シナリオ詳細
<Scheinen Nacht2020>雪萼霜葩
オープニング
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神威神楽。その地は混沌大陸より遥か海を越えた場所に位置する黄泉津と呼ばれる島に座する国である。
神を尊ぶこの国はイレギュラーズの手助けにより窮地より立ち直ったばかりである。
さて――来る12月24日。それは混沌世界の『シャイネンナハト』の日であった。
聖女の祈りにより祝いの日とされたそれを神威神楽の人々は知らぬまま過ごしてきた。
縁もゆかりも無かった訳ではない。地方によれば『降光祭』等々と呼ばれる事もあった。
12月25日はと言えば、神威神楽に住まう者ならば識らぬ訳もない。
天下人たる時の実権を担う天子――こうして書くと大層だが、つまりは帝である――霞帝こと今園 賀澄がこの世に生を受けた日、つまり誕生日だ。
天子たる霞帝の誕生日は国が祝うこととなっている。それは勿論、それ程の行事で有ると云う事だが、本年の霞帝は違った。
「俺の誕生日を国民全員で祝って何が楽しいのだ」と堂々と宣言したのだ。
「それよりも、楽しむことが山ほど在るだろう。丁度、神威神楽には神使(イレギュラーズ)が遣ってきた。本年は神威神楽にとっての変化の年である。
幸いにして、黄泉津瑞神は再誕し、黄龍や四神達とて揃い踏みだ。皆に説明しておきたいことがあるのだ」
「……話し口調から、遊び半分で申している事が滲んでおります、帝」
霞帝の傍らに立っていた『中務卿』建葉・晴明の溜息に「バレたか」と霞帝はフランクに笑う。その様子を見詰めて首を傾いでいた小さな子犬は自身を抱える黒髪の美女をそう、と伺った。
「黄龍。その……霞帝はあのように、無邪気なお方でしたか?」
「ああ。賀澄は愛くるしい男だ」
「はあ……」
小さな子犬――瑞神は白い毛並みのそれはそれは小さな体躯をしていた。ふわふわとした毛を持った彼女は再誕と『けがれ』の影響で神力を随分と失ったのだろう。人のかたちを取れども幼い子供同然である。
「瑞よ。そして、黄龍。聞いて呉れまいか。
混沌大陸(あちら)には12月24日、25日は『シャイネンナハト』と呼ばれる祭りがある。
その日は戦場の不埒な輩の心でさえも鎮め安寧が満ち溢れる様にと巫女(せいじょ)が祈願したらしいのだ。故に、神威神楽でもその文化を浸透させようではないか」
「いいぞ」
「……黄龍。即答ですが、そのぅ……わたしは『シャイネンナハト』とやらには詳しくないのですが」
「ああ。瑞よ。『何もしなくて良い』日だが、恋人や家族と過ごす者が多いそうだ。
どうせならば、彼等の慰安を込めて高天京や庭園を飾ることを考えて居るのだが……」
楽しいことには目がないと言った風の黄龍に首を傾いでいた瑞神は「すてきですね」と頷いた。
よって、神威神楽は例年の天子生誕祭を取りやめ、シャイネンナハトの祝日をもうける事となった。
●
「――と、言うわけではあるが……我々は未だシャイネンナハトとやらに関しては新米の身。
貴殿等を楽しませる事ができるかは些か不安である。然し、良ければ観光がてらに国を見て回ってくれまいか。英雄たる貴殿等が顔を見せれば民も喜ぶというものだ」
晴明は此岸ノ辺を通じてローレットへ訪れイレギュラーズ達へとそう言った。
パンドラを所有する彼はイレギュラーズとしてこうして幻想王国等々の視察を行ったそうだが「中々に高度な術を擁するのだな」と三日程、悩み続けたそうだ。
「高天京は雪がちらついている。雪景色の街を見て回る事も風雅であろう。
其れだけでは無く、高天御所では灯籠等による『らいとあっぷ』とやらを行っている。
幻想的なできばえになったと思う故……その、見て貰えると喜ばしい」
晴明はそう言った。神威神楽ではまだまだ浸透しない文化だが今年は国を挙げて行いたいのだという。
「折角の雪見だ。温泉などから見るのも良いだろう。
貴殿等にとっての休息だと思って良ければ神威神楽の温泉へと遊びに来て呉れ」
男女別の湯を用意されているが、混浴として利用できるものもある。湯治に使用されることもあり清浄なる気配が漂っているそうだ。因みに、効能を聞けば『神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、関節のこわばり、うちみetc……』
「嗚呼、そういえば――言いたくはないのだが……。
帝が四神と黄龍、瑞を呼びシャイネンナハトのささやかな宴を行うそうだ。俺も幻想国で見かけた『けーき』たる菓子を持ち帰ったが大層お気に召され女房達が賢明に作っていたよ。
其方で、黄龍が切子硝子の器やつまみ細工、苔玉作りの教導を行うとも言っていた故、互いに贈物を作りあうのも如何であろうか」
そう告げた晴明は「その」と小さく呟く。底まで並べ立ててみたが――詰るところは。
「良ければ、折角のシャイネンナハトを我らと共に楽しんで貰えると喜ばしい。
無論……誘い合って少し顔を出してくれるだけで言い。折角の日であろう?
英雄殿達と楽しめることを俺も、帝も――そして四神達も楽しみにして居るのだ」
- <Scheinen Nacht2020>雪萼霜葩完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2021年01月12日 22時13分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 50 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(50人)
リプレイ
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神威神楽も雪化粧を施される。庇に被った白色は重さを孕みながらも清廉なる色彩を穢されることはない。幾つもの草履の後が並んだ通りは来る師走の末にしては特別な意味を帯びていた。
渡来した『神使(いれぎゅらーず)』より伝えられた催しは霞帝によってその意味を国内に伝えられ、座す神が認め賜うたとなれば国民達にとっても興味も一入だ。
「あらまあ、綺麗ねえ。しゃいねんなはと、ってこんなお祭りなん?
