シナリオ詳細
<仏魔殿領域・常世穢国>朔日
オープニング
●<仏魔殿領域・常世穢国>朔日
常世穢国は新生する。
一度はその存在を揺るがされた地であったが――主である偲雪によって再構築されたのだ。常世穢国は物理的な建物が存在している訳ではなく、偲雪の想いによって……そして彼女が抱く過去の妄執によって形成されている地であればこそ、偲雪の念によって再びに再生しうる。
では復活してしまうのなら何もかもが無駄であったか――?
否。決してそうではない。
常世穢国に亀裂が生じた事。復旧の為に手が割かれ、時が掛かった事。
その間に、この地を構成する帝らの過去を知った事。
様々な経緯を辿って――更には。
「……この先に、彼女がいるのですね」
「はっ――その通りに」
ある『一柱』の存在が到来しえたのも神使らの行動あってこそだ。
久遠なる森を超えた先。其処に突如として存在しうる都市、常世穢国を見据えるは黄泉津瑞神(p3n000198)だ。その隣には玄武(p3n000194)の姿もあるか――
尤も、玄武は老人ではなく若き姿であり。黄泉津瑞神も、かつての戦いから再誕し全盛の頃の姿となっている。まぁ変幻自在に姿を変える事が出来る瑞神にとっては、その姿もあくまで一端に過ぎぬのだろうが。
――ともあれ。瑞神は知った。豊穣の一角で起こっている事態を。
古き帝が。既に廃された筈の帝達が関わっている――この事態を。
「遅参たる報告、失礼いたしました。御身の御心を惑わせまいと……」
「それは良いのです。それよりも、確かなのですね」
「はっ。この先には『正眼帝』『干戈帝』『常帝』らがおります。
……そして『正眼帝』の心と共にせんとする神使も、幾人か」
「……強き心を抱き、そちらに付いている者もいる、と」
「想定外でした。よもや偲雪の力が神使達にも、それ程までに影響を齎すとは」
「いえ――恐らく、彼方側に付いた者達にも相応の想いがあっての事でしょう」
しかし。
「捨て置く事は、出来ませんね」
「はっ……偲雪の力は、神使達をも取り込んでから強きを増しています」
「いずれは豊穣の地平を包まんとする……そんな事を、望んでいるのならば……」
刹那。瑞神が――口を噤む。
喉奥に言を呑み込んだのは、如何なる想いがあっての事か。
瑞神は遥か以前よりこの豊穣の大地を見守って来た存在。
そして帝にも己が加護を与えた事がある――つまり知古の間柄でもあるのだ。
特に、偲雪とは……
……この事態。元は玄武が神使達に、この付近で生じている行方不明事件の調査を依頼したのが始まりであった。途上において古き帝が関わっている事も把握はしたが――しかし、彼らと関わりが深い瑞神への報告は、寸前まで避けていたのである。
理由は先述の通り。かつて関わり、間柄が深い者が関わっていると知れば。
瑞神が悲しむのでは、と思ったから。
しかし事は大きくなり、神使の中にも彼方側に賛同する者も出て。
最早、いずれ瑞神の耳に入るのも時間の問題であればと――玄武は判断した。
……そうして今に至る。
瑞神もまたこの地に訪れたのだ。常世穢国は――見過ごせぬ故に。
「玄武。まずは貴方の考えを聞きましょう。どうするつもりですか?」
「はい。まず偲雪は止める。これは大前提です。
偲雪の力は、偲雪に賛同する者達の数によって成り立っています。
よって。再度この力を削る為に攻撃を仕掛けるつもりですが――」
「私もその手伝いを担えばよい、と」
「豊穣を自らの魂によって塗りつぶさんとする偲雪の力は、賛同者が増えれば増える程脅威となりましょう。しかしながら、あくまでも偲雪の力は正統足り得るモノではありません。真にこの豊穣を包む瑞神の加護が在らば……彼女の力を阻めましょう」
偲雪は、豊穣の世の平穏を願っている。
故にこそ誰しもが差別されず笑顔で在れるようにと――周囲の者の魂を塗りつぶさんとするのが彼女だ。自らの色に染め上げ、自らの理想郷を築かんとする。
しかし。豊穣を、豊穣の民を守護する存在は黄泉津瑞神こそが『真』である。
瑞神ならば抗する事が叶おう。
偲雪よりもずっとずっと昔から豊穣の者達を抱擁してきた神霊なのだから……
が。瑞神が出れば全て片付く――という訳ではない。そもそも。
「偲雪は、討つ必要がありますか」
「……魔へと堕ちた存在であれば、須らく」
「――しかしその前に一言、彼女とは言を交わせたいのですが」
「それは……いえ、分かりました。それでは神使にも同行してもらいましょう」
その瑞神自体が、偲雪を討つ事に積極的では無いのだから。
むしろ言を交わす為に中枢に赴かんとする程である。偲雪を止められる、などという目算がある訳ではない。しかしかつて加護を与えた者として。見守った者として。そして見送った筈の者として――往きたいのだ。
であれば玄武も一瞬悩むものだが。
視線を神使達へと向ければ――『頼んだぞ』と、意思を伝えようか。
「うん――やっぱり、放っておけないよ」
「黄泉津瑞神がそう言うのであれば、その道を紡ぐばかりだ、な」
「僕も偲雪さまに会いに行きたい。だって、お友達なんだもの!」
言うはシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)にラダ・ジグリ(p3p000271)、イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)などだ。特にシキやイーハトーヴは偲雪の過去も見て、彼女の『友』になりたいと――強い想いも抱いている者。
であれば瑞神の気持ちも理解できる。
彼女はどこまでも優しいから。本来は狂気なく、純粋たるその気質だけだった筈なのだから。
「ぼくも……ぼくも行く。偲雪さんに……うん。また会いたい、から」
「やるなら手伝うぜ、玄武さん、瑞さん!」
更にはリュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)に新道 風牙(p3p005012)も続こうか。リュコスは、偲雪を止めたい……のか、未だまだハッキリとした決意は宿っていないけれど。だけれどもこの気持ちを定かにする為にも――もう一度と願うものだ。
然らば。
「あぁ。好きにすると良い。だが――
彼女の勢力がこれ以上肥大化する前に決着をつけるべきだな」
「魔種であれば、結局の所辿る道は決まってるだろうしねぇ……」
一方で恋屍・愛無(p3p007296)や武器商人(p3p001107)は偲雪を討つ為の一手を打たんと思考を巡らせるものだ。先程玄武は『攻撃する』と言っていたが……それは。
「あぁ――以前も常世穢国に攻撃を仕掛けた事はあったの?
あれをもう一度行う。城下の構造を破壊し、幽体の住民や、常世穢国を守らんと出てくる守人たちを倒すのじゃ。前と同じことを……と言っても、今度は瑞神がおられる故に事情が異なる。再びの復旧をさせぬ為に徹底的に戦力を削ぎ落してほしい」
「つまり――全力で攻撃を仕掛けろ、と」
「そういう事じゃ」
改めて玄武は語る。『攻撃』の意味を。
以前にも一度、偲雪の力を削ぐべく常世穢国へ攻撃を仕掛けた事があるが――あれをもう一度やるのだ。徹底的にやるのであれば、調査して見つけた『骨壺』へ攻撃を試みてもいいだろうか。
偲雪は、骨壺こそが本体だ。
以前調査して折に見つけた地下の納骨堂――あの地へと赴き、攻撃も。
敵の中枢に近いが故に危険はあろう。しかし成せば偲雪に大きな影響を与える事も可能であろうから……そして城下にいる亡者は片っ端から成仏させてやればいい。そうすれば偲雪の賛同者が減り、同時に偲雪の力も削がれる。
偲雪は些か特殊な魔種だ。単体として成立しているのではなく、群体の様な――複数の想いを自らの力の根幹としている。故にこそ偲雪そのものを害さなくても偲雪の力を削ぐ手段はあるのだ。
「――なら、一つお尋ねしたいのでありますが」
と、その時。言を紡いだのは希紗良(p3p008628)だ。
彼女が脳裏に思い浮かべているのは己が知己の者。
月原清之介なる人物だ。この地にて怪しく蠢いている者……
「もしもキサ達以外に偲雪殿を狙っている者がいたとしたら……どうすべきでしょうか?」
「……成程。その場合は、偲雪を他の者に討たせてはなりません」
「それはどうしてでありましょう?」
「その者もまた……もしも『魔』に落ちた者であれば偲雪の血を啜らんとしているのは、自らの為である可能性があります。つまり――」
「より強大な力を得るかもしれない、と?」
瑞神の返答に言を挟んだのはシガー・アッシュグレイ(p3p008560)。
彼もまた希紗良同様に彼に会った事がある人物だ。
清之介は危険だと、勘づいている。そして瑞神もそう言うのであれば。
放ってはおけぬ。なにより希紗良にとって彼の持つ『刀』は……
……ともあれ神使達にはそれぞれ自由に動いてもらい偲雪の力を削いでもらいたい。
城下で派手に戦闘を行うなり、或いは瑞神と共に偲雪に直接会ってみてもいいだろう。
偲雪は会う。必ず会う。
自らと対話するつもりがある者に対し、門を閉ざす事はない――
ただし。
「偲雪は、強制的に心へ介入してくる可能性はあるがの……それにそろそろ彼女も本格的にこちらに抵抗してくる動きもみせよう。なにが起こるか分からぬ――偲雪の傍には、偲雪と共に在る神使もいる筈じゃし、の」
「……」
と、その時。玄武が微かに視線を向けた先にいたのは――黒影 鬼灯(p3p007949)にヴェルグリーズ(p3p008566)、そしてクロバ・フユツキ(p3p000145)であったろうか。彼らの心の中に思い浮かべた者の『名』は……
偲雪は決して手放そうとはしないだろう。『彼女』を。
『自分を支持しない事は自由だ。だけれども、連れて行くのは許さない』
それが偲雪のスタンスであればこそ。
……とは言っても。今まで幾度かの会合を経て『話しても分かってくれないなら、仕方ないね』という発言もあった。彼女の性質は狂気と共に変わりつつあるかもしれない――『自由』などという寛容を、彼女は慈愛という狂気の下に捨てるかもしれぬのだ。
……ならば偲雪の気を逸らす必要があるかもしれない。
それこそ骨壺。偲雪の本体に再度攻撃を仕掛ける様な事でも出来れば――
或いは。奇跡と命を天秤に掛けてでもみるか。
いずれにせよ、もしも誰ぞを取り戻すのであればこれが最後の機となるだろう。常世穢国の狂気が更なる拡大を始める前に、玄武は決着をつけたいが故の総攻撃。此度の思案が上手く行けば常世穢国を大きく揺るがす事が出来ると見込んでいる。
つまり――偲雪との決戦の時はそう遠くない。
彼女の在り方を好ましく思うにせよ、思わないにせよ。
彼女の力を、これ以上肥大化させてはいけない事だけは確かなのだから。
●
「幾ら新生したと言っても――完全復旧とは思えない、ッスね」
「実際そうでありやしょうねぇ。見かけだけは立派でしょうが……この通り」
言うは八重 慧(p3p008813)だ。隣には彼の師たる栴檀(せんだん)もいるか――
彼らの眼前には新生した常世穢国がある。
――しかし脆い。見た目上は復旧している様に見えるが、内実は伴っていないようだ。
壁に触れれば、なんとなしの薄さを感じる。少し殴れば亀裂が走るかもしれぬか。
これならばもう一度大きな破壊を齎す事は可能だろう。
それも以前よりも素早く、深く、抉る事が。
「なんでもいいさ。俺は――あの野郎を今度こそぶちのめすだけだからな」
「ひぇ~……ディリヒの事よね。うう、また出てくるのかしら」
「間違いないでしょうね。戦の匂いがすればすぐにでも、かと」
「なんでもいいけれど『生者』も混じってっからな。そいつらには手加減してやってくれよ!」
「巴さんはそういう人達の保護を頼まれてたんだっけ――うんうん、花丸ちゃん了解だよ!」
続け様、常世穢国へと踏み込んだのは空(から)にタイム(p3p007854)、そして雪村 沙月(p3p007273)の姿であった。巴なる者と、笹木 花丸(p3p008689)の影もあるか。
ともあれタイムらの脳裏に浮かんでいるのは『干戈帝』ディリヒ――闘争狂いにして幾度も刃交えた存在。空なんぞはやる気満々であるものの、一方で沙月はディリヒがそこまでこの国に執着していない事から、もしかすれば共闘の道があるのではとも思っているのだが……さて。
「何はともあれ、此処が正念場だね。璆鏘(きゅうそう)も間に合えばいいのだけど……」
「……なぁお主。その『里』というもの――後で仔細を聞いても?」
「んっ? 興味があるのかな?」
同時。再びの侵入を試みるのは仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)に弥鹿(みろく)だ。
その最中――汰磨羈は以前の戦いにて目撃した弥鹿の動きへと言を連ねるもの。
何ぞや見た事のある動きであったから――
「この地の神霊が至ればこそ出来る事もある、か」
「導満ですか。また、気配も無しに現れますね」
「ああ。この身体になってから癖みたいなものでね、雪の嬢」
更には鬼桜 雪之丞(p3p002312)に藤原 導満の姿も見えたか。
元々の世界において優れた陰陽師である導満は、こういった特殊な結界領域に対する手段は幾つも持っている。破壊を試みてほしいと言われればお手のものだ――今度は復旧させぬ為に神霊たる瑞神が訪れたという話も聞いている、故に。
「今度は徹底的にやらせてもらうとしようか」
今。数多の思惑と共に――全てが動き出す。
●
「偲雪よ、来るぞ」
「んっ?」
「敵だ」
常世穢国の城内にて語るは『干戈帝』と『正眼帝』だ。
つまりはディリヒと偲雪。
「しかもこれは懐かしい気配がする――瑞神が恐らく来ているな」
「え、瑞が来てるの!?」
「言っておくが私は会わんぞ。今度こそは殺されそうだしな――ハハハ!」
「笑い事かお前という奴は……」
更には『常帝』雲上もその場に姿があるか――
神使達が来ている。
偲雪を害する為、もう一度会う為、理解し合いたい為、言を交わせる為。
或いはディリヒに、或いは雲上に。
数多の想いと共に。
――知ってか知らずか眼を輝かせる偲雪。さすれば。
「我が主、あまり連中に気を許さない方が宜しいかと」
言を紡いだのは――百合草 瑠々(p3p010340)だ。
いや、その場に在るのは彼女だけではない。星穹(p3p008330)に、そして――プラック・クラケーン(p3p006804)も、だ。
「来たのか。そりゃ、来るよな」
「…………」
プラックはどこか吐息を零し、そして星穹は――以前の事をその脳裏に思い浮かべる。
誰だったのだろうか。あの人は。
崩れ果てた記憶の果てに在った様な――あの人は。
私は――
(……いいえ、何を、迷っているの)
刹那。星穹は頭を振る。
それは雑念を掻き消す様に。或いは――何かから必死に目を逸らす様に。
「瑞も来てくれたんだね♪ 瑞も一緒にいてくれるかな♪」
一方で偲雪は親しき仲であった瑞の到来を歓迎する。
きっと自分の『理想』を理解してきてくれたのだろうと信じながら。
――常世穢国の世を作るのを手伝ってくれるのだろうと、信じながら。
- <仏魔殿領域・常世穢国>朔日完了
- GM名茶零四
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年01月26日 22時45分
- 参加人数40/40人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 40 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
(サポートPC2人)参加者一覧(40人)
リプレイ
●
――常世穢国。願いが歪となりて顕現した地。
その地を本格的に攻め立てる時……
「かっかっか。のう、とうとうこの時が来てしまった様じゃの――」
であればと。紡ぐは『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)だ。
幾度も見てきたこの街。相も変わらず歪よ歪……天地の理がねじ曲がっておる。
故、なら、ば。
「せねばのう。正しき道への歩みへと、引き戻すのじゃ」
――現世と幽世を揺蕩うのは幽世歩きと呼ばれたわしのようなものだけでいい。
ソレはきっと『正しく』ないのだから。
現世と幽世の狭間を綱渡る様な事があってよいものか。少なくともソレを是とすべき世は、万年に至りても訪れるべきに非ず――だからこそ瑞鬼の狙いは『生きているモノ』以外全てだ。
亡者も建物も等しく滅すべきモノ。然らば亡者の一角が瑞鬼の下へ至らんとするが。
「死にゆくのに何も持たねば手持無沙汰じゃろうて。
貴様らを潰したのは幽世歩き。
三銭たりと渡せずすまんがの、その名だけ持って逝くがよい」
「貴様――! 何の為に斯様な害を」
「気に食わん。なんだ、それ以上の理由が――必要かの?」
好都合だとばかりに纏めて叩き潰す。
帳を降ろして不吉の色へと染め上げよう。
――あぁ。高尚な考えなんぞない。気に食わないから潰す。
分かり合えぬのならば仕方あるまい。
戦いとは古来からそういう物じゃろう?
