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シナリオ詳細

<灯狂レトゥム>猫鬼

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 初めて会ったとき、君は震えていた。
 泣いている私に護るからと手を差し伸べてくれた。未だ蒸し暑い九月のこと。

 ――大丈夫、絶対に守るから。絶対だ!

 君は少年漫画のヒーローみたいで、格好悪く何てなかったよ。寧ろ、あの時から凄かったんだ。
 私の世界に君がいた。海に行こう、学園祭も。テスト勉強だって楽しかったね。
 私の世界に君がいた。竜を前にして、恐ろしいと声にした君を理解出来なかったときに思ったんだ。

 私の心も、私の夢も、私の全ても。全部私の物、だったらなあ。
 猫は私を喰う。
 猫が私を喰う。
 猫が……喰うのは、屹度、恐ろしいことだった。
 気付いて仕舞ってからは、猫を一人で殺す事を決意したのに。
 君達は追掛けてきてくれた。

 お母さんのために、私は普通になりたかった。
 お父さんのために、私は猫を殺したかった。

 別に復讐とか、仇討ちとか、そういうのじゃあないんだぜ。
 ただ、さ。
 ただ……普通の女の子になって、君達との『これから』が欲しかったんだ。

 ねえ、定くん。
 ――私のこと、助けてくれる?


 真性怪異。
 唇にそう音を乗せた音呂木・ひよの (p3n000167)が居住いを正した。
 再現性東京202X:希望ヶ浜。
 まるで《東京》そのものを作り上げたその揺り籠の中では神も何もかもの人智及ばぬ神意を真性怪異と呼んでいた。
 真の神性を帯びた神の名(真名)をそう易々と呼んではなるまい。
 言霊とは、その存在を確立させ強大な力を与えるのだ。
 そも、目にも見えぬ存在をどの様にして定義するか――それこそ、人の心が作り出す悪意を悪霊と呼んだ古今東西の怪談話の如く、である。
「レトゥムと呼ばれていた存在は人の悪意を煮詰め神格化したようなものですね。
 捻じ曲げ殺し、それを糧とする。人が救いを求めるが故に死を神格化した。死の神というものは何処でだってその様なものなのでしょうが」
 ひよのが居るのは音呂木神社の境内だ。
 背を向けるひよのに笹木 花丸(p3p008689)は「これからどうすれば良い?」と問うた。

 ――真性怪異:レトゥム。

 それは静羅川立神教で突如として頭角を現した集団『死屍派』の有する神であった存在だ。
 イレギュラーズの介入によりその祖を名乗った地堂孔善や幹部級の死亡し――その辺りは澄原 晴陽 (p3n000216)と草薙 夜善が偽装をしてフェイクニュースが流れた他、隠蔽されてい――たとされているが。
「簡単に死ぬものかな?」
「まあ、レトゥムは生きているでしょうね。そうですよね、澄原先生」
 ひよのに問われてから晴陽は頷いた。視線がやや國定 天川(p3p010201)から外れているのは色々とあったそうだ。
『惚れた女』と呼ばれた事を堂々と保留にして居た晴陽はぼそりと「龍成に会いたい」と呟いた。
「……先生。まあ、兎も角、だ。孔善があんなに容易く死ぬとは思って居なかったが、レトゥムが生きてるってのはどう言う事だ」
「レトゥムを生かす為に、敢て死んだとかちゃうん? ほら、あれ、死を糧にするとかなんとか言うてたやん」
 現実逃避をする女医に変わってカフカ(p3p010280)は提案した。彼の傍には真白の翅を有する『シロ』が佇んでいる。
 カフカに憑いてやってきた蟲はレトゥムの為に死と不幸を集める媒介にされていた。カフカ曰く和解に至った蟲に名付け、力を借り受けたらしい。
 ひよの曰く『怪異を調伏できた』という状況なのだそうだが――
「まあ、そうかもしれないわね。シロも……それに、この子『ユキ』もレトゥムが生きていることを察知しているもの」
 翅を揺らしていたのはアーリア・スピリッツ(p3p004400)に巣食った蟲の怪異である。偶然にもカフカと同じタイミングで蟲に名を与えて調伏しようとしたらしい。
 二匹の虫を背に佇むデスマシーンじろうくんはチェーンソーをぶうんと鳴らす。
「あの、そのやたらと存在感のある夜妖はなんですか?」
「デスマシーン次郎くんです」
「リュティスさんは受け入れているのですね?」
 呆然とする巫女にリュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)はこくりと頷いた。
 デスマシーンじろうくんはサクラ(p3p005004)のお土産である。何処からか拾ってきた其れが突然巨大化したと耳にしている。
「……うーん、とりあえず、これから、だよね」
「ああ。これからだ。猫鬼が東浦区に向かったのは確かのこと。さっさと追掛けなくてはならない」
 存在感の強すぎるデスマシーンじろうくんを押し遣ってから仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は口火を切った。

 猫鬼。
 綾敷・なじみ (p3n000168)。
 ――猫に憑かれた女の子。

 彼女は神性怪異レトゥムを払う為に夜妖の『蠱毒』でより強力な力を手に入れた。
 レトゥムを食らい付くし、その存在を凌駕したその身に降りかかったのは『猫鬼』の力が高まりすぎてなじみが出てくる事が出来なくなったという事象だ。
「定」
 呼ばれてから越智内 定(p3p009033)は頷いた。なじみは猫鬼の中に居る。
 彼女は記憶も、言葉も、何もかもを代償として猫鬼に渡していたが、最後の最後『記憶を宝物』として一部分だけ猫鬼には渡さぬ約束をしていた。
 屹度、その宝物を抱えて彼女は迎えを待っている。
「晴陽先生、ひよのさん。猫鬼は……なじみさんは、どうやったら救えるんだい?
 僕は怪異の専門家でもないし、なんでもない、普通の男子大学生だ。『方法』を知りたいんだ」
「死ぬかも知れませんよ?」
「ひ、ひよのさん!」
 慌てた様に口を挟んだ花丸に「冗談ですって」とひよのは舌をぺろりと見せた。
「猫を、調伏しましょう。真性怪異を倒すのは一苦労ですが、若い神格であれば払い除けられる可能性がある。
 真性怪異であったレトゥムを食べ、その立場を挿げ替えたって猫に神格はまだ馴染んでいない。今ならば『綾敷なじみ』に馴染んでいないそれを追い出せる可能性がある」
「……はい。恐らくはなじみさんと猫の相性が良かったが故に、まだその肉体の崩壊も精神の侵食も行なわれていないと考えるべきでしょう。
 怪異によって肉体を蝕まれ死に至るには惜しいほどの器であったと考えるべきです」
 なじみの主治医であった晴陽も可能性はあると希望を示す。
「國定さん」
 呼び掛ける定に「ジョーはどうしたい?」と天川は問うた。
「……約束したんだ」

 ――泣いてたら直ぐに迎えに行くし、変なことをしていたら叱ってあげる。甘えたくなったら胸位何時だって貸すから。

 重たい荷物は何時だって『半分こ』にすると決めて居た。指切りをして、手を繋いだ。
 定は真っ直ぐに天川を見た。「俺も落っことしてきた忘れ物……レトゥムの野郎が欠片でも生きてるってんなら見逃せねぇな」と天川は視線を逸らす。
「どうやら目的地は同じようだが」
「奇遇ですね。デスマシーンじろうくんも行くようです」
「……デスマシーンじろうくんは何なの……?」
 思わず呟くサクラは「だってさ、どうする、ジョーくん」と揶揄うように笑った。
 勿論、決まっているじゃないか。

「迎えに行こう、きっと。泣いてるんだ」


 封印を施すならば猫鬼にある程度のダメージを与えなくてはならない、とひよのは言った。
 未熟で不完全な神格。なじみにとってもっとも縁の深いその場所に神域を広げようとしているらしい。
 東浦区の海岸。
 なじみの父親が死んだ場所。

「……わたしに、何かできることはありませんか」
「うーん、じゃあ祈ってて下さい」
 何故か、神様と呼ばれているしにゃこ(p3p008456)が胸を張った。綾敷深美は「私に出来る事ならば何だって教えて下さい」と祈るように言う。
 彼女がなじみを産んだことで血の道が繋がって、なじみに猫が憑いた。
 産んだことが、間違いであったと泣いていた女は確かに母の顔をして居たのだろう。
(……母親というのは、何とも言えぬ顔をするのですね)
 突き放したかと思えば、愛している。ボディ・ダクレ(p3p008384)には知らぬ感情を見せる深美の傍に夜善の姿があった。
「東浦に猫鬼の神域が広がり始めている。ひよのさんには其れを押し止めるための結界を張って貰うつもりだよ。
 少し、協力者が必要だけれど……まあ、それにだけ注力も出来ないね。
 猫鬼の周辺には蠱毒で犠牲になったヤツの抜け殻も溢れている。ああいうの絵巻で見たことある」
「じゃあ、ぶん殴れば良いって話だな?」
 新道 風牙(p3p005012)の問い掛けに夜善は頷いた。晴陽の元婚約者だという夜善を一瞥してから星穹(p3p008330)は「草薙様」と呼び掛ける。
「晴陽様の元へ行かなくても宜しいのですか?」
「え? 俺じゃあ、役者として不足するよ。盾の王子様!」
「……」
 妙な呼び名を貰ってしまったと星穹は渋い表情を見せた。晴陽に傷の一つも、と思って尽力した結果の呼称ではあるのだが。
「元婚約者様は其れに関して何も思われないので?」
「ああ。はるちゃんの事を好きか嫌いか? 好きだったよ。
 でも、高校の時に心咲には勝てないし、なんなら暁月くんにも負けたなって。今は皆に負けてる。
 俺って、ずっと敗者だから、この際、そういう立場に甘んじて生きていこうかなって。まあ、彼女は募集中だけど」
「……良い知り合いがおりますが」
 恋叶え屋である八方 美都の姿を認めた水瀬 冬佳(p3p006383)に夜善は「いやいや」と手を振った。
「と、いうか八方さん達はどうして?」
「……分からないの。けど、どうしても……ここに体が行かなきゃって……」
 ぼんやりとしている美都の傍でフォルトゥーナ――京佳は「レトゥムに呼ばれてるんだよ」と素っ気なく言った。
「レトゥムに。へえ、あいつ、まだやる気なんだ」
 楊枝 茄子子(p3p008356)は蔑むように目を細めた。
 生き汚い。未だに誰かの中に入り込んで生き延びている。それが肉を得たらまたも神を呼称するのか。
「肉……肉体かあ」
 思わずぼやいた澄原 龍成(p3n000215)の背後では晴陽が世にも言えぬ表情で凝視している。
「どうして龍成が」
「……気になりました。どうして」
 晴陽はボディに頷いた。『貴女からも言ってやって下さい』と言いたげな視線は、晴陽の中でボディと龍成の関係性を勘違い――果たして勘違いなのかは誰も教えてくれない――しているからかもしれない。同性の友人と同居していると認識していた晴陽の目の前に愛らしい娘が現れた以上、そういう関係性なのだと認識しても仕方が無い。
 そんな『姉』の視線にボディは耐えきれなくなってから「龍成」と呼んだ。
「あー……姉ちゃん、放置しとくと無理しそうだろ? だから、まあ、俺がストッパーになろうかな、とか」
「ストッパー? 何を云いますか」
「俺達は澄原だろ。……ひよのが言ってただろ。名前が根付いたら、存在も根付くから怪異にとっては良い『土壌』だって。
 それは姉ちゃんも俺も同じ。姉ちゃんは寄る辺があんまりないから、まあ、そういう事で」
 言われてきたのだと天川をちらりと見てから龍成は肩を竦めた。
「そうですね。肉体さえ得れば、神となり。神となれば、またも何かの願いを叶えるやもしれない」
 晴陽が呟けばどこからかため息が聞こえた。
「……願いは歪になって叶わないらしいぜ。恋もなにもかも、そうだったのかもな」
 恋叶え屋さんで結ばれたモノは何れ死ぬ。シラス(p3p004421)は肩を竦めた。
 彼が願った『奇蹟』には程遠かったのだろうけれど。
(……何れだけ歪だって、誰かにとっては其れが救いだったんだ)
 心の拠り所を作ることは悪い事ではなかっただろうけれど――アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は緩やかに顔を上げる。
「私のことも、他の誰でも良い。
 あの怪異は命に執着して、死を求めて糧にする。危険だよ。放っておけない」
「アレクシアのこともね」
 自身を依代にしようとしたアレクシアへとシラスは揶揄うように言った。
「……ふふ、そうかもね。行こう、シラスくん」

 空は赤く、潮騒は遠い。
 只一人、佇んでいる少女の瞳は――金色だった。

GMコメント

 灯狂レトゥム最終話。宜しくお願い致します。
(特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/letum)

 ・前回参加の方も、此処から初めましての方も何方も大歓迎です。
 ・長編シナリオはプレイングが公開されません。伸び伸び楽しく活動して下さい。

●目的
 ・真性怪異『猫鬼』の討伐もしくは『封印』
 ・一般人に『神秘』を秘匿すること

●ロケーション
 希望ヶ浜の北側。東浦区が舞台です。再現性東京の海は人工的に作成されたものですが、現実と大差ないように感じられます。
 人工的な海は今や赤く染まり上がっており、夕日が輝いています。
 猫鬼による神域が作られようとしているのか、周囲には蠱毒で猫鬼が喰った怪異などが蠢き始めているようです。
 浜周辺の一般人避難は行なわれていますが、広がる神域が東浦区を侵食する可能性はあります。出来うる限り怪異を食い止めましょう。

