シナリオ詳細
東雲色の空へ
オープニング
●
朝焼けの空は東雲色に満ちていた。朝日に橙の様相を映し出す雲の対比が美しい。
目覚めた鳥が鳴き出し夜が明けた事を告げる。
長い長い夜だった――
天香・遮那の前に傅いた姫菱安奈は頭を垂れる。
「安奈」
「若……いえ、遮那様! この安奈、逆賊『楠忠継』を討ち取りました!」
「……っ!」
神使達の助けがあってこそなれど。魔種として神使と相対した忠継は斬らねばならない相手だった。
遮那は零れ落ちそうになる涙をぐっと堪える。
皆が集まっている場で泣いてしまえば、上に立つ者として示しが付かない。
それは、想いを託してくれた兄の意向を無碍にするものである。
「良くやった安奈! その勲功こそ忠臣の誉れだぞ!」
「はっ!」
辛い気持ちを吹き飛ばすように遮那は声を高らかに張り上げた。
遮那の言葉を安奈は噛みしめる。
この場で泣いてしまおうものなら頬を張ってでも奮い立たせる心算だった。
――長胤様、忠継。若殿は強く、強く、生きております。この安奈などの足下にも及ばぬ程強く。
下を向いたままの安奈の瞳から一筋の涙が地面に染みを作った。
――――
――
高天京は天香邸。
広間の上座に座するは『天香』を継いだ遮那だった。
緊張した面持ちで誰かを待っている遮那の拳は硬く握られている。
遮那の前には臣下達が背を正し、上座を仰ぎ見ていた。
衣擦れの音と共に、臣下に連れられて広間に顔を見せたのは『中務卿』建葉・晴明。
その瞬間、天香の臣下が部屋の真ん中に道を空け、遮那が上座から降りて傍に控える。
晴明が広場の入り口で廊下側に頭を垂れると『霞帝』今園 賀澄が姿を現した。
賀澄は部屋の真中を晴明と共に歩き、上座に上がる。
「此度、天香は敗軍となる」
口を開いた賀澄の言葉は至極重たいものだ。帝に弓引く逆賊の責は重い。
「……」
誰もが緊張を纏い、固唾を呑んで賀澄の次句を待った。
「されど天香遮那は武を以て此を正し、長胤は一切の責を負い自害した」
「御意のとおりにあらせられまする」
遮那が緊張の面持ちで返事をする。
「此れからは、其方がこの天香の上に立ち、導かねばならない。その覚悟が其方にあるか」
「必ずや。天香を良き道へと導いて行く事を誓います」
頭を垂れた遮那が切実なる誓いを述べる。
その背には既にこの屋敷全ての行く末が重くのし掛かっているのだ。
「ならば、霞帝の名において此度の戦の顛末、一切の処遇を『天香家当主』に任せる」
「……っ! 寛大なお心遣い、誠に感謝致します!」
床に額を擦りつける勢いで遮那は、帝に感謝の意を紡いだ。
則ち其れは、天香が帝に弓引いた事を不問にすると同義であった。
さて、これでお取り潰しは避けられた。
ある程度分かっていた事ではあるが、賀澄の人となりを考えればこうなるだろう。
だが周囲の公家や武士達は、問題を起こした天香家についてどのように考えるだろうか。想像するだに恐ろしい。
長胤という強力な(神威神楽最強の!)政治力を失った天香家が、伏魔殿の中でこれから先を生き抜くことは決して容易くはない。
第一にそれを継ぐのはうら若き武人の遮那となるが、遮那はあくまで義弟である。天香の血を引く者達が心から良しとする筈もない。
腹に一物抱えた者達を相手に、立ち回らねばならぬ事になる訳だ。
「まあ堅苦しいのは抜きだ。全部任せるとは言ったが、困ったら来い。
ただ勉強だと思って取り組んでみろって事だ。最悪はなんとかしてやる。晴明が!」
唐突な賀澄のフリに、目を見開いた晴明の表情は、誰も見ていなかったけれど。
「では、此れにて失礼仕る」
遮那へ親指をたて歯を見せた霞帝が、晴明を連れて広間を後にするのを、一同は頭を垂れて見送った。
「さあ皆の者、宴をしようではないか!」
しんと静まりかえった広間に、遮那の声が響き渡る。
いつもの笑顔を見せた遮那を見て、臣下達はようやく戦が終わったのだと安堵した。
●
「若様……あ、ご当主様。宴のご馳走はどうなさいますか?」