「偲雪さん……今頃は、瑞神と会っているのかな? でも」
同時。城下の方では『結切』古木・文(p3p001262)も動いていた。
一度だけ巡らせた思考は、この地の主たる偲雪に対して……
しかし彼は会わぬ。少なくとも今回は。
……迷った気持ちのまま彼女の前に行っても、他の人の足を引っ張ってしまうだろうから。
「……僕は僕に出来る事をやろう。うん。彼女の力を削ぐことが――きっと大事だ」
故に彼が全力を尽くすのは破壊工作。
かつての都を再現したのがこの地らしいが……しかし常帝が手を加えている場所も再現されているはずだ、と思えばこそ。彼は記憶を反芻する。正眼帝の時代で見てきた都と異なる場所があれば――そこを叩くのが良い、と。
玄武の加護を巧みに利用し身を隠しながら、建築物の破壊に勤しもうか。
気配は殺す。足音も消して、自身を追う相手を攪乱するが如く。
これも全ては未来に繋がる一手の為に。
「走るのはあんまり得意じゃないんだけど……今はやれることをやらないとね。
彼女達を止めるのは皆に任せるとして……全力を尽くす」
攻撃を紡ぐ機会が在れば、数多を巻き込む一撃を。
やる時は派手にやってやろう――敵の眼や兵力の分散にも繋がるだろうから。
……と。そうしておいて生者らしきものを見つければ、助けておこうか。
(正眼帝の力だって絶対じゃない筈だ。あれだけ力を行使しておいて、永続な筈はない)
……平和な時代は確かに憧れる。
だけど、彼は思うものだ。久遠の森で神隠しにあった子を助けた時に――
待っている家族がいて、戻る家があって、また家族が一緒に暮らせるチャンスがあるのなら。
「その人を連れて帰りたいって」
家族に会いたい。そう願う人の気持ちは、痛いほどよく分かるから。
ねぇ偲雪さん――貴方にだって、本当は分かるんじゃないかな。
人の心が。帰りたいっていう心が……
バグ召喚で訪れた貴方なら、尚に……
「導満。鬼門……もしくは裏鬼門なる地はありますか?
厳密には――隠されていないか、と言う事ですが」
「ふむ。雪の嬢……いい視点だね。確かに意図的に作られたモノであれば鬼門の可能性はあって然るべしだ」
同時。『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)は知古たる藤原 導満に言を紡ぐか。
鬼門。鬼の出入りする方位……一年の境界とも言われる、狭間の方位。要はこの地が風水の観点からも気を淀ませ、留ませているのならば……流れ出すための出口、或いは『閉じて』いる様な地もどこぞに在る筈だと。
この世界でも意味はある筈だ。よしんばその方位に対する意が薄かったとして、も。
「納骨堂へ向かう方々の支援ぐらいにはなりましょう」
「ああ――ただ。敵の備えも十全な気配がするね」
「まぁ。それは必要経費と言う事で。それよりも……」
「任せてくれ。京の都を守護していた時の記憶は、失われてなどいないよ」
そう。導満はその道の達人だ。京の都も、四方を守護し、鬼門を避けていたと記憶している……いやもしかすれば導満の一族も設計に関わっていたのではないだろうか……? なにはともあれ重要な地の破壊の一手に成ればと、導満と共に向かおうか。
守人が現れれば切り伏せる。飛翔する不可視の斬撃が襲えば――直後には導満の符も飛来。亡者特攻の一殺が襲い掛かりて連中を退ければ――導満の陰陽師としての腕はやはり健在な様だ。
「流石ですね――しかし。このような輩が次々と至るとは……」
雪之丞は思考する。削り。削ぎ。淀んだ流れを正しく、天に還すべく……
かつての『私』なら一切合切。森羅万象有象無象を斬り捨てた事でしょう。
これは親しき友が、魂に向けた礼節。
「拙はそれに倣うだけです」
彼女が此処に居たのなら、迷いなく解放を望んだでしょうから。
偲雪様を、正眼帝を、この孤独の澱から解放するならば。
「この街は、不要です」
「――雪の嬢。如何なる物事も、入れ込み過ぎるのは時に身を亡ぼすよ」
「仮にそうだとしても、拙は拙の儘に」
振るうのです、と――彼女は道を切り開くべく、更なる一線を紡ごうか。
「玄武のじーさん、無事か!? 敵もやたらいるから、気をつけてな!」
「おぉレイチェルか! すまなんだの!」
と。別の場所では『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が玄武と共に動いていた、か。玄武は皆に加護を齎しながら、街の破壊工作に務めんと動いている……が。だからこそ護衛は必要だろうと彼女が付いたのだ。
……しっかし、その姿だと、若いからさ。
「なんか『じーさん』って呼びにくいなァ。俺より見た目若い!
幾つぐらいの時なんだソレ?!」
「むっ? もう覚えておらんの……百以前より前なのは確かな様な……多分の!」
「やれやれ! 精霊ってのも不可思議なもんだ――とッ!」
刹那。レイチェルらの前に守人が現れる――敵の妨害か。
玄武の加護に加えて気配を殺す技術を巡らせているのだが、やはり物理的に捉えられると限界がありそうだ……故に即座に動いた。角より至る敵の影を纏めて穿つ――幸いと言うべきか全て亡者の類そうな連中だ。
故に。彼女の右の眼に魔力が走る。金色に輝きて発現するは――
「……さて、自由に動かれちゃ厄介だからな。俺の術中に堕ちて貰うぜ?」
魔を封滅する破邪の結界。消え失せよ、大地に蔓延る亡者よ。
生者が相手であれば加減の一手。
命を奪っても意味はない。助けてやらねばと――医者としての知識も活用しようか。
「じーさん、敵が集まってきそうだ。まずは一端離れた方がいいかもな――
玄武のじーさんが落ちると他の連中にも影響がありそうだし、な」
「うむ。流石に無理は出来んの。助かるぞ、レイチェル! 往くか!」
そうして二人は駆け抜けていく。守人らの追撃を、振り払うように――
然らば同様に城下で派手に動いているのは『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)もだ。彼は特に建造物の方を狙っているか――
「……止めなくちゃ、ね。これ以上此処が大きくなる前に」
刹那、ジルーシャは視線を――城の方へと向ける。
あそこにいるのだろうか偲雪ちゃんは。
……この国も、この街も、偲雪ちゃんの想いそのものでできているのね。
だからこそ、それが強ければ強いほど大きくなる……幻が力を得て現実を侵食し始める――もしも放置していればきっと豊穣の世を包み込んで、幻こそを現にしてしまうのだろう。だけど、それなら。
「取返しのつかない事になる前に……食い止めるわよ!
……お、おばけが何よ! 攻撃が当たるなら怖くないわ、そうでしょアタシ!?
そう怖くない怖くない……クールに行くのよ、クールに! お化けなんていな――」
「不届き者だ――! 迎撃しろ――!」
「きゃあああ――! 半透明の幽霊――!!」
意気込むジルーシャ、直後に絶叫。
守人へと撃を加えようか――風に乗って漂う香りが精霊達の眠りを呼び覚ます。
心の臓の鼓動が跳ね上がりつつも役目は忘れない! 他の所の人達の所には行かせないのだ――きゃああああ――! 奥の方からまた幽霊が、幽霊があ、あ、あッ――!!
「まったく。瑞神も動いているとなれば、最早決戦の時も近い、か……
今のうちに打てる手は打っておかねばな。」
「しかし歴代帝の墓、なァ……墓参りもロクにしてやらんから化けて出んだ。
無縁仏がどうなるかなんぞ、分かり切った事だろうに……
ある意味じゃこの国の悪癖そのものだわなァ?」
そこへ介入したのが『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)や『瞑目の墓守』日向寺 三毒(p3p008777)の姿であったろうか。ラダは見つけ次第、亡者や建造物へと攻勢を仕掛けるものだ。優れた感覚をもってして周囲の警戒も行えば――彼女は敵性存在の接近を素早く察知。
至るのが幽体であれば穿ち貫く。合間には建造物の破壊工作も少々。
(……しかし、店舗や市場を壊すのはなんとも少々気が引けるな)
ここで商売をしていた者達の顔が、少しだけ浮かんでしまった。
ラダもそういう商売関係は知らぬ訳ではないから――
だが。それでも引き金を絞り上げる手は止めずに、成すべき事を成そう。
そうしていれば、三毒も続けざまに撃を加えて援護しようか。
――ようやっと豊穣が変わろうって時に縁起の悪ィ話は要らねェ、と。
三毒は思考しつつ、この地の事へ思考を巡らせるものだ……が、なんとも。
御大層な墓を『破壊しろ』と言われているのは、墓守の一端として……
「丁重に弔ってお帰り願おうってんなら手を貸すゼ。
……個人的にゃやり辛ェモンがあるがな」
やれやれ、と。握るは頭巾の端くれか――
目深に被り直して彼は往く。既に各所で動いている仲間の動きに呼応する形……同時に、天に飛ばす鴉が彼の眼となり耳となろう。空より眺める視点はあちらこちらより至る敵影を確認し――故にこそ彼の一撃こそが先んずる。
「とっくに終わっちまった死者の見る夢に縋ってんじゃねェよ。
目ェ覚ませ、死にてェのか? あぁ死にてェなら仕方ねぇが……
んなモンはよ、酔い潰れてるみてぇな目で言わずに――シラフで言えや」
死者であれば祓いせしめ。生者であれば打ち倒すに留めよう。
声で正気が取り戻されればソレでいいが――
しかし魔種の支配は強固であるが故か、やはり一度強引に意識を奪う必要がありそうだから。
「生者は運び出さねばな。折角助かった命、可能な限り助けてやらねば」
であればそんな三毒の撃の後にラダが往く。
気絶なりで生者を幾人か確保できれば運ぶのは彼女のお手のもの。纏めて城下から運び出せるタイミングを狙いて一気に行こうか――説得ではなく力尽くになったのは少々口惜しい、が。
「洗脳という手段では、な……仕方がない」
自ら考え、望んでではないのだから。
――逆に言えば。あちらへ与した者がいるのならば、自らの意思で臨んでそちらにいるのならば、それはそれで良いと彼女は想ってもいる。納得の上での行動に、誰が意を挟めようか。仮に、もしも……己が同じ立場になった時は。
(私はどう考えるのだろうな。偲雪の思想云々に限らず……
もしも自らの魂や信条に問いかける様な『何か』に、直面した時には)
――頭を振る。雑念を振り払うように。仮定の未来に意識を奪われぬ様に。
眼前より至る幽体共がいれば、道を切り開く為に迎撃しようか。
やはりこの地は奴らにとって地の利的に優位。油断すれば囲まれてしまうやもしれず。
「そうはさせない! 巴さん、行こう! 皆を助けるんだ!」
「ああ! どこ見てもしっちゃかめっちゃかになってる、今がチャンスって奴だよな!」
されど。ラダ達にしろ一人ではないのだ――続けざまに現れたのは『なじみさんの友達』笹木 花丸(p3p008689)に巴だ。いよいよもって、偲雪さんと関わりのある瑞さんも動くこの機会……その結末がどこへ向かうかは、まだ花丸ちゃんには分からないけれど。
「でも――瑞さんが来たから、かな? なにか空気が違う気がするんだよね、さっきから」
なんとなく、花丸は常世穢国の気配が異なる事に気付いていた。
それは瑞神という存在の訪れによってか……? この地の支配者たる偲雪の精神になんらかの影響を及ぼしているのは確かであればこそ、彼女の支配に揺らぎが出ているのではないかと推察するものだ。
――であれば生者の救出が行いやすくなっているのは間違いあるまい。
「さぁこっちだよ! 意識をハッキリ保って……!