●『怪異』
 ○『猫鬼』
 綾敷なじみに憑いている真性怪異。なじみの表面に出て来ています。黄金色の瞳をした猫。
 蠱毒によって産み出される猫の呪い。元・憑依先である父親からなじみに『血筋』を辿るように憑依先を変えて今まで過ごしています。
 猫鬼となじみは非常に相性が良く、対話をし共存が可能でした、が。
 猫鬼は本来的には全てを奪い去り、相手を死に追いやる呪いです。
 なじみの話したかった言葉、記憶などを代償に喰らっていましたが肥大化した力がそれだけの代償では足りなくなっています。
 器であるなじみの体を乗っ取って、神域を広げ、東浦区を自身の領域にすることが目的でしょう。
 ただし、なじみが『出て来られない』だけでその内部には彼女の意志はしっかりと存在しています。
 越智内 定(p3p009033)さんとの約束を始め、なじみは希望ヶ浜で沢山の思い出を積み上げてきました。
 命を失うまで、猫鬼には喰うことを禁じた『宝物』と呼ぶ記憶が存在します。それだけが、綾敷なじみの自我を確立させる確かなものです。

 ○『綾敷なじみ』
 猫に憑かれた娘。将来の夢は幼稚園の先生。子供が好きで、夢に向かって進む為に希望ヶ浜学園大学の教育学部に進んだばかりです。
 怪しくないよ、むしろ馴染んでる、が口癖。誰とだって友達だと笑うクラスに一人は居るようなちょっぴり不思議な女の子。
 定(p3p009033)くんは特別で、たまきち(p3p002831)ちゃんは大好きで、花丸(p3p008689)ちゃんもしにゃこ(p3p008456)ちゃんも遊びに行こう?
 アーリア(p3p004400)せんせと花火もするんだ。皆もさ、浴衣を着て一緒にしようよ。花火大会でも良いね。
 今は猫鬼の中で深く眠っています。此の儘消えてしまっても、いいのかなあ。

 ○蠱毒の欠片
 猫鬼を攻撃する度に溢れ出してくる夜妖です。猫鬼が蠱毒で喰らった者達です。
 有象無象と呼ぶしかありません。魑魅魍魎達はイレギュラーズを越えて、一般人を喰う事を目的とします。

 ○『レトゥム』
 猫鬼が喰らった蠱毒の魑魅魍魎の中で僅かに残っていた真性怪異レトゥムの欠片です。
 非常に殺傷性の強い力を有しており、夜妖憑きを喰うために牙を剥きます。『孔善(元依代)』の姿をしており、神性を帯びています。
 猫鬼が帯びた神性の大半はレトゥムのものであるため、『なじみを起こしてレトゥムと猫鬼を引き摺り出す』事が最も必要でしょう。
 なじみという器から飛び出した猫鬼はレトゥムと分離した状態になります。
 レトゥムは新たな依代を得て、神意を取り戻さんとして居るようです。地堂 孔善の姿・声を借りて話します。

 ○現川 夢華
 性怪異:夜妖<ヨル>『バンシー』。死を予告する怪異。死にどうしようも無く惹かれ、死が間近に迫ったモノの傍に佇む。
 彼女自身は人間に対して『手を下す』『人を殺す』事は出来ないが、その性質上、傍に居る誰かが死に近付く。
 普段は猫鬼の憑いているなじみの傍に佇んでいますが、今回は――「遊びに来ているだけですよ、せーんぱい?」

●人間
 ○杏剛 京佳&八方 美都
 フォルトゥーナと名乗って居たP-tuberの京佳とその幼馴染みで恋叶え屋さんのミトちゃん。
 レトゥムに最も近かった美都は何故か、猫鬼の方向に心が惹かれてしまっているようです。
 京佳は美都を護る為ある程度、戦います。京佳にとっての美都は(本人曰く不本意ながら)家族のようなものです。

 ○九天 ルシア
 孔善が居なくなって仕舞ったことで目は虚ろです。レトゥムを心の拠り所にしているのでしょうか。
 イレギュラーズによって依代候補であった生奥が死んだならば……ルシアの目的は越智内 定(p3p009033)さんの殺害です。
 機があれば――……屹度仕掛けてくるでしょう。

 ○綾敷 深美
 怪異を受け入れる事の出来なかった人。希望ヶ浜には魔法もモンスターもない現代日本であるという絶対的な認識がありました。
 それ故に、配偶者(夫)が猫憑きで、その猫に喰らい殺され、なじみに憑いたと知って酷く絶望をし、静羅川立神教に身を寄せています。
 深美は猫の血筋ではない為、その体の相性は不明です。なじみを産んでしまったから彼女を猫に、神にしてしまったと酷く後悔しています。

 ○澄原 晴陽
 希望ヶ浜でその名も知れた澄原病院の院長。澄原の跡取りとなるべく育てられた才媛。夜妖<ヨル>専門医。
 表向きは内科、小児科医ですがちょっぴり特殊なお医者様。
 綾敷家の専属主治医でありイレギュラーズのカウンセリングも担当。國定 天川(p3p010201)さんのペットの『むぎ』と遊ぶのが趣味。
 天川さんから突拍子もない発言が飛び出たことで、些か混乱していますがその気持ちで夜妖を撃破中。

  ・窮風&マヨヒガ
  夜妖『窮奇』を閉じ込めた鞭。鎌鼬を作り出し風の加護を纏います。
  夜妖『マヨヒガ』を封じたブレスレット。攻撃の一部を反射する力を有します。

  ・Stella Maris
  シュペル・M・ウィリー作の魔道具を天川が晴陽に贈ったもの。ピンキーリング。
  天川に対して短時間のみ直接念話を届けることが出来る他、危機を天川に対して知らせることが出来る『可能性』を有します。

 ○デスマシーンじろうくん
 サクラ(p3p005004)さんが晴陽にプレゼントした魔除け効果とか癒し効果があると言われている(自己申告)人形。
 リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)さんがお気に入り。リュティスさんの後ろを付いて回っています。ある意味呪われてそう。

 ○澄原 龍成(p3n000215)
 晴陽のストッパー役に駆り出された晴陽の弟。ある程度の自衛は可能です。
 晴陽は龍成が居る事で彼にばかり注力しがち……ですが、龍成は「姉ちゃんも周りを見ろよな」と言った様子です。
 デスマシーンじろうくんがある程度は護ってくれるようです。多分、きっと、晴陽の希望です。

 ○草薙 夜善
 晴陽の元婚約者兼幼なじみ。勘が鋭く、切れ者の印象を受けます。佐伯製作所勤め。
 希望ヶ浜の平穏維持が仕事であるため、いざとなれば自分が依代だろうと何だろうとなって見せます。
 自己犠牲を厭わないタイプですが、晴陽に「邪魔だ、座ってろ」と冷たく言われたのでしょんぼりしています。

  ・遺念火
  夜妖『遺念火』で打った日本刀。希望ヶ浜の平穏維持のためにその力を振るう事が出来る。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

●Danger!
 当シナリオには『そうそう無いはずですが』パンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。


行動を選択して下さい
 以下の選択肢の中から『行動』を選択して下さい。

【1】『猫鬼』
真性怪異となった猫鬼への対処を中心に行ないます。
綾敷・なじみ (p3n000168)に声掛けを行なうほか、猫鬼をどの様に封印するか、または討伐するかを考えましょう。

【討伐】
猫鬼を其の儘討伐する簡単な方法は『なじみから引き剥がさない』事です。
なじみ諸共死亡しますが一番容易な方法です。
【封印】
猫鬼をなじみから引き剥がして封印を行ないます。
ある程度のダメージを与えて猫を外に引き摺り出すためになじみを起こさねばなりません。

【封印方法1】
物に封印する方法です。剣でも、鏡でも、なんでもいいそうですが……?
封印の際に『代償』が必要となります。なじみが行なう場合でも、皆さんが行なう場合でも『何か』が喪われる可能性があります。

【封印方法2】
人に封印する方法です。猫鬼は新しい体を得ますが、相性が悪ければ直ぐに猫に食い尽されます。
ダイレクトに『代償』を封印先の人間が被ります。

【備考】
どちらにせよ、猫鬼には多少のダメージを与えなくてはなりません。
本質は怪異ですので、人を食うことばかりで頭をいっぱいにしています、が、今はなじみの体です。
なじみが人間を傷付けることと同義になってしまいます。

【2】『怪異対応』
猫鬼から溢れ出した怪異の対応を行ないます。
魑魅魍魎だらけですがレトゥムもこちらでの対応となります。
澄原 晴陽 (p3n000216)と草薙夜善がこの対応を行って居ます。

【3】その他・周辺維持
広がりつつある神域を抑える為に結界を張ります。
結界については音呂木神社の巫女、音呂木ひよの(p3n000167)が外部から遠隔で作業してくれているようですが……。
現地でのサポートも必要となりそうです。
aPhoneを利用して連絡を取り合えます。結界石を配置し、食い止めるべく其れを護って下さい。
関係の無い夜妖も結界石に反応してやって来ます。

  • <灯狂レトゥム>猫鬼完了
  • GM名夏あかね
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年07月21日 22時06分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
越智内 定(p3p009033)
約束
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
カフカ(p3p010280)
蟲憑き
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

サポートNPC一覧(4人)

音呂木・ひよの(p3n000167)
綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
澄原 龍成(p3n000215)
刃魔
澄原 晴陽(p3n000216)

