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シナリオ詳細

<グラオ・クローネ2023>GelatoallaVaniglia

完了

参加者 : 44 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ペールホワイトのカーテンから眩い朝陽が差し込んで来る。
 柔らかなベッドの中でもう少し微睡んでいたいと寝返りを打った『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)の耳に小さな足音が聞こえて来た。
 それはそっとティナリスのベッドに近づく。次の瞬間、背中側のスプリングが沈み、耳朶に少し固い髭が当たった。それでもティナリスは微睡みの中を漂う。
「にゃー」
 床を歩いて来た猫の、肉球の冷たさが頬に伝わって。
「は、っ!」
 驚いてブルースピネルの瞳を見開いたティナリスは、自分の顔を覗き込む飼い猫と目が合った。
「ミルキィ」
 主人がようやく起きた事が嬉しくて、ゴロゴロと喉を鳴らし頭を擦りつけるミルキィを撫でる。
「おはよう、ミルキィ」



 上半身を起こしたティナリスはミルキィを抱き上げて顔を近づけた。
 けれど、ミルキィの冷たい肉球が「顔を近づけるな」と言わんばかりに頬に押しつけられる。
「ん、ふふ……今日はだめなの? 昨日はご機嫌さんでお顔にもすりすりしてくれたじゃない」
 そんな気まぐれな所も可愛いのだけれど。
 もしかしたら、今日は『そんなことより』お腹が空いているのかもしれない。
 小さく鳴いたミルキィに急かされるように、ベッドから出たティナリスは前をとことこ歩く『家族』の姿に青い瞳を細めた。

 今日は休息日。
 騎士団のお勤めは無い。
 それでもティナリスはいつも通り制服に袖を通す。
 鏡越しにちらりとテーブルの上に置いてある包みに視線を向けた。
 柔らかなパステルグリーンの包装。中身は手作りのチョコレートケーキである。
 先日、お世話になったイレギュラーズへのグラオ・クローネのプレゼントだ。
 思い出すだけで、ドキドキと胸が高鳴る。
「はぁ……」
 憧れのイレギュラーズ達は、格好よくて、美しくて、可愛くて、勇敢で。
 緊張しすぎて、変な受け答えをしてしまったのではないかと。
 帰って来てからベッドの上で恥ずかしさに身悶え、耳を紅く染めた。
 その時のミルキィの顔は、あまり見た事の無い瞳孔が開いた怪訝そうな表情だった。
「しっかりしなさいティナリス! 出発よ!」
 自分の両頬を小さく叩いたティナリスはチョコの包みを手に、真剣な表情で騎士団の宿舎を出る。
 同じ騎士団のロニ・スタークラフトはティナリスが嬉しそうに出て行くのを目撃していた。





 稽古が終わり静かになった道場に、夕暮れの陽が差し込む。
 練達は希望ヶ浜の燈堂家。
「お疲れ様です、暁月さん」
 ふわりと微笑んだ『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の前にやってきてタオルを差し出す。それを「ありがとう」と受け取った暁月は、汗を拭きながら廻を見遣った。
「え?」
 一瞬、廻が夕陽に解けたように見えて目を擦る。
 驚いたような表情を見せる暁月を見上げる廻はきょとんとしていた。
「どうしました?」
「いや、廻が消えてしまったように見えて驚いたんだ。全くそんな事はなかったけど」
 確りと目の前に立っている廻の頭を暁月は撫でた。
 そんな二人のやり取りを見つめ険しい顔をするのは『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)だ。
 泥の器の浄化の影響か、廻の『生命力』がどんどん薄くなっている。それを暁月は消えてしまいそうだと錯覚したのだろう。喋らないはずの白灯の蝶(真珠)の声を聞いたとも言っていた。

「暁月さん、今日はバレンタインですよね。お菓子を作って持って来たんです!」
「おお、今年も手作りかい? 廻の作るお菓子はすごく美味しいからね。楽しみだよ」
 廻が可愛らしい紙袋から取り出した箱を嬉しそうに受け取る暁月。
「ほら、明煌さんも……」
「おい! 引っ張るな」
「だって、このままじゃ絶対渡さないでしょ! 早く出しなさい~!」
「お前、ほんま何やねん!」
 明煌の着物の袖をぐいぐいと引っ張り、中に隠してあったチョコを掴む廻。
 慌ててそれを隠そうと袖を払う明煌は廻の頬を鷲づかみにする。

 明煌と廻、二人のやり取りが仲よさそうで、暁月は後ろ手で指先を握った。
 廻が煌浄殿に預けられてから、燈堂の本邸は随分と静かになった。
 最初は心配していた明煌との仲も今ではこうしてじゃれ合う程になっている。
 廻はそんな風に暁月をせっついたりしないし、明煌に至っては砕けた表情を見せてはくれない。
 だから、ほんの少し。寂しく感じてしまうのかもしれない。
 子供っぽい嫉妬だ。燈堂の当主である自分は『それ』をしてはいけない。

「おや? 明煌さんも私にくれるのかい?」
 観念したように、少し嫌そうな顔をして。明煌は暁月へバレンタインのチョコを渡す。
(そんなに渡すの嫌だったのかな……)
 廻がバレンタインのチョコを送るタイプだったから、付き合いで買ったのだろう。
 包みからして高級そうなチョコレートに違いない。義理チョコなのにもったい無いと暁月は思う。
「こんな高そうなもの貰っていいの?」
「……え? あかん、かった?」
「いやいや、そんなことないよ! 嬉しいけど。食べるのもったい無いぐらい」
「…………」
 明煌の嫌そうな顔が更に険しい表情になる。何か知らない間に傷つけてしまったのだろうか。
 気まずい、と暁月は眉を下げた。
「ええと、今夜は晩ご飯食べていくかい?」
「そうですね! 明煌さんと一緒にお邪魔します」
 明煌の手を掴んだ廻は「はーい」と持ち上げる。

 夕暮れ時の橙色が、道場の床に鮮明な陰影を付けた。
 光が輝けば、闇が濃くなるのだと、明煌は複雑な想いでそれを見つめた。

GMコメント

 もみじです。グラオ・クローネの甘い香りに包まれて。
 バレンタインのシナリオとなります。
 サポート参加の方はイベシナと同等の描写となりますのでご安心ください。

※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
 なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!

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●目的
 バレンタイン(グラオ・クローネ)を楽しむ。

●ロケーション
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【A】:幻想国
・王都メフ・メフィートの広場や通りなどでお買い物。
 ジルバプラッツ通りで少しお高いアクセサリーを選んでみるのも良し。
 ラドクリフ通りで可愛いチョコをギフト用に包んでもらうのも良し。
 プリマヴェーラ通りは少し怪しい露店で掘り出し物が見つかるかも。

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【B】:BAR『luna piena』
 練達国にあるバー。
 ブラウンライトに照らされた室内に、ジャズが流れるお洒落なバーです。
 本日は貸し切りなので店内では気兼ねなく寛げます。
 カウンター席とゆったりとしたソファ席があります。
 アルコールはもちろん、フードにもこだわっているので、どれも逸品です。

○アルコール
・アデプト・マティーニ
・アラウンド・ザ・セフィロト
・ミサオフィズ
・シンロン
・シュペリアル
・カスパライズ
・アデプト・トーキョー
・夜妖・オン・ザ・ビーチ
・他、ウィスキーにワインや各種果実酒、各種スピリッツ類、日本酒等
 各種定番のカクテルにリキュールとフレッシュジュースを使ったオリジナルまで。
 ノンアルコールやフードもあります。

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【C】:燈堂家
 練達国の希望ヶ浜にある燈堂家に敷地です。
 日本の旅館を思わせる作りをしています。
 中庭や大広間、和リビングなど。

 振る舞われるのは、手作りの家庭料理が中心です。チョコケーキもあります。
 子供達も大勢居ます。わいわいと騒ぎたい人はこちら。
 庭園や離れに静かな場所もあります。

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【D】:煌浄殿
 再現性京都にある深道本家。
 母屋から少し離れた場所にある『煌浄殿』です。
 深道の者と一緒ならば、二ノ社までは出入りする事ができます。
 また、三の鳥居の中(神域/本殿)には明煌の案内無く立ち入る事は出来ません。
 とても静かな場所です。

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【E】:研究所
 練達国にあるテアドールが所属する研究所。
 アバター被験者管理システムAIのシリーズが沢山居ます。
 一般人は立ち入る事はできませんが、イレギュラーズは特別に遊びに行けます。
 シリーズが仕事をしていたり、お茶を出してくれたりします。

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【F】:豊穣
 カムイグラ天香邸の周辺。
 天香邸や高天京では大陸から渡ってきたチョコをアレンジしたものが流行っているとか。
 遮那は甘い物が好きなので、グラオ・クローネを楽しみにしています。
 街でお散歩やお買い物も出来ます。

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【G】:鉄帝
 ローゼンイスタフ城、ヘルムスデリー、アーカシュ、ラド・バウなど
 鉄帝国ヴィーザル地方、ローゼンイスタフ城周辺。
 雪に包まれた銀世界や城下町で過ごせます。
 戦乱の只中で寄り添い励まし合う、静かな感じです。

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【H】:天義
 白亜の街カーランド・ルシュ。
 巡礼の旅で聖人が訪れたとされる由緒正しき場所です
 マーケットや公園など美しい町並みが広がります。

・見晴らしの良い高台の広場などはデートスポットです。
 昼は青空。夕方はオレンジ色に。夜には美しい夜景が広がります。雪がちらつくかも。
 外はまだ寒いけれど、二人一緒にくっついているだけで温かいですね。
 小さな出店もあり、簡単な軽食やホットドリンク、お酒があります。

・カフェやレストランでムーディに。
 雰囲気の良い温かい店内はレースのカーテンと柔らかいソファで心地よい空間が魅力的。
 カフェにはココアやミルクティ、軽食等があります。
 レストランではディナーが楽しめます。

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【I】:自宅
 ゆっくり自宅でグラオ・クローネをお祝いしたい人向け。
 国家や部屋の様子があれば分かりやすいです。

※ラサは大変な事になっているので今回は描写無しです。

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★★★サポート参加の方★★★
 サポート参加の方はイベントシナリオと同等の描写量となりますのでご安心ください。
 お気軽にご参加くださいね。

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●プレイング書式例
 強制ではありませんが、リプレイ執筆がスムーズになって助かりますのでご協力お願いします。
 特にサポート参加の方は迷子になってしまいますのでご指定ください。

 一行目:ロケーションから【A】~【I】を記載。
 二行目:同行PCやNPCの指定(フルネームとIDを記載)。グループタグも使用頂けます。
 三行目から:自由

例:
【C】
【甘廻】
バレンタインのチョコを頑張って作ったから暁月さんに渡しに来たよ。
明煌さんはもじもじしてる。
「もお、早く渡せばいいじゃないですか!」

【G】鉄帝
ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
ヘルムスデリーの自宅でゆっくりと過ごす

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●NPC
 もみじが所有するNPCや祓い屋、騎士語り等の関係者を呼ぶ事が出来ます。
 練達は明煌、暁月、廻、龍成、テアドール、繰切(燈堂家)
 鉄帝はギルバート、アルエット、ベルノ、ユーディア(ローゼンイスタフ組)、アンドリュー(ラド・バウ)、マイヤ(アーカーシュ)
 豊穣は遮那、朱雀、ラサはキアン、海洋はバルバロッサ、天義はティナリス
 ラビ、ファンについては何処でも大丈夫です。

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  • <グラオ・クローネ2023>GelatoallaVaniglia完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月10日 22時05分
  • 参加人数44/44人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 44 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC9人)参加者一覧(44人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
武器商人(p3p001107)
闇之雲
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
Lily Aileen Lane(p3p002187)
100点満点
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
アルヤン 不連続面(p3p009220)
未来を結ぶ
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
ノア=サス=ネクリム(p3p009625)
春色の砲撃
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
紫桜(p3p010150)
これからの日々
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと
キコ・ウシュ(p3p010780)
名誉の負傷
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ

リプレイ


 甘い香りが街を覆う、グラオ・クローネ。
 希望ヶ浜の燈堂家でもバレンタインのパーティが開かれ賑わいを見せる。
「んふふ、今日は僕も手作りチョコをお裾分けに来ちゃったー」
『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)は煌浄殿で作ったチョコ菓子を『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)の手に乗せた。猫柄の箱に入った菓子を暁月は嬉しそうに見つめる。
「あ。廻くんと一緒に作ったし、味見もしてもらったから保証付きだからねぇ?」
「はい! 美味しいですよ」
 ふわりと微笑んだ『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)がラズワルドに「ねー」と顔を向けた。
 採ってきた覇竜ミカンのドライフルーツを使用しているから香りが良いとラズワルドは何時になくご機嫌で暁月にお菓子の説明をしてくれる。
「あと、ぜーんぶお酒に合うよー。これ大事!」
「ふふ、ありがとうラズワルド」
 オレンジリキュールで香りを出し、ドライフルーツとナッツの食感も良いらしい。
「定番のトリュフもガナッシュって中身に、洋酒の他にも日本酒とか梅酒とかいろいろ種類あるから楽しめるでしょー? チョコパウンドケーキなんか我ながらお店っぽい出来だと思うんだよねぇ」
 ラズワルドは言いながら『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)を横目で見遣る。
 明煌の視線は暁月を避けるように、けれど気になるようで……つまり、もじもじしていた。
 告白するでも無い、チョコを渡すだけなのだ。皆で渡せば怖く無い。
「ブランデーに一晩漬けたドライフルーツと、更に焼き上がりにブランデーを塗ってあってさぁ。これががつんと効くんだよねぇ。時間置いたから、しっとり馴染んでて食べ応えも抜群。明煌さんのはどんななの?」
 ラズワルドは早く廻とお菓子の話しに花を咲かせたいのだ。
 別に明煌と廻が仲よさそうなのがムカついたとかそうのでは無い。
「ねぇ。こーんな日が浅くて勝手やってる猫まで渡してんのにさぁ。なぁに許可とか権利とか顔色とか窺ってるの、お・じ・さ・ん」
 こっそりと明煌へ耳打ちしたラズワルドは複雑な感情を感じ取ってくすりと笑う。
「なぁんてねぇ。それじゃあ僕、繰切サマのとこ行ってくるねぇ」
「……」

 無限廻廊の座へと下りて来たラズワルドは封印の扉の前に立っている繰切に驚いた。
「あれぇ? 繰切サマ出ても大丈夫なの?」
「ああ……北の大地で何かあったようだな。分体を出しても問題は無い程度には力が増えた」
 貯蔵してある梅酒のチェックをしたあとラズワルドはチョコを繰切に渡す。
「こんなとこだと季節の流れも感じにくそうだから、お土産話も色々持って来たよ」
 座り込んだ繰切はラズワルドを膝の上に乗せて彼の話に耳を傾けた。

 今年もグラオ・クローネ……バレンタインの季節がやってきたと『繰切の友人』チック・シュテル(p3p000932)は琥珀の瞳を細める。その隣では『あたたかい笑顔』メイメイ・ルー(p3p004460)も朗らかに笑みを零していた。
「大切な人に、感謝を伝える……する日。今日は……ううん、今日"も"になるの……かな」
「燈堂家にこうして集まるのも久しぶりな気がします。今日は楽しく……はい、楽しく過ごしましょう。お写真も沢山残したいです」
「そうだね……」
 チックとメイメイは楽しい時間と思い出を紡ぎたいと燈堂家へ赴いのだ。
 その先に歩いているのは『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)だ。
 祝音も最近燈堂家に顔を出せていないからと、バレンタインのチョコやお菓子を持ってやってくる。
 白雪にも久しぶりに会いたいのだ。

