PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<地底のゲルギャ>『氷狼』の座

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――冬の夜は扉を明けてはいけないよ。悪い狼に食べられてしまうから。

 鉄帝国の子供は寒波の激しい冬を迎える頃、その御伽噺を耳にするそうだ。
 獣の唸り声のように吹き荒む風。全てを覆い隠す真白の恐怖。
 伝承になぞらえてそれはフローズヴィトニル(悪しき狼)と呼ばれていた。
「まさか、実在しようとは……」
 呟いた青年は『ギュルヴィ』と名乗っていた。彼が居たのは鉄帝国帝都に存在する中央駅付近から『地下』へと潜り更に央に向けて進んだ地であった。
 青年は革命派の急進も一躍買った存在だ。新皇帝派の中でも『革命派に思想が近い者』達や行き場も存在していなかったものを吸収した『アラクラン』の総帥でもある。
「さて、寒さも厳しくなってきましたが……クロックホルム、調査は済んでいますか?」
 寡黙な青年はギュルヴィへと頷いた。
 例えば、この吹雪に関して勇者王の翼なる神獣も何か知っているかのような素振りを見せた事。
 例えば、氷の恐狼は地底に封じられた存在であると『氷の精霊女王』が発言していた事。
 例えば、各地に『数箇所』の封印が行われた痕跡があったこと――
「ここまで献身的だというのに残念ながら憤怒の王は私達には何ら期待はしていない事でしょう。
 それは私とて同じ。『私は王になりたいと願った一等星』の為にこの国を得ねばならない。その思想と『革命派』は同じ志を胸に抱いているのですから、ねえ?」
「……そうですね」
「『この冬を更に、手にするために』」

 ――青年はラサの出身だ。
 不合法な薬品ばかりを扱った薬屋の一族に生まれた男の生活は荒んでいた。
 男が盗賊になった切欠は単純だった。顧客の家族が非合法な薬に手を出した理由であるとして家業を糾弾し、傭兵を雇って一家を離散させたからである。
 その際に幾ばくかの薬を手に逃亡した男を拾い上げたのがあの蠍座の如き輝きであった。
 男は彼に魅せられた。莫迦みたいな理想を、莫迦みたいに追いかけるその人を信じたかったのだ。

 バルナバスなどどうでも良い。
 鉄帝国だって、どうでも良い。
 そう、すべてはあの方の目指した『新たなる王国』の為にあるのだから。


「……さむくなりましたね。わたしは、イレギュラーズちゃんやオリオンと違って実は寒くはないのですが」
 首を傾げたのは『氷の精霊女王』エリス・マスカレイドであった。
 イレギュラーズたちの拠点でもある『銀の森』に旧くから住まうと言う彼女はフローズヴィトニルについても詳しい。
「わたしが、ふと思い出した地底の調査をみなさんが行ってくれていて安心しました。
 フローズヴィトニルは御伽噺ですが、かつては存在した……強大な力であったと『知っています』から」
 聊か妙な言い回しをしたエリスは心配そうに指を組み合わせる。彼女は『氷』の属性を有する精霊だ。
 それ故に、この厳しすぎる冬に何らかの違和感を覚えているのだろうか。
「凍らずの港は対処を求められたようですね。ラサの砂漠の雪は冷たく、オアシスが凍りつきました。
 此処だけではなく、世界のどこだって、この寒さに怯えている事でしょう。
 地底に続く路に、フローズヴィトニルが存在しているならば……封印を守らねばなりません」
 その封印が緩んだか、もしくは『封印がもう解かれている』のかもしれない。
 そう告げたのはこの寒波そのものが人為的に起こされた可能性があるというのだ。
 強まり、弱まり、更にと繰り返す。
 波のように寄せては引いていくのはフローズヴィトニルが『まだ不完全』であるからだ。
 現状でも各地での作戦遂行中に地価に通じる穴の探索も同時に進行しているとエリスは耳にしている。
 それでも、不安だった。
 封印は『少なくとも七個以上』に分かれていた筈だから――
「もしも、封印が解かれフローズヴィトニルの力が持ち出されていたら……」
 持ち出した者によってどれ程の命が失われたことだろうか。
 エリスは『人間』ではない。だが、人間の尊さを知り、いとおしいとさえ思っている。
「イレギュラーズちゃんたち、わたしが『ひとつだけ』知っている場所が在ります。
 氷狼(ゲフリーエン・ヴォルフ)と呼ばれる地底遺跡です。
 その場所の様子を見てきてはくださいませんか」
 エリスは、不安げにイレギュラーズを見た。
 銀の森で自身の前に立っているいとおしくもかよわき人間たち。
「その場所は、銀の森にもにた穏やかな場所であったはずです。ですが、もし『そうでなければ』……。
 フローズヴィトニルの封印が解かれている、はずです」
 封印が解かれればどうなる、と問うた者が居た。エリスは不安げに唇を震えさせた。
「全ての封印を解き、制御をしなおさなくてはならないでしょう。
 ですが、それでも大丈夫です。イレギュラーズちゃん。わたしが、その儀式を引き受ける事もできます。
 ですから、今どうなっているかを把握して欲しいのです」
 うんと長命な精霊女王は儚き人々に「おねがいします」と祈るように言った。

