PandoraPartyProject
アドーニスの園にて II
――あなたの上に天は立つ。全ては極光の元に。
『Selenite』、それが魔法の名前であった。
「ねえ、オディール。ファルカウに合わせてあの炎を鎮めるわ。分かった?」
優しく微笑んでオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はその頭を撫でた。
凍える様な寒さは身を縮めた。玉の緒を途切れさせるならばこの冬だろうとさえ感じられた。それでも、この子は傍に居た。
氷狼フローズヴィトニル。
それは鉄帝国を真白に染め上げた精霊の名だった。その欠片が此処にある。
「オディール」と。その名を与えたオデットはゆっくりと小さな仔犬を抱き締めた。
柔らかな毛並みと、ひんやりとした空気。頬を舐める舌はざらりとして心地良い。
「私が貴方と共にありたいと思ったように、ファルカウともまた共にありたいと願うのよ……我が儘な私で、巻き込んで、ごめんなさいね」
それでも、思ったままにやってきた。
あの焔が『全て押さえ込まれた』ならば、ファルカウは魔法を放つ。
「行きましょう。……ね? エリス」
「はい。オデットちゃん。任せてください。われらは、イレギュラーズと共にあります」
氷の精霊女王は微笑んだ。柔らかな銀の髪がふわりと揺らぐ。指先から放たれた繊細な氷の糸。オディールはそれを掴んで駆け出した。
「行くわよ、オディール!」
――思いを繋いで、全てを終わらせましょう。
(きっとそれが私の役割だとしたら、後は天運に任せて信じましょう。……彼らの勝利を)
命なんて問うに擲ったって構わなかった。貴女が、『迷うことなく私を救ってくれたヒーローの妹』が、挫けるところ何て見たくはなかったのだから。
「ッ――」
リドニア・アルフェーネ(p3p010574)は最後の抵抗の如く、眩む焔を受け止める。
血潮が流れたって構わない。ただ、魔法の発動を、彼女の思いを待つだけだ。
(アレクシア様――)
己の出来るラストbet。命懸けの大博打。
「どうか、どうか悔いの残らない戦いを、貴方様に。私の代わりに見届けてください。ライアム様」
リドニアの傍に、青年が立っていた。アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が目を見開く。
「兄さ――ん」
「の、幻影……と言うべきかな。体はまだ、大樹の中だ」
粋な計らいだろうと彼は、ライアム・レッドモンドはリドニアの傍に立った。
「まるで、あの日のように。夢に囚われても尚も、逃げ出すことのなかった君の傍に立てることが光栄だよ、リドニア」
「……そんな、私だって。……ねえ、ライアム様。先に死んだら貴方怒りますわよね。
だから、だから、さっさと体ごと魔種なんてやめて起きてくださいよ。私をあの時の様に抱えて起こしてください」
命の煌めきと共に。貴方が幻影だというなら、貴方が出て来たくなるくらいにギリギリまでその命を『賭けて』見せる。
――私、あの日、迎えに来てくれたヒーローだったあなたの事が。
ひゅう――と風が吹いた。リドニアの眼前には魔女が立っている。
若葉の気配。緑の息吹、射干玉の髪に揺らぐ深緑の香り。アルティオ=エルムの象徴。『大精霊』ファルカウ。
その人は己の内部に巣食うた怒りと相対していたか。
「よく頑張りましたね、夢見はさぞや悪かったことでしょう。
わたくしも、あなたも。悪夢など懲り懲りであったでしょう。もう、目覚める時間がやってきた」
ファルカウの瞳に炎の気配は存在して居ない。中まで繋いだ『可能性』が結びつき、女に与えた軽やかな目覚めは朝の陽射しの如く眩くて。
「参りましょう」
杖の先に魔力が灯された。不安定な、碌に残らぬ古語のまじない。
嘗て、アルティオ=エルムに伝わっていたというそのまじないをファルカウは唱え始める。
ならばこそ、怨焔は抵抗を始めたか。
「ファルカウッ!」
「黒衣の死神よ。其の儘――!」
それ以上の言葉なんて必要は無かった。まじないは魔女の本領。
アレクシアとファルカウに、そしてアレクシアを支えると決めたシラスを始めとした仲間に、任せれば良い。
「フランツェル! ヴィヴィ!」
「――ああ、分かった。任せろクロバっこ」
目覚めは偶然に。目覚めは突然に。
ファルカウが、大樹の精霊がその心を揺らがせた。
「クロバっこ! 迷わず進むんだ!」
クロバ・フユツキ(p3p000145)の背を押してくれたのはヴィヴィ=アクアマナだった。美しき、精霊。嫋やかな娘。彼女に背を押され青年は走る。
「私達はイレギュラーズだ。見えた可能性は、掴みに行ってなんぼだろう?」
ファルカウは滅びを求めた。仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)はだからといって全てを終わらせたくはなかった。
「『許し、許容する』という人ならではの選択肢は、相も変わらずに魅力的だ! ――なら、全身全霊を以って救おうか。私達らしくな!」
怨念を斃すのではなく鎮めることには慣れて来た。
だからこそ、賭け時が来たのだ。
「レイズだ、クロバ。私の"チップ"を御主に預ける。御主ならやれるさ。――大勝ちしてこい!!
