シナリオ詳細
<太陽と月の祝福>冬尽きて
オープニング
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『クオンくん、また外の話を聞かせてくれませんか?』
『もう何度も話しただろう』
飽きないのかと問えば全くと返ってきて。視線で請われるままにぽつぽつと話すと、目を輝かせてその話に耳を傾ける。
彼女を取り巻く世界は決して大きなものではなかった。病弱な体は外へ抜け出す元気があっても、そのまま遠出をするには至らなかった。
だからこそ、クオンの見てきたものが新鮮に映るのだろう。クオンにとっては何でもないようなものも、彼女はひどく喜んだ。
そんな反応をしてもらえるのは、語っているこちらとしても悪い気はしない。それに色々と聞いてくるからか、聞かれていないことまでつい話してしまえば、また彼女は興味津々に聞き入っていた。
手の仕草を思い出す。
笑っていたのだ、という事実を思い出す。
……けれど、笑っていた顔を思い出すことは、難しくなる。
『クオンくん』
声は、本当に彼女だっただろうか? よく似た、違う誰かと混ざっていないだろうか?
その瞳は。鼻は。唇は。
会えば記憶にすっと入ってくるはずなのに、逢えないからいつまでも少しずつ欠落していく。
生を受け、永遠に囚われて、1000年以上。人だったならば、忘却することのできる人ならば、零れ落ちる記憶があるのは当然なのだ。これまで零れ落ちたものだってあったに違いない。それをクオン自身が気にしてもいなかったというだけだ。
けれどそれが――今は、どうしようもなく恐ろしい。
●
「クロバさん、もう動いて大丈夫なんですか!?」
「ああ。相変わらずアイツにはこてんぱんにやられたし、夢の牢獄に囚われたりもしたが」
今はこの通りだ、とクロバ・フユツキ(p3p000145)はブラウ(p3n000090)に頷いてみせる。
しかし万が一にここで重傷の身だったとしても、クロバの行動は変わらなかっただろう。
――ファルカウで、待ってろ。全力のお前を、その願いを……全て、叩き斬ってやる。
去りゆくクオンへああ言った手前、それを違えればきっとクロバのことを煽ってくるはずだ。想像のクオンに腹が立ってきて、仏頂面になったクロバを伺うようにブラウが見上げる。
「……ん、ああ。なんでもないさ。それよりようやくファルカウへ向かえるんだろ?」
「はい。竜種たちが撤退し始めており、皆さんの進軍の具合からも、ファルカウ上層まで辿り着けるのではないかと」
それは冠位魔種がひとり、ベルゼーが退いたからだろう。怠惰魔種たちがそれをどのように思うかは知らないが、これで一気に駆け上がることができるというわけだ。
「ブラウは――」
「はい! 居ても立ってもいられなくて、飛び出してきました。とはいっても、僕に出来るのは集まってくる情報を集めて、纏めることくらいですけれど」
それでも、ローレットでただ待っているよりは役に立つだろうから、と。
彼はローレットに在籍しているが、イレギュラーズではない。ただの一般人で、情報屋だ。魔種たちの待ち受けるファルカウになど向かえば、あっという間に殺されるか反転するかの2択である。
「クロバさんは上層へ向かうんですよね?」
「ああ。アイツがいる。俺は……決着をつけに行かなきゃいけないんだ」
ファルカウを見上げるクロバ。一般的には立ち入ることのできない祈りの地だと言うが、ファルカウの中でも神域と呼ぶべきそこで、あの男は待っているような気がしていた。道半ばで至る場所ではなく――到達すべき果てに。
「――ならば、私も同行させて頂けませんか」
「リュミエ様!?」
振り返ったクロバが目を丸くする。そこにいたのはあの大樹ファルカウの巫女にして深緑の指導者である『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)。長らく冠位魔種カロンの眠りに囚われていた人物でもある。
しかして、僅かな休息で彼女は再びファルカウへ戻らんとしていた。深緑の頂点に立つ者として、このまま全てを任せきりにすることはできない。それも深緑の民ではない者たち(イレギュラーズ)が体を張っているのだ。
「お体の方は大丈夫なんですか?」
「ええ。万全も万全……とは言い難いですが、皆様と共闘することはできましょう」
深緑が閉ざされたあの瞬間から眠りに囚われていたのだ。少しばかり休んだところで全快とは言えないだろうが、戦いに出られるほどには回復しているとリュミエ自身は言う。
(リュミエ様が共に戦ってくれるなら、これ以上ない戦力だ)
万が一何か起ころうとも、それこそクオンが何か仕掛けて来ようとも、自分が彼女を守れば良い――クロバはそう判断して、リュミエに頷いた。
●
駆ける、駆ける。
下層から中層へ、中層から上層へ。
モンスターや魔種を押しとどめ、撃破せんとする他のイレギュラーズたちを横目に、その戦場を託して上へと向かっていく。
「もうすぐです!」
リュミエの声を聞きながら上層へ足を踏み入れるイレギュラーズ。そこへちらついた赤に、誰もが息を呑んだ。
「火がこんなところまで……!?」
ファルカウに放たれた火が舐めるように上層をも飲み込んでいく。放置しておけば――祭壇ごと、この区画は燃え尽きて崩壊するだろう。
「ああ、やっと来たか」
聞き覚えのある声にはっとクロバが振り返る。剣を抜いた音がしたのはそれと同時だ。
「クオン」
