シナリオ詳細
<地底のゲルギャ>氷面鏡のケイヴ
オープニング
●
――ヒュウ、と冷たい風が吹いた。
身を縮め混ませてから真白い息を吐いたハリエット(p3p009025)は「厳しい寒さになるんだね」と呟く。
「フローズヴィトニルの訪れだ、なんて歴史に詳しい奴らとか、伝承が好きな奴らとかが言ってるしなあ。
何よりも『銀の森』のエリス・マスカレイドが地底に封じられた古の魔物の話をするもんだから……気になるよな」
「まあ」
コートの襟ぐりを合わせ、身を震わせた『壱閃』月原・亮 (p3n000006)にハリエットは頷いた。
鉄帝国は今や寒波に襲われている。それも未曾有の大寒波だ。伝承の一つとして数えられた『フローズヴィトニル』の再来だともされていた。
凍らずの港に薄く氷が張り始め、ラサの砂漠に雪が降る。凍るオアシスを眺める者達も些か不安げな表情だ。この寒波からどの国も逃れること出来ないだろう。
温暖な気候で知られる海洋王国やシレンツィオにも雪が降り、四季豊かな豊穣もその寒さに戸を閉ざす始末。
この事態に急ぎ対策を立てねばならないと提案したイレギュラーズに亮が言う通りエリスは斯う言ったのだ。
――フローズヴィトニルは、勇者王の凱旋の時代に存在したというおおかみです。
それは、強大な力を持っていて、不凍港さえもを凍らせ、全てを冬に包み込む。オリオンとはまた違う存在。
……けれど、大丈夫です。それは大地の深くに封じられたと聞いています。
そういえば、イレギュラーズちゃんたち、鉄帝国の地底に続く道なんてご存じはありませんよね?
地底に続く道。それが発見された地下道である可能性は高いのだろう。
凍て付く気配がする。ブランデン―グラードの地下は外から流れ込む冷気とはまた違った凍て付く空気が漂っていた。
朽ちている枕木が並び、嘗ては地下鉄通路としての利用が考案されていた旧鉄道。
その様子を眺めながらも一歩一歩と進む。この地下通路には『様々な利用』方法があるはずだ。
一つ、各地の派閥との連携を取るべく地下通路を駆使して合流を果たす。
一つ、地下よりバラミタ鉱山などへの道を得る。然うして、物流のラインを構築する。
一つ、『フローズヴィトニル』の調査。
――此度の提案というのは。
「それで、何かあったのか?」
問うた新道 風牙(p3p005012)に「一人で地下に行くのが怖いんだよ、風牙さん」と亮が身震いをした。
「おいおい……」
「あ、そうだ! あのさ、ハリエットってローズルさんって外交官知り合いだよな」
こくりと頷いたハリエットは『ブランデン=グラード』奪取の際にローズルとブリギット・トール・ウォンブラング (p3n000291)が不可思議な動きをして居たことに気付く。
ブランデン=グラードの責任者はクラウィス・カデナ中佐。『ビーストテイマー』だ。
そんな彼をアラクランに引き込んだローズルには何らかの思惑があったに違いない。
――そう、例えば、伝説の魔物フローズヴィトニルを探している、とか。
「……一先ず、地下道探索をした方がいいだね?」
「そういう事。寒ぃけど、行こう。何か居るかもしれないしさ」
●
外交官ローズルは鉄帝国軍部に所属しながらも武器を余り好まぬ男であった。と、言うのも戦闘を余り特異にして居ないらしい。
趣味はポーカーやチェス。好きな食べ物はサリャンカ。
鉄帝国のラド・バウ観戦に対してはそこまで注視していないが仕事上の知識として程良い理解をして居た。
そもそも、男は頭脳労働を好んでいる。だからこそ、鉄帝国の王座が『武』によって左右されることを好んでは居なかった。
「探しに行くのですか?」
「ええ。ウォンブランク嫗は革命派の『可愛い村の子等』も気になっているでしょうから、此方は任せて下さい。
ギュルヴィもどうせ此方に合流するでしょう。カデナの怪我が少しでも治ったならば、ですが」
ローズルはブランデン=グラード付近の地下に繋がっている抜け穴を歩いていた。
あの日――イレギュラーズがブランデン=グラードを制圧する際に『得た』横道だ。この道は未だイレギュラーズにも把握されていないだろう。