ああでも、帝の誕生日も祝うお祭りやからちょっと違うのかしら。まあ、うちにとっては良いひと時が味わえるだけで十分よ」
灯籠灯りの立ち並ぶ庭園を確かめるように沙夜はのんびりと歩き出す。丹精込めて作られた灯籠は手作りの味を感じられる。折角だからもっと近くに見にいこうとまじまじと眺めれば、牡丹の花を手製で描いた其れがやけに愛らしく感じられた。
「この舞い上がる光は、いったいどこから来てどこへ行くんやろ。
蛍だったら死んだ魂とも言われるけど、今は冬やしなあ。でも、もしも……今年死んでしまった誰かの魂であるのなら、どうぞ安らかに眠れますように……」
降る雪の中、沙夜はそう祈るように、目を伏せた。
豊穣の騒動も一段落。年越しと年明けの時期が来る。今年のシャイネンナハトは楽しかったと十七号は微笑んだ。
「もう、新しい年になっちゃうのですね……。
今年は沢山の事がありました、それこそ本当に、本当に数え切れないくらい!
……その中に、かなぎさんと知り合えた事も入ってますよ? 将来有望な剣士さん、これからに期待してますからね!」
覗き込みにんまりと微笑んだすずなに十七号はにこりと微笑んだ。
「ちゃんとお洒落もするんですよー? お姉さん見てますからね!」
「練達での買い物も手伝って貰ったし、すずなには感謝している。
そのうち何かお返しでもさせて欲しいがーー何か欲しいものはあるのか?」
ふむ、と新しい手入れ用品は欲しいけれどとすずなは悩む。
「けど、そーですねえ――こうしてお散歩に付き合ってくれる事が既にお返し、かな?
ふふっ、来年もまたよろしくお願いしますね、かなぎさん!」
「ああ、勿論」
そうして笑い合える友が居る事が何よりも嬉しいのだ。
「前に庭園を歩いてから幾許も経っておりませんが…もう雪の降る季節になったのでありますね」
光が踊った庭園を歩む希紗良はそう呟き、ちら、と傍らのシガーを見遣る。両手で受け止めれば、儚く消える。雪のような――花のような、そんな存在を守って行きたいと心に決めて。
「前に見た庭園も綺麗だったけど、これはまた幻想的な光景だねぇ」
前回は決戦直後だったとシガーは思い浮かべて「時が流れるのは早い物だねぇ」と小さく笑んだ。
「これを、お渡しするでありますよ」
希紗良が取り出したのは評判の大福。自身が貰ったやさしさへのお返しを、と選んだ気持ちは容易に伝わっただろう。
「これは……大福? ……あぁ、この前のお返しかな? ありがとう、有難くいただいておくよ」
笑みを浮かべ、受け取ったやさしさが続くようにいつかまたおまけをつけてお返ししよう。
此の温かな気持ちを、ずっと続けていたい。その笑顔を見ていたい。その意味を希紗良は知らないけれど。
白い息を吐きながら、澄んだ香りと空気が心地良いとジルーシャは周囲を見回した。
「見て下さい! 不思議な光も舞っていますよ!」
眸をきらりと耀かせ、くるりと振り返ったボタンは大好きな季節に踊る様に微笑んだ。
隣を歩いたジルーシャの頷く笑みが嬉しくて、ボタンの頬はついつい緩む。
「――あっ、ねえ見てボタンちゃん、あのお花、もしかして梅じゃないかしら!」
「本当です、雪化粧されてすごくキレイ」
薄ら雪の下に見えた小さな蕾。冬の梅は雪が咲いているみたいで美しい。
雪が咲いているという言葉が擽ったくて雪の精霊であるボタンはふふんと自慢げに笑み浮かべる。
「冬にも花はたくさん咲くのですよ」
冬は白く静寂溢れて少し寂しい――なんてイメージを払拭するボタンの笑顔が華やかだから。ジルーシャは綺麗な想い出ばっかりになると微笑んだ。
「きっと来年もたくさん思い出つくりましょうね」
大好きなお隣さんとなら、屹度素敵な想い出が沢山雪のように降り積もるから。
「どうだ、シャイネンナハト。異国の祭りだけど、楽しめてるか?
ま、由来とかそういうのは深く考えなくていいって。要は楽しく過ごせればいいんだよ」
風牙に双子の巫女はこくりと頷いた。庭の飾り付けを眺めれば、其の光がきらりきらりと溢れている。
「もしかして、お前等も手伝ったりした?」
「セイメイが頑張ってた」
「帝に言われて必死そうだった」
双子の言葉に風牙はふ、と笑う。確かに彼ならば必死に作業をしたことだろう。次は二人の居所である此岸ノ辺を飾り付けようとそう近い。
「んー、ほんとに綺麗だなー……この国に来てから、ほとんど戦い尽くめだった。
色々大変なことも、きついこともあった。でも、それだけじゃあ、無いよな。この国」
綺麗なものも、温かいものも沢山ある。だから、そういうものをどんどん広めて大きくしていこうと誓うように笑みを浮かべて。
「せっかくですから庭園を見て回りませんか? 普段と違う姿を見てみるのも良いと思いますし」
沙月の誘いに頷いたつづりとそそぎはのんびりと庭園を見詰めていた。暖かな茶を共に、座って眺める光は暖かだ。
「お茶請けはいちご大福でよろしいでしょうか?」
「勿論」
「……ありがとう」
お勧めの苺大福があると言うつづりに沙月は「ならば次回はそこにしましょう」と微笑んだ。
深々と降る雪が庭園に化粧を施していく。少し楽しい気分になって心が躍る。
「私はこのような風景を眺めるのが好きなのですが、つづりさんとそそぎさんはどうですか?」
「きらいじゃ、ないよ」
「……きらいじゃない」
すきと言うのがどこか気恥ずかしい双子の姉妹。沙月は「そうですか」と小さく微笑んでその穏やかな時を過ごし続ける。
「わぁ……!」
眸をきらりと耀かせたポテトは同じ冬でも幻想や天義とは全然違うのだと驚いたように瞬いた。
リゲルと合わせた着物を着用し、二人でのんびりと景色を見て回る。灯籠の一つをとっても其れが国家の特色に感じてリゲルは面白いものだと小さく笑みを浮かべた。
「ポテトの精霊の世界と比べたら、猶更珍しいのではないかい?