此度の立役者である神使達を迎えるために天香邸は俄に活気づく。
「ああ、お前達の出す料理は絶品だからな。任せる」
自分があれこれ口を出すよりも、料理人が旨いと思ったものを用意してくれればいいのだと遮那は笑う。
「遮那様」「旦那様」「ご当主様」
臣下達は挙って遮那の元に集まり、声を掛けてきた。
此れからきっと忙しくなるのだろう。
其れでも、遮那は全てに笑顔で応える。臣下に不安を与えぬよう、導いて行くために。
――兄上、見て居て下さい。私は必ず彼等を導いてみせます。
決意を新たに、遮那は前を向いた。
- 東雲色の空へ完了
- GM名もみじ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年12月09日 22時10分
- 参加人数35/30人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 35 人
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参加者一覧(35人)
リプレイ
●
賑やかなる宴。祝いの席だ。
大広間には沢山の人々が宴の始まりを待ちわびている。
「さあさあ戦勝の宴ですね。日本酒で乾杯です!」
寛治は遮那用に果実絞りを持たせる。
「うむ……皆、よくぞ戦い抜いてくれた。感謝するぞ。……では、乾杯!」
「「「乾杯」」」
打ち鳴らされる杯の音。祝勝の音色。
「はいかんぱぁーい!」
寛治とアーリアは遮那を遠巻きに眺め日本酒に舌鼓を打つ。
「約束したものねぇ、和装でお酌って」
「ミディさん居ないしちょっと「近う寄れ」くらい言っちゃいますかね。ガハハ」
「んもぅ! 新田さんったら」
寛治の宴会芸を楽しんだあとは、ゆったりと言葉を繰る。
「彼はこの先、あの小さな身体でこの国を支えていくのね」
想像も出来ない苦難を乗り越え、遙か高みへ登り詰めて行くのだろう。目映さ目が眩みそうだ。
「若者は、強いわねぇ……私達も、まぁがんばりましょ!」
「ま、遮那君は大丈夫でしょう。ここにこれだけ、彼を支える人がいるんですから。勿論、我々もね」
「ええ、まだまだやらなきゃ!」
アーリアの持つ杯の中、揺らめく酒に白光が反射していた。
目まぐるしく過ぎ去る日々を鬼灯は思い返す。
ゆっくりと話す機会などなかったから。遮那の元へ歩みを進めた鬼灯は少年の肩にのし掛る重荷を憂う。
少しでも頼ってほしい。その為に自分達はいるのだ。
「遮那殿、黒影鬼灯。及び我ら暦、いつでも貴殿の力に」
「いっぱいお話して遊びましょうね! そうだ、紅茶はお好きかしら?」
深々と頭を下げた鬼灯にはにかんだ笑顔を向ける遮那。
これからの行く末に。遮那の成長を願って鬼灯は杯を重ねた。
「はじめまして、四音と申します。無事の御帰還おめでとうございます」
四音は遮那の前に歩み出る。戦場は共にすれど顔を合わせるのは初めてだった。
「そうそう、あの時。随分ルル家さんと親しいようでしたね」
結婚か婚約をする事になった際は是非教えてほしいと四音は口の端を上げる。
「えっ、私はまだ」
「ふふふふ、冗談ですよ」
個人的に今後の活躍を期待していると四音は遮那に笑顔を向けた。
その瞳に浮かぶは深淵。愉悦と慈愛の色合い。
「よぉ。初めて町で会った時以来だったか?」
「ウィリアム! 覚えて居るぞ」
満面の笑みを浮かべた遮那の表情にウィリアムは安堵する。無事で何よりだ。
「ま、今更俺がどうこう言う事も無いとは思うけど……頑張れよ」
知らぬ事も多いだろう。進む道は茨なんてものではない。
けれど、味方は沢山いるのだから。
「またいつでも俺達を呼ぶと良い。気晴らしでも何でも付き合ってくれるさ。勿論、俺もな」
「ああ。有難うウィリアム」
頼もしい仲間に囲まれて魚を突く幸せに顔を綻ばせた。
沢山の辛い事があったけれど、遮那達が戻って来てくれて良かったとメイメイは胸を撫で下ろす。