「この先に凍り付いた洞穴があります。一先ずは其方を目指しましょう」
「……その先に何か居るでしょうか?」
「さあ。伝承ならば七つに分かたれた。
『此方』にも居るならばギュルヴィへと報告するのみです。どうせ、辿り着く前に邪魔は入りましょうに」
笑ったローズルの背後から「ローズルちゃん、こっちこっち」と呼ぶ声がした。
唇を吊り上げて笑ったの子供の背後には似た風貌の子供がもう一人立っている。
一方は地下道の入り口付近に住んでいた避難民を引き摺っており、もう一方はそれを詰まらなさそうに眺めるだけだ。
「ねえねえ魅咲ちゃーん。暇~。遊びたい~。なんか考えて~~」
「此処まで遊びに来てやっただろう? 乱花。『古代に封じられた魔物』なんて面白いだろう。
わざわざアラクランなんかに組みして様子見したい程度には、僕らは『フローズヴィトニル』に興味があるんだからさ」
魅咲と乱花を見詰めるブリギットの視線が厳しくなった。
「あれは」と唇が動く。魔種だ。己と同じ――だが、違うとするならば乱花は人の命など頓着せず、魅咲は知識を欲を満たす事だけしか考えていない。
「氷の洞穴まで、取りあえず浮浪者? 避難民? 難民? 良く分からないけど、アイツラ押し込んでおいた~。
ローズルちゃんも見に行こうぜ! あはっ、もしかすると寒さで死んでるかもしれないけどさ、何か追掛けてくるならデコイ位にはなるっしょ?」
「それに、フローズヴィトニルとやらの実在を確認出来れば此方は良いだけだ。
何せラサでも雪が降ったから……僕と乱花は『それを確認出来たら』満足だしね」
二人を眺めてからローズルは「いい人達でしょう。外交官時代にラサで拾ったんですよ」と笑った。
「……素敵な、拾いものですね」
「ええ。とってもね。ああ、乱花さん。もう『死んでますよ』その人」
- <地底のゲルギャ>氷面鏡のケイヴ完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年01月06日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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朽ちた枕木が途切れる。だが、風の気配がイレギュラーズを誘うようにひゅうと音を立てた。肌寒さを感じながら『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は一つ身震いをする。鉄帝国のとずれた寒波は僅かに緩めども例年の比では無い。
「広大な地下道の探索かー。こんな状況でなきゃワクワクするんだけどなぁ。
ほんとにいるかもだぜ、伝説の魔物ってやつ。ハハッ……よーし、じゃ、探検に行くか!」
「この寒さ……伝説の魔物のせい……なのかな?」
不思議そうに首を傾げる『玉響』レイン・レイン(p3p010586)へと『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)は「屹度ね」と呟いた。
ハリエットは思い返す地下道に興味を示していた『アラクラン』、その中には彼女の見知った男もいた。鉄帝国外交官のローズルだ。
彼と相対した際に取り逃がしたのビーストテイマーのカデナ中佐。そして伝承に語られたフローズヴィトニル、『悪しき狼』。何とも奇妙な符合を感じながらハリエットは進む。彼等は伝承を形にし、その手に収めようとでもしているのだろうか。
かつん、かつんと音を立て進めばイレギュラーズは相対した。一方は享楽的に笑う子供、もう一方は理知的に見せかけて怠惰にも苛立ちをひた隠す子供。そして――「おや、またお会いしましたね」
アラクランのローズル。その背後には無数の民草が犇めき怯えの声を漏す。
「た、助け――」
怯え竦んだその声に風牙は「は?」と声を漏した。民草たちの上へと瞬く間に氷の気配が覆い被さる。
「……なんだこれ、一体何が起きてんだ!?