GMコメント

●成功条件
『氷狼の座』の調査を完了する事
(難易度はあくまでも調査に対するものであり、接敵する魔種との直接戦闘を指しておりません)

●氷狼の座
 ゲフリーエン・ヴォルフ。鉄帝国帝都の地下奥底に存在する遺跡です。
 エリスが知っているその場所は凍りついていながらも銀の森と同じような暖かな空気が流れる場所だそうです。

 ですが、訪れると分かる事がいくつか存在しています。
 ・冷ややかな空気が漂っている
 ・ゲフリーエン・ヴォルフの内部は迷路仕掛けになっており、訪れる度に道が変化する
 ・エリス曰く『封印が解けていなければ何も危険はない』そうだが、敵対反応が見られる
 ・無数の氷の精霊が襲い掛かってくる状況である
 ・どうやら、新皇帝派の姿が見られる
 ・(PL情報)「革命派」として調査に訪れたギュルヴィたちの姿が見られる。

 ……なにやらおかしいようですね。
 最奥に行き着けば『フローズ・ヴィトニル』の封印の要が存在しているようですが……?

●予測される敵
 ・魔種 『アラクラン総帥』ギュルヴィ
 遺跡内部を調査しています。革命派を名乗っていますので、イレギュラーズに攻撃は彼から行いません。
 ですが、どう見たって敵ですね。どう見たって敵ですが此処で戦うより調査を優先したほうがいいでしょうか?

 ・魔種 『爪研ぎ鴉』クロックホルム
 前線で戦う事に長けた青年。筋骨隆々であり、所持するは無骨な斧です。調査に訪れた新皇帝派です。
 ギュルヴィの副官を名乗っています。彼は指示だけに徹しますがギュルヴィに危害が及ぶ場合は戦闘行動をとります。

 ・『アラクラン』軍人
 新皇帝派『アラクラン』の軍人達です。クロックホルムの指示で遺跡内で活動しています。
 イレギュラーズを排除する事が目的でしょうか?

 ・氷の精霊
 無尽蔵に飛び出してくる氷の狼です。まるで、何かを守護しているかのようです。
 非常に獰猛で全てへと襲いかかって行きます。ターン経過で5体ずつ何処からか現れます。
 『封印の要』が存在する場所に何者かが立ち入ればこの精霊達の出現はストップします

 ・吹雪(?)
 吹き荒れる雪です。どうやら、それぞれが精霊かそれに類する存在のようです。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <地底のゲルギャ>『氷狼』の座完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月14日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛

リプレイ


 凍て付く気配が漂っている。地下道に吹いた風は氷の礫を孕み、呼気をも凍らせるかに思われた。
 天を仰ぐことの出来ぬ地の底へ向けて歩を進めることとなるのは十人のイレギュラーズ。氷の精霊女王エリス・マスカレイドは何事もなければ危険なこともないとは告げていた。だが――
「何もなければ、ですか。何も無いわけがないでしょう、この寒さは……冬に薄着をする種族柄多少は平気ですが、はてさて」
 思わず身震いを一つ、『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)はそうぼやいた。
 何もなければ寒さも余り感じず、平穏気ままに地下探索を行なう程度だと彼女は言って居たが、それが叶わぬ望みだと現状でも分かりきってしまった。
 壁にはびっしりと氷の気配が感ぜられ、天蓋部分からは滴り落ちる水が氷柱となっている。絶対凍土とまでは言わずとも厳しい寒さが満ちている事は明らかだ。
 はあと白い息を吐きだして『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)は『フローズヴィトニル』と御伽噺の狼の名を呼んだ。
 それは鉄帝国では寝物語のように語られるものだという。幼子達の躾にも使われる悪しき狼は、冬の寒々しい夜に一人で外に出ては行けないという忠告を持って遣ってくる。それだけ使い古された寝物語であろうとも、本当に極冬の凍風を差しているなどとは誰も思うまい。限られた者達が嘗ての伝承が存在し得た歴史の一頁だと詳らかにし、フローズヴィトニルそのものが精霊や其れに類する何かであろうと推測を立てているのだそうだ。
 フルールの足元を走り行くファミリアーを見送ってから「精霊やそれに類するものは嫌いではないのですが」と彼女はぼやいた。寒さに強い犬種を敢て先導役にして偵察に向かわせる彼女は精霊達に問い掛けるが――成程、目的地であろう場所に近付くほどにその疎通は難しくなってきたか。
「冷たい空気ね……それに、精霊達が応えてくれなくなってきたもの。
 どうしてかしら、アタシたちに敵愾心を抱いていると言うより疎通さえ出来ず理解さえしてくれないような――」
 精霊疎通と言えども万能ではないのだろうか。精霊達と心を同調し、調和の元で語りかける『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は苦々しく唇を噛んだ。
 目的地である『氷狼の座』は未だ少し先なのだろう。それでも、現時点で空気の冷たさが、激しい冬の気配がエリスの心配事を体現していることには嘆息せず殷は居られまい。
「……もしも、フローズヴィトニルの封印が解かれたら。
『全ての封印を解き、制御をしなおさなくてはならない』――あの時、エリスちゃんは何も言わなかったけれど……。
 その儀式を引き受けた人は、どうなるのかしら」
 ジルーシャの呟きに『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)が酷く歪んだ表情を見せた。傷付いたような、それでいて何かを決意したかのような曖昧な表情である。
「……何事もなければいいけれど……いや、とにかく調査して異常がないか確かめなければ……何かあればその時は……」
 きゅ、と唇を噛み締めたマリアはすう、と息を吸い込んだ。肺をも凍らせてしまいそうな凍て付く気配の中で、進むべき場所は分かって居る。
 それが好み力だけではなく他の横穴からも繋がっているならば接敵可能性はある。惑っている場合でも、躊躇いや途惑いに足を止める場合でもない。
「さて、調査開始だ。何が出るか分からない。皆気を付けて進もう」
「ああ。……さて、新年早々に、参拝と厄払いは済ませてある。せめて、御利益がある事を祈ろうか」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は冗談めかしてそう言った。この様な状況下で、強大な存在の制御をやり直すなどと言うことは避けたいが――さて、どうなることであろうか。
 汰磨羈はジルーシャの呟きから一つの可能性に行き着いて飲み込んだ。当たり前だ。封印を知っているからにはどの様な手順であるかを識っているのは彼女位なものだろう。そもそも『かつては存在した……強大な力であったと『知っています』から』という言い回しは妙に引っ掛かる。
「……まさか、な」
 ――精霊女王が身に宿す属性は氷。
 そして、フローズヴィトニルは冬。冬の獣の雄叫びのように風が吹く。


