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シナリオ詳細

<革命の聖女像>Dignified death

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。

 覆い隠すは真白の恐怖。悴む指先が頭を掻き毟った。冬が来た、冬が来た、冬が来た。
 人間は己を最も高尚な種だと認識している。故に、言語を持ち得ぬ家畜を喰らうた。当たり前の摂理の如く。
 時に神は其れ等を間引く。
 肉を喰らい血を荒し、無数の命を蹂躙しながらもそれでも己達の生存こそ優位なる者に与えられた絶対の権限だと認識した愚か者に鉄槌を下すのだ。
 フローズヴィトニルは獰猛な牙を帝国へと突き刺した。
 横たわる命も崩れ落ちた瓦礫をも全て覆い隠し何もかもを無へ帰す恐怖。

 ――わたくしは、救わねばならぬのです。

 その言葉を口にする度に『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラングの髪は白く染まった。
 紅色であった美しい髪を覆い尽くす雪化粧。酷く悍ましいそれは死を象徴しているかのようだった。

 ――わたくしは、子等のために戦う。ヴィーザルの子らは今日も餓えに苦しんでいるのだから。

 ひもじさに泣く子らの腹の音を聞きながらブリギットは強く決意していた。
 雷神の末裔を象徴した雷の色彩は遠く鈍き銀に染め上げられた。冬色は、女を蝕み続ける。
 此の儘では何者も救えない。アラクランは新皇帝派にその籍を置きながらも旨い汁を啜る。ブリギット自身もその地位を利用していた。
 多くの力を有すれば自身こそが統治者となる。そうして、国を仕切り直すのだ。真白な恐怖に怯えなくても良い素晴らしき国へ。
 新皇帝バルナバスなど、その為に精々利用すれば良い。
 利用し続け、最後には捨て去れば良い。元よりそういうつもりであった。あったのに。
 ブリギットは『革命派』のイレギュラーズ達を見て故郷の子供を重ね、重ねたが故に愛おしく感じてしまっていた。
「ギュルヴィ」
 唇を動かせば、男は「ああ、さむい」と肩を竦めた。温暖な砂漠地帯出身だという彼は怨みがましそうにブリギットを見る。
「どうしましたか」
「難民キャンプに、狩りを行なうべく『鉄帝陸軍参謀本部の娘』がやって来たそうです。名は確か……」
「グロース・フォン・マントイフェル将軍」
「ええ、そのお人です。その方がわたくしの可愛い子供達を傷付け、剰え全てを奪い去ろうとしているのです」
 ギュルヴィは眉を吊り上げてからブリギットを眺めた。彼女は正気に見えて狂って居る。
 美しい女は刹那に過ぎ去った時を忘却し、永劫の平穏の中に居る『つもり』なのだ。
 幻想種らしい永遠。彼女がうたた寝でもして居る間に幼子達は疾うの昔に死んでしまっているというのに。
 彼女はそれを認識することはない。彼女は革命派に出入りするイレギュラーズを己の村の子供だと認識し庇護に置いたつもりなのだ。
「子らを愚弄するつもりです」
「それはいけない。同じ新皇帝派と言えど『我らは革命派』……そうでしょう?」
「ええ。わたくしは『革命派』ですもの。グロースというおんなは殺しましょう。
 あの様なものにフローズヴィトニルも譲るわけには参りません。子供達を救うが為――!」
 狂いきった女の上空に雷が走った。ギュルヴィは手を叩いてから「どうぞ、よろしく」とだけもごもごと呟いてから踵を返す。

 死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。
 わたくしが、悪しき雲を振り払い、己こそが優位なる者だと認識する愚か者に天罰の雷を落としましょう。
 ずきり、と頭が痛んだ。
 ……ああ、そういえば。あの村の子供を、殺したのは――