リプレイ


 いつだって、君の名前を呼ぶよ。
 約束したから。

 大好きだよ――――『  』


「もしもし、ひよの殿ー? 吾輩吾輩! そう、吾輩でありますぞー! あ、aPhoneきっちゃいやーん!」
『切りませんよ』
 揶揄い笑う声がして『夜善の協力者』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)は思わず「あはは!」と笑って見せた。
 通話に応じた音呂木・ひよの(p3n000167)は音呂木神社の境内に一人でいる。彼女は他の真性怪異に嫌われる理由が他にあるのだが、それは今、語り始めることではないのだろう。
「とりま、吾輩結界の維持を手伝いに来たであります!
 皆が安心してなじみ殿と猫鬼の対応にあたれるように馬車馬のごとく働く気マンマンなので、ひよの殿の指示に従って結界石を配置したり、石に反応してきた夜妖を退治したりとがんばりますぞ!」
『それは嬉しい』
「ミザリィ殿も協力してくれるようでありますからにー、上手く力を合わせてバシッと結界をはっちゃいましょうぞひよの殿!」
『それは頼もしい』
「ちょっと?」
 スピーカーから聞こえるひよのの声色が変化した事にジョーイが思わず声を上げた。『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)は小さく笑みを漏す。
 ジョーイとひよのの関係性は愉快そのものだ。ひよのに協力したいと申し出たジョーイにミザリィは「裏方も必要だと思いまして」と声を掛けたのだ。
「宜しくお願いします。ひよのさん」
『こちらこそ宜しくお願いします。……レトゥムをよく知っている方が手伝ってくださった方が結界も安定するでしょう』
 ひよのにそう言われてからミザリィは「そういうものですか?」と問うた。そういえば、と思い当たったのは怪異を追掛けるフィールドワーカーの娘の言葉だ。
 ――怪異とは、己を認識し、己の存在を認めて貰えたことによってより強固な存在へと成り得るのです。
 彼女は澄原 晴陽(p3n000216)に留守番を命じられて澄原病院で拗ねているようである。本来の職務がひよのが携わる真性怪異の探求なのだからそこは致し方ないと考えるべきだろうか。
「……私自身は事件そのものには関わって来ましたが人物や物事に対しては触れていません。
 主役はあの方達に譲ろうと、そう思いました。彼ら彼女らは為すべき事を得ている人だと、そう思います。
 ……ええ、勿論、当人たちにそんな意思はなく、ただ『大切なひとを助けたい』と必死なだけだと分かっています。
 けれど私は、助けられるならみんな助けたいんです。特別な誰かだけではなく、そのために戦う仲間たちを、事件に関わった一般の人々を、これから巻き込まれるかもしれない誰かを、すべてを守りたいんです。そのためにはやはり……『裏方』も必要でしょう?」
「か、感涙しましたぞーー! 聞きましたか、ひよの殿―――!」
 叫ぶジョーイにひよのは『気を取り直して』と彼の涙をスルーしてから手順を説明し始める。
「成程。真性怪異の相手は皆に任せて私は私の仕事をしにきたのだが……怪異が此方に向かってくる可能性があると?」
『竜の嫌いな食べ物』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は「一人戦線に立つのはガラじゃねーんですが??」と渋い表情を見せた。
 神域を抑える為の結界石の配置は広範囲に『真性怪異を喰らった蠱毒』の力が及ぶのを防ぐ役割がある。
 その真性怪異というのがミザリィが皆が救う為に尽力していると呼んだ『猫鬼憑き』綾敷・なじみ(p3n000168)の事なのだ。
「さあ、ひよの殿! 指示をお願いしますぞ~!」
 明るく微笑んだジョーイは「ぬふふ」と笑みを浮かべた。今回は彼女に格好いいところを見せられるかも知れないのだ。何時も、冷ややかな目で見てくる巫女に良いところを見せるぞとジョーイは拳を振り上げて電話越しの指示に従った。
「うっし、パイセンは神社で打ち上げの準備しててくれ! 音呂木の巫女の出張営業行ってくるぜ!」
 手をぶんぶんと振ってから『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は快活に笑った。
「夕日が輝いてんなーばかやろー!」
 そんな彼等の様子を眺めて居た『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は「さてと」と仲間達を振り返る。
「ここが最後の正念場ってか? なら気張っていかねぇとな。
 ってかレトゥムの奴もしつこいもんだ。砕けて零落したのならそのまま消えちまえば良かったのによ」
「執念深いからこそあれだけの規模の人間を死に追いやったのかも知れませんね。神とは強欲である方が良いのかも知れません」
 表情をさして変えぬままそう答えた『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)の背後には人間サイズにまで姿を変えたデスマシーンじろう君が佇んでいる。
「……」
「……気付きますか」
「……まあ」
 ニコラスもリュティスもデスマシーンじろう君の変化はよく感じていた。心なしかデスマシーンじろうくんから熱い視線を感じるようになったのだ。
 リュティス自身は何故か澄原病院に鎮座していたデスマシーンじろう君と共に行動する事が多かった。その為に、この不可解な夜妖についての情報も含めて『静羅川立神教』のレポートを準備していたのだが――
「……前回のレポートを気に入って頂けたのかもしれませんね。格好良くなるように書き直したかいがありました。自信作です。
 今回も二人(?)で頑張りましょう。龍成様を護衛した方が良いですし、そのついでに晴陽様を護れます。
 危なっかしい晴陽様を龍成様が守りにいくような気がしますし、そこを守れば一石二鳥となるはずです。それでは頑張りましょう」
 危なっかしいと言われる三十路手前の女医は弟が絡むとそれはそれはポンコツになる。『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)がさらりと言ってのけたリュティスに対して思わず笑ったのは仕方が無い事だっただろう。
「姉ちゃん……」
「私は思い切りが良い方だとは思いますが、命は大事に出来ますよ」
 どうだか、と龍成は言い掛けてから口を噤んだ。傍らには一体どうした物かと言いたげな『アルミュール』ボディ・ダクレ(p3p008384)の姿が立っている。龍成がこの場に姿を見せたのは予想外であったからだ。
「龍成」
「ボディ、心配すんな」
 大丈夫だと笑う龍成にボディは頷きはしたが気がかりだと呟いた。龍成と晴陽、確かに『場』に根付いて居る存在と言えば確かだ。
 澄原病院が希望ヶ浜にとっての基幹となっているように、『名を知られている』ならば依代にもぴったりである。
 ボディにとって龍成は大切な人だ。何かあったらと演算しただけでも身が軋む。ボディでもそうなのに、と肉親である晴陽を視線で追掛けた。
(……随分と分り合えていなかった姉弟。漸く取り戻した肉親が心配し不安に陥るのは当たり前のことでしょう)
 ボディはふと、彼を思い出した。家族が死んだ事でレトゥムへと信仰を寄せた男がいた。いや、それだけではなかったのだろう。
 彼に会ったのは確かな肉親としての情だ。愛情と呼んでも差し支えのないそれをボディは完全には理解出来ない。理解は出来ないが――ただ、分かることがある。
 務史 翠生にとって、家族は本当に大切であったのだろう。それはボディにとっての龍成のように。
(……音呂木の巫女の結界。それも東浦区の人々を護る為のもの。多分、この場に住む誰かも誰かにとっての家族であり、大切な人だ。
 守りねば。龍成も、彼らも――これ以上、務史様のような人を増やさないためにも。だから私は、命を守る盾になる)
 強い決意を固めたボディを横目で見てから龍成は「あのさ、張り切りすぎるなよ」と静かな声音で言った。
「まあ、張り切りたくもなるか。漸くこの陰鬱な事件も解決が見えてきたんだ。後顧の憂いがないように幕を引きたい……だろう?」
 問うた『竜剣』シラス(p3p004421)へと『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は小さく頷いた。
「この物語をハッピーエンドで終わらせるためにも、始末はきっちりとつけてしまわないとね!
 猫鬼の方はなじみ君に縁のある人達を信じて……私はここでレトゥムのケリをつけるよ!」
 何方もが大切なことであるとアレクシアは知っている。猫鬼とレトゥム。怪異のそれぞれを『此処で終らせる』必要がある。その方法に差異はあれど、その結論には意外はあるまい。
「アレクシア、無茶はしないでくれよ」
「シラスくんもね」
 ただのそれだけの言葉でもアレクシアはシラスが自身を心配していることを強く実感していた。『喪った』ものの多くを彼は知っている。
 それでもアレクシアという娘が止らないことだってシラスは理解していたのだ。だからこそ、言葉だけで繋ぎ止めようとしてくれるのだろう。
「でも、やらなくちゃならないことがある」
 その一言に、『綾敷さんのお友達』越智内 定(p3p009033)は顔を上げた。
 そうだ。やらなきゃならない事がある。
 その背中には真白の蟲が佇んでいた。『無視できない』カフカ(p3p010280)はやれやれと肩を竦めてから笑う。
「いやあ、青春やな。元の世界でもバイト三昧やったし、なにより死にかけたせいで色々あったから、なんやええなぁ」
 揶揄うように笑ったカフカに『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が「そうねえ」と微笑んだ。
「青春ねえ。私は『大学生』を体験したことはないけれど、大人と子供のあわいの、自由で、不自由で、かけがえのない時間なんでしょう?
 一緒に花火をして、ねずみ花火に怯えて、線香花火で誰が最後まで落ちないか競争して……秋も、冬も、春も、その次の夏も」
 そうやって過ごすのがかけがえのない毎日であるとアーリアは知っている。
「センセ、って呼んでくれて、アーリアちゃん、って呼んだらたまに叱って許して――そんな日々を、これからも過ごしたい」
「はは。センセ」
 笑ったカフカに「もう、カフカくんはいいのよ」とアーリアは肘でこつりと小突いた。傍に佇むユキが『お父さん』に気付いて嬉しそうに翅を震わせている。
「いや、でも、そうやな……それもこれもジョーくんとダチになって、なじみさんや他のみんなを紹介してもらって、仲良くなれて。
 そのおかげや。そんな大事な友達が、大事なもん守るための最後のひと踏ん張りを見せようって言うんだから、放ってはおけへん」
 定の傍に、アーリアとカフカは立っていた。
「力貸すで」
 カフカがぽん、と定の肩を叩いた。
「ええ。このあたりで越智内さんへの借金を完済しておかないと、私の信用に関わりますからね。
 貴方は私の一世一代の舞台で私を助けてくれた。だから、私は貴方の一世一代の舞台で、貴方を助けましょう。頼みましたよ、『男の子』」
 そう言われるとむず痒いと『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)を見上げる定がむず痒そうな表情を見せた。
「やっと……やっとここまで来たんだ! 絶対になじみさんを助けよう! ジョーくん、頑張ってね!」
『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)はそこまでの道を開くと言わんばかりに笑っていた。
 首根っこを掴まれたかのような様子で草薙 夜善が身を屈めている。揶揄い半分で彼女募集中だと告げた彼へと『夜妖』の娘が居る『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)はやれやれと言う様に肩を竦めた。
「……はぁ。からかうのはよしてください。貴方達は私が守ります。その分、攻撃はお任せしてしまいますけれど」
「さすが盾の王子様!」
 晴陽がそう呼んだことを揶揄う夜善に星穹は嘆息した。晴陽も、夜善も『護られてくれる』のであれば、幾らでもそう呼べば良い。
「……良いですか。無茶はしない、突っ走らない、一人で動かない。徹底してくださいね。
 どうせ二人揃って無茶しかしないでしょうし、先んじて釘を打つのは対策ですとも。年下からの苦言なんて聞きたくはないでしょう?」
「私は大丈夫ですよ」
「信用できませんが」
 晴陽は思わず「う」と詰ったような顔をした。夜善は「大丈夫だよ」とは言うが、晴陽以上に信頼できない。
(……なんとも、まあ。此処で死んだって『希望ヶ浜の平穏が維持できるなら問題ない』みたいな顔をして)
 サクラが「生き残りなよ」と冷たく言ったその声音に夜善がからからと笑って見せた。
「夜善さん、私達は全員が助かる道を掴もうとしてるんだから自分が犠牲になろうなんて絶対やめてよ!」
「……生き残ったらご褒美とかくれる?」
「何か、そういうフラグ立てようとするのもやめなよ。ほら、晴陽ちゃんが凄い顔してるから」
 指差したサクラの視線の先で『私の可愛い妹(のような存在)に手を出すな』と晴陽が鬼の形相をしていた。
『ご馳走様でした』恋屍・愛無(p3p007296)は「ああ、皆が護ってくれるのか」と『晴陽の元許嫁君』と呼ぶ夜善を見ていた。
「……何だか彼、一寸親近感沸くよな。全然相手にされてない処とか」
 気にはしていた。何とも言えないが自己犠牲タイプの人間であるのは確かなようだ。その意図が『仕事のため』だというのだから夜善も晴陽と似たり寄ったりなのだろうか。
(……それにしても再現性東京。この街は、何というか古風というか『家』に縛られる子多いよな。
 それぞれの家の因習とか調べてみたら面白そうだ。其処に住む『人間』もな)
 じいと見詰めていた愛無に夜善は「ん?」と笑みを浮かべる。
「そういえば、そこなにーちゃん。水夜子君ぱぴーの同僚だっけ。ぱぴーって、どんな人なのかしら?」
「ああ。清治部長かあ。晴陽ちゃんに良く似ている」
「……」
「……」
 愛無はそれだけで水夜子の父親の人となりを知った気がして何とも言えぬ気持ちになった。親に応えすぎる娘と言うべきなのだろうか。
「そ、そうか……まあ、さて、食事の時間にしてくるか。『救い』というモノは『誰』にとっての救いなのだろうな。
 まぁ、猫鬼君は聡い怪異だ。どんな結末になるにしろ彼女には何か考えがあるのだろう。例えば――一種の自己犠牲とか。
 何にせよ彼女にとって最早レトゥムは用済みという事だろう。ならば喰っちまって良いってわけだ。腐っても真性怪異。どんな味がするかな」
 そう。レトゥムは猫鬼から分離することだろう。その神格のみを奪い去られて、只の蛻の殻となって。
 猫鬼を相手にするだけではない。レトゥムとて払い除けねばならない。
「ジョー。お前さんならきっとなじみ嬢を救える。露払いは任せておけ。さて、怪物退治といこうじゃねぇか!」
 定の肩を叩いてから『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)がにいと唇を吊り上げた。
「ジョー、男の一世一代の見せ場なんだろ?
 そういう時は声かけろよな。それになじみだって知らねえ仲じゃねえしな」
 からからと笑った『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は「どうするかは聞く前から決まってんだからな」と傍らの『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の肩を叩いた。
「ああ。とうとう、と言ったところではあるが最後までは気が抜けない。この場に肩を並べる以上は俺達話すべき事に全力を出そう。
 ……それに、『猫鬼を封印する』だっただろう? 先ずは猫鬼を弱らせることが必要という事で間違いは無いのか?」
「つってもよ、見た目がなじみって猫鬼をぶん殴るのは気分も良くねぇな。……なじみを助けるためだ。腹くくるか」
 ルカは砂浜を踏み締めた。きゅっと音を立てた白い砂。その地はなじみの父が亡くなった場所であり――定となじみにとっての約束の場所だ。
「ジョー、ここにきてヒロインが死んじまうなんてバッドエンドにしたってお粗末だろ?
 それに好きな女を助けたいって思うのは、どうにも他人事じゃあなくってな。全力でやらせて貰うぜ!」
「好――」
 ああ、相変わらず太陽のように明るく笑うその人はあっけらかんと言うのだ。定は『患っている』感情を飲み込むようにぎょっとした
『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)はにんまりと笑ってから定の肩をばしんと叩く。
「痛い! 花丸ちゃん、痛いって!」
「泣いてる子が居るなら助けにいかないとねっ! でもでも、今日の主役は決まってる。
 ジョーさん、手が必要なら幾らでも貸してあげる。だから、ジョーさんはなじみさんの手を取って引っ張り上げて。
 やれるよね、なじみさんの特別なヒーローさんっ?」
「……うん」
 定は真面目な顔をして頷いた。
 何故か綾敷深美に『懐かれ』てしまっている『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)はその様子をぼんやりと眺めて居る。
 思考が僅かに停止した。
「……あ、ああ!? あ!? しにゃ凄い事に気づいたんですけど! もしかして越智内さんとなじみさんって付き合ってます!?」
「ちょっ!?」
 花丸が驚愕し定は「付き合ってェはッ!? ないけどッ!?」と声を裏返らせながら慌てた様に叫んだ。
「えっ!? 皆知ってたんですか! しにゃだけ!? どーして教えてくれなかったんですかこんな漫画みたいなの!
 だったら尚更ハッピーエンドじゃないとしにゃは嫌です! 頑張れしにゃこ! 覚悟を見せろしにゃこ!
 うおー!? マジですか!? ホントに付き合ってたんですよねっ!?
 なら、ならっ! ヒーローにはなれなくても恋のキューピッドくらいにはなれます! 帰ってきたら恋バナもいっぱい聞かせてもらいますからね!」
「しにゃこさん!?!?」
 花丸が勢い良くしにゃこの手を掴んだ。叫んだしにゃこの傍で深美が定を凝視している。『相手のお母さん』に恋愛事情を暴露された状態だ。
「いや、しにゃこさん、待って! 此処でそれ言っちゃうの!?
 私も少しじれったいなーとか思ったりもしてはいたけど、こういうのってやっぱり人それぞれのペースがあるって言うか……っ! ねっ、ねっ!?
 でも実際のところ今どうなってるのかな、私ちょっと気になります!」
「私も……気になるのですが……」
 そっとしにゃこの肩に手を置いて、挙手をする深美に気付いてから花丸は「お母さん!?」と声を上げた。
 定はどうしようもなくなってから「今はその時じゃないだろ!」と返した。視線の先には――彼女がいる。
 ついにこの時が来たと――『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は金色の眸の娘を見据えた。
「……なじみ。猫鬼。遂にこの時が来たな。
 私と餓慈郎の全てを以って、御主等に纏わりつく死の運命を断ち切ってみせる――定と共に、必ずだ!」


