シナリオ詳細
<祓い屋>燈堂暁月
オープニング
●
灰紫の影が地面を覆い尽くす。
小さき塵芥。月明かりに魑魅魍魎が蠢き、烏合の声が辺り一帯に響いていた。
カランと下駄の音が聞こえ、有象無象が踏み潰され闇に霧散する。
「どうして……」
掠れた男の声。『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は、その身体を傾がせて、中庭を進んでいた。
彼の後には、首に呪符が巻かれた『番犬』黒曜が付き従っている。
「……暁月、お前、廻から本霊を抜いたのか」
呪符に触れた黒曜が忌々しそうに眉を寄せた。
『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)から妖刀『無限廻廊』の本霊を抜くということは、彼の命が危ぶまれる状況に陥っている事を意味する。暁月が廻の命を軽んじるなんて有り得ないと黒曜は歯を食いしばった。
暁月の様子が明らかにおかしい。
「どうして気付かなかったんだ。簡単なことだったのに……」
ぷちりと足元を這う蟲が下駄裏で弾けた。
「はは……」
暁月は口の端を上げて、手で顔を覆う。指の隙間から見える瞳は血のように赤く。
「いっそ愉快だ。なあ、そう思わないか黒曜」
己の部下に振り向いた暁月は、見た事も無いような狂気じみた笑みを浮かべた。
妖刀無限廻廊から絶えず立籠める紫色の妖気。
それに引き寄せられて、夜妖が集まってきていた。
「これまで燈堂の外――イレギュラーズに助けを求めたり、廻が可哀想だと思ったり、色々な事が雁字搦めでどうしようもなかった。でも、そんなのは言い訳だ。自分の弱さを誤魔化していたに過ぎなかったのさ」
くつくつと嗤い声を上げた暁月は、紺青の空に浮かぶ偽の月に手を翳す。
「――繰切を殺せばいい」
自らの手でこの地に奉られた真性怪異蛇神『繰切』を屠れば、外部に助けを求める事も、廻の心配をする事もしなくていい。何故、こんな簡単な事にも気付かなかったのだろう。
この燈堂は希望ヶ浜において夜妖憑きを祓う専門家だ。
そして、禍ツ神である真性怪異邪神『繰切』を奉り封印している。
レイラインで繋がった本家深道、分家燈堂、周藤に連なる者達の信仰によって支えられた場所。
燈堂当主はその重責を背負い、苦悩しながら生きていた。
平穏の為に禍ツ神を奉る。それはよく在る信仰の形であろう。
されど、本当にそれは心からの安心を得られるものなのだろうか。
蛇神である繰切を殺してしまえば、全ては解決するのではないかと、暁月は考えた。
否、考えずとも知っていた。希望ヶ浜以外の世界に目を向ければそんな話しは捨てる程ある。
そして、それが自身の崩壊を意味することも理解していた。
「神を殺す事が出来なくとも、力を削ぐ事はできるだろう。弱らせれば良い」
「暁月……何をしようと言うのじゃ」
苦しげに首の呪符をおさえながら『守狐』牡丹が暁月の袖を掴む。
「やめいっ! お主のそれは、無謀にも程があるぞ! お主も其れを分かっておろう」
牡丹は駄々を捏ねるように首を横に振った。
彼女の後には同じように首に呪符を巻いた『護蛇』白銀が立っている。
眉を下げ心配そうに暁月を見つめる白銀。この首の呪符は燈堂当主が使える、服従の印だ。三妖が暁月と交わした信頼の証。
「もし、私が繰切を倒せなくとも、封呪『無限廻廊』に引きずり込まれるだけだろう? 何が問題なんだ。それで封印が強固になる」
「馬鹿者! お主が死んだら、廻はどうするのじゃ!」
妖刀『無限廻廊』の力で命を繋いでいる廻は、暁月が居なければ生きている事すら出来ない。
「あの子は……私のものだ。もし、飼い主(わたし)が死んでしまうのならば、一緒につれて行く。それが嫌だというのならば、イレギュラーズがきっと策を打つだろう。それに、私が死んで廻が妖刀を継承すれば生きる事ができる。それで良いだろう?」
暁月の魂は無限廻廊に取り込まれ、封印は強固になる。