遠巻きに見つめる視線の先。幼さの残る少年は真っ直ぐ前を向こうとしていた。
自分には無い強さを秘めた少年の力になりたいとメイメイは思うのだ。
共に祝う事も仕事の内。
「わたしも、たくさん食べて、楽しんで。この宴の成功の一助となりましょう」
ぱくぱくと食む祝いの食事は芳しく。
「お初にお目にかかります、遮那殿」
ルーキスは杯を手に少年を見つめる。
「神逐の戦場でのお姿、自分も拝見しておりました。この度は……」
存外に普通の少年なのだ。遮那という男は。
「堅苦しいのは無しだぞ。祝いの席なのだから」
遮那の言葉にルーキスは頷く。ならば聞かねば成らぬことがあった。
「長胤様の事を、教えて頂けないでしょうか? 思い出話でも何でも構いません」
「兄上のことか? そうだな。政に関しては素晴らしい人だった。姉上に見せる顔は優しかった様な気がするが。あまり余計な事を言うと怒られそうだな。ふふ」
まだ、御簾の影から兄が姿を表しそうで。遮那は首を振った。
弓を教えてくれた日。馬を上手く乗れるようになった日。どれも鮮明に思い出せる。
百合子は遮那の傍に控える安奈に声を掛ける。
「よくぞ本懐を果たされた安奈殿! 共に戦ったものとして鼻が高い!」
「いやいや、百合子殿や神使達の力添えがあってこそ。本当に感謝しているぞ」
百合子の言葉にいつも通りの快活な笑顔を浮かべた安奈と握手を交した。
されど、百合子は見たのだ。安奈の瞳に一瞬だけ寂しげな色が浮かんだのを。
大切な仲間が居なくなった事に対して隠せぬ程の情動を持ち得た美少女に、百合子は僅かな『違和感』を感じる。それが何なのか表現する言葉は持たないけれど。確かに波紋が胸を打ったのだ。
「遮那殿! 安奈殿は実に頼りになって……」
この少年は天香を継ぐという義兄との最後の繋がりを胸に政(鉄火場)に立つのだろう。
生きるということは。遮那にとってこの場所しか無いのだ。
ならば、百合子はその傍らに控え、意に従うまでだと瞳を伏せた。
●
俄に活気づく宴を見渡しリゲルとポテトは目を細めた。
「遮那もルル家も、戻ってきてくれて本当に良かった」
戦いを経て再び笑顔で会うことが出来た。それが何れだけ掛け替えの無い事か二人には分かっている。
「遮那、宴に招いてくれてありがとう。出会った頃からは想像出来ないぐらい立派になったな」
ポテトは遮那の頭を撫でて笑顔を向けた。
「とは言え無理は禁物だからな」
「そうだね。できるだけ休んで欲しい」
わざわざそれを言うためにこの宴会にまで足を運んでくれた二人に遮那は深々と頭を下げる。
「有難うポテト。リゲル」
遮那を労った後、二人は中庭へと歩みを進めた。
お疲れ様とポテトが呟き安堵の表情を浮かべる。
一歩間違えれば国が滅んでいたかも知れない。皆が無事で良かったと肩を寄せ合った。
「……実は、長胤がお義父様と重なって見えたんだ」
リゲルは父親の姿を思い浮かべる。己が信念と大切なものを守ろうと最後まで足掻いた背中。
「失った悲しみはきっと大きいけど……遮那にも支えてくれる人もいるんだ。きっと大丈夫だよな」
「ああ、遮那には仲間が沢山いる。俺達だって支えていこう。長胤様の為にも」
ポテトの手を強く握りしめるリゲル。青き瞳は未来を見つめる。
それは、勝ち得た希望を強く願うもの。
「すこし外の空気を吸いませんか?」
遮那を宴から連れ出したのはジュリエットだ。
戦への労いと遮那が己の弟と似ているのだとジュリエットは語る。
泣き虫な弟にいつも『空を見上げてご覧なさい』と言っていたのだと。
「泣いて下ばかり見ていては、素敵な景色も見えなくなりますよ、と。
遮那さん、上を見て下さい」
空に掛かる虹へと視線を移す遮那。
「きっとこれから、貴方の頑張りでいくらでもこの様な素敵な景色を作っていけます」
その為なら力になる。一人では無いのだとジュリエットは微笑んだ。
