シナリオ詳細
<竜想エリタージュ>ねがいごとはなんですか?
オープニング
●『渇望』と『願いごと』
ある、願い事の話をしよう。
遺志の話と言い換えてもいい。
ダガヌ海域南部に、幅10m弱の岩礁がある。
想像してみてほしい。草も殆どはえていない岩の上に、カラフルな――かき氷に様々なシロップを好きなだけ振り掛けたような光の塊が、人の形をして座って居るさまだ。
『彼ら』は思念の集合体であり、思いのかけらであり、そしてどこかの誰かが遺した気持ちの集合体である。
個体名はない。前世だとか、生前だとか、語るべき死者の名すらもたない。
純粋な意志の集合体。総称――『フリーパレット』。
「…………」
岩に腰掛け、両足をぷらぷらとさせながら、スマイルマークのような顔を少しだけ上向けて、フリーパレットは鼻歌を歌っている。
確か、マイスターシンガーという曲だったはずだ。
だが本人に尋ねても、その曲名はおろかなぜその曲をそらんじることができるのかも、答えることができないだろう。
ただ、歌うだけ。ただ、歌えるだけ。
そしてなぜ歌うのかと尋ねれば、こう答えるはずだ。
「この歌をうたいながら、海をのんびり眺めたかったんだ」と。
すこしずつ。フリーパレットの身体が淡く霞んでいく。
思いが遂げられ、人知れず成仏でもするように消えていこうとしているのだ。
光さす海のうえ。
ひとりだけで。
けれど、しあわせに。
――そうなる、筈だった。
暗雲がたちこめ、空を覆う。
ふと歌をとめたフリーパレットが岩に立ち上がると、背後に音を聞く。
ギチチ、ギチチ。何かを締め付けるような、あるいは歯ぎしりでもするような不快な音だ。
ハッと振り返ったフリーパレットを、真っ黒な物体が掴んだ。
いや、突き刺したと表現すべきだろう。無数に伸びる触手のごとく。ヤツメウナギが水底に沈んだ動物を穴だらけにして捕食するさまのように、フリーパレットに次々と突き刺さる黒い物体が、それこそ捕食でもするようにフリーパレットの光を吸い上げていく。
「あ、あ――あ」
悲鳴だろうか。それとも。
フリーパレットがそれ以上何かを言うより早く、その核となっている竜宮幣を抜き取り、黒い物体が取り込んでしまう。
ぱつんと弾け、そして消えてしまったそれは……もう思いを遂げることはない。
語られなかった物語として。
破り捨てられたおとぎ話として。
消えてしまったのだ。
「…………」
一方で、フリーパレットを『食った』存在は、取り込んだ竜宮幣を自らの体内に収め、その形をぐちゃぐちゃと変えていく。
ダガヌの海に生まれ落ちた怪物。
渇望の化身。
名を――『ダガヌチ(駄我奴子)』という。
●ダガヌチと竜宮の精霊たち
暗く冷たい海底を、熱いネオンサインが照らしている。
静かで寒いはずのその場所は、地上の昼より明るく熱かった。
その場所の名を、竜宮――あるいは『竜宮城』と呼ぶ。
竜宮の巫女メーアをはじめ、多くの竜宮嬢たちによってもてなされたイレギュラーズたちは、早速彼女たちからの依頼を受けることになった。
それはダガヌ海域各所に出現した『ダガヌチ』の討伐である。
「め、め、め゛……!」
まずここに、メンダコ型精霊がいる。
名を『めんてん』といい、竜宮城では寿司職人や掃除夫、建設作業員や農家や養殖場の管理などぺんてんと友に様々な面で竜宮インフラを支える精霊である。
今ココにいるのは竜宮外周の清掃をしていためんてんだが、少し様子がおかしい。
よく見れば、身体は黒く染まりびくびくとけいれんしている。
触手を伸ばしたかと思うと、すぐ近くの岩を殴りつけ破壊してしまったではないか。
「め゛ー!」
「そこですわ!」
巨大なハンマーが黒く染まっためんてんを叩き潰した。
いや、安心して頂きたい。
潰れたとおもっためんてんはぺったんこになってひらひらと水流に舞ったかとおもうと、先ほどハンマーを叩きつけた女性の腕のなかへはいりぽむんと再びめんだこの形を取り戻した。
色はすっかり可愛いピンク色となり、黒くいびつな気配は消えてしまったようだ。
「このように、ダガヌチはヒト、モノ、精霊とわずとりつきその欲望を増殖させますわ。
この子は竜宮の周りを綺麗にしたいという欲望が暴走して、何もかもを破壊して真っ平らにしようとしたのですわね」
めんてんを撫でる女性。
彼女はめんてんの女王、くいーんめんてん『テティシア・ネーレー』である。精霊より上位の存在。つまりは神霊のひと柱である。
やはり上位存在というだけあって人間の姿に変身し、竜宮のスタイルにあわせてバニースーツも纏っていた。
このいかにも女王といった煌びやかな様相は、ある意味で乙姫よりも偉そうである。(ちょっとアホの子っぽいけど)
「竜宮の伝承によれば、それは海の悪魔こと『ダガン』の権能……それを部分的に分け与えられたのでしょう」
ダガヌチによる被害は竜宮城郊外のみならず、シレンツィオリゾート全体にも侵食を始めている。
欲望に身をもち崩すという事例は世界に事欠かないが、これが外部から人為的におこされるなど冗談では済まされないだろう。
「ダガヌチはいくつものポイントに散っています。皆さんには、これを退治して頂きたいのです」
「なんということでしょう。つまりはこの竜宮城そのものが――私たちに助けを求めているということですね!?」
ガタッと立ち上がるリディア・T・レオンハート(p3p008325)。見事にバニースーツである。
「その通りですわリディア!」
「任せて下さいテティシア!」
ガッと両手を組むように握りあう二人。
そんな二人を見て、フロラ・イーリス・ハスクヴァーナ(p3p010730)もいきなりガタッと立ち上がった。
そのへんの売店で売られていたらしいうさみみを申し訳程度に装着していたフロラは拳を握りしめる。
「所でその『めんてん』……竜宮の職人ということは、農家もですの!?」
キリッと目を光らせるテティシア。
「農家もですわ」
「農家の損失は飢饉のはじまりですわ~~~~! やっべえですわ~~~~~!」
なにか覚えがあるのだろうか。フロラは頭を抱えてぐわあと激しくのけぞった。
「そうとわかれば話は早いですわ! 竜宮に現れるというダガヌチ、わたくしたちが退治して差し上げますわ!」
そして、フロラはぎゅいんと後ろを振り向いた。それにつられてリディアとテティシアも振り返る。
「ということで、宜しくお願いしますわね!」
「……え、オレも!?」
そこに居たのは新道 風牙(p3p005012)。いきなり話をふられたことにビクッとなったが、足元によってきためんてんが『めめーん』て言いながら足にすがりつくので頬をぽりぽりとかいて苦笑した。
「ま、わかったよ。『魔』を払うのはオレのつとめだ。ダガヌチも、オレたちがきっちりやっつけてやる!」
●エスペランサ遺跡
竜宮城より依頼されたダガヌチ討伐。これはシレンツィオ全体の安全保障に直結するものであるとして、海洋海軍はじめ複数の組織による支援が行われた。
その先頭にたって出てきたのが、『代表執政官』キャピテーヌ・P・ピラータ(p3n000279)である。
「これより私達は『エスペランサ遺跡』へ入るのだ。ここには沢山のフリーパレットが確認されていて、それに気付いたダガヌチも集まっているはずなのだ!」
『キャピテーヌ号』と呼ばれる潜水艇を操縦しながら、伝声管ごしに語るキャピテーヌ。
乗り合わせているのはローレット・イレギュラーズと、出向あるいは支援のかたちでついてきている軍人たちだ。
「楽しみですわ、お嬢様」
『海軍出向員』イワンシス・サヴァン・アジテータがノートを片手に微笑みかける。アンジュ・サルディーネ(p3p006960)は頷き、出発用の水除室へと向かう。
「それにしても……なんでここにフリーパレットが集まってるんだろ?」
「わからないのですよ。この遺跡そのものに理由があるんだとしたら……探索が必要でして」
同じく部屋に向かうルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)。
天之空・ミーナ(p3p005003)も同じように準備をするが、ふとこちらに歩いてくるキャピテーヌに気付いた。
操作を他のスタッフにかわってもらって、キャピテーヌ自身も戦闘の準備を終えていた。
「キャピテーヌ、もしかして一緒に来るのか?」
「えっと……うん」
もじもじとした様子で呟くキャピテーヌ。
ルシアは、彼女が海底でフリーパレットに出会ったときのことを思い出していた。
あのフリーパレットはすぐに遺跡のなかにきえてしまったけれど……確かにキャピテーヌは『パパ』と言った。
確か、キャピテーヌの父はリヴァイアサンとの戦いで戦死したという。
その面影をフリーパレットの中に見たとでもいうのだろうか……?