精霊の世界は、もしかしたら、人工的な灯かりはあまり存在しないのかもしれないね」
「あぁ、灯りは光の精霊がいればそれで事足りたから、こんな風に国によって違うなんてびっくりだ。女神様が各国のランタンや灯篭を見たら喜びそうだ」
いつかポテトの世界にも行ってみたいと囁けば、ポテトはぱちりと瞬いた。
あの世界をリゲルに楽しんで貰えたらと思えばうれしさがこみ上がる。
「この世界は奇跡が多く存在する。絶望の海を乗り越えたあの時のように、いつかは願う夢も叶うかもしれない」
「その時はリゲルのこと、私の最高の旦那様って紹介するから……きっとみんなびっくりするぞ」
背伸びして口付け一つ。その言葉にリゲルは大きく頷いた。そうやって二人で歩めば屹度――
灯籠灯り揺れる庭。はらりと落ちるゆきに濡れないようにひとつ傘の下。
沫雪の光を見詰めながら、縁は喉につっかえた言葉を飲み込んだ。腕に掴まっても構わない、なんて。そんな小さな言葉さえ言えない自分に苦心して。
遠慮がちに袖に掴まり、気持ちを探る蜻蛉は縁の横顔を見遣る。欲しい台詞は雪のように降りてこないから。
「お庭綺麗やねぇ……冬の蛍みたい。旦那は、どのお花が好き?
うちは……この椿。雪によお映える赤、何にも染まらない白、可愛らしい桃色も」
そうと指させば縁は「そうさなぁ……」と小さく呟いた。なんとはなしに椿を眺めた自分を思い出せば、自然と、『あの時』と同じ言葉が唇より溢れ出す。
「……お前さん、ってことにしておくかね」
「しておくか、やのおて……! 何やのそれ」
一瞬眉を潜めた蜻蛉はそういうところは嫌いやないけれど、と嘆息した。
芯があって凜としていて。妙に肝が据わっていて、かと思えば危なっかしくて。思わず目で追うような――そんな猫のような彼女。
「猫やから仕方あらへんし?」と揶揄うような言葉と共に「──はぐらかすんは、いつもの事でしょ」と一つのお小言。
「――またはぐらかしたって? さーて、どうかねぇ」
意気地が無い人、なんて蜻蛉は言わなかった。傾けた傘、彼の肩に雪が積ることを知っている。
そんなやさしさが、妙に気恥ずかしい気がして。雪舞う音にかき消されるような声で彼が告げた言葉は――聞こえないけれど。
『ねえ、イケズ。花はいつまでも咲いてへんのよ、綺麗なうちに摘んで欲しいのに』
そんなこと、猫にはとても言えないけれど。
――……ま、だからこそ手折るような真似はできねぇんだがね
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湯気立ち上る温泉は神威神楽では民達の中では特別な秘湯として知られていた。乳白色の湯には滋養の効果もあると中務卿が告げていたことがふと、思い返される。
庭園での花見酒もオツではあるが温泉で雪見酒を楽しめるのならば往かぬも損だとトキノエは猪口を傾けた。ほろ酔い気分で燗酒を煽れば喉を灼く感覚が心地よい――が、視線に気付いてトキノエはぴたりと手を止めた。
視線を向けていたのはニルだ。中性的なかんばせをした秘宝種はトルマリンのコアも喜ぶ『温泉』を初めて堪能していた。興味は募るばかり、その視線の先に酒を楽しむトキノエが居たのだ。あれだけ楽しげに飲んでいる――なら、美味しいのだろうか。
「ちょっと飲んでみるか?」
「え、ニルももらっていいんですか?」
猪口を煽ったニルは暖かいと小さく呟いた。トキノエは「はは、うめえだろ? も一杯どうだ?」と上機嫌にニルの猪口へと酒を注ぐ。勧められるままに酒を煽りながらニルは楽しげな様子である彼を見て、自分も楽しくなった気がして心に温かな者を感じていた。
「いやー、景色もキレイだし酒もうめえ。一緒に酒飲んでくれるやつもできた。今日はいい夜だ!」
疲労回復のためにと黒子は酒を煽る。屹度、ラサでは『何か』が起る可能性もある。
故に――今は英気を養っておこうではないか。
「はー、良い……思わず泳ぎたくなってしまうのう」
湯につかったクレマァダをまじまじと見遣る双子の姉妹。つづりとそそぎは自身らとの体の違いを気にしたのだろう。鰭があり、水の中での呼吸が出来る海種の少女は自身について僅かな解説。
「海の向こうの話、聞きたいか? いいよ。話してあげよう」
「「ほんとう?」……あ」
言葉が重なりバツの悪いそそぎにクレマァダは小さく笑う。自身が自然に笑えることが少し不思議で仕方が無くて。
「のう。はやくきちんと国交が出来るといいなあ。
……そうすればお主らを正式に賓客として招けるのに」
「セイメイが、がんばるはず」
つづりの言葉に頷いて、クレマァダは「なら未来の話をしよう」と微笑んだ。
「……二人とも、何かやりたいことはないか? 或いは、行きたいところとか」
「行ったことない所が、多いから」
「砂漠も、何も、見た事無い」
そんな無垢な二人がクレマァダにとっては妹のようで。自身が妹であるのに『お姉ちゃん』とはこんな気分なのだろうか。――二人は屹度、此の心地を許してくれる。なんて、その表情を見たら感じてしまって。
「ぷっはー、染み渡りますねぇー! やっぱ温泉は最高です! しにゃのぴちぴち肌が更に若返っちゃいます!」
若返るのだろうかと問うた花丸にしにゃこは「勿論!」と微笑んだ。イレギュラーズとして活動すれば大変だと感じることは多くとも温泉や美味しいものを食べるという機会に恵まれるのは役得だと花丸は感じていた。
「あ、しにゃこさん。その甘酒、花丸ちゃんにも頂戴。ご飯じゃ無いんだからちょっとくらいいいでしょ?」
「勿論ですよ。はぁー、風流ですなー……たぶん。花より団子派なので……」
温泉に甘酒というのも中々にオツだと花丸がほうと息を吐いた刹那――蕩けた花丸の顔面へ隙ありと飛び込むハイエナの本能(いたずらこころ)。
「隙ありぃー!! ふはは、油断してる方が悪いんですよ!」
「しにゃこさんがその心算だったら花丸ちゃんだって容赦しないよっ!」
反撃をする花丸から逃げようとしたしにゃこは――「アッ!?」
つるんと石鹸で滑り後頭部にダメージを負ったのだった。ばたんきゅーである……。
「ONSEN! ふふっ、今日はひとり旅で豊穣まで来ちゃった! 自分へのご褒美ってヤツね!」
思いっきり羽を伸ばしちゃおうとワルツは温泉でリラックスタイム。
人の気配がある方向へと進みながら、ぼんやりと今までを振り返る。
(深緑のクソ家を出て傭兵になって、ローレットに所属して……。
ここ最近はとことん忙しかったけど、仕事も上手く進んだし本当に充実してた!
