シナリオ詳細
<祓い屋>導きの灯火
オープニング
●
群青の夜空に橙色の提灯が灯されて、祭り囃子と下駄の鳴る音に、懐かしさを覚えてしまう。
「ねぇ! お父さん! 金魚すくいしたいー! こっちこっちー!」
「待って、走らないで、凛ちゃん! 迷子になるから!」
人混みの中を仲の良い親子が駆け抜けて行く。
あんな風に、自分も娘と祭りに来たものだと笹木 誠司はアイリスの瞳を細めた。
「花丸も昔はあんな感じだったな……」
親子の傍には、娘の祖母らしき人が寄り添っている。しかし、これは実体を持たない幻だ。
実際の所親子にはその姿は見えていない。
遠くから盆踊りの音が聞こえてくる。
「ああ、そうか……この祭りは『呼んで』るのか」
誠司が屋台の合間に隠れていた、ぺんぎんの縫いぐるみを拾い上げた。
睨み付ける誠司の剣幕に負けて、それはバタバタと手足を動かし逃げ出す。
「怪異に妖精、子鬼がわんさかいる。希望ヶ浜風に言えば、夜妖か……」
この祭りには、そんな小さな夜妖が、異様な程集まっていた。
「まあ、危害を加えるつもりも無さそうだから、放っておいても問題はないだろう」
それよりも――
「あれは何だ?」
誠司は盆踊りが行われているであろう敷地の上空を見上げる。
白い雲が渦を巻いて、段々と大きくなっているではないか。
おそらく、普通の人には見えない夜妖であろう。
「誠司さんここにいらっしゃいましたか」
「ああ、黒夢か。小さな夜妖が集まってると思ったら、とんでもないヤツがお出ましだ」
燈堂の情報屋、黒猫の魔法使い『黒夢』が誠司の前に現れた。
「何だあれは?」
人目を避けて、黒夢と巨大な白雲を追いかけてきた誠司は、深道の敷地の中へ入り込む。
「あれは……『英霊』巳道。この深道三家の信仰そのものです」
――――
――
遡ること数日前。
柔らかな陽光が障子から差し込む、深道家の母屋で『深道の権力者』深道佐智子はイレギュラーズと向き合っていた。その隣には彼女の末子『煌浄殿の主』深道明煌が座っている。
「ご足労頂き、感謝致します。イレギュラーズの皆さん」
頭を垂れた佐智子は顔を上げてヴェルグリーズ(p3p008566)と星穹(p3p008330)の間に居る、神々廻絶空刀を見つめる。
「この少年が、『空』くんね。お二人によく似ている」
神々廻絶空刀は妖刀無限廻廊の分霊でもある。その名を口にすること自体に強い意味を持つ事から、彼を呼ぶときは愛称である『空』が使われていた。
空の斜め前には『繰切の子』灰斗が座っている。
「ふふ、二人とも可愛らしいわね。仲良しなのかしら?」
朗らかに笑う佐智子と、どう答えたらいいのか戸惑う空と灰斗。
「母さん、二人とも困ってる。……本題に入ろう」
子供好きの佐智子を制して話しを進めるのは煌浄殿の主である明煌だった。
「その二人は、人ならざる者。つまり夜妖や呪物といったものだ。しかも、強すぎる力を秘めている。
もし、二人が深道に悪を成す呪物だったならば、廻と同じく煌浄殿に入って貰わなければならない。
もちろん、一時的な浄化を行う廻とは違い、絶対に出る事は許されないだろう」
暁月と同じ声で明煌は空と灰斗が此処へ呼び出された理由を告げる。
「そんな!」
「有り得ない!」
同時にヴェルグリーズと星穹は立ち上がった。
それを「落ちついて。話しを聞きましょ」と宥めるのはアーリア・スピリッツ(p3p004400)の声。
「ええ、分かっています。二人ともまるで普通の人間の子供と変わらない。
けれど、その脅威は、謂わば信仰となってしまう。恐怖という信仰です」
それは繰切と同じ。深道三家に関わる人々が悪神たれと願ったから、繰切は悪であった。
「では、どうしたら……」
「空を呪物として閉じ込めるなんて、できません」
項垂れるヴェルグリーズと星穹の後で、ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が手を上げる
「ちょっといいか。この前の戦いで無限廻廊が正常に戻っただろう? あの動画をネットに流したんだが、意外と好評だったんだ。信じてないやつも多いだろうが、信じてるやつも中には居る……ってことは。繰切を信じてる奴らには聞くんじゃないか?」
これを成し得たのがあの場に居たイレギュラーズヴェルグリーズと星穹、そして神々廻絶空刀。
其れだけじゃ無い。彼らの剣には、あの場に集まったアーリア達の想いがあった。
だからこそ、奇跡は輝いたのだ。それを『見れば』僅かでも信仰の在り方が変わるとヤツェクは核心的な提案を佐智子に投げて寄越す。
「でも、それだけじゃ足りないわ。映像は偽装したり作ったりできるもの」
暁月の妹『深道の当主』深道朝比奈の言葉にヤツェクは深く頷いた。
「確かにお嬢さんの言うとおり。映像で集められるのは『もしかしたらこんなのがあったらいいな』という部外者の願望に過ぎない」
「だったら、見せれば良いのさ。あんた達の強さを」
深道夕夏は気の強そうな笑みを浮かべイレギュラーズを見遣る。
「私も、暁月兄さんも倒してみせたあんた達の実力なら、皆納得せざるを得ない」
「夕夏の言う事は簡単だよ。けれど、強い敵なんてものは早々に見つかるものじゃない」
眼鏡を掛けた深道和輝が妹の提案に首を振った。
「深道の人達を納得させられるだけの強さを持ったものなんて――まさか」
和輝は目を見開いて、権力者である佐智子を見遣る。
「確かに、それしかないわね……『祭り』を行えば」
佐智子は小さく頷いて、拳をぎゅっと握り締めた。
「……本当にやるの御婆様? それって危険なんだよね?」
「そうだよ。大丈夫なの?」
不安げに瞳を揺らすのは周藤夜見と周藤日向だった。
――『祭り』を行う。
深道に連なる人々や周辺の子供達の為に夏祭りを行うのだ。
そうすれば、小さな夜妖が集まってくる。
盆踊り、縁日。楽しい思い出という概念に実体が与えられる。
「そして、それを喰らいに『英霊』巳道(みどう)が現れるだろう」
明煌の言葉が部屋の壁に響いた。
思い出の概念である小さな夜妖達を喰らう、祖先の英霊。
かつて誰かだった人ではなく、今を生きる人々の――深道三家の人々が紡いで来た、信仰そのもの。
極めて真性怪異に近いそれは、祭りという『道』を辿り、やってくる。
「彼らは『深道に連なる者』には危害を加えない。まあ、攻撃されたら反撃はするだろうけど」
「まさか……」
明煌の言葉に星穹は肩を振わせた。
「集まった小さな夜妖、繰切の子である灰斗。穢れを帯びた呪物である廻。無限廻廊の分霊である神々廻絶空刀を深道の為以外に使役するヴェルグリーズと星穹、そしてその仲間である君達も含む」
廻はまだ仮初めの段階で、完全に深道の呪物となっていない。だから、英霊は排斥するべき者だと判断するだろうと明煌は伝う。
「英霊を深道の人々の前で退ければ、その力は認められ信仰となる」
「つまり、空たちも煌浄殿に入らなくて済むってことだよね?」
ヴェルグリーズの問いかけに明煌は確りと頷いた。
「じゃあ、やるしかない。どんなに強い英霊が来ても、退けてみせるよ」
「ええ、そうですね」
星穹は空の肩に手を置いて「大丈夫」だと笑みを零す。
アーリアは明煌を見つめ問いかける。
「そういえば、廻くんは元気なのかしら?」
「ああ、此処に来たばかりの頃は泣いていたけれど、今は少し慣れたみたいだね。アーリア君だっけ? 何か言づてがあれば、伝えておくよ」
アーリアは優しそうな明煌の瞳の奥に、底知れぬ深淵の色を見て、僅かに視線を落した。
――――
――
「お父さん?」
よく通る聞き覚えのある声に誠司は振り向いた。
そこには、元の世界に居る筈の娘――笹木 花丸(p3p008689)が驚いた表情で立ち尽くしている。
「……花丸、なのか? どうしてここに。いや、それよりも、アイツはやばい。いますぐ逃げるんだ!」
再会の喜びに浸る間も無く、誠司は花丸を逃がそうと彼女を背に隠した。
目の前の敵――『英霊』巳道から娘を守る為。
「嫌だよ。逃げない」
「花丸……」
「お父さん、私ね、すっごく強くなったんだよ。もうお父さんに守られるだけの子供じゃないんだから!
それに、大丈夫だよ! 私には仲間が居るもん!」
花丸が満面の笑みを浮かべたその背後に、駆けてくる少年の姿が見えた。
その後にも、後にも。何人も何人も。集まってくる『仲間』達。
「ごめん、花丸ちゃん、遅れた!」
越智内 定(p3p009033)は手を上げて息を切らしながら花丸の手にハイタッチをする。
「じゃあ、一気に行くよ! 私達の力を見せつけなくちゃ!」
花丸の声と共に、イレギュラーズが『英霊』へと走り出した――
- <祓い屋>導きの灯火完了
- GM名もみじ
- 種別長編EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年08月24日 22時05分
- 参加人数50/50人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 50 人
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参加者一覧(50人)
リプレイ
●
夏の陽気に照らされた燈堂家の中庭。
降り注ぐ太陽に『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は目を細める。
約束をしたから夏の花を見に来たのだと、何時ものように南門から中庭への道を進んだ。
「ふむ、いつ見てもいい花たちだ。やはり夏に見る向日葵はいい。春の花もよかったが夏もまたよしだ」
いつもこの美しい花を手入れしている者が居るのだろう。
ブレンダは向日葵の前で如雨露を持っている少女を見つけた。
「君がここを整備しているのか? ん? 君は……」
「あ、ブレンダ先生? どうしてここに?」
希望ヶ浜学園中等部に通う八雲樹菜がグリーンがかったヘイゼルの瞳を見開く。
ミルクティ色の柔らかそうな髪はふわふわで。愛らしい朗らかな笑顔でブレンダを見つめる。
「少し縁があってね。それにしても相変わらず綺麗な花たちだ。樹菜殿が手入れを?」
「はいっ! 本格的なのは庭師の方がするんですけど、私は少しお手伝いをしてるんです」
嬉しそうに微笑む少女にブレンダも笑みを零した。
「そうか。いつもありがとう樹菜殿」
「いえ、私が好きでやらせて貰ってるので。あ、暁月さんにご用なんですよね? 呼んできますね」
ぱたぱたと駆けていく樹菜と交代で『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)がブレンダの前に現れる。
「樹菜殿は可愛らしいな暁月殿」
「そうだろう? 自慢の門下生だよ。戦う力は無いけどああして皆の役に立とうと健気に頑張ってる。大切な子供達の一人さ」
父親のような顔をして中庭の奥で花の手入れをする樹菜を見つめる暁月。
「で、何かお悩みかな? これでも口は堅い方だし話を聞く程度のことはできるよ」
同僚で数度同じ戦場で戦った程度の関係。それくらいが丁度いいとブレンダは視線を上げる。
自分に出来ることは聞く事だけ。吐き出すだけでも気持ちは楽になるだろうから。
「顔に出ていたかい? 明煌さんの所へ廻をやっただろう? 少し心配でね。ちょっと変わった人だからさ明煌さん。廻は大人しくて優しいから喧嘩とかしてないかなって」
「確かに少し心配だな。電話とかしてみるといいんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけど。電話番号知らなくてさ。本家の母屋から煌浄殿って遠いし。心配で見に来ましたっていうのも、まだ一ヶ月も経ってないから言いづらくてさ」
困った様に眉を寄せる暁月の背をバンとブレンダが叩いた。
「何か困ったことがあれば言ってくれ。いつでも力を貸すよ。これまでも、これからも」
ブレンダは本邸へと歩き出す。
「ああ、それとこれは関係ないんだが暁月殿は好きな花はあるか?
私は名前にもあるスカーレット……サンブリテリアの一つだな。あの真っ赤な小さな花が好きなんだ」
「花は平和の象徴だからね。何でも好きだよ。ふむ、スカーレットね。今度樹菜に植えて貰うようにお願いしておこうか」
これから先何があるかは分からない。けれどブレンダは誰が為の剣であり騎士だ。
剣で暗き闇を裂き、悲劇を退けると決意する。頼りになる仲間と共に。
「やっほー。黒曜! 遊びに来たわよ! 嬉しいわよね!」
緑のフードが燈堂本邸の玄関で揺らめく。『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)が遊びにきたのだ。
「何、その圧。嬉しい嬉しい。んで、今日は何の用だ?」
燈堂家の面子の中できゐこは黒曜がお気に入りだった。忠犬は可愛いと口の端上げるきゐこ。
折角紡いだ縁。気に入った相手が不幸な目に会うのは見過ごせない。
「煌浄殿のことについて調べたいのよ」
「あー、さっきマリエッタが同じようなこと言って蔵に行ったな」
「先客が居るのね。丁度良いじゃない。情報は手分けして探した方が効率的だもの」
玄関から蔵へと向かった黒曜ときゐこは本を読みふける『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の姿を見つける。
「こんにちは。マリエッタさんは何を探してるの?」
「ええと、繰切さんの事とか、泥の器についてですね。あとは巳道のことを」
マリエッタの言葉に頷いたきゐこは「私は煌浄殿の事を調べるから手分けしましょ」と本棚に並んでいる蔵書を手に取る。
「起こりうる嫌な事への対策をしておきましょう」
パラパラと本を捲り黒曜へと渡すきゐこ。こんなにも必要かと非難がましい視線にきゐこは溜息を吐く。
「黒曜は暁月の事が気にってるわよね? そして暁月は廻の事気にってるわよね?」
「……ああ」
「なら廻に起りうるトラブルを解決しようとする暁月に対して貴方が万全のサポートが出来ればスムーズに事が進むかもしれないじゃない。傾向と対策って奴はいざって時に馬鹿にならない物よ? てことで片っ端から対策していきましょうね!」
マリエッタはきゐこと黒曜が別の資料を探している間に知識欲のままに本へ没頭する。
まだ、漫然とした気持ちしかないけれど、自分が関わった人達が幸せになれる可能性を模索するのは悪く無いはずだ。それを戦う事意外で得られる可能性を見出したい。
他の皆が表立って活動しているのだ。裏で動いている以上、あまり休んでもいられない。
燈堂が持つ資料だからこそ、何も知らないマリエッタが読み解く事で得られるものがあるかもしれない。
「少なくとも、この家に起きた歴史、継いできたもの。そして彼らの力の源流……それまでは全て、調べ切らないといけませんけどね」
繰切についてはローレット側の資料にも多く残っていたから軽く流しても問題無い。
泥の器に関する記述は古い記録を見つけた。
「後は『英霊』巳道の記録と、深道の関連性……意図的に名前が似てるのは、何かあるのでしょうか」
「あー、それは所謂『隠し名』ってやつね。真名を別の言葉や漢字に置き換えるのよ」
マリエッタの疑問にきゐこが答える。
本を読んで居ると囁くような声がマリエッタの心の中を横切っていく。
燈堂の人達を救いたいと思っているのに、自分の中の声が惑わせるように囁くのだ。
彼らの受け継いできた血。その血がもたらす力が気になる。それを得て取り込んだらどうなるのか。
それとも三妖が気になって仕方がないのか。
「ああもう、そんな邪な考えを持たせないでください……!」
「わ!? どうしたの?」
「あ、すみません、何でも無いです」
慌ててきゐこへ首を振ったマリエッタは再び本へ視線を落す。
されど、己が悪になり誰かが救えるなら、その道を追ってしまってもいいのではないだろうか。
そんな思考がマリエッタの心に渦巻いた。
「そういえば、煌浄殿の主って明煌は暁月とそっくりらしいけど……もし明煌が暁月のフリしたら黒曜は見抜ける?」
「分からんな。会った事無いし。まあ分かるんじゃねぇか? 流石に」
本を漁りながら黒曜は素っ気なく返す。
「後、黒曜。……抵抗力上がった? 前みたいに印に縛られて操られたらかっこ悪い事この上ないわ!