「わかりました。一緒に行きましょう!」
手を繋ぎ、手を引くルシア。笑いかける彼女に、キャピテーヌはつられてえへへと笑った。
話を聞いていたイレギュラーズのひとり、ファニー(p3p010255)は何か小粋なジョークを言おうとして口を閉ざした。
潜水艇の壁に背を預け、腕を組む姿勢でじっとしていたファニー。脳裏に浮かぶのは、成仏して消えていくフリーパレットの姿だ。
これまで、いくつも見た。
『どこかのだれか』の願い事として現れて、そして満足して消えていくさまを。
彼らは、死した思念の集合体。語り終えた物語。生きたアフターストーリーだ。
新天地を夢見て死んでいった海兵が、死ぬ間際に望んだ故郷の味。
友と戦った男達が、最後に歌った幸せな歌。
それらが、語られることなく食い潰されるなどと……。
「……」
ファニーは小さく首を横に振る。
「あんたはどう思う?」
「フリーパレットがダガヌチに狙われてるって事情は、確かに解決しないと可愛そうだと思う。
けどフリーパレットの群生地……ってだけで、総督府が代表執政官のスタンドプレーを許すはずがないよね」
話をふられ、イリス・アトラクトス(p3p000883)はひとつの封筒を取り出した。
おされた蝋印は海洋海軍フェデリア総督府代表印。つまり、エルネストからの手紙である。
だが、中に入っているのは手紙ではない。
封筒から転がり出たのは、黒い一枚のコインであった。
「やっぱり、ここにはなにかあるんだ」
このチームには、ダガヌチ討伐のほかにもう一つの目的がある。
それは、『エスペランサ遺跡』の調査である。
この場所には、不思議なことにフリーパレットが自発的に集まっている。
彼らは願い事を口にするだけの、いわば思念の集合体。
多くの場合、自ら叶える能力を持たない。
そんな彼らが集まるだけの理由が、この場所にはあるということだ。
それは竜宮幣の秘密かもしれないし、このダガヌ海域の秘密かもしれない。
遺跡を調べる中で、あなたは真実のひとつを見つけることができるだろう。
それはあるいは――あなた自身の真実であるかもしれないが。
●無番街の殺意
所変わってここはシレンツィオリゾート。地図にない街、無番街。
裏歓楽街(ロスト・イン・パラダイス)の奥に、闇医者の住処があった。
「つまり……アンタが『フリアン一家殺害事件』に噛んでたと?」
キドー(p3p000244)とイルミナ・ガードルーン(p3p001475)は、診察室と呼ぶにはあまりに粗末な部屋にいた。
奥の椅子には白衣を着た男がひとり。闇医者の『カロレッタ・ジョバーノ』という男である。白い髭をたたえ、眉の深さゆえに目元がよく見えない老人だ。
「いかにも。現場で彼らの解体を請け負った。脅されて、仕方なくな」
部屋にはあと二人。綾辻・愛奈(p3p010320)とバルガル・ミフィスト(p3p007978)が窓際に立っている。
「彼は誰かに殺されたわけではありません。『無番街』そのものに殺されたのです。ですから、あなた個人に罪を問うつもりはありませんよ」
「第一、あなたは重要な証人になります。街ぐるみで一組織を抹殺できるのであれば、警察に突き出すことすら安全ではないでしょう」
「一旦イルミナたちで確保して、あの洞窟に連れて行くッスか?」
「そこは『要相談』、だな」
この場面から知ったあなたのために、状況を説明しよう。
キドーたちはシレンツィオリゾートで過ごす中、豊穣系海賊である海乱鬼衆がシレンツィオ都内、それも厳重に警備されているはずの希望港や三番街の高級カジノにまで出現し派手に暴れるという事件に遭遇していた。
これを放置するわけにはいかぬと調査を進めた彼らは、開拓予定地域に海賊達が棲み着いていることを発見。
住処とする洞窟を襲撃し海賊達をまとめて駆除した……のだが、その中で『サラバンド』という竜宮城のバニーと、彼女と言葉を交わしたというフリーパレットを発見。
フリーパレットは『ぼくたちをころした!』と主張し、フリアン一家殺害事件の犯人捜しを求めたのであった。
「あー、お取り込み中のとこ悪いっすけど」
扉をあけ、サラバンドが部屋へ入ってきた。
先ほど説明した竜宮城のバニーである。ピアスに煙草に攻撃力たかめのメイクと、マールと真逆の雰囲気をもつ彼女。
サラバンドは部屋の中のメンバーを一通り確認すると、一瞬安堵したのち壁を指さした。
「この場所、やばいっすよ」
「ん?」
バルガルが小首をかしげ――た瞬間、すぐそばの壁がまるごと吹き飛んだ。
身を守る者。仲間を守る者。サラバンドや闇医者のカロレッタを守る者。衝撃で壁に突き刺さっていたバルガルは自らを抜いて振り返る。
「これは……おお」
壁ごと破壊したのは、ありていにいって化物だった。
両腕と頭を大蛇にし、更に二本の大蛇を肩からはやした身の丈3mほどの怪物。かろうじてのこっているライダージャケットとそこについた『COBRA』のバッジで、彼が――
「鉄帝系ギャングCOBRAのリーダー、POISONか。……POISONなのか!? こんなにデカくてバケモンじみてなかった筈だろあいつ!」
キドーが脳内に浮かべたイメージは、モヒカンにサングラスをした2mくらいの巨漢で会話の端々でF言葉をつけるやつだった。乱暴ではあるが、壁事破壊するようなことはないし、なにより大蛇が五匹も身体にくっついてない。
「ファッキン役者は全員揃ってるらしいな。こりゃ探す手間が省けたぜ」
「この気配……ダガヌチっすね」
「こっちじゃ」
カロレッタに言われ裏口から逃げ出す一同。
そこには駆けつけていたマリエッタ・エーレイン(p3p010534)。そしてジョージ・キングマン(p3p007332)がいた。
煙草を捨て、足でぎゅっと踏みつけるジョージ。
「遅いぞ。何をやっていた」
「何って……え、なんでいるんだお前」
「私が呼んだんです。キングスマンポート……いえ、『キングマンファミリー』はこの辺りの事情にも詳しいと思いまして」
マリエッタが振り返ると、近くの風俗店を破壊してまた別の怪物が現れる。
『ロンタイグー』のジャカ、『玄龍会』の玄堂 仁臣、『コンパーニョ』のカルロタ・ディバーノ。そして先ほど闇医者の家を破壊した『COBRA』のPOISON。
フリアン一家殺害事件を共謀した四組織の長たちだが……やはり全員元の姿からかけはなれた怪物になっているようだ。
更にその後ろから各組織の構成員らしき人間たちが武器を手に現れる。
フウ、と息をつく愛奈。
「先ほど、ダガヌチの気配と言いましたね?」
「っす」
「無番街のリーダーたちがまとめてダガヌチに取り憑かれ、その欲望を暴走させ怪物と化したということですか……今の狙いは、さしずめ証人であるカルロッタ医師を抹殺。ついでに真実にたどり着いた私達の抹殺といったところでしょう」
ジョージが手袋をはめなおし、マリエッタも指をピッと小さなナイフで切った。
「どうする。警察の手に負える状況には見えんが」
「バラバラに逃げましょう。彼らも連携してひとつを追うより、手分けをして動きたがるはずです」
「賛成だ。じゃ、追っ手をまいたら例の洞窟へ集合な!」
キドーやジョージたちはそれぞれ、別々の方向へと走り出した。
- <竜想エリタージュ>ねがいごとはなんですか?完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年09月17日 22時05分
- 参加人数30/30人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 30 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(30人)
リプレイ
●エスペランサの遺跡
竜宮城に限らず、『静寂の青』には無数の海底建造物があり、その大半99%は既に滅びた遺跡として残っている。
竜宮や天浮の里のように廃滅病から逃れるすべをもっていたエリアだけが特殊なだけで、ここは本来人の生きていける場所ではないのだ。
ではなぜ、ここまで文明が『育った』のだろうか?
もし人が生きて行けぬような環境だったなら、建物など作る暇も無く全滅して然るべきだ。
「さて、どんなものが出るのかねぇ。ヒヒヒ……」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)は黒く淀んだ遺跡内部へと侵入。石で作られたその建物内を照らすべく懐中ランタンを灯した。
「おや……」
見ることはすなわち見つかることである。武器商人のランタンに誘われるようにして、建物の奥から淀んだ何かがずるずると姿を見せる。
何かと問うまでもない。
「ダガヌチ、だねぇ」
まるで頭に花を咲かせたかのようにぐわりと開いたダガヌチは、広げたよどみをそのまま展開し武器商人へと絡みついていく。
それらを触れたそばから崩壊させ、武器商人はちらりと遺跡の装飾に目をやった。
朽ちてこそいるが、そうなる前はよほど価値が高いものだったのだろうとわかる。価値とは極論すれば時間と意志だ。美しい彫刻を見たいを考えた人間が60年をそれだけに費やして生み出した彫像は素晴らしく価値があり、それを誰かが代行したのなら価値の交換が行われる。現代社会では主に金銭との交換が。
そういった観点でみればこの遺跡の装飾やつくりは美しく、そして永い年月をその技術に費やした人間が作ったもののなれはてだとわかった。勘違いしてはいけないのは、その人間が永くここに暮らしたとは限らないということである。
『ロレットチャペルの螺旋階段』よろしく、ふらっとやってきた謎の存在が短期間で急に作り上げていった奇跡的価値である可能性だって充分あるのだ。
「なぜ作られたのか……そこが知りたいねぇ」
「にしてもダガヌチ。願いを喰って凶暴化とはタチの悪い……」
伸ばされた無数のよどみを鎖を縦横無尽に振り回すことによって断ち切った『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は、ギュルンと集まった鎖を二重螺旋状に束ね槍とした。
「邪神の名に釣られて引き受けてみたが、居るのは眷属か。
どうせ狂気絡みでイカれた魔種の亜種なんだろうが、悪神の手下名乗って被害出してるなら放ってはおけない。
遺跡も気になるし、一丁撃滅と行こうか」
邪神については一家言あるマカライトだ。彼は槍を放ちダガヌチを貫くと、そのまま遺跡の奥へと突き進んでいく。
「――?」
ふと、マカライトの耳に囁くものがあった……気がした。
心の中の自分が、その声に応えたようにも……思えた。
つい思い描くのはかつての故郷。
仲間達と共に邪神と戦い、人類を護る姿。
良いことも悪いことも山ほどあったが、それでもあの日々は『自分のもの』だった。
それがこれからも続くなら……。
「いや」
マカライトは首を振った。
「『こいつらの親玉』と戦う時じゃなきゃ、リーダーもヘリオドールも満足しないだろうしな……」
彼の名はマカライト・『ヴェンデッタ』・カロメロス。復讐者を名に刻む男。
邪神に滅ぼされた世界と人生に報いることが、今の彼の推進力だ。
「願いを叶える奇跡はいらない。今は、前に進むだけだ」
マカライトは『黒龍顎編成』を発動。鎖によって編み込まれた巨大な龍顎がダガヌチをかみちぎる。
「鬼が出るか蛇が出るかって言うけど……」
「遺跡の中がダガヌチだらけなのだ!」
フリントロックタイプの魔法銃を撃ちまくるキャピテーヌ・P・ピラータを護りながら、『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)はダガヌチの放つ無数のよどみを剣で切り払っていた。
ひとつひとつは大した強さではないが、問題はこのダガヌチが『素』の状態であるということだ。
「こいつらはまだ何にも寄生してるように見えない。寄生することで強くなるタイプだとしたら……」
何かに気付くイリス。水の揺れか、それとも匂いか。イリスは咄嗟にキャピテーヌを抱えると、大きく後方へと飛んだ。
さっきまで居た通路が爆発でもしたかのように崩壊し、巨大な『腕』が通路へと入り込んでいる。
「わ、わ!? なんなのだ!?」
「見ての通り敵じゃ、下がっておれ!」
『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は素早く絶海拳の構えをとると、短い気の集中によって絶海拳『海嘯』を発動。