いや、考えるのは後だ。まずはあそこにいる人たちを助けないと! あの狼も、傍にいる連中も、なんかヤバい!」
「そうね。どう考えたって巻込まれた側だもの。しかし、地下の洞穴の調査に来たら......まさか、こんな事態とはね。
いいわ、あの人達を護りきって、全員生かして帰るんだから――氷の狼たちよ、魔種よ! 無辜の人々を護るために、ヴァイスドラッヘ! 只今参上!」
鋭い声音を発し白き大盾を構えた『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は民草を一塊に纏めるべく声を掛ける。だが、現状では――礫が降る。
「そこにいる人たち! もう大丈夫だ! オレたちイレギュラーズが来た! 必ず助ける! 助かる!」
叫ぶ風牙が手を伸ばした。届かない――訳には行かない。滑り込んだ『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の表情が歪む。数多を護るが為に魔女はその身を立てとして蕾の魔力の花開く。ヴィリディフローラに灯された赤き花。氷の礫が肌を刺しアレクシアの表情が歪んだ。
「フローズヴィトニルの調査に来たはずがこんなことになるとはね……貴方達は何をしているの!?」
「何って? お仕事ついでに遊んでるんですけど~、あ、『皆護る系』? じゃあ、これあげよっか。死んでるけど」
最早動く事の無くなった男の腕を掴み上げて笑ったのは魔種、『奔放の白刃』乱花。死骸であることを分かりながらアレクシアの足元に投げて寄越す。
「力なき人々を虐げる相手を放ってはおけない! ここで退いてもらうよ!」
唇を噛み締めるアレクシアの傍を抜け妖刀の鯉口を切ったのは『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。礫をも跳ね返す破災の一撃は無極の光を桜の花に転じさせる。
「意図的に民を巻き込むか。なるほど、分かり易い下衆だな?」
「下衆って酷くね?」
すん、と真顔に戻った乱花に服を引っ張られ『狡知の幻霧』魅咲は「あんな奴らに好き勝手させて」と大仰に嘆息する。
「あんな奴らって酷い言い草ね?」
吹いたのは西風。唯の人間だからこそ、思う事がある。『凛気』ゼファー(p3p007625)の眸に光が宿り、たったのひとつだけ学んだ術を形作る。
「やれ。此の調子なら新皇帝とやらが手を下さなくたって勝手に死んでいきそうなもんですけど。
其れでもやたらとあの手この手使ってるんだから、ワケがありそうね。……尤も、答え合わせするほどの材料も持ち合わせちゃいないんですけど」
目の前の喧嘩に勝つ事を。小細工など必要は無く、放つ掃射は風を束ねた弾丸となって乱花に、魅咲に、そして後方のローズルへと狙いを定めた。
「……巻込みますよ? 可哀想に」
「可哀そうだと思ってもこんなことができるのは魔種だからなのでしょうか? 同じ人にする仕打ちとしてあまりにも、ですよ」
嘆息する『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)は一般人の腕をぐい、と掴んで後方に押し遣りながら手鏡に妖気を宿した。
魅咲は笑う。悪辣であれ――そうしなくては魔種と名乗るのも烏滸がましいだろう、と。
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全員を庇う。唯、それだけでも少女の華奢な体が軋んだ。唇を噛み締める。アレクシアの視線が射るのは二人の魔種ではない。後方のローズルだ。
「あなたはここに何かを調べに来たんでしょ? なら、どうしてこの人達の生命を奪う必要があるの!?
ただの趣味? それとも犠牲が何かに必要だったりするの? それとも私達の妨害を予期していたから?」
イレギュラーズからの妨害を考えれば、民草を盾とする事こそが一番にその足を竦ませる事であろうと利口な彼ならば良く分かっているだろう。
だが、それだけではない予感がしてならないのだ。一直線にローズルの元へと飛び込んだ風牙は後方に下がる彼諸共大口を開いた氷狼が飛び込んで来る。
氷の精霊達は双方を『招かれざる客』と認識しているかのようである。
(こいつら、何が狙いだ? こんな場所にあれだけの人数を連れてきて……まさか、生贄とかか?