……そうだ。まぁ気休めだけどお守りでも作ってあげるわよ」
黒曜の手を取ったきゐこはその手首に組紐を結ぶ。
「言霊には力があるわ。この組紐は黒曜を守るオニキスを結んであるの。もし、挫けそうになった時はこれを思い出しなさい。――その名を宿せし石の守りを巡らせ、悪を祓う導となれ」
優しく黒曜を包むきゐこの言霊。飾らない有りの儘を黒曜にはあげたいから。
「ふふ~♪ こう見えても私は今でこそ力が弱ってるけどすごーい魔導士だったので多少抵抗力が上がるでしょう♪」
「ああ、ありがとな」
そういえば燈堂の近くでもお祭りがあるのだろう。暁月とでも行ってくればいいと揶揄うきゐこの頭をフード越しに掴む黒曜は。
「あ、それとも他の人と行く予定でもあるのかしら? それはそれで良いわね♪」
きゐこの含み笑いに溜息を吐いた。
暁月と『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)は縁側で冷たい麦茶を飲んでいた。
「……いい天気だなぁ」
「そうだねぇ」
麦茶の香りと冷たさが喉の奥に流れて行く。
「夜妖も出ねえし、茶もうめえし……ここんとこ忙しかったし、たまにはこういう日があってもいいよな。
まぁ、一人ばっか人数が足りねえが……廻の奴は向こうでも元気にしてるかねぇ?」
煌浄殿に預けられた廻の様子は日向からの情報しかない。
「そういや、廻で思い出したんだけどよ。本家深道ってのはどんな家なんだ? 大まかな話は聞いちゃいるが……それ以外の話ってのはよく分かんねえなって思ってよ、一応暁月の実家なんだろ?」
暁月がどういう印象を持っているのか興味があると幻介は足を伸ばした。
「……ほら、ヴェルに星穹、ムサシなんかもあっちに行ってるしよ……まぁ、あいつらなら心配はいらねえと思うが、備えあれば憂い無しっつーか?」
あとは暁月も色々と抱え込む性格だから。
その親である深道も何かを抱えているのではないかと不安になるのだ。
「どんな家かって聞かれると……何だろ。一応、向こうも夜妖を祓うのを生業としているよ。まあ、祓うだけじゃなくて共に生きている一族でもあるね」
「暁月は此処を離れらんねえ訳じゃん? そんな時の為の俺って訳よ、ある程度は印象や雰囲気なんか知っとければ、それが何かの役に立つかもしれねえしな」
遙か昔より、夜妖を祓い戦い続けてきた一族『深道』は、自分達が人々を守らなければならないという尊き矜持を紡ぎ続けていた。
それは、深道が信仰する『白鋼斬影』の言い伝えがあるからだ。
――人を守護する者たれ。導く者たれ。支える者たれ。
護り導き支える。それが深道三家に与えられた宿命であり信仰だった。
深道に連なる人々はその信仰を護り続けている。
「代理人って言うには、俺じゃちょっとばかし心許ないかもしれねえけどよ……お前が出来ねえ事は、俺が代わりに何とかしてやっからさ。だからよ、もっと俺を頼れよな……親友だろ、俺達は」
「ありがとう、幻介。ふふ……頼りにしてるよ親友」
『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)は廻が居なくなって寂しいだろうと燈堂家を訪れた。
「こんにちわ! おじゃましま……はわわ、雨水様、つめたいのです」
「ふふ、いらっしゃい」
びしょ濡れになったニルに滴る水滴を手元に戻す雨水。
「白銀はこっちだよ」
本邸の廊下を歩いて台所へと入る二人。
「廻様や暁月様の好きな食べ物はなんですか? 他のみなさまは何が好きですか?」
「暁月さんも廻も何でも美味しそうに食べてくれますよ。お酒を呑むから出汁のきいたものをおだししてますねぇ……ニルさんはお魚食べれます?」
白銀の問いかけにニルはこくこくと頷く。
「廻様が行ったところは、どんなところなのですか? ここみたいな、大きな大きなお屋敷なのでしょうか? ごはんがおいしいところでしょうか?」
「そうですねぇ。私は燈堂から出たことが無いので分かりませんが、煌浄殿は多分この本邸よりも大きいでしょう。深道の敷地は燈堂よりも、もっと広大だと暁月さんが言ってましたから」
ニルにとってこの場所でご飯を食べるのは温かく楽しいものだ。だから、本家に行ってしまった廻が温かいご飯を食べられて居たらいいなと純粋な心で思ってしまう。
「あ、でもでも。ごはんには、おうちによって味が違うのだと聞きました。白銀様のご飯を食べたら、帰ってきたなって、実感したりするのでしょうか」
「そうですね。記憶の無い廻にとって、私の料理は『お袋の味』という所でしょうね」
廻がいつ帰って来てもいいように。
彼にとっての日常が、変わらずそのままでいられるように。
「みなさまでごはんが食べれるように。そのときはまた、ニルもごはんを作るのお手伝いしに来たいです」
「ニルさんは優しいですね。ありがとうございます」
「その前に、廻様に何か差し入れができたらいいのですけど」
お見舞いには行けなくとも、早く元気になってほしいから。
燈堂を思い出せるように。お菓子でもおにぎりでも……中庭の花でも。
帰りたい場所があるということは、力になるはずだから。
「そういえば、操切様にはニルは会ったことないのですけど。何が好きなのでしょうか?」
「んー、何でも喜ぶと思います。お酒でもお菓子でも」
いつか繰切とも一緒にご飯を食べられたらいいとニルは目を細めた。
「繰切、来たよ」
無限廻廊の座に現れた『会えぬ日々を思い』紫桜(p3p010150)に『蛇神』繰切(p3n000252)は「応」と返事を返す。
「この前はありがとう。俺の頼み沢山聞いてくれて」
我儘を聞いてくれたから今度は自分が帰したいと紫桜は思った。
「繰切はしたい事、ないの?」
気軽に出てこられないのは分かっているし、無理をさせている自覚もある。
けれど、貰ってばかりでは落ち着かないのだ。与えられたものは返したい。
「本当は君と共に外に出て色々な事をしてみたり、色々な所に行ってみたりしたい気持ちの方が強いんだけれど。今はここで出来る事を、精一杯やらせてもらうよ。繰切、君は俺に何を望んでくれる?」
封印の中で二人きりというのもロマンチックで良いけれどと紫桜は扉を見つめた。
誰かの特別になる為の努力は紫桜にとって難しい。それでも、頑張りたいと思うのだ。
「ふむ。まあ美味いものぐらいなら共有出来るだろう。味を共に楽しむのも良いのでは無いか?」
「そうだね。じゃあ今度美味しいものをもってくるよ」
生憎とお祭り気分では無いのだと『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)は深道に行く事を止めた。
夜妖を祓えば結果的に廻を守る事になり、言づてもお願い出来るなら行っても良かったけれど。
それをダシに一方的に手の内を晒せといわれているようで。ラズワルドは首を横に振った。
だから、いってらっしゃいと約束した燈堂の地で自分のやれることを探すのだ。
「まずは……」
燈堂家の地下。繰切に預けた梅酒の様子を見に行こうと階段を降りる。
別に面倒な事を後回しにしている訳ではない。何事も準備が必要なのだ。
「外はだいぶ暑くなってきたけどやっぱ涼しいままだねぇ。
夏本番はここで避暑してもいいかも……ねぇ、繰切サマ?」
繰切酒造の梅酒を少しだけコップに入れてラズワルドは舌をつける。
同じく扉の前に居た紫桜にも梅酒をお裾分けすれば、乾杯と声が反響した。
「廻くん、無事に向こうに着いたらしいねぇ。煌浄殿ってどんなとこか知ってるー?」
ラズワルドは扉の向こうの繰切へ問いかける。
「詳しくは知らんが大方想像はつく。あれは監獄のようなものだ。自分達が呪物として集めた夜妖共を入れておくためのもの。深道の威厳を保つ為にも必要であろうな。恐ろしいものが居るというのは雑魚共の抑止力にもなるというわけだ」
その煌浄殿の中に禊の蛇窟があるのだという。
「浄化ってどうやるのかなぁ」
「ふむ、浄化のやり方は色々あるだろうよ。蛇共に肉ごと喰わせ少しずつ再生し作り替えたり、胎に生命力や魔力を注いだり、精神的に追い詰め壊し依存で塗り替えたりな。破壊と再生は浄化の基本であろう」
「そっかぁ。今の廻くんの状態、繰切サマには何かわかる? 廻くんの器をあの形で留める術を教えてくれたのは繰切サマだし、きっとこうなることは知ってたんじゃない?」
「あの時は、ああするしか無かったからな。我が巫女と親しき者たちならば大丈夫だろうとな。
まあ、実際の所、今の廻がどうなっているのかは分からぬ。直接確かめねばな。
だが、もし巫女の身に『何か』あれば只では済まさぬ。あれは我のものだからな」
ラズワルドはしばらく繰切の話しを聞いたあと腰を上げる。
「繰切サマ、ちょっと背中押して?」
正直な所暁月に会いに行くのが億劫なのだ。
寂しい音を聞いてしまいそうで。それが自分と同じだと思ってしまいそうで。
酒を煽ったラズワルドはのっそりと無限廻廊の座を後にする。
――ほら、心配そうな顔をして。寂しそうな音をしてる。
そんな顔するなら捨てようだなんてしなければ良かったのに。
ねえ、暁月さん。
「ね、暁月くん暇してない?」
何も言わず『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)へ戸棚から酒瓶を渡す暁月。
「お酒じゃないわよ、ちょっとやってみたいことがあるから付き合ってくれない?」
中庭の花を摘んでいいかと問うアーリアは続けて「生け花、やってみたかったのよ」と振り返る。
「この家ならそういうのありそうだし、やったこともあるかなーって思ったの」
暁月の笑みに気付いたアーリアは僅かに頬を染めて視線を逸らした。
「あら、いつもお酒ばっかり飲んでる訳じゃないのよ?
……花は心を安らげてくれるし、自分の気持ちを花に込めてみてもいいじゃない」
暁月が用意した器に生けようと悪戦苦闘するアーリア。
「意外と難しいわね」
「うまく配置するのも技術だからねぇ」
アーリアの後から花を生ける暁月。
「ありがと、燈堂先生?」
「何だい急に。照れるじゃないか」
燈堂の中では対等の友人であるから、先生と呼ばれる事に気恥ずかしさを覚えるのだ。
一つずつ暁月が色んな表情を見せてくれるようになったのはアーリアにとってとても嬉しいことだ。
アーリアの前では照れた笑顔も寂しげな表情も無理に隠しはしない。
「ね、私深道に行ったわ」
視線を合わせずアーリアは暁月へ伝う。
けれど、何だか少し怖くてすぐに帰って来てしまった。
「明煌さんって人、暁月くんとよく似ているのに――何処か、怖くて。
深道、ってことは貴方の生まれた家の親族なのよね?」
応えたくなければ答えなくてもいい。でもアーリアはもう我慢しないと決めたから。
「ね、暁月くん、あの人のことを教えてくれない? どんな人、でも些細なことでもいいから!」
「明煌さんは私の叔父だよ。煌浄殿の主を任されてる」
「そうなのね。うまく言えないけれど、なんだかあの人に会ってから私すっごく怖くて。このまま廻くんが帰ってこないんじゃないか、なんて……弱いの、私」
アーリアの弱気な言葉に、暁月は言い淀んでいた言葉を吐き出す。
「昔は仲が良かったんだけど。俺が燈堂に来る時に喧嘩してね……」
一瞬だけ見えた暁月の横顔は少し寂しげに見えた。
「明煌さん、眼帯してたでしょ。右目。あれ私のせいなんだ」
「え? どういうこと? 喧嘩したから?」
思わず振り返ったアーリアは暁月の瞳が両目とも赤い事に気付く。
「深道の子は黒髪で赤い目の者が多い。私は教師をしているからね。怖がられるといけないから普段は魔力で黒くしているんだよ。明煌さんも赤かっただろう?」
「そうね。夜見くんも朝比奈ちゃんも赤いものね」
暁月はゆっくりと己の右目を手で覆う。
「……こっちの瞳は、明煌さんのものなんだよ」
暁月の右目は明煌のもの。その重い言葉にアーリアは次句を継げなかった。
きっと暁月はアーリアだからこそ、その事実を伝えてくれたのだ。
何か言葉を返さなければと思う程に思考が渦巻く。
その戸惑いを感じ取った暁月は目の色を黒く戻し立ち上がった。
「生け花何処にかざろうか?」
●
群青の空に橙色の提灯が揺れる。
湿気の多い再現性京都の夏祭りは大勢の人で賑わっていた。
華やかな浴衣と柔らかな帯を金魚のように揺らし駆けていく子供達。
折角のハレの日だとキイチ(p3p010710)は祭り囃子の中を歩いて行く。
その隣には『スケルトンの』ファニー(p3p010255)の姿もあった。
「盆ってのはあれだったか、死者が帰ってくるっていう。ハロウィン……とは似て非なるものだな」
再現性京都はファニーにとって知らない文化が沢山あった。
「屋台が出ていて? ちょっとしたゲームが楽しめて? ふーん、楽しそうじゃねぇか」
端から順番にと視線を巡らせるファニーへキイチがこっちだと手を振る。
「ここが僕の戦場です」
「何だこれ? お菓子の板?」
ファニーは掌に収まる砂糖菓子を手に首を傾げた。
「それは型抜きといって、難易度の高い挑戦に見事成功すれば報酬が貰えるアレですよ、アレ」
混沌に召喚されてキイチは元の世界の実力を上回る力を得た。目標の師には遠く及ばないものの彼の人生において大きな前進がだったのだ。されど、問題は突如として増した力を制御出来るか否か。
「いざ……!」
針を剣、型抜きを剣の師匠と見立て挑むキイチ。
慎重過ぎて攻めを薄くしては本末転倒。
全神経を集中させれば、師の顔が浮かんで来るようだ。
「これで試しと致します。……あれ結構素でムズカシ……うぉわあああぁ!
突然揺らさないでくださいクソガキども!」
キイチの楽しげな表情に寄せられ夜妖が台の上で踊る。
「ああ嗚呼あアァ! ホラやっぱり割れたじゃないですかああああああ!!」
悔しげに地面へ手を着くキイチの背へ、そっとファニーがベビーカステラを差し出した。
「あ、ありがとうございます。美味しいですね」
「向こうで売ってた。おい、ちっこい夜妖どもよ、どうだ、俺様と一緒に楽しまねぇか?」
台の上で飛び跳ねる夜妖に向かってファニーはベビーカステラを掲げる。
「俺様はこんなナリだ。人間よりかは親近感もわくだろ?
景品が欲しけりゃ代わりに取ってやるし、飯が食えるなら買ってやろう」
台の上から飛び降りた夜妖はファニーの周りをぐるぐると回る。
「じゃあ、僕も一緒に行きましょう。あっ、この射的とか面白そうですね!?」
「めっちゃ楽しそうだな」
「こういうのはですね、本気で楽しまないと」
キイチとファニーが通り過ぎたあとに章姫を抱えた『報恩の絡繰師』黒影 鬼灯(p3p007949)が橙灯に照らされ歩いて来る。
「鬼灯くん! お店がいっぱいあるのだわ! いっぱい遊ぶのだわ!」
愛らしくはしゃぐ章姫は視界の端に映る小さな夜妖を見つけ指差した。
「鬼灯くん! 妖精さんがいるのだわ!」
「ああ……そう言えば」
今日の祭りには小さな夜妖が集まると聞いている。自分達に危害を加える様子も無い。
「妖精さん、妖精さん! 私と遊んでくださる?」
章姫の元へぴょんと飛び乗った子猫の夜妖はすりすりと頭を擦りつける。
その子猫を撫でた章姫のご機嫌な様子が可愛くて鬼灯は顔を綻ばせた。
そんな仲睦まじい二人の後に控えるのは師走だ。護衛を兼ねて着いて来たのはいいものの物凄く場違いではないかと思ってしまう。どう考えても卯月の方が良かったのでは。……あぁ……死にたい。
されど、死にたいと口にしても鬼灯に「許さぬ」と言われるだけではあるのだ。
「今日は空の初めてのお祭りですから、してみたいことややってみたいことがあればなんでもおねだりして構いませんからね」
『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)は息子の『空』の頭を緩く撫でる。
「ふふっ、星穹殿も張り切っているね。空もとにかくお祭りを楽しむといいよ」
そんな二人のやり取りに笑顔を零す『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)と『冬尽き、別れ』クロバ・フユツキ(p3p000145)。
「たこ焼きにわたあめ! これぞ縁日だな!」
クロバは立ち並ぶ屋台に目を輝かせた。懐かしい匂いと味に思わず溜息がクロバの口から漏れる。
「そうそうこういうのが好きなんだよな、雰囲気とかさ。空も楽しんでるかな? 縁日の楽しみには多少なりの心得があるもんでね、案内なら任せてくれよな!」
「はい」
はしゃぐクロバに圧倒されつつも、照れた様に笑う空。
「どれからが良いかな? 折角三人で浴衣も着たんだ。楽しまなくてはね」
空の肩に手を置いたヴェルグリーズは父親のように目を細めた。
「章殿、わたあめは早く食べないと溶けてしまうよ?」
「うん、うん。でももう少し見ていたいのだわ!」
微笑ましい章姫から前方へ視線を上げれば見知った顔を見つける。
「ん、あれは……星穹か?」
「……とは言え私もお祭りはあまり知らないので……あら。もしかして……師走先生?!」
鬼灯の後ろに控える師走を見つけ星穹は目を見開く。
「星穹? あんたこんなとこで何して……いや、息災ならいいんだが」
「久しいな星穹、元気にしていたか?」
章姫と共に手を振る鬼灯は久し振りに合う仲間に嬉しそうな顔を見せた。
「大変ご無沙汰しております、先生方。いつか会って貰わなくては、と思っておりました。手紙を出したままになっていましたが……此方がヴェルグリーズ。私の良き相棒です」
「はじめまして師走殿、星穹殿からよく話は聞いている。彼女は俺にとって良き相棒だよ」
ヴェルグリーズは星穹の師匠だという師走に握手を求める。
「それで、此方はクロバ様。私達の友人の錬金術師です。それからこの子は空と言いまして
……私達の息子です。……いい子でしょう?」
星穹がヴェルグリーズとの間に空を引っ張り自慢げに笑みを零した。
「頭領の部下で暦の一人師走だ、よろしく頼む。
それにしてもそうか、星穹に息子が……
……
……息子!?!?
