PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<双竜宝冠>ノーブル・アワー

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アベルト
「……この身体が自由にならぬとて」
 最も黄金竜の宝冠に近かった男――アベルト・フィッツバルディは憤っていた。
 本来ならば殆ど決まっていた『継承』についたけちに、家を割りかねない最悪の現況に。
 未だ物事の分別と己の分際を理解しない弟や、叔父の動きに。
「黙って見ていられる局面であろうものか!?」
 反射的に噴出した怒りの声に何より自分自身が苦鳴の表情を浮かべている。
「……お体に障ります。安静に」
 家令たるエンゾ・アポリネ・バイヤールに窘められたアベルトの表情は険しいままだった。
 ベッドに倒れ込むようにした彼は天井を睨みつけながら現状への怒りをまくしたてる。
「父上の意向を無視する愚か者共めが……!」
「……………」
 エンゾは『若君』の癇癪に目を細くしただけだ。
 倒れる前のレイガルテはアベルトを概ね後継者のように扱っていた。
 されど、お墨付きが出ていなかったのは確かな事実である。
 アベルトの物言いには一理あるが、やや希望的観測に立脚している面があるのは否めない。
「弟共に叔父上は……やり合う心算なのだろう!?」
「恐らくは」
 エンゾの言葉にアベルトの目が血走った。
 病床とはいえ、優秀なアベルトは情報収集に余念が無かった。
「我等、フィッツバルディ主流派は間違いなくアベルト様の御味方にございます故!」
 レイガルテの腹心でもあるカザフス・グゥエンバルツが言えば、アベルトは「頼りにしている」と鷹揚に頷いた。
(……目の無かった連中風情が……この私を舐めるなよ?)
 状況のエスカレートに応じるように自分自身も用意を進めてきた。
『彼からすれば降ってわいた災厄(パウル)等に宝冠を邪魔される訳にはいかないのである』。
「若の身は私が命に代えても守ります」
 ザーズウォルカの言葉にアベルトは苦い顔をした。
 彼の事は信頼しているが、信頼だけで解決出来る状況ではないのだ。
 そして敵が『フィッツバルディ』なれば、アベルトは能吏達にも全面の信頼を置く事は出来ないのである――
「……エンゾ、貴様等は」
「はい」
「……………私の味方なのであろうな?」
 アベルトの何とも言えぬ問いにエンゾはしかし冷静に応じて見せた。
「私共は全て『フィッツバルディの御味方』であります故」
 その言葉には何ら一つの嘘も無い。
 嘘は無かったが、アベルトの求める回答からは程遠い。

●フェリクス
「物事の優先順位の問題です」
 紫乃宮たては(p3n000190)と刃桐雪之丞(p3n000233)の二人を目の前にしたフェリクス・イロール・フィッツバルディは事も無げにそう言った。
「状況は既に『そういう』段階に入っているのですよ」
 際立って強力な傭兵の二人にフェリクスが告げた言葉は『これから』についてであった。
 ミロシュ・コルビク・フィッツバルディ、続いてリュクレース・フィッツバルディ。
 二人の兄妹の死により加速した状況は最悪を極め、既に兄弟間の緊張はのっぴきならぬものになっている。
 白昼堂々争いが起き、暗闘めいた部分では既に何人もが死んでいれば『話し合い』の段階でない事は明白であった。
「だから、うち等に『頼む』って訳です?」
「私とて、取りたくない手段はある。
 理想を口にし、正義と公明を望む以上は――道理というものはあるでしょう?
 しかしながら、私は理想に溺れる心算は無い。道理だけを抱いて死ぬ心算等無いのですよ」
「おお、こわ。まぁ、うちに言わせればなよなよする坊ちゃんよりは好感持てるけど」
 皮肉に笑ったたてはに雪之丞が咳払いをした。
「此度の『依頼』は御兄弟の首を獲る事、に違いないか」
 一切ぼかさず真っ直ぐに言葉で告げた雪之丞にフェリクスは苦笑をした。
「ああ。違いない。
『リュクレースが生きていたなら、話は別だったけれど』。
 あの子を護衛していたのは『あの』死牡丹梅泉だったんだろう?」
「……………」
「……君達の腕は信用しているが、一つ聞きたい」
「想像はつくが」
「きっとその想像の通りだ。『君達は、死牡丹梅泉より強いのかい?』」
「愚問やわ」
 たてはが口角を意地悪く持ち上げた。
「旦那はんとやり合ってうちが勝つ何て大甘に見て十に一度や。んで、小雪はんは十のゼロやな。
 まあ、うちと小雪はんなら多分五分やから、相性の問題やけど」
「……なら、守っても私は助からない事になる。結論は一つだろう?」
「ま、うちはええけど」
 フェリクスの言葉にたてはは幾度目かの意地悪を言う。
「そんなやり方して、可愛ええ婚約者はんは納得してくれるん?
 あれもお綺麗なローレットの女やあらへんの」
「婚約者じゃあないよ。それに伯は納得してくれている――」
 フェリクスは心苦しそうに言った。
「――ああ、そうなれば良いと思った事は否定しないけれど」

●パトリス
「思ったより早く好都合な展開になりましたな」
 パトリス・フィッツバルディを支える貴族派の代表格であるクロード・グラスゴルは人の悪さを隠さない笑みを見せていた。
「『事ここまで来れば、正統性は大したカードにはならない』。
 齢からすれば下の御身でも勝てる目が大きくなろうというものです」
「まあ、恩を着せるには丁度いいよな。
 フィッツバルディとはいえ、傍系の――残ってる中じゃ四男だ。
 一番力が無いと思ったからお前達は擦り寄ってきたんだろうしね」
 パトリスの言葉にクロードは「とんでもない」と肩を竦める。
「でも構わないよ、事実だし。それに僕が跡を継げばお前達にも悪いようにはしないさ。
 第一、お前達が欲しいものと僕が欲しいものは別だからね。
 最初から利害は一致してるし、だからこそ一番上手く行くんだから」
 パトリスの言葉にクロードは満足そうに頷いた。
 クロードはフィッツバルディ派の一員だが、その上昇志向は現在位置に甘んじる事を良しとしていない。
 パトリスを担ぎ、『双竜宝冠』を戴けばグラスゴル家のポジションは『腹心中の腹心』となるだろう。
 血統主義の幻想において現時点で『それ以上』を求むる事は現実的ではないが、フィッツバルディ当代と確実な協力関係を結べたならその先の未来は余りに洋々と開くのは間違いない。レイガルテが相手では勝てる気はしないが、パトリスならば上手く扱う目も十分。
「それで、準備はどうなってるの?」
「我等貴族派は何時でも挙兵可能。更に『シンドウ』一派に非合法な武力を集めさせております。
 御兄弟も似たようなものでしょうが、少なくとも引けを取る事はありますまい」
「後は……ローレットか」
「如何にも」とクロードは頷いた。
『シンドウ』のような黒い連中と違い、ローレットは比較的善良だ。
 上手く扱うにはそれ相応の態度とやり方が要るのは間違いない。
『扱い難い上に最大の武器の一つ足り得るとは何と面倒臭い連中だろうか』。
「父上は流石だな」
「……は?」
 パトリスは半ば独り言のように呟いた。
 レイガルテがかねてから言っていた事を思い出していた。

 ――パトリス、有事はローレットをあてにせよ。
   アレ等は何だかんだでキャスティングボードを握るだろうよ――

●フィゾルテ
「フッフ! 血気盛んな餓鬼共は面白いようにやりあってくれるな」
 フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディ――『双竜宝冠』のダークホースである『王弟』は報告を受け実に楽しそうに笑う。
 各地で頻発するフィッツバルディ同士の争いは夥しい不穏と被害を起こしていたが、フィゾルテは今尚無傷である。
 それも当然であろう。今となっては公然と『双竜宝冠』に挑む気配を隠さないフィゾルテだが、ミロシュ及びリュクレースが殺害された時点までは全く息を潜めていたのだ。状況上、フィゾルテが容疑者に挙がる目は薄く、今回の『挙兵』の理由も『公子暗殺事件の容疑者にフィッツバルディを戴く事は赦さず』である。あくまで公明正大に「兄上が戻るまで、私が差配するのが正統」という訳だ。
「転がり込んだチャンスという訳ですか。『日頃の行いが余程良いのでしょうね』」
 輝かんばかりの見事な金髪の男がそう言った。
「実際の所、大義名分は十分だ。軍勢としては侯が一番大きいし、兄弟は主に互いを憎み合っていますからね。
 上手いやり方と言う以外に無い。流石、侯は何をさせても優秀であらせられる」
「うむ」
 フィゾルテは男の言葉に頷いた。
 座る彼の周りを固める側近も口々に主人の慧眼を讃えている。
 人間性は褒められたものではなくても、彼の立ち回りは子竜達より余程老獪だった。
 彼等はした事もない暗闘を手探りでやっているに過ぎないが、フィゾルテはこんなもの何度も乗り越えてここに居る。
「この先はメフ・メフィートへの進軍ですか?」
「時機を見てな」
「まぁ、子竜達が結託すれば不利は否めませんからね」
「いや? 踏み潰す手も無い訳ではないがな」
「ほう」
 声を上げた男にフィゾルテは嗤う。
「血気に逸った丁度良い軍がおるではないか。
 コルビク家からすれば三兄弟はどれも仇敵――例えば、私とあれ等が組めば戦力は子竜共等を圧倒しよう?
 問題のローレットとて、あれよ。
 この上に『いいもの』を捕まえた故。私に大義名分がある以上、動きを阻む程度なら難しくはあるまい」
 地下牢の令嬢を思い浮かべ、フィゾルテは嫌な笑みを浮かべていた。
 彼の求むるは邪魔をさせないまで。何も味方をさせようという訳ではないのだから十分と見る。
「後の問題は……」
「問題は?」
「『個』の武力よ。アレ等にはそれぞれ面倒なのがついておる。
 そして私は貴様を用意したという訳だ。その時が来れば、期待しておるぞ――」
 フィゾルテの視線に男は恭しく礼を取る。
「――カラス」
 頭上より降る尊大な声に薄笑いを浮かべながら。

●ヴァン・ドーマン
「アルと――いや、失敬。アルテミア・フィルティス嬢の行方が分からなくなった」
 ローレットに集まったイレギュラーズの前でヴァン・ドーマン伯爵令息が強張った顔をしていた。
「……どういう事だ?」
 問うイレギュラーズにヴァンは苦々しい顔で言う。
「あのお転婆は……失敬! 彼女はお転婆でやり過ぎる所があるからね。
 影から彼女のバックアップが出来ないかと密かにドーマン家の子飼いを張り付けていた。
 そうしたら、どうだ!? 何と彼女は誰にも相談しないまま、あのフィゾルテ侯の領地に飛び込んだじゃないか!?
 ……そんな状況で行方が分からなくなった、なんて言ったらね。想像はつくだろう?」
 何時に無く余裕の崩れたヴァンの表情は鬼気迫ったものがあった。
 冷静で物静か――言い方を悪くすれば此の世の全てに興味がなさそうな彼のそんな顔を見たのは誰もが『初めて』と言っていい。
「……最悪だな。フィゾルテの『理論武装』は完璧だっていうのに」
 フィゾルテの悪評は幻想の誰もが嫌という程知っている。
 そんな彼が『双竜宝冠』に参戦したのは暗いニュースに違いなかったのに。
 アルテミア・フィルティス(p3p001981)が捕まったのなら、更にローレットは動き難くなるだろう。
「僕には静かに待っていてアル――アルテミア嬢が無事で済むとは思えない。
 フィゾルテ侯はとても信用出来ない男だし、この状況は看過出来ない。
 僕にとってはアルが――もうアルでいいな!?――アルを無事で取り戻すのが第一だ!」
 ヴァンは咳払いをしてイレギュラーズに向き直る。
「このやり方が事件解決に正しいかどうかは分からない。
 だが、敢えて君達にお願いしたい。アルの救出を手伝って欲しい」

●悪食の鴉
「……最悪のお手伝いになりましたね」
「そうですか?」
 ドラマ・ゲツク(p3p000172)の言葉にマリエッタ・エーレイン(p3p010534)が小首を傾げた。
「私、結構パウルさんの事好きですよ」
「!?」
 行きがかり上、黒い首輪を掛けられた片割れの衝撃発言にドラマは驚きを禁じ得なかった。
「如何にも魔術師って感じですし、案外可愛らしいじゃないですか?」
「……同意を求めた相手が間違っていましたね!」
 引っ叩かれる事も無く判断が早いドラマはマリエッタを別種の価値観を持つ生き物として『諦めた』。
 二人がアーベントロートの書庫で出会った――『出会った』と言っていいかは微妙だが――鴉殿の異名を持つ魔術師。先代のアーベントロートの主にして全代の主。パウル・ヨアヒム・エーリヒ・フォン・アーベントロートその人である。
 彼に遭遇した二人は先の『Paradise Lost』事件でイレギュラーズによって滅ぼされた自身の肉体の復活を条件に『双竜宝冠』についての核心的な情報の提供を約束されたという訳だ。
(あんな魔術師がかけた首輪なんてぞっとするのです)
 何が起きるか分からないのは言うに及ばず、意地悪な師匠に何を言われるか分からない。
「それで、肉体の復活に必要なアイテムは……王宮の宝物庫と『果ての迷宮』でしたっけ」
 マリエッタの言葉にドラマは頷いた。
 簡単に言うがこの二点はどちらも簡単な話ではない。
 パウルがいざという時の保険に隠したものなのだから厄介なのは当然だ。
 王宮の方はフォルデルマン三世……は兎も角、王宮の臣下達への了承を取り付けねば踏み込める筈も無いし、果ての迷宮に到っては探索が不可欠だ。パウルからの情報で『あて』はあるが、簡単ではない。
「……………」
 その上でアレが復活すると思うとドラマは憂鬱な気分になる。
 一方でマリエッタはと言うと――
「楽しみです! パウルさんに似合う首輪を用意しておきませんと!」
 ――上機嫌であり……もう何て言うか駄目なんじゃないかな? この人!

●竜は相食む
 本来ならば一番安定していなければならない場所だった。
 幻想(レガド・イルシオン)なる大国の――それも王都。
 大邸宅の並ぶ貴族街の一角で起きた『事件』はこの国の直面する最悪の事態を告げていた。
「……本当に最悪だな。爽やかな朝とは程遠い」
 マサムネ・フィッツバルディは吐き捨てるようにそう言った。
 集まった衛兵にその出自と権力で人払いをさせた彼の顔は明確過ぎる程に曇っていた。
 そして浮かない顔は彼の傍らに立つ探偵――バーテン・ビヨッシー・フィッツバルディも同じである。
「これをどう思う?」
「推理するまでもない問題だろう?」
 分かって問うたマサムネにバーテンは苦笑を見せた。
 地面や壁に夥しく撒き散らされた血液はその持ち主が既にこの世に居ない事を告げている。
 乾き変色したその血の跡は事件が今より何時間か前――恐らくは深夜の内に起きた事を示していた。
「争った形跡がある。死んだのは――或いは大怪我をしたのは一人じゃあないだろう。
 その癖死体が出てこないんだから、これは『プロ』が互いにやり合ったって話だな」
「君の専門って訳だな」
「嬉しくねぇがな」とマサムネは頷いた。
 この事件現場はフィッツバルディの複数の別邸を結ぶ進路上に存在した。イレギュラーズとの関わりもあって比較的安定した最近の幻想の政情を考えれば、事件を引き起こした可能性の高い人物の顔はすぐに浮かぶというものだった。
「……遂にここまで煮詰まってしまったか」
『この場所で激突が起きた事自体が何より事態を雄弁に物語っている』。・
 暗殺者(プロ)を飛ばしたのは片側ではなく双方、或いはそれ以上。
 最低でも二つ以上の勢力が自分がやられるより相手を害する事を選んだ事実は明白。
 国元(フィッツバルディ領)や王都(メフ・メフィート)での小競り合い等、序章に過ぎなかったという事だ。
『白昼堂々目撃された傭兵同士の喧嘩等と、人目を嫌って放たれたプロの動きは全くステージの違うものだから』。
「犯人は分かるか?」
 マサムネの問いにバーテンは薄笑いを浮かべて頷いた。
「分かるけど、意味はない」
 マサムネはその言葉に溜息を吐き出した。
 薄々分かってはいたがせめて縋って名探偵から希望的観測を聞きたかったのに――

 ――この事件の犯人は全員だ。

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 OP本文だけで6500あった。しんでしまう><。
 以下詳細。

●依頼達成条件
・一定の時間の経過
・『双竜宝冠』事件に何らかの決着をつける事

※便宜上はそうなっていますが今回決着する可能性はゼロです。
 但し、今回得た情報や行った事が後にダイレクトに影響する為、実質の成功失敗があります。

●王様と貴族
・フォルデルマン三世
 御存知『放蕩王』。
 今、オロオロしてる最中です。
 全く役に立ちません。
 今回はあるパートで役割がある。

・レイガルテ・フォン・フィッツバルディ
 御存知『黄金双竜』。
 幻想元老院議長にして最大の権力者。
 多数の貴族をまとめ上げる政治の怪物ですが、老齢で倒れてしまいました。
 身内に甘い特徴があります。ある意味そのせいでこうなってる。

・リーゼロッテ・アーベントロート
 御存知『暗殺令嬢』。
 イレギュラーズしゅきしゅき。
 幻想の諜報機関の主ですが、先のParadise Lost事件でアーベントロートは弱体化。
 今回善玉っぽいポジションです。
 メフ・メフィートでの騒ぎを食い止める方向に尽力中。

・ガブリエル・ロウ・バルツァーレク
 御存知『遊楽伯爵』。
 商人達に絶大な支持を受ける内政の要。
 色々あって一皮むけた模様。
 好きな女に好きって言えるようになった。
 やったね、ガブちゃん!
 民間の被害を憂慮し、頑張って貴族派を折衝中。

