるだろう。
いくらイレギュラーズが一騎当千とはいえ、数の優位は二度と覆らない。
敵には強力な魔種が居り、こちらは各個撃破の憂き目に遭うだろう。
そこで作戦は終わり。撤退することになる。
「……もういい、終わりにするから」
「――っ!?」
「何かクるよ」
すずなが身構え、イグナートが後ろへ跳んだ。
悪いことは重なるもの。
突如、ターリャの宣言と共に怒りの瘴気が戦場を包み込んだ。
滅びのアークを濃密に臭わせたそれは吐き気すら催すが、それ以上に脳髄を揺さぶる。
感じるのは強烈なターリャの怒りだ。
その足元には鉄すら溶解させんばかりの熱が溢れている。
ユーフォニーの保護結界がなければ、建物なんてどうなっていたことか。
戦いにおいても、いよいよスペックが跳ね上がったターリャの一撃が、かわしきれない。
「おいおい、さすがにこのままじゃ持たんぞ」
「代わるよ、大丈夫。ココからは任せて」
満身創痍のヤツェクとの間に、イグナートが飛び込み、ターリャへ拳を振るう。
呼吸を整えたルカとすずなが、再びターリャへ剣撃を放つ。
「すいません」
美咲はつい謝ったが、彼女に責はない。
事実、これまで幾度もターリャの行動を封じていたのだ。
必ずしも――という訳でこそないが、そんなに甘い戦場ではないことは誰もが承知している。
つらい状況になってきた。
戦況に暗雲が立ちこめてきている。
だがマルクは事前に一計を案じていた。
義足が砕け、にわかに姿勢を崩したバルドへ怪物が牙を突き立てようとした瞬間――
マルクは砂時計の形をした小さなアーティファクトを地へ叩き付けた。
魔方陣が開き、光が満ちる。
時の魔術がバルドの脚部へ収束し、ひびだらけの義足を甦らせた。
「こちらで如何でしょう?」
「この老骨になかなかの鞭を打ってくれるな、君は」
マルクの問いにバルドが笑った。
それに見えたものがある。勝ち筋だ。
気を取り直して、後半戦といこうではないか。
「この場はお任せします」
「ああ、頼む」
●
「遅くなってごめんね」
「ここからは私も加勢するわね」
「ヒーローの登場ってわけだ」
これまで遊撃していたオデットと、バルドと共に戦っていたマルクの登場に、ヤツェクが口笛を吹いた。
掲げたオデットの指先に現れた眩しい光、小さな太陽が温かく戦場を照らし――
その瞬間、放たれた光球がターリャを極大の熱で包み込んだ。
立て続けに、マルクが束ねた膨大な魔力を収束させた。
上段に握る蒼い光の剣を一閃。
二重の極撃がターリャを一気に飲み込んだ。
それでもイレギュラーズは猛撃をやめはしない。
「なんで!?」
「分かりますか魔種――これが、技というものです」
すずなの剣がターリャの胸元を駆け抜け、瘴気があふれ出す。
「力任せでは剣が泣くと! この前言った筈ですが!」
剣速というものは物理的であり、この魔種の身体スペックはそれよりも早い。
単純に考えればすずなの剣は当らない。
それなのにターリャは見事に斬られた訳だ。
ターリャは納得がいかず、怒気を張り巡らせている。
すずなとて内心は余裕がないが、冷静な態度を崩さずにいる。
相手が熱くなってくれれば儲けものだ。
そうすればターリャの剣はより単調になるのだから。
事実、振るわれる剣は無軌道になってきている。ミスや粗が目立つのだ。
だからまだ、戦える。
「ターリャだっけ?」
ターリャの腹部を打ったイグナートが問う。
「何、お兄さん」
跳ね起きたターリャは吐き捨てるように答えた。
「コワイ顔をしてないで笑いなよ! 戦いは楽しんでこそだよ!」
「お兄さんみたいなのが、一番嫌い」
ターリャはこの上なくひどい顔で笑った。
「アンタはこの国の人なのにこの国が嫌いなんスね」
一行が猛攻を続ける中で、美咲がぽつりと呟いた。
「嫌い、大嫌い。
こんな国、こんな人達。
力に飽かしてやりたい放題で。
持ってない人には、頑張れ、頑張れ。
出来ない人が必死になるのを見て、泣いて、笑って。そんな風に楽しんで」
そんな言葉を聞いたユーフォニーは、ふと思った。
ターリャや新皇帝派の軍人が望む世界とは、どんな世界なのだろうか。
「どういう理由があるかなんて知るか!
