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シナリオ詳細

<spinning wheel>まっさかさまのアビスウォーク

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――大迷宮ヘイムダリオン。
 そこはアルティオ=エルム(深緑)のほぼ全域を抱く『迷宮森林』の、奥深くに眠る巨大地下遺跡群だ。
 要するに大きなダンジョンである。各エリアを構成する要素は全くの無秩序であり、時に荒唐無稽とすら思える空間が広がっている。深緑の魔術師『叡智の記録者』ニュース・ゲツクは、それを「積層型の残留領域、異世界の欠片だったもの達」と表現した。
 ローレットのイレギュラーズに言わせれば、「なぜだか『果ての迷宮』に似ている」。

 深緑全体が突如として不思議な『茨』に覆われた事件は記憶に新しいが、判明したのは『内部に踏み込むと眠気が感じられる』『茨は侵入者を拒み、踏み入る者の命を奪わんとする』といった事象のみだった。
 ではどうすべきか。外から茨の内側へ侵入出来ないならば、茨の影響外である妖精郷アルヴィオンを迂回ルートとして利用し、内部へ直接踏み入るしかないだろう。
 とはいえ『近道』であるワープゲート『妖精郷の門(アーカンシェル)』を利用して迷宮森林へと直接転移する場合、茨などの脅威が妖精郷をも浸食する恐れがある。だからアーカンシェルを開くのは危険だ。ならばもう一つの『遠回り』ルートであるヘイムダリオンを利用する他ない。
 ゆえにイレギュラーズは、かつてアルヴィオンを目指し、この遺跡を迷宮森林側から踏破した道筋の、逆ルートを進軍することになる。

 それはそれとして、茨が全てを眠らせている中でも『なぜか活動している魔物』の類が、ヘイムダリオン内部に姿を見せているとの話もあった。このまま手をこまねいていては、ごく近い未来に、脅威が迷宮森林のみならず、アルヴィオンまで襲ってくるかもしれない。アルヴィオンを利用した『今回の迂回路計画』を、ある種『黙認』してくれた妖精女王をはじめ、アルヴィオンの住人達を危険に晒すわけにはいかないのだ。
 ともかくイレギュラーズは急ぎ、ヘイムダリオンからファルカウの麓へ通じるルートを制圧確保し、茨の内側へ攻め入るための拠点を構築せねばならないということだ。

「いやあ困った困った。さすがに心配だよ。ルドラちゃんも気が気じゃなさそうだったしネ」
 一行を振り返った吟遊詩人の名を『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)と言う。
 ここ最近は、ローレットのイレギュラーズの活躍を詩にしたいと、たびたび姿を見せている。
 ライエルは深緑を中心に世界各地を放浪する精霊種であり、『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)や『迷宮森林警備隊長』ルドラ・ヘス(p3n000085)などとも親交の深い人物だ。茨で封鎖された迷宮森林内部の様子は知れず、ファルカウに居るであろうリュミエが、今どうなっているのかも不明だ。普段はおじさん構文を連発するふざけたライエルだが、鳴りを潜めているあたりに事態の深刻さが窺えよう。
「それは、そうですね……」
 いつになく深刻そうなのは、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)もまた然り。大樹ファルカウの上層部にあるとされる書庫『月英(ユグズ=オルム)』を管理する人物、月を謳う書架守の一族『月句』の代表を務めるという人物。名をニュース・ゲツクと言い、ドラマ・ゲツクの育ての親でもある。つまり彼女の父にあたる存在もまた安否が知れていないというのだから――


 それにしても、ずいぶんと冷える。
 一行は常春の都アルヴィオンから、大迷宮へと足を踏み入れていた。
 見下ろす大空洞からは、冷たい霧が立ち上っている。
 氷のように透き通った通路が漆黒の空間を真一文字に貫いており、空間の中央から眼下の深淵へと下る巨大な柱、氷の塔へと続き――

「こんなところ、二度と来たい場所じゃあなかったネ」
 二度と、と。ライエルはそう言った。
「以前にも来たことがあるのです?」
 ドラマが問えば、ライエルは二つ頭のリュートを奏で、歌うように応えた
「其は凛烈なりし氷の覇者――冬を統べる大精霊」
「――冬の王。かつてこの混沌に存在していたと書籍に記される災厄の一柱。嵐の王の兄とされる……」
 ドラマの呟きにライエルが続けた。
「その冬の王が通り抜けた時に生じたとされる場所だね。そして大昔……冬の王を追ってアルヴィオンへ到った、勇者アイオンが踏破した領域の一つでもあるのさ」
 冬の王は、遙か昔に勇者アイオンと妖精姫達が妖精郷へ封じたとされる伝説の大精霊である。
 魔種が妖精郷を蹂躙した際に解き放たれ、今は行方知れずとなっていた。
「まあ、うん。言いづらいんだけど。僕の元家族みたいなものだネ」
「……は?」
 ライエルの言葉に、ドラマは思わず目を見開いた。
 今この詩人は、叡智の捕食者ドラマとして、捨て置けぬことをいくつか述べたのではないか。
「それはまた、うん。別の機会にでも話すよ」
「え、いえ。まあ、確かにそれどころではないのですが」
「それじゃあ作戦を決めようか。どんな場所なのかは僕も一応覚えているからさ」