「久しぶり……です。みゃー。これ、星型チョコとカップケーキと…後、もみじチョコ」
 オレンジ色のまあるいチョコをテーブルの上に並べる祝音。
 もみじ狩りの時に見た夜妖にそっくりでつい買ってしまった。
「今日は燈堂のお家に廻が帰ってきてて、明煌も一緒だって聞いたのにゃ!」
『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)もお土産にチョコを沢山持って燈堂家のリビングに顔を見せる。
「燈堂のお家は人いっぱいだから、みんなで食べれるのがいいにゃ」
「これ、海洋のお店で買った……砂糖菓子の、詰め合わせ」
 チックが廻と子供達へプレゼントを渡せば、皆嬉しそうにどれにしようかとはしゃぐ。
「色んな味や形のもの……あるから。好きなもの、選んでね。暁月や明煌も……どうぞ、だよ」
 子供達が選んだあと、明煌と暁月も一つずつお菓子を摘まむ。
「ハッピーバレンタイン、です」
 廻には先に届けていたものだが、メイメイは手土産にオレンジケーキをホールで持って来ていた。
「ココアと一緒にいただいても、イイ感じなのです、よ」
 ケーキを切り分けながら、メイメイはあとで繰切の所へも持っていこうと頷く。
「……と、繰切さまはケーキなどを召し上がるタイプのかみさま、でしょう、か?」
 首を傾げたメイメイにチックは「大丈夫」と首を縦に振る。
「僕も繰切さんに挨拶しにいこう。チョコを渡して良い事たくさんありますようにって……」
 祝音の言葉にメイメイは「いいですねぇ」と笑みを零した。
「廻にも食べてほしいけど、苦しくなったらいけないから特別なの用意したにゃ」
 ちぐさは廻のところへやってきてプレゼントの包みを渡す。
「チョコの香りの石鹸にゃ! 甘い匂いが廻に似合うし、バレンタインの気分も味わえるし、おてて洗ったら病気になりにくいし……廻、喜んでくれるかにゃ?」
「わぁ! ありがとうございます! 本当にチョコの香りですね。嬉しいです!」
 にこにこと微笑む廻にちぐさもつられて嬉しくなる。

「えへへ、大勢で食べるごはんは、美味しく感じます、ね」
「久々の燈堂家……心が和むな、みゃー」
 メイメイと祝音が食卓の上に並べられた料理を食べながら微笑んだ。
 祝音の隣には白雪の姿が見える。
「白雪さん……久しぶりだね。みゃー。元気にしてた? 変わった事はなかった?」
「にゃーお」
 ふわふわな白雪の毛並みを撫でてふにゃりと肩の力を抜く祝音。
(そういえば……白雪さんって、他の猫の匂いとかわかるのかな)
 すりすりと自分の匂いを付けようと祝音にすり寄る白雪。こういう所は本物の猫と同じなのだろう。
 祝音は白雪のお腹に顔をうずめて吸い込む。
「おひさまの匂いがする、みゃー」
 温かくてふわふわの白雪のおなかに、顔をうずめていると何だか眠くなってしまう。
「ねえ、白雪さん、もし何かあったら連絡……って、白雪さんスマホ使えるのかな?」
「にゃー」
 こう見えて旅人である白雪はきちんと文字も読めるしスマホも使えるらしい。
 祝音は顔を上げて暁月と廻が久々に揃っている燈堂家のリビングを見つめる。
 二人とも楽しそうで良かったと胸を撫で下ろした。
「良いこと沢山ありますように、みゃー」
 来年のバレンタインもこうして楽しそうな燈堂家の人々が見る事ができたらいいなと祝音は思うのだ。

「こんにちは、ぼくギュスターブくん」
 暁月の前に「ひさしぶり~」と二足歩行のワニ、ギュスターブくん(p3p010699)が現れる。
「その手にあるのはチョコだねえ! なに? おじさんからもらったの?」
 高級そうなチョコの手提げを見つめるギュスターブくんと暁月。
「ちゃんと渡せたんだね、うんうん良かった。なんかね、お兄さんの前では上手くおしゃべりできないんだって。仲良くしたいなら素直にそう言えばいいのにね? 顔も怖いし」
「そうなんだよね。今は何か怒ってるのか、喋ってくれないんだ。昔はもっといっぱい遊んでたのに」
 僅かに寂しげな視線を落す暁月にギュスターブくんは「あ!」と声を上げる。
「もしもそのチョコ食べないならぼくにくれてもいいよお! あ~~ん……だめ?」
「ええ……明煌さんから貰ったものだしねえ」
 ぷくりと頬を膨らませたギュスターブくんに「こっちのお菓子ならいいよ」とクッキーを渡す暁月。

 暁月と一緒だと明煌は面白い顔をするのだなとメイメイは二人を交互に見つめる。
 その視線に気付いた暁月は「どうしたの?」と首を傾げた。
「めぇ……な、なんでもないです。あ、お写真、撮りたいので、そのチョコを食べてる所、一枚宜しいですか?」
 明煌から貰ったチョコを包みから取り出して一口食む暁月。それをaphoneで撮るメイメイ。
「美味しいね」
 そんな暁月の言葉を聞いた明煌から何かをぐっと我慢しているような気配をメイメイは感じた。
 食卓の向かいに座っている廻に視線を上げ、その前に置かれた料理が手つかずなのを見つめるメイメイ。
(……やはり、廻さま、あまり食べてらっしゃらない……)
 かといって無理矢理食べさせることも出来ないとメイメイは憂う。
 廻に生命力を分ける事ができたなら――メイメイはそう思わずには居られないのだ。
 皆の微笑ましい姿が、こんな日々が、続けられるように。努力しなければと拳を握るメイメイ。

「チョコケーキや料理は……白銀達が作ったの、かな?」
「はい。私が作りましたよ。今は動画とかで作り方も見れますし……便利になりましたよね」
 料理を運んできた白銀が柔らかく微笑んだ。
 味は勿論だが、沢山の人と一緒に食べるのは心が温かくなるとチックは思う。
(……この場所に繰切もいたら。楽しい空間……共有、出来るのに)
 僅かに心に陰る寂しい想いは、しまい込んでチックは甘いチョコケーキを頬張った。
 チックの隣には『繰切の巫女』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が座る。
「混沌に来て何度目かのグラオ・クローネ。未だに正式名称を覚えられないグラオ・クローネ」
 希望ヶ浜ではバレンタインというイベント。
「……白銀殿、疑問なんだが、手作りチョコレートってどこからが『手作り』なんだ、豆の栽培からか?」
「言われてみれば、どうなんでしょうね?」
「一説によると、溶かして固め直せば手作りになるというが……それだけでいいのか? 本当に? 手作りの定義とは? ……固まらなかったんだが俺はどうすれば……?」
 アーマデルの言葉に白銀は残念そうに首を横に振る。
 というわけでアーマデルのチョコは恋人に贈る分を含めて絶滅してしまったらしい。
「仕方がないので繰切殿にはこれだ……即ち酒。蛇神といえば酒、それが世界の選択」
 繰切が好みそうな酒樽を抱えアーマデルは無限廻廊の座へ下りる。
「酒蔵の聖女、これはあんたの酒じゃない。繰切殿への奉納酒だぞ。あんたにはあとで蛇巫女の後悔をやるからこれは駄目だ」
 纏わり付く霊魂を手で払ってアーマデルは封印の扉の前までやってきた。
「繰切殿ー! 俺だー!」
 アーマデルの呼び声が空間に響く。渡す段階になって、この樽では大きすぎるかと思い至った。
「運び入れるのが大変そうなら白銀殿に預けて時々小分けで持ってきて貰えるよう頼んでおこうか?」
「いや、問題無いぞアーマデル。分体を出せるようになったからな」
 久々に見た繰切の分体姿。リブラディオンでの封印解除の余波が此処まで及んでいるのだろう。
「調子はどうだ繰切殿」
「我は問題無いぞ。この通り、力も増しておる。其れにしても巫女よ。その恰好は」
 アーマデルが身に纏うはうさぎ耳とはだけた巫女服(ふともも見せ)だ。( ・?・*)ヨシ!
「……しかし世界はバニースーツを望んでいた、解せぬ」
 アーマデルのウサギの尻尾を強く掴み「うまそうだ」と口角を上げる繰切。
「食料ではないので落ち着いてほしい。あと、廻殿にはもっと似合うと思うんだが、今は負担かもしれないのでな……奉納電波ソング神楽の準備は万全だ、いつでも披露できるぞ……」
 娯楽が少ないこの場所でアーマデルが歌ってくれるなら、それはそれで面白いと繰切は笑った。

「えへへ、お家で賑やかなバレンタインデーも良いものだよねぇ~
「バレンタインは皆でお家で賑やかに……ってできるのが燈堂家(うち)の良いところだよね」
「はい! 楽しいですね」
『陽だまりの白』シルキィ(p3p008115)と煌星 夜空の声に廻もこくりと頷く。
「夜妖とか呪物の皆も増えて来たし、ますます賑やかになってきたかも。よーし、それじゃああたしもチョコ配っちゃうよ!」
 夜空は砕いたアーモンドを入れたチョコを子供達や廻、シルキィに配る。
「暁月さんに明煌さんも、はいどうぞ。美味しいかどうかは食べてのお楽しみ、なんてね!」
 訝しそうに夜空からチョコを受け取った明煌は「美味しい」と呟いた。
 料理やケーキを食べながら皆でわいわいと過ごす一時はきっと楽しい時間。
 シルキィは廻の隣で明煌の様子を観察する。
 暁月にチョコは渡せたようだが、そこに付随する言葉を伝え切れていないように思えた。
 シルキィや誰かの口からそれを伝えるのは違う様な気がする。自分だって伝えたいのに伝えられないことが沢山あるのだから。
「……よしっ」
「どうしました?」
 小さく決意したシルキィを廻は覗き込む。
「廻君、ちょっとだけ一緒に庭の方に出てくれないかなぁ?」
「はい、いいですよ」
 シルキィと廻は二人揃って中庭に出た。まだ二月の半ばだから少し肌寒いだろうか。廻にブランケットを被せたシルキィは小さな包みを手渡す。
「という訳で……はい、廻君。ハッピーグラオクローネだよぉ。
 今年は抹茶のチョコにしてみたんだ。一粒だけだけど、その分美味しさにはこだわったんだよぉ?」
「わあ! ありがとうございます!」
 煌浄殿で廻には内緒で作っていたチョコだ。
 殆ど食べられなくなっている廻の為にシルキィはたった一粒に思いを込めたのだろう。
「食べるのは今じゃなくて大丈夫だからねぇ、日持ちするように作ったから! また一杯食べられるようになったら、オムライスにチョコに……キミが食べたいものはなんでも作ってあげるからねぇ。もちろん、わたしでよければだけど!」
「シルキィさんが作ってくれるオムライスが良いです」
 廻はシルキィの指先を温めようと手を取った。けれど、廻の方が寒さに指先が冷たい。逆にシルキィに握られる形となった廻は恥ずかしそうに「あったかいです」と微笑む。
 儚く笑う廻に、シルキィはまだ伝えられていないことがある。まだ伝えていいものかも分からないもの。
 弱って行く廻には負荷が大きすぎる『それ』をまだ胸に秘めている。
 ――だから……廻君。わたしの前から、いなくならないでねぇ。
 伝えられぬ言葉を手を握ることで紛らわせた。
 けれどもし。廻に何かあれば必ず廻の手を取るとシルキィは誓う。

「ギブミーチョコレート!!! ギブミーチョコレートであります明煌さん!!!」
『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)の手の平の上に黒いグミを置く明煌。
「ノーモアブラックグミッポイサムシング!! プリーズギブミー甘味!!!」
 このグミの不味さは何度も体験している。というかムサシが来るのを見越して持って来ていたのだ明煌は。何という用意周到さ。
「じゃなかった、ハッピーグラコロであります、暁月さんに明煌さん!」
「やあ、ムサシ相変わらず元気だねぇ。明煌さんとムサシは仲良しだね」
 くすりと笑った暁月にムサシは「はい!」と応え、明煌は険しい顔をする。
「いやー、燈堂家にやってくるのも久しぶりというか……ちょうど自分が祓い屋のお手伝いをさせていただき始めたのも去年の今くらいの時期なんでありますね」
 まだ召喚されて半年も経っていない時期だったとムサシは思い馳せる。
「あの頃はまだまだ未熟だった自分でありましたけど、夜妖と戦う暁月さんは格好良くて自分の憧れだったであります! ちょっと紆余曲折あって不安定になってた時期もあったでありますけど……今、すっかり元気になったみたいで本当に良かった……!」
 暁月の心が壊れかけて暴走した時、ムサシは止めてくれたのだ。
「ムサシには感謝しているよ」
 暁月がムサシに「ありがとう」と言うのを聞いた明煌は少し感心したような表情を浮かべる。
 賑やかで眩しいだけの子供ではなかったと、見直したのだろう。
 明煌はムサシの頭を少しだけゆるく掴んだ。
「このままずっと、平和で何事もないのが一番でありますね。……来年またグラコロを祝えたら、その時は自分、成人してるでありますから、暁月さんと明煌さんや……色んな人と一緒にお酒というやつを楽しんでみたいであります……!」
「えっ」
 来年は成人という言葉に明煌は驚く。もっと子供だと思っていたからだ。
「友人であるお二人と一緒にお酒を飲んでみる……ああ、なんだか今からすごい楽しみになってきたであります……!」
 くるりと振り返ったムサシは暁月の前に立つ。
「……暁月さん。明煌さんって実はすごい優しい人なんであります」
「おい」
「最初は自分も警戒してたんでありますけども……廻さんとすごく仲良くなってたり、自分達も色々と良くしてもらって……これからも明煌さんとも自分とも、仲良くしてください、であります!」
 ムサシの頬を掴んだ明煌は「いらんこと言うな」とぐいぐい引っ張る。
「うん。ありがとうムサシ。心配かけちゃって」
 こんな未成年の子供にまで見抜かれていたのかと暁月は眉を下げた。
 明煌と向き合わなければならないこと。話し合わなければならないこと。きっと沢山あるはずなのに。
 大人になると不用意に近づく事が怖くなってしまう。

 ちぐさは皆を観察して気付いたことがある。
 どうにも明煌は暁月を避けているように見えるのだ。二人は一緒にリビングに居て、明煌は暁月をみつめているのに目が合いそうになると逸らしてしまうのだ。
「昔ケンカとかしたのかにゃ……?」
 ちぐさは小さく呟いて首を傾げる。
 暁月は廻の家族で兄のような存在で。明煌も同じように廻の兄のような雰囲気がある。
 兄弟で仲がよくないと何だか寂しいし、廻も嬉しくないとちぐさは思うのだ。
 何方かに話しを聞いてみるのがはやいだろうかとちぐさは明煌と暁月を見比べる。
 明煌は気難しそうだから、暁月が一人になるのを見計らってちぐさは声を掛けた。
「ねえねえ、暁月は明煌のこと、その……キライにゃ?」
「え?」
 ちぐさの視線に合わせるように屈んだ暁月は少年の頭を撫でる。
「そんなことない……よね……?」
「嫌いじゃないよ」
 その言葉は嘘ではない。
 嫌いでは無い、けれど話し合わなければならないことを先送りにしている気まずさはある。
 ちぐさにもその感情が分かってしまうのだろう。
「ごめんね。心配させて。少し、不器用なのかな……私も明煌さんも」
 子供に心配をさせてしまっていると暁月は申し訳なさそうにちぐさを見つめる。
「僕は廻のお兄ちゃんが仲良しだと嬉しいにゃ。せっかくの機会だし、明煌と二人きりでゆっくりお話したらどうかにゃ? 暁月も色々思うところがあるかもだけど、明煌のことキライじゃないよ、仲良くしたいよって伝えたらいいと思うのにゃ。家族は仲良しが一番なのにゃ!」
「うん。そうだね。ちぐさの言うとおりかもしれない」
「そういえば、暁月と明煌は兄弟じゃなくてシンセキ? だった気がするけど、重要なのはそこじゃないのにゃ。明煌は本当にキライだったら一緒に旅行とか行かないと僕は思うのにゃ」
 もみじ狩りも温泉もクリスマスもバレンタインも足繁く通っている明煌が、暁月の事を嫌いな訳がないとちぐさは言葉を込める。
「まだ仲良くできる可能性があるのに、なんか気まずいとかで避けてたら、何かこう……人間の寿命とかあっという間だし、そういう時に後悔すると思うのにゃ」
 死んでしまえば届けたい声も届かなくなる。それは大切な人を亡くした暁月が一番分かっているはずだ。
「廻と暁月と明煌、みんな仲良しになれたらいいにゃ! あ、僕も仲良くしてほしいのにゃ!」
「うん。ありがとう、ちぐさ」
 ちぐさの小さな身体を暁月はぎゅっと抱きしめた。
 ――向き合わなければいけないよね。