廻も死にたくないのならば、必死で妖刀を継承するだろう。
「それで全ては上手く行く。私なんかがいなくとも、回り出すんだ」
暁月は妖刀の柄を握りしめて中庭を歩いていた。
妖刀に引き寄せられて集まってくる夜妖を集めるためだ。
其れ等を集め、繰切と対峙する。全てはそれで解決するだろう。
「さあ、行こう。白銀、牡丹、黒曜」
誰にも邪魔なんてさせやしない。
この命尽きるその時まで――
「それに、どのみち……燈堂はもう終わる」
誰かを犠牲にして成り立つ平穏なんて、壊れてしまえばいい。
自分が死んで、廻も死ねばもう後は崩壊しか残されていないのだから。
今日ここで死ぬか。後で死ぬかの違いでしかない。
偽月が群青の空に、寸分違わぬ精密さで、この街に明かりを落としていた。
●
地上が騒がしいと、蛇神『繰切』は欠伸を一つして上半身を起こした。
もうすぐ満月ということは、夜妖の気配が濃くなっているということだろう。
月祈の儀が楽しみだと繰切は口角を上げる。
「しかし、今回はまた面白そうではないか。のう、そう思わぬか、我が子よ」
繰切が視線を落せば、洞窟の地面に少年が転がっていた。
「お前の名は灰斗だ。我の悪戯心から生まれた者だな。いやはや、愉しみにしすぎではないか、我も」
地上で起きている出来事に、繰切の心は躍ったのだろう。
その余波で、生まれ落ちた子供。
「暁月が暴走しておるのは、ヤツの心の弱さもあるが。それを『増幅させた禍ツ力』がある。呪いを暁月に植え付けたヤツがおるのだ。『葛城春泥』とか言ったか。完全に暁月は禍ツ力に囚われているのだ」
繰切はこの燈堂で起った出来事を全て把握している。
何故なら、ここは繰切の領域だからだ。
敷地内ならば瞬時に人間を移動させる事も、分体を廻の元へ出現させる事も可能だ。
繰切は暁月の元から白銀を一瞬にして呼び寄せた。
白銀は繰切と灰斗を交互に見遣り、困った様に大きく溜息を吐く。
「父上、その子は……」
「それの面倒は任せるぞ白銀」
繰切の言葉に白銀は灰斗をゆっくりと起こした。
「くくっ、この葛城春泥。面白い事をやっておるのう。我も興が乗ってきた。灰斗も生まれたばかりで遊びたいだろうしな。何人か連れてくるのも悪く無い。暁月が此処へ至るのならばそれでも構わぬ。イレギュラーズと我が遊ぶのも良いな。喰らってやろうか、それとも逸楽に耽るか」
どれも最高に楽しみだと、繰切は歯を見せた。
――――
――
「廻の様子はどうなのじゃ、繰切よ」
子供達を避難させ結界を張っていた牡丹は、繰切の分体を見つけ声を掛ける。
「まあ、良くは無いな。放っておいたらそのうち死ぬ」
暁月により妖刀『無限廻廊』の本霊を抜かれた廻は、その命を繋ぐ術を持っていない。
廻に憑いている夜妖『あまね』が己の命を賭して猶予を紡ぎ出している。
しかし、それが途切れるのも時間の問題だろう。
「其方の巫女じゃろう。何ぞ手立てはあるのじゃろう?」
「我を愉しませれば、力を貸してやらんでも無い」
繰切は蛇神だ。神故に人が慌てたり苦しむ姿、楽しんでいる姿、喜怒哀楽を見るのが好きなのだ。
「まあ、どのみち……この燈堂も終わりが見える」
暁月が血迷い、廻が命を落せば、妖刀・封呪両の無限廻廊が破綻する。
そうなれば燈堂はレイラインを通じた深道、周藤をも巻き込み崩壊する。
「激動だろうな。それもまた愉快ぞ」
不敵な笑みを零した繰切は、何処か寂しげに見えた。
本心では巫女である廻の死を望んではいない。されど高揚する何かを求める心もあるのだろう。
神様のくせに複雑で繊細な心をもっていると牡丹は繰切を見て想念する。
●
「何だよ……これ」
息苦しさに膝を付いた『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)から冷や汗が垂れる。
居間に置いてある姿見を見遣れば、首元から黒い入墨のようなものが広がっていた。
じくじくと痛むそれは、『呪い』の類いであろう。