 ――だってさ。居るんだろ、そこに。……兄さん

「はやくはやく! しゅっぱつしんこうなの!」
 突然、賑やかな声がした。
「じゃじゃーん! ストレリチアなの! ほんとはだめかもだけど、お手伝いしたいの!」
 跳ねるように飛びだした小さな妖精――『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)が舞い上がり、握りこぶしを振り上げる。居て良いのか、この。いや。まあ、深く考えても仕方がない。
 今はこの、奈落へ続く『氷の塔』を、最上部から攻略せねばならないのだ。


 瞳を閉じた男が一人、玉座で足を組んでいた。
 かしづくのは氷の兵や獣、乙女達。いずれもガラス細工のように繊細な造形をしている。

 男は――男に見える存在は「不思議なものだ」と感じていた
 かつて荒れ狂う災厄であった時より、ずいぶん人の身に近付いていると思える。
 姿も、思考も。あるいは人間達が想像する信仰上の存在とも近しいだろうか。
 長い封印は、氷の表層が大気へと徐々に揮発するように、冬の力を減じているのかもしれない。
 とはいえ代償に獲得したであろう自由意志は、中々に愉快だとも感じられた。

 解き放たれた冬の王は、『盟友』と定義した存在へ、その大きな力を半ば預けている。
 盟友が力を貸す魔種なる存在は世界を滅ぼすと言うが――それ自体は男にとってどうでもよい。
 ならばその存在へ力を与えるのも、自信の役目であると心得ていた。

 懐かしい気配が、遙か上層に感じられる。
 水滴の一粒――嵐の残滓。完全なる人の身、精霊種(グリムアザース)として形を成すまでに減衰した哀れな存在は、今頃どんな顔をしているのだろう。
 己は何も、今この場に全てを費やそうとは思っていなかった。
 別段そこまでの義理も責任も感じてはいない。
 この場を去るのは、せめてその懐かしい顔を眺めてからでも遅くはないというだけの話だ。

 ――来るか弟……嵐の王よ。

GMコメント

 pipiです。
 久しぶりの大迷宮ヘイムダリオン。
 妖精郷からアンテローゼ大聖堂へ向かうルートの安全を確保しましょう。

●目標
 『冬の王』の軍勢を撃退。

●ロケーション
 下へ下へ続く、巨大な氷の塔です。
 フロアと階段がいくつもあります。
 足場は非常に冷たいため、かえって滑りません。
 周囲は暗いですが、不思議な力でやたらときらきらしているので、光源も心配ありません。
 ただし、ものすごく寒いです。

 散発的な戦闘が、何度も発生すると思われます。
 長期戦に備えるのが良いでしょう。

●敵
『アイスエレメンタル』×沢山
 神秘遠距離の単体や範囲の攻撃を得意とし、氷系や麻痺系のBSを保有しています。
 数体ずつ、散発的に出現します。

『ヴィルデフラウ』×ちらほら
 アイスエレメンタルの群れの中にちらほら居ます。
 アイスエレメンタルと行動は似ていますが、もうちょっと強いです。氷系や麻痺系のBSの他、出血系のBSも保有します。

『アイシクルデクリオ』×ちらほら
 アイスエレメンタルの群れの中にちらほら居ます。氷で出来た槍兵や剣兵のような姿。
 物理近距離系の攻撃を得意とし、氷系や出血系のBSを保有しています。

『冬の王』
 最下部に近い玉座の間に居るようです。
 精霊であり自然現象に近しく、善悪を論じるべき存在ではないのですが、残念ながらどうも敵方についているようです。
 あまり戦う気はないようですが、とてつもなく強力であると推測されます。

●同行NPC
『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)
 歌により、いくらかの支援能力を持ちます。
 冬の王に関する古い伝承を知るようなので、道中おしゃべりしてもよいでしょう。

『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)
 神秘後衛タイプのアタッカーです。
 皆さんの役に立ちたいと思っているようです。
 ついてきていいのか!?

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●備考
 本シナリオは運営都合上、納品日を延長させて頂く場合が御座います。

  • <spinning wheel>まっさかさまのアビスウォークLv:25以上完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年04月07日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
離れぬ意思
クロバ・フユツキ(p3p000145)
真実穿つ銀弾
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
天才になれなかった女
シラス(p3p004421)
竜剣
ジェック・アーロン(p3p004755)
天空の勇者
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
回言 世界(p3p007315)
隠者
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
繰切の友人
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
リチェと一緒

リプレイ


 吐息さえ煌めく静謐の中――
 遠目からは、あまりにか細く見えた氷の橋だが、いざ降り立てばかなりの広さがある。
 とはいえ眼下に広がる漆黒の奈落が透けていることを思えば、あまり安穏とした気にはなれなかった。
「――氷の塔、ね」
 慎重に進軍先を見つめる一行――その一人『白砂糖の指先』ジェック・アーロン(p3p004755)は、奈落を貫くガラス細工のような塔、その先端を上方から観察していた。

 ここは大迷宮ヘイムダリオン。フロア毎に荒唐無稽なほどの大変貌を見せる『異世界の破片』なれば、かの境界図書館を第二の――いっそ第一の――住居とする『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)にとっては、足を運ばざるを得ないとも思えた。
(……回れ右して帰りてぇ)
 世界が意気込みを後悔しているのは、この場の極端な寒さ所以である。奇しくも、このフロアは大昔に勇者アイオンが『冬の王』と呼ばれる大精霊を追い、妖精郷アルヴィオンを目指した道でもあった。今回の進軍はその逆ルート『妖精郷からアルティオ=エルム迷宮森林』を辿る訳だ。

