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シナリオ詳細

<タレイアの心臓>茨の揺り籠

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 寝静まった深緑は、眠りを妨げる者を寄せ付けない茨の揺り籠であった。
 その揺り籠が大きく揺らされようとしていることに、男は気づいていた。
(全く、困ったものだ)
 その小さなため息は虚空に消える。どうせ此処にはいない青年と、その仲間たちに向けられたものだ。消えようと消えまいと、彼らに気づかれることはない。

 男は深緑という国が嫌いではない。だが同時に複雑な思いはある。
 永き時を生きる幻想種の民。彼女たちは一様に長耳で、愛する人を思わせる。
 何度想い人に重ねて、違うのだと気付かされることか。その度に彼女を思い出して、居ないのだと自覚して――絶望を塗り重ねて。
 男の感情を此処まで揺らすのは、彼女1人きり。今までも、これからも。不老不死の錬金術師にして、剣聖とまで呼ばれた男が、理知的でいられない唯一だ。
 故に『彼女と似た幻想種の女』の存在するこの国に複雑な心境を抱かずにはいられない。彼女を重ねてしまう以上、生死さえも気にならないとまでは言えないのは仕方あるまい。
 そのような意味では、現状生かさず殺さず――幻想種たちを眠りに落とした怠惰の魔種の方法は穏便なものである。決して男の意を汲んだわけではなく、途中行動を共にしていた青年は生ぬるいと顔に書いてあるようだったが、彼は彼、自分は自分だ。
 どうせ、魔種が活動してくれたなら遠からず世界は終わる。ならば他の国こそどうなろうと構わない――むしろ混沌とした方が魔種たちも活動しやすいかもしれない――が、深緑はこのまま終わりの刻まで微睡んでいれば良い。
(だからどうか、来ないでくれ)
 魔種が動きを阻止するイレギュラーズは邪魔な存在だ。戦いは避けられず、眠る幻想種へ被害を及ぼす可能性もあるだろう。
 そこまでつらつらと考えて、幻想種は彼女でないと思い直すのだけれど。それでもやはり、時を経ても色褪せない彼女の笑みが思い浮かべられてしまって、苦笑いが浮かぶ。
 君と生きた時間は長かったような、短かったような。けれどあの時、確かに『生きて』いたんだ。摩耗しきっていた男が人なのだと思えるほどに、数多の喜びがあった。
 けれど――今は。
 小さなため息をまたひとつ。男は寒空を仰いだ。
「こんな時、無性に会いたくなるよ……」
 この世界のどこを捜しても――否、全ての世界を捜しても、君は居ないというのに。

 けれど、まだ。まだ、彼は気づいていないのだ。
 来ないでくれと願う、自身の真意。誰のために向けられたものなのか。
 しかし幸か不幸か、その想いを受けるものすら、ここには存在しないのだった。



 ファルカウ制圧作戦――それは魔種掃討作戦に至る前段階である。可能であれば早急に後者へと移行し、深緑を解き放ちたい。されどそれを許さぬ状況がイレギュラーズたちの前に立ちはだかっていた。
 大樹ファルカウを覆った大きな大きな影は、大樹を見上げるほどの暗闇であり。そこまでしても、全容を目にすることは叶わない。
 空を飛ぶ無数の影は練達でも見られたそれであり、彼らが居るということは、彼らが『王』として頂き従う存在がこの地に――ファルカウの頂点に存在している。色欲の魔種もちょっかいをかけに、深緑まで顔を出しているようだ。
 しかして。深緑を侵攻していたのは竜を従える『暴食』でも、自由気ままな『色欲』でもない。

 ―― 主様は……冠位魔種カロン様はファルカウと共に長い眠りにつきたいだけだ。

 怠惰の魔種ブルーベルの言葉からすれば、深緑で起きた全てを握っているのは『怠惰』の冠位魔種であろう。彼へこの手を届かせるには、数多の障害が在りすぎる。
 故にまずはファルカウの制圧を――イレギュラーズたちはかの大樹へ向けて進むのだ。


