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シナリオ詳細

<騎士語り>封印の扉<総軍鏖殺>

完了

参加者 : 35 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――少しだけでも見たかった。
 元気にしているか、遠くからでいいから見たかった。

 北の大地ヴィーザル。ローゼンイスタフの居城はいつも以上に騒がしかった。
 不凍港ベデクトへの調査から帰ってきた『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)達が思いも寄らぬ者を連れて帰って来たからだ。

 ノーザンキングス連合王国統王シグバルドの孫『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン。
 重傷を負っていたその少年をギルバート達が保護し、連れて帰って来た事は既にローゼンイスタフ城内にも知れ渡っていた。
 殺せという声、人質にしろという声、解放しろ、戦意が無いのなら仲間へ。
 集まった戦士やローゼンイスタフの兵士達の中でも意見が分れていた。
 緊急で開かれた会議の場で『餓狼伯』ヴォルフ・アヒム・ローゼンイスタフ(p3n000288)は告げる。
「トビアス・ベルノソンの処遇は今此処で決められるものではない。彼は戦士であるがまだ少年であり未来がある。こちら側へ引き入れる余地もあるだろう。だが、殺せばノーザンキングスとの『和平』への道は永遠に閉ざされる。よって、武器を取り上げ監視をつけ様子を見る。
 勿論、その役目は『子犬』を拾ってきた子供の役目だ。こちらから手出しする事の無いように。以上だ」

 ヴォルフの言葉にチック・シュテル(p3p000932)はほっと安堵の表情を浮かべた。
 トビアスの武器は回収され歩き回れるのはローゼンイスタフ城の中だけ、イレギュラーズが付き添えば外にも出られるが民衆の不安を煽る懸念があるから極力避けるようにと通達があった。
「助けて貰った恩を仇で返すのは違うだろ。此処ではアンタたちのやり方に従うよ」
 トビアスは口は悪いが意外と理性的である。最も『生き残る』為には賢明な判断であった。

 ――――
 ――

「……チック。そんな毎日看なくても大丈夫だって。もう動けるし」
「でも……、トビアスはイレギュラーズ、じゃない……から」
「そうだけど」
 チックの言葉に苦い顔をするトビアス。
 このローゼンイスタフに来てから思い知らされた。自分は井の中の蛙だったと。
 此処で暴れても直ぐに取り押さえられて終わりだ。
 集まった戦士や兵士から、すれ違い様舌打ちをされたり、悪口を叩かれたりするのには腹が立つが。
 ローゼンイスタフの長であるヴォルフの命令で直接的には手を出してこない。だからトビアスも大人しくしている。
「俺にも親父や叔父貴たちみたいに力があれば」
 この場を力尽くで突破出来ただろうかとトビアスは窓へと歩く。
 ローゼンイスタフの城下町は広くて、生まれ故郷のサヴィルウスとは雲泥の差だった。
 ふと、城の門へと近づいて来る少女達に視線を落すトビアス。

「え?」
 見覚えのある少女に目を見開く。
「……カナリー?」
 背中の白い翼と翠の瞳。緩くウェーブの掛かった金髪。
 見紛う筈もない。それなのに、トビアスは酷く動揺していた。
 なぜなら、己の『妹』は五年前のリブラディオンで――死んでいるはずなのだから。

 ハイエスタどもの攻撃で弱かった妹は死んだと聞かされていた。
 血の繋がらない兄妹であったが、トビアスはカナリーの事が嫌いではなかった。
 離れて暮らしているからかいつも怯えて隠れている妹を揶揄って遊んだりもした。
 ちょっかいをかけ過ぎて大泣きしてしまったカナリーを宥めるのに苦労した。
 其れでも弱いなりにも『剣を持って』戦おうとする妹の事を可愛がっていたのだ。
 だから、死んだと聞かされた時は悲しみに打ちひしがれた。
 どうして自分だけが村に残され、カナリーは戦場に連れていかれたのか。
 傍に居てやれば死ぬ事はなかったかもしれないのに。後悔が涙となって幾度も零れた。

 急に部屋から駆け出したトビアスをチックが追いかける。
「まって、トビアス……」
 城門の兵士に止められた少年に追いついたのはチックとギルバートだ。
「離してくれ! カナリーが……ッ!」
「落ち着けトビアス! どうしたんだ」
 ギルバートは少年の身体を後から羽交い締めにして押さえ込む。
「妹が居たんだ……」
「何? 妹だって? だが、君の妹は先の戦いで」
「そうだよ! お前らが殺したんだ!」
 ギルバートはぐっと唇を噛む。ここで怒りに任せてはいけない。
 トビアスはその戦いに来ていなかったのだから。

「カナリー!」
 その呼び声に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)はビクリと肩を振わせ振り向いた。
 傍らには鶫 四音(p3p000375)が居る。
「アルエットさん、会いたかったのでしょう?」
「……うん」
 四音の手をぎゅっと握ってアルエットは近づいて来た。

 驚いて目を見開いたのはトビアスだけではない。
 ギルバートも同じように翠の瞳に驚愕に浮かべた。
「……アルエット?」
 ギルバートは目の前の少女を凝視する。
 背中の白い翼と翠の瞳。緩くウェーブの掛かった金髪。
 見紛う筈もない。それなのに、ギルバートは酷く動揺していた。
 なぜなら、己の『従姉妹』は五年前のリブラディオンで――死んでいるはずなのだから。

 ノルダインどもの凶刃により無残な姿で翌日発見されたのだ。
 母方の従姉妹であったアルエットは、ギルバートによく懐いていた。
 聡明で真面目な彼女がギルバートの前では年相応の少女の笑顔を見せてくれた。
 それが愛おしくて。とても可愛がっていたのだ。
 だから、死んだと聞かされた時は悲しみに打ちひしがれた。

 その可愛かった『従姉妹』が目の前に居る。
 そんな筈は無いと理性で否定して、もしかしたらという可能性を願った。
 彼女が戻ってきてくれたのならどんなに幸せだろうかと。

「――――君は……誰だ?」
 縋るように。祈るように。
 ギルバートは同じ色の瞳でアルエットを見つめた。


 ――少しだけでも見たかった。
 元気にしているか、遠くからでいいから見たかった。
 たとえ血が繋がっていなくても。
 それでも私にとっては――大切な『兄』だから。

「ギルバートさん、離してあげてください。彼は『私』の兄です」
 アルエットは翠の双眸をギルバートへ上げる。
 その言葉はギルバートの『従姉妹』ではないかという疑念の否定。
 項垂れるように手を離したギルバートからトビアスが駆け出した。
「カナリー!」
 解放されたトビアスは前のめりになりながら、アルエットの元へ走る。
 抱き上げられたアルエットはトビアスの頭をぎゅうと抱きしめた。
「トビアスお兄ちゃん……」
 震える手で己に縋る妹をトビアスは優しく撫でる。
「生きてたんだなカナリー。良かった……俺はお前が死んだって聞いて。どうして帰って来なかったんだ」
「…………帰ったら、殺されちゃう」
 ぼろぼろとアルエットの瞳から涙が零れ落ちた。
「どういうことだ?」
 心配そうに顔を覗き込むトビアスの目の前にハンカチが差し出される。
 ギルバートが寄越したハンカチをアルエットの頬に当てて眉を下げるトビアス。
「トビアス、話しが混み合ってきたから場所を移そう。ここでは目立ってしまうからね」
「ああ、そうだな」
 アルエットを連れたトビアスはギルバートと共にローゼンイスタフ城へ戻った。


 澄み渡る空はどこまでも遠く高く。手を伸ばしても届かない青い色を広げる。
 ローゼンイスタフからヘルムスデリーへと帰還したギルバートを迎えたのは母パトリシア・フォーサイスと父であるダニエル・フォーサイスだ。
 ヘルムスデリーへ戻って来たのはポラリス・ユニオン(北辰連合)の方針でリブラディオンの調査に赴くためである。
 先だって手紙でリブラディオンへ向かう旨を伝えた所、パトリシアは同行すると申し出たのだ。
 ギルバートの母パトリシアは今回のリブラディオン調査において重要な人物の一人である。
 ベルターナの一族。長兄エドワード、次兄グリフィス、末妹パトリシアは『調停の民』の血を継ぐ者。
 もし、ギルバートの背に白き翼が生えていたのならば継承者として修行を行っていただろう。
 だから現時点で残っている調停の民はグリフィスとパトリシア、それにアルエットのみである。

 調停の民の血の証である純白の翼と翠の瞳、金の髪をしたアルエットを前にパトリシアは頬を染めた。
「まあ、まあ……! 本当にアルエットちゃんそっくりなのね」
 パトリシアはアルエットを優しく抱きしめる。
 アルエットは翠の瞳を揺らしあたたかな温もりの中に身を委ねた。
「私は……多分、捨てられた双子の妹の方です」
「ええ、分かっているわ。けれど、捨てられたわけじゃない。貴方は連れ去られたの悪しき眷属によって」
 悪しき眷属とはどういう事だとアルエットは首を傾げる。
「本来調停の民にとって双子は吉兆。けれど、悪しき闇はそれを嫌い『門』を通じて貴方をサヴィルウスへと堕としたのでしょう。エドワード兄様は何度も門を潜って探しに行っていたわ。でも見つからなかった。手がかりも無くて。門の向こう側を歩くには調停の民であっても危険だから」
 パトリシアは準備を整え村の出口へと馬を連れてくる。
 夫のダニエルと共に馬を走らせリブラディオンへの道を進んだ。

「門を開けられるのは調停の民の血を継ぐ者だけだった。エドワード兄様、グリフィス兄様、私。其れに傍流の子たちね。ただ、傍流の子たちは戻って来れない事も多い。帰り道が分からなくなるのね。丁度その頃居なくなった子が何人も居たのよ。悪しき闇の眷属に操られていたのかもしれないわ」
 その言葉を聞いてロト(p3p008480)は頭の奥がズキリと痛んだ。
 知らない筈の扉の向こう側。布に包まれた小さな命。思う様に動かない身体。
 ロトの頭の中に流れる情景はただの連想や想像に過ぎない。そう思うのに、やけに鮮明に脳裏に焼き付いている。

 ――――
 ――

 パトリシアはリブラディオンの廃墟になった神殿へ向かう道中で調停の民が何故存在するのかを語る。
「この先の神殿には封印があるわ。それは光と闇が封じられている場所へ繋がる門。
 その門を守り、光と闇の均衡を保つことが私達調停の民の役目なの」
 かつて、光と闇の戦いがあった。
 光の神はハイエスタの雷神『ルー』、闇の神は三ツ目の悪鬼『バロルグ』との戦いだ。
「雷神は眠りにつくことで闇神を封じているといわれているわ。けれど、封じ続けるには人々の祈りが必要だったのよ。この地に安寧をと。だから、エドワード兄様は統王シグバルドに『和平』を望んだ。シグバルドの統治と調停の民が望む調和はある意味同じであったから。だけど、それは虐殺という結果で決裂した」
 崩れた廃墟の前で立ち止まったパトリシアの周囲を小さな精霊が歓迎するように回る。
「……この感じ、どこかで」
 ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はヘルムスデリー周辺で読み取ったマナをこのリブラディオンでも感じると首を傾げた。

「この先の扉を開けるか、開けないか。それはこの先の未来を生きるあなた達に託すわ。
 変革は痛みと希望を同時に与えるけれど。あなた達にはそれに立ち向かえる勇気がある」
 パトリシアはロト達に振り向いて優しい笑みを浮かべた。


「あの子はここで殺された……」
 村はずれの家の中に入ったアルエットは黒ずんだ石床に視線を落した。
「本当のアルエット。ギルバートさんの従姉妹のアルエット・ベルターナはここで死んだわ」
「……っ」
 拳を握り締めるギルバート。アルエットは眉を寄せて涙を溜め、双子の姉の声を思い出す。

『――貴女はカナリーなのね、会いたかったの、私の可愛い妹』
 お互いの存在を確かめるように、指輪を見せ合って抱きしめた。
 直後に捕まったから、交換したままになった指輪。
 自分があの場所に『連れて行かなければ』姉のアルエットは死ななかったかもしれない。
 けれど、妹のカナリーがその命令を無視することは出来なかった。それは死を意味するものだから。
 何方にせよ『命令した男』は二人の小鳥を逃がすつもりなど毛頭無かったのだ。

「抵抗もできなくて、あの子ひどいことをいっぱいされた……っ」
 アルエットはその時の光景を思い出して顔を覆う。
 しゃがみ込んだアルエットから嗚咽と共に涙が零れる。
 サヴィルウスの戦士達が村を襲撃している間、男はアルエット・ベルターナを蹂躙した。
「次はお前も同じようにしてやるって……」
 縛られ床に転がされていた妹のカナリーにはその言葉は死神の声に聞こえただろう。
 姉のアルエットが息絶え、男の手が己に伸びて来たのは覚えている。
「……次の瞬間、私は空中神殿へ召喚されていた。安堵と目の前で死んでいくあの子を助けられなかった悔しさが同時に押し寄せたわ。だから、私は『アルエット』になった」
 涙を流しながら立ち上がったアルエットはトビアスへと向き直る。

「あの子の代わりに生きる為に。あの子が見られなかったものを見て触れて精一杯生きるって決めたの。
 だから、私はサヴィルウスには戻らない。
 だって、アルエットを殺したのは『エーヴェルト』だから。今度は私が殺される」
「何だって? 叔父貴が? 嘘だろ?」
 トビアスはアルエットの涙を拭きながら、小さな背をそっと包み込んだ。

 ――エーヴェルト・シグバルソン。
 ベルノ・シグバルソンの異母兄弟でトビアスに「カナリーは死んだ」と教えてくれた本人だ。
「ならば、ベルノではないのか? アルエットを殺したのは」
「そう。パパじゃないわ。エーヴェルトよ」
 アルエットの言葉にギルバートは深く息を吐いた。
 強い憎悪と怨嗟を向けていた相手は別人であったと知らされたのだ。
 されど、その動揺は『家族』であるトビアスの方が大きいだろう。
 死んだと思っていた妹は生きていて、叔父はそれを死んだと伝えて来た。
 しかも叔父のエーヴェルトは妹を殺すつもりだったというのだ。

「分かんねぇ……わかんねぇけどよ。俺は強い戦士になりたかった。母ちゃんやカナリーのこと軟弱だって侮ってたんだ。馬鹿だからよ。でもなあ、自分が守りたいもんは分かってる。
 俺はカナリーの傍に居るぜ。サヴィルウスの皆を裏切るんじゃねぇ。カナリーを守るんだ!」
 妹を守れなかった悔しさ。己の非力を嘆く心を乗り越え、トビアスは前を向くのだ。

GMコメント

 もみじです。
 出会うべき子供達が出会い。
 いよいよ騎士語りが大きく動き出します。

※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
 なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!