「凄く……寒いです……」
 誰にも共通するであろう素直な感想を述べた『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)に、『竜剣』シラス(p3p004421)が頷き、同意する。
「まずこの寒さをどうにかしよう」
 世界はそう述べると、まずは炎の精霊を召喚した。これほどの状況に対して、まさかこれほどの周囲が溶けるはずもない。問題はなかろう。また一行の多くもまた、過酷な環境状況へ対応するための、何らかのすべ――たとえばひよこ(!?)――等を懐に忍ばせたりしていた。
「いやあ、どうにかならない!?」
「……これで一つ貸しな」
「恩に着るよ世界チャン! ずっと忘れないからネ!」
 声を震わせる『虹の精霊』ライエル・クライサー(p3n000156)に、炎の精霊を従わせる。
 そういえば――『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は先程ライエルが、何か重要なことを述べていたような気がして。
「ライエル君。さっき、すっごい捨て置けないコト言っていましたよね!?」
「僕は詩人、いつだって一音一句をあまさず堪能して欲しいヨ。特にドラマちゃんみたいに可愛――」
 いや、そういうのはいらない。耳に残らぬライエルの美辞麗句を聞き流しつつドラマはなんとなく、今回の行軍では記録に残さねばならぬものが多くなる予感がしていた。
「帰ったら数日は寝込みそう」
「お酒があれば大丈夫なの!」
「……えっと」
 突然の『花の妖精』ストレリチア(p3n000129)からの申し出ではあったが、少なくともキルシェに勧めてはいけないだろう。なんというか道義的に。
「ウォッカがあれば寒さは乗り切れるって鉄帝国で学んだの。学びの後は実践あるのみなの」
「その学びが既に実践を兼ねていたのでは」
 ともかく、とドラマは続ける。
「……確かにウォトカは身体を温めるかもしれませんが!」 ラッパは駄目ですからね!?」
 嵐の後には虹といえど、そっちの虹はあまり見たいものではない。
「ストレリチアさんのさむさむ防止はこっちです」
「ありがとうなの!」
 お人形サイズの小さなローブを取り出した『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)が、ストレリチアにそっと羽織らせてやる。
「後は、何か話していたほうが気が紛れそうだな」
 提案はもっともだが、シラスにはどこか、こういう所がある。貪欲な求道というか、ストイックな『体験』の蒐集と言い換えてもいいかもしれない。
「……やっぱり寒いわ! けど今はしっかり攻略しないとね!」
 続けてキルシェは隊列を提案し、その言葉に頷いた一行は、隊列を整えた。
「罠と索敵は拙者におまかせ下さい!」
 そう述べた『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)に、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)も応じた。ゴーグルをつけ、鼻から下をローブで覆う完全防備だ。
「敵については俺も注意を払うよ」
 クロバが述べた。
「罠は手伝わせて頂戴」
「俺も手分けしよう」
 世界も続ける。手と目が多いに越したことはない。こうして一団の先頭には、罠などへ入念な対処を行うイーリンと世界、殿にドラマ。そしてパーティーから少し離れた前方に、エルから使い魔を預かったシラスが斥候役を務めるといった案配となった。エル自身は小鳥の使い魔を帯びている。

 まずは――イーリンは床の様子を慎重に確かめた。
 塔の構造を考えれば、最も恐ろしいのは『落下』である。とはいえ叩く音を出しすぎる訳にもいかない。
 ひとまず落ちる心配はなさそうだが、伝承によれば、ここは『ゴール地点』だ。
 余程意地の悪い設計をされたダンジョンでもなければ、あまりどうにかなるとは考えられない。
 塔というからには人為的な場所とも思えるが、こうした不思議な空間に何が当てはまるかは知れたものではないから、注意自体を怠るつもりはないが――本当に怖いのは、塔の内部だろう。
 そして無事に攻略が完了したなら、いよいよ謁見だ。
「――神がそれを望まれる」


 氷の橋を渡り終えた一行は、塔の最上階へたどり着く。
「ここからはどうにも、一筋縄ではいかなそうです」
 ドラマは深緑の幻想種であり、ファルカウや同胞達の状況を考えれば、当然ながらに気が気ではない。急く心をハーモニアらしくあらんと抑えて、それでも――
「……注意すべきことが多いな」
 ジェックは狙撃手らしく、進軍先を丹念に観察している。温度、視界、反響。いざ塔を降り始めれば、純度の高い硬質な壁だって、音をよく響かせるだろう。壁と言えば前後左右の距離感が計りにくそうにも思え、その中で索敵し、エイムするということ――それに。
「……残念ながら、のんびり観光する時間はなさそうだ」
 塔内部、遠方で動いているのは氷の精霊達だろう。状況を考えれば友好的な反応は望めない。
 何せ――
「冬の王……伝説の大精霊か。今回は本物がお相手してくれるのかな」
 光栄ではあるが、穏便に終わって欲しいというのは、伝承を知る者にとっては切なる願いだろう。
 ぽつりと呟いた『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)の言葉通り、眼下の精霊達は冬の王と呼ばれる存在の配下に違いない。
「何か伝承を聞いておきたいな」
「ぜひ頼らせてもらいたいところだ」
 パーティーから離れて先頭を進む斥候役のシラスが、ライエルに問いかけ、言葉を重ねた『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)には、個人としても思う所があった。
「そうは言っても、勇者王の時代の話だよ。詩(うた)になるけど、そんなでいいのかい?」
「かまわないさ」
「だったら、そうだね。其は峻厳なりし冬の王――」