周りの環境にとことん恵まれたおかげかもね。私の隠された実力? そっか~)
えへへ、と笑みが浮かんだワルツは気持ちよさにうとうとそし掛けて――ばたーんと大きな音を立てたしにゃこ爆死を身近で聞いたのだった。
「……お、お待たせ……」
「お、おまたせ……」
零とアニーは人気の無い時間に二人きり。頬が赤らんだのは湯のせいか、それとも。
水着も可愛いけれど、何時にも増して恥ずかしい。目が離せないとまじまじと見詰める零はごくりと息を飲む。
「え、えっと~どうしよっか…… そ、そうだ! 零くん、背中……流そうか……?」
「え、背中!? そ、うだな! お願いするよ!」
自分以外が触らない場所を、好きな人が洗っている。そう思えば、緊張で身が固くなるが心地よさも同時に襲う。
(零くんの背中……華奢だと思ってたけど、ちゃんと男の子らしい背中で見惚れちゃった)
アニーは緊張した唇をゆっくりと震わせた
「どう……? 気持ちいい?」
「うん、凄く気持ちいいよ、ありがとなアニー。……お礼に、俺が洗い返した方が良いかな?」
次は零が洗う番。双方が双方、口には出来ないけれど思うのは同じ事。
(アニーの背中凄い綺麗だし感触も柔らかいっつぅか……凄くドキドキする……!)
温泉へと浸かりほうと一息吐いた刹那――アニーのタオルがふわりと浮き上がる。
「わわわわ、タオルが外れそう! 零くん、ちょっとあっち向いてて!」
「……た、タオルが!? お、終わったら言ってくれよな……!」
――一瞬見えた気がした、けど! 屹度、気のせい。多分見ていない!
●
「俺ぁ御所の板場でケーキ作りを手伝わせてもらうぜ!
話によりゃあ『女房達が賢明に作ってた』、つまりかなり悪戦苦闘してる様子じゃねぇか。
それなら実物知ってる俺が手伝って豊穣に合うようなケーキを作れば、結果としてそれが豊穣でシャイネンナハトという文化を浸透させる一助になるってわけだ!
女房らも『どういうもの』作ればいいか分かりゃあ、次回より自信を持って作ることが出来るだろ?」
――つまり、本日もゴリョウのお料理教室が開催されるのだろう。晴明は歓迎だとゴリョウの手を取り、女房達の苦労の荷を下ろせると喜び勇んでいる。
余りに喜ぶ彼にゴリョウは「ブハハ!」と大きく笑って見せた。作るのは抹茶スポンジに抹茶クリームと大納言入り生クリームサンド。栗を飾ったケーキである。
「此れは、何というけぇきだ?」
「ショートケーキだ!」
これは良い、と晴明が頷けばゴリョウはうんうんと頷いた。
「帝……いえ、これからは賀澄様、とお呼びしても宜しいでしょうか?」
「ああ。気軽に呼んでくれ」
こうして、霞帝と容易に謁見する立場となったことがルーキスにとっては妙にこそ痒い。イレギュラーズとなって天上の存在であったはずの帝とこうして話す機会を得られたことが何よりも嬉しかったのだ。
「イレギュラーズとなって、この『けーき』の様に……神威神楽の外には色々な物があることを知りました。
外の世界は想像していた以上に広い。だからこそ、もっと世界を周り、見聞を広げに行きたいと思います。そしてまた、御前でこうしてお話しが出来たら嬉しいな、と」
はた、とそこまで口にしてからルーキスは「な、何だか決意表明の様で恥ずかしいですね」と頬を掻いた。照れ隠しのように差し出したのは霞帝の好物である沢庵だ。
「原料や製作工程も、まだ追及の余地がありそうです。新作が出来た暁には、是非ご賞味下さいね」
「ああ、其れは嬉しい。是非、沢庵のお裾分けを待っているよ」
宴はまだまだ続いている。
「楽しんでおるか? 朱雀」
朱雀へと声を掛けた瑞鬼に、朱雀はこくりと小さく頷いた。今日も眠たげである。
そそくさと朱雀の好みそうな料理を選択し、世話をホボ無意識なままに甲斐甲斐しく行い続ける。
シャイネンナハトは瑞鬼にとっては馴染み無いが、こうして皆が楽しんでいるならばこれはこれでアリだ。酒を煽ってそう笑みを浮かべれば食事しながら眠りの淵へと落ちていく四神の一柱。
「もうすぐ新年。これからも長い付き合いになると思うがよろしく頼むぞ、朱雀。
……あ、こらまた口元が汚れておるぞ。しょうのない奴じゃのう」
「んん……」
眠たげな朱雀に笑みを浮かべ、ふと、瑞鬼は傍を往く小さな白い犬へと視線を向ける。名を『瑞神』と言ったか――僅かに親近感が湧くと感じた刹那、朱雀は「瑞様、こんにちは」とそう言った。
「白虎君! 久しぶりだね! 元気してたかい? また二人で遊びに来たよ!」
マリアにとっては少し違ったシャイネンナハト。恋というものを自覚してからは彼女の手を握るのも緊張する。ヴァレーリヤといえばにんまりと微笑んで「白虎」と手を振った。
「ふふー、またお会いできましたわねっ! お元気そうで何よりでございますわー!」
白虎はその言葉に大きく頷く。共に雪見酒を楽しめばマリアの機嫌も鰻登りだ。
「……ヴァリューシャ、おかわりは?」
「ふわふわの新雪、綺麗ですわね。ホワイトタイガーくんの毛皮みたい……ありがとうマリィ、貴女もおかわり如何でして?」
そうやって微笑み合ってから、ふとマリアは思い出したように「白虎くん」と傍に座った四神に声掛けた。
「そうだ! VDMランドが開園するし今度遊びにおいでよ! 私もヴァリューシャも歓迎するよ!」
「ホワイトタイガーくんもVDMランドに来ますの?
