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シナリオ詳細

<仏魔殿領域・常世穢国>一霊四魂・鎮魂荒魂

完了

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●一霊四魂・鎮魂荒魂
 ずっと旅に出ていた。
 ずっとずっと旅に出ていた。
 どこまで進んできたのだろう。どこまで歩んできたのだろう。
 もう忘れる程に――進んできてしまった。
「ふふ」
 零れた笑みは、如何なる感情を含んだモノだったろうか。
 分からない。分からない――偲雪はもう何も分からない。
 だけれども嬉しい心が溢れてくる。
 なんだか『吹っ切れた』様な気分なのだ。
 ああ――これはプラックのおかげなのかな?
「ねぇねぇ雲上。ディリヒは?」
「……ディヒリは外だ。どうも、多くの闘争の気配を前に『やる気』らしい」
 『正眼帝』と『常帝』が言を交わせている。
 此処は本丸。常世穢国の中枢であり――
 今や狂気へと振り切れた偲雪の魂の混濁によって異界と化している地だ。
 内部は城内の様な……発見されていた納骨堂へ続く道の様な。
 そんな景色が混在している。最早距離の概念もあやふやだ。
 だが。もしも偲雪の下を目指すのならば左程苦労はせぬ事だろう。
 彼女の魂は輝いている。不自然なほどに、誰の目にも分かる程に――輝いている。
「そう。じゃあ皆みんなミンナ仲良くなろうね。ね、ね。瑠々ちゃん!」
「無論です、我が主。その歩みを見据えさせて頂きたい。この身、どこまでも共に」
 眩い光。かの光を浴びてもしかし――動ぜぬのは百合草 瑠々(p3p010340)である。
 彼女は、狂気に身を委ねる事を選んだ者。ならばその光は彼女にとっての祝福でしかない。
 瑠々の思考には『かつての友』らの顔が――思い浮かぶだろうか?
 ……あぁ。だけど、なんであろうと構わない。
(主よ。プラックも星穹も離れようと……私だけは)
 彼女だけは決めているのだから。主とどこまでも共にと――
「フッ。数奇な者だ……まぁ好きにするがいい。私も似たようなモノだ。止める筋合いもない」
「――雲上殿」
 そして瑠々へと言を紡いだのは『常帝』雲上だ。
 彼もまた古き帝の一人。偲雪の夢の光に夢を見た者。
 この世を平穏たる笑顔に包まんとする夢に魅せられた者。
 ……故に彼も往くだろう。
 偲雪の願いを叶える尖兵として。ああ――
「死神、か。彼らはまた来てくれるだろうか」
 雲上は思考を巡らせる。己と幾つか関わってくれた神使達の顔を思い浮かべながら……
 それでも偲雪の願いに付き従うと決めた雲上に、迷いはない。
 来るならば打ち倒す。狂気に呑まれてではなく、自分の意志として。

 ……過去とは、ある瞬間の連続だ。
 完成された芸術品。人によりそれが満足か不満足かはあるだろうが。
 決して変えようのない、色褪せないモノ。
 だからこそ過去は時に、麻薬より依存度が高い。

 過去は幽霊ではない。過去それそのものは妄執ではない。
 幽霊がいるとしたら。後ろ髪を引く様な者がいると感じるのであれば。
 それは、過去に取りつく者の事だ。

●戦場之壱
 干戈帝ディリヒにとって正眼帝に付き従うのは恩と義理が故であった。
 かつて闘争を楽しみ、帝として想いの儘に振るい――
 故に邪悪なる者として追い落とされた。
 死間際の彼を救ったのが偲雪だ。
 森に迷い込んだ彼を治癒し、その命を長らえさせたのである。

「その果てが、いよいよか――どうせいつかはと思っていたが」

 口端に笑みの色が灯る。
 周囲。常世穢国を守らんとする守人……いわば武者の亡霊達は、根源たる偲雪の狂気の加速に伴って、彼らもまた暴走している。今や目につく者全てを屠り、彼女の配下に直に加えんと動いているのだ――
 然らば。偲雪の協力者でこそあれ、直接支配下にある訳ではないディリヒに襲い掛かる者もいる。彼らにとっては生者であれば須らく敵であるのだ。右を向いても左を向いても全てが戦場。
「あは、は。は。干戈帝、如何なさいます、か?」
「問うな。これぞ死地。これぞ望んだモノであろう。
 ――撃滅せよ。これより至るイレギュラーズも、襲撃者も。全て全て」
「御意」
 であればこそ。ディリヒに古くより付き従う柳・征堂もまた、暴れ回るものだ。
 彼はディリヒに忠誠を誓う者。偲雪がどうなれ知った事ではない――
 干戈の帝が闘争を望むなら、その果てへと付き従うのみ。
 ……然らば、斯様な最中の中に潜む影があった。
「やれやれ。拙者が仕留めたかったというのにな。これでは近付く事すら儘ならん。
 いっそこれは退くが吉か――? 全く。希紗良め、余計な事をしてくれた」
 それは月原清之介なる人物だ。彼は神使らの動きに紛れ偲雪を虎視眈々と狙っていた……魔種の一体である。しかしいざや近付かんとすれば先述の柳・征堂や、知古である希紗良の接触により望み果たす前に――常世穢国の状況が目まぐるしく変動した。
 狂気の渦。如何に魔種たる力を宿していても、この戦域を突破し偲雪の首を断つのは容易ではなくなったのだ。
 ならば退くのが賢明なのだろうが……されど彼の持つ刀。紅葉切が求めている。
 女の血肉を。故に偲雪を狙い続けていたのだ――
 帝の血など滅多に摂取出来ぬ珍しき血であろうから。
 故に悩む。手ぶらで消え失せるなど、そも趣味に非ずんば。
「最悪、血肉は誰か適当な者で済ます手もある、が。
 ――まぁいい。其方はどうする? 依然として狙うか?」
「無論だ。あの女、殺せずしてこの猛り収まるものか。だが……」
 同時。清之介の視線の先にいたのは、天狗面を宿す者。
 その者は瀬威・迦楼羅。彼もまた憤怒の激情を秘める魔種である。
 清之介とは偲雪を滅す狙いが同じであり協力していた。
 が、憤怒に染まっているが故か、彼の瞳にはただただ怒りの感情しかない。
 故に狙う。偲雪を。殺すまで――止まらぬと――だが。

『――お前が兄貴だって言うなら、思いも力も、全力で受け止めてやらァ!!』

 一つの言葉が脳裏から離れぬ。カイト・シャルラハ(p3p000684)の言の葉が。
 面倒であったが故にカイトとの戦闘は途中で切り上げ、離脱したのだが。
 しかし。時間を帯びれば帯びる程に気に掛かる。
 あの言葉は真実だとでもいうのか?
 あの汚れなき瞳の持ち主が己の弟だとでもいうのか?
 ――ならば、許せん。
 真ならばふざけるな。なんだその瞳は。なんだその翼は。
 壊す。殺す。壊す。滅す。ああ、激情が猛り狂う!!
「偲雪よりも前に、果たさねばならぬ用事が出来たかもしれん」
「そうか。では、其方も大望を叶えられることを願っている――」
「……大望と言う程ではないがな」
 直後、彼らもまた動き出す。
 混迷とする戦場の中で、我欲が入り乱れるのだ。
 誰も彼も殺したい者がいる。殺意の戦場が、常世穢国の市街地に溢れている。


 ――常世穢国は綻んでいる。
 一人の帝の死から始まった世界は広がりを見せんとして、されど阻まれた。
 神使達の干渉によって、だ。一時はかの帝に賛同する者も現れたものの……しかし今や常世穢国は滅びの果てに赴かんとしている。
 それは何よりもプラック・クラーケンの起こした奇跡が大きかっただろう。
 彼は身命を賭して……正に中核。偲雪の正気を繰り抜いたのだ。
 ……が。だからこそ正気の面を失った魔種としての偲雪は遂に振り切れる。
 言うなれば常世穢国に残っている今の彼女は怨霊の化身。
 ただただ自らの夢に向かって邁進するだけの存在だ――魔種である時点で元より斯様な面は存在していたが、しかし神使と対話をする意志はあった。対話が通じていたかはともあれ、そういった形は取っていた。問答無用で洗脳の類をしてこようとはしなかったのだ。
 其れが失せた。最早彼女は目に入る者を片っ端から己が『幸せ』の中にいれんとする。
 だって幸せなら良いよね? 不満なんてないよね?
 皆みんな一緒に笑顔でいようよ――

「例えその想いが心の根底から溢れたものだとしても。
 その強制は――決してあってはならないものなのです」
「……うん。だけど、あそこにいる『私』は、もう前に進むしかないんだろうね」
「瑞さん、偲雪さん……これが最後、なんだよね」

 だが、その想い……否、妄執を黄泉津瑞神は断じよう。
 『あってはならぬ』と。愛しき民達の魂を縛る事など……然らば傍には『正気』たる偲雪に、シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の姿もあろうか。かの地に瑞神も赴くならば、シキもまた共に。最後まで偲雪さんと豊穣のために戦うと心に定めてもいるのだ――
 そしてシキの隣にいる偲雪は、先述の通りプラックによる奇跡の産物だ。
 狂気より解放された『正気』の状態。命を賭して抽出した存在――
 だがそれはあくまで一時的な存在にすぎぬ。
 偲雪という存在が魔種という呪いから解放された訳ではないのだ。あくまでも魔種としての力を宿す、言うなれば『本体』は――未だ本丸に座す方であればこそ。彼女という意識が別たれ存在しているのは刹那の瞬きであろう。
 もしも本体が潰えれば此処にいる正気の彼女も潰える。
 それが摂理だ。未だかつて魔種から真の意味で解放された者はいないのだから。
 ――だがそれでも、本来あり得ない出来事を彼は成したのだ。
 プラックの命が無くば此処に偲雪はいない。
「プラックめの尽力に報いる為にも……ここ大一番。正念場でしょうな」
「完全なる狂気のみとなった偲雪の方は、討たないとねぇ」
 故に、と言うは玄武だ。その身は若き姿の現身であり口調も些か異なっている。それは瑞神という己よりも上の存在がいる故もあるのだろうが……ともあれ。彼からの依頼で始まった常世穢国への干渉は――遂にその終焉を目的とするまでに至った。
 であればとあの狂気の塊を仕留めるべきだと武器商人(p3p001107)は紡ぐ。
 故。大精霊たる者らは神使へと加護を齎そう。
 瑞神は豊穣を慈しむ者として、狂気の精神干渉を跳ね除ける力を。
 玄武は豊穣の一角を守護する者として、皆に防の加護を。
 そして偲雪もまた――常世穢国を治めていた者として。常世穢国を討つ力を。
「……偲雪さま。この加護、いいの?」
「いいんだよ、イーハトーヴ。きっとこれが正しいんだ」
 ならばと。イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は偲雪を見据えながら思考を巡らせようか。
 正気も狂気も。どちらも同じ魂の偲雪であるならば。常世穢国の行く末を――ちゃんと見届けるのだと彼は想う。どこまでも、どこまでも。友達の為に……
「城の中枢――間違いありません。偲雪様が、呼んでいます」
「――星穹」
 続け様、城を見据えるのは……星穹(p3p008330)にヴェルグリーズ(p3p008566)だ。
 脳裏のどこぞに響く感覚が聞こえる。
 いる。間違いなく。いる。ずっとずっと待っている。
 ――連れて行かないでと声が聞こえたのだから。
「常世穢国の領域が暴走してまさぁ。守人達からは笑顔も消えて。ただただ生者を狙っているみたいな……なりふり構わない様になったら外に出るのも時間の問題。なら此処で食い止めるとしやしょうかね――慧」
「お師匠。ええ、行きましょうっす。過ちの夢は、外に出すべきではないんすから」
 然らば八重 慧(p3p008813)は師匠たる栴檀(せんだん)と共に歩み始めようか。
 大きな戦闘が予想されるだろう、が。幸いにして偲雪の精神支配に囚われ行方不明となっていた生者は――
「俺達が沢山助けたからなーもう気にしなくて大丈夫だと思うぜ!」
「巴さんも頑張ってし、ね! 花丸ちゃん達も、あともう一歩……行こうか!」
 そう。笹木 花丸(p3p008689)や巴らの活動によって既に救助されている。故に巻き込まれる一般人……などと言う存在に関してはもう気にしなくて良いだろう。故に。
「後はこの怨霊に塗れた地を確かに浄化するだけ――と言う訳だね」
「やれやれ。ようやく『あの人』に良い報告が出来そうだ。まぁ、まだ気を抜くには早そうだが……」
「今回も最初からやる気で頼むぞ? 玄武も言っていたが、大一番なのだからな」
「分かっているさ。しかし――」
「んっ?」
「なんだかね、里の者が後で援護に来るっていう話もあるんだよなぁ……璆鏘ならともかく、まさか『あの人』が来たりするだろうか……」
 藤原 導満や弥鹿も言を紡ぐものだ。
 そんな弥鹿の言を仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は聞けば、何故か胸がざわつく。
 そも、奴の戦い方を幾度か見る度に……どこかで汰磨羈の記憶が反応するのだ。
 なんだろうかこの感覚は。もしや己の知る者が関わっているとでも……
「アッシュ殿。紅葉切を取り戻す為……お力をお借りしたく思えば」
「ああ――清之介だね。あの力、中々以上だが……隙は必ずある筈だ」
 と、その時。常世穢国にいるであろう存在に対して神妙な面持ちなのは希紗良(p3p008628)だ。隣には知古であるシガー・アッシュグレイ(p3p008560)もいようか……
 彼女が口にしたのは因縁ある清之介に対して。
 ――彼が持つ刀を取り戻さんと、意思を固めているのだ。
 無論。あの腕前、そうそう容易く取り戻せるとは限るまい……
 むしろこちらを切り裂かんとしてくる事だろう。
 だが。この常世穢国の状況であれば、一対一で相対する訳ではない。
 清之介にも必ず隙は出来る筈だ。実際、前回は征堂の介入もあったのだから。
「空さん――また行くのね、ディリヒの所に。死んじゃうかもしれないのに」
「よぉ、タイムか。お前はどうも戦いにそこまで興じるヤツじゃねぇな……
 いい意味で『マトモ』なんだろうが――俺は『そう』じゃねぇんでな。
 こればっかりは誰に何を言われようがやめられねぇ業ってヤツよ」
 続け様にタイム(p3p007854)と空が言の葉を交わす。
 空……ディリヒと些かの因縁があり、幾度も刃を交え続けてきたが、それも最後だと。空は決着を付けるつもりだ――正に命を賭してディリヒへと向かっていく事だろう。今までは守人なりに邪魔をされる形で中断した事もあったが、此度の状況を見るに、もう邪魔が入ると言った可能性は低そうだ。
 ただ、彼が本懐を遂げられたとしても。
 それが正しい事なのかはタイムには分からない。戦いなんて痛いし辛いし。
 人が――死ぬこともあるし。
 そしたら悲しいのに、どうして皆馬鹿ばっかりにやるんだろうか。
 ……やっぱり分からない、けれど。
 それぞれの想いがある。それぞれの意思が、此処に集う。
 ――ならば。
「今この一時だけ、私も守護者として――参りましょう」
 瑞神は至る。神威神楽の守護神たる姿として。
 神狼の姿にて――此処に至ろう。
 ……終わりを齎すのだ。
 それがきっと、一番幸福な結末だから。
 旅は終わらせる。正眼帝が目指し、誤った旅路は。

 今日と言うこの日に、全てを――

GMコメント

 大変お待たせしました。最終戦となります。
 よろしくお願いします。

●依頼達成条件
・常世絵国の終焉。
・『怨霊化身・仏魔殿』偲雪の撃破。

●フィールド
 空間がねじ曲がり、異界の様な歪さが生じている常世穢国です。
 内部は混沌としていますが、前回より神使の皆さんの行動により綻びが見えています。
 万全ではありません。今この時をおいて、この地を終焉させる時はないでしょう。
 ――攻め落としてください。

 後述する『市街地』側は、まだ以前の面影を残していますが『本丸』側は空間がねじ曲がっています。城内の様な、以前訪れた『納骨堂』の様な……それぞれが融合しているかの如き光景が広がっています。
 ただ、あくまで景色が妙であると言うだけですので、戦闘に支障はなさそうです。

