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シナリオ詳細

<大乱のヴィルベルヴィント>バルナバス・スティージレッド

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『最悪』のブランデン=グラード
「おいおい、冗談だろ?」
 滅茶苦茶な破壊の爪痕の中心地でその男は嗤っていた。
 鎧袖一触という言葉さえ生温く。まるで冗句のような気軽さで地獄を作り出した彼は心底失望したように告げたのだ。
「全く――梟野郎に乗せられて来てやれば。
 何だよ、この有様は。テメェ等は『鉄帝国に冠する闘士様』じゃあねえのかよ。
 そっちもそっちだ。それでも『最凶の死刑囚』かよ?
 それとも何かい。勇ましい呼び名も、悍ましい呼び名も。
 やっぱり温いお飯事か何かだったのかい?」
 帝都中央駅ブランデン=グラード。
 スチールグラードの中心地であり、交通物流双方の重要施設である。
 一連の作戦の流れの中で、近隣を勢力圏とするラド・バウ独立派が新皇帝派からこの拠点をの奪還を試みたのは極自然な流れだったと言える。拠点を守るのは新皇帝派であり、攻略するべきは彼等だった。そして解き放たれ、まさに各地に混乱を撒き散らす囚人達が高額の懸賞の掛けられた彼等の首を狙い集結する事も等しく想定の範囲内だった筈だ。
「何故……」
 唯一つの、そして致命的なまでの想定外は――
「何故お前がここに居る!? 『新皇帝』ッ!」
 ――予期されていた遭遇戦に参戦したのがバルナバス・スティージレッドだった事だけだ。
「何故もどうしてもあるか。居ちゃ悪いかよ。『ここは俺の国』だぜ?」
 せせら笑うバルナバスに闘士は思わず臍を噛んだ。
 思えば可笑しな展開だったのだ。ブランデン=グラードのような重要拠点にも関わらず、予想されていた三つ巴の一角――新皇帝派の戦力は極めて薄く。ラド・バウ派が主に競り合うのは囚人達の部隊となっていた。新皇帝派がこれを予期していたのならば話は頷けようというものだ。『要するに彼等は不要だっただけなのだから』。
「新皇帝? ハハ、じゃあ恩人じゃねーか」
 囚人のリーダー格が軽く笑った。
 一瞬、結託かと身構えた闘士達だったがそれはすぐに杞憂に終わると理解する事になる。
「『じゃあ、アンタを倒せば今度は俺が皇帝って訳だな?』」
 鉄帝国が如き国体で社会から弾かれた連中が出す結論としては余りにも知れていて、短絡的で、同時に納得のいくものだったのだろう。バルナバスは上機嫌に「かかって来な、全員で」と笑っていた。
 敵の敵は味方足り得ず。先の一瞬で双方の部隊は甚大な被害を受けていた。禍々しく赤いオーラを立ち昇らせる『それ』はまさに別格で、しかし戦いと暴力を生業にしてきた者達はこの場を退ける程温くはない。
(……いや)
 闘士の一人はそこまで考えてこの状況を否定した。
 それは、違う。逃げ出したい。逃げ出したいのだ。しかし。
(『逃げられる気がしないだけだ』)
 ……そう。戦いなる自由で気高い選択肢は、その実消去法から強いられた選択に過ぎない。
 恐れで竦み、動けなくなればいっその事幸福だっただろうに。
 彼我の実力差を理解出来ない程に鈍感ならば少なくとも不幸ではなかっただろうに――
 約束された最悪の虐殺に一石を投じる事が出来るとするのなら、それは特別な連中だけだ。
 運命に愛された者、決められた宿命を覆す者、可能性の獣。そう、あの連中のような者だけで……
「まあいいわ、速やかに死ね」
 獰猛に膂力を爆発させたバルナバスに彼が覚悟を決めた時、朗々とその声は響いていた。

 ――さあ、俺様の好きにしな!

「……何だ、何だ!」
 目を見開いて愉快気に歯を向いたバルナバスが自身を正面から食い止めた輝く鎖に歓喜の声を上げていた。
「珍しい手品じゃねーか。他にはねぇのか?」
 鎖が引きちぎられたのは一瞬だったが、足を止めたバルナバスは『新手』に強い興味を示している。
「安心しろよ。種はまだざっと七十一は残ってる。
 それにしても、こりゃあ実に素敵な大当たりだな。成る程、俺様はツイてるぜ!」
 バルナバスの視線の先には新手――『金髪赤目』の魔術師の姿が在る。キール・エイラットなるその男は自身と同じ顔をしたバルナバスに「気が合いそうだ」と親しみすら込めた口調で語りかける。
「なあ、オマエ達もそう思うだろ?」
 視線もやらずに水を向けてきたキールに急行して来たイレギュラーズは苦笑した。

 ――どうあれ、当たりだ。だが、幸運とは程遠い。

 そんな常識はきっとこんな連中には通用しないのだろうけど!

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 書く心算無かったのですが予定を変更しまして……
 以下詳細。

●依頼達成条件
・バルナバス・スティージレッドを食い止め、被害を軽減する事
 あわよくば彼を撃退する事。ないしは帰還させる事。

※被害カウントされるのはラド・バウ独立派の部隊とイレギュラーズ自身、中央駅自体です。
 敵である新皇帝派(少数)、囚人、立ち位置不明なキール・エイラットは含みません。

●ブランデン=グラード
 帝都中央駅。交通と物流の中心地。軍事的に高い価値を持ちます。
 新皇帝派が占拠している事から、今回ラド・バウ独立派が解放戦を仕掛けています。
 現在の戦闘ロケーションは広大な地下施設で十分なスペースがあります。(超広い地下鉄通路みたいなものをイメージして下さい)
 ラド・バウ独立派は拠点を守る新皇帝派(何故か少数でした)と状況を荒らす囚人部隊との遭遇戦を開始していましたが……

●バルナバス・スティージレッド
 ゼシュテル新皇帝。
『煉獄篇第三冠憤怒』バルナバス・スティージレッド。
 七罪と呼ばれる原初の魔種と称されますが、PCさんは『新皇帝』としか知らないかも。
 人によっては『<ジーニアス・ゲイム>あの蠍座のように』で目撃している場合も。
 その場合は彼の正体を確信しても良い筈です。(目撃経験が無くても察する事は自由です)
 メタ的情報になりますが本人曰く「七罪でも最強」なる自負があるようで、その破壊力と戦闘力は異常の一言です。
 能力等一切不明ですが、能力を必要とするレベルですらない暴力装置である事は確実です。