大丈夫、花丸ちゃん達が付いてるから!」
「うう。俺は、俺達は、ここは……?」
「家族の所に帰るんだよ! くそ、まったく心配させやがって!!」
故に花丸は優れた感覚を頼りに死者と生者を見極め、生者であれば声を掛けようか。
流石に、先のラダの行い同様に声だけで全ての意識を取り戻すとはいかないが……しかし彼らの動きを鈍らせる事ぐらいは叶うようだ。身体を拘束するなり、気絶させるなりにしろやりやすくなるだけでも十分。
「巴さん、馬車に乗せよう! 後で一気に運び出すのが一番だと思うな!」
「だろうな――俺もそう思ってた所だ! よし、馬車の安全確保は任せてくれ!
人数が溜まったら一気に脱出すっからよ!」
「オッケー! じゃあ――亡者さん達は、花丸ちゃんが相手しよっか!」
然らば、花丸は用意しておいた馬車に次々と生者達を送り込むものだ。巴と連携し、スムーズに動きをみせる――無論、生者ではない死者達が妨害に訪れるものだが、荒事となれば花丸が真っ先に向かおう。
名乗り上げる様に目立ちて敵の眼を引き付ける。その上で薙ぎ払う拳を一閃すれ、ば。
「馬車か、いいぞ行け! ここは我々が受け持った――後を追わせはせんよ!」
「全く。やる事が多くて、なんとも困るものだよねぇ、こういうのは」
更に敵の横っ面を打ち砕くが如く救援として至ったのは『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)だ。自らの限界を突破せしめる能を振るいながら、亡者共は確実に撃滅せしめんと必殺の権能を振るう――更には弥鹿の影もあるか。
吐息零す彼の顔色には、言とは裏腹に平常の様な色も見える。
敵対するが生者の類であれば、加減した一撃と符術をもってして相対しようか。あぁ。
「大元を絶たねば話にならんからな。
可能な範囲でいい、納骨堂へ向かう面子への支援を頼む!
御主、『もっとやれる』筈だろう? 只人の眼は誤魔化せても、私は過たんぞ?」
「ははは。『もっとやれる』だなんて物言い、どことなく――あの人に似ているなぁ」
「……? 誰の事を言っているか分からんが、頼むぞ。正念場が近いのだ!」
「ああ無論だ。精々派手に立ち回らせてもらうとしよう。
そろそろ『里』にいい報告も持ち帰りたい所だしね」
弥鹿と軽口の様な言の葉も交わせながら、往く。
弥鹿は亡者らを引き付けるが如く。その狙いは、本命たる納骨堂侵入の補佐。
此処で騒げば騒ぐほどにあちらの警備が薄くなるだろうから――と、その時。
「ふむ。やはり来たなイレギュラーズよ! ハハハハハ!
随分と期待に応えてくれる!」
超速で飛来しえた存在が――いた。
激しき衝撃。絶大なる一撃を戦場の一角に叩き込んだの、は。
「来たか干戈帝……! 断固として偲雪への義理を果たさんとするその様。実に見事といっておこう。最早、余計な事は言うまい。信義あらば否定する事能わず! これより、御主を――『倒すべき戦士』としてのみ認識する!」
「然り。私もお前達との闘争は実に好ましいぞ――来るがいい。我が身の身命を賭そう!」
干戈帝、ディリヒだ。然らば汰磨羈の警戒が最大に至る――!
一片の油断もなく加減も無く戦おうではないか。
帝などではなく、一個人の戦士として――真っ向から相対し、その全てを打ち砕く!
超速で叩きつける刀身。ディリヒの刃と交わい生じるのは熱か、闘志か。
幾度にも至る金属音が苛烈さを示している――
しかしソレはディリヒを仕留めんとするモノではなく。
仲間の隙を作らんとする汰磨羈の全霊であった。
「確かに。その義理堅い性格……意外と言えば、ええ。意外でした。
――貴方からは些か、何物にも縛られない自由人という印象を受けていましたので」
であれば、そこへ更に介入したのは『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)であった。
彼女も幾度か干戈帝と出会い、言も交わせた者。
ただの戦闘狂であれば此処で全てを終わらせても良かったかもしれない――だが。
「その信義。嫌いではありません」
「むっ? おぉ貴様も来たか! どうだ――配下の話、考えてくれたかね?」
「ええ。残念ながら、配下になる事は出来ませんが……ご期待には沿うてみましょう。
此度も私と踊って頂けないでしょうか?
舞踊と言うよりも、見る者によっては死の演武かもしれませんが」
「死の演武? 実に結構な事ではないか――闘争に身を委ねる者は誰しもが『その』宿命から逃れえる事など出来ぬ。私とて、いつか死ぬやもしれぬと思いながら興じているとも。あぁ、此度も舞おう。其方こそステップを踏み外すなよ?」
その闘争への猛りは――この拳をもってして。
汰磨羈の攻めに呼応する形で沙月も参戦。干戈帝への撃を――強めていく。
拳が舞う。沙月の足捌きと共に。
鋭き一閃は人体の急所を的確に抉らんとするか――対するディリヒも、刃を沙月の首筋へと振るわん。どちらも、一寸でも気を抜けば『川』を渡るやもしれぬ瀬戸際。これこそが舞踊。死の舞。闘争に目が眩んだ者が辿り着く極地の一端――
あぁ、なんとも惜しいものだ。
受けた恩義に報いろうとする心。他者を害する闘争に明け暮れる心。
どちらもが両立する存在――故にこそ。
(この場で殺したくはないものです)
沙月は思考を巡らせる。如何にディリヒに対するべきなのか、と。
故にこそ彼女は心の儘に行動する。
――その果てに、きっと最善の道があるやもしれぬから。
「わぁ……! 出たわよ、ディリヒだわ……! うう。あんな戦闘狂相手に何度も挑んでたら、命がいくらあっても足りないもの……空さんがいてくれてホントに良かったわ。ホントよ? ホントに感謝してるのよ? だからさ、もう少しフレンドリーに接してくれても……あ、ちょ、聞こえてるのに無視しないでよう! そんな態度で良いの――? 泣くわよ!」
「あーうるせーうるせー! こちとらなぁ、忙しいんだよ!」
同時。そんな光景を見据えていたのは『この手を貴女に』タイム(p3p007854)に空だ。空は至る亡者の守人共を切り伏せながらタイムへと言を(雑に)紡いでいる――うう。めげないもん。
「ねぇ――空さんは何のために戦うの?」
「あん?」
「何かあるでしょ? まさか戦ってないと呼吸できないって訳じゃないだろうし。
……いやもしかして、ホントにそうだったりする?」
「人外じゃねーよ! ああ、クソ。だが分かんねーだろうな。
死線を超える度に――俺は俺を超えたっつー『何か』が走る……あの感覚はよ」
「……それって、ディリヒさんもそうなのかな? 恩人の正眼帝の想いすら利用して戦いに身を置き続けるディリヒのこと、空さんはどう思う? その感覚ってさ、なによりも欲しいぐらいに大事なモノなの?」
彼と語らうのは、戦ってばかりでは自分もおかしくなりそうだからだ……ディリヒの様にはなりたくない。血を流す事に歓喜する自分なんて想像もつかないし。
というか。戦いなんて痛いし辛いし、人は死ぬし、そしたら悲しいし。
「楽しい事なんてひとつもないよ――本当は好きな人と楽しく過ごせるだけでいいのになぁ」
「そりゃマトモって事だな。精々大事にしろよ――ところで」
「うん?」
「アイツがこっちにも気付いたみたいだぞ」
刹那。空が注意を促したと思えば――ディリヒが吶喊して来た。
うわぁ! 咄嗟に転げる勢いと共に撃を回避した、が。
「ハハハ! そんな所でコソコソと何をしている? 楽しもうではないか!」
「ああもう! これだからこういう輩は……! えーい、こっちよ!」
逃がさん、とばかりにディリヒは追撃してくるものだ。
故にタイムは腹を括って相対する。奴の撃を引き付け、只管に食い下がるのだ。
どこまでもどこまでも、力の続く限り。ここで終わったりなどしない!
「ディリヒ。決着がつくまで何度でも相手をするわ。
もし、どちらかが死ぬその時まで付き合ってあげたらあなたは満足してくれる?」
「無論だ。死の先、躯となりてまで、それ以上を求めるのは酷というものだろう――
相手が望むなら話は別だがな」
「オイオイ俺もいるんだから無視するなよ、なぁ!!」
少しでも少しでも――未来の為に。
タイムは立ち塞がり続け、行動の癖やほんのわずかな隙を見つけんとする。
そうしていれば空も参戦してくれるのだから……と。
「おっと。実に楽しそうだな……些か混ぜてもらおうか」
その時だ。『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)や鏡(p3p008705)も干戈帝の戦線に参加するか――
魔種である事を差し引いても偲雪の思想は止めねばならぬ、と彼は感じるものだ。生前の行いが何らかの影響を与えるならまだしも、終わった者が現世に直接手を出しては終わりが軽んじられる……それを覆す偲雪はなんとも認めがたい。
――故にこの地攻略の障害となる干戈帝を狙わせてもらおう!
「ほう、面白い。闘争の内に入る者は歓迎するぞ――乱戦もまた一興よ!」
「ここでもう一度終わりたくないなら──参ったなら素直に言えよな。
加減する余裕なんてないからな!」
「加減など不要よ! さぁお前の底を――見せてみよ!」
衝突する。力と力の激しい一撃が。
他の味方とも連携し干戈帝を取り囲む様に動こうか――斧を鍛造し、放つ一閃。然らばディリヒも己が刃を用いて対抗する、か。幾人に囲まれようと、むしろ闘志が挙がらんとするその性質……なんとも厄介な。
(しかし――見据える世界は違えど命の恩を言葉で違える相手でもあるまい)
が、錬は同時に思考も巡らせるものだ。もしも共闘させるのならばその力のぶつかり合いの果て──あと一歩のところまで追いつめてこちらも『救命の恩』を手に入れなければ、って所ではないか、と。
その為に追い詰める事も必要であろう。
まるで暴風の様に激しく荒れ狂う……この干戈の帝を相手に、だが!
同じ頃。別箇所では――常帝、雲上も現れていた。
守人を引き連れ城下の神使を排さんとしていて……
「やぁ、来ると思っていたよ。初めまして、常帝……
いや、その顔は、私との会話を覚えているようだな」
「ああ。この地は……些か以上に特殊な地だからな」
「すまないね、死神だとかいう嘘を吐いてしまって」
「何、構わんさ。アレは、いつなん時にお迎えが来てもおかしくない頃だったしな」
然らば相対するのは『革命の医師』ルブラット・メルクライン(p3p009557)だ。
語り合う内容は以前の――逆戻しの時の出来事。過去の世での一時。
……ルブラットは今一度、彼と言を交わせておきたかったのだ。
「まぁ待ちたまえ。少しばかり語り合う暇ぐらいはあってもいいだろう――?」
が。それは時間稼ぎが主たる目的だ。まぁ常帝と言を交わしたい事は嘘ではないが。
しかし雲上ともウィリアム・ハーバーとも呼ばぬ。
『常帝』たる彼にこそ興味があるのだから。
(……イーハトーヴ君は大丈夫だろうか)
ふと。微かに、共に至っているであろう一人の顔が思い浮かぶものだが。
しかしまぁ――彼ならきっとうまくやっているだろうと思考し、眼前に集中。
「……貴方は、自らに誇りを抱けるようになっただろうか。
あれから私は豊穣で史料を探していたのだ。かつての帝らの事が掛かれないかと」
「ほう」
「然らば――常帝に対して好意的な評価を記している史料、当時から今に至るまでを書き写してきたよ。音読してあげようか。耳が遠いのならば、耳元でね」
「……いや結構だ。如何なる事が書かれていようとも、結局私にとってそれは過去だ」
「人は過去から逃げられないよ。常帝。自らの治世を――知るべきだ」
自分の治世に価値が無いと、思ってほしくなかった。
貴方の時代を生き抜いた人々のために。
貴方が此処で生きた長き時間のために。
今も世界の何処かで平和に焦がれる人々のために。
「そして、貴方に微かな妬みを覚えてしまう――惨めな私のために」
あぁ、これは私の我儘だ。間違いないよ。だが、今までの人生に誇り高く胸を張った上で。
「新しい主人に仕える……それも悪くはないだろう? きっと正眼帝も喜んでくれるだろうさ」
「……そうかね。そうかもしれんが、しかし。ゆっくりと語らう暇は、やはりなさそうだ」
「ふふ。さて、確かに。戦いを始めないと、お互い上に怒られてしまうな……
やむをえん。戦いながらこのまま語らせてもらうとしようか――ね?」
であれば始まる。ルブラットと常帝の戦闘が。
しかし常帝の攻勢はどこか緩い様な気がしたのは――気のせいで、あったろうか。
「雲上さん、会いに来たよ」
「おや、これは――可愛らしいお嬢さんだ」
同時。ルブラットに続いて『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)も至る。
……前に来た時、貴方の声が聞こえたから。
満たされている事は良い事ですし、貴方の『偲雪さんに付き従いたい』という想いは間違いじゃない。少なくとも個人的にはそう思う。
「だけど」
だけど――ダメなんだ。
「豊穣の者として、貴方がこれ以上生前の貴方がした事を否定する行いを見ていられない」
「……ほう。強い決意が、瞳に宿っているな」
「――私は私として、大事な人とこれからの豊穣で生きていきたい」
だから、止める!