「七つ以上ね。はいはい。
 それだけ分けて封印しなくてはならなかった魔狼が復活させるわけにゃいきませんね。エリスに紹介された遺跡の現状をさっそ見に行きましょう」
『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)のお手製であるマフラーを巻いた『タコ助の母』岩倉・鈴音(p3p006119)は白い息を吐いてから暗がりを見通すように目をこらした。道の端、殿に位置する場所では通路を見張る役目をブリジット・コルデーにと鈴音は任していた。
 何か有った場合は真っ先に退路を確保為ておくのも斯うした僻地への調査には不可欠だ。
「……宗教的には地下へと降りていくのは即ち死出の旅路なのだが、それはさておき。
 冷気と無数の氷の聖霊……封印が緩んでいそうだが、まだ解けてはいない、と思いたいな……」
 正しく死へと繋がっているような気配だと『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は呻いた。縺れそうにもなる脚になんとか力を込めて地底を目指す。
 青年の傍では汰磨羈やジルーシャと同じくエリスの可能性について考えている弾正の姿があった。得意の裁縫で防寒用のマフラーや手袋を用意した彼は洞窟探索の経験のあるマイケル始めとした各位に調査を行ない事前情報や過去のマッピングを行なっていた。地下道探索ではアルマノイス旧街道側への道が見つかりそうだとも小耳に挟んでいる。だが、エリスの指し示した座標には未だ誰も至っては居なさそうである。
「罠はなさそうだが……」
「ああ。罠はないが、ダイレクトに寒いな」
 この様な地底には霊魂もいないかとアーマデルは呟いた。聞き耳を立て、先を見通すように目を細める。アーマデルに身体を冷やすなと母親のように気を配った弾正は湯たんぽを持たせてから嘆息する。
(エリス殿ならフローズヴィトニルの再封印が出来る……。
 その話に嘘は無いのかもしれないが、何の犠牲にとはいくまい。今の封印を守れるならば、封印解除を阻止しなければ――)
 いや、アーマデルの言う通り『封印が緩んでいる』状態である可能性もある。
 脳裏に浮かんだのは冬の狼を制御しなくてはならない。その力を手にしなくてはならない、と。その様に口にしたハイエスタの魔女。『後光の乙女』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)にとっては同志であり、来たる障害の同胞でもある立場の曖昧な存在。
「封印されて然るべし、なんでしょうね。
 そう……確か、ブリギットおばあちゃんも言ってましたね。
 厳しい冬そのものであり、転じて強大なる獣であったとも。そんなもんが世に出ているならえらいこっちゃですよ」
 正に出ているからこそ、大地は雪に覆われ、不凍の港は凍て付いた。食う者に困った者達は肉を求めて命を奪い合ったのかもしれない。
 正しく地獄の有様であったことは確かだ。考え倦ねるブランシュの傍で背を少しばかり屈めて居た『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)は「腰が痛くなりそうなのだわ!」と頬を膨らませた。
「けれど、調査だものね! 頑張るのだわー! お話だってたんまり聞いたもの! 準備万端ね!」
 事前にガイアドニスはエリスに話を聞いていた。彼女の不安げな表情は忘れ得ぬものである。彼女は決して『弱くて小さな存在』ではないけれど、護ってやらねばならないとガイアドニスは思い込むように、すり込むように、そう認識した。