●キール・エイラット
 友軍?
 金色の野獣とも。『<Gear Basilica>金色異聞』で登場した謎の魔術師。
 比較的気のいい所があり、他者に対して友好的です。しかし、まぁ素直にいい人である訳もなく……
 極まったバトルマニアで戦う事、強くなる事を渇望するハイパー脳筋です。
 <大乱のヴィルベルヴィント>では主に名のある囚人狩りをする心算だったようですが、バルナバスと遭遇した幸運に歓喜しています。イレギュラーズの事は『熟成肉(中)』か何かと思っているようで、割と好きなようです。
『さあ、俺様の好きにしな!』なる詠唱から正体不明の魔術を操ります。
 その実態は遺失系魔術と予測される為、埒外の奇跡を引き起こす事もしばしばです。
 目が青い時は鎮静中、目が赤い時は超危険です。

●ラド・バウ独立派
 友軍。イレギュラーズが支援を期していたブランデン=グラード攻略部隊です。
 闘士を中心に凡そ五十程度の精鋭が編成されていましたが、バルナバスの一撃で四割程が『消し飛び』ました。
 これまでの戦いでの消耗もあり、イレギュラーズ(とキール)の到着がもう少し遅かったら早晩の全滅は免れなかったでしょう。

●囚人部隊
 懸賞金の掛けられた首を狙って蠢く問題児達。
 数はラド・バウ派より少し多いようですが、バルナバスの一撃で受けた被害は比較的小さいです。
 敵の敵は敵。味方ではありません。

●新皇帝派
 比較的少数の部隊で残存戦力は二十以下のようです。
 バルナバスの到着に沸いています。敵。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●シナリオの値上げについて
 本シナリオでは参加費用が通常時よりも値上げされております。
 参加費用の上昇に伴う獲得経験値・GOLDの比率は50RCごとに3割増となります。
 例:100RC上昇している場合「基礎経験値(基礎GOLD)」×3割増×2倍=6割増

●サポートについて
 本作のサポート機能は報酬が担保されています。
 本件は『いい感じのプレイングがあった場合のみ描写』となりますので予めご了承の上、ご利用下さい。

 Nightmareに安定した攻略筋は存在しません。
 無理無茶無体な状況に対して『成功云々以前に何が出来るか』。
『何をしたら後を含めいい感じになるか』を考える必要があります。
 以上、宜しくご参加下さいませ。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <大乱のヴィルベルヴィント>バルナバス・スティージレッドLv:70以上、名声:鉄帝50以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度NIGHTMARE
  • 冒険終了日時2022年12月10日 22時56分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費250RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC32人)参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手