瞳は黄金に輝き、突き刺した拳は激しい水流を生み出した。
海中には流れを断絶する温度の層のようなものがあるが、それを意図的に混ぜ合わせ水中で竜巻を起こしたのである。
巨大な腕を振り払ったイリスとクレマァダ。そしてキャピテーヌたち。
通路に開いた穴から出てみると、そこにあったのは巨大なドーム状の空間であった。
細かい石の網によって覆われたそのドームにはあちこちに細かな彫刻が施され、しかしその用途ははるか昔に失われたらしく貝や魚の住処となっている。
そんなドームの中央に、『上半身だけの巨人』があった。
首から上はウツボのようになった怪物で、手には鉤爪と水かきめいたものが見える。
巨人は侵入したこちらを発見すると、両腕を思い切り叩きつけてきた。
「皆、私の後ろに!」
イリスは懐から一枚の竜宮幣を取り出すと、ピンと親指で弾いて込められた加護を発動させた。イリスの翳した盾が巨大なオーラを広げ、巨人による両腕の打撃をイリスひとりが受け止める。
いや、受け止めるどころかはじき返し、そのパワフルな防御に巨人は明らかに動揺した様子を見せた。
――もどらぬもの
――さかなのおびれ
――さかずきのさけ
――とけいのはり
――もどらぬからこそ
――とうといもの ♪
歌を口ずさむクレマァダ。そんな彼女の耳元で、誰かが囁いた気がした。
『欲望を持つのです。願いを叶えましょう。末永き幸福を。苦しみのない、とこしえの生を――』
まるで脳の中に舌を入れられたような不可思議な感覚の後、クレマァダはカタラァナ(我)と再会する自らの姿を幻視した。
「我はわかっておるよ……」
叶わぬ望みに縋るなかれ。
もし仮に、クレマァダを一生騙し続ける幻を見せてくれたのだとしても、世界まるごとを与えられ全ての望みが叶うのだとしても、クレマァダにとって『それ(我)』は過去にすぎない。
「『今』を、我は生きてしまったのじゃよ」
だから願えない。
「そうね。もし願いをもつのだとしても……それは『今』の私が叶えることだわ!」
イリスが盾を握りしめると、キャピテーヌが銃を突き出した。巨人へ向け、クレマァダとキャピテーヌ、そしてイリスの攻撃が集中する。
(私はもう、イリス・アトラクトスであることからも逃げなくていいんだ)
●夢を見せてあげる
白い天蓋のついたベッドで目を覚ました。
カーテンをめくると、開いた窓と青い空が見える。白く清らかな鳩がちらりとだけこちらを見て、窓の縁から飛んでいく。
『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)は可愛らしいパジャマ姿でうーんと背伸びをした。
「おはよう。といっても、もう昼だがな」
青い髪の女。エウラリアが優しく微笑み、こちらに振り返る。
窓際に置いた白い椅子。エウラリアは読んでいた詩集を閉じる。
リンリン――とベルの音がしたかと思うと、隣の部屋から声がする。
「マリィ、ご飯が出来ましたわ。はやくいらっしゃい」
「うん! いまいくよヴァリューシャ!」
ぴょんと飛び起きて隣の部屋へと入ると、そこには明るく清らかなリビングルームがあった。まるいテーブルにはパンケーキやコーヒーが並び、ヴァレーリヤが最後の一皿をテーブルに置いてから席に着く。
「…………」
「さ、座ってくださいまし。マリィ」
「素敵な人だなマリア。紹介してくれるか?」
後ろからぽんと肩を叩かれる。エウラリアが向かいの席に座り、さあ座ってと二人は言った。
言われるままに椅子に腰掛ける。パンケーキのふんわりとした香りと熱が、メイプルシロップの香りを深くする。
「まずは食べて、マリィ」
優しく、春の日差しのように温かく微笑むヴァレーリヤ。
マリアはくしゃっと笑って……。
「ふたつだけ、教えてあげる。ヴァリューシャは、朝は自分から料理なんてしないんだ。
そしてもう一つは――」
マリアは机をドンと叩き、虚空をにらみ付ける。
「姉はもういないんだ」
紅蓮の雷が、世界を切り裂いた。
「お姉ちゃん、パンが焼けたよ」
声に気付いて、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)はうたた寝から目を覚ます。
赤いソファによりかかり、どうやら眠っていたようだ。
オーブンで軽く炙ったスーシキの、独特な香ばしさが古びたレコードプレイヤーの音楽と共に漂ってくる。
――It's All Over But The Crying――
ゆったりとした音楽に、その風景はひどくよく似合う。
「もう、こんなところで寝て。アナスタシアが来てるのに」
母がトレーを持って横を通り抜けていく。
言われてみると、安っぽいテーブルに人数分の椅子。弟が椅子にぴょんとよじ登り、その向かいではアナスタシアが紅茶のカップを手に取っていた。
「おはよう。ひどい夢を見てたみたいだな」
「ええ……」
「お茶でも飲んで目を覚ませ。ほら」
手招きされるままにテーブルへとやってくる。
スーシキはながく置いたせいか湿気っていたが、温かければ良いものだ。
紅茶も決して良い茶葉とはいえないし、椅子も立て付けが悪いのかちょっとカタカタいう。
「どんな夢を見た? 悪夢は話してしまえば現実にならないそうだ」
「おなかを壊した夢だときっと。おねえちゃん、昨日僕のパンを食べちゃったんだ」
「あら、わるいこ」
母がくすくすと笑いながら紅茶を淹れてくれる。
手に取ると温かい。
どこか粉っぽいこの家も、古い木のにおいも、皆が皆……
「ありがとう。けれど私」
テーブルに置いていた手に、アナスタシアの手が重なる。
「つらい話か? ならいいんだ。無理に思い出さなくて。さあお茶を」
水面にうつる、自分の顔。
「ありがとう。けれど……『一度』で充分ですわ。こんな夢、いつまでも見ていられませんもの」
「?」
目の前の三人が全く同時に首をかしげた。
「なにを言ってるんだ」
「お姉ちゃん疲れてるんだよ」
「お茶を飲みなさい」
「お茶を飲むんだ」
「お茶を飲んで」
「お茶を――」
瞬間。
ヴァレーリヤの肩を誰かが叩いた。
紅蓮の雷が走り、風景を切り裂いて行く。
「……マリィ」
遺跡の中で、目をあけた。
ヴァレーリヤの手を、マリアが握っている。
「ダガヌチの攻撃を受けたんだ。ここから離れるよ、ヴァリューシャ」
「ええ……」
マリアに肩をかりながら、ヴァリューシャはうつむいた。
「今日はマリィと一緒に、香りも味も薄い安物の紅茶と、湿気ったスーシキを食べたい気分ですの」
「ふふ! なら帰ったら一緒に作って食べよう! 私作り方がまだ分からないから教えておくれよ!」
●滑稽なおとぎ話
『スケルトンの』ファニー(p3p010255)は物語の主役だった。
ママに応援されながら世界を救う冒険に出る少年の物語や、モンスターたちの楽園で楽しく暮らす物語や、悠久の時を超えてヨーヨー遊びをする物語。荒唐無稽な物語たちの中で、ファニーはその全てで主人公だった。
「冗談はよしてくれよ」
ファニーは眼窩の奥の光を消して、頭蓋骨をうつむける。
「生き物が死ぬのは当然のことだ。
永遠はない。花は枯れる。物語は終わる。
痛ましい事件も、不治の病も、それらはスパイスのようなものだ。
だから俺様は介入しない。
ましてや奇跡など。
それは許されたものだけの特権だ。
だから俺様は介入しない。
華やかな舞台の裏で小道具を用意することはあっても、観客に姿を見せることはない。
だからこそ。
嗚呼、だからこそ……」
人生とは物語だ。
たとえ世界の主役でなかったとしても、誰しも人生の主役は自分自身をおいて無い。
出会い、知り、いいこともわるいことも得て進んでいく。
それは経験の物語であり、変化の物語であり、物語という魔法であった。
ファニーは両手をポケットに突っ込んで、射影機の後ろ側からそれを見つめていた。
幾人もの物語が映し出される小さな映画館の、そのバックヤードで。
窓ガラスに触れ、顔を近づける。
映っているのはカートゥーン調の自分が大冒険をするアニメーションだ。
「俺様も……オレも……この物語に、参加してもいいのか?」
肩に、そっと誰かの手が置かれた。美しい女性の手だった。
ファニーはこつんと窓に額をぶつける。
――『■■■■■』
囁かれた言葉を、ファニーは。
「ああ」
窓をドンと叩くと、風景が砕け散っていく。
ファニーは拾い拾い海底ダンスホールの中央にいた。
周囲からダガヌチたちが彼を覗き込んでいる。
「ダガヌチ。おまえの存在は見過ごせねぇ。『終わった物語』に――手を出すんじゃねえ」
「我 墓守。死 護ル者。死者 安寧 護ル者。
クガダチ フリーパレット 食ベル。
死者ノ未練 ササヤカ願イ 蹂躙スル。
看過不可。
ン。ソレニ クガダチ自身ハ タダソウイウ存在ナダケカモダケド。
フリーパレット 発生偶発的。
追ッテ フリーパレット食ベル クガダチ発生 作為的。
ソコニ悪意 感ジル。
フリーパレット 死者 死ンデ尚 悪意サラサレル 悲シイ。
フリック 護ル。死者 心 護ル」
遺跡内をクラゲ型潜水艇にのって移動しながら、『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は壁面や床面、あるいは美術目的以外で設置されたであろうオブジェクトに対して調査を行っていた。
そんな様子を、遺跡に集まっていたらしいフリーパレットたちが物珍しそうに眺め、『これなに?』『なにしてる?』『たのしい?』などと質問を投げかけてきた。
あまりにも向くなその振る舞いは生まれたばかりの子供を思わせ、フリークライにも色々なことを考えさせた。
そしてこうも考える。彼らが願いで出来ているなら、自分は何で出来ているのだろう。
「……」
誰かの願いで生まれた自分。願いの主への郷愁や愛着は、されど願いの本質ではない。
本質と自我ならば、本質を選ぶと決めたのだ。なればこそ……。
「眠リ 安ラカデアルヨウニ……」
暫く探索を続けていく中で、フリークライたちは円柱状のおおきな石碑を発見した。
「見てくださいお嬢様! 古代の碑文ですわ!」
やや興奮した様子で石碑に近づくイワンシス・サヴァン・アジテータ。
『いわしプリンセス』アンジュ・サルディーネ(p3p006960)はそばを泳ぐエンジェルいわしをちょんとつついてから、石碑へと近寄っていった。
「解読できる?」
「やってみます。暗号ではなく文章であるなら頻度解析を行えば……」
イワンシスの優秀なところはここだ。記憶が一日以上続かない病と引き替えにか異常なまでの計算能力と一時記憶能力を持つ。そして、彼女の解析結果はすぐに出た。
ノートに文章をさらさらと書き付け、アンジュへと差し出してくる。
「えっと……『神様は全てを叶えてくれる。神様の与えてくださる幸福に、我々は全てを委ねればいい。求められていることは、望み願うことのみ。やがて全ての欲望を吐き出し、駄我となるだろう。永遠の安寧と、永遠の幸福』……」
そこまで読み上げたところで、イワンシスが震えているのを見た。
「イワンシス? どう――」
「離れな、そこはダガヌチの『巣』だぜ」
イワンシスとアンジュとの間に割り込むように飛び込んできたファニー。彼が片手を降っただけで、触れてもいないにも関わらず二人は派手に吹き飛ばされ柱から離された。
途端に無数の深海生物が……いや、ダガヌチに寄生され怪物となった深海生物たちが遺跡各所からい這い出してくる。
柱から、天井から、崩れた床から。
眼窩の光を輝かせ、ビッと視界に一本のラインをひくファニー。
それによってダガヌチ生物が切り裂かれたと同時に、水中移動用の魔法をかけた箒に横乗りした『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)が突っ込んでいく。
ダガヌチを見つめる視線には、激情と、何よりも怒りの炎が宿っていた。
ダガヌチはよどみを口から吐き出すように放射――するが、セレナは即座に眼前に結界を形成。よどみを防御しつつ一気に距離をつめるとその結界を持って相手をバクンと包み込んでしまった。
「『バスタール』――リフレクト」
正十二面体と化した結界の内部を魔法の光が激しく反射しつづけ、最後には結界を突き破る威力で爆発する。
「あの日のフリーパレットは、思い出の味に浸って、溶けるように召されて逝った
本当に幸せそうに、満たされたように……。
なのに。それなのに!