星穹、あんたいつのまに母親にえっっ!?!? えっ、あっ、祖父で、す……??」
目を白黒させる師走は星穹と空、ヴェルグリーズを順番に見つめる。
息子ということはご祝儀は必要だろうかと呟く鬼灯に愉快な事になりそうだと口の端を上げるクロバ。
「母さんこちらの方達はお祖父様?」
「ええと、私にとっては兄であり父のような方と、その恩人です。空にとってはお祖父様になるかもしれませんわね。強くて頼もしい、私の恩人の二人です」
星穹の言葉に納得したように頷く空。
「初めまして空殿。俺は暦の頭領の黒影 鬼灯だ。彼女は俺の妻で章と言う。此方は師走、貴殿の母君の育ての親であり師匠であり上司だ……それにしても20代の祖父か。随分大きな孫が出来たな? 師走」
驚きと嬉しさで頭を抱える師走へヴェルグリーズはまた改めて挨拶に伺うと告げる。
「では、往くか」
「星空さんも一緒に遊びましょ!」
鬼灯の腕の中章姫が嬉しそうに両手を広げた。
深道に力を示す。より強い敵を打ち倒す事が彼らの『信頼』を勝ち取る一番の近道なのだと『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)はアクアマリンの瞳を空へ向けた。
「どれだけ強くたってイレギュラーズが勝つに決まっているから」
だから、小さな夜妖を出来るだけ集めるために自分自身もたのしまなければならない。
橙灯が揺らめく出店。チョコバナナにたこ焼き、焼きそば、わたあめ。
「私の胃は無尽蔵なんだよね」
「こちらの祭りは凄いな……覇竜ではこのような祭りはあっただろうか」
シキの隣、『(・∞・)』ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)が感嘆の声を上げる。
「折角のお祭りだし、いっぱい食べなきゃ勿体ないぜ」
「確かにな。せっかく浴衣も着たし友人たちの分まで愉しむとしよう」
小さな夜妖を連れてシキとムエンは縁日をゆっくりと歩いていく。
「すごい人通り……! まさにお祭りって感じだねぇ、久々に浴衣を着てきて良かったかも!」
「はい、すごいですね」
祭りの喧噪に圧倒される『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)へ『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)も一緒になって「はわわ」と慌てたように前から来た人を避けた。
実力を示すためとはいえ悪いものではない夜妖たちを利用するのは心苦しいと眉を下げるメイメイにシルキィも同意するように頷く。
「わたしたちが、必ず守ってみせ、ます。なので、たくさん、たくさん遊びましょう」
「そうだねぇ。一緒に遊んでぜーんぶ、守ろうねぇ!」
シルキィとメイメイの元へ夜妖を連れたシキとムエンが合流して笑顔が一気に増える。
「……私、縁日に来たの、初めてだから、案内して欲しいな」
可愛らしくムエンが夜妖へ語りかけるのをメイメイが顔を綻ばせ見つめた。
「ヨーヨー掬いをしたり、型抜きなんてどうでしょうか」
メイメイの提案にムエンと夜妖が頷きヨーヨー掬いの屋台へ飛び込む。
シキは小さな幼児を見つけ心配そうに視線で追った。
「……お? 迷子かなあ。お母さんは? お父さんはいないの?」
首を傾げる幼児は狐のお面を被っていた。不思議な雰囲気の子供。
「この子も夜妖でしょうか?」
メイメイは狐面の童子へ視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「までも、家族は見つけてやらなくてはね。あ、わた飴食べる? おねーさんがりんご飴も買ってあげちゃうぜ……だから、ほら。笑って? なんたってお祭りだもん!」
シキと手を繋いだ狐面の童子は林檎飴を食みながら笑みを零した。
メイメイとシルキィは両手にベビーカステラやたこ焼き、串焼き、林檎飴を抱えている。
「いっぱい買ったねぇ次は盆踊りの方に行ってみよっか。
見様見真似でも良いから、皆で参加しちゃおうねぇ!」
シルキィの提案にメイメイとシキも頷きムエンも辿々しく盆踊りを踊る。
「あれ、さっきの子どこ行ったんだろ?」
シキは狐面の夜妖がいつの間にか居なくなっていたことに気付いた。
「満足いただけたのでしょうか。ふふ……遊んでくれて、ありがとうございます」
「そっか、家族と合流出来てるといいな」
メイメイはぎゅっと夜妖の手を握り、決意を新たに視線を上げる。
祭り囃子の中シルキィは「楽しい」と呟いた。
楽しいけれど、思い浮かぶのは廻の笑顔。
ここに彼が居てくれたならどんなに幸せだっただろう。
「……えへへ。やっぱり寂しいんだねぇ、わたし」
めじりに浮かぶ涙を救い上げる指は、何処にも無くて――
「深道……か」
燈堂の本家への道のりに続く縁日を見つめ『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は背中に走る悪寒に震える。
彼女自身も吸血鬼――希望ヶ浜の人達とっては夜妖となりうる者。
うっかり祓われそうだと思いつつ。気になる事があると深道へとやってきた。
祭りに合わせ和装に身を包んだレイチェルは『刃魔』澄原龍成(p3n000215)を見つけ声を掛ける。
「よう、龍成! 祭り楽しんでるか?」
くるりと振り返った龍成の隣に居たのは『春の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)だ。
「お、今日はイーハトーヴと一緒なんだな。ボディは?」
「アイツはもう少し後で来るって。雛菊の格好だから準備とかあんだろ。だからイーハトーヴと先に回ってんだよ。約束したからな」
「そうか、そうか。まあボディもイーハトーヴもちゃんとエスコートしてやるんだぞ? 王子様みたいに」
揶揄うように喉をくつくつと鳴らしたレイチェルは龍成の耳元へ囁く。
「……俺は春泥が何かやらかさないか見張って来る。廻への仕打ちを考えると、奴を野放しには出来ねぇし。龍成も気を付けるンだぞ? また狙われるかもしれん」
「ああ、気を付ける。ありがとな」
手を振って去って行くレイチェルを見送って龍成はイーハトーヴに向き直った。
「へへ、ROOの外で一緒にお祭りに来るのは初めてだね、龍成」
廻が一緒に来られなかったのは残念だけど、英霊を呼ぶには楽しむ事も必要で。
「去年はさ、廻も一緒に型抜きをしたよね。今年は……あっ! 龍成、フライドポテト屋さんがあるよ! 味が選べるやつ!」
目を輝かせて屋台を指差すイーハトーヴに龍成は笑みを浮かべる。
「えっとねぇ……醤油バター味にしようかな? 龍成はどれにする?」
「俺は明太マヨだな。分けたら二つの味が楽しめてお得だろ?」
ポテトを手にベンチへ腰掛けたイーハトーヴは龍成に申し訳なさそうな声色で話しを切り出した。
「……あのね、龍成。廻の送別会の日、酔い潰れちゃってごめんね。廻と一緒に暮らしてた君の方が、俺よりきっとずっと寂しかったのに」
弱い所を見せたくないのだと零すイーハトーヴの肩に腕を回し首を傾ける龍成。
「イーハトーヴが年上だろうと、酔い潰れてようと。友達だから良いじゃん。俺も酔い潰れたらイーハトーヴに寄っかかるわ。そしたらおあいこだろ? 俺も甘えるからお前も甘えて良いんだよ。
だからさ、気楽に行こうぜ。な?」
「うん……ありがとう龍成。……あっ、あの子達が夜妖かな?」
龍成とイーハトーヴの間にぽんと飛び乗ったくまの縫いぐるみは、差し出されたポテトを口いっぱいに頬張って嬉しそうにくるくると回った。
「さあ、行きますよ龍成」
「おう」
人混みの中、龍成と『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は屋台の合間をゆっくりと歩く。
ボディにとって食事は楽しいものだ。誰かと一緒なら二倍になって。
龍成と分かち合うならそれ以上に――
その楽しいという気持ちに誘われ夜妖がやってくるのだろう。趣旨にだって当てはまる。
「……手でも繋ぎましょう、か。どうせですし、えぇ、どうせ」
「はいよ」
しっとりと夏の気温に汗ばんだ掌が重なった。
「……あれ食おうぜたこ焼き。祭りのたこ焼きって美味いよな」
誰かと共にはしゃぎながら食べる味は格別だろう。
「龍成……はい、どうぞ」
ベンチに座りふうふうと息を吹きかけたたこ焼きを龍成の口元へ運ぶボディ。
密着したボディの愛らしい唇が同じように、小さく開かれる。
赤い唇に指を突っ込んだらどうなるだろうと悪戯心が沸いて来るのを必死に抑える龍成。
「あーん……あちっ、あち。んまい。お前も……あーん。
……これさお互い食べさせ合わないとだめなのか? 別にいいけど、ちょい恥ずかしいんだが」
ボディの口の端に着いたソースを指で取って、ぺろりと舐める龍成。
「そっちの方が楽しい気持ちがある感じがしますし……ほら夜妖も集まってますよ」
ボディが指差す先にぬいぐるみ姿の夜妖が口を開けて待ってた。。
「ほらよ。熱いから気を付けろ」
「美味しいですからゆっくり味わってくださいね」
楽しい思い出が夏の夜に、刻まれる。
「灰斗……おれも一緒にいいかな」
チックは『夜を斬る』チェレンチィ(p3p008318)と共に祭りへやってきた『繰切の子』灰斗へ、こてりと首を傾げた。
「うん。皆で一緒に行こう」
「ニホン……っていう所に似たお祭りを見るの、珍しいって感じる……から。おれも、わくわくする」
「実はこういう催しに参加するのはボクも初めてなんです」
全員初めての経験で、おっかなびっくり周りを見渡す。
「繰切へのお土産話、沢山……持って帰りたいな」
チックの言葉に灰斗もこくこくと頷いた。
「灰斗さんはどの出店に行きたいですか?」
「ヨーヨー掬い!」
チェレンチィとチックの手を引いて駆け出す灰斗。
「ああ、そんなにはしゃいだら転んだりぶつかってしまいますよ、気を付けて!」
三人でしゃがみ込み、水風船の輪に針をかける。
簡単そうに見えて意外と難しいヨーヨー掬いをはしゃぎながら遊ぶ。
チックはベビーカステラをチェレンチィはたこ焼きを抱え、灰斗に分け与えた。
焼きたてのベビーカステラは温かくて、ほんのり甘くて美味しい。
「……おや、君も食べたいんですか? ふふ、仕方ないですねぇ」
チェレンチィは集まってきた夜妖へたこ焼きを一つ渡す。
チック達が楽しげな声を上げる最中に前を通りかかったのは『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)と紫色の髪をした青年だった。
「おや君達は確か……」
「ほーん、可愛い顔してんね? あー、ちょ待ってまって。大丈夫、ナンパだから。
俺は樋ノ上セイヤ。煌浄殿の『呪物』だ。……な? ちょっとは話し聞きたくなったっしょ」
明煌の方に手を置いてチック達に笑顔を向けるセイヤ。
「初めましてチック・シュテルだよ」
「ボクはチェレンチィ。よろしくね」
「ふふ、チック君にチェレンチィ君、よろしくね。じゃあ俺は先に行ってるからまた後で」
優しげな声と共に微笑む明煌の瞳を見つめたチック。
――……優しそうなのに。どうして、かな。何だか……心がざわざわする様な、気がする。
ぎゅっと胸元を掴んだチックは去って行く明煌の背を見つめて居た。
「チックもチェレンチィも屋台回ってんの? 俺も付いてっていい? いいよね?」
圧の強いセイヤにチックはこくこくと頷くしかなかった。
正直な所、蛇の腹の中に行くようなものだと『救う者』浅蔵 竜真(p3p008541)は眉を寄せた。
「まあ、実際来てみないと分からない事もあるしな」
今回の呼び出しは深道を探る絶好のチャンスでもあるだろう。
飲み込まれたなら、腹を切り裂いて出てくればいい。其処は何時の時代も変わらないのだから。
「さてと、どうするか……」
竜真は人混みの中に見知った顔を見つけ丁度良いと手を振った。
深道の現当主。深道朝比奈が竜真へと歩み寄ってくる。
「あら、貴方は確か……」
「浅蔵 竜真だ」
竜真は暁月が暴走した際にその命を奪おうとした。実の妹である朝比奈や周藤夜見に毛嫌いされてもおかしくはないだろう。竜真は暁月を殺そうとした判断が間違いだったとは思っていない。されど、大切な人の命を奪おうとした男を許せるかは竜真には分からなかった。
「……すまなかった」
「いえ。貴方は兄の心を救う為に戦ってくれたのよね。あの時の兄は本当にどうしようも無かったわ。
ありがとう竜真さん。それに、兄が貴方の行いを気にしていないのなら、私からは何も言う事は無いわ。
その謝罪も必要の無いものよ」
「アンタね……そういうのは素直に受入れるものなのよ」
朝比奈の隣で『玲瓏の旋律』リア・クォーツ(p3p004937)が大きく溜息を吐いた。
竜真にとってそれがケジメなのだから。
「……分かったわ。竜真さん貴方の謝罪、確りと受け取りました」
「そうそう。じゃあ行くわよ。エンニチ」
リアは朝比奈の手を引いて笑顔を向ける。
「因みに、あたしはアンタの知らない学園での暁月さんの事を知っているわ。聞きたい~?」
「は? 何で今ここで兄さんの仕事の話しになるのよ! 聞きたいに決まってるでしょ!」
「だったら、デミセってので勝負しましょう。前回とは違う、ガチンコバトルよ! アンタが勝ったら、その分だけ学園での暁月さんの事教えてあげるわ!」
出店で何の勝負をするのかと朝比奈はリアの言葉に吹きだした。
「あたしはね、朝比奈。なんとなくアンタとは気が合うって思っているし……なんか放っておけないのよ」
朝比奈の両手を掴んだリアは真剣な眼差しで言葉を向ける。
「勿論、暁月さんって言う大きな子供の事もね」
掴まれた両手を外して朝比奈はリアに手を広げ抱きついた。
「ありがとうなぁ……リア、めちゃ優しいねぇ。最初は私の知らん兄さんの事知ってて、羨ましい思てたん。でも、うちらの為に戦ってくれるし、すごい優しい人なんやって途中で気付いたよ。だから、私も頑張らなあかんて思った。ね、リア。こんなん言うの恥ずかしいんやけど、友達になってくれへん?」
深道の当主としての責務を追う朝比奈は容易に『友』と呼べる人を作れない。
暁月がそうであったように。孤独に戦わなければならないのだろう。
「勿論よ。あたしにも噛ませてよ。アンタのやりたい事、手伝ってあげたいの」
リアの優しさが朝比奈の瞳に涙を浮かばせ、ほっとした表情に笑顔が零れた。
「わわ!? ひいろ待って!?」
飛び出した友人を追いかけて『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は祭りの人混みを進む。
「そりゃ君にとって気になるものは沢山有るだろうけれど……!」
小さな身体で飛んで行くひいろは追いかけるのが大変なのだ。
されど、妙に懐かしさも感じる。
小さい頃にこうして、色んな屋台を母と共に巡った。
あの時の母は苦笑していたけれど。
「今の僕みたいに母さんも感じてたのかな……」
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は楽しめる気分ではないけれど必要ならと、お祭りへと赴いていた。
白雪も廻も居ない、敵地でのお祭りに祝音の心が乱れる。
「廻さん、あまねさん、大丈夫かな……猫さん?」
祝音の足下を一匹の猫が寄り添うように身体を擦り付けていた。
「寂しいの? ボクと遊ぶ?」
「わ……夜妖の猫さん?」
祝音の方にぴょんと飛び乗った夜妖は少年の頬をぺろりと舐める。
「そう。煌浄殿の夜妖だよ」
「え……それって」
祝音の身体が緊張で固まった。煌浄殿の呪物といえば祝音にとって『敵』と成り得る者。
「呪物って言えば分かるかな? 今日は特別に許しを貰ってお祭りに来たんだ。大丈夫。君以外には声聞こえてないから。あ、ボクの名前は八千代だよ」
祝音は肩に乗る八千代に敵意が無い事にほっと息を吐いた。
「ごめんね。驚かせて。久し振りに外に出たからさテンションあがちゃった。大丈夫、人を傷つけたりしないよ。明煌との約束があるからね。あ、君名前は?」
「祝音だよ。良かったあの子たちと一緒で害はなさそう。でも、小さな夜妖を食べに英霊が来るんだよね?
彼等を夜妖の餌食にするような奴等は今の燈堂家とは違う。
……廻さんやあまねさん達に害成すようなら深道は……敵なんだって思う」
思い詰めたように服の裾を握る祝音に八千代は尻尾を絡ませる。
「廻は浄化の為に此処に来たって聞いたけど、あまねってのはごめん知らないや。まあでも、煌浄殿に入れられなくてよかったんじゃないかな。逆にね。本殿がある神域はボク達夜妖にとっても怖い所だから。
まあ、それよりもさ。今は祭りを楽しんじゃおうよ。ボクは君と友達になりたいし!」
白と黒のハチワレの猫は祝音の肩からぴょんと飛び降りて尻尾で少年を呼んだ。
林檎飴を手に周藤日向の元へやってきた『薄紫色の栞』すみれ(p3p009752)は少年から漂う匂いに眉を寄せた。
「匂う。匂います」
「えっ、僕くさい?」
袖をくんくんと嗅いだ日向は申し訳なさそうにすみれを見つめる。
「ああいえ、汗や獣臭といった類いのものではなく!」
日向のお日様の香りに紛れて、湿った鉄錆の匂いが微かに鼻を擽ったのだ。
「ああ、明煌さんから許しを得たからかな。そんな分かる?」
手に血で追条を記したのだと語る日向。
「は、『許し』? あの明煌という男に血で汚された、ですって……?」
すみれは日向の手を取ってまじまじと見つめる。
立ち入り許可だけなら口頭や文書でも良かったはずだ。それを態々血液を以って魔術をかけるなどと。
「廻様のご様子を聞くに、日向様……もしやあなたは、呪われたのではないですか?」
「え? どうなんだろ? 安全の為らしいけど。でも廻が心配だったから」
伝令とは言霊を乗せた拡張器だ。
自らの意思で役目を果たそうとする日向の姿勢にすみれは眦を緩ませる。
「しかし清らな心は悪用するに最適。知らずうちに深道の司令にあなたが踊らされ、あなたの言葉で皆が踊らされる可能性もあります。全ての責任を押しつけられるリスクを忘れてはなりません」
「……うん。そうだね、すみれの言うとおりだ」
情報を扱うからこそ気を付け無ければならないことがある。
「いつか人道に背く伝言や嘘偽りも広めざるを得ない時がくるかもしれません」
伝令という性質上仕方の無いことではある。
すみれは日向を応援すると決めたから、彼の役目を止めるつもりは無い。
「せめて受けた情報の本質を知った上で行動すること。廻様を大切にしたいのなら、くれぐれも、大人達の操り人形になってはなりませんよ」
手を握ったすみれを真っ直ぐに見つめ日向は大きく頷いた。
「それとこれを……何も無ければいいのですが」
すみれは日向に愛らしい人形を手渡す。
「じゃん、テレビ電話ー」
aPhoneを掲げた『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はインカメラに手を振る。
「見えてる? うつってるー? ……えっと、音大きくするのはどこでやるんだっけ……」
ずっと通話を続けるとバッテリーが危ないけれど、今はまだ大丈夫。カメラの向こうには燈堂家にいる白銀の姿が映る。
この前ネットにアップロードされた動画を見て、遠くの人へ映像を見て貰えることを知ったリュコス。
「白銀見えてる?」
『はい、見えてますよ。楽しそうですね』
燈堂家から出られない白銀や繰切の為にリュコスはテレビ電話と録画を使い分けて収める。
「見て見て白銀! これはりんごあめ! こっちはきんぎょすくいだって!」
白銀が見ているカメラには、風景とリュコスの顔が時々切り替わって映り込んだ。
浴衣を着てはしゃいでいるリュコスの様子に白銀は笑みを浮かべる。
「たこやき! ベビーカステラも美味しい!」
橙灯を一瞥した『スカーレットの闇纏い』眞田(p3p008414)は脳裏に過る憂いを払うように息を吐いた。
「深道明煌さん」
「おや? 何処かであったかな?」
暁月と瓜二つの顔と声。廻を預かってくれている人。優しそうではあるけれど、どういう人なのだろうと眞田は思考を巡らせる。
「俺は燈堂廻の友達の眞田です。よろしくお願いします!
彼は元気ですか。いやあ、俺最後に会えなかったから気になるんすよね。
すぐ倒れてしまうし……ご飯とか、ちゃんと食べれてるかな」
「眞田君は廻の友達なんだね。よろしく。……廻は食欲はあるけど、戻したりするね。やっぱり知らない所へ来て、穢れを祓う為の浄化をするからストレスが掛かるんだろうね」
「そっか……お土産買おかなって思ってたんですけど」
眉を下げる眞田に「廻が喜ぶよ」と笑みを浮かべる明煌。
「煌浄殿飯の持ち込みって出来るんすかね。フルーツ飴なんてどうだろう。深道さんも食べましょうよ!」
「林檎飴か。いいね」
「てか何の食べ物が好きなんですか?」
「俺は呑むから酒のあてが好きだけど。祭りならイカ焼きとか串焼きとか売ってるし」
丁度林檎飴の隣にあったイカ焼きを眞田に差し出す明煌。
リュコスは眞田と明煌が話しているのをこっそりと覗く。
本家にいる人達の中でも重要な人物。廻の浄化をしているという明煌の事が気になったのだ。
悪い事をしていないならヨシ。企んでいるのならそれを伝えなければならないのだ。
「おや、君もローレットのイレギュラーズかい?」
頃合いを見計らって明煌の前に現れたリュコスは恐る恐る問いかける。
「燈堂のみんなに……ひどいことしないよね?」
「酷いことって? 廻のことかな?」
おいでと手招きした明煌はイカ焼きをリュコスに渡し、眞田と一緒にベンチに腰掛けた。
「廻はいま泥の器で穢れてるのは知ってるかい? それを頑張って浄化してる。
俺は其れを手伝ってるんだけど……うーん、酷い事か。まあ廻にとって楽しい事では無いだろうね。
でも、浄化の儀式をしないと穢れが広がって、廻死んじゃうからね。辛くても頑張ってるよ」
「そうなの?」
イカ焼きを食べながらリュコスは首を傾げた。
「まあ、知らないと怖い事されてるんじゃないかって不安になるよね」
明煌はイカ焼きを頬張るリュコスに林檎飴を差し出した。
「にゃ? 暁月がいるにゃ?」
「ふふ、俺は彼の叔父さんだよ。似てるだろう? よく言われるんだ」
首をこてりと傾げた『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)に明煌は微笑み掛ける。
「そうだったのにゃ、じゃあ、はじめましてにゃ! 僕は杜里ちぐさ、廻の友達にゃ」
「廻の友達かぁ。よろしくね」
「叔父さんは深道の偉い人なのにゃ? お名前で読んだらだめにゃ?」
大きな瞳で見上げてくるちぐさへ「明煌で大丈夫だよ」と頭を撫でた。
はぐれないように手を繋いで祭りへと赴く二人。
「廻は元気かにゃ?」
「うーん、ちょっと元気ないけど病気じゃないから大丈夫かな」
「えと、えと。明煌の片方のおめめ、カッコイイけどケガしてるにゃ?」
「ああ、眼帯? こっちの目無くてね。皆怖がるから隠してるんだ」
有るべきものが無いことに、本能的な恐怖を覚えてしまうのは避けられないと明煌はちぐさに伝う。
ちぐさが一番気になっていることは葛城春泥のことだ。
不気味で何を考えているか分からない。廻を泥の器に仕立てた張本人。
出来るだけ平常心を保ち、ちぐさは明煌を見上げる。
「……はっ! つまり、明煌が廻を治してくれるにゃ? ありがとうにゃ!」
「ふふ、どういたしまして」
「でも不思議にゃ。廻を悪くしたのは葛城春泥っていう、このお家……深道の人って聞いてるにゃ。悪くしたり治したり、どういうことにゃ??」
見上げた明煌の赤い瞳に一瞬だけ暗い色が広がる。ちぐさは逃げ出したい気持ちに駆られ尻尾を丸めた。
深道家は廻を利用して何かを企んでいる可能性がある。もしそうなのであれば、友人を利用して苦しめるのは許せないのだとちぐさの心は乱れた。表情には出さないけれど不安と憤りが渦巻く。
「泥って初めは汚いけど、磨くと綺麗になるの知ってる?」
「うん、知ってるにゃ。泥団子つるつるピカピカにゃ!」
「葛城先生がやってるのは、そういう事なんじゃないかな。あんまり喋ると怒られるからこれ以上は内緒」
しぃと唇に人差し指を当てた明煌は「わたあめ食べる?」とちぐさに問いかけた。
廻はどうしているのだろう。本当に明煌の言うとおり浄化は進んでいるのだろうか。
ちぐさの心配は膨れるばかりで。
『シロツメクサの花冠』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)は初めて会う明煌へ視線を上げる。
底知れない赤い瞳に心は竦むけれど、お互いを知る為には対話は必要だと思うから。
曲がりなりにも暁月の親類。悪人では無いと、ジュリエットは信じたいのだ。
「深道さん、折角のお祭りですからご一緒にどうですか?」
「ふふ、美しいお姫様のお誘いを断る術を俺は知らないからね。もちろん構わないよ」
「私、実はこういったお祭りは余り慣れていなくて。楽しみ方をご教授頂けたら嬉しいです」
明煌とジュリエットは橙色の灯火が照らす縁日をゆっくりと歩く。
沢山の店が並ぶ道を、人を避けながら歩くのはジュリエットには難しかった。
「俺の後ろを歩けば良いよ。気になったものがあれば教えて?」
優しい視線に頷いたジュリエットは視界の端に映った赤と黒の小さな魚の模様に視線を流す。
「あれは何でしょう?」
「ああ、金魚すくいだね。やってみるかい?」
「このお魚を掬うのですか? やってみます……えいっ…あら?」
中央で敗れたポイを見つめたジュリエットの隣で明煌が大きな身体を畳んだ。
「……お手本を見せて下さるのですか? ありがとうございます。わぁ……すごいです」
ポイが破れる前に金魚を掬ってみせた明煌へ「お上手なんですね」と笑顔を零す少女。
その隣には猫の縫いぐるみの夜妖が顔を覗かせる。
「深道さんは暁月さんとこうして遊んだりなさったのですか?」
明煌は親戚であり、廻を預けられると暁月が判断した。二人の仲は悪く無いはずなのだ。
「小さい頃は仲良かったからね。いっぱい遊んだよ」
「廻さんとは……」
突然預けられた廻の事はどう考えているのか。
灰斗や空の事もあってジュリエットは良く無い方へ考えが偏ってしまう。
「ん? 廻かい? こっちに来て一週間ぐらいはすごく怯えてたね。俺って顔怖い……?