リプレイ

●Battle I
「お初にお目に掛かります。皇帝陛下」
 奇妙な程静かな『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の声は、その実、毛の先程も響きの通りの意味を持ってはいなかった。
「本日はお日柄も良いようで、御機嫌も大層麗しゅう」
 言葉は彼女の幼い美貌よりもずっと硬質で、慇懃無礼で。
 何時も通りと言えば何時も通りではあったが、彼女はひた隠しにする熱を抑える事は出来ていなかった。
「あん? 妙に突っかかる気配がするな?
 ……ははん。お嬢ちゃん、ヴェルスの『知り合い』か。それはそれは。
 退屈極まりねぇ『掃除』かと思ったら、面白くなってきたじゃねぇか?」
 せせら笑うバルナバスはエッダの内心を知ってか知らずか実に愉快そうにそう言った。
 帝都中央駅ブランデン=グラードに集結した戦力は文字通りの『イレギュラー』を含めれば四種にも及ぶ。
 一つ目はバルナバス自身を含む所謂『新皇帝派』。元々ブランデン=グラードを抑えていた防衛側戦力だ。
 二つ目はこれを奪還せんと試みたラド=バウ派の戦士達。
 三つ目は先の『勅命』で開放され、好き放題に暴れ回る囚人戦力。
 最後が今ここに駆け付けたイレギュラーズともう一人――
「最後までへらへらさせてちゃ、名折れだよな。な、ローレット!」
 ――そんな風にイレギュラーズに呼び掛けてきた金髪の魔術師『キール・エイラット』を加えたイレギュラーズの一団だった。
「キール氏はご無沙汰して……あの時はR.O.O世界での邂逅でしたが、また随分と強くなられたみたいで」
「生きがいなんでね」
「……正直、もう何て言うかびっくりですが。
 しかし、我々だってただ安穏と日々を過ごして来た訳では無いのです。
 あれから少し経ちますが、私達も故郷に巣食った病理の猫も、幻想の不愉快な鴉も退けてきたのです。
 非才の身では力の差は開く一方、かも知れませんが……それでも貴方に遅れを取るつもりは無いのですよ!」
「あー、知ってる。知ってる。『視てた』からな。
 ……いや、まぁ猫は知らねーけど。まさか鴉殿をどうにかするとは思ってなかったぜ。
 ビフロンスが大喜びしちゃってまあ! ああ、まあそんな事はいいんだが」
 言葉は不親切で自分勝手。深掘りすると知りたくない事実を覗き込んでしまいそうな深淵を帯びている。
「ま、俺様程じゃあないが、オマエ達もそれなりいい線やってきたんじゃねーの?
『だから、期待してるぜ』」
 されど『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の言葉に応じる彼の調子はまるで長年の友人のように気楽で気安い。
「落ち着きの無いお前を追いかけてみりゃあ……随分なこった。
 こりゃ大当たりじゃねぇか。勿論、碌でもねぇ方のな」
「ごめんって」
 嘯いた『天駆ける神算鬼謀』天之空・ミーナ(p3p005003)に『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が舌を出した。
「あー、いーよ。慣れてるから。
 面倒事は嫌いなんだが、敢えて言うなら『神は死を遠ざける』ってな。
 だからお守り代わりにもやっぱりお前、ついてるよ」
「ありがと。そう言ってくれると気が休まる。
 でも、実際の所、何人かは――少なくとも私は『初めまして』じゃあ無いのよね」
「俺はアンタなんて覚えちゃ居ないが」
「砂蠍の時に、ね。我ながら最悪の因果だと思うけど」
「新皇帝、バルナバス・スティージレッド……砂蠍との戦場で見た覚えのある顔、だ」
 にべもないバルナバスの言葉にイーリンと『矜持の星』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が口を揃えた。
「……………チッ……!」
 一方の『リローテッド・マグナム』郷田 貴道(p3p000401)はこの上無く不愉快そうに厳めしい顔で苦虫を噛み潰している。
「バルナバス・スティージレッド!
 テメェは俺のことなんざ覚えちゃいないだろうがなぁ?
 俺ぁ一回たりとも、一秒たりとも……忘れちゃいねえんだよ!」
 彼とイレギュラーズが『ニアミス』したのは数年前に起きた幻想蜂起での一件だった。
 当然ながら当時は刃を交わすには到らなかったのだが、目の前の男はキング・スコルピオとの最終局面で『水を差した』男である。
「『借りが返せると思うと嬉しいぜ』」
 目の前で誇り高い戦いに傷をつけられた貴道にとっては言いたい事の山ほどある顔であった。
「この旋律……初めて会うのに、何処か聴いた事がある。
 周囲の音色を搔き消すほどの、圧倒的な……嫌な答え合わせよね。『経験があるって事は』」
『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)が何とも言えない苦笑をした。
 ベアトリーチェ、アルバニア、ベルゼー、カロン……
 直接相対したものも、そうでないものも含めリアを含むイレギュラーズは『特別』に出会い過ぎた。
 取り分け、相手の性質を聞き分ける類の能力(クオリア)を持つ彼女には確信以外は無かっただろう。
「やはり冠位、か。掲げているのは、傲慢か憤怒、か?
 半裸の男の色欲だけは、勘弁願いたい、所だが――」
 エクスマリアの『答え合わせ』にバルナバスはひょいと肩を竦めた。
 隠す心算も無いようで、同時に意味さえ感じていないようにも見えた。
 実際の所、ラド=バウ派の連中はどよめいたが、新皇帝派は『どうでもいい』ようで、囚人達にも『関係の無い』事である。
 より純粋な力の信望者と元より秩序に従う気のない獣共には魔種かどうか等に意味は無いという事だ。
「バルナバス・スティージレッド……
 あのヴェルスさんをどうにかして新皇帝についた方、なのよね」
 少なからぬ興味を隠し切れないエルスのその一言にもエッダの表情が僅かに翳った。
(……改めて問わずとも、何者かなど、とうに知れていた。
 あの方が不覚を取るなど、それの他を於いてあるものか。
 七冠の一座。格の釣合いは、まあ、取れているのだろうな)
 エッダは、事これに到れば確信する他は無かった。
 愉快気に視線を投げてきた目の前の男が――バルナバス・スティージレッドが『先帝』を下したというのなら。
(嗚呼、結局は――『ルール等、どうでも良いのだ、私は』)
 事これに到れば認める他は無いのだ。
 エッダ・フロールリジはかの人以外を皇帝と認める心算は無いのだから、幾多の言葉は胡乱な詭弁に過ぎないのだから!
 ともあれ、状況は煮詰まり続けている。
「こんな短期間で複数の遺失級魔術師に怪物に!
 次々出会えるとは、俺の運も捨てたものではないな!」
「いい趣味してんな、オマエも。そろそろ、始めるぜ。お喋りも一杯かな?」