 ――フローズヴィトニルは、冬を連れてやってきます。
   オリオンの凍て付く寒さは眠りであれば、冬の狼の慟哭は命を枯らすためにあったのです。
   わたしは、オリオンとはまた別の氷の精霊です。わたしの力は限られていて、精々、この森に解けぬ凍りを張り巡らせることだけ。
   大きな違いもあれど、冬の狼はそれだけ残虐でつよき獣であったのです。

 雪原を閉じ込め多様ななだらかな髪、氷の気配を纏わせた彼女は極夜の空を眸に閉じ込めていた。
 美しき精霊女王。ひとの形を取ったのは、イレギュラーズ達と対話を行う為だったという。

 ――その狼は、四肢を引き裂かれ、胴と首を違わせ、尾をも落とされました。
   ふふ、違いますよ。そのままの姿で居るわけではありません。封珠や拘束具が存在しているのです。

 封珠や拘束具。それは深緑では冬の王であったオリオンを閉じ込めていた『魔法使い』が作った封印具と同じ種類なのだろう。
 マナセ・セレーナ・ムーンキーの封珠と似通ったものなのか、それとも別物であるのかは分からない。
 勇者王がそれに相対していたならば、使われているのは彼女のものであるかもしれないが、エリスはそこまでは分からないと言った。
「もしも、古の魔法使い殿の宝珠がフローズヴィトニルの封印の要にひとつ使われ居たとするならば」
 汰磨羈が紡ぐ言葉の先に気付いて、ジルーシャと弾正は毒でも食んだかのように沈痛の面差しとなった。
「……ええ、勿論、命を賭す覚悟くらいは必要でしょうね。嘗ての妖精郷だって、冬の王を封じる為に対価を支払った。
 妖精の英雄ロスローリエンとエレインの片方は死に絶え、片方は女王となった。御伽噺がありますものね」
 それは何時聞いたことだっただろうかとリカは思い出したように紡いだ。もしも、エリスが対価を支払う立場であったならば――
「……馬鹿ね、アタシ。そんなことさせないために、ここに来たんでしょ!」
 ジルーシャは頭を振った。呼応するような右目の痛み。頬を叩いて振り払って向かう先は何処であろうか。