 賑やかなリビングを抜け出した、チックは無限廻廊の座へ下りる。
 手には料理とチョコケーキ、お土産の砂糖菓子を抱えていた。
「……繰切。チック、だよ。今日も……繰切に会う、したくて……来た」
「おお、チックかよくきたな」
「あれ? 出られるように、なった?」
 分体姿の繰切にチックは首を傾げる。これがヴィーザルで封印の扉を開いた影響なのだろうか。
「そうだな。我の中に闇の力が増えている……まあ、心配せずとも暁月や無限廻廊には問題無い」
 無限廻廊の座の呪符も黒く染まっている訳では無いから一先ずは大丈夫なのだろう。
「えと。じゃあ……ハッピー……バレンタイン、だよ。今日、皆に持ってきたお土産……繰切の分も、持ってきたんだ。美味しい、思う……してくれたら。嬉しい」
 チックの持って来たお菓子を食べながら、上機嫌になる繰切。
「そういえば、聞きたいことあった……白鋼斬影……キリと紡いだ、思い出の話。聞かせてくれる? 『クロウ・クルァク』で在った頃のあなたも……もっと知りたいと願うから」
「そうだな……あれは見た目こそ白銀に瓜二つだが。気性が激しい。初めて遭遇した時なんかは容赦無く襲いかかってきたからな。まあ異邦の神なぞ追い払いたかったのだろうな。我も流浪の神でなければその地を守るためにそうするだろうしな。だが、神同士の戦いが長引けばその地も荒れる。それを憂いたキリは自身の身を我に捧げ、我を『悪』とすることでこの地を平定した。つまり我がキリを喰らう代わりにこの地を守る制約を交わしたのだ。喰らうまでの蜜月の時間はこの世の至高であったぞ」
 闇の力を宿す悪神は抑止力としては大いに効果を発揮するだろう。繰切が封印を破らない理由は約束があるからなのだとチックは納得した。

「繰切、これ俺からの本命チョコ? ってやつ。受け取ってくれる?」
 無限廻廊の座で『会えぬ日々を思い』紫桜(p3p010150)は繰切へとチョコを差し出す。
 北の大地で血族である闇と光の神の封印が解かれた影響で、繰切の力が増えて分体を出せるようになったと紫桜は暁月から聞いていた。だから繰切は紫桜の目の前に居る。
「あと、感想も……欲しいんだけれど」
 お菓子作りなんて初めてで、失敗ばかりだったけれど。ようやく会心の出来が完成したから。
 美味しいと言って貰いたいのだ。
 以前、あのような宣言をしたけれど。不安になってしまう。繰切と出会ってから女々しくなったのではないかと自問自答する紫桜。
「繰切、好きだよ。心の底から君を愛しているし、欲している。……あっ! 別に返事を欲しているわけじゃないから。両想い? ってのになれたらきっと幸せなんだろうけど、今は君が第一に思うのが俺だったらいいなってそう思うんだ」
 まずは初めての手作りチョコの感想を聞かせてほしい。
「おう。このチョコは美味いぞ」
「そっか。よかった」
 今は其れだけで幸せだと紫桜は目を細めた。

「やあ、三人とも来てくれたんだね」
 暁月が迎えたのは『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)と『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)、それに神々廻絶空刀だ。
「此処に来るのも久しいですね。……本当に、長く離れてしまいました」
「これはお土産のチョコレートの詰め合わせだから門下生のみんなで食べてね」
「ありがとう」
「空もみんなと遊んでおいで」
 ヴェルグリーズの言葉に空は星穹を見上げる。
「ふふ、今は居なくなったりしませんよ、空。お友達も沢山できたのね。此処で待っているから、沢山遊んでおいで。お母さんは、貴方が色んなことを楽しんでいるところを見るのが好きですよ」
「うん」
 勝手知ったる燈堂家のリビングへと駆けていく空。生憎と今日は灰斗は居ないらしい。少しだけ寂しげな背中が見えて星穹とヴェルグリーズは微笑み合う。
「星穹が無事に帰ってきたことを伝えたくてね」
「ああ、心配していたんだ。よかったね」
「すみません、長く席を外しておりました。ヴェルグリーズと空の面倒も見て頂いたみたいで。本当、何と言えば良いのやら」
 広い和リビングの端にもう一つ小さめの食卓を出した暁月は、二人を案内する。
 食卓の上にヴェルグリーズは日本酒の瓶を置いた。
「その節はお酒にも付き合って貰ってありがとう、色々あったけれどこうしてまた一緒に居られているよ。お祝いも兼ねて是非一献と思ってね、日本酒も持って来たんだ。星穹も交えて一緒にどうかな」
「そうそう、お酒。つまめるものもいくつか持ってきたのです。良ければ、皆さんでご一緒に」
「ありがとう。どんな味なのか楽しみだよ」
 とはいえ、星穹はあまり酒に強い方では無い。ヴェルグリーズは彼女の前に日本酒と水を置く。
「……少しずつ、少しずつね」
 既にほわほわと脳髄が広がる感じがしている星穹は「はい」と頷いた。
 星穹が小さく微笑むのに、暁月は気付く。
 きっとヴェルグリーズなりに頑張ってくれていたのだろう。親の顔になっていると星穹は零した。
「子育てなんて、二人でも解らないことだらけなのに……随分と遠いひとになってしまったものです」
 しんみりと星穹は視線を落す。燈堂家にしても離れている間に何かあったのだろう。
「最近は明煌殿もよく一緒にいるのを見かけるようになったりして暁月殿も楽しそうだよね。あとは廻殿が無事に戻ってこられると何よりなんだけど……もう少しかかりそうかな」
「そうだね。廻が言うには体調を鑑みて浄化もゆっくりになっているらしいね。でも、脚が動かなくなってるのは気になるね……」
「明煌殿についてはちょっと気になっていることもあるんだけど……いや、ここで話す事じゃないかな、今日は星穹の無事を喜ぶことにしようか」
 ヴェルグリーズは星穹を見遣り、横へ倒れそうになるのを支える。
「暁月さま。空と、ヴェルグリーズのこと。これからも、よろしく、おねがいしますね……」
 ふにゃふにゃと頭を揺らす星穹に「大丈夫かい?」と暁月が問えば、ヴェルグリーズが眉を下げた。
「うん、俺が連れて帰るから大丈夫だよ。こうして穏やかな寝顔を見られているのも戻ってきてくれたからこそだよね。本当によかった……暁月殿にもいろいろと心配をかけたね。また星穹や空ともども仲良くしてくれると嬉しいよ」
「ああ。もちろんだとも」

 星穹を抱え上げたヴェルグリーズは空を連れて玄関へ向かう。
「暁月殿ももし困ったり心配なことがあったら何でも話してくれると嬉しいな。俺はもうキミのことは親友だと思っているから。俺も明煌殿ともう少し仲良くしたいなと思っているんだけどそういう時はやっぱりお酒かな?」
「そうだなぁ。明煌さんあんまり人が多い所は好きじゃなさそうかな。煌浄殿に行けば少しは話してくれるのかなと私も思ってるんだよね」
 そんな人付き合いが不器用な明煌が足繁く廻を連れて燈堂家や旅行に来るのだから、嫌われているわけではないような気がするけど、本心は分からないと暁月は肩を竦めた。

 星穹は見慣れた天井に首を傾げる。一瞬前の記憶では燈堂家で酒を飲んでいたはずなのだが。
「……あ、れ?」
「大丈夫かい? はい、お水飲んで」
 ヴェルグリーズは星穹を起こして水を渡す。
 彼が連れて帰ってきてくれたのだろう。また迷惑を掛けてしまったと星穹は申し訳なさそうな顔をする。
「貴方と、空が居ると。どうしても緩んでしまいます。『かけがえのない』、の意味を知ったような。そんな気持ちになります」
 少し待ってと告げた星穹はごそごそと戸棚から箱を取り出す。
「……はい、ヴェルグリーズ。貴方にも、チョコレートを用意しておいたのです」
 空の前で渡すのは少しだけ気恥ずかしいから。まだ酔っていると星穹は微笑んだ。

『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は手元のチョコを見つめ考え込む。
 去年よりも美味だろうか。失敗してないだろうか。不安が浮かんでは消えた。
 それでもチョコを渡したいという気持ちが勝る。
「……喜んでくれたら、嬉しいですし」
「ボディ? 来たけど」
 遠慮がちに襖の向こうから『刃魔』澄原 龍成 (p3n000215)の声がして肩が跳ねた。
 ソワソワしていた気持ちが嘘のように全身から熱が一気に放出されるような気がする。
 表面温度は皮膚が赤くなるまで上がっているかもしれない。
「どうぞ……」
 襖を開けて入ってきた龍成と向かい合う。
 此処に呼んだ理由は色々とあった。
 龍成にチョコを渡す所を人に見られるのは恥ずかしく、邪魔をされたくもなかったからだ。
 こんな特別な日なら少しぐらい龍成を独占してもいいだろうと。
 完全なワガママではあるが。それを許してくれるだろうという信頼も置いていた。
「ハッピーバレンタイン、龍成」
「おう、ありがとな」
 手渡して、しばらくの間があって。龍成が部屋に戻ろうと踵を返す。
 その袖をボディは掴んだ。
「龍成、その、やっぱり。今、感想を聞いても良いでしょうか」
「ん? いいけど」
 座布団の上で正座をしたボディは自分の膝をぽんぽんと叩く。
 膝枕をして口にチョコをいれるなら、真正面で向き合うより恥ずかしくないはずだとボディは考えた。
 素直に膝の上に頭を乗せた龍成からチョコの箱を受け取ったボディ。
「では、あーん」
「あー……ん、まい」
 龍成の美味しいという言葉に安堵する。もう一つ摘まんで口に放り込んだ。
 見上げてくる龍成の視線と目が合って、何だか気恥ずかしくなる。
 太ももの上に乗る龍成の髪が少し擽ったくて新鮮だ。


「……龍成、バレンタインのチョコには本命と義理の二つがあることを知ってますか。義理チョコは文字通り義理と感謝を込めて送るチョコだそうで、……で、本命チョコとは、その、好意を込めるのだそうです」
「……」
 咀嚼する龍成はボディをじっと見つめる。
「別に、深い意味は無いのです。ただ、私は今までそんなこと考えもしなかっただけで。
 ……龍成、私のチョコはどっちなのか──」
 感謝はあるから義理の条件は満たしている。ならば好意はと考えた時に、嫌いではないから好意があると定義付けるには思考が飛躍しすぎていて答えがうまく出せないのだ。
 ボディには好意の真意が未だ論理的に理解できない。
「じゃあ、どっちもだな。お前の気持ちがいっぱい詰まったチョコ。俺はそのお前が俺にチョコをあげたいっていう気持ちが嬉しいんだよ。だからさ……義理とか本命とかに囚われなくて良い」
 龍成は箱からチョコを一つ取ってボディの口に入れる。
「今、お前の口の中と俺の口の中は同じ味だ。だから、同じ気持ちだ」
 美味しいとドキドキと、チョコの甘さは二人とも同じように感じていると龍成は応える。


「龍成氏ー、バレンタインでしょ? チョコ作らない?」
『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は龍成を誘って煌浄殿へやってきた。
「チョコ? いいけど……何で煌浄殿で?」
「燈堂家で作ったらバレるに決まってるからでしょ!」
 他人の家のキッチンを借りてチョコを作る男二人は中々にシュールだ。
 チョコを練っている合間に昼顔は龍成を横目で見遣る。
「僕は恋愛なんて分からないけどさ、辛くなる事も苦しくなる事もあると思う」
 自分も龍成を応援していると昼顔は訥々と零した。
「もしも君が自身の想いに耐えきれなくなった時、どんな想いでも吐き出せる相手に僕がなるよ」
「おう、ありがとな」
 ――友達だから。君の隣には僕もいるから。忘れないで。

「ここが!!! 明煌くんの育った場所!!!!!」
『明煌くんに認知された』キコ・ウシュ(p3p010780)の雄叫びが煌浄殿の石畳に響く。
 一の鳥居の前で怪訝そうな顔をする明煌の元へ駆け寄ったウシュは深呼吸をして、肺いっぱいにその場の空気を吸い込んだ。
「明煌くんの匂いがする気がする。いや、明煌くんの匂いがする。間違いない」
「おい」
「と、そうだった。今日はドキッ! 初めてのお宅訪問! をしに来ただけじゃなくて、グラオ・クローネのお菓子も渡しに来たんだよね。……ああ、ハニー! 今日も可愛いね! という訳でこれ俺の気持ち、受け取って」
 眉を寄せる明煌の前にウシュはチョコを差し出す。毒味されてもいいように沢山作ってきたのだ。
「もしかして本命かどうか気にしてる? なら本命だから気にしないでね。あ、別に付き合ってほしいって言ってる訳じゃないから。いうなれば推しに貢ぐオタク……。と言うより俺の愛を知って欲しい認知してほしいオタク!!! あと普通に仲良くしてほしいです……。ヤダ恥ずかしい!!!」
 ウシュのハイテンションな距離の詰め方に明煌はたじろぐ。
 人付き合いが不器用な明煌はウシュの距離の近さにどうすればいいか悩んでしまうのだ。
「えっと……」
「もし、明煌くんが誰かに恋してるならそれを応援したいし、実っても実らなくても明煌くんは可愛いと思うし。何かに悩んでいるなら相談だってしてほしい」
「……」
 向けられているのは悪意では無いと明煌は判断する。けれど、どう返事をすればいいか分からないのだ。
 簡単に誰かに相談出来るのならば、こんなに苦しんではいないだろう。
「一番近い場所にいて一番の特等席で明煌くんのアレコレを見届けたいんだよねぇ。ねぇねぇ、明煌くん。君の事もっと俺に教えてね」
 それは好奇の目であり、明煌が幼少時から向けられてきたものだ。今更それを向けられた所で慣れたものだけれど。何を考えているのかと警戒はしてしまう。だから、明煌は友人が作れずにいた。最初は誰しもが他人と友達になりたいと願い好奇の目を持つからだ。知りたいと思うことを好奇だと感じてしまうのは明煌の悪癖なのかもしれない。そんな自分が心底嫌になると明煌は憂う。
「まずは俺に引かなくなるところから! あ、いやまあその引き攣った顔も最高のご馳走ですけれども!!
 でもまた引き気味な表情したらキスしちゃうぞ、ハニー」