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●目的
・リブラディオンの調査
(ポラリス・ユニオン(北辰連合)の方針によりリブラディオンの調査が実施されます)

●できること
【A】リブラディオンの街中を散策
【B】リブラディオンの神殿を調査
【C】リブラディオンの墓地を調査
【D】ヘルムスデリーへ赴く

●ロケーション
 ヴィーザル地方ハイエスタの村『リブラディオン』とその周辺。
 リブラディオンは現在廃墟となっています。
 街の中には崩れた建物、北側には壊れた神殿があります。
 近くの見晴らしの良い丘に何十もの墓標が建っています。

 リブラディオンの地図
 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/ev/sm/kisigatari/kisigatariimg015.png

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【A】リブラディオンの街中を散策

『街中』
 至る所に崩れた石壁があります。
 いずれも、火を付けられたのか黒く朽ちています。
 雑草が広がり、荒れ果てた状態です。

『四方の石碑』
 北の神殿を起点に南のヴォルケルン、東のガイアス、西のウィンディがいました。
 現在は南東西の石碑は壊され、宿っていた精霊も失われています。

『村はずれの小屋』
 アルエット・ベルターナが殺された場所。
 ここだけは燃えずに残っています。
 石床の黒い染みはアルエットの血です。

『人影』
 何やら人影があるような気配がします。
 交戦の気配はありませんがこちらの様子を伺っているようです。
 ノルダインかもしれません。

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【B】リブラディオンの神殿を調査

『神殿入口』
 瓦礫の山があります。
 それを片付けると隠されるように地下へ続く階段があります。

『外扉』
 神殿内部へと入る為の扉です。
 開けられるのは調停の民の血を継ぐ者です。
 現在開けられるのは、グリフィス、パトリシア、カナリー、ギルバート、ロトです。

『神殿内部』
 凍らない泉があります。
 内部に入ると精霊アクアヴィーネが眠りから覚めるでしょう。
 アクアヴィーネは『モイメル』へと続く『門』を守っています。

『モイメルへの門』
 常春の庭へと続く門は封印されています。
 この封印を解くと光の神が眠りから覚め、同時に悪しき闇も解き放たれると言われています。
 門を守る事も調停の民の使命の一つです。
 モイメルへの門を開けられるのも調停の民の血を継ぐ者です。

『常春の庭モイメル』
 門の封印を解くと行く事が出来ます。
 調停の民の血を継ぐ者はモイメルへ呼ばれるといいます。
 神秘に包まれた場所で詳細は不明です。

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【C】リブラディオンの墓地を調査

『墓標』
 リブラディオンの住民達が眠る場所です。
 見晴らしの良い丘の上にあります。
 アルエット・ベルターナのお墓もここに在ります。
 報告書によると彼女が持って居る指輪は『カナリー・ベルターナ』と記してあります。

『石碑』
 古い伝承が書かれた石碑です。
 書かれているのは『ハイエスタの雷神と蛇神クロウ・クルァクの戦い』です。
 大きな石碑の上の方は長年の雨や雪の影響か少し削れています。
 現在読み取れるのは
『――雷光の鉄槌は天を貫く程の輝きを帯びて、蛇神を穿ち』
『蛇神が吐いた毒は地を穢すもの』
 パトリシア・フォーサイスならここに書かれている内容を伝え聞いているかもしれません。

 蛇神クロウ・クルァクとは希望ヶ浜の真性怪異『繰切』の前身です。

『人影』
 何やら人影があるような気配がします。
 交戦の気配はありませんがこちらの様子を伺っているようです。
 ノルダインかもしれません。

 一度、リブラディオンにはギルバートの友人たちと訪れた事があります。
 その時の報告書は以下です。
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6604

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【D】ヘルムスデリーへ赴く

 リブラディオンの調査終了後、ヘルムスデリーへ赴く事が出来ます。
 ギルバートの家や、銀泉神殿などがあります。
 ヘルムスデリーの詳しい街の情報はこちらに記載しています。
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8005
 ヘルムスデリーの地図
 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/ev/sm/kisigatari/kisigatariimg014.png

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●NPC
○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 以前イレギュラーズに助けて貰ったことがあり、とても友好的です。

○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
 ギルバートの仇敵ベルノの養子であり、トビアスの妹。
 母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
 トビアスがローゼンイスタフに保護された事により、『兄』と再会。
 本当のアルエットの代わりにその名を借りています。

○『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン
 ヴィーザル地方ノルダインの村サヴィルウスの戦士。
 父親(ベルノ)譲りの勝ち気な性格で、腕っ節が強く獰猛な性格。
 ドルイドの母親から魔術を受け継いでおり精霊の声を聞く事が出来る。
 受け継いだドルイドの力を軟弱といって疎ましく思っている反抗期の少年です。
 ですが、死んだと知らされていた妹のカナリーと再会し考えを改めました。

○『調停の民』パトリシア・フォーサイス
 ギルバートの母で調停の民の血を継ぐ者。
 カナリーとトビアスの境遇に心を痛めている優しい女性。
 しかし、リブラディオンを襲撃したベルノ達や
 アルエットを殺したエーヴェルトには強い怒りを覚えてます。

○『岩穿の騎士』ダニエル・フォーサイス
 ギルバートの父で代々騎士の家系であるフォーサイス家当主。
 パトリシアの守護騎士として同行している。
 ギルバートに似て心優しく、時に厳しい人格者です。
 頼りがいのある父親で、ギルバートは彼のようになりたいと思っています。

○クルト
『獣鬼』ヴィダル・ダレイソンに囲われていた闘奴の少年です。
 現在はイレギュラーズに助けられヘルムスデリーで保護ざれています。
 元々はリブラディオン出身なので、当時の村の事などを教えてくれます。
 行く行くは調停の民の直系であるアルエット・ベルターナを守る騎士となるはずでした。

○『水の精霊』アクアヴィーネ
 リブラディオンの神殿の奥で眠っている精霊です。
 神殿入口の扉が開かれると目覚めます。
 彼女が守っているのは『モイメルへの門』です。

※他、ヘルムスデリーに居る関係者は着いてくる事が可能です。
※クルト、トビアス以外のサヴィルウスの関係者はEXプレイングで登場できません。

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●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●騎士語りの特設ページ
https://rev1.reversion.jp/page/kisigatari

  • <騎士語り>封印の扉<総軍鏖殺>完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年12月22日 22時05分
  • 参加人数35/35人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 35 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(35人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
シラス(p3p004421)
超える者
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
ウルリカ(p3p007777)
高速機動の戦乙女
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
エステル(p3p007981)
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)
ファイアフォックス
一条 夢心地(p3p008344)
殿
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
ロト(p3p008480)
精霊教師
シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)
魂の護り手
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
フローラ・フローライト(p3p009875)
輝いてくださいませ、私のお嬢様
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
そんな予感
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
燦火=炯=フェネクス(p3p010488)
希望の星
フーガ・リリオ(p3p010595)
君を護る黄金百合

サポートNPC一覧(2人)

アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
翠迅の騎士

リプレイ


 薄い雲の掛かったアジュールブルーの空へと手を伸ばす。
 十一月の半ばのヴィーザル地方の村リブラディオンは、冷たい風が吹いていた。
 もうすぐ、不凍港ベデクトの奪還作戦が開始されるであろう。
 イレギュラーズ達がリブラディオンへ赴いたのは束の間の調査のためだ。
 雪が本格的に降る前にこの因縁の地を調べたいとポラリス・ユニオンの方針で決まったのだ。

『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はリブラディオンを青い瞳で見渡す。
 またこの場所を訪れる事になるとはと共に歩く『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)に振り向いた。
「あの時、俺はギルバートと何かあれば力になると言った。ならば、出来得る限りの事をせねばな」
「ええ、そうですね。此度はゆっくりとしていられないのが残念な所ですが……」
 ベネディクトは指先に止まった小鳥を空へと解き放ち視界を共有する。小鳥の視界からは上空からのリブラディオンが見えた。
「すまないが、リュティス。我が友人の為だ、力を貸してくれ」
「了解致しました。私も御主人様の刃として助力を致しましょう」
 二人の隣ををたしたしと歩く茶太郎はリブラディオンの廃墟を不思議そうに見渡し、落ち込んだような表情を見せる。
「此処は余り楽しい場所ではない物な、済まない」
 茶太郎の頭を撫でたベネディクトは廃墟の町並みに『かつて在ったであろう活気』に思い馳せる。
「それにしてもエーヴェルトは何を企んでいるのでしょうね。わざわざ誘い出して殺そうとしたとなれば何か目的があるはず。『調停の民』の血筋を途絶えさせた場合、何が起きるのでしょう?」
 その辺りを重点的に調べたいとリュティスはベネディクトへ顔を向けた。

「そういえばディムナ、以前此処に訪れた際は気にも留めず聞かなかったのだが……」
「なんだい?」
 壊された石碑の前で同行しているディムナ・グレスターに視線を向けたベネディクト。
 学者志望だった彼は精霊の事に詳しいであろうと踏んだのだ。
「南東西の石碑は壊され、精霊が失われていると聞いたが」
 今一度、宿らせたりする事は可能なのかとベネディクトはディムナに問いかける。
「精霊にも意志はあろうし、他にも何かしらの条件は必要なのだろうが」
「石碑自体を蘇らせる事は可能だろうね。ただ、そこに精霊を再び宿すとなると以前と同じだけの信仰が必要になる……つまり、滅んだ村では少し厳しいという感じかな」
「成程な」
 土台は用意出来ても肝心の精霊が宿らなければ意味が無いとベネディクトとリュティスは頷いた。
 傍に佇む木にリュティスは語りかける。植物なりの断片的な記憶にはノルダインだと思われる男達が映り込んでいた。それを指揮するのは『ベルノ』ではないがよく似た男。これが、エーヴェルトだろうかとリュティスは眉を寄せる。

「アルエットちゃん……!」
「はわっ、焔さん」
 ぎゅっと『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)を抱きしめた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は、ぱっと顔を上げて「カナリーと呼んだ方がいいのかな?」と問いかけた。
「ううん。今まで通りアルエットって呼んで」
「分かったよ! まあ、どっちの名前でも、今まで一緒に遊んだりしてきたことがなくなっちゃうわけじゃないし、ボクの大事なお友達だってことは変わらないからね!」
 焔の言葉にアルエットは涙を浮かべ「ありがとう」と微笑む。
「もし何か困ったこととか大変な事とかがあったら呼んでよね、絶対に助けに来るから!」
 これだけは言っておきたいからと焔はアルエットを探していたのだ。
「じゃあボクはちょっとあっちの方を見てくるから、またね!」
 手を振るアルエットは、何も変わっていない。
 自分が知ってる今まで通りの彼女だったことに焔は少し安心した。

「此処が、あのヴィダルという男の村の者たちが壊した村」
 荒涼とした街の様子に『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は指先を顎に当てる。
「……何故、ここまでしたのだか」
 村に入る為の橋を渡って広場へと向かうボディ。
 事前に見せて貰った地図にはこの広場から北へ向かえば村長の家がある。
 その更に向こうには封印が施された大きな神殿があるらしい。
「つまり此処は重要な村で、その長は何かしらの情報を握っているでしょう」
 大切な物は地下に隠匿していたかもしれない。ボディは村長の家の跡地へと足を踏みいれた。
 玄関の地面を鞘の石突で叩けば、音は吸収されその下には何もない事が分かる。
 ならば、別の場所ならどうだろうか。ボディは石突の音を注意深く聞き取る。
 丁度北側の端に他の地面と異なる音を見つけた。
「ふむ?」
 土が被さった下に空洞があるようだ。蓋になっている石を押して中を覗き込むボディ。
 石造りの階段は深く、何処かへ繋がっているようだった。
「方向的には村の北へと向かっているのでしょうか。……神殿ですかね?」

 ボディは村長の魂を探るが、この場には留まっていないようで見当たらなかった。
「おかしいですね……」
 違和感があるとボディは村長の家跡から外へ出る。
 村長一人だけなら、見つからない事はあるだろう。
 ここは神を封じる地。封印に関わる人間を消していた可能性も十分ありえると思った。
 されど、事態はもっと深刻であるかもしれないとボディは眉を寄せる。
 村の何処にも――霊魂が見当たらないのだ。
「こんな事、普通では考えられない」
 長い時間……それこそ何百年とかけて自然に還るなら分かる。
 だが、リブラディオンでの戦いはほんの五年前の話だ。未だ、恐怖と怒りを纏い漂っている霊魂が居てもおかしくはない。
 この村を使って作為的に『何か』が行われたのだ。
「皆に知らせなければ」
 ボディは村に散らばった仲間の元へと走りだす。

 リブラディオンが虐殺に遭ったのは何故か。
『竜剣』シラス(p3p004421)はそんな事を考えながら村の中を歩いていた。
 隣には先日の戦いでヴィダルから保護したクルトが同行している。
「助かるぜ、もう動き回って大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。あの時は本当にありがとう」
「あの疵面のオッサンは俺が絶対に仕留めてやるから安心しろよ」
 シラスの言葉に頼もしいとクルトは笑った。
「……うーん」
 荒れ果てた村の惨状にシラスは眉を寄せる。略奪にしては些か大がかり過ぎるように思うのだ。
「確かにサヴィルウスは強力であったに違いない。それでも外敵に備えていたリブラディオンを滅ぼすために被る損害を差し引いたら割に合わない気がする」
「確かに、食料や物資を奪うだけなら壊さない方が得だ……他にもありそうだな」
 周囲には徹底的に破壊された家屋が並ぶ。
「『和平』の芽を摘むためとかか。十分にあり得るが、ベルノ達がその気ならば単に申し出を蹴れば済む話だったようにも思う。つまり虐殺やリブラディオンの破壊そのものが目的だったんじゃないだろうか? それとも、何かを探していたとか?」
 ベルノ達が何の為にこの村を襲ったのか、シラスはクルトに顔を向ける。
 当時の事を思い出せというのは当事者である彼にとって傷口を開いて見せろと同義であるのだ。
 それでも助けて貰った恩を返せるのならとクルトはシラス達についてきたのだ。
「調停の民は確実に殺せと、誰かが叫んでいたのは覚えている。出来る限り多く、全員だと」
 顎に手を宛てたシラスは戦いの跡とクルトの言葉から当時の状況を思い浮かべる。
「やはり、虐殺と破壊が目的だったのか……」
 食料の奪取ではない。殺し壊すことを主眼に置いた戦場の爪痕だった。