 封印の要の場所へ、近付けば近付くほどに凍て付く気配が感じられる。ガイアドニスは偽装工作にも直ぐに気付く。何かを探す事も得意とし、迷い知らずと自負している。
「隠し通路や罠も看破して対処してちょちょいのちょい! 閉ざされた扉も解錠しちゃうのだわー!
 ふふ、物質透過や透視も罠対処や迷宮突破&調査に役立てちゃいましょう!」
 ふふんと鼻を鳴らしたガイアドニスは大きな身体を縮こまらせながら洞を歩いて行く。辿り着いた氷狼の座(ゲフリーエン・ヴォルフ)は寒々しく、しんと静まり返っていた。
「ここから入るのね。聞き耳も立てておかなくっちゃ、ぴこぴこ」
 奇襲にも気を配ってと指折り数える。精霊達は『何かに反応したように』姿を見せているようだ。それがどう言う状況であるのかをジルーシャもフルールも掴めては居ない。
「何か分からないけれど言葉が通じないのよ」
「ええ。それに、氷狼の座に踏み込んだ瞬間に気配が大きく変わりました。これは敵愾心……それに、此方を排除したいと願うようでもあるみたい」
 フルールは自身の能力で出来るだけ言葉を届けられないかと願ったがそうは行かぬか。無粋な行いだと言われてもジルーシャもなんとか対話を行ないたかった。
(死の軍勢、リヴァイアサン、竜種、そしてファルカウの嘆き……何故、今そんな事を考えたのでしょう)
 ぼんやりと考えてからリカは調査の類いは仲間達に一任していた。出来ればこの内部に誰か取り残された人間がいれば救いたいとも考えたが、成程、此処に取り残されたら待ち受けるのは死であろうか。香水の香りを纏わせながら、前線を進む。
 固く閉ざされた扉は背後の扉が固く閉ざされた途端に開いた。これがゲフリーエン・ヴォルスが来る度に場所が変わるという謂れか。汰磨羈は面妖だと眉を吊り上げ――眼前の男を見た。
「奇遇だな」
 正しく、そう告げるしか有るまいか。鈴音はまじまじと見詰める。精霊や吹雪に対しては何があっても現状を見るという気概でやってきた彼女も此処での接触は予想外であった。
「アラクラン? だったかな~」
 封印の要に辿り着く前に出会ったのは幸か不幸か。
 背を向けていたのは深い紫苑の髪を束ねた青年であった。ペストマスクをし仕立ての良い軍服を着用した男は背筋をぴんと伸ばしている。
「……おや」
「ギュルヴィか」
 マリアは静かに問い掛けた。可能な限り此処での戦闘は避けたい。ギュルヴィ達は精霊との攻防を行って居る最中であったのだろう。
 骨だけになった翼を有した男は鞭を強かに打ち付ける。ぴしりと音を立てたそれは氷の礫を跳ね上げて精霊達が近付くことを阻害した。その前線を屈強な戦士が走る。
 膂力を生かし斧を振り上げる。精霊の氷の礫を弾き落し其の儘地へと誘えば、溶けるようにそれは消えた。
「溶ける、のか」
 呆然と呟いたアーマデルにギュルヴィは「ええ」と頷いた。現時点で此方に仕掛ける気は無さそうだ。弾正は小さく頷いてからブランシュを前へと誘った。ギュルヴィに接触するべく、一度はその身を隠したブランシュは交渉役を買って出た。
「こんにちは、ギュルヴィさん」
「ご機嫌よう、ブランシュさん」
 此方を知っているのかとブランシュは柳の眉を吊り上げた。しつらえの良い服を着た青年は仮面越しでは表情は読めない。不気味な存在ではある。
「……ご存じでしたか」
「ええ、勿論。同志を忘れるわけがございません。ガイアドニスさんもマリアさんもそうでしょう。
 私はそれ程、冷酷な人間ではありませんよ。少なくとも、そう、志を共にする存在を蔑ろにすることなど……」
 妙な言い回しだとマリアは感じた。ガイアドニスは相変わらず微笑みを浮かべて「嬉しいわ、ギュルヴィちゃん」と穏やかに声を掛ける。
「軍人さん達もこんにちは」
 手を振るガイアドニス。この時、彼女が気付いたかは定かではないがリカは「なーるほど」と舌をぺろりと見せた。
 ギュルヴィ達が兵士達と共に活動して居るのは何も彼の心優しさではないだろう。護衛役であれば彼は戦う必要などない。詰まりは、此処でイレギュラーズから交渉の一つでも受けるつもりだったのか。
(こっちが追ってくることを見越してたってんなら、面倒な男ですね)
 何にせよ、交渉のテーブルに無理矢理着かされるような状況下だ。此処で、その座を立つのは思わしくないだろう。
 ブランシュは早速、ギュルヴィの前へと立った。男とブランシュの間には斧を振りかざした男――クロックホルムが立っている。
「……ギュルヴィさん――いえ、同志ギュルヴィ。貴方は革命派なんですよね? だとしたら、今争う必要はありませんね。
 封印が解けてないかなど、この冬やフローズヴィトニルに対応する為に来たんじゃありませんか?
 我々もその一つです。こちらには迷宮の突破に長けたメンバーがいます。
 こんなところで争うより、共に状態を確認して早急に次の対策を練った方が良いんじゃありませんか? ただ、貴方の部下が攻撃してくるなどの場合は例外としますが」
「それは此方こそ同じ言葉をお返ししましょう」
 じろりと睨め付けられたのは鈴音であった。「これは?」と彼等の持ち物である何らかの兵器らしきものへと触ろうとした手をギュルヴィの鞭がはたき落とす。どうやら過ぎた干渉は御法度であるかのようだ。
「……失礼した。この洞窟で会った時点で、目的は互いに『封印の要』だろう。目的地が同じなら共闘するのは悪い話ではない筈だ」
 弾正はあくまでも穏やかに微笑んだ。以前、ギュルヴィの話し相手にもなった弾正は何となく青年を理解出来た気さえしている。
「それにしても驚いた。こんなところで君達に会うとはね。君達の目的は分からないが、我々はここを調査しに来ただけだ。
 争うつもりはないよ。仲良くしろ……なんて言わないけど、利害は一致しているんだし、なんなら一緒に調査しないかい?」
 穏やかに微笑んだマリアはこの機こそが彼等に対する情報収集の良き機会だと認識しているのだ。
(今ここに潜る目的は封印の要なのだろう。問題はそこへ到達してどうするつもりなのかだ。
 ……もしも彼らの目的がそれを手に入れる事であったなら、こちらの目的とは相反するのだろう?)
 アーマデルは心優しき彼を慮りながらも警戒を滲ませていた。弾正の朗らかさが仇とならぬように気を配るのも恋人の勤めだ。
「……というのは建前で、以前ギュルヴィ殿と線香花火をした時は俺の話ばかりしたからな。君の事も知りたい。道中聞かせてくれないか?」
「そうよ、ギュルヴィくん。おはなしにきいたのだけれど、キング・スコルピオくん……のためなのでしょう?」
 ガイアドニスは身を乗り出すように問い掛けた。ギュルヴィはイレギュラーズへの復讐心を滾らせているわけではないだろう。
(スコルピオくんの為にをこそ一番に置いているからかしら。
 スコルピオくんの目指したものってなんだったのかしら。……スコルピオくんって一体どんなヒトだったのかしら)
 スコルピオの名前にギュルヴィの指先がピクリと動いた。仮面越しにもその表情が読み取れてしまいそうな気配がする。
「知らずに憶測するのは失礼だし、土足で踏み込むつもりは無いのだけれど。スコルピオ君の話を聞かせて頂ける?」
 男は「ええ、構いませんよ」と笑った。彼が一番に大切にする赤き星。一等星。その輝きを『認めるもの』を男は無碍にはしないのだ。


