PandoraPartyProject
父と子と
父と子と
――期待してるんじゃないのか。"生命の秘術"に。
「……さあ、どうかな」
クオン・フユツキの脳裏にふと過ぎったのは、イレギュラーズ――クロバ・フユツキ(p3p000145)等が、ここ大霊樹ファルカウへ迫る戦いのことだった。
月英(ユグズ=オルム)別館に存在するという、その秘術はどうやらヴィヴィ=アクアマナなる精霊と共にあり、事実上イレギュラーズの手に渡ったようだ。
強力な力を磨いてきたクオンとはいえ旅人、つまり同じ土俵に立つイレギュラーズに過ぎない以上、成すべき事のために多くの力を求めるのは単なる必然でもある。
それに、この世界に『死者蘇生が禁じられている』――という他にないほど理不尽にまで叶わない実証があるのは、とうに分かっているつもりだ。元の世界とは様々な法則が異なるとはいえ、一度は錬金術の最奥に到達しているクオンは、この世界の仕組みにも気付いて居る。直接の応用は出来なくとも、学習方法には共通項もあり、それらを知る程度の研鑽は重ねていたからだ。
だがそれでも手を伸ばしたのは、一面として事実ではあるのだろう。
「すまなかったな、盟友殿!」
「冬の王……オリオンだったな。名を与えられるとは大したものだが」
クオンの声音は冷静ではあったが、それより冷淡に響いた。
オリオンは配下を派遣して『生命の秘術』を調達しようとしたが、失敗に終わっていた。
それはオリオンがイレギュラーズとも交友を結んでしまったが故であり、その周囲における状況は複雑な様相を示している。オリオン自身はイレギュラーズと一戦交える心づもりのようだが、クオンはこのように『人間らしく』なってしまった大精霊に、さしたる期待はしていない。制御下を外れた精霊など、いかに強力であろうと、道具としての利用価値は落ちるのだから。
「そこでだ、盟友殿。この貸し与えた力、以後はくれてやるものとする!」
「……ほう?」
この妙に律儀な精霊は、詫びのつもりかクオンへ贈り物をくれるらしい。
「貴様が欲したものは『力』、即ちこの一戦とその力を以てして、盟約は完了と見なす」
「ああ、承知した」
そう来たか。とはいえ別段問題はない。むしろ好都合でさえある。
さて、あいつらはどう来るか。
火の回り始めたファルカウは、ひどく居心地が悪かった。
――
――――燃え始めたファルカウが見下ろすアンテローゼ大聖堂。
その礼拝堂では、カロンの権能『夢檻』に囚われていたイレギュラーズ達が目覚めていた。
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、不意の視線に思わず――微かに――眉をしかめる。なぜなら目の前には、父を名乗る男が不安げな表情で、ココロの様子をうかがうように佇んでいたからだ。
「ココロ、大丈夫か」
「父の方、ですか。ええ、大丈夫です」
妙に不自然な呼び方をしてしまったが、かえって冷静になれた気がする。ココロ当人にとって、眼前の実父ジョゼッフォは、単に『面識がない大人の男の人』でしかないのだから、至極当然でもある。
大人の――ココロ自身も成人ではあるが、社会からそうと見なされるようになったのはほんの二ヶ月ほど前のことで、なにより未だ学生である。心の整理は出来ていない。このどうしようもなく感じる『不思議な懐かしさ』を受け止め切れていない。ついつい目で追ってしまう師匠、それからあの――
けれど残念なことに、今この場にいるのは自身とジョゼッフォだけだった。
「ココロ、私は君の父だ。これまで申し訳なかった、寂しい思いをさせたと思う」
「……寂しくはありませんでした」
長椅子に腰掛けたココロは、ジョゼッフォへまるで他人事のように即答した。同時に、胸中へ広がった冷たい何かが身体の内側をひっかいているようにも感じる。
寂しさなんて知らない。自身は悪い子なのかもしれないとも思う。良い子ならここで泣いて抱きしめるのだろうが、生憎とココロはそのようには出来ていない。それに何よりの不信感は、実父を名乗る男が今まで何の連絡も寄こさなかったかということだ。嫌われているのだろうか、恐れられているのだろうか、拒絶されるのだろうか。こんなにも懐かしい気配に、そんなことをされる可能性は恐怖でしかないではないか。