「諦めて撤退すれば良いものを……イレギュラーズというものは執念深いものだね」
 不意に聞こえたその声と共に、周囲が吹雪で覆われる。クロバ・フユツキ(p3p000145)は眉間に深く皺を寄せた。
「ハッ。姿を隠している奴に言われても響かないぜ! 出てこいよ、クオン!!」
「急かさずとも出てきてやるさ。そんなに私に会いたかったか?」
 深い溜息。吹雪を割って姿を現したその男に、彼を初めて見る者たちは瞠目し、クロバと男を見比べる。
 彼らは驚くほどにそっくりで。服装や口調の違いがなかったなら間違えても仕方ない、と言えるだろう。
「悪いが、キミたちを通すわけにはいかないんだ。この先へ進めば、ファルカウの内部でも戦うつもりだろう?」
 だったらどうした、とイレギュラーズの視線が刺さる。待ち受けているのは魔種たちで、倒さなければ冠位の元には辿り着けない。戦わざるを得ないのは当然だ。
「キミたちは少しずつ、幻想種の保護を行っていたようだがね」
 果たして魔種を前にして、戦いながら守るなどどれだけできると言うのだろう。戦った後の被害は。失われた命は。生き残った者が仮に目覚めたとして、訃報を聞いたらなんと思うか。
 全てを守れるなどと、甘ったれた考えの者がこの先へ進めるわけもない。守れないくらいなら、このまま帰ってくれと言うことらしい。
「とはいえ、キミたちも素直に引くわけにいかないだろう? なら、ここで力尽きてくれ」
 男――クオンが目をすがめる。同時に周囲からきゃらきゃらと笑い声が響いた。
 きゃらきゃらきゃら。
 きゃらきゃらきゃら。
 壊れた鈴を無理やり鳴らしているような不協和音。吹雪の中から氷刃がイレギュラーズを狙う。
「冬の王の力か……!」
 クロバが舌打ちでもしそうな剣呑さを秘めた表情で吹雪の向こうを睨みつける。が、次の瞬間煌いたそれへ、反射的に獲物を滑らせた。
「まあまあな反応じゃないか」
 不敵な笑みを浮かべるクオンを睨みつける。が、再び振るわれる剣に冷気を感じたクロバは、半ば本能的に飛びのいた。
 剣から生まれた斬撃が大きな鋭い氷の爪を形作り、クロバに続いて後方まで退いたはずのイレギュラーズへ迫り来る。あわやのところでそれぞれが身を捩れば、宙に浮かぶダイヤモンドダストが無数の刃を煌めかせた。
 地上へ零れ落ちる氷の破片。その断面に小さく朱が滲む。
「次から次へと……!」
「帰るのであれば、『今回は』これ以上危害を加えないと約束しよう」
「ぬかせ!」
 きゃらきゃら。きゃらきゃらきゃら。
 吠えるクロバに不協和音が嘲笑う。イレギュラーズは声の主――おそらくは、クオンの従える『冬の王』の眷属――を警戒するが、視界が悪い。
 加えて、クオンの操る冬が猛威を振るう。彼は挑発をかけるように、瞬時に作り上げられた大きな氷塊を地面へと叩きつける。粉々に砕け散った氷の破片が空気に溶けた。
「私を越えられるなど、簡単に思わない方が良い」
 傲慢でも、盲目でもなく。クオンは『事実』を述べている。それを誰よりも理解しているのは――剣聖と呼ばれた男が、冬の王の強大な力を手にしたという意味をひしひしと感じているのは。最もクオンを見て、追いかけてきた者だろう。

 嗚呼。今の俺は、この男に届くのだろうか――?

GMコメント

●成功条件
 クオン=フユツキの撃退
 冬の邪妖精の撃退、あるいは撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気をつけてください。

●フィールド
 迷宮森林内、ですが冬の王の力により、吹雪に見舞われています。周囲は吹雪により援軍等が望めない状況で、凡そ円形のフィールドになっています。視界が悪く、外周は居るだけで回避不可の継続ダメージを受けるエリアとなります。
 周囲の木々は吹雪によってなぎ倒され、辺りに倒木が複数存在しています。足場に気をつけてください。

●エネミー
・クオン=フユツキ
 クロバ・フユツキさんの関係者。元々は彼の親代わりだった人です。旅人でありながら世界を壊すことを目的とし、ことあるごとに魔種と組んでいるようです。妖精郷でも敵側として立ちはだかっていました。
 "剣聖"の異名を持つほどに優れた剣の腕と、錬金術師としての技能を持っています。また、冬の王とは同盟関係にあり、強力な力を借り受けているようです。左記により、妖精郷での邂逅時点よりさらに力を伸ばしています。
 全体的なステータスは高めです。剣による物理攻撃を中心としますが、神秘にも精通しています。また【必殺】の他BSも仕掛けてくるでしょう。
 彼については、よほどのことがない限り撃破は難しいく、非常に危険なエネミーとなります。いかに撤退まで持ち込ませるか、に焦点を置くべきです。

・冬の邪妖精『プルカ』×??
 冬の王の配下である妖精。吹雪に潜み、迷い込んだ者を翻弄した挙句殺してしまうと言います。彼らはその様子を楽しみ、壊れた鈴のような笑い声をあげるのだとか。
 吹雪の中に潜んでいるため、正確な数は不明です。笑い声の数からして複数体いることは間違いありません。御伽噺では紫色の法衣を纏った子供の姿をしていると言いますが、その正体は不明です。それっぽい影が吹雪の向こうに見えることがあります。吹雪を止められるならば、その姿を見ることもできるかもしれません。
 遠くから氷刃を飛ばしたり、強力な吹雪を起こしたり、BS攻撃で翻弄してきます。また【復讐200】を持ちます。数で攻めて来られると厄介です。
 基本的に自由気ままにイレギュラーズを翻弄しますが、冬の王の同盟関係であるクオンの言葉は従う様です。

●ご挨拶
 愁です。クオンさんです。
 今回はファルカウ内部で戦闘をさせたくないらしく、足止めを仕掛けてくるようです。お気をつけください。
 それでは、よろしくお願いいたします。

●『夢檻』
 当シナリオでは<タレイアの心臓>専用の特殊判定『夢檻』状態に陥る可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <タレイアの心臓>茨の揺り籠Lv:40以上完了
  • GM名
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年06月05日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)
血吸い蜥蜴
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
一条 夢心地(p3p008344)
殿
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