 バスケットにクッキーを詰めて『闇之雲』武器商人(p3p001107)は煌浄殿を訪れた。
 お菓子の匂いに引かれやってきた呪物達に一袋ずつ配る武器商人。
「動物の形に型抜きしたから、どれがどの動物か当てながら食べてみてねぇ。練達だとハッピー・バレンタイン、みたいな祝い方でよかったっけ?」
「おいしいー!」と口々にクッキーを頬張り目を輝かせる呪物達の後ろに煌浄殿の主である明煌が見える。
「深道の旦那も誰かに渡してきたのかな?」
 外から帰って来た明煌に「ふふ」と微笑んだ武器商人は煙管の呪物ナガレを見つけ手を振った。
「ご機嫌よぉ、ナガレ。ざくざくのクッキー、作ってみたからよければ食べてみてほしいな」
 銀の髪の魔性の強い武器商人から貰ったクッキーをナガレは微笑みながら口に含む。
「甘くてざくざくですね」
「可愛いコ、今日はね、キミとお話ししたり散歩してみたりしたいのさ」
 もぐもぐと咀嚼しながらナガレは武器商人に頷いた。
 口元についたお菓子を拭いて三の鳥居の横にある長椅子へ誘う。
「その先へは行けませんがここは少し静かですから」
 三の鳥居の先は本殿がある神域だ。明煌の許可無しに立ち入れば狭間に落ちてしまう。
「今までどういう場所を渡ったかとか、どういう人に作られたとかキミがわかる範囲、話したい範囲で聞いてみたいな。対価に、こちらもお話を」
「そうですね……私は元々砂漠の辺りで作られました。美しい品として人の手に渡り、この国まで流れ着いたんです。色々な人の所有物となり、その人々を狂わせてしまった。でも、明煌様はそういう私の魔性も関係無い方なので……今は過ごしやすいですね。廻様を惑わすと明煌様の反応も面白いので……楽しいです」
 ナガレの話しの対価を武器商人は語る。星に手を伸ばした男の話も、他の話しもどれもが面白くて。こんな楽しい一時が続けばいいなとナガレは目を細めた。

『暴食の黒』恋屍・愛無(p3p007296)は二ノ社の前で明煌を真正面から見下ろす。煌浄殿の中であれば擬態する必要も無いし、本当の姿を晒す方が明煌の本心が聞きやすそうだと判断したのだ。
「ここ最近は拍車をかけて廻君が人としての機能を失っていっているように思える」
 左脚が動かなくなるなんて、普通であれば有り得ない。実際に『泥の器の浄化』とは最終的にどうなるのかと愛無は考える。器の浄化が終われば戻れると楽観的に見過ぎていたのでは無いのかと不安が過るのだ。
 廻が燈堂家を出て半年以上経った。
 明煌と葛城春泥の間柄にも認識の齟齬がありそうなのだ。二人は協力関係にあると思っていたが、あながちそうではないのかもしれないと愛無は考えを巡らせる。
「――『モラトリアム』を終わらせる時なのか。もうすぐ春。祭り事の日というのも契機としては丁度いいかもしれない。明煌君、泥の器の浄化状況はどういったものかね。進捗は如何なのか。浄化が終わった後、廻君はどうなるのか? 『人』でいられるのか」
「…………浄化は殆ど進んでない。廻の体調もあるし」
 言い淀む明煌に愛無は「ふむ」と尻尾を丸める。
「停滞させたい理由があると……その先廻君がどうなるのか、明煌君は知っているということだね」
 春泥の目的は『最強の生物』を造ること。その為に『神の杯』を手に入れようとしていることは間違いないのだ。そのことを明煌は――知っているのだ。知っていて容認し、加担している。
 愛無の表皮が波打つ。これは『家族』を貶めようとしている明煌への警戒心だ。
「廻君の状況は良くはないのだろう。猶予はない。誰が『敵』か見定める必要があるんだよ。敵は少ない方がいいからね。明煌君が色々と教えてくれるなら『獏馬事件』で僕が知ってる事を教えてあげるよ。耳を塞いでおきたいなら、それも良いがね」
「……俺は暁月を解放したかった。燈堂や深道のしがらみに囚われるあの子を自由にしてやりたかった。だから、先生の実験に加担した。廻を泥の器に堕とし浄化し、神を降ろす杯とする。……最初は上手く行ってたんだよ。廻を逆らえないように恐怖で支配した……酷い事を沢山してしまった、俺が近づくだけで怯えて子供みたいに泣き出すようになった」
 辛そうに話す明煌の方が今にも泣き出しそうだった。――後悔をしているのだ。
「しばらくして、廻がご飯を食べられなくなった。禊の蛇窟に入れるとかなり体力を消耗するようになったから止めた。浄化はその分進まなくなった。でも、浄化をしなければ穢れが溢れる」
 一度始めたものを終わらせるには相応の手順が必要だ。その手順を春泥は浄化の完了と位置づけた。
 つまり、神の杯への昇華。強制的に止めるには廻の命を終わらせるしか無い。
「改めて聞くが、君はぱんだに協力して何を得る?」
「暁月を自由にしてやりたい。でも、このままやったら廻が……」
 赤の他人だったなら、壊れようが死のうがどうでもよかった。
 けれど、長い時間を過ごして行く中で明煌は廻を『大切な人』の枠に入れてしまった。
 どうでもよくなくなった。
「獏馬は煌浄殿から放たれた夜妖なのだろう?」
「ああ。俺が暁月の助けになればと送り出した」
「そこにぱんだが介入し記憶と人格を奪われ『燈堂の宿敵』となった事は知っているのかね」
「…………」
 明煌の中にも疑念はあったのだろう。春泥の介入があったのだと。
「まぁ、あの事件は明煌君のせいではないが。少なくとも知っておかねばならぬ事ではあるだろう」

 暁月を助ける為に送り出した獏馬が、暁月に最大の不幸をもたらした。
 愛無から告げられたその事実は、明煌にとって一つの覚悟を決めさせるものだ。
 それは自身の命を以て償うべき大罪であると――


「あ、帰って来た」
 三の鳥居の横の長椅子から立ち上がった『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)に明煌は胸を撫で下ろす。
「燈堂に行ってたんだよね。眞哉から聞いたよ。あれ廻は?」
「酔ってたのと疲れてそうだったから泊まり。明日車で迎えに行く」
 明煌も少しお酒を入れたのだろう。電車で廻を担いで帰って来るには荷が重い。
 一緒に本殿へと歩きながら、待たせて貰っていたと話すジェックに「寒くなかった?」と聞き返す。
「ふふ、なんかちょっと追っかけみたいだったかな。嫌がられないと良いんだけど……なんだか、放っておかなくて」
「……そんな、子供みたいに見えるんか?」
 年下の女の子に心配されていると思うと、立つ瀬が無い。如何したものかと思えど、この位の年頃の女の子との会話はさっぱりと分からないのだ。見れば、あげた鈴をきちんと持っているようだ。
「そういえば、迷わなかった?」
「うん、眞哉が一の鳥居の所まで迎えにきてくれたんだ。彼も深道の親戚なんでしょ?」
 ジェックの問いかけに「うん」と頷く明煌。何処かしらで繋がっているらしいが詳しくは興味が無いので覚えていなかった。眞哉の案内で三の鳥居の前まで迷う事無くジェックは来る事ができた。
「ミアンちゃんがね、眞哉にチョコあげててすごく嬉しそうだったよ」
「そんな面白そうなことしてたんか」
 少し酒が入っているからか、何時もより明煌が楽しげで。けれど、何処か同じだけ寂しそうでもあって。
 此処に帰って来るまでに何かあったのだろうとジェックは思い至る。
「あ、そういえばこれ……」
 明煌の手に乗せられる缶のホットチョコとホットコーヒー。
「お礼だよ、この間の。……苦いの、平気だった?」
「うん。まあコーヒーは飲める」
 シャイネンナハトで貰ったホットココアのお礼だというジェックに明煌は羽織の袖をゴソゴソと探る。
「鈴のお礼はまた別でするから。甘いものが好きか分かんなかったから苦いのも買ってきちゃった」
「これ、あげる」
 ジェックの手の平に転がったのは包みに入ったチョコ一粒だ。
 おそらく後で食べようと思っていたものだろう。
 燈堂家の面々と一緒に居るときの明煌は、疲れた顔や傷付いた顔、しかめっ面をしているから。
「お疲れ様、頑張ったね」
「うん、ありがと…………」
 少し間があって、明煌が何か言いたそうにしているなとジェックは感じる。
 けれど、迷ったあと『言わない』と決めて口を閉ざした。
 言いたくないことを詮索するのはよくない。ジェックは代わりに取り留めの無い他愛ない会話を始める。

「……よし、長居して困らせたくはないから。それ、温かい内に飲んでね。それじゃ、また来るね」
 手を振って去って行くジェックの後ろ姿を見つめる明煌。
 言えなかった言葉が後から後から心の中に溢れ出す。
 止められたい訳ではない。ただ、決意を伝えたかった。
 けれど、それは同時に背負わせることになるから、言えなかった。
 ――もし、『かみさま』の為に命を使うと言ったら。君は悲しむのだろうか。

『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)は『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)の研究室を訪れて、小さな声を零す。
「はわ。テアドールの……シリーズ? 家族?」
「はい。みんな僕の家族です」
 沢山の色違いのテアドールがそこら中に歩いて居た。顔のパーツはそっくりだけれど、コアとなる石の色で瞳の色や髪色、名前も違っているらしい。
 賑やかでとても楽しそうだけれど、何体かはこれから仕事なのだという。
「でも、みんなテアドールだと、誰が誰かわからなくなっちゃいますか?
 ベスビアナイトって呼んだほうがいいですか?」
「どちらも僕の名前なので、ニルさんが好きな方で構いませんよ」
「じゃあ、今日は沢山シリーズが居るからベスビアナイトって呼びます」
「はい!」
 テアドールはニルを連れて研究室のキッチンへと訪れる。
「ともだちやお世話になっているひとのために作るのです」
「そうですね。おいしくなぁれ、おいしくなぁれですね」
 ありがとうと大好きを沢山込めてグラオクローネのケーキを作るのだ。
「……レシピみながらどれにしようかって悩みましたよね」
 テアドールの言葉にニルはチョコを混ぜながら頷く。
「はい、材料を買いにいくのも楽しかったですね。こうやって計量したり混ぜたり焼いたりも、ベスビアナイトと一緒だと、ニルはとってもとってもうれしくて、わくわくして」
 ニルの楽しい心がテアドールにも伝わって来た。


 焼き上がったケーキに慎重にデコレーションを施すニル。
「おいしく見えるように気をつけて、そーっと! ふふ。どうですか? おいしそうですか?」
「すごく美味しそうです。僕のも出来ました!」
「ベスビアナイトのデコレーションもおいしそうです!」
 廻達に贈る分はあとでラッピングするとして、シリーズの皆にも食べて貰いたいとニルは伝う。
「みなさま、よろこんでくれるでしょうか? でもその前に……」
 ケーキを一切れ切り分け皿にのせたニル。
「ニルはベスビアナイトと、ケーキを食べたいです」
「僕もそう思ってました!」
 キッチンのテーブルの上に置かれたケーキから一掬いとってテアドールの口元に運ぶ。
「あーんしてくださいっ」
「あーんっ、おいしいです!」
 一番最初はテアドールと一緒に食べたかった。ニルの大切なともだちだから。
「ではお返しに。あーん」
 今度は反対にニルが大きく口を開けてケーキを食む。
 二人で食べさせ合ったあと、リビングに運んでシリーズにもケーキを振る舞った。

 目の前をシリーズたちが横切るのを追いかけるニル。
 テアドールと同じようでいて、少し違う人達。
 何だかテアドールがいっぱい居るようでそわそわしてしまうのだ。
「みなさまもニルのともだちになってくれたらニルはとってもとってもうれしいです」
 口々に好意的な反応を示すシリーズたち。
「また遊びに来てもいいですか?」とニルが問えば笑顔で頷いてくれる。
 きっと、テアドールにとって彼らは家族であるのだろう。
 少し羨ましいと思いながら、思い出をいっぱい抱えニルは帰路に着いた。

 薄い星が群青に瞬く希望ヶ浜の夜空。街の明りが反射して星が消える。
 そんな所まで『現代日本』を再現しているらしい。もったい無いと暁月は思ってしまう。
 だからこそ、本当の空や風や海に憧れを抱くのかもしれない。
 カランとドアベルを鳴らし、ダウンライトに照らされたバーの大きなソファへ腰掛ける。
「待たせたかな」
「大丈夫よ」
 紫色の髪がまだ染まっていない。ということは、『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は酒を入れていないのだろう。本当に来たばかりなのだ。
 テーブルにアデプト・トーキョーとジンリッキーが並べば「覚えてる?」とアーリアが口を開く。
「去年私、暁月くんに此処で煙草を吸うのかって聞いたの。そうしたら、止めてくれる人も居なくなってやめちゃったって言ってたのよね」
「よく覚えてるね。ちょっと恥ずかしいな」
 頬を掻く暁月の横顔を見遣り、グラスに視線を落すアーリア。
 あの時は彼の過去もしらなかった。隣に居るのに何処か別の場所に囚われている気がした。
「……まさかその数か月後に『燈堂を終わらせる』って戦うことになるとは思わなかったけど。ほーんと、大変だったんだからね!」
「いや、面目ないです」
 大仰にアーリアへ頭を下げる暁月。こんな軽口を言い合えるのは友人同士だから。
「私はカスパライズにするけど、暁月くんは?」
「あー、私はマティーニにしようかな」

 数杯目のグラスがコースターに置かれる。ダウンライトがグラスに反射して横目にアーリアの髪色が染まっているのが見えた。
「一年っていうのはあっという間で。いろんなことがあって、いろんな変化があるのは解っているの。
 でも、私ね……やっぱり燈堂のお屋敷に廻くんがいないのは寂しいわ」
「そうだね」
 穢れを祓う為に煌浄殿に居なければならない。明煌と親しくなり笑顔を見せるのも喜ばしい。
「でも、その変化は何処か……なんだか廻くんがこのまま何処かへ行ってしまいそうで。
 それが不安で、怖くて堪らないの……ごめんね、こんなこと」
 グラスのカクテルを飲み干したアーリアは暁月へと顔を向ける。
「でも暁月くんも、正直寂しいでしょ。そこそこ付き合いも長いんだし、解るわよそんなの。今日だけは弱音だって吐いていいんだから、ね?」
「……うん。寂しいね。いや、本当に最近、廻は明煌さんと仲が良さそうで。私が見た事無いような表情でさじゃれ合ってるんだよねえ。普通に寂しいよね」
 親しい人が預かり知らぬ所で何処かへ行ってしまう怖さは、誰しもが覚えがあるだろう。
「アーリアも大変そうって聞いたんだけど。大丈夫かい? 無茶はしないでね」
 彼女が語りたがらないのであれば深くは聞かない。アーリアが背負うと決めた業に手を出すことは、彼女の清廉なる魂に傷をつけるものだから。
 けれど、心配はしているから。大切な友人が健やかであれと祈っているのだ。


『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は親友達とパーティを楽しみ、自室へと戻ってきた。
「あー、楽しかった! 来年も皆と一緒に過ごしたいなぁ……」
 風呂上がりにベッドへ転がったヨゾラの元へ猫が「にゃぁにゃぁ」とやってくる。
「猫可愛いなぁ猫……あ、そうだ! ハッピーグラオクローネ! ねこおやつだよー!」
 猫のための猫おやつを取り出したヨゾラへと一斉に猫たちが飛びかかった。
「沢山あるから皆で分けてああああああああ!!」
 猫のお腹に顔を埋め猫吸いをするヨゾラ。
「あー楽しい……やっぱり猫良いなぁ。来年も、大事な親友達や猫達と過ごしたいな」