『食べ歩き仲間』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は頭を押さえ眉を寄せる。
 カナリーの話しを聞いてから頭痛が止まないのだ。
 メリーノは頭を抱えながら注意深く足下を観察する。自分達以外に人の出入りがあったか、その痕跡を探るためだ。
「足跡は……あるわね、結構頻繁に出入りしてる、と」
 ここ数日以内についたもの、数ヶ月前、それ以前。
「ノルダインの潜伏の可能性もあるみたいだし……お墓もあるから訪れる人もいるのでしょうね」
 或いは、野盗か獣か。ぼんやりとした足取りで村の中を歩くメリーノ。
 雨風に晒された家の残骸、人が生きていた世界。
「今はもう面影もない、壊れてしまった……」
 一番大きな家――村長の家跡を訪れたメリーノは何か残ってないかと瓦礫を持ち上げる。
「なにか残ってないかな。アルエットでもカナリーでも、彼女たちにかかわることでも、アルバムでも」
 北側の部屋で石の蓋を見つけるメリーノ。仲間が動かした跡があった。
「あらー……地下への階段。何かありそうね」
 ひやりと冷たい階段の空気がメリーノの頬を撫でる。
 明りがあれば中へ進むことが出来ただろうが、あいにくランプの類は持ち合わせていない。
「また今度調べてみようかな」
 頭を押さえて壁に寄りかかる。そういえばと己がもたれた壁をメリーノは指でなぞった。
「ただ、それぞれの家を守るためだけのものだったのか。他に意味があったのか。何を、何から守りたかったんだろう」
 その答えはメリーノには分からないけれど。頭の痛みに意識が揺らぐ。

 ――カナリーは生きている、妹は、生きている。
 頭の中で自分の声が反響した。ずっと、ずっと頭が痛い。
 この街を一人で見て回れて助かったとメリーノは溜息を吐く。
 いつも通りの『わたし』をきちんとできないかもしれないから。
(わたしの妹、かわいいわたしの妹、どうしていなくなったんだっけ。わたし、本当に忘れているのかしら、もう、何を演じていたのか、何を覚えていたのか、わからなくなってきた。何が本当だったんだっけ)
 メリーノはぼんやりと、壁と、無彩色の「死んだ街」を眺めながら、タバコに火を付けて歩いた。
 向こう側にから歩いて来る『友人』の心配そうな顔に、少しだけ心が軽くなった気がした。

 ――――
 ――

『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は事前に写していた地図を見つめる。
「神殿を起点として、四方の石碑。そして壊れているのは3つの石碑。もう一つは、どこだ?」
 首を傾げた行人は地図上に描かれた三つの石碑を線で結ぶ。
「三角形が出来るね……そしてここからはコンパスだ」
 南のヴォルケンの石碑の上に針を置いて西のウィンディを起点として角度の二等分線を引く。
 地図に乗っていないということは念入りに壊されたのだと行人は考えたのだ。
 それに、完全に存在が無いと分かる事も重要な調査結果である。
「じゃあ実際に見に行ってみるかな」
 名前が今現在にまで伝わっている程の精霊たち、存在も力も大きかったのだろう。
 それだけ強大な精霊が、この地に集まっていた理由を行人は知りたいのだ。

「みなさまがどういう選択をするにしても、それによって何が起こるかも含めて調べておいた方が良さそうな感じなのかしら~?」
 白銀の柔らかな尻尾を揺らす『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)は隣の『氷獅』ヴィルヘルム・ヴァイスへ視線を向ける。
「街中を調べてみるわたしなの。特に、四方の石碑を確認してみようと思うのよ」
「ああ、同行しよう」
 村の入口からほど近い南のヴォルケンを奉った石碑へと向かう胡桃とヴィルヘルム。
 炎を司る精霊と胡桃の相性は他の場所より良いだろうという判断だ。
「おーい!」
 ヴォルケンに向かう途中、焔と行人が手を振って近づいて来るのが見える。
「前に来た時にあっちの丘の方は見たけど、街の方はちゃんと見てなかったんだよね」
 だから、精霊が宿っていたとされる石碑を見に来たのだという焔。
「そもそも、これらの石碑は何のためにあったのかしら? 北の神殿の門の封印を支える為?」
 胡桃の問いかけに行人は事情に詳しそうなヴィルヘルムへと顔を向けた。
「外から守る為か、それとも外に出さないで封じる為か……ま、ただ単に居心地が良かったという理由であれば、俺は精霊と良く付き合っている身だし……そっちのほうが平和だから個人的には良いんだけれども」
「詳しくは俺も知らないが、おそらく神殿の封印に関係があるのだろうな」
 ヴィルヘルムの言葉を行人は手帳に書き記す。

「たぶんこの辺り……あっ、これかな、やっぱり壊れちゃってるみたいだね」
 炎のヴォルケンの石碑の前に立った四人は何者かによって砕かれた破片を見下ろす。
 それは明らかに破壊意思が外から加わっていた。つまり。
「ノルダインが壊したってことね」
 胡桃の言葉に焔は険しい表情で破片を一つ手に取った。
「自然に壊れたんじゃなくて、壊されてるっていうことは、攻めてきた人達がわざわざやったの?」
「そうだな。当時はリブラディオンの人達を助けるのに必死で石碑までは注意が行かなかった」
 申し訳なさそうな表情を浮かべるヴィルヘルムに胡桃は首を横に振った。
「ううん、責めてるとかじゃないの。流石に石碑の様子まで確認する暇はないでしょうし、氷の精霊さんにも彼らの行先とか心当たりがないかどうかを聞いてみたかったの」
「もしかしたらまだこの辺りにも精霊さんがいたりしないかな?」
 胡桃と焔は辺りの精霊へと語りかける。何か当時の事を覚えていないか。手がかりはないか。
「で、そこの所どうなんだい?」
 行人も同じようにこの地に漂う精霊へ視線を向けた。
 ヴォルケルン、ガイアス、ウィンディの去就、この村で起こった事。
 集落がここまで荒れ果てて滅ぶなんて尋常じゃないと行人は考える。ノルダインがどうしてそこまで破壊に執着したのか。そしてこの結界は、神殿を守る為なのか、神殿から出て来たものを押し留める為か。
 ヴィルヘルムも守護精霊に当時の様子を覚えているかと尋ねる。精霊自身も氷の能力を使うのに必死だったのだろう断片的でしか記憶に残っていないようだった。
「ただ、執拗に人を殺し、物を壊して回っていたようだな。物資の略奪よりも『破壊』を優先していたのかもしれない」
 行人に応えた精霊も同じような回答を寄越す。
「なるほどね。目的は『そっち』だったのかしら」
 胡桃はヴィルヘルムの言葉に考え込む。
 ここに石碑があるということは、リブラディオンにとって少なからず意味があったということ。
「今はこんな風だけど、精霊信仰が盛んなところみたいだし、大事にされてたんだよね?」
「ああ、リブラディオンもヘルムスデリーも特に精霊を大切にしている」
 焔の問いかけにヴィルヘルムが答えた。
「それならなんとか直したり、全く同じものは無理でも新しいものを用意したり出来ないかなぁ。そうすれば元々宿ってた精霊さんも帰ってきてくれるかもしないし。そうなってくれれば、あの丘で眠ってる人達も安心できないかなって……」
 作り直すことは簡単であろう。されど、それを信仰する『人間』がいなければそれは只の石と同じになってしまうとヴィルヘルムは焔に視線を向けた。
「人が戻ってこないことにはってことなんだね」
「ああ……」
 それに、近くに精霊は存在するが、霊魂の姿が一人も見えないと胡桃は首を傾げる。リブラディオンの襲撃から五年しか経っていないのだから自然に還るなんて有り得ないはずなのに。
「やっぱり、此処には何かあるきがするの」
 作為的な何かがあると胡桃はヴィルヘルムに顔を向けた。
 その向こう側に手を振ってやってきたのは『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)だ。
「どうやら、この場所には複雑に絡み合った糸があるみたいだな」
 ひとつひとつ紐解けば、案外シンプルなものなのかもしれない。それを確かめ、自分に何ができるのかを探るために誠吾はこの場所へとやってきた。
 壊され、精霊も失われた石碑を見つめ誠吾は彼らが何の為に此処に此処に居たのかと思い馳せる。
「この地には神殿があると聞いた。その守護か何かだろうか。ならば、神殿の封印を解くのが、目的だったんだろうか……?」
「そう思うわよね。私達も同じ意見よ」
 誠吾の問いに胡桃と焔も頷いた。
「なら、他の石碑を回ったあと、神殿に向かってみるのもいいかもしれない」
 行人の提案にヴィルヘルムも「そうだな」と返す。

『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)は「ふむふむ?」と頷いた。
「何やら複雑なヴィーザル地方の因縁があったようですね?」
 リブラディオンに封印されし二柱の神。
「冠位、魔王、古代遺跡に続いて神ですか。豊穣や幻想に続いて洒落にならない存在がさらっと近くに居たんですね……。こうなるともうドラゴンが出てきても受け入れられます」
「ほほう、ドラゴンとな」
 ウルリカの隣『殿』一条 夢心地(p3p008344)は額に手を垂直においてぐるりと辺りを見渡す。
「何やら人の気配がするのう。数は多くは無さそうじゃが、そもこのような廃墟に用がある時点で、何処かの手の者じゃろ」
 夢心地に習いウルリカも街の周囲を見渡し、其処に潜む人影に目を凝らす。
「おそらくはノルダインでしょうけど、敵ですよね。単なる野盗であればよし、斥候であれば捕らえる必要があります」
 この地に神が居るのならば、そては『力』に他ならず。
 リスクはあるが獲得できれば陣営の強力な武器や切り札となりうるだろう。
「ちょっと、偵察、あるいは潰しましょうか」
「味方、中立、敵、いずれに属する者であっても、一方的に見られておる状態は気色が悪い。遭遇を待つのではなく、こちらから仕掛けてみることにするかの」
 朽ちた建物の隙間に身体を押し込んだ夢心地とウルリカは、人影が墓地の方へ向かうのを見つける。
「ふむ、向こうへ行った見たいじゃな」
「私達も行ってみましょうか」
 応と答えた夢心地とウルリカは墓地へと歩みをとった。
 街の周囲をゆっくりと歩く『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)は考えを巡らせる。
 この地リブラディオンが過去にノルダインの襲撃に合ったということは、この辺りはノーザンキングスの勢力圏内とみるのが妥当だろう。
 殺意や戦闘の気配は感じられないが、此方を伺うように蠢くものがある。
 索敵と発見は重要な任務として、適度な牽制は向こう側の情報を手に入れる上でも有用だろう。
 村の上空に飛ばした鳥の視界と己をリンクさせ、広範囲を見下ろす。
「墓地の方に誰か居るのかな」
 街中に放った鼠は仲間の話し声しか聞き取れなかった。
「念のため行ってみるかな」
 マルクは鼠を墓地へと向かわせ、自身も其方へ移動する。


 リブラディオンの北側に位置する神殿は殆どが崩れ、瓦礫の山となっていた。
『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)は灰色の神殿跡を見つめ悲しげな表情を浮かべる。
 その背をそっと見つめるのはエステル(p3p007981)だ。
(ローレットのアルエット様はギルバート様の、ではなくトビアス氏のカナリー様だったのですね)
 アルエットから聞かされたリブラディオンでの出来事をエステルは思い出す。
 ギルバートが仇だと思っていたベルノはアルエットの義父で、直接的な下手人は他に居たのだと。
 エステルはそういう姑息な輩を嫌う。そのエーヴェルトはトビアスの怒りも、ベルノがギルバートに殺されたとしても、己が仕組んだ勘違いを嘲っているに違いないのだから。
「大丈夫ですか。ギルバート・フォーサイス様? 私は休むことを提案いたしますが」
「え? ああ……そんなに疲れて見えていたかい?」
 少し恥ずかしそうに頬を掻いたギルバートの目の下には隈が滲んでいた。
「神殿内部は気になりますが、私はそれ以上にギルバート様の状態が気になります。
 今という今まで時に憎しみを糧に生きてきたはずです。その支えが今、カナリー様の告げた真実で多少なりとも綻んだのなら、今は調査よりも休息を行って欲しいと思います」
 只でさえメッセンジャーとして斥候としてポラリス・ユニオンの為に気を張り詰めているのだから。
「これだけの数の仲間が居るときくらいは、じっくりと休んでください」
 エステルは青い双眸をギルバートに向ける。普段あまり感情を露わにしないエステルの瞳が、今は珍しく強い意思を感じさせた。
「そうだね。ありがとう……地下に下りるまでは此処で休ませてもらおうかな」
 申し訳なさそうに眉を下げたギルバートは瓦礫の上に腰を下ろした。
 雪が降り積もっていればギフトでスノードームを作る事もできたのだが、まだ十一月半ばの気温では少しだけ早かったようだとエステルは肩を落す。

 神殿の中を歩くエステルは僅かに残った礼拝堂の跡を見つけ瞳を閉じた。
 指を組み祈りを捧げる。
 ギルバート達……否ヴィーザルで出会った騎士たちには死んで欲しくない。
 されど、エステルには記憶も力もない。自分では彼を守り切れるだけの力が不足していると不安になる。
 エーヴェルトとギルバートが邂逅すれば、姑息な挑発を仕掛けてくるだろう。
 ギルバートを傷付け激昂させるに違いない。
(――その時が来たとき、私に、彼の激昂を止められる力が欲しい)
 エステルは強く強く希った。

 シラスは崩れた神殿の隅に座っているギルバートを見つけ手を振る。
「休憩中だったか?」
「いや、丁度良かった。独りで居ると悪い方向へ色々考えてしまうからね」
 シラスはギルバートの隣に腰掛けて「あのさ……」と切り出した。
「あの後に考えたんだ。大事なものを守る力は騎士として欠かせないよな
 けれどさ、ベルノやヴィダルも同じように連中にとってのそれを守る力を磨いてるだろう?」
「そうだね……」
 弱さ故に守れなかった者達が居るとギルバートは翠の瞳を伏せる。
「気を悪くしたらごめん。別に俺も屁理屈を並べたいわけじゃあないんだ」
 瓦礫の縁を指で撫でたシラスは上手い言葉が無いか頭の中で探しては言い淀んだ。
「ただ、あいつらの手からはとうの昔に零れ落ちた何かを俺らは手放してはならない。
 俺にはまだよく分からないけど、騎士の何たるかってその辺にある気がしないか?」
 ヴィダル達が無くした、ギルバートが持っているもの。
 あいつらとは違うと口では言えるけれど、一体何が違うのか。
 シラスの言葉はギルバートの心に深く突き刺さった。今一度考える時間が必要なのかもしれない。