身体の中に侵入する異物を拒絶するように、胃の中のものが迫り上がってくる。
「はぁ……、痛ぇなクソが」
何か嫌な予感がする。
龍成は居間のガラス戸を開けて外に出た。
「何だ、これ……」
中庭に出た龍成が目にしたものは、地面を埋め尽くす魑魅魍魎。
そして、遠くに見える異様な暁月の姿だ。刀を持ち、夜妖を集めるように妖気を放出している。
「これ、あいつが全部集めたっていうのかよ……どうなってんだ。くそ、痛ぇ」
「龍成? 龍成、どうしましたか」
地面に蹲る親友の姿を見つけたボディ・ダクレ(p3p008384)は慌てて駆け寄った。
「何か、身体が変だ。この黒い印が痛くて……」
息も絶え絶えにボディへ縋る龍成の手が後ろに回され、腰に吊してあったナイフを掴む。
(なんで、俺ナイフなんか持って……?)
龍成が考えを巡らせるよりも早く、ナイフはボディの首元へ走った。
ボディの首にある黒い金属に刃がはじき返され、火花が散る。
「な……!?」
声を上げたのはボディではなく、龍成の方。
自分の手が勝手に親友であるボディの首を割きにいったのだ。
「なんだよ、これ。身体が勝手に……」
龍成の手は彼の意思を無視して目の前の相手を『殺す』ように動く。
ボディの腕を切り裂いた刃に、龍成の瞳が見開かれた。
「くそ……っ! どうなってんだ!! 逃げろ、ボディ! 俺の身体が言う事をきかねぇ!」
「そんな。まさか、その黒い呪いのせいなのですか」
ボディは龍成の背に新しいタトゥーがあることを認識していた。
それは日を追うごとに大きくなって、嫌な予感がしていたのだ。それを確かめようと決意した矢先に龍成の様子がおかしくなっていた。
「やめろ、くそ! 嫌だ、逃げてくれ。俺は、お前を傷つけたくない――」
苦悶の表情を浮かべ、龍成はボディに逃げろと叫んだ。
遠くには夜妖を集めている暁月の姿が見える。
「もしかして、暁月様も同じように?」
龍成と同じように何者かに操られているのではないか。
操られないにしても、何か変な呪いに掛かっているのではないか。
ボディは龍成の腕を掴みながら考えを巡らせた。
当主である暁月が狂気に陥ってしまった。
遠目に見える暁月が持っているのは、廻の中にあるという妖刀『無限廻廊』の本霊ではないのか。
ならば、廻は危機的状況だと考えるのが妥当だ。龍成の様子もおかしい今。
この燈堂はどうなってしまうのだろうか。
――崩壊と終焉。
そんな言葉が脳裏を過り、ボディは尋常では無い胸騒ぎを覚えた。
●
――暁月さん、そんな悲しそうな顔をしないでください。
「すまない」と言って自分の中から妖刀『無限廻廊』を抜き出す暁月を見上げ、廻はそんな事を思った。
身体中を苛む苦痛も、暁月が望むのならば耐えられる。
けれど、彼が辛そうなのは嫌なのだ。後からあとから涙が零れ落ちる。
「おや、泣いているのかな? 勿体ないよ。目を開けて、今から始まるショーを愉しまないと」
いつの間にか廻は茶屋の縁側に寝かされていた。
息をする事さえ儘ならない身体で、辛うじて視線を動かし声の主を探る。
廻の傍に居たのは葛城春泥だった。何故、彼女が此処に居るのだろうと疑問に思うも、廻の身体は指一本すら動かせない状態だった。
ただ、遠くに見える暁月の背が、廻には泣いているように見えた。
――――
――
「暁月さん……」
アーリア・スピリッツ(p3p004400)は燈堂の中庭で気迫迫る暁月を見つめる。ヴェルグリーズ(p3p008566)はぐっと拳を握りしめた。
彼女達は燈堂の窮地に駆けつけてくれたのだ。
「すまぬ。お主達に頼るしか無いのじゃ……」
牡丹は狐耳を下げて悲しげな顔をする。お家ごとは自分達で解決するのが道理ではある。
しかし、もうそんな悠長な事は言っていられない状況なのだ。
「暁月を救ってほしいのじゃ!」
「救うっていうのは……命を助けるってことであってるか?」