「長かったこの舞台も漸く幕引きの時間かしら。どういう終わりになるのかはまだ分からないけれどハッピーエンドを目指している子は応援したいわね」
『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)はくすりと笑みを浮かべて見せた。長い髪が柔らかに揺らいでいる。
 神域の内部には無数の夜妖が居る。猫鬼から溢れ出した『怪異』達は猫鬼がそのテリトリーを作り出す力に呼応するように肉体から漏れ出でたのだろう。
 それらが本来の夜妖などではなく猫鬼が喰らった力の欠片であることは確かだ。だが、個が強いものはもう一度というチャンスを狙うことだろう。
 ――例えば、レトゥムなどだ。それは靄ではあるが、染み出してきているだけだ。まだ完璧には分離されては居ない。
「晴陽。後でゆっくり話そう。ってことで、背中は任せたぜ」
「……ええ」
 じいと見詰めてくる晴陽は、自身が乗り込んだ敵の本拠にて天川に『惚れた女』と呼ばれた事を考えて居たのだろう。
 しかし、今それを話す場合でもないと考えて居た彼女は小さく頷いた。
 無茶をしそうな友人を見詰めてから星穹は静かに囁く。
「さて、心結。いいえ、今は無幻星鞘と呼ぶべきかしら。お母さんは今から大切な友人を守るために頑張ろうと思います。
 貴女が憑いていてくれるから、今日もこうして戦える。ありがとう。
 ……今日は少しばかり危険な戦場になりますから、鞘の中で見ているんですよ。嫁入り前の貴方に傷を残すわけにはいきませんもの」
『私は?』と問い掛けるように幼い少女の声がした気がした。星穹は首を振る。妖刀無限廻廊の分霊は、母の言い付けを護るように見守っている。
「この状況で無茶をする意味はないから大丈夫だろうけど……それでも気をつけてね晴陽ちゃん!」
 屹度、天川が護ってくれるだろうとサクラは晴陽を見た。小さく頷く星穹もいる。仲間達との協力が何よりも心強いのだ。
「さて……順序の確認は終えました。なじみさんの方は彼のやり方で大丈夫なはずです。依代も候補として十二分。
『あのピアス』ならば、屹度永久に蓄積する二人の想い出が猫鬼の十分な糧になる筈です。足りなければ――」
 皆で代償を出し合う覚悟と段取りは疾うに出来ていると『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)は囁いた。
「美都さんは……猫鬼がレトゥムを取り込んだ以上、受け継いだ性質が惹かれる由縁だとは思いますが。
 想定通りに進んで分離させたレトゥムを滅ぼせれば……その辺りが解決するとは思いますが、やってみなければ分かりませんね。
 尤も、分離後の猫鬼になら惹かれても然程問題は無いでしょう。多分……」
 冬佳の呟きを受けてから秋奈は「パイセンが大丈夫つってたから問題ないんじゃね!?」と明るく事態が悪化しないだろうと笑った。
 レトゥム自体を滅ぼすことが出来れば耳や子の肉体をも護る事が出来るはずだ。
「さってさて、私ちゃんは巫女としてちゃんと働くぜぃ。そっちは任せて良いかい?」
「ええ。お任せを」
 目を伏せた秋奈に冬佳は頷いた。『神秘を秘匿する』というのは、再現性東京の日常を護る事だ。秋奈は空を眺めて、神域の暗くなった景色にふっと笑う。
「フッ……知るものは私ちゃんらしかいないってやつか。…好きなやつだぜ。達成できればパイセンに褒めてもらえるしやる気なのです。ふんす」
 秋奈はさらさらと一筆、『神域侵入許可願』と書き示した。冬佳は「ああ……」と呟く。怪異に好かれるという事は、怪異にその身を独占されるような事。殊更、真性怪異が相手だというならば気を配らねばならないか。

 逢坂のアリエ殿
 神域侵入許可願です。下記のとおり他真性怪異の神域へ侵入いたしたく、申請いたします。
 急な用件による他真性怪異の神域いたしたく存じます。急で申し訳ございませんが、ご連絡いたしました。
 
 1.申請者 茶屋ヶ坂 秋奈
 2.理  由 真性怪異封印と、友人にぴえんな急用ができた為

「さって、行くぜぇ!」
 走り出した秋奈を見送って夢華がくすくすと笑い続ける。「素敵ですねえ」と手を合せ、うっとりと微笑んだ娘を一瞥してから『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は目を伏せった。
「本当に不思議な人……いいえ、人ではないのでしょうね。夢華さん」
「はい」
 マリエッタは夢華にも奇妙なシンパシーを感じていた。マリエッタ自身も自身を嫌いだと言わない人間を『嫌い』ではない。
(……けれど、私のそれは自分の中のもう一人の鬩ぎ合いに打ち克つ為の手段。
 大丈夫。私には私の願いと私が定めたやるべき事がありますから……けれど、これは私に向けたものではなさそうですね)
 マリエッタは見遣る。なじみと猫鬼。それから、レトゥム。夢華は死の匂いに惹かれてやってきた。
 死血の魔女と名乗りを上げるマリエッタから漂った死の気配を好ましいとも感じているのだろう。
「……夢華さんは死の匂いがお好きなんでしょう? だから、死の匂いが近い私は寄りつきやすかったのでしょうね」
「ふふ、先輩は察しが良いですね」
 なじみが『猫鬼』と共にいたから、それ故に近付き易かったのだろう。マリエッタは彼女と同じように『内側の誰か』の存在感をひしひしと感じていた。
「うすうす気づいています。死血の魔女という存在は随分古い悪人です。だから私からは……一層死の匂いがするのでしょう。
 けれどそう簡単には死んではあげられませんよ。夢華さん。貴女が『期待をしたって』、私は死を超越することを目指している魔女なのですから」
 夢華が誰かの死を求めたとて、マリエッタは阻止するだろう。うっとりと美しく微笑んだ彼女に夢華も微笑みを返す。
 死の気配。それが冥府と呼ぶべき『目にも見えぬ怪異の領域』に近しいことを『接触』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)はよく知っている。
 なじみ自身との交遊は余りなかったとシューヴェルトは自認している。だが、彼女の内部に怪異が居る事は薄々気付いていた。
(……もし、もしだ。この騒動に乗じて真性怪異の力を狙えたら……?)
 猫鬼を封じる為に依代を用意しているとは聞いている。そこから欠片ばかりでも奪う事は難しいだろう――が、それも行なわねばならないか。
「いいかげん、大人しくしやがれ猫鬼! 往生際が悪いぞ!
 まあ、それ以上に生き汚いのがいやがるけどな。なあ、レトゥム! てめえはいい加減そろそろくたばれ!
 今まで死に導いてきた、多くの人たちの命を奪った、報いを受けろ!」
 ぎらりと睨め付けた『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が地を踏み締めた。『猫鬼』の元から溢れ出した怪異の欠片の中に見慣れた姿があったからだ。
『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は「助けなくては」と呟く。此処で全てが台無しになるなど迅には許せなかったからだ。
「……アイツを倒すぞ」
「はい。それからなじみ殿を助け出しましょう」
 全ての元凶は、黒い気配を宿し染み出している。迅と風牙は猫鬼の周辺に溢れ出した夜妖を鋭く睨め付けた。
「レトゥム!」
 シラスが呼び、アレクシア構える。きゅうと腹を鳴らしたのは愛無だった。レトゥムが飛び出せば真っ先に何をするのかは想像に易い。
「猿怪もダメージはあるはず。求めるモノは依り代か餌か。まぁ晴陽君が狙われそうだよな。夜妖憑きの得物。水の系譜。
 彼女の護衛は十分だろうし囮になってもらうとして。彼女の場合、むしろ護衛やら周りが危険だと自己犠牲精神を発揮しそうだ。水夜子君の話だと」
 そういうタイプだから自分が現場に行きたかった。従妹は存外に自らを盾(デコイ)であると認識しているのだろう。
 イレギュラーズにも一人、ミザリィが同じように自己犠牲と献身を発揮するが、水夜子の場合はそれが父親からの教育の賜であると云うのだから救いがない。
「……ないとは想うが、まかり間違って晴陽君が死にでもしたら水夜子君に怒られそうだ。
 いや、怒られるならまだしも『役立たず』って感じで口もきいてくれなくなったら僕が死ぬ。もれなく死ぬ。
 その可能性が一番高そうな事実に、もう心折れそうだが。おっぱじめるか」
「殺すんでしょ。いいよ。終らせようよ」
 その眸には歪な色が宿っていた。『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)の唇がつい、と吊り上がる。
 死を救済とすることが悪いとは思って居ない。それを望む物に与える事だって構わない。
 ただ、それを養分としなくては駄目だとすればそれは「存在してはならないんだよ。相容れないんだよ」
 楊枝 茄子子は許さない。
「……それに、さ。羽衣協会を国教にするためには静羅川立神教を潰さないとだからね。エゴだよ。何時も通りだけど」
「静羅川も一枚岩ではないだろうから、まずは一派閥、か」
 まじまじと茄子子を見て呟いた『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)に「全てを『無くさないと』ね」と茄子子が囁いた。
「それにしても、だ。こんなにも多いとなると些か恐ろしくもあるな」
 アーマデルは眼前に存在して居る海尉達を見ていた。其れ等は一度はレトゥムや猫鬼に喰われたものだ。
 脅威度が低く、敵対的でないものも居るだろう。だが、それを信用してはならないともアーマデルはよく知っていた。
 背より迫り来る気配を受けながら、怪異に向き合えば、それは今だ自らをも万全な生き物だと勘違いをしたかの如く牙を剥く。
 茄子子は「あーあ」と呟いた。
 そうやって、何時だって報われるわけがないじゃあないか。
「……安寧さえ忘れて獣に成り下がれば行く果てはこれか」
 アーマデルは悲しげに目を細めた。神様と呼ばれたものは落魄れれば所詮は只の悪鬼でしかないのだ。