リプレイ


 ――大きくなったものだ。
 一目見て、そう思って、内心驚いた。
 成長するのは当然だ。あの頑是なかった子供が外見ばかりは自分そっくりになっていく事だって、自分を基にして作ったのだから十分に想定の範囲内。そもそもこの無辜なる混沌で、妖精郷で邂逅を果たしているのだから、思うならば以前そのように思わねば道理が通らない。
 何故今なのか。自らへ問いかける間もなく、彼が自分を呼んだことで思考は掻き消される。
「……急かさずとも出て来てやるさ。そんなに私に会いたかったか?」
 あっという間に名状しがたいその感情は霧散して、変わらないなという思いがその隙間に入り込んだ。ため息に混じったのがどんな感情の色だったかなど、考えるのはやめよう。
 ここに彼がいようがいまいが――イレギュラーズが向かって来ようが、来なかろうが。自分としては、この土地から手を引いてくれさえすれば良いのだ。
 そうすれば幻想種たちは傷つくことなく、魔種たちは思い思いに行動を起こし、貯まった滅びのアークが世界を消滅させる。
(だが――嗚呼、知っているとも)
 イレギュラーズは諦めが悪い。素直に引く気もないだろう。敵わないと知っても全力で立ち向かってくるはずだ。

 それなら、ワタシたちが追っ払ってあげる!
 うっかり壊しちゃうかもしれないけれど、ファルカウに踏み入られるより良いでしょう?

 自身にだけ聞こえる声で、邪妖精がきゃらきゃらと嗤う。あれらと遊ばせてと強請る。
 盟友たる冬の王オリオン――もっとも、当の王は何故かイレギュラーズ側で動いているようだが――がこちらの戦力として与えた兵だ。
 そうだなと邪妖精たちに心の中で返してイレギュラーズへ目を眇める。どうせ自身も彼らを追い払うために、盟友の力を行使するのだ。そんな"うっかり"があっても仕方がない。
(なあ、黒葉)
 クオン=フユツキは、心の中で問いかける。

 ――今のお前は、私にどれだけ追いついた?



 これは妖精郷に訪れた冬の力か、と『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は目を見開く。
(ということは、あれがクオンさんって人?)
 視線を向けた先には、仲間と瓜二つな容姿をした男が1人。只者でないことは既に分かっている。それでも撤退という選択肢はアリアにも、仲間達にもない。
 まずは他の敵をなんとかしなければ、と敵意を探るアリアの、その隣で。
「ぶぇーーーーーーーくっしょい! ぬわっ、やめんかっ!」
 盛大なくしゃみをしながら『殿』一条 夢心地(p3p008344)は飛んでくる氷刃を避ける。ゴラぐるみあったけえ。
 きゃらきゃら、きゃらきゃらきゃら!
 そんな夢心地を嗤う邪妖精たち。ずびぃと鼻をすすりながら、夢心地は声を頼りにプルカの居場所を探す。まずは彼らの位置を探らなければ、当たる攻撃も当たらないというものだ。
「ちょっと寒いね」
「ええ。変温動物には厳しい寒さですし、さっさと突破して暖を取りたいですね」
 『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)に頷き、ふるりと体を震わせた『血吸い蜥蜴』クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)はあたりの反響で周囲にある物、いる者の位置を確認する。とはいえ雪が音を消してしまいがちだが、何もないよりはマシだ。
『皆さん、すぐ後方に倒木がありますのでご注意を』
 見える範囲でハイテレパスを使い、仲間たちへ素早く伝える。吹雪と邪妖精の嗤い声が響く中、クリムの念話はより鮮明に伝わった。
 それを聞きながらЯ・E・Dはその足を地から浮かせる。これで足元の不利に囚われることなく、邪妖精を狙えるというものだ。
 きゃらきゃら、きゃらきゃら。複数の声があちこちから響き渡るけれど、Я・E・Dは知っている。どこから邪妖精たちが嗤っているか"見えている"。
「飛べるみたい。それにすばしっこいみたいだよ」
 横から、後ろから、斜め上の方から。害意あるモノの存在を強く感じ取るけれど、次の瞬間にはまた別のところに存在する。
 けれど、居場所がわかるなら。ここから先で狩られるべきはイレギュラーズでなく、邪妖精だ。
「すばしっこい……それなら、常に動いて攪乱してきそうだね」
 『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の言葉にЯ・E・Dは頷く。吹雪に紛れられているのも厄介だ。正確な数を数えるなら瞬時に数えられるくらいでないと、計ることは難しい。
 けれど、1人じゃないのだ。シキもまた戦略眼を働かせながら、こちらを見た『雪解けを求め』クロバ・フユツキ(p3p000145)ににっと笑みを浮かべて見せる。
「力になれるように頑張るからさ! その刃、届かせて見せておくれね」
「……ああ。やってみせるさ」
 返した直後、クロバへ勢いよくクオンがぶつかっていく。辛うじてガンブレードでいなしたクロバから距離を取り、クオンは今しがた聞こえた言葉に小さく首を傾げ、それから顔をゆるく振った。
「……まあ、いい。それよりも、私を野放しにしていいのかね?」
 無数の氷のつぶてが、イレギュラーズの上空へ次々に現れは降り注ぐ。重なるように強烈な吹雪が辺りを荒らした。
「っ……吹雪にも、クオンさんにも負けないさね」
 ここで勝つことは難しいかもしれないが――この冬を終わらせるため、苛烈に燃やし尽くしてやろうではないか。
 不協和音に顔を顰めながら耳を澄ませる『諦めない』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は、そうっとクロバへその視線を向けた。ほんの少し、一瞬だけ。
(ファルカウまでもう少し。辿り着けば、深緑の人たちを救える)
 冬の終わりから、この深緑は春を迎えていない。長らく閉ざされていたこの場所にも、麗らかな日差しを差し込むことができる――それは大事なことだ。
 ……大事なことなのだが、それよりも心の琴線に引っ掛かるのは彼の姿だった。何を言われたわけでもない、何を耳にしたわけでもないというのに、胸の内がざわついて仕方がない。
(もし吹雪の向こうに行ってしまったら、二度と会えないような……そんな気がするのは)
 果たして気のせいだと、一蹴して良いものなのか。