 ――かつて冬の王と呼ばれる大精霊が居た。
 振るわれる災厄に村は凍てつき、鎮めようとした精霊使いは砕け散り、討伐を試みた騎士団は全滅した。
 何せ相手は冬の暴威、その力の顕現である。立ち上がった勇者アイオンは転戦を強いられ、冬の王はついに大迷宮ヘイムダリオンを通り、妖精郷へとたどり着いた。そして苛烈な戦いの末に封じられたのだ。

「壮大だねえ」
 シラスは溜息一つ。改めて感じるのは、精霊も幻想種も住んでいる『時間』が違うということ。
(俺は、目の前のことに精一杯だ)
 正面を見据えたシラスにライエルが述べる。
「この辺りは割とみんな知っているんじゃないかと思うんだけど、なあに、他ならぬシラスチャンとクロバチャンのためだからネ」
「言い方」
「……」
「何度か読んだことはあります。物語になっているものが多く、細部は違いましたが」
 ドラマがそう言った。
「さっすが、詳しいね、ドラマチャン♪」
「なにも寒い所でそういう言い方。それと、もう少し詳細に知りたいところなのですけど」
「そうは言っても、昔のことだからね。僕もあんまりよく覚えていないのさ」
「覚えて……」

 伝承には残念な続きがある。
 妖精郷に封印された冬の王は、魔種とクロバの父に相当する存在――クオン・フユツキによって解き放たれ、行方知れずとなっていた。それがこの塔の最下部付近に鎮座しているという話だ。
 だから――
(俺はあの冬の王を止める”責任”がある……)
 ――クロバは二刀の柄を強く握りしめた。

「シラス殿、気をつけて下さい。あの突き当たりを曲がると、部屋に精霊が居ると思われます」
「おっと。助かる。喋ってばかりもいられないな。こっちは止めておこう」
 ルル家が注意を促し、シラスは別の通路を探しに、再び前へ。
 こうして一行は慎重に歩みを進め――


 迂回路の選択は正解だったろう。
 こうして三層を降りるまでに、交戦はなかった。
 シラスは思う。長丁場が予測される戦場では探索に補給、交戦時間削減が重要だと。
 索敵はシラスの斥候とルル家の探索能力に加えて聴覚、そしてジェックは温度視覚を利用している。
 視界はジェックの推測通り、通りが良い様で良くない。氷は光の乱反射で奥まで見渡すのが難しいから。
 とはいえ地形と敵の温度を見比べるのは、これも予測通りになかなか難しいものだった。いずれにせよ冷たいことに違いないが、壁と比べて敵は僅かに温度が高いようにも見える。
 それはそれとして、こちらにはあきらかに、炎による『光源』があるのだが、敵はまるで反応する様子がなかった。先頭のシラスが気配を悟らせぬようにしているからか。
「だったらこっちかな」
 ジェックが指さすのは、視覚的には見えにくい通路である。やや遠回りにはなるが、滲むように揺らぐ冷たい熱源――即ち『敵』が居ないと推測された。一行は各々のアイディアを共有しながら、進んでいる。

 各フロアは多くが広く、天井も高い。
 だいたいは中央にオブジェが配置されており、周囲の壁や柱は宮殿を思わせる造形になっている。
 外周部に小部屋には宝箱でもありそうなものだが、踏破済の遺跡であると考えれば望みは薄いか。
「全員立ち止まってくれ。通るしかないフロアに限ってこれだ。強い氷の精霊力も感じる」
 世界の制止に一行が歩みを止める。
 それから世界、ルル家、イーリンが慎重にフロアの入り口を探り始めた。
「罠がありますね、ぷんぷんにおいます! 鼻で感じるわけじゃないですが!」
「おそらく、この部屋に踏み入ると、冷気が襲ってくる、と。こっちの台座には罠はないみたい。ちょっと炎を近づけてもらってもいいかしら」
 イーリンが指さしたのは、床から伸びる台座に飾られた花のオブジェだった。
「分かった、こうだな?」
 世界の精霊が花びらを微かに溶かし、しばらく離れると徐々に修復される。
「氷の精霊力が僅かに動いたな」
「構造は物理的。対して維持には魔術的な力も働いているってわけね」
 こうした遺跡では、物理的なトラップの他に、魔術的なトラップについても注意しなければならない。
 この台座に何もないことは分かっていたが、構造物の性質を把握しておきたかった。だからといって安易に床を溶かしてみるわけにもいかない訳で、丁度よかった。
「エルは精霊さんにお願いしたら、部屋の冷気を止められるかもしれないって思いました」
「私が試してみましょう。ウィリアムさんも手を貸して頂けますか?」
「大丈夫だよ。任せて」
 エルの提案にドラマとウィリアムが頷き、精霊へと語りかける。
 天地を統べるほどの高位幻想種二人であれば、敵対的でないならば大精霊の旗下でも、或いは。