「先輩、見て下さい」
 夢華はただ、佇んでいた。マリエッタは怯える美都を一瞥する。
(ああ、美都さんも死に魅入られているから――……)
 マリエッタは冬佳と合わせ、美都を護るべく尽力する。呆然としたその瞳はレトゥムに魅入られ、足を縺れさせながらも進まんとしていた。
「美都さん! ……友達ですからね。……この言葉、意外と重いんですよ」
「ともだ――ち」
 ぼそりと呟いた美都にマリエッタがふ、と笑みを零す。レトゥム。肉体を失い猫鬼に喰われた真性怪異。
 猫鬼とて『神格』が破綻している。ただの呪詛が神になるならば祟り神へとなるしか無いからだ。だからこそ、その不安定な神格で神域を作り出せば内部から溢れ出る。
(怪異が多い――)
 レトゥムが新たな依代を求めているならば自らだって差し出すつもりだった。ただ、『差し出してもくれてやる』とはマリエッタは言いやしない。夢華の笑みが一層濃くなる。
「期待に応えられるかは分かりませんけれど。ねえ、『死血の魔女』
 心と心の鬩ぎ合いってお好きですか? 元々私は死血の魔女の肉体と精神が記憶を失ったところに存在しているモノ。
 ……互いが互いである為に、あの怪異を心の内で、殺しましょうか?」
 囁くマリエッタの声を聞き、冬佳は『まるで忌避されるようにして外に飛び出してきたレトゥム』を眺めて居た。
「どうやら、猫鬼はレトゥムを嫌っているようですね。……やはり在り方が違うのか」
 冬佳は目の前の黒々とした獣を眺めた。なじみの影から染み出している。猿だ。忌まわしく浅ましい、獣の姿をしている怪異。
「人と神の付き合い方には、境界というものがあるのです。人と妖のそれと同じように」
 真性怪異と呼ばれる存在は信仰を以て成り立つことが多い。故に、領域や境界を護っている。
 万年桜も『アリエ様』も、どちらかと言えば人側が関わり方を謝ったが故なのだ。
「貴方は封印を解いた家族を始めとして自らの意思で死を振りまき境界を逸脱した。それも此処まで――レトゥム、貴方は此処で祓う」
 冬佳はぎろりとレトゥムを睨め付けた。
 自発的に人へと害を為す怪異。それが『元は真性怪異となった存在』であったならば、滅ぼせるというのはチャンスでしかない。
 最も、そうした能力の大半が猫鬼に移っていても、だ。
 シラスは「それでも不安だ。払いきるための用意をした方が良い」とひよのへと『封印方法』を問うた。猫鬼とレトゥムでは状況は違うだろうが、為せることはある。
 ちらりと見遣ればアレクシアが微笑んだ。彼女の身を『器』にするわけにはいかない。シラスは懐にこっそりとある物を隠している。
『――ああ、けれど、救いだったのに』
 囁きがなじみの背後から響いた。レトゥムの声音か。茄子子は「気味が悪い」と呟く。
「死ぬことでしか救われない奴ってのは、確かにいるのかもしれねえ。そういうの全部を否定はしねえ。
 だけど、てめえが食い物にしてきた人たちの多くは、そうじゃなかったはずだ! 騙して、すかして、導いて、命を放棄させた! オレは、絶対に許さない!!」
 それが救いだというならば、風牙は是となんかしてやれない。真に討つべき物はレトゥム。それだけだ。
「聞こえるかなじみさん! あんたには今、レトゥムの欠片がくっついてる。
 意識して、そいつに嫌なもの、気持ち悪いもの、全部押し付けっちまえ! 濡れた新聞紙に埃をくっつけるみたいになぁ!」
 あやしくない人には必要ないだろうと叫んだ風牙の声に猫鬼は「は」と小さく息を吐いた。
「気持ち悪い。確かに。わたしにも、これはいらない。切り離しちゃえ」
 猫鬼の眸が鮮やかすぎるほどに金色に輝いた。それが真性怪異の片鱗であると識り風牙は尚更に唇を噛む。
(なじみさん……待っててくれよ。代償くらい、幾らでも払ってやる。人を救うための重荷を誰かに押し付けてなんか堪るか……!)
 猫鬼と相対する秋奈は「イケメていくぜ!」と声を上げる。
「レトゥムが邪魔だろうな! 死にぞこない! 私ちゃんが喰らってやるわ!」
 地を蹴って、身を翻す。この後は終ったら皆でコンビニに寄るのだ。
 紙パックのジュースにストローを刺してそれを飲みながらブランコで夏風を浴びる。そんな青春、待ったなし。
「よぉ、なじみ。久々だな。大学に受かったらしいじゃねえか、おめでとうさん」
 猫鬼が秋奈を避けたその刹那にルカが滑り込む。気負うことなく友人に話しかけるように。青年はにんまりと笑っている。
「何、心配すんなよな。いや、そんなことはしちゃいねえか。ダチを信じてるから儀式に参加したんだろ?
 すぐに迎えが来るからもうちっとだけ待っててくれよな」
「……やだなあ」
 猫鬼の小さな呟きをルカだけは聞いていた。――やだなあ。お見通しだ。
 それが猫の本心なのか、なじみの本心であるのかも分からない。
「ルカさん!」
 呼んだ迅にルカが頷いた。両手持ちで叩き着けた剣から遁れるように猫鬼が身を翻す。その眼前へと迅は飛び込むのだ。
「なじみ殿を助けます! 複雑なことは定殿達がやってくださいますから。どうか、どうか聞いて下さい!」
 祈る事だけが彼にとっての全てだった。定に、皆に、そうやって仲良く笑っている様子が微笑ましかったのだ。
 なじみは誰とでも友達になりたいと笑っていた。もしも迅が「遊びましょう」と誘えば彼女は「いいぜ、行こうぜ」と笑うだろう。
 春は花を見て。
 夏は海に行こう。
 秋は紅葉を眺め。
 冬は雪で遊ぶのだ。
 ――そうやって、私達は積み重ねる。そうやって、生きていく。
(どうか――どうか彼女が定殿たちとこれからもずっと楽しく賑やかに過ごせますように。
 猫鬼殿も今度はピアスの中からになりますが、彼らと思い出を積み重ねていけますように。彼女達が、よき日々を送れますように)
 その為ならば、何れだけでも頑張れる。安堵の涙はまだお預けだ。
 彼女を『救う』まで。此処で耐えきるしか無いのだから。
 晴陽の傍らで、夜妖を斬り伏せていく星穹は『娘』が傍に居ることでレトゥムが自らを狙ってくれやしないかと考えて居た。
 冬佳は「それにしても、澄原先生が対夜妖をこんなに戦えるとは思いませんでした」と声を掛ける。
「祓い屋で活動している弟さんは兎も角として、諸々で聞いていた経歴上、先生は然程実戦経験は無いと認識していたのですが。
 窮風とマヨヒガでしたか。先生との相性も良さそうです……それでも、レトゥムの相手だけは無理をなさらないでください」
「実戦経験は皆無に等しいですが、一寸腹が立ちますので」
「……ははあ。……お気持ちは解らないでも無いですけど。なんといいますか……ふふ、微笑ましいといいますか、可愛らしい」
 彼女が何を言って居るかを察知してから晴陽は鞭で夜妖を叩いた。
『体を頂戴』
 地を這いずるようにその声が響く。なじみから離れ、狙うのは何か。愛無は「下がっていてくれよ」と晴陽に声を掛ける。
 名を与え、存在を確固たるものにする。それが神と呼ぶならば。
「何が神性だよ。会長なんか神様のお母さんだぞ。こっちの方が偉いもんね」
 茄子子は『両槻』に存在した真性怪異の欠片の母を演じる役目がある。故に、夜妖に憑かれているというよりは好かれているのだろうか。
「どうでもいいけど、会長には蕃茄が居るから定員オーバーでーす」
 彼女は茄子子の望んだ姿をとって、幼子のように走り回る。ああ、あんなにも可愛いんだ。あのこと『こいつ』を同じにするか。
「言いたいことだけ聞いて言ってよね。どーせ聞かないんだろうけど。
 いいよ私だって話通じないから。自分がすっきりするために喋るんだよ。死は救済になる時もあるよ。でもさ、救済は死ではないんだよ」
 黒い影が蠢いた。
「みんなやりたいことをやって、なりたい自分になるんだよ。そのゴールが死である人が居るのなら、私はそれを止めない。
 応援だってするし、手伝ってあげてもいい。……でも、私は死ねない。だってまだやりたいことかいっぱいあるんだから」
 蕃茄が隣で笑っていた気がする。此処には連れて来ていないのに。
 ――ナチュカの強欲なところが、好きだよ。
 そうでしょ、お母さん(ナチュカ)は、強欲だから蕃茄を繋ぎ止めたんだから、さ。
「レトゥム。
 忌避すべき存在。身勝手に死の運命を決定づける。誰よりも生き汚くて救えない」
 ああ、嫌いで嫌いで。けど。
「――嫌いじゃないね! でも死ね!」
 茄子子の言葉にレトゥムは『ならば受け入れろ』と叫ぶ。
「死ね!」
 何度も、何度も繰返す。
 嫌いだけど、嫌いじゃない。生き汚くて身勝手な人間は好き。頑張っているからだ。
 レトゥムと呼ばれた怪異は人間を喰うために殺す。食物連鎖と言われども、『お前がいなければ人を殺さなかった』のだ。
「死ねば良い!」
 何度も何度も、繰返す。嫌いじゃない、けれど、『お前がいると静羅川は力を持つ』んだ。
 茄子子の声音が地を這った。レトゥムの腕がぞう、と伸び上がる。ボディは「龍成!」と鋭くその名を呼んだ。
「ボディ、下がってろ」
「いえ、龍成。貴方が」
 晴陽の視線がちくりと痛い。弟を心配するあの人を安心させてやらねばならない。
「晴陽先生。任せて下さい。龍成を絶対に護る。一般人も絶対に殺させない。
 そう決めた以上、両方とも絶対にやり遂げます。なんたって、私は龍成の親友であり、同居人であり、……深い仲でありますから」
「ふ、深い――龍成、姉にきちんと紹介を――!」
「姉ちゃん、前見ろって!」
 慌てる龍成を庇うボディはどうしたものかと困惑しながら、傍らの同居人を見上げた。
 愛おしいひと。そう言葉にすれば特別な関係性であることが分かる。けれど、紹介と言われれば、これ以上どう言うべきか。
「ああ、もう。ボディ、今は前!」
「はい。龍成。行きましょうか。私達の頑張りで先生の心配を吹っ飛ばして差し上げますよ」
「姉ちゃんも前見ろ!」
 騒ぐ龍成に晴陽は「前っていっても――」とくるりと振り返った。腕を伸ばすレトゥムの『影』が上空より隙を狙う。
「おい。その人はな。お前みてぇな奴が触れていい女じゃねぇんだよ!」
 叫ぶ天川に星穹が頷いた。晴陽を庇うように前へと滑り込む。サクラは「晴陽ちゃん!」と叫んだ後、夜善の背を踏み付けた。
「ぎゃっ」
「夜善さんも前にいかない!」
「ば、バレてる……」
 呟く夜善が地に這い蹲りながらがくりと頭を降ろした。
「あら、大丈夫?」
 囁くヴィリスに「大丈夫だと思う?」と夜善がしくしくと嘘泣きをしながら見上げる。
「さあ、分からないけれど。幕引きをしなくちゃいけないの。私の踊りを見て居てくれるかしら? とびきりのハッピーエンドを迎えなくちゃならないから」
 たん、たん。リズミカルに地を蹴る。とびきりのダンスをしてみせよう。ヴィリスの笑みを見上げてから夜善は「特等席だね」と微笑んだ。


 無数の怪異達を睨め付けて、アーマデルは静かに囁いた。
「我が神は生者と死者の境界を保つ死神(ししん)。
 守神は毒と病を司り、死の忘却では濯げない強すぎる未練に寄り添う《一翼の蛇》……故に死に纏わるものや神性の蛇には思うものが無くはない」
 信仰者であるアーマデルにとって眼前の『死を喰らう神』は余りにも不愉快な存在だ。
 それが安寧を齎す存在なのであれば、アーマデルは庇護することをも選んだだろう。だが、道は違えてしまっている。
「また会ったな猿野郎。どうした、調子が悪そうじゃねえか?」
 シラスが鼻先で笑ってからレトゥムへと距離を詰めた。その背を追掛けるリュティスとデスマシーンじろう君に気付いてからニコラスが「圧が凄い」と思わずぼやく。
 勢い良く駆けてくるデスマシーンじろう君の姿はやや呪いめいていた。だがリュティスは気にもしない。
 レトゥムの元へと向かう仲間達のために、周辺の夜妖を払い除けて行く。
(レトゥムに新たな依代を与えるわけにはいきませんから……最悪はこの身で止めるしかないでしょうね)
 リュティスは考えながら、小さくぼやいた。
「最悪はこの身で止めてみましょう。
 夜妖に憑かれても大丈夫そうとのお言葉を故人である生奥様から頂いておりますし、なんとかなるでしょう」
「生奥」
 ぴくりとヴィリスの肩が揺れ動いたのは彼と彼女の間には浅からぬ因縁があったからだ。
「……生奥が崇拝していたのはこんなものなのね」
 ヴィリスの目が映したのは神様などとは呼べない存在だった。ただの終わりを受け入れる事も出来ない可哀想なものだ。
「死が救済というのなら私たちがこれを救ってあげるわ。私がこの舞台で踊る最後の鎮魂歌。
 ……生奥には言わなかったけれど私は踊るために死んでもいいの。
 私にとって死は踊れなくなる理由の一つでしかない。死ぬことよりも踊れない方が嫌なのよ。
 踊れる限り私は私。可哀想だなんて勝手に決めつけられたくないわ」
 救ってあげようと言った彼の事は腹が立つ――けれど、そんな彼の崇拝したこの怪異を遠く、消し去ってしまえば良い。
 ざまぁみなさい。生奥。
 慈善事業はもうできなくなるのよ。
 ヴィリスは救済の時間を、踊る。救済と言いながら『終わり』を押し付けるばかりの馬鹿みたいな話には付き合っても居られない。
「さあ、倒れてしまいなさいな! 実は生きていましたなんてもういらないの!」
 くるりくるりと踊るようにヴィリスが跳ね上がった。
「レトゥムは真性怪異……ハヤマ様のことも考えれば、素直に物理的に完全消滅させられるとは限らない……。
 かといって新しい依代を与えるわけにはいかない。なら、何かに封印してしまうのがいい……?」
「アレクシア、まあ、任せてよ」
 考えがあるとシラスは小さく笑った。アレクシアは頷いてからただレトゥムを見詰めている。
 猫鬼から溢れた怪異を『蠱毒』のように奪われないヨウニとアレクシアは自らに取り込む事に注力した。そんなアレクシアに気付いたのかデスマシーンじろう君が護衛のように立ち回る。
『ああ――なんてことを』
「今だけは、以前にあなたに言われたように、魂喰らいの魔女となってみせましょう!
 あなたに渡してやれるものは、何ひとつだってないんだから!
 死に救いなんてない! 死んでしまえばそこで終わってしまうんだ!
 ……でも、そこに縋りたくなってしまう人がいるのもわかる。心が弱ってしまえば、偽りの道でも道に見えてしまうこともあるものだから!」
 アレクシアは睨め付けた。レトゥムの糧など、全て『渡さない』。それが強欲といわれようとも構わない。
「だからこそ、そこにつけ込むあなたを見過ごすわけにはいかないんだよ、レトゥム!
 どれだけつらくたって、生きているからこそ希望はあるんだ! それは何よりも私自身がよくわかっているもの!」
 叫ぶアレクシアを見据えてからニコラスは「オーケー、こっちも『封印』だな?」と唇を吊り上げた。
 アレクシアとシラスの考えは分かった。ニコラスは『名前』という大切なものを生憎だが持ち合わせちゃ居ない。名前とは個を表す記号だ。つまり、自身の存在を確立させる重要なパーツを喪っているに等しい。
 だが――それが何だと言うのか。猫鬼だけではない。レトゥムに対しても代償の分散が必要なのであれば引き受けようとニコラスは眼前の怪異達を睨め付ける。
「何が奪われるかは知らねぇが想い出でも寿命でも魂だろうがなんでもくれてやる。それで誰かを助けれるならさ」
 有象無象を退け、何もレトゥムという『空っぽの猿』には私はしない。
 レトゥムは存在を飲み込む貪欲な穴だ。だからこそ、それを塞ぐためにアーマデルとて尽力していた。
(ああ、だが――レトゥム。其の名からは安らかな眠りの守り手と成れる可能性もあっただろうに)
 そう離れなかったことが、どうしようもなく苦い。
「胸糞わりぃ面しやがって! 遠慮なくぶった斬れるってもんだ!」
 悍ましい気配を切り裂くように天川はその身を『斬った』。だが、実体のないそれを断つ感触はない。
「しかし、『なくても』生き物のように存在はしている物なんだな。食い出はよくなさそうだが。
 生きるというのは喰う事だ。生きるために喰らう『死』ってのは、どんな味だろうな? よくわからないが」
 契約など最早間に合っている愛無の眸に乗せられたのは強欲な餓え。只の食事だ。欠片も残さず頭から丸囓れば良い。
 レトゥムが靄のように揺れ動く。
 ああ、なんて姿だ――『真性怪異だった癖』に!
 神格が零落してしまえば、待ち受けるは概念の死だ。神は残る神格を利用して人を祟るか、それとも何の力も無く消滅するしかないのだ。
 故に、怪異を追掛けて怪異を愛し、喉から手が出るほどに欲する者が居なくてはそれは形を保てやしない。
 猫鬼やレトゥムで良い。欠片でも己に届かぬかと望んだシューヴェルトのような、それを腹の内側にでも入れて全て飲み干してやろうかと囁くマリエッタのような。
(――でも、そうはいかない。私の禍斬は悪しき相手を斬り裂く力はあるけど、再現性東京という特殊な土地に根付く神性を祓うには足りない! ならば!)
 サクラは先程踏み付けた夜善を振り返った。
「夜善さん! 『遺念火』を貸して!」
「えっ……ああ! もうそのままサクラちゃんのにしても良いよ!」
 投げ渡された『遺念火』。灯された炎が、蒼く燃える。サクラにやる、だなんて簡単に言ってくれる。
 サクラはふ、と笑みを浮かべ、真っ向からレトゥムを睨め付けた。
 ロウレイトとの聖剣は敵を打ち倒す為にある。
「輝け『禍斬』!」
 ――そして希望ヶ浜の平穏を守るための力を!
「猛れ『遺念火』!」
 地を蹴り飛ばし、サクラはレトゥムに肉薄した。
「レトゥム! 最早この街にお前の居場所はない!お前を必要とする者はもういない! ――滅せよ!」
 崩れ落ちていくそれをシラスは逃さない。
「逃がすかよ!」
 シラスが手にしていたのは翠生のキューブだった。レトゥムより分け与えられた力が欠片も残されていないがレトゥムに縁深い物である。
 代償は自らが払うと決めて居た。
(これ以上――これ以上、アレクシアから何かを奪われて堪るか!)
 頬を裂いた傷一閃。サクラが斬った『怪異』の気配が飲み込まれて行く。
「……レトゥム!」
 アレクシアはシラスに手を伸ばした。どこまで力を失おうとも、真性怪異は真性怪異。アレクシアと手、並大抵の存在ではないと備えていた。
「アレクシア!?」
「シラス君。二人なら、どうかな。私たちの代償だけで済むなら御の字でしょう?」
 アレクシアの蒼穹を見据える眸に光が満ちた。ああ、やっぱり――彼女は彼女だ。
 シラスはレトゥムを形作っていたのが人の悪意や思念である事を知る。それでも、傾聴することに決めた。故に、そのシラスを支えるべくアレクシアが傍に居る。
 飲み込まれることがないように、喪われることがないように。本体を目に移してはならないと聞いた。けれど『己が終らせるのだから、真っ向から見据える』だけだ。
「死は救済という思想は、分かるよ」
 シラスはいつも『彼女』がそうするようにレトゥムを抱き締めた。
「けれど、お前は歪んでるんだ」
 殺してやると、それだけで一蹴するのではない。向き合えば、それはキューブに収まり揺らめいて物言わぬ力の欠片と為って行く。
 零落した神の涯は呆気なく。ヴィリスは「ああ、こんなものか」ともう一度ぽつりと呟く。
「……倒した……かな――ッ、シ、シラス君……!?」
「アレクシア……?」
 アレクシアは向き合ったシラスの眸が僅かに赤く染まっていたことに気付きぎょっと息を呑んだ。怪異を真っ向から見詰めたことにより、その眼球そのものが血色に染まったのだろうか。
「どうかした?」
 問うたシラスにアレクシアは首を振ってから、もう一度彼を見た。その赤さは今はなりを潜めているかのようだった。