ちょっと寂しいのかもしれない。熱を出した時に『皆に会いたい』とぐずる事があるよ。
気が紛れるように玩具や遊び相手も与えてるんだけどね。
まあ、でも最近はちょっと俺にも慣れたかな。絞めても抵抗しなくなったし。いい声でナクよ」
何処からともなく取り出した赤い縄が明煌の手の中で緩く動いた。
「ぇ……」
「ふふ、冗談だよ。あ、盆踊り始まったね。行ってみるかい?」
「ええと、はい!」
見様見真似で明煌の後ろを着いていくジュリエット。
明煌が悪い人なのか善い人なのか、それを判断するにはまだ知らない事が多すぎると少女は想った。
『奏で伝う』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は明煌達の話しを思い返していた。
試練を与えれば認める。典型的なメルヘンの形式。
「英霊、祖であるものを祓い力を見せろというのは、イニシエーションかね」
零れた言葉は祭りの喧噪に消える。
つくづく、燈堂の一族は『物語』がモノをいう世界観に生きているのだとヤツェクは眉を寄せる。
「次に出てくるのは血の因果か?」
丁度目の前に深道佐智子の姿を見つけヤツェクは手を振った。
「やあ、少し一緒にどうかね」
「あらあら、向こうでお茶でも飲みましょうか」
ヤツェクの狙いは佐智子から情報を聞き出す事だ。
イレギュラーズは、燈堂一族というイエの形をした集団を理解していないのだと佐智子をエスコートしながら考えを巡らせる。暁月サイドから見た情報しか持っていないからでもあるし、イエは大きいほど問題を抱えやすいのだと。血でしか繋がらない他人どもの集団。拗れた情念、憎しみ、渇望。
そういったものを探りたいとヤツェクは佐智子を見遣る。
特に深道家の中でも実権を持つ佐智子が溺愛している明煌のことだ。
溺愛は時として物事の判断や見方を誤らせる。
佐智子も明煌も煌浄殿で起っていることを、権力によってねじ曲げることが可能であろう。
この二人を味方に引き込むのは難しいとヤツェクは考えたのだ。
「……明煌のすぐ上の子が病気で亡くなって、その分まであの子に愛情を注いだんですよ。上の子達はもう大きくなってましたから。昔は暁月とも仲良くて兄弟のようだったんですよ。あの子が目を無くした時は心配しましたね」
集まってきた夜妖を撫でながら、佐智子は優しく微笑む。
その夜妖達にヤツェクは繰切の話しを語った。
「アンタ等が生きる場所も、人の世界にあるといいがなあ……おっとそうだ。佐智子は飴細工は好きかね? 向こうに手作りの飴細工があったから送りたいんだが」
「まぁ、それは嬉しいですね」
「おれのような魅力あふれる無頼紳士を信用は出来んだろうが、まあ、今後ともよしなにだ」
そういう趣味ではないと、繰切には言ったはずなのにと『残秋』冬越 弾正(p3p007105)は頭を掻いた。
力を示せと言われたならば黙っていられはしない。
自分こそが祭りの主役――ではないが。繰切の役に立つように頑張るしか無いと弾正は息を吸い込む。
『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は廻が留守の間は自分が巫女として繰切の傍に控えているべきかもと考える。しかし、それでも廻が心配だから深道へと足を運んでしまった。
繰切には暗号の書き置きをしてきたからきっと大丈夫だ。
「あれは……弾正?」
何やら盆踊りの音が聞き覚えのある音色になったのに、アーマデルは顔を上げる。
「こんなところで会うとは、これは運命なのでは???」
激しくてノリの良い歌――弾正の声が盆踊り会場に響いていた。
アーマデルはこんな事もあろうかと持って来たエレキウードで伴奏として飛び入り、弾正を徹底的に輝かせる!
弾正はなじみのマイクを櫓のアンプに繋いで『カジキマグロコイ踊り』を舞う。
「共にノッてくれるか、アーマデル!」
「ああ、もちろんだ!」
♪Let’s to call up KAJIKI together!楽しく踊ればマグロもJamp!
♪大漁大漁 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!
盆踊り会場を一頻り沸かせたあとは出店を巡る弾正とアーマデル。
射的ぐらいならいけるけれどと顔を上げたアーマデルの視界にたこ焼きの文字が躍る。
「食べる方は任せろ、祭りの経験も増えて食べ物も大方制覇……だ、弾正! このたこ焼き、たこの代わりにチーズが入っているぞ……! タコ焼きなのか? 本当にたこ焼きでいいのか……?」
「判定は怪しい。でもたこ焼きの形をしているな」
二人でお互いの口にあつあつのたこ焼きを放り込んだ。
ヤツェクは佐智子と別れたあと、弾正とアーマデルの隣に居る深道海晴を見つける。
彼らが噂好きかは分からないが関係者と仲良くしておく事に損は無いだろう。
「お揃いで」
「ああ、アンタも今夜の祭りに招かれたイレギュラーズか。ご苦労さん。俺は深道海晴。明煌の従兄弟だ」
深道には何かあるとヤツェクは海晴の手を取り確信する。
知らぬ場所で警戒を怠らないのは冒険者が生き残る為に必要なこと。
盤外で情報を集めるのも、また戦いの一つなのだとヤツェクは口の端を上げた。
アーマデルは海晴の傍に居た青年と少女にたこ焼きを渡す。
「チーズ入りだから……たこ焼きではないかもしれないけど」
「わわわっ、エルは初めて、再現性京都に、やって来ました」
祭り囃子と喧噪、夜空に橙灯が揺らめく景色を『繰切の友人』エル・エ・ルーエ(p3p008216)は目を輝かせてはしゃいだ。小さな夜妖がふわりとエルと深道佐智子の間をすり抜けていく。
「えっとえっと、どの屋台が、御婆様は、お好きですか?」
わたあめの前で満面の笑みを見せるエルに佐智子は微笑んだ。
「やあ、こんばんは佐智子殿とエル殿」
二人に手を振るのは『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)だ。
祭りで呼び出される英霊は小さな夜妖に引かれやってくる。その数が多ければ多い程強くなるのだ。
それを抜きにしても楽しまなければ損だと串焼きと唐揚げを頬張る咲耶。
「御婆様、此方は咲耶さんとっても心強い、エルと同じ、お外でも頑張っている、方です」
「よろしく佐智子殿。話しかけたのは、巳道についてでござる。深道以外の異物を祓う『英霊』の名を持つ悪性怪異。何故英霊と呼ばれるのか、その発端はいかなる願いから生まれたのか。これから戦う相手を知る為にも知っておきたいでござる」
「ええ、そうね。……英霊というのは祖先の霊の総称ね。私達深道の『一族を守って下さい』という願いから生まれているのよ。信仰から生ずる神の在り方に近いのかもしれないわね」
成程と納得した咲耶はまた後でと踵を返す。
次はたこせんだと腕を捲る咲耶を心配そうに見つめる佐智子。
「御婆様、大丈夫ですよ。しっかり楽しんだら、しっかり切り替えて、皆さんは頑張れます。咲耶さん達はとっても強いのです、なのでエルは、心配なんて、していません」
優しいエルの心に佐智子も笑みを返す。
「えっとえっと。エルは御婆様と、御婆様のお子様の、お話を聞きたい、です。明煌さんの事も、エルはもっともっと、知りたいです」
「そうねぇ……私は子を産めない『養母』の代わりに子供を沢山産んだの。家族を増やしてあげたかったのもあるわね。昔は流行病なんかで子供もすぐ亡くなってしまう事が多かったから。明煌のすぐ上の子が亡くなって……その子に与える分まで明煌に愛情を注いだわ」
「お養母様の代わりに……」
胸に手を当てるエルは「佐智子」と呼ぶ声に顔を上げる。
其処にはエルが嫌いな葛城春泥が立っていた。子猫みたいに怒りを露わにするエル。
「おやおや、めちゃくちゃ嫌われてるね僕」
愛無を攫い、龍成に呪いを掛け、廻を泥の器にした春泥をエルは毛嫌いしている。
「あ、アレかぁ。黒印掛けたからか。凶暴になるの君達なら止められるって思ってたからね僕。
繰切の侵食が進んでたでしょ。暁月も龍成も。本質は凶暴にする事じゃ無くて侵食を排出することな訳。
君達より長く繰切の近くに居るからね暁月達は。その分侵食の進みも早かった。君達が頑張ってくれたお陰で繰切の封印は強化されて侵食も殆ど無くなったから暁月も龍成も元気で結果オーライじゃない?
……まあ、いいや。佐智子これ羽織持って来た。夜は急に冷えるからね」
「あらあら。ありがとうございます。先生」
「いいよ。僕の可愛い娘が風邪を引いたら大変だからね。じゃあ、僕は向こうを回ってくるから、何かあったら呼ぶんだよ。エル君も佐智子をよろしく」
人混みの中に去って行く春泥を見つめ、佐智子は「変な人だけど、優しい所もあるのよ」と微笑む。
煌浄殿の先々代深道輝一朗の内縁。葛城春泥。
その姓を貰ったのは佐智子が三歳の頃だった。
気まぐれで破天荒で。母親という存在からは程遠い人格だったけれど。
卓越した知識と強さは尊敬していた。
他人からは分かりにくいが彼女なりの優しさがあり矜持があり。
大局的には春泥のやっている事は正しかった。
ただ、エルが彼女を嫌いだという気持ちは痛い程に分かる。
己の養母がエルの大切な友人を危険に晒したのは紛れもない事実だから。
「ごめんなさいね。エルちゃん」
自分の謝罪で『養母』の罪が消えることは無いけれど、それでもエルが悲しむのは嫌だから。
エルは佐智子に『オペレッタ』と『父親』の話しを語る。
「……エルは、お父さんとお話を、しようと思っても、お父さんは、狂ってしまって」
話しが通じなかったとエルは肩を落した。
「お父さんが、エルの事を、とってもとっても、大好きだって、知っていても、エルはお父さんを、殺さなくては、いけませんでした」
「そうなの。辛かったわね……」
肩を抱く佐智子の胸にエルは涙を落す。
「お話して、ぶつかってでも、分かり合えるなら。それが一番、いい事だって、エルは思っていますよ」
金魚を掬いながら『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は廻へ思い馳せる。
結局忙しくて挨拶も出来ぬまま会えなくなってしまった。
「まぁあれだよ。廻くんと会長は固い絆で結ばれてるからね。ちょっとくらい会えなくても平気平気」
水に浸したポイがびろりと破ける。茄子子のポイ捌きに耐えられる者は居ない――
「……どうして。会長には金魚を救えない……もとい掬えない?」
がくりと肩を落した茄子子は後ろで此方を眺めている春泥へ、背中越しに話しかける。
「はぁ……で、今回は何を? あ、私の事覚えてます? 改めまして茄子子です。お見知り置きを」
「ああ、ご丁寧にどうも。茄子子ちゃん。いやね、見たことある顔がすごいポイ積み上げてたから」
春泥が廻を『泥の器』にした。近くに居て冷静な目で見ていた茄子子だからこそ、春泥の性質が少しだけ分かった気がする。
「貴方はきっと、自分のエゴでしか動かない。それが善行か悪行かなんて関係ない」
春泥は恐らくそういう類いの人種だ。だって茄子子がそうであるから。
「貴方の目的はなにも知らない。だけと、知らないからこそ、私は貴方を否定しない。だから──」
──私とお友達になりませんか?
茄子子は春泥の目を真っ直ぐに見つめ手を伸ばした。
廻と友達でありながら春泥とも友達になりたいなんて。自分はどこかおかしいのだろうかと茄子子は心の内に問いかける。けれど、気になってしまったのだ。友達になることは悪じゃない。
「友達か。君も変わってるね。別に良いけどさ」
茄子子の手を握った春泥は口の端を上げてみせる。
廻を傷つけたことは許せない。けれどそれはそれとして友達になりたい。
その心は茄子子の中で矛盾はしていないのだ。
茄子子は自分のエゴで動いている。倫理観や道徳心とか知ったことか。
春泥が辿る行く末が知りたいのだ。
自分と同じように考えエゴを押し通す彼女が、今後どうなるのか。
どう考えて、どんな結末に至るのか。それが知りたいのだ。
それがいつか茄子子が何かを成す時の参考になるはずだから。
「ところで、金魚すくいは終わりにしてベビーカステラ向こうにあったから買いにいこうよ。フランクフルトでもいいよ……あ、かき氷も食べる? いや、ほら僕こんなだから友達少なくてさ。娘は友達と楽しそうにお話ししてるし寂しくてね。茄子子が居てくれて丁度良かったよ」
それはそれとして。この飄々とした所は気が合いそうな感じがしてしまうのだ。
エルと別れて佐智子は春泥と共に祭りを巡っていた。
「たまに……こうして祭りに行きましたね先生」
「佐智子はさ、意外とお転婆だから手繋いでないと、すぐどっか行くし」
しわしわになった佐智子の手を春泥は優しく握る。
出会った時から変わらぬ『養母』の姿に佐智子は目を細めた。
レイチェルは佐智子と手を繋いで歩く春泥を見つけ、そっと後を付ける。
どうしてもレイチェルは『あの男』と同じ雰囲気の春泥を信用出来ずにいた。
既に何か良からぬ事を仕込んだ後かもしれないと警戒を強める。
龍成が被害に遭うのは何としても避けたいがとレイチェルは春泥と手を繋ぐ佐智子を見つめた。
深道三家は春泥を信用している状況が実に厄介なのだ。
今此処で攻撃して最悪の事態を防ぐことは、人目があって出来ないだろう。
「……糞ったれが」
舌打ちをしたレイチェルは。ならば龍成に危険が迫るのなら身を挺して庇うと心に誓った。
『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)は人混みの中に春泥と佐智子を見つける。
葛城春泥から妙な匂いがすると愛無は常々思っていた。
神の器。春泥の目的にそれが関わってくる事は間違いないと愛無は思案する。
深道明煌とて利害が一致しているに違いない。暁月の口ぶりからして明煌が『嫌がらせ』をしてくる可能性もあるだろう。
早急に牙城に踏み込み叩くべきだと本能が告げる。
日向からの情報によれば既にあまねが抑えられたらしい。獏馬のしっぽの存在は廻の保険でもあったのにも関わらずだ。如何すると己に問い。「簡単だ」と本能が囁く。
だから。今此処で『障害』を潰す。
何を壊そうが、誰を殺そうが、春泥は所詮何も感じないと愛無は吐き捨てた。
大切なのは『優先順位』だ。愛無にとっても春泥にとっても。
春泥とて油断しているだろう。こんな人混みの中で攻撃を受けると思っていないはずだ。
閃光が弾ける――
愛無の硬質化した粘膜の槍が春泥の腕に突き刺さる。
「きゃ!? 何!?」
音に驚いた一般客が悲鳴を上げた。
「何だぁ? 喧嘩か?」
「えー、こわ……にげよ」
口々に様子を伺う一般客を一瞥した春泥は、咄嗟に腕の中へ庇った佐智子へ「ちょっと行ってくるから後よろしく」と告げ、人の少ない場所へ愛無を誘う。
「あんな場所でよくもまあ……吃驚しちゃったよ」
「黙れ、葛城春泥」
対峙する二人を遠巻きに見つめる一般客はまばらで、ここなら少しぐらい暴れても怪我人は出ない。
「あんたが何をしようと構わない。あんたは多分『悪い奴』なんだろうが。『嫌な奴』の匂いはしない」
春泥のしてきたことは大局的に正しいことも多かったのだろう。
「だが、あんたが僕の『平穏』を奪うと言うなら容赦はしない」
その結果が世の理を乱そうと関係無い。佐智子(春泥の子供)を傷つけてもその先に己の平穏があるのならば容赦なくそれを斬り捨てると愛無は睨み付けた。
「僕にあまね君を渡してもらおう」
あまねの存在は廻の心身の保険だけではない。しゅうにとっても彼は半身。
奪われたままにするわけにはいかないのだ。
「えー、その為にあそこで斬り込んだの? 危なすぎない?