言いもしねえでわかって貰おうなんざ甘ったれてんじゃねえぞ!」
ルカの剣嵐を浴び、ターリャが壁へ背を打ち付けた。
「クソが! ……やりにくいったらねえぜ」
これは殺し合いだ。
ルカはターリャを殺そうとしている。
ターリャはルカを怒り任せに殺そうとしている。
なのに――
(なんでだよ)
ターリャの怒りが、不思議な笑みが。
今にも泣き出しそうな顔に見えてくる。
「この前も誰かに言ったっけ。わたしね、小さな町の闘士だったの」
俯いたターリャの周囲に膨大な瘴気が渦を巻いた。
ターリャは言葉を続ける。
産まれてからずっと身体が弱く、病気がちだった。
なのによりにもよってこの世で最も向いていないであろう、剣奴として売られてしまったらしい。
彼女には特殊な商品価値があった。美しいだけが取り柄の非才な少女がひたむきに努力し、戦い、傷を増やし続けるというショーが観客を夢中にさせたのだ。
「だから……あっは! ぜんぶ殺したの。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ!」
傷だらけの少女は魔種へ落ち、完璧な美貌を取り戻した。
そして得た魔性の力で、その街を滅ぼしたと言う。
「だからここを新しい国にして、全員に殺し合ってもらうの。だからそこに居ると邪魔」
「……まあ」
美咲も思う。自身を道具として使おうとする人間は、確かに好きにはなれない。
けれど。
彼女が何を思おうと、何を感じようと。
滅びのアークをまき散らし、世界を終焉へ導く不倶戴天の敵であることに違いはない。
「あーあ、死ぬのかな、わたし」
剣を振るうターリャの呟きが、ルカの耳にこびりついて離れない。
「もういい喋るな。失せろクソガキ」
突進するターリャの腹部を、ルカは強かに蹴りつけた。
吹き飛んだターリャが、割れたままの窓から見えなくなる。
ルカは殺すべきだったと思った。
なのに。
(何やってんだ俺は……)
●
それから戦いは掃討戦へと推移し、余りにあっけなく終わった。
敵方は所詮は数の優位でしかなかったという訳だ。
均衡が崩れたのだから結果は目に見えている。
あとは戦後処理であり、この依頼ではこちらも重要だった。
この町で新皇帝派の中枢だった者達は罪人が多く、嫌々従っていた軍人達によって縛り上げられている。
罪人達には服役してもらい、積極的に加担した人々には正当な裁判を受けてもらう予定だ。
嫌々従っていた者達は無罪放免でよいだろう。彼等は軍務に忠実だっただけなのだから。
正常な行政を復元し、街の人から不当に取り上げた物資を再び解放する。
やることは多いが、まずはこのことを知らせなければならない。
幸いにして、ここはうってつけの場所だった。
「……あれ、私たちが割っちゃった窓も直さないと……ですよね?」
ユーフォニーが首を傾げる。
「放送設備を見たら、俺がなんとかする」
「いやいや。この上でまで皆さんの手を煩わせる訳には」
錬の提案に軍人達は慌てふためいたが、人手は多いほうがよいと押し切る。
「そんじゃ俺等も手を貸すとするか」
軽騎兵達も次々と名乗りを上げた。
ともあれ一行はひとまずの処置を軍人達に任せ、上階の放送設備へと向かった。
ユーフォニーはドラネコさんに偵察してもらったが、幸いにも魔種は街の外へ撤退したようだ。
あとは放送中の聞こえにくさや不具合、あるいは聞いている住民達の表情や反応を伺うつもりである。
「それでは私はこの辺で失礼します」
「ありがとうございました。ワイくん、お願いします」
今井さんを見送ったユーフォニーは、自身もワイくんと共に周囲を見回るのだ。
「どうか聞こえたら応えてほしいの」
オデットは願いながら、精霊の気配を探る。
ここに居ることは分かっているのだ。
「ここにいた怖い気配は追い払ったわ、だから力を貸して、私の新しいお友達」
するといくつかの温かな気配があった。
音や何かを司る風の精達、それから何かを伝播させるであろう雷の精達。
「起こしちゃってごめんなさい、大丈夫? そう、良かった」
放送設備の中枢に眠っていた精霊は、機嫌良く目覚めてくれたらしい。