ココロは努めて平静な表情を崩さぬようしているが、言葉には詰まっていた。
そんなココロへ視線を合わせ、ジョゼッフォは語り始める。
ココロの名は、妻(ココロの母)が付けたこと。ココロの誕生を互いに喜び合ったこと、そして妻は病に倒れたこと。その病はホタテ貝の海種の中でも女性だけがかかるものであったこと。海洋王国では不治の病として扱われていたこと。生まれたばかりのココロを連れて行けば、伝染の恐れがあったこと。そして不幸中の幸いなことに、ココロはたった一人でも、深海で生きることの出来る存在であったこと。ゆっくりと病が進行する中、治療法を求め、深緑までたどり着き、ついに生命の秘術(アルス=マグナ)の存在を知ったとき、妻が命を終えたこと。深く絶望したこと。その後も、どうしても会うことの出来なかった理由は、ふがいない父自身がココロから拒絶されることへの恐れであったこと――
そんな話を聞きながら思う――というより医療者の卵であるココロの知性は理解してしまう、感染症の患者とそうでない者を隔離する必要性というものを。
きっとまだ『心』はまるで追いついていないけれど。
語り終えたあとの、ジョゼッフォは、もう一度謝罪した。
「どう思ってくれてもかまわない。ただ私は君に、これからの生涯を捧げると誓う」
正直にいえば、ジョゼッフォはあの戦いで『娘を守って死ぬ』つもりだった。そして娘も「守って欲しい」と願った。だから考えてしまった、思ってしまった、『守る』とは、何であるのかと。死の願いは、娘が抗っている冠位怠惰と同様の『逃げ』ではないか。
それだけはいけない。絶対にやってはならない。だから変わらなければならなかった、たとえ娘に拒絶されたとしても。果たせなかった無念を晴らすには、生きなければならない。
ココロはといえば未だ気持ちが整理できていなかった。『生涯の捧げ』だなんて、そんなものは『要らない』とすら感じている。突然『知らない人』が、なのに『懐かしい人』が、そんなことを――
それから二人は黙り込み、戦いの準備を始めた。
この親子の関係は、きっとこれから始まるものなのだろう。
「さあさ、忙しくなるね。リュミエ様も起きてきたことだし、僕等若手は張り切らないと」
「……」
「何だいその顔。こう見えてもリュミエ様よりはずっと歳下なんだから、まーったく失礼しちゃうよねぇ」
ニュース・ゲツクの娘のような存在にあたるドラマ・ゲツク(p3p000172)は、まるで珍獣を見るような表情で『父』を観察する。なぜこんなにやる気なのだろう、やましいことでもあるのだろうかと。
「何か企んでいたりします?」
「こぉーんな善良な僕に、何を企むもないったら」
「だったら何か悪いものでも食べたんですか?」
「ちょっとちょっとー、ひどいなあ。それはないんじゃないの?」
ともあれ、ニュースに習って――などという訳でもないが、イレギュラーズは戦いの準備を始めなければならない。既に多くの戦域が分析されはじめ、それぞれの作戦について準備やディスカッションなどが行われ始めていた。剣を研ぐ者、矢筒を整える者――ついに冠位怠惰との決戦が始まろうとしている。
※『夢の牢獄』からイレギュラーズが脱出しています。案内人を宣言したただ一人を除いて――
※『夢の牢獄』内でイレギュラーズによる『巨大な眠りの核(月)』の破壊作戦が行われています。
※冠位怠惰との決戦『<太陽と月の祝福>』が開始されました!
※リミテッドクエスト『<太陽と月の祝福>Recurring Nightmare』が公開されています!
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→アーカーシュアーカイブス - 進行中の大きな長編シリーズ
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