 歓喜の声を上げた錬にキールは人の事を言えない感想を零していた。
 突然現れた新手に様子を伺う調子だった囚人達、新皇帝派がキールの言う通り動きを見せ始めていた。
「やれやれ、火事と喧嘩は男の花だと言う馬鹿野郎共は豊穣にもいますがここは特にひどいですね?」
 繁茂が溜息を吐いた。
 連中は『良く待ってくれた方』だがそれもここまでという事になろう。
「よもや、ここで新皇帝様がお出ましとはな。
 もう少し、お膳立てが揃ってからになると思っていたが……さては御主、我慢強さに関しては七罪でも最弱か?」
 バルナバスは「俺は最強だけどな」と汰磨羈の揶揄を鼻で笑う。
「そーでしょうよ! コレ、もう災害でしょうよ!
 ……ちょっとこの程度の人数じゃ勝てる気がしないってのが大概だ!」
「まさに地獄よね。
 ええ、ここに別に誰か大切な人がいるってわけじゃないわよ、でも知った顔が減るのは大損ですもの。
 第一ラドバウ派なのよね私、ここ壊されるわけにはいかないじゃない」
 苦笑したイグナートやリカの見立ては成る程、正鵠を射抜いているように思われた。
 彼等はこと戦うにかけて一流だから良く分かるのだ。
 実力が余りに遠ければ本質は見えてこないものだが、そんな前提を吹き飛ばすような理不尽も世の中には確かある。
「バルナバス……冠位魔種! ラド=バウの皆が、あんなに簡単に……
 でも、もうこれ以上やらせるわけにはいかないから!」
「確かに、これは嵐を人の身で食い止めるようなものかも知れません。
 貴方からすればただの遊びかも知れませんの――ですが、今日は確実に付き合って貰いますの!
 この国で『皇帝』を名乗るなら、挑戦から逃げる事は有り得ませんの!」
「ボクは鉄星会談でヴェルスに約束したからね。鉄帝がピンチの時はいつでも駆けつけるよって」
「自己紹介な! あたしは長谷部朋子、イレギュラーズだ! これからアンタの戦いを邪魔させてもらう!!
 まぁ、個人なんて眼中にないだろうけど、思う存分殴らせてもらうし、とことん邪魔して気を散らしてあげるから覚悟しな!」
 焔、ノリアとセララ、更にはもっと勇壮に言った朋子の言葉にバルナバスは「分かってるって」と破願した。
「付き合わない訳ねぇだろうがよ。楽しみの為に出張って来て――こうしてお膳が整ったんだぜ。
 俺ぁな。どうでもいいんだ。『新皇帝派』も『犯罪者』も。勿論、お前達もな。
 この国のルールは分かり易くていい。文句があるなら倒せば済むんだから簡単だろう?」
 彼女等だけではなくイレギュラーズは既にこの状況に各自が動き出していた。
「正直、わけがわかりません。此の死地を前にして、ツイてるなどとは……」
 つい思わず、といった調子でアッシュがぼやいた。
「……ったく、忙しすぎんだろ俺。命がいくらあっても足りねえよマジで!」
「全員とラドバウが帰る為には……芸だな。芸は身を助くというからな」
「こんな状況だからこそ、一人でも死者を減らす……!」
「やべぇ奴の相手は勘弁なんだがよ。力こそ正義っつー奴は、俺ァ嫌いなんでね」
 サンディや鈴音、ウェール、ルナといった面々は依然意気軒昂なるままながら、死傷者の少なくないラド=バウ派の友軍を救出する構えを見せていた。
「相手が何者であろうとも――
 自分の成すべきことを……命を救うために出来ることをするのみであります……!」
 決意を滲ませるのはムサシであり、
「そう言えるか自信はないけど――『助けに来たわよ』」
 イーリンやミーナという友人が死地にあるなら是非も無し。
 レイリーは防衛者であると同時に『駅そのもの』の構造物の保護にも注意を向けている。
「戦闘に巻き込まれて救えるもの救えなくなったら、そりゃあね」
「怖くても、ここで頑張らないと……っ……!」
「微力であろうともここに立つ意味があるとするならば、それは」
 ラムダや祝音、グリーフといった面々も誰かを癒し、或いは救う覚悟を決めていた。
「ごちゃごちゃと数が沸いてきやがったな――」
 リーダー格の「かかれ」の合図と共に囚人達が動きを見せた。
 イレギュラーズがラド=バウ派の味方である事は明白だった以上、彼等の敵である事も間違いはないといった所か。
 未知数のバルナバスを含む新皇帝派より、弱ったラド=バウ派の方が狙い目と考えたか襲い掛かって来る彼等をイレギュラーズは迎撃した。
「聞け! 我々の生は、死中の先に在り! 英霊の、輩の想いを拳に乗せ、進めッ!!!」
 一方で傷付いた闘士達も『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)の呼びかけに応じるかのように残った力を振り絞る。
(怖い、怖い! けど……ここで退いたら死んでも後悔する、だから背中を見せられない!)
 英雄ではない。聖女でもない。それでも劇作家としては『自負』があった。
 奮い立て、僅かな好機を見極めよ。
 数と数の戦いは乱戦めいたものになろうが、少なくとも問題を切り分けない事にはこの難局は乗り切れない。
『主力がバルナバスだけを相手に出来るのはこの状況に対しての最低限に他ならない』!
 果たして――アリアの想いは力を貸すイレギュラーズにとっても同じだったのだろう。
「力を持たない人たちを傷つけるお前のやり方を、私は許さない。
 お前達の目的が何だろうと、どんなに強かろうと――必ず打ち砕く!」
「少なくとも横槍は入れさせない」とオニキスの苛烈な砲撃が先頭に立った囚人を吹き飛ばした。
「頑張って! まだやれる筈だから……
『アナタの勇姿、ワタシが見てるよ……!』」
 闘士ならば『観客』の声援は力になろう、とフラーゴラが鉄火場に僅かに冗句めいた。
「おい、皇帝陛下。アンタに文句がある。僕の賞金額についてだ。
 97万で足りるかよ。アンタの管轄外かもしれないが――この後は最低1000万まで上げろよな!」
「――鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。此度もまた、義によって助太刀する!」
『何時もの口上は今日も凛として』。
 解が嘯いてみせ、オニキスが見だした敵陣にエーレンが一気に斬り込んだ。
(嗚呼、何とも。何とも『平常運転』だ)
 黒子は笑む事さえなく、ただ現状をそう評価した。
 熱情からは程遠い身の上だ。だからこそ実に冷静に彼はこの場に立っている。
「動機はどうあれ、『特定個人に負荷がかかる』という状況で何もしない、は気分的に不都合でね。
『今までは彼らに助けられたのだ。故に今度は彼らを助けるのだ』」
「エッダ氏……頼みまスよ。アンタに死なれたら……
 ……………鉄帝陸軍大混乱でスからね……?」
「――は! 言われなくても!」
 言い訳めいた美咲の言葉にエッダは当然とばかりに頷く。
 軍人的にも乙女的にも、こんな所で死んで何の花実が咲くものか!