いいな? 私も御主も生きて帰る。当然、仲間達も生きて帰る。
救えるものは全て救い、滅亡を回避してハッピーエンドだ」
「良く解ってんじゃないの。たぬきち」
「た『ま』きだが」
「ふふ。あら、クロバさん随分ボロボロじゃない? やっほー、助けに来たわよ。
母さんの力を受け継いだからか、ここに行けって心がざわついていてね。
あたしが来たからには、貴方にはもうちょっと気合い入れて頑張ってもらうわよ!」
『玲瓏公』は深緑にとて縁ある。リア・クォーツ(p3p004937)はくすくすと笑ってから、親友を見た。
眩い蒼穹の瞳。もう一人の親友は支えてくれている背中を押してくれている。
「お師匠、一人とは狡いなあ」
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はにんまりと笑った。
「これまでに紡いできたもの、貰ってきたもの。私にはたくさん、たくさんあるよ。だから、連れてって」
手にしたユ・ヴェーレン。混沌で得た奇跡の象徴を、青い運命を。小さな奇跡をこの刃に乗せて。
もう片手には瑞刀を握った。背後には彼女がいる。だからこそ、強くなれるのだ。
「ねぇ瑞。来てくれてありがとう。君の姿をみれば、あの日の奇跡が私に力をくれるんだ。混沌と大好きな人の為に……私に力を貸してくれる?」
「ええ、勿論。わたしの大切なシキ」
瑞神に背を押されるように走り出したシキをリアが見た。
「お師匠。ずっとずっと応援してるから。大好きだから――君がもたらす希望が輝き続けることを願ってる」
「それは『あたし』も。でもね、シキ。甘やかしちゃだめよ。
叶えたい願いがあるのなら、掴み取るのは自分でやりなさいよね! あたしは母さんとは違ってスパルタなんだから!
賭けに出るなら応援しましょう。シャンパン用意して待っててあげる! 行きなさいよ!」
クロバの背中をまるで蹴り飛ばすようにリアは言った。
大好きだよ。
大切だよ。
――だから、幸せになってね。
それは祈りのようで、救いのようで、呪いのようだった。
「アレクシア」
彼女の事を何れだけ大事に思っていたか。
シラス(p3p004421)はそっとその手を握り締めた。
「……俺達の意見は何時だって擦れ違って、喧嘩なんてもんじゃないような事もあったな。それも懐かしいよ」
「そうだね、シラス君」
アレクシアはぎゅっと握り締めてから笑った。
「でも、私達は分り合えたよ」
「そうかな」
「そうだよ。有り難う。此処まで来てくれて。背を押してくれて」
シラスは唇を震わせて、何かを云おうとしてから目を伏せた。幾らだって言葉は飛び出してくる。それが喉に支えて留まって仕方が無いのだ。
クロバのように、真っ直ぐに走って行けたら、リュミエ・フル・フォーレへの愛を叫んだその姿になれたならば。
シラスは、アレクシアの一番にはなれやしない。彼女はヒーローだから。誰かのために走って行ってしまうのだ。
「……俺は、希望なんて恵まれた人間の奇麗事だと思っていたよ。幾つもの報われない命を見てきた。言葉で、心で、歴史でその声を聞いてきた。
そうして思い知ったんだ。正しい想いは決して消えない。
例え踏みにじられても誰かがその欠片を集めては蘇る。今も俺達の背を押して絶望に抗う力を与えてくれる……真実から出た行動は永遠なんだ」
そっと手を離して走って行く彼女だけを見ていた。
――いいんだ。アレクシア。俺はさ、此処で全てが終わったって構わないよ。
アレクシアが願うがままで合って欲しい。アレクシアの力になれたのならばそれでよかった。
シラスは、戦場で初めて目を閉じた。自殺行為だ。馬鹿げていると今までなら鼻で笑っただろう。
「魔女――!」
「ファルカウさん」
彼女の声がする。シラスは繋いで手が腫れていったことにも気付いた。つう、と涙が一筋伝ったのは何故だったのだろう。
「行こう、ファルカウさん」
アレクシアの背中が見えた。
「『魔女の魔法』よ! その名の如く、『魔女』の命に従え!