「天香長胤……魔種に堕ちながら、義弟への親愛を失わず、更にはこの結果に至るまでの道程を組み上げたので御座るな」
幻介は戦いで散った天香当主に複雑な心境を抱いていた。
姉を利用しようとしたことを許すつもりは無い。
されど、家族への愛を鑑みれば。己と通ずるものがあるのだ。
「であれば……冥福くらいは祈ってやろうで御座らぬか」
逢いたい人の元へたどり着けますように祈る一片。
「精々、向こう側で指を咥えて見ているがいい……お主が一度は諦め、改めて霞帝達と作ろうとした神威神楽が作られていく様をな」
「庭でゆっくり味わうお酒は格別ね……」
ユスラは杯を片手に庭園を見渡す。この所激戦続きだったから久々の酒が身に染みる。
「散って行った魂に献杯、これからの栄華に乾杯」
空に杯を掲げて飲み干すユスラ。
「まだ問題は残っているけれど、いつかはこの国に住まう全ての者たちが、こうしてゆっくり好きなものを味わえるようにするから、見ていてね」
忠義を捧げた者達に誓うように呟いて。
「遮那殿、遮那殿。一献だけ付き合って頂けないかな」
宴の音から離れた庭園でヴェルグリーズは杯を掲げた。
偲ぶと言っても長胤の事は正直よく知らない。
「でも、それでいいと思ってる。それ以上は…おこがましいよね」
されど、遮那は違うのだ。兄と紡いだ時間が多い程に別れは辛い。
兄に寄せた思いは認めて進んだ方がいいのだ。
「たとえその思いが重くても、今日の宴にいる人達は一緒に受け止めてくれるんじゃないかな」
手を差し伸べてくれる人が君の周りは居るのだとヴェルグリーズは紡いだ。
揺れる花をエメラルドの瞳が見つめている。
「綺麗…あんな戦いがあった後だなんて嘘みたい。皆無事でよかった」
ヴァレーリヤの言葉にマリアが頷く。ルル家の事も気がかりだった。けれど、誰よりもヴァレーリヤに悲しい思いをして欲しくなかったから。
「本当は私、ルル家のこと、心の中で半分諦めていましたの。『これはもう打つ手がない。助からないんだ』って」
「私もね、あの時のことを思い出すと未だに恐ろしくて体が震えるんだ……」
何度も何度も命が散る様をこの目で見てきたというのに。自分は大切なものを失うのが怖いだなんて。
「そんなもの慣れなくてもいいのですわ。実際に私達はあの子を助ける事が出来た。それで十分。人の想いの力ってすごいのですわね」
震えるマリアの肩を抱き、ヴァレーリヤは微笑んだ。
「私を大切に思ってくれて有難う。私はずっと、貴女の側に居ますわ……」
「ありがとうヴァリューシャ。私もずっと君の傍にいるからね」
張り詰めていた気がようやく抜けてきたヴァレーリヤ。それだけ命を張った戦いだったから。
ヴァレーリヤの指先がマリアの膝に乗る。ゆっくりと広がった朱い髪とその奥に感じる温かさ。
「ねえマリィ、貴女に何かあっても私が守ってあげる、から……ね……」
瞼を落としたヴァレーリヤの髪を撫でながらマリアは目を細めた。
何があっても君だけは守ってみせるから――愛おしさに噛みしめる想いは焦燥感に似て。
ゴリョウは混沌米『夜さり恋』を使った、握り飯と茶を遮那に差し出した。
「俺ぁよ、直接オメェさんらの戦いに参加したわけじゃねぇから何か言える立場じゃねぇ。
でもな、縁があった高天宮の元・大膳司長が言ってたんだよ。天香・長胤の旦那は『よい舌』を持ってたって。料理作るもんとしてはさ、そういう奴ぁ憎めねぇんだよなぁ」
その言葉に込められた想い。意思を継ぐ事の意味。
食べる事とは生きる事と同義。それをゴリョウは遮那に伝う。
「ああ、この握り飯は旨いな」
温かくて心が籠もった味に遮那は目を細めた。
シラスは美しい庭園を歩いて行く。
「遠くに来たなあ」
竜を倒し絶海の青を超え。帰らぬ仲間だって居た。
その先に辿り着いた新天地でも大きな戦い。我武者羅に戦って生き抜いて目が眩みそうだ。
「召喚されてから3年か……信じられないや」
本当は全部夢で。スラムの片隅で転がってるのではないかと思うことさえある。