 結界を維持し続けなくてはならない。バチバチと電流が走るように音が立つ。
 ミザリィは迫り来る怪異の姿に気付き、魔力を一点に集中して放った。その眩い光を撃ち出したとき、ミザリィは引き攣った息を漏す。
 これまでは『戦わないこと』『傷付けない事』がミザリィにとっての戦いだった。だが、それももう終わりだ。
 命を奪う事は余りにも簡単だ。余りにも呆気なく、余りにも単純な行いだった。それを知った。知ってしまったからこそ、ミザリィ・メルヒェンの在り方は大きく変わってしまったのだ。
(私は選択することが出来る。私が戦うか、戦わないか。如何にして敵を倒すのかを)
 ――誰かを癒やし支える事で間接的に誰かが死ぬ事がある。それを強く思い知らされているからこそ、ミザリィは選んだ。
 汚れてしまったのかも知れない。自らの手を汚しても尚、戦場に立つことを選んだのだ。
 その手が汚れてしまったのだとしても、綺麗な物を護りたい。その為にはこの結界の意地は必要不可欠なのだ。
「ミザリィ殿~~~!」
 呼ぶジョーイが助けてくれと白旗を振っている。ジョーイの役割はミザリィが対応するまでの間に敵を引付ける所謂『トレイン』の役割だ。
「タゲを移すわけには~~~!」
 一人だけ古式奥ゆかしいMMOを実践中のジョーイは「ふぬぬぬ」と叫んだ。
「大丈夫か?」
 時間稼ぎ程度だがと呟いたマニエラは『どかーん』と一体ずつ夜妖を蹴散らし続ける。夜妖の位置関係をひよのは遠隔から何となく、そう感じた、という程度で指示を行なってくれる。それにしたがっては居るが――
「数の暴力とはこの事だな」
「ですが! 頑張りますぞー! なに、皆ならなじみ殿も猫鬼殿もまるっと救って全員笑顔で帰ってくるに決まってるですぞ!
 なのでひよの殿も笑顔でお迎え準備しくよろですぞ!」
「だ、そうだ。ひよのよろしくたのむぞ」
 マニエラはふと、思い出してから電話口のひよのへと囁いた。
「……というか、これは、レトゥムや猫を倒したら夜妖は散り散りになるのか? 確実に少し残るよね……? 抱えすぎ危険……??」
『……他の皆さんが合流して安全になる事を願いましょう……ね……』

 ――ふと、神域の中を走り抜けていく一人の少女がいた。
「新田! ジョー! 九天だ!」
 寛治が顔を上げる。猫鬼と相対している定を狙わんとしているのだろう。
 九天ルシアは定に固執して居る。己の理解者たり得るかも知れない青年を追い求める気持は良く分かる。
 割り込むように寛治はルシアの前に立った。背筋を伸ばして立っている男を前に、ルシアは「どいて」と静かに囁く。
「すみませんが越智内さんは今外せない用件がありましてね。お話は代わりに私が承りますよ。
 天川さんも今取り込み中でして。私ではご不満ですか? 年の差こそありますが、女性のエスコートなら心得ている自負はあるのですが」
「いらない」
 冷ややかな声音であった。元の世界では特異な能力を有していた娘は己の理解者が存在して居なかったのだろう。
 天川がルシアの詳細を語り、定が『かつてクラスメイトであった少女』を思い出すように告げたそれを繋ぎ合わせて寛治は『彼女』と向き合った。
「退いて!」
「いいえ。……いいえ」
 寛治は首を振った。ルシアの眸は、まるで生気を感じやしない。
『彼女は死ぬ事を是として教団で、利用されながら生きてきた』のだから。
「拠り所を喪った貴女の気持ちを『分かる』などと烏滸がましく述べるつもりはありません。
 ただ、少しだけ人生の先輩として言わせてもらうなら、拠り所はまた見つけることができる。
 今回の件が終わったら、定さんや天川さんと一度お話されてはいかがですか? お店、セッティングします」
「は、話して、どうなるの」
 ルシアの声音が震えている。引き攣って、喉に絡まった言葉が卑屈な娘の唇から毀れ落ちてくる。
「話せばなんとかなるのですよ」
「『異端』が?」
「異端など、とんでもない」
 寛治は表情を変えることはなかった。目の前の娘は確かに異端だったのだろう。だが、これだけの人間を目にすればそんな『烏滸がましい』感想を捨て去れるだろう。
「九天! お前! それでいいのか!? 能力が落ちている今、普通の学生としてジョー達と暮らす選択肢もあるんだぞ!
 お前だからこそ、人には善悪両面存在すると理解できるだろ!? 俺はお前を赦す! だからもう一度! 自分の頭で考えろ!」
「『死神』」
 ――彼は、ルシアを見逃した。幼い少女を殺す選択肢を天川は持ち得なかったからだ。
 家族を殺す『手筈を整えた』幼い娘と、家族を殺され『復讐をした』男。
 何方もが罪を背負っている。天川が非情であったなら、ルシアが悪辣であったなら、こんな未来、無かったはずだ。
「どうやら貴女に死神は微笑まなかった。
 レトゥムや教団は、最早貴女の人生を縛るものでは無いはずです。いや、縛り付けられなかったからこそ、此処に居る」
 ルシアは立ち竦む。目の前の男は、何処までも『きれい事を言っている』筈なのに。
「……友達と学校に行って、おしゃれして、美味しいものを食べて、時に恋に悩んで、そして友達と笑い合う。
 若い子にはそうあってほしい。そう、コレはおじさんの我儘だ。けれど、私はそれを押し通す。道なんていくらでも選び直せる。
 如何でしょう、九天ルシアさん。年の離れたおじさんを友人にしてみては?」
 手を差し伸べる寛治にルシアは俯いた。一滴、たったそれだけが『彼女の答え』だ。
「ぅ――うう――うううううう」
 呻き、地を蹴った。やり場のなくなった拳を受け止めることぐらい他愛もないことだ。
 それが大人であるのだから。寛治はそっとルシアの意識を奪った。