雲上の行動を縛らんと彼女は往くものだ。
傷を負えば治癒しつつ、邪魔立てする守人たちごと――薙ぎ払う!
更に次いでジルーシャの姿も雲上には見えた。
彼もまた雲上とは紡いでおきたい言の葉があったから……
「……ねえ、ひとつだけ、教えて頂戴な。アンタは、偲雪ちゃん“だから”ついていきたいって感じたの? 彼女の願いに共感したから、協力したいと思ったの? それとも――」
一息。
「自分を導いてくれそうな人なら、誰でもよかったの?」
「――――」
「ああ別にどちらでもね、否定しようって訳じゃないの。いいんじゃない? 皆を、豊穣の世を照らしたいっていう気持ちは、アタシたちも同じだし。でも、ね。道を同じには出来ないの。決定的に……どうしても、方法が違うんだから」
だから。
「アタシは――ううん。アタシたちのやり方で、アンタに光を見せてあげるわ」
刹那。黄金色の輝きを帯びた右眼が光を灯す。それは彼の力となりて。
直後に紡ぐは地へと――炸裂させれば、まるで岩盤が砕ける様に。
「むっ!」
「……アンタが淹れてくれたお茶、とってもおいしかったわよ。
ええ、でもきっとあのお茶は――あの時だけの、出会いなんでしょうね」
然らば態勢を崩す雲上はジルーシャ達を追えぬ。
……ジルーシャの脳裏には、忘れられぬ茶の香りが漂っていた。
もうきっと飲むことは出来ないのだろうと――どこかに寂しい確信も、得ながら。
そして『緋色の鷹翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)は空を飛翔していた。
彼は、この理想郷を認めがたかった。
鳥には大空が必要なのだ。ああ順風満帆とは限るまい。もしかしたら飛んで嵐に巻き込まれるかもしれない、雷が落ちるかもしれない。傷つくだろうけども――それでも空を飛び、先を見たいのだ。
「この街にも新しい風を入れねえとな!
……だけどなんだ? ざわざわしやがる……これは、街の気配、じゃねぇ……?」
故に彼はこの理想郷に仇名さんと――したのだが。
しかし胸中に何か不安がよぎる。『何か』が来ていると――思っているのだ。
……もしかしてあの『天狗面』の野郎か?
(あの野郎は一体――そういや納骨堂でも見たな。やっぱり狙いは偲雪か?)
だが神使ではなさそうだ。警戒はしておいた方が良さそうだろうか……
もし仮にこっちに来るようなら――いや間違いなく来るな――
なんとなしカイトは確信するものだ。アイツとは何かある、と――その時。
「――うぉ!? なんだこりゃ……風か!?」
「――また会ったな」
噂をすればなんとやら。カイトの前には、あの『天狗面』が至る。
刹那。心の臓が跳ね上がる感覚を得たのは――何故だ?
今しがた感じえた『懐かしい』感覚も、何だ?
「……やはり、な」
「あん?」
「どうにも見過ごせない。その『姿』――忌まわしい!」
直後。『天狗面』より憤怒が巻き起こる。
なんだ、と思った時には天狗面はカイトへと撃を紡いでいた――カイトは知るまい。カイトの風貌が『天狗面』にとって忌まわしき記憶その者である事を。『父』に酷似したその姿――あぁ!
「何なんだお前、俺らの邪魔をするんじゃねえ! なんなら手伝え!
そっちだって納骨堂が目的なんだろ?! 話聞かずに掛かってくるならこっちだって容赦はしねぇぞ……! 仲間達の下へ通しはしねぇ! へへ、ここは任せて先にいけ――なんてな!」
であればカイトは槍を振るいて応戦するものだ。
天狗面の動きは超速であるが――荒い。
ならばカイトは風を見切り、その動きに応じてみせよう。
カウンター気味に紡いだ槍の一閃が――その面を叩き割る――!
然らば。そこより見えた、風貌は。
まさか。
「――兄貴?」
ふと。自然とカイトより零れた声は、自らでも驚くモノであった。
小鳥の時に。白い、ふわふわとした髪に乗っていた気がする。
落ち着く。大好きな場所――瞼の裏に、古い記憶が蘇った気が――
だけど。
「なにを……なにをしてんだよ、アンタは!」
「――俺はお前など知らんな」
「嘘つくんじゃねぇ! だったらその怒りはなんだってんだよ!」
交差する。意志と意志。一撃と一撃が。
似たような目。似たような肌。ああ。流石に鳥頭であろうと気付くものだ――!
「お前が兄貴だって言うなら、思いも力も、全力で受け止めてやらァ!!」
バカ兄貴は止めてやらねぇとな。
何があったか知らないが――無理だとしても、家族なら尚更に!
同時。カイトが空で奮戦する頃――納骨堂の方へと向かう者達もいた。
「頭では理解しているでありますが、人様の骨を害すのはいい気がしませぬな」
「アンデッドならまだしも、納骨されてる骨だからね……放っておけない以上、仕方ないねぇ」
それが『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)に『紫煙揺らし』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)の二人だ。手厚く弔われているものは其の儘にしておきたい……が。事情が事情である故に仕方なし、とシガーは希紗良へ言を紡ぐ。
「偲雪殿の思想の全てを否定はいたしませぬが、かと言ってこの『国』の有り様を肯定はできませぬ。故に、役目を果たしてみせましょうぞ。それが神使として……キサの成すべき事でもあるならば」
「皆が笑顔でいられる国……理想は良いが、歪な形で実現してる以上、此処で潰しておかないとだね――もしかすると希紗良ちゃんの故郷だっていつか巻き込まれてしまうかもしれない訳だし」
さて、と。アッシュは煙を一つ吐きながら――往くものだ。
……しかし二人の狙いは遺骨の直接破壊、と言う訳でもない。
むしろ懸念すべきは追っていた清之介の件、だ。玄武が危惧する様に清之介に遺骨を破壊されるわけにいかないのであれば――それを食い止めるのは、きっと自ら達の役目である。それに……もし遺骨の件が無かったとしても清之介は……
「やれやれ。やはり来たのであるな――希紗良」
「清之介殿……来ると思うておりました……里に戻れとの忠告、聞かなくて申し訳ありませぬ」
「やはり、あんたが来るなら此方だったか」
と、その時。現れたのが件の、清之介だ。
微かに視線を交わす希紗良。が、その視線はやがて、彼の腰にある刀に注がれ……
「アッシュ殿。キサの役目は村の宝刀を取り戻すこと……
眼前の男の手にあるのが、其れでありまする」
「……なる程ねぇ。俺は部外者になるが、乗り掛かった舟だ。
希紗良ちゃんのお手伝いをさせてもらうよ……と。
その前に。その刀、返すのならこのままお互い別れるのもアリだと思うんだが――どうだ?」
「面白い提案と言えるが……
それはそもそも拙者に勝てる事が前提でなければ、取引にすらならないのでは?」
「――弟子はいつか、師を超えるものであります。それが、今この時」
そして。相対する。
……同時。希紗良の瞳には、かつての光景が思い浮かぶものだ。
手合わせの際は一本取るために躍起になったものだ。
結局一度も取れないまま――清之介は里を出てしまった。
紅葉切を探すためと嘘をついて。紅葉切をその手に携えながら。
「清之介殿。紅葉切、返して頂くでありますよ。其れは村に納めておくべき護り刀故に」
「無理はしない事だ希紗良。この刀の求める血は、場合によっては希紗良でもいいのだぞ?」
「――御免ッ!!」
問答はこれ以上無用かと思いて――希紗良は踏み込む。
超速の一閃。力の限り追い込まんとすれば、更にシガーが援護の為の一手を紡ごうか。
速度を武器に清之介を攻め立てる。左右より至る連撃が清之介に反撃の隙間を――
「無駄だ。昔より腕は上がったようであるが……それでも足りぬ」
が。清之介の眼が鋭く至れ、ば。
希紗良の刀速を超え得る抜刀にて彼女の剣撃を食い止めるものだ。
そのままに、シガーにも一閃放ちて後ろに跳躍させれば、希紗良へとまた一撃。
鍔迫り合いの形から――押し込む。
高速の一閃が放たれたかと思えば、続けざまには剛撃だ。柔剛両立の達人。それは魔種としての力の後押しもあるが故か――? いずれにせよ押しつぶさんばかりの膂力が希紗良を追い込み――
しかし。
「ンふ、ハハハハハ――見ぃつけた」
「なに。クッ……どうにも、拙者の旅路には邪魔する輩が多いな……!」
そこへと介入したのが、柳・征堂であった。
まるで暴風の如く現れた彼は清之介へと襲来。そのまま剣撃を幾重にも重ねよう。
「希紗良ちゃん、一端離れよう――どうも奴は清之介を狙ってる様だ」
「むぅ……恐らく、清之介殿が強者であると判断し、真っ先に潰しにかかったでありますか……くっ」
征堂は干戈帝の配下。それ以外の指示は誰からも受け付けぬ。
故に彼にとっては神使も清之介も敵だ――清之介に真っ先に襲い掛かったのは『コイツを一番先に潰しておくのが良い』という獣の勘とも言うべき判断基準からであった。それは逆に言うと……清之介と希紗良では、清之介の方がやはり『上』と征堂が判断したという事でもある。
奥歯を噛みしめる。が、これは好機だ。
征堂と理性的な共闘――は難しいかもしれないが。
清之介と打ち合えば、どちらもただでは済むまい。このまま隙を突けば……んっ?
「アッシュ殿……その傷は!?」
「ん、ああ――さっき征堂が背後から乱入してね、その時にちょっと」
「……やむを得ませんな。紅葉切を取り返すが鬼菱の里の宿願。
なれど、御身に何かあればキサは二度と刀を手には出来ますまい」
「希紗良ちゃん――」
生き延びさえすれば、再び打ち合う機会は巡ってくる。
今は無理をせずに安全を優先しようと――希紗良は告げるものであった。
そして。入口付近で激戦が生じている中。
納骨堂へと先んじて侵入していた者達が――いる。
その一人が『闇之雲』武器商人(p3p001107)だ。
守人共を排除しつつ遺骨の破壊を試みんとする為に『オリーブのしずく』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)達と共に――真っすぐに向かう。玄武の加護により隠密性に優れている上に……城下で様々な混乱が起きている今が好機なのだから。
「さて。しかしこのまま順調――とばかりはいかないだろうねぇ。警戒はしておこう」
「うん……絶対この先に、いる筈」
武器商人はフラーゴラの歩みに合わせて動くものだ。彼女の速度に、連鎖する様に。
……可能であればフラーゴラは瑠々を連れ戻す言葉を、或いは方法を閃きたかった。
しかし彼女の意思は固く。そしてなにより――偲雪の洗脳の様に、無理やり連れ戻すという事はしない、と決めていたから難しかったのだ。でも、一分一秒でも放っておけない。偲雪の力もまた伴って増大していくのだから……
(……だから、邪魔させてもらうよ。瑠々さん今は敵同士、だね……)
ともあれ進む。気配を絶ちながら、少しずつ、少しずつ。
「全く、国にしろ偲雪本人にしろ相変わらず外面だけは良いわね……!! ホントは話し合うつもりもないくせに、よくもまぁ恥ずかし気もなくのたまうもんだわ……! まぁいいわ。どうせ偲雪なんて、必ず殺してあげるんだから……!」
同時。武器商人たちと共に進む中には『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)の影もあった。きゐこは変わらず偲雪に対して苛烈な敵対心を抱いているものだ――故にこそ彼女は己が全霊をもって突き進む。
手は抜かない。偲雪の世界なんて絶対にぶっ壊してやる。
彼女も玄武の加護を利用しつつ、更に持ち前の技量によって気配を殺せば、完全に希薄に近くなるものだ。壁の先を透視する術も巡らせれば敵の接近を知覚しうるのは万全でもあろうか。
勿論、どこかで戦闘になるのは避けられないだろうとは分かっている。
ああ――『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)もまた『分かっていた』
何度も何度も偲雪とは話したけれど。
(偲雪とはどこまでいっても平行線だ。だって、今の偲雪はそういうものなんだから)
自分が受け入れられることが前提になっている。恐らくその辺りも、狂気の部分なのだろう。
……それでもまだ悩んでたのは偲雪の理想を間違いにしたくないから。
似た境遇にいたからこそ虐げられた人たちを見捨てられないから……
あの想いが間違いだなんて思いたくない。出来れば正しく在ってほしい。
だけど、だけど。
「ぼくは……偲雪の敵にも味方にもなれない。でも偲雪たちを救いたい……!」
リュコスは、己が出来る事はなんであろうかと――常に思考し続ける。
五指を握りしめ、己が想いを込めるようにしながら。
同時に彼女は周囲の気配を全力で窺うものだ。優れた全身の感覚を頼りに、暗闇を見通す目ももってして――往く。納骨堂はもう近くの筈だ……いよいよもって正念場の時が訪れていると思え、ば。
「終わらせて、きちんと弔いましょう。それがきっと最善っす。
――お師匠も良いっすよね?」
「ええ、まぁ。幻術は得手ですし、手伝うのも別に構いやせんよ」
更には『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)や、師たる栴檀も皆と共に動いているか。
慧の、元正眼帝に対する敵意は最初から変わらない……なぜならば最重要視しているのは己の故郷、主の敵の排除だから。もしも彼女の力が更に外へと広がれば――正に己の故郷の危機となるやもしれぬ。
だが。一方で……個人的には、諦めきれず応えた正眼帝の『願い』だけが……
こんな使い方されて不快感あるのも事実、だ。
どこか、胸の奥に渦巻く何かがある。見捨ててはおけない気持ちがこれか?