國定 天川(p3p010201)が牡丹の頭を撫でて視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「今、廻から妖刀が抜かれておる。それは暁月が持っていて、廻の命に関わるものなのじゃ」
牡丹の手がぶるぶると震えた。その手をメイメイ・ルー(p3p004460)が優しく握る。
「……もしもの時は、暁月さんを殺す事も視野に入ると」
久住・舞花(p3p005056)の言葉に牡丹はこくりと頷く。
事態の深刻さにレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が眉を寄せた。
「そんな事ってあるかよ!」
咲々宮 幻介(p3p001387)がその可能性を否定するように首を振る。されど、幻介が一番その可能性を拒絶できないでいるのだ。もし、自分が同じようになってしまったら、殺してでもいいから止めて欲しいと思ってしまうだろう。
「でも、生きて救える可能性だってあるのであります!!!!」
ムサシ・セルブライト(p3p010126)は重苦しい空気を吹き飛ばすように声を上げた。
不安に揺れていた祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はその言葉で顔を上げる。足下には白雪も元気づけるように少年の足を尻尾で撫でた。
「……逝かせません、絶対に」
星穹(p3p008330)は強く自分へ言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そうそう。その為に花丸ちゃん達が居るんだしね!」
笹木 花丸(p3p008689)はにっかりとした笑顔を降り注ぐ。その言葉に同意するようにブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は剣を肩に担いだ。
「うん。それにここが潰れたら、夜妖が溢れたりするんだよな? なじみさんにも影響ありそうだし」
越智内 定(p3p009033)はそれだけは阻止しなければと拳を握る。
「会長に任せてよ! 廻君とは友達だしね!」
楊枝 茄子子(p3p008356)は腰に手を当てて戦場を見据えた。
「うん、そうだにゃ。暁月を止めないと廻が危ないんだものにゃ」
杜里 ちぐさ(p3p010035)は震える足で、それでもこの場に立っている。彼の背を覆う様にチック・シュテル(p3p000932)が翼で包み込んだ。
「妖刀の本霊が抜かれたって事は、時間も残されていないのだろう」
「はい。妖刀は廻さんの命を繋いでいるという話しですから」
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の問いにラクリマ・イース(p3p004247)がブルーグリーンの視線を上げる。
「燈堂君……」
眞田(p3p008414)とシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は以前、夢の中で見た廻の姿を思い出した。
苦しげに顔を歪ませる廻が脳内に浮かび上がる。
ラズワルド(p3p000622)とハンス・キングスレー(p3p008418)は一歩引いた所で務めて冷静に状況を見据える。
「龍成も心配だね」
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は姿を見ていない友人を探す。
「まさか……龍成氏にも何かあったの?」
先日の夢の中での出来事に負い目を感じている星影 昼顔(p3p009259)は、もしかして自分のせいで何かあったのではと悲壮な表情を浮かべた。その背をエル・エ・ルーエ(p3p008216)が優しく叩く。
「昼顔さん、大丈夫、ですよ。龍成さんは、きっと大丈夫、です」
サクラ(p3p005004)は中庭に走ってくる龍成の姿を見つけた。その後にはボディが居るようだった。