面倒な子だなぁ。嫌いじゃないけどさ。…………ほら、返してやるよ」
パンダフードからぬいぐるみ姿のあまねを放り投げた春泥。
呆気なく戻って来たあまねに怪訝な表情を見せる愛無。
「いや、だってそれ渡さなかったら佐智子殺しにいくんでしょ? それは困るなぁ。老い先短いしさ。
……『お姉ちゃん』が『妹』を殺しちゃ駄目でしょ。ってな訳でさ。あげるよそれ。
記憶の夢石吐き出したからもうぬいぐるみは必要無いし」
「あまね……っ!」
愛無の影から出て来たしゅうがあまねを抱きしめれば、二人の輪郭が溶け合い融合する。
「――――っ!」
数年ぶりの本体と尻尾の同化。けれど、流れ込むべき廻の記憶は空っぽだった。
「じゃあ、返したからね。次、佐智子を危ない目に遭わせたら、こっちも容赦しないから。
お前は頑丈だしちょっとぐらいお仕置きしても死なないしね。『お兄ちゃん?』」
手を振って去って行く春泥を愛無はアメジストの瞳で見つめていた。
●
深道本家は広大な敷地を有している。
本邸とも呼べる母屋から少し離れた場所にある煌浄殿へ長い参道が続いていた。
遠くに見える赤い鳥居がその入口なのだろう。
上空には白い雲が渦巻いて、まるで蜷局を巻く蛇のようだった。
神楽殿に深道の人達が次々に入っていく。
『尋ね人』笹木 誠司は周囲を取り巻く異様な空気に眉を寄せた。
――小さな夜妖を集め、何かを降ろそうとしている。
宛ら物語の中に出てくる神降ろしといった所だ。
否、この無辜なる混沌では現実となり得る『儀式』なのだろう。
「花丸ちゃんのお父さん? 花丸ちゃんの友達のサクラです!」
「ああ、こっちでも花丸に友達が居るんだな」
目の前に現れた『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)の笑顔にほっと胸を撫で下ろす誠司。
話したい事は山ほど在るとサクラも誠司も『竜交』笹木 花丸(p3p008689)も思って居る。
「――お父さん」
「花丸……良かった無事で」
「私達が居た世界でお父さんが行方不明になって、それから暫く経って私もこの世界に来てから色んな事があったんだよ?」
あんなに会いたくて、話したい事が沢山あったのに。
今はそれどころではないのが痛い程分かる。それでも、示せるものがあるとすれば、それは――
花丸は拳を握って誠司と並び立ち、紫花の双眸を上げる。
「お父さんと比べたら確かにまだまだかもしれない。それでも――それでもね?」
父の背を追いかけるだけでは無くなった。隣を歩いて仲間を支えられるようになったから。
「だからお父さん、今の私を見ててねっ!」
拳を掲げた花丸は地面を強く蹴り上げる。
「それじゃあ、一気に行くよ! ジョーさん、皆っ! 私達の力を見せつけて、掴み取るんだ。
――――皆の明日をっ!」
花丸の元気な声が広場へと反響し、『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)が大きく頷く。
自分と花丸の関係性を敢えて言葉にするのなら、何になるのだろう。
友達、兄妹分、目標……憧れ。
頭の中に思い浮かぶ言葉はどれも当てはまって、けれど少し違うような感覚を覚えた。
ただ、一つだけ言えることは。
「僕がピンチの時は花丸ちゃんが助けてくれるし、花丸ちゃんがピンチの時は僕も助けに行くって事」
今回だって、『そう言う事』なだけだと花丸の背を追いかけて定は戦場を駆ける。
いつも助けて貰うだけじゃ隣に居られない。顔を上げて笑い合う事もできない。
背を預けられるぐらい対等な友達になりたいから。
だから、怖くても無理矢理にでも、戦うんだと定は視線を上げた。
「龍成くん、今日の調子はどう? お姉ちゃんについてこれるかな?」
サクラは揶揄うように龍成に言葉を投げる。
「おー、頼りにしてるぜ」
案外素直な反応を返す弟分の背をバンと叩いたサクラ。
「ここには花丸ちゃんもジョーくんも龍成くんもいる。信頼出来る友人がそばにいるなら相手が何であろうと負ける気がしないね!」
サクラと龍成を視線で追いかけ『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は目を瞬かせた。
「『英霊』巳道……」
白い雲が蛇の形となりて、夜の空から雷光と共に顕現する――
真性怪異が……というより夜妖が、信仰によって生まれるというのは解っていた心算だったと舞花は巨大な白蛇に視線を上げた。
「真性怪異の一柱の封印を己が使命と定めている一族が、封印に真性怪異を利用するのみならず自らの信仰そのものが怪異を成さしめている等とは」
端から見れば余りにも皮肉な構図だと舞花は眉を寄せる。
されど、深道の人々はそれに違和感を覚えている様子が無いのだ。
即ち……末端は兎も角としても。
「歴代の当主やそれに近しい者は成り立ちの構図……信仰が『神』の形を成す事の意味を、程度はともあれ理解していたと言う事かしら?」
小さく呟かれた言葉は開かれた戦線の剣檄に掻き消された。
理解しその上で今の形を利用したというのなら。成程、手が掛かりそうだと舞花は大蛇を睨み付ける。
あの白い巨大な蛇が『英霊』巳道。深道三家の信仰、即ち深道三家の意志の具現。
「ならばこそ押して通るに相応しい。私達の意志、その身にとくと焼き付けていただきます」
舞花の青き双眸に強き意思が宿る。
「龍成君。……やれますか?」
「ああ、問題無い。何たって俺は元々弱えーからな。でも、諦めの悪さはあるつもりだぜ」
舞花の問いかけに口の端を上げる龍成。
つくづくこの青年も多くの事に巻き込まれると舞花は憐憫を覚える。
獏馬の事から始まり今の身の回りのこと、暁月や廻を介して、今や真性怪異と深道の事情にまで深く足を踏み入れようとしているのだから。
とはいえ、それは龍成自身の選択の結果だ。
運命というべきか、それとも彼の姉や従姉妹の如く澄原家の一族らしいというべきか。
そういえば、獏馬は元々何処から来たのだろうと舞花はふと疑問に思った。
暁月の恋人を狂わせた原因。宿敵であった獏馬は『偶然』燈堂当主である暁月の恋人、朝倉詩織に近づいたのだろうか。
そんな疑問を遮るように大蛇が雄叫びを発する。
「廻君を迎えに行けるようにするためにも、先ずはこの場を……やり遂げましょう、必ず」
「おう! いくぜ!」
龍成の声にボディも頷く。
万が一の時に庇えるよう、龍成の近くで戦うのだ。
「相手は強いですよ龍成。油断しないように」
「分かってる。お前も怪我すんなよ」
前回の醜態を思い出し、ボディは唇をぎゅっと噛む。
これ以上心配させてたまるものかと、大太刀を手に龍成の右斜め前方へ跳躍した。
「しかし、増えたり纏まったりと厄介ですね」
「明煌さん、本当に暁月さんそっくりであります!」
一の鳥居の前で『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は目を輝かせた。
「そうかい? まあ、似てても全然、あの子の考えてる事なんて分からないけどね」
寂しげに笑う明煌へムサシは目を瞬かせる。
優しくて穏やかで、暁月とそっくりなのに、何処か寂しげで。
独特な人なのだと感じるムサシ。
「っと、今は目の前に集中であります!」
ヴェルグリーズや星穹だけでなく、共に戦う自分達も狙ってくる英霊巳道。
それを打ち破り力を示すのがこの戦場の目的。
「なら見ていてください。自分達は、かならず勝ちます。
自分達が信頼してもらうためにも……勝ってみせるでありますとも!」
暁月の暴走を止めて、ハッピーエンドを掴み取ったのだ。
ここで負けてあの軌跡を無駄になんてできない。信仰であろうと何で在ろうと必ず勝つ!
「来いッ! 『英霊』巳道ッ! 宇宙保安官が相手になるでありますよッ!」
勢い良く飛び出したムサシの声が船上に響いた。
「革新やら新たな価値観、考え方ってぇのは頭に痛いよなぁ。分かる分かる。信仰なんてもんに縛られてるなら尚更だ。あんたもそう思ってんだろ? 深道明煌さんよお」
一の鳥居の前へとやってきた『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は明煌へと振り向く。
「……信仰ねぇ」
白い大蛇を見上げ口の端を上げる明煌。暗い瞳は何処か遠くを見ているように揺らめいた。
「だけども、よ。俺たちの邪魔になるんだったら踏んづけて乗り越えてやるまでよ。そんじゃしっかりきっかり見ておけよ? 信仰ってのは変えていいもんだってのを分からせてやるからよ」
「はは、頑張ってね。ニコラス君」
ニコラスは明煌に背を向けて、英霊に漆黒の大剣を掲げる。
「こいつを祓って俺達の強さを見せつけるって? かはは! シンプルでいいね。しかも相手月良けりゃ強いほどいいんだろ? 心激らせてくれるじゃねぇか!」
自分の出来ることなど限られているとニコラスは歯を見せた。
策を練った所で結局は真っ直ぐぶった斬るしかない。
「お帰り願おうか、英霊さんよぉ!!」
連携は密に。自分達は個じゃない。ローレットの仲間として繋がっている。
「かはは! お前が個であり全っていうのなら俺たちゃ全であり個ってわけだ! なら勝てない道理はねぇ。負ける道理もねぇわな!」
煙を吹かした『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)はそろそろかと煙草の火を消す。
「子に罪はねぇ。そう思わねぇか? 龍成」
「ああ、そうだな」
ヴェルグリーズや星穹の曇る顔は見たくないのだと天川は眉を寄せた。
彼らとて自分の大切な子供を残して往くなど納得できないだろう。
「それに、廻のこともある。これ以上ややこしい状況にして折角肩の荷を降ろした暁月を苦しめたくもねぇ。だからよ、俺らの力を見せつけてやろうぜ」
強い眼差しは『英霊』の姿を捉える。
根拠も無しに生まれたばかりの命を危険と決めつけ、一方的に自分達の実力を試すなどと。
「本家か何か知らねぇが気に入らねぇ。巳道? 上等だ。叩き斬ってやる」
己が最も友や仲間の役に立てるとしたら、戦闘の技量だと天川は定義する。
だから、この戦場に立っているのだと吠えた。
「祭りにゃ参加できねぇが、落ち着いてから暁月達を連れて飲みに行けばいい」
姿勢を落した天川は戦場を迂回し、巳道の後方へと回り込む。
「なあんか、品定めされているような気はするけど……」
シキは頬を膨らませ神楽殿に詰めかけた深道の人々を見遣る。
「ま、状況なんてどうでもいいさね」
信仰も祈りも全て、ひっくち返すぐらいの熱を見せつけ認めさせればいいのだ。
シキは深道三家が抱える問題は分からない。
「そう。難しいことはわかんない。けど、ただ暴れればいいんだろう?」
だったら話しは早い。黒き顎を持って押しつぶせばいいだけのこと。
蛇の腹へ穿たれる絶大な威力の牙を――
「……これだけ強い『信仰』なら、確かに『本家』の祓い屋としての道理もよーく、分かるが」
肩を竦めた『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)はガシガシと頭を掻いた。
「分かるが……まぁ、今は『気にするべきではない』事だな」
深く考えるのは後だと大蛇を見上げる。
個にして群。その神々しいまでの姿は深道の人々の願いの形。
「けれども此方にしては大事な『ご来賓』か」
舞台を築いて、丁重に持て成して差し上げるべきだとカイトは脳内に盤上を組み上げた。
戦場を俯瞰した視点で把握し共有する。それがカイトの役目。
己の一手はこの戦場を有利に運ぶ為の駒に過ぎない。
それを演じる事がカイトにとっての存在意義といってもいいだろう。
「やってやるぜ――」
「『英霊』巳道さま……」
大蛇が放つ気迫に圧倒されメイメイは身体を震わせる。
深道の人々の信仰が形になった存在は大きく、メイメイから見れば空を覆っているように思えた。
「わたしは少しでも戦いのお力添えを。縁の出来た人たちを、守りたい」
砂嵐がメイメイの足下から巻き上がり、巳道の身体へと弾ける。
この巳道を好きにさせれば、友人である廻へ危害が及ぶのだという。
穢れを祓う為に頑張っている廻の為にも、自分達がここで倒さねばならない相手。
負けないと勇気を振り絞り、メイメイは嵐の魔法を解き放つ。
「信仰の具現化……先の戦いもそうでしたが、すごいものですね」
感心するように英霊を睨み付ける『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は拳を握る。
「空殿もいつかこのようになるかもしれないという事ですか……なるほど。心配事は分かりました」
深道が懸念する最悪の事態は理解した。けれど、それでも生まれたばかりの子供を親と引き離す事は承服できないと迅は首を振る。未来はどうなるか分からない。分からないからこそ。
「……ヴェルグリーズ殿と星穹殿、お二人が傍にいる限り空殿はきっと心配されるような事にはならないと信じています。いざとなれば我らもいますしね」
それを深道の人々にも信じて貰うため力を示さなければならない。
「良いでしょう。得意分野です!」
迅は拳を掲げ、地面を蹴り上げる。
「相手が神であろうと英霊であろうと、この拳で全て殴り飛ばしてみせましょう!!」
迅が駆け出した後を追うように『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)が走り出す。
視線で迅の攻撃ポイントを見抜き、叩きつけられた拳を重ねた。
「お見事です貴道殿! 次行きますよ!」
「おう! 任せろ!」
大蛇の腹は固い鱗に覆われている。されど、迅と貴道の拳はその内側の内臓へと響く重さがあった。
「ねえ、朝比奈。前回はアンタの攻撃を受けてやるだけだったけど今回は違うわよ」
口角を上げたリアは隣の朝比奈へ言葉を投げる。
「こう見えて強いのよ? あの英霊をぶっ飛ばしてあたしの本気を見せてあげるわ!」
「ふふ、頼もしいじゃない。私もリアと一緒に戦ってみたかった」
敵対するんじゃなくて同じ敵に立ち向かってみたかったのだと朝比奈は笑った。
「じゃあ、行くわよ!」
「ええ! 任せて!」
リアと朝比奈が地を蹴り、一斉に英霊へと攻撃を解き放つ。
「俺はしゅうが優しい子なのを知ってるし、夜妖さん達がくれたお花も、栞にして大切に持ってる」
本当に英霊と戦わねばならぬのかとイーハトーヴは首を傾げた。
されど、絶対に守りたいものを守る為には、何かを犠牲にしなければならないことも分かっている。
「俺は廻を守りたい。お祭りで出会った夜妖さん達も、もうお友達だ。だから俺は、英霊と戦うよ」
「ああ、俺達もいるからなイーハトーヴ」
龍成はイーハトーヴの肩を優しく叩き、強気な笑みを零した。
「サポートは任せてね! この間掛けた迷惑の分くらいは挽回するから!」
「すまない! 祭りの夜妖と遊んでたら参戦が遅れた!」
ムエンは狐の面を外しながら浴衣姿で現れた。
縁日の雰囲気に染まっているけれど戦闘は問題無いと強気な眼差しを敵へと向ける。
「英霊「巳道」……深道の人々の信仰の化身か」
自分自身も故郷では信仰者であったとムエンは巳道を睨む。
「己が信仰を否定されるのは嫌だからこそ全力で私たちに挑んできているのだな。己が信仰が正しいという事の証明の為に。だが、信仰とは時代によって移ろうもの。代々重ねた信仰も、人の意志と、それを取り巻く社会のあり方に適応する形で変化していく」
英霊をイレギュラーズが打ち倒す事で、深道の信仰の在り方も変わる。
それを成す事が、全ての可能性を携える特異運命座標の使命。
まだ小さな夜妖は食べられていない事に祝音とムエンは安堵する。
祭りの度にこの夜妖が現れるのかと眉を寄せる祝音に日向は今回は特別だと答えた。
毎回こんなに危険な儀式を行えば、深道とて只では済まないだろう。
だからこそ、それを打ち破り『蛇神』繰切を倒すだけの力があると知らしめ安心させる。
つまり、信仰をイレギュラーズの力で変える意味合いがあるのだ。
「この祭りに来た人たちの楽しい思い出を一片たりとも食わせてなるものか。人々の思い出は、その人々のためのものだ。貴様が食い物にしていいものじゃない!」
「君達なんか……生まれ変わって可愛い猫さんになっちゃえ! みゃー!」
深道の家を信じていないと祝音は結界の中に居る春泥を見遣る。
彼女を匿って調査も罰しもしない。本家の名が聞いて呆れると嫌悪を示した。
明煌とて暁月と顔が似ているだけで信用できない。見た目だけ似ていても性格は全く別物に違いない。
双子でもそうなのだから、叔父と甥ならば尚更だと祝音はそっぽを向く。
「さて……」
己はどう動くべきかと考えていた『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は腰に下げた剣を抜いた。自分に出来る事はこの力を振う事くらいな物なのだ。
「今宵の俺は力を振るうだけの暴力装置。
例え英霊と呼ばれた存在であろうと、容易くやられはせんという所をお見せしよう」
刀身に月の灯りが弾け、黄金の髪をした騎士が大蛇の腹へ刃を走らせる。
振り抜いた剣の軌跡が真っ赤に染まり、血潮が地面へと飛び散った。
その血から這い出てくる無数の白蛇たち。これが個であり群である英霊巳道の在り様なのだろう。
「囲まれるなよ!」
「うん! りょーかい! 花丸ちゃんがこっちやるね! ジョーさんはそっちお願い!」
ベネディクトの声に花丸と定が連携し分散した白蛇へ対峙する。
「戦って……わたし達の力を見せなきゃいけないんだよねぇ」
英霊へとペリドットの視線を上げるシルキィ。
倒せなければ戦場に居る皆も、夜妖達も。
そして……廻も喰われてしまう。それだけはあってはならない。だから。
「負けないよぉ、絶対に……!」
分裂した夜妖をシルキィが的確に捉える。
増えるのならば、糸で絡め取ってしまえばいい。シルキィの糸は仲間を傷つけないのだから。
「一気に行くよぉ! 廻君のためにも此処は通さないよぉ!」
きっと廻は浄化の儀式で苦しんでいるのだろう。
簡単に回復するのならわざわざこんな厳重な『檻』の中へ囚われることなんてないのだから。
会えないのは寂しいけれど。廻は孤独に戦っている。ならば、自分も戦う。
シルキィは胸にしまったペンダントに手を当ててから敵へと糸を叩きつけた。
「灰斗殿は繰切殿の子であり、繰切殿より漏れ出たキリ殿の残光より生じた子」
アーマデルは隣で真剣な表情を浮かべる灰斗へ視線を上げる。
「即ち、深道の白蛇の子とも言える筈。それを深道に仇為す排除すべきものと判ずるのか。ああ、『個人』ではないのに随分と『人間』らしいことだ」
「……僕はいらない子扱いってことかな?」
「今の英霊にとっては、そう見えるようだな。まあ、俺達も同じようなものだ。だが、灰斗殿はいる子だ。繰切殿にとっても白銀殿にとってもチェレンチィ殿や俺達にとってもな」
アーマデルは灰斗の心が暗くならないよう精一杯励ましの言葉を掛ける。
生まれたばかりの灰斗は全ての事柄を吸収しやすいから慎重に優しい言葉で包まなければならないような気がするからだ。
アーマデルの『英霊残響』はかつての英雄達の遺した未練の欠片だ。
それは個人のものではなく、性質の近しいものをことばで束ねた集合意識。
使い続ける事で摩耗し、昇華されるもの。
巳道の英霊と近しいか、遠いか……ぶつけて見れば分るだろうかとアーマデルは剣柄を握る。
「それに、祭りに集まる小さな夜妖達も、縁の糸を撚り合わせたもの。束ねた糸を刈り取るというならば、見過ごせない」
アーマデルを挟んで向かいにいる弾正が灰斗を横目で見遣る。
子供によく泣かれるだけに、灰斗が怯えていないか不安なのだ。
「……?」
弾正の視線に気付き首を傾げた灰斗。
「いや、何でも無い。……灰斗殿が怪我をすれば、繰切殿も辛かろう。故に俺は剣をとる。
さぁ、修祓さえも楽しもうか!」
「うん! 皆が居てくれるから大丈夫だね」
微笑んだ灰斗の頭をぐしぐしと撫でて、弾正はアーマデルへ視線を送った。
二人は連携し左右から巳道を攻撃する算段らしい。
駆け出したアーマデルと弾正の背を灰斗が頼もしいと見つめる。
「英霊『巳道』を深道の人々の前で退けられれば、ボクらの力は認められて正しき信仰となり、灰斗さんたちも煌浄殿に入れられることはなくなると、そういう訳ですか」
チェレンチィは左目の眼帯に手を当て溜息を吐いた。
「……入ったら二度と出られないなんて、ダメです! 微かに見える外の景色は決して掴めない……そんな、辛くて、悲しい思いはして欲しくありません」
自分にも覚えがある。切り取られた小さな景色はやがて、嘲うかのように色を無くしていく。
「そのためにも、全力で戦わなければなりませんねぇ」
「うん……」
チェレンチィは灰斗の傍を離れぬように巳道へと斬りかかる。
一族に害を為す者の排斥となれば、悪神とされている繰切の子である灰斗が一番危ない。