えへへ、いっぱい歓迎しますわねー! 浴びるようにお酒を飲ませてあげる……」
「ふふっ! 加減はしてあげてね!」
マリアはそうだ、とこそりと白虎に耳打ち一つ。それはとっても大切な『友達』への報告だ。
「それとね……この間、君にヴァリューシャを大切な人って紹介したけれど、私彼女に恋してたみたい……」
何を話しているのかと首を傾いだヴァレーリヤにマリアは「いつか君にも」とどこか照れくさそうに微笑んだ。
「クリスマスといえばクリスマスツリー、これが存在しないと本当のクリスマスとは呼べないわね
ちょうど良い品物もあるし、これで一つ催し物を演じてみましょうか」
イナリは晴明を交渉し、今回の催しの一つとして一発芸を認可して貰っていた。しょぺるのクリスマスを庭に埋め、イナリは「ご覧あれ」と庭へと舞い降りる。
みるみるうちに作られる五穀豊穣、まさに『クリスマスツリー』の即興育成に霞帝が「愉快だ」と楽しげに笑み浮かべた。
「はぁい、お招き頂きありがと! 賀澄さんはお誕生日なんですって? ふふ、おめでとぉ。
祝勝会の大宴会に次いでまたこんなに楽しい宴なんて、豊穣は良い国ねぇ。
……って、晴明さんはまーたすごい顔してるわよぉ、ほらほら飲んじゃいなさいな!」
背を叩けば晴明は小さく頷く。その様子もおかしくてアーリアはくすりと笑みを浮かべた。
ライトアップも見てきたけれど、と口を開けば晴明の表情が僅かに華やいだ。どうやら彼の自信作のようだ。
「綺麗だったわぁ。こうして少しずつ、外の文化を取り入れて……変わっていっても、豊穣らしさは忘れないでね……ま、二人なら平気でしょうけど!」
「ああ、心に刻もう」
「さて! ね、お二人共。
シャイネンナハトにはね、今日という日を幸福に満ち溢れさせる為の合言葉があるのよ。
ほらほら耳を貸して! そして、せーので言いましょう?」
それはとっておきの合言葉。だから、共に言おうとアーリアはリハーサルを口にして。
「――輝かんばかりの、この夜に!」
「皆と食べ物さんにありがとうだよ!」
お箸捌きも絶好調。勢いよく食事を続けるハルアに晴明がよろよろとした気がするが屹度、気のせいだ。祝勝会では控えめだったが今のハルアは思う存分楽しもうともぐもぐと食べ続けた。
此の後、霞帝のお誕生日をお祝いしよう。晴明に相談すれば護衛として自身と黄龍がこっそり付いていく事で許可が下りた。お忍びで一息付ける茶屋に誘ってのんびりとする時間を与えたい。
心身共に忙しい彼の荷を少しでも下ろせたら――そう思いながらも皆が笑い合う此の空間が何よりも楽しくて。
「すごく楽しみにしてた」
皆とケーキを食べる、只其れだけでハルアの心は温かなもので溢れるのだ。
「あのねあのね、シャイネンナハトにはね贈り物をするのだわ! 私もね、帝さん達のお顔を描いてきたのだわ! ……受け取ってくださる?」
「これは章姫。俺が頂いても?」
鬼灯は成程、と頷いたやけに一生懸命に作業をしていた章姫。彼女はどうやら晴明や他の人々の似顔絵を作りプレゼントを作成していたのだろう。
「いやなに、昨日から懸命に描いているからなんだろうとは思っていたのだが。良ければ貰ってやってくれないか」
「鬼灯くんからは?」
「うん? 俺からは無いのか、と。はは、そうだな。失念していた」
頬を掻く鬼灯に章姫は「うっかりさんなのだわ」と微笑んだ。ならば、と鬼灯は霞帝の前に膝を突く。
「ならば、またこの國が。神威神楽が魔に呑み込まれた時は。必ず我ら暦、十二の月と影がお護りしよう――固すぎるだろうか?」
「ならば頼りにしよう」
軽口に合わせるように微笑んで。鬼灯は「是非に」と頷いた。
アーマデルは「誕生日おめでとう、良い一年を」と静かな声音で霞帝へとそう告げた。手作りの『肩叩き券』に霞帝は「父になった気分だ」と楽しげに笑う――が。
「その……晴明殿……顔色が。健康に良い飲み物はどうか。いや、ちょっと味はアレな事もあるけど……健康には良い」
「あ、ああ、頂き――ウッ」
グリーンスムージーは晴明にとっては未知だったのであろうか。思わず口元を押さえた彼にアーマデルは肩を竦めた。
アーマデルが視線を送れば瑞はふわふわとした冬の白雪を思わせる。彼女もどうやら黄龍と楽しくやっているようだ。
「工作は得意では無いが……お土産に、そして可能なら作り方を覚えたいと思う。
切子細工はレベルが高そうだ。つまみ細工と苔玉どちらが簡単だろう?」
「私はつまみ細工をお勧め致しますよ。応用も利きますから、是非」
尾を揺らした瑞神にアーマデルは其れをよろしく頼むと頷いた。
「わ、わ……黄龍さまに、瑞さまも……?
是非、是非……私もお教えいただければ、嬉しい、です」
メイメイの『おねがい』に黄龍は大きく頷いた。カムイグラの織物は色や模様もとても愛らしい。興味があったというメイメイは花をいくつか作って根付にするとやる気を溢れさせた。
「完成品は、いつも胃腸を痛めて奔走しておられる晴明さまに……」
「何、晴明に? それはそれは。奴は喜び涙するだろう」
「まあ、黄龍。有り得そうですが……」
メイメイは「めえ」と小さく声を出した後、黄龍の傍らの瑞神へと向き直る。
「あ、あの、あと、その、瑞さまに触れても良いでしょう、か……?