「おばあちゃん」
 呼ぶシラス(p3p004421)へとブリギットは「ええ、どうしましたか。可愛い子」と微笑んだ。
『村の可愛い子供』であると認識されていることは百も承知。その立場を利用すればこの魔種も『味方』として振る舞ってくれるはずだ。
 女から感じる旋律は苦痛ではない。リア・クォーツ(p3p004937)は『苦痛であった方が良いのに』と思いながら傍らのシラスを見た。
 脳を割るような痛みで思考が眩む。だが、リアにはブリギットに着いていかねばならぬ理由があった。
 女が魔種であること。そして『女がアラクラン』であることだ。
 正体を隠そうともせず動くアラクランの総帥ギュルヴィはリアにとっての大切な友人の一人を死の淵へと追いやった張本人だ。
 それ故に、彼に対しての警戒はリアもシラスも怠ることは無かった。その一味であるブリギットが何時、その身に宿した魔性を以て革命派を蹂躙するかも懸念の一つである。
 ――女は魔種だ。そして、そんな女を、ギュルヴィを受け入れた司祭アミナは『一度は聖女アナスタシアの呼び声』を受けている。
 脆い精神。脆弱とは言えずとも、少女らしい無垢さを抱いた象徴。彼女の傍らに居る魔種を不安視せずには居られないのは確かである。何時か、ブリギットの『弱者救済の声』が彼女に響いたら――そこまで考えてからリアは首を振った。
「それで? 何処に行くのよ」
「おばあちゃんはキャンプへの敵襲を追い払うご予定、かな?」
 にこにこと微笑んだンクルス・クー(p3p007660)に「ええ」とブリギットも穏やかな笑みを返した。
「グロースというおんなは殺しましょう」
 生きるか死ぬかの判断しかない。それこそが女が魔に堕ちた証拠だとでも言う様に。
「そこまで手が届くかは分からないよ。難民を襲うグロース将軍一派が直ぐ其処まで迫ってる」
「……ブリギットもアイツらを倒す?」
 リアとンクルスを見てからブリギットの眸が鈍い色を湛えた。
「殺しましょう」

 民は、家畜を勝っていただろう。豚を、牛を、それらを喰らっていた。
 当たり前のように命を貪っていたくせに、弱者になった途端に救済を求める。
 命に対して、我々が順位をつけ選択しているのだ。神の如き愚かな行ない。だが、それが赦されたのは種の違いだ。
 種こそ違えば、罪悪感も薄れよう。
 ブリギットは魔種だ。種が違う。だからだろうか、難民を傷付けられても心は痛まなかった。
 ああ、けれど――『子供達』が望んでいる。
 悪魔は下らない『家畜』達を殺した後に『子供達』をも歯牙にかける。

「殺しましょう」
 ――だからこそ、女の雷は其れ等を殺す事を選んだ。

GMコメント

●成功条件 
 新皇帝派(敵部隊)の撤退

●革命派難民キャンプ
 フルシチョフカ型建造物(日本の団地を簡素にしたような集合仮設住宅)が立ち並ぶエリアです。
 本格的な冬の到来でテントや焚き火は撤去されつつありますが、突然のフローズヴィトニルでまだぽつぽつと残っています。
 吹雪と、そして雪。とても寒々しい空気が流れています。周辺には置き去りになった物資やテントなどが障害物として存在しているほか、積み重なった雪が目隠しになり陣営何方にとっても隠れやすい状況だと言えます。

●エネミー
 ・ミラード大尉
 グロース将軍の配下の魔種。一見すると痩せぎすの青年。非常に多彩な武器を使い戦います。
 銃と剣をそれぞれ無数に有しており、武器を投げ捨てては柔軟に戦うようです。
 人々を「家畜」と呼び、弱者が生きていることを非常に嫌います。難民なんて皆殺しだ!

 ・エランダ中尉
 ミラード大尉の副官。魔種。鉄騎種の女です。呪いを得意とします。
 特に嫌いなのは美しい女です。ブリギットおばあちゃんのことは過去も含め、知っているようですが毛嫌いしています。
 色々と言い出しそうなので口封じは早めにした方がよさそうです。

 ・敵部隊兵士(歩兵) 15名
 ミラード大尉の指揮下に居る兵士達です。銃と小剣を武器にして居ます。
 難民キャンプを蹂躙し、物資も奪って冬を凌ぎたい所存です。冬が辛いのは皆同じですね。

 ・敵部隊(天衝種) 5体
 おおきな白クマを思わせる天衝種です。とっても獰猛な獣です。
 殴る蹴るなどの暴行を行ないます。兵士達の言うことを聞いて非常に良い子です。が、敵や難民は食べます。おいしい。

●難民達 20名
 歯車兵士達がある程度の時間を掛けて避難誘導をしてくれますが、それでも少し時間が掛かります。
 全員を護る事を目的とするならば、歯車兵士達への指示や難民避難の協力を行なうべきでしょう。