 ギルバートの元へやってきた『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は隣のアルエットの手を握る。
「リースリットさん?」
「『トビアスさんの妹』の話を聞いた時に、もしやと思いました。ありえる、と。尤も、更なる事情も隠されていたようですけれど」
 ギルバートに「すみません」と頭を下げたリースリットにギルバートは首を振った。
「以前訪れた時に『アルエットさん』の名を知って、察してはいたのですが……他の事情も勘案して、お話しできないでいました」
「大丈夫だよ。君は優しいから気を使ってくれたのだろう? ありがとうリースリット」
 ギルバートの言葉に微笑んだリースリットはアルエットに顔を向ける。
「アルエットさんも……もう、良いのですか?」
「えと、えと……大丈夫なの」
 こくこくと頷いたアルエットにリースリットは問いかける。
「なら、どちらの名でお呼びしましょうか。全て、貴女の想いのままに」
「……今まで通り、アルエットって呼んでほしいな」
 カナリーという名を捨てた訳では無い。けれど、『幸せなアルエット』として出会い思い出を紡いできたのだ。リースリット達の前では『幸せなアルエット』で居たいという想いがある。それが仮初めの名であっても己の姉が体験出来なかったことを一緒にしているような気になるから。
「先日のお誕生日会も、プレゼントも。『アルエットさんだから』……ではないですよ。
『貴女だから』です。お姉様が居たなら、きっと同じように友達になって祝ったでしょうけれど、実際に居たのは『貴女』です。私達が友達になってお祝いをしたのは、ちゃんと『貴女』なんですよ」
 リースリットの言葉にアルエットの瞳に涙が浮かぶ。
「う、ぅ……リースリットさん、リースリットさん」
「頑張りましたね。次は、ちゃんと二人分をお祝いましょう」
 抱きついたアルエットをリースリットは優しく抱きしめ、頭を撫でた。

 その傍らには『シロツメクサの花冠』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)とギルバートの姿があった。アルエットがギルバートの従姉妹ではなく、トビアスの妹であったこと。本当のアルエットの死の顛末。ギルバートの気持ちを考えるとどの様な言葉を掛ければいいのか、正直分からなかった。
「貴方の心を軽くする言葉を何も持てないのは……もどかしいものですね」
 ギルバートの頬に触れたジュリエットの手をギルバートは悲しげな表情で握る。
 マントを広げたギルバートはジュリエットを優しく包み込んだ。
「ここは風も吹いてて寒いからね」
 優しい気遣いの裏に、彼女の前では強い男でありたいという強情さが見える。素直に悲しみの涙を流してくれないのは、ジュリエットにとって焦れったくもあった。

 ――――
 ――

 エーヴェルトの狙いは何なのか。
『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は神殿の瓦礫を移動させながら考えを巡らせる。
「わざわざ双子を同じリブラディオンで殺すことに意味はあるのか……まるで儀式みたい」
 作為的な何かを感じるとレイリーは眉を寄せる。
「うーん、パトリシア殿にきいてみようかな」
 瓦礫を運んでいる『岩穿の騎士』ダニエル・フォーサイスを見守る『調停の民』パトリシア・フォーサイスの元へやってきたレイリーは「少し良いですか」と呼び止めた。
「闇神の封印が解けていないかどうかって分かるものなのですか?」
 封印された門を通って赤子のカナリーがサヴィルウスへ堕とされたり、行方不明の子供達が出ているなら、この門自体の封印も解けてしまっていないか不安なのだとレイリーは紡ぐ。
「闇神がまだ本当に封じられてるの?」
「ええ……今はまだ、此処に『居る』と思うわ」
 目を瞑ったパトリシアは何かを探るように翼を広げた。直系の調停の民である彼女には悪しき闇と光の輝きの均衡が分かるのかも知れない。
「じゃあ、まずは道を拓かないとね!」
 レイリーはダニエルと共に大きな瓦礫を運び上げる。

「あの時、森で感じたマナと同じ……?」
 己の掌を見つめた『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はヘルムスデリーとリブラディオンのマナの流れが繋がっているのではないかと首を傾げた。
「……なんて、ここでただ考えていても何も始まらないものね。まずは瓦礫を片付けましょ」
 片付けの最中、精霊の気配を感じたジルーシャは竪琴を爪弾く。
「ハァイ、初めまして。アタシ達、この扉の先に行きたいの。通ってもいい?」
 神殿に漂う精霊はジルーシャ達に敵意は見せなかった。
 おそらく、調停の民が一緒に来ているからなのだろう。
 それにしても、とジルーシャは右眼の奥がチリチリと疼くのを感じる。
「熱くて、痛くて……時々見えるこれは何?」
 脳裏に浮かぶ『一面の花畑と妖精たち』の姿は痛みを伴ってジルーシャの右眼を灼いた。

 神殿の石畳に『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の靴音が響く。
 自分達の為に幼子を攫うことも、その命を奪う事も到底許される事はではないと、ブレンダは瓦礫を片付けた先にある『外扉』を見上げた。
 過ぎ去った悲劇はどうしようもなく残酷ではあるが、それも『ありふれた』出来事の一つでしかない。
 されど、だからといってこれから起る事を見過ごしていい理由になど成りはしない。
「私は私にできることをしよう。ブレンダ・アレクサンデルという名の騎士にできることを」
 緑の瞳を僅かに伏せたブレンダはギルバートへと問いかける。
「私は戦うための戦士ではなく誰かを守るための騎士なのだから。混沌にいる間はそう在ると決めたんだ。
 ギルバート殿、貴方はどういう騎士になりたかったんだ?」
「俺は……」
 以前であれば誰にも負けない強き騎士になりたいとギルバートは胸を張って言えただろう。
 されど、今は守れない者が居て、救えなかった者が居ることに、後悔と怒りが渦巻いているのだ。

 ブレンダは外扉の前に立った『精霊教師』ロト(p3p008480)に視線を向けた。
 ロトにとってこの神殿は来た事の無い場所であり、見た事の無い風景のはずなのだ。
(けれど、それじゃあ、脳裏を過ぎるこの情景は……既視感はなんなんだ……!!)
 ズキリと頭の奥が灼かれるように痛む。
 分からない、とロトは頭を抱えその場に立ち尽くした。
「大丈夫?」
 心配そうに顔を覗き込むアルエットが『誰か』の面影と重なる。
「うん、大丈夫だよ。開けようか……」
 ロトはこの外扉の開け方を知っている。記憶は無いが身体が覚えているのだ。
 扉の窪みに手を置いて魔力を流し込むロト。
 文様に沿って薄らと青い光を放った扉は重い音をさせながらゆっくりと開いた。
「ロト、開けられる?なんで?」
 首を傾げた『新たな可能性』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)に、ロトも「わからない」と首を振る。只言える事は、ロトには『調停の民』の血が流れているということだろう。
 戦って封じられた神と其れを守る調停の民。自分の部族以外にもヴィーザルには様々な民がいるのだとシャノはロトを見つめた。
 だからこそ、其れ其れの意思を尊重し平穏を保つ事が大切なのだと。
 神殿の内部に何が居るのかは分からないが、まず知る事が『和平』への一歩なのだろう。

 レイリーを先頭に、『モイメルの門』へと向かうイレギュラーズ。
 静かな神殿の中にレイリー達の足音が響いた。
 しばらく歩くと水音が聞こえてくる。レイリーが明りを向ければ薄く輝く泉が現れた。
「……不思議ね、外はとっても寒いのに、この泉は凍らないなんて。だから、なのかしら」
 神聖なる空間は外の寒さとは違い、何処かこの場所は温かいとジルーシャは感じる。

「――我、示すは再生の水蒼。森羅万象を戻す色」

 泉の水が一塊浮かび上がり、玲瓏なる声がジルーシャ達の耳に届いた。
 眩い光と共に水滴が泉の中に落ちて睡蓮を纏った精霊が姿を現す。
「水の精霊、アクアヴィーネお姉さんよ! よろしくねっ!」
 ウィンクをしてみせたアクアヴィーネの声にレイリー達の緊張が一気に解れた。
「起こしちゃってごめんなさいね。アタシ達、この門について知りたいことがあるのだけれど……ね、よかったらお話聞かせて頂戴な」
 ジルーシャはゆるりと竪琴を鳴らし、アクアヴィーネに語りかける。
「あら~、良い音色ねっ! 大丈夫よ~! もうそろそろ起きる頃合いかなと思ってたから」
 ロトの目の前へするりと滑り、青年をぎゅっと抱きしめるアクアヴィーネ。
「あら、久しぶり、ロトさん! 私よ、私、アクアヴィーネ! もうっ、数年会わないくらいで忘れる様な仲じゃないでしょう?」
 頬をむにむにと摘まんだアクアヴィーネは身体を硬直させ困惑しているロトに首を傾げる。
「……あら、本当に忘れてるの?」
「ええと、君は僕を知っているのかな……すまない、記憶を無くしてしまっていて。おぼえていないんだ」
 ロトの申し訳なさそうな顔に「大丈夫よ」と頭を撫でるアクアヴィーネ。
「だから、教えて欲しいんだ。まずは僕と君の関係性とこの場所は何なのか」
 覚えていない筈なのに、頭痛と共に浮かび上がる布にくるまれた小さな命と思うように動かない身体。誰かに操られていたとしか思えない情景。一体自分は何者なのだろうとロトは頭を抱える。

「私はこの泉にの精霊アクアヴィーネ。貴方は、調停の民の傍流。ロト・オーガスタスよ。
 優秀なドルイドだった貴方はアルエット・ベルターナに魔術を教える先生だった。歳も彼女の父であるエドワードと比べて近かったから。この泉まで来て、様々な術を教えていたの」
「……優秀なドルイドの力?」
 今のロトには失われてしまった魔術を使いこなしていたというのだろうか。
「でも、少しだけ記憶にある、この……布にくるまれた小さな命は、これは何だ? 何故、僕はその赤子を連れて……門の向こうに行ったのか? 教えてくれアクアヴィーネ。僕は、何をしたんだ?」
 ロトの言葉にアクアヴィーネは悲しげに頷く。
「十五年前、貴方はこのモイメルの門を開けて何処かへと渡った。闇の眷属に操られていたのでしょう。私の制止を振り切って……その赤子、調停の民の双子の娘『カナリー』を堕とした」
 つまり、少年ロトは闇の眷属に操られサヴィルウスへとアルエット(カナリー)を置いてきた。
「……え? うそ、ロトさんが?」
 驚愕の表情を浮かべ、ロトから一歩身を引くアルエット。
 突き刺さるのは身に覚えの無い、少女からの畏怖の感情だ。
「違うっ……! 僕は!」
 ロトの大声にアルエットはビクリと肩を振るわせる。
 アルエットからの畏怖の視線と頭を縛る頭痛にロトは感情を昂ぶらせた。
「ごめん……怖がらせてしまったね。でも、本当に覚えていないんだ」
「あの時、油断して貴方を止められなかった私の責任でもあるわ。傍流の子供は闇の眷属に操られ易いの。だからロトさんのせいじゃないわ」
 アクアヴィーネの言葉に息を吐いたロトは泉の縁に腰掛ける。
「ごめん、少し休んでいいかい?」
「ええ、もちろんよ。無理に思い出そうとしなくても大丈夫」
 凍らない泉の水音が今のロトには子守歌のように聞こえた。

「僕はその悪しき闇の眷属の一人だったのだろうか……」
「いいえ、あなたは操られていただけ。帰って来た時にはその時の記憶もカナリーを何処に置いてきたのかも覚えていなかったの……ごめんなさい、私は『向こう側』へ消えてしまった赤子より貴方の身の安全を優先してしまったわ」
 アクアヴィーネはロトの罪に目を瞑り口を閉ざしたのだという。
「だから、ごめんなさい……カナリー」
 心から申し訳なさそうに頭を下げるアクアヴィーネに、アルエットは「大丈夫」と笑顔を向ける。
「五年前だったらいっぱい怒って泣いてあなたやロトさんをを責めたかもしれない。
 でも、今の私は大切な人を守る為の嘘も、折れない強い心も知ってる。全部、友達が教えてくれたの」
 召喚されてアルエットとして過ごした中で、幼子は一人の少女へと成長した。
 ロトには少し休憩が必要だろうとレイリー達は泉以外の場所を探索、アルエットとジュリエット、ギルバート一家は外の空気を吸いに出る。


 薄雲を纏う青い空を見上げ『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は見晴らしの良い丘へ。
 並んだ墓標の数々に『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソンとアルエットは悲しげな息を吐いた。
 この墓標全てが一族の罪の証ではないけれど。それでも多くの命が自分達の家族の手で消えた。其れを墓標という目に見える形で突きつけられれば贖罪の念が胸を締め付ける。
 無かったことには出来ない、見なかった事にはできないものだ。
 リブラディオンに来る前にチックが用意した大量の青い花を手に、一つ一つ墓標を回る。
「まさか……アルエットが、トビアスの妹だったなんて。びっくり」
「血繋がってないから、似てねぇしな。ギルバートは従兄弟なんだっけ? そっちのが似てる」
 アルエットとトビアスが再会出来た事は嬉しい。けれど、ギルバートの悲しげな顔を思い出しチックは眉を下げる。どうすれば、それぞれの力になれるのか。
 墓標の前に青い花を置いたチックは、此処にかつて住んでいた人達。
 それからアルエットの眠りが安らかなものであるようにと、祈りを捧げる。
「今日、この場所に訪れて。知りたい事……ある。彼らが辿った、顛末を。……痛みを、知りたい。忘れられる、しない様に」
 トビアスはチックの言葉に「ああ」と頷く。彼らの怒りや嘆きは必然的にサヴィルウスの戦士であるトビアスに向かうだろう。少年は一族の代わりに全ての『言葉』を受入れる覚悟をした。
 チックはトビアスの覚悟を受け止め、祈るように『霊魂』へと呼びかける。
 されど。いくら呼びかけても言葉は返ってこなかった。
「……どう、して? 誰も居ない?」
「チック、どういうことだ?」
 トビアスは困惑するチックの肩を揺する。一歩後退るチックは墓標をじっと見つめた。
 墓石自体は古いもののはずなのに、それを囲む土が盛り上がっている。
「これは一度、石をずらして戻したのか?」
「どうして、何の為に?」
 何か恐ろしい事が起っているのではないか。ぶるぶると震えるチックをトビアスが支える。

 チックをベンチで休ませた所で、手を振って近づいて来る『北辰連合派』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)にトビアスは少し緊張した面持ちを向けた。
 彼女はノーザンキングスが宿敵としているローゼンイスタフの娘だ。
 ローゼンイスタフの城でトビアスに肩身の狭い思いをさせているのはベルフラウとて不本意である。
 されど、双方の立場を考慮すれば致し方ないのは事実。
 それ程までにローゼンイスタフとノーザンキングスは長い間対立してきたのだ。
 緊張したトビアスの顔からもそれが覗える。
 だが、そのままで言い訳もない。
「ポラリス・ユニオンが目指すのは『このヴィーザルの地に春を迎える事』なのだ。ヴィーザルの地というからには当然、ノーザンキングスも含まれる」
 ベルフラウの言葉にアメジストの瞳を瞬かせるトビアス。
「故に、ローゼンイスタフの城を離れるまでは協力して貰おう。腕力と言う意味での力で出来る事には限りがある。トビアス、卿にはそれ以外の力を此処で学んで行ってくれ」
「ああ……でもいいのか?」
「敵に塩を送るように見えるだろうか?」
 ベルフラウの真意が読み取れないトビアスはどうしたものかと頷く。
「……あいにくと私はこの鉄帝に住まう者を敵と思った事がないのでね。いつかヴィーザルも春を迎える時が来る。否、私がそうさせる。だからこそ次代を担う者達には力を付けて貰わないと困るのだ」
 トビアスの背を強く叩いたベルフラウは強気な笑みを浮かべた。