そんな彼らの最期のささやかな願い事すら踏み躙る存在が居るなんて。
許せない。許せない、許せない!
あんた達は絶対、わたしの手で!」
あのときセレナが立ち会ったのは、なにげない願いの物語だった。
どこかの誰かの後日談。死した人々の想いが、けれど幸せに昇華するのだというアフターテイル。
「彼らが喰われて、無為に消えていくなんていやよ、わたし。そんなのはいや。
夜を守る魔女よりあなた達へ――幸福と安息に満ちた、静かな眠りがありますように……」
願いを口に、新たな結界を作り出す。目尻に浮かんだ涙は海中へととけてきえた。
「キャピテーヌちゃん、あれ! あれを見るのでして!」
『にじいろ一番星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)がゆびをさす先。ホールの端にはフリーパレットが集まっていた。
無数のダガヌチがその周囲をかこみ、今まさに追い詰めている最中であるようだ。
ルシアはうさみみをつけると、キャピテーヌにもおなじものをつけてやった。
二人は目を合わせ、えへっと小さく笑い……そしてフリーパレットたちのもとへと突入していく。
「フリーパレットから離れるのですよ!」
ルシアは『IrisPalette.2ND』の安全装置を解除すると、展開する圧縮魔方陣越しに砲撃を開始。何度も言うが、突入して高火力を叩き込むという強襲行動にかけてルシアほど実効的なユニットはない。
砲撃がダガヌチたちを一気に吹き払い、フリーパレットたちの間に入ったキャピテーヌが銃を乱射する。
『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)もまた割り込むように入り、カラトリーセットからスープスプーンを選び巨大化させた。
「冒涜です……! これは、冒涜です……!」
ミザリィにとって、フリーパレットは死者のアルバム。あるいは遺品。あるいは名も無き墓標であった。
それを破壊するダガヌチを、決して許すことなど出来ない。
「生きていたことさえ無かったことにしてしまうほどの、命への冒涜です……! 嗚呼、嗚呼、なんてことでしょう」
ルチアやキャピテーヌたちを聖域に包み込み、自らの魔力を分け与える形でエネルギー
を供給していく。
『願い事はなあに?』
耳のそばで声がした気がする。
ミザリィはほぼ無意識に呟いていた。
「お友達がたくさんほしい、とか
もう少し素直になりたい、とか
……母様にお会いしたい、とか
思うことは多々ありますけれど……
でも、それって、誰かに叶えてもらうものじゃないですよね。
自分の力で、なんとかしないといけないことなんですよね」
ミザリィはもう分かっていた。
今自分がやるべきこと。今自分が願っていること。
「フリーパレットを救う……母様が此処にいらっしゃったら、きっと同じことを願ったはずです」
「キャピテーヌ、一人で先に行くのは危ないぞ。焦る気持ちはわかるが、皆と歩調を合わせるんだ」
そこへ素早く追いついてきたのは『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)だった。
翼でブレーキをかけると、キャピテーヌと背中をあわせるようにして剣を構える。
ダガヌチたちが繰り出す攻撃を次々に撃ち払いながら、ミーナは心の中で呟いた。
(夢、夢か。私の夢はもはや叶う訳もないが…な。時間を遡ることなんて、神にもできないのだから……)
ここへ至るまで、遺跡のなかで仲間達が不思議な夢を見たという報告を聞いた。
夢はどれも心地よく、自分をその中に留めようとするようにすら思えたと。
「私は惑わされない。今、ここに生きる皆を守ることこそが夢なのだから」
アンジュの持つ、不思議と歪み。
彼女は大量のイワシの群れを『パパ』と呼び、まるでそれを当然のように主張していた。
だがそれは、ある意味において正しいと言えたのである。
なぜならば、絶望の青に散り海へと生物学的に溶けたアンジュの父フィルシャードはイワシたちに結果として含有され、それは海洋王国の栄光と、そして愛する娘アンジュの幸福への願いとして海の中へと広く散っていた。
竜宮幣を核として集合した思念の集合体がフリーパレットであるならば、アンジュを守護するいわしたちはその類型と言えるだろう。
彼らはいわばいわしの形を借りた思念の集合体であり、願いの形であったのだ。
そしてそのことに、聡明なアンジュはうっすらとだが気付いていた。
「『私』は『パパ』たちのことお父さんとして教えられたけれど──いつまでも、そういうわけにも居られないでしょ?」
アンジュを護るように展開するいわしたち。アンジュはその全てに優しい目を向け、微笑んだ。
「もちろん今のパパたちは大切だよ。私を大切にしてくれてる事も知ってるよ。わかるんだ」
キッとダガヌチたちをにらみ付けるアンジュ。イワシの群れがその意志をくんだかのように襲いかかる。
『おいで』
声がした。男性の声だ。ルシアにもミーナにも聞き覚えが無かったが、唯一……キャピテーヌとアンジュだけはその声に強く反応を示した。
「「パパ!?」」
慌てて見回すキャピテーヌたちの視界に入るように、黒い光がぐちゃぐちゃと形を作る。
どこかキャピテーヌの面影を思わせる長身の男性だ。キャピテーヌと全く同じ海賊めいた帽子とジャケットを纏い、優しげに微笑んでいる。
かと思えば白い軍服と軍帽を被った男性のシルエットにも変わる。アンジュの羽織るジャケットと同じものだ。
『夢は叶う。ただ欲すればいい。背伸びをする必要も、足掻く必要も、苦しむ必要ももうない』
優しく語りかける男性……いや『パパ』に、キャピテーヌはゆっくりと手を伸ばす。
『パパ』もまた手を伸ばそう――として瞬間、ミーナがその腕を切り落とした。
「死人が蘇るわけはない。死神たる私が宣言する。…死人を騙るお前は、誰だ」
『…………』
『パパ』の姿が散り、フリーパレットが一体だけ現れる。
「あ、ああ……」
フリーパレットは感情の解らないその顔で、くぐもった声をあげる。
「キャピテーヌ|アンジュ……どうか……しあわせに……」
「!?」
慌てて身を乗り出そうとするキャピテーヌを、アンジュが掴んで止めた。
「はなすのだ! パパがいたのだ! パパ! 一緒に帰るのだ! パパ!」
「落ち着けキャピテーヌ! こいつはもう――」
ミーナがなんとかキャピテーヌを後ろに庇うように押しのけると、フリーパレットが内側から食い破られるかのように破裂した。中から現れたのは、よどみの塊。
ダガヌチだ。
「『キャピテーヌ』『どうか』『しあわせに』『キャピテーヌ』『どうか』」
ダガヌチは仮面のような部位を上げると、口部分を動かしてにたりと笑った。
「――美味なり」
切り裂こうと剣を振る。ルシアもまた砲撃を放つ――が、ダガヌチはしゅるんと攻撃を回避しその場から高速で離脱。
「逃がすか!」
追いかけようとするミーナたちの前に無数のダガヌチが割り込み足止めを図る。
通常個体とは別格の扱いと強度をもつそれはまるで……。
「……ダガヌチの巫姫、か」
ファニーは呟き、ギリッと歯を食いしばった。
ふと見ると、イワンシスが床に崩れるように座り込んでいる。
「アンジュ様……いまの……今の、思念は」
「うん」
アンジュはイワンシスの肩に手をやって、キャピテーヌを横目に見た。
キャピテーヌは両手で顔を覆い、悔しげに歯を食いしばっていた。
●シレンツィオ逃走劇
大蛇の頭が開き、牙をむき出しに迫る。『風と共に』ゼファー(p3p007625)はすぐそばに転がったメッシュばりのオフィスチェアの軸を掴み叩きつけるが、顎のひと囓りで椅子は粉砕されてしまった。
どころか、大蛇の頭がゼファーの身体を突き飛ばし、壁を破壊しながら屋外へと放り出される。
地面を転がりながらも素早く立ち上がったゼファーは、すぐそばに転がった自分の槍を手に取る。
「その大層イケてないルックスは望んでのものかしら。奇抜さと意外性は認めますけど、一寸流行らせるには無理があると思うわ?」
口の端からこぼれそうな血をぬぐい、不敵に笑ってみせるが……相手、つまりはCOBRAのリーダーPOISONのダガヌチ寄生体は五つある大蛇の頭でげらげらと笑った。
「ファッキン虚勢か、かわいいねぇ」
跳躍し、目の前へと着地する。それだけで地面が激しく揺れるかのようだ。
ゼファーは腰の後ろに回した手で『逃げろ』のサインを出した。勝てるかどうかはともかく、カロレッタ医師とバニーのサラバンドさえ無事ならこちらの勝利だ。
「いらっしゃい。遊んであげるわ」
仲間が離れたことを確認しつつ、ゼファーは近くのハンバーガーショップへと飛び込んだ。
COBRAがシマとしている店だ。外の喧噪や怪物と化したCOBRAが見えなかったわけではなかろうが、客達は驚き悲鳴をあげて店の外へと逃げ出していく。
「さて。連中を裏で糸引いてる性悪はどんな奴なのやら。顔を見るのが楽しみねえ」
POISONの両腕が迫る。水平に構えた槍で両方うけとめ、残る三本が迫る前に逆上がり要領でPOISONの身体を駆け上り首の一つを蹴り上げる。
一対一で勝てる相手――などとは思っていない。隙を作れれば充分だ。なぜなら、POISON後方から『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が鋭い跳び蹴りを繰り出したのだ。
ゼファーにくらったダメージもあって僅かによろけるPOISON。
前後から挟む二人に対応すべく五つの大蛇の首をそれぞれに向ける。
「首謀者は邪神の力に憑かれこの凶行を行ったのか、それともそれ以前に計画していたのか。
後者なら慈悲は無い。前者ならば……筋書きを立てた誰かが存在する可能性も有り得るか。ともかくっ」
モカは足元に転がったカウンターチェアを蹴り上げると、それを掴んでPOISONを殴りつけた。
「こっちだ、逃げるぞ!」
「ファッキンねずみが、逃がすかよ!」
店の奥へと駆け込む二人。おいかけるPOISONめがけ、モカはキッチンに放置されたあつあつのフライパンを掴み突っ込んできた大蛇の横っ面を殴りつけた。
続いてもう一本が突っ込んできたところで、ゼファーとモカの蹴りが同時に炸裂。大蛇の首が大型フライヤーへと突っ込んだ。激しい悲鳴があがる。
「うおお、マジすか。今日にでも死ぬんすかねー、あーしら?」
そんなのんびりとした口調で仰向けに寝そべり、ポケット(?)から取り出した煙草を口にくわえるサラバンド。
どこでそんなことをしているのかと言えば……。
「ちょちょちょ、サラバンドさん! イルミナの上は禁煙スポットっスよー!」
『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)の両腕に抱きかかえられた、まさにその場所であった。
「先っちょだけ先っちょだけ」
「表現!」
そしていまイルミナがどういう状況にあるかというと……。
「逃がすな! 殺せ!」
トミーガン(トンプソン機関銃。別名シカゴタイプライター)を持ったコンパーニョの一団が所かまわず撃ちまくる、無番街内にある闇市通りであった。
さすがに無番街の中でここまで派手にドンパチかますやつはいなかったのか、露店(当然無許可である)を出していた人々は通りの左右に逃げ出した。積み上げられた林檎がその屋台ごとバラバラに砕け果汁をぶちまける。
後ろから滅茶苦茶撃たれまくっている状況だが、イルミナは両足でザッと地面を削るようにカーブをかけ通りの脇にある建物へと突入。
建物内では折りたたみナイフを開いた大男がイルミナをとめようとナイフをつきつけ――
「どくッス、テネムラス・トライキェン――!」
サラバンドを抱えたまま流星と化したイルミナは大男を蹴っ飛ばしながら建物の窓枠を破壊。隣の路地へと転がる大男を踏みつけると、そのまま走り出す。