●NPC『ブリギット・トール・ウォンブラング』
 アラクランと呼ばれる新皇帝派に所属している魔種。現在は革命派にも籍を置いています。
 ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
 イレギュラーズをウォンブラングの村の子供達だと認識し庇護下に置くことを考えているようです。
 彼女は『村の子供達が生きている』と思い込むことで正気を保っているようですが……。
 冬の訪れに苛立つ彼女は呟きます――早く、フローズヴィトニルを、支配しなくては。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <革命の聖女像>Dignified death完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年01月09日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
シラス(p3p004421)
超える者
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打
ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛

リプレイ


 死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。
 空の盃に並々と注ぐその日が来たならば、この体など雷に打たれて朽ちても構わない。だから、それまでは――

 視線の先に、女は立っていた。紅色であった髪は白く、白く雪に。雷の眸は、薄く、薄く氷に。
『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラングはゆっくりと振り向いてからイレギュラーズを眺めた。
「いけませんよ。可愛い子。無理などしては怪我をしてしまう」
 穏やかな声音に孕まれた危うさに気付いてから『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は引き攣った息を呑んだ。余りにも危うい彼女の気質は反転した理由が故。
 彼女の事は利用するべきだとこの場の誰もがわかっている。魔種は戦力として申し分はない。しかも『此方を庇護すべき存在』だと認識しているならば。
(……しかし、彼女は危険だ)
『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)は天鳴らした雷が彼女の怒りである事に気付く。神の鉄槌を落とすが如く、それは『神鳴り』として地へと響いた。
 ブリギットは一点の支点でしか支えられていない氷柱の上を渡っているかのような状態で革命派に居る。イレギュラーズは可愛い村の子供達であるなどと言う、狂った誤認と暗示。正気に見えてそうでは無い彼女の認識が僅かにでも軋轢を孕んだ時――氷は儚く砕け散るはずだ。
(彼女の過去を知っている新皇帝派の魔種とは、全くタイミングが悪い話しだ。
 ……いずれ嘘はバレるとはいえ、今この場で彼女に造反されると困る。打算的な考えだがな)
 戦力として利用したい。だからこそ薄氷のような関係性であれど此処で割れることは好ましくないと『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)は考える。
 目の前に存在する女は不倶戴天の敵だ。鮮やかな紅色の神を持つわけでも、雷神の系譜を表す眸を有するハーモニアでもない。今や性質さえも狂わせた魔種(デモニア)でしかない女。それはアンナにとって宿敵だ。
 宿敵でありながら利用価値の付随する奇妙な存在。それを利用する事が正しいかをアンナは考えることは出来まい。だが――今は人命救助にこそ尽力するべきだと割り切ることは出来た。
「聞いていますね。逃げてください。わたくしが護って差し上げますから」
「おばあちゃん」
『竜剣』シラス(p3p004421)の呼び掛けにブリギットは頷いた。慈しむような甘い眸、シラスが受けた事の無い母の愛のような優しさと暖かさがそこにある――ああ、だからこそ。それを見るだけで底知れぬ絶望を感じるのだ。魔種である以上は殺さなくてはならないと知っている『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は。

 ――おばあさま。

 涙に濡れたアン・カルロッテ・ウォンブラングの事をリアは忘れては居ない。彼女の村にはペーターやパウラと言う名前の少年達が居た。
 彼女達とリア達を誤認している。暗示に掛かっているかのようにブリギットはイレギュラーズと慈しみ、村の子供達として守り抜く決意をして居る。女の感情を利用する己の浅ましさに、苦しさに。魔種であるが故の永訣に受け入れることの出来ない己の心が宙ぶらりんに揺れ動く。
(わかってる、わかってるのよ。あの人は魔種で、あたしはあの人の記憶の混濁を利用している。
 だけど……あたしはこの人と戦いたくなんてないんだもの……だから、あたしは……)
 幼い少年を殺した刃も、産まれたばかりの赤子に下した苦い決断だって。今のリアを作り上げる。
「ブリギットさん、おばあちゃん。あたし達は難民の皆を守りたいの。どうか……助けて」
 そうやって、その人を利用している。