 アルエットとトビアスは『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)と共に墓標を眺める。
「この墓標の全てが五年前の物、という訳ではないのだろうが。この多くが、その事件に連なる物なのは間違いあるまい」
「……」
 アルエットとトビアス、二人の一族の罪の証。
 単に虐殺と略奪というだけならば、よくある話しに過ぎない。されど、ここで起ったことはそう簡単ではないのだろうと愛無は直感的に感じ取っていた。
 誰が、何の為に……この街を滅ぼしたのか。どこか陰謀の『匂い』がするのだ。
 恐らく単なる口減らしや物資の略奪がだけが目的ではない。それ以上の意味があったはずだ。
 少なくとも本物のアルエット・ベルターナは『標的の一人』だった。そして、カナリー……自分達が知っているアルエットは何らかの情報を与えられていたのだろう。
「リブラディオン襲撃際、君は誰に連れて来られたのだ? さっき言っていたエーヴェルトかね?」
 愛無の問いかけにこくりと頷くアルエット。
「それで、姉をあの小屋まで連れて来いと指示された、と」
「ええ……」
 アルエットは『命の危険があった』からと言っていた。彼女に指示した者は取り繕う事無く、最初から悪意があったということ。
「君は自分の命惜しさに姉を売ったわけだ」
 愛無の言葉にアルエットの顔が涙に歪む。事実だと思うのだが、この辺りの人間の感情の機微が愛無には分からない。もう少し言葉を選ぶべきだったかと思案して、どうせ同じ事だと雑に思考を放棄した。
 言葉は悪いが事実だけみれば愛無の言うとおりなのだとアルエットは唇を噛む。
 言うとおりにしなければ自分が殺されていたのだから。その後悔の念から『アルエット』と名乗っている側面もあった。
「村はずれの小屋に呼び出さないのは、僕なりの配慮だが。僕と君の共通の友人と違って、僕は文字通りに人間を喰いもするが、人を喰い物にしたりはしないのでね。多分」
「おい、その辺で止めてやってくれ。カナリーだって後悔してないわけじゃない」
 トビアスはカナリーを背に庇い愛無との間に立った。
「まあ君にも聞きたい事があったから丁度良い。君達の村では略奪と虐殺はセットなのかね? この村で行われた虐殺は特に珍しいものではないと?」
「ああ……俺達は新皇帝が命令する前から弱肉強食の世界で生きてるからな。弱いヤツは死ぬ。
 でもな、お前らローレットのイレギュラーズと出会って、俺も少し思う所が出て来た。まだ、難しい事はわかんねーけどよ。でも、ちゃんと考えたいと思ってる。あと、それと……この村の家とか全部壊しちまってるよな。そこんとこやっぱ変なんだよな。使えるもんも壊すとかありえねー」
 トビアスの目から見てもこのリブラディオン襲撃は異質に見えるということなのだろう。

「時に君達は『兄妹』なのだろう? 一人は血がつながっていて。一人は血が繋がっていない。君達にとって『家族』とはなんだ?」
 愛無の問いかけに顔を見合わせるトビアスとアルエット。
「何だって改めて聞かれると、何だ? 守りたいとは思ってるし、抱きしめるとあったけー気持ちになる」
「安心するのかも?」
 ならば父親や母親はどんな人間なのかと愛無は問う。
「君達は母親を愛しているか? 母親は君達を愛しているか? 何が君達を『家族』足らしめる?
 ……君達は「家族」なのか? 僕に教えてくれ。家族という物を」
「他人に持ってる心の垣根を感じない相手、だから傷つけてしまうこともある。あった」
「そうね、すごい揶揄って遊ばれた気がするの……」
「ごめんって」
 血の繋がりがあっても無くても、お互いが『許容』できる存在ということなのだろう。
 それは、夫婦や親子も含まれる。
「愛無さんには、そんな人は居ないの?」
「僕は……」
 思い浮かべるのはパンダフードの女か、儚い青年か、それとも水色が好きだと言った少女の微笑みか。

「さて、リリーは墓地の調査、だねっ。……んー、良い天気」
 身体一杯に陽光を浴びた『自在の名手』リリー・シャルラハ(p3p000955)は腕を大きく上げる。
「調査には支障なさそうだねっ。よし……やろっか!」
 まずは墓標に挨拶に来るリリー。調査として歩き回るのだから失礼にあたると思ってのこと。
「ふうむ? 石どかしたのかな?」
 新しく墓石の周りの土が引き摺られているのをリリーは見つける。
「何かあったか?」
 リリーが首を傾げている所へやってきたのは『黄金の旋律』フーガ・リリオ(p3p010595)だ。
「石がずらされて、戻された感じがするね」
「確かになあ……」
 墓石は経年劣化しているのに、その周りの土が動かされた跡がある。
「直接聞いてみるかな」
 フーガは意識を集中させ、この辺りの霊魂を探した。
 されど、フーガの呼びかけに応える者は誰も居ない。いよいよ、フーガとリリーはおかしいと気付く。
「うーん……どう思いますか? セシリアさん、クルトも何か分かるか?」
 フーガは同行していたセシリア・リンデルンに振り向いた。彼女も神官である。機会があればこうしてリブラディオンの墓標へ祈りを捧げにくるのだ。
「そうですね……何者かによって墓が暴かれたとみるのが妥当でしょう」
 セシリアの言葉にクルトは自分の両親の墓を探す。此処にも暴かれたような跡があった。
「……」
 悲しげに拳を握るクルトの頭をフーガは優しく撫でる。
「おいらにも大事な実の妹とトランペットの弟がいる。どちらも元の世界に置いてきてしまった」
 ギルバートやアルエット、トビアス、それにクルトもだとフーガは彼の悲しみに寄り添う。
 皆がお互いに助け合って生きている。だから悲しい時は頼っていいとクルトに笑顔を向けた。
「ほら、カボチャのチュロス食べな。美味しいから」
「ありがとう、フーガ」
 チュロスを食べるクルトの後で、フーガはセシリアに「この間はありがとうございます」と頭を下げる。
 クルトを助ける為の手術を銀泉神殿で行ったのだ。
「医神ディアンについて詳しく聞いてもいいですか? 姿とか逸話とか…そして、おいらにも加護を得るのができるのかとか」
 最初はあまり気にしなかったが、クルトを助けた時のように近頃は医療に力を入れる機会が多くなっているのだ。更には銀の森で派閥を問わない医師団が結成する話もある。だから、それらをしっかりと支える方法を探したいのだとフーガはセシリアに告げる。
「……もちろん、ただ神頼みのつもりで話を聞くわけではありません。
 でも、自分は、なるべく多くの人を助けたいんです。無慈悲に消えゆく命を救うために。
 そして、理不尽で悲しい出来事を増やさないために。
 そのために、少しでも多くの支えるための力や知識を蓄えておきたいんです」
「医神ディアンの加護は、その信仰は信じる人全てに与えられます。癒やしの力は技術的に体得することも、魔術的に使う事も出来ます。私は祈りの力でそれを行っているだけですよ。だから、フーガさんが祈りの力で癒すことを是とするなら、医神ディアンの加護は授けられるでしょう」
 セシリアの言葉にぎゅっと拳を握るフーガ。

『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)は墓標の立ち並ぶ丘の上で冷たい風に晒されていた。
 やけに引っかかる『ヘザー・サウセイル』という魔女のことを思い返す。
 ヴィーザルの地に縁のある名前は、もしかしてこの村の出身なのだろうかとジェックは首を捻った。
 焼け跡や瓦礫の中からヘザーがこの村に居たという確信を得るのは難しいだろう。
 墓標であれば、きっと名前が刻んである。そう思ってジェックは墓地までやってきたのだ。
「あら、あなたもこっちに来ていたのね」
「あ、えっと……ギルバートの」
「ええ、ギルバート母、パトリシアよ。あなたはジェックちゃんだったかしらね?」
 金色の髪と白い翼を揺らし、パトリシアは聖母のような微笑みを浮かべる。
「誰か知り合いがいたのかしら?」
「ヘザー・サウセイルという人なんだけど……」
 会った事があるのは美しい魔女の姿で、誰か別人の名前を借りているだけかもしれないけれど。
 もしかしたら、パトリシアなら知っているかもしれないと敢えて名前を出すジェック。
「まあ! ジェックちゃんはヘザーお婆ちゃんの知り合いなのね……こっちよ~」
 ジェックを手招きしてパトリシアは一つの墓標の前で止まる。
 五年の月日は墓標を風化させた。他に並んだ石と同じように草木に覆われている。
 丁寧に掃除をしながらジェックは違和感に首を傾げた。
 隣の墓石はずらされた跡があるのに、ヘザーのものだけは動かされていない。
「お婆ちゃんね、見つからなかったの……」
 崩れた瓦礫に埋もれてしまったか逃げた森の中で獣に食われたか。そういう風に亡くなった人は何人も居たのだという。
 墓の下に眠っていなくとも、死者を弔う心を蔑ろにするわけにはいかないとジェックは祈りを捧げる。
「ヘザーはどんな暮らしをしていた?」
「ふふ、ヘザーお婆ちゃんは優秀なドルイドだったのよ。私もいっぱい教えて貰ったわ。
 とっても優しいお婆ちゃんだったの。ヘザーお婆ちゃんの焼くクッキーは本当に美味しいのよ。頬が溶けちゃうぐらい」
 いつも孫に囲まれて、ヘザーの周りには笑顔が溢れていた。
 長年リブラディオンに住んでいた生粋のハイエスタ人であったヘザーは村の知恵袋のような存在で、薬を扱うドルイドだったという。子供が何人か居たが、末の娘以外は病死した経緯がある。
「薬の扱いが上手かったのは、子供の病気を治したかったと言っていたわ。末の娘さんはそれで奇跡的に助かったのよ。他の村の人達にも病で子供を失うような思いをして欲しくないって村の薬師をしていたの」
 されど……五年前のリブラディオン襲撃で娘も孫も全員死んだ。ヘザーだけは遺体が見つからないまま。
 ジェックはヘザーの墓を見つめ、彼女の心を想った。

「アルエット……いや、カナリー・ベルノスドティール、か。
 カナリー、アンタと調査出来ると有りがてぇが……一緒に来てくれるか?」
『二花の栞』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)の誘いにアルエットはこくりと頷いた。
「騙されたなんて思っちゃいねぇが……カナリー、カナリーねぇ。またアンタのこと、一つ知れたと思えば悪くはねぇさ。アンタも苦労してきたんだな」
 丘に並ぶ墓標を見つめ、どんな国でも墓地は辛気くさい場所だとジェラルドは溜息を吐く。
 アルエット・ベルターナの墓を見つめたあと、ジェラルドは隣に立つ少女を横目で見遣った。
「……『アルエット・ベルターナ』、ね。アンタの生き別れの双子の姉、だったか?」
「うん」
 人の死を仕方ないとは思わないけれど、アルエットは当時十歳だった。
 自分の命を投げ捨てられる子供の方が少ない。姉妹であってもだ。
「まぁそうは言ってもアンタにとって姉は姉だ、やっぱ目の前で殺られちまえばここに残っちまうよな」
 胸を差したジェラルドは「一緒に弔わせてくれ、アンタの祈りが届くようにさ?」と笑顔を向ける。
「ありがとうなの」
 いつも通りのアルエットの笑顔にジェラルドは胸を撫で下ろした。

「……なぁカナリー。やっぱり……『カナリーに戻っちまったら』俺は怖くなっちまったか?
 こっちに来てからのアンタはずっと不安そうにしてっから、よ」
 トラウマは理解しているつもりなのだ。ジェラルドはアルエットよりも随分と身長が高い。
「だがそれでも俺はアンタの味方だぜ。アンタの太陽みたいなもんになれたら……俺はそれだけでも嬉しいんだ……それがダチってもんだろ?」
 アルエットに目線を合わせるように膝を付いたジェラルドは、少女の頭をゆっくりと撫でる。
 自分に出来る事は何なのか分からないけれど。それでもアルエットの味方であり続けることは出来るはずだから。仲良くなったきっかけが『アルエットの姿を演じる為』だったとしても。
「俺は『本物のアルエット』を知らねぇ。俺が知ってるのは『アルエットを演じてた』カナリー・ベルノスドティールだけさ。だからこれから改めてアンタをもっと知りてぇんだ」
「……ジェラルドさん、私はアルエットとしてあなたと出会った。だから、これからもアルエットって呼んでほしいな。私はカナリーの名前を捨てるわけじゃないわ。一緒に生きて行くために」
 眉を下げて微笑むアルエットは、ジェラルドの知っている少女のままだった。

 ――――
 ――

 トビアスと共に墓標近くの石碑へと足を伸ばしたチックとベルフラウは大きなそれを見上げる。
 蛇神クロウ・クルァクと雷神の話が書かれた石碑は、削れてしまって見えない所も多かった。
「これ、繰切の……ことかも。昔、この国にいる……してたの、かな」
「繰切って?」
「……えと。繰切っていうのは、おれの大切な友達の一人……なんだ」
 へえ、と同じように石碑を眺めるトビアスにぽつりぽつりとチックは語る。
「おれは、ね。トビアスが抱いてる、カナリーを守るっていう思い……応援したい、思ってる
 同じ、兄弟がいるからっていうのも……だけど。強い戦士になるの、支える……したい、から」
 まだ出会ったばかりの自分……しかも所属している組織は敵対関係にあるのにも関わらず、トビアスの力になりたいと思ってくれているのだと胸が熱くなった。
「ありがとな、チック」
 二人のぎこちないやり取りを目を細め見守るベルフラウ。
「蛇神クロウ・クルァク、繰切の前身がこの鉄帝に居たのかも不可解だ……否、逆か。何故鉄帝に居た蛇神が真性怪異として練達に顕れたのか、だな」
 ベルフラウは石碑に手を置いてじっくりと観察する。
「繰切殿の尾、或いは脱ぎ捨てた古皮」
 反対側から現れた『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)にベルフラウは目を見開いた。
「おっと。何か知っている事があるのか?」
 こくりと頷いたアーマデルは「新たな名を得ても縁は切れない」とクロウ・クルァクの名を見つめる。
「人々の記憶からも記録からも消滅しない限りは繋がっている。どのような結果を想定しているのかは俺には分からないが、繰切殿はいつか来る決着を見据えているように見える」
 その時に選べる選択肢があるように、クロウ・クルァクの辿った道の原点を知りたいと願うのだ。
 アーマデルはベルフラウに繰切の来歴を語る。
 鉄帝から南下したクロウ・クルァクは砂漠の村ハージェスで信仰されていた。
 それでも人の営みは衰退し、クロウ・クルァクはまた独りになる。
 流浪の末に行き着いた練達の地で、己と対等に分かち合える神、白鋼斬影と出会い、それを喰らった。
 闘争と憎悪、愉悦と快楽、愛情と悲哀、その全てを打つけ分かち合ったクロウ・クルァクと白鋼斬影は混ざり合い『繰切』となったのだ。
「なるほど……卿は詳しいのだな」
 ベルフラウの言葉にアーマデルは緩く首を振る。
「まだまだ、知らない事ばかりだ」
 この石碑に刻まれたことはハージェスに至る前の、最も古い道へと連なるもの。
「書かれている事、語り伝えられた事……大事な石碑なら精霊のみならず、霊もいるかもしれない。門を開くならその影響があるかもしれないしな」
 アーマデルはふと、アルエットへ向き直り問いかける。
「これからはどう呼べば良いだろうか?」
「えと、今まで通りアルエットで大丈夫よ。アーマデルさん」