そこへコンパーニョの構成員たちがあつまってくるが……。
ぽいっと投げ込まれた陶器製の小瓶から火があがり、ドカンと爆発した。
爆風に吹き飛ばされる彼らをしりめに、建物の屋根から飛び降りてくる『最期に映した男』キドー(p3p000244)。
「イルミナ。このまま港まで行くぞ。船で一旦例の洞窟まで逃げる」
「袋小路じゃないッスか?」
「あー……このへんで戦うよりゃマシなんだよ」
キドーはほほをかりかりとかきながら微妙な顔をした。
相手は無番街で勢力を伸ばすコンパーニョだ。さっき路地に転がった大男のように、一般市民でありながらコンパーニョに人生ごと握られているので協力せざるをえないというヤツもごろごろいる。
出てしまう被害がデカすぎるのだ。
「お、おお……」
イルミナはめをぱちくりとさせた。キドーが存外マトモなことを言うものだから面食らったのだが……。
「ンだよ、サラバンドと口調被ってんの気にしてんのか?」
「気にしてないッス! 全然全然気にしてないッス!」
リトルゼシュテル大通りを蒸気式の高級車が走っていく。
運転席には壮年のドライバー。白手袋とホテルマンめいた制服はこの仕事に長くついた者特有の品というものがあった……が、顔にはめいっぱいの冷や汗があった。
「すみません! もっとスピードだしてください!」
後部座席(扉はとっくに吹き飛んでいる)から身を乗り出すのは『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)。
ぎゅっと手を握ると血が手のひら一杯に広がり、それを払う動作で空中にいくつもの血のナイフが生成された。
それらが後続車両めがけて飛んでいき、車両の一つひ命中。激しく蛇行したかと思うとスピンを始め隣の車両と激突。派手な爆発をおこしながら縦方向にひっくりかえる。
が、すぐにそれを追い抜いた車両からライフルをもった男が身を乗り出した。玄龍会のヤクザたちだ。
「うおおおお! シレンツィオで事件が起きてるって聞いて援軍にきてみたらなんじゃこりゃあああ!」
後部の窓ガラスが破壊され風通しがものすごく良くなった車のなかで腕をばたつかせる『生イカが好き』ワモン・C・デルモンテ(p3p007195)。
背負っていたガトリング砲をその部分から突き出すと、思いっきり撃ちまくる。
「くっそう! 平和なリゾートをめちゃくちゃにしやがってー! 覚悟しやがれー!」
ライフルとガトリングじゃ力の差が歴然なのかそれともワモンが世界で通用するほどの
実力者だったからか、後続車両がスピンしながら停止。かと思えば別の車両から乗り出したヤクザがロケットランチャーを持ち出してきた。
「USODARO!?」
当然おこる大爆発。
思わず急ブレーキをかけたドライバー。幸いドライバーは無事だったものの、後続車両に追いつかれるハメになった。
「全部落ち着いたら何があったか教えてくれー。あとでとーちゃんに報告しとくぜ」
ドライバーにお金(とイカ)を手渡してからおりるワモン。
「そういえば、お父様はアクエリア総督府の……」
同じくマリエッタも車からおり路上へと姿を見せる。
追いかけてきていた車もとまり、中から一人の男性がおりてきた。
縞模様のはいった黒いスーツ。黄色いシェードの入ったサングラスをしたそれはいかにもなジャパニーズヤクサ……だったが、両腕がどす黒い粘液に覆われ、腰から下は獣のごとき脚に変化していた。
グルル……とうなりむき出しにした牙は、狼男を彷彿とさせる。
玄龍会の長、玄堂 仁臣である。
「…………」
マリエッタは心の中で囁く自分を黙らせるため、ごくりとつばを飲んだ。
「だ、大丈夫か? なんかすげー顔してるぞ?」
「い、いえ……」
ワモンに問いかけられ、マリエッタはぷるぷると首を振った。
この状況。どうしても湧き上がる血の熱が、心臓の鼓動がとまらない。
うなり襲いかかる玄堂。ワモンは反撃だとばかりにマグロミサイルを発射。
そんななかにあって、マリエッタは周囲の世界がスローに見えた。
呼吸の音がうるさく聞こえる。自分のものだ。
もうろうとする意識の中で、身体はなぜだか勝手に動くように思えた。
口元に笑みを浮かべ、目を見開き、マリエッタは彼我に開いていた100mあまりの距離を一瞬で埋めると玄堂へ血の大鎌を振り込んでいた。
一瞬で玄堂の両腕を切り落とし、悲鳴をあげさせる。
「あは」
らしくない笑い声が漏れ、マリエッタは上唇を舐めながら玄堂の首めがけ――。
「ちょお!? マリエッタ! まったー!」
ワモンが咄嗟にアザラシジェットを起動。超高速で追いつくと、ガトリング砲をその間に割り込ませる。
フードのついたパーカーとジーンズ。両手をポケットに入れて歩く男がいる。
周囲ではコンパーニョの構成員たちがせわしなく走り回り、『ヤツはどこだ』とか『ヤったのは誰だ』とか『殺せ』だとか叫んでいる。
ふと見ると、二番街大通りにあるブティックのショーウィンドウに寄りかかるようにロンタイグーの長、ジャカが血を流し倒れていた。
死んでこそいないものの、部下たちが慌てて抱え病院へ行くか闇医者のところへ行くかで口論している。闇医者は逃げてる真っ最中だろうがとぶん殴ったところで、救急車(にあたる乗り物)がそばへととまった。
ぐったりと気を失ったジャカは怪物のような見た目を……していない。確か孔雀だか蝙蝠だかわからん怪物に変貌していた筈だが、まさに『憑き物が落ちたように』元通りだ。
「ケジメなんぞ勝手に手前らでつけろ……と言いたいところですが」
フードの下で、『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)はため息をついた。
ジャカをヤったのは誰かといえば、まさに彼だ。気付かれぬうちに忍び寄り、気付かれぬうちに始末した。キドーたちに気を取られていたので忍び寄るのは彼にとって容易だったのだ。
ポケットから煙草を一本取りだし、口に加える……と、その時。
「おにーさん」
ビルの間、薄暗い都市のスキマから、声がした。
それが自分自身を呼び止める……巧みに気配を消し一般民衆に紛れ込んだはずの自分にむけてのものだと気付いたバルガルはびくりと動きを止め、懐に手を入れる。そこにあるのはナイフだ。性能でいうなら拳銃を手に取っているのと同じである。
が、声の主を見て……更に動きを止めた。
ありてにいって、それはバニーガールだったのである。
「ジャカのバックを追ってるんだろう? アタシと取引しないか」
膝まで届くほど白く長い髪に、白いうさみみ。正統派の(バルガルの好みど真ん中の)バニースーツをある意味最高に着こなした女は、コンクリートの壁に肩をつけてこちらを向いていた。手には、火のついていない煙草。
「火をくれよ。情報と交換だ」
「おい、気をつけろ。こいつがただの女だと思うなよ」
武器を手に取り囲む、ロンタイグーのマフィアたち。
その中に一人か二人、見覚えのある顔があるなと……『つまさきに光芒』綾辻・愛奈(p3p010320)は思った。顔の形がだいぶ変わってしまっているが。
「今度は数を揃えてきたのですか? けれど『この程度』で足止めができると?」
ゆっくりと見回す愛奈の視線に、何人かが怯えたように半歩さがる。
愛奈のすぐ後ろに闇医者のカロレッタが庇われているが、手を出してこようというヤツはいない。
彼女を恐れているから……というより、先ほどからつま先でタンッと足踏みを鳴らすたび光の波紋が数メートル範囲に広がり続けているためだ。見えてる地雷をわざわざ踏みたいやつはいない。
「皆さん? 不思議に思いませんでしたか。
かの一家が居なくなり、四組織が示し合せたように均等に利益を得た……ここまではいいでしょう。よほどこの四組織の仲が良かったのかもしれませんね。
けれど、今度はそれぞれの頭が揃いも揃って異形と化している。それはどうしてですか? 偶然にしてはあまりに都合が良すぎる。逆に、あなたたち四組織自体には『都合が悪すぎる』と思いませんか?」
ロンタイグーのマフィアたちは顔を見合わせた。
「なぁにをやっていやがる」
包囲したマフィアたちをわって、『ロンタイグー』の長ジャカが現れた。噂に聞いた筋骨隆々のラサ系マフィアのイメージとは打って変わって、全身が岩の集合体でできていた。体型でいうならひどい肥満体にすら見える。
「ぶち殺せと言ったはず――だよなあ!?」
ジャカは腕を振り、すぐそばで拳銃を構えていた男を殴りつけた。
血を吹いて吹き飛ぶ男。周りの面々が顔をあおくし、愛奈へと狙いを付ける。
――と、その時。
「伏せろ」
絶好すぎるタイミングで、『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)がジャカの後方から出現。アンカーリングを装着した腕を翼のごとく広げると、ジャカにラリアットを叩き込んだ。
コウテイペンギンの腕(フリッパー)の強さは見た目に反して凄まじく、一発で人骨をへし折れるという。
「ぐふっ!?」
思わず転倒したジャカ。
ジョージは肩にのっていた小鳥を愛奈へ返すと、カロレッタの手を引いて走り出した。
「連絡ご苦労、助かった。港に船をとめてある。そこまで走るぞ」
追いかけっことなればマフィアも何もあったものではない。
足が速ければ勝ちのゲームだ。
途中からへばったカロレッタを抱え持ち、ジョージはコンクリート舗装された港を駆け抜ける。
「――あれだ」
「立派な船ね」
キングスマンポートのロゴがはいった船へ愛奈とジョージたちは軽やかに飛び乗ると、既にスタッフがエンジンをかけてくれていたらしくすぐに船は走り出した。
苦し紛れに銃撃をぶつけてくるが、愛奈の展開した魔術結界によって空中に弾丸がぴたりととまり、やがて重力にしたがって海へ落ちていった。
やがて、マフィアたちをまくなり倒すなりしてきた面々は開拓予定地区の洞窟へと集まっていた。
海賊たちが棲み着いていたが、一掃されたことである意味空き家と化した場所である。
最奥、おおきな宝箱の上には……フリーパレットが一体。
『ぼくたちをころした! ぼくたちをころした!』
「ああ、その通りだ。カロレッタ、話してやれ……」
肘でこづくジョージ。
証人であるカロレッタの話を聞いたことで、フリーパレットはほっとしたようにうつむいた。
『ぼくたちは、じゃまだったんだね』
「そうかもしれんな……」
『けど、理由がわかった。ぼくたちは、ぼくたちの最後に、納得ができたよ』
「いいんスか? 復讐とか、そういうのは」
イルミナが問いかけると、フリーパレットはほにゃっと笑った。
『――「復讐は生きる目的にするものだ」』
低い声。男性のものだ。それが亡きフリアンの声だったのだろうか、カロレッタはハッと目を見開いて固まっている。
『ぼくたちには、もういらいない。みんな、ありがとう……』
ゆっくりと、眠るように消えていくフリーパレット。
ころりと落ちた竜宮幣をサラバンドが拾い、キドーへと手渡した。
「で、これからどうするんスか? あの四組織、多分潰れるッスよ」
町中で暴れ回ったのだ。ダガヌチに寄生されたという言い訳が通じる規模ではもはやないだろう。
法的手段とは全く別の、『ケジメ』をつけなければならない。
皆の意見が、一つずつ出た。
それらを総合すると……やはりキドーの考えが最も多数派だということになるだろう。
「俺はやっぱり真実には興味ねェんだ。裁きにもな。
興味あるのは全体的に丸く収まって、俺にとっても都合いい結末かな」
キドーは竜宮幣を手の中でもてあそび、振り返る。
「殺人事件の真相は明らかにしないでいいと思う。今はな。
明らかにしたとこで別の悪党が後釜になるだけだ。
4つの組織への咎は、今回の被害はダガヌチのせいにして恩を売りつつ、殺人事件の真相は手札として連中に首輪を付ければいいと思う」