そんな妄執を振り払うためにシラスは戦いに身を投じるのだ。
次の戦いを待ち望む。その先に居る揺るがぬ自分を追いかける。
リレインは天香の離れにある訓練場に足を踏み入れた。
弓が立てかけてあり、整えられた巻き藁が鎮座する。
「イレギュラーズ、特異運命座標、神使なんて呼ばれてますけど。
僕はあの戦のときも兵士の皆さんを守るのに手一杯でだった」
人を守りたいというのは本心。兵士だって市井に暮らす人々だ。
「なんか人を守るのって、難しいんだなあ」
宴に混ざれる日がくるのだろうか。人と関わり合うということの難しさにリレインは憂う。
「ここは中庭? わー綺麗ー、色んな種類の花が咲いてる! これなんて名前の花かな」
カナメははしゃぎながら中庭を散策していた。
「あ、そういえばお姉ちゃんどうしてるかな?」
宴会の席にも姿を見せていない姉の事を考える。きっと遮那と楽しく話しをしているのだろう。
世話話だろうか。それとも愛の告白か。これからのことか。
姉が幸せならばそれでいい。
「あれ……なんで?」
止め処なく溢れる涙。拭っても拭っても止まらない涙。
それはきっと誰が為の涙――
「あーあ、長胤くん行っちゃったかぁ。まぁそうだよなぁ、魔種だもんなぁ」
茄子子は中庭の一角に腰掛けて空を見上げた。
「会長ああいう人好きだったんだけどなぁ。自分を犠牲にしてまで国に尽くすことが出来るすごい人。
憧れちゃった。もっとちゃんと話してみたかったなぁ」
戦場ではない。政治の場(せんじょう)で。
茄子子の瞳から雫が落ちる。
「会長は──いや、私は、出来うるなら貴方にこそ生きて欲しかったよ。
やっぱり、運命なんて嫌いだな」
紡がれた言葉は空へと霧散していく。
アレクシアは遮那に手を振った。
助かったとは聞いていたが会えて居なかったから。
「無事で良かった」
話したい事は沢山あるのにあれきりなんて寂しいから。読んで貰いたい本も山ほどあるのだ。
「遮那君はこれからやりたい事ってあるのかな」
「そうだな……兄上の意思を継ぐのは大前提として、世界を見て回りたいとも思うな」
神威神楽だけではない。神使が住まう彼の国。色々な文化に触れてみたい。
おいそれと出て行ける身では無くなったからこそ。憧れがあるのだろう。
「じゃあ私達がその手助けをするよ」
「有難う。アレクシア。いつか行ってみたいな。そなたがくれた絵本の様な世界に」
夢の御伽噺の世界へ。
三味線の音に誘われて。遮那は中庭に顔を覗かせた。其処には弦を弾くアリアの姿。
奏でるは国を憂い、支えた英雄を称える歌。
「その名声は 地に堕ち でも 成した事は色褪せず 眼に映る 彼の姿は けして語れぬ英雄譚」
義兄長胤の事を悪く言う者もいるだろう。されど、背を追った兄を信じ前に進んで欲しいと。
泣きたいのなら此処で泣けば良いと紡ぐのに、遮那は微笑みを浮かべた。
「ここなら、誰もいないから。ね?」
その言葉だけで。救われる心がある。
「彼岸を渡った者に何が出来るかご存じですか」
山茶花を背に無量は言葉を紡ぐ。この花には感傷を覚えるものだ。
「何も出来ない。死者は最早此方に居らず、応えはしない」
残されるは記憶のみ。故に生者に教えを与える仏とされる。
長胤も然り。蛍の死によって得た物を身に刻み誇りを失わなかったのだと。
「次は、貴方が糸を紡ぐ番ですね」
天香の糸を。縦の糸だけでは不安であるというのならば、横の糸は神使が紡ぐ。
「貴方が笑う時も、笑えぬ時も、寄り添い助けとなりましょう」
そうすれば、丈夫な布と成りこの国を優しく包み込むかもしれない。
遠巻きにルル家の笑顔を見て思考の海を揺蕩うのはヴァイオレットだ。
「……ワタクシが豊穣を訪れたのは、占いの結果を……ルルさんの不幸を覆す為のみ」
かつて助けられなかった命(とも)があった。
また、零れ落ちていくのではないかと恐怖した。
「……だから、安堵しました。
ルルさんが、ああして笑顔で居てくれることに。未来を生きてくれる事に」