・ヴィルヘルミーネ・カノッサ
 カノッサ男爵家の現当主。悪そうな美少女。
 ヴェルグリーズさんにコルビク家への様子伺い、或いは工作を依頼しました。

・パウル・ヨアヒム・エーリヒ・フォン・アーベントロート
 アーベントロート当主。魔術師。鴉殿。諸悪の根源とも言えます。
 ドラマさんとマリエッタさんを利用して復活を画策中。

●後継者候補
・アベルト・フィッツバルディ
 残っている最年長の息子であり、後継本命と見做されていた人物。
 Pradise Lost事件でパウルが余計な事したせいで大怪我。
 双竜宝冠事件を引き起こす結果になっています。
 今、本邸でザーズウォルカ&イヴェットに守られています。
 殺る気になってます。

・ミロシュ・コルビク・フィッツバルディ
 故人。事件勃発後、暗殺されてしまいました。
 コルビク家の後援を受けている事からアベルトの次の本命と見做されていた模様。
 コルビク家は当然マジ切れしているので黙っている心算は無いでしょう。
 コルビク家はエスカレート中ですよ。

・フェリクス・イロール・フィッツバルディ
 理想に燃える貴公子。やや危うい所も。
 フィッツバルディ的ではない人物で、元王党派のリシャールとも親しい模様。
 フィッツバルディ派内の外様から支援を受ける勢力です。
 雪之丞とたてはを護衛で雇った模様。
 更に二人に他兄弟の暗殺を依頼した模様。
 殺る気十分。

・パトリス・フィッツバルディ
 庶民的なフィッツバルディ。気さくな青年。
 但しそれは表の顔であり、その出自と母の処遇からフィッツバルディを憎んでいます。
 色々筋の悪い連中とつるんでいるようですが……
『シンドウ』やクロード・グラスゴル等、貴族派と軍備を整え済み。
 当然ながら殺る気十分。

・リュクレース・フィッツバルディ
 お嬢様(かわいい)。
 超絶ファザコンでレイガルテの意向に忠実ですが、若年から来る思い込みの激しさも。
 基本的に優秀なのですが、女の身もあって後継レースではやや不利が否めない模様。
 梅泉と時雨を護衛に雇えた……のですが、暗殺されてしまいました。

・フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディ
 レイガルテの実弟。
 フィッツバルディでも一番評判の悪い男。
 アルテミアさんを捕縛中で、双竜宝冠に参戦しています。
 カラスという凄腕の戦士を召し抱えたようですが……

●その他
・マサムネ・フィッツバルディ
 フィッツバルディ家の汚れ仕事担当。
 今回の事件でも親友のバーテン、ヴァンと共に調査に乗り出す。
 色々あったのでこの人もフィッツバルディには愛憎半ばです。
 事件の捜査を地味に進め、可能な限りでイレギュラーズの活動を助けてくれます。
 状況のフォローから協力まで。困ったら頼ってみましょう。

・バーテン・ビヨッシー・フィッツバルディ
 灰色の頭脳を持つ『探偵』。
 マサムネと共に事件解決に乗り出します。
 皆さんは情報を集め、彼と共に真相に迫る事を『選んでも良い』。
 名探偵に材料を与えれば特別な推理が出てくる可能性があります。
 断片的な情報をかき集め、バーテンに渡すのも有意義です。

・ヴァン・ドーマン
 御存知『伯爵令息』。
 アルテミアさんの(家が決めた)婚約者。
 見た目も心も清い、パーフェクトイケメンです。
 アルは……僕が助ける!(あと、ウィリアムさん優先ね)

・死牡丹梅泉
 御存知『剣鬼』。
 クリスチアン死亡後は陶芸したり絵を描いて生活していたらしい。
 彼が何を考えているかは不明です。
 リュクレースを暗殺されてしまいました。その後の動きは不明ですが果たして。

・紫乃宮たては
 御存知『残念京都』。
 梅泉から離れると知能他性能が上昇する事が判明しました。
 今回、梅泉と別行動ですが果たして?(自称「ぶち倒して結婚する為」とのこと)
 依頼を受け、アベルトかパトリスかフィゾルテか分かりませんが誰かを暗殺しにいきます。

・刃霧雪之丞
 梅泉の弟弟子。
 苦労人のたては係。今回もたては係。
 依頼を受け、アベルトかパトリスかフィゾルテか分かりませんが誰かを暗殺しにいきます。

・伊東時雨
 すずなさんの姉弟子。色々あってチームサリューに。
 今回は梅泉とタッグを組んでいるようです。
 梅泉と行動を共にしています。同様に動きは不明です。

・リシャール・エウリオン・ファーレル
 ファーレル伯。
 フィッツバルディ派ですが実質王党派なので外様です。
 リースリットさんのお父さん。リースリットさんはきっとファザコンだと思う。
 フェリクスの強行を容認。

・リースリット・エウレア・ファーレル
 伯爵令嬢。リースリットさん。
 フェリクスからは微妙な関係が伺える。

・アルテミア・フィルティス
 一カ月の大半を地下牢で過ごす女(事実)。
 アルテミアさん。フィルティス家令嬢でヴァン君の想い人。
 捕まっているので能動的な動作が出来ませんが、心情とか救出についてとか色々書くと良いです。
 面白ければプレイングで書いた展開が時に反映されたりするドラマティック・アルテミアシステムです。

・カザフス・グゥエンバルツ
 フィッツバルディ派のクソ貴族。
 ……失礼、レイガルテ至上主義者。
 アベルトの下に馳せ参じ、戦争する気一杯です。

・クロード・グラスゴル
 フィッツバルディ派のクソ貴族。
 ……失礼、頭が切れる野望の男。
 パトリス派にて挙兵予定。

・新道具藤
 或る意味でParadise Lostの諸悪の根源である小夜さんの婚約者新藤藤十郎の弟。
 小夜さんの実弟である為、異様に剣才に優れています。
『シンドウ』の荒事担当。パトリスの護衛でもあります。

・エンゾ・アポリネ・バイヤール
 フィッツバルディ家令。レイガルテの腹心。
 この状況を憂慮しています。
 アベルト派?

・ザーズウォルカ・バルトルト
 幻想最強の黄金騎士。
 レイガルテ(フィッツバルディ)大好きマン。
 アベルトの護衛をしています。

・イヴェット・レティシア・ロメーヌブラン
 ザーズウォルカに恋心を抱く副官。ロメーヌブランの令嬢騎士。
 アベルトの護衛をしています。

・ラウル・バイヤール
 通称・三成。
 コルビク家の中でも信頼される男。ミロシュの側近。
 比較的冷静に事件の調査を進めていますが、ミロシュの事が大好きな為、内心ではキレまくっています。
 コルビク家の動きがどうなるかは彼次第とも言えるでしょう。
 バイヤール姓が被ってる? た、ただの偶然だから疑わなくて大丈夫です!

・カラス
 輝かんばかりの金髪の男。
 触れなば切れん凄味があり、その腕前は『シラス君を一方的にボコボコにする程』です。

●で、このシナリオはどうしたらいいの?
 登場人物は多岐に渡り、状況は雑然。
 やれる事は多すぎて、明確な指示は少ない。
 どないせいちゅうの、に対しての答えは『何をしても良い』です。
 与えられたオープニング情報から取捨選択をして『したいようにして』下さい。
 大目標は『双竜宝冠事件の解決』ですが、本シナリオはやや特殊です。
 ローレットの仕事を受けるのか個人で動くのかも自由。
 要約すると……

・皆さんは『依頼』に従って事件解決を目指しても良い
・皆さんは後継者達それぞれを個人的に応援しても良い
・皆さんはそれ以外の(しかしシナリオ趣旨に沿う)何かを目的に動いても良い

 明確なNGは『シナリオの趣旨に沿わない事』と『行き過ぎた行動』だけです。
 何が『行き過ぎた行動』か分からない人は『依頼』に従うと良いでしょう。
『行き過ぎた行動』そのものはこの場合ハイルールには抵触しませんが、社会的責任を負う可能性は高いです。
 つまる所、自己責任なら何をしても良いが、何をするかはきちんと考えましょうという感じです。
 色々なアプローチによって情報や材料がもたらされる事は確実なので自由闊達に動けば道が開ける事もあるのです。

●EXプレ
 書きたい事があるならどうぞ。
 特にこのシナリオでは普段あまり実用的ではない関係者呼び出しが強力かも知れません。

●サポート参加
 やりたい事があればどうぞ。
 サポートはサポートですが凄い事書いたら何か起きるかも。
 描写確約ではありませんので悪しからず。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 前回、マスコメと合計しておよそ9000字。
 人生で一番長いオープニングを書きました……とか言ってたら。
 今回10000超えたので記録更新しました!
 以上、宜しくご参加下さいませ!


行動方針
『双竜宝冠』事件に対してのイレギュラーズの大本のスタンスを示します。

【1】『依頼に従う』
マサムネ、バーテン、ヴァンの依頼に従って色々調査したり活動します。
大目標は『双竜宝冠』事件の解決。
ミロシュの死の真相や犯人、居るのであれば黒幕を突き止め、被害を減らしましょう!
この選択肢を選んだ場合、皆さんは『ローレットの仕事を受けた』形になります。
第二選択肢との合わせ技でマサムネ等の『依頼』に従い、〇〇の依頼を受ける(フリをする)みたいな感じになります。

【2】『独自行動』
マサムネ等の依頼とは関係なく独自の動きを取ります。
但し、特段の理由が無い限り事件の解決者である事が望ましいです。
行動には自己責任が跳ね返りやすくなるので注意しましょう!


活動内容
以下の選択肢の中から一番近しい行動内容を選択して下さい。
又、同道する仲間等が居る場合は【】(タグ)指定か、キャラクターID指定をプレイング内の最初の行で行うようにして下さい。

【1】アベルト
「私こそが正統な後継者なのだ!」

アベルト派として、或いはアベルト周りの活動を行います。

【2】ミロシュ(コルビク)
「ミロシュ様の仇は必ず私が……!」

コルビク家周りを中心とした活動を行います。

【3】フェリクス
「賽は既に投げられた――」

フェリクス派として、或いはフェリクス周りの活動を行います。

【4】パトリス
「面白くなってきたね……本当に」

パトリス派として、或いはパトリス周りの活動を行います。

【5】フィゾルテ
「全ては我が掌の上よ」

フィゾルテに与する、或いはフィゾルテ周りの活動を行います。
但し別選択肢の『ヴァン』寄りの活動をしたい場合はそちらを選んで下さい。

【6】ヴァン
(待って居たまえよ、アル!)

愛の戦士ヴァン君や優先つけてあげた男と共にアルテミアさん救出を狙います。
ヴァン君は実は何をやらせても天才的なので普通に戦えるし潜入出来ます。
ヴァン君はドーマン家の手の者で騒ぎを起こし、フィゾルテの城へ潜入するというクラシカルな手を使います。(PCさんは好きなように関わって良いです)
アルテミアさんはこの選択肢を選んで下さい。(ウィリアムと読んでもいいです。好きにしたまへ)

【7】パウル
「まぁ、君達の所為でこうなったのだ。精々しっかり、ねェ?」

鴉殿こと魔術師パウルにドラマちゃんとマリエッタさんの仰せ使ったお使いです。
二つあるので、どちらかを選んで下さい。
ドラマちゃんとマリエッタさん以外は『彼女等に頼まれた』とか『報告書で知って参戦した』とか何か必要に応じて適当にそれっぽい感じでやって下さい。

1、王宮宝物庫のパーツ入手を狙う
2、果ての迷宮のパーツ入手を狙う

  • <双竜宝冠>ノーブル・アワーLv:60以上、名声:幻想50以上完了
  • 遂に始まった『全面対決』。イレギュラーズはこの『最悪』を食い止められるか!?
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別長編EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年10月07日 19時45分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費350RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC29人)参加者一覧(30人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
すずな(p3p005307)
信ず刄
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
冬越 弾正(p3p007105)
終音
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
天下無双の狩人
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
タナトス・ディーラー
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ

●後継の男
 禍福は糾える縄の如しと云う。
 されど、世の中には煮ても焼いても食えない人間も居れば、どう転んでも上手く行かない不都合というものもあるという事なのだろう。
 拗れに拗れた状況に何某かの悪意をトッピングして見せた現況は如何な悪食の神でも悪食の代償の食あたりを免れまい。
 ましてや、それを平らげなければならないのが神ならぬ人であるとするならぞっとする。
 その先に待つ結末――運命と呼ぶべきか――なんて決まり切っているではないか?
 さりとて。
 不可避の運命が理不尽であるのと等しく、『それでも』立ち向かわねばならぬ時があるのが勇者の辛い所である。
 望む望まないにせよ、特異運命座標(とくべつ)を背負わされた連中は概ね『そういう』生き方から逃れられまい。
 時に愚直に、痛痒さえも吞み込んで『太陽に向けて飛ばねばならない事もある』。
 唯一救いがあるとするのなら、彼等の背中の翼は蝋で出来たような贋作ではないという所なのだろうが――
(貴族もあんまり好きじゃないし本当はたてはさんの結婚決闘を応援しに行きたい所だけど……
 事件を放っておくほうがもっと大変になっちゃうよね……?)
 状況が悪化しているのは誰にも分かる事。当然、フラーゴラでも承知している事である。
 幻想の重鎮である『黄金双竜』レイガルテ・フォン・フィッツバルディが倒れた事から端を発した一大事件は、公子ミロシュ・コルビク・フィッツバルディに続き、公女たるリュクレース・フィッツバルディも暗殺と思しき凶刃に斃された事からいよいよ予断を許さない局面へと歩を進めている。
 民草が、或いは貴族達が。等しく『血濡れた双竜宝冠』と噂する幻想(レガド・イルシオン)を揺るがすお家騒動――
 フィッツバルディの内戦前夜とも言うべき状況を、それでも回避するべく尽力するのは言わずと知れたローレットであった。
 彼等は依頼を持ち込んだ『フィッツバルディの一部』と共に緊張を増す双竜宝冠の局面に関与を続けている現状だ。
(リュクレースの死の瞬間が、未だ瞼の奥に焼き付いて離れない。
 フィッツバルディ家へ近づいたのは私欲の為でも――)
 それが年若い女ならば尚の事。
『何処かの誰かのような』無駄に意地を張る――『去勢ばかりが上手い女』ならば尚の事。
(――罪のねぇ奴に犠牲が出て痛まない程、冷徹じゃいられねぇよ)
『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)という男がそこまで生きるのに上手い男ならば、彼の男女関係もそもそもアリアドネの糸に縋りつきたくなるような状況には陥ってはいないだろう。
 アベルト邸にローレットのイレギュラーズは今己に出来る事を果たさんと赴いていた。
『顔を出す』事が事件の直接の解決に繋がるかどうかは未知数だが、或る程度の抑止効果は見込まれるようにも思われるからだ。
(まさか、レイガルテさんが黒幕なんて事は……)
 無い、と思いたいが確認せねば無いとも言い切れない。
 暗中模索の現状は、ヨゾラの脳裏を過ぎった『最悪』さえ即座に否定し得ないのが現実だ。
 ヨゾラは自身を助けてくれる祝音やみーおと共にアベルト――厳密にはレイガルテ――周りの情勢を探らんと考えていた。
 これは至上の難問である。
 理不尽極まる難題である。
 現状では解きようのない、解けようのない不可能証明に違いない。
 無数に散らばる砕けた硝子のようなピースをかき集める事は総ゆる労苦を躊躇う理由にはなり得まい。
 愚直に情報を集め、牽制を続ける他は無いのだ。
 だが、そんな現状がそこに居るべき者に喜ばしいものであるかどうかは全く別の問題である――
「幻想最大の貴族家で後継者争いってのはぞっとしない話っスよねぇ」
 しみじみと言った『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)の言葉は否が応無しにこの難題を抱え込む当事者の一人となってしまった自身への憂鬱を余り隠すものにはなっていなかった。
「まぁ、誰しも歳を取るものっスし。
 レイガルテ、様の御年を考えれば仕方のない話かも知れないっスけど……」
 歯切れの悪い彼はやはり嘆息交じりに吐き出す他は無かった。
(こういうのは選挙なり何なりで平和的に……いや暗殺が起こってる時点で完膚なきまでにダメだわ……)
 葵の視線の先には口を真一文字に結び、明らかな不機嫌さを隠さないアベルト・フィッツバルディが居る。
「御内心お察しいたします」
 幾分かフォーマルな調子でベルナルドがアベルトを慮った。
 加速するお家騒動の状態に関わらず、病床に縛り付けられる彼の内心は察するに余りあるものがあった。
「ですが、朗報と言えるかも知れません」
 続くベルナルドの言葉は恐らくアベルトを『二番目』に喜ばせるものになるだろうか。
『一番』のレイガルテの快復は今は望みようが無かったとしても――
「――ドラマからの言伝があります。
 何でも『御身を蝕む呪いの解法を近い内にお届けします』とのこと。
 仔細は承知しておりませんが、何でも『当人』とのコンタクトに成功したらしい」
「……期待はしない程度に待っていてやるとしようか」
 相も変わらず『可愛くない』反応は『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)が聞いたらさぞ偏屈に口をへの字にする所だろうが。
 実際の所、縋れる話がそれ位しかないアベルトの場合、それは概ねポーズだけといった所だろう。彼とてローレットの――イレギュラーズの、否。ハッキリ言えばドラマの有用性を認めているからこそ、己が命綱になる仕事を任せているのだからそれは言うまでもない話なのだ。
「『重ねて、御身の心情はお察ししております』。
 現に今、彼女は直接パウルと交渉をしている。今が踏ん張り時ですよ」
 アベルトを蝕む重傷は最悪、急変から命に障ってもおかしくない程のものなのだ。
 リュクレースの死に心を痛めたベルナルドの言葉は正直であり、誠意のある心からのものだった。
(俺自身も、いざって時は庇うぐらいの覚悟を決めなきゃな。
 ドラマが戻って来た時、アベルトが亡くなってりゃ恰好がつかねぇ。
 最優先の目標はアベルトの生存、次点で派閥の力の維持。
 バッティスタ家に紹介する以上、弱体化しすぎてちゃ意味もねぇんだ――)
 ベルナルドは『実に難しい関係』と言わざるを得ない『桎梏司祭』――パオロ・バッティスタとの謁見を脳裏に描いた。