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●敵戦力壱『本丸』側
●『怨霊化身・仏魔殿』偲雪
 プラックさんのPPPにより『正気』と分離した偲雪です。
 とは言え本体がどちらかと定義するならばこちらの方です。
 怨霊化身は数多の亡霊と共に行動を開始しました――その果ては、きっとこの国を乗っ取る事にあるのでしょう。まずは神使や周辺の村などを強引にでも手中に治めんとしている狙いがある様です。
 直接的な戦闘力こそ(魔種にしては)高くありませんが精神に作用する術に長けており、隙あらば洗脳せんとしてきます。強い意志を保ってください。
 また、空間に歪さが生じているからか、彼女は今本体たる遺骨箱を持っています。

●『常帝』雲上
 本名を『ウィリアム・ハーバー』と言い、古き帝の一人です。
 かつて豊穣の世をとにかく平穏である事に務めた『古き帝』です。
 偲雪の狂信に伴って、配下たる彼もその魂が狂気に堕ちつつあります。
 ですがその瞳は完全に飲まれている訳ではなく。自らの意思で立ち塞がるようです。
 守人らなどと共に偲雪の夢に尽力せんと突き進むでしょう――最期まで。

●百合草 瑠々(p3p010340)
 完全に狂気へと堕ちています。彼女は主たる偲雪を護らんと動くでしょう。
 狂気の偲雪の加護を受けているのか戦闘力に向上が見られます。
 更に彼女の一撃には精神干渉の権能が宿っている様です。
 油断すれば心が惑わされ、戦闘の心が鈍るかもしれません。

●守人×10名
 常世穢国を護らんとする住民で、武者の様な姿をしています。
 戦闘能力がある個体達です。彼らを率いている偲雪が狂気に振り切れた事によって、現在は『生者』であれば無差別に攻撃を仕掛ける様になっています。その為、攻撃力がやや上昇している様ですが、一方で命中や回避などの能力が落ちている様です。
 彼らを撃破、成仏させる事などにより偲雪の力もまた削がれていきます。

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●敵戦力_弐『市街地』側
●『干戈帝』ディリヒ
 かつて豊穣の世が大乱の時代にあった際の『古き帝』です。
 種族としては神人(旅人)であり、かなりの戦闘狂いの様子が見られ、同時に非常に強力な戦闘能力を宿しています。常世穢国の終焉と神使の大攻勢を察知し、激戦区で偲雪に対する最後の義理を果たさんとしています。前回以前のシナリオの影響により、やや負傷が見られます。

 一応『正眼帝』側ではありますが彼は『生きている者』であり偲雪の力の影響下にある訳ではありません。その為、猛り狂う様な闘争を求めており、敵も味方も自らに掛かってくる者は仕留めに掛かります。

●柳・征堂
 干戈帝に忠誠を誓う者です。彼もまた干戈帝と共にあります。
 魔種かは不明ですが、かなり狂気状態な様子が窺え、敵対者を全て屠らんと動きます。

●守人×??名
 上記、守人の解説と同上です。
 ただあちこちで戦闘しているので、ハッキリとした数は分かりません。
 彼らは今回、ディリヒや征堂も狙う個体が存在している様です。

●月原清之介
 後述する瀬威・迦楼羅と共に、己がとある欲望の為に偲雪の殺害を目論んでいた人物です。本当は神使らの接触による混乱と騒動を利用して偲雪の首を狙っていたのですが……想像以上に混迷と化してしまった為、やや身の振り方を考えているようです。
 この場より撤退するか、それとも未だ狙うか。
 少なくとも手ぶらで離れるのは良しとしていません。
 ――彼の抱く紅葉切は、女の血肉を求めているのですから。

●瀬威・迦楼羅
 憤怒の魔種にして、誰も彼もに慈悲と幸福を与えんとする偲雪に苛立ち、殺さんと目論んでいた者です。しかしカイト・シャルラハ(p3p000684)さんに何かを感じているようで、彼の事も狙っています――
 凄まじい速度より紡がれる一閃は強力です。
 自らの本懐を遂げるまで此処に留まるかは不明です。場合によっては撤退する事もあるかもしれません。

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●味方戦力
●黄泉津瑞神(p3n000198)
 豊穣郷神威神楽の守護者たる大精霊(神霊)です。黄泉津の名を冠する守護神にして『古き帝』達がいた時代は、彼らとも面識がある存在でした。前回の接触を経て、心を定めた彼女は――今回は取り戻しつつある力を用いての全霊状態です。
 皆さんと共に戦い援護します。主に後述する加護の維持を主に行うようですが、ある程度戦闘を同時に行う事も可能な様です。『本丸』側へと赴きます。

●『正眼帝』偲雪
 プラックさんのPPPにより別たれた偲雪の意志存在です。
 つまる所、狂気に思考が侵されていない偲雪です。戦闘力はありませんが、皆さんに援護の加護を与える事は出来ます。(加護の詳細は後述します)
 ただしこの状態はあくまでも一時的なものであり本体は怨霊化身の方です。
 あちらを倒せば此方の偲雪もやがて消滅――
 正しい死を迎える事でしょう。
 それだけは覆しようのない未来なのです。
 『本丸』側へと赴くようです。

●玄武(若)(p3n000194)
 豊穣の北部を守護する四神の一柱――の、分霊的存在です。
 なんでも若い時の姿らしいです。戦闘能力はほとんどなく、代わりに皆さんを援護する『霧』の力を与える事が出来ます。皆さんを支援しながら、共に事件に挑んでいきます。
 『市街地』側へと赴くようです。

●藤原 導満
 個人的な好奇心から事件の調査を行っていた人物です。
 優れた陰陽師であり、この領域はどこか懐かしさも感じているそうな。
 戦場のどちらに赴くかは、状況を見るつもりの様です。
 いずれにしても皆さんの援護をしてくれる事でしょう。

●弥鹿
 鬼人種の符術使いにして彼もまた神使の一人です。
 戦場のどちらに赴くかは状況を見るつもりの様です。
 いずれにしても皆さんの援護をしてくれる事でしょう。
 なんでも『里』の者が更に援護にも来てくれるとか……?

●空
 鬼閃党なる集団に属する一人です。干戈帝と因縁があるようで彼との戦いを望んでいます。幾度の交戦も経て、その闘争欲はますます深まるばかり。此度、決着を付けんとディリヒを殺しにかかります。
 『市街地』側に赴くようです。

●巴
 四神玄武とはまた違う、行方不明者の身内からの依頼を受けて本事件の調査を行っていた人物です。以前からのシナリオで操られていた行方不明者の救助を(半ば強制も含め)行っていた為、後は事態解決の為に助力として至っています。
 戦場のどちらに赴くかは、状況を見るつもりの様です。

●栴檀(せんだん)
 八重 慧(p3p008813)さんの関係者にして師匠たる人物です。彼も巴と同様に行方不明者の身内からの依頼を受けて本事件の調査を行っていました。優れた術士であり、事態の解決に向けて皆さんの支援をするでしょう。
 戦場のどちらに赴くかは、状況を見るつもりの様です。

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●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定、なんらかの不測の事態が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

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行動先
 行動先の選択です。もし誤った方を選択されたとしても、プレイング内容を鑑みて正しいと思われる方を(基本的にプレイング内容を)優先しますのでご安心ください。

【1】本丸
『怨霊化身・仏魔殿』偲雪の座す地です。

【2】常世穢国・市街部
『干戈帝』ディリヒを中心とし、市街地で大規模な戦闘が行われています。


特殊加護
 PCは以下の加護のいずれかを纏う事が可能です。
 どれを選んでもデメリットはありません。

【1】瑞神の加護
 瑞神の加護です。これがある場合、偲雪の精神干渉を跳ねのける可能性が高まります。この豊穣を見守る、正式な存在からの抱擁です――
 また『CT』『FB』に多少の上昇補正も齎されるようです。

【2】玄武の加護
 玄武の加護は『霧』の力です。これには神秘的な力が込められており神秘・魔術的な要素の監視から覆い隠します。物理的な視線から隠す訳ではないですが、つまり隠密性や奇襲性能が挙がります。
 また『回避』『防技』『抵抗』『反応』に上昇補正も齎されるようです。

【3】偲雪の加護
 偲雪の加護は『対・常世穢国特攻』の力です。怨霊化身の支配下にある存在に対する攻撃性能が上昇します。常世穢国への建造物に対しても同様の効果が見込めます。
 また『命中』『物攻』『神攻』『EXA』に上昇補正も齎されるようです。

  • <仏魔殿領域・常世穢国>一霊四魂・鎮魂荒魂完了
  • GM名茶零四
  • 種別長編
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月05日 22時05分
  • 参加人数40/40人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC6人)参加者一覧(40人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
セララ(p3p000273)
魔法騎士
零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
武器商人(p3p001107)
闇之雲
古木・文(p3p001262)
文具屋
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)
紫煙揺らし
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
日向寺 三毒(p3p008777)
まなうらの黄
八重 慧(p3p008813)
歪角ノ夜叉
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
ルブラット・メルクライン(p3p009557)
61分目の針
ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)
陽気な骸骨兵
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
百合草 源之丞 忠継(p3p010950)
その生を実感している限り、人なのだ

リプレイ


 空が乱れている。地が変質している。
 全てが異様と化す場にて――しかし。
 皆が進むのだ、城へと。皆が進むのだ決着の場へと。
 故、なら、ば。
「ほほう……此処が常世穢国か!
 おお、強そうな者がウジャウジャ居るな!
 右を見ても左を見ても闘争の気配ばかり――これぞ正に地獄の狭間か!」
 『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)は笑っていた。否、別に闘争狂いが故ではない。ただ、己が『成すべき事』が眼前にあるが故に零れ出でた率直な感情だっただけだ。
 ――思い入れが強い者が其の相手に出逢える様に。
 これがきっと最後にして最期であるなら、ば。
「……果たさせてやるのが務めであろうの。
 よぅし! さぁ皆よ行け! 此処は我らが抑えるでの――!!」
「皆様どうか先へ。ここはわしらにお任せください……万事須らく押し留めてみせましょう」
 彼女は飛翔する。周囲を俯瞰する視点と共に、状況を把握しながら。
 どこへ赴くべきか――判断していくのだ。
 さすれば『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)もまた狂いし敵らへと相対しよう。
 この果てには先の帝がいるという。かの存在に弓を引くは本意ではない――
 例え崩御された身であろうとも帝は帝であるのだから。
 されど事ここに至っては仕方なき事。
 今代の世を護るが為。陛下の為、恩義ある刑部卿と宮様の為。
 支佐手の瞳に迷いの意思はないのだ。
 ――穿つ。守人らを此方へと寄せ付けるべく。
 可能な限り多くの敵らの注意を引くのだ。
『ぬぅぅぅ、正眼帝のお膝元で、なんと不遜なッ!』
「すみませんが、一歩たりとも通すわけにはいきません。
 通るんでありゃ、その首、置いて行ってもらいます。
 川渡りの三銭は不要でありましょう? 既に死して朽ちた身であれば」
 道を切り開くために彼は火明の剣を振るおう。
 ソレは雷神の一種である蛇神を召喚する巫術。あぁご照覧あれ天なりし神よ。
 ――その切っ先より出でる蛇の化身が雷嵐を生じさせ敵を呑もう。まるでとぐろ巻く様に守人らを包み込みて、彼らの身を蝕み喰らうのだ。雷の傷跡が全身に迸れば、それは雷神の通った跡。さぁ知れ、今代の力を――
「ふふふ。いーっぱい。いーーーっぱいいるんだね。此処には『お友達』になりそうな子が」
 次いで『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)も市街地方面へと至ろうか。彼女は妖しげな微笑みを守人らへと見せつつ、跳躍する。建物は擦り抜け、超速の儘に戦場を駆け巡ろうか。
 そして狙うのは守人ら。誘うかの如き声にて彼らの思念を乱そう。
 ――全ては彼らと『お友達』になる為に。
 死霊術士としてマリカは守人らを上書きできないかと試みるのだ。大鎌携え切り裂こうか。さぁさぁ『お友達』になろ? 偲雪? そんな子しーらない♪ 皆で一緒にパーティの方が楽しいよ♪
 あちらこちらでマリカは散発的に守人へと襲い掛かろう。
 分かり合うために。偲雪とは異なる思想を――抱きながら。
「うわーあっちもこっちも暴走してる守人で一杯だね……巴さんはどうする?」
「んーこりゃ仕方ないから援護に徹しとくよ! 加護は貰ってるからやれる事はあるわな!」
「そっか、じゃあ武運を祈るよ!」
「あぁそっちもな!」
 次いで『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は巴に声を掛けながら戦場へと出でようか。
 此処まで来たのなら最後まで全力を尽くすのみだと――
 まずは周辺を警戒しつつ守人が飛び出して来れば注意を引き付けつつ拳でなぎ倒す。
 ……だが目標は守人そのものではない。
 恐らくこの激戦区のどこかにいるであろう――ディリヒその人だ。

「やはり来たかイレギュラーズよ。そうでなくてはなッ!!」

 と、思考した正にその時だ。戦場に瞬くかの如き大笑いが聞こえた――
 干戈帝ディリヒだ。彼だけは歓喜している、周囲何処を見ても戦場たる惨事を。
 殺す。壊す。死と死の狭間で舞い踊るが彼にとっての至福。
 あぁであるならば歓迎しよう。闘争に至りしイレギュラーズ達よ――!
「早速出たか……ここ大一番の場だ。遅かれ早かれだとは思っていたが、な。
 ――しかし今宵は此方も雌雄を決しに来たのだ。その意を知ってもらおうか」
 然らば真っ先に先陣を切ったのは『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)である。
 奴への最短経路を切り拓く。何物にも邪魔はさせまいと、彼女は往こうか。
 己が限界へと導く加護と共に。あぁ一切の手抜きはすまいよ! それに――
「待たせたな、ディリヒ。さぁ、最後の死合いといこうじゃないか!
 だが……この加護は、偲雪の決意そのものだ。
 彼女と意志を紡いだ身を、生半可な事で止められると思うなよ!」 
「偲雪――そうか。なんぞやの気配は感じていたが、誰ぞが奇跡を成したか。
 面白い! やはり可能性を切り拓く者だ、お前達は!
 故にこそ死力を尽くす意味がある!」
 たった一人の神使が紡いだ奇跡の結果も、その身に纏っているのだから。
 偲雪の加護。正気なりし彼女から受け取ったソレをもってして汰磨羈は踏み込む。
 邪魔なりし守人になど構っていられるものか。飛翔せし経路をもってして彼女は拙速即斬。正面、側面、背面……三次元の跳躍連撃はディリヒの防を崩さんと追い立てるッ――!
「まったく……地図を折角作ったのだがな。此処まで混沌とすると、また作り直しが必要か? 基礎は同じようだが――ま、嘆いていても仕方ない」
 が、当然というべきか挑むのは汰磨羈のみに非ず。
 やれるだけの事をやろう、と。更に続くのは『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)だ。記録は嘘ではない。確かに此処にあった、ラダも知覚しえた真実の一端だ。彼女自身はこの都を好まなかったが、しかし。ソレを求める者は――確かにいたのだと。
 想い馳せながら銃撃一つ。狙い定めるのはディリヒ、の周囲で戦う守人らだ。
 彼女は優れし三感を張り巡らせつつ――敵らの位置を把握せんとする。
 狂っている者達だ。干戈帝か、神使か……どちらを優先して狙うかは分からぬ、が。
「――ま。どちらにせよ敵であるに違いはないだろう。
 成仏するといい。道に迷ってしまったのなら、送り届けるぐらいの慈悲はくれてやる。
 生憎、火薬の香りと煙しか導にしてやれるのはないが――そこは勘弁してくれよ?」
 ラダは銃撃を続ける。引き金絞り上げ一体、二体と。
 たしか本来この国で死者に添えるのは……線香と言うのだったか? 煙たい代物は代用品しかない、が。どこかの国か異世界では、葬儀の際に爆竹を鳴らすとも聞く。あぁならば異国交流だと考えてくれ。送り届ける真心だけは本物であるから。
 無論、守人らを中心に狙うとは言ってもディリヒも狙えるなら狙おう。雨の如く、いや砂漠の砂嵐の如く激しく連射する銃撃は誰も彼をも穿ちて道を切り拓かんとする――そして。
「――よぉ。今日と言う今日こそ終わりだな?」
「来たな、若者よ。お前も待ちわびたぞ!」
 その渦中を斬り進む者がいた。空だ。
 ディリヒと幾度も死線を切り結んだ者。最早状況は極限に達しており、次は無い事を理解しているが故か――互いの攻め気はかつてない程に高まっている。空は特に……鬼閃党なる強者の一団に属す者でもあるが為か、負けられぬとする気概に溢れている。
 剣撃一閃。ディリヒが受け止め、返す一撃を空へと。
 されど潜りて躱してより深く、より踏み込んだ剣撃を空は振り放とうか。
 殺す。壊す。殺す――ッ!
 互いの闘志と殺意が膨らみ続ける――その、刹那。