……いずれにせよ今は前に進もう。
遺骨を狙う為、射程圏内に治めなければならないのだから――と。
「――一流のイレギュラーズが首揃えて殺しに来たか。
嫌だねえ。ホント。我が主は人気な事で」
その時だ。声がした、と思えば次の瞬間にはリュコス達に攻撃が降り注ぐ。
それは――『偲雪の守人』百合草 瑠々(p3p010340)だ。
あちらへと寝返った神使の一人、故に。
「瑠々さん……! やっぱりこっちに来たね……!
でも今のワタシ達は、プラックさんより素早いよ……!!」
「近くには守人もいるみたいよ! 纏めて吹き飛ばしてあげるからね――!」
フラーゴラやきゐこは即座に動くものだ。瑠々の一撃が飛来すればフラーゴラは味方を庇いて凌げば、反転攻勢。禍の凶き爪たる一撃を――喰らわせてやろうか。分からず屋には一発ぐらい殴ってやらないとね……!
そしてきゐこは、瑠々と共に現れた敵の尖兵共を薙ぎ払う。
遺骨の所まであと一歩なのだ。邪魔するんじゃないわよ――!
「やぁれやれ。ま、偲雪の本体が狙われるということは、向こうも承知の上だよねぇ。流石に玄武の加護を含めても、全部突破するのは無理か……上手い事誰も来なければ余裕だったんだろうけど、流石にそんな美味しい話はないかい」
「うん、でも――あと一歩だ。あと一歩近寄れれば……」
「前に別件で手伝ってもらったっすし、次は俺の番っす。
リュコスさん、やりたい事があるのなら、存分に……」
続けて武器商人にリュコス、そして慧も現れた『敵』に対して対処を行うものだ。
武器商人は周囲の者を庇いながら、神秘の泥を紡ぎて敵を薙がんとし。
慧もきゐこらの守護に回りつつ――敵陣を突破しうる隙を見つけんとするものだ。
「俺は俺で、守りたいものあるんで。退きも加減もしません。
どうしても退けたいなら――力尽くでやってみるといいっす」
「慧も成長したもんでさぁ……少なくとも啖呵は一人前ですぜ」
お師匠さん、と軽口叩く栴檀と共に立ち回ろうか。
治癒の術を飛ばし、栴檀は隠密の魔術を更に強める――
一瞬でも隙が出来ればいいのだ。遺骨の下まで――辿り着ければ!
「次の世代が、子が生まれず育たない都。これが本当にあなた方が求めるものっすか。どうか次世代信じて、任せてやってください……未来の芽を奪うのは、賢い行いじゃないっすよ」
「そうよ! 偲雪は死ぬべきなのよ!
こんなのを邁進するだなんてヤツは、滅びるべきなのだわ――!」
「全く。どいつもこいつも、主の慈愛が分からん連中なんだな」
次いできゐこも一撃放つ――が。それを防ぐのが瑠々だ。
瑠々は常に遺骨を守護せんとする。彼女が付いている以上、そうそう簡単には近寄れないのが現状だ……更には幾人か守人も加勢しに来れば、万全――とまではいかないが、中々隙はない。
「なあ師匠。やっぱどこまで行ってもあんたの弟子みたいだ。ウチは。
少しでもあんたの傍で学べた事、誇りに思う」
「師匠、ねぇ――まだそう呼ぶのかい、我の事を。そっちに付きながらも」
「それもこの時まで。さあ、この身は六道が第六天。貴様らが討つべき悪鬼羅刹。
誰一人とて我が主に触れさせはしない。我らが屍、超える覚悟がある奴から掛かってこい――だが乗り越えられると思うべからず。己が躯になるかもしれぬと心得よ!」
そうして瑠々は奮戦し続けるものだ。
武器商人を師匠と呼びながら、防ぎ続ける。神使達の、狙いを。
更にはその戦場に――『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)も参戦する。
彼もまた、遺骨を直接狙おうか。偲雪と会話をして確信した事があるのだから――
(……あの純心の奥に宿るのは紛れもない狂気。他者を受け入れているように見えて、その内面は何処までも闇に閉ざされている……いわば、アレは他人と話している様で話していないのだ。深淵の中で鏡と共にあるだけ)
故に。
「俺は――彼女を解放する。狂気の呪縛から解放してやるべきだ……!」
一撃を届かせんと、彼は師より授かりし技の一端を繰り出そうか。
邪魔する守人がいればまずはそれを排除。
鬼の力を宿した斬撃は――花弁を散らすが如く相手の命を削り取る。
例え、亡者の類であろうとも。
「ほう。大した腕だ――しかし。これ以上進ませる訳にはいかんな」
「……ッ! 常帝か!」
「如何にも。止まってもらおうか、少年」
刹那。ルーキスの眼前に現れたのは――常帝か。
だが、予測していた事ではある……如何な乱入者とて容赦はしない、と。
ルーキスは即座に刀を切り返す。毒の刀技――受けてみよ。
「幽体とはいえ、歴代の帝に刃を振るうのは気が進まないが……
今この一時の躊躇は命取りになるだろう!
豊穣の未来を守る為、常世穢国の陣営を放置する訳にはいかない――御免ッ!」
「――ぬぅ! 彼女の世を考えを、否定するか……!」
一閃する。守人との連携を阻止する為にも――さすれば。
「やれやれ……どいつこいつも勝手だよな。
やれ幸せな世界だとか、思想を守るだとか――スケールのデカい話ばかりだ」
そんな大層な志なんて、死神と錬金術師の肩書しかない俺が持ち合わせちゃない、と。吐息を零す様に呟いたのは『ただの死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)か。彼もまた、納骨堂方面へと足を踏み入れていたものだ――そして。
「……ま、だからこそ俺たちも勝手にやるわけだが。なぁ、そうだろヴェルグリーズ?」
「そうだね、クロバ殿。俺達は俺達の為したいことを為すだけだよ。
……絶対に、成さないといけない事もあるし、ね」
クロバと共に姿を見せたのは『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)である。
彼には、強い決意があった。
此方へ訪れれば必ず守護として現れる存在がいるだろうと――そして。
「来ましたね。不心得共……偲雪様の骨を狙おうなど、不遜の極みですよ」
いた。『危険域』星穹(p3p008330)だ。
……その瞳には此方に対する憤怒と憎悪が入り乱れている。
それも全て『忘れて』いるから、か。容赦のない敵意が――其処にある。
「豊穣に仇なす存在を主と仰いだ挙句、イレギュラーズと敵対するとは……
その所業が何を意味するのか分かっているのか?
我ら暦の名すら忘れたと――いや暦の名は、この際どうでもいい。しかし!」
「偲雪様を狙う輩と語る言葉なんて持ちませんわ、死になさい」
「ソレを容易く口から零せるのか!
ヴェルグリーズ殿と、空殿に対してしたことは――看過出来んぞ!」
ならばと。馬鹿娘に対する怒りは『ふたたび歩み出す』黒影 鬼灯(p3p007949)も抱くものだ。真に護る物を捨て、傷つけ、何も知らぬと振る舞うか。あまつさえ殺意すら見せるとは――度し難い!
(星穹、やはりお前は――忍になどなるべきではなかったな)
始まる攻防。その一手は、星穹の一撃より起点となったか。
守護の力を展開しつつ振るわれる彼女の力は、死神と剣を中心とする。
――逃がさない。深く、抉る様な意志をヴェルグリーズは感じれ、ば。
「……やはり。信念を持ってこの場に立っている事は変わらない、か。
なら――あぁ。まずは互いの剣を持って語り合おう星穹殿」
相対するものだ。今この瞬間には……彼女と向き合うにはコレしかないと。
打ち合う。手加減をして通用する相手ではないから……そうだ。彼女の強さは、誰よりも俺が知っている――ずっとずっと、傍で見てきてから。だから。
「全力でぶつかるよ。鈍りなどするものか、この剣の重さをもってキミに届かせてみせる!」
「……あの、五月蝿い。黙って戦えないの? その口は動いていないと死ぬのかしら」
お前と会話するつもりは無いのだけれど。
大体さっきからなんなのだ――? 全力と言ってはいるが、どこか殺意に乏しい。
手加減されているのも――不愉快だ。
「手加減? とんでもない。俺はキミを迎えに来たんだ。
だからこれはあくまでエスコート。侮辱されたと思うならその銃で持って返すと良い」
「……どうも相手の癪に障る事をぺらぺらとほざくのが趣味みたいね?」
なら。ああ。そうね。
じゃあわざと受けてあげましょうか?
「ああほら。お前のせいで、私は死ぬかもしれませんね!
見て御覧なさい? この赤い血を! お前が! お前が流させたのよ!
これもこれもこれも――お前が全部! お前の所為だ!」
「星穹殿……!!」
「ははは! ようやく――ええ、ようやく言に焦りが視えましたね!?」
銃で撃ったら喜びそうだから、こうしてやろう。
甲高い声が響き渡る。星穹の声がどこまでも、どこまでも――
「クロバ殿……!」
「ああ分かってる! 行けバカ剣、周りの邪魔者どもは俺に任せろ――今回は止めてやらんから適当にやれ……だが勘違いするなよ。全てを投げ打つ覚悟はしてもホントに投げるな。必ず”連れて帰ってこい”」
「……本来であれば豊穣の敵になった時点でその生命責任持って刈り取るべきだが。
人間よりも余程血が通っている、ヴェルグリーズ殿の意に、此度は沿おう」
ならば、と。クロバや鬼灯はヴェルグリーズの動きを援護する様に立ち回るものだ。
納骨堂を護らんと降りてくる守人共を打ちのめす。
「さぁお集まりの皆さま方。ここより先は男と女の逢瀬の地。如何なる思想や義務があれどタダで通すわけには行かないんでね――頭お花畑の元帝の本体は好きにしろ、だが――こいつらの邪魔をするなら誰だろうと全員叩き切る! 死神の刃を前に、生を渇望出来ると思うな!」
クロバの攻勢は正に怒涛だ。今の彼を誰が止められようか――
こんな事を言った手前、死んでやる訳にもいかんのだ!
そして鬼灯もまた――全てを縊り殺す。
動物も逃がさん。敵の斥候の可能性もあるしな。
ああ……ヴェルグリーズ殿に『願い』があるのならば、俺はその祈りを護るまで。
「空繰舞台の幕を上げろ、演者を連れ戻せ――結末は幸福たるべきなのだから」
戦いは激化する。
遺骨を破壊せんとする者。護らんとする者。
それぞれの思惑が――入り乱れて。
●
そして。城の方でも歩みがあった。
瑞神だ。すぐ傍には『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の姿もあって。
「瑞、久しいね……本当はこんな形じゃなくて、お茶でも飲むような気軽さで君と過ごしたかったものだけど。まぁ、それはまた今度にするとして――今回は君に同行してもいい? 私も、一緒に行きたいんだ」
「ええ勿論です……共に参りましょう、シキ。共にいてくれるなら、心強い」
「俺も同行させてくれ――護衛も手伝うぞ。
……『アイツら』があっちにいるぐらいなんだ。何が起こるか分からないし、な」
更には『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)もその歩みに同行しようか。
……知り合いが『彼方』へと渡っている。それが零にとっては見過ごしがたい事であった。
驚き。困惑。それが彼の胸中に渦巻いて。
だから連れ戻したい……可能ならば、偲雪とも和解出来るのではないか――?