 ――もしあなたの考えを見抜けたら、ここに居てくれますか。わたしを置いて行ったりしませんか。

 そんなことを言う暇は、ないけれど。
 邪妖精の居場所を捉えるまでにも、邪妖精たちやクオンの攻撃がイレギュラーズへ降り注ぐ。『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は福音を紡いで仲間をフォローしながら視線を巡らせた。
(あれは……倒木だね。視界が悪いから気をつけないと)
 雪が舞い、視界の中でちらついて、遠くにあるものはその輪郭をぼやけさせる。安全に移動できる場所を、確実に増やしていかねば上手いこと誘導されてしまうだろう。
「うるせえ声だな」
 『蒼穹の戦神』天之空・ミーナ(p3p005003)は不協和音に顔を顰めながらも、その音を頼りに敵の方向を把握する。仲間たちと素早く情報を共有していけば――狙うべき場所が見えてくるのだ。
「そこじゃ! 総員、かかれ――!!!」
 夢心地の号令にイレギュラーズたちの攻撃が集中する。夢心地もまた刀を構え、プルカらしき影へ向けて駆け出した。
「人は真夏に浜辺で西瓜も食べなくてはならんのじゃ! こたつでみかんは非常に素晴らしいがな! わかるか妖精たちよ!」
 多分分からないと思う。しかし『長い冬を終わらせるのだ』という意志は伝わっただろう。伝わったからか――彼の頭上に大きな氷の塊が一瞬で形成され、勢いよく落ちてくる。
「ぬおぉ!?」
 地面に刺さる氷塊。あの下にそのままいたならば、今頃串刺しだっただろう。
「悪いが、先にあちらを片付けさせてもらおう!」
 肉薄してくるクオンを半身避けて躱し――そのまま、前へ。クロバは仲間の捉えた邪妖精に向かってガンブレードを振り上げる。ガツンと確かな感触が腕に響いて、ギャッという音が聞こえた。
「少し静かになってもらうぜ!」
 ミーナの封印術式が邪妖精を捉える。完全な封印ではないが、いくらか楽になるはずだ。束の間の吹雪も止む。
「ふむ、多少の体温はあるのだな」
 吹雪の近くまで肉薄した『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、邪妖精の影を見てそれに気づく。水行のマナを練り上げれば、他の形をしたそれは邪妖精へと掴みかかった。その結果を見るまでもなく、汰磨羈は続け様にブルーフェイクを連発していく。
(ここでクオンと戦う余力を失うわけにはいかんな)
 それは攻勢に回るための力然り、立ち続けるための体力然り。癒し手がいないわけではないが、彼女らもこの後に備えて温存するに越したことはない。
「確実に仕留めさせて貰う!」
 仲間と標的を合わせ、高火力で叩きのめせば不快な嗤い声がひとつ減る。とはいえ、まだ多数の中のひとつだ。
 クリムの魔導拳銃から放たれた銃弾が、雨のように邪妖精目掛けて降り注ぐ。ここで流れ落ちる血が勿体無いが、倒した邪妖精を複数体持ち帰って、それぞれから少しずつ頂けば良い。どんな味なのか想像するだけでクリムは笑みを浮かべる。
 嗚呼、早く倒して、新鮮な状態で持ち帰らねば!