「おばあちゃん」
 手を取れば、暖かい。息をして居る貴女の力になりたかった。『革命の用心棒』ンクルス・クー(p3p007660)は手を取ってから問い掛ける。
「無理してない?」
 肉体的にも、精神的にも力になりたかった。それが『勘違い』から産み出された偽物の愛情であっても、過ごした時間までもを嘘だとは言いたくなかった。
「ええ、大丈夫です。早く奴らを殺さなくては」
「そう、だね。相変わらず新皇帝派……というよりグロースって人は革命派の人や難民の人を目の敵にするね! 本当に酷い事するね!」
 頷いてンクルスは笑う。協力者であるブラトン・スレンコヴァは民の避難誘導を行なってくれるだろう。人民を護る為ならば、ンクルスとブラトンのタッグは強力だ。
「弱い人が生きてるのが嫌だとか……そういう事いう人の方が精神的にはよっぽど弱いと私は思うけどね!
 兎も角私がしっかりと皆を守るよ! シスターさんだからね! 皆に創造神様の加護がありますように!」
「ああ、こっちは任せといてくれ」
 手を振ったブラトンに拗ねていたンクルスは「頑張ろう!」と拳を振り翳した。革命派キャンプを魔種が襲う理由は簡単だった。鉄帝国らしいからだ。最も鉄帝国らしいその人は、武こそが全てであると誇っていたのだろう。ブリギットとて鉄帝国の生まれだ。グロース将軍の思想全てを否定することはない――何故なら武力で皇位が決まるような国だ。国家の在り方全てを否定することは出来ないからである。
「わたくしも、許しては置けません。可愛い子達の『我儘』ひとつ護れずに居る事など――」
「そうね。おばーちゃんの気持ち、分かるのだわ。ニンゲンさん、とってもとってもか弱くて。
 愛してあげても愛してあげても、いっつもおねーさんのこと置いて逝ってしまうのだもの」
 くすりと笑ったのはうんと背の高い『煽リスト』ガイアドニス(p3p010327)だった。だが、対照的だと感じるほどに二人は違っていた。
 ブリギットは無力を嘆き憤怒にその身を任せた。ガイアドニスは強者として弱き者を護ると決めている。置いて逝かれたって、そのたびにか弱いその人を護ってあげると誓うのだ。
(狂うほどに情に溢れたおばーちゃんと、狂えない薄情なおねーさん――まともなのはどちら?)
 その答えは出ない儘、積み重なった雪に、全てを覆い隠す真白の恐怖に打ち勝つように『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の木菟が空を駆る。息を潜めて、雪に身を隠す。
「ブリギット、お願いがあります。彼らを救いたいのです。
 きっと私達だけでは、『手』から零れ落ちてしまう……だからどうか、貴女の力を貸して頂けませんこと?」
「それがお望みならば。構いません。ヴァレーリヤ」
 ブリギットの冷たい掌が、頬に触れた。ヴァレーリヤは母に甘えるようにその掌に擦り寄ってから「お願いしますわね」と念押しした。
「気配がもう人間じゃねぇな。おばあちゃん、奴らに知った顔はいるかい?」
 殺しましょう。それが最も簡単な解決方法だ。シラスの問いにブリギットは「エランダが居ます」と言った。その表情に僅かな変化が滲む。
「知り合い?」
「……ウォンブラングで育った子です。随分昔にハイエスタを毛嫌いし、帝都に行きましたが」
 シラスは呻いた。彼女にとって大切な故郷の存在。出来ればエランダを『見せたく』ない。
「競争しようぜ。俺はあの女をやるから、おばあちゃんはあっちの男な。でもハンデに難民の面倒を先に見てくれよ」
「シラス、貴方は」
「大丈夫だ、おばあちゃん。『ハイエスタを愚弄する時点で気高さを失ってる』だろ?」
 頷いた彼女にシラスは胸を撫で下ろしてその気配を隠した。――エランダ中尉。彼女は『全てを知っている』のだろう。だからこそブリギットには遭わせたくは無かった。ひゅうと吹いた木枯らしに悴む掌を擦り合わせてから
ヴァレーリヤはぽつりと呟く。
「……また来ましたのね。性懲りもなく、自分達が犯した罪の重さを知ろうともしないで。
 大丈夫、分かってございますわ。落ち着いて事を進めなければ、救える命も救えなくなってしまいますものね」
 飢えも寒さも悲しみも。何もかもない失われた理想郷。それに焦れてならないと象徴の紅十字を握りしめた。あの方は、屹度、斯うするはずだから。
 ヴァレーリヤとシラス、舞花はエランダと距離を詰める。紫電は【黒猫】と呼んだ自らの感覚を確かめる。ブリギットの知り合いが居ること位は『奴』も知っていた筈だろうに。
「……あのクソ仮面野郎め、もしやこうなることがわかってて、オレたちにブリギットを押し付けたのか?
 考えすぎだといいが……とにかく今は目の前の事に集中しよう」
 目の前のエランダを先に討伐する。出来るだけブリギットが民に集中している間に――可愛い『子供達』の我儘を聞いている間に。