「猫鬼よ、前に話した事を覚えているか?」
「……まあね」
 綾敷なじみと名乗って居たはずの娘は、今は怪異の依代となって居る。いや、そもそも『最初から猫鬼と呼ばれた怪異』はなじみに巣食っていたのだ。
 運が良かっただけである。強欲な猫は呪いの一種だ。臓腑を喰らい、全てを奪う呪詛の塊である。それが偶然、依代と相性が良かっただけではある。
「……覚悟はできている。だがしかし、私は"とても欲張り"でね。
 ――この時の為の餓慈郎だ。此度、この刃は御主を救う為にある。さぁ、救われる覚悟は出来たか!?」
「救うんだね」
 ぼそりと呟いた猫鬼が地を蹴った。そうやって『甘やかすのが悪いところだよ、たまきち』
 あれが猫鬼かとシューヴェルトは見据えていた。元はと言えばただの夜妖であったがそれが神格を得た『怪異』を喰ったことでその格を上げたというならば、このタイミングで打ち倒さねばならない。
 なじみの声は聞こえないが猫鬼との交渉で少しでも自身に分け前があれば――と考えたシューヴェルトを察したように猫が口を開いた。
「わたしの力は分けられる物じゃないからね。全部貰ってくれるなら……死んじゃうねえ」
 まるで悪役染みて笑った猫鬼にしにゃこが「なんかなじみさん怖くないです!?」と叫ぶ。「神様」と不安そうに呼ぶ深美に「あ、ああ、大丈夫です。リラックス~!」としにゃこは微笑んだ。
 崇め奉れとは冗談ではよく言って居たが深美は心の拠り所を探していたのだろう。本当に崇め奉られてしまったしにゃこ(ラサ出身・練達在住)。
 これでは母に「友達のお母さんの神様になったので実家には戻れません」と言わねばならないだろうか。
「深美さん、安全な場所で娘の無事をよーく祈ってください!
 でも自分を差し出そうとしちゃ駄目ですよ! 生きて、なじみさんを迎えてまた一緒に仲良くしてください!」
「はい」
 うっとりと笑ってみせる深美にしにゃこは「あー、うーん」と唸った。
「とりあえず、なじみさんを起こすんで! いいですね、聞いて下さいね!? 楽しい思い出の話めっちゃしますから!
 なんなら思い出の話をするために振り返ってたら越智内さんとなじみさんが付き合ってるかも知れない可能性に行き着いてしまってますけど!」
「なじみはあの子とお付き合いをしていらっしゃるのですか……」
 恐る恐ると問うた深美の言葉には『呪われた娘なのに』『猫の耳が生えていてもいいのかしら』といったニュアンスが込められていることに気付いて居る。
 それはしにゃこがハイエナの耳を有するのとは大きく違う。花丸は「そこら辺は結構曖昧なアレだけど、ほら、ね」と微笑みかけた。
「そうですよ。うーーーん、では聞いて下さい!
 思い出せあの合宿を! 大量のしにゃが湧いて……いやこれじゃショック療法ですね」
「ショックが強すぎる」
 思わず呟いた花丸にしにゃこは「可愛すぎますしね!?」と勢い良く頷いた。何故か、深美も同意している。花丸は思った――早く解決して、深美の洗脳(?)を解かなければ。
「恋バナ! 恋バナしましたよね! 越智内さんがいいって話してました!」
「えっ」
「ロボット大暴走時にはしにゃが格好良くかけつけ! 年末年始には一緒に鍋したり、バラ園行ったり!
 なんかすげートラブル多かった気がしますけど楽しかったですよね!?
 嫌な事なんか考える暇無いくらいまた破茶滅茶に巻き込んでやりますから早く起きてください!」
「待って」
 定は振り向いたが――しにゃこは止らない。
 花丸は小さく笑ってから、「なじみさん」と呼んだ。その眼前へと滑り込む。
「ジョーさんやひよのさんと色んな場所にお出掛けしたよね?
 しにゃこさん達や皆と色んな事を……しにゃこさんが絡むと、ハチャメチャな事ばっかり起こってた気もするけどそれも今にして思えば良い思い出……なのかな?」
 花丸はなじみを受け止め、一歩下がる。滑り込んだベネディクトとルカにだって任すことは出来る。
 伸びた爪に、周囲に漂った神威は真性怪異となった猫鬼による拒絶か。鋭い刃が身を突き刺しても構わない。
「なじみ殿、お時間ですよ。定殿も、お友達の皆さんも貴女を迎えに来ています。さあ、起きてください」
 定の想い人。そうした認識を有している迅に深美が「やっぱり付き合っているのでしょうか」と何度も問うている。
 迅はしにゃこを見てから、何とも言えないように頬を掻いた。
(……凄く曖昧な関係であるような……?)
 やや困惑した様子の迅ではあるが、目の前の猫鬼が使用するのは紛れもなくなじみの肉体だ。
 猫鬼となじみを分離し、封印を施すためにはダメージが肝要。ならば、その役割こそを自らが担うのだと地を踏み締めた。
 覚悟は決まっている。ただの『女の子』を殴る訳ではない。これが救いとなるのだから。
 なじみを傷付ける事を定は出来なかった。仲間達がその役割を担ってくれると口にしている。
 傷付けられないなら、その分は体を張ると決めて居た。
「……君が傷付けるのは僕だけで良い、僕だけが良い。食べるなら、僕を食べてくれ」
 定が胸を張っている。はっと息を呑んだしにゃこは花丸の手を握り締めてから「ええい。ままよ!」と叫んだ。
「記憶が欲しいなら駅前の美味しいスイーツ食べた! とかくらいならどうぞ持って行ってください!
 命が欲しいなら全部はあげられないですけど少し……いや、死なない程度なら!
 だからお願いしますなじみさんは持っていかないでください!」
 ――本音の其処にあったのは、定となじみを『持っていかないでくれ』だった。
 どちらも、喪って良い物ではないとしにゃこは強く認識している。
「そうだよ。友達を助ける為だもん。何もしないっていうのはナシだよ、ナシっ!
 何が喪われるか分かんないの怖いけど、怖がってなじみさんが居なくなる方がもっと嫌だもん!」
 この先だって――もっと、もっと。
 大切な思い出を積み重ねていくと決めて居たのだから。ハッピーエンドが欲しい。
「目を覚ましてよ! なじみさんっ!」
 花丸の手を猫鬼は掴んでから囁いた――「君は優しいな」と。
「何が欠けても、僕は日車迅です。例えこの拳が砕け、足が萎えても。心に燃える火が吹き消されても。
 必ずや再び立ち上がり、義と愛のために、これからも駆けていきますとも! この身からも持っていけば良い!」
 アーリアは猫鬼と向き合っている。お腹の空いた『ユキ』――アーリアに憑いていた蟲――は思う存分に喰っても良いと許可されて嬉しそうに翅を揺らしている。
 お父さんおと呼んだカフカのシロよりもぷくぷくになっては困るけれどと呟けばカフカはシロとユキを見遣ってから「もう遅いかもなあ」と呟いた。
「ふふ、食べ盛りなのよ。ああ、そうだわ。なじみちゃん、一つだけいいかしら? もうすぐ前期の試験期間よ。初手から単位を落とすなんて、せんせー泣いちゃう」
「まあ、あんまり大したことは言えへんけど。……色々片付けたら、また美味いもんぎょうさん作ったる。
 それに、また今年も海でバイトしようや。花火だってできる。
 まあ、学生の本分は勉強やけど、俺は学生ちゃうし? 息抜きならジョーくん共々いくらでも付き合うよ。だから、はよ起きぃや。王子様も待っとるで」
 猫鬼を相手にする蟲は『人に巣食う』存在だ。故に、猫鬼から溢れる夜妖を餌として頭から貪り喰らう。アーリアとカフカに背を押されて定はすう、と息を吸い込んだ。
「聞いてくれよなじみさん。僕、死んでもいいくらい君の事が好きなんだ」
 猫鬼の体が揺らぐ。僅かな動揺はその内側のなじみが反応したからだろうか。
「本当だぜ。臆病で良い、卑怯でも良い、でも嘘吐きにはもう戻らない。
 夢華ちゃん、君が近くに居ると死が近づくんだろう? ……その力を貸してくれ。僕は今、命を賭ける」
「先輩ったら」
 夢華はマリエッタを一瞥してから小さく笑った。
 怪異の気配をひしひしと感じながら、相応の覚悟を有しているとシューヴェルトは猫鬼の様子を眺めて居た。
『分離』するというのはこの事を言うのだろうか。なじみの体がふらついた。その肉体の表面に出て来ていたのは紛れもなく――
「猫鬼。御主も、その想いを乗せて打ち込んで来い。御主は今まで、何を想ってきた? 何を望み、何を願った?
 今まで抱えてきたモノを全て、ここで吐き出すんだ! なじみの真似ではなく、御主自身の言葉で! その全てを受け止めた上で、私は御主に手を伸ばす!」
 素足は傷だらけ。佇むその陰から覗くのは本当の『猫』だろうか。
「なじみ、御主にもこのやり取りは聞こえているか?
 聞こえているのなら、御主からも何か言ってやれ! 共に生きてきた仲だ。でかいのを一発、お見舞いしてもいい頃合いだろう?」
 猫鬼の足元で影が揺らぐ。影の中に一匹の猫が見える。
 金色の眸を有した、美しい獣。
(……なじみ殿と猫鬼の事は彼女らの織り成した運命が咲くだろうと信じる。
 ――『天を支えるもの』の説話に曰く、『より多くの手で支えよう』。だからこそ、祈る事くらいは出来る)
 アーマデルは猫鬼と相対する仲間達を見据えていた。アーマデルだけではない。誰もが代償を肩代わりしようと考えている。
 その気配を肌で感じ取ってから、猫鬼は嘆息した。
 ――ずっと、ずっと、誰かを呪っていた。
 そうあるように産み出された悍ましい呪詛。恨みと嫉みを塗り固めて産み出された『夜妖』(のろい)。
 ただ、それはずっと張り付いてきた。
「わたしはね、なじみが嫌いじゃあないんだよ」
 猫鬼はなじみの声音を借りて、囁いた。
「いつまでも呪い続けていればいいんだろうね」
 はじまりが何だったのか、どうしてそうなったのか。血の道を辿り、親から子へと乗り移り命を繋いできた『猫鬼(びょうき)』は何もかもを覚えてはいなかった。
「……ならば! その憂いをも断ち切ろう。その為に俺達は来た」
「ああ、そうだな?」
 ベネディクトが鋭く猫鬼を睨め付けた。ルカがその肩を叩く。
「力を持ってる奴が戦うのは難しくねえ。だが力を持たねえ奴が戦うのはひどく勇気がいる。
 ……お前はなじみの為にその勇気を振り絞ってきたんだ。もう誰もお前の事を臆病だなんて思いやしねえ。お前は最高に格好いい男だ」
 定は傷だらけになったって、挫けやしない。此処は任せておけとルカはその背を強く押した。
「猫鬼よ。お前に届く『なけなしの一歩』は大きいぞ、覚悟しろ」
 昔、愛した女性を助ける事が出来なかった。あの頃のベネディクトには頼れる仲間も、確固たる己もなかった。
 だが、定は違う。積み重ねてきた一歩が彼をここまで届かせた。
 なけなしの一歩が、ただ、彼女のためだと直向きに歩いてきた彼の大きすぎる一歩が。
 限りない道程に見えても、踏み出して走り出せたからこそ目的地に辿り着いた。一歩を踏み出した、大いなる若者へ。
「それを為せるだけのことを越智内は成し遂げてきた」
 ベネディクトは『黒狼隊』の隊長の顔をして、戦う事も恐ろしいうらぶれた毎日を送っていた『普通の青年』に笑いかける。
「心配はするな、失敗した時の事なんて考えなくて良い。
 この場に居る者は君を信じている、そして、きっと彼女も。助けに行くんだろう? 君が迎えに来るのを、彼女も待っているぞ。
 受け止めているだけじゃ、手は掴めないだろう?」
「行って来い、ジョー。あんまりお姫様を待たせるもんじゃねえ」
 ルカもにんまりと笑う。
 定は頷いた。そうだ、真っ先に君の手を掴む。僕の両手は――その為にあったんだ。
 だから、『猫鬼』を封じる為の依代はこれしかなかった。
 なじみと約束したピアス。

 私、ピアス、空いて無くて……。どうしようかなって思ったけど……定くんは人の耳じゃない場所に付けても、許してくれるかい?
 これは私の体だけれど、『猫鬼』のものかもしれない。それでも……その約束を飾る場所として、君は認めてくれるかい?

 そう言って、彼女の耳に『穴』を開けた。決して塞がることのないように、その体を傷付ける権利を得たのだ。
 あの時から約束として握り締めていたそれこそが、定となじみの歩んで来た軌跡だった。
 ――君との『約束』は、此処に揺れている。
「なじみさん」
 君を、助けに行くよ。


 ――これは汰磨羈にとっての我が侭だったのかも知れない。
 いや、ひょっとすればその存在を否定すれば自らへの否定に繋がることに気付いて居たのだろう。
 汰磨羈は妖だ。種別が違えども猫鬼も同じ。
 同類としての親近感を感じていたからこそ、彼女の傍に居た。
「猫鬼!」
 猫鬼(かのじょ)に幸福になって欲しかった。
「生き抜け、猫鬼! 元が何であろうと、御主には幸せになる権利がある筈だっ! 無いというのなら、私が作る!」
 叫んだ汰磨羈の眸が、しにゃこの後ろにいた深美を見た。
「わたしは幾人をも喰らって来た。決して良い生き物じゃあない」
「だからどうした? 過去が何だというのか」
「過去は消えない」
 なじみの顔をして、なじみではない表情を浮かべて猫鬼の唇がつい、と吊り上がった。金色の眸が笑みを湛えている。
「わたしは、人が死ぬ事に対して何も思いやしない。『バンシー』だってそうでしょう?」
 猫鬼に差されてから夢華は「やだなあ、そんな当たり前のこと」と笑った。その手を握って、行く手を遮り首を振ったマリエッタに「捕まっちゃいましたぁ」と夢華はからからと笑う。
「先輩達の事が好きですから、なじみん……いいえ、びょーきちゃんとはこれで最後ですねえ」
「……そうかなあ」
 猫鬼が汰磨羈を見て笑った。その笑みを見て、自覚した。……いや、本当は何処かで分かって居たのだ。
 何故、自分自身が猫鬼に固執するのか。どうして、こうまでして生かそうとするのか。
 親愛か。
 友情か。
 情愛か。
 どれであったとて――それが愛と呼ぶ事を汰磨羈は知っている。
「また、クリームをたっぷり乗せたラテを一緒に飲もう。約束だ」
 約束という言葉に目を見開いたのは――『緑色』が差した金の眸か。
「駄目だよ、たまきち」
 猫の声音が、低く響いた。
「猫鬼! 私と共に生きろ。立派な個として、私の隣で――!」
「駄目だよ、たまきち」
 ――この体はね、わたしのものじゃないから。
「猫鬼……?」
 まるで、全てを諦めきっているかのような、そんな顔をして。
 猫の気配が僅かに弱まった。引き剥がすなら、『此処』だ。
 定は走る。
 猫鬼の周囲に漂っている神威が傷付ける。拒絶は刃となって、その体を切り裂いた。
 痛い。馬鹿みたいだろ、傷だらけだ。けどさ、君のためなら良いかなって思ったんだぜ。
「なじみさん!」
 君が大切に、大切に。猫鬼と『約束』をしてずっと護ってきた宝物。もしも、それが『僕と同じ』だったなら。
「猫鬼、僕が代償をやる。鱈腹食えよ!」
 猫鬼の喉から手が出るほどに欲しかった『なじみの宝物』と同じ物を定は抱いている。
 思い出、大切な感情。君と過ごした日々。

 ――女の子が泣いてるんだぜ、此処で放って逃げ帰ったら僕は僕を殴らなきゃいけない痛いのは嫌いだからさ、やってやるよ!

 初めて会った君の前で、格好悪い僕だっただろ。

 ――なじみさん……大丈夫、絶対に守るから。絶対だ!