「ちょっと――空さん、待ってよ!!」

 声が響いた。ソレは『この手を貴女に』タイム(p3p007854)の一声。
 ――一緒に戦う気になってくれたのに。どうして突き放そうとするの?
「折角仲良くなれたんだから、最後まで手を取り合いましょうよ!」
「ったく! お前はマトモ側だろーが! 俺らみたいな側に来るんじゃねーよ!
 こいつをぶちのめせれば神使の利になるのは間違いねーんだ。放っとけ!」
「そーはいかないわ。どうしても止まれないっていうなら……
 『マトモ』なわたしがちゃ~んと一緒に付いてあげるから。
 一人で突っ走って、一人で死ぬような目に満足して――だなんて、させてあげない」
 放っておけないのだ。微かだったとしても、共に歩を並べて戦った仲ならば。
 ――だからタイムも付いていく。彼を、三途の川辺で遊ばせない為に。
 自らに守りの術を施して万全にしておこう。
 死なせたい為には、まず自分が死なないようにしなくちゃ……!
「さ、こっちよ! 今度はどちらかが死ぬまで、思う存分戦いましょう?
 ――貴方の望みに沿ってあげれるかは分からないけどね!」
「ふははははッ! 最近のイレギュラーズは実に勇猛たる娘が多いものだな!」
「脳筋みたいに言わないでくれる~!? もう!!」
 そして彼女はディリヒの注意を引かんと飛び込むものだ。防御を固めた彼女は早々容易く崩せるような者ではない……が。しかしディリヒの武勇も優れしもの。いや直接的な戦闘能力に関して言えば魔種の偲雪よりも上であるとも目される程なのだ。
 ディリヒの振るう円の刀がタイムの首筋を抉らんとする。
 さすれば咄嗟に飛び跳ね、薄皮一枚で留めようか。あぁ――全く。
「戦いなんてやっぱり碌なものじゃないわよね……!」
「おいおい無茶すんなよ……死ぬぞ!」
「ふふ。そうよね――その気持ちがあるから、私は此処にいるのよ空さん」
 然らばディリヒへと攻勢仕掛ける空が言を飛ばそうか。
 ――少しは分かった? わたしの気持ち。
 なんとなし空の攻め気がやや鈍った様な気もしようか。と、その時。
「己が儘に暴を振るう、か。戦士と言えば聞こえはいいが……
 嵐の様なお前を自由にする訳にはいかないんだ。
 ――ここで決着を付けさせてもらおうか!」
「むっ……!」
 更に介入してきたのは『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)である。玄武の加護を宿す彼らの気配は、極限まで希薄へと至っていた。隠密にだけ専念すれば誰が見つける事叶おうか――そうして狙っていたのはディリヒへの一撃である。
 乱戦の最中、眼前に意識を集中する一瞬を狙って錬は跳んだ。
 直上より五行相克の循環を象った斧を形成。叩き込む一撃は重く鋭いッ。更に――
「あぁ此処で、終わらせねーとな。しかしまぁ……生憎と、正々堂々じゃなくて悪いなァ。
 だが、戦いってのはいつ何時も真正面からだけ、なんてこったねーだろ?」
 『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)もまた襲来しようか。彼女も同様に玄武の加護を魂に宿しながら――往くものだ。闇に紛れる様に。闇に蕩ける様にしながら……ディリヒの意識の狭間を狙う。
 紡ぐ一撃は彼女の全霊。右半身の術式の制限を解除して穿つ直死の一撃――
 あぁ。奇襲してなんだが、此方の方が闇夜を生きる化物らしいだろ?
「勝たせてもらうぜ? 玄武のじーさんの――頼みもあるんでなァ!」
「最後の大乱だ。偲雪に義理堅いのも結構だがここで全てを終わらせるぞ!
 勝利するのは此方だがな……! 砕けろ、過去の帝よッ!」
「よろしい。私も大一番の場で逃走など本意ではない――あぁ最後まで死合おうか!」
 だが、幾つもの襲撃を受けながらもディリヒの笑みは揺らがない。
 いやむしろより猛々しくその魂は荒れ狂うかの如くだ――
 レイチェルの放つ堕天の輝きを、錬の創造する式符の一端を真正面から受け止め。
 しかし倒れずに返しの一撃を彼らへと――打ち込む。
 血の匂いが彼を昂らせる。死の気配が彼を至高へ導く。あぁ……
「変わりませんね、貴方は。恐らく永劫の果てに至ろうと、そうなのでしょうね」
「おお――貴様か。待ち詫びたぞ!」
 直後。踏み込んだ新たな影が其処にあった。
 『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)だ。異様な地へとなりつつある常世穢国とはいえ、以前の面影あらば彼女の歩みに淀みはない。狂い襲い掛かってくる守人らを排しつつ、彼女は遂に此処へ至ったのだ。
 ――干戈帝ディリヒの下へと。
「例え横槍が入ろうと、この場を終わりとしましょう。
 共に死力を尽くして――雪村沙月、推して参ります」
「宜しい、来るがいい。我が身は今ぞ帝ではなく……
 只一人のディリヒ・フォン・ゲルストラーとして、お前達に相対してみせよう!!」
 幾筋もの閃光が交差する。
 それは剣撃。それは掌打。それは命の輝き。
 ディリヒはその光にこそ歓喜する――どこまでもどこまでも美しいと。
 故に戦う。故に死合う。彼はどこまでも己に正直だ。
 だがその一時も永遠ではない。如何にディリヒが永き闘争の経験もあり個人として優れていようが、相対しているのも多くの戦いを乗り越えてきた……一流に等しい神使達だ。
 次第にその身の傷が増えていく――特に沙月や汰磨羈、錬といった者達はディリヒとの以前の戦闘から彼の戦い方を知っているのだ。ディリヒの撃を見切り、逆に一撃叩き込む事も十二分に可能である。
「――干戈帝ッ!」
「おっと……横槍をさせる訳には参りませんぞ!
 このスケさん、身命賭して参りましょう! 邪魔はさせませぬ!」
 然らば。ディリヒの僅かなる配下である――柳・征堂が往くものだ。
 主を護らんと。暴風の如く駆けつけんとし……されど『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)が介入する。誰の道を阻ませはしませぬ、と。
 そも、多少の縁でも縁は縁。この“夢”の結末を見届けたく参じたのだ――
 だが傍観者であるつもりはない。
 死闘を望む干戈帝への道を骨の身で支えてみせよう。故に――ッ!
「無粋は承知の上。それでも――成させてもらいますぞ!
 干戈帝と皆さまの死合のため、どうぞお付き合いくだされ!」
「邪魔だッ、骨など犬に食われてろッ!!」
 戦いの加護を身に纏いしヴェルミリオは征堂を抑えんとする。
 暴風の如く襲い掛かってくる征堂の攻勢は凄まじいものだ――
 しかし敗れぬ。勝つのではなく、負けぬ事を重視するのであれば幾らでもやり様はある……! 防を中心とした動きをヴェルミリオは展開し、攻勢に転じるは隙ありし刹那にだけ留めようか。さすれば……
「征堂だ――ありがたい事にヴェルミリオ君が止めてくれてるみたいだね。
 ……今までの経験からして、征堂は清之介を狙っている筈だ。つまり……」
「――いるのでありますな。恐らく、この近くに」
 その激戦を感じ取り『紫煙揺らし』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)と『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)は素早く視線を巡らせよう。二人は守人らの排除を行いつつ……しかし目的は常世穢国そのものでは、ない。
「これが常世絵国に於ける最後の戦い。
 ……ではありますが、キサは、キサの戦いに参るであります。
 キサは……どうしても成さなければならぬ事があるのです」
「追い求めていた物があるんだから、それで間違いないよ。
 俺としても、偲雪よりも此方の方が気になるしね。
 ――大一番だ。出来る限りのことをやっていこうじゃないか」
 そう。希紗良の故郷にあった刀――紅葉切の奪還だ。
 かの刀を持ちし清之介が……間違いなくこの近くにいる。ならば逃せない。彼はどうやら偲雪の血肉を求めているようであった。と言う事は、もしも偲雪の動乱が……如何なる形にせよ収束すれば、彼は何処かへと姿を消す。間違いない。
 だからこれは最後の機でもある。確実に清之介の姿を捉えられる、機だ。
 ――研ぎ澄ます。己の感覚を。たった一点に
 絶対にいる。逃さない。逃すぐらいならば――共に果ててでも――
「……ッ! 其処でありますなッ!」
 刹那。希紗良は戦場の一角を――突いた。
 然らば彼女の指先に手応えがある。あぁやはり――!
「これ以上逃しませぬ。
 鬼菱の里に伝わる宝刀、紅葉切。返して頂きたく参上したであります」
「それは無理だ。コレはもう拙者の手に収まるべきモノであれば」
「――百合殿を斬り捨ててなお、刀の方が大事と申し上げるのですか」
 いた、清之介だッ!
 もう逃がさぬ。今宵、必ず決着を付けると鍔迫り合いながら希紗良の瞳に意志が宿る。
 と。彼と語る中で『百合』の名を口に出した時。
 ほんの、微か。清之介の眉が顰められた気がした……が。
「愚問。これ以上の問答は不要だ、な」
 直後には清之介の殺意が膨れ上がる。ソレは希紗良を完全に敵とした証。
 師に勝てると思っているのか――? そう言わんばかりの刀閃が紡がれよう。
 あぁやはり清之介の刀筋は鋭く迅い。
 一対一の果し合いであれば希紗良は討たれていたかもしれぬ、が。
「無駄だ、希紗良。拙者は常に先達として一歩先に在る。超える事など……むっ!」
「可愛い弟子が気になって仕方ないのはわかるが、此方の相手もして貰おうか」
 シガーもいてくれるのだ。清之介の側面や背後より襲来するシガーの援護が機を掴む。
 清之介の撃の狭間に隙を見るのだ――
 届く、届ける、届かせる。
「ぉ」
 追い求めていたのだ、ずっとずっと。
「ぉぉお」
 負けられない。負ければ一体今まで何のために――里の外に出ていたのか!
「――我が身我が剣は、闇夜を照らす皓月とならんッ」
 彼女は吼える。腹の底から叫ぶように。その身は一筋の閃光となるのだ。
 相手は清之介。であれば雑念を挟む余地はない――ただただ想いと共にひた走る。
 一瞬だけで良い。刀を取り戻せれば、それでいいッ!
 師の凶行を止めるのは、弟子の役目でありましょう?
 そして弟子として師超えの時はいつか来るのだ。
 ――ならばそれが今日で、なんの不都合があろうか!
「今の希紗良ちゃんを――容易くあしらえるなんて思わん事だ」
「成程、確かに成長している。だがまだ甘い。この程度で」
「――死、ねええええッ!!」
 シガーが清之介へと言を投げた――刹那。
 その斬り合いの最中に介入してきたのは、征堂だ。ヴェルミリオを振り払ったのか?
「そちらに向かいましたぞ! お気を付けを!」
「いやむしろいいタイミングだ、これは――!」
 であればヴェルミリオから注意の言が跳ぶ、が。
 正に嵐の如く介入して来た征堂こそがシガーにとって期待しうる所であった。清之介はやはり強靭であり、いざいざなれば奇跡をも願わんと思っていたが――彼の様な不確定要素が至れば……!
「取り戻すで、あります……! 今こそ――!」
 隙が出来る。清之介にも。
 希紗良の集中はかつてない程に高まっていた。正に彼女の全身全霊が其処にあった。
 いざとなれば紅葉切を我が身に食い込ませ隙を作る算段だった、が。その必要は無さそうだ。微かな目配り。シガーと息を合わせ……そして。
「希紗良、まさか……!!」
「命と引き換えに本懐を果たす……なんて。前途ある若者にさせるのは酷ってもんだ。
 ――少しばかり無茶はさせてもらうが、役目は年長者の特権だね」
 紅葉切を持つ手へと、痛打を与えよう。
 同時にシガーが抑え込まんとする。その刀を取り戻すべく。
 狙いに気付いた清之介が激しい抵抗を見せるも――双方共に、諦めぬ。
 まるで喰らい付くように。そして……
「希紗良――ッ!」
「清之介殿……申し訳ありませぬッ!」
 希紗良は取り戻す。師の手に文字通り噛みついてでも。
 叫ぶ声が響き渡る。すぐさま取り返さんと清之介は試みる、が。其処に柳が来る。
 いやそれだけではない。守人らの混戦も周囲にあらば、容易に距離を詰める事叶わぬか。
「希紗良ちゃん大丈夫かい?」
「アッシュ殿、ご無事で――?」
「ああ……ちょっと深いのを貰ったけど、まぁ命には、ね」
 が、二人とも無傷で事を成した訳ではなかった。
 シガーの肩は大きく血に染まっている。清之介最後の抵抗によるものだろうか。
 そして希紗良も……その腹部から激しい出血を伴っていた。
 ――紅葉切に、抉られていたのか。
「ぅ、ぐ……ぅ」
「これは……まずいね、一度後ろに引こう……!」
「お二方とも、援護させてもらいますぞ! さぁお急ぎを!」
 希紗良の意識が途絶えんとする。あぁ『まるで肉を喰われた』かのような感覚だ。
 急ぎシガーが希紗良を連れて撤退せんとする――援護するのはヴェルミリオか。柳が清之介を追ったが故に、やや手が空いた。清之介自体は……さて。しかし死んではいまい。希紗良も……命を奪うつもりまではなかったのだから。
 されど生き残ったのならば、いずれまた刀を突け狙うかもしれぬ。
 彼の魂は、その刀に囚われているのだから。
 百合を斬ってしまってまで手に入れてしまったモノなのだから。

 同時。その直上でも一つの戦いが――舞い起こっていた。
 二つの影が交差する。アレは『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)だ。
 玄武の加護を利用しつつ上空から偵察していたのだが……案の定と言うべきか、見つけたのだ。カイトは、己の血を疼かせる相手を――それは天狗面。いや……
「くらいやがれ……! 猛禽は狙った相手を逃さねぇってのは知ってるだろ!」
 より正確には『同じ猛禽の一族』を、か。
 刹那の隙を突き天狗の面を狙った。さすれば亀裂が走りて顔が晒されようか。
 面を破砕した下にあった顔は、一人の男の顔。
 瀬威・迦楼羅。真なる名をセイル・シャルラハ……
 本人も記憶の彼方に消え失せた――カイトの、まごう事なき本物の兄であった。
「やっぱりな――逢いたかったぜ、クソ兄貴」
「……なんだと? 何を言っているんだ?」
「思い出せねぇのか? ま、記憶の観点に関しちゃ、俺も朧げではあるんだけどな」
 まさかこんな所にいるとはカイトにとってみれば想像も付いていなかった。
 ――だが、間違いないとカイトは確信している。
 幼き頃の夢を見たぐらいに。家族への愛……兄弟愛があるのだ。
 その直感が告げている。目の前にいるのは――間違いない、と。
 が。しかし例え身内であったとしても、カイトの羽ばたきは止まらない。
 今、為すべき事は己自身の事情を優先させる事ではないのだから。
 故に、この赤き翼の誇りにかけて!
「――兄貴も全力でかかってこいやぁ!!!!!」
「――兄? 俺に弟なんていない。俺には誰もいない。俺は――お前など知らないッ!!」
 瀬威・迦楼羅は飛翔する。追随するは紅き鳥――
 天に軌跡が描かれ、交差する度に激しき音が鳴り響こうか。
 憤怒の魔種へと至っている迦楼羅の力は強大だ。されどカイトも数多の戦いを経験してきた歴戦たる強者の一人。そう容易く撃ち落とされたりなどしない――ましてや他に邪魔も入りそうにない天の頂きで。
 全く困った兄貴だ。せめて顔ぐらい、思い出してほしいものだ!
(ワンチャンないか――? こう、斜め45度ぐらいで殴ったりしたら、大体のモノは治るって聞いたぞ!)
 練達辺りだとソレでよく直るのだとか――!
 殴って気絶させて海に沈めればホントにワンチャンないだろうか。
 やや冗談気味に。やや本気でカイトは思考を巡らせよう。
 ……あぁそういえば。親父に聞いたら教えてくれたっけな。
 昔、兄鳥が海に攫われたということを。探したが結局は見つからなかった。
 海沿いの村ではよくある話だ。御伽噺にしろ真実にしろ……海の竜神に見初められた、だとか村人は勝手なことを言って親父がキレて暴れて……せめて母なる海に、苦しまずに抱かれて眠ったことを祈るお袋の事。
 ――ぼんやりと思い出した。
 なぁ、兄貴。白い髪の兄鳥。
 自分がまだ白い雛鳥のとき。ぴいぴいと後ろをついていくヒヨコだった時。

 ――白い髪の上に乗ってお昼寝するのが好きだったこと。

 なぁ。兄貴は思い出さないか? 白い髪の上にのった、温もりを。
「ぉ、ぉお、お――!!」
 カイトは飛翔する。自らの限界に至ろうと、この場で手など抜けない。
 ――さあその翼で駆けようじゃないか。命を賭けようじゃないか。全力でぶん殴ってやる。
 思い出すまで。無視できなくなるまで。
 兄ちゃんと――もう一回真正面から呼んで。
 返事をするぐらいになるまで!