「泣き虫だったお前がどれほど成長したのか、見せて貰おう」
前回のような不意打ちじみた攻撃はない。真正面からクオンの持つ剣先がクロバを見据える。望むところだ、とクロバもまた得物を手にしようとした、その時。
「いけません……!」
伸びあがる炎。クオンは咄嗟に強い冷気を纏ったが、イレギュラーズたちはそうもいかない。たやすく鎮火することも叶わないような赤を、見つめることしか――。
その瞬間、イレギュラーズの後方からあたたかな風が吹いた。一同をすり抜けたそれは魔力を伴い、炎を鎮めていく。
「長くは、持ちません」
フェニックスの炎を抑え込んだリュミエは小さく眉根を寄せながらイレギュラーズへそう告げた。ほう、とクオンの感嘆する声が響く。
「結界か。流石はファルカウの巫女、というべきだろうが」
「っ……させるか!」
クオンの行動を察して、クロバが素早く追随する。あわやリュミエを斬らんとしたその刃はクロバのガンブレードによって防がれた。すみません、とクロバの背後からリュミエが零す。
「怪我は、」
「ありません。ですが……動くことさえもままならないでしょう」
クオンが飛び退き、ガンブレードは宙を薙ぐ。肩越しに振り返ったクロバは、リュミエの厳しい表情を見た。緊張の糸を張って、一瞬の隙も見せない――そうしなければ結界が維持できないほどに、苛烈な炎ということか。
「いずれ下の階層から、援軍が来るでしょう。この炎を鎮火できる同胞たちもいるはずです。それまで守りと、かの男の相手を任せてもよろしいですか」
炎を睨みつけるようにしながらリュミエがイレギュラーズへ問う。よくよく見れば炎は結界を押すように伸びており、それを受けてほんの僅か、結界が縮まったような。
(やれるか、じゃない。やるんだ)
そうでなければ炎に呑まれるか、クオンに斬りふせられるか。撤退という選択肢もあるが、その場合はクオンを逃がすことになる。
「全て叩き斬ってやる、だったか? なあ、クロバ」
「ああ、そうだよ。俺はアンタへの復讐を果たす」
――さあ、決着の時だ。
- <太陽と月の祝福>冬尽きてLv:40以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年06月29日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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「――またかこのクソ野郎!!!」
あいつはいつだってヘラヘラしていて、よく違う女をとっかえひっかえしていた。そのことで良くトラブルを起こし、子供に怒られる情けない大人だった。
「どこ行きやがったテメェ!! 出てこい!!」
あいつはたった1回の決着ですぐ行方を眩ませていた。そこで終わりだなんて微塵も思っていないのに、いつの間にか姿を消していて。それが実は隠れて様子を見ていただけだと気づくのは、ずぅっと後のことだった。
「あっ! さっきはよくも逃げたなテメェ!!」
あいつはそれでも必ず家に帰って来た。妹が自分の料理する姿を眺めていて、やらせて欲しいなんてせがむのを危ないからと押しとどめて。そんなところに帰ってきていい匂いじゃないか、なんて何もなかったように言うものだから――また、眉尻を吊り上げることになるのだ。
「クオン、……ファルカウで、待ってろ。全力のお前を、その願いを……全て、叩き斬ってやる」
あいつは鼻を鳴らして。けれどその首が横に振られることはなかった。呆れることも、笑い飛ばすことも、なかった。
大抵保護者らしくも父親らしくもないくせに、たまにそれらしい面を見せるのは、ずるいんじゃないだろうか。
なあ、クオン。俺が一度として『父』と呼ばなかったのは――。
●
あれは確か、2年ほど前の事だっただろうか。
深緑において、『雪解けを求め』クロバ・フユツキ(p3p000145)によく似た人物がいるのだと、そう聞いた依頼があった。
(あの時からずっと、貴方は暗躍していた……この、緑の地で)
『女神の希望』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)は視線を立ちふさがる男へ向ける。オッドアイの双眸を見れば、クロバと異なることは一目瞭然だ。
(彼が、クオン・フユツキ)
『一人前』すずな(p3p005307)はごくりと唾を呑み込む。
突き刺さるような剣氣からして、剣聖の異名は伊達じゃない。けれども、嗚呼――血が沸き立つような高揚感は、強者を前にしたからこそだ。
(相手にとって不足なし、ということですね)
それでこそ、力の出しがいがある。すずなは静かに構えた。その後ろで『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)がリュミエを背中に庇う。
「リュミエ様の事は任せておけ、必ず護り切る……だから勝てよ、クロバさん!」
肩越しから頷くクロバ。負ける気なんてさらさらない。この心は、いつだって負けちゃいないんだ。
「――んでもって、帰ったらアンタの奢りで焼肉な!」
「は?」
「いいですね!」
「……お前たち、私の元へ何をしにきたんだ?」
続いた言葉にクロバがぎょっとして、すかさずすずなが肯定する。さしものクオンも呆れ顔だ。
「かかっ! いいじゃねぇか」
誰1人欠けず、クオンを止めてローレットへ帰る。そのための約束だ、なんてわざわざ言う必要はないから。