「やほー!」
 ワイバーンに乗って石碑へとやってきたリリーはアーマデル達に手を振った。
「これが石碑ね! 伝承とかそういうのって……ロマン? あるよねっ」
 相棒のワイバーンの頭に乗ったリリーは削れて見えなくなった細かい文字を注意深く観察する。
「こういうの得意なんだ、任せてよ!」
 考古学とかは詳しく無いが、何かを見つけることは大得意だと笑顔を零すリリー。
「削れてる部分は、うーん、父神クロウ・クルァクって書いてあるのかな。その次は祖父神バロルグって読めるかも! これって大発見だよねっ!」
「父神クロウ・クルァク?」
 アーマデルが眉を寄せ首を傾げる。雷神ルーの父神クロウ・クルァク、祖父神バロルグ。其れ等が戦った伝承ということだろうか。
「雷神と蛇神の戦いねぇ中々に興味が引かれる題材じゃない?」
 桃色の髪を揺らし『希望の星』燦火=炯=フェネクス(p3p010488)は笑みを零す。
「果たして、どこまでが真実で、どこからが抽象的表現なのか、確りと見極めてやりたい所ね」
 石碑の上からじっくりと紙に書き写す燦火。
「とりあえず、読み取れる部分からかしら。気になるのは、『雷光の鉄槌』と『地に吐かれた毒』の事ね」
 果たしてどんなモノを指す言葉なのか、燦火は石碑のまわりをゆっくりと歩く。
 文章の他にも特徴的な紋様が描かれている。輪を繋げたような、編み目のような。この地方特有のもの。
「意図的に削り取られた部分とか……無いわよね?」
「うーん……どうかなぁ?」
 燦火の問いかけにリリーも同じように石碑の削れた部分を見つめる。

「あ、パトリシアさんだ! 丁度良かった、おーい!」
 リョクの上から手を振ったリリーに笑顔を向けるパトリシア。
 ギルバートの母パトリシアに連れられてジェックもやってくる。
「此処は蛇神クロウ・クルァクと雷神ルーの伝承が書かれた石碑よ」
「結構削れてるね」
 ジェックは石碑の上の方を見上げ目を凝らした。
「あらあら、ギルバートそちらのお嬢さんは、もしかして……」
 パトリシアは虹色に輝くジュリエットの髪を見つめ、息子のギルバートに問いかける。
「初めまして、ジュリエットと申します。色々と教えて頂ければ幸いです」
 緊張した面持ちでギルバートの父ダニエルと母パトリシアにぺこりと頭を下げたジュリエット。
「ふふ、可愛らしいお嬢さんね。息子がお世話になってます」
 ギルバートは母親似なのだろう。優しげな笑顔がよく似ている。
 両親、家族。最近はそういったものが眩しく見える。これが寂しいという気持ちの表れなのだろうか。

 ジュリエットはパトリシア達と石碑を見上げる。
「以前来た時は雷神と蛇神クロウ・クルァクの戦いを記した物と認識しておりましたが……。良く見れば上の部分が削れていて、読めなかったのです」
「そうね……この石碑の上の方はもう読めなくなってるわ」
「何て書かれてる、かな?」
 調停の民であるパトリシアなら知っているだろうかとチックは問いかける。
「お聞きした闇の神の名は、三ツ目の悪鬼『バロルグ』、蛇神クロウ・クルァクとは名が違います。
 パトリシアさん、蛇神クロウ・クルァクと闇の神は眷属などの関係があるのでしょうか?」
 闇の神バロルグを雷神が封じているのなら、クロウ・クルァクも同じく封じられていたはずだと、其処にどんな戦いがあったのかとジュリエットはパトリシアに問いかける。
「雷神ルーは光の神であり、均衡を尊ぶわ。戦いが起ったのも、闇の眷属が増えすぎてしまったからだと言われているわ。だから自分が闇の神と眠りにつくことで封印した」
「抑えるでは眠る……どういうことなのでしょう?」
 ジュリエットの瞳を見つめ、パトリシアは微笑んだ。
「闇の神三ツ目の悪鬼『バロルグ』、蛇神『クロウ・クルァク』、光の神雷神『ルー』は血族なの。
 均衡が崩れる事を厭うたルーは父神クロウ・クルァクをこの地から追い出し、祖父神バロルグと相打ちになる形で眠りについたの。石碑の削れている部分はその事が書かれているわ」
 なるほど、とパトリシアの言葉を手帳に書き込む燦火。
「にしても、邪神の毒ねぇ。それが実際に地へと吐かれ、穢された場所があるとするのなら。そこは、一体どこなのかしら。どんな影響を受けたのかしら?」
「そこはこのリブラディオンだとされているわ。だから、その上に街を置いて封じたとも。毒を制する形を取ったのね。実際に私の実家には地下への階段があったわ。私は神殿に続く道しか知らないけど」
 パトリシアの実家ということはリブラディオンの村長の家の事だろう。
「そうねのね。その地下道調査に向かってみたい所だわ。まぁ、ほら。純粋に興味を惹かれるし?
 それに、何だろう。妙に嫌な予感がするのよね。ただの杞憂であるのなら、良いのだけれど……」
 廃墟となったリブラディオンを眺める燦火の髪を冷たい風が浚った。


 村の北東に位置する小屋は多少の風化はあれど、其の儘の形で残っている。
 その中には『アルエット・ベルターナ』が殺された跡がこびりついたまま。
「……酷いことをするもんだ。争わないと、人は生きていけないのか?」
 誠吾は手に弔いの花束を携え小屋を訪れる。
「墓は別の場所にあるわけだが、この場所も、な」
 中に入れば多少の埃っぽさを感じる。何年も人の手が入っていない場所だ。
 誠吾は部屋の隅に花束を置いて黙祷を捧げる。
 アルエットを手に掛けた人物は、双子を両方殺すつもりだったと聞いていた。
 村を滅ぼすだけなら、見つけ次第斬りかかればよかったもの。わざわざこの場所で殺した意味は何だったのだろうか。嗜虐趣味か、見せしめか……
 ともあれ、リブラディオンを襲ったのは略奪がだけが目的ではないだろう。
 小屋を跡に下誠吾は川沿いに壊れた町並みを眺める。
「自勢力の糧を増やしたいならば、領民はある程度残して税を取るなりすればいい。根絶やしにするメリットがない。それにさっき、石碑を調べた時に知った封印の事も気になる」
 川沿いの石壁に腰を下ろした誠吾は青い空を見上げた。
 この地方は連合王国を名乗っていると聞いたから、他族を制圧して単一王国を作りたいとも考えられる。そのために、調停の民を傷つけることで関係を揺るがせ、戦を起こしたいか。
「ううん……神殿にも行ってみるか」
 誠吾は村の北にある神殿へと足を向けた。

 ――アルエット、私は貴女の選択を祝福します。
『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)はアルエットの手を握り寄り添う。
 けれど、これから先『傷付く』であろう少女が心配でもあるのだ。
「私が貴女が歩むのを支えてあげられと良いのですが」
「四音さん?」
「いいえ、それにしてもこの小屋で本当のアルエットさんが……」
 村外れの小屋の中、四音は床の黒ずんだ跡に視線を落す。
「何かここでなければいけない理由があったんでしょうか? 儀式をしていたとか?」
「ごめんなさい、わからないわ。あの時は怖くて……」
 床にしゃがみ込んだ四音は黒ずんだ床を少し削り出した。
「まあ、街を襲撃するのと一緒に殺してしまおうという事だったとは思いますが」
 小屋を出た四音とアルエットは其処から壊れた町並みを眺める。
 四音は此処に来るのは初めてではないが、何か見落としている事があるかもしれない。
 燃え残った何か、とか。アルエットの姉が暮らした地と思えば、何か感じるものもある。

「アルエットさん、私にとってのアルエットは貴女ですけど。貴女にとってのアルエットは違うアルエットなんですよね」
 四音はアルエットの肩をそっと抱きしめ、耳に唇を寄せる。
「私は貴女が貴女として幸せになって欲しいと思うんです。
 貴女が望むのなら、貴女の名前で私は呼んでも構いませんよ?」
 耳元の四音の声がくすぐったくて、笑みを零すアルエット。
「今まで通りアルエットで大丈夫よ。四音さん」
 こてりと頭を四音に預けたアルエットはそのまま彼女をぎゅっと抱きしめた。
 ポケットから先程削り出した血の染みを取り出した四音はそれを口の中に放り込む。
(この染みの味がアルエットさんの……へえ、ふうん)
 石の食感はさておき、それを口に含んでいる事が酷く甘美に思えた。

「……アルエット。いいや、カナリーか。俺は、あの時、お前の翼がもがれた瞬間。何も出来なかった。護れなかった事を後悔してるンだ」
「レイチェルさん……」
 悲しげな表情を浮かべる『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)に寄り添うアルエット。少女の頭を撫で自身の妹のことを思い出す。
「カナリー。お前と俺は『同じ』だったンだな。誰かの名を借り生きてきた。
 俺の本当の名は……ヨハンナ=ベルンシュタイン。レイチェルは双子の妹の名だ」
 自分のように復讐に溺れなかったアルエット。失った片割れの分まで生きようとしているのだからこの少女は強いのだと確信する。自分よりきっと遙かに強い。それでも守るべき存在であるのは確かなのだ。
「お前の命がエーヴェルトに狙われているなら、今度こそ護り抜く。悲しい思いはさせない。トビアス、お前は喪うなよ。大切な家族を。強くなるんだ、後悔しない為にも。
 もう、お前の剣は……奪う為の剣じゃなくて。大切なものを護る為の剣だろ?」
 レイチェルの言葉にトビアスは「ああ」と応える。
「なあ、エーヴェルトはどんな男なんだ?」
「あいつは、叔父貴達の中では冷静な方だったと思う。すぐ怒ったりはしなかった。賢くて時々何考えてるかわかんねー時あったけど。俺が馬鹿だから理解できねえんだと思ってた」
 レイチェルはトビアスの返答を聞きながら小屋の中を見渡す。
 ――『小鳥』は何故、殺されなければならなかったのか。
 何故、二羽とも殺そうとしたのか、一羽だけでは不十分だったのか。
 過去を見る事は叶わないけれど、少しでも情報を得る為に小屋までやってきたのだ。
 レイチェルは石床の黒い染みに視線を落す。血の匂いを記憶に焼き付ける。呪いのようにこびりついた男がエーヴェルトなのだろう。
 エーヴェルトがこの場に少女達を呼び出した理由があるのだろうか。
 術式的なものは見当たらない。単純に『見せしめ』として破壊されない場所を選んだのだろうか。
 それは『怒り』や『憎しみ』を生み出すには効率の良い方法だったのかもしれない。
 アルエットの霊魂がこの場に居るかもしれないと、レイチェルは少女の思念を探る。
 されど、消えて仕舞ったのか何処にも見当たらない。
「消えた……?」
 それだけ酷い殺され方をして、未練も無く消えるものなのだろうか。
 レイチェルの胸に嫌なざわめきが起きる。何かがおかしいと胸の中で警告が鳴り響いた。

「どうにもわからねえ事が多すぎるな」
 黒髪をくしゃりと上げた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は小屋の扉を開ける。
 其処にはベネディクトとリュティスの姿もあった。
 リュティスは隠し部屋が無いか隅々まで観察しているようだった。
「ふむ……そういったものは見つかりませんでしたね」
「ただの小屋だったか……ん?」
 石床の染みに削られた跡があるのを見つけるベネディクト。
「誰かが削ったのだろうか」
「真新しいですね。今回の調査中に誰かが削ったのかもしれません」

 ルカは二人の調査を邪魔しないようパトリシアの元へ歩み寄る。
 己の頭では推理することは難しい。されど、出来ない分からないでは此処に来た意味すら失われる。
「なぁパトリシア。『悪しき眷属』ってのは何なんだ?」
 悪しき眷属がカナリーを攫ったのならそいつは何処へ行ったのか。
 後で殺すぐらいなら赤子の頃に殺した方が明らかに簡単だろう。
「育てて、同時に殺す必要か、同時に殺したい理由があったのか? それに状況考えりゃあその悪しき眷属ってやつとエーヴェルトが組んでる可能性もありそうだ。あるいはエーヴェルト本人が悪しき眷属なのかも知れねえな」
「悪しき眷属は闇の神、三ツ目の悪鬼『バロルグ』の眷属のことよ。調停の民の傍流の子供は其方に引かれやすいの。カナリーを攫ったのは、傍流の子ロト・オーガスタスという子だったそうね」
「ロト? あいつが?」
 こくりと頷いたパトリシアは少年ロトが闇の眷属に操られサヴィルウスにカナリーを堕としたと告げる。
「彼はその記憶を失っていて、でも神殿の泉の精霊アクアヴィーネが真実を教えてくれたの。ロト君は少し疲れてしまったみたいで、今は休憩中よ……ただ、エーヴェルトが元々闇の眷属だったというのは、おそらくそうなのでしょうね」
「やっぱりか……」
 パトリシアの言葉にルカは眉を顰め小屋の中を注意深く見遣った。
「ここに連れてこさせたって事と、ここだけ残ってるってのも気になるな。ま、燃やす意味がねえからってだけかも知れねえが可能性があるなら虱潰しだ」
「闇の眷属の力は負の感情で強くなるの。だから、私達の怒りや憎しみを増やすためでしょうね」
 そんなことの為にアルエット・ベルターナは無残な殺され方をしたのかとルカは苛立ちを覚える。