一安心したオデットがお願いすると、設備が息を吹き返した。
あとは任せて、この街に何が起きたのかなどを、精霊達に尋ねてみよう。
人には人のやり方があるように、妖精には妖精のやり方がある。
こちらの世界とて精霊の声は馬鹿には出来ない。
なによりオデットは独立島アーカーシュ――精霊都市レビカナンに居るのだから。
「じゃ、予定通り後は任せたわよ、美咲」
「任されましたが、思ったよりだいぶ胡乱な機械みたいっスね」
「見たところ、古代遺跡の出土品を改造したものに見えるな」
未知の解析を得意とする錬は、そう分析した。
それから美咲と錬が調整すると、頭上から大きな音が響き始める。
「そっちの防音室から放送するようだな」
「ここからじゃ反響するでしょうスからね。疲れたぁ……ほむら氏運んでくださいよ……」
「え、え、あ、はい。って、ちょ、ちょっと」
美咲がほむらに寄りかかる――ふりをする。
盗聴器を回収するためだ。
後は『お花を摘みに』退席し、ターゲットと接触するだけだ。
「ヨハン」
「何ですか」
問うや否やリーヌシュカが背中にのしかかってきた。
くすぐったい髪の毛の感触と共に、一瞬だけ柔らかく湿ったものが頬にあたった気がする。
「今何したんですか」
「別に何も」
当りを見回せば、座り込んだ父がものすげえ不審げな目で見ているし。
背中にあたっていた身体が、思ったより柔らかかった気がするし。
「ねえ、すずな」
「なんでしょうシュカさん」
「後で相談があるんだけど」
「それは構いませんが」
「ここじゃ聞きにくいし、お姉ちゃんは剣士じゃないからすずなが良くて」
はて、なんだろう。
リーヌシュカも十五歳。悩み多きお年頃ではあろうが。
自身を剣士と見込んだ上での相談とは、一体何なのか。
――下階はずいぶんと寒かった。
美咲は壁に背を付け、背伸びなどをする。
「はい、コレ。バルド氏とかに気づかれる前に回収しておきましたよ」
近くでうずくまる人影にだけ聞こえるよう、呟くように声を掛ける。
それから「大丈夫っスか?」などと肩を揺さぶりながら、助け起こすように盗聴器を渡す。
男は腹が減って死にそうだと訴えるが「悪いな、邪魔をしたか」と返答する。
「いえ『マキナ氏のミス』は私にも影響が出ますから」
傍目には街が救われたことと、食料が解放されることなどを話しているように聞こえるだろう。
だから実際の会話は二人の他には誰にも聞こえていない。
練達のスパイ組織、00機関のやり方の一つだった。
「作戦は恙無く終わりましたよ。そりゃ特戦群研修で私に空挺を仕込んだのは伊藤三佐でしょうに」
「……」
「……今はジオルド氏でしたね」
状況は盗聴器越しに聞いての通り。
ローレットの冒険者達からは信用を得ている。
ラトラナジュの火の運用にも口をだせなくもない。
そもそも元世界への帰還を目指す練達や両室長としても、この世界を滅亡させるケースDの阻止は必須。
だとしたら火は冠位魔種へ撃たせるのが妥当。
これはローレットが握っているのだから、当然だ。
後の判断は組織次第ではあるが、少なくとも情報はそのように伝わるはずだと確信出来る。
「良くやった。組織は今後もお前を必要とするだろう」
ジオルドはそう答えて吹雪の中へと去って行った。
全く――冷や汗が止まらない。
「それじゃあ、初放送だ」
上階へ戻ると、ヤツェクがギターを奏でながら放送を開始していた。
「よう、きょうだい。ちょっと耳をすましてみな」
それは怒りと絶望を押し流す、愉快な歌。
「おれ達はイレギュラーズは、軽い運動代わりにアルマスクを開放した。
久しぶりに笑ってみないか。空は広いしアンタはまだ生きている。
これからの苦労はゼロには出来ん」
窓の外には、人々が家から顔を出す様子が見える。
「だがこのヤツェクおじさんや愉快なアーカーシュの面々がいる。
おれ達の温かい飯と娯楽があれば、寒い冬を乗り越える助けになる。
アンタらが笑う為なら、おれは何度だって地獄に向かう。
神と悪魔とアンタに誓う」
――新皇帝の力は壊すしかできないが、おれ達の力は、朝と春に繋げる生の力だ。
信じてくれ。『大丈夫だ、イレギュラーズはここにいる』!