「此処で、決めましょう――クロバさん!」
「ああ。……見ててくださいリュミエ様、俺が勝つところを」
クロバの言葉にクオン・フユツキが肩眉を上げる。その口端が小さく上がった。
「随分余裕じゃないか」
「余裕なんてないさ。あんたが目の前にいるんだ」
それでも。幾千を超える敗北も、クオンの永遠に近い冬すらも、全てを断ち切って復讐を果たす。そのためにクロバは、此処に居る。
「勝負だクオン。俺はクロバ・フユツキ――お前の、死神だ!」
鋭い肉薄と共に強烈な一閃がクオンへ迫った。避けられるもクロバの攻撃はそれだけにとどまらず、太刀とガンブレードによる集中斬撃で畳みかける。
(師匠がお父様とはっきり決着をつけられる機会も、これが最後でしょうか)
怠惰冠位との決戦もいよいよチェックメイトが近づきつつある情勢だ。そのチェックメイトがどちらへ向けられるものであるかはまだわからないが、いずれにせよ深緑の運命が決まると思って良いだろう。
『風のテルメンディル』ハンナ・シャロン(p3p007137)の剣舞が軽やかに、鋭く攻め立てる。手数と急所狙いで攻めるスタイルは師弟らしい。
ガンエッジに装填された魔黒銀の銃弾が限界を越えんとその魔力を発揮する。師たるクロバが積年の想いを晴らせるよう、自分もまた気を抜けない。誰ひとりが欠けたとてこの戦場は切り抜けられないだろうから。
「あなたがクオン・フユツキね。噂は色々聞いているわ」
初めまして、と『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)は仲間を癒しながらクオンへ口を開く。
「おや、これはご丁寧に。お嬢さんの言う通り、私がクオン・フユツキだよ」
もう知っているだろうがね。クオンは歌うような軽さで告げながら、誰よりも重い斬撃でイレギュラーズを傷付ける。
(できれば今日ここで、さよならを言いたいのだけれど)
これまで何度も苦汁を嘗めさせられてきた相手ならば、そう簡単にいくとも思えない。タイムが今できるのは皆を癒すことだ。
「クロバさん、わたしたちもいるから、前だけを見て。ちゃんと支えるわ」
「ああ。頼りにしてるぜ、タイム!」
肩越しにだけれど、小さく彼が笑みを浮かべた気配がして。その信頼にこたえるため、タイムは傷ついた仲間へすぐさま福音を響かせる。
(フユツキ、フユツキかぁ)
どう考えても彼の知り合いだろうと『ヤドリギの矢』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)はクロバを見やる。というか周りの雰囲気からして十中八九そうだろう。
しかしてミヅハが細かい事情を知る訳もなく、そこへ踏み込むつもりもなく、気にするつもりもない。
今大事なのは目の前の『クオン・フユツキ』という人物が敵であり、一同が彼を倒すと言う意志を持っていることなのだから。
「ふーん、ここで仕留めないと駄目な敵なのね?」
『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は木落しを手に前へと躍り出て斬撃を放つ。長い髪が軌跡を描いて宙を踊った。
「元気なお嬢さんだ」
「余裕でいられるのも今のうちよ? そんなもの、全部削り切ってあげるわ!」
斬撃の余波をものともしないイナリ。今の彼女はとても"ノっている"し、皆が倒れる前に倒してしまえばこちらの勝ちだ。
(何度もローレットの前に立ちはだかった難敵……クオンと、いよいよ決着の時ですか)
深緑全体が今、運命の岐路に立たされている。これもまたそのひとつなのだろう。ここを逃せば、最悪"次"はないと『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は察する。
何よりクロバは、ここで決着をつけると。そう言ったのなら尚更、お互いにこれを区切りにしようとしていることが肌で感じられた。
なれば自分たちも最善を尽くすが、クロバには最善以上を尽くしてもらわなければ。そうでないと、決着はつかない。
「新田さん、信用していますからね!」
「お任せを」
その言葉を背に、すずなは肉薄する。クロバや仲間たちの剣筋を邪魔せぬよう、しかし自身の剣筋がブレてしまわぬよう、出し惜しみなく手数で攻めていく。つむじ風のような無数の斬撃は、躱そうと思って簡単に躱せるものでもない。
しかし、それでも躱し、受け止めるクオンは流石と言うべきか。すずなは気の高ぶりを感じながらも、負けられないと地を力強く蹴った。
「覚悟してもらうよ、クオン・フユツキ」
リウィルディアの放った術がクオンへと差し向けられる。氷の盾で打ち消したクオンは散った術式へ面白そうに視線をくれる。
「ふむ、呪いか」
不意にクオンへ衝撃波がぶつかり、その体は勢いよく後退した。
痛みはなく、しかし前触れもなく。受け身を取ったクオンが顔を向ければ『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)と目が合う。
――すでに、次の攻撃を準備した状態で。
「まさか、また会う事になるとは思わなかったよ」
放たれる破式魔砲。クオンが氷の盾を続け様に展開しながら横っ飛びに避ける。
「逃がさない」
数発のそれを打ち切ったЯ・E・Dは肉薄し、彼の前へと立ちはだかった。
(リュミエ様から少しでも離さないと)
彼女はこの戦闘における要だ。守るためであれば、仮に自分が倒れようとも仕方がない。