恐れ多いことですが、とても、その、かわいらしく、ございまして……」
「はい、勿論ですよ」
そう、と手で触れればふかふかとした感触が伝わってくる――それが、何よりも嬉しいのだ。
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「聞けば賀澄は誕生日だとか。クク、では……オレ個人として、友へ親しみを込めて祝いの言葉を贈らせてもらおう」
「ああ。有難う。貴殿も楽しんで行ってくれ」
微笑んだ霞帝にウォリアは頷き、黄龍に教わるために見本を見遣る。
「お好みはありましたか?」
「……ん? 黄龍と共にいた童か……そうか、オマエが『瑞』なのだな……。
初めまして、というべきか……いや、また会ったな……これも違うな……何と言えばいいのだろうか?」
「改めまして、ですね。改めて、宜しくお願いします」
微笑んだ彼女にウォリアは頷いた。力加減が、というならば苔玉を手にしたが、人と同じように作業するのも一苦労だというウォリアへと瑞は「のんびりと作りましょう」と微笑んで見せた。
花の形の装飾品を作れればかわいいだろうと想像してつまみ細工にチャレンジするリディアは椿の簪作りに挑戦中だ。
リディアとすれば豊穣のことにはまだ詳しくは無い。豊穣の人々とも親しいわけではない故に、今回のつまみ細工作りで豊穣の人々との会話のきっかけになればと考えていた。
(……とはいえ、教えてくださるのは豊穣の守り神ともいえる存在。話しかけるのはちょっと緊張しちゃいますね)
何か分からないところがあれば『黄龍さん』『瑞さん』と彼等を特別な存在とは考えず、話しかけようと心に決める。そうしていくことで仲が深まる事を考えて。
「あまりこういう作業はした経験がないのですが、大丈夫でしょうか……」
そわそわとしたマギーへと黄龍は「大丈夫だ」と頷いた。カムイグラのお出かけ装束に合う髪飾りを作りたいと決意する彼女へと黄龍は「そなたの髪に似合う色を選ぼう」と微笑んだ。
自身の双銃のカラーを参考に夜明けの色と茜色の二色の花飾りを作ろうとまじまじと見つめ合う。
「んん……綺麗に作るの難しいですね……」
正方形を三角に更に二回……そうして真ん中にパールビーズで飾り付け。黄龍のようなゴールドを思わせれば黄龍が「愛いではないか」と頷いた。
ヘアゴムに出来れば三つ編みに付けてちらりと飾る。似合っていると称賛に心もどこか温かい。
「久しぶり……ってほどでもないけど遊びに来たよー。瑞さん随分ちっちゃくなったねぇ。ふふ、その姿もかわいいねぇ?」
柔らかに声を掛けたシキへと瑞神は「お恥ずかしい」と何処か照れたようにそう言った。
切子細工は初めてだけど二人とならば大丈夫と心に決めて、作るグラスは瑞神や黄龍と共に酒やジュースを楽しむときに使いたいと努力を重ね続ける。
「今日ってシャイネンナハトでしょ? 特別な日を一緒に過ごせて嬉しい。
私ね、二人ともっと仲良くなりたいって思ってるから。これからも今日みたいな思い出を、沢山一緒に作ってくれたら嬉しいなよろしくね、大切な大切な、私の友達」
「……はい」
「瑞が照れて居るな」
「お、黄龍……」
むくれた小さな白犬にシキはくすくすと笑う。完成すればこのグラスで乾杯しようと作成をもう少し頑張ると力を込めて。
「よう、久しぶりだな。覚えてるか? 黄龍に瑞よう。
まあ俺は覚えられてなくても全然構いやしないんだけど」
「疾風の如き主を忘れておるものか」
からからと笑った黄龍にキドーは小さく笑った。酒をかっくらって楽しむのもイイが、それは何時でも出来る。聖なる夜だからこそ特別な事がしたいと考えたのだ。
「……ま、作ったところでプレゼントにするアテはないんだけどな! ガハハ!
いつか本気で口説きたくなる女がいたら贈るとするさぁ! 何がいいと思う? 髪飾り?」
「まあ。ならば髪飾りが良いでしょう。花などは如何でしょう?」
楽しげに微笑んだ瑞を見ればキドーはふと、「しかし、瑞が戻ってこれて本当に良かったよ」と零した。
(反転とは状況が違うのは分かってるが……羨ましいな。
俺の時は、たとえ駄目でもぶん殴ってでも……と思ってたが、その機会すら無かったからな)
誰かを救うことには様々な代償が付き纏う。彼女がその状況とは別であったことを思えども――どうにも、羨ましくて仕方が無いのだ。
「黄龍ー! わんこさーん! 遊び来たぞー!! わんこさんゆっくり眠れた? おはようだ!
僕はノーラ! 黄龍の友達! こっちの白猫はマシュマロで、僕の家族! わんこさんも美人さんー。あ、わんこさんの名前は?」
「黄泉津――いえ、瑞と申します。どうぞ、宜しく。ノーラさん」
柔らかに微笑んだ小さな犬にノーラはワクワクとした調子で「何か作りたい!」と顔を上げた。
「ん? 今日か? パパとママと一緒に来たぞ? 一人じゃないから大丈夫だ!」
「ならばよかった。此方でご息女を預かり、苔玉作りをすることを吾はご夫妻に伝えるか」
「ならばわたしが教えましょう」
瑞はノーラの手元をまじまじと見ながら指導を続けるが、ノーラには少し難しかっただろうか。
「むう……あっ、んん……これ、ちょっとがたがたなったけど、受け取ってくれるか?