「あれは龍成が逃げてる?」
どういう状況なんだと浅蔵 竜真(p3p008541)が首を傾げる。
「なぜ……?」
チェレンチィ(p3p008318)は見た事も無い辛そうな表情を浮かべる龍成を注視した。
「龍成は黒い印が浮かんでるみたい、そうだよね黒夢」
「ええ。そうです日向さん」
周藤日向は管狐からの情報で先んじて黒夢とやり取りしていた。少年の隣にはすみれ(p3p009752)が優しく寄り添っている。
黒猫の魔法使いの格好をした黒夢は燈堂の情報屋だった。
「龍成さんは身体の自由が効かずボディさんを攻撃してしまうようです。でも、何とかこっちに逃げてきているのでしょう」
仲間の元へ。望みを掛けて。
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)と紫桜(p3p010150)は繰切が彼の性質からして、この状況を面白がっていそうだと思い馳せる。きっと戦場をうろうろしているに違いないとも。
「まあ、全部救ってしまえばいい。暁月君も廻君も龍成君も」
其れで皆が幸せになれるのなら貪欲に暴食に。求め続けるまでだと恋屍・愛無(p3p007296)は笑う。
「本当に仕方ないわね。暁月さんのケツを引っぱたきにいきましょ!」
リア・クォーツ(p3p004937)は強気な笑みで瞳を上げる。
「ええ、そうね!」
アーリアは我儘なのだ。誰一人として諦めてやるものか。
「うん……うん、待っててね。廻君」
大切な石を握りしめたシルキィ(p3p008115)は、ペリドットの瞳で真っ直ぐに戦場を見つめた。
- <祓い屋>燈堂暁月完了
- GM名もみじ
- 種別長編EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年05月30日 22時05分
- 参加人数50/50人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 50 人
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参加者一覧(50人)
リプレイ
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地面を埋め尽くす小さき者共。夜妖とも言えぬ儚き塵芥。
寄り集まり、群れと成り、蟲のように這いずり回る。
燈堂家の広い敷地の中庭。普段であれば四季の花々が咲き誇るこの日本庭園は暗き瘴気に包まれていた。
妖刀無限廻廊を携え、苦しげにも怒りにも見える形相で、『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は歯を食いしばっている。何かに耐えるように抗うように。
「暁月さん……」
苦痛に歪む友人の顔が『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)の胸を締め付ける。
「どれだけ苦しんだか、今までの絶望がどれほどか自分には分からないであります。
……それでも。あなたが勝手に全てを背負い込んでしまうのは絶対に許さない」
拳を握りムサシは強き光を宿した双眸を上げた。
「自分達も、貴方を勝手に救う! ……宇宙保安官ッ! ムサシ・セルブライト見参ッ!」
ムサシは足下を這いずり回る夜妖共を蹴散らし、暁月の前に走り出す。纏わり付くような魑魅魍魎が暁月の心を表すようで――来て欲しくないと言っているようで。眉を寄せるムサシ。
「暁月さん! ……いや。燈堂暁月ッ! お前を救うッ!」
声に出さなければ折れてしまいそうになるのは、暁月が苦しんでいるのが分かるからだ。
だからこそ、ムサシは憤りを感じる。
「どうして……どうして! 何も言ってくれなかった!? 『助けて』って言うだけで……自分はすぐ助けになったのに! 廻さんを泣かせて、門下生の人達も困らせて! いろんな可能性があったのにあなたはただ、命を諦めてるだけだ!」