 少しだけ、動作の無駄が消える。
 少しだけ、体軸のブレが消える。
 少しだけ、至高の遊びが消える。
 そんな『ほんの少し』を削り取って、Я・E・Dは我が身顧みぬ破式魔砲を撃ち放つ。逃げようとする邪妖精より早く撃って、その形すらも残さないほどに。
「邪魔をしなければここまでしないんだけど、どう?」
 きゃらきゃらきゃら!
「……何言ってるかわからないね」
 肩を竦めるЯ・E・D。あちらも動くから、何体かまとめてというのは少々難しいが、確実に数を減らしていく。
(クオン……"彼"の方はちょっとしんどそうだしね)
 そう、邪魔をしないならこちらとて攻撃する意味はない。そんなことならクオンへリソースを回した方が現実的だ。
「――私を自由にさせて、危険でないわけがないだろうに」
「っ!」
 はっとЯ・E・Dが振り返る――前に、その身が纏う赤ずきんのケープが切り裂かれる。がくりと崩れ落ちそうになった体をどうにかもたせて、Я・E・Dはその場から飛び退いた。
「悪いが、君たちの準備を待つほど呑気なことはしていられないのでね」
「それなら、私がそれまで相手してあげようか」
 素早くシキがЯ・E・Dと彼の間に滑り込み、アクアマリンを煌めかせる。
 これ以上傷付けさせない。この瑞刀にかけて、護るための戦いをするのだ。
「支えます、皆さんは気にせず攻撃を!」
 ココロのコーパス・C・キャロルが皆を癒す。支え足りないだなんて言わせない、吹雪をものともさせない温かなその力が、ココロを中心にして仲間たちへと流れ込んだ。
 シキが間に入り、ココロが場を持ち直させた事で、仲間たちの意識が再び邪妖精へと向く。それを視線で追いかけたクオンは、肉薄してくるシキを躱しざまに得物で薙ぎ払った。
 それを刀で受け流し、足払いをかけるシキ。跳躍して躱されてしまったが、その視線は今度こそシキへ向いた。
「よそ見してないでよねぇっ」
「確かに、そんな暇は貰えないようだね。……君は、クロバの弟子なのか?」
 2人の剣筋は――否、クオンの剣筋はまだ遊びの余地を残している。この男の腕前に至るまでには高くそびえたつ壁があるのだと感じざるを得ない。それは確実に、師と仰ぐクロバが感じているより強大なのだろう。
(それでも、退くわけにはいかない)
 クロバのためにも、深緑を魔種たちから奪還するためにも。
「そうだよ! 大人しくあなたの息子の弟子の姿でも見ててよね!」
 クロバの弟子であることが、彼を引き付ける要因足るならば。シキは声を張り上げてそれを主張し、クオンを引き付けにかかる。対するクオンは、彼女の武器と彼女を見て、それから一瞬目を放して――シキの背後、仲間たちがいる方を見ているようだった――少しだけ愉快そうに、笑った。
「……弟子、か。クロバが君に教えられるほど、何かを持っているのかはわからないが」
「持ってるよ。私にとって、お師匠はあの人だけだ」
 そうかと笑みを深めるクオン。その心で何を思っているのか定かではないが、まるでギアを変えたように急接近してきた彼へシキは構える。
(錬金術師ってのは本当に厄介だねぇ)
 ありもしないものを求めて狂ってしまうのは、タータリクスもクオンも変わらないということか。
 シキと戦い始めたクオンの姿にミーナはやれやれと肩をすくめ、それから得物をしかと握りしめた。邪妖精の影が見えたところへ肉薄し、吹雪越しに大鎌を振るえば、飛び抜けた威力の一閃が影を真っ二つにする。
「これがマジもんの死神の力、ってやつさ」
 にっと笑みを浮かべるミーナ。まだ送るべき魂は残っているとすぐさま身を翻す。
「これで仕舞いじゃ!!」
 夢心地の一撃が邪妖精を仕留める。少しずつ確実な一手を踏むイレギュラーズたちに、邪妖精の攻勢は収まりつつあった。
 それはあちらの数が少なくなってきているのか、それともこちらに居場所を悟られまいとしているのか。周囲の吹雪が強まり、視界がさらに悪くなる。
「皆、気をつけよ。仲間が近くにいることを確認するのじゃ」
 このまま吹雪に分断されたなら、敵を倒しきれずに強烈な一撃を喰らうとも限らない。夢心地の言葉に、イレギュラーズは心なしか互いの身を近づける。ココロも皆がいることを確認しながら、足をぐっと踏ん張った。煽る風と雪、それに倒木。転んだりしたくないのは戦況の具合以上に乙女心だろう。