きっとそうだ、意味もなく一般人を連れてくるはずない! 応え次第じゃ容赦しねぇ――!)
地を焼くが如く。彗星が直走った。風牙を真っ直ぐに見据えてローズルは何かを言い淀むかの如く「いや、ね」と視線を彷徨かせる。
「乱花」
「何」
呼び掛けられ、詰まらなさそうな素振りを見せた乱花はローズルの前に立った。成程、一応は『指揮官』役に従うのか。
「……ローズルさん。最近、本当によく逢うね」
「そうですね」
アレクシアの問いかけには答えないまま、ローズルはハリエットに微笑んだ。民を先導する鏡禍とレイリーには興味を見せる素振りもない。
何方にも襲い来る『氷』。牙を剥く狼たちを去なしながら魅咲はひらりとレインの傘を躱した。続け様に一般人をも巻込むように幻惑の火が揺らぐ。
「ひッ――!」
「大丈夫です。落ち着いて」
「狙わせるものですか! 私達がいる限り、絶対に手は出させないわよ!」
吼えるレイリーは民達を庇うべく手を伸ばす。民を狙うのは『狼たちだけ』ではない。魅咲はよく知っている。人命救助はイレギュラーズにとって最優先――詰まり、それに大いに手を取られるのだ。
搦め手を得意とするが故に直接的に民の命を直ぐに奪い去ることはないか。直情的な乱花がローズルの護衛に付いたのは幸いか。だが――
「理由は幾つかある。一つは『足を引っ張るため』に決まってるだろうに。何だって使わなくちゃ戦いには敗れるだろう? 簡単な話だよ」
掌をひらひらと揺らがせた魅咲に鏡禍は歯噛みした。魔種の行く手を遮れども、周囲を巻込むような攻撃が存在すれば民達は傷付きその命をも落とす可能性があるのだ。
(中々に頭がキレる。民を護る為に此方の手を出来る限り削るつもりか)
奥歯を噛み締めて 汰磨羈は乱花諸共ローズルを撃ち抜いた。若宮の花弁、和魂と荒魂の欠片が太極を作り上げる。破災の一撃に乱花が「痛いじゃん!」と叫んだ。
「外交官サマ、アイツ殺そう!?」
「乱花、叱られますよ。魅咲が『一般人ばかり狙っている』理由が分かるでしょうに」
理由、とその言葉に 汰磨羈がぴくりと肩を動かした。アレクシアも同じように顔を上げる。風牙は直ぐにそれに思い当たって苛立ちを滲ませた。
「お前、『俺達』の盾にしようとしたんじゃなく、ここから先に出てくるだろう障害の盾にする為に連れてきたのか――!?」
ローズルは微笑んだ。魅咲の呆れかえった顔に、乱花が『一般人を適当に連れて来ても許していた』理由に。風牙の頭に血が上る。
「命を愚弄するな!」
「していません。仕方がナクですよ。……ね、魅咲?」
穏やかな青年は姿勢を崩さない。当たり前だというように――無尽蔵に降る氷の礫をスティッキで受け流すだけだ。
「仕方が無く、か。そこまでしなくちゃ鳴らない理由があるんでしょう。
もう一度聞くよ。ここで何をしていたの? ……貴方は何のためにあちこちを調べ歩いているの」
「興味本位ですよ。自国の歴史を紐解きたいというのは悪い感情ではないでしょう?」
素直に教えてはくれないかとハリエットは呟いた。ならば――初めて、彼に向けて銃を向けた。
それはハリエットにとっての明確な敵対である。願わくばそうしたくは無かった。彼がブリギットと、アラクランと関わっていても。
「私たちはこの民を守りたい。ここは退いてくれないかな」
「生憎『拾いもの』が満足しなくてはなりませんから」
穏やかな声音に潜んだ狂気にハリエットはぞっとした。彼の空気感が徐々に変化していくような気配がする。手遅れになる前に手を伸ばしたかった。けれど、敵対してしまったら――
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自らこそが城壁である。白亜の鉄壁。堂々とその身を盾としてレイリーは白きランスで氷の礫を振り払う。