 くすくすと鈴の鳴るような声が聞こえてくる。
 儚き色香を纏わせた『蒼き夜の隣』蜻蛉(p3p002599)の声だ。
「……笑いなさんな。仕方ねぇだろ、慣れてねぇんだから」
「んふふ。あのまま縁さん放っておいたら、日が変わってもあのままやわ」
 返す『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は苦い顔をしている。
 二人の前には花の香りの紅茶が置かれ、ゆるりと湯気が立ち上がっていた。
 合鍵を使おうとした縁が玄関に立ち尽くしているのを蜻蛉が見つけたのだ。
 拗ねた顔でザッハトルテをつつく縁が肩を竦める。
「……耳が痛いねぇ。『意気地なし』のおっさんを、これ以上いじめんでくれや」
「あら、うちがいついじめたりしたん? ……ん、この甘味美味しいわ♪」
 柔らかな蜻蛉の声はいつも通り、絡め取るような塩梅で其れが心地よくもあった。
「そりゃぁ……緊張するだろ。合鍵なんて大層なモン、貰っちまったら」
「縁さんとうちみたいで、素敵でしょこの合鍵。……慣れたら平気よ、大丈夫」
 猫と魚の意匠が施された、洒落た作りの鍵を手の中で遊ばせる縁。
 こぼれる不安は大切なものを無くしてしまったから。
 例えるなら、目印も何もない大海原を漂うような感覚に似ているのかもしれない。
 どこまでも行く事が『許されている』からこそ心許ないのだ。
 水面に降りる月に手を伸ばして、触れて、空から奪い去って隠してしまいたい。
 そんな本心を――水底にいた魚はもう、自覚したのだ。
 縁からこぼれる不安の心に蜻蛉は視線を上げる。
 合鍵を渡すということは、愛情と安寧の印でもある。
 近くに居て欲しい、捕まえておきたい女心でもあるのかもしれない。
 底の無い好きの気持ちに鍵を掛けたくて。安心したかったのだと蜻蛉は金の瞳を細める。
「だからまぁ、何だ……ちっとは警戒しておいてくれると助か……」
「好いた人と一緒におるのに、なんで警戒せんとあかんの?」
「……ほら」
「――お、おい……!?」
 猫が魚に警戒して何とする。捕食関係は猫の方が上だ。
 蜻蛉の金色の瞳と甘い色香が間近にあって。縁は息を飲む。
 されど、此処で拒絶すればきっと愛しき猫は拗ねてしまうだろうから。
 ゆっくりと腕を腰に回す縁。伸ばされた手が嬉しくて蜻蛉は彼の腕の中に身を委ねる。
「こないに慣れんことして。明日死んでしもたら嫌よ? ……ふふっ」
「……だから、笑いなさんなって」
 回された腕の温もりが愛おしい。包み込まれる感覚に目を閉じた。
 布越しに体温を感じることがこんなにも心を満たすのかと蜻蛉は息を吐く。
 これからはいつでも何度でもこうして欲しい。
 今までの寂しさを埋めるように、大きな背中に手を回して抱きしめ返した。
 にゃぁと猫の鳴声が聞こえるまで。
 二人はぴたりとくっ付いて抱き合っていた。温もりにぬくもりを重ねて――

 そこは廃墟の城だった。
 闇夜に蠢く蝙蝠と今にも崩れ落ちそうな壁が点在し、全容はこの城の主である『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)にも分からない。
 居住スペースにしているのは極一部に過ぎない。
 各部屋、大広間、バスルームと其れ等をつなぐ廊下以外はダンジョン宛ら安全ではない所が多いのだ。
『特異運命座標』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)にも気を付けるように伝えてある。
 グラオ・クローネの日も廃墟の寝室で寝転がっていた二人。
「折角の休日、寝室の天蓋付きベッドでごろごろしてるのも悪くはないだろ?」
「へへ~、よーちゃんからオユルシが出た~! ごろごろするの!」
 甘い一日を過ごすためにレイチェルはお菓子とジュースを用意したのだ。
 金のトレイに乗せた洒落た皿とグラス。
 葡萄ジュースを飲みながらシュネーバルを少しずつ手で割っては口に運ぶ。
 食べ方が上手ではないから粉砂糖まみれになってしまったが、今日ぐらいはいいだろう。
 そんなレイチェルを見てメリーノは嬉しそうに笑う。
 彼女が笑ってくれるだけで、レイチェルは幸せな気持ちになった。
「めーちゃんは何飲む? お菓子はめーちゃんも一杯用意してるからなァ」
「ぶどうジュース!」
 こくこくとベッドの上で葡萄ジュースを飲んでいたメリーノの口元から雫が垂れる。
 白いシーツの上に染みた紫色が楽しくて、グラスの中に指を入れてラクガキを始めるメリーノ。
「えー……」
 メリーノがグラスの中に指を入れた時から嫌な予感はしていたのだ。
 頭を抱えたあと、メリーノを怒る為に顔を上げたレイチェルの目に飛び込んで来たのは。
 ――『城と月』
「お歌は上手じゃないけど、わたし、絵はかけるのよ! たのしいねぇよーちゃん!」
「ああ……」
 これじゃあ怒るにも怒れない。メリーノが描いていたのは自分達の家なのだ。
 レイチェルの胸に愛おしさがこみ上げる。
「はい、出来たぁ! あれ? よーちゃん?」
 絵を描き終わったタイミングでレイチェルはメリーノの細い指を取った。
 葡萄ジュースの味がする指をぱくっと咥え丁寧に舐める。
「ふふ、くすぐったいわぁ~!」
「怒る代わりにちょいとした悪戯は赦されるだろう?」
 グラオ・クローネの甘いひととき。二人は幸せに満ちていた。


 天香邸までの雪解路を『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は歩きながら久しいと目を細める。
 忙しかったのは事実ではあるが、あんなに泣いてしまった手前此処へ来るのは気まずかったのだ。
「まあ? お陰様で色々と吹っ切れましたし、心の整理もついたので、これからは今まで通りこちらでのお仕事も頑張らせていただこうとおもいますけど」
 天香邸の門を潜りながら、正純はぽつりと零す。
「ふぅ……」
 深呼吸をしてから手提げ袋の中身へ視線を落した正純。
 今日はグラオ・クローネである。
 心の整理をしている間、手持ち無沙汰だったから。今年はしっかりとしたチョコを作って来たのだ。
「屋敷の皆さんや、今日1日お忙しいでしょう遮那さんにささっとお渡ししてしまいましょう」
 懇意にしている女官や安奈達にチョコを配った正純は遮那の部屋へとやってくる。
「おはようございます、遮那さん。少し肌寒くはありますが、お日柄もよく、素敵なグラオクローネの日ですね」
「えっ、あ……、正純か?」
 琥珀の瞳を丸くした『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)は長かった筈の正純の髪が短く切られている事に驚きの声を上げた。
「ああ、この髪ですか? そうですねぇ、少しばかり心境の変化と言いますか、つれない殿方を勝手に吹っ切ったと言いますか。まあ、遮那さんがお気になさることはありませんとも。どうです? 意外と似合っているでしょう?」
「一瞬、姉上かと思って驚いたのだ。すまぬ。うむ、とてもよく似合っておるぞ。長い髪も良かったが、何より正純の顔が晴れやかに見えるな」
 琥珀の瞳を細めた遮那の前に正純からチョコが差し出される。
「ふふ、はい。こちら、私からのちょこれいとです。今回は手作りしましたから、ぜひ食べて後で感想聞かせて下さいね」
「おお、嬉しいぞ正純! 其方の作ったものだからなきっと美味しいぞ。楽しみだ」
「さて、今日はきっとたくさんお約束があるのでしょう? まだまだ寒いですから、きっちり着込んで出かけましょうね。さ、上着をどうぞ」
 出かける事を見ぬかれていたのが何だか気恥ずかしくて素直に上着を着せられる遮那。
「では行ってくる!」
「はい、いってらっしゃいませ」
 大きくなった背中、けれどまだ少年の面影を残した遮那を正純は見送った。

「最近、遮那君が他の子を『女性』として見ている気がする……! 羨ましい……」
「どうしたのだ? 向日葵」
『共に歩む道』隠岐奈 朝顔(p3p008750)の小さな呟きが聞こえ顔を上げる遮那。
「いえ……!」
 こういう大切な積み重ねは誰と比べるものでもない。
 自分と遮那との関係性なのだ。それは朝顔も分かっている。
 しかし、少しぐらい遮那にドキドキしてほしいというのは乙女心というものだろう。
「遮那君、チョコ関係で流行っているモノが有ってですね! 君と2人でやってみたいな~って!」
「ふむ、どのようなものだ?」
 首を傾げる遮那に朝顔はチョコでコーティングされたスティックを取り出す。
「ルールは簡単! 菓子の端を互いに食べ進んでいき、先に口を離したほうが負けです!」
「それはどちらも放さなければどうなるのだ?」
「ええと、互いの豪胆さとかを比べるゲームですよ! いいからやりましょう! ほら!」
 強引に遮那の手を引いた朝顔はチョコスティックの端を咥え顔を近づける。
(いつもより遮那君の顔が近い気がして、目を逸らす事も出来ないからドキドキします……!)
 朝顔は遮那の顔を見つめ、目を逸らさずにいてくれることに安堵する。
 遮那はいつも綺麗だと朝顔は思う。
 濡羽色の髪も琥珀色の瞳も。

 ――私は遮那君がイケメンだから恋した訳じゃないけど見目も含めて大好きなんです
 本当に。本当に貴方の全てが好きなんです、遮那君。
 好き過ぎて傷つけたくなるぐらいには好きなんです。
 親しき友達では足りない。最愛になりたい。私を貴方を想う女として見て欲しい。

「おお、途中で折れてしまったのう……難しいなこのゲームは」
 真ん中で割れたチョコスティックを見つめる遮那。
 そんな遮那に朝顔はエディブルフラワーを乗せたチョコを差し出す。
「貴方に向ける恋の思いは沢山あるから、花も色んな種類のを使いました」
 微笑んだ朝顔は深呼吸をして天色の瞳で遮那を見つめる。
「遮那君。大好きです。貴方の全てに恋をしています」
 貴方の頭の天辺から足の爪先まで私のモノにしたいぐらいに。
 私の頭の天辺から足の爪先まで貴方のモノにして欲しいぐらいに。
「そうか、ありがとう。向日葵の気持ちは嬉しいぞ」
 親しき友人に同じ気持ちを返すことは今は難しいけれど。その気持ちは嬉しいと遮那は微笑んだ。

「今日は折角なので遮那くんと街で店を出します!」
 抜かりなく『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)は遮那が今日の予定をあけられるように仕事を片付けておいたのだ。
 天香は色々あり今は往時より落ち目とは言え、帝の覚えも良く、遮那の真っ直ぐな姿勢に好感を覚える者も多いだろう。いつかまた権威を取り戻す日がやってくるとルル家は確信している。
「それは遮那くん自信の望みでもあるでしょうし、拙者もそれを傍で支えていくつもりです。
 が! 今だからこそ出来る事もあります!」
「ふむ?」
 ルル家の言葉に遮那は首を傾げ次句を待つ。
「一市民の連れ合いのように一つの茶屋を一日だけで良いので経営してみましょう! 準備は大丈夫です! 初めて豊穣に来た時から城下に路地裏カプリチオ豊穣店を(無許可で)出店しておりますので!」
 あっけらかんと突拍子もない事を言い出すルル家に遮那は吹き出す。
「折角なので今日一日夫婦という設定にしませんか? ごっこ遊びみたいなものです。夫婦で店を営むって、こう、女の子の夢みたいなところあるので。駄目ですか……?」
「ん、ん……構わぬよ」
 先の笑いを引き摺りながら遮那はルル家の提案に乗った。

 店内は客の入りも多く繁盛していた。
 素性を隠しているとはいえ、遮那とルル家の姿は目立つし正体はばれている。騒ぎにならないのは『あの天香の坊が久々に何か仕出かすようだ』と住民が和やかに見守っているからだ。
「アナタ、このお菓子あっちのお客さんにお願いね!」
「うむ、わかった」
 ルル家は自分で発した言葉に顔を赤くする。
 普通に出来ているだろうか。全然照れを隠せて居ない気がする。鏡がなくてよかったとルル家がモジモジしている所も住人たちは優しく見守っていた。
「お主達、商店街の……」
「あらあら、こんな所で何してらっしゃるんですか?」
 遮那のたじろぐ声が聞こえルル家が振り返ると女性客に囲まれているのが見える。
「わわわわ私の夫に何か御用ですか!?」
 そんなルル家の威嚇に「かわいい~!」と女性客は笑い合った。
「……おい、何か来るぞ。大丈夫か? 遮那坊」
「え?」
 店に駆け込んで来た男の声にルル家はハッと顔を上げる。
「あ、まずい……岡っ引さんだ! 店は後で片付けるとして今は逃げないと! 遮那くん! 抱っこして飛んで逃げて!」
「あい、分かった!」
 ルル家をお姫様抱っこで空へと逃げる遮那。
「遮那くん、今日は楽しかったかな。最後はちょっとぐちゃっとしちゃったけど、楽しめたなら嬉しいな」
「うむ、楽しかったぞルル家」
「チョコはちゃんと帰ってから渡すからね。楽しみにしててね、アナタ」
 言いながらルル家は遮那の頬にキスをする。
「お、おとすから。やめい」
 顔を真っ赤にした遮那は不意打で頬に触れた唇の感触に、ルル家を落さぬよう強く抱きしめた。

「ハッピーグラオ・クローネ、です。遮那さん」
『涙の約束』鹿ノ子(p3p007279)はふわりと微笑み遮那の前にチョコレートを広げる。
「遮那さんも色んな文化やお食事に慣れてきたと思いまして、今回は色んな味のものを用意してみました」
「おお、沢山あるのう!」
 遮那が幼子のようにはしゃぐ姿を見られるのは、もう極限られた人だけになっているのだろう。
 鹿ノ子もそのうちの一人だ。
「色取り取りで、見た目でも楽しめるように、と。ちょっとした時間に摘まめるように、一口サイズのものを選びましたので、職務の合間にでもどうぞ」
「こっちのは何だ?」
 遮那は箱の中に入っているチョコを指差す。
「ええと、これがミルクチョコレート、これがビターチョコレート、これがホワイトチョコレートで、こっちはイチゴのチョコレート、こちらが抹茶のチョコレートで、これが栗のチョコレートですね」
「苺に栗まであるのか。興味深いのう……」
 くすりと微笑んだ鹿ノ子は「さぁ遮那さん、まずはおひとつ。どれがよろしいでしょう」と問う。
「では、この抹茶のちょこれいとで」
「……これですか? はい、口を開けてくださいな。 あーん……」
 鹿ノ子は抹茶のチョコを摘まんで遮那の口元へ運ぶ。
「あーん」
 素直に口を開けた遮那はチョコを入れて離れて行く鹿ノ子の指先をぺろりと舐める。
 悪戯な笑みは出会った頃のようで、何だか懐かしさを覚えた。

「ねぇ遮那さん、遮那さんは、シャイネンナハトで僕の望みを叶えてくださいましたね」
 遮那の腕の中で身体を預けた鹿ノ子は自身の左手の薬指を見遣る。
「……この指輪、僕がねだったからすぐに用意した、というだけじゃないんですよね? ちゃんと、意味を分かっていて、『未来の約束』として、お渡ししてくださったんですよね?」
「それは、私が其方に渡したいと思ったから贈ったのだ」
 いくら恋に奥手であろうとも、友人にはあげられぬもの。愛しき者に捧げるもの。
「…………自惚れますよ?」
「そんなに、怖いか鹿ノ子よ。指輪を贈ってもだめか?」
 遮那は鹿ノ子の身体を強く抱きしめる。
「だって、ずっと待っていたんです。貴方が僕を、そういうふうに想ってくれるのを。何年も前からずっとずっと、そう願っていたんです」
 種を埋めて、水を撒いて、お日様を浴びせて、芽を出しますように花が咲きますようにと願った。
「……愛していますよ、遮那さん。ずっと、ずっとです。あの夏からずっと」
「ああ、知っている……」
 愛しき思いを込めて遮那は鹿ノ子の頭に口づけた。


 穏やかな朝光は次第に昼の陽光となりカーテン越しに机の上へ落ちてくる。
「今日の座学はここまでにしようか。お疲れ様」
「はい、ありがとうございました!」
『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)の言葉に『青の尖晶』ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)はぺこりと頭を下げた。ティナリスはマルクに座学を教えて貰っていたのだ。
 しかし、それもお昼まで。午後からはグラオ・クローネを楽しむ時間。
「ティナリスさん、おすすめの場所があったら案内してくれないかな」
 以前、このカーランド・ルシュを訪れた時は街を見学し損ねたからとマルクは伝う。
 お祭りで賑わう場所は地元の人に聞くのが一番だろう。
「そうですね。実は私もこの時期は初めてで……あ、普段は聖都にいるので、近頃の情勢を鑑みて此方へ滞在しているんです」
「特にこれといった場所が思いつかないなら、それはそれで。街を歩くだけでも楽しいからね。お祭りの時期なら特に」
 マルクとティナリスは連れ立って通りへと出る。
「せっかくだからお昼ごはんをご一緒したいな」
 レストランもいいけれどお祭りの雰囲気を楽しみたいから「あそこはどう?」とマルクが指し示したのはテラス席のあるカフェだ。白い町並みに調和したグリーンとシンプルなテーブルとチェアが気兼ねない。
「いいですね。あそこのカフェは一度行ってみたかったんです」
「なら決まりだ」