ヴァイオレットは人でなし。ルル家に見初めて貰っても、悪であることに変わりは無い。
だから此処でいいのだと。彼女の笑顔を見て居られるだけで幸せなのだと。
手を掴むことが出来た。それだけで至上だから。
「貴方とは一度ゆっくり話してみたかったから」
縁側に座った遮那の隣、竜胆は腰掛ける。
戦場では顔を合わせたけれど、名乗って居なかったからと改めて正眼に居を正した。
「私の名は九重 竜胆、あの子……ルル家からは師匠……何て、一応は呼ばれているわ」
遮那の為にルル家がやったこと。それは彼女自身が選び取った信念だから。其処に何かを言うつもりは無いのだと竜胆は小さく息を吐く。言いたい事があるとするならば一つだけ。
「――あの子とこれからもどうか仲良くしてあげてね」
「ああ」
紡ぐ言葉は少ないのは照れもあるのだろう。何だか気恥ずかしい。
幼き少年が本当の意味で大切だと思う人を決める、その時まで。どうか。
●
「お忙しいところ、申し訳ありません」
宴が始まる前のこと。正純は遮那を呼び止めた。
真剣な正純の表情に居住まいを正す遮那。
「貴方の友として、小金井・正純個人として、ケジメをつけに参りました」
あの戦場で、長胤を射貫いた事に対しての正純なりのケジメ。
「私は気にしていないぞ。戦場とはそういうものだ」
「ええ、遮那さんが気にしていなくても、私が気にします」
張り詰めた空気。宴の準備が遠く聞こえる。
「……命を差し出すことは出来ません。
ですがそれ以外のこと、私にできることであればこれからこのカムイグラにおいて貴方を支えましょう。
この扇と星に誓って」
「それは……兄上が大切にしていたものだな。そうか、其方が持っていてくれたのか」
戦いの最中、正純の元にその扇が渡ったのだとしたらそれは『導き』なのだろう。
「あとは、そうですね。もし許していただけるのであれば、これからも貴方の友人でいたいです」
正純の言葉に遮那は真剣な眼差しを返す。
「其方の真意、しかと受け取った。仲間としてまた友人として、この国と私を支えてほしい。
まだ未熟で拙くあるだろう。
されど、必ず! 付いて来て良かったと、其方が心から思える時が来ようぞ!」
それが正純に対する遮那の決意。成さねばならぬ誓約だった。
朝顔は遮那の顔を覗き込む。
「君はどんな当主になりたいの?」
前を向く少年は、急に大人になる事も、今までの自分を幼いと言った事も。
朝顔には強がっているようにしか見えなくて。
「今までの自分を否定しないで。無理はしないで」
「すまない。向日葵。私は前に進んで行かなければならぬのだ」
「……だったら、誰もの痛みがわかる心は忘れないで。きっとこれから必要なのはそういう当主だから」
その歩みを止める事は出来ないだろう。ならばせめて道を違わぬ様に言葉を贈りたい。
「後、そんな遮那君に贈り物したくて」
掌の上に転がったピアス。
「受け取ってくれる?」
「ああ、ありがとう。だが、私は穴が開いていないのだ」
「うん知ってる。穴が無くても大丈夫なやつだから。つけていい?」
指先が耳朶に触れた後に訪れる唇の感触。ころりと畳の上に転がるピアス。
「ひ、向日葵!?」
不意打ちに後ずさり、耳を押さえて頬を染める遮那。
「ずっと言えない事があったの」
獄人と八百万は結ばれる事はないのだと。例え結ばれたとしても不幸になるのだと。
けれど、遮那が守ると言ってくれるのなら。
「私は君の最愛になる事を目指して良いですか?」
真剣な瞳に返す言葉は『応』なのだろう。
「だが、そのこういうのはもうちょっと、なんていうか、順序とかあるだろう」
今日の所は帰るのだと朝顔の背を押して。耳を押さえながら遮那は溜息を吐いた。
中庭を望む客室で未散は酒を掬う。
砂糖菓子みたいに甘い酒を飲み干していく様にヴィクトールは心配を寄せた。
未散の口から溢れだすのは恨み言。
――そんなに傷を作らないで。
誰がその傷を治すというのだと駄々を捏ねた。