 天も地も、闘争の激突は苛烈を極めるものだ。

 だが、それでも終焉は訪れる。
「むぅ――なんたる精強! この国の外にはこれほどの強者がいたか!!」
「此処まで来たなら、最後まで相手して貰おうか、ディリヒ!」
「やれやれ全く、最初は交流した時はこんなことになるとは思いもしなかったぜ!」
 口端より微かに血を吐き捨てつつも、レイチェルや錬の闘志には一切の衰えがない。
 俺も血が滾る様な戦いが好きなんだと――むしろレイチェルは燃え盛る程だ。真正面より全霊の一撃を打ち込み合い、退かず臆さず踏み込んでいく――! 錬も、ディリヒが躱すのであればその背後にある障害物を破壊していく勢いで式符を紡ぎあげようか。
 どうせ建物の破壊を行っても全体に影響があるのだから。
 なんの遠慮もしない。あぁ滅びよ、常世穢国――!
「どこまでも闘争狂いなのね。いいわ、それじゃあ最後までやったげる!
 戦いの中で死ねるなら本望でしょう? ――アンタは此処で討たせてもらうわ!」
「やってみるがいい娘よ! だが私を簡単に討てるとは思わぬことだ!!」
 ラダの射撃が行われる中『煉獄の剣』朱華(p3p010458)も前へ踏み込もうか。
 炎の剣が輝きを増す。灼熱を纏いて剣撃一閃――真正面よりディリヒへと立ち向かおう!
「奴にも大分傷が増えているんだが、な。どこまで戦い続けるつもりなのか」
「無論、私が倒れるまで。どこまでも――だ!」
「……愚問だったな、本当に。あぁ義理堅さもそこまで行くと天晴だ」
 次いでラダの射撃がディリヒへと彼方より飛来しようか――
 魔種でもなく、偲雪の支配下にあるわけでもなく、ただ恩義があるからついてるだけなんだったか。一部は闘争の趣味もありそうだが……とはいえ闘争するだけならば外に出れば幾らでもある筈。性根はどうしようもないのは確かだ、が。
(もし本丸総大将が倒れた時、こいつはどうするのか――なんて)
 考えるまでもないかね、とラダは引き金を絞り上げ続けよう。
 どちらが速いにせよ、この男を無力化せねばならぬのは――確かなのだから。
「えぇい皆無事であるか!? 我は今あちこち成仏させてやらねばならん者が多くての、滅茶苦茶忙しい! 決して誰も命を落とすでないぞ! お主らを成仏させるなど――御免であるからな!」
「私は別にどっちでもいいけどね~『お友達』が増えるなら歓迎だし、きゃはははっ!」
 と、その時だ。守人らに対応していたニャンタルにマリカの姿も微かに見えようか。
 ニャンタルはもののついでに建造物破壊しながら突っ走ってる。こっち行った方が早いじゃろ、ショートカットじゃ――! これも常世穢国の傷になっているのであれば無意味ではない、どころか味方の通路にもなったりするだろうか。
 一方でマリカは鼻歌と共に引き続き守人らを支配せんと試みるものだ。
 彼女にとっては『お友達』が最重要なのだから。うんうんこれも『死者の救済』だよね!
「全く――お好きに動かれる方も多いもので、あちらこちら大騒動ですの」
 続けて支佐手も陰より守人を強襲。玄武の加護を実に巧みに用いて彼は動いていた――
 やはりと言うべきかディリヒ周辺が最激戦区のようであった。
 だからこそ支佐手は此方の援護へと。まぁ守人と言っても無差別に、ではなく……干戈帝らの指示に従って統制が取れていそうな個体から狙っていきましょうか。
「そっちの方が後々の――役に立ちそうですし」
 片付けていく。少しでも少しでも、この戦場の戦いが優位になるように、と。
「づ、ぅ――!」
「おいおいタイム、テメェ前に出過ぎだぞ! 俺より出てねーか!?」
 瞬間。タイムの身にも負傷が見え始めようか。
 傍にいた空が何やら声を飛ばしてくる、が。
 いいのよ別にこんな程度の傷。
 今は自分がボロボロになろうが、誰かを護れるならこんなの――
「なんでもないもの。それより言ったでしょ? わたしが一緒に付いてあげるからって。
 わたしの事気にしてくれるなら生きて帰ろう? 帰る所、あるんでしょう?
 それならきっと命の使い所は此処じゃないわ」
「クソ。全く、ああいえばこういう女だ……!」
 ふふ、なんだか皮肉ね。最初は止めるのは『こっち』だったのに。
 タイムの毒気無い笑顔に空も調子が狂うばかりだ。なんて女と関わってしまったと――しかしその顔色に左程の後悔の色は見えない、か。この感覚が心地良いというかは知らぬ、が……
「まぁ……相打ちは勝ちだと思う性分じゃねぇんで、な!!」
 空もまた、生きる意志を込めて戦うものだ。さればタイムは微笑み一つ、直後に。
「さぁ――今よ!」
「ぬ。貴様ッ……!」
 タイムは跳び込んだ。それはディリヒの腕を抑えんとするが為。
 主に守りを主体としていたのは、そう。この隙を突く狙いもあったのだ。
 ……いややっぱり思いついたのは本当に今さっきかもしれない。だって。
(自分だってビックリしてるんだもん! ああ――どうしてこんな事やっちゃったかなぁ!)
 危険な領域だ。一秒か、二秒後には振り払われて刃を突き立てられるかも。
 でも、仕方ないよね。
 ――此処で誰かが止めないと、彼はずっと暴れ続けるだろうから。
 無論ディリヒとて歴戦たる者であればそう警戒を薄めていた訳ではないのだが、しかし先述のレイチェルや錬、ラダにタイムに空と言った複数人を一度に相手取っていれば欠片も隙を見せぬ事など不可能であった――配下たる柳はシガーに希紗良、そしてヴェルミリオが抑えている事によってとても此方に介入する余裕はなく、それに何より。
「皆の邪魔はさせない! 花丸ちゃんも全力で……抑えさせてもらうよ!」
「戦いには時の運、人の理、様々が寄与するもの――ご存じでしょう、貴方なら」
 それらを行った上で、尚攻勢を行うだけの戦力がある事も起因していた。
 花丸や沙月だ。花丸が大きく踏み込み、彼女もまたディリヒの動きを抑え込むようにしつつ――拳の一閃を放つ。それはディリヒ自身を狙いつつ、しかし彼の持つ刃を下から打つ軌道でもあった。
 危険な一撃を封じるためには、そも武器自体を捌けばいい。
 昇竜気味に打ち上げた拳が激しい衝突音をかき鳴らすと同時――
 沙月はその刹那の間隙に、掌底一閃。
「ぐぅ――ッ!! 面白い、面白いぞ! だが、まだ、だッ!!」
 めり込む一撃。ディリヒも思わず顔を歪ませるだけの絶技が其処にあった、が。
 それでも倒れぬ。不屈不倒こそ闘争を長く続け楽しむための秘訣であればこそ。
 ディリヒは花丸や沙月、タイムや空を薙ぎ払わんと刃を回転させ――

「させん――ッ! 受け取れ、ディリヒ。これが私の――死力だ!!」
「宣言通り……! これで偲雪への義理は終わりだな、干戈帝!」

 た、正にその瞬間。ディリヒの撃を掻い潜り汰磨羈と錬が死の領域へと舞い込んだ。
 ディリヒの刃が動けばソレは、只人は死へと至る嵐の始まり。
 だが二人は臆さぬ。刃の軌跡を見切るのだ――刹那でも見誤れば死ぬ、刹那の一時。
「やれやれ、此処で手を抜けば『あの人』に叱り飛ばされるかな……!」
 直後。その動きを援護したのは、弥鹿であった。
 ディリヒの反撃の動きに介入する形で一点を穿つ――
 刹那。汰磨羈の心臓が高く跳ね上がった。
(なん、だ?)
 何か、やはり気配を感じた。かつてない程に胸がざわつく。
 弥鹿の動き、やはりどこかで、と……
 しかし今重要なのはディリヒを打ち破れるか否か。

 その賭けは――打ち勝った。

 ディリヒの防を突き破る。円状の刀を用い、どこまでも戦い続けたが――
 遂に、ディリヒが膝をつくのだ。
「――見事だ」
 口端から零れたのは純粋なる賞賛。あぁなんぞやの事態だ、これほどとは。
 力が宿らぬ。魂があろうとも、もうどうにもならぬ!
 あぁ――敗北。敗北か! ク、ククク。ハハハハハ――
「なぁ、ディリヒよ。御主は、この死闘で満足できたか?」
「無論だ。不満などあるまい……正に死闘であった」
「はぁ、はぁ、つまり、これで終わりよね……空さんも! 終わりよね!」
「は? 命取らねぇのか? 死闘の最後が生存とか冗談じゃ――
 あぁ分かったよ、俺がトドメの一撃刺したわけじゃねぇからテメーらが好きにしろ!」
 然らば汰磨羈がディリヒの顔を覗き込む様に。
 同時にタイムは――空へと釘を刺しておこうか。いや命の奪い合いがどうのこうのというよりも……これ以上空に自分が『マトモじゃない側』とか思ってほしくないからの行動だ。命を尊重するってね『マトモ』な行為なのよ、覚えておきなさい。い~!
「何? 殺さぬのか? 私ももう満足したのだがな」
「我々は殺人鬼と言う訳ではありません。そこは誤解なさらぬ様に。
 それにこれで義理を果たしたのなら、貴方ももう敵対は――しませんよね?」
「まぁ……それは『向こう』の決着次第であろうが、な」
 続けて沙月もディリヒの負傷を調べながら言を紡ごうか。
 どうも見た所……動けぬ程の怪我ではあるが、致命傷という訳ではないようだ。ここからトドメを指す一撃さえなければ――ディリヒは生き残る事だろう。生き残った後どうするかは分からぬ、が……
「フ、ハハハ。今代のイレギュラーズは甘くないかね?」
「貴方が異常に戦い好きなだけじゃないのって花丸ちゃんは思うんだけど」
「そうかね――ま。私はもう動けん。後はもう流れに任せておこう」
 花丸は周辺で未だ暴走状態の守人へ拳一閃しつつディリヒにも言を。
 ――さて意外な事に生き残ってしまったのなら、今後どうしたものか。
 干戈帝ディリヒ・フォン・ゲルストラーは思考する。
 幾年、幾十年ぶりに『外』の事に、だ。
 かつて救われた偲雪への義理の為に幾年もこの地に残った男。
 久しぶりの敗北は――実に、晴れやかな程にすがすがしいものであった。
「……」
 と、同時。汰磨羈は常世穢国の外側の方を見据えるものだ。
 何故か。其方の方を見ていると胸のざわつきが酷くなるから。
 ……なん、だ? 何が、いる?
 まさか――これは『彼女』、か?
「……いいや、まさかそんな筈がない」
 彼女は確かに死んだんだ。この世界に呼ばれる筈が無い――!
 汰磨羈の心中がざわつく。ありえないと首を振り、頭の靄を払わんとする、が。
 それでも『何か』が残る。
 彼女がこの胸騒ぎの意の真を知るは――そう遠くないかもしれぬ。


 同じ頃。城内部へと侵入した神使らの眼前には、また異様な光景が広がっていた。
 それはこの地の主の精神状態と繋がっているからだろうか。
 城内の廊下が眼前にあったと思えば、地の底へ誘う洞窟の如き道が現れる。
 天地が逆さになる訳ではないが。
 最早歪極まる地が――広がっていたのだ。