 あの時、君は。

 ――うん、大丈夫だね。君は優しいんだ。まるで少年漫画のヒーローみたいに。

 僕は、君のヒーローになるためにずっと走ってきた。躓いたって、転んだって。泣いている君を放って置けやしないから。
 僕の思い出は、君との物だ。
 世界の中心で君がいた。
 太陽がなきゃ、僕は俯いてばっかりだったのだから。
「……わたしが食うと、なくなってしまうのに?」
「怖いさ。忘れることは怖いに決まっている だけど! 君が泣いているのなら、何があっても全てを賭けない理由にならない!
 宝物が消えていく、それがどうした! 君が持っていてくれるならそれでいい!」
 猫鬼の眸の向こうに、彼女が見えた。
「良くないよ。君が、忘れちゃう」
「そうだよ、なじみさん。……ただの強がりだ。だけど! 今までは君が僕にそう思っててくれていたんだろう?」
 君は誰かに手を伸ばすのが下手だから。
 僕が伸ばさなきゃ、君は何時も膝を抱えて一人で泣いてるだろ。
 ――『約束』しただろ。辛いのは半分こだ。今度は僕の番なのだから。
「なじみさん」
 腕を掴んだ。涙がこぼれ落ちていく。

「君が、私を忘れるのは怖いよ」

 定は笑う。己の可能性の全てを賭ける。命の張り所を男の子はよく知っているから。
 ピアスを手に定は進む。傷等だけだ。くそったれ。痛い。けど、退いて堪るかよ。
「大丈夫、僕には分かるんだ――忘れてもまた必ず、君を好きになるって事」
 猫鬼の気配から引き離すように定はなじみの腕を更に強く引いた。傷だらけになったって良い。
 表面に『なじみ』が出て来ている。猫鬼を押し出して、表層に見えた彼女の緑色の瞳が、定を見ている。
「……僕に聞いたよね。なじみさんとキス、出来るのかって。出来ないよ」
 なじみの目が見開かれる。真剣な定の眸から逸らせやしないまま。
 魔が差したように金色が戻ってこようとするならば、もっと、君に伝えたい言葉が山ほど有る。
「出来ない。夢華ちゃんみたいな冗談みたいなのはさ。
 君とそんな事したら、僕はどうにかなってしまう。煩わしい程患う僕だから。けれど――」
 冗談で唇を合わせるなんて、出来やしない。それ程に『患っていた』のだから。
「けれど、君との思い出を全て忘れてしまうなら。……もしも叶うなら、”今”の僕と、してくれませんか。
 この事も僕は忘れてしまうのかもしれない。それでも僕が君を大好きだって証を、他ならない君に残したい」
 定は勢い良くなじみの腕を引き寄せ。眸の色が金色から緑へと変化する。
「大好きだよ、なじみさん」
 長い睫に縁取られたその眸から涙が一滴こぼれ落ちた。
 其処に居たのは、紛れもなく君だった。
「……私も、君が大好きだよ。定くん」
 きっと、最初に会ったその時から。
 あの日の君が、余りにも眩しく笑っていたから。
 ――唇を重ねる。
 触れるだけ。それでも、確かな熱を帯びていく。
 その刹那に、なじみから何かが飛び出した。分離した猫の気配を逃すまいと定は手にしていたピアスにその光を集めた。
 何かが毀れ落ちていく。その感覚にさあと血の気が引いてく。膝を付く。記憶が混濁する。影が定を覆い尽くし、全て奪われていく。
「ジョーくん!」
 アーリアの呼ぶ声が響いた。深美の引き攣った声が聞こえる。秋奈は「深美ちゃんよぉ!」と勢い良くその名を呼んだ。
「深美ちゃんよ……、子供がやんちゃしたら心配したげて、無事に帰ってきたらお帰りなさいっていうのが母親だろ!」
 ヒュ――と息を呑む。母が、娘に向けた畏怖は。恐怖は。嫌悪は。『この都市では当たり前のことだった』。
 けれど。
「なじなじ、先輩も待ってるんだぜ! これ、音呂木の鈴! これだって持ってけよ!
 帰って来いって願掛けみたいな? 猫に鈴ってあながちまちがいではないな!
 なじなじが居なくなるとなー! 居なくなるとなー! あのスパルタテスト勉強を私ちゃん一人でやることになるじゃんよー! だからさぁ!」
 秋奈が叫ぶ。定の記憶だけで足りないなら、アーリアは何だって持って行けと声を張り上げた。
「だって、ジョーくんも、なじみちゃんも、私の可愛い生徒なの。
 センセ、って呼んでくれる子達がどれだけ愛おしくて、嬉しくて、大事かなんてわからないでしょう?
 だから、私がなじみちゃんだけじゃなく、猫鬼ちゃんにも『これからの生き方』を教えてあげる先生になる」
 誰もが猫鬼を『個』としてみている。本来の在り方を忘れたからこそ真性怪異に――神に至ろうとしたように見せかける猫鬼。
 夢華の笑みが深くなる。
 本当は、とっくに気付いて居た。
(馬鹿な子ね。『なじみちゃんを呪う理由』も分からなくなっちゃったんでしょう。だからって、こうやって祓われなくったって)
 怪異は在り方も分からなくなれば、何れは只の悪鬼となるか。
「ダチの男気に報いるのに支払って困るもんがあるわけないやん? ……もってけ」
 カフカがひらひらと手を振れば、アーリアが「じゃあ、カフカくん分も併せて決めたわよぉ!」と両手を振り上げた。
「手始めに、晴陽ちゃんと天川さんとジョーなじカフカじろうくん組……?と、夏の最高の生き方――ビアガーデンでも教えちゃう!」
 笑うアーリアになじみが頷いた。走り、影を抱き締めるように掴む。
「君は、ずっと私と一緒に居てくれたよね」
 小さな影の猫。なじみは小さな声音で囁いた。

 ――宝物を、あげるよ。半分こだ。

 影がなじみを頭から食らい付いた。引き攣った声を上げたアーリアの腕を掴んでカフカが息を呑む。
 それは徐々になじみの体から滑り落ち、一つ『約束』となったピアスの中へと収まった。
 ピアスが砂浜に埋もれるように落ちていく。
 膝を付いた定はそれを握り込んでから、ゆっくりと顔を上げた。
「……あ――」
 何もかもを、忘れてしまっても。
 屹度、君を好きになる。
 ゆっくりと顔を上げた定の前に立っていたなじみは、泣き出しそうな顔をして定を抱き締めた。
「君は、馬鹿だなあ」


 しんと静まり返った空間で天川はがりがりと頭を掻いた。
「……何から話すかな……」
 晴陽の表情を盗み見るが、それが恋する乙女のような艶やかさもなければ、憤怒でもない。天川はその意味合いが分かる。
(……困ってるな)
 どういう態度であるべきなのかを悩んでいる彼女に思わず笑みを零した。嗚呼、全く――彼女は出会った頃から変わらない。不器用で、自分の事なんてどうでも良いような困った人である。
「……まずさっき言ったのは事実だ。一人の女性として晴陽を愛してる」
「あ、愛」
 晴陽の声音が上擦った。拒絶でもない。先程までの困惑でもない。天川は「ああ」と頷いてから小さく息を吐く。
 天川自身も不器用な大人であることは確かだ。彼女を気遣って接してきたが、一度出てしまった言葉は仕方が無い。向き合う必要があるのだから。
「最初はな、ただの共感だった。自分と似た人だなってな。
 仕事を一緒にし始め、話すのが楽しくなり、義弟に似た息苦しい生き方をしている君を放っておけなくなった。
 だが努力し研鑽し、己の意思で家に身を捧げる生き方を否定することもできなかった。
 だからあるがままの君を支えてやりたい、そう思った……後は転がり落ちるようにってやつだ」
「あの……いや、ええと……あの……私は、義弟さんと、鉄心さんと良く似ているから気遣って頂いているのかと、思って居ました。
 いえ、それも言い訳かもしれません。本当は気付いては居たんです。気付いて……は、はい……」
 珍しく歯切れが悪く頭を悩ませるように言う彼女に天川は目を丸くした。『気付いて居ても気付かないふりをしていた』彼女がそう白状したのだ。
 何方も不器用が極まっているからこそ、向き合う為に一つずつ紐解かねばならないか。
「頑固な所も、分かり辛いがころころ変わる表情も、意外に抜けている所も、ブサカワキャラが好きな所も何もかも愛おしい。
 何よりその生き方が美しいと思う。……ただ、困らせるつもりはない。怖いなら答えを出さなくてもいい。晴陽の望む関係で構わない」
「そ、それは――」
「もう救われてるんだ。これ以上望めば罰が当っちまう」
 天川は困ったように笑って見せた。己は復讐者だ。元の世界では事情が勘案されたとしても大量殺人犯である事には変わりない。
 そうして罪を犯したことを後悔などしていない。寧ろ、ざまあみやがれと笑ってやりたいほどだった。
「……私は、貴方が向けて下さる感情が分からなくなります。愛おしいと、大切だと、心配だと口にするのに、自身はそれで満足だと」
「晴陽……?」
 天川は俯いていた晴陽を見た。ゆっくりと顔を上げた彼女の眸には僅かな苛立ちが滲んでいる。
「満足をなさってしまえば私はどう答えれば良いのですか。向き合う事を考えた私の努力を無駄にしないで頂きたい」
「す、すまん」
「先回りして、困らせるつもりはないだとか、応えは出さなくて良いだとか、望む関係で構わないとか――貴方がどうなさりたいかを答えて下さい」
 その声音が鋭く飛んだのを遠巻きに眺めていた龍成は耳にしてしまった。聞くつもりなかったが聞こえてしまったのだ。
(姉ちゃん……)
 相変わらずすぎる姉の強かさに龍成が思わず困惑したのは確かだ。共に歩いていたボディが得も言われぬ表情をしたのも仕方が無い事である。
「先に申し上げておきますが、私は澄原です。弟に我が家の重責は背負わせない。私と今後の関係を求めてしまえば貴方は澄原に為らざるを得ない」
「……あ、ああ」
 龍成は「婿養子」と呟いてから頭を抱えた。流石に生真面目な姉はそうした事を前提にしっかりと話し合うタイプだ。
 性格は良く知っていた。天川自身も彼女が『前提』を話し出す時点で非常に真面目で自身の在り方に向き合っている女だったと改めて認識する。
「……嫌って等居ません。貴方の傍が心地良いのは確かです。私は恋愛という物には極端に疎いのです。
 ですから己の感情に名を付けることも難しいでしょう。……ただ、共に歩くのであれば貴方で良い。貴方が良いと思います。如何でしょうか?」
「熱烈だな」
「怒っています」
 晴陽は其処まで言い切ってから「アーリアさんの所へ行きましょう」と天川の腕を掴んだ。
「お、おい……?」
「叱って頂きましょう。臆病者め」
 そういう晴陽は何処か揶揄うように笑っていた。
「ああ、来たか」
 ベネディクトは腕をつかまれてやって来た天川を見てから肩を竦める。ボディは渋い表情をしていた龍成を眺めてから首を傾げた。
「どうかなさいましたか」
「俺さ、姉ちゃんってクソほど真面目で融通が利かないって知ってたんだけどさ……まあ、なんともいえないというか……」
 弟に家を背負わせたくはない。そんなこと、目の前で言われればどうしてやればいいのか。
「龍成」
 嬉しそうな顔(当社比)をした晴陽を見てから龍成は重いため息を吐出した。その様子を見詰めているリュティスはすたすたと晴陽へと近寄る。
「人を愛するというのはどのような気持ちなのでしょう。晴陽様は分かりますか?」
「……突然、どうなさいましたか」
 驚いた様子の晴陽にリュティスは肩を竦めた。後方で談笑しているベネディクトを見てから、こっそりと問うてみたかったのだ。
「私はただ自覚がないだけなのか、そういう感情がわからないだけなのかどちらなのでしょうね。
 いつまでもお待たせするのは申し訳ないと感じるのですが、優しい御主人様に甘えてしまっていますね。従者失格かもしれません……」
 従者失格という言葉でリュティスが誰を指しているのかを理解して晴陽は小さく頷いた。
「私もよく分かって居ません。ですが、いつか分かるときが来るのかなと思っています。
 ……ただ、待って下さることを心地良いと感じれば、それがそうなのではないかとも――思うのですが」
 非常に不服そうな晴陽を見てからリュティスは首を傾げた。

 ざあ――と海の音がする。定となじみの二人きり。
 なじみはゆっくりと定の背中に両手を突いた。そのまま、額を背に擦りつける。
「……忘れちゃった?」
 か細く、怯えたかのような声音だった。
「どうかな。……そっくりそのまま、覚えて居るのか自信も無いさ。けどさ、覚えてることがあって」
「……なあに?」
 なじみがゆるゆると顔を上げた。定はゆっくりと振り返る。緑色の瞳が、不安げに見上げている。今だけ、猫の耳はない。尾も存在しない。
 普通の女の子だ。ただ、それも期間限定だ。
 猫鬼が『腹を空かせれば』彼女には耳と尾が生えてくる。
 その個を保つために彼女に憑いている猫はなじみを勝手に喰らう事はない。共存だ。依代となったピアスを連れて何処へだって連れていけば猫も思い出を重ねてくれる。足元に顕現した紫色の猫はするりと駆け抜けて、汰磨羈の元へと走って行った。
 まるでやってられないとでも言うかのようだ。
 定はまっすぐに彼女を見詰める。重ねて思い出は朧気で、『約束』だけは確かに覚えて居る。
 ――言ったじゃないか。忘れてもまた必ず、君を好きになる。
 それでも。
 ハッキリと覚えて居るたった一つのこと。

「――僕さ、君とキスをした」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)[重傷]
陰陽式
シラス(p3p004421)[重傷]
超える者
サクラ(p3p005004)[重傷]
聖奠聖騎士
越智内 定(p3p009033)[重傷]
約束

あとがき

 お疲れ様でした。
 思い出を、これからも積み重ねて行けますように。

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