●Batlle II
「全くやかましい事この上ねぇな。雑魚が群れて邪魔しやがってよ」
 短い均衡を破ったのは囚人達だけではなかった。
 バルナバス自身も地を蹴ってラド=バウ派目掛けて動き出したのだ。
 この上の乱戦は最悪だ。どう足掻いても多数の死人は否めない。
「へっ、チンケな小悪党がキャンキャン吠えやがる。
 この最強の山賊、大悪党グドルフサマがわざわざ出向いてやったんだ。泣いて拝んで喜びやがれ!」
 グドルフの口汚い罵り文句が何より頼もしい事を多くのイレギュラーズは知っていた。
 状況を上手くケアし、囚人達を引き受けたイレギュラーズの存在もあってか、バルナバスを迎撃する『軸』が別となったのは幸いだった。
「まぁ、そこはてめぇ等の気の利き方に感謝してやるよ!」
 赤くオーラを纏い弾丸のように突っ込んでくるバルナバスはイレギュラーズ、或いは闘士達から迎撃の攻勢を受けるも構わない。
「気ぃつけな! 考えるより『三周広く』だ!」
 大きく飛び下がったキールの警告を受け、イレギュラーズは散開した。
 繰り出され、避けたキールの先に叩きつけられた冠位の暴威が衝撃波のように辺りを走り破壊のエネルギーを撒き散らす。
 単純暴力の産み出した『クレーター』は残骸を巻き上げ、頑強極まる鉄帝国の地下建造物に蜘蛛の巣のようなひび割れを刻んでいた。
 初対戦の割にはその暴威をかなり見切っていた辺り、キールの『審美眼』は成る程、鋭い。
『すんで』で避けよう等と考えていたら先の闘士のような目にあっていた可能性もかなり高かろう。
「破壊の規模が……結界でも足りない感じ……?」
「冠位怠惰(カロン)が猫じゃなくても可愛く思えてきたんだけど……!」
 ヨゾラの言葉にゼファーが苦笑いを浮かべる。
「どうにも、予想を超えた最悪越えの最悪な状況確定ね。
 ……この圧、此れまでに感じた中で一、二位を争う感じだわ」
『今の所は』バルナバスは大魔種を大魔種たらしめる『権能』らしきものを見せていない。
 しかしながらゼファーの言う通り、或る意味でそれは僥倖であり、或る意味でそれは最悪だった。
 一攻防でハッキリしたのは『バルナバスは無敵ではないにせよ、生半可な攻撃等無いもののように受け止めた事』。そして『当たればどころか掠れば致命傷の一撃を大雑把に繰り出した事』である。性格を見ても小狡い権能を好んで使うタイプには見えないが、彼の言を信じるならば『自身は最強』であるという。それは取りも直さず……
(……権能何てなくても一番強いって絶対の自信の表れなのよねぇ!)
 ゼファーはその想像が外れて欲しいが、嫌な予感がきっと当たる事は知っていた。
「今のもてんで冗談だと思っておけよ。
 オマエ達は戦い慣れてるからな。分かってるだろうが――」
「――温い戦いはしない、といった所だろう?」
「上等だ」
 言葉を遮るように応じたゲオルグに赤目のキールは獰猛な笑みを見せていた。
「奴さん遊んでるが、これは猫と鼠じゃねえ。虎と蟻の代物だと思っておけよな!
 ……とはいえ、俺様もオマエ達もただの蟻じゃねえ。精々、噛みついて期待に応えてやらねーとな!」
 囚人達とバルナバスの相違はキールの指摘した一点だ。
「皇帝を倒せたなら、私達が証言者になってやる所なんだがな?」
 ミーナが皮肉にせせら笑った。
「こんな状況でも皇帝ともやり合おうとは……ある意味、最も純粋な鉄帝人と言えるのかも知れませんが。
 冷静に考えたら彼等はそれ以上に純粋な意味でも悪党でしたね」
 一方で『野蛮人には一切期待していないからか』ドラマの言葉は只管に冷淡だった。
 鉄帝らしい非合理さと人間らしい合理主義の両方を持ち合わせる連中は扱いにくい。
 弱い者には強い連中は救いようがない。だからといって強きに巻かれる心算が無いのも不思議なものだ。
『囚人達は与しやすいと見た闘士達を狙っていたが、バルナバスは『それを邪魔しに来たイレギュラーズしか見ていない』。
 囚人にせよ闘士にせよ、要するに既に底が見えた連中等どうでも良いという事だろう。
(そういう事ね)
 そしてゼファーの見据えた新皇帝派は明らかに前に出ていない。
『大将』が来て強くなった気になる所か、巻き込まれるのは御免だと言わんばかりであった。
「邪魔するなってか? 『集団戦』には興味が無いって事ね!」
「そりゃあそうだろうよ。何せそいつらは弟妹を倒した連中なんだからなあ!」
 獰猛な笑い声を上げたバルナバスがキールの言葉を肯定した。
 文字通り獣よりも鋭い眼光で獲物を一人ずつねめつける彼は誰も必要としていないように思われた。
 少なくとも幾多の戦場で誰かと支え合い、共に勝ち抜いたイレギュラーズとは全く違う。逆を行く。
「安心したわよ」
 瓦礫を払いながら首と肩をゴキゴキとやったバルナバスにリアが言った。
「安心? 俺にとっちゃ言われた事のねぇ言葉だな」
「安心したわよ」
 気丈な彼女はバルナバスが聞かなくても、興味が無くても言い切るだけだ。
「あんたも後ろの連中もてんでバラバラ暴れたいだけだもの。
 ……それなら少しは目もあるってもんだわ。あたし達は違うから」
 そこまで言ったリアはすぅと息を吸い込んで力一杯に声を張った。
「最強の個なんて寂しい奴に、最強の群は絶対に負けないわ!
 それを見せ付けてやりましょ! 武器を手放しそうになったなら、あたし達の背中を見ろ!
 あたし達は誰も、生きる事を諦めてなんかいない! 全員で切り抜ける事を諦めてない!
 だから、前を見ろ! 前だけを見て、戦え――」
 言わずもがな、鉄帝国の闘士達はその心算だっただろう。
 だが、先のアリアにせよ、今のリアの言葉にせよ。暗い海に差す灯台の光に安心しない船乗りは居まい。
「……ごめんね、助けてあげるなんて偉そうな事言える余裕ないのよ。
 だから、あたし達は助けるし、助けて貰う。囚人は暴れたいだけ、皇帝派は御覧の有様なら……ワンチャンありそうじゃない?」
 些かわざとらしかったが冗句めいたリアにむしろ士気は上がったように見えた。
(そうだ。敵にあってコチラに無いのはシンボルだぜ。
 俺が、俺達が声を上げている間は希望はある……!)
 貴道は自分が『チャンピオン(ガイウス)』ならば、とは思わなかった。
「闘士ども、テメェらがついていくのはカリスマなんかじゃねえ
 戦う意志、ガッツ、闘志だろう! 聞かせて、見せつけてやるよ、気合い入れて生き残れや!」
 闘士達は叩きのめされていたが、それでも半数と少しは戦える状態である。リアの言う通り新皇帝派が殆ど数の役に立つ気が無いのであらば、囚人をイレギュラーズの分隊が抑えている限りは『より多数』で問題のバルナバスに集中する事が出来よう。
 元より極端に薄い目を引く以外に勝ち筋がないのであらば、これは願っても無い展開である。
「私達が来ても未だ戦力劣勢、ですが! 死力を尽くして活路を開き、生き延びましょう!
 ――何時も通り、背中は任せましたよリアさん!」
 打てば響くというよりは打つより先に通じ合っていると言った方が正しかったかも知れない。
 リアが啖呵を切り、鼓舞を見せたのと殆ど同じタイミングで『技巧派』たるドラマがバルナバスの間合いを奪った。
 強大である事に絶対の自信を見せる彼は隙だらけだ。
(嫌だ、嫌ですねぇ……震えが止まりませんよ。
 しかし、安々と負けてなるものですか。私は負けない剣の信奉者なのですから……!)
 恐らくは『同族』の姿を取るバルナバスの規格外を肌で感じて、それでもドラマは怯む心算は無かった。
 少なくともこの戦いを遊びと考えてくれている内に一撃を。これ以上の幸いはないと彼女は思う。
(一速!)
 蒼影。
(二速なら)
 彩禍。
(もう少し――!)
 幸いならば、禍断まで。
 魔術と剣の複合技は外の世界に出たドラマが自分で作り出した独特のリズムであった。
 昔の――純粋なる魔術師だった頃ならば思いもよらなかった戦い方。
「はん!」
「……っ……!」
 蒼剣の煌めき(リトル・ブルー)をその腕で強引に跳ねのけんとしたバルナバスにすんでで下がったドラマの顔が蒼褪めていた。
『死ぬ』と本能で確信出来たから避けられただけだ。実際に『死んだ』かは分からないが、当然未来永劫試す心算はまるでない。
「効きませんか、今のでも……!」
 ドラマの見据えたバルナバスの隆々たる肉体には幾筋が小さな傷が残っていた。