眦に溢れる雫が頬を伝っていく。
「ぼくは、あなたさまが」
どれだけ言葉を繰ろうともヴィクトールの心を溶かせない。
だから散りばめられた言葉は一方的な自己満足。
「酔っていらっしゃるようでしたら、お休みくださいな。硬い腿でもよろしければ」
白い指先を引いて、ヴィクトールは己が膝に少女を誘う。
子供の癇癪みたいに暴れてみるけれど、ヴィクトールの手は未散の頭に乗ったまま。
聞こえてくるは眠れ眠れと伝う子守歌。
少しだけぎこちない声に。未散は不貞腐れながら瞼を閉じた。
いつかこういう事をしていた日もあったような。既視感に囚われるヴィクトール。
そんなはずあるわけもないのに――
「お疲れさまでした遮那くん。天香の当主として立派なお姿でしたよ」
ルル家は自室に戻ってきた遮那を迎える。
顔が見えないようにふらつく身体を抱きしめた。
「遮那くん。公の場では毅然としなければなりません。それが天香を継いだ貴方の責任です」
されど私の場では甘えても良いのだ。長胤が蛍に安らぎを求めたように。
「私を妻と思ってくれるとそれに勝る事はないのですが、無理なら家族と思って下さい」
ルル家の軽口に胸に埋めた遮那から小さく笑い声が聞こえた。
「つらい時はつらいと言って下さい。泣きたい時は泣いて下さい。嬉しい時は喜んで下さい」
自分の前では当たり前に。あるがままに。言葉を伝えてほしい。
「天香遮那としても、唯の遮那としても。あの時約束した通り、私はずっと遮那くんの傍にいます」
背中に回されたルル家の手が遮那の背を優しく叩く。
「ん……有難う。其方は変わらぬな。安心する」
親愛に包まれた抱擁。温かな陽だまりの様な安心感に、遮那はルル家の背を強く抱きしめた。
「久しぶりだな、遮那。もうあの決戦で受けた傷などは大丈夫なのか」
「ああ、ベネディクト。私は大丈夫だぞ」
顔を覗かせたベネディクトは遮那の隣に腰を下ろした。
何か気の利いた事を言うべきかと思案して。
「そうだな。俺達神使は、望まれれば君の手助けをするだろう。一人で乗り越えられぬ時があるなら、頼ってくれ。多くの者がそれを望むだろうから」
「其方らは、本当に頼もしいな」
兄の意思を継がんとする男にそれ以上の激励は要らぬだろう。
また何時か、共に旨い飯を喰らい鍛錬を共に出来れば良いとベネディクトは祈った。
「やあ、今日は賑やかだったから疲れたろう」
夜の帳が降りた頃、ようやく宴から引き上げた遮那を待って居たのは大地だった。
大地が持ってきたお土産『蛍雪乃功』を開けば淡く光を放つ。
「おお」
「こういう風に、うちには面白い本がたくさんある。きみが何かに疲れた時や、難しい問題に当たって、どこぞから知恵を授かりたい時。いつでも、自由図書館はその門戸を開こう」
一人で抱え込む必要は無いのだと。赤羽も言葉を重ねる。
「そういえば、そなたの声の秘密を教えて欲しいと思っていたのだ」
「ああ、そうだな。改めて君に、ちゃんと自己紹介をさせて欲しい――」
「ふふ、来ちゃった」
戦場ばかりでゆっくりと話せる機会も無かったからとタイムは遮那の部屋を訪ねる。
祝勝の畏まった言葉を伝えても、本当はおめでたい気分じゃなくて。
「どうした? 浮かない顔だぞ」
「実はわたしね、あなた達が連れ去られた後。もう泣かないで進もうって決めてたのに……」
鼻の奥が痛くなってくる。眦に溜る雫がゆっくりとタイムの頬を伝っていった。
「えへへ、情けないな」
でも、あと一言伝えたい。涙を拭いタイムは遮那を見据える。
「先の戦いでは本当に立派でした。あなたもお義兄さんも」
「……っ、ああ。有難う。タイム」
タイムには政や身分の話は難しい。彼が抱える問題の手助けをすることは出来ないかもしれない。
――けれど。あなたの身体を引き寄せてあやす様に慰める事を許して欲しい。
遮那は引き寄せられるままタイムの膝に頭を寄せる。
「其方と居ると姉上を思い出す。こうして、膝に泣きついた事もあった。懐かしいな」