「凛烈なりし冬の隣人よ、我等の問いに答えておくれ」
「主なき庭園に、果たして何を守りたらんや」
 主の居ない部屋を守る役目に対して、不在時に果たす意味があるのかと問い、状況の差異を悟らせる。
 冬の王はこの部屋に居ない。迷いが精霊同士の単純な契約に綻びを生じさせるのだ。主が老練な魔術師であればこうはいかない。雁字搦めに縛り、罠さえ仕込むものだ。だが主が大精霊――それもおぼろげな人格しか持たなかった存在であるなら、強制力こそ強大であろうが、契約内容自体が複雑であることは考えにくい。
 氷の精霊は戸惑う気配を見せたが、ほどなく部屋から魔力の気配が薄まった。
「これで大丈夫だと思う」
「ええ、安全になったはずです」
 ウィリアムに同意したドラマは、そう言いながらメモに羽根ペンを走らせた。もしかしたら勇者王一行も、こうしてフロアを踏破していったのかも知れない。文献と照らし合わせれば、より精度が向上するだろう。ファルカウの書庫『月英』が無事であるならば――
(いえ――あるならば、ではなく。必ず)
「気質を読み間違えていたら危なかったかもしれませんが、どうにか出来てほっとします」
「そうだね……。それにしても、ここは何の部屋だろう?」
「勇者アイオンが冬の王と戦った部屋じゃないかな、たぶんだけどネ」
 ライエルが応えた。そういうことは早く言って欲しい。
 下から攻めれば上に居る、上から攻めれば下に居る。ボスというやつは、どうにもそういうものらしい。
 部屋には確かに玉座があり、また広さはこれまでになく広大だった。

 それから一層。さらにまた一層。
 一行は歩みを進めている。
「この下のフロアは交戦を避ける余地がなさそうです」
 ルル家の言葉に、みな覚悟を決めた。
 ボス広間の手前に位置するフロアである以上は、つまりそういうことなのだろう。
「突入しよう」
 シラスの合図に、一同が得物を構え――


 吹き付ける冷気を転げてかわし、バネのように跳ねたシラスが掌底を撃ち込む。
 続く鋭い踏み込み。膝と拳との三連撃が、氷精の一体を瞬く間に霧散させた。
 左右から迫る片側にはあえて背を向ければ、氷精を弾丸が貫いた。
 シラスに誘われるように陣を崩した隙を、ジェックは見逃さない。
 僅か一射。氷の乙女は透明な、宝石を砕いたように霧と舞う。

「このまま突破よ」
 イーリンの目配せに一行が同意する。
 そういえば、敵ははじめ、なぜか軒並み『背を向けて』いた。
 裏からの攻略というものが、塔の仕掛けとしては想定されていなかったのだろう。
「支援します」
「それじゃあ僕も一曲歌おう」
 一行の狙いは短期決戦である。出し惜しみはしない。
 長丁場ではあるが、ウィリアムが魔力供給出来る以上は、個々の戦闘を短縮するのが良いだろう。
 ウィリアムの術式がイーリンの魔力流を最適化し――御旗から顕現する光剣が敵陣をなぎ払った。
「悪いが容赦はしてやれない、俺は行かなきゃならないからだ」
 変異の氷爪が氷嵐を切り裂き、クロバは返す斬撃で氷の乙女をさらに打ち鎮める。
「これが拙者の宇宙力(うちゅうちから)! バラバラ殺人事件にしますよ!」
 ルル家が放つ三連撃が、残る氷精の一体を粉々に砕いた。

 吹きすさぶ精霊力を前に、イレギュラーズもまた無傷では済まない。
 だがキルシェもまた、作戦通りの短期決戦を胸に決めていた。
「行くのよ!」
「まとめて攻撃です」
 キルシェが放つ亡者の慟哭は魔性の呪歌となり、エルが放つ冬の力と共に氷精達を霧散させた。
 敵は数が多い。周囲を取り囲み、後ろへ回り込もうとする一団を、世界は溜息ひとつ一気に引き付ける。
 自身の生存を最優先にする――と言いたかったところだが、どうやらそうも行かないらしい。
 なにしろ数が多いのだ。敵一体一体の力はさほどでなくとも、偶然の重なりが命取りになることもある。
 十数秒後、とうとう僅かに浸透してきた敵へ、けれどドラマはその精霊力を一気に奪い去る。
 極大の氷嵐を放とうとした氷霊はしくじり、続くさらなる一撃にあえなく霧散した。
 イレギュラーズの猛攻は続き、僅か一分ほどの間に、敵の大軍を制したのだった。

 そこから八層ほどの間に、五度ほど発生した交戦を、一行はいずれも順調に制した。
 その間に経過した時間は、かれこれ六時間近くにはなる。
 驚くほど広大なダンジョンであり、ここまでとなるとさすがのヘイムダリオンでも珍しい。
 ウィリアムによる行軍中の魔力回復により、エルやキルシェが戦闘中は攻撃手となる点も敵の撃破を早めている。
 塔の傾向を掴んできた一行は、層を進む毎に進軍ペースを早めることが出来ていた。

「エルちゃん! キルシェちゃん! これ美味しいね! 僕ぁ嬉しいよ」
「チョコと飴とクッキー! ストレリチアお姉さんもどうぞ!」
「頂くの、キルシェさんありがとうなの! ここにブランデーがあると申し分ないの」
「お水で我慢してね?」
「ライエルお兄さんは、さむさむ、大丈夫ですか?」
「無理だからエルちゃんに抱きしめて欲しいナ! なんちゃって!?」
「はわわ、それより冬の王様のお話を、お聞きしたいです」
 一行は都度都度役目を交代しつつ、指先を温め直し、甘いものなどの高カロリー食を摂取していた。そうでもしなければ、身体がもたないことは分かっており、その辺りも十全に対策した形になる。