「力の使い方を学ぶ良い機会でもあります、付き合いますから精一杯頑張りましょう……!」
「わかった! 頑張るよ!」
元気な灰斗の声にチックはほっと胸を撫で下ろす。
「あの時。まだ君は、何もわからない状態だった……よね。今に至るまで、灰斗は……少しずつ、色んな人と縁を繋いできた。おれやチェレンチィ、空……他にも沢山の仲間達が傍にいる」
チックは灰斗の肩に手を置いて祝福を施した。
優しい光に包まれた灰斗はチックが背を押してくれているような感覚になる。
「慣れない頃は……上手く力を扱う方法、わからない。おれも、そうだった」
「チックもそうだったの?」
灰斗の問いかけにチックはこくりと頷いた。
「そうだよ。此処にいられるのは、手を差し伸べてくれた人がいたから」
手を差し伸べてくれる人と灰斗はチックの言葉を繰り返す。
少しだけ不安は残るものだろう。戦いは怖くて痛みを伴うものだから。
灰斗の迷いを感じ取ったチックは彼を優しく翼で包み込んだ。
「……大丈夫。失敗を恐れないで、灰斗。まずは、信じてみて。自分自身を」
失敗しても自分達が支えるからとチックは笑顔を見せる。
「うん。チェレンチィの動きをよく見て。アーマデルと弾正の連携も……参考になるよ」
チックのアドバイスを確りと噛みしめ、灰斗はチェレンチィの隣に並び立った。
剣を手に巳道へと繰切の子が斬りかかる――
「闘いとあらば及ばずながら力になるぜ。剣聖を妄執でねじ伏せた剣鬼クロバ・フユツキ……今の肩書はこれで名乗ろうじゃないか」
双剣を手にクロバは歯を見せ笑った。
「さぁさご覧じろ、英霊サマに深道の皆さま。ここよりは俺の死線だぜ!」
叫びながら跳躍したクロバの剣檄が戦場に響き渡る。
子供のために無茶をする親バカな友人達を助ける為にクロバはこの場にいるのだ。
クロバはヴェルグリーズと星穹に視線を上げた。
「空を守るのもいいが前のめりすぎるのは子どもに心配かけるぜ?」
親が居て欲しい次期に居ないのは辛いものだとクロバは声を掛ける。
「だから嫌がられても手を貸してやる、融通の利かない友達って事で諦めなお二人さん!」
「クロバ殿……」
感謝を告げるヴェルグリーズと星穹に「問題無い」と視線を流すクロバ。
星穹は傍らの『息子』の手を握る。
この子を守りたいと心の底から想うのだ。
ただ、親だからという理由だけではない。自分達が分霊の主だから。
「例え空の生まれや素性がなんであろうと君には自由に幸せになってほしい」
ヴェルグリーズの言葉に星穹も同意するように頷く。
明るい未来を切り拓くのが親の務めだと心得ているとヴェルグリーズは空の肩に手を置いた。
「だからここで負けるわけにはいかない、必ず空を護ってみせる」
「ええ。絶対に守ります。空はまだ子供。怪我なんてさせるわけにはいきませんからね」
星穹はヴェルグリーズに己の鞘を託す。神々廻絶空刀を振るうには鞘の分霊があってこそ。
「ありがとう、父さん母さん」
「良いんですよ、空。私達は貴方を守るのが役目なのですから」
「じゃあ、行くよ」
ヴェルグリーズが空の手を取れば、人の形が揺らめき一本の刀となる。
ずしりと重い刀身。ヴェルグリーズにとってそれはの心地よい『子』の重さだ。
英霊巳道へ剣尖を向けたヴェルグリーズは姿勢を低くして、地を蹴り跳躍する。
刀身は蛇腹の隙間を断ち切り、血を地面へとまき散らした。
ヴェルグリーズの背後から迫る白蛇の牙を受け止めるのは星穹の腕。
瑠璃色の義手は固く、蛇牙をはじき返す。
一瞬、星穹の口元に笑みが浮かんだ。
ヴェルグリーズと空を守ることは星穹にとってこの上ない至福の時なのだろう。
「如何にも強そうな英霊とか正直戦いたくねーけど」
溜息を吐いた眞田は赤い髪を掻き上げ、英霊を睨み付ける。
戦いたくは無い。けれど眞田がこの戦場に来た理由は明白だった。
「でも俺の友達狙われんだよね? ぶっ潰すしかないじゃん」
何が英霊か。何が信仰か。そんなものどうだっていいと眞田は苛立ちを内面に映す。
穢れを祓う為に煌浄殿へと入った廻を、悪しきと断定し喰らおうというのだこの英霊は。
黒い影が眞田の全身を覆い隠した。
分裂した白蛇の動きを封じるため眞田は剣を走らせる。
動けなくなった蛇に重ねる刃。連撃は幾重にも敵の傷を深く抉った。
「俺もまぁ強いかもしれないけど、もっと強い皆もいるんだよね」
眞田は戦場で戦う仲間をぐるりと見渡す。
この戦場にはこんなにも多くの人が集まっているのだ。
「得体の知れない野郎でも一人じゃないから……きっと大丈夫!」
ぐっとナイフの柄を握った眞田は黒い影を揺らめかせた。
「───それで、こっちが本命の腕試しだったってわけだ」
太刀を抜いた竜真は刀身に月明りを反射させ、巳道のプレッシャーを押し返すように双眸を上げる。
「英霊とはまた大仰だがちょうどいい。俺も腕を慣らさせてもらおうか」
分裂から大蛇へと戻る一瞬を狙い、竜真は戦場を走った。
竜真の狙い通り、凝縮しようとしていた白蛇は刃影に戦き散開する。
その隙を逃がさないと竜真は刃を白蛇へ横薙ぎ一閃。
吹き上がる赤き血が太刀を伝って零れた。
例えどんなに強い神様が相手だって皆の為に、勝利は譲れないと昼顔は歯を食いしばる。
「皆、思いっきりやっちゃって!」
回復は自分に任せてくれと昼顔は声を上げた。
廻や空、灰斗の事がどうでもいい訳ではないけれど、昼顔が何より許せないのは。
「なんでお前は誰かが楽しんだ故に生まれたこの子達すら害為すって認識するんだ」
楽しい思いに引き寄せられて集まって来た夜妖。思い出の概念。
「確かにそれが喰われても、今日の事は皆の心の中に残るだろう。
でも、だからって害だと認識されて殺されて良い訳がない!」
それが正しいなんて、それが善神だなんて認めないと昼顔は強き眼差しで巳道を見上げた。
信仰を提示すること。結局はそれを見せつけるのは深道明煌と葛城春泥だと愛無は考える。
己の利用価値を証明する事が二人に切り込む鍵となるかもしれないのだと。
二人に『強さ』を証明する。
何よりも春泥に。愛無自身が証明しなければならない。
圧倒的な『強さ』を――
「これは賭けだ。とびきり頭の悪い賭けだ」
次を考えるならば棄却されるべき行いだ。何故、春泥に固執するのかも分からない。
けれど愛無には衝動のような執着だけがあった。
――故に虎穴虎児。斬り込む
愛無が叩きつけた攻撃で神楽殿の結界は粉々に砕け散った。
結界は万が一の攻撃の余波を弾くもの。強力な愛無の一撃を食らえばひとたまりも無い。
「……っあ、……っ」
「お母様!」
春泥の背に深々と刺さる愛無の黒槍と佐智子の悲痛な叫びが神楽殿に反響する。
「ひっ!」
「何故、ローレットのイレギュラーズが此方を攻撃してくるんだ!?」
「おい、どういう事だ!」
口々に恐怖に怯えるのは戦えぬ深道の人々。
それでも慌てふためき逃げ出さなかったのは流石、怪異と共に在る家の者達なのだろう。
「だー、もう。大丈夫だって。ほら、別にこれじゃ死なないし。大した傷じゃないの」
槍が刺さったまま立ち上がった春泥は慌てる深道の人達を安心させるように大仰に頭を抱えた。
「別に君達を攻撃する為に来たんじゃないから安心しなよ。あれは僕の子だ。まあ、つまり親子げんか」
春泥の声に、ほっとしたように息を吐く深道の者達。破天荒な春泥が『また』何か問題事を持ち込んだという空気感へ落とし所を着けたのだろう。
「先生、大丈夫ですか。すみません、私が居たから……」
槍を春泥の背から抜いた佐智子は心配そうに己の養母を見つめる。
「うん。まあギリギリ避けられたんだけど。あのタイミングで避けたら佐智子が怪我するしね。
それに、君のお姉ちゃんは僕と親子げんかしたいみたいだから。行ってくるよ」
少し嬉しそうな春泥の横顔を見送り佐智子は再び結界を張り直した。
「明煌か海晴こっち誰か付けて」
「分かりました。俺が付きますよ、先生。明煌は鳥居の方に居て貰った方が良い」
春泥の言葉を受け、神楽殿の前に走って来たのは深道海晴と実方眞哉、胡桃夜ミアンの三人だ。
海晴は煌浄殿二ノ社の管理人で、眞哉とミアンは『呪物』であった。
●
カイトは戦場を俯瞰した形で見つめる。
英霊巳道は果てしない強さを有していた。
それこそ深道三家の人々が信じた『英霊』という名の守護者なのだろう。
其れでも、カイトを含むイレギュラーズの活躍は深道の人々に強く印象づけられていた。
何故なら効率的な戦いと圧倒的な戦力で巳道の体力を削っているのが分かるからだ。
この調子であれば、イレギュラーズの勝利で終わるだろう。
だが、油断は禁物だ。勝敗はいつひっくり返ってもおかしくないのだから。
カイトは一つ深呼吸をして戦場を見渡す。
仲間が最適に力を発揮できるように。己のすべき事を成す。
「腕の見せどころだな」
すみれは一の鳥居の前――深道明煌の隣に立った。
「単刀直入に言って、廻様に何する気ですか」
煌浄殿にある禊の蛇窟へ入る者は人から逸脱していくとすみれは聞いていた。
「そこにいるあなたは何者なのですか」
「廻に何を……か。良い質問だね、すみれちゃん。
泥の器の浄化には体内にある穢れを祓わなければならないというのは知っているだろう?
浄化にも種類があってね。胎に生命力や魔力を注いだり、蛇に肉ごと食わせ再生を繰り返したり、一時的に精神的負荷を与えたりね。まあ、普通の人には耐えられないから……そういうのに尾ひれが付いて逸脱していくとかいう伝言になったのかもしれないね。廻はイレギュラーズだから多分、大丈夫だろう。
でもさ、苦痛だけでは辛いばかりで上手く浄化が出来ないからね。俺は割と優しいんだよ、これでも」
仲間の未来や大切なものをかけさせているくせによく言うとすみれは眉を寄せた。
この戦いでイレギュラーズの本気の戦力や戦法を偵察しているとも考えられるのだ。
まさかそんなこと、日向の一族が考えるとは思いたくはないが。
「これから本格化する浄化の儀式を邪魔されたくないですよねえ?」
「ふふ……君が来てくれたら廻が『喜ぶ』と思うよ。見に来るかい?
日向と同じように二ノ社まで許しをあげようか?」
苦痛に泣く廻がそれを見られて喜ぶなどと宣うのかこの男は。
「暁月様なら共に戦ってくれたと思うのですけれど、見てくれだけで、中身は全然似ていないのですね?」
「……はっ、似てるもんかよ」
さっきまでの意地悪そうな顔が嘘のように、切なげな瞳を浮かべ頭上を見上げる明煌。
刹那――
すみれの身体が赤い縄で締め上げられ宙を舞う。
目を見開いたすみれは先程まで自分が居た場所が深く抉れている事を把握した。
英霊の攻撃が飛んで来たのだろう。
「すみれちゃん、大丈夫?」
背を支えられ立ち上がったすみれは「ええ」と小さく頷く。
灰斗は剣を手に巳道へ突進した。
固い鱗にはじき返され後へ飛ばされた灰斗の身体をチェレンチィが受け止める。
「怪我してるね、いま回復するよ」
チェレンチィの腕の中で傷口を押さえる灰斗へチックの灯火が降り注いだ。
「ありがとう、チェレンチィもチックも」
「うん、大丈夫だよ」
少しずつではあるが灰斗もこの戦いの中でチェレンチィ達の動きを真似て力の使い方を覚えている。
成長の兆しにチェレンチィは目を細めた。
そして、青い瞳を一の鳥居の前に居る明煌へと向ける。
煌浄殿の主。そこに入れば明煌には逆らえない。穏やかそうではあるが、嫌な予感がするのだ。
チェレンチィは己の首元を不安げに擦った。
自分を閉じ込めてこの痕をつけた、あの人買いに何処か似ている気がするのだ。
弾正は戦闘の最中明煌へと視線を上げる。
優しく穏やかな印象を受けるけれど、本当に廻を預けるに足る人物なのか。
この戦場で力を示し、認めて貰うべき相手に疑心を持つのはよくないのだろうが。
弾正は優しい人間が相手である程身構えてしまうのだ。
過去に色々と騙されて生きてきたから。上辺だけの優しさに弾正は敏感だった。
されど、弾正が気を付けられる事といえば、音のエネルギーを探ることだけ。
明煌の衣擦れの音、動作一つ一つを広い分析する。
先程、すみれと話していた時には『暁月と中身が違う』という言葉に違う音を奏でた。
アーマデルも弾正が視線で追う明煌を見遣る。
僅かに撓みを感じたような気がしたのだ。気のせいだっただろうか。
己の師兄に少し似ているような気がしたなどと、知れば快くは思わぬであろうから。
「あれが……深道明煌」
舞花の零した言葉は戦場の剣檄に霧散する。
確かに暁月と非常に似ている。双子かと見紛うほどに。
その暁月と過去に何かあったというからには、要注意人物なのであろう。
そして、と舞花は葛城春泥へと視線を流す。
愛無が結界を破ってからというもの、春泥は神楽殿の前で彼女と戯れていた。
恐らく本家においても相当な立ち位置を確保しているのだろう。
先の一件が本家の実権者の意向とは流石に思えないからだ。
それに気になったのは先程の佐智子の『お母様』という言葉。あれは春泥に向けたもの。
だとすれば、或いは、暗躍処の話しではなく。
本家の姿勢も含めた今の絵図面を描いているのではないか。
されど、春泥一人であるとも限らないと舞花は眉を寄せる。
彼女の目的は何なのだろう。舞花は本家に張り巡らされた糸に考えを巡らせた。
「ほら、今の内に逃げろ」
ファニーは小さい夜妖を戦場の隅へと追いやる。
彼らを食べるよりも食べ応えのありそうなイレギュラーズに巳道の興味は移ったのだろう。
或いは、小さき者どもより特異運命座標を脅威と見做したか。
「はん、英霊サマともあろうものが、自分より小さくて弱いのをいじめて楽しいのか? 現世は現世を生きるやつらのもんだ。祖先なら祖先らしく、黙って見守ってろよ」
ちょっかいを掛けたくなる気持ちは分からないでもないが、藻掻きながら必死に今を生きているイレギュラーズ達が主役の方が、物語は面白くなるのだとファニーは歯を鳴らす。
「そんで、俺様は神様を信じてないんでね。信仰なんざくそくらえだ」
魔力を指先に。ファニーの白く美しい骨が大蛇へと向けられる。
味方を巻き込まぬよう放たれる精密な魔力。
力の奔流は収縮し、魔法陣を通して戦場を駆け抜けた。
ファニーの魔砲を受け飛び散った鱗が月明かりに煌めく。
「信仰の多寡によって強さが増すのですか。興味深いです」
キイチはファニーの砲撃を受けた大蛇の腹を見つめ小さく頷いた。
「それが本当ならば、僕も信仰心で強く成れる可能性がある。見極めさせて頂きますよ」
大局的には自分が手を出さなくとも、他の誰かが問題無く倒してしまうのだろうとキイチは考える。
だからこそ、己が成すべき事は自ずと限られてくるのだとも。
ファニーが魔砲を打ち続ける間、誰かが戦いに横やりを入れぬよう、戦場の隅々まで見渡すのだ。
といっても実際に凶行に及ばれれば、完全に止める術は無い。妨害が関の山だ。
それでも、その一手は誰かを守ることに繋がるのだ。
「それにしても、これが歴戦の猛者たちですか……」
キイチの目の前を咲耶が走り抜ける。美しい黒髪を靡かせた一見可憐な少女だ。
されど、その絡繰手甲から繰り出される強烈な一撃にキイチは感嘆の声を上げる。
可憐な見た目とは裏腹に侮れない実力を秘めているのだ。
深道の人達に力を示すというのは単純明快だと咲耶は笑みを浮かべる。
「ここに集うは冠位を三度退けた歴戦の猛者達でござる。
――ならばこの勇姿、しかと心に刻んでくれようぞ!」
手甲からクナイを取取り出した咲耶は闇夜に紛れ英霊巳道の背後へと回り込む。
今は大蛇の姿となっている英霊の背を駆け上がり、骨の隙間を狙って刃を走らせた。
咲耶を振り落すように身をくねらせる巳道の背に挿したクナイを持って足場とする。
この大蛇もまた人の願いから生まれたもの。
――『願いは祈り』。常夜の鎧の件といい最近は何かとこの手の事に縁があるでござるな。
咲耶は大蛇に剣を走らせながら考えを巡らせた。
「異物の排除をする為の祈りとはつまり外部、つまり未知のものへの恐れから来るもの」
内に籠れば籠る程に、いずれ願いは捩れ風化してゆくと咲耶は眉を寄せる。
「ならば二度とあの様な悲劇は起こさせまい。ここで彼等に新しい風を呼び込もう!」
クナイを手に巳道の背から尾へ向けて、走りながら刃を入れる咲耶。
痛みに藻掻きのたうち回る蛇が雄叫びを上げた。
英霊に勝つだけでは駄目なのだとサクラは結界の中に居る人達を一瞥する。
この戦いを見る人に強く信じて貰わなければならない。
力の強さだけではなく、自分達の心が強いということを。
「ホント、きっついよね」
けれどやらなければならない。空や灰斗、廻の為にも。
何より、いつか『梅泉センセー』を取り戻すにはそれぐらいの事をしなくてはならないのだ。
「いくよ真正怪異! 私達イレギュラーズの魂の強さを見せて上げる!」
サクラの剣尖が月の軌跡を描き巳道へと走れば、ベネディクトもまた剣を手に戦場を駆ける。
「俺は燃費が悪い車の様な物でな」
全力を出せば今の自分では長くは持たないとベネディクトは剣柄を強く握った。
「だが……」
サクラが駆け抜け、眞田が刃を入れたその一点、刹那の時間に。
己の全力を全て吐き出す――
何よりも手落ちになるのは全ての手札を切れずに戦いが終わることだから。
強き巳道を打ち倒すことで、深道の人々が信仰を覆すというのなら。
「英霊よ、貴方がどれだけの強さで俺達の前に立ち塞がろうとも俺達はそれを打ち破ろう」
磨き上げてきた武が友を守る信仰の形となるのなら。
それこそは武人の本懐であろうとベネディクトは青き眼差しを大蛇へと上げる。
「――我らが力、とくとご覧あれ!」
振われる剣の速度を、戦えぬ深道の人々は捉える事すらできないだろう。
ベネディクトはそれ程までに剣技を磨いてきた武人。
閃光が走り巳道の腸が弾ける。
その強さに、結界内の人々が息を飲んだ。
迅は深道の人々が驚き感心している感情を感じ取る。
きっと彼らはイレギュラーズの戦い振りを見て、純粋に凄いと思っているのだろう。
「でも、試練の為とは言え、小妖たちはちょっとかわいそうですね……」
迅は戦いの合間に戦場に紛れ込んだ小さな夜妖を隅に逃がした。
無益な殺生は出来るだけしたくないというのもある。
英霊巳道も小さな夜妖を喰らうよりも、イレギュラーズを脅威だと考え向かって来ているのだ。
「こっちに来てくれるのは好都合ですが」
分散した白蛇を追いかけるのは骨が折れる。
されど、迅は攻撃の手を緩めない。
ベネディクトが狙っている蛇を同じように狙い澄まし拳を叩き込むのだ。
そうする事によって確実に仕留める事が出来る。
即時の連携と機転。
それも深道の人々にイレギュラーズの強さを認めさせるのに功を奏しているようだった。
「行けそうですね!」
迅はカイトへと振り向き声を上げる。
カイトはこの戦場を俯瞰した形で的確に指示を出してくれている。
その彼へ深道の人達の感情を知らせるのは有効な戦略となるだろう。
「そっち行ったヤツは宜しくな明煌サン?」
「明煌でいいよ……こっちに持って来るなよ。面倒だな」
溜息を吐いた明煌はニコラスが『わざと』取り逃がした白蛇を見遣る。
仲良くしたいというのは本当だとニコラスは歯を見せた。
されど、腹に一物抱えているのか、何を考えているのか暴きたくなるのは人間の性だ。
ニコラスは明煌の着物の袖から赤い縄が出てくるのを見つける。
それは白蛇に絡みつき動きを止めた。追い打ちを掛けるように手にした釘で胴を縫い止め、いつの間にか手にした刀でズタズタに切り裂く。
「どっから出したんだ。その刀……」
ニコラスの右斜め前にはシキが大剣を振り上げていた。
「ほら、かかってきなよ! 君達の力はそんなもの?」
挑発すすようにシキは剣を横薙ぎに走らせる。
引き寄せられた蛇はシキの足下を執拗に狙った。
「甘いなぁ! これで切り裂いてやる!」
白蛇の胴を真っ二つに割るシキの大剣。血を払い再び集まってくる敵へ跳躍する。
アクアマリンの瞳で敵を睨み付けらシキは息を吸い込んで剣柄を握った。
「しつこい!」
流石は蛇といった所だろう。執念がにじみ出ているようだ。
シキは呼吸を整え、姿勢を低く取る。
「こっちだって、負けられないんだ!」
蛇腹を割いたシキはそのまま舞うように剣を振った。
「喪うのも喪わせるのも御免被る」
クロバは双剣で白蛇を切り裂き、血を振り払う。
その為なら信仰だろうと神だろうと斬り捨てる。エゴと言われようと構わない。
全力で貫き通すだけだとクロバは視線を上げた。
「剣聖に登る第一歩だ、こんなところで躓いてられないんでね?」
蛇にかまけて等いられない。全力でねじ伏せ、その上で証明してやるのだ。
「――俺達の強さってやつはこんなもんじゃねえんだよ!」
そうだろ。父さん。ま、アンタがしでかしたことに比べれば幾分かまだ可愛げがあると……って事でもないか。どいつもこいつも無茶しすぎようとするからいけない。
己が父は今どこで何をしているか分からないけれど。
自分の守りたい者の為、剣を振う。強さの象徴。目指すべき背をクロバは追いかける。
天川は大蛇の前に対峙し、その刃で斬り込んだ。