「……偲雪ちゃん、貴方は凄い人です」

 それでも。誰も恐れず進むものだ。
 然らば見えてくる。無防備にして、しかし数多の怨霊を纏う――偲雪が。
 故に『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)は紡ごう、言の葉を。
 ……貴女は汚い手にかかって無念の死を問えたというのに。
 貴女は誰も恨んでいない。誰に対しても怒っていない。自分を害した者への復讐心など露程もなく、幸せな世界を作るという一事のみに向いているのですから! そんな貴方を終わらせなければならないとは……
 忸怩たる思いがある。だけれどもここで躊躇しては全てが無駄になってしまう、なら。
「あっ、ルル家だー! ねぇねぇこっちに来るよね? 答えは聞いてないけど」
「いいえ」
 ルル家は、前を向こう。無邪気に語り掛けてくる怨霊化身に、確かなる瞳を向ける。
 なぜなら――拙者は!
「拙者は天香家臣――夢見ルル家! 天香の一人として豊穣を守護する者なり!
 豊穣の世を害さんとする化身へ至るならば其の存在、誅するより他は無しッ!」
「そう――じゃあ。『分かってもらう』ね?」
 刹那。偲雪が手を翳せば――『何か』が流れてこようか。
 それは思念。洗脳の呪たる一種だ。目に見えぬ力がルル家を含み神使らへと至る。
 ――が。ルル家の魂に纏っている瑞神の加護が干渉を跳ね除ける。
 瑞の抱擁が守護しているのだ。彼女を、皆を。
 眼に見えぬ温かなモノを感じながらルル家は往く。怨念断ち切らんとする一撃と共に。
「あっれ~? おっかしいなぁ、むむむ。さては瑞だね!
 瑞の馬鹿ー! ケチ!! ちょっとぐらい良いじゃん! ええと、あほー!」
「……本来が優しい人だったからでしょうか、悪口に語彙力がありませんね」
「ああ――まったく。平和な世に帝になってたなら、良いお人で終わってたのかもしれませんが、ね。しかし……もう仕方ないのなら、せっかくなんすから、今の世代の頼もしさを見てってもらいましょうか」
 続け様、同様に瑞神の加護を纏う『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)の動きも見えようか。奇跡の力によって紡がれた救いと……犠牲。その果てにある今の状況――素直には喜べないが、やると思った事をやり遂げる為に彼女は此処へ来た。
 彼女の精神干渉に対抗しながら、まずマリエッタは偲雪周辺に展開する守人をまず見据えようか。障害の排除を行う為『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)も術を展開する。禍を、敵意を、殺意を自身へと呼びよせ注意を引くのだ――
「あなた方の帝と従者はお取り込み中。水を差すなんて野暮は、ご遠慮願うっすよ。
 此処が最後なら……皆、果たしたい想いがあるんすから」
『ぬぅぅぅぅ――! 偲雪様に近付けさせる訳には――ッ!!』
「柄じゃありやせんが、まー今回ばかりは仕方がありゃしませんね……戦場で働くとしやすか。さぁさ我が幻術、とくとご覧あれ! ってな」
 次いで彼の師である栴檀も出し惜しみは無しと援護の一手を。彼は幻術を得手とする術士である――敵らの足を止め幻惑させんと立ち回るのだ。眼前に生え盛る木々はまるで本物そのものであり思わず敵は驚愕と共に歩みを急停止。
 その間隙を突いて怨霊化身へと跳躍する者が続く――
「そう言えば……この久遠の縁。なにかお役には立てませんか?」
「――あっ、これ私のだね! ありがとう、うみゅみゅ……!
 ちょっとだけ、加護を、強くできる、かな!?」
 同時。慧は正気の正眼帝へと――以前手に入れた久遠の縁を手渡そうか。
 それは正眼帝より零れた力の結晶だと、彼の師匠が言っていたか。
 ――故に彼女の手に戻れば、微かだが加護の出力が強化される。
 大きくはないが、確かな一歩だ。激戦の最中であればこそ、その一歩が大きい――!
「――偲雪さん。よぉ、二つに別たれても相変わらずの笑顔だな」
「あっ、風牙だ! 風牙も来てくれたんだね!」
 そして怨霊化身の方へと『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は跳び込んだ。
 ――風牙はやや、バツが悪そうな感情の色を顔に含んでいる。
 なんてーか、恥ずかしいな。偲雪さんに対して散々「間違ってる」だの「もう休め」だのとか言っちまってさ……はは。
(偲雪さん、ずっと頑張ってたんじゃねえか)
 生きてたときから、死んでからも、今までずっと。
 周りからたくさんきついこと、言われたり、されたりしてきても。
 ずっとずっと、この国のために、この国の民のために。
 頑張り続けたんだ。
 頑張り続けて続けて続けて――こんな所まで来てしまっただけなんだ。
(オレに、出来るか?)
 同じことが。例えばオレが彼女の立場だったなら。
 殺され、投げ捨てられ、それでも同じ信念の儘に在り続ける事が出来るだろうか。どこかで心が折れて、泣いて、怒って、投げ出しちまうんじゃないか。そんなオレが、いっちょまえに偲雪さんに『間違ってる』だの『もう休め』だのと説教かましてたなんて……
 ――ああもう。恥ずかしくって、まともに顔も合わせらんねえ!
「? どうしたの風牙~、こっちおいでよ~」
「えぇい、くそ! なんでもねぇよ、ああ、そっちに行くさ偲雪さん!」
 風牙は目線合わせないまま叫ぶ。胸の内に多くの感情が渦巻いている、も。
 逃げたりなんて事だけは出来ないのだから――!
 周囲に群がる守人らの亡霊を吹き飛ばしながら道を切り拓こう。ただ前へ、前へ……
 往くのだ。きっとその手を、もう一度だけ取る為に。
 例え道が交わる事が――無いとしても。
 くそ。もう仕方ねぇんだ……亡者たちと共に、眠れ!
「さて、長かったこの面倒もこれで終わりかの。散々駄々をこねおって……何度でも言わせてもらうぞ。お主の世は只の停滞、永遠に回り続けるだけの――変化なき世界よ。斯様な世なんぞ認められるか」
 大っ嫌いじゃ、と言を繋げたのは『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)だ。瑞鬼もまた、邪魔立てせんとする守人らを吹き飛ばしながら――偲雪を見据えている。あぁ、奴めの間違いを正すだの何か想いを馳せるなどと言った事は……考えのある子らが思い思いにやれば宜しい。わしは任せるだけよ。
「むむ~! 瑞鬼はそんなに傷つく世界がいいの!? ホントにホントにそれがいいの!?」
「さての――しかしこれだけは確かよ。わしはお主が嫌いじゃ。そして嫌いな世界を作ろうとしている輩を放っておく訳あるまい? ――思う存分邪魔をさせてもらうぞ。死は死として受け止めるがよい。それを出来もせぬ輩が……現世に口を出すべからず」
 直後。瑞鬼は更に守人らへと撃を重ねていく――
 端的に言うと八つ当たりというやつじゃ。付き合ってもらうぞ。
「死んでいるのにふらふらしおって。死人はきちんと死なんか。
 ま、こやつらを黄泉へ送ってやるのも仕事かの。
 三銭渡してやるが故、さっさと彼方へ往くが宜しい」
 幽世を白く包む雪の舞が敵を包めば、その上から幽世の朱き姿の鳥の翼が舞い踊る。
 ――あぁ。偲雪の力を削りたいというよりはこんな姿になってもこの世にいるこいつらが見るに堪えん。それでよいのか、お主らよ。そんな魂だけの存在で、今なお現世にしがみ付きたいのか。
 こやつらにも守りたいものがあったのかもしれんが――知ったことか。
 黄泉へと往くが良い。見送ってやろうぞ。
「ああ、ったく。今のオレに出来る事と言やァ、こんな所が精々だが。
 静かになったら花供えてやるからよ……眠ってくれ。
 アンタらは少し、起き過ぎたんだ。瞼を閉じて、ゆっくりとしな」
 更に瑞鬼と同様に『瞑目の墓守』日向寺 三毒(p3p008777)も守人らに安息を与えんとしようか。狂ってしまった魂に導かれた、狂ってしまった亡霊達――
 全て成仏させてやろう。それが、生きている者としてやれる事。
 使い魔の鴉と感覚を共有させ、彼は周囲の状況を素早く掴もうか。何処に敵が布陣しているか。何処に集中しているか。把握出来れば一気に削り取っていく……述べた様に、一刻も彼らを早く眠らせてやる為。
「豊穣をより良くしたい。そこにゃァ共感するがよ。
 力で捻じ曲げちまうってェのはオレ等が受けて来た理不尽と何が違う?
 考えてみなよ――平穏。幸福。
 アンタだけが願ってるモンじゃねェのさ。
 そんで、アンタだけが叶えたって仕方ねェモンでもあるっつー話だ」
「そんな事はないよ! 私は違う。
 私なら出来る。私なら皆を幸せにしてあげられる。不幸の理不尽は訪れない。
 そうだよ! ね、一回君も試してみよ? きっときっと幸せにしてあげるから!」
「……そうしてアンタはこういう連中を全員引き摺り倒してきたんだな」
 次いで三毒は偲雪にも言を紡ごうか――
 されど狂気のみが抽出された彼女には、最早誰の言も届かないのかもしれない。
 むしろ偲雪は言と共に三毒らの脳髄を支配せんと――試みてくる程だ。
 だ、が。
「無駄だ。オレは歪まねぇ、折れねェよ」
 踏みとどまる。心の奥底から溢れてくる、なんぞやの声が聞こえてきた気がして。
 これこそが、上から塗りつぶそうとしてくるこの行為こそが――理不尽だろうがよ、と。
「ふ、む。偲雪君、奇跡の結果によるものだが……吹っ切れたようだな」
「……あまりにも不憫に見えるがな。眼前の怨霊たる偲雪殿は……もう何も分かるまい」
 直後には『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)と『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も怨霊の化身へと堕ちた偲雪へと往く。それぞれ共に周囲の状況を的確に見据えた上で一気に。
 彼女の力を削るのだ。守人らが介入してくるならば、押しのけるまで。
 ――彼女は個体の様に見えた群体。ならば連携と言う点において此方の上を行きそうだ、と愛無は思考すればこそ油断せずに――いやむしろ群体的性能を持つ弱点を突いていこうか。つまり、手っ取り早く数減らししていく。
「彼我の差こそが争いを生む。人が『人』である限り争いなど無くなりはすまいよ」
「そうだね。だから私が全部解決してあげるんだ」
「――力尽くで、かね。あぁその壁を取り払おうというのは圧倒的に正しい。
 だが結論が正しくても、過程に大いに問題がありそうだがな。そもそも――」
 正しさだけで世の中が回らないのが人の世の常ではあるのだが。
 愛無は語りかけてくる偲雪の『念』に脳髄が呑まれぬ様に意識を保ちなが、ら。
「なれば人でなしの世というモノは存外、人の世よりも生きやすいのかもしれないな」
 彼女自身にも撃を紡いでいく。守人らの防が薄くなった瞬間を見逃さぬのだ。
 喰らう。喰らう。そうだろうさ、腹が減りゃ喰うしかない。喰うために殺す。
 ――それは人も人でなしも関係ない。あらゆる生物の根源だから。
「我喰らう。ゆえに我あり。以前言ったな、自らを差し出すと。その言、真か試そうか」
 さぁ、食事の時間だ。喰い散らかすとしよう。僕はもう腹ペコだ。
 圧を強めていく。偲雪そのものへと。
 さすれば――アーマデルも怨霊化身の力を削いでいこうか。
「偲雪殿。決して前に出過ぎぬように。同じ存在とは言え、何が起こるかは全く」
「分からない、よね。うん大丈夫だよアーマデル、ありがとうね!」
 同時。彼は……狂気のみに染まった怨霊化身ではない、正常なる偲雪へと語り掛ける。
 其処にいる彼女。あぁ、この戦いが終われば……露と消えるのだろう。
 だがその時はその時、だ。送ろう、往くべき処へ逝けるように。
 今はただ――成す。この地を鎮め、怨霊を浄化する為に。
「むぅ。だが、させんよ。これ以上は崩させん」
「――いいえ。悪いけれど、終わらせてもらうわよ。アンタも、ね」
 であれば。怨霊側も対応に動くものだ。
 怨霊たる偲雪の力の伝播が『弱い』事には流石に気付いている――瑞神の加護、か。されど元々容易くはいかぬだろう、とは思っていたのだ。故にかつての帝の一人たる雲上を中心に、態勢を立て直さんとする。
 守人らを集結させ偲雪を護るのだ。
 ――だが、そこへ至ったのは『ベルディグリの傍ら』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)だった。やや残念そうな、悲しそうな。でも『そうでしょうね』というような――表情の色を向けて。
「そう……アンタが狂気に完全に落ちる前に。
 ……ね。せっかくだから、決着が着くまでお話しましょうよ。
 だって、このまま戦ってハイ終わり、じゃつまらないじゃない。ホントに今際の際よ?」
「ほぉう……しかし生憎と、こちらは手は止めれんぞ?」
「ふふーん、心配ご無用よ。こう見えてもアタシは――そう簡単にやられたりしないんだから!」
 常帝の一撃が放たれる。ソレをジルーシャは辛うじて捌きつつ、言の葉は幾重にも。
 勿体ない。一分一秒すら。だってあれもこれも話したい事があるんだから。
 身体に防の力を張り巡らせつつ――話し続けよう。
 例えこの戦いの果てに別れが待っているとしても。
「この一時は、消えたりなんてしないんだから」
 記憶に残り続けるのだ。真実の出来事として。
「常帝雲上……初めまして……
 平和にするの……皆を……幸せにするの……あの子じゃなきゃだめ……なの……?」
 次いで雲上へと相対するのは『玉響』レイン・レイン(p3p010586)か。
 レインは疑問を口にしながら雲上へと向かおう――周囲の仲間へ治癒術を振るいながら。
「皆で……皆を幸せにしちゃ……ダメな事……なのかな……
 皆の考える幸せは……皆で叶えちゃ……ダメなのかな……
 それは……考える事も、間違ってるのかな……?」
「――あぁそれもまた正しい事なのだろう。だが、な。
 私は彼女を王として、彼女の導きを応援してやりたいのだ」
 だから引けぬと雲上は告げながら、敵対するのならばレインにも容赦はせぬ。
 拳を振るい迎撃の動きを見せて――と。
「御機嫌よう。私の顔も覚えてくれた頃合いだろう?」
「おぉ――死神の君か」
 更に『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)も『常帝』雲上へと語り掛けようか。どうだね、ん? 誇りは持てているのかね。君は君の成した出来事を、知覚しえたかね? 私が価値を見出すモノを、尚貴方は放り出すというのなら……
「同局面が三回、スリーフォールド・レピティションだな。
 君には千日手と言った方が親しみやすいかな?」
「はっはっは。そんな言葉も知るとは、中々博識だな君は」
「なに、こんな事は左程のモノでもない――それよりも」
 声が、聞こえるんだ。
「誰も涙を流さず、笑顔で居られる世界はここにあるのだと」
 私が正眼帝と同じ力を持っていたら、同じ事をしていたと思うが――今はその話は置いておこう。貴方は正眼帝の痛切な理想に、最期まで付き随う覚悟はあるのかな?
「ふふ、愚問か。あるから此処にいるのだろうな」
「ああ。アレこそ私が見た光だ。切望しえた主たる存在」
「であれば私はなろう。私は」
 貴方の死神に。
 胸に燃える激情は時に世の全ての正しさを上回るのだと、ルブラットも知っているから。
 止めるは無為。ならば――
 紡ぐ撃。紡がれる想いが其処にあった。
 雲上の、機械たる拳がルブラットとジルーシャを襲う。その一撃は、重い。
 込められているのは彼の情熱であろうか――狂気に侵されているのだとして、も。
「強いわね」
「想いが彼を後押ししている」
「では、どうするかね? 私の拳で引いてくれれば、実に楽だが」
「言ったはずだ。今日ばかりは本当に、貴方の死神になると」
 だが討つ。討ち倒す。
 雲上の拳の軌道を見切ったジルーシャが、受けよう。彼の身にはあらゆる撃を遮断しうる術式結界が齎されている――無論、気付けば雲上もその術式を破砕しうる術を齎してくるかもしれない、が。
 その前にルブラットが一閃を繋いだ。
 微かな間隙。決して見逃さぬ一撃。あぁ――
「貴方がかつての平穏の価値を投げ捨て、我々を打ち倒すのならば、宣言したまえ。
 力強く。自らの存在と心を誇示してみせろ。最後まで――己が矜持を抱いているのだと!」
 自らの夢のために、眼前に立ちはだかる者達を犠牲にするのだと!
 せめて戦うにしても――絶対なる意思を感じながら一時を共にしたいのだから。
 ルブラットは攻め立てる。雲上の身を、そして。
「……」
 当の雲上は撃を受けながら思考を巡らせていた。
 生前に執着が無かったが故にこそ。
 死後に見据えた光に付いていきたい――それこそ正に、死力を尽くしてでも!
 あぁ、誰かに導かれ、それを至上とするこの感覚。
「私は生きているのだ。死んだ後にようやく味わえた。私は今、この瞬間生きているのだ。故に――」
 負けれんッ!
 目を見開き彼は返しの一撃を、此処に。
 それは今までで一番闘志の籠った重い一撃だった――
「それでも、こちらも負けられません……!」
 しかし『共に歩む道』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は告げる。勝つ、と。
 雲上の攻勢が掛かってこようとも朝顔は退かない。絶対に、貴方を……
「正気の儘で終わらせます……!」
「君は――以前、茶の淹れ方の時に」
「はい。あの時は、ありがとうございました」
 私も大切な人に振る舞いたいと思います。とても、感謝しています。
 ……だから。貴方とは相容れないけれど。
 貴方の意志の強さを尊重して――終わらせます。
 紡がれる一撃が雲上の拳と激突し、動きを留める。されば、その時…
「ウィリアム」
 ジルーシャの、優し気な声と優し気な匂いが雲上を……いやウィリアム・ハーバーを包んだ。それはジルーシャにとって……常帝を最期の瞬間まで、正気を保たせてあげたがったが故。
「ね。アンタが今まで見てきた中で、一番好きな景色ってなあに?」
「……あぁそうだな。景色か」
 喉の奥が血でむせる。だが、その一筋より語られた言の葉は、たった一つの真実。
 常帝が作ったとされる庭園だ。
 生前最後の景色。美しき枯山水と数多のしだれ柳が見うる地――
 アレは、至高だ。
「……機会があるならば、いつか見にいくがよい。恐らく、まだ……残って……」
「――ええ。今度こそ、さよならね――おやすみなさい、ウィリアム」
 いつか生まれ変わったら、とびっきりのお茶と和菓子をご馳走させて頂戴な。
 その時は……
「きっと、退屈だなんて言わせないから」
「そうだな。貴方の過去の行いは確かに人々の記憶に在り、そして私も知覚した。
 何が退屈か。何が無価値か……常帝。貴方を、常に見ていたのだ」
 そしてルブラットも、囁く様に告げよう。
 常帝。貴方を常帝を好いていた人々が確かにいたという事を。
 貴方は貴方が言う程、つまらない人間ではないのだと。
 ……理解しがたいのだ、本来人は過去に囚われるものだろうに。
 どうして貴方は過去を切り離せる。
「貴方は――」
「……死神よ。ルブラットよ。君の目は、どこか遠くで近くを見ている、な。
 君は、過去に追われているのか。君の過去は……ふふ、知る機会は、なさそうだが……」
 刹那。雲上は残された一時で、ルブラットに言を繋ぐ。
「ただ、君が私を知ってくれたのなら――せめて願おう。
 君のこれからに幸がある事……を……」
 閉じられる目。であればジルーシャは祈ろう。
 その瞼の裏に安息なる景色が映っている事を。
 想い出の景色と共に安らかなる事を……