「で、誰かが最初に聞かないといけないと思うんだけど。『冬の王と元家族』ってどういうこと?」
 道中、イーリンがついに切り出した。
 歓談の声が止み、ドラマの耳がぴくりと動く。
「あー、それねえ。僕が嵐の王だったっていうやつ」
「えっ! えっ!? 嵐の、王?」
 ドラマが振り返る。先程もそう言っていた気がしたが、やはり聞き違いではなかった。
 嵐の王といえばその伝承や姿さえ数多に語られる、伝説の災厄だ。
「元家族ってことは絶縁したんですか? 喧嘩でもしましたか?」
 ルル家がすんげー直球な問いを投げる。
「いやあ、うーん。喧嘩をした覚えはないんだケド」
 ライエルは言葉を選ぶように、眉間を人差し指でくりくりとやってから応えた。
「そうだね。僕と冬の王は、同郷のほぼ同時期の、似たような存在だった……って言えばいいのカナ?」
 冬の王は遙かな昔、この混沌のどこかで発生した大寒冬を由来とする水の精霊だった。その後に来た、これまた春先の大嵐を由来とする水の精霊がライエルだったそうだ。
 嵐の王の姿は、なんでも巨鳥だったようだ。
「ある意味、繋がりといえばそれだけさ。別に一緒に育った訳でも、同じ学校に通っていた訳でも、好物のお菓子について詳しいわけでもない。ましてや一緒にピクニックしたなんて……いや、近いことはあったかな。何せ意思さえおぼろげな災害でしかないからね。討滅だの封印だのを目標にされるのは当然さ。けれど僕等はなぜだか互いを兄弟だと思っている。僕等の運命みたいに不思議だネ。イーリンちゃん!」
「……そういうのはいいから、続けなさい」
 顔を完全防備したイーリンが流し、ライエルは不満げに唇の先を尖らせる。
「それから二つの災厄は人の住む場所を、そりゃもうあちこちを、おもいきり荒らしまわったたのさ。存在としての『あるがまま』にね」
 先に討たれたのは嵐の王だった。勇者パーティーとの戦闘や諸々によってその力のほとんどを霧散させられ、嵐の王は勇者の仲間である精霊使いライエルに使役されることになった。そして古のライエルが命を終えたとき、嵐の王は『名を授かった』のだと言う。
 ライエルとなった精霊――元『嵐の王』が、人格らしきものを得たのは、それからずいぶん後のことだ。
「今の僕は君等ほどの力なんて到底ありはしない。『一人の』グリムアザースさ。『人の類い』になれた僕の頭の中に刻まれている何か、たとえば嵐の王が持っていた記憶のようなものや、冬の王に関する想い出のようなものが、果たして本当に僕自身の物なのかさえ、実際のところは定かとも思えない、僕自身の物語は、きっととっくの昔に終わっちゃっているのさ。なんちゃって。柄でもない話をしちゃったネ」
 ライエルがリュートで、切なげなアルペジオをつま弾いた。
「おしまい。とにかく僕はそんな訳で、今は君等の詩を詠いたいんだヨ」
 話を聞くウィリアムも、気になる点を切り出してみる。
「好物は分からなくても、せめて、もう少し広い意味での好き嫌いは分からないかな?」
 せめて謁見で失礼がないようにしたいからと理由も添えて。確かに気になる所だ。
「うーん、そうだね」
「お酒が嫌いな人はいないの! べふ」
 返答に窮した様子のライエルは、何か言いだしたストレリチアをつまんで脇に避ける。
「正直なところ、出たとこ勝負にしかならないと思う。けど力比べや戦いを望んでいるとは限らないカナ」
「じゃあいっそ、お菓子を分け合って、お茶を飲んでみるなんてどうかしら?」
 キルシェも思い切って聞いてみる。
「それ案外悪くないかもしれないよ」

「つまるところ、目的や戦闘方法については、分からずじまいか」
 残念そうに首を横に振ったクロバへ、ライエルは両腕を広げてみせる。
「戦闘方法はともかく、目的は分からないでもないよ。いや気持ちというべきかな」
 一同がライエルへ視線を集中させた、
「知りたいのさ。今の自分が何者で、何を成すべきなのか。つまりね、『物心が付いた』ってことカナ」
「スケールが大きかった割に、急に子供を語るみたいに言うね、って。いや……」
「なるほど、つまり……」
 言い終える前に首を傾げたシラスに、世界が頷いた。
 まさか存外、ほんとうに『おしゃべりしたい』だけなのかもしれないとは。


 一行はそれからペースをあげ、さらに一時間ほど、塔を降り続けた。
 時に交戦し、時に休息し、語らいつつ、最下部にほど近い通路を歩んでいる。
「なかなかこれは、すごいところだね」
 最下部とはあくまで『フロアを持つなかでは』という意味で、上からみた漆黒の奈落は、今も奈落だ。
 より下のほうは巨大な氷柱のように、見えなくなるまで延々と続いている。
「ここが異世界の破片なら、あり得ない話じゃない」
 世界が述べたように、通常の空間ではないのだろう。やはりライブノベルや、あるいは果ての迷宮に似ていると感じる。これはイーリンも同感だった。端から氷片を放ってみたが、落下音さえ聞こえない。
 そしていよいよ、一行は大きな扉の前に立っている。

 ――入るがよい、招かれざる客人よ。

「――!」
 扉が徐々に開き、一同に緊張が駆け抜ける。
 今なんと言ったか。招かれざると。危機感を覚えざるを得ない物言いではないか。
 扉が開ききると、玉座で頬杖をついているのは、一人の青年に見えた。
「お初にお目に掛かります、冬の王。私は幻想種のドラマ、と申します。突然の往訪と、ファルカウへと至る道程、王の庭を荒らすような行為をしてしまった非礼をお許し下さい」
「許す。顔を上げよ」
「はじめまして! 夢見ルル家です!」
「冬の王以外に名が無い貴方に、今の私は司書としか名乗ることしかできず。無礼をお許しください」
「初めまして冬の王様。ルシェはキルシェです!」
「初めまして。エルです。よろしくお願いします」
 対話を決めたものは一通り名乗り、冬の王は鷹揚そうに頷いた。