どうだ? というキドーの提案に面々は頷いた。
まあこうは言っておきながら、キドー、バルガル、ジョージはちゃっかり自勢力を各所に食い込ませて利害関係を複雑化することで簡単にパージできない状態に持ち込むという暗躍を済ませているのだが、それはそれ。
シレンツィオの平和がまたひとつ護られたのである。
護られた、まさに今このときに――
「そろそろ、『次』の話をする時じゃあないか?」
洞窟の入口側。皆の後ろで声がした。
誰もその気配に気づけなかった。
慌てて振り返ると、そこには一人のバニーガール。
誰よりも反応したのは……サラバンドだった。
「ビバリ姉さん!? どうしてここに!?」
「あわてなさんな」
ビバリー・ウィンストン。竜宮城のバニーにして、長らくシレンツィオへと潜入していた女。
彼女は煙草をくわえ、ゆっくりと三秒かけて煙を吸うと……。
「『いにしえの姫』が動き出しちまったんだ。無番街のありさまはほんの序の口。放っておけば、島中怪物だらけになるぞ。――抵抗(ヤ)る気は?」
煙草を突き出し訪ねてくるビバリーに、イレギュラーズたちは一度顔を見合わせる。
答えは、聞かずとも分かっていた。
●
「欲望を増幅させる、ねぇ……」
『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は手書きらしき地図の上にカジノチップを一枚ずつ置いていく。
その様子はさながら、ルーレット台の数字板にチップをベットするさまに似ていた。
いや、実際賭けているのだ。
「ダガヌチってやつが欲望を膨らます怪物だってんなら、読みようはあるはずだろ。実際に出てるケースが既に何回かあるなら、確率だって読める」
ニコラスがチップを置いたのは主に……ドラゴンズドリーム、そして中央通りの二つだ。
「にしても、竜宮城の内部で発生してるっつーのはどういうワケだ?
仮にも『絶望の青』だった場所だ。防衛がザルってわけじゃねえだろう。何かはあるんだろうが……」
今は目の前の火の粉を払うことが優先か。
ニコラスは仲間に連絡をとりながら、自らもまた武器をとった。
「なんかよく分かりませんが農家の損失をわたくしが見逃す訳がございませんわ〜〜!!」
狂暴なタコ型怪物とかしてしまったダガヌチめんてん。棘だらけの触手が伸びるさきから、『自称・豪農お嬢様』フロラ・イーリス・ハスクヴァーナ(p3p010730)はメテオリット・リーパーのコアに手をかざしながら迎え撃った。
ペリドット・グリーンのコアが心臓のようにドクンと明滅し、まるでエネルギーが流れ込むかのように鎌の刃に光の歯が走り始める。その音はさながらチェーンソーのそれであった。
「ダガヌチゆるすまじですわ! かわいいタコちゃんにお戻りになってー!」
伸びた触手を鎌で切断。踏み込んで更に切断。
フロラの脚や頭に触手が絡みついてへし折ろうとするが、それより早く相手を鎌でぶった切った。
ポンッとめんてんが中から排出され、『めーん』と言いながらフロラに感謝をつたえるべくしがみついてくる。
「刮目せよ! わたくしが噂のお嬢様ですわよ! 竜宮の労働者よ、集結せよ! ですわ〜〜!!」
「「めーん!」」
まわりでダガヌチにおそわれていためんてんたちが集まり、なんかもみくちゃのもちもちにさはじめる。
「あー! 集まりすぎですわ! すてい! すてーい!」
パッと周囲に散るめんてん。
ここぞとばかりに突撃をしかけるもう一体のダガヌチめんてん。
フロラは心臓の鼓動のごとく明滅を早めたメテオリット・リーパーを振りかぶり、思い切り振り抜いた。
「めんてんの皆様、過剰火力でクレーターできたら後で直してくださいまし〜〜!!」
グリーンの衝撃が走り、めんてんはそれを交差した触手でガード。
それでも防ぎきれずに吹き飛ばされたところへ、『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が一気に距離を詰めていく。
(確かにオレは、この『竜宮城』が苦手だ。
でも、ここにいる人たちが善人であることは知ってる。
フリーパレットという存在が、誰か、誰か達の想いの塊であることも。
そんな彼らを歪め喰らう存在……確かに『魔』だな)
「ああ、ああ、わかったよ。頼まれなくてもやってやるとも!」
駆け出す速度に乗せて、『烙地彗天』の槍に気を纏わせる。
気の爆発を推進力として更に加速すると、風牙はライフル弾の如く螺旋を描く風と共にダガヌチめんてんへと突っ込んだ。
「『人の世に仇為す『魔』を討ち、平穏な世を拓く』。それがオレの使命だからな!」
直撃。爆発。
抵抗しようと暴れるダガヌチめんてんは中央通りをもんどりうって暴れ、バニークラブの壁を破壊しながら屋内へと転がり込む。
「やべっ、みんな逃げ――」
パープルにライトアップされた店内へ転がり込みながら風牙が顔を上げる――と、そこにバニーたちはいなかった。
代わりに、ニコラスが大剣『ディスペアー・ブラッド』を肩に担いで立っていた。
パチン、と指を鳴らすニコラス。
「大当たり。さぁて反撃開始といこうじゃねぇか」
剣を振り回しダガヌチめんてんの放つ無数の触手を切り払う。
風牙は素早く立ち上がり、今度は槍に爆発するような気のエネルギーを溜め込み始めた。
「しかし、欲望を増殖だとか、狂暴化だとか、まるで魔種化だな。それとも肉腫か?
……裏にいるのは、そういう類のやつなのかもな。こりゃ、尚更ほっとけねえ!」
突き刺す風牙の槍。更にはニコラスの剣が突き刺さり、ダガヌチめんてんは爆発を起こして吹き飛んだ。
はじき出されためんてんがぽよんぽよんと跳ねて路上へ転がっていく。
フロラがそれを抱え起こし、『再現性東京デスワーランドの契約農家になりませんこと?』とか勧誘を始めている。
風牙もまた中央通りの道へ出て、フウとひとまず息をついた。
「この辺のダガヌチは片付いたな……。つか、なんでこんなに大量に出てんだ? 外からの攻撃なら、もっと町の外で迎撃できてる筈だろ」
「やっぱそう思うか? 勝ちが偏る時ってのは大抵『ある』もんだぜ」
「ある? なにが」
「決まってんだろ……『イカサマ』だよ」
竜宮城のカジノ、ドラゴンズドリームはいつも賑やかだ。だが――今日だけはその趣が違う。
「皆、離れて!」
うさみみを靡かせて、『炎の守護者』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)は身体の各部から炎を噴出。ダガヌチに寄生されためんてんめがけて突進した。
こちらに無数の触手を突きつけるダガヌチめんてん。触手の各先端部が銃口のように開き、次々に骨めいた弾丸を発射した。
「そんな攻撃――!」
背部にマウントさせていた『機煌重盾』を手に取り、翳す。斜めに弾丸を弾くと、盾に格納していた『機煌宝剣・二式』の柄を握った。
「ダガヌチの侵食がここまで広がっていたなんて……とにかく、取り憑かれた人やめんてんたちを解放しなきゃね!」
ギリギリまで接近したチャロロは盾から剣を抜刀。
一度盾によるタックルを浴びせ相手の姿勢を崩させると、回転斬りによってダガヌチのボディを切り裂いた。
ポンッとはじけるように中からめんてんが放り出され、「めーん」と言いながら床に転がる。
「よくがんばったね。もう大丈夫」
めんてんを軽く撫でてやると、そこへとびかかってきた別のダガヌチに気付いた。腕を剣のように変えた人型のダガヌチだ。
「他の人達も寄生されて……!? あぶない!」
めんてんを脇に抱え、その場から飛び退くチャロロ。
なんとか相手の斬撃は空振りしたものの、めんてんを護って攻撃を受け続けるわけにはいかない。
と、その時。
「ダガヌチの相手は私たちがする! 君たちはめんてんの救助と人々の避難を頼む!」
ポーカー台の上を駆け抜け、跳躍した『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)がふたつの剣を同時に振りかざした。バニーの耳と髪がなびく。
ハッとしてそれを見上げるダガヌチ。腕の剣を翳して防御をはかるが、ブレンダの繰り出す斬撃は焔と風の魔力による凄まじい暴風を纏っていた。
急に発生したエアポケットによってダガヌチの姿勢が無理矢理に崩され、そこへブレンダが自らのパワーでもって剣を押し込んでいく。
べこんと音をたてて破壊されたダガヌチの剣。直後にそのボディを派手に切り裂き。ブレンダはすかさず前蹴りでダガヌチを吹き飛ばした。
スロットマシンに激突し、壊れたマシンからチップが派手に放出される。それをあびながら、ダガヌチはずるずると崩れさり……中から初老の男性が現れる。
「シレンツィオからの観光客か。折角竜宮城の観光業が軌道に乗り始めたところを邪魔するとは……無粋極まるな、ダガヌチ。いや、『邪神ダガン』」
そんなブレンダの背後に再び現れるダガヌチ。だが、ブレンダは振り返ることすらしない。
なぜなら――。
「そこまでです! 他者の願いにつけ込んで暴走させるとは、なんたる非道! 私達が成敗させて頂きます!」
『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)の繰り出す剣が、ダガヌチの脇腹へとくらいつく。彼女もまたバニー。今回はブレンダとお揃いのスタイルだ。
「レオンハートストライク・ツヴァイ!」
勢いで必殺技名を叫んでみつつ、ダガヌチを一刀のもとに切り裂く。
どういう理屈なのかは分からないが、倒したダガヌチからは寄生されていたであろう人やめんてんたちが排出されるようだ。
相手を殺さない程度に戦闘不能にしなければならないか……と思っていたが、どうやらつながりが弱いために簡単に排出されるようだ。
「ダガヌチが一気に増えたぶん、やり方も雑になっているということでしょうか?」
「かもしれんな」
リディアとブレンダは背を合わせ、それぞれの剣を構える。リディアは輝剣リーヴァテインをキラリと光らせ、その瞳に力を燃え上がらせた。
「めんてんちゃんたち、皆さんの避難を! ここは私たちに任せて! それと――テティシアさん!」
「ここにいますわー!」
スロットマシンの裏からぴょこっと頭を出す『めんてんくいーん』のテティシア。
「ダガヌチに寄生されためんてんちゃんたちの保護をお願いします!」
「まかされましたわ!」
ちゃかちゃかと走りながら倒れためんてんを抱えて安全な場所へと逃げるテティシア。
それを見つけたダガヌチが吹き抜け廊下の上から飛び降り道を塞ごうとするが――・
「ここはまかせろ!」
『黄金の旋律』フーガ・リリオ(p3p010595)がトランペットを取り出し勇猛な音楽を吹き鳴らす。
展開した聖なる領域の中、飛び込んでいったのは『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)である。
「貴様等ひどく騒々しいが殴られるのが好みなのか? 趣味が合うな、Nyahahahaha!!!」
ダガヌチが凄まじい勢いで殴りつけるも、オラボナは持ち前のとてつもないHPで衝撃を吸収。削りきられぬようにフーガの音楽が聖域の強度を強め、オラボナが物理的にえぐりとられていくのを逆再生するかのように修復していく。
フーガは演奏の合間にトランペットから口を離し、息を整えつつ汗を拭う。
「取り憑いて欲を強まらせるなんて恐ろしいやつだな。
しかも竜宮の人達に取り憑くなんて、厄介だ。……まさか、おいら達イレギュラーズにも取り憑いてたりしてな、まさかな」
「…………」
オラボナがくるりと振り返り、何かに気付いたように再びダガヌチへと向き直る。
「神の名はダガヌだったか。貴様、暗黒神ダゴンは確かに、レヴィアタンモチーフだったと聞く。
虚れは私の『元の世界』での話だが、随分と面白い枝分かれ具合ではないか?