温かな手が遮那の頭を撫でていく。緩やで穏やかな時間。
もうあの時泣いていた少年ではなく。これから当主として生きていく遮那だから。
せめて今だけでも。
祈りを込めた優しいひとときが過ぎて行く。
遮那から逃げて。逃げ回って。最後に鹿ノ子は遮那の個室に隠れた。
「鹿ノ子……ようやく観念したか? どうしたのだ一日中私から逃げ回って」
押入れの戸を開けた遮那は予備の布団の間に挟まる鹿ノ子を引っ張り出す。
「……合わせる顔がないッス」
視線を合わせようとしない鹿ノ子を畳の上に座らせて逃げないように手を握った。
「僕は、ルル家さんに嫉妬したんッス。遮那さんを助けてくれたのは彼女なのに、彼女だって命の危険に晒されたのに」
急ぎ早に捲し立てる鹿ノ子。遮那の腕を掴み琥珀色の瞳を上げる。
「すきです。すきなんです、遮那さん。だめだとわかっていたけれど、あなたに恋をしました」
今にも泣きそうな表情で好きだと伝う鹿ノ子。されどその瞳には涙なんて浮かんでいない。
「僕は、強くないんです。授かったギフトという能力のおかげで『涙を流すことができない』だけで、本当は強くなんてないんです」
遮那は鹿ノ子の頬に手を添える。本来であればこの頬は溢れる雫が覆っているというのか。
「でも、僕はあなたの力になりたい。弱くても、あなたの心に寄り添っていたい」
「鹿ノ子。其方は……よく頑張ったな」
「違う! そうじゃない」
ゆるゆると自分の頭を撫でる遮那の手を振りほどいた鹿ノ子。
腕を背に回し大丈夫だというように抱きしめる。
「どうか泣いてください。泣けない僕の代わりに泣いてください。
いまこのときだけは、それはあなたの涙じゃないから」
「……っ」
鹿ノ子の代わりに流す涙なのだから。誰も見ていない。だから。だから!
温かな涙は鹿ノ子の肩を濡らし。小さく漏れる嗚咽が部屋の中に木霊していた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。決戦お疲れ様でした。
戦いの後の昂ぶりと物悲しさを連れて。思い思いの場所で勝利の余韻に浸りましょう。
楽しく笑顔で飲み明かすのも。青空の下物思いに耽るでも。
●ロケーション
高天京にある天香邸です。
ありそうなものは大体あります。
A:大広間
宴会が行われている大広間です。
皆でわいわいと勝利の宴に酔いしれるには此処がいいでしょう。
祝いのご馳走やお酒で愉しみましょう。
旬の和食に日本酒、果実を搾ったジュース。
焼き魚や煮魚、漬物など。
B:中庭
美しい庭園があります。
竜胆に浜撫子、山茶花が咲いています。
大広間の喧噪を離れてゆっくりと物思いに浸りたい方は此方に。
C:その他
遮那の個室など。
無理の無い範囲でありそうなものがあります。
●諸注意
未成年の飲酒喫煙は出来ません。
UNKNOWNは自己申告。
一行目にどこに行くかを記載をお願いします。
二行目に、他のPCと同行する際には、お名前とキャラクターIDか、グループ名のタグ記載をお願いします。 三行目以降。自由に記載下さい。
例:
A
【祝勝会】
皆と共に勝った事を喜び、祝おうでは無いか。
臣下や民が不安に思うから涙は見せない。
兄上、私は――
●NPC
○『琥珀薫風』天香・遮那(あまのか・しゃな)
誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家でした。
今までのような泣き虫な子供では居られないと気を張っています。
呼ばれれば何処にでも行きます。
○姫菱・安奈(ひめびし・あんな)
天香家を守る忠臣。
忠継と共に遮那を見守ってきました。
咲花・百合子(p3p001385)さんの関係者です。
他、カムイグラのお祭りに来そうなNPCは現れる可能性があります。
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