「――邪妖精の血肉でかき氷、意外と美味しいかもしれません」

 不意にそんな呟きが零された。
 どんな風にして食そうか――そんなことを考えていたクリムの発言に、さしもの邪妖精も一瞬笑い声を止めた。けれどクリムは気にすることなくにこりと微笑んでみせる。
「ですから、材料になってくださいね?」
 放たれる魔砲。逃げ惑う邪妖精を仲間たちの攻撃が漏らさず撃ち落とす。
「どいて貰うしかないから……ごめんね!」
 アリアが邪妖精たちのいるだろう方向に向けてアネクメーネを放つ。音楽の渦が吹雪の向こう側まで飛んでいった。
 クオンは強敵だ。邪妖精まで一緒に相手取っては、どうあがいても火力が足りなくなってしまう。
 現に、クオンを相手しているシキの疲労が急激に蓄積されているのは、誰の目にも明らかだ。
 けれど、こちらも良い塩梅に邪妖精の数が減ってきた。イレギュラーズたちは目配せし、シキとクオンの元へ走り出す。
「お師匠!」
「待たせたな」
 クロバの姿にシキが喜色を浮かべる。そしてクオンを押し出すように瑞兆の一閃を放った。
「面白い術式を持っているのだね」
「クオンさんには教えられないよ」
「それは残念だ」
 たいして残念がっていないようにも見えるが、それはクオンが明確に見せた興味のひとかけらだ。黄泉津の守護神の権能など、そう簡単に見られるものではないのだから道理である。
 そこへクロバがふた振りの得物を手に彼へ肉薄した。
「なんだ、遊んでいるのか?」
「そう呑気にしているなよ。舌噛んでも知らないぜ?」
 連撃が荒れ狂う雷のようにクオンへと押し寄せる。それを遊びかと言いながら受け止め、反撃する彼の力にクロバは眉根を寄せた。
 冬の王の力。まだ全力を出しているとは思えない。どちらかと言えば"慣らしている"という表現の方がしっくりきそうだ。
(それでもこの実力なんだ。お前はやっぱり脅威だよ)
 クオンを簡単に越えられるなどと、思うわけがない。それどころか勝てるのかどうかさえ、正直なところ予想できないのだ。
 けれど、勝てるかもわからない強大な敵がいるから、それがクオンだから――それはクロバが足を止める理由になりえない。
「シキさん!」
 一方、シキの怪我を見たココロは術式を展開し、それが藤色を帯びる。引いていく痛みにシキは小さく息をついた。
「ありがとう。私はまだまだいけるよ」
 それよりもあちらを、とシキが視線で示した先にココロは頷く。あの刃を届かせるまでは、倒れさせてなるものか。
「残りの邪妖精は私が!」
 スティアの魔力が旋律へと変化する。響き渡る福音は味方になんの影響も与えないが、敵にはひどく魅力的だ。
 まるで誘蛾灯に集まってくるかのように、福音に魅入られていく。迫り来る氷刃を躱すたびに羽根のような魔力の残滓がふわりと浮いて消えた。
(これぐらいなら、耐えられるかな)
 今はまだ大丈夫。そうスティアは判断する。皆がクオンに向かう間、1人で彼らを押さえ込むのだ。多少の危険が伴うのは当然で、承知の上である。
「そちらのお嬢さんは、随分と無茶をするのだね」
 そんなスティアにクオンが片眉を上げる。指輪による守りの加護を感じながら、スティアは視線を向けた。
「帰るという選択肢は存在しないからね。貴方がここを通さないと言うなら、私たちは無茶でもなんでも、押し通るだけだよ!」
 何を語られても、簡単に諦めることなど出来はしない。互いが信じるものが異なっているのなら、衝突するの当然だ。
 ならば、衝突しあってでも――自身が信じるもののために進むしかない。
「なあ、クオン」
 簡易封印の術式を練り上げながらミーナはクオンに視線を向ける。
「いいことを一つ教えておくぜ。死者を蘇らせる方法なんざ、そうそうない」
 世界を壊してまでどうにかしたいこと。これまで関わりがなくとも、なんとなくの検討はつく。
 肉体だけならばどうにかなるかもしれない。けれど死者蘇生を願う者たちの望みを真に叶えるならば、そこに魂も伴わなくてはならないのだ。
「確かにそう易々と見つかることはないだろう。しかし全くないわけではない。天義の、月光人形のように」
「……よく調べてるもんだな」
 確かに月光人形は、死者の魂を使っていた。とはいえ、今は亡き冠位魔種の権能によるものだ、やはり簡単な方法ではない。
「だがそうでもない限り、安らかに眠る魂を現世に戻させるなんてしない。その為に私たちのような、死神はいるんだからな」
 そう、死神の矜持にかけて。魂を呼び戻すなんてことを許すわけにはいかない。

「どれ、ここは真っ向から仕掛けてみようかの」
 その声にクオンが体をのけぞらせれば、先ほどまで首のあった位置を妖刀が薙いでいく。避けられた夢心地に動揺はない。
(マトモにぶつかって倒せるわけもなかろうよ)
 倒すつもりはない。倒せるとも思っていない。大事なのはその余裕を削ぐことだ。仲間の言動がより大きな揺さぶりとなるのならば、夢心地のこの行動も全くの無駄ではない。
 クオンの視線がシキ、そしてクロバに向いていることを感じながら、アリアは横合いから肉薄する。ゼロ距離の極撃は今アリアの放てる最大火力。
 しかしクオンは懐へ入ってきたアリアの気配にすぐさま気づき、直撃を避けようと反対方向へ飛びのいていく。感触は微かに、けれど確かに。その一撃が届いたのだと感じながら、アリアは氷の斬撃を横っ飛びに退いた。
「こっちも気にしておけよ!」
 一瞬アリアへ気を取られたクオンに、クロバのガンブレードが叩きつけられる。クロバの攻撃を受け止めたクオンは、はっと肩越しに振り返った。
「全てを守れるなどと、自惚れるつもりはないさ」
 飛び込みと共に汰磨羈から放たれた斬撃が霊気と朱を散らす。
「だがな。だからと言って、自分の手で救える者達の事を諦める筋合いもない」
「最終的に世界は滅びるというのに、か」
「世界も救ってみせるさ。だから、ここも罷り通らせて貰うぞ」
 大太刀を薙ぐ。クオンの剣がそれを受け流し、飛来する氷の刃に汰磨羈は受け身を取りながら横合いへと転がった。