「『リブラディオン戦役』の地。街も燃えて、崩れて……ひどい状態ですね」
 廃墟となった街の中を歩く『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)はアルエットの言葉を思い出していた。
「アルエットさん……いえ、カナリーさん、でしょうか」
 目の前で近しい人の命が奪われたアルエットの事が個人的に気になっているのだ。
 自分もそうだったから――
 そして、エーヴェルト・シグバルソンが双子に行った凶行、も調べねばならない。
 おそらく調停の民を根絶やしにしたかったのはベルノではなく、エーヴェルトなのだろう。
 そうなるとヘルムスデリーに伝わる『リブラディオン戦役』の概要も少し違ってくる。
 ともあれ、フローラは村外れの小屋に足を踏み入れた。
 既に何人かの仲間が此処を訪れているのだろう。真新しい削れた跡や物を動かした後がある。
 時は経ってしまったけれど、何らかの痕跡があればとフローラは思ったのだ。
「殺害のみが目的だったのか、それとも徒に痛めつけていたのか。
 ……大丈夫。今の私なら、こういうことにも……向き合える、はず」
 胸に手を当てて深呼吸をしたフローラは石床の黒い染みをじっと見つめる。

 カタリとドアが開いて、『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)が入って来た。
「おや、先客か」
 フローラは「大丈夫」と頷いて部屋の隅に移動する。
 リースヒースはその場で祈りを捧げるように目を瞑った。
 ――かつてあった殺人の記憶を呼び起こすことを、許したまえ。
 死んだはずの娘、瓜二つの娘。
 アルエットの心は『アルエット・ベルターナ』が死ななかった場合の仮定に囚われ続けたままなのだとリースヒースは思い馳せる。
「それは、真の意味の弔いにならぬ。『カナリー』が『アルエット・ベルターナ』の影のまま生きることは、良いこととは私には思えぬ。それは前向きなようで、哀しい自己犠牲だ。人は己の影しか持てぬ」
 他者の影を付けて歩く人生は、歪なもの。今すぐには変えられなくとも、リースヒースにとっては迷える子羊のようで悩ましいのだ。

『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)は村外れの小屋へ向かう道すがらクルーエルへと問いかける。
「どうしてこちらに?」
「ああ、冬になる前にね、丁度良いからこっちの薬草を採りに来たのよ」
 普段は自身の薬局に居るクルーエルだが、時折こうして薬草を摘みに来るらしい。
「そうですか、なら教えて頂きたいことがあるのですが……『ひとを癒す』ということについて、何かご教示いただければと。私が癒し手となったのはこの世界に来てからです」
 元の世界では大きな力を持っていて、それを御しきれず大切なひとを傷つけた経験があるのだというミザリィにクルーエルは「そうねぇ」と首を傾げる。
「同じ経験は二度としたくないんです。それがたとえ敵であっても。
 そう思うのはいけないことでしょうか?」
「全然、全ての人を癒したいと願うのは良い事だと思うわ。敵か味方かなんて主観的なものだし。生きたいと願うのは生命の本能よ。だから貴女の成したいように成せばいい……まあ倒すべき相手をその場で癒したら仲間に怒られるからその辺は要領よくねっ!」
 茶目っ気たっぷりにウィンクして見せたクルーエルにミザリィも微笑む。
「あら、この小屋じゃない?」
 村外れの小屋の前までやってきたミザリィとクルーエルは中にフローラとリースヒースが居るのを見つけ、ドアをノックして足を踏み入れた。
 本物のアルエットが殺されたという場所。
「どうしてここだけは燃えずに……いえ、火を付けられずにいたのでしょう」
「それを知る為に、私達も此処にきたのだ」
 リースヒースはミザリィを手招きして呼び寄せる。
 ミザリィとリースヒースのやりたいことは共通しているのだろう。
 人手やアプローチは多い方が望ましい。
 こくりと頷き合ったミザリィとリースヒースは祈りを捧げるように『霊魂』を呼ぶ。
 強い思念が残って居れば分かるかもしれない。
 何も反応がなければ墓に眠って居ると推測する事が出来る。

「問おう……此処にアルエット・ベルターナの霊はとどまっているか」

 カナリーがアルエットとして振る舞いっている。
 だから、リースヒースはカナリーが自身の人生を歩めるよう、目の前で起きた悲劇を背負わぬよう言葉と証拠を示して欲しいと願うのだ。復讐を望むなら己が剣を掲げるから。其れが弔いになるのならば。
 霊はエゴの塊だ。『カナリー』の自己犠牲を善く思う場合もあるだろう。
 それは二度カナリーを殺す事に他ならない。
 一度目はアルエットとして生きる「カナリー」の自己犠牲。
 二度目は、それを「アルエット」が後押しすることによっての、戻れぬ一歩。
 もし、アルエット・ベルターナがそれを望むのならば、それは、友情ではなく執着でなのだろう。
 だから、どうか――この声に応えてほしい。

 されど、ミザリィとリースヒースの問いかけに、応える物は何も居ない。
 この場にはアルエットの霊は居ないようだった。
「居ませんか……お墓の方にいるのでしょうか」
「そのようだな」
 リースヒースは悲しげに小屋の外に出る。
「ヒースの花を小屋の周りに植えよう。ここには死が多すぎた。
 もしかしたら、胡乱な影も出て来るやもしれぬし――失われた精霊を呼び戻すには、場を浄めるのも大事であろうから」
「遺体はお墓に眠っているんですよね。何故、死体を回収していかなかったのでしょう。
 あるいは、死を知らしめる必要があったのでしょうか……?」
 ミザリィの言葉にフローラも首を傾げる。
 ベルノに隠れ、時間を掛けて嬲り殺したのなら不自然さを感じてしまうのだ。
「二人の痛めつけられた遺体が見つかる様に仕向け、ノルダインとハイエスタの対立を煽る為に?」
「調停の民そのものに対するなにかか。あるいは、吉兆であるとされる双子には何か特別な力があった?
 いずれにせよ、家族を手にかけるだなんて、私には信じられませんね……」
 ふと、視線を上げたミザリィは廃墟になった街を眺める。
 其処には、憎悪も執着も何も無く、ただ静かで崩れた瓦礫が転がっていた。
「……え? リースヒースさん、こんな事って有り得ますか?」
「確かにおかしいな。一つの霊魂も残っていないなんて」
 虐殺が行われた村に在るはずの未練と怒りの残留思念が全く無いのだ。
 作為的な何かを感じて眉を寄せるミザリィとリースヒース。


 ダニエルとパトリシアはもっとヘザーの事が知りたいというジェックを連れて神殿へ戻って来た。
 探索から戻って来たシャノ達はロトがいつも通りの朗らかな笑みを浮かべているのに安堵する。

 ロトの目の前で優しげに微笑むアクアヴィーネの前におずおずと歩み出るシャノ。
「アクアヴィーネは、ずっと、ここに? それとも、別の場所から?」
「ああ、それは私も聞きたい」
 ブレンダが手を上げてシャノの隣に立つ。
 唯一生き残っている精霊であるアクアヴィーネに当時のリブラディオンの事を聞きたかったのだ。
 否、其れだけでは無い。知りうる限の情報を教えてもらいたい。これから起るかも知れない悲劇を防ぐ為にも必要なことだから。もしも対価が必要だというのなら自分に出せるものなら差し出すとブレンダはアクアヴィーネを見つめる。
「私はこの神殿が出来るよりずっと前、人々が此処へ住まう前から泉と共にあるわ」
「昔、ここに来た人、いた? 何をしに?」
「貴方の知りたい『昔』はどのぐらい前かしら。神殿が壊される前なら、調停の民の血を継ぐ者たちなら来ていたわよ。眠っている間の事は分からないわ。ごめんなさいね」
 眉を下げるアクアヴィーネにシャノは首を横に振った。その肩に乗るのは黒いカラスだ。
 人が人の行いの中で相争うのであれば己とて気にしないが、精霊が原因でこの地に災いがもたらされるとするならば黙って居られないとこうしてシャノに着いて来たのだ。
「まぁ、私としては多少面白い方が好ましいがね! おっと、本音が。とはいえ、本当に精霊を起因とした一大事が起こりうるのならば人の子への助言もやぶさかではないとも。ただあまり親切な対応は期待しないでくれたまえ。どちらかといえば私は調停とは真逆の存在であるが故に!」
 いつもより饒舌なカラスにシャノはこてりと首を傾げる。
「聞いてばかり、よくない。何か、聞きたいこと、ある?」
 シャノはアクアヴィーネに向き直り目を瞬かせる。
「ええと、そうね……ヴォルケンにウィンディ、ガイアスは本当に居なくなってしまったのね」
 悲しげに声を落すアクアヴィーネ、其処へ足音が聞こえてくる。

「三つの精霊の石碑は壊されていたよ」
 街中を探索していた行人と焔、胡桃に誠吾、ヴィルヘルムの五人が神殿へとやってきたのだ。
「其れに気になる点がもう一つあるの」
「おや、皆さんも此方に来ていたのですか……丁度良い。知らせておきたい事がありまして」
 ボディは神殿に集まった人達へ『霊魂が見当たらない』ことを告げる。
「そうなの! リブラディオン襲撃からまだ五年しか経ってないのに、全然いないの」
 胡桃はボディの言葉に同意するようにこくこくと頷いた。
「何百年も経って自然に還るなら分かりますが……」
「そうよね」
 不自然だと首を傾げるリースリットとレイリー。

「まさか……封印を無理矢理解こうとしているのかしら?」
 アクアヴィーネの言葉に一同は顔を上げる。
「雷神ルーは均衡が崩れる事を嫌うわ。もし、この地で闇の眷属の力が著しく偏る事があれば、鎮める為に眠りから覚めてしまうの」
「……光が目覚める時、闇もまた眠りから這い出る」
 アクアヴィーネの言葉にパトリシアの声が重なった。
 シャノはこの神殿自体がヴィーザルにとって危険の呼び水にならないかが気掛かりだった。
「自、森の夜警。森、守る、務め。この地の、意味。理解、希望」
 アクアヴィーネへと顔を上げたシャノは光と闇の神について問いかけた。
 それらはどういった経緯でこの地に封じられたのか、解き放たれる光と闇は一体何なのか。
「変革、痛みと希望、同時に与える。パトリシア、言ってた。
『光と闇』は変革の、きっかけ? 解放すると、何が、起こる?」
「そうね、光の神はハイエスタが信仰する雷神『ルー』、闇の神は三ツ目の悪鬼『バロルグ』よ。
 かつてこの地に光と闇の眷属の争いが起った。均衡が崩れる事を厭う雷神ルーは、父神である蛇神クロウ・クルァクを退け、祖父神である悪鬼バロルグと同士討ちになる形でこの地で眠りについたの」
 神代の戦いの話しをアクアヴィーネは語る。

「もし封印が解かれれば、闇の眷属も出てくるでしょう。けれど、解かずに闇の力が強まり過ぎれば『門』自体が崩壊してしまう恐れがあるの。そうすれば、均衡を保つ処ではなくなってしまう」
 目覚めた雷神ルーと悪鬼バロルグの血で血を洗う神代の戦いが巻き起こるだろう。
「それに、今年は時期が悪いわ。『遠吠え』が微かに聞こえてくるの。
 雲が空を覆い大地に闇が満ちてしまうのよ。そんな状況で門が壊されたら取り返しが着かないわ」
 感受性が強い精霊はぶるぶると身を震わせる。
 そんなアクアヴィーネの背をブレンダは勇気づけるように撫でた。
「必要とあらばこの剣を捧げよう。だから教えてくれアクアヴィーネ。私たちは誰と戦えばいいんだ」
「……悪鬼バロルグを解き放とうとしている闇の眷属がいるわ。まずはそいつを倒さないといけない」
 アクアヴィーネは真っ直ぐにブレンダを見つめる。
 精霊との会話はまるでお伽話だとブレンダは目を細めた。
 結局のところ自分の剣は何かを誰かを守るための剣なのだ。こうあるのが正しい形なのだろうとブレンダは剣柄を握る。

「悪しき闇の眷属。『門』。雷神『ルー』。悪鬼『バロルグ』……」
 初めて聞く話の数々にリースリットは考えを巡らせる。即ちそれは、リブラディオンに調停の民が住まう理由であり、『襲われた』理由との関連性を深く示唆するもの。
「パトリシア様。この封印の事を知るものは、他には居るでしょうか……例えば、サヴィルウス。御存じでしょうか?」
「闇の眷属は私達の知らない所で蠢き画策し、このリブラディオンを壊したのでしょうね」
 悔しさと悲しみを秘めたパトリシアの指先がぎゅっと握られる。
「カナリーさんを、『門』を通じてサヴィルウスに……というでしたね。
 モイメルは、それが出来るのですか?」
 リースリットの問いかけにシャノも興味があると身を乗り出す。
「モイメル、一体、何?」
「常春の庭。妖精達の楽園ね」
 アクアヴィーネは泉の水を指先で触りながら答えた。
 ジルーシャは妙な既視感を覚える。妖精達が棲まう常春の庭。それを『自分達は知っている』のだと。
「つまり……モイメルからは、調停の民のように条件が揃っていれば此処以外の外界に出る事も出来ると?
 ……カナリーさんの場合、邪魔だったのなら人知れぬ場所に放逐すればよかったのに、そうではなかった。何故サヴィルウスに堕としたのでしょう?」
 リースリットは深く踏み入った話しを斬り込む。
 ロトはごくりと唾を飲み込んで、手を握りリースリットを見つめた。
 パトリシアやアクアヴィーネの話しを疑うわけではない。けれど、確かめねばならぬ事がある。
「悪しき闇の眷属がサヴィルウスに居るのですね?」
「おそらくは」
 パトリシアはリースリットの言葉に酷く悲しそうに頷いた。

「凍らない泉、ヘルムスデリーの銀泉神殿にもありましたよね」
 ボディは清らかな流れの泉に指先を伸ばす。
「そうね。ヘルムスデリーにもこの泉と同じ……モイメルへの門があるわ。ただ此処の門のように行き来することは出来ない。モイメルから常春の力が染み出しているだけ」
「成程、だから凍らないのですね」
 アクアヴィーネの説明にボディは門を見上げた。
 門の向こう側に何があるのか、ジルーシャは深く思い馳せる。
 開けて良いものなのか、そうでないのか。だから知りたいと希う。
「アタシたちが何を知っていて、何を知らないのか」
 カナリーを攫った者の正体は闇の眷属に操られた少年時代のロトだった。
 サヴィルウスの眷属が赤子を攫った理由は憶測の域を出ないものだが……
「調停の民の祈りが封印に直接関わるなら、エーヴェルトはリブラディオンを滅ぼす事により封印を解こうとした。そう考えるのが妥当でしょうね」
 作為的な破壊と殺害。彼らの嘆きや死自体が悪神を解放する条件だったのではないか。
 レイリーはジルーシャの隣で門を見つめた。
「戻って来なかった傍流の子たちは何処へ行ってしまったのかしら」
 ジルーシャの問いかけにアクアヴィーネは首を横に振る。
「分からないわ。何処へ行ってしまうのか……でも、力を持たない子が戻ってくる事は難しい」
 渡る事はできても、戻る事は出来ない。まるで天国への架け橋だ。