折角だし、二人にプレゼントだ! あ、これはみんなの分あるぞ! ママと沢山作ったんだ!」
リュックから取り出したお菓子は皆でと微笑んだノーラはすくりと立ち上がり「帝のおじちゃんはお誕生日おめでとうだ!!」と叫んだ。
●
「こうでもないと御所に入る機会はないからね。
つづりとそそぎを探そう。多分二人で一緒に居るんじゃないかなあ……っと」
いたいた、と行人は双子巫女を見かけて手を振った。
「さて、忙しいのに誘い出してすまないね、紙萃。元気そうで何より。
……つづりちゃんとそそぎちゃん。ちょっと二人に紹介したい人がいてね」
その言葉に頷き歩み出たのは紙萃。双子巫女は晴明の元で働いている人だという認識だったのだろう。
「彼女は祇・紙萃。俺が知る限り、一番の物知りだよ。
彼女は歴史や、宮中での決まり事に詳しくてね。儀式や、御所での振る舞いや。そういうのにとても詳しいんだよ。あと、彼女は信用出来る。信頼も、ね」
「はい」
「よろしく」
双子の巫女との逢瀬はある意味で恐れ多いイベントだが紙萃は臆すること無く微笑んで見せた。
瑞と黄龍による『手作り』指導へと視線を送る。
「とはいえ俺も物作りなら負けるつもりはないけどな。いずれは混沌一の職人を目指す身、いざ神超えチャレンジだ──!」
錬は試練の時の陣地作りよりも故知がさ本業だと鍛冶のスキルや様々な技能を生かして硝子細工を作り続ける。
黄龍、瑞神を始めとした神霊のガラス細工アクセサリーに帝には豊穣の象徴の狐面、晴明には扇の細工を、と作り続ける。
切子細工の小さなグラスを作りたいと繁茂はチャレンジ中。細かい作業は苦手だけれど、『あの人』と出会ったときの為だと宿り木模様の小さなグラスを懸命に作る――が、難易度はとても高い。
「~~~~~~~~~ぷはぁっ!」
「……?」
傍らで繁茂の様子をハラハラと眺めて居た瑞神は息を止めていた彼に驚いたように瞬いた。作業は失敗できないからと呼吸を止めていた繁茂は不器用な手先を一生懸命に動かし続ける。
「あっ、深く切りすぎた?! いやまだ何とかなる??!!」
「まあ、これも、味があります」
ねえ、と首を傾げる瑞神に繁茂は「な、なんで! まっすぐに! 切れないの!!!」と叫んだ。
此れでは宿り木と言うより門松を思わせるのだ。助けてと繁茂の声が響き渡る――
錬はその声に大きく頷いて指導を行おうと手を貸した。
「こちらにきて執務室などで拝見する機会がありまして。
大きな鉢植えとも違って、小さいものなら読書机の片隅に緑をおいておけるかなって思ったんですよ」
「ふむ、確かに心安まると思う」
頷く黄龍にリンディスは土を捏ねて椀を作り植物用の土を入れながら中には何を入れようかと選び取る。色付く葉が付いた小さな枝を入れて苔を巻けば自然と対話している気持ちになって心が温かだ。
「土地を護る方たちと、自然の対話をしながら作る苔石。なんだかすごく御利益のあるものになる気分がします。黄龍さん達はどんな植物を好むのでしょうか」
「吾か? 吾は美しい物が好きだ。瑞の蓮や春の桜。無論、紅葉も好ましい。四季の移り変わりが吾の喜びである。
つまりはシャイネンナハトか、と夏子は黄龍をまじまじと見遣った。今日も女人の格好をした彼に夏子は「ふーむ」と小さく呟いた。
「前は面食らったけど よく考えりゃ別に構わんのでは? ってなりました 女性型は女性だし! ぐへへ酒に肴に! 貴女の事も頂けます!?」
「接吻でもしようか?」
「あ、いえ、あの、ホントありがと。良い年の瀬になりそうです……」
黄龍、戯れ事を、と瑞神がくいくいと裾を引っ張っている。さておき、切子細工だ。
「いやさ、先日思いがけないことがあって、全く想定してなかったからせめて何か品を……」
学び作る夏子を見かけた気がしたタイムは彼の姿をきょろりと探す。
彼の傍に立っていた黄龍を見つけ、タイムはぱちりと瞬く。こうして人の――女性の姿――になっていると何処か不思議な心地だ。
「黄龍様、以前の試練ではお世話になりました。自分自身と向き合う機会を与えて貰ったんだと思います。
あの時はいっぱいいっぱいだったけれど……改めて、有り難うございました」
「ああ。力になれたのであれば喜ばしい。して、探しているのはこの男か?」
「あー! 夏子さんやっぱりいた! 何をしてたの?」
「やあやあタイムちゃん先日はありがと~。コレはその、お礼と言ってはお粗末ながら……」
いいの、と問えば小さく頷く夏子。彼がどこか照れくさそうなのが可笑しくてタイムは大事にするねと柔らかに笑みを浮かべた。
「いや、駄目だこりゃあ…こういう細かい作業は苦手だな……」
がくりと肩を落としたルカにそそぎが小さく笑う。つづりはと言えば黄龍の指示を聞きながらいそいそと作成を続けていた。
「お前さんらはどうだ? こういうのは得意か?」
「簡単。こうして……」
そそぎはと言えば瑞神に学んだことがあるのだろうかさらさらと作成を続けていく。
「これが中々難儀でな……」
不器用なルカは懸命に汗を流しながら何とか作業を続ける。何とか不格好ながらも完成したそれは見本とは大きく懸け離れている気がして――
「お、終わった……こりゃあ竜と戦ってた方がマシだぜ……」
●
「瑞様」
アルテミアは緊張したように切子細工を手にしながら口を開いた。声が、僅かに震えている。
「瑞様はあの子の事を、エルメリアの事をどう思われていたのでしょうか。
魔種へと堕ちたあの子がしてきた事は、守護者として許せるものではなかったはずです。見捨てようとは思わなかったのですか……」
「それは……」
瓜二つの娘の問い掛けに、瑞はアルテミアをまじまじと眺める。
「そう、あの子がしてきた事は許される事ではなかった。でも瑞様は見捨てないでくれた。
……妹が魔種となっていた間も、孤独ではなかったのね……。
ありがとうございます、最後までエルメリアを見捨てないでくれて」
「いいえ。いいえ。私にとっては彼女もとても良き『子』でした。勿論、貴女も。
苦しみ抜いた彼女が、最後に笑えたと聞いています。私は其れが嬉しいのです。