 ――主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え。
 ――我らは信仰者である。我らはあなたの進む道を害さない。ただ、あなたの涙が川になる前に。命の選別が行なわれる前に、我らは罪を濯がねばならない。

 地を蹴った。ただエランダの前に飛び出したヴァレーリヤの祈りは紅き焔となって輝く。
「おばあさまはおいて来たの?」
 唇を吊り上げ笑った女に「さあ」とシラスは囁いた。おばあさま、と。その呼び名がエランダがブリギットの治めた村の住民であったことが分かる。
 ハイエスタ。鉄の体を持ちながらも雷神の系譜を思わせた金色の眸をもったエランダは燃えるような赤毛をしている。
 その髪が、色彩が嘗て見たブリギットと同じだったことにリアは気付いた。唇が震える。
(魔種だって、あの人が夢から覚めたって――私は)
 その手を離したくはなかった。リアはブリギットと共に難民の無事を救うが為に尽力する。防衛線ではあるが地の利は『革命派』が上。それ程油断することは無い筈だ。
 エランダの長剣が鮮やかな雷を纏った。それが『まじない』である事に気付き舞花は剣技を以て距離を詰める。
「呪術師……ゼシュテルで珍しい。それが新皇帝派の軍人、挙句に魔種とは」
「珍しく何てない。おばあさまだって『そう』でしょう。ハイエスタ。雷神の系譜。まじないを得意とするヴィーザルの民」
 エランダは唇を噛み締める。美しい『おばあさま』、ハイエスタであった彼女は永遠をものにしたように若かりし姿をして居た。
(……強い感情。新皇帝派は、やはり魔種になり果てた者が多いのね。欲望故か怒り故か。今の状況、容易に転じ易いのは間違いない)
 舞花は睨め付ける。エランダとて此処で命を賭すつもりはないだろう。ただ、盤上を引っかき回しに来ただけだ。
 隊が難民の備蓄を奪い、キャンプを蹂躙することを目的としているならば突如として副官が一人攻められるなど想定の外だっただろう。
「貴女は何ですか?」
「おばあさまが拾った赤子よ。目の色彩が雷神の末裔だとか囃し立てて……お陰で肩身の狭い幼少期だったけれど!」
 叫ぶ女に「お前の身の上はどうでもいい」と紫電は一閃する。護りに徹するガイアドニスは「かわいそう」とはっと口許を抑えた。
「さみしかったのかしら? おねーさんが護ってあげなくっちゃ!
 副官のあなたが一人なのは強いからでしょう? さみしいわよね。だれも護ってくれないなんて」
「……」
「だいじょうぶ。さみしくなんてないわ。おねーさんが護ってあげるから」
 ガイアドニスは思う。ああ、狂って居るのは果たしてどちらか。弱いことを罪としていない。弱いなら護ってやれば良い。
 エランダは『強いから』ひとりで立っている。そんな孤独をガイアドニスは丸ごと愛してやりたかった。
「おまえ……ッ」
「申し訳ないがさっさと帰って貰っても? 寒さを凌ぐために掠奪する、それ自体は生きるためにやるしか無いんだろう。
 だが、こっちも難民を蹂躙される訳にはいかないし、……何より、人を家畜だと断ずる新皇帝派は生かしておけん。その歪んだ思想と欲、オレが討滅する」
 紫電にエランダが鼻を鳴らした。「弱ければ死ぬだけだろうに。牛も豚も、みんな喰われていくでしょう」と笑う。
「強くなけりゃ死ぬのがヴィーザルの在り方だった。美しければ誰かの庇護が受けれる。
 醜女であった私にはそんな事は出来ず虐げられて生きていく。傷だらけだ。だから、弱いなんてクソ喰らえ! そんな常識を歪める必要が?」
「あら、まあ。美しい女性が嫌いだなんて、よっぽど自分に自信がないのかしら! でも大丈夫。
 おねーさんは、そんな弱さを肯定するわ。自信が無いならとびっきり愛してあげるし、護ってあげるのに」
 にんまりと微笑んだガイアドニスに「お前」とエランダは叫んだ。ああ、なんて直情的だ。シラスは「隙を見せる奴だな」と囁く。
 ガイアドニスの『口撃』に気を取られていた女の横面へ、紫電の『時』が迫った。
「――弱者の生を許せないなら、これから死ぬ貴方は弱者らしいと言う事か。満足でしょう?」
