PandoraPartyProject

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唯一の珠玉は

 鉄帝国では浮遊島の存在に湧いている。
 新たな大地。それは帝国が常として抱えている国力――主に食料――の問題に対しての光明になり得るからだ。天空に在りしかの地の領有がはたして鉄帝に帰結するのか……と言うような定義上の問題が無いわけでもないが、ソレらを差し引いても誰もまだ見ぬ遺跡を有するアーカーシュへの期待は日々高まっていた――

 ――しかし。そんな熱を抱く鉄帝と比べ、深緑は静寂と極寒に包まれている。

 奪還したアンテローゼ大聖堂を主軸に攻防が繰り返されているが多くの地域は未だ眠りの力の範疇にある故だ。七罪冠位が一角、カロンが関わっているとされるかの力……やはり一筋縄ではいかぬ。
 尤も。『聖葉』と呼ばれる、深緑を覆っている呪いを鈍化させる事が出来る一片を用いて各地への救出作戦も決行されており、救出された幻想種などもいれば全く進展がないわけでもない。
 『茨』による難攻不落と化していた地に希望の芽も徐々に生まれつつあったのだ。

「愚図が。愚図め。愚図共が――まだ寄り付いてくるのか母なる大樹に」

 だからこそ、斯様に動きまわるイレギュラーズ達に対して――苛立つ存在もいる。
 その一人がクェイスという人物だ。
 彼は『大樹の嘆き』とされる……神秘を帯びた木々が危機に陥った際に出現する防衛機構の中でも上位に位置する『オルド種』と呼ばれる個体だ。本来であればファルカウを防衛する筈の彼は――如何なる理由によってか魔種陣営に与している。
 大樹ファルカウに接近しつつあるイレギュラーズ達を罵る様な言の葉を零しながら。
 ……いや彼の怒りは実の所全てに向けられていると言っても過言ではない。
 アンテローゼ大聖堂を奪取されたというのに、愚鈍たる性質からあまり動こうとしないカロンなんぞクソ猫と吐き捨てているぐらいだ――そればかりか、共に動いている筈のベルゼーなる魔種も妙に動きが鈍い。奴が引き連れている『竜』共もどこで何をしているのか。
 そしてクソ猫の近くでうろちょろしているあの小娘も夢の世界で何をやっているか――
 一片たりとも逆転の可能性など残すべきではないというのに。
 あぁ愚図め愚図め愚図共め! どいつもこいつも一体どうして――
『――ま、事態に積極的に非ざるは怠惰の魔種としてある意味相応しい動きですからな。
 特に頂点である冠位が勤勉に動かないのは道理ですぞ――ンッふっふ』
 その時。クェイスの脳内に響いたのは『もうこの世の何処にもいない者』の声だった。
『だからこそ周りが動いて差し上げる。
 かつてラサと深緑の間で起こっていた首輪の事件の折も怠惰の者が動き。
 そして『私』という存在がかつて生まれたことも、もしやすれば――』
「煩いぞ。死人は死ね」
『殺してくれないのはお前ですぞ』
 それはかつてクェイスを魔種陣営へと傾倒させる一片となった者……
 の、思念ですらない、ただの妄想上の存在だ。
 深層心理に巣食うかのように『ソレ』はクェイスの心の底にへばりついていた。
 かつてザントマンと呼ばれた、幻想種に仇名す存在――
 奴の存在がファルカウを守護する筈のクェイスと如何なる繋がりがあるか……
 分からぬ。が『奴』の存在は霊魂ですらないが故にこそ、なんの力もない。ただクェイスの思考の狭間に住まい語り掛ける存在で……
 そんなモノがいるからこそ――クェイスというオルド種はとうの昔から狂っていたのかもしれない。
『ま、ともかく。イレギュラーズ共がちょろちょろ動いているようですが……
 それでもお前の長年の悲願まであと一歩、と言った所ですか。
 幻想種というシロアリ共を排除し大樹ファルカウから余分なる者共を削り落とす』
「当然だ。無知蒙昧なる幻想種共にファルカウをこれ以上好きにはさせんよ――
 奴らに与する愚かしい『大樹レテート』も含めて、全て全て閉ざしてやる……」
『しかし本当に良いのですかな? 親交のあった幻想種もゼロではありますまい?』
 低く。魂に粘りつく様な言が――続く。
『かつて深緑の巫女の妹たるカノンが。フィナリィ・ロンドベルが。
 いや或いはマナセ・セレーナ・ムーンキーも――
 朧気ながらオルド種の存在を感じ得る者達もいた筈――
 それらすべて無かった事にしてよいと?』
「知らないね。カノンにしろフィナリィにしろ死人だよ。
 おこがましくもファルカウの樹の下で叡智を育んだ――愚図共」
 彼は。クェイスは幻想種を憎んでいる。
 ……幻想種は古い時代にファルカウから生まれ落ちたという伝説があるが、それすら彼にとっては虫唾の走る話なのだ。絶対にして唯一の珠玉は大樹ファルカウのみであり、かの大樹が齎す神秘を甘受せんとする幻想種など――虫に過ぎぬと。
 全て全て大樹ファルカウという気高く崇高なる存在を汚す者らであると。
 この世に存在する始祖の霊樹。ファルカウの守護者と称するクェイスは語る。
「死人は死ね。そして近付くな――
 母なる大樹の近くにお前達がいて良い事など何一つないのだから」


 ※深緑で再び動きが見え始めている様です……
 ※鉄帝国の方では祝賀会が開催されることとなりました。

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