そしてヤツェクはマルクの背を叩いた。
「皆さん、聞こえますか。独立島アーカーシュのマルク・シリングです。
アルマスクは我々アーカーシュが奪還しました。この街は解放されました!」
そして伝えた。
新皇帝派が占有していた食料や燃料を返すことを。
ワイくんに乗り空を駆けるユーフォニーの視界にも、人々の様子が見えていた。
拳を振り上げ喝采する者が居る。
安堵の表情でへたりこむ者が居る。
雪の中を、食料を求めてさっそく走り出す者が居る。
共通して言えることは、誰の瞳にも希望の灯火が輝き始めたことだ。
それから一行は、全土にも呼びかけはじめた。
どこまで通じるかは分からないが、それでも。
一人でも聞いてくれると信じて。
「こちらは独立島アーカーシュです。
新皇帝派に苦しむ鉄帝国民の皆さん。
どうか決して諦めないで下さい。
僕たちが必ず助けに行きます。
共にこの国を取り戻しましょう!」
これは独立島アーカーシュの決意表明だ。
マルクは思う。
僕たちはどこにだって駆け付けると。
――冬を乗り越え、解放の春を手にするその時まで、決して諦めるものか。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
アルマスクは無事に解放され、物資は再び人々の手に戻りました。
人的被害も小さく、施設も無事です。最良の結果だったのではないでしょうか。
あとはこの結果がどのように波及していくか。そのあたりは他の戦場とも合わせ、近くTOPで。
MVPは機転を利かせ、戦場をダイナミックにコントロールしきった方へ。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
アルマスクの街を開放するために、電波塔を制圧しましょう。
●目的
・新皇帝派の軍人や天衝種共をボコにしてやる。
・魔種ターリャをぶん殴って追い払う。
・電波塔を制圧する。
・制圧したという放送を街中に流してやる。
※佐藤 美咲(p3p009818)さんは00機関に気をつける。
●ロケーション
皆さんはワイヴァーンで急降下して飛び降り、ビルの窓をぶち破って電波塔に居る新皇帝派を奇襲することになります。なんでそんなことをするかといえば、メタ的にはかっこいいからです。なのですがキャラクター的には精度が高い方法だからってことになってます。派閥スキル『パトリックス・ウィル』のお陰なのです。
ですので初手は皆さんによる完全な奇襲であることを前提として構いません。
※ワイヴァーンについて、アイテムチェックとかはしませんし、とにかくこういうノリで始まります。
かなり広大なフロアです。
室内は広く、明るさも足場も問題ありません。
遮蔽物など色々なものがありますが、そのあたりの細かなことはあまり考えなくても大丈夫です。
●敵
『魔種』ターリャ
巨大な二本の剣を自在に操り、かなり強力です。
近接戦闘を中心に、隙が無いスキル構成とパラメータをしています。
この前よりも強い憤怒の気配を纏っていますので、能力が上がっているでしょう。
すずな(p3p005307)さんは、そのことを直感的に分かります。
『新皇帝派軍人』×20
原罪の呼び声にあてられた軍人達です。
装備はジェット噴射する巨大ハンマーとか、人間が持てなさそうなサイズの超デカイ機銃とか、そういう感じです。
遠近はともかく、とにかく物理でタフで高威力。
蹴散らしましょう。
『天衝種』×20
物理系近距離型と、神秘系遠距離型が半々ずつぐらいです。
いろいろなタイプがちょっとずつ揃っているという感じ。
蹴散らしましょう。
●味方
リーヌシュカ(p3n000124)
鉄帝国軍人の少女で、皆さんに良く懐いています。
前衛型で、結構強いです。特に指示しなくてもそれなりに動きますが、指示しても構いません。
バルド=レーム
ヨハン=レーム(p3p001117)さんのお父さんで、かつて剣聖と呼ばれていました。
前衛型でかなり強いですが『時限』型。
魔種以外を相手に勝手に暴れさせておくのが楽そうですが、指示しても構いません。
普久原・ほむら(p3n000159)
ローレットのイレギュラーズで、皆さんの仲間。
実は盗聴器が付けられていますが、全く気付いていません。
美咲さんは気付きました。
軽騎兵隊×20
リーヌシュカの部下です。精強な部隊です。
敵の数が多いので、どこかにぶつけてやりたいところです。
放っておけばリーヌシュカがそれっぽく指揮しますが、指示しても構いません。
●放送設備
停止しています。精霊力に起因すると思われますので、おそらくオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)さんが起動できます。
実際の使い方は美咲さんあたりが分かるかと思います。
●00機関
練達の諜報組織で、詳細はたぶん美咲さんしか知りません。
恐らくですが、今のところ、皆さんを邪魔する意図はないと思われます。
アーカーシュが保有する『ラトラナジュの火』という古代の超兵器を警戒しています。
あの鉄帝国が、あんな兵器を保有しているのです。練達でなくとも、びびらないほうが不自然というものでしょう。
皆さんは存在に気付いても気付かなくても構いません。
あと美咲さんはここ最近、イレギュラーズの活動にかまけており、組織の活動精度が落ちていると判断されています。目的はおそらく『美咲の査定』でしょう。
現状が美咲の気まぐれ程度に判断されれば良いのですが、ベデクトで『あんな演説』をしてしまったことは既に知られています。不幸中の幸いなのはアーカーシュの求心力が高くないことで、まだそれほど広まっていません。『さざなみ』といった所です。
しかし石を投げてしまったのは事実。組織はどのように判断するでしょうか。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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