瑞が、いるのならばと。些かの期待も胸に秘め――往く。
「……偲雪。あの子が死んでしまった日の事は、その報を聞いた時の事は……今でも思い出せます。あの日の胸を打つ様な想いは、未だ忘れられません……ですが、まさかこんな形dで再会する事になろうとは」
「――後悔してるか? 偲雪を帝にしたこと」
「風牙。いえ……帝になる意思は、彼女自身も望んだ事ですから」
途上にて想いを連ねれば『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)の言も続くか。
風牙は周囲から、偲雪の配下などが何ぞや仕掛けてこないか警戒もしている――偲雪自身はともかく周りまで温厚とは限らぬから、と。即応できるように気を張りつつ瑞と語らおうか。それは瑞の状態を確認しうる一手でもある。
(瑞さんなら大丈夫だと思うけれど……精神が揺らいだりして隙が出来たらどうなるかは分からないからな……瑞さん自身も偲雪に対して、やっぱり色々思う所はあるみたいだし……)
精神干渉。豊穣を見守る存在たる瑞が容易く侵食させるとは思わない、が。
それも瑞が正常ならばの話。何が起こるかは分からない。特に、今回は。
「なぁ。正直、オレは――あいつが帝に向いてるとはこれっぽっちも思わねえ。人選ミスもいいとこだ。ディリヒといい、雲上といい、人を見る目がないよな、瑞さん。その時代に住んでた訳じゃねぇけど、さ」
そして風牙は言を続ける。けれど――と。
「けど、それでも頑張ったんだよな。
今に続く、獄人の地位上昇を、確実に一歩進めた。すげえよな、あいつ」
「ええ――あの子がいなければ、中務省自体の誕生もどれほど後だった事か」
「あぁそういう意味では、やっぱ瑞さんは慧眼だったってことかな?」
「いえ。其れは、あの子の努力が全てですよ。偲雪は……がんばる子でしたから」
されば、ほんの微かに瑞の声色の端に帯びた感情はなんだったか。
それはまるで我が子を誉められた様な感覚の――照れ隠しであったのだろうか。
「瑞殿。念のため、お気を付けを。我々も常にお傍にいるように努めますが……
ここは彼方側の領域。何が起こるかしれませんが故に」
「ルル家。やはり偲雪は――いえ、偲雪の周りが、至ろうとしていますか?」
「今の所はまだ何も。しかしもしも拙者が彼方側ならば……未だ気は抜けません」
同時。風牙と同様に注意を巡らせているのは『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)もであったか。彼女は敵意を探知する術を張り巡らせて、隠れ潜んでいる者がいないか警戒に当たっている。
……偲雪自身は瑞と話す気はあるだろう。恐らく、そこまでは何もしない筈だ。
しかし偲雪も魔種が一端。心変わりするなり、彼女の配下が潜んでいる可能性はある。
故にルル家は瑞へと警告の言を紡いだ後に、瑞からは少々離れた場所へと位置するものだ。『自分が襲撃者ならどこで襲うか』を考えて。敵の思考を読み取らんとするのである……あぁ。
(まさか。宇宙警察忍者として暗殺に従事した経験がこんな時に役立つのは皮肉なものですね――あの時とは立場が異なり、護衛が目的ですが)
自嘲する様な色を口端に一瞬だけ灯して、再びルル家は警戒に戻るものだ。
「――ねえ、瑞さま。偲雪さまはきっと、殺されてしまった日の延長線上に生きていて、歪みが生じてしまった今も、貴方を大事な友達だって信じてると思うんだ。だから、どうか2人にとって優しい再会をって……願っています」
「……勿論です。私も願っていますよ、イーハトーヴ」
次いで偲雪と出会う前に瑞へと語り掛けたのは『オフィーリアの祝福』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)だ。彼は――瑞や玄武の加護を受け取っていない。ありのままの彼だ……だって。
大切な友達に、会いに行くだけなんだから。
だから彼は先んずる。常世の華が導いてもくれれば。
一足先に出会う事は出来るから。
「偲雪さま、また会いに来たよ!」
「あっ。イーハトーヴだ! やっほー!」
そうすれば、いた。相も変わらぬ陽気さを携えた、彼女が。
……また護ってくれるかって、前に聞いてくれたでしょう?
「その為に今日は来たんだ。貴女は俺の大切な友達だから、傍で護らせてほしい」
「んー? でもでも、プラックとかがいるから大丈夫だよ?」
「かもね――でも。俺が守りたいんだ」
「えへへ! ならいいよ! 一緒にいようね!」
それは。彼の願い。
拙いかもしれないけれど、精一杯の覚悟。
――そして。
「瑞! 瑞! 来てくれたんだね!!」
「――偲雪」
遂に瑞神は偲雪と対面する。多くの神使い達と共に。
今の所は偲雪に、そう変わった様子はない。『いつも通り』の笑顔が其処にあるのだ。
――自分を信じてくれる。賛同してくれると信じて止まない狂気の笑顔が、其処に。
「こんにちは偲雪殿。今日は瑞殿をお連れしましたよ。
瑞殿も是非偲雪殿と話をしたいとの事でしたので。
――ゆるりと、時間はありますか?」
「よ。懲りもせず会いに来たぜ偲雪。今日は特別ゲストも一緒だ。楽しく『お話』しようぜ」
「勿論だよルル家、風牙! 瑞とだったらどれだけの時間でも大丈夫だよ!」
然らばルル家は少しだけ偲雪に語り掛けて……その後は再び周囲の索敵に戻るものだ。
――二人が話し終えるまでは安易があっても手は出さないし、誰にも出させない。
一方で風牙は勢いよく偲雪の前に座り込み、胡坐をかいて対話の姿勢。
(ああ――まったく。こう見ると魔種ってのが信じられないよな)
こいつは魔種だ。討つべき対象だ。
けど、この心のモヤモヤをスッキリさせておかないと、全力が出せねえ。
――だから風牙は此処にいる。
これは、偲雪という死者への、弔いの言葉だ。いや、儀式と言ってもいい……
「偲雪。お前すげえよ。ほんとによく頑張った。お前のやったことは確実にこの国を良い方向に動かしたぜ。今だってさ、鬼達が政治の中枢で頑張ってたりするんだよ。だから、『もういい』んだ。もうお前が頑張らなくても、お前の志を継いだ人たちが、この国をさらによくしていく。オレも、精一杯努力する」
だから、な?
「だから、もう安らかに眠って、この国の行く末を見守ってくれ。
お前が無理をする必要なんて――もうどこにもないんだ」
「ふふ~それは出来ないよ、風牙!
そんなに素敵なら私も加われば、きっともっと良くなるから!」
にこにこと微笑む偲雪。ああ、これがかつての正眼帝の時代にあったのかと思えば……
「……私は初めて来ましたが、本当に『似て』いるんですね……
でも、どこか空虚なところを感じます。これは……
一度は既に生命を失った存在、だからでしょうか?」
と、其処へ。『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)も偲雪の姿を確認した……そうして彼女に抱いた想いは、かつて相対したことがある『巫女姫』の事――
自分の望む様に誰かがいてほしい。中心にいるのは『自分』なのだ。
向いている方向は万人に向いているようだ、が。本質は近いのではないか?
笑顔の薄皮一枚下には――もしかすると――
(……嫌ですね。こういう形で思い起こされるなんて。
もう、あの時に全て終わった、と思っていましたが……)
つくづく、この国の闇は未だ根深いようです――と。シフォリィは視線を滑らせれば、己が親友『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)もいた、か。件の巫女姫における渦中の人物であった彼女もまた、瑞と偲雪の会談は見過ごせなかった。
「瑞さま。今の所偲雪さんに敵対する意志はないようですが……」
「分かっています。私も……承知の上です」
「……分かりました。では私は傍に」
あの子を……エルメリアを見捨てないでくれていた瑞さま。
だからこそ、きっと偲雪さんを討つ事にも積極的ではないだろうと予想はしていた。
だけど。偲雪は心に干渉してくる存在だ。微かな隙間が何を許すと知れない――
だからこそアルテミアは警戒を怠らぬ儘に、付き添おう。
少しでも違和を感じれば踏み込める様に……
「……偲雪さん。貴方の心の内は、真に平穏を願っているものだと信じています。
ですが――今の偲雪さんのそれは、失礼ながら押し付けでしかありません」
そして、アルテミアは告げるものだ。己が心中を。
……そんな平穏という“仮面”で覆われた豊穣の民を、瑞さまは認めるのか?
もしも瑞さまが真に豊穣を想って自ら動くのであれば。
「私は貴女の剣となりましょう」
「ふふふん。瑞なら分かってくれるよね~♪ ね、瑞!」
微笑む偲雪は無邪気なままに……
……偲雪さんの過去を追体験した時、彼女はわたしを幸せに、絶対笑顔にしてあげると言った。『笑顔』、か……望まぬ婚約も叶わぬ恋の悲しみも、全て忘れられて幸せになるのも悪くはない……と思わなかったと言えば。
(嘘になるわ、ね……でも)
でも――押し付けられた幸せで、私の大切な“想い”を塗りつぶされるのは……
(もっともっと不愉快よ。ねぇ偲雪さん。貴方は本当に分かってるの?)
彼女は。偲雪はただただ微笑み続ける。
アルテミアだってきっと私と一緒にいれば幸せになれるからね――
そんな事を、のたまいながら。
「失礼。言わせてもらいたい事があります――正眼帝よ。
あなたが失敗したせいで大勢の『死ななくていい人たちが死にました』
その件は、知っていますか?」
と、その時だ。言を紡いだのは『善悪の彼岸』金枝 繁茂(p3p008917)か。
干戈帝や偲雪が成功すれば死なずに済んだ獄人の事を承知しているのか? 為政者は結果が求められるものだ。過程の努力? 誰かが褒めてくれるのを期待するのが為政者か? ――そうではないだろう。
「そんなあなたがもう一度だなんて、私が全部やるからって、逆でしょ。
何を調子に乗っているのか――一度失敗した者は、もう一度失敗する」
「ううん。次は失敗しないよ、だって私は」
「それが分かっていない、と言う事なんですよ」
獄人の為と言いながら自分の理想を正当化させる材料にしか使っていない。
見たいものしか見ない、言いたい事しか言わない、聞きたい事しか聞かない。
――今のあなたはあなたが変えようとした奴らと同じですよ。
「これ以上過ちを犯す前に、あの世に送りますのでここいらで成仏しませんか?
それぐらいの慈悲を与える気は私にだってありますよ――?
これ以上、醜態を晒すよりはマシでしょうしね」
直後。繁茂は吸っていたタバコを――指先で弾いて飛ばすものだ。
偲雪の顔面へと届く様に。それは敵意もあっての事、だったが。
瞬間。何者によってか――タバコが宙で叩き落される。
それは。
「よぉ、皆……俺はちょいと野暮用でな。本体じゃないとはいえ、主は主。
――護衛として守らせてもらうぜ」
「プラック……! 久しぶり、だな。なんかこの国っぽい服だな? イメチェン?」
「ま、そんなトコだな。結構似合ってるだろ?」
『昔日の青年』プラック・クラケーン(p3p006804)だ。
先日偲雪についていった神使――思わず零は、言の葉を紡がんとする、が。
プラックの瞳には、何か『強い意志』を感じた。あれは……なんだ……?
「流石に他勢に無勢。アンタらが一斉に襲い掛かってきたら俺は流石に成す術ねーだろうが……まぁ、アンタらの事だ、"話し合い"で事が済むと願うぜ。どうしてもその範疇で済まない様じゃ、こっちにだって考えがあるって事だけは言わせてもらおうか」
なにはともあれ。プラックは暴力的行為を――許さぬようだ。
「偲雪……神使の皆もこんな風にするだなんて……くっ、でも今は……」
その様子を見ながら憤りかけるのは『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)である。この場にいるのはプラックだけの様だが、他にも二人、偲雪に侵食されてると聞く。
正直、偲雪をぶん殴りたい気持ちでいっぱいだ。本人の意思や記憶を侵食するような行為なんて、嫌いだ……! だけど――今殴っても意味がない。プラックにも止められるだろう。だから。
(今は、備えておくよ……! でも何かしたらすぐにでも動いてやる……!)
ヨゾラは警戒を強めるに留めるものだ。
精神に平常を保たんとし、更に優れた感覚を用いて周囲を警戒。
小声のやり取りなども無いか読唇術を目を張り巡らせよう――
それは全て周囲の皆の為。瑞さんや、皆の様子がおかしくないかも注意だ。
……偲雪は卑劣にも精神干渉してくるのだから。
いつの間にかこちらの精神に滑り込まんとする能力を巡らせていてもおかしくない――と。
(誰かを……瑞さんを洗脳しようとしたら、許さないぞ偲雪……!)
五指を硬く、握りしめる。
いざと言う時は自らの全てを掛けてでも偲雪を否定せんと――彼は備えて。
「やぁ偲雪君。『自己犠牲』なるほど。人間らしい選択だったな」
と、その時だ。言を紡いだのは『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)か。
愛無が言うは彼女より貰った返答。己の様な怪物は――受け入れるのか?
人の肉を喰らう様な存在の為の肉は、どこから仕入れる?
