PandoraPartyProject
欲望と対峙するとき
「あふぅ……」
そう、ちいさくあくびをするのは、竜宮の乙姫、メーア・ディーネー(p3n000282)である。
シレンツィオ・リゾート、フェデリア島。その総督府の一室には、今数名の人間がいて、顔を突き合わせているところだった。
「お疲れかな」
シレンツィオ総督府のエルネスト・アトラクトス、穏やかな表情で尋ねる。隣には海洋海軍のファクル・シャルラハ、同ゼニガタ・D・デルモンテの姿もあった。詰まる所、これはシレンツィオ総督府総出での『来賓』の応対であり、同時に各大使館職員を除いた、シレンツィオにおける最高意思決定機関による対談という様相を呈してもいる。
会談を要請したのは、竜宮側。つまりメーアからである。竜宮側からは、当のメーア、そして護衛として漁火水軍の漁牙、長らく竜宮に逗留していたウォーカーのモガミを隣に座らせている。独自の護衛をつけているのは、仕方のない事だろう。相手は重要人物だ。道中をシレンツィオの警備兵が護衛はしたが、それでも、やりすぎて困るという事はあるまい。というのも、竜宮の乙姫ならば、今回の事件――深怪魔の登場に端を発した諸々――の解決に対するキーパーソンであり、当事者であるわけなのだから。
「ごめんなさい。最近、寝不足のようで……お恥ずかしい所を」
「いや、重要なお立場です。その心労、察するに余りある」
ファクルは恭しくそういうと、
「それで、お話の続きを。まずは、ダガン、或いはダガヌ、と呼ばれる存在……敵の大将について」
そういうのへ、メーアは頷く。
「彼の海の悪魔は、ダガン……『多願(ダガン)』と呼ばれた、豊穣の大精霊、神霊に属する存在でした。
その発祥は要として知れませんが、元々は、漁師の信仰から端を発した、人々の小さな願いをかなえる、概念のような存在であったとされます。豊穣神としての、概念です。
つまり――豊漁を願う。そうすると、ダガンは漁の成果を約束するのです。祈り、崇めれば、多くの魚を、漁の成果として渡しました。
やがて、ダガンは些細な願いでも、かなえるようになりました。例えば、晴天を願えば、雨雲を吹き飛ばしました。ささやかな幸せを願えば、それを返しました」
「イカを食いたいといえばくれるのか」
ゼニガタが言う。
「だが、そんないい奴ではなかったのだろう?」
「ダガンには、善悪などはないのです。打てば響く、と言いますが、無差別に願いをかなえる、それだけの概念だったのです」
「どういうことだ?」
エルネストが言って、いや、と唸った。
「分かってきたぞ。つまり、何でも願いをかなえてしまうんだな?
例えば――誰かを傷つけたいという願いも」
「はい。例えば、子供が友達とけんかをして。無邪気にも、いなくなっちゃえ、と言う、誰もが抱くような『過ち』のような願いも、それは叶えるのです。
誰かを陥れたい、と明確な悪意でなくても、人は生きている以上――誰かと自分を比較します。隣の家の人より、儲けたい。幸せになりたい。そう言った願いを、ダガンはゆがんだ形で叶えます。必然、誰かは不幸になり、それ故に誰かを不幸にしてでも幸せになりたい、と願い……無差別な願いの応酬が、まるで傷つけあうように広がりました。
それに、矛盾する願いも、ダガンは無差別にかなえようとしました。例えば、『世界一の大商人になりたい』。これを複数の人間が願ったらどうなるでしょうか?」
「確かにだ」
ファクルが言った。
「衝突してしまう――どうなったのだ?」
「……願いを叶えました。夢を見せたのです」
「夢?」
「わたしは練達の人達の言う科学、というのは存じませんが……以前竜宮を訪れたウォーカーの方によれば、脳を、弄るそうです。幸せを感じ、迷妄に浸る物質を分泌させ、夢の中に落とし込む。魔術的な説明をすれば、幻術と幻惑を以て、その人の理想の夢を見せ続けることで、願いを解決としました」
「莫迦な」
ゼニガタが言った。
「無茶苦茶が過ぎる!」
「……竜宮の元となった隠れ里は、元は竜の血を引く者たちが隠れ住んでいた里、とも言われています。竜宮に、竜の文字がついている理由ですね。
そして、その都市は、ダガンによって滅びました。何故なら、当時の民は、無邪気にダガンにこう願ったのです。『幸せになれますように』と」
「想像するに難くはないな」
エルネストが顔をしかめた。叶えたのだろう、その願いを。永遠に続く妄想の夢の中で、幸せを享受し続ける廃人と化した当時の竜宮の民たちを想像するのは難くはなかった。