「王様、僕達は先へ進みたいだけです」
 始めにそう述べたのはウィリアムだ。
「僕や、彼女達の故郷へ繋がるこの道を。どうか通していただけませんか?」
「人の身が王へ命ずるか! とはいえ願い叶えるのは、やぶさかではない――が」
 ――が?
「せっかく遠路遙々と参ったのであろう。どうだ、幾ばくか、余の話し相手にでもならんか?」
 勇者王の冒険譚にその名を記された暴威の象徴を前に、ローグ(イーリン)の胸は高鳴った。
「それでは冬の王様のお名前聞いても良いですか?」
 キルシェが手をあげ延べる。
「名、とな」
「はい、お名前です」
「異な事を言う。冬の王では不服か。余をそう呼び慣わすのは人であるゆえ」
「いえ、そういう訳では。はい、冬の王様ですね!」
「良い、許す」
「はじめまして冬の王。俺はクオンの『ある種の身内』さ」
「たしかに同じ顔をしている」
 そう言われた瞬間、クロバの胸中に暗い炎が灯る。つい昨日の光景が、脳裏にありありと思い出せる。けれどクロバはそれを悟らせぬよう言葉を続けた。
「あんたらが深緑を閉ざしているのなら一応は敵になるのだろうな。目的もなぜこんな事をしているのかもだが気になるが、俺が一番知りたいのは」
 クロバが冬の王を見据える。
「何故あいつに手を貸す? 世界を壊そうとしてるのは知っているだろう?」
「余はこれまで常に人の敵であり、また世界を破壊する者であった」
「けど、それは『ホンモノの滅び』じゃない。雨や風、乾き寒さが人の世へもたらす災厄は、世界の滅びとは本質的に異なる、違うかい?」
「いかにも、確かに私は魔種(デモニア)ではなく、人が精霊と呼ぶものだ」
「世界が壊れるってことは、クオンもあんたも、消えてなくなるってことじゃないか」
「――」
 静寂がおとずれ、それは言ったのだ。
 まさかの応えだった。

「……考えてもみなかった」
 などと、冬の王は確かにそう述べたのだ。

「じゃあ考えてみませんか! 世界を滅ぼさない方法とか!」
 冬の王はいったいどうしたいのか。キルシェは不安に苛まれながらも問いただす。
「一考に値しよう」
「それから教えてもらえませんか? ルシェ達に、冬の王様が何をしようとしているのか。いえ――本当は、何をしてみたいのか」
「余は見て見たいのだ。この世界を、その姿を。余の力に凍てついた世界でなく、ありのままを」

 対話は続いているが、見守るジェックもウィリアムも世界も、なかなかに気が気でない。
 おそらくこれはある種の信仰すら得た神霊のようなものだ。人のようでいて、人ではない。山で熊に出くわしたようなものだ。それも喋ることのできる、おかしな熊に。定石では逃げるのが吉というものである。
 会話に割って入ったのは、冬の王へとキルシェにもらった飴玉を放ったライエルだった。
「ずいぶん小さくなったね、兄さん」
 自身もまたもう一粒の飴をくわえて、気さくに語りかける。
「これはこれは愚弟ではないか。まだ上の辺りを彷徨うておるかと思うたわ。まるで人の身よな」
「ただの人さ。ありがたくも、今はもう、ね。兄さんこそずいぶん人間みがあるじゃないか」
「どうだ、人の世は」
「僕なんかよりも、皆の話のほうが面白いとおもうよ。だよネ、イーリンちゃん?」
「では、まず旅人の私から、お聞かせ願いたい。豊穣という国をご存知でしょうか」
「知らぬが、よかろう聞かせてみよ」
 イーリンが世界各地について語りはじめる。少しでも旅の熱を伝えられたらと。
 幾ばくか語り終え、次の話の枕に「たとえば」と、つい差し出したのは一つの人形だった。
「ふかふかに触れたり吸うと癒される、と」
 言うなり冬の王は『ゴラぐるみ』に顔をつけ、深く吸い込んだ。ラベンダーの香りがする。
「不思議なものも、あるものだな」
 冬の王はゴラぐるみを深々吸った挙げ句に、とうとうライエルの見よう見まねで飴を舐め始めた。
「うまい」
 よりによって、無礼にならぬよう、顔の完全防備を解いた矢先の出来事だった。
 イーリンは『苦痛に耐えられぬ時に使うための道具』を手放したことを、今だけは心から後悔したのではないか。そして僅かにうつむき、肩の震えに耐え、二度ほど咳払いしたのではないか。
 何人かのイレギュラーズが『無理なヤツだ、これ』と思い、視線を泳がせる。
 ドラマへ視線を送れば首を横に振られ、ドラマが見たウィリアムとジェックは少し困った表情を見せ、世界はシラスと共に天井を仰ぎ、クロバは深い溜息をつき、おまけにストレリチアはいつの間にか泥酔してうつらうつらしているし、キルシェはなんともいえない表情になっており、エルはというと、いつも通りきょとんとしていた。突如襲ってきた『笑ってはいけない空気』に、いったい何を試されているというのか。
「うまい」
 冬の王はゴラぐるみを小脇に抱えたまま、うまいと言いながらチョコを食べ始めたではないか。
「うまい」