その様子をプラックは後方から見守る。どこから何が来ようとも、リュミエを守るのだと警戒する背後では、まさに彼女が結界維持のために力を行使していた。
(皆に信じて任されたんだ。指一本も触れさせやしない)
得意とした役目ではなくとも、その役目が必要だと言うならば。誰かを助けるための役目ならば、プラックはなんだってやってやるのだ。
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(あの方が、クロバさんのお父上)
そう判断するのに時間は必要なかった。話には聞いていたし、実際に見ると――あまりにも瓜二つだったから。
ただ、雰囲気はクロバと大分異なっていると思う。冴え冴えとした空気は冬の王の力を受けたからだろうか。それとも元々そうなのか。リュミエにはそこまで断じることはできない。
(ここで、貴方の心の痼りは取れるのでしょうか)
見ていてくださいと言った男の背中を見る。自分たちよりもまだまだ短い時間を過ごしてきた彼は、しかし自分たちには想像もできないほどの経験をその身に詰め込んできている。心の痼りもまたそのひとつ。
簡単にとけるものではないのだと、理解はしている。けれどその実は、本人にしか分からない。
何が正解なのか。
どんな結末に行き着くのか。
……どんな結末に行き着いてほしいのか。
(私にできることは、結界を維持しながら貴方の心の行く末を見ている事)
そう、良き隣人たる彼に願われたから。
その覚悟を見届けたかったから。
リュミエは外側から叩きつける炎の力を感じながらも、親子の戦いから目を逸らすことなく見つめていた。
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メガネ越しの瞳がクオンの急所を捉え、指が引かれる。ステッキ傘に仕込まれた銃弾が向かうのはクオンの胴体。容易に避けられるとは言わせない。
正面からクロバやすずなたちと交戦していたクオンは、はっとして後方へと飛び退く。多少の朱を散らしながらも躱したクオンへ、すかさず仲間達が攻撃を畳み掛け始めた。
「クオン。貴方が何を求めてこれまで動いてきたかなんてこと、僕は興味ないんだよ」
「ほう? それならここで立ちふさがる義理もないのではないかね」
クオンの放つ斬撃を受け止めながら、リウィルディアはそうだよと頷いた。
わざわざ邪魔をする理由はない。"リウィルディア自身"には。
「ちょっとだけ興味があるんだ。そのために最大限邪魔をさせてもらうのさ」
絡みつく二頭の悪性がクオンへ標的を定める。仲間の攻撃を氷の盾でいなしたクオンが攻めに転じようとするが、すかさず新田の射線が阻み、すずなはそこへ深く踏み込んだ。
「――相変わらずいい仕事してますよ、ほんと!」
「恐縮です」
狙いすまされた斬撃がクオンの頬を浅く裂く。浅い、けれども確かに1撃入れた。
(これだけでは足りない)
周囲から迫る炎がある以上、イレギュラーズたちにはタイムリミットが課せられている。ならばそれまでの間にどれだけの攻撃を繰り出せるか、そしてどれだけの攻撃を当てられるかだ。
「風穴開けられたくなきゃ避けた方がいいぜ?」
ミヅハの番えた矢がクオンへ真っすぐに飛んでいく。獲物を逃がさぬという勢いで飛来するそれをクオンは咄嗟に躱すが、鋭利な矢じりが服を引っ掛け、肌を浅く裂いていく。
(あのタイミングで避けられるんだ、相当な実力だな)
少なくとも加減ができるような相手ではない。全力でも今のように直撃は避けられてしまうだろう。
それならとミヅハは急所よりわずかばかり"敢えて"逸らす。
(少し結界が縮まってきたか……?)
周囲に警戒を向けていたプラックは、ふとその熱源が近く感じた。そっと肩越しにリュミエを見やれば、その視線を受けた彼女は謝罪をこぼす。
「少しずつ、勢いが増しているようです」
炎が力を持つほどに、リュミエの負担は大きくなるだろう。彼女の謝罪に首を振ったプラックは、不意に差した影を見てはっと顔を上げた。
「氷の……ドラゴン!?」
覇竜領域にて亜竜と戦ったものならば、それが作りものだとわかるだろう。けれども結界内で暴れるように飛ぶそれは、ギロリと半透明な眼をプラックへ――その背後にいるリュミエへ向ける。
「させるか!」
滑空するドラゴンに寛治の放った銃弾がめり込むが、勢いは止まらない。まっすぐに飛んでくる敵を、プラックは渾身の力で受け止めた。
「うおおおぉぉ!!!」
ざり、と僅かに足が後ろへ押し出される。けれど、けれども――そこまでだ。ドラゴンが退く前にプラックの拳が顔面へめり込み、すぐさま参じたハンナの斬撃が翼を傷つける。
「引きつけはお任せを」
「ああ、頼む!」
寛治へ標的を変えたドラゴンを一瞥して、プラックはクオンへ視線を移す。
(俺の親父も糞親父だが……どうやら下には下があるらしいな)
魔種になった父親。けれど原罪の呼び声に答えた父よりも、進んで魔種と手を組む旅人の何と悪質なことか。
それでも――父親であることは変わらない。
「わたしがいるから、全力でやって大丈夫よ!」
タイムのサンクチュアリが皆へ力を与え、前を向かせる。そこに居るのが途方もなく強い相手だとしても、今は誰もが1人ではない。
(炎が迫ってるなら、のんびりはできないわ)
肝となるのはリュミエの結界だ。そう簡単に揺らぐ訳はないだろうが、限度はある。
だからもっと、回復を。
だからもっと、癒しの力を。
皆を、クロバを、ちゃんと支えられるように!