 力が強い方ではないが、ドラマの剣には魔力が乗る。並の相手ならば倒せる程度の威力があるのは間違いないのだが――
「大の大人は猫に噛まれて泣きさけんだりしねぇだろ。
 ……ま、どっちもいい女じゃねーか。まぁ、男でも女でも歯応えがありゃあいい。興味はねーが」
「ああ、そうかよ! じゃあ今度は俺が相手をしてやるぜ!」
 ドラマの一撃が子猫の甘噛みでも言い放った貴道のそれはそうとは呼べまい。
「赤目野郎! ゴキゲンなとこ悪いが、出番は譲ってやれねぇな!」
 口笛を吹いたキールを他所にバルナバスと貴道、両巨体同士がぶつかり合う。
(何が気に入らねぇって……ヤツは『囚人』にも『闘士』にも『キール』にも言及したが、ただの一度も『俺達』を見ちゃいない。
 いやさ、譲っても『俺達』までだ。『イレギュラーズ』の単位で見ても、そりゃあ違うってもんだろうよ!?)
 十拳大蛇、罷り通る――
「だから教えてやるのさ、ここにもお前の遊び相手が……『敵』が居るってな!」
 ――正確無比に放たれたショートとロングのクロスが相変わらず守りの構えさえ持たないバルナバスの巨体へ吸い込まれていた。
「成る程、まぁこの位の方が丁度いい。肩こりも鈍りも抜けるってモンだぜ」
「抜かせや」
 先程と同様に応じて放たれたバルナバスの『雑』な一撃を貴道の器用なダッキングが空振りにした。
 沈み込んだ姿勢から伸びあがるように放たれたアッパーにバルナバスの上半身が仰け反った。
「『今だ』」
 短い貴道の言葉は見事な一撃とは裏腹の恐ろしい逼迫感に満ちていた。
 ドラマにせよ、リアにせよ、直接至近距離で相対せば分かるというものだ。
 自身等が望み得る結末は兎に角これが『本気』になる前にしか存在しない事は知れていた。
 見て分かる攻めの好機は友人達が決死で作った刹那である。
 前に出ぬ攻め手たるなら、その機を見逃す事は他の誰より許されまい。
「さて、マリアの刃が冠位に届くかどうか……否、届かせ、ぶち抜くだけだ!」
 エクスマリアの詠唱放棄は文字通りの刹那に三節詠唱の大魔術を完成させる。
 イーリン手製の護符(アミュレット)は彼女の膨大な魔力を瞬間、更に大きく増大させ、初手から最大最強の鉄の星を以って彼女が敵を鉄槌した。
「どうだ、皇帝。ほんの挨拶代わりだが、無駄に高そうな鼻っ柱くらいは折れそう、か?
 実際、鉄帝最強の一角麗帝とやりあったなら腕の一本位は取られていて欲しいものだったがな」
 嘯く彼女はしかし反面冷静に考えてもいる。
(悪夢の如きその力を如何にして振るうのか。
 一枚でも二枚でも、奴の手札を捲ってみせる!
 余裕綽々で自ら切ったカードでなく、切らざるを得なくされたカードこそ、奴に届き得る情報(せいめいせん)だ)
 冠位との戦いが簡単ではない事を知るが故に、エクスマリアは強くそれを考えた。
 考えても考えなくとも出し尽くさぬ訳にはゆかぬのは必定だが……
 暗黒の海、廃滅病、七罪の持つ力と権能は桁が違う。
 例えこの戦いがどんな形で終わろうとも先に繋げねばやがて終わりが待つだけなのは分かり切っている。
「痛ぇじゃねえか!」
 目を爛々と輝かせ姿勢を強引に元に戻す。
 彼曰くの「猫にじゃれつかれた」よりは多少の打撃を受けたのだろうがむしろその様は楽し気ですらあった。
「個々の力じゃ手も届かない……どころか指もかからない位でしょうけど!
 私達は手を組み、力を合わせて乗り越えてきた! 『同じ冠位魔種も倒して来た』!
 散った仲間、失ったもの、零れた物は沢山あるけど……
 全部抱えて歩いてきた今があるから強くなれたの!」
 アリアの瞼の裏に浮かぶのは今と同じか、或いはそれ以上にも苦難の多かった道のりであった。
 物語は劇作よりも時に手厳しく、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキーナ)なんて何処にもいない。
「それを見せられなかったら――嘘じゃない!」
 強烈なアリアの魔力が想いを乗せて間合いに弾ける。
(そう。何時もそうだった!)
 失われたものは永遠に戻らず、悔恨しても取り戻せるものはなく。
 それでも前に進んできたから今がある。前に進むからこそ、先がある――
「幻想国勇者第三位、騎戦。ニーズヘッグの大蛇を討ったシスターのほうが通りがいいかも知れないけど。
 座右の銘は、死ぬのだけは死んでもごめんよ」
 イーリンはそんな風に嘯いて苦笑を見せた。
「でもね、こうなれば是非も無し。それなら、そこの金髪共々見せてやるわ。願いを乗せた星の刹那を!」
 バルナバスの思惑がどうあれ、イレギュラーズの猛攻猛打は止まらない。
「『神がそれを望まれるなら』」
 頭脳派とは思えない位に強引に間合いを詰めたイーリンには計算があった。
(速度、パワー共にあの海のアルバニアを超えるなら、受けは不能なんでしょう?
 それなら思い切って前に、出る――!)
 イーリンは考える。死中に活を求めて、とは言うが誰か悪い奴の悪い癖が移ってしまったものだと思わずにいられない。
 はて、誰が悪いのか。ローレットには心当たりの犯人が少なくないが……
(やめやめ!)
 いの一番に思いついたのは相方たるローグだったので、彼女はそこで思考を辞める事にする。
 果たして宣言通り一撃を顔面に突き刺したイーリンは「あら、失礼」と淑女らしく礼をしてみせた。
「……何て言うか、予想と違うぜ」
「悪いけど、あたし達にも立ち向かう理由があるのよ」
 苦笑したキールにリアが言った。
「アンタの邪魔はしない……だから怒らないでよね。
 その代わり、アンタの事だって絶対死なせはしないから!」
「ああ、畜生め! いい感じで『見惚れちまった』ぜ!」
『予想以上』の流れる連携だったからなのだろう。
 赤目のキールは「成る程、成る程!」と良いものを見たとばかりに呵々大笑を上げていた。
「悪いけど、私の本領は集団戦よ。騎兵隊が集まった時は、この比じゃないから。
 聞けるものならアルバニア辺りに聞いて欲しいもんだわね」
 リアの言葉に応えたキールの調子は想像よりずっと滑らかで機嫌が良い。そんな軽口にイーリンが笑う。
 しかし、一先ず今日のキールが『友軍』でいいとしても、大問題はバルナバスばかりである。
 連打(いいの)をまともに食った筈だったが、その上半身は最初に仰け反った以上には動いていない。
 当然ながら距離をとっての攻撃手段を持ち合わせる闘士達もアリアやリアに煽られ、貴道の言葉を受け、ミーナに指示されながら力を束ねてきたのだが……
 両足は地面に根を生やしたかのように動かず、直接一撃を加えたドラマ、貴道、イーリンは三者三様にその手応えの分厚さを知っていた。
「手ぇ出さなくていいのか? 見ての通り大事な皇帝様がやられてんだぞ?」
 抜け目なく、後背の新皇帝派に目線をやりながらミーナが言った。
 水を向けられた彼等は「やられているならな」と薄笑いを浮かべていた。
「『陛下』がどうあれ、我々には我々の為すべきがある。
 これは鉄帝国をより鉄帝国らしく取り戻す為のプロセスであり……
 同時に『陛下』がこの程度でどうにかなる方ならこの話は最初から破綻しているのだよ」
「成る程ね。じゃあ余計な手出しはいよいよ心配しなくてもいいって訳だ」
 やり返しながらミーナは内心で考える。
 元の予定では新皇帝派が動くなら、闘士達を纏めたミーナがそれを逆撃するというプランがあったのだが……
 彼等がこの戦いに全く干渉してこないのならば、必然的にそれを為す隙は産まれ得まい。
 まさかバルナバスが新皇帝派がどうにかなった所で動揺とするとも思えなかったが、『状況は予想よりも簡単で、予想よりも困難に思えた』。
(何故ってそりゃあ……)
 これ幸いと皆の叱咤激励に引き続き、巨艦のようなバルナバスに闘士に指示しての総攻撃を加え続けているのは良いのだが。
(……これでも動かないって事は)
『言葉の通りその程度では危機とも思っていないという事に他ならない』。
 余裕を浮かべたまま沈むような事があれば大笑いのハッピーエンドだが、ミーナは世の中がそれ程優しく出来ているとは思えなかった。
「幾らか『花』を持たせてやろうかと思ったが」
 纏う威圧を一段別のものへと変化させたバルナバスが重く言った。
「そりゃちっとばかり『失礼』だったみたいだな?」