「ひとつ聞かせろ、クオン」
「なんだ? 言ってみるといい」
 涼しい顔でクロバの連撃をいなしていくクオン。そんなところも腹立たしく、けれどクロバは反撃される合間に呼吸を整える。
「……今回の件。お前にしては、随分と"穏やかな"方法じゃないか」
 この男の目的は知っている。世界を壊すためには、魔種たちが精力的に活動することを望んでいることも。バカバカしいと思いはすれど、それを為そうとしているのがクオンであれば軽く一蹴することもできない。
 剣聖と謳われたほどの男であれば――不可能ではない。このままでは滅亡するのだと知っているから、尚更だ。
「まるでこれまでが穏やかでない、とでも言いたげだな?」
「これまでと違うのは確かだろう。誤魔化すなよ」
 降り注ぐ氷の刃を横っ飛びに躱し、ふた振りの得物で斬りかかる。硬質な音が断続的に響く中で、クロバは彼を睨みつけた。
 深緑を脅かし、世界を壊さんとする男が、まるでファルカウを守るような姿を見せている。それはこの土地に何かがあるのではないか、そう思わざるを得ない。
「期待してるんじゃないのか。"生命の秘術"に」
 何をしてでも、それこそ是が非でもと願うものがあるのではないか。クロバの脳裏に浮かぶのはR.O.Oの世界に生きていたクオンとその家族の姿。
 クオンがいた。自分もいた。それ以外の家族だって、いた。
(……ちゃんと家族だった。俺達よりも、ずっと)
 悔しかったのか、寂しかったのか、悲しかったのか。
 あの時を思い返せば、得物の切っ先も僅かばかり鈍って。クオンがそこを的確に突き、後方へとクロバの体が吹っ飛ばされる。
 受け身を取ったクロバはゆっくりと起き上がり、クオンは小さく舌打ちして「パンドラの奇跡か」と呟いた。
「……お前がここまでするのは……ここまでしてでも、取り戻したいものがあるんじゃないのか。今は失われた、最愛の存在が」
 沈黙はクオンの攻勢であっという間に打ち破られる。迫る氷の刃がクロバと周囲の仲間たちを強かへ叩きつけられた。
「――仮に事実だったとして、それがどうした? 何が変わる訳でもないと思うがね」
 クオンの目的が変わることはない。そのための手段が変わることもない。
 ローレットとは敵対し、魔種と協力関係を結びながら、誰にも邪魔されることない高みへ。
 けれども。クロバから発せられた言葉は、僅かにでもクオンを揺らがせるに十分だったようだ。飛び込んだ魔力の閃光がクオンに突き刺さる。
「クオン=フユツキ! これ以上――この人を、擦り減らせないで!!」
 たたらを踏んだクオンは、すぐさま体勢を立て直す。けれどここまでに積み重ねた傷と疲労は、確かに剣聖と呼ばれる男の腕を鈍らせていた。
 ねえ、とЯ・E・D話しかけると同時、マスケット銃から弾丸が飛び出していく。氷の斬撃で弾丸を薙ぎ払ったクオンが、意識をЯ・E・Dに向けたのが分かった。
「一応聞いておきたいけれど、そこの邪妖精達って冬の王の配下なんだよね?」
「私の作り出したモノではないな」
 そうだよね、とЯ・E・Dは頷いた。優れた錬金術師であるならば、"そういうモノ"を作るのも不可能ではないかもしれない。けれどこんな質問で、敢えて嘘をつく理由もないだろう。
 じゃあさ、と首を傾げるЯ・E・D。配下はあくまで借りているだけのはずだが、ここでその命を失わせてしまっても良いのだろうか。たとえ盟友なのだとしても、その浪費は許されるものなのだろうか。
「オリオンもそちらと共闘しているのだから、お互い様というものではないかね?」
 イレギュラーズの攻撃を躱し、いなし、反撃しながらも呆れたような声を上げる。Я・E・Dはそれを聞いて目を瞬かせた。
 オリオンがイレギュラーズと共に亜竜へ立ち向かっているという話はあったが――クオンの様子からするに、冬の王が勝手に行動した結果のようだ。
 そんな会話を交わしながらも、容赦のない攻防は続く。
「シキ、交代だ」
 傷だらけのシキに代わり、前へ出たミーナがクオンをブロックした。シキが一旦後方へ退けば治癒が施されるが、呑気にしている暇はない。彼女もまたすぐ前線へ戻ってきて攻撃に混ざる。
「悪いね、自由に動き回られちゃ困るんだ」
「君1人に止められはしないさ」
 後方へ少しばかり――ブロックできない位置まで下がれば、彼は自由だ。ミーナはそれを追いかけ、完全でなくとも彼の動きを制限していく。
 仲間たちの攻撃に合わせ、クオンに肉薄するクリム。手にした無銘の刀が横薙ぎに滑らされる。
「おっと」
 他の仲間ごと巻き込むように繰り出される鉤爪のような氷の斬撃。クリムは咄嗟にローブで自らの身を守り、更なる攻撃でクオンを攻め立てていく。
「まだ倒れないなんて、さすが冬の王の盟友、ってところかな?」
 攻撃と共に気力を回復させたアリアは、再びクオンへと肉薄した。イレギュラーズたちが渾身の一撃を叩き込んでいるはずだが、彼は傷こそ負っていてもまだ余裕がある。このまま戦っていれば、腕や足の1本くらいは潰せるかもしれないが、その頃にはイレギュラーズの方が力尽きているだろう。
「魔種に協力しているのは、世界を滅ぼしたいから……だよね?」
 戦いながらの問いかけに、クオンは律儀にそうだと返す。彼の目的は世界が滅びた先――誰もが死んだその先にある、ということか。
「それって、幸福な夢を見たいってこと? 幸福ではあるかもしれないけど、でも『生きて』はいないんだよ」
 うまく言葉にするのは難しい。けれどクオンが望む形は、果たしてそれで良いのだろうかと思う。だって、夢はいつか覚めるものだから。永遠なんて、ないのだから。
「構わないさ」
「本当にいいの?」
「ああ」
 自身の頭上に氷の破片を見たアリアは素早く飛びのく。その瞬間に見たクオンは、迷いなど一切ない目をしていた。
 クオンがダメージを受けている以上に、彼を相手どるイレギュラーズは誰もが疲弊しており。邪妖精を1人で受け持つスティアもまた、例外ではない。
 柔らかな福音の響きがスティアの痛みを和らげるが、すぐさま多方面から攻撃が飛んでくる。彼らもまた吹雪を超えられないのか、福音に魅了され、スティアへ釘付けであっても吹雪の内側に入ってくることはない。
 それでもうっすらと認識できる影は、随分と小柄なもので。まるで子供のような影だなとスティアは思いながら、周囲の気を浄化させる。
「クロバの奴、お前が見ない間に随分成長したんじゃないか? 『男子、三日会わざれば刮目して見よ』と言うからな」
 クロバと汰磨羈の太刀筋が悉くクオンを追い詰めていく。少しずつ余裕を剥がれる彼に汰磨羈は薄く笑みを乗せて問うた。水行のマナで作り出された手を斬り伏せたクオンは、続く攻撃をいなしながら声だけを汰磨羈の方へ向ける。
「さて、ね。最も、まだ私を打ち負かすことは出来ないようだが――」
 言葉を途切らせたクオン。代わりに大きな氷柱がいくつもイレギュラーズたちへ振り落とされていく。
「――どのみち、私を倒すには誰もが力不足だろう」
 ぱたぱたと、イレギュラーズたちの血が地に落ちる。汰磨羈は素早く口の中へ果実を放り込み、噛み締めた。瞬時に活力が体に満ち、重かった体が軽くなる。
「それでもだ。他でもない私たちが止まるわけにはいかない」
 倒すことは出来なくとも、その体に傷をつけることはできる。あわよくば四肢の一欠片も潰して、彼の行動を制限することもできるだろう。仮にここでこちらが倒されたとしても、そうして仲間達へバトンを繋ぐことはできるのだ。
 何より救うことを諦めたなら、救えなかった者の無念すらも拾えない――業を背負う事すら出来ないから。