追いかけては回り込まれ、また追いかけ。すずなと挟み込めば片方が吹き飛ばされ、クオンがまた自由を得る。しかしてそのための行動にリソースを割いていることは確かであった。
「クオン、わたし達は個人の想いだけで歩みを止めるわけにはいかないんだ」
「想うのはいつだって自由だ、私がそう思うことを止めはしないさ」
氷の爪が深く突き刺さる。Я・E・Dは足を踏ん張りながら彼をまっすぐに見つめた。
「うん。わたしもクオンがそう思うことを止める権利はない。でも……その想いに負けられない」
「奇遇だな、私もだよ。そのためなら何でも使うし――」
視線が不意に逸れる。Я・E・Dが感づいた頃には、その体は後方へと吹き飛ばされていた。
「――どんな犠牲も厭わないのだよ」
「リュミエ様!」
ハンナが声を上げる。だが勢いよく地を蹴ったクオンとは距離を放されており、ハンナは追いかける。
(絶対に、リュミエ様まで通すわけにはいきません……!)
プラックが体を張っているのは知っている。他の仲間だって動いてくれるだろうことも分かっている。それでも、守りに自信が無くても、あの方を守りたいのだ。
「余所見は頂けませんね」
標的の変化へ敏感に気づいたすずながその動線を阻む。振り下ろされた剣を咄嗟に刀で阻めば、ぐっと体ごと押される感覚があった。
「私達と、踊っている最中でしょうっ!?」
「悪いね、私は目移りしやすいんだ」
こんなふうにね、と素早く距離を取って回り込まれる。その先でЯ・E・Dも行く手を阻むが、容赦ない斬撃がЯ・E・Dを襲った。リュミエの守護についていたプラックがクオンの接近に彼女を庇う。
(こういう時の為に、俺がいるんだ!)
そんな機会がなければ内に越したことはない――が、クオン相手にそうも言っていられないのが実情で、これが現実だ。
しかし。
「行かせるかよ……!」
プラックへ迫る刃の前へ身を躍らせ、クロバの太刀がそれを受け止める。彼を死角にプラックもまた守るための拳を突き出した。
「いつだってお前は俺じゃなくて、その向こうにいる誰かを見ていたな」
「なんだ、嫉妬か?」
「ああそうだよ! "今"くらいは俺だけ見てろ!!」
プラックの拳を避けた隙を狙い、力任せに押し返す。なんなく受け身を取ったクオンは素早く構えた。
「流石にね、10人もいれば貴方の速度でも対応できるんだよ」
すかさずリウィルディアもクオンへ向け、エンピリアルローサイトを放つ。
少しずつ結界が狭まってきているのを感じている。猶予は思っているよりもずっと少ないと思って良い。そうなれば確実に地の利はあちらへ移ってしまう。
(早いところ終わらせないとね)
クオンへ矢を番えるミヅハは、オリオンの一矢を飛ばす。どれだけ攻撃を受けても、手を止めることだけは決してない。それは自身が狩る側であるというプライドもあれば、リュミエがいる手前ヘマをするわけにはいかないという思いもあり。
手から離れる矢はしかし、クオンを完全にはとらえきれない。
(――けれど、それで良い)
当たったならそれも良し。当たらなくとも、こちらには仲間がいるのだ。
「はぁっ!」
すずなの気合と共に放たれる一閃がクオンの服に鮮血を滲ませる。どこまでも手ごたえを感じきれない。
けれどその手応えを感じさせない空白すら詰めるように、イナリの突進がクオンを弾き飛ばす。
「まだまだ、ここで体力切れなんてないでしょう?」
楽しげな声と共に度重なる攻撃がクオンを襲う。いつしか途切れてしまうその猛攻の切れ目に銀閃が煌めくが、イナリは軽やかに地を蹴ってクオンの斬撃を逃れた。
「もう簡単には近づけさせないわよ」
「そのようだね」
肩をすくめるクオン。その体は傷を無数に負っているが――表情の余裕はまだ、剥がれない。
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半分は自分の為。半分は暇つぶし。そんなところだっただろうか。
自身を殺す為に作ったふたつのものは、最初から完成するものではなかった。それなりに時間をかけて、それなりに手塩にかけて。
けれどそれは実際、明確な期日が決められたわけでもなく、明確な区切りがつけられたわけでもなく。実が熟した時がその瞬間だと言うような、実に曖昧な日々でもあった。
『彼女』と似たような女に誘いをかけて、無限にも思える日々を浪費して。そしてつくったものの育ち具合を確かめつつ、少しばかり稽古をつけてやって。
従順なばかりでは困るのだ。いざという時に反発できなければ、自身へ刃を向けては貰えない。
しかし全く信が置けないのも問題だ。心の底では信じているからこそ、裏切られたと感じられるのだから。
それに子供同士の信頼も必要だ。絆が深い程、別たれた時の絶望は深くなる。
元々研究を行う身だったから、時間をかけることには苦労こそあれど慣れている。しかし思った以上に疲労を感じたことは間違いない。子供の相手など殆どしたことがなかったし、それも片方は随分やんちゃな子供だ。
それでも辛抱強く保護者を演じたのは他でもない、愛する彼女にもう一度会いたいがため。彼らの成長は彼女へ続く一歩なのだ。
――本当に、それだけだっただろうか?