 ギュルヴィはラサの出身だという。元は軍師などでは無く、唯の薬師だ。
 非合法な薬品の方が銭になると、商人達の集いでは禁止されているような非合法な薬品ばかりを扱った。
 時に調薬を依頼された薬品は人の命を奪おうとも、銭になるならば構わないとさえして居たのだ。青年も薬師として学んだ。だが、その知識が役に立つ前に一家は離散したという。
 非合法な薬品に手を出した男が錯乱したそうだ。顧客の家族は直ぐさまに販売元である『薬屋』を糾弾し、傭兵を雇って『犯罪者』として薬屋達を捕まえた。男の両親は投獄され、まだ年若かった男は叔母に連れられてネフェルストを後にしたらしい。
 幾許かの薬を売りさばきながら苦しい生活と送っていた男と叔母を拾ったのが『スコルピオ』だ。
 その時、男は薬師を探していた。偶然だ。別にギュルヴィを不憫に思って遣ったわけではないと知っている。

 ――何だ、テメェは薬師か。
 俺の役に立つ気はあるか。ババア諸共付いてこい。

 偶然にも、砂蠍の幹部にけが人がいた。簡単な調薬が出来たことが幸いしてその懐に入り込んでから、男の人生が流転した。
 男は彼に魅せられた。莫迦みたいな理想を、莫迦みたいに追いかけるその人が眩かった。
 諦めばかりだった人生に輝きをくれた。

 ――俺は王(キング)だ。

 ガキ臭い理想を宿した男に本当の王冠を与えたくなったのは何時のことだったか忘れてしまった。
 ギュルヴィは、そう呼ばれていた男は『彼のための王国』を唯、再現したかっただけなのだ。

 多くは語るまいとしていた男の唇はするすると動いた。やけに流暢に話した彼にジルーシャは曖昧な表情を浮かべる。
(……見るからに怪しいけれど、今は戦っている場合じゃないわ。それに、ここまで話した理由は何かしら)
 同情を誘っているのか、それとも単純にガイアドニスのリクエストに応えただけなのか。
「信用できません」
 リカは言った。背後から付いていく事に決めたのは後ろから刺されては困るからだ。共闘すると潔く決定したギュルヴィへの不信感は未だ未だ拭えない。
 本音は監視だ。封印の中身を持ち帰られては犠牲が大きい。何もしければリカとて何もしない。
 ラドバウの観客の命を脅かす事が一番に許せないのだと静かに息を吐いた。
「しかし、貴方方はどうして私達と協力しようと?」
 リカの問い掛けにクロックホルムは「ギュルヴィ様の命だ」と外方を向いた。
 リカは思い出す。仲間達との話し合いを思い出す度にどうにも胃の辺りがむかつくのだ。

 ――魔種と手を組めと? 莫迦な真似を……。
 奴らの目的はなんです? なぜ味方のふりをするのです? 不信感を生んで私達の仲間割れを狙うつもりですか?
 ……理解できません。魔種を生かせば破滅が近づくかもしれぬと言うのに。

 その認識は緩まぬままである。リカとは対照的に「魔種だからって差別してません。分かり合えないなら戦うだけですもの」とフルールは朗らかに言って居た。
 精霊を燃やしたら溶けてしまうことが分かって居るのだから、さっさと突破してしまいたいものである。
「命令なら従うって、確りとした主従関係が出来ているのですね」
「勿論」
 クロックホルムはフルールに頷いた。切れ長の瞳が彼女を一瞥してから、足元に落とされる。何かを隠している気配もなければ、当たり前のように道を行くだけである。
「一応確認するんですけど、あなた達の部下も革命派という事で良いんですかね?」
「此処に来ている者は革命派にご厄介になっているものですよ。革命派については聞き及んでいるかと思いますが、我々がいるからこそ派閥としての力を有しているに過ぎないのです」
 ブランシュは唇を噛んだ。クラースナヤ・ズヴェズダーは嘗ての騒動で弱体化したという。故に、アミナという幼い少女を柱に立てて弱者救済を掲げたが他派閥に吸収されては活動が阻害される。
 そうした時に協力を申し入れたのが新皇帝派にも位置する軍人集団アラクランだ。
「聞きたかったのですけれど、どうして革命派に?」
「私は別にバルナバス帝の味方というわけでは有りませんよ。ただ、革命派の新年に同調しただけに過ぎない。
 この『政治体勢を打開し、新たな平等社会を作り出す』為に、急進的に国を打倒することが貴方方の目的でしょう。お忘れというわけではあるまい?」
 ブランシュは確かにそうだと頷いた。弱者救済とは聞こえは良いがクラースナヤ・ズヴェズダーの急進派(現在の革命派だ)の目的は帝政の打破、詰まりは国家の打倒を行なう事による平等社会の実現だ。
「うーん? 正直、君の目的が未だに分からない。かなり思い入れがあるからこそ、ここまで行動できるのだと思うのだけど。
 君にはどんな理想があるんだい?例え相容れないとしても、信念のある人物と言葉を交わすのは楽しい物さ。是非聞いてみたいね」
「理想ですか。簡単なことですよ。
 私は亡き我が王のための国を作りたい――それだけではありませんか」
 堂々たる言葉にマリアはぱちりと瞬いた。ギュルヴィはこの国を盗りたいという事か。故に、一番都合の良い革命派に身を寄せたと。
「私と貴方方は同罪。詰まりは共犯者ではありませんか。だと言うのに種だけで差別を?」
 ぎ、と奥歯を噛み締めたリカが夢幻の魔剣に手を添えて――
「……リカさん。ステイ。剣を抜いたら全部お釈迦なので」
「…ここで戦わないのはあくまで戦力を温存する為です。少しでも妙な真似をしたら私一人でも剣を抜きますからね。精々気付かれぬ様にするんですね」
 ブランシュは首を振った。彼女がそうしたくなる理由も良く分かるからだ。
 マリアは穏やかな空気を宿しているギュルヴィをまじまじと眺めていた。
 バルナバスに興味はなく、革命派だと名乗る。彼は蝙蝠だ。『何方が勝利しても構わない』のだ。
 だからこそ、両者を足場にし得る事が出来るであろう利益のために動いているのか。
(……成程ね、彼は『自分たちがフローズヴィトニルの封印を破ったって此方に影響はない』と思わせたいのか)
 胡散臭くてそうは行かないとマリアは肩を竦めた。弾正とて困ったように肩を竦める。相手が魔種であることを識っているからこそ、封印は破らせるわけには行かないのだ。