 ……しかし防衛に当たっているのは雲上だけではない。
 彼が倒れたからと言ってまだ終わりはせぬ。
「常帝――ッ、くっ!」
 百合草 瑠々(p3p010340)もその一人だ。彼女は主たる偲雪を護らんと奮戦している。
 旗を掲げ我は此処にありと示すように。
 それは守人らの鼓舞にも繋がっているかもしれなかった――しかし。
 そんな瑠々を止めんとする者達もいる。
「よぉ――久しぶりだな、百合草」
 『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)がその一人だ。
 彼は決意をもって此処へとやってきた……あぁ馬鹿プラックがよ、奇跡なんてものの為に散りやがって……! こんなの渡すぐらいなら、最初から死ぬなよなッ……!! だが――!
「俺はお前に用があったんだよ」
「こちらには――無い」
「無くても聞いてもらうぜ。なぁ、お前は聞くべきだろ!」
 プラックが繋いだ奇跡を無駄にはしない。故にこそ……
「瑠々さん、約束通り殺しに来たよ」
「あぁようやく、決めたのか。ようやく、来たのか」
 『紅霞の雪』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)も至るものだ。
 覚悟は決まった。だから惑わされたりなんかしない――
 瑠々さんだって覚悟、決まってるでしょ?
 瑠々さんが洗脳とかじゃなくて自分の意思でそこにいるのはわかってる。なら……
 彼女は口を真一文字に。そして紡ぐのは凶き爪の一閃。
 それは、闘争の意思か? 瑠々は待ち望んでいたかのように応戦し――さすれば。
「百合草瑠々。我が名に覚えはあるか」
「――んっ?」
「源之丞 忠継――お前が継いでしまった流派の初代だ」
 続く姿は『名も無き忍』百合草 源之丞 忠継(p3p010950)か。
 顔に、見覚えはない。しかし、名。名だと?
「故に、お前に詫びねばならぬ。こんな物は、我が代で終わらせるべきだったのだ」
「何を、言っている? 何の、つもりだ?」
「……かつての某は最悪の選択をした。主を殺し、国を手中に収めんと……
 その因果が現世に渡ったのだろう。いや、技が継がれたというべき、か。
 如何なる歴史の伝わりがあったかは知らぬがな」
 忠継は語る。怨嗟が、焚け続けたのだと。
 愚かだった――掟を忘れ欲に溺れた結果、お前達を末代まで苦しめる事になるとは。
 彼は心中に念を抱く。あぁ許せとは言わぬ。だが。
「お前がその炎を持ってしまった以上、斬らねばならない」
「……ごちゃごちゃと述べるな、初代とやら。成しえたいのは謝罪か? それとも断罪か?」
「否。俺が成すは――命じる事だ」
 一つ。親は絶対。逆らうことは許されず。それが百合草の掟。
「――掟に従い、その偲雪殿を捨て、忍から足を洗え」
「ハッ。そんな戯言で主を売るとでも?」
「ああ拒むとは知っている。だからこそ言葉の重さを知る為……
 ――一つ、稽古をつけてやる。それを手向けとしよう。
 ……獲物はその旗で良いのか? これを使え。その方が馴染んでいるだろう」
 と、その時だ。忠継より放られたのは――忍び刀。名を、桐雲。
 自らは仕込み刃で相対しよう。時を超えた稽古である、と言わんばかりに……
「あぁ全く――キミの思想が本当に厄介だよ、偲雪の方」
「武器商人様、お気を付けを……周りは敵だらけです……!」
「――全く。御人好しの愚か者ばかりだ。ならば愚か者の為、道を抉じ開けねばな!」
 そして瑠々との交戦が激化せんとしている最中。
 言の葉を紡いだのは『闇之雲』武器商人(p3p001107)である――傍には武器商人が戦いに赴くと聞いていてもたってもいられなくなった『愛し人が為』水天宮 妙見子(p3p010644)の姿もあろうか。更には『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)が皆の援護となるべく戦線に穴を開けんと奮戦す――
 しかし武器商人は偲雪が気に入らなかった。偲雪の信念、偲雪の有り様。全て全て。この国には我(アタシ)のお気に入り達が疎開しているんだ。お気に入りたちを偲雪の方の手で『汚す』なんてとてもとても。
「許容できない。キミは殺すよ、偲雪の方」
「ふぅん。でも大丈夫だよ。じっくりと、笑顔の世界を教えてあげるから!
 武器商人も――この戦いの終わりの時には、きっときっと幸福感で一杯の筈だよ!」
「ほざけ」
 武器商人はまず周囲を観察する。偲雪の傍にある遺骨の在り処……
 それを即座に確認し、周囲の者へ念話にて無言の情報共有を行っておくのだ。
 ――ああその間にも偲雪の洗脳干渉が頭を揺さぶってくる、が。
 大した事はない。この程度、苦行と思えばなにするものぞ。
 それよりも……瑠々の方だと武器商人は視線をそちらへ巡らせようか。
 全く、あちらも――気に入らんものだ。
 主人を見つけ、仕えるのはいい。
「我(アタシ)と殺し合うのもいい」
 ――だが、その無様な姿は何だ。その姿は生きていると言えるのか。
 お前は本当にお前自身の意志で、其処にあるのか。
 吐き捨てる様な感情と共に武器商人は歩もう。この戦いに終わりを導く為……
 と、その時だ。怨霊化身や瑠々らの周囲に展開する守人らを薙ぐ一撃が至った。
 それは城の外より強靭な一撃として襲来。その撃の主は……
「偲雪よ……終わりです。終わりなのです、この地は」
「瑞さま、わたしも戦います。お供を、します、ね」
「メイメイさん――はい。よろしくお願いします、共に参りましょう」
 瑞神だ。神狼状態たる瑞は神使らの力にならんと――彼女は守人らを薙ぎ払う。
 同時に、その視線は常に怨霊化身たる偲雪に向いている。
 ……やはり思う所があるのだろうと『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は悟ろうか。永き時を生きる瑞神であれば顔馴染の者は多くいる筈だ。当然偲雪もその一人……なら。敬愛する瑞神の為にも、そしてメイメイにとっても大切な、この豊穣の為にも。
 動こう。瞼の裏に映った、大切な人の為にも――
 ……負けません。甘い言葉も、恨み言も、心に沁み込ませようとしてくる、その全てを。
 受け止めてみせます、必ず。
(わたしは、揺らがない…!)
 メイメイも見据える。彼女を、怨霊化身と化している――偲雪を。さすれば。
 まずは戦う。話すのはそれからだと――!

「終わりじゃないよ。始まりだよ。
 私は諦めない。私はこんな所では終わらない。
 絶対に皆を幸せにしてあげるまで、諦めてなんてあげない」

 だが怨霊化身は瑞神らを否定する。
 優しさは己が与えるモノであると。狂気の深奥へ到達した魂は暴走するのだ。
 彼女は歩もう、どこまでも。この国を、この大地を全て優しさで包むまで。
「……ごめん、瑞。私きっとわがままを言うけど。
 間違ってると思ったら、どうか止めておくれね」
「シキ。何か考えが――あるのですか?」
 『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)もまた、瑞と共に在ろう。
 シキは瑞の問いかけにはただ、首を縦に振るだけに留める。
 詳しく説明している時間もない――急がなければならないのだ。
「偲雪さん、来たよ。そばに来るのが遅れてごめんね」
「あっ! シキちゃん!! やっぱり、来てくれたんだね!
 でも――止めに来たんだよね?」
「……そうだね」
「じゃあ。抱きしめさせて? そうしたら頭の中がすぐ染まるから!」
 ……にっこりと微笑む偲雪。いや、怨霊化身。
 ああ――これが偲雪さんの狂気だけの側面、か。
 ……でも臆さない。彼女の手を握る為なら。
(滅びの果てでも……行ってやる!)
 容赦なくシキを洗脳する為の干渉術を展開する偲雪――
 それを、大きくシキは跳躍しながら躱そうか。そして隙を突いて斬撃の一閃紡ぐッ!
「――歪んでしまったな。アンタの理想は誰かの為のものであったのに。
 だが、そのエゴだけは否定はすまいよ。
 根源に抱いた想いは……確かに純粋であったのだろうからな」
 直後。更に怨霊の偲雪が放ちし思念を切り裂いたのは『傲慢なる黒』クロバ・フユツキ(p3p000145)である。プラックの奇跡により紡がれた『正気』たる偲雪の加護を宿す彼は、確かなる意思と共に――『狂気』の彼女を見据える。
 ……幾多の縁、幾多の感情がお前を中心に渦巻いてきた。
 お前自身もまた、誰ぞと縁を紡ぎ続ける事を望み、その手に誰しもを抱いてきた事だろう。
 ――だが!
「終わりの時だ怨霊化身。如何なる者にも永遠はなく、幕引きは必要だ。
 アンタを眠らせてやるため……そして友との時間の清算だ!
 だから俺もアンタの”死神”になるぜ」
「死神……? 必要ないよ。私の世界には死なんて悲しい事もいらない。
 死んだ後も私が責任をもって抱きしめてあげる。私が皆を導いてあげるんだから!」
「ああお前はそう言うだろうな。だがその御心、その御霊!
 ――死神クロバ・フユツキが送り奉る!
 現世に残したき言の葉があるならば聞いてやる――零してみせろ胸中に秘める意を!」
 壮絶なる死の拒絶。絶大なる愛の抱擁。
 それらを成さんとする怨霊たる偲雪を終わらせる為――彼は踏み込もう。
 正眼帝”偲雪”の加護と共に、目を逸らさない。最後まで彼女の魂と言の葉を捉える――!
「皆が幸福な世界、ねぇ。その願い自体は否定しねェが……
 手法が洗脳ってのはどうなんだ? くだらない。結局暴力と変わらねぇじゃねェか」
 身勝手なエゴを押し付けて悦に浸ってんじゃねェぞ、クソ野郎が――
 辛辣。しかし的確たる言葉を繋ぐのは『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)か。
 彼も怨霊化身の有り様は気に入っていない。故にこそ……
「テメェは今此処で死ね」
「そうはいかないな――君もこっちにおいでよ!」
 穿つ。全霊の一撃を招来させ、守らんと動きを見せる守人ごと消し飛ばさんとすれば。
「偲雪さま、俺、来たよ。貴女を、止めに来た」
 同時。更に踏み込んだのは『覚悟の行方』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)のあったか。傍には彼と親しき『文系男子』古木・文(p3p001262)の姿も見える――あぁそうだ。『止め』に来たのだ、彼らは。
 ……俺の知ってる貴女は、皆とお話をするのが好きな人だった。でも、今は。
「力で全てを飲み込もうとしてる」
「違うよ。これは力なんかじゃない――皆が幸せになる為に必要な事なんだ」
「それは言い聞かせてるのかな? 自分に。
 思い出してよ偲雪さま。それは……それをやったらもう、貴方じゃないんだ」
「何を言ってるの? イーハトーヴは、分かってくれないの?」
 イーハトーヴは語る。語り続ける。
 周囲を俯瞰するような視点で注意しつつ、それでも魂の視線は偲雪ただ一人へと。
 逸らさない。だって、友達だから。
 ……友達だから、貴女の在り方を汚させたくない。
「誰もが仲良く、平穏に暮らす世界を創る。
 そのはずだったのに今の偲雪さんがやっているのは……暴力なんじゃないかな」
 続けて文も偲雪を見せながら想い馳せる。
 あぁ――狂気的に染まった願いだとしても共感を覚えたものだ。
 彼女の願いはどこかに確かな純粋を秘めていた。
 青い想いだったとしても、それでも尊き意志があった。
 だから、だろうか。『この場所から人々を救う』と誓っていたのに――
(……『彼』に似た雰囲気の偲雪さんは、どうしても敵意を向けられなかった)
 刹那、文が視線を僅かに逸らした先にいたのは『彼』……イーハトーヴである。怨霊化身の歪んだ想いに負けぬ様に結い紐と、想い出のバッジをその五指の内に握りしめながら文は冷静の儘で在り続けるのだ。
 だって。平和の想いは誰かの内から湧いてくるものだ。
 決して。誰かによって強制的に押し付けられるものではないのだから。
 己の心を侵させたりなどしない為にも、彼は決意した。迷うのは止めたのだ!
「――今日、貴女だったものを討ちます。どうか力を貸してください、偲雪さん」
「うん。イーハトーヴ、文。思いっきりやっちゃって! 大丈夫、私が支えるから!」
「偲雪さま――いってきます」
 であればこそ正気の偲雪からの鼓舞も受けつつ彼らは往こう。
 過ちに終焉を齎す為に――!
 クロバが怨霊の思念の壁を切り拓き、メイメイが神翼の権能をもってして守人ごと薙ぐ。
 さすればイーハトーヴと文が抉じ開けられた穴から間髪入れず――怨霊化身へと撃を届けようか。文は、万年筆によって虚空に文字を描こう。さればそれは神秘を宿した力となりて飛来し、怨霊の身を弾かんとする一撃に昇華。
 直接的な戦闘力は低いと目される彼女の身を揺るがさせる――!
「過去の偲雪さんが目指した夢を聞いてきたよ。偲雪さんは鬼が差別されているのを見過ごせなかった。差別が無く、鬼の子達とも普通に遊べる国が作りたかった――そうだよね? 皆が笑っていられる国を作りたかったんだ。とっても、素敵な夢だと思ったよ」
 同時。味方の作った偲雪の隙を突く形で跳躍したのは『魔法騎士』セララ(p3p000273)だ。彼女の思念の波を乗り越え、彼女の懐に飛び込まんとする――
 それはかつて過去の逆回しの際にセララが体験した事の一端。
 皆の笑顔。ああとってもいいと思う。思う、から――
「キミの暴走はボク達が止めてみせる! 偲雪さんが目指した国のために!」
「セララ……違うよ! 私が進めばいいんだよ! 私は止まっちゃダメなんだ!!
 私が止まったらみんなが苦しむ世界が続いちゃう! だから止まる訳には――!」
「ううん。止まっていいんだよ、偲雪さん……! 大丈夫!
 強制されず、皆が自然と笑顔になれる未来を掴み取ってみせる!
 偲雪さんの強い想いは分かるけれど、それでも、ボクの目指す未来は――!」
 誰かに導かれての平和じゃなくて。誰かと一緒に進んで勝ち取る未来なんだから!
 踏み込むセララ。口端に咥えたドーナッツの力を全身に巡らせ、全霊の一撃を紡ごう。
 すぐさま精神干渉の念波が襲ってくる、が――
(こんなのなんて事はないよ……!!)
 負けない。負けるもんか! 彼女は心の奥底より響き渡る鼓舞を胸に抱く――
 皆が笑顔になれる国。偲雪さんの本当の想い。
 絶対の絶対に掴み取ってみせる! その為にも微睡んでいる暇なんて――ないんだ!
 宿りし瑞神の加護も彼女に踏み込む力を与えれば、確かなる意思を瞳に宿しつつ往こう。
 正気は渡さない。暴走している偲雪さんを、止めるんだ!
「過去の、幻影の雲上さんと会った時……名前を聞けたよ。
 豊穣に召喚される前の、本当の名前。
 君にも、偲雪さんにも本当の……召喚前の名前はあるのかなって」
 更に『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)もまた、過去の事に想いを馳せようか。『常帝』雲上――彼の本当の名はウィリアムという。この地にバグ召喚された際に文化への迎合として名を変えた、と。
 ならばあるのではないか。偲雪にも――ソレが。
「……まぁ別に僕に明かせ、とは言わないよ。でも信頼している相手にぐらいは明かしてもいいんじゃないかな? ――君の旅路は、今日此処で途絶えるんだ。好む、好まざるに関わらずね」
「そうはいかないよ。君だって邪魔をするのなら……
 私に『協力』してもらうんだから! 無理やりだったとしてもね!」
「――残念だよ。本当に、こんな事になって」
 ヨゾラもまた進もう。あの過去の幻影で触れ合った一時を、思い浮かべながら……
 それでも怨霊化身たる彼女は見るに堪えないと――
 あぁそうだ、と。彼は正気の偲雪の方を一瞬だけ見据えようか。
「今の、聞いたよね? 本当の名前の話――あの過去の幻影で、幻影の君に会う事も…守る事も……君に星空を見せる事すら叶わなかった旅人の戯言だと思ってよ」
「ヨゾラ、君は――」
「……それじゃ、行ってくる。どうか悔いのない結末を」
 どうしても心残りだったから。それだけはヨゾラの心に引っかかっていたから。
 加護を纏いて彼は跳ぶ。狙うは一つ――怨霊化身を殴りつける事。
 あの狂気の教えを誰しもに広めんとしている者を、だ!
「僕の願いは貴様になんて叶えられない。貴様の狂気に染まれば僕は『不幸』になるから」
 故に怨霊化身の力を薙ぐ。目に見えぬ、しかし確かに其処にある壁のようなものを。
「意味が分からないよ。私は誰も――不幸になんてしない」
「増長するな! 踏み込むな! あぁ僕は……幸せじゃないし良くない! 不満なんてありまくりだ! だけど僕は貴様とは……幸せに洗脳しようとする貴様なんかとは幸せに……なれる訳ないだろうが!」
 僕の幸せを侵すな! 僕の喜びを、思い出を、混沌世界で得たものを!
 ――これから先の幸せを侵すな!
 彼は叫ぶ。魂の奥底から……そして怨霊化身へと極撃一閃。
 何度でも何度でも打ち込もう。怨霊化身が自らの過ちを悟るまで――!
「『偲雪』さん……また会えたね」
「リュコス――来てくれたんだね」
「うん、勿論だよ。だって……”友達”だもん」
 であれば『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)も至ろう。
 彼女の傍へ。今だけしか許されない奇跡でも……
 『あの時』と変わらない『偲雪』とまた会えた喜びが、胸の内に確かにあるから。
 リュコスは優れた感覚を用いて周囲の状況を把握せんとする。特に、怨霊化身の偲雪が持っているであろう遺骨箱が偽でないか……正確に確かめる。だが、まだだ。まだ攻撃は仕掛けない。これは準備だから。
 故に正気の偲雪を護らんと立ち回ろう。彼女に魔の手を一切近寄らせまい。
 ――本命は、刹那の『隙』を見据えてから、だ。
「あ奴の下へ往きたい者がいるのだろう? ならば往け。わしは押してやろうぞ」
 そして神使らが徐々に、偲雪への距離を縮めていく。
 瑞鬼は守りに付いている守人らと『遊ぶ』とばかりに立ち回る。正しき黄泉に送ってやろうと――それに、偲雪へ語りたい子らが大勢いる事だろう事でもあるが故。偲雪とはてんで考えが合わなんだが……
(だがまぁ……神使の子らを見て思ったことは同じじゃろうて)
 この子らがいればきっとこれからも大丈夫じゃと、思う事であろう。
 真摯に向き合えば。偲雪が真の意味で子らを見据えれば――
「アンタは此処でオレともう少し語らおうゼ、なァ」
「あなた方も、俺らも、ただ笑って過ごしたかっただけなのかもしれねえですが。
 ……あなた方は過去なんですよ。もうちょいあんたらの子供の子供の……
 そういう先を信じて、眠っててくれませんかね」
 更に三毒も守人らの迎撃を押し留め、慧も弱った個体から成仏の助力を果たそう。
 心配しないで大丈夫なのだ。現世の者らは、そんなに弱くない。
 我々は我々の足で未来を紡いでいくから――
「然り。この国に貴様の思想は不要なのだ。
 ――さぁ。貴様を殺す鬼が地獄の底からやって来たぞ」
「うぅ、君はどこまでも分かってくれないね……!」
「永劫の時を重ねようと同調などあり得んよ。此処で朽ちて滅ぶがいい」
 そして『やさしき愛妻家』黒影 鬼灯(p3p007949)は極大なる殺意と共に至る。
 章殿、暦、孤児院の子らに帝、晴明殿……
 そしてこの豊穣の地、俺にとって全てが護るべき存在なのだ。
 お前はそれを脅かす。ならば俺の敵で、この國にとっての癌だ。
 あぁ自らが癌であるとも自覚せぬ愚か者よ……