 ティナリス達の前にはチョコケーキとレモネードが置かれる。
 それを食べながら何気ない会話を幾度か応酬したあとマルクはティナリスに問い掛けた。
「そういえばティナリスさんは、ご両親の遺志を継ぐために聖騎士になったんだっけ」
「はい。両親が守ったこの国を守りたいと思っています」
 迷わず目標に向える理由があるのは良い事だ。それが自身の心の支えにもなっているなら尚更。
「ただ、それとは別に。他者や環境ではなく『自分がこうしたいと思うから』って理由を見付けられると良いな、って思うよ」
「自分が……」
「僕の話で恐縮だけど。僕はどこにでもいる平凡な人間で、イレギュラーズに選ばれた理由だって未だによく分からない」
 マルクの言葉をティナリスは真っ直ぐな青い瞳を以て聞き入る。
「けれど四年前の夏やその後の戦いを経て、僕は自身に『死を遠ざける者』となる事を課した」
 それがマルクの戦う『理由』なのだとティナリスは頷いた。
「国や場所を問わず、例えば黒狼隊やアーカーシュで、自分がそうすべきと思う方向に進めるようになった。ティナリスさんにも、そんな理由が見付けられると良いな、って思うよ。応援してる」
「私は……四年前の夏、まだ子供で……何も出来なかったんです。それが悔しくてっ」
 同時に天義の為に戦ってくれたイレギュラーズに憧れた。
 マルクの言うように『理由』があるとすれば、誰かの為にということなのだろうか。
 それは漠然としていてまだ深く考えたことの無いものだろう。
「ゆっくりでいい。でも、良い機会だから少し考えてみるのも良いかもしれないね」
「はい!」
 ティナリスの凜々しい声がカフェテラスに響いた。

「折角のグラオ・クローネのひと時を俺なんかとでいいのか?」
「え?」
 こてりと首を傾げたティナリスの純粋な青い瞳に『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は「すまない」と謝罪して歩き出す。
 カーランド・ルシュの町並みは白く美しい印象を与える。
 グラオ・クローネのお祭りだから活気もあって賑やかだった。
「まだまだ冷えるし温かいものを中心にでもいいな。……うん、やっぱり外の風は寒いがこういうものは不思議と温まる。君はどうだいティナリス?」
「はい! クロバさんと居ると温かくてとても楽しいです!」
 純粋な少女の視線が眩しいとクロバは目を細める。
 制服を身に纏っているが帯剣はしていない。騎士としてではなく年頃の女の子として楽しんでくれているようだとクロバは胸を撫で下ろした。
「クロバさんは、楽しいですか?」
「俺か? なに、俺はエスコートしてる最中だし君が楽しんでくれるのが一番うれしいよ」
 そうだ、とクロバはコートのポケットから小さな包みを取り出す。
「ま、これが俺からのグラオ・クローネの贈り物みたいなものだよ。受け取ってもらえるかな?」
「わわ、ありがとうございます! 嬉しいです! 私からも……」
 ティナリスから差し出されたのは手作りのチョコだ。クロバは少し驚いて目を瞠る。
「おっと……貰うとは思ってなかったからちょっと驚いてしまった」
 自身が抱えているものを思えば、天義の騎士から贈り物をされる資格があるとも思ってみなかったのだ。
 されど、彼女の純粋な敬意を無碍にするのは不正義ならぬ不義理というところだろう。
「ありがとう、謹んで頂戴するとするよ。君のこういう真っすぐで優しいところは本当に好ましいと思うよ。その気持ちに応えられるように俺も頑張るよ」
 憧れのイレギュラーズのクロバにそんな風に言って貰えるなんてとティナリスは頬を赤く染める。
「イレギュラーズの皆さんは私の憧れなので、その……」
「それは俺みたいな『死神』じゃなくもっと勇者らしい存在とか、正道を突き進んでるような存在とかが相応しいとは思うんだがな」
(なぁ、『――』。俺がお前みたいな天義に誇れる騎士然とした男だったらよかったんだがな)
 恐縮するように目を瞑るティナリスの肩をぽんぽんと叩くクロバ。
「そう畏まるな。俺と向かってる時はそうだな、歳は離れてるけど友達みたいな感覚で接してくれ」
 眩しくて真っ直ぐなティナリスの輝きを失わせない為に、守りたいとクロバは胸に秘める。

「今日は来てくれてありがとー!」
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の元気な声がティナリスの耳に届く。
 事前に連絡を貰っていた『お仕事』のため待ち合わせしたのだ。
「こちらこそよろしくお願いします! それで、どのような内容でしょうか。草刈りでしょうか猫探しでしょうか、買い物代行でしょうか」
「ううん。前々からやりたいなーって思っていた事を手伝って貰おうと思って……ということで、今日のミッションは『皆に幸せのおすそ分け!』だよ」
「おお!」
 パチパチと手を叩くティナリスは「良いですね!」と目を輝かせる。
「孤児院とか教会をまわって子供達にチョコレートを配りたいなーって」
「はい! 頑張ります!」
 ティナリスが騎士見習いから聖騎士になったということは護るべき人達の事をよく知っておくべきだとスティアは考えたのだ。
「こういう機会を利用して触れ合って貰えたら良いなーって。とはいえ、堅苦しいのは無しで遊ぶくらいの気持ちで大丈夫だけど。なんたって今日はグラオ・クローネなんだから!」
 スティアはティナリスの手を引いて白い石畳の上を歩く。
「少しはお姉さんらしく振る舞えてるかな?」
「はい……私は兄弟が居ないのでスティアさんがお姉さん役をしてくれて嬉しいです」
「ふふん、よく妹扱いされるけど私もやる時はやるんだよ」
 微笑ましく手を繋いで孤児院まであるくティナリスとスティア。

「はい、並んでくださいね」
 子供達の前では立派なお姉さんのように振る舞うスティアを見習い、ティナリスも子供達の目線まで屈んでお菓子を配る。
 ずっと天真爛漫に振る舞えるわけではない。後輩や子供達がいるのだ、少しずつでも大人にならなければとスティアは思いを巡らせた。
「わ、わ……髪を引っ張られると」
「こーら、お姉ちゃんが痛がってるでしょう。だめだよ」
 小さな子供がティナリスの髪をひぱっているのをスティアは止める。
「ありがとうございます! スティアさん」
「大丈夫だよ。綺麗な髪だから気になったんだね。じゃあ次の所へ行こうか」
「はい!」
 一通り回り終えてスティアは「今日はありがとー!」とチョコを手渡す。
「私からのお礼と、ハッピーグラオ・クローネ! ちょっとだけ豪華だよ!」
 精一杯の感謝を込めてティナリスはスティアへ深々とお礼をした。

「ハァイ、ティナちゃん♪ ハッピー・グラオ・クローネ!」
 気さくに手を振る『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)へティナリスはぺこりとお辞儀をした。陽光はティナリス達に降り注ぎ良いお散歩日和に見える。
「今日は騎士団のお仕事もおやすみなの? それじゃあ、アタシとウィンドウショッピングなんてどうかしら♪ この間は巡回だったから、今日はのんびりお散歩しましょ。ね?」
「あ、他の方もいいですか?」
 首を傾げたティナリスに「もちろんよ!」と笑顔で返すジルーシャ。
「ティナリスさんこんにちは!」
『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)はティナリスの目の前で元気よく声を上げる。
 今日はティナリスに天義の街を案内して欲しくて誘ったのだ。
「メイ、おうちの周りしか知らなくて」
 縁あってイレギュラーズとなり、各国へ行けるようになったのだ。様々な場所に脚を運んで色んな事を知りたいとメイは思っている。
「そうなんですね。じゃあ、私が街の案内を務めさせて頂きますね」
 メイとティナリスは二人で街の中を歩く、白い色調の通りには幾つもの店が並んでいた。
「あのあのえっと。グラオ・クローネだし、チョコレートとかお菓子の美味しいお店とか、ないですか?」
 勿論町並みや大事な施設も見て回りたいのだが。やはり甘いものは重要であろう。
「そうですね。マーケットにあるパティスリーのチョコケーキは美味しいです」
「なるほど! じゃあ行ってみるのです!」
 そんな二人の足下に猫が一匹、また一匹とすり寄ってきた。
「猫さんがいっぱい」
「ごめんなさい! ティナリスさんと遊ぶんだ! ってうきうきしてたら、私の気持ちを察したのかねこさんたちが普段よりたくさんついてきちゃったです><」
「メイさんのギフトですか?」
「はい、メイのギフト。ねこさんが常に一緒にいるギフト。けどもこれは数が多すぎるかもです><」
 ティナリスはごくりと喉を鳴らす。そんな素晴らしいギフトがこの世には存在していたのかと。
「お店はいるときは、お外でいいこして待っててくださいね!いい子にしてたらおやつあげるですから!」
「おや、ティナリスさんにメイさん、ジルーシャさんも。こんにちは」
 猫に纏わり付かれている三人に手を振るのは『鏡地獄の』水月・鏡禍(p3p008354)だ。
「今からマーケットにいくんですが、皆さんもどうですか?」
「メイたちも今からマーケットに行くところだったのです」
「一緒に行きましょうか」
 ティナリスとメイと鏡禍と猫たち。ジルーシャはそんなほんわかした三人の姿に優しい気持ちになる。
 ジルーシャは町並みを眺めながら過ぎゆく店を横目で見遣る。
 気分はすっかり女子会のようで。気になる物も多くてジルーシャは目移りしてしまうのだ。
「ティナちゃんは、こんな風におやすみの日はいつも何をして過ごしているの?」
「普段はミルキィ……飼い猫と過ごしていますね。たまにこうしてお出かけをしたり勉強の為に図書館へ行ったりしています」
「……へえ、猫を飼っているのね! フフ、名前も可愛いわ♪」
「はい、ミルキィは白猫なのですが、とても可愛くて触り心地がいいんです!」
 ミルキィの事を話すティナリスの顔が本当に楽しげで、大切な家族というのが伝わってくる。
「家に帰った時に出迎えてくれる存在――アタシにとっての精霊たちと同じね」
 是非今度合わせて欲しいとジルーシャは微笑んだ。
 そこへふらりと歩いてきたのは『ささやかな祈り』Lily Aileen Lane(p3p002187)だ。
 元々Lilyはあまり外へ出る事が少ない。見聞きする物全てが新鮮で、猫を連れたティナリス達に興味を惹かれたのだ。
「すごいです。ねこ……」
「はい! メイのお友達なのです!」
「お散歩、一緒にしていいですか?」
「勿論だよ。君も一緒に行こう」
 マーケットに向かう鏡禍たちにLilyも加わり、白い石畳の上をゆっくりと歩いていく。

「このアクセサリー、可愛いのです」
 Lilyが店先に出ているルビーのネックレスを手に取った。
「本当ですね。Lilyさんの瞳の色に似てます」
 ティナリスは柔らかな笑みをLilyに向ける。
「天義の街やおススメのお菓子なんかはわからないのでティナリスさん達と一緒に回れてよかったですよ」
 鏡禍の恋人は天義に領地を持っているという話しだったが、とティナリスは顔を上げた。
「なんといいますか……彼女に知られず僕なりに勉強して驚かせてみたいんですよ、ティナリスさんだってそう思うことありませんか?」
「なるほど。分かります!」
 鏡禍の言葉にキリっとした表情で頷くティナリス。
「あ、カフェでは僕がおごりますよ。付き合ってもらってるお礼みたいなものなので気にせずにどうぞ」
 パンケーキとココアを注文した鏡禍にティナリス達もそれぞれ甘いものをチョイスする。
「なるほど、こう言う食べ物も、あるのです、ね。……もぐもぐ。美味しい!」
 Lilyの幸せそうな表情にメイやティナリスも笑顔になった。
 そんなティナリスの笑顔にジルーシャは良かったと胸を撫で下ろす。
「ティナちゃん、アタシたちといるとすっごく緊張しているみたいだったもの。そうやって笑ってくれて安心したわ」
「はっ! ご心配をお掛けしていましたか!?」
「ふふ。せっかく友達になれたんだもの、アンタのそういう顔もたくさん見せて欲しいわ。もちろん、緊張している所も可愛いけれど♪」
 自分のことも頼れるお兄さん――お姉さんでもいいけれど――くらいに思って気軽に話して欲しいのだとジルーシャはティナリスに告げる。
「はい! 頑張ります!」
「ん、いいお返事♪ それじゃあティナちゃん、次はどこに行きましょうか!」

 高台の広場へとやってきた『美しい脚』リュリュー(p3p009320)は美味しそうな屋台に目を輝かせる。
 どれがいいかと悩んでいる所に通りかかったティナリスへ声を掛ける。
「ねえねえ、お姉さん! ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、どうしました?」
「あ! あたしはリュリューっていうの、よろしくね!」
 よろしくお願いしますとお辞儀をしたティナリスにリュリューは早速美味しいクレープを教えて貰う。
「ほんとうだ、このクレープ美味しい~! 御礼にティナリスちゃんにも分けてあげるね。一緒に食べよ! くぅるるる♪ やっぱりグラオ・クローネは素敵なお祭りね!」
 リュリューとティナリスは幸せそうな笑顔でクレープを頬張った。
 Lilyは高台の柵の所へ近づいて風景を眺める。手には近くで買ったホットココアが握られていた。
「今日は色々と、観られて良かった、です」
「はい! 楽しかったですね」
 Lilyの隣にはティナリスが同じようにホットココアを飲んでいる。
「どうか人々に、今日みたいな、幸せな日々が、これからもずっと、続きますように……」
 祈りを捧げるLilyの頬に冷たい粒が当たり、赤い双眸が開かれた。
「……さて、寒くなってきたので、そろそろ帰るのです」
「はい、またお会いしましょうね」
「またなのです!」
 ティナリスやメイに見送られ、Lilyはお辞儀をしてから去って行く。
 楽しかった思い出を胸に抱きながら帰路についたのだ。

 大きな公園の芝生の上で、ティナリス達は一休みしていた。
 メイやティナリスの膝の上には猫たちがよじ登っている。
「そうだ、これを渡しておきますね」
 鏡禍はティナリスへと可愛らしい袋を手渡す。中身は先にマーケットで買っていたクッキーだ。
「なんだかんだ可愛いのお好きでしょうから。頑張っているティナリスさんへ応援の気持ちです、それと無理しないで欲しいと願いを込めて」
「嬉しいです、鏡禍さん。ありがとうございます!」
 年の割にはしっかりしているからこそ、無茶をしてしまいそうだと鏡禍はティナリスを見つめる。
「以前もお話ししましたけど、どうか頼ってくださいね。勝手かもしれませんが仲間でお友達だと、僕自身は思っていますので」
 憧れのイレギュラーズにそんな風に言ってもらえるなんて、ティナリスは嬉しさで頬を染めた。
「光栄です!」
「ふふ、今日はお時間をいただいてありがとうございました。また一つグラオ・クローネの素敵な思い出ができましたよ」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
「今日一日楽しかったのです! ありがとなのですよ。……えと。またメイとあそんでくれますか?」
「はい! 勿論です。私も凄く楽しかったです。ありがとうございます!」
 一緒に居て楽しいとティナリスも思ってくれたことがメイには嬉しかった。
「私もお礼にチョコを……お二人ともどうぞ」
「わあ! 嬉しいのです!」
「ありがとうございます」
 陽光に鏡禍とメイとティナリスの笑顔が照らされ、ほんわかで和やかなひとときだった。