 ――助力は出来んな。政治上の問題になる。

(『そりゃそうだ』)
 ならば、先に『自力で』結果を出さねばならないのはベルナルドの方になろう。
(でなけりゃ、『アイツ』を解放する事なんて――)
 彼は『不純』な自分の動機を自嘲気味に語るが、それを責める者等居ないだろう。
 無数の打算と妥協、情と悪意が入り混じるのがこの事件の本質なれば、解決者のみがピュアで居なければならない理由も無かろう。
 アベルトに限らず、後継者達はこの事件が正しき形で落着すればローレットに――己に助力したイレギュラーズに感謝する事だろう。
 海よりも深く……とまで言えるかは分からないが、その辺りの湖よりは余程深く感謝する事は間違いない。
 かつてベルナルドは自身を鳥籠の鳥だと自嘲したものだが、何の事は無い。
 彼を閉じ込めた黄金のケージこそ、両手を縛られたまるで自由のない『聖女』だったではないか!
 思わず胸の中を熱くしたベルナルドは一つ咳払いをして自分自身を落ち着けた。
「アンタはアベルト様の戦力であると同時に、病床の彼の心の拠り所だ。くれぐれも側についてやってくれよ。
 身内贔屓のレイガルテが目覚めた時に、子竜全滅じゃアンタも申し訳立たないだろ」
「別に答えなくても良いし寧ろ疑ってくれても構わぬが。
 個人的に後継者を選ぶとすれば誰を選ぶ? やはりアベルト様かね?」
 ベルナルドの言葉に鎧面の向こうの顔を恐らくは引き締めたザーズウォルカが「言われずとも」と頷き、続くオウェードの質問には「主家の後継問題に口を出すのは我が忠誠に非ず」とピシャリと答え『アベルトをがっかりさせていた』。
「こんな状況じゃなきゃ、オレがザーズヴォルカに一手指南をお願いしたいんだけれどなぁ」
 一方でそんな空気を蹴っ飛ばすように言った『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)はきっと心臓が鉄か何かで出来ている。
「護衛関係は、ザーズヴォルカが配置を決めてるのかな?」
「うむ。差配は私とイヴェットに任されている」
「まあ、見事だよね。蟻の入る隙間もないって言うか……これでおかしな事が出来るのっていよいよ人間辞めてるよ!」
「……お前は此方に助力してくれる、という形で構わんのだな?」
「ああ。その為に来たしね。戦力って――どれだけあっても上等でしょ、この場合」
 そう言うイグナートにザーズウォルカが大きく頷いた。
「そういや、エンゾさん。
 ……このままだと本気でゼンメツするまで争いそうなんだけれど、後継者を決める手は暗殺合戦以外ないのかな?」
「そもそも『暗殺合戦』とやらは全く正統性のある手段ではないし、正規の話ではないだろう」
「……まあ、それは」
 イグナートは頬を掻き、エンゾは咳払いをする。
「直接対決以外で、フィッツバルディの後継者として認められ易くなる業績とか、物品とか、ダレかの後見とかさ。
 そんなのがあれば話は早くなるんじゃないかなって……」
「……そのお墨付きを旦那様が出しておられれば何と素晴らしい状況だった事か」
 深い溜息を吐くエンゾにイグナートは「そっか。じゃあレイガルテが再起してくれるの待ちだね!」と納得する。
「ゼシュテルも今は建て直しで忙しいから、幻想がヒツヨウ以上に荒れるのは勘弁して欲しいんだよね!」
「……いや、一応ゼシュテルは『敵国』なのだが、本当に率直過ぎる男だな?」
「ありがと! 良く言われる!
 どっちにしてもオレはきっちり護衛の足しになるからね。戦力的には期待してイイよ!」
 苦笑するエンゾの言葉を正面から誉め言葉で受け取ったイグナートは繰り返して頑丈な男である。
 一方のエンゾと言えば、彼の快男児ぶりを流石に理解したのか「そういうもの」と納得したようにも見えた。
(いや、しかし……緊張するっスね……?)
 葵の感想も無理はない。
 アベルトの近くには能吏たるエンゾ、護衛たるザーズウォルカ達等。名だたる面子が並んでいる。
「跡目争い後の一手でレイガルテ卿の暗殺もありうると思いましたので。
 今回はその護衛も兼ねてお見舞いといいますか、必要なら看護や治療の手も、と思いまして」
 護衛を買って出たイグナートや、そう言った瑠璃等もある程度受け入れられている辺り、ローレットは比較的警戒されていないだろうが、猜疑心に満ちた局面は誰の顔にもやや深い皺を刻んでいるのだから尚更だ。
(でも、まず事情が見えない事には何をしようもないっス。
 放っておいて幻想やローレットが滅茶苦茶になるのも……
 ……下手打って首が飛ぶのも尚更絶対嫌っスし)
 現状維持が現状維持になるという保証の無さは現況の置かれた不安定の最も厄介な部分である。
 元々幻想という国は常に外敵を抱えて来た国なれば、仮初の平和の風景は見慣れたものとは言えようが。
『外敵に対して予想外の一体感を見せる貴族連合の主体は今まさに内戦を勃発させつつあるフィッツバルディそのものである』。
 肝心要の屋台骨が内部から揺らいだ状態は数十年、或いは百年を超える幻想史の中でも特筆すべき危機なのだ。最早、誰が何時暴発してもおかしくない状況なれば、葵としても有力本命一番手とされた彼の話を聞き――ご機嫌の一つを伺っておくのもやぶさかではない事情がある。
「お話を聞かせて貰っても――」
「――聞かねば私の正統性が判断出来ないとでも言う心算か?」
 言葉を途中で遮ったアベルトに面食らった葵は苦笑する。
「……と、言いたい所だが止むを得ないのだろうな。
『最早、事態はそういう言葉遊びの段階を超えているのだから』」
 会話に敢えて肘鉄を喰らわせてやるのはアベルトの持つ彼一流の対外話術の一つなのだろう。
「助かるっス」と思わず漏らした葵は咳払いをして『本題』を問いかけた。
「聞きたい事は二つ。
 ……オレも長話は苦手っス。それにうまく引き出すような小細工も出来ないっスからね。
 率直に聞かせて貰えると助かるっス。
 ああ、もちろんこの話は口外にしないし、あくまでオレ達個人がどうすべきかの判断材料だけにするって約束するっス」
 頷いたアベルトに葵は改めて問い掛ける。
「まず、なぜアンタが後継者本命にされているのか」
「愚問だな。まず、客観的事実としてフィッツバルディに残った父上の子の中で私は最年長だ。
 歴代の当主全てが長子継承を行った訳ではないが、慣例的に私が本命と見做されるのに何の不思議も無かろう。
 それにこれは……他ならぬ私当人が言ってどうなるものでもないと思うがな。
 私は主に国元の統治等、既に父上の政務の一部を任されている。能力も、経験も他より十分に示している心算だ」
 葵の口調は大分『素』に近いものになっていたが、アベルトも面倒な『礼儀』は取り敢えず捨て置く事にしたらしい。
「『客観的事実』です」とエンゾが口添えれば、「成る程」と頷いた葵は二問目へと移る。
「アンタが正式な後継者になったとして、何をするのか。
 選ばれる者には、選ばれる者なりの理由があるっス。
 選ばれて当然という理由は、選ばれる理由にはならないっスよね?」
 先代が残したものを継ぐのか、自分だけの思想を貫くのか、その覚悟はあるのか――」
 葵の問いは直接的に事件を紐解く結果にはなるまい。
 しかして、ローレットの知らない『アベルト・フィッツバルディの信念』は事件の意味を知る鍵になるかも知れなかった。
 問えば詮無い事。或いは語れば語るに落ちる事。
 それでもアベルトはハッキリと答えを口にする。
「私は誰より父上を尊敬している。父上の遺す――いや、これよりもっともっと積み上げる……
 その素晴らしき事業と事績を引き継ぎ、更なる次代の高みへと押し上げていく。
 そうしてやがて私が死ぬ頃、神の御許で父上に褒めて頂きたい。それが望みだ、為すべきだ。その為なら――」
 アベルトの言葉の次は敢えて葵が問わなかった内容だった。
「――他の誰を蹴落とす事にも、何ら躊躇をする事等無い!」
「幻想の政治のことは……分からないでありますけど……
 それでもお家騒動で人の命を、それに自分の兄弟の命を奪い合うなんて間違っている……!
 素晴らしいフィッツバルディの名跡を、血に塗れた当主の座なんてしちゃ駄目でありますよ……!」
「……だが、誰も、そんな手は取りたくはないものだ」
 断固たるアベルトもムサシの『正論』にはそれ以上何も言う事は出来なかったけれど。

●暗夜と薔薇
「――伏魔殿、ある意味これは幻想最大の迷宮ね」
 皮肉な言葉は相方のライフワークにも似た『踏破』を揶揄するようなものであった。
 幻想には果ての迷宮なる穴倉が存在するが、成る程。目の前に広がる暗中模索はそれと引けを取らない難題である。
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の目の前には湯気を立てる白磁のカップが置かれていた。
 噎せ返るような薔薇の香りは白いテーブルの置かれた庭園が一年を通じて何らか魔術的な仕掛けによりその豪奢な美を保っている事を告げている。
 そんな事実は『色々あって』全盛からは程遠い程に傷んだこの家がそれでも幻想では格別な存在である事を知らしめるに十分だ。
「改めたら変な問いになるかもだけど――」
 イーリンは目の前で持ち前の優雅さを些かも崩さない一人の女に改めて確認するように言った。
「――今回は真面目に『味方』でいいのよね?」
 薄い唇に上等の紅茶を含んだ薔薇の令嬢は言わずと知れたリーゼロッテ・アーベントロートである。
 今回の大事件の当事者であるフィッツバルディ家とは長らくの政敵であり、当主のレイガルテとも犬猿の仲で知られた女ではあるのだが。
「此方としては散々アーベントロート派で仕事をしてきた事も含めて、借りの一つも返して欲しい所なのだけれど」
「そんなこと」
 イーリンの――意図的な――やや不躾な言葉に気分を害した風もなくリーゼロッテは華やかな笑い声を上げていた。
「政争以前の問題ですわよ。この国が無くなってしまったら、私共も碌な結果は受け取れないというものでしょう?
 争いはコップの中に限ります。水溜りの応酬ならば幾らでもお相手しますけれど、器を割りたい貴族はいない。
 ……あの老竜もそれは同じであったと認識しておりますわよ」
「何より――パウルも裏にいる、らしいからねぇ」
 苦笑い交じりのイーリンにリーゼロッテは肩を竦めた。
 アーベントロートを取り巻く状況はかなり特殊である。
 双竜宝冠の事件そのものを複雑化した最大の要因は後継候補と見做されていたアベルト・フィッツバルディが重傷を負った事に起因する。それは元はと言えば『その前』の幻想動乱――Paradise Lost事件でこのリーゼロッテの実父たる当主パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートが『やらかした』事に起因する訳だから、アーベントロートに責が無いと言える筋合いでないのは確実であった。
「ローレットの報告書が本当なら――いえ、本当なのでしょうね。
 ……頭が痛くなりますわね、あの『お父様』」
 先の報告書でドラマと『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の二人のイレギュラーズがパウルの存在を確認している状態だ。
 さしもの彼も肉体を消失している現在は自由ではなく、今回の事件の黒幕ではないと思われるという話ではあったが、当事者にして娘たるリーゼロッテからすればこれは心穏やかなる事態ではないのだろう。華やかな美貌に不似合いな色濃い疲労の色は幻想のおかれた現況と、彼女の個人的な事情の双方を分かり易く表現していると言わざるを得まい。
「それで、こうして大所帯で押しかけて来た理由を聞かせて貰っても?
 いえ、想像はつきますけれどね。こういうものは互いに言質を頂くものでしょうから」
 リーゼロッテが視線を投げかけたのはイーリンであり、彼女の背後に立つ実に七人ものイレギュラーズであった。
 組織的に物事を動かすという点において、この女は常にローレットの特別であり続けている。そして大抵それは正解を引きやすい。
「私達はあくまで被害を軽減し――これ以上の悲劇を回避する為に動きたいと思っています。
 それが直接の事件解決に繋がるかは別でしょうが、『それ』も他の誰かが必ず成し遂げるでしょう。
 先手を取って和解の道を探る。難しいですが――こんな内戦紛いの事件で誰にも死んで欲しくないは無い」
 アベルト、そしてフェリクス。
 ココロの内心を過ぎった顔――特にフェリクスは道理を理解しそうな性格をしてはいる。
 動き始めた歯車を食い止めるのは難しかろうが、食い止まらないというのなら彼の後継資質にも疑問符がつきそうというものだ。
「先に味方かどうか確認したでしょう?
 私達の狙いは『フィッツバルディ一族に対し、リーゼロッテが諜報機関として動ける時間を作る』事よ。
 幾ら弱体化したとはいえ、アーベントロートはその手の動きは得意中の得意でしょうから」
「情報のターミナルは私が用意するのだわ! 蒼剣の秘書としてそれ位はお手の物、という訳なのだわ!」
 腕をぶす華蓮の言葉は半ば自身に言い聞かせるものなのかも知れなかったが――
 ともあれ、急こしらえで手札を用意し切ったのは流石イーリンらしいと言うべきなのだろう。
「成る程。徹底して此方のアシストに動いてくれる心算と」
「御父上も暗躍している以上、何も知らないままは気持ちも悪いでしょう?
 アーベントロートの胸先の全てをコントロール出来るとは思っていないけど、騎兵隊――暗夜騎兵は少なくとも貴女を信じて、状況の収拾に努める心算よ。そしてその辺りにはクラナーハ嬢の協力も取り付けてある」
「……血の気の多い『番犬』を良く」
「ひひ、もう連絡も合意もついているんですよねぇ」
「個人的に知己があって僥倖だったわ」
 メッセンジャーを務めたエマの言葉にイーリンは涼しい顔でそう言った。
 ライラ・クラナーハはメフ・メフィートに拠を構える武闘派の貴族である。ローレットにせよ、クラナーハにせよ王都で押し出しの強い連中が睨みを利かせれば無軌道な暴発の確率は多少なりとも下がる公算があろう。イーリンの求めるは『時間は稼ぐから、アーベントロートも何か成果を持ってこい』という実にふてぶてしい交渉であり、要求であった。
「幻想は勇者によって成った国。国の大事に幻想が認めた勇者が奮闘することに何の不思議も無いだろう?」
 イーリンの補佐役を買って出たレイヴンの言葉にリーゼロッテは「一応は道理、なのでしょうね」とだけ言葉を返した。
 少なくともこんな対等な話は以前のイレギュラーズであれば難しかっただろう。
 誰よりもプライドの高い薔薇の乙女がこんな話に怒りの色も見せず、話を聞く事そのものが彼等の軌跡の意味を教えている。いや、それは恐らくアーベントロートに限らない。メフ・メフィートに及ぼさんとする暗夜騎兵の効力自体が全てのイレギュラーズが培った強い信頼の下に立脚しているのだから。
「いいでしょう。此方も此方の出来る事を約束します。
 先程も言った通り、元々『身内の恥』の問題でもあるのです。
 それに、この国が必要以上に傷んで私達が得るものは何もない。
 ですが……」
「……?」
 リーゼロッテは難しい顔で言葉を続ける。
「これまでになく、危険ですわよ。
 戦闘力で貴方達はそうそう遅れを取らないでしょうけど。
『暗闘』はそういうものではありません。『プロとして』断言出来ますわ」
「ああ……」
 嘆息にも似た調子で声を漏らした美咲の脳裏に計算が走る。
(予想の数倍燃えてるからなー……首突っ込めば必然的に『当事者』か)
 今の王都で武闘派貴族と共に示威牽制を行う、等。
 口で言えば簡単だが、実際の所全ての陣営から集中攻撃を浴びかねない『自殺行為』と呼ばれても不思議はない藪蛇である。
 幻想の連中は善悪を別にすれば打算や合理という意味での分別はあるケースが多い。
 しかし、一方でこの状況はその数少ない美徳を否定し得る意味を帯びて久しい。
 一方でリーゼロッテの忠告に真っ向から胸を張ったのは輝かんばかりの甲冑に身を包んだレイリーだった。
「騎戦の勇者を傷つけるものは、この私が許しません」
 リーゼロッテは「成る程」と頷いた。
「では、御武運を」
 騎兵隊ならぬ【暗夜騎兵】は今回は夜を駆け抜けていくのだろう。
 彼等の覚悟を約束で遇して見送ったリーゼロッテは少し渋くなってしまった紅茶に幾度目か口をつけた。
「それで」
 視線もやらずに宙に向けて言葉を遊ばせている。
「何時まで待って――いえ、待たせて居るのです?」
「光栄ですね」
 薔薇庭園の通路の向こうから通い慣れたスーツの男が現れていた。
「お嬢様をお待たせする事が出来る男はそうおりますまい」
 新田寛治のそんな『自惚れた』言葉にリーゼロッテは「そうかも知れませんわね」と少し疲れた調子で頷いた。
 時折見せるようになったそんな彼女の『弱さ』は寛治にとって満足いくものであり、同時に問題への静かな怒りを覚えさせるものである。
『この美しい女を弱らせていいのは有象無象では有り得ない』。
「今回は中間のご報告に。
 パトリス・フィッツバルディの護衛である『シンドウ』はお嬢様の領地に問題の薬物を売りさばいていたマフィアです。
 言ってしまえば、御父上の件の『遠因』となった連中と言えるかと。
 跳梁を許せば今後もサリューの、ひいては幻想全体の民を害する存在であるのは間違いありますまい」
「……………」
 答えないリーゼロッテに寛治は続ける。
「シン・チームサリューを中心に人を集め、シンドウを誅します。
『我らの友』が、サリューでやり残した仕事です。引き継ぎ先は私が妥当というものでしょう?」
 寛治の確認にたっぷり数秒の間を置いて、リーゼロッテはアンニュイな薄い唇から独白めいて呟いた。
「――ああ、小鳥が囀っているわ。何て素敵なお話でしょう」