「獣たち、私を倒さない限りここは迂回禁止よ!」
鏡禍と共に連携し、出来うる限りの狼を惹き付ける。狼たちが魔種を狙うならばそれも好都合、それらは侵入者を赦しはしないからだ。だが、数が多いか。冷ややかな気配が体を包み込み傷を付ける。
「狼さん、あなたたちの獲物はこちらですよ」
狼たちを誘いながらも耐え続けるだけではいけないと其れ等を出来る限り振り払った。鏡面の暗き湖が揺らぐ。困難を前に、鏡禍は怯むまいと唇を噛み締めた。耐えるだけならば、難しくはない。
フレシア・レフラクタ。周囲に広がった浄化の魔力が二人を包み込む。色とりどりの花を咲かせ、そして続けるように花開いたのは薄紅色。
アレクシアの支援を受け何とか戦線維持にも気を配った二人は民草たちを守り切る困難さと、魔種が民を狙うことで此方の気を逸らす事を狙っていることの苦さを感じていた。
「喧嘩が好き、ってツラじゃあないわね。ただ壊すのが好き、殺すのが好きってとこかしら。
……初対面ですけど、仲良く出来そうにないってのだけは分かるわ?」
「仲良くしてくれてもいいんじゃね? 名前も知らないけどさ。あ、乱花って呼んでいーよ」
にんまりと笑った乱花と相対し、ゼファーが距離を詰める。ローズルを狙えば良い。盾のように振る舞っているが乱花は彼を守り切る気は無さそうだからだ。
ぐん、と距離を詰め一気に気を惹く鉛の楽団。軽やかな響きと共に最大火力を叩きつけたのは野性的な一撃。
狼の方向の如く。娘はぐんと背を伸ばした。手を伸ばせば、師などと擬えるその人の高みに追いつける気がして――一気に魔種の身を揺るがせる。
「気が合いそうに無いじゃないの、私達」
「破壊だけが趣味は友達じゃないって? 酷い言い草はどっちッ、どわ」
笑った乱花。その視界を覆うように波濤が身を包み込む。レインは耳を澄ませ、雨垂のように強かに地を打った声を探していた。
しかし、精霊達の声は聞こえない。氷狼たちは、精霊と分類されているが意思の疎通は難しいか。それとも、それ程に憤っているかである。
全てを引き受けると風牙が吼える。余所見などしてくれるな。お前達の敵は此処に居る。
榛色の髪が揺らいだ。細腕が軋んだのは前線に立った乱花の一撃を受け止めたからだ。変則的な戦い方をする魔種は「真っ直ぐすぎる太刀筋、嫌いじゃないけどさ」と風牙を笑う。
「ッ、お前がこの人達をここまで連れてきたのか。お前が、死んでも良いって!?」
「なんなら手慰みに殺したりしたけど」
「ッ――お前!」
人の命を何だと思っていると、叫びかけた風牙の喉元に乱花の刃が迫る。弾いたゼファーは「『直向きさ』はお嫌い?」と問うた。
女の身体が揺らぐ。鍛え上げた肉体は、自分の為にあった。蝶々の羽ばたき一つが西風にチャンスを与える。
ゼファーの横槍に驚いたようにタイミングを崩した乱花の向こうにローズルが見えた。
「ローズルさん、此処での戦いはお終いにしよう!」
アレクシアの花が開く。レイリーと鏡禍が耐え忍ぶように狼たちを受け止めた。それは、彼方とて同じ。
「皆さん、下がっていてください!」
「お母さん!」
レイリーが唇を噛んだ。幼い子供の母親が氷狼の牙に晒されている。届けと願えども二人では全てを救いきることは出来まい。
赤い血潮、せめてそれが子供の目に入らぬようにヴァイスドラッヘは白き盾を構えるだけだ。
攻撃の邪魔をされて不機嫌さを隠さぬ魅咲に、氷の礫や牙を受け止めるローズルも戦いにくさを感じている。民を盾程度に考えていた彼等は全てを庇うように動いたイレギュラーズ達の『心優しさ』を侮っていた。
削ぎきれぬ戦力を目の当たりにすれば数の差が如実に出る。ハリエットは照準を合わせ引き金に指を添える。
民を護るだけではなく周囲を巻込み、撤退を促すだけ。相手もこれからの為に余力を残そうと戦っているはずだ。ならばその隙を付くだけ――『余力が無いと判断させれば』相手は必ず視野撤退するからだ。