「その時初めて、人々は気づいたのです。これは豊穣神などではない。我らを堕落させ奴隷とする神――すなわち、『堕我奴(ダガヌ)』です。
当時の豊穣の民は、この危険な神と戦い、封印することに成功しました。そして、今後その欲望の神に人々が接触しないよう、一部の人間にのみその事実を伝え、封印を使命として生きる都市を作ったのです」
「それが今の竜宮か」
エルネストが目くばせをする。ファクル、ゼニガタが頷いた。
「その話を聞いて、ますますこの事態を放っておけないと確信した。それで、竜宮の力を借りれば、ダガン=ダガヌの封印が可能なんだな?」
「はい。今回、皆さんの力を借りて、『玉匣(たまくしげ)』は力を取り戻しました。そして、その力と、皆さんの力をお借りできれば、ダガン=ダガヌの完全封印が可能となるはずです」
そのために、とメーアは言った。
「ダガン=ダガヌの本拠地である、ダガヌ海域のインス島へと総攻撃を仕掛けたいのです。深怪魔、そしてダガン=ダガヌに協力する魔種……何よりダガン=ダガヌそのものにダメージを与えて消耗させて、その隙をついて封印をより強固なものとします」
シレンツィオ総督府の三人は、顔を見合わせた。メーアの話をきけば、敵は全く、恐ろしいものだった。人は、願いを根源に持つ生き物だ。それを希望とか欲望とかどのように言い換えたとて、人が願う『何か』に過ぎない。が、その『願い』を無差別に叶え、人を堕落させるような恐ろしいものであるならば――。
「わかった。すぐにでも、シレンツィオ全土の有力者に話をかけ、シレンツィオ連合軍を発足しよう」
エルネストの言葉に、ファクル、ゼニガタも力強く頷いた。
――――――。
――――。
――。
シレンツィオの重鎮が去って、メーアと漁牙、モガミはあてがわれた休憩室で、顔を突き合わせている。当のメーアは、何かぼんやりと、窓の外を見ている。
(漁牙さん)
モガミが小声で言う。
(やはり……妙です。メーアさんは)
(ああ。オレもなんか、そいつは感じていた)
二人の脳裏に浮かぶのは、心配げなマール・ディーネーの姿だった。
――メーアがおかしいみたいなの。夢遊病みたいに、外を歩いてたって。
――確かに、なんだか最近、ボーっとしてることが多くて。竜宮が襲撃されてから、ずーっと働きっぱなしだから、疲れてるのかもしれない。
――おねがい、漁牙さん、モガミさん。メーアについててあげて。もし、万が一のことがあったら……あたしも、やらなきゃいけない事、やらないといけないから。
(なにか、決意を帯びたような……。
マールさんの『やらなきゃいけない事』は分かりませんが、それは感じました)
(ああ。あの嬢ちゃんが、あれだけ真面目にそう言うんだ。きっとヤベェ事なんだろう。そういや……)
漁牙はそういうと、メーアに声をかけた。
「よう、メーアちゃんよ。『どうしてニューディを連れてこなかったんだ』? いつも一緒にいないとヤバいんじゃないのか?」
そういう漁牙に、メーアはどこかぼーっとした様子で、
「ああ、それは……」
と言ってから、ハッとした顔をした。
「たしかに、そうです。あの子がいないと、もしもの時が……。
どうして、わたし……つれて、来なかったんだろう……?」
困惑するように言うメーアに、モガミは優しく微笑んだ。
「うっかり、ってこともあるわ。ニューディがいない分、わたし達がバックアップするから……長旅で疲れてるでしょう? 少し休むといいわ」
「ありがとうございます……最近、ちゃんと寝られなくて。お言葉に甘えて」
メーアはそういうと、すぐに椅子にもたれかかって寝息を立て始めた。モガミは、近くにあったブランケットをメーアにかけてあげると、
「……決戦、ね。何かあるかもしれない。警戒しましょう、漁牙さん」
そういうのへ、漁牙は深く頷いた。
シレンツィオ連合軍の出発が決定したのはそれからすぐのことで、もう間もない時期に、ローレット・イレギュラーズ達共にインス島近海へと出発することになっていた。
シレンツィオにて、大規模作戦の気配が濃厚になっています――。
シレンツィオにて――エスペランサ遺跡調査、フェデリア島内でのダガヌチ暴走事件、竜宮城でのダガヌチ大量発生事件それぞれの報告書が共有されています。
→報告書を見てみる
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