●怒れるコルビク
 或る程度の冷静さを持ち合わせる人間ならイレギュラーズが話をするのは難しくはない。
 例え彼等の主張が多少奇想天外であり、多少正道から横に外れた調子だったとして。
 名誉こそ重視される幻想で『英雄』なる立ち位置を有する勇者達の言は如何な貴族でも一顧位はしてくれるものだ。
 だが、それは『相手が冷静であったなら』と言わざるを得ない部分もある。
(……いや、手強い。中々大変だ。これは貧乏籤を引いた、と言った所か)
 ローレットでも指折りの能吏であるとする者も多い『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は思わず内心で呟いていた。
 にこやかなる鉄面皮の彼の事。その内心を外に察させるような『へま』はしないが、成る程。今日、彼に突き付けられた難題は『怒れる牡牛を落ち着かせる事』であり、これは如何な弁舌巧みな彼であっても、そう簡単な仕事には成り得ない。
「これまでの事績、陛下の手前一応話は聞いてはいるが――
『思いとどまれ』等、そういう段階は過ぎているのは分かっているだろう?」
 コルビク家の邸宅で今まさにマルクを『迎撃』しているのはコルビク家の家宰格であるラウル・バイヤールの冷淡な声だった。
 奥で彼に任せる当主達も彼に任せている格好なのか、彼の言葉を否定はしていない。
「如何な状況とて、結局は『ミロシュ様が御存命であられたかどうか』が全てだ。
 痴れ者の正体が何処に在ろうと、かの方は戻らず、当家が至高の冠を手にする事は無い。
 ならば、貴殿等の語る真相や調査に何処までの意味があろうか?」
 内心で激しながらも辛うじて声を押し殺すラウルの怒りはコルビク家全てが抱える激怒そのものなのだろう。
(これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。この争いを何とか食い止めなければ。しかし――)

 ――一先ず、其方にはコルビク家の暴発を回避して貰いたいのだが。
   いや、まぁ。簡単な仕事にはならない。決して。
   今更言うのも何だがな。あのミロシュという男は実に癖のある……
   それでいて、案外『喰えた』男だったのでな。
   おかしな事を言うが、天地がひっくり返っても好漢ではなかったのだがね。
   それでいて、嫌いかと問われればそうでもない。
   部外の私でさえそうなのだ。もっと身近な連中の抱えるストレスは、世間の評判とは一致すまいよ。

『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)の脳裏に毒々しくて華やかなヴィルヘルミーネ・カノッサ(クライアント)の声が蘇った。
 ミロシュ・コルビク・フィッツバルディはヴィルヘルミーネの言う通り余り評判の良い男ではなかったのだが、彼女やバーテンの話や一連の様子を見ているにどうも『身内には愛される』父親譲りの寛容さと或る種の人物的魅力を備えていたようだった。事実、ラウルやコルビク夫妻、家人の怒りは『双竜宝冠の目が消えた』事以上に、ミロシュがもうこの世に居ない事に対して強く向いているように思われた。
(……だが、凶行に凶行を重ねれば、復讐に全てを委ねれば。状況は『この程度』では収まらなくなる)
 怒りの炎が燎原を焼くように燃え広がれば、幻想全てを灰燼に帰さないとも限らない。
 或る意味でこの事態こそがこの国の病巣であると言えばそれまでだが、対症療法でも回避しなければいけない結末は明確だ。
「それでも、だ」
 実際の所、このヴェルグリーズという『剣』は頼んだヴィルヘルミーネが頭痛に頭を抱える程度には腹芸の出来ない男である。
 美しい刀身を現すかのような一本気は硬質であり、老獪な柔軟さ等幾ばくも持ち合わせていないのだ。
「それでも――思いとどまって頂きたい。少なくとも、今暫くばかりは」
 手持ちのカードに関わらず、直球で要求を投げ込んだ彼の物言いにあの才媛はきっと顔を覆った事だろう。
 とは言え、或る意味でその『空気の読めなさ』こそ開ける風穴があるのも事実であろう。
 元より目の薄い難題を要求されているのであれば、これは或る意味で彼にしか出来ない事であった。
 少なくとも――
「コルビク家とて、目のない心中を求めている訳ではないでしょう?
『それ位の覚悟がある』事は理解していますが、それは間違いなくベストではない筈です」
 ――ヴェルグリーズだけならば、話は堂々巡りにもなろうが。この場の相方――即ちマルク・シリングは彼とは異なり変化球の方を得手としている。マルクの突破力の無さをヴェルグリーズが補い、ヴェルグリーズの技巧の無さをマルクが補う。
 この場に二人が揃ったのは偶然かも知れないが、組み合わせとしてはなかなかどうして悪くはない。
「ミロシュ公子暗殺犯への処罰感情が峻烈である事は当然で『犯人はきちんと誅されるべきだ』。
 同時にコルビク家は本来得る筈だったものを一部でも取り返すべきでもある。
 これからの動き一つで結末が大きく変わるならば、この場合の拙速は必ずしも巧緻に勝りますまい」
「動くな、ではなく待て、という事か?」
 ラウルの言葉にマルクはにっこりと頷いた。
 内心をめくらせない彼の動きは多分な『時間稼ぎ』を含んでいるが、代案が皆無な訳では無かった。
「願わくば僕をフィゾルテ侯への正式な使者に任じて貰いたい
 今回の事件から彼が一歩離れた所に居るのは承知していますが、幾分か気にかかる事もあります」
「……あちらとこちらが現状悪い関係ではないというのも承知の上で言っているのか?」
「勿論」
 暴発前夜のコルビクが、王都への進軍を目論むとされるフィゾルテ側とコンタクトしているという噂は知れた話である。
 だが、ラウルとマルクは似た所があるようである。
 互いに腹を読ませない物言いは言葉に額面通り以上の意味を滲ませている。
 危険なコン・ゲームを綱渡りするマルクはそれでも水を得た魚のようであった。
「侯は戦力的には申し分ない同盟相手だ。『作戦』が成功する目も小さくはないでしょう。
 しかして、コルビクにとっての成功は彼が本当に白だった場合に限る。
 実際の所あの悪辣なる侯がミロシュ様殺害の真犯人である否定は完全には出来ないのです」
 より危険な一歩を踏み込んだマルクは畳みかけた。
「ハッキリ言えば、彼には動機がある。
 通常なら後継レースへ参加資格は無いが、ミロシュ様の死を引金に子竜が相争った結果、介入し得る立場を得たと言える。
 ミロシュ様の死を理由に侯が得た利益は、他の誰よりも大きいのですよ。
 ……もしコルビクが手を組んだ相手が黒幕なら、ミロシュ様の無念をどう言い表せましょうか」
 マルクの直言にラウルならぬコルビク夫妻が「おお……」と嘆きの声を上げた。
 主人等のその様子に仏頂面のラウルは何とも言えない怒気を滲ませていた。
 無論それは嘆いた夫妻にではなく、有り得る小さな可能性に対して向けられている。
「ですから、使者に任じで頂ければ――それを僕が調査します。
 挙兵するのはその後でも。侯と一蓮托生になるのはそれからでも遅くはないのではありませんか」
 硬軟、情実、更には都合の良い憶測による詭弁までもを駆使して立て板に水を流したマルクの一方でヴェルグリーズはやはり彼らしかった。
「ラウル殿、キミの熱意は十分伝わっている、キミがどれだけミロシュ殿を想っているかもね。
 ……実際、俺は彼を直接知らない。だが、人にそれだけ想われるということはミロシュ殿は傑物だったんだろうさ。
 そんな彼を害した人物であれば処断されて然るべきだ。いや、『正しく』処断されなければいけない」
「……」
「国外についてマルク殿が動いてくれるというなら、俺は国内の――
 事件の調査についてこれまで以上にコルビク家について、キミと共に調査を進めたいと思ってる。
 ……例えば犯人がリュクレース殿だったら? これから害される他の兄弟だったとしたら?
 犯人は不明だ。だが、決して逃げ切らせてはいけない。
 逃走は決して許さず、死に逃げさせる事も同じくだ。その名誉は奪われなければいけない。
 だからどうか、今は容疑者の彼らを生かすことを考えてほしい。
 その時が来たら俺が必ずこの刃を持って犯人を処断する
 真実が明るみになったその時に間違いなく犯人にその責任を取らせる為に!」
 ハッキリ言えばマルクの言も、ヴェルグリーズの言もコルビクが一蹴する事は容易かっただろう。
 理屈で言うのなら述べられた二人の言葉に彼等が首肯しなければならない理由等一つも無かった。
 されど、ここは幻想だった。そして幻想では勇者の言葉は決して軽視されないものなのだ。
 そしてそれ以上に、真摯な彼等の態度が硬直したコルビク家の胸を打った事は確かだった。
「……今暫くだけ、だ」
 故にラウルは苦虫を噛み潰しながらもこの瞬間だけは二人に折れる事に同意した。
「貴殿等が結果を出せなければ、その先は約束いたしかねる事はくれぐれも理解なされよ!」

●貴公子の憂鬱
 マルクやヴェルグリーズが『すんで』でコルビクの暴発を遅延させたのは良い結果だ。
 さりとて、情勢全てが抑制的でブレーキの利いた状態であるという事は有り得ない。
 究極的には現況は急坂を転げる岩のようなものであり、事態は常に加速的な破壊と破滅を望んでいるようだ。
(此方が『そう』である以上――相手は尚更という事ですか)
 道理は『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が直面する目の前の状況の正しさを告げていた。
 暗夜に跋扈するのは黒い影。貴族の邸宅に不似合いな黒づくめを纏った曲者が招かれざる客だという事は明白だった。
 鋭い呼気と共に銀光が閃き、奏でられた硬質の高い音が非日常にざわめく夜の空気を攪拌する。
「名乗れ、と言っても無駄なのでしょうね」
「……」
 フェリクス・イロール・フィッツバルディはリースリット――というよりファーレル伯爵家――が推す双竜宝冠の後継候補である。
 フィッツバルディにしては穏健的であり、理想主義的な彼は後継としてはフィッツバルディ派外様の彼女等にとって最も適当な人物だからだ。
(大局的に見て、公子勢力同士で争っている場合ではないのですが……とはいえフェリクス様の判断も間違っているとは言えない。
 事此処に至ってしまった以上、戦火の拡大を防ぐ意味でもそれ以上の手は打ちようが無いのですから)
 そんなフェリクスが自分以外の後継候補を『消す』方向に動いているのをリースリットは察知していた。その判断に美しい顔を幾らか曇らせながらも、貴族の子女としてノブレス・オブリージュを理解する彼女は消極的ながら彼の判断を尊重していた。
 リースリットやファーレル家にとっての『最悪』は『フェリクスを喪う事』、或いは『真偽は兎も角フェリクス様が真犯人であるとして政治決着が図られる事』である。その為の手段として死人に口無しがどれ程有効であるかは言うまでも無いだろう。
 だが、どちらが、誰が悪いかは問題の外として。殺意を向けるならば、殺意が向くのは必然だ。
 かくて鬼札たる紫乃宮たてはと刃桐雪之丞の二人が居ない『護衛』はこうして彼女が埋めているという訳だった。
「因果な仕事ですね」
 リースリットは皮肉に笑う。
 暗殺者は確かに手練れであったが、ローレットの主力級のイレギュラーズを圧倒する程ではない。
 無論、彼女一人ならば手に余る所もあったかも知れないが、
「私個人としては政界戦争に口出す気はないけどもね。
 ただ、ま。依頼となれば話は別。それにしてもあの問題児(ばいせん)は何処へ行ったんだか」
「確かに、仮にあの人(ばいせん)が襲撃してきたら如何にもならない、というのは間違ってはいない。
 守りを固めるだけでは生き残る目が無いなら、九死に一生を求めて攻める……
 貴族というよりは軍人、将らしい考え方というべきかしらね」
 探りながらも杳として所在を掴ませぬ梅泉に肩を竦めたミーナ、何処か奇妙に感心したような風情で言った舞花や、
「リュクレースさんを守れなかったのは痛恨だったからね。
 この上――目の前で似たような結末は絶対に許す訳にはいかないよ!」
 可愛らしい顔立ちに些か不似合いな気合を乗せる『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)等も守備を固めているのだから、フェリクス暗殺はかなりの難事であると言えただろう。
(権力を振りかざす子は嫌い、貴族なんて勝手に潰しあえばいい。
 ……それでも、あの人でもダメだったなんて。
 それは『こんな相手』じゃなかった。それは間違いなく『そういう相手』だった筈……まさかね?)
 リカは暗殺者をものともしないローレットの防御とリュクレース暗殺を許した梅泉の姿を重ね合わせていた。
 自分達が護れる程度なら、彼が失敗する事は無かろう。それは即ち、彼が遭遇した相手が――
 リカの不安は兎も角、戦いは今ここにも在る。
(結局、全員が犯人なんだから一人一人をそう思って調べる誰かは必要だ。
 でも、今回の私の役割はフェリクスさんの護衛。そして監視。一番重要なのはフェリクスさんを死なせないこと。
 仮に彼が黒幕だったとして、死んでしまえば証言を得ることはできないんだからね……!)
 強い意志を抱くフォルトゥナリアの勢いに敵影がややたじろいだ。
 元より速やかに仕留めて離脱する以外に勝機の無い襲撃なら、彼女等の存在は彼等を退かせるには十分過ぎた。
 かくて然して長い戦いにもならなかった夜の動乱は終わりを告げ、やや間抜けな事に遅れてやってきた正規兵に「大丈夫です」とリースリットは極上の微笑を御馳走してやる事になる。
「本当は今すぐにでもあの夜の気配の正体を調査して見つけて、目の前で死んだリュクレースさんの仇を取りたい。
 でも、こんな殺し合いで死ぬ人も少なくしたい。仕事は全うしないとね」
「ええ」
 やや独白めいたフォルトゥナリアにリースリットは溜息を吐くように同意した。
「勿論、そうであって欲しい。それを望みますが……」
 歯切れの悪い彼女の思考は子竜の争いならぬもっと老獪な闇に向いていた。
(この混沌の上、フィゾルテ公弟が動いたらしい、と。
 お祖父様方の懸念の通りになってしまいましたね。
 ……今動きを見せた以上、彼の狙う所は余りに明らかです)
 リースリットの懸念するのは最早フィッツバルディ派の勢力争いだけに非ず、更なる大きな戦乱であった。
 仮に実現してしまえば幻想大戦と呼ぶ他無い大乱は見渡す限り有り難くないキャストばかりで溢れている。
(お祖父様が上手く動いて下されば良いけれど……)
 マテウス・レクラム・エーレンフェルトはリースリットの祖父である。
 直接の血縁は無いが、人物的にも優れており、理解者としてかなり彼女を信頼してくれている人物だ。
 レイガルテの参謀格だった彼はフィッツバルディ派の重鎮として今苛烈な状況を食い止めんとする協力者である。
(それにしても)
 決して全てを肯定する気にはならない為政者ではあったが、若年のリースリットは今まさに強く『再実感』していた。
(……お父様が、フィッツバルディ派に居た筈だわ)
 レイガルテ・フォン・フィッツバルディという重鎮はその人格を補って余りある程の傑物だった。
 彼が居ないというただそれだけで、以前よりずっと政治的に安定していた幻想はこの有様なのだ。
 彼は悪であるかも知れない。だが、絶対に必要な悪だった。事これに到っては誰もそれを否定出来まい――
「大丈夫でしたか!?」
 ――リースリットの沈思黙考を遮ったのは現場まで駆け付けたフェリクスその人だった。
 暗殺犯のターゲットが彼である以上、その彼がこんな現場に現れるのは余り良い事ではないのだが……
「無事なようで何よりです……リースリット嬢も」
 舞花やフォルトゥナリア、そしてその後に視線を向けたリースリットに対しての調子を見ればそれを言うのも野暮と言わざるを得ないだろうか。
「曲者は撃退したと」
「大丈夫だよ。大した相手じゃなかったし……」
 フォルトゥナリアは言葉を選んで、やや難しい説明をした。
「リュクレースさんを守りきれなかった身ではあるけれど、だからこそあの夜について説明できることもある。
 少なくとも『今回』のとは別だったと思うよ。やり方が全然違うし――一見してもっと不確実なやり方だったから」
 リュクレースの事件で起きた護衛の『発狂』は偶発的なものに見えた。
 それは高確率で『不運ならぬ必然』だった可能性も高いのだが、少なくとも暗殺者を差し向けて直接対決するような術とは余りに違う。
 偶発を必然に変える何某かが存在するならば、それは『こんな』手緩いものではないだろう。
「絶対に守るから、安心してて欲しいよ」
「……頼もしい限りだ」
 少女(フォルトゥナリア)にそう言い切られればフェリクスは我が身の情けなさに幾分かの苦笑いを禁じ得なかった。
(そう。確かにミロシュ公子暗殺とリュクレース公女暗殺、それにこの襲撃も。手口からして全て違う。
 そしてリュクレース事件に冠位魔種の影があったとされるなら……入り乱れる複数の悪意はきっと拗れた糸のようなものなのでしょう)
 まとめて焼き払ってしまえたらどんなにスッキリするだろう。
「……もしかしたら、犯人捜しどころではなくなるかも知れませんが」
 些か自分らしくない感想を抱いたリースリットは頭を振ってフェリクスに向き直った。
「フェリクス様……教えてくださった貴方の理想、どうか私にも支えさせて下さいませ」
 この上、ここで善悪の彼岸を問わねばならない程、リースリット・エウレア・ファーレルは青臭い女では無かった。
 ただ、断固たる結論だけがそこに在る。
「貴方ような方がフィッツバルディ――王家にも繋がる血筋にいらっしゃることに大きな意味があるのです。
 この私が、貴方を死なせはしませんから」