堂々たる体格から繰り出される剣技は、大蛇の鱗を剥ぎ、その内側の筋肉を断ち切る。
血が噴き出し、それを真正面から浴びても天川は留まるところを知らない。
飛び散った大蛇の血から白蛇が湧き上がり、天川の足へ噛みつく。
痛みが神経を焼き、天川の顔が苦悶を浮かべた。
されど、一瞬のあと、白蛇は宙を舞う。
「少しばかり荒っぽいが元よりぶった斬るつもりだ。悪く思うなよ!」
巻き上げられた蛇は、執念深く天川の腕に噛みついた。
其れに気を取られ胴に蛇が巻き付く。
背骨が軋む程に締め上げられた天川は、不敵な笑みを零した。
「はっ……、待たせたな。やっとこさ体も暖まってきた。行くぜ?」
かけ声と共に、内側から蛇を切り裂いた天川。
バラバラに切り刻まれた白蛇が地面に叩きつけられ霧散する。
「龍成大丈夫!?」
「ああ、問題ねぇよ。こんぐらい」
口から出た血を拭って、龍成は回復をしてくれるイーハトーヴに手を上げる。
俯くな。立ち止まるな。心の悲鳴に耳を貸すなと歯を食いしばるイーハトーヴ。
自分の心が血を流すのなんて些末なことだから。
大丈夫かと問いかけるオフィーリアに有難うと告げて。
イーハトーヴは確りと戦場を見つめた。
「龍成! まさか若いお前さんが先にへばっちゃあねぇだろうな? こっからだ! 気合入れろ!」
遠くから聞こえる天川の声に龍成は大丈夫だと手を上げる。
「わーってるよ! おっさんも大概心配性だなぁ!」
イーハトーヴの手を借りて立ち上がる龍成。
「……まぁ『英霊』様に挑むには『俺』はあまりにもヒロイックな側を臨んじゃ居ませんがね」
其れでもこの物語の脚本に文句付ける権利位は持ち合わせているのだとカイトは歯を見せる。
巳道へ踏み込み過ぎぬよう、己の位置は全てを見通せる場所に置くのだ。
大切な人の為に身体を張るヒーローがいるなら、それを無意味だといわせない為の『支え』になる。
それがカイトという役者の矜持であるのだ。
「随分と捻くれた演者で御座いますが……最後までお付き合い下さいませ」
この場に集った強き意思を持つ者の覚悟を、みせつけてやれと。カイトは吠える。
カイトの誘導でシキの大剣が的確に大蛇の傷口を抉った。
「次は!?」
「右上の薄い場所だ!」
了解と跳ねるシキの攻撃にあわせ貴道も拳を叩き込む。
ファニーの魔力の奔流がキイチの頬すれすれを掠め、大蛇へと弾けた。
「ちょ、当たるかと思って吃驚しました」
「大丈夫だ。当たんねぇように撃ってるって」
歯を鳴らして笑うファニーにキイチは「もう……」と溜息を吐く。
けれど、こうした小さなやり取りが戦場での過度の緊張を解してくれるのだ。
レイチェルは戦場の合間を困ったように彷徨う小さな夜妖を戦場の隅へと避難させる。
彼ら小さな夜妖達は『思い出の概念』で害もないもの。
「それを無慈悲に喰らう──何が英霊だ、反吐が出る」
幸いな事に、小さな夜妖を喰らう前に美味しそうなイレギュラーズに目が眩んだらしい。
もしくは、イレギュラーズをより脅威と見做したか。
「……一番この世で醜く恐ろしいのは、人の心だなァ。やはり」
己の心に燻る思い。復讐鬼になっても尚、追いかけ続けた男の顔が脳裏に揺れる。
思い出すだけで胸の奥に憎悪が沸き上がるのだ。
身体を這う文様が忘れるな言わんばかりに熱を帯びる。
いくら仲間と思い出を重ねようと、心に滾る復讐の炎は消せやしないのだ。
そして、それは仲間を守る力にもなり得る。
「小さな夜妖も仲間達も、俺が立っている内は誰も傷付けさせねぇぞ?」
巻き上がる炎が巳道の身体を覆い尽くした。
「というか信仰の結果、一族に害為す者の排斥って聞こえは良いけど。やってる事は一族以外拒絶とかどうなってんだ此の家!?」
昼顔の叫びにカイトが「まあ、古い家らしいからな」と溜息を吐いた。
初めは純粋な信仰だったものが、時間を重ねる毎に少しずつ歪んで行く。
それを進化と捉える事も出来ようが、捩れと称する事もできるとカイトは首を振った。
昼顔は彷徨っていた小さな夜妖を抱き上げ、戦場の隅へと連れて行く。
「大丈夫。ちゃんと僕達が守ってみせるから」
メイメイは怪我を負った龍成へと星のタクトを翳す。
「すまねぇ……」
「いえ、大丈夫ですよ」
以前であれば夜妖の力でボディやレイチェル達と渡り合えていたはずなのに。
夜妖憑きでは無くなった龍成は純粋な戦闘では、足手纏いになるのかと悔しげに拳を握る。
その手をメイメイはぽんぽんと包んだ。
「龍成さんが居るから、ボディさんもレイチェルさんもサクラさんもイーハトーヴさんも頑張れるんですよ。わ、私も頑張ってますので、廻さんが危ない目にあうのは、避けたいな、と」
一生懸命励ましてくれているメイメイに龍成は「ありがとう」と眉を下げた。
「よし、俺行ってくるわ。あいつらの背中ぐらいは守れるようになんねーとな」
ムサシは積極的に前に出て巳道を相手取る。
青年のボディスーツ背面から射出されたビットが攻撃を仕掛けて来た巳道へ迎撃砲を打ち込んだ。
「流石でありますね……!」
人々の信仰を集めし英霊巳道。その強さをムサシは身体で体感していた。
締め付けられる身体が軋みを上げる。骨が砕け内蔵が飛び出てくるような感覚に襲われる。
けれど、ムサシは相手がどんな存在であっても挫けない。
引いてしまえば深道の人々に信じて貰えなくなる。だから、絶対に負けない――
「まだだ……まだっ! 自分はッ! こんな程度では倒れないでありますっ!」
口から血を吐いて尚、ムサシは闘士を燃やし続けた。
ムエンは英霊の本質を少しでも理解するため、探りを入れる。
真性怪異に近しい英霊に解析を試みることは謂わば自殺行為であった。
彼女の中に流れ込む幾つもの感情や思念は精神を侵食する。
ムエンは叫び声を上げて地に膝を付いた。流れ込む沢山の思念に心が悲鳴を上げる。
――守らねばならない。我が子らを悪しきから守らねばならない。
英霊は純粋に、深道の子らの呼び声に応じ『脅威』となるものを排斥しようとしているのだ。
だからこの戦いは、そんな守護者をも倒すイレギュラーズを『信じたい』者たちによって行われているのだとムエンは理解したのだ。それこそ、信仰を塗り替えることに他ならないのだから。
「大丈夫?」
花丸はムエンを庇うように肩を貸す。
「お父さん、ムエンさんお願い!」
「分かった。……あの巳道は純粋な願いの塊なんだろうな」
誠司の言葉にサクラはぎゅっと拳を握り締めた。
今の自分なら、英霊巳道を深く読み取れるはずだから。
「深道三家の信仰そのものである存在なら何を目的としているか手掛かりを得られるかも知れない」
「おい、よせ! さっきムエンも倒れただろう。危険すぎるぞ!」
誠司は背を向けるサクラに忠告を投げる。
「危険だってわかってるけど……! 何も諦めたくない!」
「そうだよ」
武力は自分達の強さの本質ではないと昼顔は声を張る。
「巳道、教えてあげる。己が傷ついても、受け入れようと手を伸ばすのが僕達の強さだ」
だからこそきっと、廻も龍成も暁月だって救えた。
繰切との共存の道も僅かに見えた。
「僕は君に手を伸ばすから。その手を取って。少しは受け入れる強さを知ってよ」
真性怪異を解析し侵食を受けた昼顔はこれぐらいでは戸惑わない。
ムサシは大蛇となった巳道へと狙いを定める。
自分が受けた数々の傷を力に変え、地面を蹴った。
月明かりに跳躍したムサシは紅き焔をその身に宿す。
「これが自分たちの力だっ……! ゼタシウムゥゥゥ……ストリィィィィィムッ!!!!」
十字の閃光が戦場に走る。
煌めきを帯びた軌跡が巳道の脳天を切り裂いた。
ムサシの光の十字を追って竜真も姿勢を低く構える。
チラリと戦場を見渡せば、リアの隣に朝比奈が見えた。
この巳道と戦う事で、朝比奈へのケジメを見せる事ができればと竜真は考える。
暁月を殺そうとした事も、この巳道との戦いも救いたいという願いがあるから。
この先の未来を変えて行きたいと祈るから。
竜真は息を吐いて正眼に巳道を捉える。
ムサシが十字に焼いた傷口へ走らせるは黒き獣。
大きな顎が巳道の腹を破り、雄叫びが戦場に響き渡った。
ボディは戦場に立つ空を見つめ息を吐く。
生まれた命があり、それが脅かされるというのなら、この刃を振うと決めた。
暁月を助けてくれた、あの二人の為にも。
――信仰よりも強い意志を、見せてやる。
「この姿も空の成長に合わせて変わっていくこともあるかもしれないね」
剣の姿となった神々廻絶空刀へヴェルグリーズは声を掛ける。
元々は無限廻廊の分霊である空が、暁月の持つ本霊の姿へ近づくこともあるかもしれないとヴェルグリーズは考えたのだ。もちろん、既に個体となった空が別の姿へ変化する事だってあるだろう。
「今からキミの成長が楽しみだよ空、親とはこんなにも楽しいものなんだね」
「父さん……」
少し照れたような声色が聞こえてくる。
その隣で星穹は小さく息を吐いた。
彼女の胸を占めるのは誓いであり『我儘』であった。
剣である二人にはきっと分からないもの。
……私は、空には手を汚して欲しくない。
だから。空の未来を汚すものは全てこの手で排除してみせると星穹は拳を握った。
今のところ自分達は『神々廻絶空刀』の真の力を知らないとヴェルグリーズは剣へ視線を落す。
この先の事を考えれば、彼の実力を知らねばならないだろう。
深道の人々に力を示す為にも。
「星穹殿。空……行こう!」
「さぁ、照らし出して。神々廻絶空刀」
無幻星鞘はどうか兄を守ってと星穹が微笑む。
「……あなたの姿が見えないのは残念だけれど。あなただって、大切に想っていますからね
ヴェルグリーズ。無茶はせずに帰ってくること。いいですね。それでは……行きましょう」
花丸は深道三家の『信仰』の前に立ち視線を上げる。
真性怪異に限りなく近い存在。それは人間である以上、本能的な恐怖を覚えるものだ。
拳を握った花丸は大きく深呼吸をした。
「だとしても、逃げないよっ!」
何としても立ち向かうのだ。
「いつかひよのさんだって支えられるようになるって。そう決めたんだからっ!」
誰かの為に力を振う。誰かを守る為に強くなる。
それを教えてくれたのは、父であり仲間であり。
花丸自身が勝ち取った、強き心だ。
だから、深道三家の信仰だって変えてみせる。信じさせてやる。
「イレギュラーズは強いんだから!」
信仰の力なら自分達も負けないと定は赤い口元を拭う。
信じる力は何も教えだけではない、人間同士にだって当てはまるのだと定は拳を握った。
「僕は花丸ちゃんを信じている。だから戦ってこれたんだ」
満身創痍は起爆剤。駆け抜ける速度は更に上がる。
「これから夏休みだって言うのに、こんな夏のスタートラインからコケていられないだろう?
ああ、依頼の補習は勘弁さ!」
「そうだよジョーさん! まだまだ、遊び足りないんだから!」
だから、この期末試験<強さの証明>を、此処で終わらせてやろう。
エンジンは十分に温まった。
「花丸ちゃんの手だって、伊達に傷付いて来たわけじゃない」
定は花丸の手袋の下を知っている。傷だらけの拳をいつも隠していることも。
それでも、彼女の傷は誰かを守ってきた証だから。
「――その恰好良い手で今まで君がしてきたこと、積み重ねて来た事を見せてやれ!」
言葉に力が宿るのならば、きっと今が一番の祝福だ。
拳を前へ。
幾度も重ねた、痛みと思い出の先に走り出すために。
英雄は必ず帰って来なければならないのだと。
花丸が纏う光は、英霊へと叩きつけられる。
「これが、私達の力だ――――――ッ!!!!」
眩い光に穿たれた巳道はその巨体を地面に伏した。
サクラは巳道の傷付いた身体を抱きしめる。
彼らに悪意は無いのだろう。信じてくれる子らの為、正義の為に動いているのだ。
それが一番恐ろしいのだとサクラは息を吐いた。
自分の故郷でそれを目の当たりにしてきたから。
それでも、サクラは止まらない。
見極めた先に、何かがあるかもしれないから。
――あなたは、私達の大切な子供。
だから何があっても、護って見せる。
それは子を思う母の言葉だ。
奇しくも、それは星穹の言葉であり、巳道の心でもあった。
子を遺して死んでいく無念を知りながら、それに抗い多くの思い出を刻んだ母の意思。
「空のために多くを残してから死にたいの。
だから。空は、私が護る――」
柔らかな光の中で、サクラは目を瞬かせる。
優しい揺り籠は英霊が深道の子供達を想う気持ちだ。
「私は巳道と呼ばれる者。この地と血を守りし子らの守護者」
白く輝く銀の髪、黄金の瞳。サクラは彼女の『顔』をよく知っていた。
燈堂の白蛇。暁月の右腕『白銀』と同じ顔をしていたのだ。
「白銀さんに似てる?」
「ええ、あれは繰切の子、白鋼斬影を継ぐ者。私は白鋼斬影の妹。銀詩石影と申します」
銀詩石影(ぎんしせきえい)と名乗った女はサクラへと手を伸ばす。
その手を取ったサクラに流れ込む思念は、これまで巳道が感じてきた悲しみや嬉しさ、怒りや憎しみ。
「もう、深道の子らは私を必要としないのでしょう。貴方達イレギュラーズが居れば、繰切を倒し得るのだと可能性を夢見てしまっている。そして実際に貴方達は私を打ち倒した」
「それは……」
言葉を迷うサクラに優しく微笑む石影。
「私はそれで良いのだと思います。私は子らを守ってきました。けれど、もう彼らは私が居なくとも自分達の力で歩いて行ける。少し寂しいですが、それを祝福しない親はいませんよ。――巣立ちの時です」
イレギュラーズが戦って勝利したから深道の信仰は変わる。
だから、銀詩石影の役目もここで終わり。
彼女の輪郭がゆっくりと消えて行く。
「待って……『貴方』はどうなるの?」
役目から解放されたのなら、今度は銀詩石影自身の道を歩む事が出来るはずだ。
だから、と。サクラは握っていた手に力を込める。
「一緒に行こう? まだこの世界には沢山の知らない事があるよ」
この地で深道を守護するだけの存在だった銀詩石影にサクラは新しい生き方を示した。
瞬間、空間が弾け光の粒子が天へ昇っていく。
それは巳道が内包していた全ての思いと切なる願い。
母なる英霊は『信仰』と共に眩い光になって消えた。
気付けば元の広場へと戻っていた。
目を瞬かせたサクラは腕の中に重みを感じて視線を落す。
そこには、幼子がすやすやと寝息を立てていた。
「……ふふ、可愛い寝顔」
サクラは腕の中で眠る幼子を優しく抱きしめた。
●
静けさを取り戻した戦場で花丸は父誠司の前に佇む。
言いたい事は沢山あった。こみ上げる思いと感情が花丸を包んだ。
「えっと、お父さん……私ね。お父さんが居なくなってからすごく心配で……でも生きててくれて」
本当に良かったという言葉が、涙と共に流れて行く。
「――お父さんっ」
「花丸……良かった」
見ない間に成長した花丸を優しく強く抱きしめる誠司。
その様子を定はそっと見守る。
「君は花丸の友達だったね。一緒に戦ってくれてありがとう」
「はい。花丸ちゃんと僕は確かに相思相愛だけれど、ラブではないです」
「……え?」
定の突拍子も無い情報に誠司と花丸は目を丸くする。
「ちょちょ、ジョーさん!」
「父親として喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……?」
首を傾げた誠司に「必要無い情報だった?」と問いかける定。
花丸の友人は面白く頼もしいと誠司は目を細めた。
昼顔はふと花丸と誠司を見つめ心に哀愁を感じる。
召喚されてから随分と経つのに未だ母親の顔が頭の中に浮かぶのだ。
誕生日が近いのもあるだろう、夏祭りの楽しさに当てられたのもあるだろう。
会いたいと昼顔は小さく呟いた。
祝音はあの八千代と名乗ったハチワレの猫を探す。
「んにゃ、祝音? どうしたの?」
ようやく戦場の隅で見つけた八千代に祝音は抱きついた。
「祓われたかと思ったよ」
「ああ、ボクは祓われないよ。明煌と契約してる煌浄殿の『呪物』だからね。いまは小さい夜妖を送り出してるとこだよ。こんないっぱい集めたはいいけど、帰す事も考えて欲しいよねぇ」
「小さい夜妖さん食べられちゃったの?」
涙ぐむ祝音に「大丈夫」と八千代は身体を擦りつける。
「こいつら食べるより、もっと強くて美味しそうなものがあったから、そっちに目が眩んだんだろうね。だから大丈夫。そのうち元の所へ戻って行くよ。でも煌浄殿に入ったら危ないから、こうしてお帰り願ってる」
八千代は一の鳥居へ小さな夜妖が近づかないように尻尾で追い払っていた。
「そっか。良かった」
「あ、八千代こんな所に居たんだ」
祝音達の元へ日向とすみれが手を振って歩いて来る。
「日向さん、あの……聞きたいことがあって。あの人の紅い目や眼帯……何かあったの?」
「あの人って明煌さん? 赤い目は元からだと思うよ。深道の子って黒髪赤瞳が多いんだ。僕も元々はそうだよ。管狐が憑いた時にこの色になったの。暁月さんは東京に行っちゃったでしょ? 先生してるし、怖がられるからって魔力で黒くしてるらしいよ。朝比奈ちゃんと夜見さんは目赤いしね。
あと、眼帯してるのは、右目無いからだね。一度、小さい時に眼帯取ってってねだった事があるんだけど、有るべきものが無いのは怖いんだ。泣いてしまった僕を明煌さんは優しく撫でてくれたよ。ごめんって。謝るのは僕の方なのにね」
日向は少し離れた場所に居る明煌に視線を上げた。
「どうでありますかっ! これが、自分達イレギュラーズの力でありますっ!」
ムサシは明煌の前に走り込んで、得意げな表情を見せる。
「約束通り、自分達を信じてくださいでありますよっ!!」
「はいはい。よく頑張りました」
明煌はムサシの頭を掴みぐるぐると時計回りに回した。
「どうだった、俺達は。及第点か?」
ベネディクトが明煌へと問いかければ「そうだね」と頷いてみせる。
赤い瞳には蔑みの色なんてものはなくて、けれど嬉楽のような分かりやすい表情でもない。
底の見えぬ深淵をベネディクトは明煌の瞳に感じた。
「どんなもんだい。やってやったぜ」
ニコラスもムサシやベネディクトと同じく、明煌の感想を聞きに来る。
「ふふ、やっぱりローレットのイレギュラーズは凄いんだねぇ。戦い慣れてる。その強さは深道の中にも轟くだろうね。お疲れ様」
明煌からの評価を聞いたベネディクトは一つ聞きたい事があると前に出た。
「廻から暁月に対して何か言伝か手紙の様な物はないか?」
「手紙は無いけど、『暁月さんや皆が待ってくれてるから頑張ります』とよく言ってるね。
まあ、でも寂いのか『皆に会いたい』とはたまに零すね」
そうかと呟いたベネディクトの隣にメイメイが困ったように眉を下げた。
「廻さまにお会い出来れば、と思いましたが、やはり難しいのです、ね」
「そうだね。廻はいま大切な浄化の儀式をしているからね。廻の体調や穢れの汚染にも波があってタイミングが難しいんだよ。悪いね」
メイメイはそれなら言伝をと明煌の目の前に立つ。
「廻さま、つらい時や寂しい時は、わたしたちのことを想って下さい、ねと伝えて貰えますか?」
気持ちが繋がっていれば、きっと負けはしないから。
「分かったよ。メイメイちゃんからの言葉ちゃんと伝えるね」
優しい言葉が降ってきてメイメイは安堵した。
されど暁月に似て優しそうで強い明煌の瞳は、何処か暗く胸が恐怖に締め付けられる。
「これで満足か? だがな、俺は気に入らねぇ。気に入らねぇな。本家か何か知らんが、あんたらは暁月がずっと苦しんでいる時に何をしていた? あんたらは、あの子供達の何を知ってる?」
天川は苛立ちを隠そうともせず明煌へと言葉を投げる。
「……」
無言で天川を睨み返す明煌の着物の裾から、赤い縄が揺らめいた。
言い返さないのは何か裏があるのか、それとも――
「まぁいい。最後に忠告だ。もし、もしだ。俺の弟分や仲間達に危害を加えるつもりなら、俺はあんたらを敵とみなす。それを忘れるじゃねぇぞ」
天川の言葉は憤りや僅かな恐怖、そして怒りを孕んでいると迅は感じ取る。
対する明煌の感情は『悲しみ』に満たされていた。それを抑制するように苛立ちを被せている。
明煌は天川の言葉を受けて心の中で悲しみに嘆いているのだろうか。
強い指向性のある感情を探るものだから確証は無いが、迅はそう感じ取った。
「明煌さん、伝言をお願いしたいな」
シルキィは明煌の元へやってきて緩く微笑む。
「……ああ、大丈夫だよ」
心を落ち着けるように小さく息を吐いた明煌はシルキィへと向き直った。
「わたし、いつでも待ってるからって……シルキィがそう言ってたって、廻君に伝えて」
「そうか……君がシルキィちゃんか。廻がよく君の話をしてくれるよ。
ペンダントを大切そうに見せてくれるんだよ。儀式の時は外してるからね。
もう少しこっちの生活に慣れたら連絡できるようになるんじゃないかな。いま、廻はいっぱいいっぱいだからさ。環境の変化に身体が追いついてないんだね。無理も無い」
明煌はシルキィの耳元へ囁くように言葉を落す。
「ペンダント何時でもつけるように言っておこうか?もしくは、二ノ社までの『許し』をあげようか?