 その首、頂戴致す。

「――空繰舞台の幕を上げろ」
 今こそ我等の敵を滅す時だ。
 鬼灯は往く。超速の身に至りて、しかしそれでもただただ標的は一つだとばかりに。
 針の様な殺意を――怨霊化身へと。振るう一撃はかの存在の自由を奪うかの如く。
 血よ流れよ。魂よ零れろ。糸に絡まる蟲の様にもだえ苦しむがいい。
「むむむ~! そうやってすぐ暴力に訴える……いいの? みんなみんな笑顔の方が好きでしょ! 手を取り合って生きて行こうよ、仲のいい人達と一緒に!」
「戯言をこれ以上弄すな。あぁ、確かに良き者らとは生きていく――だがお前は必要ない」
 偲雪が常に脳髄へと響く念話を送ってくる、が。
 彼はただひたすらに『己』の存在を思い起こそう。己は暦の頭領である、と。
 ――俺には護らねばならぬものがある。
 そして俺の帰りを待ってくれている者達が大勢居るのだ。
「貴様の言葉程度で俺の覚悟を、黒影鬼灯の精神を揺らせると思うなよ。
 貴様の塗り潰すだけの、相手の意思や想いを踏み躙るような言葉とは重みが違うのだ。
 お前には重みが無い。繋がりが無い。他者を穢す事でしか成しえぬ愚か者よ!」
 鬼灯は穿つ。どこまでもどこまでも、強い意志と共に。
 この場で穢れた国は終わらせるのだ――それに何より。
 ――俺の大事なものを穢し続けたのだ。決して楽に死ねると思うなよ。
「人は生きている限り傷付き、失い、苦しむものよ」
 続く言葉は『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)だ。
 傷つかない世界なんて存在しない。生きていれば転ぶ事だって幾らでもある。
 でも、人はそれらを経験して乗り越えた先で、はじめて幸せを感じられるの。
 そんな『幸せを目指す人々』の想いを――
「貴女の傲慢に塗りつぶされるなんてあってはならないの。
 ……ねぇ、知ってるかしら? この国の人々は先の動乱で幾度と苦しんでいた。
 苦しめた者がいて。皆の心が下を向いてしまって。だけど……
 それでも乗り越える力があるのよ。復興の為に歩み出す心が――あるのよ」
「私がいれば、苦しむ事そのものがないよ。笑顔だけで溢れさせてみせる……!」
「分からないの? ――貴方の力がなくても、立ち上がる狭間に確かな笑顔も浮かんでいるって」
 アルテミアは一気に肉薄。怨霊化身の力を恐れる事なく、その刃を振るう。
 狙うのならば本体である遺骨箱を狙いたいが――流石に警戒が激しいのか、決定打を叩き込む為にもまずは人型の消耗を狙うのである。ただ、アルテミアの口の端から零れる言葉に……嘘偽りや注意を引く意図は一切ない。
 揺らがない。私は、絶対に。
 多くの苦しみを、悲しみを、心の痛みを経験してきた。
 親友を傷付けた後悔も、エルメリアを喪った悲しみも、あった。
 あんな経験――もう一度味わいたいだなんてとても思わない。
(……どれほど後悔を重ねてきたか分からないわ)
 それでもと。彼女の瞳は前だけを向き続ける。
 この気持ちは。この心は、それでも自分だけのものなのだ。
 ――貴方なんかに好き勝手塗りつぶさせたりなんかしない。だから……!
(エルメリア……瑞さまの為にも力を貸してね)
 彼女の剣に力が宿る。彼女の願いに誰かが応える様に、燃え盛る。
 その一閃は――怨霊の身と干渉を断ち切る力を宿そう。
 この国の未来を切り開く為の力。かつて確かにこの国にあったエルメリアの陽炎――
「あ、ぁ、ぁあ――どうして――どうして……!!」
 然らば怨霊化身たる偲雪に異変が生じ始める。
 ――度重なる攻勢によってその身に亀裂が走り始めているのだ。
 おかしい。こんなのは、おかしい。甘さを捨て、収束された狂気の願いを紡いでいるのに、どうして誰も折れない? どうして誰も賛同しない? どうして、どうして、ドウシテ――
 痛いよ痛いよ苦しいよ。どうして皆苦しいのが好きなの。
 私が私が私が皆を導けば――あああああッ!

「偲雪様。星穹に御座います」

 刹那。語り掛けたのは――『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)だ。
 そのすぐ隣には……『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)もいようか。
 二人は共に至った。確かなる想いを胸に――
「あ、あ、あ、ぁ、ぁ、星穹、ちゃ、帰って、き」
「……いいえ、偲雪様。私は……帰るべき所を見つけました」
 されば怨霊化身は星穹へと手を伸ばし、しかし。
 星穹が見据えるのは……もう此処ではないのだ。崩壊する常世穢国ではないのだ。
 ……瑠々、プラック。
 私達は皆道を違えてしまった。
 瑠々は狂気の道へと堕ち。プラックは奇跡を起こして逝き。
 そして――私はきっと、独り生き長らえるのでしょう。
 ……皆、一時は同じ道の中にあった筈なのに。
 気付けば皆、もう同じ道筋にいなかった。
「申し訳ありません。
 もしも……背負うことが私の罪だと言うのなら私は永遠に背負い続けましょう。
 私は、きっと永久に覚え続けましょう。二人の事も、貴女の事も」
 今でも思う。どうすれば私達三人は、同じ道を見て笑いあうことが出来たのかと。
 ……だけれども、もう全ては過ぎ去りし日の事。
 今となっては何が正解だったのかなんて、もうわからない……
 でも。たった一つだけ、確かな事があるとすれば。
「もしも私に――『縁』がなかったのなら」
 きっと、私もそちらに居たのでしょうね。
 共にこの国に殉じたか。それとも常世の果てへ至っていたか。
 ……無為なる仮定か。さようなら、常世穢国。

 私の時を捧げた国。
 私に願いをくれた主。
 私の友である二人。
 私を壊した涙の祝福(呪い)

 私は忘れない、貴方達と過ごした日々を。
 私は忘れない、多くを傷付け、奪い、苦しめた罪を。
 『彼』を傷付けた……私の言の葉を。
「――ヴェルグリーズ。もう、私は忘れません」
 貴方の名前を呼ぶ、この愛しさを。
 貴方の名前を呼べる、この充足を。
 ヴェルグリーズ。ヴェルグリーズ――
「……あぁ星穹。分かっている。だからどうか――心残りの無いように」
 同時。ヴェルグリーズは瞼を閉じる。
 常世穢国……思えば心揺らされることの多い日々だった。
 こうして星穹と肩を並べられているのも細い糸を手繰り寄せるようなものだった。
 ……でも、すべてを乗り越えて今俺達はこの地に立っている。
 隣に彼女がいる。隣に確かな温もりが在る。
 もう離さない。もう指先から零したりなどしない。
 ――だから。
「偲雪殿、キミの目指した国は確かに美しかったのかもしれない。
 その理想の一切合切が分からないとは言わない。
 ……だけれどもこの国の未来を決める権利はあくまで今を生きる人達にしかないんだ」
「そんな、事はない、私が、私なら、私だったら! 全部出来てみせる!!」
「――その強い想いがあるあまり、こうして残ってしまったのだろうね」
 けれど。それでも。
 偲雪殿はすでに死した人間……この国の過去となってしまったものでしかない。
 死者の干渉は許されないことなんだよ。ましてや生者を踏みにじるだなんて。
「どうか、この地でゆっくりと休んでほしい。
 どうか、誰しもを塗りつぶすのではなく、誰しもを見守っていてほしい。
 これからのこの国と。そこに住む民の生き様と――魂を」
「偲雪様。私は――貴方の最期を見届けたく存じます。
 友として。仲間として。裏切り者として。
 貴方が残したかった世界を……私達が残していくために」
「――ぁぁぁ、あああ、あああああ!!」
 発狂。絶叫。憤怒。憎悪。
 意味が分からない。どうして誰も理解してくれない。
 皆私の下から連れて行く! 離れていく!!
 それなら、それなら、もう何もかも――!!
「我が主ッ――!!」
 直後。怨霊化身の下へと駆けつけんとしたのは瑠々か。
 主の危機とあらば忠誠を誓う彼女が動くのは当然であった、が。
 しかしその動きは阻まれる。
「……おい。そんなに急いで主様の所にってか?
 偲雪が我が主、なんだろ。じゃあ――
 そいつが狂気に狂ってんのにてめぇは何してんだ!!」
 零だ。彼は叱り飛ばすかの如く、瑠々へと立ち塞がろう。
 百歩譲って偲雪に仕えるとしても、だ。
 今のままで偲雪が最初に……本当に望んだ国は創れねぇ事、分かるだろうが!
「大事な奴の間違えは、正すべきだ、違うか百合草 瑠々ッ!」
「間違い? 間違いだと――主の目指す極地に、間違いなど……ないッ!」
「なんだと――? それは本気で言っているのか」
 瑠々の一撃を弾きて捌く零。それに次いで語るは武器商人だ。
 ……気に入らん。主人を見つけ仕えるのはいい。
「我(アタシ)と殺し合うのもいいだろう。だが」
 だが――その無様な姿はなんだ。その心持ちはなんだ。
 その体たらくでは心底、殺す価値すら無い。
 貴様が仕えたかったのは何だ、百合草瑠々。
 偲雪の方か、その思想か、それとも意志を塗り潰す怨念の塊か。
 いずれであろうと貴様の心に不足がないならばいい。
 ――だが殉じて死ぬなら他者の狂気を受け入れるな。
 迷いがあるならその旗を下ろせ。
 聴かせろ。
「貴様は何を望んだ?」
「私の望みは――主の望み、太平の世を叶える事――」
「それは真に、貴様自身の深奥にあるモノか?」
 偲雪の権能による狂気ではないのかと、武器商人は語り掛ける。
 ――どうなのだ。目を見て応えてみせろ。
「然り。ここで言葉に詰まるようならば、それが器の限界と言う事だな」
 更に忠継も、瑠々と刃を交わせながら意志も伝えよう。
 剣は弾いて受け流す。そうだ。我らの剣は受けず、流し、機を作る盾ならば。
「褒美をくれてやろうか。我が紫炎、お前に背負わせし業、お前が討つべき敵を」
「歪ませんとするつもりか。私の、主への忠誠を。軋みをいられるとでも!」
「主という言葉は免罪符ではない。お前の視界には何が映るか――」
「瑠々さん……! ねぇ、聞いて!」
 次いでフラーゴラも言を重ねようか。
 彼女は幾重にも撃を重ねていた。それは瑠々の体力を着実に奪っていたか。
 だけど殺す為ではない。それは――語らいの暇を作る為。
 ……瑠々さんに伝えるんだ。ワタシの想いを。
 真正面から。
 それだけだけど、偲雪さんと違うってこと。
 ワタシが瑠々さんを思ってるってこと。
 全部全部――アナタに伝わりますように。
「友達、だから。話したいよ」
「――まだお前はそんな事を」
「言うよ。どこまでも、言う。だって『友達』なんだから!」
 手を伸ばす。瑠々の目を真っ直ぐに見据えながら。
 手を力強く握ろう。
 皆が願う。奇跡の再来を――彼女の狂気を払わんとする願いを。
 ワタシの全部……はあげられないかもしれない。
 だってやっぱりワタシはアトさんが好き。
 アトさんと一緒に生きていきたい。そして瑠々さんにもいてほしいから!
「瑠々さん!」
「瑠々――! 起きろ馬鹿野郎!
 正気でも狂気でも偲雪はお前に死ぬ事なんざ望まねぇだろうが!!
 死線を潜らせる奴が――本当に偲雪なのかよ!!」
「ッ――!!」
 もっと話そう。遊ぼうよ! こっちにおいで……!!
 彼女にある狂気を払わんと皆の願いが紡がれんとする――
 ……だが狂気に堕ちた者を取り戻す、というのも代償は軽くない。
 一時ならまだ在り得るかもしれない。しかしこれからも、となれば話は別なのだ。
 それはこれからの未来を救い、生を紡ぐのと同義。誰ぞの『命』が必要になるかもしれない。
 一つの狂気を救うために、もしかしたら二つ三つ必要かもしれぬ。
 ……故に。自らの命と引き換えにでも、であれば成しえたかもしれない。
 しかし共に未来を歩む事を望むのであれば、届かぬ。ただし――
「お前らは――全員馬鹿だな」
 それぞれの想いに、純粋に。
 瑠々自身が応える事はあるかもしれなかった。
「多少は、目が晴れたか? それとも未だ主人に尽くさんとするか」
「舐めるなよ武器商人。太平の世を願う主に付こうと思った事に嘘はない。
 ――狂気に塗りつぶされたのではなく、受け入れたのだから」
「そうかい。なら――」
 殺すしかないね、と武器商人が紡ごうとした、その時。
「……だがプラックの馬鹿が奇跡を成し、主が二つに別たれ、相争うならば。
 私は――どちらに付けぬのもまた道理ではあるかもしれない」
「……それがお前の答えだというのか」
 忠継の視線の先には、影に消えんとする瑠々の姿があった。
 この戦いにおいて退くつもりか。勝った主に従う、と。
 怨霊化身が勝てば引き続き彼女の塗りつぶしに属し。
 正気なる主が怨霊側を打ち砕けば……さて。
「初代とやら。例え主が狂おうと、尽くし続ける影が一つあっても――良いとはおもわないか」
「……」
「待って、瑠々さん……! 待って!!」
 フラーゴラが叫ぶ。瑠々さん――考えてみてよ!
 もしも、この世界……混沌に戦いがなかったら……ワタシたち、一緒の学校に通っていたりするかもしれなかった。朝登校しておはようって挨拶して。一緒に勉強したり、お弁当の甘い卵焼きを頬張って、放課後コーヒーショップで買い食いしたり――!
 休みの日には遊びに行くの! そうだな……ワタシ、バラが見たい!
 バラ園に行くなんてどうかな。きっと綺麗で、瑠々さんはとっても似合って……
 ねぇ、そんな繋がりが、あるかもしれなかったんだよ……!
「一緒にいようよ――瑠々さん!」
「フラーゴラ」
 そんな事は無いんだよ。そんな事はないから、俺とお前は別たれたんだ。
 お前は――あぁ。
「……ばかだな」
 瑠々の気配が、消える。
 彼女は主には歯向かえない。だけど、正気の主にも歯向かうべきでないとすれば。
 戦線を離脱する。それは……神使らの魂の叫びもあってこその事であったろう。
「君が行きもし久にあらば梅柳 誰れとともにか我がかづらかむ――」
 であれば忠継は謳う。
 ソレは忠継の心の儘に。これも忠の証の一つか、と……
 彼女はまたいずれどこかで現れるだろう。