「……全く、君たちの執念深さは恐れ入るよ」
 クオンの舌打ちと同時に、一層強い吹雪が吹き込んで――スティアは邪妖精の気配がなくなったことに気づく。視線を巡らせた彼女は満身創痍の仲間たちと、そしてそこまでではなくとも傷を負ったクオンを見てそちらへ駆け出した。
「クオンさんの思い通りに、させるわけには……いかないからね」
 シキがにっと笑うけれど、そこに余裕はない。それでもまだ闘志を残しているのだから、クオンはため息をついた。そして想定外だ、と小さく呟いて。
「私も道半ばで倒れるわけにはいかないからな。……ここは譲ってやろう」
 普通に戦っていたならば、確実にクオンが勝ちをもぎ取っていただろう。そうではない要因が確かにあったのだ。何であったのか、わざわざ彼は語らないけれど。
「ひとつだけ、聞かせて」
 そんな彼へスティアは口を開いた。先を促すような視線を受けて、スティアは視線を落とす。
「クオンさんの行動が、誰かの為であるなら……こんな風に助けて欲しいって、願うような人だったのかな?」
 スティアも、クロバも、誰もその人を知らない。けれどスティアだったら、誰かを傷つけてまで助けて欲しいとは思わないから。
 クオンは束の間名目し、それから瞼を上げてスティアを見る。
「……きっと、怒られてしまうだろう」
「それなら、」
「怒られてもいい。私は、怒られてでも逢えるなら本望さ」
 クオンは誰かを懐かしむような、そんな表情を一瞬だけ浮かべて。それからゆるりと首を振った。
「話がそれだけならば、もう良いだろう」
 その言葉と同時に周囲の吹雪が止み、視界が明瞭になる。倒木が散見され、進むには若干難儀しそうである。
「クオン、」
 痛いくらいに手を握りしめ、今にも暗転しそうな意識を繋ぎとめるクロバ。もう限界なんてとうに過ぎているけれど、これだけは言っておかなければ気がすまない。
「ファルカウで、待ってろ。全力のお前を、その願いを……全て、叩き斬ってやる」
「ふん、良いだろう。できるものならやってみるといい」
 鼻を鳴らし、背を向けたクオンの体が吹雪を纏い、消えていく。それを見届けるまでもなく、クロバはその場に崩れ落ちた。
 仲間たちに呼ばれているような気がするけれど、瞼は重たくて開きそうにない。それどころか手足一つだって満足には動かせない。
(アイツは、強い。けれど)
 この先で必ず決着をつけるのだ。クオンを負かせ、復讐を果たし――初めての勝ちを果たす。




 瞳の奥に宿る光は、今も昔も変わらなかった。
 これまでの生きてきた時間を考えたなら、それは昔というほどのものでもない。けれど彼の成長を見ると自然にそう出てきてしまう。あの時間は、確かに"昔"のことなのだと。
 僅かな時の経過でも、変わらないものがある。変わってしまったものもある。
 それはクオンとの関係であったり、外見であったり、剣の腕であったり、様々だけれど。

 ……負けても、お前はもう泣かないんだな。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
優しき咆哮
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女

あとがき

 お疲れ様でした、イレギュラーズ。
 双方ともそれなりに傷を負いましたが、道はひらけました。進みましょう。

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