 囁く舞花にエランダが唇を噛み締め叫んだ。「大尉殿! 退きます!」と端的な宣言をする女の声にブリギットが顔を上げる。
「おばあちゃん!」
 リアが乞う。ブリギットの手助けを得ていたリアはブリギットの手をぎゅっと握りしめた。
「……そんなに握られては、動きづらくもありますが」
「おばあちゃん、あっちよ。助けて頂戴」
 リアの唇が戦慄く。ああ、なんて恐ろしい――魔種なのに、この人が敵対することが恐ろしくて堪らない。
 不安に駆られるリアに頷いて敵兵達を雷を以て去なすブリギットの傍に遠術が舞い言った。魔性の気配を放つシラスに続きヴァレーリヤの祈りが鮮やかなる炎を放った。
 願いよ、祈りよ、燃え尽きよ。もう、これしか残っていない。
 失いながらも歩んで来た道の上、ヴァレーリヤの炎に背を押された世にガイアドニスはミラードの前へと踊り出した。
「いやはや、エランダだけを狙うとはね。それに『魔種』もいるとは……彼女がグロース将軍とは別口なのだろうし、困った者だ」
「そうだね。グロース将軍みたいな人を馬鹿にするような神の慈悲に反する人とおばあちゃんは違うよ!」
 えへんと胸を張ったンクルスにミラードの柳眉が吊り上がった。ブリギットを護るようにンクルスは立っている。
 ンクルスが惹き付けた兵士達の前にアンナが踊る。美しい不滅の舞踏。逃れざる煌めきは挫けぬ娘を表すかのようで。
 彼女が何かを思い出さないように。たった一つ、僅かな蟠りだけが漂うこの空間でミラードは随分と兵士達の数が減らされたと周囲を見詰めた。
「ああ、将軍には何と云われるだろうか」
「どうでしょうね。
 けど……貴方達が欲しいのは難民の命より物資でしょう? なら、私達の排除を優先することをお勧めするわ。片手間で相手できると思わないことね」
 淡々と囁いたアンナはンクルスの指示で動く歯車兵達から兵士を引き離すように立っていた。避難誘導の時間を稼ぐことを最優先する。
 どうせ、人を倒す事は『救済には犠牲がつきものだ』と歌うブリギットが全てを為してくれるはずだ。
 迫り来た天衝種を蹂躙する雷。ミラード大尉は此方の出方を――『自身と敵対する魔種』を見詰めているだけだ。
「逃げたくなれば早く逃げなさい。あの人は貴方達の上司と似た類の存在よ、わかるでしょう」
 兵士はアンナを見た。あの人と指された先のブリギットは彼等の上司であるミラードを見詰めている。だが、その眸は別の者を追っていたのだろう。
「……エランダ」
 呟いた女の瞳に宿された色をリアは見逃すことはなかった。あれは、全てを諦めた色彩だ。
 ミラードは「退け」と静かに言った。これ以上は得るものが無いと彼も判断したか。
「待ち――」
 村の者達は彼女にとって全員が家族だった。『孫娘』とも呼ぶべき存在を確かめようと手を伸ばしたブリギットの手をリアが引く。
 縋り付くその様子にアンナも、ンクルスも不吉を感じ、奥底で『予感』した。
「ブリギットさん、ペーターもパウラもアンもきっと寂しがるわ。貴女に会いたいと思っているはず。だから、何処にも行かないで……!」
 悲痛な叫びを漏したリアにブリギットは頭を抑えて唇を震わせた。怒りが身を締める。苦しみばかりがそこにはあった。
 何処にも行きたくはない。可愛い子供達と――ペーターと、パウラ、アン、それから……。
「ッ……」
「おばあちゃん」
 シラスは苦虫を噛みつぶしたような顔をしてブリギットの手を取った。彼女が不安定になる事は大いに予測された。だからこそ、エランダを引き離したのだ。
 それでも彼女を一目でも見た時点でブリギット・トール・ウォンブランクは――『雷神の末裔』を自称したハイエスタは酷く揺らいだ。
(分かってるさ。俺達だっていつまでも彼女の『子供達』という訳にも行かない。
 彼女が守るものはもう何処にもいないという事実をギュルヴィは最悪のタイミングで突きつけて来そうな気がする。
 それより前にブリギットに他の何かを見出してもらえたら……そんなこと出来るだろうか?)
 愛する村の子供達。それになり得たら良いのに。シラスはそう感じながら片付けに奔走するブラトンの声を聞いた。