こちらの気配も探れない子供がいつしか自身を捉えた時には驚いて。そのひと太刀が少しずつ重くなる感触を一戦ごとに感じて。妹を思いやる兄としての姿はいつしか自身が人であった時の事を思わせて。
ただ――それは彼女に会えるまでの、幻みたいなものだと思っていた。
●
「さすが、精鋭揃いといったところか。流石に骨が折れるな」
その精鋭達の中で1人立ち回る剣聖の言葉に寛治は警戒心を強める。何か――それが何であるかはわからないが、嫌な予感だ。
(考えられるのは……借り受けたという冬の王の力ですか。先程はアイスドラゴンを召喚したようですが)
「ねえ、なんだか……寒くない?」
タイムが小さく眉根を寄せてつぶやいた。周囲から迫り来る炎は、実際に押し寄せることはなくとも熱を伝えてきていたはずだ。なのに今は暑いどころか、少し肌寒くすらある。
「何をする気だ……?」
「自分の目で確かめてみれば良い。隠すつもりなどないのだから」
クオンの言葉にクロバが睨みつける――が、寒さの正体はすぐさま知れるところとなる。
「あれは……!?」
ハンナは瞬く間に形作られていくそれに目を見張る。
無数に生まれた氷塊は粘土をこねるように変化し、翼と嘴を持つ。結界の外側はあんなにも火が取り巻いているというのに、内側は一段と気温が下がったようだ。
「リウィルディアさんハンナさん、新田さんのフォローお願いします!」
「任せて」
「ええ」
「よろしくお願いします」
タイムの声に三者三様の応えを聞きながら、彼女はクオンを相手する仲間たちの回復を手厚くする。けれど何もかもをフォローできるわけではないのだと、3人の背中が視界に入るたび酷く悔しくて。
(大事な場面で、無理を買って出るんだから)
飄々とした顔をして、あの眼鏡の男は傷を負う。本当は誰だって傷ついてほしくないのに、誰かを守るため戦場へ出る度に、心の蟠りは小さく積もる。
けれど、だからといって戦場に出ない選択肢はない。少しでも、この手ですくい取れる僅かでも救うために、大切な仲間たちの為にタイムは此処に立っているのだ。
「新田さん!」
「ええ」
タイミングを合わせながら、寛治とリウィルディアがすかさず肉薄していく。多量に生み出された氷の鳥は、外の炎に触れれば溶けてしまいそうだが、奇しくも結界があるためにその中で縦横無尽に飛び交った。
それらを寛治とリウィルディアが引き付け、抑え込み、そこへハンナの乱撃が襲う。刃で削り取られた氷が復元する気配はなく、ハンナはこのまま押しきれると攻撃を重ねていく。
「逃がさないよ」
「リュミエ様の方へは行かせません!」
正面から動きを阻害するリウィルディア。すかさず裁きを与える宣告が氷の鳥へと下される。結界を維持する彼女へ目を付けた鳥を優先的に倒したハンナは、次はどれだと視線を巡らせた。
「プラック様、お気をつけを!」
「こっちは任せな。絶対に……絶対に護り切るぜ、俺はッ!」
無数に飛び交う鳥達。先程のドラゴンも危なかったが、小回りが効く彼らはどこから攻めてくるかわからない。そんな群れに対して1人で護り切るには限界があるけれど、その限界すらも打ち破ってみせよう。
(どんなにピンチになろうが諦めねぇ……いや。ピンチだからこそ、諦めねぇ!)
例え孤立無援になろうとも、結界が小さくなろうとも。リュミエと仲間達を信じればこそ、途中で投げ出すなど有り得ない!
――本当は、クオンへ殴り込みに行ってやりたい。
――仲間に戦いを任せるだけだなんて、悔しくてたまらない。
けれど皆が『プラックにリュミエの守護を任せられる』のだと信じてくれたから、その信頼も裏切ってしまうような情けない男にはなりたくない。
自身の命にかけて、他者の命を守ること。それがプラックの戦場だ。
「最後まで、お相手願いますよ――剣聖!」
傷だらけになりながらもすずなは刀を構える。この期に及んでも、その立ち姿は全く歪まない。
それはすずながどれだけの鍛錬を積んでここに立っているのかを知らしめるものでもあった。
ハーフ・アムリタの力を得て最大限の火力を浴びせかけるすずな。Я・E・Dもクオンの動きを妨害しながら魔力を練り上げた。
「限界が近いようだが、大丈夫かね?」
攻撃を放つЯ・E・Dへクオンは声をかける。その割に反撃の手は少したりとて緩みはしないが。
「安全を取っていたら、絶対に勝てないからね。無茶だとしても、今回は前のめりに行かせてもらうよ!」
どうせ相手を倒すのか、自分が倒れるかの2択だ。全てを出し惜しむ必要がない。
(クオンがどれだけの想いを持っていようと、11人分の想いよりそれが重いだなんて思わないし、言わせない)
体が重い。それでも攻撃の手は止められない。最後の最後まで、全力を振り絞って、クオンへ届かせるのだ。
棒立ちする寛治の上空を鳥が取り巻き、一気に降下していく。この戦場で棒立ちする異質さと、無防備さと、それから――ちょっかいを出したくなるような、そんな雰囲気。あまりにも鳥達が宝物だから、ハンナは慌てて乱撃で散らす。
「大丈夫ですか!」
「ええ……と言いたいところですが。しかしこの程度で倒れては申し訳が立ちません」
もっと危険な敵に、前線で立ち向かう仲間達がいる。それを思えばこんなところで膝はつけない。
しかしまだまだ鳥達は滑空し、こちらを狙っている。彼らをどうにかしなければ、リュミエを、ひいては結界を壊されるか。あるいはクオンの戦う仲間達が力尽きるかだ。