 太平の世を望む、その心が――味方か、敵かは知らねども……

 ……そして瑠々の離脱を契機として、守人らの防備は完全に崩れ始めていた。
「瑞殿! 偲雪ちゃん! 力を貸して下さい!」
 そこへルル家が攻め立てる。狙うのは――遺骨箱か。
 どこまで可能か分からない、が。せめて遺骨の邪気を払ってみせようと……!
 本当は。怨霊にして狂気の塊だろうが、戦う事なんてどうでもいいのだ。
 ただ、ただ拙者は――
(少しでも穏やかな気持ちで――眠ってほしいのです)
 だからどうか頼む。
 この一時だけでも、彼女に安息を――!
 彼女の動きは奪取の一点に洗練されている。あぁなんとか、なんとかこの手に、箱を――!
「うぅぅ――!! させ、ない。皆嫌いだ。嫌いだ、きらいだきらいだきらいだ――!!」
「足掻かせん。足掻かせんぞ! お前は――終わるのだ!」
 されば鬼灯が飛び出す。偲雪の本体を粉々に砕く為に。
 狙うは一点遺骨箱のみ――! これさえ砕けば全てが終わる。
 刹那。鬼灯の全身を、見えぬ圧が襲った。洗脳の念波を集中的に重ねてきたのか?
「ぬ、ぐ――!」
 脳髄が軋むようだ。目の端から流血が走る。
 ――だが、折れない。彼は、砕けない。
 ……大丈夫だ、師走。俺は必ず生きて帰る。
「それが忍の……否ッ!」
 俺自身の役目なのだから!
 力を振り絞る。彼の全霊たる一撃が怨霊化身を襲いて――
「きゃああ!?」
 その身の動きを、刹那に止めようか。
 本当に微かな出来事だった。時間にして数秒程度だろうか――
 しかし。その一寸を見逃さずリュコスがかっ飛ばす。全力の跳躍が、一気に距離を詰めようか。
 それはまるで怨霊化身の嘆きに反応するが如く。
 ともすれば彼女の念に呑まれたか――只人であればそう見えるだろう、が。
「偲雪さん。ぼくは、また、偲雪さんのおかしが食べたいよ」
 違う。リュコスは、正気だ。
 ……騙されて死んだ人にまた嘘を――なんてひどいと思う、けれど。
 でも通さなきゃ。やり遂げなきゃ。
 ――『偲雪』の為にも。あの日の偲雪を、覚えているんだから。
「食べさせて、くれる?」
「リュコス――ッ!」
「見え、ました……! 偲雪さま、お覚悟を……!」
 怨霊化身の顔が、驚愕の色に染まる。だけど彼女が反応しきる前に。
 遺骨箱を、噛み砕いた――直後にはメイメイの放つ牙の一閃も直撃しようか。
 終わりにするんだ、これで。この想いは嘘なんかじゃないから。
 箱が欠け、内より白き粉が舞い散る。それは骨、か。
 宙に浮かび飛び、そして蕩けるように……消えていく。
「――あぁ。偲雪よ」
 さすれば瑞神は悟る。怨霊化身からも、多くの力が抜けていくことに。
 怨霊たる身から……数多の妄執たる感情が抜けていくことに。
 同時に常世穢国自体に巨大な亀裂が走るのも感じようか。
 ……終わる。終わるのだ、この国が。この地の全てが。
「瑞。うん、ありがとね。随分と――無理をさせちゃった」
「……私は何という事はありません、それよりも」
「うんうん――もう一度だけでも、逢えて良かった」
 然らば。その崩壊に伴って正気の方の偲雪も……希薄となっていく。
 彼女は死人。消え失せるのが本来の道理であれば、これが正しい結末なのだろう。
 だけど――
「――なあ、偲雪さん!」
 風牙は、言いたい事があった。どうしてもその前に伝えたい事が――
「あんた、何度もオレに『お友達になりましょう』って『共に歩みましょう』って誘われたなあ。あんときゃ突っぱねたけど、さ――」
 一息。そして。
「今度はこっちからお願いする! 偲雪さん! オレと友達になってくれ! 共に、みんなの幸せのために頑張らせてくれ! その想いを、願いを、オレにも引き継がせてくれ!!」
「風牙――」
「分かったんだよオレ、オレ……ああ、クソ、ちくしょう。もっとさ、もっと言いたい事があるんだけどさ。クソ、もっと早く考えとけば……!」
 風牙の喉奥から零れる言葉は、とめどない。
 すぐ、消えちまうんだよな。そうだよな。だって死んでるのが本当なんだもんな。
 ――もっと話をしたかったな。話したいこといっぱいあるんだぜ。巫女たちのこととか!
 だけど、ダメだ。話したい事が多すぎて、溢れて消えて、何から話せばいいのか。
 おかしいな、喉の奥が枯れそうだ。
 墓参り、するよ。あんたのあんたの墓前でこの国のこれまでとこれからを、いっぱい話すから。毎年、ちゃんと墓参りして、そのたびに報告させてもらうぜ、もちろん吉報ばかりだ。そうなるに決まってる。そうならないなんて嘘だからよ!
 だから、だから……!
「友達、ね。うん! いいよ、約束だよ!」
「ああ――絶対だ、ありがとうな!」
 ゆびきーりげんまーん! ふふ、約束、だよ。
「瑞様……これが最後の時です。お言葉があるならば」
「――ええ、ありがとうございますアルテミア。ですが」
「私ならば……伝えたい事は伝えました」
 ですので、とアルテミアは祈りを捧げよう。
 彼女は間違った事を強行したけれど。
 せめて彼女の魂が安らかに眠る事を願うぐらいは――罪ではない。
 ……更に、ルル家は言葉よりも先に握る。偲雪の手の平を。
 消えていく……温もりが消えていく中、最後まで想いを伝える為に。
「約束します。いつか必ず皆が笑い合える国を、世界を作ります」
 きっとすぐに為せる理想ではありません。拙者の人生では足りないかも知れません。
 しかし……もし拙者が駄目でも拙者の子供が。
 子供がなせなければ孫がその想いを継いでいきます。
 そうやって世界は少しずつ紡がれてきたのです。
 そうやってこの国は貴方の想いと共に歩んできたのです。
 そして今――良くなってきているんです、この国の未来は。
「だから、ずっと見守っていてください」
「ふふ、ふ。そうだね。ルル家。ルル家なら……きっと出来るよ……
 ルル家の子供、かぁ――家族、かぁ――皆の未来を、見たかった、なぁ」
「偲雪ちゃん……!!」
「……眠れ優しき帝よ。お前の抱いた夢は、きっといつの日にか叶うと信じろ」
 クロバも言を紡ごうか。短く、しかし死神にしては優しすぎる……意が込められながら。
「めぇ……偲雪さまはもう充分、頑張りました、よ。
 ……どうか、お休みください。とっても、とっても、頑張りました、ね」
「えぇ本当に。本当によく、頑張りましたね。
 皆を困らせるようなことは……もうやってはだめですよ。
 次は……次があるなら、きっと覚えていてくださいね」
 更にメイメイも握りしめよう。かつて……メイメイは彼女の手を取れなかった。
 魔種である者の誘いであったから。けれど、今は違う。
 手を伸ばして、掴んで、連れて行こう。夢の果て、旅の終わりの場所へ。
 偲雪さまが安らげる……地へと。
 なればマリエッタは偲雪の頭を撫ぜるように。
 駄々をこねていた子供をあやすように――優しく、言葉を零そう。
「……どうか安らかに。この森はきっとそう言う場所ですから」
「全部終わったら――花ぐらいなら供えてやるさ。あぁ安心しな」
「……往くべき所へ往けるように祈ろう。それぐらい、良いだろう?」
 次いで慧に三毒、そしてアーマデルも言の葉を紡ごうか。
 ここももとはきっと静かな、眠りにつくのに相応しい森だった筈。
 過ちの夢、ここから出すことは許せないけれども。
 此処でゆっくりと瞼を閉じるのは……誰にも許される事であろう、と。
「偲雪さま、俺、貴女に会えて良かった。幸せだったよ」
「イーハトーヴ……イーハトーヴは、いつも、いつまでも、優しい、ね」
「……優しいのは、偲雪さまだよ」
 傍に至るイーハトーヴ。彼は……戦った。
 この国の終焉を望む彼女と、狂気に突き進む彼女。
 どちらも俺が友達になりたいと願った『偲雪さま』なら――
 戦う事がきっと、友達のためにできる、今思いつく限りの最善だったから。
 ……ねぇ偲雪さま教えて。
 貴女の見たい景色を。貴女の安息の景色を。どこに、あるのかな。
「見たい、景色……」
「まって、偲雪さん。行かないで。まって。ここにいて」
 瞬間。駆けつけてきたのは――シキ、か。
 待って。待つんだ。いかないでほしい。
 シキは偲雪を抱きしめよう。だって、おかしいよ。
 いらないものをポイして『きっとハッピーエンド』なんて私は認めない!
 御免だ、そんなの! だって全部全部含めて――偲雪さんでしょう!?

 ――わたしと君は友達だ。
 ――君はひとりじゃない。
 ――もう二度とひとりにはしたくない!

「いっしょにいるよ。だから、偲雪さんもいっしょにいて……!
 瑞、ずい! お願い、わがままだけど力を貸して……!」
「……シキ。しかし……」
 いなくならないように。強く、強く。抱きしめる。
 あの日取り零したモノを――ようやく握れた気がするんだ。
 その身体を。その手を。だからもう少しいておくれ。ねぇ、偲雪さん……
 だからお願い、偲雪。
 生きて、私と一緒にいて。魔種としての君は死んだ。人として間違った君は死んだ。
 だから――!!
「ダメだよ、シキちゃん。その願いはきっと、あなたを殺しちゃう」
 だけど。そんなシキの身体を……暖かな手が包み返した。
 奇跡は命を懸けねばならぬ。結果として生き残る事はあるかもしれないが、しかし。
 偲雪自身が拒絶した。だって――
「シキちゃんには、こっちに来てほしく無いなぁ」
「偲雪さ……!」
「まだだめだよ。もっともっと、ずっとずっと年を取ってから……じゃないと……」
 シキちゃんと一緒に生きれる未来は、とっても楽しみだけど。
 皆言ってたじゃない。この世は今を生きている人達で繋いでいく者なんだ。
 私も――そう思う。
 狂気が失われた今、私もきっとそう思うから。
 シキちゃんを連れて行く訳にはいかない。
「シキちゃんも皆も、ずっとずっと昔に会いたかったな。でもそれはきっと私の我儘だよね」
「……偲雪様。私は……貴方が叶えられなかった笑顔溢れる国を、より多くの力を借りて残してみせます。必ずや。いつか貴女に胸を張ってご報告出来るように」
「おやすみ、偲雪殿。キミの想いは瑞殿や星穹が受け取るからどうかこの地でゆっくり休んでほしい。もう誰もあなたを害する人はいない……あぁ、もしも次に会えたなら俺もキミとゆっくり話がしてみたいな」
「そうだね……もしもまた、いつか会えたなら……」
「はい……偲雪様。その時は、今度こそ友として過ごしましょう」
 星穹にヴェルグリーズが言を紡ぐ、が。もう偲雪には……皆の顔が見えなくなっていた。
 まだ皆そこにいてくれているのかな。ありがとう、ね――
 故に看取る。リュコスは、今度こそ。
 本当はもっとお話ししたかった。もっともっと触れ合って、もっと一杯お菓子も食べて……
 でもあんなに優しい偲雪が一人で死んでしまって……それがずっと心残りだった。
 お別れする運命は変えられないけど。
 けど、それでも。
「今度は一人じゃない……よね。一緒だよ、此処にいるよ」
「うん……ぅ……ん……リュ……ス……」
 声が聞こえなくなっていく。命が消えていく。
 ――でもきっとそれが正しいんだ。
 現世に迷い続けた霊魂が、正しい道へと帰っていく――
 ねぇ、偲雪。やさしい王様……
「今度こそ『さよなら』は」
 届いたよね。

 これからずっと旅に出る。
 ずっとずっと旅に出る。
 帰ってこれない旅かもしれない。もう二度と、誰にも会えないかもしれない。
 だけど、もしも。
 もしも次があるのなら。もしももう一度この世界に生れ落ちる事があるのなら。
 またいつか会おう。
 常世の果てがあるのなら。
 もう一度みんなに会えるのなら。
 旅が終わった時に、きっと――きっと。

 きっと暖かな世界が広がっていると、信じているから。

「――瑞さま、大丈夫ですか? おつらそうかと、思いまして」
「…………そう、ですね。大丈夫ですよ。今まで幾人も見送ってきましたから」
 刹那。瑞神へと声を紡いだのは、メイメイか。
 瑞神は天を眺めている。まるで偲雪を、見送る様に。
 ……大切な娘のような存在と再びの別れ。
 そんなもの、慣れたりはしないでしょう?
「……お傍にいます、瑞さま」
 だからせめて。問う事はせずとも、その傍にいようとメイメイは務める。
 神霊だって、覚悟を決めてたって、哀しくない筈がないです、よね。
 そっと彼女は共にあろう。
 ……常世は晴れた。空には満天の星空が広がっていようか。

 あぁ。とてもとても――澄んだ空が、其処にあったんだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
祝呪反魂
カイト・シャルラハ(p3p000684)[重傷]
風読禽
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)[重傷]
陰陽式
雪村 沙月(p3p007273)[重傷]
月下美人
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)[重傷]
紫煙揺らし
希紗良(p3p008628)[重傷]
鬼菱ノ姫
ルブラット・メルクライン(p3p009557)[重傷]
61分目の針

あとがき

 ――ありがとうございました。

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