●藪から棒
「幻想住まいの僕だけど、貴族のことはよく分からないのにゃ」
 そう言った『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)の言葉は心底からの本音だっただろう。
 この『猫又』の少年は幻想に蔓延る類の悪意を理解しない。
 恐らくは彼の性質、性格から最も遠い所にある粘つく闇は余りに度し難い意味不明だったに違いないから。
「とはいえ、ローレット本部のある幻想の平穏が脅かされるのは困るのにゃ。
 ローレットには皆も……ショウさんもいるにゃ」
 故に彼は彼なりに必死だった。
(バーテンさんの情報を纏めた感じ、後継者同士で本格的な潰し合いが始まってるっぽいにゃ。
 既に犠牲者も出てるし、楽観できないにゃ。むしろ流れ的に近いうちに犠牲者は増えると考えるべきにゃ!)
 取り組みや思考の全てが周囲と同じかは別にして、幼気な彼は彼なりに情勢を理解し、心を砕いていた。
 フェリクスの元を訪れたそんな彼がある意味で期待したのは当の子竜ではなく、彼の持つ二枚の切り札の方であった。
(たては、雪之丞はローレットでも幻想貴族でもないのにゃ。
 だからこそ話を聞いてくれる可能性に賭けるにゃ)
 故に彼は彼等にこそ水を向ける。
 決して見知った関係では無かったが、そこに何かを見出したくて彼等に云った。
「僕はどこ派とか誰派とかよく分からないけど、だからこそ敵じゃないのにゃ。
 だからこそ、噂に聞く二人にも話を聞いて欲しかったのにゃ」
 たてはと雪之丞が取り返しのつかない『仕事』を完遂するより前に。
 引き返せない更なる重みが、事件を加速させるより前に。
 持ち前の勘でか二人の出立より早く彼等を捕まえたちぐさは訴えたものだった。
「今は『敵』を潰してる場合じゃないにゃ。フェリクスも周囲の『敵』なのにゃ。
 つまり、死んでも殺すとかふざけてないなら今は護衛に力を入れるべきにゃ!」


「――って、事らしいけど、なあ」
 紫乃宮たてはは揺らめく妖刀の斬撃を変幻自在に繰り出した。
 刹那先も読めない蝶の変化は色濃い紫色の殺気を隠さず。
 抜群の身のこなしでこれを何とか捌いた影は揺れた長い編み髪を指先で払い、溜息を吐くだけだった。
「事態も急に――これは、本当におだやかではなくなってしまったのです」
 それが『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)でなければ一撃はもっとひどい結果を産んでいたかも知れない。
(跡目争いでもフィッツバルディ派全体の凋落を狙うにしても。
 まず暗殺を防がなければなりませんが――いきなり突き付けられた『これ』がお相手。
 情報収集を疎かにしても後手後手。かと言って手を抜けるような相手でもない。
 ……両方こなさなければならないのが本当に辛い所なのです)
 防御と遅延は十八番。さりとて相手は紫乃宮たては。
 やってやれない事も無いが、どちらかと言えば状況の調査に余念がないヘイゼルが引っ張り出された矢面の役は、パトリス・フィッツバルディが直面している極めて物理的な危機と呼ぶ他は無かった。
「パトリス陣営として動くなら、予想された展開だったかも知れませんね」
 苦笑い交じりの『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)の放った無数の乱撃を鋼の悲鳴が迎撃する。
 全身に凍気を纏った美しい剣士は速力をも縫い留め、凍り付かせる完璧な守りを見せていた。
(……いえ、陣営というよりは、護衛のポーズをして周りを嗅ぎ回ると言った方が正しいか。
 パトリスさんが後継者になるのには実の所反対である以上は、ね)
 チェレンチィはやや自嘲気味に状況を俯瞰した。
 子竜達の動きが活発化し、より強硬な面が表に出るならば。
 元よりその動きと経緯から特に警戒されていたパトリスの周囲が慌ただしくなるのは当然だっただろう。
 クロード達、貴族派の動きもさる事ながらそれを是認しているパトリスだからお互い様と言えばお互い様だ。
 フェリクスが狙われたという事はパトリスが狙われる事に何の不自然も無い。
 結論から言えば病床のアベルトも無論、同様の目に遭っている。まあそちらはイグナート達イレギュラーズや、何より幻想最強のザーズウォルカの守りを突破するのは極めて困難と言わざるを得ないのだが。
 如何せんパトリスの周りは筋が悪い。
(クロード・グラスゴル氏がパトリスさんについているのは……
 他の候補者では不都合があるとか、パトリスさんなら御しやすそうと見て、とかでしょうねぇ。
 しかし、『シンドウ』は何故パトリスさんについているのでしょう。
 金で雇われた傭兵だからと言われたらそれまでですが、わざわざ根城のサリューを離れ王都に来た理由は)
 貴族派のクロード・グラスゴルや『シンドウ』はかなり評判の悪い連中だし、パトリス自身も今回の事件に対してかなりの含みを見せているからだ。
 実際の所、その辺りを探りたくて敢えてパトリス派と見せているチェレンチィなのである。
 それが、よりによって――『シンドウ』の根城だった事から、追加で調査を行いたいと考えていた旧サリュー組と激突する羽目になるとは。
「上手く行かないと言うか……いや、却って話は早かったりするんでしょうかねぇ……」
 中々、難しい方向に転がった運命に首を傾げる他はないではないか。
 紫乃宮たてはと刃桐雪之丞の二人、それに彼等に従う凶手の何人かはフェリクスの手の者である。
「おかしな事を聞く羽目になりましたが」
 正眼に構えた『簪の君』すずな(p3p005307)は苦笑い交じりに相対する二人に問い掛ける。
「……これは退いて頂けるような話ではありません、よね?」
 腐れ縁と呼ぶ他は無いが、旧知の二人はすずなにとって幾分か特別な好敵手である。
 刃を交わし、命の奪い合いをしてきた剣呑な仲には違いないが、時に共闘をした事もある。
 実を言えば奇妙な親しみを覚えていない訳でもない。決して何の話も出来ない相手ではない、という事も分かっている。
「これはうち等の仕事やで、犬娘」
「……ですよね」
 だが、同時にすずなはこれが止めて止まる局面でない事も承知していた。
 ローレットのイレギュラーズなら暗殺なる手段を決して肯定はすまいが、たてはや雪之丞は必ずしもそうはなるまい。趣味嗜好の問題ですずなが進んで請けるタイプの依頼ではないが、命の取り合い鉄火場に身を置く剣士としては『プロ』の仕事が温くない事は理解せざるを得ないのが正直な所だった。
「それにあんたにその気がなくても、うちにとっちゃ恨み骨髄の宿敵もおるしな。
 仕事にかこつけてそこのキャラ被り殺れるなら、これよりいい事なんて無いわ」
「あら?」と小首を傾げた『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)にたてはが口角を持ち上げ、すずなは尚更分かり合う事を諦めた。
「一分たりとも被ってませんし――やはり決裂ですね!」
 この戦闘は必然に近い偶発であり、決して望ましい事態では有り得ない。
 但し、全てが悪い事ばかりであったかと言われれば少なくとも小夜等にとってはそうとばかりも言い切れない。
(シンドウの一派がサリューを根城にするマフィアなら探る以外の選択肢はないわ。
 元より新田さんとサリューの今後の動向の為にここに来た訳だし、…それに個人的に気になることもあるものね)
 見えない小夜が気配を探ったのはこの成り行き上の友軍になる『シンドウ』。
 より正確に言うならば新藤具藤を名乗った一人の剣士の動向だった。
(さて、剣と按摩で渡世を渡っていた頃には脛に傷のある方々との付き合いもあったけれど、この手の組織は貸し借りと信用の世界。
 探ると言っても部外者では表面的な情報しか得られないでしょうし、内に入り込むなら轡を並べる以上の信頼も無いでしょう。
 ……それに、実際の腕前も知りたい所だったわ)
 別角度より襲撃した凶手を一撃の下に斬り伏せる。
 返り血を浴びる事も無く流麗にして涼やかな具藤は魔性を帯びており、恐らくは天才である。小夜の値踏みでは自分と同じか、それ以上。
(知っていたけれど)
 小夜程の剣士ともなれば、実を見なくとも概ね相手の強さは理解するが、無論それは完全にではない。
 実際の勝敗は兎も角、その剣気、剣才は親近感さえ覚える程だった。
(名前には直接の憶えがないけれど私の勘ではきっと昔会ったことがある、のよね)
『シンドウ』なる小夜にとっての特別な姓と、すずなの簪への反応。そして何より剣片喰紋。
 これを『女怪がそうでなかった頃』と結び付けないのは余りにも鈍感が過ぎるというものだ。
 アーベントロートに報告に行った寛治を含め、この事件における重要性と優先事項が『シンドウ』或いは『サリュー』にある【シン・チームサリュー】の面々はこの邂逅をある意味の機会にさえ出来るだろう。
 そして、この実に仲の良いチームの片割れは小夜とはまた別の緊迫感を帯びている。
(『彼』個人の反応としては薄すぎて何とも……本当に新道の関係者なのか。
 パトリスの所で見知った感じを加味しても、組織としては完全に黒。想像していたよりずっと性質が悪そう。
 深入りするのは避けたいですが、小夜さんが探るというなら付き合うまで。
 ええ、来るなと言っても着いて行きますからね! 覚悟して下さいね!!!)
 すずなとしては万が一にも小夜が『納得する』事態は避けねばならない。
「納得するな」とは実におかしな話だが、彼女の想い人は常に死に場所を探しているような女である。
 追いかけて来た過去とやり合って、勝手に逝かれては何処にも立つ瀬等ありはしないのだ!
「あの。視線を感じるのですが……何か気になる事でも?」
 故にすずなは努めて冷静に小夜を見る具藤に問い掛けた。
「いえ、お二人共素晴らしい構えに腕前と思いましてね。
 相手がサリューの剣客となれば、これ以上頼もしい事もありますまい」
『簪の君』に見咎められれば彼ははぐらかすように内心の見えない薄笑みを浮かべるだけだった。
(ともあれ)
(いよいよ――新田さんとも連携して『シンドウ』の根元を探る必要があるわね)
(はい。はじめちゃんにもお手伝い願ってみる事にします)
 すずなと小夜が言葉を交わさずにも通じ合ったのは、そこは見事と言うべきだろうか。
「お喋りはもうええやろ」
「ええ、備えた所でどうにかなる相手とは思っていませんけど」
 たてはに譲れないものがあるのと等しく、すずなも同じである。
 似た者同士の二人に共通するのはそう――

 ――人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら!

●台風一過
「……やあ、これは酷い有様だね」
「ええ、見ての通り酷い有様だわ。台風をちゃあんと凌いであげたんだからその辺りはきちんと見て欲しい所だわね?」
 フェリクス勢の襲撃を辛くも食い止めた後、『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)はそう嘯いた。
「我ながら――いいえ、ローレット全部が冴えてたわね。
 ここにこれだけの戦力が集まっていたのはどう見てもファインプレーよ」
「本当にねえ」
 フェリクスのやる気は思った以上であり、その凶手が何処に向くかは知れなかった。
 結果的に武闘派で固めたフェリクスの守りが無かったなら事態はよりややこしい方向に進んでいなかったとも限らない。
 尤も、このフェリクスが『犯人』だとするのなら――悪く転んだ、とも言い切れない所なのだろうが。
「謎のロマンスグレーにも感謝しないといけないかも知れないわね」
「何それ」
 首を傾げたパトリスにアーリアは「分からないけど」と前置きをした。
「槍を持った触れなば斬れんいい男、かしら。
 恐らくサリュー組とは別口で……アベルトさんにでも雇われたのかしらね。
 偶発的だったんでしょうけど、たてはさん達が退却判断をした一因は第三極が現れたこと。
 彼の暴れぶりも大きかったのよ」
 幻想らしくはない青い衣装に身を包んだ槍術の達人もまた気付けばその姿を消していた、という訳である。
 やはりローレットがそう考えたのは正解なようで、パトリスはかなり『人気』である。
 まぁ、狙われる理由は売る位にある以上、当然と言える話なのかも知れないが。
(それにしても――難しいわ。
 この事件を積極的に解決するとか、幻想の貴族がどうあれとか。そんなもの、実際あんまり興味は無くて。
 それより『神の国』の方がずっと大事なんだけど――)
 アーリアは「大丈夫?」と襲撃を食い止めた面々に声を掛けて回るパトリスを見て溜息を吐き出した。
(彼が以前交戦した『シンドウ』と繋がっている事は分かってる。
 よりにもよって、一番後ろ暗そうなキャラだってのも分かるわよ)
 アーリアは人生が綺麗なだけじゃいられないのも、不正義を飲みこむのも、酒や、薬が甘美なのも知っている。
「……まぁ、ちょっとばかり『仲良し』になってしまったら、ね」
 目に見えて後ろ暗く、好戦的で、けれどそんなことないって顔してる豪胆さは『嫌いじゃない』。
 女の子の気持ちを言うのなら、『最も貴族らしくない後継者』は好ましい。
 アーリア・スピリッツという女は流麗で華美な見た目以上に繊細で情実的な女である。
(一連のこの事件に冠位が関わっているのだとしたら、流石にそれは捨て置けないものね)
 多少のやけどは気にもしないようなふりをしながら、そんな達観した女性像とは程遠い部分にこそ本質がある。
 それを知る人間は殆ど居ないし、実際『下手に嘘が上手い』彼女はそれを気取らせるようなタイプではないのだが――
「助かったよ」
「まあね。貴方は私を上手く使えばいいのよ、パトリスさん。
 ただ、そうね。嘘を吐いてもいいけど、お喋りに付き合ってくれれば、うん。それでいいわ」
 ――礼を言うパトリスに軽く応じたアーリアの言葉には一片の嘘も混じっていない。
「しかし、取り敢えず凌いだとはいえ……余り事態は良いものとは言えないのです」
 ヘイゼルの言葉にパトリスは「うん」と頷いて難しい顔をした。
「兄上『も』やる気なら、こっちもその気でいかないといけない。
 仮にこっちが大人しくしている心算でも、その辺も相手次第だからねえ。
 で、最悪な事にローレットも兄弟あちこちに分散してついている、だろ?」
 パトリスが確認するまでも無く、ローレットはその特性上、一個勢力に味方する事は無い。
 それぞれのイレギュラーズ――幻想の英雄達が子竜達の支援に入っているのが現況だ。
 進んで暗殺に手を貸すようなタイプは多くないが、このままでは遠からずイレギュラーズ同士の激突が起きないとも限るまい。
 フィッツバルディを、或いは幻想を割る内乱がローレットまで割ったならこれを食い止める者は居なくなろう。
(酷い状況だが……我ながら露悪的に言うのなら『好機』でもあるのだろうな)
『アーマデルを右に』冬越 弾正(p3p007105)は仄暗い感情を覚えずにいられなかった。
 子竜同士の争いは拗れた感情、情勢の結果。そこに致命的なまでの悪意等本来は存在し得なかった。
 彼がどうしても許し難く、除かねばならぬと確信するのはこの骨肉の争いさえ利己のみに利用せんとするフィゾルテの方であった。
(奴こそ話に聞いた――幼少期のマサムネ殿を害した輩に違いあるまい。
 嫡男のアベルト殿は兄弟を害するメリットがなく、ミロシュ殿は身内殺しをする様な人物ではなかったと聞く。
 他の兄弟はマサムネ殿より年下であり、襲撃当時に暗殺者を差し向ける様な発想力も権限も無かろう。
 ……となれば、マサムネ殿の幼少時から後継レースの未来を予測し。
 マサムネ殿の心とその大切な従者を手折れる犯人など、フィゾルテ以外に誰がいるというのだ!?)
 双竜宝冠事件が深く過去にも根差す、血塗られたフィッツバルディの歴史だと言うのなら。
 問題は今回の事件だけではない。弾正は全ての悪を濯ぐ事は本質的な解決には必要不可欠の方法に思う。
(マサムネ殿の持ち得る戦力だけでフィゾルテ攻めは難しい。
 上手く、このパトリスの力を借りる事が出来たなら……)
 兄弟達を一人でも多く残し、悲劇の連鎖を食い止める切っ掛けになるのではないかと考えた。
 とは言え、弾正の思惑とは裏腹に状況はコントロールさえ難しい。
「つまり、情勢は時限式で時間は余り無いという事なのです」
「ふむ」と頷いたクロードにヘイゼルは続けた。
「つきましては、『その先』に備え私に内偵をさせて頂きたいのです」
 戦争に獅子身中の虫はつきものである。
 特に伏魔殿とさえ称される幻想の貴族派はそれが骨身に染みている。
 無論、そう買って出たヘイゼルは『額面通り』戦争の準備に協力する訳ではない。
(さて、どうなる事でせうか。多少なりとも掴めれば『マシ』になるのでせうけど――)
 五里霧中の情勢において情報は確かな武器になるだろう。
 ヘイゼルは自身の調べ得る領域が単体で『決定打』足り得ない事を理解していたが、ローレットはまさしく『群体』である。
 各地に散った連中がそれ相応の仕事の結果を持ち帰れば総じて見えてくるものとあろうと考えている。
『シンドウ』と貴族派の力関係、パトリスについての詳細等、調べられる部分を調べ尽くしてやろうという算段だ。クロードに持ちかけたのはアンダーグラウンドの勢力であるシンドウよりは貴族派側からの方が不測の事態が薄く、やりやすいという彼女の見立ての問題である。
(……やはり、一度サリューに飛ぶ必要はあるかも知れませんね)
 果たして、『群体』は正解と言えただろう。
 ヘイゼルの『仕掛け』を見てチェレンチィはそう考える。
 貴族派以上に謎の多いシンドウに対しても彼女だけではなく、寛治、すずな、小夜等も含めてかなり強いアプローチを持っている。
 言うまでも無くアベルトのフォローをするイグナート、葵等や、フェリクスに協力するリースリット、フォルトゥナリア等、アーベントロートを動かそうとするイーリン、更には別角度から事件の真相に迫りつつあるドラマやマリエッタ、それに協力する面々等も強力な機能を見せてくる局面だろう。
「実際、善悪は別にして貴方は結構信用出来るって思ってるのよね」
「ほう。余りされない評価ですがな」
 アーリアの言葉にクロードは皮肉に笑った。
 からかわれたと思ったのかも知れない――
「嘘じゃないわよ。利害の一致こそ一番シンプルで、一致している間は強固なものでしょう?」
「成る程ね。少なくとも個人的には『同感』ですよ」
 ヘイゼルにせよ、アーリアにせよ、パトリスにせよ、クロードにせよ、あのシンドウにせよ。
 食って食えない連中の間にもそれ故の信頼感はあるという事か――

