PandoraPartyProject
ペッカトーレ・ファンタズム
「――報告は以上です。父上」
幻想南部フィッツバルディ公爵領――
この程、国を騒がせる一連の『事件』を受け国内最大の実力者であるレイガルテ・フォン・フィッツバルディ公爵は一時的にメフ・メフィートより離れ、自領への帰還を果たしていた。
「御苦労」と鷹揚に頷いた彼の執務机の前に立っているのはアベルト・フィッツバルディ。庶子の出ではあるが、紛れも無くレイガルテの血を引き、中央で権勢を振るう父の代わりにフィッツバルディ領の実務を差配する『後継者候補』と見做されている男であった。
「……どうも、アーベントロート事変は三味線の類ではない模様ですな。
ヨアヒム侯は本気で代行殿を排撃し、その行方を追っています。
同時に例のサリューの件……クリスチアン・バダンデール襲撃事件ですが……
あちらにも第十三騎士団の関与が確認されています。
同日に発生した魔種と見られる者を含む怪しげな勢力と彼等との関係は分かりかねますがね」
「……」
レイガルテは机に肘を突き、目を瞑っている。
父の沈黙を自身の話の先を促すものと判断した明晰なアベルトは言葉を続ける。
「父上には此度、国元までご足労を願いまして恐縮です。
何かと騒がしく状況が不透明な昨今、お恥ずかしながらフィッツバルディ領に父上が必要かと――」
「――見え透いた世辞は良い。貴様の事だ。ヨアヒムめの動きを警戒しての事であろう?」
「……」
「メフ・メフィートの別宅では機動的に動かせる戦力にも限度はあろうというもの。
『中央』ならば小回りの利く――実に非合法な連中の『軽さ』は勝ろうよ。
尤も、ザーズウォルカが貴様の思惑を知ればいい顔はせぬだろうがな。
どうした? アベルト。これはわしの買い被りか?
これでもわしは貴様を評価しておる。そう愚鈍ではないと思っているのだがな」
「いや、全く――」
思わず手の甲で汗を拭ったアベルトは父の言葉に苦笑を浮かべた。幻想最強の騎士であるザーズウォルカが守護する以上、父に滅多な手出しは出来まいとは思っていたのだが……
何分、正体も意図も知れないヨアヒムの事を考えれば、彼は警戒にし過ぎは無かろうと考えていた。
理由こそつけてはみたが、どうやら父はその辺りの事を見抜いた上で自身の帰還要請に応じてくれたという事らしい。
「父上には敵いませぬな。しかし畏れながら応じて頂けたという事は及第点は頂けたのでしょうか?」
「まぁ、な。わしにはローレットの伝手もある。小魚なり幻想種なり使えば留まる事も出来たであろうが」
「……あろうが?」
「『わしは貴様等よりヨアヒムを知っておる故な』」
レイガルテの言葉にアベルトは息を呑んだ。
傲岸不遜にして天上天下唯我独尊、凡そ自分以外の誰をも見下す黄金双竜が敵を畏れるような事を言ったのを息子である彼は初めて聞いていた。
「……一体どんな男なのです? あの侯は」
「罪業の亡霊のような男よ」
「……亡霊」
「可愛げのない小娘のようなものだ。悪辣だが、悪辣である事に理由はない。
奴が悪辣なのは単に悪辣であるが故だ。目的も真っ当な利益も求めてはおるまい。
強いて言うなら『面白いからそうしている』位のものであろうよ」
「故に、読めぬ」とレイガルテは零した。
「アーベントロートの血脈は勇者王からの地続きだ。
わしであってもあれを排除する事は叶わなかった。
政治力で後れを取る心算はないがな。彼奴の得体の知れなさには昔から煮え湯を飲まされたものだ。
……但し、所詮は快楽主義者よ。逆を言えば、国元に戻ったとて奴如きにわしの牙城は侵せぬよ。
彼奴の狙いは知らぬが、もし国や勢力の転覆なのだとしたら――わしという駒を取る他は無い」
「で、あらば――国元に戻るのは最善手でしたな」
アベルトは父の言葉に明確に安堵した。
どうやら自身の差配は――『敵方』の諜報の件も含めてだ――彼のお眼鏡に叶ったらしい。
アベルトは誰より父を尊敬している。
アベルトにとって父と直接言葉を交わし、意見を述べるこの時間は最高の時間そのものである。
但し同時に、彼はこの時間を心の底から恐れている。
父の厳めしい面立ちに失望が広がる瞬間等、想像もしたくない位の悪夢だった。
「では、父上は暫くはフィッツバルディ領にお残り下さい。
『何が起きるか分かりませんからな』。ザーズウォルカ殿には兵の準備をお願いしてあります。
私は父上に代わり、メフ・メフィートでの情報収集、フィッツバルディ派の取り纏めに努めます。
……御裁可を頂けますか?」
「うむ。良く努めよ」
頷いたレイガルテにアベルトは深く礼をした。
顔を下に向けたままで――
「……厄介事に出会ったら、ローレットを上手く使え。奴等はそれなりにやる」
――付け足されたその一言には整った顔を引き攣らせていたけれど。
※アーベントロートの政争の余波が幻想各所に広がっている模様です……
※『祓い屋』燈堂一門の本家で大きな動きがありました――
※アーカーシュ完全攻略のため、鋼の進撃(Stahl Eroberung)作戦が開始されました。
※突如、特務派の軍人達がイレギュラーズへ攻撃を始めました。
※特務派の軍人達も、状況に納得出来ていないようです……。
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