「――退いて貰おう!」
喉元へ汰磨羈が迫る。魅咲の幻影を弾いた鏡禍は狼たちが大口を開けて前線を狙っていることに気付いた。
「礫が降ります」
「……構えて――!」
レイリーの鋭い声音が響いた。狼から降る氷の驟雨。その全てを、救うだけの意志は持ってきた。始めはアレクシアが、そして次はレイリーが。
氷の礫を受け止める魅咲へと降り荒んだのは鋼。ハリエットの狙撃銃は命乞いさえも遠ざけた。
「……精霊達、凄く怒ってる……」
これ以上はダメだとレインが頭を振る。その気配はローズルも感じていたか。彼が精霊と疎通する能力を有していたのか、それとも魔種の二人のウチのどちらかがそれに過敏であったのかは分からない。
レインの言葉に彼の視線が逸れたとき、風牙の槍がローズルのスティッキへと打つかった。
ローズルは何にせよ己に迫った危機を過敏に察知している。まだ遊び足りないと風牙や汰磨羈を狙わんとする乱花にローズルは「乱花」と声を掛ける。
「ウォンブラング嫗が言って居たでしょう」
何を云われたのか。アレクシアは聞き覚えのあったその名前に顔を上げた。
――宜しいですか。伝承の獣は嘗て封じられた存在。『身を分かたれた』と言えど、抵抗は激しいものでしょう。
故、危険を感じたならば退きなさい。どの様な障害が待ち受けているのかを知りたいだけだというならば、撤退こそ必要不可欠です。
まるで幼子に語りかけるように、彼女は乱花と魅咲へと言ったそうだ。『村の子供達』を相手にするような優しい顔をして。
それを思い出したか乱花は「魅咲ちゃん、撤退だってェ」と詰まらなさそうに声を掛けた。風牙の槍がローズルのスティッキに傷を付けている。
それ以上を彼は求めていないのだろう。踵を返す。奥へと向かうわけではない、他の横穴へと逃げていく三人をイレギュラーズは追うことはしない。
此方とてじり貧だ。民を護らねばならない以上は指揮をするであろうローズルを狙い撃ちにした事は民の命を僅かに失ってでも良き作戦であった。
「……此方も退くぞ」
汰磨羈が『愛染童子餓慈郎』を構え、氷の精霊達を睨め付けた。狼の牙が迫る。刀身が受け止めれば凍て付く気配が腕へと走った。
この地の奥に潜む者を示すようにそれは大口を開き全てを否定するかのようである。これこそが伝承の元へと居たる人間を選別しているとでも言うのか。
「そうしよう。奥のことは気になるけど、無理をすれば」
それは民の命を奪う事となる。唇を噛み、出来る限りの民を救い上げることを目的としていたアレクシアの花がふわりと開いた。
傷を癒やせば、まだ走れる。イレギュラーズは可能性(パンドラ)に軌跡を沿わせて走り行く事が出来る。
氷の礫に、魅咲の攻撃に巻込まれた者は居る。怪我をした者を庇いながらイレギュラーズは撤退を行なう事とした。
「……言葉、通じないみたい」
ぽつりと零したレインにゼファーは「どうやらお冠ですからね」と呟く。
氷の礫が降る。脚を縺れさせる民を連れてレイリーは走り出した。「お母さん」と手を伸ばす。物言わなくなったその人の肉体は今すぐに救い出すことは難しい。
「走って」
ゼファーの声が冷たく響いた。ローズルが魅咲や乱花を連れて撤退する時に迷うことなく走り去ったように。
――危険だ。フローズヴィトニルの『精霊』か。氷の狼たちは封じられたはずのそれを護る為に、酷く憤っている。
(フローズヴィトニル……どんなもの、なんだろう……)
レインはくるりと振り向いた。足を止めることなく走り出す。降る礫はその空間を覆い狼の咆哮を響かせた。
まるでそれは、吹雪の夜に聞いた風の音のようでもあった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