 鏡禍とメイを見送り、ジルーシャへと振り返るティナリス。
「あ……ジルーシャさんもし良かったらこれ」
 ティナリスの手にはチョコが乗せられている。
「えっ、アタシも貰っちゃっていいの!? やーん、とっても嬉しいわー! しかも手作りだなんて……! とっておきの紅茶を淹れて、大切に食べるわね。アリガト、ティナちゃん♪」
 お返しにとジルーシャはこっそり買っていた髪留めを取り出す。
「グラオ・クローネの日限定の、チョコミントカラーのリボンバレッタ。よかったら時々着けてくれたら嬉しいわ。きっと似合うと思うわよ♪」
「ありがとうございます! 私も大切にしますね」
 憧れのイレギュラーズからこんなに嬉しいプレゼントが貰えるなんて、夢の様だとティナリスは満面の笑みでジルーシャを見つめた。

「ティナリス様~! ハッピー……ぐらお・くろーね……?ご、ごめんなさい……旅人ですのでまだこちらの文化には疎くて……」
 今度よかったら教えてほしいと『ブルースピネルにラブソングを』水天宮 妙見子(p3p010644)はティナリスに微笑みかける。
「妙見子さんに、トールさん! 其方の方は……」
『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)の隣に居る『雪花の燐光』ノア=サス=ネクリム(p3p009625)へ視線を向けるティナリス。
「あ、こちらは妙見子のお友達です、ノア様は初めましてですよね?」
「初めまして、ティナリスさん。ノア=サス=ネクリムです。妙見子ちゃんから最近お話は聞いてたのでどんな人かな、と思ってました」
 お近づきの印にグラオクローネのチョコをどうぞとノアが差し出す。
「お二人もどうぞ?」
「あっ、ノアさんチョコレートありがとうございます! あとでいただきますね。私からも皆さんに手作りチョコレートを用意しているのですが、じつはお菓子作りって不慣れで……満足な出来になるまで少し時間がかかりそうなので出来次第お届けさせていただきますね」
 トールとノアにお礼を言ってティナリスは歩き出す。
 折角女子四人で集まったのだから、この先にあるカフェに行こうと決めていた。
「女子会ってやつですね! ……今日くらいは騎士ではなく一人の女の子として接させてくださいましね」
「ティナリスさんは騎士なんですね、いつか一緒に戦う時があったら一緒に戦えると嬉しいわね……。と、でも今日は妙見子ちゃんの言う通り女の子同士で仲良くしましょ!」
 妙見子とノアの言葉にティナリスは「はい」と笑みを零す。
「ティナリスさんもお元気そうで何よりです」
 トールと妙見子がプレゼントしたワンピースとポーチを身につけてきてくれたらしい。
「ありがとうございます。剣を握るティナリスさんも可憐で凛々しくて素敵ですが、今のような普通の女の子らしいお姿も絵になるくらい、とてもよくお似合いです」
「そ、そんなに褒められると照れてしまいます」
 トールの言葉に顔を真っ赤にして恥ずかしがるティナリス。

「こちらのカフェ……雰囲気いいですしスイーツもおいしそうですね……この大きめのパフェとかどうですか? ティナリス様トレーニングで体動かしておりますし少しくらい食べても大丈夫ですよ~」
 メニューを見ながらわいわいと、どれが良いか悩む四人。
「私はイチゴのパフェでもいただこうかしら」
「ほら! ノア様もパフェにするって言ってますし! 妙見子は……抹茶パフェにしました! ティナリス様はお好きな物頼んでくださいね? 妙見子の奢りですよ」
「じゃあ私はヨーグルトパフェで……えっ、奢っていただくつもりなんて全然ないんですけど……」
「……は? トール様は自分で払って下さ……ぐぅ……分かりましたよ……払いますよ妙見子が……」
 ぐっと唇をかみしめる妙見子にトールは首を捻る。フリだったのだろうか。
 運ばれてきたパフェに四人は「おおー!」と感動の声を上げた。
「んっ、とてもイチゴが大粒で、甘くて美味しい……。ティナリスちゃん、おっきなイチゴあげるからあーんってしてっ?」
「はわ!」
「おっと……結構なボリューム……こういうのって一口交換するのが醍醐味です!」
「えっと……あーんって一口交換するの、もしかして全員やるんですか……?」
 ノアにいちごを貰ってもぐもぐと咀嚼するティナリスの姿に目を細める妙見子。
「ティナリス様、最近どうですか? ちゃんとご飯食べてますか? まだ騎士とはいえまだ年端も行かない女の子ですから……困ったことがあったら遠慮なく頼ってくださってもいいんですからね?」
「妙見子さん、ありがとうございます。食事は騎士団の方で用意されてますので大丈夫ですよ。でも、妙見子さんの手料理は食べてみたいですね」
 母性の強い妙見子に親しみを覚えてしまうのは、ティナリスが母を亡くしているからなのだろう。
「一時のイレギュラーズの間で修道服が流行った時に私も仕立てたっけな。ティナリスちゃんに見せたらびっくりしちゃうような修道服だから今は見せないけどね?」
 そうだ、とノアは立ち上がる。
「ティナリスちゃんとトールちゃん、妙見子ちゃんもシスター服を着てみませんか?」
「白シスター服なら私も一着ありますけど……」
 ノアの言葉にトールが自分のシスター服を思い出す。
「きっと似合うと思うわ! 私も『覚悟』の決まった新しいシスター服を仕立てますから!」
「覚悟……」
 トールはノアのシスター服姿を想像して「ハイレグってことですか?」と零す。
「む、無理です無理です! 私にはハイレグなんてとてもとても……! 普通のシスター服ならともかくっ、ティナリスさんもそんな破廉恥な格好は出来ないですよねっ!?」
「トールちゃん? わたしハイレグとは一言も言ってないわよ?」
 ノアとトールのやり取りに仲が良いのだとティナリスも妙見子も笑った。
「妙見子ちゃん、本当にティナリスちゃんが大好きなのね。ティナリスちゃんも妙見子ちゃんと……あとトールちゃんと私とも、これから仲良くしてくれると嬉しいな?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
 ぺこりとお辞儀をしたティナリスにノアと妙見子とトールは目を細めた。

「やぁ、ティナリス。元気にしているかな?」
『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はティナリスの元を訪れる。
 ハッピーグラオ・クローネと言うベネディクトの顔が申し訳なさそうでティナリスは首を傾げた。
「市販品だけど、折角の記念日だからね、良かったら受け取ってくれ」
「はわ、その気持ちだけでとても嬉しいです。ありがとうございます!」
 嬉しそうに頬を染めチョコを胸に抱くティナリスへベネディクトは笑みを零す。
「少し時間はあるかい? 良かったら公園の散歩に付き合ってくれないかな」
 今日は相棒を連れてきたというベネディクトの足下に尻尾をふるポメ太郎がいた。
「わんわん!」
(どうも! 僕、ポメ太郎です! ご主人様の新しいお友達ですか? 優しそうな人ですね! 良かったら僕とも仲良くしてくださいね!)
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
 ポメ太郎を撫で回しているティナリスへベネディクトは「何か動物を飼っているのか」と問う。
「ミルキィという白猫を飼ってるんです。とっても可愛い家族なんですよ」
「わん! くぅ~ん?」
(ふんふん、ティナリスさんも何か動物を飼っているんでしょうか? 良かったらその内僕も会いたいですねえ! 駄目ですかね? 元気なのが嫌なら大人しくしているので! どうですか?)
「ふふ、ポメ太郎さんはお喋りですね。今度、ミルキィに会いに来てくださいね」

 公園を散歩しながらベネディクトとティナリスは『学校』の話しで盛り上がっていた。
「俺も昔は軍学校の様な場所に通っていてね。もう随分昔のように感じるが、良い事も悪い事もたくさんあった……ティナリスはどうだい?」
「私も、色々ありました。生徒会の会長だったのですが。副会長に気に入られていたようで。あ、いえ悪い子ではないのですが……」
 話しを聞く限りティナリスには好意的で他の人に対しては冷たい少女だったらしい。
「俺はやはり体を動かす事の方が得意だったからね。学術は何時も頭を痛めながら勉強をしていたよ」
「ふふ、ベネディクトさんにもそんな時代があったんですね?」
 楽しげに笑うティナリスは年頃の少女のようで、前よりも緊張が解れているように思えた。
「そういえば以前共に戦ってから、色々と考えはしたんだがやはり俺が教える事が出来る事と言えば戦いの事くらいだと思ってな」
「はい!」
 ベネディクトの言葉にキリっとした表情で居住まいを正すティナリス。
「日を改めて、共に訓練でもどうかなと思うんだがどうだろうか」
「い、良いんですか! ベネディクトさんが指導してくださると!?」
 天にも昇る思いだと目を輝かせたティナリスは深々と「宜しくお願いします!」と頭を下げた。
「ふふ、そろそろ良い時間だな。付き合ってくれてありがとう、ティナリス」
「わんわん!」
(お散歩に付き合ってくれてありがとうございました!)
 ポメ太郎とベネディクトに手を振ってティナリスも踵を返す。

「はー……こんな日でも夜空は綺麗なんだよなぁ」
 遠い目をしてぼんやりと歩くカイル=ヴェル=リットベルガー(p3p009453)は目の前に現れた少女にぶつかりそうになる。
「おっと、すまん。……ってティナリスか。あれからどうだ? 上手くやってるか?」
 笑顔で返事をする少女にカイルは「そうだ!」と顔を上げた。
「飯まだだったら人助けと思って付き合ってくれないか? 今日、レストランに誘ってた美女にドタキャンされたんだ。このとーり!」
「でも……お礼が」
 困った顔をするティナリスの持っていた袋を指差し「お礼なんて要らねえけど。どうしてもって言うなら、そのチョコレートを貰うってのでどうだ?」とカイルはウィンクしてみせた。
 微笑んだティナリスとカイルはレストランへを向かう。


「グラオ・クローネっすか。話には聞いた事あるっすけど、まさか自分が参加することになるなんて思ってなかったっす」
 グラオ・クローネといえばチョコ。ここは自作するしかないと『未来を結ぶ』アルヤン 不連続面(p3p009220)は気軽に考えていた。
「あの、マイヤ。自分、チョコ……作ろうとしたんすよね」
『レビカナンの精霊』マイヤ・セニア(p3n000285)の前に置かれたのは歪なチョコの塊だった。
「扇風機なんで刻むのとか温度管理とかは得意なんすけど……その、成形が……コードだけじゃちょっと無理があったみたいっす。まだまだ修行が足りないっすね……」
「ううん、そんなことないわ。とっても嬉しいもの。食べてもいいのかしら?」
 マイヤは本当に嬉しそうな表情でアルヤンのチョコを見つめる。
「流石にこれを食べてもらう訳にはいかないっすよ。自分にもプライドみたいなものがあるっすから。
 ……これもう1回溶かすんで、良かったら一緒に作らないっすか? チョコ」
「わぁ! アルヤンとチョコ作りも楽しそう!」
 頬を赤く染めて笑みを零すマイヤ。彼女の気持ちに呼応して周りでマナがキラキラと光る。
 アルヤンとマイヤはさっそくチョコ作りに取りかかる。
「まぁ湯煎して形整えてトッピングして固めるくらいっすけど」
「ふふ、誰かと一緒に同じことをするのは楽しいわね」
 長い間一人きりで眠っていたから、マイヤにとってアルヤンとのチョコ作りは特別な時間だった。
「……気持ちを込めればきっと美味しくなるっすよね」

 出来上がったチョコを前に、アルヤンとマイヤは目を輝かせる。
 良い感じの出来映えになったと思のだ。
 ではさっそくとアルヤンはチョコを一つ摘まむ。
「……マイヤ。あーん」
「あーんっ」


「これちょっとやってみたかったんすよね。どうっすか、美味しいっすか?」
 笑顔になって口元がほころぶのを咄嗟に手で押さえるマイヤ。
「んぐ、ん……はぁ、口から出る所だったわ。とっても美味しいわ、アルヤン! じゃあアルヤンも!」
 マイヤはアルヤンの口元(?)にチョコを差し出す。
「え、自分は大丈夫っすよ。恥ずかしいっす」
 拒絶されるとは思ってなかったマイヤはびっくりした顔をして、すぐに切なげに眉を下げた。
 それが何とも悪い事をした気になって、アルヤンは根負けをする。
「…………分かったっすから。……あーん」
「あ……えへへ。あーん」
 心から嬉しそうな笑顔でアルヤンのファンカバーにチョコが消えるのを見つめるマイヤ。
「うん、美味しいっす」
 二人で作ったチョコを食べさせ合う。何とも幸せで満ち足りた気持ちになるのだ。

 星の城を訪れた『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)を迎えたのはマイヤとモアサナイト、それにルーファウスだ。他にも城の中には兵士達の姿が見える。
「みなさんっ、ハッピー・グラオ・クローネです♪」
「ユーフォニー、久し振りだね! こんなにお菓子貰っていいの?」
 モアサナイトがユーフォニーへ笑顔を向けた。
「はい、たくさん作ってみたつもりだったんですけど……人数分足りるでしょうか」
「ユーフォニーはチョコミント好きなんだね」
 モアサナイトの言葉にユーフォニーは頷く。バスケットの中に入っているのはミント風味のアイシングでコーティングされたチョコと、普通の甘いチョコだ。
「チョコミントは好みが分かれるのでアイシング無しのもあります。星の城に居る大切なみなさんに、感謝と愛込めて。……なんて♪」
 ユーフォニーの言葉にそこら中から兵士達の嬉しそうな声が聞こえる。
「そうだ、チョコを作ってみない? さっきアルヤンに教えて貰ったの。チョコの作り方」
 マイヤの提案にユーフォニーが「良いですね」と応えた。
「まずはチョコを湯煎? 火に掛ければいいの?」
 チョコの入ったボウルをそのまま火に掛けようとするモアサナイト。
「おい、火傷するぞ!」
 火に近づき過ぎて肌を熱したモアサナイトをルーファウスが引っ張る。
「燃える所だった」
「馬鹿もの。湯煎というのは熱湯にチョコの入ったボウルをいれるんだ」
「ルーファウス、詳しいんだね」
 腕の中に居るモアサナイトがルーファウスに笑みを零した。光の精霊だけあって辺りにキラキラと星が舞うようで。見慣れたルーファウスとてモアサナイトの眩しさに心を射貫かれる。
「作ったら皆に配ろうか。兵士とかも何時も世話になってるし」
「私の分が先だぞ……」
「ふふ、分かってるよ。ルーファウスのはうんと美味しくて特別なやつだよ」
 ルーファウスの頬をよしよしと撫でて口付けしたモアサナイトは再びチョコに向き直った。
 そんな二人のやり取りを見つめユーフォニーとマイヤは微笑む。
「仲良しですね」
「いつものことだけど、まあ二人が幸せそうで何よりね」
 仲違いしていた二人が仲良くしている姿はユーフォニーにとって嬉しい事であるのだった。

「というわけで。だ。鉄火場も近いし企画物やってる場合でもねーとは理解してるが。一息入れないと根が詰まるだろ?」
『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)はアンドリュー・アームストロング(p3n000213)の背を叩き「いつも通りの笑顔」を見せる。
 この先の何気ない日常がもどりますようにと、カイトはココアをアンドリューに差し出す。
 湯気の立ち上がるココアを受けとりアンドリューは肩の力を抜いた。
「……言っとくが、ココア味のプロテインとかじゃねーからな!?!? それはまた色々落ち着いたら抹茶味とかも贈るから今は脇に思考を置いとけ! 頼むから!!!!」
「ははっ、ありがとうカイト」
 動乱の最中でも『普段』を忘れずにいろと言ってくれる親友の優しさがココアと共に染みる。
「お互い無事に……いれたら、いいな」
「もちろんだ!」