殆ど泣いてるだろうけどね。見たいかい? 君が見たいなら廻に言っておくよ?」
それは廻がシルキィに聞かれたくない声、見られたくない姿であろう。頑張っているのだから泣き言を言ってる姿を知られたくないと思うのは彼女が廻にとって大切な存在であるから。
シルキィは首を横に振る。廻が話したいと思える時間に、言葉を聞きたい。
「そうか、残念だよ。廻が『喜ぶ』と思ったのにな」
意地悪そうな声が耳元で響いた。
――……キミが呼んでくれるなら、いつでもわたしは応えるから。
辛くなったら、会いたいと思ってくれるなら……わたしを呼んでね、廻君。
「深道家は夜妖憑きを多く抱えられているそうですが、貴方も夜妖憑きなのでしょうか?」
煌浄殿の主という権限まであるのだ、興味本位でボディは明煌へ問いかける。
「ああ、俺は夜妖憑きだよ。さっきも出してたんだけど。三匹の白蛇だね。あと、この白灯の蝶はずっと居てくれるけど、君達の感覚からすれば妖精に近いものなのかもしれないね」
明煌の袖から出た赤い縄と釘、それに血刀が人の姿へと変幻する。
「やぁやぁやぁ! こんばんは、僕は明煌の忠実なる僕。命奪の蛇シンシャだよ。ヨロシクね!」
陽気な赤髪のシンシャがボディの手をぶんぶんと振り回す。
その後には白灰の長髪を一房赤く染めた青年と、何処か燈堂の白銀を思わせる静かな青年が立っていた。
「俺はシルベ。呪縛の蛇だ。こっちの一見クールそうに見えるヤツはヤナギ。刺牙の蛇」
「いや、私はいつもクールですけど?」
ボディは二人の青年を見比べて、成程と納得したように頷く。ヤナギという夜妖は見た目は少し白銀に似ているが中身はまるで違うらしい。
「……そういえば、何故呪物へのこんな権限を持てる深道明煌様は燈堂の頭首に、無限廻廊の所持者にならなかったのでしょう。なぜ、選ばれなかっ……」
「あー! 待って待ってボディちゃん」
少年の見た目をしたシンシャがボディと明煌の間に割って入る。
「龍成君が待ってるよ、ほら」
「え……あの」
困惑したまま振り返ったボディは心配そうに様子を伺う龍成を見つけた。
「暁月が燈堂の当主になると決めたからだ……俺は、選ばれなかった」
暗い声で明煌はボディの問いに答える。その間にボディの身体に赤い縄が巻き付いた。首の金属が軋む音が耳朶に響き、手首の骨と肉に痛みが走る。
燈堂の当主となる事を暁月は望んだ。
遠くへ行くことを、明煌の元を離れる事を選択した。
――――明煌は『選ばれなかった』のだ。
「明煌、落ち着いて。その子、燈堂に住んでる子ですよ。甥っ子に迷惑掛かるんじゃないですか?
シルベも主が無茶する前に止めて下さいよ」
「……逆らうの疲れるから面倒だなと」
ヤナギの非難がましい声にシルベは溜息を吐く。
「明煌、お前何やっとんねん」
戦闘が落ち着いて明煌の元へ走って来たのは煌浄殿二ノ社の管理を任されている深道海晴だ。
海晴と共にやってきた銀髪の童子、胡桃夜ミアンが明煌の足に抱きつく。
「ん……、明煌プリン、あるから帰ろ」
その後ろにはハラハラと心配そうにミアンと明煌を見つめる実方眞哉の姿もあった。
ぐしゃりと髪をかきあげた明煌は大きく溜息を吐いて、小さなミアンを軽々と抱き上げる。
「ごめんね、ボディちゃん。ちょっとうちの縄が粗相をしてしまったみたいだ。俺は此処で上がらせてもらうよ。廻も寂しく待ってるだろうしね。じゃあ、暁月によろしく」
仄暗い笑みを浮かべた明煌は踵を返し、一の鳥居の中へと消えて行った。
その後を白灯の蝶が緩やかに光の尾を引いて飛んで行く。
「おい、ボディ大丈夫か?」
「はい……」
心配そうに駆け寄って来た龍成はボディの手を取って眉を寄せる。
赤い縄が絞めたあとが手首に残っていたからだ。
「無茶すんなよな。殺されるかと思ったわ」
『英霊』巳道が倒された。
その事実は瞬く間に深道三家の人々へ広まる。
自分達を守ってくれていた信仰は打ち破られ。
その代わりにイレギュラーズの可能性を信じる者が現れ始めた。
深道三家の悲願である『繰切を倒す』可能性を持っているのだと――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
英霊巳道は無事打ち倒され、生まれ変わりました。
深道三家の人々の信仰は変わって行くことでしょう。
MVPは英霊巳道とその信仰の本質を見抜き手を伸ばした方へ。お見事でした。
GMコメント
もみじです。
祓い屋最終章、第三部、二話です。
本家深道に行ってみましょう!
※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
●はじめに
後述のパートごとに分れています。
・【1】か【2】に居る場合、【3】には行けません(場所が違うので)
・行動は絞った方がその場の描写は多くなります。
------------------------------------------------------------
【1】本家深道でお祭り(イベント)
●目的
・お祭りを楽しむ
(楽しめば楽しむほど【2】を優位に出来ます)
●ロケーション
再現性京都です。
昔ながらの和風建築が多く、美しい町並みが広がっています。
本家深道へ続く道沿いに縁日が開かれます。
燈籠や提灯に照らされた道には、人がたくさんいます。
金魚掬いやヨーヨー掬い、射的、くじ、型抜き、お面
ベビーカステラ、イカ焼き、かき氷、たこ焼き、お好み焼き、からあげ他
縁日にありそうなものがあります。
開けた場所で盆踊りをしています。
●出来る事
盆踊り縁日でお祭りを楽しめます。
楽しいという気持ちに釣られて、小さな夜妖がやってきます。
小さな夜妖は妖精みたいなものです。
人が多いので、夜妖は子供や動物、ぬいぐるみに間違われるでしょう。
縁日や盆踊りで一緒に遊んであげましょう。
NPCを誘って遊びにいくのもいいでしょう。
【2】への影響があります。
一緒に遊べば遊ぶほど、敵が強くなります。
強い敵を倒す方がいいので、たくさん遊びましょう!
●夜妖
小さな夜妖です。座敷童や妖精、子鬼など。
お面をつけていたり、縫いぐるみ姿だったりします。
彼らは小さな存在なので、祓わなくても問題ありません。
一緒に遊んであげましょう。
●NPC
○『刃魔』澄原龍成(p3n000215)
元々は獏馬と共に廻達と争っていたが、イレギュラーズに殴り飛ばされ改心しました。
意外と根は真面目で、優しい一面を持っています。
口が悪いのは照れ屋で不器用なせいです。
○『星剣』神々廻絶空刀と『繰切の子』灰斗
ヴェルグリーズと星穹の奇跡の余波から生まれた少年『空』と繰切の子『灰斗』です。
お祭りは初めてなので、ふたりともはしゃいでいます。
口喧嘩はしますが、仲良しです。
○『深道の権力者』深道佐智子
暁月の祖母、明煌の母です。深道の実権を握る一人です。
一族の行く末を考え、厳しい一面もありますが、
優しい人で、遅くに産んだ末の子『明煌』を溺愛しています。
○『煌浄殿の主』深道明煌
禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。
暁月とは過去に何かあったようですが、優しく穏やかな印象を受けます。
○『深道の相談役』葛城春泥
佐智子の幼い頃には既に深道の相談役だった事から、影響力が強い人物です。
深道の人達は彼女を信頼しています。
暁月や龍成、廻に『呪い』を掛けた張本人でもあります。
何か思惑があるような気配がしますが、人目があるので斬りかかるのはやめておきましょう。
○『暁月の弟妹』周藤夜見、深道朝比奈
暁月の実の兄弟です。
苗字が違うのは、暁月と夜見が分家へと養子に出されているからです。
暁月と同じように、其れ其れの家の当主の責務を負います。
二人とも暁月の事をとても慕っています。
普段の暁月の様子などを教えてあげると喜ぶでしょう。
○『暁月の従兄弟』深道和輝、深道夕夏、周藤日向
暁月の従兄弟達です。
和輝は異能を持たない一般人ですが、暁月にとって『普通の』幸せの象徴でもあります。
夕夏は邪気にあてられ、廻を刺した事があります。今は和解しています。
日向は伝令役として、廻の近くに居ます。あまり会えませんが、それでも日向の存在は廻にとって癒しとなっていることでしょう。
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【2】夜妖を祓う(戦闘)
●目的
・悪性怪異<夜妖>『英霊』巳道(みどう)を祓う
・深道の人達に強さを見せる
●ロケーション
深道の煌浄殿へと続く参道にある神楽殿の前です。
一の鳥居の前の広場です。
神楽殿には結界が張られており、深道の人達が大勢居ます。
イレギュラーズの実力を見極める意図があります。
【1】で集まった小さな夜妖と廻、灰斗達の排斥のため、強い夜妖がやってきます。
明りや足場に問題はありません。
●出来る事
・戦闘パートです。
・【1】で小さな夜妖を集めれば集めるほど、敵が強くなります。
・深道の人達の信仰を、覆すだけの強さを見せる必要があります。
(強い方が良い=【1】で遊ぶことも必要ということです)
『難しい事はありません。ただ、敵をぶち倒せばいいのです』
●敵
○悪性怪異<夜妖>『英霊』巳道(みどう)
思い出の概念である小さな夜妖達を喰らう、祖先の英霊です。
かつて誰かだった人ではなく、
今を生きる人々の――深道三家の人々が紡いで来た、信仰そのもの。
極めて真性怪異に近いものでしょう。
祭りという『道』を辿り、やってきました。
英霊の目的は一族に害為す者の排斥です。
それは、祭りに集まる小さな夜妖や、穢れた廻、繰切の子灰斗、無限廻廊の分霊である神々廻絶空刀を深道の為以外に使役するヴェルグリーズと星穹、そしてその仲間であるイレギュラーズも含みます。
個であり全であるため、時に分裂たり、一つに凝縮したりします。
とても強いです。
●NPC
○『刃魔』澄原龍成(p3n000215)
手数の多い戦闘スタイルです。ナイフで戦います。
元々は夜妖憑きでしたが、今はもうその力はありません。
○『星剣』神々廻絶空刀
ヴェルグリーズと星穹の奇跡の余波から生まれた少年。
妖刀無限廻廊の分霊でもあります。
強大な力を秘めていますが、戦闘能力自体はまだ高くありません。修行中。
○『繰切の子』灰斗
神の子。夜妖や精霊と呼ばれる存在です。
強さはそれなりなのですが、コントロールが不足しています。修行中。
繰切の子なので、英霊にとっては駆逐するべき存在です。
○『深道の権力者』深道佐智子
基本的に結界の中に居ますが、助けを求めれば応じてくれます。
ただ、彼女に頼るのは実力不足と判断されてしまうでしょう。
○『煌浄殿の主』深道明煌
万が一を考え、煌浄殿の一の鳥居の前に立っています。
基本的には手出ししません。
○『深道の相談役』葛城春泥
佐智子と共に結界の中に居ます。
○『暁月の弟妹』周藤夜見、深道朝比奈
二人とも『暁月なら同じ戦場でイレギュラーズと戦う』からと出てきます。
○『暁月の従兄弟』深道和輝、深道夕夏、周藤日向
和輝は結界の中にいます。
夕夏は『朝比奈(ライバル)が戦うのに、うちが戦わんとかありえんし!』と出て来ます。
日向は伝令役として四方を走り回っています。共に戦う事も出来るでしょう。
○『尋ね人』笹木 誠司
黒夢から連絡を受け、この場にやってきた花丸の育ての親。
深道の事情は知らないが、花丸が困っているのなら助けてやるのが親の役目と戦場に現れます。
久々の再会。強くなった花丸に感動しています。
○『黒猫の魔法使い』黒夢
花丸から依頼を受け、誠司を探していました。
親子の再会に、良かったと安堵しています。
誠司をサポートする形で、魔法を使います。
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
『泥の器』にされてしまい穢れた状態です。浄化の為の儀式の最中です。
まだ仮初めの儀式で不完全なので、『英霊』巳道に敵と認識されています。
煌浄殿に居て、会うことが出来ません。
言づてがあれば、明煌か日向にお願いします。
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【3】燈堂家の日常(イベント)
(【1】か【2】に居る場合、【3】には行けません)
●目的
・燈堂家で過ごす
●ロケーション
・希望ヶ浜の燈堂家。
大きな和風旅館のような佇まいです。
門下生が生活する南棟、東棟、訓練場がある西棟。
とても広い中庭は四季折々の草花が見られます。
北の本邸には和リビング、暁月や白銀、黒曜の部屋があります。
離れには廻、シルキィ、愛無、龍成、ボディの部屋があります。
本邸の地下には座敷牢と、そこから続く階段があり、無限廻廊の座へと繋がっています。
●出来る事
○花見や交流
戦闘は無し。燈堂家で何かしたい事がある人向けです。
基本的にお喋りしてのんびりします。
・中庭では百日紅、向日葵、蓮、朝顔、ラベンダーなどが咲いています。
・和リビングでは白銀や牡丹が作った家庭料理が楽しめます。
●NPC、関係者
○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。
煌浄殿の主、明煌とは双子のように瓜二つで、過去に何かあったようです。
・『三妖』牡丹、白銀、黒曜
・『双猫、他』白雪、雨水
・『燈堂門下生』湖潤・狸尾、湖潤・仁巳、煌星 夜空、剣崎・双葉
・『蛇神』繰切は無限廻廊の座の、封印の奥に居ます。
直接会うことは出来ませんが扉越しに会話は出来ます。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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以下は物語をより楽しみたい方向け。
●希望ヶ浜とは
練達国にある現代日本を模した地域です。
あたかも東京を再現したような町並みや科学文明を有しています。
この街の人達はモンスター(夜妖)を許容しません。
なぜなら、現代日本にそのようなものは無いからです。
再現性東京202Xと呼ばれるシナリオが展開されます。
●夜妖<ヨル>
都市伝説やモンスターの総称。
科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないもの。
関わりたくないものです。
完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)
●夜妖憑き
怪異(夜妖)に取り憑かれた人や物の総称です。
希望ヶ浜内で夜妖憑き問題が起きた際は、専門家として『祓い屋』が対応しています。
希望ヶ浜学園では祓い屋の見習い活動も実習の一つとしており、ローレットはこの形で依頼を受けることがあります。
●祓い屋とは
練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。
●前回は何があったの?
・暁月が当主としての重責や、その他心身の負荷から精神崩壊をおこしました。
・星の奇跡と多くのイレギュラーズの活躍で暁月は救われました。
・真性怪異繰切の封印が強化されました。
・暗躍していた葛城春泥に廻が『泥の器』にされてしまいました。
・あまねが力を使い果たし、廻の中で深い眠りについています。
・廻が本家深道『煌浄殿』へ居を移しました。(会えなくなりました)
●これまでのお話
燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou
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