 ――人身獣面なる笑顔で言った。

●Battle III
 それでも認められないものは認められないのだ。
「陛下はどこだ――ヴェルス様はどこにいる!」
 刹那毎に命を弄ぶような攻防の中でエッダは怒鳴った。
 負けた事は確かなのだろう。ここにこうして彼が居ない以上は。
 愛すべき祖国が滅茶苦茶になってしまった以上は。
 シャイネン・ナハトも近いのに小憎らしい、可愛くない事を言って自分をからかったりもしないのだから。
「知らねぇよ」
 反撃に繰り出された豪腕が石造りの床を豆腐のようにぶち壊した。
 弾ける破片が頬に当たり、血が流れるが構わない。
「決闘して、あの方は逃れたのだろう? ならば貴様以外が知る訳も無かろうが」
「知らねぇよ」
 エッダの渾身の一撃を軽く受け止め、その鉄腕を軋ませる。
 握り潰す事すら容易いのだろう、その圧力と激痛を受けてエッダは顔を歪めていた。
「死んだんじゃねえか? あの状況で生きてる奴を俺は知らねぇな」
 ――それでも認められないものは認められないのだ。
 バルナバスがあんまり余計な事を言うから、エッダは思わず激高した。
(これが、『駄々』に過ぎないとしても、それでも――)
 目を見開いて痛みも構わず、片腕を捨ててでも襲い掛かろうとする。

 ――さあ、俺様の好きにしな!

 バルナバスは気にも留めずにそんな彼女の小さな身体を蹴り飛ばし、十数メートル以上もぶっ飛ばされた彼女は腹を折るように呻いてそれでも立ち上がろうと足掻いていた。
「力加減を間違えたか? 十割殺した心算だったが」
「俺様を忘れるなよな」
「ああ、そういや手品師が居たんだっけな」
 本人が「七十一個は残ってる」と豪語したキールの『手品』も既に半数位は引き摺り出されていた。
(もう、あちらもこちらも埒外ばかり! 本当に、もう!)
 ドラマが喜びながら、感心しながら、地団太を踏みそうになる魔術師の『チート』は実に多岐に渡っていた。
 結論から言えば戦いが戦い足り得ているのはキール・エイラットという支援者が居る為でもある。
 相手を食い止める魔術、幻影を作り出す魔術、今のエッダで言えば恐らくは至上の防御支援である。実にいい加減な詠唱とも言えないような詠唱で多種多様に奇跡を引っ張り出すキールもキールだが、戦う程に目に見えるバルナバスの暴力はそれ以上に異常だった。
 小細工をする訳でもなく、ただただ強い。
(……最悪の相性ですね、ローレットとは)
 これまでローレットの倒してきた七罪は絶大な権能を持ち合わせていたとはいえ、それに頼る隙もないではなかった。
 予想外が幾つも重なった時、可能性の獣の牙は彼等の喉笛に届いたものだった。
 しかしてこのバルナバスはどうか。『仮に権能を破れてもこれをまともに仕留め切るのはそれ自体がこの上ない悪夢である』。
「んじゃ今度はてめぇが相手をしろよな」
「そりゃあ望む所だが――」
 何時もの詠唱を繰り出せばキールの右腕が大きく膨張し魔獣を思わせるフォルムに変化した。
 バルナバスの豪打を青筋を浮かべた彼が受け止めていたが、動きの精彩が『落ちて』いるのは疲労が故とドラマは読んだ。
「つまり、こりゃあ――」

 ――勝てねえな。

 その先を貴道は言わなかった。
「まだ、これからだ」
 力及ばずとも睥睨を辞めないエクスマリアは諦めていなかった。
「ところで皇帝様よ? あんた、都に大事なモノを置いてたりしないかい? 奪われたり壊されたりしたら困るモノをよ」
 挑発めいたミーナが幾度目か執拗なる一撃を加えたが、圧力は増大するばかりだ。
 だ分かっていた事ではあったが、仲間達の活躍により状況をシンプルにしても。
 かなりの支援を受け取っていても、ヴェルスを降したという冠位との戦いはどうにもならない位の絶望感に満ちていた。
 リアやアリアといった面々が持ち前の支援能力で状況を下支えても、時間を稼ぐまでで精一杯だった。
『それがなければ早晩決壊していたに違いないが、イレギュラーズ側には決定打が無い』。
 容易に致命似たるゲームを強いながら、バルナバスは一人だけ常に自由のままだった。
 イレギュラーズの狙いは元より一人でも犠牲を少なくしての撤退だが、イレギュラーズやエッダの配下、レイディ・ジョンソン等無事だった闘士によって外に逃されたごく一部を除いては当のローレット主力も含めた多くの人間が目の前の殲滅の獣より逃れる術を持ち合わせて居ない事は明らかだった。
 鎖の外れた獣は暴れに暴れる。闘士達の殆どはなぎ倒され、息も絶え絶えの状況だ。
 イレギュラーズにも余力は殆どなく、全員がかなりの傷と深い疲労に苛まれていた。
 ブランデン=グラードの地下空間も滅茶苦茶な被害にあっており、一部は崩落の様さえ見せていた。
 それでも――それでもまだ、恐らくは。バルナバスは準備運動をしている程度に過ぎないのだ。
 その破壊の本質を誰にも見せてはいないのだ。
「とっておきの手品は残ってないかな?」
 キールの一挙手一投足に注目を続けていたアリアが尋ねる。
 傍らのキールは「あるにはあるが、チャンスは一度だ」とだけ応じた。
(時間を稼げれば……?)
 心を読んだ訳ではないだろうがその顔色を窺ってかキールが一つ頷いた。
 一方でバルナバスはもう十分と見たのだろう。
 最初に闘士達を見切ったのと同じようにイレギュラーズも理解した、といった所か。
「ま、愉しめたがそろそろ終わりにするか。てめぇらも十分頑張れて満足だったろ?」
 勝手な事を言う彼にリアが肩を竦めた。
「あんだけ好き勝手言っといて……十分頑張れたからお疲れ様とか滅茶苦茶でしょうが」
「あん?」
「冠位魔種……お前、何をしようとしてるの。
 新皇帝ってのは鉄帝をめちゃくちゃにしたいってだけだと思っていたけど……冠位魔種だったのなら、話は変わるわ」
 問い掛けは奇しくもアリアが尋ね、キールが望んだ幾分かの時間稼ぎの意味を持っていた。
「お前達は世界を滅ぼす。国を滅ぼすのも、その過程に過ぎない。
 でもね、世界を滅ぼすなら国でこんな風に『遊ぶ』意味は無い。
 ベアトリーチェもカロンも……もっと直接的だったわよ。
 アルバニアやベルゼーは滅ぼしたくなかったんでしょうから少し違ったけど。
 その上で、もう一度聞くわ。お前は何をしようとしている!
 あたし達の健闘を称えるなら、下賜(ヒント)のひとつでも下さるのもお役目ではないかしら、『皇帝陛下』!」
「てめぇらは何事にも意味を求めたがる動物だからな。
 いいじゃねぇか、俺が七罪なら。『悪党が人間を弄んでると思ってれば』」
「……」
 ドラマの耳がピクリと動く。
 嘆息したバルナバスはこの時、答えた事自体が『間違い』だったに違いない。
 その言い方は冷め切ってはいたが、それが故にそこに単なる楽しみを見出しているようには見えなかったからだ。
「……この、クソ脳筋はバトルマニアかも知れませんが……
 弱者には興味が無い。つまり、多かれ少なかれ自分にとっては無価値な連中の混乱になんて……意味を見出してはいないでしょう、ね」
 腹部を抑え、よろめきながら立ち上がったエッダが唇の端を歪めた。
 バルナバスが何かの目的をもって国を壊している、と考えられるなら――それが『何か』はこの先を問う上で重要になるかも知れなかった。
「口が滑ったな、皇帝陛下」
「これだからお喋りは嫌いなんだよ」
 貴道の言葉にバルナバスはうんざりした顔をした。
「だが、全員死ぬなら一緒だろ?」
「『死ぬなら』な」
 そこまで言わせてからキールがそう割って入る。