よろしい、我が身を以て貴様の泥濘、貪る伝手と為すべきか。
窓の外へと飛び出すには未だ早いのだよ。
貴様等の味わい方を、さあ、学ぼう。Nyahahaha!」
そして再び、圧倒的な防壁能力によってダガヌチたちのラッシュを自分一人で受け始める。
オラボナとチャロロの二人がいれば、フーガたちは勿論のこと巻き込まれためんてんやテティシアたちに被害が及ぶことはまずないだろう。
トランペットを吹き鳴らし、仲間達のエネルギーを急速に回復させながら……フーガは事前に調べていた資料の内容を思い出していた。
ここからずっと東。豊穣郷では一時期『肉腫』という存在が町に危機をもたらしたという。
肉腫は物体や生物に寄生し怪物へとかえてしまうが、やりようによっては肉腫だけを除去し非寄生者を救出することもできたらしい。
そして先ほどフーガ自身も口に出してみたことだが、『肉腫はイレギュラーズには寄生しない』という特徴を持っていた。
イレギュラーズが元来持つ奇跡の力に反発しているからだとも言われるが……。
(そういやあ、ダガヌチにイレギュラーズが寄生されたって話は聞かねえな。もしかしたら似たもの……いや、同じ者なのか?)
と、その一方で。
「終幕に不可欠な乾杯と往こう。潮臭い代物をシェイカーに注ぐなど莫迦げている!!!」
オラボナは自らをなんとか食い破ろうと迫るダガヌチにずどんと手を突っ込み、内側からどろどろと崩壊させる。
崩れたダガヌチの中からはめんてんがころんと排出された。
慌ててそれをキャッチするフーガ。
「大丈夫か? 怪我とか後遺症とか……」
もちもちしたまあるいめんだこちゃんを抱え、あちこち触診してみる。
どう見ても人間と違う身体構造だし実はこの子ら精霊らしいのだが、フーガはなんとなくだが彼らに怪我や後遺症がないことがわかった。
フーガはほっとした様子でテティシアへ振り返り、グッと親指を立ててめんてんが無事であることを伝えた。テティシアもそれをみてほっと胸をなで下ろしたようだ。
●竜宮城の不穏
あちこちで暴れるダガヌチたちを倒し、ひとまずの平穏を取り戻した竜宮城。
フーガたちは中央通りにあるバニークラブのひとつに集まり、一旦の打ち上げをすることとした。
「バニークラブっていうからこう……なんか、ああいうあれかと思ってたんだが……」
フーガはソファに座り、出されたカクテルドリンクを手に取る。
店の雰囲気はちょっと上品なレストランを思わせ、ウェイトレスのようにホールを歩き回って接客するバニーたちはレオタードドレスと和服をあわせたようなどこか上品なバニーだ。店内にもサックス演奏によるジャズミュージックが流れ、とても落ち着いた雰囲気である。実際、ちょっと薄暗くもあった。
「こういう店もあるんだな」
「竜宮城はサービスが国是。それゆえ先鋭的かつ多様的なのですわ」
カクテルをシャカシャカつくるめんてんの向かい、カウンター席にこしかけたテティシアが振り返る。
カウンターの端ではフロラが水煙草をくわえ、虚空を見上げてぽあーっと煙を吐いている。店の雰囲気ですっかりくつろいでいるようだ。
オラボナは……なんだろう、すごいオリジナリティのあるバニースーツ姿でテーブルについていて、肘をついてなんだか絵になる姿をしているのだが、何を考えているのかさっぱりわからない。多分この状況を側面的に楽しんでいるのだと思われる。
「ともかく、事件が解決してなによりですわ~~」
「nyahaha――」
風牙はといえば、バニーの運んできたジューズをちょっとだけまごつきながら受け取っていた。チャロロはなんかめちゃめちゃ可愛いバニー耳をつけ、黒い学生服にもにたコスチュームをキメていた。これで男の子ってんだから人を狂わす素質がある。
「ま、まあ……オレはこういうほうがいいけどな」
「オイラも……」
「シレンツィオからいらっしゃった方は、案外そういう方が一定数いらっしゃいますわね。
伝統のど真ん中はメーア様やマール様みたいな和水着バニーの派手派手むっちむちタイムなんですけれどね?」
「むっちむちたいむ?」
首をかしげるリディア。だがまあ、いわんとすることはわかる。
彼女たちはいにしえからの伝統でこのスタイルを続け、それゆえ他国を歓迎する意思を国威をもって示すため……腕に胸を押し当ててぎゅーってするのである。なんだろうこの単語の落差。
「バニーで戦うというのも悪くない。カジノでの一件以来だったが……なかなか動きやすかった。だろう?」
ブレンダはリディアにグラスを小さく掲げ、そして『お疲れ様』といってグラスをあわせた。『はい師匠!』と感謝をのべながらグラスをあわせるリディア。
「それにしても……なぜこんなにもダガヌチが竜宮城の中に現れたのでしょう」
「確かに、それは気になるところだ。外周の警備は続けていたのだろう? ここまで入り込まれるまでに警備に気付かれないというのは不自然だ」
「そこは俺も気になった」
煙草を指にはさんで、ニコラスがカウンターテーブルから椅子ごと振り返る。
「カジノギャンブルには『チップカップ』っつー有名なイカサマがある。知ってるか?」
ニコラスのいうチップカップとは、チップを積み上げたような外見をしたカップのこと。
一件チップを正しくやりとりしているように見えるが、チップカップの中にチップを詰めて渡すことで勝っても負けてもプレイヤーのチップが増える仕組みにするというもの。
このキモは、プレイヤーとディーラーがグルであるという点である。
「竜宮城の中からダガヌチを引き入れた者が居るということですの? ありえませんわ! この竜宮でそんな人、ひとりでも居たら今頃めっちゃくちゃですわよ!」
テティシアが真っ先に反論をした。ニコラスはそれを分かっていたようで『まあまあ』と手をかざす。
「俺もそこには賛成だ。ここはかつて絶望の青。それもリヴァイアサンが封じられてるようなヤベー海だ。裏切りは自分に刹那的な利益をもたらすかもしれんが、竜宮城ごと滅んだら自分も死ぬ。
脱出不能の荒野に一件だけしかないカジノでグルのイカサマをする馬鹿はいねーってことだな」
「『人が偽らない限り、数字は嘘をつかない』」
カウンターに肘をつきもたれるような姿勢でフロラが一言だけいった。
「竜宮城外周警備によるダガヌチ発生報告はごく僅か。
そして今回の、竜宮城内での大量発生。
『すりぬけた』事実があるのは確実ですわ」
「…………」
オラボナが口元をにやりとした形にする。
ダガヌチが竜宮城内に突然ポップできたり、壁やなにかを無視してワープできるのだとしたら、最も効果的に被害を出せる城の中や、極論マールやメーアの寝室にでも出たほうがずっといい。そうしないのは、できないからで……今こうなっているのは、『そこまではできるから』だ。
フーガが口元に手を当てる。
「だが、裏切りが考えられないというのは同感だ」
「何か他に……あるってのか?」
風牙がきょろきょろと見回し、そして『あーわかんねー!』といって頭をがしがしやった。
「とにかく! 今はここを護ったことを祝おうぜ! 乾杯だ!」
「そうだな! 乾杯!」
チャロロも勢いよくグラスを掲げた。
周りの皆が同じよううに掲げてみせる。
●ダガヌチの巫姫
一方、その頃。
同じ竜宮城のマイスター通り。中央通りとは一転してディープな雰囲気に満ちた飲み屋街の一角に、スナック『ジャルムピース』がある。
「あ゛ー、この店戻ってくんのひっさしぶりッスわ。掃除しなきゃかも」
バーカウンターの向こう側で煙草をくわえてそんなことを呟くパンクロックなバニーガール、サラバンド。
店内にはキドーをはじめ、シレンツィオで激しい逃走劇を繰り広げた面々が集まっていた。あまり広い店内ではないせいかずいぶんとぎゅうぎゅうだが、席数はギリギリ足りているらしい。
「なるほど。竜宮城とは派手な場所と聞いていたが……こういう店もあるんだな」
ノリノリでバニースーツを着てきたモカが足を組みながらカウンター席に座り、ワイングラスを手に取る。
「主流とはだいぶ離れるスタイルってことッスよね。へぇ……」
その隣でおなじくバニースーツでグラスを傾けるイルミナ。
キドーはなんだかこの場所が性に合うようで、ちびちびと水割りに口をつけている。
「……で? ここに俺らを集めたってこたぁ、何か話があるんだろ?」
「…………」
キドーの言葉に乗じるように、ジョージが腕組みをしたままチラリと視線を向ける。
彼だけではない。集まった皆の視線が、部屋の角にあるテーブル席……そこに座って煙草をくわえるバニー、ビバリー・ウィンストンに注がれた。
「ま、そういうことだ」
ビバリーの視線はこの部屋の全員をなめるように見て、その途中でバルガルに止まる。
バルガルは反射的にか目をそらし、ビバリーもまた一瞬だけ目をそらす。余人には計りえないほど微細に。
「アンタたちが追ってる存在……フリアン一家殺害事件に『裏』があるのはもう分かってるんだろう?」
「はい。あまりにもタイミングが良すぎる。『隠しもしない』ほどに」
こちらもまた白いバニーガールとなった愛奈が背中越しに言った。グラスの中の氷がからんと音を立てる。
「ロンタイグーら四組織のボスは皆ダガヌチに寄生され、事件の証人とそれを知った我々共々消そうとした。ここからわかる事実は、二つ」
「二つもあるのか!? なんなんだ!? はやくとーちゃんに教えねーと!」
うさ耳だけ頭にくっつけたワモンがするめを囓りながらひれをばたつかせた。
それに答えたのは、未成年にもかかわらず既に大人の魅力が凄いことになっているゼファーだった。
「黒幕が性悪だってコト――じゃなくて。
一つ目は、その黒幕がダガヌチを自由に扱えるだけの力と立場を持っているってこと。
二つ目は、そんな黒幕でも状況が既に切迫してるってこと」
「切迫?」
「おそらく自分の身が危なくなっていて、これ以上の脅威を許容できなくなった……ということではないでしょうか」
一転可愛らしいレオタードスタイルのバニースーツをきたマリエッタがワモンに耳打ちをする。そして、周りの面々を見た。
「その『黒幕』の正体を……あなたは知っているのですか? ビバリーさん」
「ああ……」
ビバリーは煙草を灰皿に押しつけると、どこか憂いの深い表情をした。
「『ダガヌチの巫姫』――この竜宮城の、最初の乙姫だったヤツさ」
●フェデリアハウスにて