私のギフトは、元々誰かの想いを失わせないための力……そして今の魔女の魔法は記憶を……言ってみれば想いを集積するもの。
――だからそれを併せて、皆の想いを、希望を束ねる力に!」
あの戦いで、深緑で『魔種を救いたい』と願ったあの日から。
アレクシア・アトリー・アバークロンビーは記憶を欠落させてきた。その喪われた場所にピースを埋めるように仲間が言葉を、心をくれた。
「今まで喰らってきた私の魔力も記憶も賭けさせてもらう!
辛いこと、苦しいこと、嬉しいこと、そのすべてが大事な軌跡であった証のために! それが希望の礎なのだと示すために!
幾星霜、積み重なるのは絶望だけじゃない! 人の想いも、希望もこれだけの力となるんだ!」
後方から広がった光は、リインカーネイションの、そして、聖剣と聖盾の共鳴によるものであったのか。
「ファルカウ。お前は俺達を許してくれ。俺もお前を許したい。だから、この剣に託してくれないか」
クロバはにんまりと笑った。その唇が吊り上がる。
「大樹ファルカウとリュミエの結界、この二つで深緑の皆の想いを集める。愛しき同胞の願い、俺に背負わせてくれ! 掛け金は、俺の命」
「ばーか、酷使するわよ」
「そうだよ、お師匠」
「さて、友人の命を背負った心地は?」
ああ、三人揃えばなんとやら。クロバは三人の『友人』を振り返った。ヴィヴィが「クロバっこはモテるねえ」と笑っている。
「違うだろ……でも、これが俺達だ。見ていろ。リュミエ、魔女ファルカウ、同胞たち。一瞬たりとも見逃さないように」
「聞いていて、ファルカウさん。これが私達の進んで来た奇跡――この世界はまだまだ『可能性』が遺されている!」
クロバは剣を振り下ろす。アレクシアの杖にはまじないの気配が乗せられた。
「これがクロバ・フユツキの――至上最高の刹那だ!」
「希望の花を咲かせ、滅びを打ち払え!」
――光よ。我らを導く光よ。
まじないの気配は、たった二人だけの奇跡ではない。『騎兵隊』の作戦を経て、ギャザリング・キャッスルが駆抜けた。
沢山のイレギュラーズが、この場で戦い抜いた。そして、ただこの場所を守ることだけを願ったのだ。
砂漠を愛する者が居る。この場に棲まう者も居た。
捕縛魔法陣が形を変える。ベヒーモスの巨体が分散し光と化した。
悍ましき怒りの焔は消え失せ、砂の海に一輪の花が咲き誇る。
その場所へ、小さな黒い獣が落ちてくる。魔女ファルカウはその小さな獣を抱き締めて「あなたも、わたくしも、彼等に救われてしまった」と俯いた。
広まって行く浄化の気配は鮮やかな花となり、たったひとりの少女の体を包み込んだ。
「ッ、アレクシア!」
「アレクシア……!」
クロバが手を伸ばす。堪らずシラスは走り出す。
アレクシア。俺は、自分がどうなったって構わなかった。けれど、ヒーローはこれからも皆を救っていくものだろ?
シラスの手が伸ばされた。スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の指輪がぱきり、と割れた音がする。セララ(p3p000273)が「リンツ!」と悲痛に叫んだ。
歪な奇跡による呪いは、古のまじないと共に変化した。
――「あなたが、わたくしの代わりになるとでも?」
――今度は独りにはさせない。だって私がいるもの。1000年だって1万年だって、あなたの想いを共にしてみせる。
その想いと共にやってきた。だから、どうなったって。
肉体は変化を帯びる。徐々に、時間を掛けて少女は大樹の精霊へと成果てるのだろう。
だが、肉体は大樹ファルカウと繋がった。蒼穹の魔女は、ただの一人の娘は顔を上げる。
「クロバ君。手伝ってくれる? ……この力があれば、マリアベルの元で何かできるかも知れない」
「オーライ。丁度リュミエを助けたいとも思ってた」
昏き領域。
全ての終わりの場所に。
PandoraPartyProject(きせき)を起こしにいこうじゃないか――この道はまだ、続いているのだから。
※魔女ファルカウとベヒーモスとの戦いが終結しました――!
※アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)さんのギフトに変化が生じました。
※最終決戦が進行中です!
※各国首脳が集結し、一時的に因縁と思惑を捨て、ローレットと共に決戦に臨む事で一致しました!
※幻想各地にダンジョンが発見されたようです。
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