●不遜なる『王弟』
(くそっ、始まっちまう! ああなる前に止めたかったのに!
 すでに表立って争いが始まっちまっちゃ、今更真相を突き止めたところでもう止まらないんじゃないか……?)
 世の中は何時も意地が悪い。
 世界は何時も不出来で、『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)を「諦めろ」「楽になれ」と責め苛む。
(違う。間違ってる! ダメだダメだ、諦めるな! やるしかない!
 とにかく大規模な戦闘……戦争にだけはさせちゃいけない! 人がいっぱい死んじまう!
 何でもいい、とにかく連中を少しでも手を緩める方向にもっていかないと――)
 風車に向かう騎士のように、太陽目掛けて飛ぶ蝋の羽のように。
 足掻き続けるからこそ、風牙という少女は美しい。瑞々しく幾度も傷付き、それでも何度でも立ち上がる――
 子竜達の跡目争いをより一層複雑かつ切迫させる存在が予想外の第三極。
 ダークホースとして遅れて現れた『王弟』フィゾルテ・ドナシス・フィッツバルディである事は言うまでもない。
 実に厄介な事に実兄レイガルテを思わせる政治の能力値を持ちながら、彼の孤高なる高潔だけが抜け落ちたこの人物は決して暗愚足り得ないのに、最も跡目を継ぐべきではないという厄介極まる人物像を持ち合わせていた。
(……でも)
 敢えて謁見を買って出た『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)は内心だけで嘆息した。
(道義的にいまいち相応しくないだけで、身の丈に合わない訳じゃないのが肝なんですよねぇ)
 元が「黄金双竜の財産が欲しいから求婚する」とまで言っていた女であるからして、良い意味でルル家は冷静であった。
 フィゾルテから多くのイレギュラーズが得る人物的嫌悪感を全く別問題と切り分けた上で、彼の現状と能力を良く理解出来ている。有能と身内に甘いレイガルテにかなりの権勢を許されたフィゾルテは(アベルトを除けば)未だ実権の殆ど無い実子の後継候補達より、動かせる軍も政治的な手管も一日の長があるのは事実であった。
「ですから――まぁ、ぶっちゃけ子竜殿達は頼むに足りません。あてにならないという訳ですね!」
「ほう。それで此方にもバランスを取りに来た、という訳か」
『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)を捕縛し、その身の上を今の所害していない以上、フィゾルテは硬軟両面を見ていたのは確かである。故にローレットからのイレギュラーズの謁見をフィゾルテが請けたのは彼からすれば予定通りといった所だっただろう。
「切れ者のレオン・ドナーツ・バルトロメイらしいな。
『ギルド条約』は多国間に跨る協定だが、幻想内部に限った所で本件は非常に合致する話ではある」
「あー、うん。成る程なあ」
「レオン殿は関係ありませんけどね」
 思わず感心の声を上げた『竜の狩人』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)、肩を竦めたルル家にフィゾルテは含み笑いを浮かべていた。
(……いや、本当に優秀みてぇだな)
 正直を言えばフィゾルテの悪評は然程政治に詳しくないミヅハも十分承知である。
 されど、彼はこうも思ったものだった。
(まあ、間違ってもマトモな人間じゃないだろうな。
 だが、だからこそ、この男の手腕が気になる所だ。
 ……人生勉強の一環かな。偉大なる先人の智慧ってやつは見せて貰いたいもんだ。
 あと腹芸の勉強も出来れば御の字だ!)
 彼の推論は今回に限っては当たってはいなかったが、謂われてみればそう受け取るのは自然であろう。
 フィゾルテはこう考えているのだ。

 ――ローレットは双竜宝冠の全方位に触手を伸ばし、誰が勝っても問題ないように立ち回っている――

 ……まぁ、実際の所。
 ローレットはフィゾルテが考える以上に『自由』だからそこまでの政治的意図は無いのだが。
(……いや、はて。『敢えて行動を縛らない辺り、逆張りが出る事は期待されていて。想定内の可能性はある』のか……?)
(アレはアレで一筋縄ではいかねぇからなぁ。
 いや、そう考えると。はは、今ってまさに『歴史の最前線そのもの』じゃねーか。
 政治には興味なかったけど、これじゃ幾らかは勉強したくもならあな?)
 ルル家、ミヅハの脳裏に同時に過ぎったピースをするレオンの姿はさて置いて。
(性格はアレなんでしょうけど、能力は確かと言っていいでしょう。
 レイガルテ殿に劣るとは言え、これもまた政治の怪物。
 嘘をついたり誘導したり……無意味でしょう。拙者が操れる人物ではないでしょうからね!)
 興味を隠せないミヅハ、更には倫理観という意味において然したる忌避感のないルル家は殆ど裏無くフィゾルテ陣営に参戦する心算であった。
「拙者はフィッツバルディが弱体化するのは嫌なので。
 他の勢力を叩かず飲み込める方が良くてですね。それが出来るのは現状ではフィゾルテ卿だけかと。
 宝冠は貴方の頭上にこそ輝けば良い。貴方は憎しみと恐怖で戦う子竜殿達とは違いますからね。
 拙者は断然、フィゾルテ卿に付きたいと思います!」
「可能なら城内警備の足しにでもこき使ってくれたら嬉しいぜ。
 その辺の兵よりゃ断然役に立つって言い切れるし……
 ……まあ、信用してくれるかは分からんが。ハッキリ言って俺は辣腕と名高いアンタに興味があるだけだからな」
 フィッツバルディ派としてそれなりに名の通ったルル家、更に続いたミヅハの好意的な言葉にフィゾルテは満足そうに頷く。
 まぁ、実を言えばミヅハに関しては囚われていると思しきお姫様(アルテミア)を救い出す王子様(ゆうじん)との兼ね合いもある。
 お節介かという話もあろうが、イレギュラーズが好意的である限りフィゾルテはアルテミアというカードの悪い切り方をしないだろう。彼女の当面の安全をそれとなく確保出来る前提であるのなら……
(……助け出すのは、な。頑張れウィリアム。ちゃんと『警備』してヴァンの方は止めてやるからよ?)
 そしてルル家は同時にこうも考えていた。
(レイガルテ公が自身が伏した時の策を用意していないなど『ありえない』。
 考えられる原因は二つ。何者かが妨害しているか、それともまだ時ではないからか――)
 実に予想外に何の裏も無くフィゾルテに参じたルル家の一方で、これだけ癖の強い人物が相手ならそうでない人間も無論いる。
(せめて、貴女に安らかな眠りがあらんことを。主に特別お願いいたしますわ――)
 切り込み隊長を『真っ当に本気』なミヅハやルル家が勤めたのは実に適任だっただろう。
(いえ、これは――詮無い感傷なのでしょうね。
 あんなにたくさん家族がいるのに、誰にも見送ってもらえないんだな、何て思ったら)
『どうしても』。
(見ていて頂戴。貴女の願いは叶えてあげられなかったけれど、貴女に手を出した輩を思いっきりぶん殴って来て差し上げますから!)
 今は亡きリュクレースを想った『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)もまた、フィゾルテとの謁見を申し出た有力なイレギュラーズだった。レイガルテの懐刀と呼ばれた事もある『竜剣』シラス(p3p004421)やそのパートナーである『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)、更に事態の悪化を食い止める為に敢えてここに駆け付けた風牙といった面々は数、質共に優れており、少なからずフィゾルテを納得させるものだったに違いない。
 これら四人は前の二人程『素直な動機』でここに居る訳ではないのだが、先陣の二人に何ら嘘が無い以上、空気感はそれなりに温められている。
(……少し、頭冷やしていかねぇとな)
 シラスはそう善良なだけのタイプではないが、先のリュクレース暗殺事件には多少の責任を感じずにはいられなかった。無論、シラスが犯人な訳ではないし、致命的なミスをしたかと言えばそれはNOであるのだが、たかだか十代の少女の情緒に全く気を配れなかったのは余裕の無さを指摘されれば反論が難しい部分であった。傍らに居たヴァレーリヤやアレクシアがリュクレース個人に向かい合っていたのだから尚更だ。
 冷静と情熱の間、論理と情動のバランス。シラスは改めて考える。
(目の前の下衆も含めて、理詰めだけで勝てる相手ばかりじゃなかったな)
 ならば、どうするか。簡単だ。より研ぎ澄まし、冷静に事を運ぶばかりだ。
『尚更頑張る』なんて結論は馬鹿馬鹿しい根性論と謗られようが、特異運命座標(シラス)は元より限界を踏み倒し続けてここに在る。
 順調に進む謁見の様を横目にシラスは周囲に捨て目を配りつつ、沈思黙考で状況を整理した。
(公は高齢だがアベルトを正式には認めていなかった。
 ならば、これは必然に近い。遠からずこうなるとは予測出来ていた)
 何故レイガルテがアベルトにお墨付きを出さなかったかは分からないが、そこは現状の問題ではあるまい。
(俺は手柄を立てて――公だけではない。次世代に取り入る好機を待っていた。
 結果としてアベルトとは折り合いが悪かったが……しかし、俺が気付くような事は誰にでも分かっていた事だろう?
 ならば、より大胆に盤上を動かした人間もいると考えるべきではないか?)
 シラスの思考は推論に過ぎなかったが、あながち全てが的外れではないようにも思われた。
(リュクレースが死んだ夜から嫌な予感がある。
 ……仮に。仮にだが。この事件の本質が宝冠の継承ではなくフィッツバルディの崩壊だとするならば?
 跡目争いに傾倒して後継者を絶やす事態にまで及べば権威は地の底だ。派閥は終わる。
 そしてフィッツバルディ派が崩れたら幻想はこれまで以上に滅茶苦茶になる。
 そこまでの悪意を持って状況に加わる誰かが居るとするならば……)
 行動の動機が利益ならば与しやすい。
 しかしごく個人的な、破滅的な狙いを携える者が居るとするならばそれは余人には理解出来ない領域にある。
『極少数の例外を除いたなら』。
「……カラス、兄貴」
 口に出せば頭の中がザラつく響き。
 フィゾルテの傍で側近面をする金冠の男は『改めて見れば』間違える筈も無い男だった。
 先に結論に達してから思考がそれをトレスする――『動機のある人間はそこに居た』。
「……………」
 一方でシラスの傍らにあるアレクシアは他の誰にも届かなかったシラスの小さな呟きに形の良い眉を曇らさずにいられなかった。
(もしかして、あの人が話に聞いてたお兄さん……?)
 アレクシアの聞いていたカラスはシラスの異父兄であり、捏ね回した情念を幻想の悪意でトッピングしたかのようなのっぴきならない関係だ。
 その全てを根堀り聞くには忍びない程の壮絶さは、それを語り掛けたシラスの顔を見れば分かる事だった。
「ぜんぶは言わなくていいよ」と思わずその肩を抱いた関係性が鋭敏で聡明なアレクシアでなくともシラスに与える影響は想像出来る。
(落ち着いて、シラス君。自分を見失っちゃダメだよ……)
 そこまで考えて、アレクシアは僅かに首を振った。
 それはそうだが、違う。厳密には希望的観測(それだけ)ではない。
『もし仮にシラスが我を見失ったとしても、その時の為に自分が居る』。
 全てそう。
(正直にいえば、あまり積極的に味方したい人じゃあないけれど……
 だからこそ、目にもつかない場所で事件に巻き込まれる可能性もあるしね。それは避けたい。
 どんな人であっても、生命を落としてほしいわけじゃないもの!)
 アレクシアの行動原理は何時も、今日もあくまで素晴らしい善性に根差していた。
 傍らの――特別といっていいだろうシラスを慮るのも、到底人間的には共感出来ないフィゾルテを守ろうとするのも根は同じだ。
 魔種なる破滅主義者が無限の悪意だけで出来ているとするならば、アレクシアは真逆の善性で成り立っている。本人はそう言えばあくまで否定し続けるのだろうが、『聖女』なんてものがいるとするなら、彼女は十分その名を受け取るに相応しいと言えるだろう――
「それで、はるばる来てくれたのです。
 高名なイレギュラーズ諸氏です。これは手土産の一つでも頂けるのでしょうね?」
 フィゾルテではなく傍らのカラスがそう言った。
 敢えて素知らぬ顔をして、口元には意地悪い笑みが浮いている。
 シラスを見てそう言った彼に、シラスよりも先に口を開いたのはアレクシアだった。
「リュクレースさんの事件の時のことなら幾らか情報があります」
「ほう?」
「これは絶対ではなく推測を含みますが、あの不可解な事件には『冠位』の気配がありました」
 アレクシアはリュクレースの死に纏わる情報を包み隠さず説明する。
「ええ。あの時、明らかにおかしい気配が生じて――
 あの、バーサーカー……死牡丹梅泉という男が外に出たのですわ!」
 ヴァレーリヤも言葉を重ね、当時の状況を補強する。あのリュクレースの死は俄かに信じ難いような『おかしな話』ではあるのだが、フィゾルテ側も何らかの手段である程度の情報は有していたのかこれに疑問を挟む事は無かった。
(情報を嗅ぎ回って警戒されるよりも、まずはフィゾルテからの最低限の信用を得ておくことを基本に考えませんとね。
 正直、フィゾルテが一番怪しいけれど、犯人と決まったわけでもなし……
 頭をカチ割った後で無実と分かったら気まずいですものね)
 気まずい、で済む筈も無いのだがそこはそれ、如何な劇場版とは言え、ヴァレーリヤはあくまで鉄帝国式である。
「……! そうだ、今回の件、魔種の、冠位の存在がちらついてる!
 もし仮に今回の騒動の原因が魔種の仕業だったら、内々での争いは更に酷い結果を招くかも知れねえんだ!」
「何も私も甥達と戦争をしたい訳ではないのだがな」
「……っ、なら……」
「だが、当人達があの有様では年長が窘めねば殺し合いは続くではないか。
『叔父として』として、当主の実弟、フィッツバルディの重鎮としても捨て置ける話ではないのでなあ」
 腹芸や言葉遊びで風牙のような一本気な少女が老獪なフィゾルテに抗するのが難しいのは当然であった。
(フィゾルテより早く他派閥の軍が動く様子を見せれば、『内々で争っていたら他派に付け入る隙を与える』って思ってもらえるか……?
 いや、そんな状態になったらより嬉々としそうじゃねえか!? ああもう! オレに頭使わせるなよ……!)
 例えばそう、バルツァーレク派のやり手――性格が悪い――ホルン等ならもっともっと上手くやるのかも知れないが。
 残念ながら風牙はそんな彼とは全く真逆の性質をしているのは否めまい。
「そもそも今回の件、派閥レベルで見ればフィッツバルディにとってまったく益がない。身内で潰し合い、力を衰えさせるだけだろ!
 魔種が糸引くような話なら、断言してもいい。絶対に碌な結末にならねえぞ!?」
「魔種なら、ね。重要な情報として考慮は出来るが、100%として鵜呑みにしないのは分かるでしょう?
 ……と言うより仮に魔種の差し金だったとして、盤面に居るのは魔種だけではない。
 人間もひしめいてるのだから、懸念だけでは捨て置けませんな」
 風牙の言葉をカラスがいなした。
 そも『冠位魔種の気配』なる胡乱な情報は『そも冠位魔種と何度も相対したローレットの主力でなければ全く理解出来ない話』なのだ。
 故に胡乱ながらにそれは特別な情報として機能する。他に断定はおろか推測し得る人間も居ないのだから当然だろう。
(そう気の進む仕事ではありませんけれど、当面はフィゾルテの護衛に力を入れなければなりませんわね)
 対症療法での被害回避は攻め気の強いヴァレーリヤ流ではないが、多少の後手を踏むのはやむを得ない情勢である。
 情報によればコルビク家と何らかのコンタクトを取りつつあるらしいフィゾルテの動きを探ると共に、彼の動きを多少なりとも牽制出来るよう知己の軍人であるテレンツィオに働きかけもしている。ヴァレーリヤという女はやらないだけで案外搦め手も出来る辺り、中々味があると言えるだろうか。
「私からも一つ、聞いておきたいのだけれど」
 とは言え、ヴァレーリヤの場合、余りらしくない事ばかり我慢するのは向いていない。
「宜しければリュクレースが殺された夜、どこに居たか教えて頂いてもよろしくて?」
 故に力一杯踏み込んだ。
「……俺、いえ。私が、ですか?」
 カラスは怒るでもなくむしろ笑ってそう尋ねた。
「勿論、この城におりましたとも。侯に確認頂ければ最良の証明になりましょう。
 ……しかし、どうして? 短絡的に今ので容疑者扱いされた、とは思いませんがね」
「それは簡単ですわ」
 ヴァレーリヤは裏なくそう言い切った。
「貴方は、物凄く――恐らくこの場で一番の手練れに見えたからですわ」
 悔しい事にシラスさえもその言葉には異論は無い。