ここはフェデリア一番街、政治中枢。通称フェデリアハウスの大会議室。
「そんな話になっていたとは……」
シレンツィオリゾートの一角、アクエリア総督府の総督位を任されている男、ゼニガタ・D・デルモンテは苦しげに唸った。
その対面にはエルネスト・アトラクトス。彼はフェデリア総督府の総督だ。
「話を総合すると、シレンツィオ無番街のフリアン一家殺害事件、竜宮城でのダガヌチ大量発生事件、そしてエスペランサ遺跡で発見したダガヌチの巫姫。この三つは裏で繋がっているということか」
「…………」
それを肯定するように、キャピテーヌは小さく頷いた。
「キャピテーヌ……」
イリスはそれを心配そうに見つめ、そしてマカライトと武器商人に視線を移す。
「俺はこの件の専門じゃない。感想以上の意見はないな」
「我(アタシ)も、同じだねぇ」
「…………」
一方でクレマァダには何かしら思い当たる点がないでもないといった様子だったが、この件とはまたもう少し遠い案件なのか、沈黙を貫いている。
「ヴァリューシャ」
「ええ……」
マリアとヴァレーリヤはといえば、互いに顔を見合わせるのみだ。
先を続けることにしたは、どうやらセレナになったらしい。
「あのあと、エスペランサ遺跡を調査したんだけど、あの場所がいわゆる『神殿』であったことは確かよ。
刻まれた文字は多くが摩耗していて読み取れなかったけど、『ダガン』の文字はあった。だから……」
「邪神を祀る神殿でして。あの場所は早く破壊するべきでして」
ルシアがその後を続け、ミーナがそれに頷く形で肯定した。
「その意見はもっともだな。それにダガヌチの巫姫も気になる。ヤツがダガヌチを統率してるなら、まずはヤツを倒す必要もあるんじゃないのか?」
「私は……」
ミザリィがうつむきがちに口を開いた。
「あのダガヌチを許せません。フリーパレットたちの想いを、願いを喰らったあの存在を」
「………………」
ファニーは黙りこくって、うつむいている。言うべきことは山のようにあるのかもしれないが……。
「あのフリーパレットは、キャピテーヌのパパと、アンジュの『お父さん』の願いが形になったものだった。他にも、いくつものフリーパレットがダガヌチに食べられてる。これ以上、放っておけないよ」
アンジュの後ろではイワンシスが黙ったまま、ぎゅっと胸のドッグタグを握りしめていた。その様子は何かに気付いているようで、それを必死に押し殺しているようでもあった。
「……イワンシス?」
「エスペランサ遺跡 第二ノ玉匣ミタイナノ アッタ?」
フリークライが、そこで言葉を挟んできた。
ハッとしてルシアやセレナたちが顔を見合わせる。
「玉匣(たまくしげ)は深怪魔たちを封じるためのものです。
けれど確かに、あの場所は竜宮幣と性質が似ていました。フリーパレットが集まり、ダガヌチが集まる巨大な箱。いわば巨大な玉匣です」
「けれどその用途を成してない。いわば『玉匣だったもの』よ」
「古代に作られた、深海魔を封じるための施設……そこが、邪神を崇拝する施設に変わった……か」
すぅ――とキャピテーヌが深呼吸をして目を開く。
彼女の目には決意の光があるように見えた。
「私達は、エスペランサ遺跡の破壊を進言するのだ。けれど、ダガヌチの巫姫が二度目の襲撃を警戒しないはずがないし、ダガヌチたちが竜宮城を狙っているのも事実なのだ。
これまで以上の敵戦力を想定した強襲と防衛……それを同時にこなす必要があるのだ。
エルネスト、ゼニガタ。まだこの段階では軍を動かすほどの証拠や危険はない。けれど、軍備を整えることはしておいてほしいのだ。
大きな動きが、あるかもしれない」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――mission complete
GMコメント
『フリーパレット』そして『ダガヌチ』の存在によって大きく動き出したシレンツィオと竜宮城。
それぞれの物語は少しずつ交わり始めるのでした。
※このシナリオは長編シナリオです。シナリオは複数のパートに分かれており、特定の書式によって配置するパートを選択できます。
半数以上のパートが成功した場合このシナリオは成功扱いとなります。
■■■プレイング書式■■■
迷子防止のため、プレイングには以下の書式を守るようにしてください。
・一行目:パートタグ
・二行目:グループタグ(または空白行)
大きなグループの中で更に小グループを作りたいなら二つタグを作ってください。
・三行目:実際のプレイング内容
書式が守られていない場合はお友達とはぐれたり、やろうとしたことをやり損ねたりすることがあります。くれぐれもご注意ください。
■■■パートタグ■■■
今回のシナリオは主に『竜宮城を舞台にしたハスクラ』『謎の遺跡の調査と不思議体験』『シレンツィオでの派手な逃走劇』という三つのお話で構成されています。
以下の内から自分の参加したいパートを一つだけ選び、プレイング冒頭のパートタグに記載して下さい。
・前回までの参考シナリオ
<潮騒のヴェンタータ>キャピテーヌより敬意を込めて
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8122
以下のメンバーは前回からの継続招待を受けています。どのパートにも参加することができます。
・継続招待:モカ、ワモン、ヴァレーリヤ、マリア
【竜宮城】
竜宮の都市内や郊外にて、めんてんや街の人々などがダガヌチに取り憑かれるという自体が発生しました。
皆さんは現地に駆けつけ、こうして産まれてしまった怪物を倒しめんてんたちを救助しましょう。
ダガヌチ発生はめんてんや警備部隊などの通報を受けて駆けつける形になります。
竜宮には警備部隊が存在するため、彼らやめんてんたちの強力もえることができるでしょう。
竜宮に既に知り合いがいる場合は彼らの助けも借りることができそうです。
・優先参加:フロラ、リディア、風牙
【エスペランサ遺跡】
シレンツィオ各代表から依頼をうけ、海洋海軍協力のもとフリーパレットが大量に発生しているという海底遺跡の調査を開始しました。
ここでは『フリーパレットを食う』という性質をもつダガヌチもまた多く集まっており、これらとの戦いはさけられないでしょう。
また……この遺跡の中であなたは不思議な体験をするかもしれません。
※特殊判定:ねがいごと
――あなたには願い事はありますか?
――あなたの願い事はなんですか?
プレイングにキャラクターが持っている願い事を書くことで、もしかしたら、何かがおこるかもしれません……。
・優先参加:イリス、ファニー、アンジュ、ルシア、ミーナ
【シレンツィオ】
あるフリーパレットのお願いから始まったフリアン一家殺害事件の真相究明は、その首謀者たちであった四つの無番街組織の襲撃という形で急展開を迎えました。
得にリーダーたちはダガヌチに取り憑かれ、その凶暴性を増した怪物となり果てています。
フェデリア島内を逃げ回りながら彼らと戦いましょう。
特に希望がなければメンバーは自動的に3~4つのチームに振り分けられ、フェデリア島の五番街や三番街、二番街や無番街をめちゃめちゃにしながら大量の敵から逃げ、そして時には彼らと戦い少しずつ戦力を削いでいくことになるでしょう。
逃げるにあたってスチームトラムを使ってもいいですしその辺の自転車や自動車をパクって走ってもOKです。店の中を突っ切ったり厨房で格闘してもOKですし、無番街の狭苦しい市場を粉砕しながら突っ切ってもOKです。派手にお楽しみください。
一応この際に、闇医者のカルロッタや竜宮バニーのサラバンドたちを守りながら逃げることになります。
※特殊判定:真相を追って
皆さんは無番街の四組織COBRA、ロンタイグー、玄龍会、コンパーニョがおこした殺人事件の真相を掴みました。
島中に影響を及ぼす彼らを法のもとに突き出してもあまり効果はないでしょう。であれば、アウトローの始末はアウトローなりに自分達でつけるしかないようです。
このパートに参加した皆さんには『このあとどうするか』を決めて頂きます。
勿論判断を他の仲間にパスしてもいいですし、多少対立があっても構いません。
相談掲示板(或いは貸部屋)で集まって相談してみるのがお勧めです。
・優先参加:キドー、イルミナ、バルガル、愛奈、ジョージ、マリエッタ
----用語説明----
●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができ、水中では呼吸が可能になります。水中行動スキルを持っている場合更に有利になります。
竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。
●特殊ドロップ『竜宮幣』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru
●シレンツィオ・リゾート
かつて絶望の青と呼ばれた海域において、決戦の場となった島です。
現在は豊穣・海洋の貿易拠点として急速に発展し、半ばリゾート地の姿を見せています。
多くの海洋・豊穣の富裕層や商人がバカンスに利用しています。また、二国の貿易に強くかかわる鉄帝国人や、幻想の裕福な貴族なども、様々な思惑でこの地に姿を現すことがあります。
住民同士のささやかなトラブルこそあれど、大きな事件は発生しておらず、平和なリゾート地として、今は多くの金を生み出す重要都市となっています。
https://rev1.reversion.jp/page/sirenzio
●フリーパレット
カラフルな見た目をした、海に漂う思念の集合体です。
シレンツィオを中心にいくつも出現しており、総称してフリーパレットと呼ばれています。
調査したところ霊魂の一種であるらしく、竜宮幣に対して磁石の砂鉄の如く思念がくっついて実体化しているようです。
幽霊だとされいますが故人が持っているような記憶や人格は有していません。
口調や一人称も個体によってバラバラで、それぞれの個体は『願い事』をもっています。
この願い事を叶えてやることで思念が成仏し、竜宮幣をドロップします。
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