「もしかして、この寒さをどうにかする方法が?
 もしよかったら、教えて下さいまし。私に出来ることがあれば、何でもお手伝い致します」
 ブリギットが知っている何か。それさえ分かればこの様に飢え苦しみ奪い合う必要だってなくなるはずだとヴァレーリヤは胸に手を当て問い掛ける。
「気になるけど、どんな手段か分からないけど一人でやろうとしないでね? おばあちゃんが自己犠牲でみたいな話は嫌だからね!
 私も協力できる事があれば手伝うから! こう見えても私はとーても頑丈だからね! おばあちゃんも私がしっかり守るよ! ……おばあちゃん?」
 ブリギットの表情が暗いことにンクルスは気付いた。そっとその手を握る。冷え切ったその指先を擦り「あたたかい?」と問う。
 まるで『本当の家族のような』関係性。ブリギットからすれば暗示めいて愛してきた本来は殺すべき相手が目の前で子供の振りをしている。
 それがどう言う意味なのか、気付けないほどに鈍い女では無かった。何せ、今は――暗示が解けかかっていたから。
「地下に、分かたれて獣は封じられています。ギュルヴィやローズルが調べていることでしょう。わたくしも、そちらに……。
 詳しくはまた、アミナに伝えます。大丈夫。わたくしは、可愛い貴方達を護ってみせますから」
「さっきの戦い見てたろ? どうだ、俺達だって強いだろう。おばあちゃんに守られてばかりじゃないんだぜ。何かして欲しいことはあるかい?」
 自分たちが彼女の『支え』になれたならば、シラスはその期待を込めてブリギットに問い掛けた。
 勘違いではなく本当の意味で彼女に愛されれば――彼女は離反せず良い関係を保てるのだろうか。
「生きてください」
 震える声だった。ブリギットを見詰めたシラスが息を呑む。ンクルスは「顔色悪いよ」とブリギットの冷たい指先に触れた。
「どうぞ、生きてください。わたくしは……わたくしは、あなたがたの『おばあちゃん』でありたかった」
 引き攣った声を上げて女は踵を返す。ンクルスの指を解き、走り出す彼女の背中は苦しげであった。
 ごっこ遊びなんて、もうおしまいだと告げるかのようなその響きにアンナが硬い表情を浮かべる。紫電は引き攣った声で「ギュルヴィめ」と呻いた。
(覚えていろよギュルヴィ。いつか必ず、お前を追い詰めて……その仮面の下の本性を暴いてやる)

 ――ああ、死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。
 あの娘があそこに居た。エランダ。エランダ・カルロッテ・ウォンブランク。わたくしは、あなたを――

 風に乗って、何かが首を擡げた気がした。
 その奇妙な感覚に、悍ましい旋律にリアはひゅっと息を呑んでから天を仰ぐ。
「……アミナ?」
 呼んだのは象徴の娘だった。ヴァレーリヤがリアを見る。「どうなさいましたの」と問うた声が僅かに震えたのは彼女の過去に起因していた。

 ――『妹』の願いを聞いてくださいませ。これ以上、残酷な夢に囚われないで下さいませ。

 あの日に手を伸ばした祈り。道行きは嘆きに満ちている。川は涙で満たされる。だからこそ、首を擡げた予感が更なる事を願わずには居られない。
「……おばあちゃん」
 空が泣いている気がした。神鳴りは遠離る。女の絶望と無力感と共に。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ブリギットの転機。けれど、もうすこしだけ。

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