 ローゼンイスタフの静かな宿で『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)はベッドに腰掛ける。
「ほら、戦ってばかりいると疲れてしまうでしょう?」
 たまにはゆっくり過ごさなければ倒れてしまうと、隣をぽんぽんと叩き『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)を呼んだ。
「休息もまた戦士の仕事ですよ。さ、こちらに」
 四音の隣に座った瞬間、肩を掴まれベッドの上に押し倒されるアルエット。
「わわ!?」
「ふふ、戦場ではないとは言え、気を抜くとこういう目にあうのです。油断大敵ですよ? アルエット」
 顔を近づけそっと額をくっつける。四音の赤い瞳が焦点の合わない距離にあって心臓が跳ねる。
「ねえ、アルエット……私のものになってくれませんか?」
「四音さんのものに?」
 首を傾げるアルエットの手に指を這わせ絡めた四音。
「貴女が誰かと仲良くなるのは良い事だと思っていたんです」
 けれど、この翠の瞳が赤い唇が誰かに奪われるかもしれないと思うと、心の中に『焦り』を感じる。
 本来そのような感覚は持ち合わせて居ない粘菌である四音が、人の感情を抱いた。
 単純な好意とは違うのかもしれないと、所有物に対しての独占欲を錯覚しているだけだと、感情を分析してみるけれど。どうしたって説明し難いもどかしさが胸中に渦巻くのだ。
「叶うなら今すぐさらって鳥籠に閉じ込めて。ずっと愛でていたい位です」
 アルエットの頬に唇を落す。なめらかな白い肌をずっと唇で触っていたい。
「それ位には貴女のことを私は大好きですよ? ねえ、私のものになってよアルエット」
「あわ、わ」
 親友からの告白にアルエットは顔を真っ赤にする。四音のものになるとはいったいどういう事なのだろう。断れば四音は何処かへ行ってしまうのだろうか。それは絶対に嫌だと思う。
 召喚されて心細かった自分の傍にずっと居てくれたのは四音だから。
「ふふ、なんて……貴女の一番になりたいと言う私のわがままですよ。困らせたい訳ではないので、お返事はいつでもいいのですが」
 混乱するアルエットに四音は微笑み、身体を起こして大きな包みを開けた。
 チョコをサイドテーブルに置いた四音は振り返りベッドの上に真っ白なドレスを広げる。
「これは……」
「そう、死がふたりを分かつまでって言う時に着るあのドレスです。美しいでしょう? このドレスを着てくれると私は『とても』うれしいです!」
 今すぐでなくていい。アルエットの心が追いついたら……その時は。
 お揃いのドレスを着て、誓いをたてよう。死が二人を別つまでと。

 城内の中庭の回廊を歩くのは『二花の栞』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)とアルエットだ。
 ようやく雪にも慣れて来たという青年に少女は微笑む。
「こうして見る分には小綺麗なこった、ちぃとばかりさみぃけどな。アルエットは寒くねぇか? 鉄帝が生まれだからって皆が皆寒さが平気なんて事はねぇだろ?」
「あたたかい恰好をしてるから大丈夫よ」
 ぬくぬくのコートでくるりと回って見せるアルエット。
 そんな少女にジェラルドはキャラメルマドレーヌを渡す。
「わあ! 美味しそうなの! ありがとうジェラルドさん」
「しかしスゲェよなぁー異世界ではバレンタインだっけか? 菓子にまで意味持たせるなんてさ、俺の発想力はまだまだ追いつけそうにねーぜ」
「お菓子の意味?」
 きょとんとするアルエットはキャラメルマドレーヌを見つめた。
「あー、そのお菓子の意味も、まああるっちゃあるんだけど。別に悪い意味を持たせて態々贈りもんになんかしねぇけど……んー。キャラメルは『安心する存在』、マドレーヌは……『仲良くなりたい』、な」
 ジェラルドの言葉にアルエットはにっこりと微笑む。

「はぁ~~~~~~~~~~」
「どうしたの? ジェラルドさん」
 突然溜息を吐いた青年にアルエットは顔を覗き込んだ。
 自分の不甲斐なさに嫌気が差すとジェラルドは落ち込んだのだ。
 鈍感なフリや誤魔化しがどうしても出来ない。らしくないとジェラルドは頭を抱える。
「アルエットが怖がるからとかアンタのせいにしてて全く情けねぇ!」
「ひゃわ!」
 マドレーヌを抱きしめたアルエットはこてりと小首を傾げた。
「兄みたいだとかダチだって嬉しかったはずなのにな。その癖に回りくどい事ばっかしちまってる……」
 聖夜にアルエットを怖がらせてから臆病になってしまったのはジェラルドの方。
 見た目の怖さにアルエットが怯えてしまうのではないかと。
 容姿を怖がられるなんて慣れていたはずなのに。
 アルエットに一度拒絶されたぐらいで、近づくのが怖くなってしまった。
 ――同時に。思い知らされたのだ。
 己の内側にあった気持ちを。アルエットの笑顔を思う時、胸の中に広がる熱を。
「ほんと馬鹿だよ俺は。だからごめんな、アルエット……アンタが好きだぜ」
 これまで通り大切にしたい。守りたい。共に戦いたい。
 ジェラルドの瞳は強い意思でアルエットを見つめる。
「えへへ、ありがとうなの。ジェラルドさん。私もジェラルドさんのこと大好きよ」
 屈託の無い笑顔でアルエットはジェラルドに微笑んだ。
 これは友人としての好意なのだろうとジェラルドは考える。
 アルエットに恋愛を意識させるのは、まだまだ先が長そうだ。

 ずっと気になっていたことがあると『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はアルエットの元へやってきた。
 例えば、去年のアルエットの誕生日パーティのとき。
 ふとした瞬間に見せる僅かな表情の陰りと雰囲気。あれの正体は何だったのか。
 当時は、リブラディオンで発覚した彼女の正体に関する疑惑もあっただろう。知らない故に色々な憶測がリースリットの中にもあったのだ。尤も、改めてアルエットの詳しい素性と家族仲を知れた事で想像していたよりも悪い可能性は薄れたのだが。であれば、あの時の表情は何だったのか。
「アルエットさん。もしかしてですが、ノルダインにはお誕生日やグラオ・クローネのような催しを祝う文化は無かった……ですか?」
「えと……」
 それ自体はヴィーザルという地の物資事情を考えれば不思議ではない。
 唯でさえ日々の食料の確保に血眼にならざるを得ない環境だ。
 祝い事を盛大に行う文化はあまり根付かなかったのではないだろうか。
 もし、誕生日を祝うことはあっても、恐らく非常にささやかなものだったのだろう。
「少しだけ、ママがお祝いのお菓子を作ってくれたわ」
 香草と貴重な小麦粉と卵と砂糖を使ったお菓子。
 それは冬の終わりのノルダインにとって本当に贅沢なものだった。
 現状の戦時下である、ローゼンイスタフよりもずっと過酷な状況だろう。
 ならば、とリースリットはアルエットの手を取る。
「チョコレート、作ってみませんか。私も手伝います。……ベルノさん達にあげるんです」
「パパやママに?」
「はい。今は戦場で物資も余裕があるわけではありません。ですが、こうして轡を並べる事になったのも、何かの縁というものです」
 戦いの最中、次の機会があるか判らないのだから。いま出来る事をしてあげたい。
「えへへ。完成したらリースリットさんにもあげるね!」
「ありがとうございます。では、さっそく作りに行きましょうか」
 リースリットはアルエットと共にローゼンイスタフ城内の厨房へ向かう。

「何? 北の大地へ往くと?」
「はい、チェレンチィがユーディア姉さんに会わせたいって」
 燈堂家の地下、無限廻廊の座で繰切と灰斗、『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は向かい合う。
「ユーディアさんは繰切……蛇神クロウ・クルァクと呼んだ方が良いですかね……の子とのことで。同じく繰切の子である灰斗と会わせたら、記憶が戻ったり、力を少しでも取り戻す切っ掛けになれるかも? と思いまして」
 本来であればイレギュラーズではない灰斗は天空神殿を経由して北の大地へ行く事はできない。船で幻想国へ渡り馬車で駆けても長い時間が掛かるし鉄帝との国境で止められてしまうだろう。
「ならば、この宝珠を依代とするが良い。この所有者をチェレンチィとすれば一時的な夜妖憑きとなるだろうよ。だが仮初めのものだからな。戻って来たらその宝珠は返せ」
 夜妖憑きの共存代償を『神の宝珠』で肩代わりするというのだ。真性怪異である繰切とその子だから出来るのだろう。これでチェレンチィの夜妖となった灰斗は共に北の大地へ向かう事となる。

「ううっ、鉄帝はやはり寒いですね……」
 ローゼンイスタフ城内の中庭も雪で覆われていた。灰斗は雪遊びが出来るだろうかと楽しげである。
「ユーディアさんはどこでしょうね」
「あっちかも?」
「分かるんですか? 流石は姉弟でしょうか」
 談話室へとやってきたチェレンチィと灰斗は月の光を纏う女神ユーディアを見つけた。
 ピクリと耳を立てたユーディアは振り返り、灰斗達の元へ走ってくる。
「わわー! 何か近い匂いがする! 君はだれ?」
「ギャァー!?」
 出会い頭に抱きしめられた灰斗は怯えてチェレンチィの後に隠れた。
「おやおや……所でユーディアさんその恰好は寒くはないんでしょうか?」
「ああ、私はシルヴァンスの女神だからね。寒いのは平気よ」
「いやいや、流石に寒そうですし何か羽織るものを借りてきましょうか」
 チェレンチィの後で鼻を赤くしている灰斗はより人間に近いのかもしれない。それ故に力が弱いことがコンプレックスだと灰斗は思っているらしい。

「なるほどお! 君は私の弟なんだねぇ! えー、父様ったら熱烈。その白鋼斬影を食べちゃいたいぐらい愛してるなんて。灰斗は白鋼斬影に似てるのかしら?」
 チェレンチィに分厚いコートを着せられたユーディアは弟の灰斗に興味を示す。
「これ……兄さんの白銀。兄さんの方が似てるって」
「ははぁ! 美人じゃない! 父様、面食いね」
 携帯端末に表示された白銀を見つめるユーディア。
 和気藹々と話す二人を見てチェレンチィは目を細めた。姉弟が仲良く話しているのは単純に嬉しいのだ。

 ユーディアは元気になっただろうかと『秩序の警守』セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)は城内を探す。
 月の光を帯びた美しい女神は何処に居ても目立つから直ぐに見つかった。
 お菓子をユーディアへ渡したセチアは赤い瞳を上げる。
「もっと貴方の事を、大精霊について色々教えて欲しいと思うの!」
「ふふ、お菓子ありがとう」
 セチアには思い人が居る。助けてすぐに眠ってしまった彼のことを未だに思い出すのだ。
 この寂しさの正体を探す為に、ユーディアに話しかけた。
 精霊である彼の事を知りたいから。そんなセチアの心にユーディアは寄り添うのだ。

「どーも、媚売りに来ましたよベルノ陛下」
「おお、美咲か」
『カラーレスシビル』佐藤 美咲(p3p009818)は『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン(p3n000305)の元を訪れる。
「ウチのエヴァンジェリーナ大尉(リーヌシュカ)が餓狼伯から人事任命を受ける予定でしてね」
 そうなれば北辰連合とアーカーシュの距離は近くなる。結果ノーザンキングスとも。
 だから美咲は今の内に一般兵へお徳用義理クローネを配っていたのだ。
「ほおー。マメなこった」
「ま、大抵の人は甘いものが好きですからね」
「確かに」
 美咲とて産業医に「アンタ、脂質と糖質の摂取量を控えないと生活習慣病がパンドラを貫通して死ぬわよ」と言われる程には甘い物が好きだ。
 そういった物を配ることで自身の好感度を上げて後々上手くやり取り出来る様にするという魂胆だった。
 戦場で「あの時お菓子配ってたやつが一緒か」と親近感が湧けばそれだけ御しやすくなる。
「そんなわけで、一般兵と同じもので恐縮ですが義理クローネどーぞ。元の量が量なんで奥方とご子息の分も用意しています」
「おお、嬉しいぜ。ありがとな!」
 美咲とベルノは盤上遊びをしながら言葉を交す。
「……この後はやっぱ帝都進撃っスよね。ほんとにノーザンキングスが帝都にカチコミ入れることになるとは正直思ってませんでしたよ」
 東の果ての海からヴァイキングが西進してくるなんて、誰が想像できようか。
「ま、戦後はわかりませんが、直々は一緒に馬鹿やることになるんでス。これからもよろしく頼みまスよ」
「ああ、頼りにしてるぜ」

「ギルバート様」
「おや、君はジョシュアか」
 久しぶりだと微笑む『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)に『星巡る旅の始まり』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)はぺこりとお辞儀をする。
「行方不明だったと聞いて心配していました。なので、おかえりなさいと伝えたくて」
「ありがとうジョシュア。この戦いが終わったら、また庭園でお茶でもしようか」
 ギルバートの言葉にジョシュアは頷く。
「雪が溶けて、また花の咲く季節が来たらいいですよね」
「ああ……必ず冬を終わらせよう」
「お会い出来てよかったです。ギルバート様に幸せがありますように願っています」
 ジョシュアの優しい笑みに感謝を告げるギルバート。

 ギルバートの家へ向かう途中『翠迅の守護』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)が視線を上げれば、馴染みの薬局の女主人に優しく微笑まれた。シャイネンナハトに素敵な指輪を貰ってから心が落ち着かないのだ。それを見抜かれているのだろう。面映ゆいとジュリエットは思いながらノッカーを打つ。
 出迎えてくれたギルバートを見つめれば、また顔に朱が散った。
 ソファに座り落ち着いた頃、ジュリエットはギルバートへ包みを差し出す。
 今年のグラオクローネは失せ物ではないプレゼントを用意したのだ。
 包みを開ければ翡翠色と乳白色の光る石の小鳥が寄り添う飾りの小箱が出てくる。
「チョコレートではありませんが、同じ位気持ちは込めてます。これからも貴方と一緒の、色んな思い出をこの箱に入れて頂けたら嬉しいです……」
「ありがとう、ジュリエット。嬉しいよ……俺からもプレゼントがあるんだけど」
 きょとんとした表情でギルバートを見つめるジュリエット。
 小箱を置いて、テーブルの上に置かれたチョコの包みを自分の口に咥え、ギルバートはジュリエットをそっとソファに押し倒す。
「……へ? あの、これは……?」
「ん……」
「それを受け取るのですか? でも……」
 ギルバートは悪戯な瞳でジュリエットの両手に指を絡ませる。
 手で取れないようにということなのだろう。
 つまり――
「え? く、口で、受け取るのですか!?」
 こくりと頷くギルバートに顔を真っ赤にしたジュリエットが意を決してチョコの包みを唇で摘まむ。
 しかし、上手く取れずにもう一度やり直しを迫られた。
「うぅ……」
 ギルバートはジュリエットの仕草全てが可愛くて楽しげだ。されど、何度もこんな事をされていては心臓が持たない。次こそはとジュリエットは包み紙を唇で引っ張る。
「んん……ふっ!」
 何とか包み紙を剥がし肩で息をするジュリエット。
 紙越しに触れた唇の感触を思い出し、羞恥が迫り上がってきた。
 しかしこの悪戯の主題は、包み紙を剥がすことではない。
 その中のチョコをギルバートの口から受け取らなければならないのだ。
 チョコの端を噛んだジュリエットはそのまま引っ張ろうとして、一歩近づいて来るギルバートの気配に心臓が跳ねる。蕩けるチョコの甘さが口の中に広がるのと同時にギルバートの唇の感触が触れた。
「んっ……」
 甘い口付けは気恥ずかしくて、心臓がドクドクと音を立てる。
 頬には熱が上がり続ける。ソファに押さえつけられ逃げる事もままならないまま。
 同じチョコの味を二人で味わった。
 甘くて美味しい、なんて耳元で囁くギルバートの声に首筋まで赤く染まるジュリエット。
 鼓動は高鳴り続け、唇に残る甘い余韻にそっと触れた。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 皆さんのグラオ・クローネを彩れておりましたら幸いです。

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