……その結果が自己犠牲だった。なるほどなるほど。
「それが尊いかどうかは別としてね」
「ううん? 不服だったのかな――愛無は?」
「なんというべきかな。より厳密には偲雪君の『それ』は人間としての選択というよりも魔種としての選択だ。それも極めて特殊な――そう。『個』ではなく『群れ』。それは最早人間の思考というよりは蟻や蜂の思考に近い。それが、すこし残念だ」
愛無は語る。分からぬ様に首を傾げる、偲雪へと。
あのような効率的全体主義に人間の理想が加わると、こうも性質が悪くなるものか。それはそれで面白いが、しかし。人間であったころの彼女は、きっともっと美味かっただろうに。
だが、もはや事此処に至っては是非も無し。
(共存の可能性はなく。殲滅戦の覚悟を持ってあたるのみ。ああ本当に残念だ、偲雪君)
所詮は生物とは争うモノだ。なぜなら『私とあなたは違う』のだから。
『彼方と此方』だけで戦争が――出来るのだから。
……一応、まだ暴れるのはやめておこう。瑞神もいる事であるし。
何が起きるか解らんが。まぁ、いつも通りだ。
『敵』は殺す。そして喰う。如何なる存在であろうとも。
(ははっ、解りやすくなったな)
『干戈帝』なら僕を殺しただろうな。あれはああいう男だ、間違いない。非常に僕好みだ。解りやすくていい。『常帝』なら生贄を用意したかな。それとも僕を殺したかな。何にせよ。効率のよい方法を選ぶだろうな。正直つまらない男とは思うが。それも人間らしい選択だ。
だけど偲雪君、君は――実に実に――
「……ともあれ偲雪。変わりましたね――以前の貴女は、こうではなかった」
「どういう事、瑞? 私は私だよ?」
「以前の貴女なら、仮に力を宿していても『こう』はしなかった、と言う事です」
そして瑞と偲雪が語り出す。瑞はどこか懐かしそうに。そして、残念そうに。
……瑞は悲しいのだろう。偲雪が変わり果ててしまった事に。
それでも瑞が此処に来たのは――未練だ。
もしかしたら。微かでも、彼女に過去の残滓があるのではないかと期待した。
もしかしたら。その過去に触れられるのではないかと……
だが、同時。『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)には見えてくる。この国に足りないものが。前回目撃った、この国の歴史も知った上で……彼女には見えてくるのだ。どの時代にも、どの時代にも存在しえなかったもの。
存在の否定、言葉の無き否定、戦いによる否定。
「否定だらけ……そして貴女は自分を肯定してくれる……『優しさ』を求めましたね」
否定されたくないから優しくされたいから……だから否定してはいけない。
……それは子供の論理でもある。
狂気に染まったが故に、そうなってしまったのかもしれないが。
(彼女に本当に足りないのは、優しさでも肯定でもなく……)
もっと別のモノである、と。彼女は思考する者だ。
――同情してしまったわけではない。
けれど力でねじ伏せるのが正解かと言われれば、まだ答えが出せない。
今、終わらせていいのか? 偲雪との語らいを。偲雪の作ったこの地を。
悩ましい。けれど、今はこの場を見守る。
皆さんとの語らいを――無事に終わるのなら、それでよいのだから。
でも。
(もしも、私に今でもやるべきことがあるとしたら)
それは、否定の力を持って臨んではいけない事だと――マリエッタは思考するものだ。
加護があるのは、心のどこかで偲雪を否定しているからではないか?
……そんな状態で、彼女と向き合っていると言えるのか?
手を取る、優しくする……
(違う)
私は。
私は毅然と向かい合って伝えねばならない。
在る筈なのだ。彼女の心に届けるべき――言葉が、と。
そうしているのはシフォリィも一緒だ。偲雪の話は、じっと聞く。
友の再会、そのものを邪魔することなんていけません――
(勿論、何か『事』を起こしそうなら話は別ですが)
だけど彼女はそっ、と。剣を携えているものである。
この剣。抜く事態に成らなければそれでいい。
……だけど。彼女は瑞神に認めてもらいたい、そう願うかもしれない。いえ、きっとそう願います。『そうでなくてはならない』とまで思っているかもしれません。
(その時は――何を賭してでも――)
……瑞神は、私の大事な友達を、私のせいで大事な想いを秘めたせいで、苦しんだ友達の想いで塗りつぶしていくところから助けてくれました。だけど、染まってしまった友達を、目の前で助けることもできなかった!
あんな想いは――一度だって多すぎるぐらいなんです。
だから。
(今度は、私が助けます。絶対に、絶対に……!)
こんな。望むままに作られた箱庭にはもう、誰も閉じ込めさせない。
シフォリィは堅く決意を胸に秘めながら――会談を見守るものだ。
「偲雪さん。やっぱりまた会いに来ちゃった」
「わぁシキちゃん! えへへ、シキちゃんはいつだって会いに来てくれるね!」
「うん――もう大丈夫。……もう二度とあなたをひとりにしたくないんだ」
と。続いて言を紡いだのはシキだ。
過去の世界。見据えたあの日の事――
忘れられない。だから、シキは来る。たとえ何が起こっても……逃げたりしない。
もしも心に干渉してくるならば。
(――反対に、私の心をあげる)
精一杯に伝わるように語り掛けよう。ずっとずっと、決めていたから。
「偲雪。なぁ――皆に笑顔でいて欲しいんだよな?」
「そーだよ! ずっとずっと笑顔でいてほしいんだ!」
「それは良いと思う。分かり合える世界も大事だ。
――でも、今のやり方じゃ『皆』が笑顔にはなれねぇって思うんだよ」
そして零は思った事を口にする。
……なにより、零はずっと『嫌な予感』がしてるのだ。
このままじゃ何か取り返しのつかない事態が起こる様な――特にそこにいる男は――
「お前は友人が死ぬのって……嫌か?」
「え。勿論だよ……友達はずっとずっと一緒にいてほしいよ!」
「じゃあさ……せめて、まずやり方を変えれねぇかな!?
瑞とも一緒に国造りしたいんだろ! なぁ、頼むよ。
何か。俺に何か必要なら、俺、なんだってするからよ……!」
「――止まれ零。それ以上、近付くな」
瞬間。偲雪に迫らんとした零を押しとどめたのは、プラックだった。
……お前がそんな事をする必要は、ねぇ。
そんな感情の色を瞳に携えて。
(おい。プラックなんだよソレ。お前、何を――)
……だけれども段々と不穏な気配も見えてきた。
「どうして? どうして皆――ううん。瑞も喜んでくれないの?」
偲雪の声色が、珍しく変わる。
瑞は。瑞だけは分かってくれると思っていたからだろうか?
かつての知り合い。最古の知り合いなら、歓迎してくれると。
こんな歪な世界を――豊穣を見守る存在が喜んでくれるはずはないのに。
こんなこんな、箱庭を。
「どうして?」
さすれば、その時。
偲雪の様子が明確に――変わる。
表面上は笑顔の儘に。その一寸下に、はちきれんばかりの狂気を秘めながら。
「どうして分かってくれないの? おかしいよ。
だって瑞は私の言ってる事、誉めてくれたじゃん。きっと正しい事だって!」
「偲雪……!」
「全部嘘だったの!? 私は間違ってるの!?
どうして皆――そんなに苦しむのが好きなの!?」
「お待ちを! まだ……話は終わってません……!!」
荒げる声。荒げるは感情。
――常世穢国に亀裂が走る。
此処は彼女の精神に直結する世界だから。彼女が荒べば地も穢れる。
薄皮一枚下にあった狂気が噴き出るのだ。
「偲雪さま――大丈夫だよ」
刹那。言の葉を紡いだのは、偲雪側に控えていたイーハトーヴか。
お願い。俺の声を聞いて。
ほら、ちゃんと傍にいるよ――護るって言ったでしょう?
俺が好きになったのは、どうしても放っておけないのは、今此処に居る君なんだ。
「悲しみも怒りも一緒に受け止めるから。だから。自分を見失わないで」
「イーハトーヴには、分かんないもん……! 私は、私は――!」
「そんなに自分を傷つけないで。俺に、君の心を――教えて」
手を握り、留めんとするイーハトーヴ。それ、でも。
偲雪は手を伸ばさんとする。瑞神へと。
だって。瑞は、ずっとずっと前に、私を認めてくれた人――だから、だか、ら。
然らばシフォリィは一歩前に出て
「……此処を見て私が思ったのは『箱庭』と言う事でした。
きっと疲れて諦めたのでしょう。それでも、何もかも望み、受け入れると言っている貴女が今作り上げている此処は何! ここは違うわ! 貴女が望んだことが全部上手くいくだけの世界――それこそ自由の否定じゃない! 貴女は、貴女以外の全てを認めていないでしょう!」
思いの丈を、ぶちまけるものだ。
見守っていたが、瑞神を害するのならば――話は別と。
「上から貼り付けた笑顔だけの、悲しむことを、何が悲しいかを忘れた誰かがいる此処を、私は認めない! 偲雪! 此処は貴女の望み、瑞神と理想を掲げた場所じゃない!」
「うるさいよ! 違うもん! ここは皆笑顔の場所だもん! ぜったい、絶対――!」
分かって分かってお願いだから私と一緒に行こうよ苦しくない世界を必ず私が皆を導いて見せるから楽しいから正しいから苦しくないから全部全部私に任せてくれればいいから一緒にいて。
シフォリィの言ですら止まらず、偲雪は往く。
全ての意識が注がれる。その手には、彼女の全てが込められている。
「偲雪さん――!」
ならばとシキも前に出るものだ。
手を取ればこの心に溶けてこようとするならなおさらに。
手を伸ばし、その手を強く握りしめてあげよう。
偲雪さん。
人の心はもろく、柔らかい。
けれど、何にも染まらぬ意志だってきっとそこにある。
それを私がこの心で教えてあげる! 大丈夫。一緒にいるから――!
……たった一瞬の事だった。
瑞は、その手に対処しようとしたか?
傍に控えていたルル家やアルテミア、ヨゾラが防ごうとしたか?
シキは手に取ったか?
しかし。重要なのは別の事。
偲雪の意識が一点に注がれた事だ。つまり――
――『この刹那』に生じた出来事は、偲雪の支配の手の平から零れていた。
皆を導くはずだった彼女の意識が、手が。たった一人に向いてしまったのだから。
彼女は繰り出す。一緒にいてよ、という根源の願いを溢れさせるように。
至るは原罪の呼び声。
偲雪の切なる願いにして――しかし狂気の籠った因子。
だが。
「あぁ……この時を、待ってたんだ……!」
プラックにとって想定外では無かった。
むしろ待っていたのだ。その為に此処までやって来た!
今しか無かったッ! あの二人がアンタから離れるのは!
今しか無かったッ! アンタの注意が俺から逸れるのは!
今しか無かったッ! 呼び声で俺と繋がってくれるのは!
ああ――偲雪……お前は間違っちゃいねぇよ。
「平和は人の想いを塗り潰すか。自分以外を鏖殺でもしなきゃ達成出来ねぇ。
だから、俺の"好み"は兎も角。お前のやり方は間違ってねぇ、答えの1つだ」
だけれども。
「んで、一緒に……だっけか? 答えはもちろんYESだ、俺は最後まで一緒に居てやる」
「プラック――」
「だけど、な。悪いが、身を委ねる事までは出来ねぇんだよ」
なぜならソレは。『親父』の二の舞だから。
親父の辿った道なんだ、それは。
──俺はッ! 正気で此処に立つ! 希望を持ってお前と共に居る!
「それじゃダメかい?」
「あ、あ、あ――」
「なぁ全部くれてやるよ。俺の命も、身体も、奇跡も、何もかもくれてやる! だから!」
「よせ!! プラック――!!」
だから、お願いだ……!
お前の言葉で……あの二人を止めてくれ!
二人に生きて欲しいんだよっ……生きて欲しいんだよっ!!
プラックが偲雪の呼び声を掻き分け、その先にいる彼女の魂を――抱擁せんとする。
……途中。喉の奥から叫んだような零の声が聞こえた、が。
それでもプラックは声を届ける為に。願いを届ける為に。全てを賭してでも。
ああ。聞いてくれよ、偲雪。届いてくれよ――偲雪!
お前を一時、正気に戻す。
納骨堂の本体と、意思を交わす幻影の二つを別つんだ。
狂気から離れてくれ。きっとお前の言葉があれば救われる者がいるから――
「偲雪――!」
その、プラックの願いがどこまで、どのように通じるかは分からない。
しかし彼の命を賭した願いだ。
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ――その、果てに。
あ、た、た、か、い――
抱擁された偲雪には『何か』が紡がれた。で、あれば。
「偲雪ッ! 手を!」
「誰にも邪魔はさせません! 瑞殿、今の内に――!」
その一瞬に全てが動き出す。瑞が偲雪とプラックを確保せんとし。
同時にルル家は周囲に控えていただろう守人らに動きが無いか、武器を取りだし警戒を。
――直後。常世穢国全体が、揺らいだ。
亡者たちの意識は同様に揺蕩んで。生者達の意識は偲雪から切り離されて。
同時。
「星穹殿……!」
地下での攻防の間隙を突き、ヴェルグリーズが往く。
偲雪の意識が、支配が途絶えた今この一瞬こそだけが全てを繋がんとする運命。
この一瞬しかないと彼は踏んだ。
『今』ならきっと出来るという――確信もあったかもしれない。
だから。だから!
「っ、なっ……なッ……にを――!!」
彼女の腕を掴み、引き寄せて。
口付けを――刻むのだ。
柔らかな感触。帯びる熱は、あぁ。確かに知った証で。
「こ、っの、痴れ者が!! 遂に気でも狂ったの!?
何を……! 離して、嫌……っ、離してったら!! やめて!」
同時。星穹は激しく抵抗するものだ。
知らない知らない分からない。空いた腕の方で強く相手を打ち付ける。
口付けなんて訳が解らない。腕に込められた、放してくれない意思が強く振りほどけない。
……それなのに。
(どう、して――)
どうして、この身体はその温もりに感情が溢れるの?
温もりも感じられないこの身体が熱を持ったと錯覚するのは。
触れて、名前を呼ばれて……それだけで幸せなのは、きっと。
「――星穹殿」
あぁ。
「迎えに来たよ」
あぁ――『私』が彼を大切にしていたから、なんでしょうね。
刹那。離れた唇の感触……だけれども残る熱の色から『何か』を感じる。
これは何? 奇跡の雫? あぁ、ああ――
「偲雪様ッ、わた、しは」
眼の端にも熱が灯る。どうして、どうして。
だから星穹は泣き叫ぶかの様に拒絶の意思を示さんとする。
誰も彼もこの地から消えて――いいや、今の内に逃げて――
だって。偲雪様が皆を逃す筈が――
相反する願い。絡み合う渇望は、どちらが相手を呑み込むか。
おかえり、か。さよなら、か。鬼灯はこの刹那が最後の機だと理解する、が。
「なぁ星穹。帰って来いよ」
クロバは率直に、言を紡ぐものだ。だって。
「俺はお前にも居てほしいよ、星穹」
だって、友達だから。
友達だから――一緒にいてほしいんだ。
ヴェルグリーズの眼を見ろ。真っすぐに。そこに全ての答えがあるさ。
「――――」
亀裂が、走る。
星穹の祝福に。星穹の記憶を蝕む恩寵に。
喉の奥から何かが出でる。失われ筈の記憶から、しかし。
「ヴェル、グリー、ズ」
――今。再びその名を呼ぶのだ。
眼の端より零れゆく何かを感じると同時――
彼女の意識は、失われる。
それは気絶か? いやもしかすれば……『安堵』の感情が生まれた緩みによるものかもしれぬ。
ただ、確実なのは――ただ一つ。
「全く、馬鹿娘め……!」
鬼灯は、星穹の身がヴェルグリーズに委ねられたのを――確かに見たのだ。
ならば今はただ。
おかえりと、ただそれだけを言おう――彼女の眼が、覚めたのなら。
そして更にリュコスも『ここぞ』だと機を見据えるものである。
「今だ――遺骨を、食べさせてもらうよ――!」
全てに隙が出来た一瞬で詰め寄らんとする。
この国は遺骨を中心に亡者が集まってできている。
だから、きっとこの国全体が――魔種・偲雪だ。
本体を壊したら確かに弱体化するだろうけど居場所をなくした亡者たちは?