乱花&魅咲はこの先も皆さんの前に姿を現しそうですね。
GMコメント
●成功条件
・『乱花』&『魅咲』の撤退
・『無辜の民』の半数以上の生存
●地下の洞穴『氷面鏡』
凍て付く気配を感じさせる洞穴です。『ブランデン=グラード』から出発して辿り着いた場所です。
地底湖が存在している様子ですが、凍り付いています。内部はそれなりの広さを有していますが、飛行には余り向きません。
先行する魔種&ローズルの傍には無数の民が怯え竦んで座っています。
その周辺には氷によって産み出された『狼』が駆けずり回っているようです。
『狼』は魔種達も民も――そして訪れるイレギュラーズも何方も関係なく殺さんとします。
また、隠れる場所は余りに少なく、民達を洞穴の外に逃がす場合はかなり長時間を有します。
(現状では『氷の狼』が何者かも分かりませんので、何処かの物陰に隠しても安全が保証されないためです)
●エネミーデータ(アラクラン)
・『奔放の白刃』乱花
・『狡知の幻霧』魅咲
暴食の魅咲と怠惰の乱花。民草をこの地にまで引き摺ってきたのは乱花です。
二人は幼馴染みですが、不慮の事故で故郷を滅ぼしました。その都市では二人共が天才と呼ばれていたようです。
非常に享楽的な乱花は『人間が足掻く様子』が大好きです。魅咲以外の民は唯の玩具です。
乱花は剣を駆使し戦います。我流としか呼べぬ変幻自在な太刀筋は読みづらく強力なユニットと言えるでしょう。
一方の魅咲は知識に貪欲であり、フローズヴィトニルという伝承について知りたいとやって来たようです。
蒐集した知識を駆使した神秘アタッカー。物理的な破壊は知識の消失や欠損になると幻惑などの搦め手を得意とします。
乱花が勢い良く何もかもを壊すので少し不機嫌です。
・『無銘の』ローズル
鉄帝国の外交官。戦う事は余り得意としていない、そうですが、『最近はどうでしょうね』
余り手の内を明かすつもりはないようです。
乱花と魅咲の現在の上司です。二人共がギュルヴィの配下に今は落ち着いていますが唯の協力者だそうです。
フローズヴィトニルの伝承を辿りこの場所までやって来ました。民に関しては「かわいそう」ですが「仕方有りません」
此処で深追いする気はなく、撤退判断はどうやら速いようです。ローズルは撤退に際して乱花&魅咲を連れて帰ります。
●エネミー(氷狼?)
・氷の精霊『氷狼』
初期20体。無尽蔵に飛び出してくる氷の狼です。まるで、何かを守護しているかのようです。
非常に獰猛で全てへと襲いかかって行きます。ターン経過で5体ずつ何処からか現れます。
それは背後かも知れませんし天井かも知れません。湧き出てくることを完全にストップするためにはこの場所からの撤退もしくは進軍が求められます。
『アラクラン陣営を撃破して此方も撤退する』『アラクラン陣営を撃破して進軍する』(もしくはイレギュラーズが撃破されて前述2種が起る)などです。
●保護対象
・無辜の民 30人
地下道に通じる穴に風を凌ぐために逃げ込んでいた家の無きスラムの住民達。
それなりにスリや窃盗など小ずるいこともしてきました。乱花が引っ張ってきました。
「てーか、死んでもいいじゃんね? コイツら盾にしようぜ、魅咲ちゃん」
「そうだな。ローズルさんも『かわいそうだけど仕方ない』と思っていそうだし」
泣き叫んでいる子供も居れば、無理に反撃しようとする者も居ます。男女年齢様々。
出来るだけ守り切ってラド・バウで保護してあげてください。氷狼の攻撃に巻込まれる可能性はとってもあります。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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