●『王弟』を欺く
 フィゾルテの動向を探り、或いは彼の身の安全さえも確保せんとするイレギュラーズが在る一方で、それとは別の思惑を持つ者達も居た。
 人間の行動や事情が一側面では語れないのは言うまでも無いが、彼のような叩けば幾らでも埃が出る人間ならばそれは尚更だ。
 究極的にローレットの目的は『事件の解決』。もう少し言えばそこに魔種等が関わるのならばその絶対阻止。フィゾルテのそれは自身が双竜宝冠を戴冠する事なのだから、現状において互いは互いを積極的な敵としようとは考えていない所はあるのだが、それでも成り行きというものはある。
「つまり彼女の行動を監視してたってことですよね」
「人聞きが悪いな、君は」
 ちくりと言った『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)にヴァン・ドーマン伯爵令息は平然と言葉を返した。
「何も無い前提ならそれで良かったし、不必要な情報を集めていた訳じゃあない。
 だが、この情勢で一人でフィゾルテ侯の領地に潜入する鉄砲玉をフォローする事は監視とは言わないよ。
 これは当然の帰結で、必要な保護だ。彼女は僕より強いし、一流の戦士だが。そもそも腕前の問題じゃない。
 最悪の事態を防ぐ為に必要だと思えば、何と言われようと僕はやるしかなかったさ」
「それとも」とヴァンはシフォリィにやり返した。
「『彼女が言って止まったと思うかい?』」
「どうせなら見ているだけじゃなくて止めてほしかったけどね……」
 脳裏に描いた堪えない親友の姿に物凄い深い苦笑を見せたシフォリィに、実に深い溜息を吐き出した『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)。ヴァンは負けない位に深い、深い溜息を吐き出して零した彼に答えたものだった。
「それも、他ならぬ君が本気で言える事じゃあないだろう?
 相手は『あの』アルだよ? 無鉄砲で、勇気があって。放っておけば一年の半分は地下牢に居てもおかしくないようなお転婆だ」
「知ってるだろう?」とそう言ったヴァンの言葉は諦念の混じった皮肉なジョークに違いなかったが、言われたウィリアムの方も一蹴は難しかった。
 如何せん彼女はそういう所が否めない。
 特別親しいシフォリィやウィリアムは知っている。
 アルテミア・フィルティスは自身の魅力だか運命だかに無頓着な所がきっと、ある。
「……まぁ、分かるよ。そうは言ってみたものの、きっとさぞかし電光石火だったんだろう」
「ああ、とんでもない早業だったとも。事態のスピードが速すぎてとても対応し切れなかった。
 ……僕の失敗を語るなら、自分自身が赴かなかった事だ。でもそうしてても、君は余り嬉しくなかったんじゃないかな」
「人生って複雑だよね。政治って難しいね。政治なのかな?」
 嘯いたウィリアムはアルテミアにとっての特別と言える。
 ヴァンと彼はこれまで多くの面識がある訳ではなかったが、かなりの辣腕を見せるヴァンはその辺りは承知なのだろう。
「まあ、そんな小難しい事は脇に置いておいて。僕達はシンプルに行こうか、ヴァン卿。
 どんな状況で、何が相手だろうと関係ない。絶対にアルテミアを助けるだけだ」
「ああ」と頷くヴァンとウィリアムはまぁ……これまた中々難しい関係なのだろうが、空気はむしろ悪くは無かった。
「家が決めた事とはいえ……自分の婚約者が攫われたってのは、落ち着かねえよな。
 どうであれ、人の命にもかかわることだし、おいらも微力ながら協力するぜ」
「ありがとう」
 フーガの言葉にヴァンは貴族らしくも無く深く頭を下げていた。
 この幻想の貴公子は少なくとも彼女に関わる限りは何処までも好漢であり、ただアルテミアの無事だけを祈っている。
 第一が、そこにもし捻くれた私心があったとするならば他ならぬウィリアムだけは自身に同行させようとは思わないだろう。
(……まぁ、そういう事、なんですよねぇ)
 横目で男二人のやり取りを眺めたシフォリィは小さく嘆息した。
 このヴァン・ドーマンというあからさまな貴族の男が『もっとどうしようもなければ』力一杯邪魔してやれるのに。
 短い付き合いの中でも彼が案外『まとも』である事は思い知らざるを得なかった。何せシフォリィが黒のウィッグと仮面で変装を済ませ、いざフィゾルテの屋敷に乗り込もうとう算段を済ませた今になっても、ヴァンは引き下がる心算が無いのだから。
 歴戦を経たイレギュラーズのような特別な戦闘経験は無かろうに。
 名家の嫡男という特別な立場を持っているにも関わらず。
 幻想の中でも名門中の名門、アンタッチャブルと言っても過言ではないフィッツバルディの重鎮への殴り込みを何ら躊躇していないなんて。
(……ああ、もう!)
 シフォリィは考える程に複雑な気分に苛まれた。
 こんな状況を作り出した親友はアレだし、似合いもしない猪武者ぶりを見せるヴァンもアレ過ぎる。
(ほんっとうに……私なんでこう頑張れば凄いのにちょっとダメな感じの人を放っておけないんでしょうか?
 業が深すぎる! 前世からの趣味だとでも言いたいんですかね!?)
 半ば自棄気味に――目標の無い何かに内心で抗議したシフォリィは何とも言えない居心地の悪さを自覚していた。
 その理由は、原因は、或いは。もしかしたら――
(違いますけど!? 別に! 全然!!!)

 ――閑話休題。

「予め、マサムネ殿等にも協力は願ってある」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の言葉に面々は頷いた。
「『猫の家』――情報集積、拠点の管理運用は一時的に任せる事にした。
 まぁ……私がこうして『飛び込む』以上は妥当な所だろう?
 どれ位の効力が見込めるかはさて置いて……最悪事が露見した場合のカバーストーリーの展開もな」
 放任主義のレオンは何も言う事は無かったが、フィッツバルディの重鎮と事を構える可能性のある今回の作戦はかなり『重い』。
「シフォリィとも話したが、例えば……そうだな。
 我々はフィゾルテ侯の身を案じ、自主的な警邏をしていた。
 そこで怪しい影を見つけたから追跡して捕縛したら……それが偶然フィルティスの令嬢だった、とか」
 ……実に苦しい話だが、そもそもアルテミアの所在や状況は外部には知られていない状態だ。
 彼女のような高名な英雄を『捕らえて』いる事自体が余りフィゾルテにとっても知られたい事実ではない筈である。
 つまる所、相当無理のあるストーリーでも上手く展開すれば互いに青筋を立てながら握手をする目はあると見る事も出来る訳だ。
(完璧でなくていい。重要なのは、シンプルな蔓延速度だ。
 御主ならやってやれぬ事も無かろう、マサムネ殿。
 それに、ああ……もうこれは本当に最後の手段だったが。
 アーテルに借りを作った事も、決して悪い結果には繋がるまい!)
 汰磨羈が頭に思い描いたのは享楽的で厄介面倒な実に薔薇十字機関らしい女の顔だった。
 恐らくは主人たるリーゼロッテの意向もあってだろう。「別にいいわよ」と協力を請け負った彼女が『何をして』『何を望むか』は流石の汰磨羈にも分からなかったが、かなりの強硬策を余儀なくされる現状は汰磨羈だけに『猫の手』も借りたい所なのは言うまでもない。
「何がどう繋がるかも読み切れない事件ですからね」
 事件を多角的に疑い、様々な調査を進める冥夜が眼鏡のつるを持ち上げた。
 思いもよらぬ所から、とんでもない真相が転げ落ちないとも限らない。
 先にフィゾルテへの謁見を済ませたイレギュラーズの接触が『表の接触』だとするならば、此方の面々は『裏の接触』である。
 改めて言うまでもなく、『唐突に』『単身で』『潜入捜査した』『姫騎士』を救出するべく組まれたチームは自身の味方をする事を約束したシラス等をブラインドにする格好で、今後のローレットの弱味になりかねないアルテミアという人質をかっさらう……取り戻す作戦を展開するのである。
「ともあれ。『表』で接触したミヅハも可能な限りで協力してくれる算段になっている。
 ……まあ、あちらにもあちらの立場がある。幾分か動ける範囲は限定的かも知れぬがな。
 この手札でやるしかないのなら、是非もない。やり切るばかりであろう」
 汰磨羈の言葉に力が漲る。
「さて。大説教する為の――救助活動に向かうとしようか?」


(分かっていた事だった。いえ、もっと警戒しなければいけない事だった――)
 黴臭い地下牢で鎖に繋がれた自身の身の上はまさに零落と呼ぶに相応しい。
(フィゾルテは屑だとしても、馬鹿ではなかった。
 それなのに……馬鹿ね。腕に溺れて、そんな当たり前の事も忘れていた不用意な小娘。
 こんな所に囚われ続けているのも、当然と言う他はないのかしら)
 アルテミアは幾度目か知れない自嘲の溜息を吐き出し、冷たい天井を眺める他は無かった。
 フィゾルテを怪しんだ彼女の目付は決して悪いものでは無かったが、結果から言えばこれは最悪だった。
 囚われた事自体も有り難くは無いが、
(ふふ……、不甲斐なさ過ぎて笑うしかないわね……?)
 幾度と無く浴びた軽侮と下卑た視線はアルテミアの気分を一層暗澹とさせていた。
「顔を触りにでも来てくれれば、その指を噛み千切ってやるのに……ッ……!」
 怨嗟の混じったアルテミアの言葉は滅多に聞けるような声色ではなかった。
 絡みつき、粘つくフィゾルテの目つきを見ればこの後なぞ分かり切っている。
 彼が直接的に自分を『どうこう』しないのはローレットに対しての人質の価値を理解しているからで。
 それは取りも直さず『人質が必要なくなれば』或いは『効力が薄いと見るや』アルテミアが辿る運命を告げている。
(……いいえ)
 それだけではない。
『アルテミア・フィルティスという人質が強力に機能した場合においても、仲間達にかける迷惑は甚大なものになるだろう』。
「……っ……」
 想像するだにぞっとする状況に思わずアルテミアは息を呑んだ。
 長い虜囚生活は気丈な彼女心を相当に痛めつけていた。
 悪い想像ばかりが空回りして、もうどうしようもなく辛かった。
 顔を伏せる。前を見れない。唇を噛み締め、ただ床を眺める他はない。
「もう会えないなんて……嫌だよ……」
 誰にか。愚問だ。
「嫌だよ……」
 詮無い言葉が薄い唇から掠れて漏れる。
 見事なオッドアイが一杯に溜めた水滴を零れ落ちさせた。
「……会いたいよ……ウィリアムさん……っ……!」
「ああ――」
「……っ……!?」
『アルテミアはその時、都合の良い幻聴を聞いた自分自身を心底唾棄した』。
 しかし。
「――俺もだ、アルテミア!」
 その幻聴は予想以上のリアリティで重ねて力強くそう言った。
 遂に顔を上げたアルテミアの視界に傷付き、疲れた『彼』が映る――


「この僕と、シェヴァリエ家もこの騒動に一枚噛ませてもらおう!」
 宣言通りの大立ち回り、見事に暴れて陽動の役を果たしたシューヴェルトが見張りの兵を引きつけていた。
 幾重の準備を十分に生かし、速力こそ全てとアーテルの突き止めたフィゾルテ邸の秘密通路から潜入した面々はまさに破竹の勢いだった。
 元より強きイレギュラーズをより冴え渡らせたのはやはり愛の力だろうか。
 物語は英雄譚を望み、かくて誰よりも鋭く真摯な奮闘を見せたウィリアムはアルテミアの元へと駆け付けたのだ。
「頭がおかしくなりそうだった」
 ウィリアムは安堵と脱力の入り混じった調子で言った。
「……何かしていないと飛び出してしまいそうだった」
 重ねて言った。
「作戦も何もない。冷静になんてなれる筈が無い。
 ただ、こうして――ああ、もう言える事なんてないよ。上手く言葉にならない。
 ……本当に、無事で良かった。アルテミアの突っ走るところ好きだけど、こういう時は心臓に悪すぎる!」
 アルテミアの枷を解き放ったウィリアムは傷んで痩せた彼女の手を取る。
「『僕は君を諦められない』」
「もう、別れを告げたでしょう?」
 アルテミアはフィルティスの令嬢だから、これはずっと道ならぬ恋だった筈。
「それでも」
「貴方は私を好きだと……諦めないというの?」
 言葉は要らず。
「なんで……、どうして……っ……わたしは必死に、ずっと……
 わたし……わたしは……ッ……!」
 ボロボロと泣き出したアルテミアはウィリアムをなじるように胸を叩いていた。
 多くを語る必要さえなくそのシーンは『分かり切っていて』。
「お二人さん」
 半ば安堵し、少し呆れたようにリアが言う。
「まずはアルテミアさんが無事で良かったわ。
 でも、盛り上がってる所悪いけど、ここはまだ鉄火場よ。結論探しは後にして頂戴な。それから……」
 少しだけ居住まいを正した彼女はアルテミアに実に友人甲斐のある、少し太めの釘を刺した。
「……フィルティス令嬢、貴女の一挙手一投足全てにフィルティスの名がかかっている事をお忘れなく。
 平民の私とは違い『貴族である限り、貴女に自由を選べる権利は極めて少ない』のですよ」
「う……」
 顔を真っ赤にしたアルテミアが仲間達に見られた『酷い姿』のつけはこれからたっぷり支払いが待っている。
「それから。奔放なフィルティス令嬢はお忍びで貴方と避暑地で過ごしていた……と言う事で良いですよね、ドーマン令息?」
「そうだね」
 頷いたヴァンは『先の光景に何を言うでも無く』リアの言葉に首肯した。
「兎に角、ここは早く辞するべきだ。何の不測が起きるとも限らないから」
 冷静にして瀟洒である。目の前の光景に恐らくは一番堪えたであろう彼はしかし恨み言の一つも無い。
「いい男ね」
「『よく言われる』」
 自分の事には恐竜並みに鈍いリアは、他人事には鋭敏らしい。
 嘯いたヴァンの横顔をシフォリィはじっと見ていた。
 やはり、少し誤解をしていたのかも知れないと思った。
(……ああ)
 謝る機会があれば良いと思ったけれど、喉元まで出た言葉は宙空に掠れて消えていた。

●鴉の契約 I
(全く、厄介な魔術師なのです。
 約定と言うのなら一方的な義務を課すだけではなく、それが真であるという証明位は寄越すのが筋というものでしょうに)
 自身の首の忌々しい『黒』に指先で触れ、ドラマは何とも不機嫌な顔をしていた。
 元はと言えば諸悪の根源、あのアベルトに重傷を負わせ未だに病床(ベッド)に縛り付けているのはあの男である。パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートという魔術師は面の皮厚く、よりにもよって怒り心頭のドラマに自身の復活の片棒を担がせようというのだから恐れ入る。
(しかし、アベルト様挙兵の報といい……事態は刻一刻と動いてしまっている。
 足元を見られて物凄く不愉快ですが、致し方ありません。早急にこの厄介事は片付けてしまいましょう。
 ……マリエッタさん等は嬉々としているのかも知れませんが)
 偶然にパウルと遭遇する事になり、首輪をかけられた片割れを思い出し、ドラマは深い溜息を吐いた。
 パウルから要求されたのは王宮宝物庫に保管されているアイテムと、果ての迷宮に隠されたアイテムの回収である。
 前者は主にドラマが受け持ち、後者はマリエッタが担う話になっていた。
「……」
 ドラマが不快を嚙み殺してもこの仕事を譲れない理由は幾つかあった。
 一つは矜持の問題。生来生真面目なドラマは請けた仕事を放りだすような無秩序を大いに嫌う。
 二つはフィッツバルディ派のこと。ドラマはこの数年来、何かと便宜を図ってくれたフィッツバルディ派として活動を続けていた。
 三つは幻想、或いはローレットのこと。本質的に彼女は『人間同士の争い』にそう興味は無いが、ローレットの所在する幻想が荒れるのは許されない。
 勿論、パウルの持ちかけた話は事件に風穴を開け得る重要なものだ。これは当然報告済みで協力者も相応に集まっている。
「流石に幻想の宝物庫とあれば、警備なども厚いと考えられる。
 斥候でも何でも、俺に出来る事ならば何でも力を貸そう」
「!?」
 そう持ち掛けた『死神の足音』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)にドラマは思わず目を丸くした。
「し、忍び込んだりしませんが!?」
「……そうなのか?」
 ブランシュの言葉にドラマはコクコクと頷いた。
 王宮宝物庫に密かに潜入し、重要アイテムをかっさらう……
 まぁ、言葉にすれば何とも物語で。最近多少は読むようになった娯楽小説としては最高なのかも知れないが……
「流石に無謀過ぎます!
 幸いにして、我々はローレットとしての活動で王様を含めた方々に相応の信頼があります。
 ここは包み隠さず事情を説明して……協力を願う方が良いでしょう」
「王宮の宝物庫、許可とか下りるのかしら……と思ったけれど」
「或る意味、レジーナさんのお陰ですよ」
「このように」とドラマは一枚の書状をブランシュに差し出した。
 それは彼女が前もって接触し、一筆を取ったアーベントロートからの口利きである。パウルの復活に纏わる話にドラマと同じか、それ以上に物凄く嫌な顔をしたリーゼロッテだったが、ローレットへの借りと双竜宝冠の解決の為には止むを得ないと判断したのか。ドラマの要求が正当である事、内容を保証する事についての一筆を実に渋々と書き記したものだった。
「……お陰、なのかしら。そこまで、自信無いのだけど」
「レジーナさんのお願いなら断ったりませんよ」
 レジーナも最初はドラマと同じくリーゼロッテを頼る事を考えたのだが思い直した経緯がある。
 しかし、ドラマはお嬢様が折れた最大の理由はレジーナにあっただろうと読んでいた。
 むしろその辺りも含めて叡智の捕食者(インテリ)には隙が無い。
 相手がレオンでさえなければこんなにも何時も優秀である。
「……クリスチアンさんが綺麗だったから。
 目の前で見た彼の去り際が、すごくすごく綺麗だったから。
 のこのこ復活させて『綺麗』を穢したくないんですけどね」
「世界中の皆がそう思ってますよ、きっと」
 弱味が無いか探ろうとアーベントロート邸にも同道したユーフォニーの言葉にドラマが渋面で同意した。
 閑話休題。「ふむ」と頷いたブランシュが思いついたように口を開く。
「さて……どうやって存在しているのかはわからないが、聞こえているか?
 或いは、今も見ているのか? アーベントロート」

 ――まぁ、ねぇ?