怒るよね。きっと。だから――だから、飲み込まんとする。
リュコスもまた身命を賭して。奇跡すら必要であれば紡がんとし――
だが。
「うわ!? これ、は……!?」
近付いた刹那。まるで大波の様に溢れる『何か』を知覚した。
なんだこれは。偲雪が取り込んだ亡霊? 魂? 或いは――妄執?
偲雪の傍に在った鬼たちの怨念。
弾圧され、彼女を支えんとした幾つもの塊共が――溢れえる。
――あああああどうして。どうして。
――憎い憎い憎い憎い。幸せになりたい。
――偲雪様偲雪様偲雪様偲雪様偲雪様。
同時。リュコスの心を読まんとする技能に引っかかったのは、数多の感情。
偲雪はこれを抱えていたのだ。彼女は優しいから、抱えていたのだ。
捨てずにずっとずっと持っていた。彼らと共に理想郷を作らんとしていた。
――コレらと話を付けるのは、きっと無理だ。
コレらはもう。痛かったとか、苦しいとか、覚えちゃいない。
恨みだけを抱えてこの世に留まっている。
「くぅ――! でも、前に進まなきゃ、ダメなんだ!
でないと君たちは一生囚われて余計救われないままだよ……!」
リュコスの、最後の声が届いたか否か。
分からぬが――近寄るなとばかりに、怨念たちはリュコスらを納骨堂から弾かんとした。
……そして、プラックにより紡がれた奇跡。
しかしそれは命を燃やす代価があった。
もしもプラックにもう少しばかり運命の余剰があれば生き残る道もあったかもしれない……だがプラックは最早瀬戸際に近い端にあった。その上で臨むのであれば端の先へ踏み出さねばならぬ。
(ああ、ったくよ)
体が、消える。泡沫の如く。
彼は、父親と同じ道は歩まなかった。
彼は、最期まで彼のままで在り続けた。
それが彼の望みであり。父の果たせなかった道へと到達した証。
彼はきっと、父をその時超えたのだ。
「プラック、星穹――行ってしまうのか」
同時。瑠々は感じ取るものだ。
星穹は行った。
プラックは逝った。
……結局、あぁ。主と共にいるのは己一人か。
あの二人と主にいたかった。ただそれだけで良かったんだ。
夢を共にする者達と一緒に――どこまでも夢の先まで見たかった。
夢は醒めるモノと言う奴もいるかもしれないが。それでも……
「……主。ご安心ください。私は此処にいます」
どうかお使いください。貴方の為に。
なぁ、フラーゴラ。約束、忘れんなよ。
(この身が堕ちたのなら――お前が殺せ。そうだろ?)
それまでは、死んでやるもんかよ。
この身は我が主と輪廻の果てまで、お供いたします。
世は全て事も無し――かかっ。
……なぁ。待ってるからな、フラーゴラ?
●
「プラックさんのばかぁ……! お友達が視たら、なんていうと思ってるの……!」
常世穢国。その一角で、フラーゴラは――何が起こったかを察するものだ。
……命が一つ潰えた、と。納骨堂の方に出てこなかった『彼』が果てた、と。
「ああ……そうか、今、分かりました……」
同時。マリエッタは思考を巡らせるものだ。
偲雪に伝えたかった事。それは……
――ダメですよ。お友達を無理矢理遊びに誘っては。本当の気持ちを聞いてみましょう。
――でも、本当に頑張りましたね。偲雪さん。
(あぁ……)
母の様に、想いを込めて。優しく、優しく叱りたい。
否定と肯定、子の自立……そうだ。
きっと、促したいものはそれだったのだ。
そして、その常世穢国では混ざり合う――狂気の産物が。
常世穢国の中枢たる偲雪に異変が生じ、この地の全てが狂い果てる。
「これは……やっぱり思念の暴走が……?」
その光景を見て考えを巡らせたのは、イーハトーヴだ。
手段はさておき安寧を願う『偲雪』個人の意思の弱体化……もしかすればと思っていたのだが、そうなれば他の数多の思念が制御を離れ狂い咲く。弾圧されていた亡者の怨念が交じり合って慈愛と狂気は天へ上るのだ。
――つまり、この地は変質する。
願いは歪と成り、誰も彼もを取り込まんとする狂気の城と化すだろう。
……で、あるならば。
「今こそ終わらせましょう、この国を。この地を。
私も助力します――豊饒の大地を護る者として」
「かっかっか。今度の今度こそは、完全なる破壊が必要かの――?
こんな世界を認められん。死は誰にでも訪れるべき終わりじゃ。
無論、わしにもな。手伝いをさせてもらうとしようかの――終焉を、此処に」
瑞が語る。今こそこの地を終わらせるときだと。
然らば瑞鬼は高笑う様に天へと言を零せば――そう。
決戦の時が、近付いていたのであった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
――ありがとうございました。
GMコメント
最終決戦まであと一歩。よろしくお願いします。
●目標
・常世穢国への攻撃。
・瑞神が偲雪へ接触する事。その為、護衛。(何が起こるかは未知数です)
●フィールド『仏魔殿領域・常世穢国』
それは久遠なる森という地に存在する街です。
見た所は高天京に似ていますが……所々構造が違うようです。
一度打撃を受け、偲雪によって復旧され――ましたが、栴檀などの情報によると『外見だけが治っており、内が伴っていない』という事で割と脆い様です。
もう一度攻撃を仕掛けた場合、以前よりも遥かに打撃を与えやすい事が推察されます。
その他、特設ページもありますので、是非ご覧ください。
特設:https://rev1.reversion.jp/page/kamuigura_kuon
●ロケーション
概ね、二点あります。しかしこれ以外の行動を行ってもOKです。
あくまで指針としてお考え下さい。
【A】偲雪の下へ往く・瑞神の護衛
偲雪は今まで、自らと会話したいという者を常に受け入れてきました。
今回も同様でしょう。会おうと思えば会う事は出来ます――しかし自らの力を拡大させんと明確に動き出し、更に瑞神が訪れるという今回は……何が起こるかは不明です。
今まで何度か、これと似た選択肢を選んだことがある人もいるでしょう。
しかし今までとは『何か違う』かもしれません。
此処に訪れる場合はご注意を。
【B】常世穢国への攻撃
偲雪の力を削る為の行動を行います。
・亡者の類(亡者の住人、守人)は撃破する。
・洗脳されている生者は救助する。
・建造物を破壊する。
・納骨堂へと潜入。偲雪の本体を攻撃する(危険度:高)
これらの行動が基本指針となるでしょう。
今回は徹底的に破壊を行ってください。
また、この領域では『干戈帝』『常帝』『守人』が迎撃の為に至る事が予想されます。
●加護
百合草 瑠々(p3p010340)さん、星穹(p3p008330)さん、プラック・クラケーン(p3p006804)さんを除いた参加者の皆さんには二つの加護が齎されます。(サポート参加者含め)
・『玄武の加護』
玄武の加護は『霧』の力です。これには神秘的な力が込められており神秘・魔術的な要素の監視から覆い隠します。物理的な視線から隠す訳ではないですが、つまり隠密性や奇襲性能が挙がります。
・『瑞神の加護』
瑞神の加護です。これがある場合、偲雪の精神干渉を跳ねのける可能性が高まります。
この豊穣を見守る、正式な存在からの抱擁です――
一方でそれは偲雪の力の否定でもあるでしょう。
//////////////////////
●常世穢国陣営(敵勢力)
●『正眼帝』偲雪
かつて鬼とヤオヨロズの融和を目指した『古き帝』です――
彼女は魔種へと変じています。が、他者へ『精神干渉』する力に特化している様であり、直接的な戦闘能力は魔種の割には低いように感じられます。自らに賛同してくれる者達がいた事により、彼らを取り込み更に己が力を増幅させんとしている様です。
しかしそれは打算や利用の為ではなく。純粋に――嬉しいからです。
一緒に来て? 一緒に此処にいよ? ね?
皆が笑顔でいてほしいとするその願いだけは――純粋です。
……彼女は瑞神が自らに賛同してくれると信じてやみません。
●『干戈帝』ディリヒ・フォン・ゲルストラー
かつて豊穣の世が大乱の時代にあった際の『古き帝』です。
種族としては神人(旅人)であり、かなりの戦闘狂いの様子が見られ、同時に非常に強力な戦闘能力を宿しています。
しかし既に何度も行った調査の過程において、彼とは複数回の交戦が行われており――その動きや技術に関しては未知という程ではありません。特に今まで彼と接敵した方は、彼の動きに対応できる様な動きも可能な事でしょう。
また、来たるべき決戦に向けてここでダメージを与えておくと、その時に影響があるかもしれません。
●『常帝』雲上
本名を『ウィリアム・ハーバー』と言い、古き帝の一人です。
かつて豊穣の世をとにかく平穏である事に務めた『古き帝』です。元々は内政に特化した帝であり常世穢国の都市構造は彼が立案したとか……戦闘能力もあるようですが、干戈帝と比べると一段も二段も劣ります。
しかし後述する守人と巧みに連携し、皆さんの妨害を行ってくるようです。
彼は皆を、豊穣の世を照らすという偲雪の精神性に光を視ました――
彼は既に死者であり、幽体たる存在です。
偲雪に取り込まれている人物とも言えましょう。
しかしそれは自らが望んだが故でもあります。
彼は生前から、誰かを導くのではなく強烈な人物に付き従いたい人物だったのです。
――彼は偲雪の理想と共に突き進むでしょう。
●守人×??名
常世穢国を護らんとする住民で、武者の様な姿をしています。
戦闘能力がある個体達です。
神使が破壊活動を行えば、止める為に各地より出現してくるでしょう。
彼らを撃破、成仏させる事などにより偲雪の力もまた削がれていきます。
//////////////////////
●味方戦力
●黄泉津瑞神(p3n000198)
豊穣郷神威神楽の守護者たる大精霊(神霊)です。黄泉津の名を冠する守護神にして『古き帝』達がいた時代は、彼らとも面識がある存在でした。此度、遂に偲雪の事件を知り、思う所があり――現地に至ったようです。
【A】にて偲雪に会いに行きます。何が起こるかは不明です。
●玄武(p3n000194)
豊穣の北部を守護する四神の一柱――の、分霊的存在です。
なんでも若い時の姿らしいです。戦闘能力はほとんどなく、代わりに皆さんを援護する『霧』の力を与える事が出来ます。皆さんを支援しながら、共に事件に挑んでいきます。
●藤原 導満
個人的な好奇心から事件の調査を行っていた人物です。
優れた陰陽師であり、街の異質さと、この街自体が巨大な――偲雪の力を増幅させるための術式を担っている事を察知しました。このまま放置すれば更に事態が悪化すると見て、皆さんと協力して【B】で街や守人との戦闘を行います。
●弥鹿
鬼人種の符術使いにして、彼もまた神使の一人です。彼が属する『里』の者が偶然にもこの付近に立ち寄った際にそのまま行方不明になり――『里の長』が心を痛めた為に調査に赴きました。出会った導満と共にこの街の異質さに気付き、皆さんと協力して【B】で街や守人との戦闘を行います。
●空
鬼閃党なる集団に属する一人です。
干戈帝と因縁があるようで彼との戦いを望んでいます。特別に神使らに友好的、と言う訳ではないのですが、タイムさんらとの交渉を経て、共同戦線を張る事を約束してくれました――干戈帝が現れた戦況があらば、そこへと駆けつけてくる事でしょう。
●巴
四神玄武とはまた違う、行方不明者の身内からの依頼を受けて本事件の調査を行っていた人物です。巴は行方不明者を連れ戻す事も依頼として受けている様で【B】で、偲雪に操られている生者をなんとか連れ戻す事を試みようとするでしょう。
●栴檀(せんだん)
八重 慧(p3p008813)さんの関係者にして師匠たる人物です。彼も巴と同様に行方不明者の身内からの依頼を受けて本事件の調査を行っていました。優れた術死であり、事態の解決に向けて皆さんの支援をするでしょう。
//////////////////////
●重要な備考
百合草 瑠々(p3p010340)さん、星穹(p3p008330)さん、プラック・クラケーン(p3p006804)さんには参加された場合、相談開始以降(12/12~13中予定)で運営より特殊な手紙(ゲーム内レター)を送付させて頂きます。具体的な内容は秘密ですが、偲雪の行動や心情に関する内容です。
その内容を基にプレイングを記述いただいても構いません。
また、その他にも一部の方には何らかの手紙を送付させて頂く可能性があります。
公開などは自由となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定、なんらかの不測の事態が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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