 ロトとパトリシアはモイメルの門に手を当てる。
「行くわよ」
「はい」
 ――光輝満ちる狭間、眩き架け橋、常春の庭。均衡を尊ぶ我が雷神よ。
 その血継承せし、調停の子らの声を聞き届けたまえ。
 アーカンセルの名を刻みし妖精門をアルヴィエゥムに繋ぎ、子らを導き給え。

 柔らかな光が溢れ、同時に黒き闇の力が門から染み出す。
 ジルーシャはとレイリーは何があってもいいように戦闘態勢を取った。
「アタシ達は変革を望んだ。希望を求めることを選んだ。どんな痛みだって、背負ってみせるわ!」
「ええ……この地の伝承の真実を、どうしてこの地で戦いが起きたかの理由を知りたいんだ!」
 眩き光の中ジルーシャとレイリーは高らかに叫ぶ。

(アルエットちゃんは本当はカナリーちゃんで、アルエットちゃんを殺したのは、ベルノじゃなくエーヴェルトって人だった。……アタシ達、ずっと色々なことを思い違ってきたんだわ。
 ううん、もしかしたら……シグバルド達もそうなのかも)
 白くなる視界の中ジルーシャは思考の海に飲まれる。
 和平の道を閉ざしたのは本当にシグバルドだったのだろうか。
 裏切ったのは、闇の眷属に染まっていたのはエーヴェルトだったのではないか。
「アタシ達は真実を見つけなくちゃいけない
 その答えがもしもこの門の向こう側にあるのなら――アタシも行くわ」

 扉が開いた瞬間、ジルーシャは柔らかな風を感じる。
 常春の庭。あたたかな陽光が降り注ぐ場所を、マナの流れをジルーシャは知っていた。
 深緑の国アルティオ=エルムの妖精郷。
 そのアルヴィオンにマナの流れが酷似していたのだ。
 ヘルムスデリーとリブラディオンで感じたマナは、以前このアルヴィオンで感じたものだったのだとジルーシャは察する。
「ここは、妖精郷なの?」
「妖精郷……!?」
 盾を構えたレイリーの声が常春の庭に響く。
 ジェックやパトリシア、ロトやリースリット、シャノも門の中へと次々に入り込んだ。

「――久しいな、こんなにも大勢の人を見るのは」
 翠の瞳と金色の髪は何処か調停の民を彷彿とさせる男。
 圧倒的なプレッシャーを持った目映さは、彼が雷神『ルー』である事を表していた。
 その傍らには竪琴を持った少年が見える。
「私が目覚めたということは、祖父殿も……いや、闇の神『バロルグ』と言った方が伝わるか。彼方も解き放たれたということだが。思ったより『早い』目覚めだったな……人の子よ、この地で何が起った?」
「我が神よ。貴方の子パトリシアです。……この地では虐殺と破壊が行われました」
 祈りを捧げるように一歩踏み出したパトリシアが雷神ルーに跪く。
「そうか。だから均衡が崩れ、目覚めが早まったか。人の子らよ、よく私を目覚めさせた。遠吠えも聞こえて来ているからな……バロルグの悪しき力が増え均衡が崩れるのも時間の問題だった」
 モイメルの門へと歩き出したルーを慌てて傍に居た少年が止めに入った。
「ルー様いけません、そのまま出てしまっては人の世に影響が出てしまいます」
「……ああ、そうだったな。この常春の庭は特殊であったから油断していた。すまん」
 ルーの言葉に引っかかりを覚え、ジェックは「いいかな」と手を上げる。
「ここはアルヴィオンなの?」
「それは、私から説明をしましょう」
 竪琴を持った少年はジェックの前に歩み寄った。
「初めまして、私は雷神ルーのお世話係である精霊のエスティアと申します。
 此処は貴方がたの知っているアルヴィオンが、この無辜なる混沌に統合される際の衝撃で出来た、謂わば飛び地ですね。ですので、妖精郷とは厳密には違います。酷似していますが、向こうとは繋がっていません」
 元は同じだったものが、分かたれたということなのだろう。
「こういったものは古代遺跡(ダンジョン)になることもあり、世界の破片がうずたかく積もり世界最大とされるのは、『果ての迷宮』でしょうね」
「……そうなんだ」
 まだまだ、世界には知らないことばかりだと、ジェックはエスティアの顔をじっと見つめた。

「ルー様は目覚めたばかりで、まだ力の制御が上手くありません。ですので、まだこの門を越えるには時間が必要となります。せっかく来て頂いたのに申し訳ありません」
「いや、力を抑えれば大丈夫だろう? 私は出るぞ。こんな楽しそうな……大変な時期なのだから、黙って見過ごす訳には行かないだろう。ほら、準備をしろエスティア」
 雷神ルーの言い草はアーマデルやチックがこの場に居たのならば、父神『クロウ・クルァク』の血をひしひしと感じ微笑んだことだろう。
「とりあえず、後日改めて連絡を差し上げますので、今日の所はお引き取りください。
 ……もう、ほんとそんな顔してもダメですから!」
 不貞腐れた雷神は、次の瞬間キリっとした顔になりイレギュラーズに手を振る。
「なあに、そんな寂しそうな顔をするんじゃあない。すぐ会いに行く。親父殿は……まあよろしくやってるようだが。祖父殿は何とかしないと面倒だからな。では、また会おう人の子らよ!」
 光に包まれた瞬間、ロトやレイリー達の身体はリブラディオンの神殿へと戻って来た。
 呆気にとられたシャノは長い息を吐いてその場に座り込む。


 闇の気配が濃くなったとはマルク空を見上げた。
 神殿に向かった仲間はモイメルの門を開けると言っていたからその影響なのかもしれない。

「何か居るような気がする」
 リリーは身体をぴょこんと起こしてファミリアーと語感を共有する。
 空から村の周囲を見れば何か蠢くものが見えた。
「時に妙な臭いがするが。隠れてるのは君達の知り合いかね? 邪魔をするなら食い殺すのみだが」
 愛無は牽制の意味も込めて人の形から本体へと変幻した。
 墓地へと人影を追って来ていたルカやリュティス、ベネディクト達も姿を現す。
 敵か味方かどちらか分からない現状、こちらから仕掛ける訳には行かなかったのだ。
「まあ、こんなところで様子を見てるんなら何か知ってる可能性はでけえからな」
 とにかく今は情報が欲しいのだとルカは墓地を取り囲む人影を睨み付ける。
 茶太郎が唸るのを優しく撫でるベネディクト。
「そこに誰か居るのか? 俺は特異運命座標、ベネディクト。そちらが攻撃を仕掛けない限りは交戦の意思は無い。話をしないか」
 戦える姿勢は崩さず、ベネディクトとリュティスは人影に語りかけた。

 村外れの小屋から街中を歩き、墓地へとやってきたミザリィ、リースヒース、フローラも人影が現れた事を察知する。
「アルエット・ベルターナの霊について、何か知っているのか? 彼女の死について」
 リースヒースは予感があるのだ。自分が『そう』であったから。その技法が違えども胸騒ぎがする。だからこそ、それを確かめる為に『墓地』へとやってきた。
 四音は三日月の形に唇を歪める。これから起る事はきっと楽しくて素敵なものだろう。
(何か居るみたいですし。なにやら物語に進展がありそうで面白そうですねえ。くふふふ、これは是非ともご挨拶しませんと、ねえ?)

「この無人の悲劇の地に何用ですか? 返答次第では投降をおすすめしますが」
 ウルリカは人影の見える方向へ武器を向ける。
「所属陣営と目的を問います。あなたたちは何者ですか?」
 ふらりと現れた『少女』にウルリカは僅かに武器の尖端を上に上げた。
 想定していたのはノルダインのむくつけき男達だが、目の前に現れたのは黒い服を着た少女だ。
「ここで何をしていたか、聞いてもいいですか?」
「……」
「この村……だった場所に用事があるのは、ハイエスタとそこに縁のあるイレギュラーズだけだと思っていたけど、君たちはそのどちらでも無さそうだね。用向きを聞いてもいいかな?」
 マルクは何かあれば撃てるようにとアイコンタクトを飛ばしウルリカの武器を抑えて前に出る。
 フーガとジュリエットは何事かとその場に駆けつけた。
 ジュリエットは警戒をしながら金色の髪をした少女を見つめる。
 黒い服に黒い仮面――白い翼を持つ少女だ。
「貴方は何を見ていたのですか? 良かったらお話ししませんか?」
 遠くから見るだけでははっきりとはしないが、アルエットと何処か背格好が似ている気がした。
「……て、たす、けて」
 仮面の下からか細い声が聞こえる。助けを呼ぶ声だ。

「……エメライン。誰が勝手に出て良いといった?」
 ビクリと震えた少女は、後から出て来た男に金色の髪を掴まれ引きずり倒された。
「う、う」
 胴を踏まれたエメラインと呼ばれた少女はその場に倒れたまま動かなくなる。
「侵入者と判断、これより戦闘を開始します」
 ウルリカは照準を『ノルダイン風』の男に合わせた。
「おいおい、待てよ。俺達はまだ、何もしてねえだろ?」
 確かに相手は腰に剣を下げてはいるが、手には何も持っていない。その手を大仰に開いて見せる。
「君達はだれだ? 用件を聞いてもいいかい?」
「俺はサヴィルウスの戦士、ノーザンキングス統王が次男エーヴェルト・シグバルソンだ」
 エーヴェルトの名に墓地へと殺意が流れ込む。
「お主が、エーヴェルトか」
 墓地へと姿を現した夢心地は颯爽とエーヴェルトの前に立った。
 一色触発の仲間とエーヴェルトの間に己が緩和剤として紛れ込む事で、この悲しき地での戦いを回避しようとしたのだ。
「ああ、そうだ。オッサンも分かってくれるよな。俺達に戦うつもりは無いって」
「だったら、その少女から足を離すのじゃ」
 夢心地は未だ踏みつけられているエメラインを指し示す。
「わーったって、そんな怒るなよ」
 エメラインから足を上げたエーヴェルトは夢心地の肩に「ほらよ」と手を置いた。

「……マルク?」
 木の陰から姿を現した線の細い青年がマルクの名を呼ぶ。
「何だ、ラッセル知り合いか?」
 ラッセル・シャーリーはマルクの学友であった男だ。
「君は留学から帰ったら軍人になると言っていたじゃないか、どうしてこんな所に?」
 学友の無事をこんな所で知る事が出来るなんて、マルクは僅かに安堵した。
「僕は……」
「こいつは兄貴に拾われたのさ。雪の中で凍え死にしそうになってた所をな。兄貴は命の恩人ってヤツだ。
 いやあ。ベルノってヤツは凄えぜ。流石時期統王だな。自慢の兄貴だよ」
 その言葉にラッセルは目を伏せる。内心ではそんな事思っていないくせにと。
「んで、コイツがどうしてもリブラディオンの神殿が見たいっていうから連れてきてやったのさ」
 くつくつと嫌な笑みを浮かべるエーヴェルトから視線を逸らすラッセル。

「ねえ……エーヴェルトだっけ? か弱い小鳥を括るのは楽しかった? 勇猛な戦士たちは、わざわざ、小さな小鳥を撃ち落としたのね。なににそんなに怯えたのかしら、勇猛であるはずなのに、ほんのちいさな小鳥なんかに」
 メリーノはエーヴェルトに挑発を掛ける。
 その隣ではレイチェルが鋭い視線でエーヴェルトを睨み付けていた。
「んだぁ? やんのか? 喧嘩売るってんなら、買うぞ?」
 剣の柄に手を掛けたエーヴェルトを見てシラスも構える。どちらが先に動くか、見極める必要があった。
「……ここは墓地で、静かなる場所だ。卿らは自身の故郷でも同じ事が出来るのか?」
 丸腰で自分の前に身を晒したベルフラウに、エーヴェルトは肩を竦め身を翻す。
「ここで事を起こすつもりはねぇよ。様子を見に来ただけだ……じゃあ俺達はもう帰るから。
 後から攻撃する卑怯な真似はするんじゃねーぞ?」
 くつくつと笑ったエーヴェルトはエメラインとラッセルを連れて木々の奥へと消えていった。

 ――――
 ――

「一つ確かめたいことがある」
 リースヒースはエーヴェルトが去ったのを確認して仲間に振り返る。
「アルエット・ベルターナの墓、か……」
 ベルフラウの言葉にリースヒースは頷いた。

 アルエットの墓に向かう途中ベネディクトはギルバートへと問いかける。
「ギルバート。君の妹を本当に殺した相手は、別に居た。これからは、どうする心算だ……?」
 決まっていないならそれで良い、だが……とベネディクトはギルバートの肩に手を乗せた。
「何もかもを決めて俺達を置いていくのだけは止めてくれよ」
 ギルバートの後ろを歩くディムナにも視線を向けるベネディクト。
 心の内全てを知っているわけでは無い。言いづらいこともあるだろう。
 されど、いざ事が起きた時、友人の助けになれないのは悲しく辛いことだから。
「俺は、エーヴェルトを許す事は出来ない。ベルノたちもこのリブラディオンの人々を殺した奴らなんだ。
 まだ……この胸には怒りや悲しみが残っている。俺は『許さなくてはならない』のか?」
 ギルバートは拳を握り死んでしまったアルエットの事を想った。

「アルエット殿やヘンリエッタ殿のご家族、平穏に過ごしていた人々は……安らかに眠れているだろうか」
 アーマデルは彼らの安息を祈り歩く。心配していたような往くべき処へ逝かずに留まる霊は居ない。
 よかったと想う反面、おかしいと眉を寄せたアーマデル。
 抱えたままの隠し事、伝えたかったのにできなかった事。渦巻く未練を持った霊が全く居ないなんて。
「我が神は死者の行く末を見守り、未練を晴らす者だ……」
 だからこそ、霊魂に触れる機会が多いアーマデルは墓標が立ち並ぶ丘を振り返る。
「……まさか」
 先頭を行くリースヒース達に追いついたアーマデルは焦りを滲ませながら駆け寄った。
「なあ、墓の中に『本当に彼女は眠っているのか』?」

 アルエット・ベルターナの墓石が取り除かれる。
 中にあったのは、交換した『カナリー・ベルターナ』と刻まれた指輪だけだった――

 戻って来たギルバート達は不凍港奪還へ向けて出発し、これを見事勝ち取る。
 そして、アルエットとトビアスの祖父である統王シグバルドの死の知らせが齎され、ポラリス・ユニオンはノーザンキングスとの停戦、共闘を妥結した。
 ポラリス・ユニオンの西進を阻むのは『フローズヴィトニル』と呼ばれる絶対凍土の吹雪だ。
 吹き荒ぶ雪は嵐を伴って巻き上がり、鉄帝国全土を覆わんとしていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 この調査で物語が大きく進みました。
 ご参加ありがとうございました。

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