「何だか変ね。さっきの氷の精霊たちが封印の要を守っているなら、最奥でもっと襲ってきてもおかしくないのに……どうしてかしら」
 右目がじりじりと傷んだ。最奥と言わしめる場所に辿り着いていないというのに何か理解不能な存在が覗いた気がしてジルーシャは呻く。
(そうだ……ここまで共に『友人面』をしてやってきたが、違和感はあった。
 道中に襲われることがあれど、奴らは我々との動向を快く引き受けた。だが、利害が一致するわけがない)
 アーマデルはじろりとギュルヴィを見詰める。
 彼の目的がフローズヴィトニルの奪取であったならば、イレギュラーズと袂を分かつのは解りきっていたではないか。
「フローズヴィトニルの封印の要というのはここか? ……違和感があるけれど、何か知っている?」
 鈴音の問い掛けにギュルヴィは何も答えない。破壊されているわけではないのかも知れない――だが、何らかの違和感を禁じ得ない。
 まるで『要を破壊した跡に、そうは見えないような細工が施された後』で有るかのような光景だ。
「さっき運んでいたのは?」
 鈴音はもう一度問い掛ける。ギュルヴィはにんまりと微笑んだままだ。
「貢ぎ物ですよ」
 ギュルヴィの言葉と共にクロックホルムは何らかの祭具を置いた。それは嘗ては血潮の儀と呼ばれた『古代兵器』にも似ている。
「何に使うつもりか教えて貰っても?」
 鈴音がじり、と後退した。封印は血か、命か、それに関する犠牲が必要なのか。それとも――
「合意は完全に履行されるべきだ。……さもなくば」
「さもなくば? 我々を倒すとでも?」
 ギュルヴィの指がぱちりと鳴った。武器を構えた軍人達がイレギュラーズを睨め付ける。
 撤退経路はブリジット・コルデーに任せてあるがこの状況を切り抜けるにはどの様に動くべきかと鈴音の頭がフル回転する。
「それは其方が先に手出しをするという事なのでは?」
 ゆらゆらと冷気が立ち上った気がしてブランシュは「何を」と呻いた。封印は小さなものに見えていたが、違う。
 少し浮き上がれば分かった。封印の陣は巨大だ。地下の通路全てを使って大がかりに分かたれたフローズヴィトニルを封じ込めているようでもある。
「……敢て、言わせて貰いますがあなた方の目的が封印の破壊の場合は、革命派に限らず全イレギュラーズが『ギュルヴィ討つべし』の大義を持つ事になる事もお忘れなく。封印をどうするかについては、後日ギア・バジリカでお話しましょう。革命派としてね」
「可笑しな事をおっしゃいますね、同志ブランシュ。
 そもそもにおいて貴方方は魔種であれば滅するべきだと考えているではありませんか?
 一枚岩ではないというのはこの場でも良く分かっているでしょう。私を殺そうとする者、私を拒絶しない者。相反するものが此処に居る」
 ギュルヴィがリカとフルールを見た。この交渉は通じないのかとブランシュは男を見詰める。
「そも――何が悪いのですか。フローズヴィトニルの巨大な力を手にすれば 革命派が戦力を増加させたも同じ。
 この寒波とて、自然淘汰の一環ではありませんか。届く範囲の者達を救い、相手方にも打撃を与える。
 唯の人命を失うだけではない。相手の戦力を削る事にも繋がっているのです。必要不可欠な犠牲を厭うては何も得られませんでしょうに」
 ギュルヴィは唇を吊り上げた。ああ、何を云っても通じない。
 彼が『革命派』であるならば、その影響は新皇帝派との戦闘にも使われるかも知れないが――危険だ、とブランシュは感じた。
『おばあちゃん』、否、ブリギットも同じ事を言っていた。犠牲はつきものだ、と。全員を救うことが出来ない事くらい知っている、と。
 その思想がギュルヴィと同じだというならば、この寒波で淘汰された者達は何れは土を肥やし、未来が為にせよというのか。
「とんだ愚帝ね」
 思わず呟くジルーシャへギュルヴィは「賢王の傍に居るべきなのは斯うした何も厭わぬ汚れ役なのですよ」と笑った。
 男は、王になるつもりがない――男は、ただ『あの人のための国』という土台が欲しいだけ。
「さあ、どうしましょうか」
 ギュルヴィの脚が封印へと向けて進む。
「封印は破らせない……!」
 マリアの雷がばちりと音を立てた。彼女は理解している。本格的な戦闘は想定外、足並みが揃っていない。
 分が悪いのはどちらかと言えば、戦闘を見越して居るであろう彼等ではなく『調査』に赴いたイレギュラーズだ。騒ぎで援軍が駆け付ける可能性とてある。
「いいえ、その言葉にはお返事出来かねる」
「ならば、悪いが極天式の試運転に付き合ってもらう!」
 地を蹴ったマリアは異能物質化武装『雷装深紅』の最終段階に至った紅雷をその指先へと溜め込んだ。
 放つ。電磁投射砲(レールガン)。
 緋色の雷光を受け止めたのはギュルヴィではなくクロックホルム。
「ギュルヴィ様」
「……ああ、其方が先に手を出すのならば」
 構えた弾正は奥歯を噛み締めた。ガイアドニスが「皆を護らなくっちゃ!」と声を弾ませる。
 凍て付く気配が頬を撫で付け、ジルーシャは「さ、寒い」と思わず呟いた。
「そうか――!」
 マリアの周囲に走った雷が静まった。睨め付けた眸に応えるようにギュルヴィが顔を上げる。
 ペストマスクをとった彼の眸は片方を失い、延々と血の涙が流れ続けている。傷がなければ美しいその顔も、それ一つで台無しだ。
 男は唇を釣り上げてマリアを、アーマデルを見ている。
「……どういうことだ」
 幻術の類いか。それとも。何かしらを彼が使ったとでも言うのかとアーマデルは身構えた。酒蔵の聖女が帰還するべきだと警鐘を鳴らしている。
 完璧を求める男の不均衡を作り出したイレギュラーズ。男はイレギュラーズを恨んでいないわけではない。
 だが、それ以上に目的があっただけなのだろう。此度の目的は――
「『フローズヴィトニルはもう封印が解かれていた』のか……!」
 マリアが撤退を促せば汰磨羈は唇を噛んだ。エリス・マスカレイドは何と云っていただろうか。
 そう、そうだ。