 ブランシュの言葉に応じるように声が響いた。

 ――君達がサボらないようにちゃあんと見ておかないといけないカラね。
   ただ、貴族を不躾に呼びつけるのは感心しないな?

「貴様と取引をしたいと思ってな。
 俺が望むのは、貴様の魔術師としての力の一時的な譲渡だ。
 代価は俺の体だ。肉体が欲しいのだろう? その時が来たら一時的に貸してやる。
 お前が企み終わったら、さっさと返せ」

 ――お断りだ。僕が欲しいのは僕の体で、君のそれじゃ役者不足だ。
   それにねェ。僕はそっちのドラマちゃんやマリエッタちゃんと契約済なんだよ。
   多重契約なんて信義則に劣るってものだロウ?

「ちゃんとか言うな」と言いたげなドラマは眉をぴくりと動かしたが、契約については同意だったのだろう。
 それ以上は何も言わない。
「契約、かあ」
 そう零した『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は中央大教会でのイレーヌとのやり取りを思い出していた。
 荒れる幻想に対しての彼我の想いは言うまでも無く一致しており、スティアはこれまでの調査で集めた様々な情報を交換したのである。
(フィッツバルディの後継者同士が争う形になってきてるけど……
 どこかに肩入れするのもなんか違うし、フィッツバルディ同士の内乱が目的だったら相手の思う壺!
 そうは思ったんだけどね……)
 まず、これは本当に後継者争いなのか?
 それとも、後継者争いに見せかけてフィッツバルディ派を潰そうとしているのか?
 或いは、両方の思惑――それ以上の複数の狙いが交錯しているのか?
 イレーヌとの意見交換でも決定的な情報を掴む事は出来なかったが、少なからず分かった事もあった。
 イレーヌは聖職にありながら幻想の暗部を覗き込むような女傑である。独自での調査を進めていたらしい彼女によれば、
(エスカレートしたのは実はかなり最近、かあ)
 少なくともリュクレース暗殺事件までは公子達もそこまで苛烈な動きを見せていた訳ではない、という裏を取ったと言う。
 そしてその情報はスティアに文を寄越した天義の忍・フウガも補強するものになっていた。
 つまり、それは。
(……後継候補以外の何か、が動いた可能性があるっていう事だよね……?)
 もしそれが確実なら、存在を匂わせる魔種の影を含めて、事件の全体像はいよいよ嫌な匂いを帯びてこよう。

 ――早くシテ欲しいんだけどなア!

 パウルの声に我に返ったスティアは言った。
「復活するのって何か条件とかつけられないの?
 例えばもうあんな事件は起こさないとか……口約束は嫌だから、魔術師的な何かとか。
 第十三騎士団も使って全面協力してくれるとか!」

 ――贅沢だな、君は!?

「それ位気前が良い方が女の子には好かれるんだよ!」
 言葉は余りにも都合がよく、言ったスティア本人も素直に通るとは思っていない。
 だが、それを言い切るからこそのオリハルコン。揺らがないし、ぶれたりしない。
 スティアがイレーヌを訪ねたもう一つの理由はこの悪辣な魔術師に対抗する手段がないかというものだったのだが、其方は成果無しである。

 ――さア、いいから早く僕の体を戻してよ。
   そうしたら、何だっけ? 知りたい事は知ってる限りで教えてやるさ。
   だが、まア、めんどくさい。さっきの話に折れる訳じゃあないケド、サービスであのアベルトの呪いも何とかしてあげるカラ!

 言外に「その方が面白いから」とか聞こえたが、取り敢えず誰も聞かないふりをした。

●鴉の契約 II
 王宮宝物庫にアプローチをかけるドラマ達一行の一方でマリエッタ達もまた『契約』を果たさんと果ての迷宮の或るフロアへ足を踏み入れていた。
「パウルさんの依頼はきちんとこなしますよ!
 果ての迷宮。こんな機会にこんな風に……足を踏み入れる機会が来るなんて。
 手伝ってくれる人も多いですし、きっと目的は果たせます!」
 かなり嫌々といった調子が強いドラマとは対照的に腕をぶすマリエッタは充実した気合に満ちていた。
 同等にかなり好奇心の強いタイプではあるのだが、倫理のブレーキの程度は両者には相当な違いがあるのは間違いない。
「幻想の大きな政局は、私にはわかりません。この場にあって興味があるのは、彼。
 彼の障壁を破った責任……とは言いませんが。ご縁もある話ですからね」
「ああ! 協力しに来たんだ、マリエッタ! この際、使い魔の如くこき使ってくれ!」
 助力を買って出た『ラトラナジュの思い』グリーフ・ロス(p3p008615)とファニーの言葉にマリエッタは「ありがとうございます!」と笑顔を見せる。
(『あて』というものが何かは定かではありませんが……
 彼のパーツ以上のものを私は見つける必要があります。
 私とパウルさんを繋ぐギアスの首輪。これを継続させる方法、或いは術具とか。
 もしくは、パウルさんが復活した際に…かつてほどの暴威を振るえなくするための枷。
 そういった意味で……首輪をかけてあげないと、また同じ事件を起こされても困りますからね!)

 ――なーんか今ぞっとしたんだけど気のせいカ?

「気のせいですよ!」
 笑顔のマリエッタはどうしようもない位にマリエッタのままである。
(パウルて凄い魔術師だったけどパラロス事件で死んだはず?
 ……でも生きている? どういう原理だ?
 しかも肉体がないのにマリエッタさん達に超高位の契約魔術を仕掛けるなんて……)
「パウルは必要なものを何故『パーツ』と呼んだのかしら。
 果ての迷宮……秘宝種、機械の体? パウルはそれを依り代に復活を?」
 サイズは今は消えたあの妖精女王を取り戻す為の術として一縷の望みを魔術師に感じざるを得ない。
 ぶつぶつと呟くセレナはマリエッタがパウルにどうも御執心な事に少し納得がいっていない。
「貴族のいざこざはまっぴらゴメンだがそれで国が荒れて地方まで影響出て放浪に差し支えるのも御免被るな。
 癪だがパウル復活の宛でも探してやるか……まあ。
 あんな性悪が復活してハイ改心しましたってのはねぇだろうから。
 何か丁度いいモンでも見つかればもっと御の字ってモンなんだろうがなあ……」

 ――何だ僕を利用してそれから封印でもしたいとカ。そんなデウス・エクス・マキーナあると思うカネ?

「……無ぇな。まあ物理法則無視してそうしてお前さんがうろついてんなら尚更だがよ」
 原理を問いかける事が馬鹿馬鹿しい『パウル』にバクルドは心底うんざりしたように吐き捨てた。
 果ての迷宮は一流の冒険者でも踏破が容易くはない難所である。
 件のアイテムの探索にはパウルからの情報提供やアシストがあるだろうとはいえ、一筋縄ではいかない話だ。
 見ての通り、動機や思惑は様々なら、此方の探索についてはかなり多数のイレギュラーズが協力を申し出る格好となっている。
「いや」
 へらへらとからかいを見せるパウルに対して楔を入れたのはゲオルグだった。
「案外、今回の話は『良い』ものになるかも知れんぞ。
 無論、先々まで含めた時――正解であるかどうかは俺には分からんが」

 ――僕が言うのも何だけど、どうしてそう思うんだい?

「簡単だ。お前が態々今、行動させるということは少なくとも幻想に関しては現状を改善したいという事ではないか?
 お前のような魔術師に完全な善意は期待出来ないが、少なくとも犯人だか黒幕に対して良い感情は無いのではないか?
 そもそも幻想をこのまま悪化させたいなら静観していればいいのだし……
 流石にフィッツバルディの一族が全面対立してしまえば、幻想が崩壊してしまう可能性が高いだろうからな」
 ゲオルグの言葉は正鵠を射たのか、珍しくお喋りなパウルが押し黙った。
 彼がそれを知る由は無いのだが、成る程。パウルにとって幻想は彼自身の黄金期そのものなのである。
(善とか、悪とか、それは一面的なもので。
 彼はかつて、たしかに勇者王と旅をし、幻想王国の秩序の一端を築いていて。
 そして、誰かと契りを交わし、命を、娘さんを授かり、育んだ。
 それらが、それだけが私がそうと理解する客観的な事実――)
 イレギュラーズの中でも特にパウルに共感する何かを有したグリーフは彼に然したる悪感情を持ち合わせていない。
 それが故に比較的透明に機嫌を悪くした彼を眺める事が出来ていた。
 まぁ、倫理的に、道義的にどれ程極大な問題があるかは言うまでも無いのだが――
 少なくとも彼の中では自分の所有物である可愛い娘を自分自身で甚振るのと、今回の事件は実を言えば訳が違うのは間違いない。
「貴方は仕掛けもなく自身の鍵を置くような事はしないでしょう?」

 ――平和ボケて無考えに動いたら罠に掛けてやロウ位は思ってたケドね!

 憎まれ口を叩いたパウルをグリーフは平然と受け止めた。
(確かに、身体を取り戻した彼が人類側のために動くかは、私にはわかりません。
 けれど……どう動くかわからない、彼のような存在がいてもいいと。
 私個人としても、彼が何を思い、どう動くのかを見たいと。そう思っているのは否めない。
 それもまた、『面白い』と。そう感じているのかも知れませんね――)
 あのラトラナジュが命を賭して守った沢山の命、この空、混沌そのものを、今度は自分が護りたい。
 強い目的意識は時に毒さえも薬に変える『学び』さえも求めている――
 そこに纏わる感情と事情はさて置き、『パーツ』の探索行は実に優秀な進展を見せていた。
 十分な実力を持った面々がサポートし、パウルがナビゲーションをする。
 口でこそ実に信頼し難い事を言うパウルだが、目的利害が一致している以上は基本的には味方である。
 果たして彼等はやがて『パーツ』なるアイテムへと手を掛けていた。
 それは巧妙な異空間に隠された特別な品である。踏破済みのエリアであったとしてもパウル無しで辿り着けるようなものでは有り得ない。
「……文字通りの鍵、ですねぇ」
 黄金のそれを手に取ったマリエッタはしげしげと眺め回し呟いた。
「鍵である以上は開く何かが?」

 ――扉がネ。後は魔術師君達が何とかするだロウよ!

●鴉の契約 III
(全く、こんな御歴々の前で大立ち回りするタイプではないのですがね、私は!)
 ドラマは多少の緊張感を隠せずにいた。
 パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートは災厄級の魔術師だ。
 幻想の直面する危機は逼迫したものであるとはいえ、先の事件で大変な事態を引き起こした彼を復活させねばならない等。
 そんな話を通し、王から財宝を譲り受ける等、困難を超えた至難であると言わざるを得なかっただろう――
「お目通り叶いまして光栄です。
 此度の事態収拾の為、神代の魔術師スケアクロウの命により、盟友アイオン王に預けた物品を頂戴しに参りました」
「うむ。構わんぞ」

 ――普通、なら。

 玉座でイレギュラーズを出迎えたフォルデルマン三世は見ての通り、ドラマの要請に二つ返事で了承を返していた。
「……は?」
 自分で言ったドラマの顔が鳩が豆鉄砲を喰らったようになっている。
 こういうものは何だ、それなりの重さとかそういう、色々。
 厳格な顔をした貴族とかそういう連中が茶々を入れて……当の貴族達もざわざわと動揺を隠せていない。
「……いいのか?」
 元は強硬な手を取るしかないとまで思っていたブランシュが怪訝に問うた。
 彼でなくとも――交渉でどうにかする心算だった当のドラマでさえも余りに容易い結果に腑に落ちない顔をしている。
「フォルデルマンもこの殺し合いは止めたいんだよね」
「勿論だ。その為なら必要な協力は惜しまない」
「例えば王として声明を出すとか――殺し合いを止めるに何が一番上手く行くかは難しいけど」
「……うむ、自慢ではないが私は割と実権も実力も無いからな。下手な事を言うと却って周りを刺激するぞ!」
「それは自信満々に言ったらダメな事だよ!」
 セララとフォルデルマンのやり取りは奇妙に長閑であったが、昔に比べて彼が彼なりに王様だった。
「……陛下は、その結構色々考えてるよね?」
「勿論だぞ!」
 字面だけ見れば相当に失礼なスティアの言だが、当然フォルデルマンは頓着しない。
「リスクは承知、なのですよね?」
 通ったならば良いと言えば良いのだが、思わずドラマは尋ねずにはいられなかった。
「それも勿論だ。だが、私は正直スケアクロウ――パウルの復活とやらが『幻想』に危険だとは思っていない」
「!?」
「……!?」
 ざわつく城内。何故かと問うまでもなくフォルデルマンは実に快活に勝手にその理由を述べ始めた。
「確かにリーゼロッテには気の毒だ。それにあれは私も好かん。二度とそういう真似はして欲しくはない。
 だが、パウルは我が祖先たるかのアイオンの無二の親友だったのだろう?
 今、ドラマが言ったばかりではないか。『盟友』だと。
『そんな男が幻想自体を壊したりするものか』」
「――」
「―――――」
 朗々と言うフォルデルマンは全くそれを疑っていないようだった。
「王家には諸君らの知るよりも多くアイオンの軌跡が残されている。
 その文献の数々は、アイオンの事績を讃える様々は『スケアクロウ』なる人物が如何に勇者王にとって重要な人間だったかを告げている。
 ……まあ、正直私はパウルを良く知らん。実際にやり合ったイレギュラーズの言こそ正しいかも知れない。
 だが、信じるか信じないかで言えば私は信じるし、イレギュラーズが要請したならば断わらない」

 嗚呼、何と言う。
 底抜けの阿呆が、善性が。
 神にさえ唾を吐く悪食の鴉をしこたま殴りつけている――

 フォルデルマンがそう言い切った時、謁見の間に遅れてマリエッタ達がやって来た。
『見つけた』彼女にドラマは頷く。
「……で、『スケアクロウ』殿。何が欲しいか位は自分の口で言えますよねえ?」

 ――覚えてロよ、絶対辱めをくれてやるカラね……!

 本当に今、心底から口を開きたくなかったらしいパウルは「門だ」と告げた。
 門を鍵で開き、彼は己が用意した千年の保険にアクセスするという。
「……何だ」
 これまでで一番やり難そうなパウルに接してマリエッタは幽かに笑った。
 悪辣の鴉が見せた僅かばかりの人間性はきっとマリエッタにとって『共感』と呼ぶに相応しい感情だった。
(でも……)
 微笑みを浮かべたままマリエッタは目を細めるのだ。
(魔術師も魔女も……互いに利用し合う関係です。
 貴方に首輪をかけたいのは、本心からですから……
 逃がしませんよ。先に仕掛けたのは貴方なんですからね……!)

●『臭い』
「……どう思う、時雨」
「どうもこうも」
 死牡丹梅泉と伊東時雨の二人は敵を『取り逃がした』後も行動を共にしていた。
 リュクレース・フィッツバルディの護衛は二人の請け負った仕事である。
 人を殺すではなく護るは決して彼等殺人剣の本懐ではなかったが、請けた以上は出し抜かれて是とするような連中ではない。
「……色々探ってはみたが、同じ『臭い』は何処にもねえな」
「うむ。場が荒れればと思うてな。パトリス邸の鉄火場も覗いたが、手練れの翁もあの夜の臭いとはまるで違う」
「たてはに顔でも見せてやれば良かったのに」
「戯け。わしは飯事の結婚なぞする気はないわ!」
 全く理解し難い超感覚と呼ぶ他はないが、梅泉と時雨はリュクレース死亡の直前に外に現れた気配を『臭い』と称し、猟犬のようにそれをつけ狙っていた。言うまでも無く目的はそれを叩き斬る事。イレギュラーズが冠位魔種を想像した相手とて、この二人には関係ない。
 ただ、彼等はそれを知らず。同時にイレギュラーズもこれを共有していなかったが……
『重要なのは梅泉曰くの臭いとやらが、どの陣営にも存在しない事の方である』。
「旦那。いよいよ、手詰まりかい」
「いいや」
 問い掛けた時雨に梅泉は獰猛な笑みを浮かべた。
「そんな事はない。連中に何か目的があるのであらば、何れ黙っていても動き出す事だろうよ。
 依頼人は最早此の世に居ないのじゃ。我等為すべきは彼奴めを仕留める事ばかりなれば、その他の運命なぞどうでも良い」
 幾多に拗れた双竜宝冠の物語はやがて終局に向かうのだろう。
 恐らくその先に待つのは誰にも幸福な結末にはなるまいが――物語はきっと止まるまい。
「ところで旦那」
「うん?」
「実際の所、勝てるのかい?」
「戯け」と応じた梅泉は時雨の問いを敢えて無視した。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 YAMIDEITEIです。

 此方、事情によりご返却が遅れまして大変申し訳ございませんでした。
 本シナリオの関連TOPは後日展開いたします。
 また本シナリオの三章につきましても調整がつき次第、比較的早い段階で公開させて頂く予定です。
 重ねまして返却の遅延を謝罪いたします。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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