 ここまで来るとむしろ冷静になってくるが、そんな時、ルル家が申し出た。
「クロバ殿のお父上とお友達なんですか? じゃあ拙者ともお友達になりませんか!」
 再び直球がきた。突如話題に上ったクロバはといえば、複雑な表情を滲ませ冬の王を見据えている。
 冬の暴威は、ただあるがままの宿命がごとく存在するというならば――
(――それじゃあまるで、死神(おんなじ)じゃないか)
 ともあれ、冬の王は応える。
「盟友である。そも一宿一飯の恩義とは、人の言葉であろう。習ったまで」
 なるほど。ルル家としては、ライエルの兄を倒すことになるのは嫌だ。兄弟を引き裂く手伝いをするなど――豊穣の出来事、そして若き当主を思い浮かべる――二度と御免被る所だ。
「拙者とも友達になればどちらかに肩入れせず見守るだけになります!」
 冬の王は考え込んでいるようだ。
「……なりますよね? 駄目ですか?」
「娘よ、そう急くな。友となることもやぶさかではない」
「じゃあ!」
「だが盟約は違えぬ。人とて、友と言えど剣を結ぶこともあろう」
「エルは、冬の王様に会えて、どきどきしています。エルが冬が、大好きですから。冬は、厳しくて、優しくて、全てを包み込んでくれますから。なのでエルは、冬の王様と、ゆっくりゆったり、お話がしたいです」
 訥々と語るエルの言葉に、冬の王は大きく頷いた。
「冬の王様、お菓子……もう少しいかがですか!?」
 キルシェは思い切って聞いてみる。
 冬の王は布袋に包まれたクッキーを再びつまみ、においをかぎ、口へ運んだ。
 ぴくりと眉を動かし――キルシェは緊張しながら見守ったが――そのまま続けて三枚も食べる。
(食べてくれてるわっ!?)
 お菓子というものは、どうやら冬の王のお気に召したらしい。

 話しているうちにだんだんと分かってきたことがある。
 シラスは思うが、それは冬の王の『奇妙な幼さ』だ。
 ドラマとシラス、それからウィリアムは互いに目配せし、推論し合う。
 なるほど、冬の王は未だ強力な存在であるに違いない。
 だがおそらくかなりの『変化』が発生している。元々これほど『人に似た存在』ではあるまい。
 原因は勇者アイオンとの戦いで力が削がれていたこと。妖精郷を冬に閉ざした力が、長い封印の中で徐々に揮発していたであろうこと。加えて解き放たれた力が妖精郷に散ったこと。更にはクオンへかなりの力を貸与しているであろうこと。諸々が多量に重なってのことではなかろうか。
 だからシラスもまた、冬の王へと尋ねてみた。
「冬の王よ、人間の物差しで語って何かが通じるか分からないが兄弟の情はあるみたいだな。俺達も同じだよ、そして例の茨の中に家族が囚われてる仲間が大勢いるんだ」
 ただとは言わない。目的は盟友への素朴な思いからの手助けなのだろう。動機はきっと『封印から解き放ってくれたから』だ。魔種のような「世界を滅ぼしたい」というものでは、決してない。
「力を貸せることなら貸す、必ず成果を出して見せる」
 ドラマと世界もまた、シラスに続き、交戦の意思はないことを改めて訴えた。
 冬の王は言っていたではないか。世界が見たいのだと。ならば一行はその手を貸すことが出来る。
「言い分は理解した。共感もしよう。確約はしかねるが」
 冬の王は確かにそう言った。先ほどは世界の滅びについて「考えてもみなかった」と言ったが、その際には驚いた様子もなく、また怒りや悲しみといった負の感情すら見えなかった。そこにあったのは、おそらく微かな「喜び」だ。滅ぶことへ、ではなく。そういった考え方に初めて触れたが故の好奇心と思える。
 だからジェックも聞いてみたのだ。
「ここまでの戦いは興味深く見れた? それとも退屈だった?」
 冬の王についても、嵐の王についても、ジェックは深くしっている訳ではない。冬の王とて、ジェック達に興味を抱いているなどとは思ってはいなかったのだ。この対話とて「余興になればよい」と、ただジェックは、そうとだけ考えていた。けれど――
「姿も、動きも、音も、色彩も。いずれも実に興味深い」
 やはり冬の王は、そう応えたのだ。
「良き時間となった。余は退こう」
「待って、待ってください」
「何だ」
「お名前を、折角自由意志を手に入れたのに冬の王では愛想がなさすぎますよ! 拙者が決めます!」
「――申してみよ」
「オリオンなんてどうです? 拙者の世界で冬に見える星座の名前です!」
 冬の王は、しばし自身の顎へ指をあてると、首を傾げる。そして頷いた。
「ならば好きに呼ぶがよい。余もまたオリオンを名乗ろうではないか」
 ルル家の表情がパっと輝き――瞬間。冬の王オリオンは踵を返して冷たい風となり、消えた。
「……!?」
 すると、突如あたり一面に光が満ち、巨大な塔を形作っていた氷がじわりと滲む。
 一同が緊張に構える中、塔はガラスのような硬質へと姿を変えていった。

 ――冬が去り、奈落へ突き立つ氷の塔は、気付けば蒼穹に光輝く硝子の塔になっていた。

成否

成功

MVP

夢見 ルル家(p3p000016)
離れぬ意思

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 MVPは大精霊に名を与えた方へ。

 それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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