「待たせた、助太刀するぜ!」
ミヅハが溜めに溜めて放ったそれは、まるで万物を砕く鉄の星のように宙から降り注ぐ。氷という物質を砕くことなどわけもない。
「ありがとうございます、このまま全て仕留めましょう……!」
「うん。押し留めるのは任せて」
リウィルディアや寛治が前線に立ち、ハンナとミヅハが範囲攻撃で一掃させる。
氷の鳥たちをどうにか仕留めきったハンナたちが再び仲間たちへと合流し、クオンへ一斉の攻撃が始まった。
「師匠やすずな様に比べれば、拙い剣に思われるでしょう」
けれども。手数の多さだけは後れを取るつもりはないと、ハンナは急所を狙い止めどない攻撃をクオンへと加えていく。
例えこれがクオンを捉えずとも、彼の余裕は徐々に削られていくだろう。仲間がそこへ一撃喰らわせてくれるなら上々だ。
けれども。
「まあ――こんなところか」
クオンの纏う雰囲気が変わる。金色の煌めく様にはっと一同が息を呑むも、構えるより早くそれが軌跡を描く。
「……っ!!」
咄嗟に刀を構えたクロバは初撃を受け止めるも、死角からの斬撃に鮮血を散らした。
「避けられる可能性があるなら、なんだってやってやるわ……!」
イナリは咄嗟に清められた水を自身へ振りかける。余分なものを打ち祓い、力を与える聖なるみず。
その力で以て、イナリは彼の斬撃を――見切る。
「ほう」
「それ以上好きにはさせない!」
その場を蹂躙するかと思われたクオンだが、リウィルディアが滑り込む。その隙にタイムのサンクチュアリが周囲の仲間を柔らかな光で包み込んだ。
「皆、すぐに癒すから……、っ!」
不意にクオンと視線が交錯する。まるで猛禽類のような鋭い金色の眼が、タイムを一瞬でも竦めさせる。
――それが、何だと言うのだ。
「唯一の回復手が邪魔なら、直接いらっしゃい!」
リウィルディアがぎょっと肩越しにこちらを見る。クオンの口角が上がる。
事実、回復手はタイムしかいない。ここで彼女が倒れたならば、イレギュラーズは一気に敗戦濃厚だろう。
「度胸のあるお嬢さんだ」
その剣筋が真っすぐに、鋭くタイムへ向けられる。それを引き付けて引き付けて――ギリギリで避けた彼女は、その腕をがっしりと抱き込むように掴んだ。
「っ!?」
「そうでしょう? それに生憎とわたし、見た目ほどか弱くはないのよ……!」
拘束は案外しっかりとしていて、多少腕を振った程度では外れない。そこへすずながすかさず踏み込んでいく。
クオンはタイムを盾にせんと体を捻ったが、その瞬間に彼女はぱっと腕を離した。
「なっ……」
重心のぶれる体に、すずなの一閃が叩き込まれる。防具の感触はあるものの、大きく、確かな一撃だ。
「ごめんなさいね。道連れになってあげるほど、あなたに情はないの」
「……なんだ、食えないお嬢さんだな」
すずなの一撃を皮きりに、イレギュラーズが決死の猛攻を繰り出す。どちらも傷だらけで、そこへさらに傷を重ねて。
誰もが疲弊する中、ひときわ諦めない瞳がクオンを射抜く。
「まだ、だ……」
はっとクオンが視線を向ける。確かに斬り捨てたはずの男は、それでも力を振り絞って立ち上がっていた。
その心には消えない炎が燃えているのだ。どれだけ負けても、心が折れそうでも、ずっと種火の様に燃え続ける炎。
「こんなところで、負けてたまるかよ」
「……言葉だけなら、なんとでも言えるだろうな」
「いいや」
あんたはいつだってそうだ。まだ終わっちゃいないと、終われないんだと俺はずっと思ってる。
諦めない瞳に射抜かれ、わずかに――ほんの少し、動揺の色を見せる。すずなはそれを見逃さず、傷の痛みを無視して大きく踏み込んだ。
「頼みますよ――クロバさん!」
すずながクオンの刃をはじき、生じた隙にクロバは飛び込んだ。
クロバの視線が前を向く。進むための力はリュミエにも、仲間にも貰った。
だから。
「クオン・フユツキィッ!!」
最後の力を振り絞って、二刀を振るう。受け止めたクオンは、自らの剣にヒビが入った音を聞いた。
●
「ざまぁみろ」
折れた剣を地面に突き刺し、肩で息をするクオン。その足元にぱたぱたと朱が落ちる。
クロバもまた限界が近いことが察せられたが――それでもまだ、その足で立っていた。その姿をクオンは見上げ、それから瞑目する。
「……強くなったものだな」
小さく呟かれたそれに、クロバは喉の奥でぐっと詰まるような感覚を覚えた。ああ、けれどまだ、まだ待ってくれ。
「これで剣聖の名も頂きだな――これでようやく、俺を見てくれるか。"父さん"」
その言葉にはっとクオンは顔を上げ、それからクロバと視線が合って一瞬ぎょっとした顔になる。その顔を見たクロバも目を丸くするけれど、やはり――一度零れだしたものは止まらなくて。
「……なんだ。負けても泣かなくなったのかと思えば、勝ったら泣くのか」
「なんとでも言えよ」
大の大人が鼻をすすって泣いてるだなんてみっともない。そう思われて笑われても仕方ないけれど、それでも涙は出てくるのだ。
ずっと許せなかった。"在りもしない誰か"ばかり見ていて、自分たちの事は見て貰えなくて。幸せだったあの日々が全てだったからこそ、その1ピースなのにこちらを振り向いてくれない父親が憎らしかった。
(今にして思えば、寂しかったんだろうな)