 ――さあ、俺様が命じるぜ!

 何時もと違う詠唱は彼の『とっておき』を思わせるものだ。
「――――」
「あーあ。こいつだけは嫌だったんだが。仕様がねえな。
 ハッキリ言って俺一人ならこれでも余裕で逃げられるが、オマエ達、嫌いじゃねーから」
 光環に包まれたバルナバスがせせら笑った。
「てめぇのじゃ動きは止められねぇって分かってる筈じゃなかったのか?」
「止めねえからな。まぁ、二度は通用しねーだろうが今の台詞で今回は別だ」
「何を狙ってるか知らねぇが、魔術師ならてめぇを潰せば『同じ』だろ?」
「……仰る通りで!」
『成立』まではもう幾分か。
 刹那、幾分か本気を帯びたバルナバスの空拳が空間をねじ潰すようにキールを襲う。
 しかし。
「こんな役割なら来ない方が良いんだろうがな。『させねぇよ』」
「アンタはまだ強くなりたいんだろ? あの世じゃいくら頑張っても強くなれないんだ、ぜ!」
 それをすんでで阻んだのはゴリョウとミヅハの二人だった。
「だからオマエ達の事、嫌いじゃねーよ」
 けらけらと笑ったキールの一方でバルナバスにはもう『時間が残っていなかった』。
「何を――」
「――じゃあな、皇帝陛下。また会おうぜ」
 一方的なお別れの言葉と共にバルナバスの巨体と存在感がブランデン=グラードから消え失せた。
「……」
「……………」
「……あいつは、何処に?」
 暫しの混乱と沈黙はイレギュラーズのものであり、新皇帝派のものであり、囚人達のものであった。
 イーリンの問いにキールは「知らん」とだけ答えた。
「……どうしてこの技を今更使ったのです?」
「大嫌いだから」
 ドラマの問いにキールはキッパリと応えた。
「アレを一時何とかするだけならコイツが最良だったけどな。
 そもそもスゲー強敵がわざわざそこに居るのにこんなん使わんだろ。普通。
 逃げるにしても自力で逃げて追いかけっこを愉しまなきゃ嘘ってもんだ」
「ああ、何となく分かるわ……それ。ヘビー級の誇りっつうか」
 ドン引くドラマの一方で貴道は何処か通じ合うようにそう言った。
「兎に角、行先は俺も知らんが、そう遠くない。
 空間転移よりは簡単なんだが、これは大技でね。次アレが戻ってきたらもう本当の種切れだぜ」
「だから」と彼は言葉を続けた。
「逃げろ。取り敢えず」
「――逃がすな!」
 新皇帝派が今更ながらに声を上げた。
 傷みに傷んだこの状況では彼等を押し切るも不可能だろう。
 されど、さりとて。この期に及ぶまで戦う素振りも見せなかった連中が相手ならやり切れる。
「まだまだ私達は強くなれそうだね?」
 アリアの言葉は正しかっただろう。
 それに『折られる』程イレギュラーズは生温くは無いのだから!

成否

失敗

MVP

アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先

状態異常

ドラマ・ゲツク(p3p000172)[重傷]
蒼剣の弟子
郷田 貴道(p3p000401)[重傷]
竜拳
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)[重傷]
願いの先
天之空・ミーナ(p3p005003)[重傷]
貴女達の為に
エッダ・フロールリジ(p3p006270)[重傷]
フロイライン・ファウスト
アリア・テリア(p3p007129)[重傷]
いにしえと今の紡ぎ手

あとがき

 YAMIDEITEIっす。

 結局サポ全員出しましたが16000(EX想定基本10000程度)なので描写的には十分と思います。
 Nightmareなのでまあ普通に失敗には失敗なのですが多少情報を引き出す事に成功しています。
 また本シナリオのNightmareポイントを解説しますと、このシナリオ『撤退詰んでる。しかも勝てない』ので、キールが自分が大嫌いな(敵の)強制転移を(撤退出来ないだろう)イレギュラーズの為に使ってくれるか、でした。
 つまる所、キールが気に入る戦いをしているか(幸運にもPPPを発動しない)と撤退すら出来ず、すり潰されて全滅していたという事です。
 PPPについてはデウス・エクス・マキーナ的な使用を私は余り認めないタイプなので、今回については正規筋で前向きだったので良かったと思います。

 あと予定外に情報を出す事になったのでそこはリアさんのファインプレーかなあと思いました。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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