……貴女が、あの優しい子を愛し続けてくれたからこそ、ですね」
人の形をとって見せた幼い瑞がそうとアルテミアの頭を撫でる。そのぬくもりにアルテミアは首から提げた二つの雫のぬくもりを感じながら、「有難うございます」と頭を下げた。
翼の意匠を刻んだそのグラスに、その思いを込めるように。
「賀澄」
レイチェルは葡萄酒では無く豊穣の酒を、と。彼にオススメを問い掛けた。
吸血鬼でヒトとは食生活が違うレイチェルは酒を中心に賀澄にはつまみを楽しめとオススメして。
「ヒトの食物は嗜好品みたいなモンだな。俺には」
「成程、ならその中でも好みのもを探せると良いな」
其れも悪くは無いかとレイチェルは小さく笑い――ふと、彼に向き直る。
「賀澄、あれから黄龍や瑞は元気か?」
「ああ。あのように楽しげだ」
「……んでよ。黄龍の試練の時は悪かった……無神経な事を言っちまって。
……まぁ、その詫びだ。武力が必要な時は、お前の刃として俺を使え。この国にとって、これからがきっと山場だ。八百万も鬼人種も溝が深い」
レイチェルの言葉に霞帝は「有難う」と頷いた。
「まァ、これも乗り掛かった船だ。長胤の志も背負ったお前が理想の国を作るまで、手ぇ貸すよ」
「……ああ、貴殿等とならば屹度成せるだろう」
霞帝と話したい――と来たがそれよりも晴明の胃痛が激しそうなことが気になるとカイトは頬を掻いた。
(やばそうなら『借りる』って口実で脱出させるべきなんじゃねぇだろうか……。
話をしてみたいのは事実なんだが、……こうも胃が痛そうで真面目にしてると気が引ける)
カイトの視線に気付いた晴明は「どうかしただろうか?」と問い掛ける。真面目そうだが案外抜けた中務卿にカイトは小さく笑みを浮かべた。
「俺はな、逆にアンタみたいにしっかりもなれないし、霞帝のにーさんみたいにちゃんと希望と志を持った存在で茶目を出せる訳でもなし。
……ある意味羨ましくてさ、アンタら二人が。ああなりたいとは思わないが『ああなりたい』とも思う。そんなモン」
「ふむ?」
「……ただの呪術師の端くれの呟きだと思って聞き流してくれて構わねぇよ」
「いいや、心に留めておこう」
貴殿がそう思ってくれたなら、と晴明は小さく頷いた。
「帝、そして中務卿にお伺いしたいことがあり、この宴に参加させて頂きました。
せっかくの催しですのに、場を選ばず問いかけることどうか御容赦いただければ。罰が――」
罰が必要ならばと口を開こうとした正純に晴明が「霞帝はその様に狭量な御人ではない」と告げた。
「有難うございます。
先だっての争乱、その首魁の一人である天香長胤、そしてその奥方であり現当主天香遮那様の姉であるお方の話を、お聞かせ願いたいのです。
政敵であったのです、その全てを知ることはないでしょう。ですが、ほんの些細なことで構いません。
私には、天香長胤という人が、単純な悪には思えない。勿論、ゼノポルタの方々への差別等、行き過ぎたものはありますが」
「……ふむ、こう言うと拍子抜けかも知れないが『今園賀澄』という男は長胤を悪だとは思って居ない」
「は――?」
「あれ程国を慮る男は他にいないだろう。無論、貴殿の言うとおり『此の国に根付いた鬼人種への差別』は酷く、長胤は『八百万である』からこそ、それを文化として許容していた。他の八百万とて同じだ。だが――」
霞帝は今園賀澄という一人の男として柔らかに笑って告げた。俺は彼を好ましく思っていたよ、と。
「彼と共に言いたかった言葉がある。貴殿も共に口にしてくれるか?」
霞帝はゆっくりと立ち上がり、宴に参加する者に「共にお願いしたい」とそう告げた。
お決まりの、とっておき。それはイレギュラーズにとってお決まりの、この夜の祝いを込めて。
「――――輝かんばかりの、この夜に!」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――輝かんばかりの、この夜に!
GMコメント
夏あかねです。カムイグラにもシャイネンナハトが遣ってきた!
※一行目:行動は冒頭に【1】【2】【3】【4】でお知らせください。
※二行目:ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
【1】京&庭園を楽しむ
雪がちらつく京と庭園を散策します。
庭園は灯籠が飾られておりライトアップされています。この日のために、お手製で頑張った飾りだそうです。
冬の花々が美しく、淡い光が漂っています。また、不思議なことにふわふわと蛍のような光が舞っているのもとても幻想的です。
【2】温泉へ往く
神威神楽の存在する温泉(秘湯)へ参ります。雪見酒を楽しむことが出来るでしょう。
食事などもご自由にお召し上がり頂けます。
お湯は男女別と混浴がありますが、混浴はタオルや水着の着用が義務付けられています。
【3】御所
御所で帝や四神たちと一緒に雪を見ながらの食事や談笑を行うことが出来ます。
晴明の胃腸が死にそうですが、帝達は酒も食事は自由に頼んでくれとのことです。
黄龍と瑞達が切子硝子の小さなグラスやつまみ細工、苔玉作りについてレクチャーしてくれます。
よろしければプレゼントに一つ作って見ませんか?
【4】その他
当てはまらないけど此れがやりたいという方へ……。
ご希望にお応えできなかった場合は申し訳ありません。
●NPC
・霞帝(今園 賀澄)、中務卿(建葉 晴明)、けがれの巫女(つづり&そそぎ)
・黄龍(女性形態)&眠たげな瑞神(犬)
・青龍、朱雀、白虎、玄武(人間形態は結構自由に変更できるらしいです)
はおります。お気軽にお声かけ下さい。
・夏あかねのNPC(月原、リヴィエール、深緑家出司教フランツェル)も居ります。
・その他、神威神楽関係者につきましては指定を頂けた場合は登場できる場合が御座います。
(*ご希望にお応えしかねる場合もあります。その場合は申し訳ありません)
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