女にだらしなくて、いい加減で、子供だったクロバを困らせてばかりで。そんな父親がずっと大嫌いだった。
でも。それでも。
「あんたの息子で、よかった」
「――は、」
「生まれさせてくれて、ありがとう」
ああ、もう。涙が止まらなくて仕方がない。
泣き笑いのような表情を見せるクロバに、クオンは暫し呆けたように凝視してから、それはもう深いため息をついた。ぼろぼろに涙を零していたクロバさえも思わず凝視してしまうくらいに、深く。
「……私に礼なんて言うものではないよ、馬鹿"息子"」
それから彼は――呆れたように、笑ってみせるから。
「いつまで泣いているつもりだ?」
泣き虫め、なんて言われても言い返しようがない。
そんな親子の和解に――緊迫の空気が混じる。
「皆、リュミエ様がもう限界だ……!」
プラックの声にはっと視線を巡らせるイレギュラーズ。結界は随分と小さくなって、それでも炎が押し入ってこようというようにこちらを見定めている。このままでは結界が解けると同時、すぐさま火に包まれることになるだろう。
「急いで撤退しましょう」
「結界が解けたら、俺がリュミエ様を運ぶよ」
自身も傷だらけでありながら、プラックは最後まで守り抜かせてくれと告げる。ようやく涙を収めたクロバは仲間たちの会話を聞きながら父へと視線を移して――。
――ひたり、と。
「……どういう、つもりだよ」
「それはこちらの台詞だ。言いかけた事など手に取るようにわかる」
クロバさん、と悲鳴のようなタイムの呼び声が耳に入る。けれどクロバは折れた刀身を自身へ向ける父を凝視した。
「わかるなら、どうして」
「今更だろう」
クロバはローレットのイレギュラーズで。
クオンは魔種に与するウォーカーで。
イレギュラーズが正義なら、魔種に与する彼は悪なのだ。
「結界が解けるぞ!」
「クロバさんっ!」
「急いでください!」
方々から聞こえるのに、足が動かない。タイムが手を握ってクロバを引っ張る。
「待ってくれ、」
「ダメだよクロバさん! このままじゃクロバさんまで炎にまかれちゃうっ、そんなのダメ!!」
引っ張るタイムを振りほどく力もなくて1歩、2歩と下がるのに。クオンはその場から離れない。
離れられるほどの力もないのだと、分かっている。イレギュラーズがこれだけ傷を受けたのだ、例え剣聖であっても満身創痍であるのは想像に難くない。
「父さん――」
ぱしん、と結界の破れる音がして。
火が急激にその体を伸ばす。
クロバの伸ばした手が父へ届く前に――火が、その道を閉ざした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
GMコメント
●成功条件
クオン=フユツキの撃破
●失敗条件
リュミエ・フル・フォーレの戦闘不能、ないしは死亡
●フィールド
ファルカウ上層。普段は立ち入ることができない祈りの地です。茨だらけの広々とした祭壇が存在しています。足場は悪くありません。
フェニックスの放った火が迫っており、リュミエの結界がなければ直ちに押し寄せてきます。結界がある限りは、じわじわと戦場として使えるフィールドがだんだん狭まってきます。
●エネミー
クオン=フユツキ
クロバ・フユツキさんの関係者。保護者代わりだった人。剣聖の異名を持ち、永遠の命を持ってしまった原初の錬金術師。唯一と呼べる女性を失ったがために狂った男。
旅人でありながら世界の破壊を目的としており、ことあるごとに魔種と組んでいます。……が、幻想種を傷つけることには何やら否定的です。とはいえ、イレギュラーズの幻想種はコテンパンにしてきますので、長耳の方々も十分に注意してください。
過去、妖精郷にて冬の王を封印から解き、同盟関係となっています。そのため彼は冬の王の強力な力や配下を借りることができ、これまで以上に跳ね上がった力を持っています。また、冬の冷気を操ることで仮に火が迫ってきても影響を受けません。
全体的なステータスは高めで、剣による物理攻撃を中心としますが、神秘にも精通しています。【必殺】【防無】他、BSも多彩に使用してきます。
冬の王から借り受けた力の『慣らし』を終えたため、前回よりも命中度の高い攻撃が想定されます。全員を伸すべく、全力でかかってくるでしょう。警戒しすぎても足らないと思ってください。
ここで倒せなかった場合、再び彼の行方はわからなくなります。
●友軍
『ファルカウの巫女』リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)
深緑におけるトップであり、混沌有数の大魔導士。永い眠りから目覚めたばかりで万端とは言えませんが、決着がつくまで結界を持ちこたえさせることはできます。
ただし、結界の維持に全力を注いでいるため、倒そうとすれば簡単に倒せてしまう状況です。誰かが守りにつかなければ、あっという間に戦場は火に呑まれるでしょう。
●ご挨拶
愁と申します。
リュミエの結界なくしては戦うことは難しいでしょう。十分にご留意の上、相談を詰めてください。
それでは、よろしくお願いいたします。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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