 ――封印が解けていなければ何も危険はない。

 リカとて「何もないわけがないだろう」と呟いていたではないか。その時点で気付くべきだったのか、それとも。
 男の背後に凍て付く獣の姿が見えた。だが、それが不完全体である事にフルールやジルーシャは気付く。
 精霊と呼応するものは、その不完全さを歪そのものだと感じることだろう。
「……御主が真に革命派であるのならば、鉄帝を滅亡に追いやるような真似はしない筈。真にそうである事を祈らせて貰う」
「ええ、ですから『情報を与えて差し上げた』のでは?
 私は何方にも所属していますからね。勿論、新皇帝――いいえ、軍部にもこの情報は流しましたよ」
 汰磨羈へとギュルヴィは首を傾げるような仕草を見せてから笑った。
「私も、革命派ですから。皆さんへとお教えしようとここまで至ったわけです。」
 男が解いた封印が漏れ出すように全土へと溢れ出した。リカは「最悪」と呟いた。そうだ、考えればブランデン=グラードの地下にも彼等は先んじて入り込んでいた。
 その時点からフローズヴィトニルの探索を行って居たのか。この獣が『漏れ出した』理由が目の前の男だとすれば。
「今戦うのは最善の策ではなかろう」
 汰磨羈の言うとおりだ。リカが唇を噛み締め「覚悟なさい」と睨め付ける。
 一行は駆けた。この場で得た情報を直ぐにでも伝達せねばならない。

 ――フローズヴィトニルの封印は全土に存在している。
   フローズヴィトニルの封印を解く事でその力を断片ずつ得る事が出来る。
   だが、フローズヴィトニルの封印の要はギュルヴィの手に落ちている――

 凍精の息吹が背を押した。礫が降り注ぎ、肌を裂く。
 直ぐにでも、他の場所の封印を護らねばならない。いっそ、『要』以外の全てのコントロールをイレギュラーズが得るべきなのだ。
 この場の誰もが想像しただろう。
 様子を見てきて欲しい、などと言った彼女。何事かを知ったような風であったエリス・マスカレイド。
 その彼女ならば『フローズヴィトニルの再度の封印』と『制御』が出来るかも知れない、と。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加ありがとうございました。
この先、どうなっているのでしょう……。

PAGETOPPAGEBOTTOM