ムサシの放つ剣幕に暁月は視線を上げる。切り結ぶ剣檄。弾く刃に距離を取ったムサシの影から『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)が間髪入れずに暁月へと刀身を走らせる。
月明かりに鍔迫り合いの火花を散らし幻介は口の端を上げた。
「よぉ、暁月……随分と良いツラになってるじゃねぇか。あの時……龍成との戦いの折に俺に言った言葉、あれは嘘っぱちだったのかよ」
刀身越しに暁月と幻介の顔が交差する。
「だが……正直言ってガッカリだ。お前の覚悟はその程度だったのかよ、俺の目もいよいよ節穴だったって事かね。そんなお前なんざ、コイツで十分だ!」
柄から片手を放した幻介は暁月の顔を目がけて拳を振った。
普段は黒い暁月の瞳が、冷たい赤に彩られる。当てる事が目的ではない拳は幻介の挑発。
舌打ちをした相手に幻介は刀と拳を使い注意を惹きつける。
「凄まじい気ですね。暁月殿とあの刀の力でしょうか……激しい戦いになりそうです」
幻介と暁月の攻防を目の当たりにした『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)はごくりと唾を飲み込んだ。
「……このような場に来ておいて何ですが、祓い屋の方々とは縁浅き身でして。実は事情はよく分かっていません。分かっている事は幻介殿やムサシ殿……戦友の皆さんが怒り、悲しんでいるという事です」
暁月に攻撃を向ける戦友達は辛そうな瞳をしている。そして、困っているのだ。この状況を。
「ならば、ならば友のためにこの拳を振るいましょう! 日車迅、義によって助太刀いたします!!」
迅は戦場に駆け出し、暁月へと拳を叩きつける。怒りと悲しみを混ぜたような苦痛が目の前の暁月から伝わってきた。きっと彼は優しいのだ。怒りの中に哀を帯びるその心。故に救わなければならないと迅の闘志に火が付いた。
「必ず、戻してみせます。それで、それで……僕ともお話しましょうね!」
穿つ拳に乗せる思い。軽く弾かれ迅は唇を噛みしめる。全く一筋縄では行かない相手だ。
けれど、この場に立ったからには最後まで戦うしかない。
「まだ、ですよ!」
迅は幻介の太刀筋の邪魔にならぬよう、後ろ向きに飛び上がる。
そこへムサシが暁月の背後から回し蹴りを叩きつけた。
『おかえりを言う為に』ニル(p3p009185)は剣を振るう暁月に銀の双眸を上げる。
「暁月様……廻様が家族だって言っていた人」
彼の事を語る『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は穏やかで幸せそうだった。
ニルには家族というものがいない。されど、彼の幸せを喜んでくれた人がいた。
それが嬉しいというのは覚えているのに、誰が喜んでくれたのか思い出せなかった、手を伸ばせなかった。悲しいという想いだけがニルの中に残ったのだ。
「ニルは……祓い屋のみなさまのこと、あまりよく、知らないけど。それでも……なくしてしまうのは、かなしいこと。手を伸ばせないことも、手を伸ばさないことも、きっと……かなしいこと」
ぎゅっとシトリンのコアがある胸元に手を添えるニル。視線を巡らせれば『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)と『神威雲雀』金枝 繁茂(p3p008917)の姿が見えた。其れだけじゃない。
「ここに集まったたくさんの人たちは、みんな、暁月様や廻様たちのしあわせを願っていて」
ちりちりと燻る焦りの音。ニルは自身の気持ちを落ち着かせるように深呼吸をする。
「だから、今のこの状況は、誰も望んでなかった形なのだと、ニルは思うのです。ニルは……みんなが笑えるように、お手伝い、したいです」
銀の瞳を上げたニルは中庭の茶屋の近くにある要石を見遣る。
「要石がここだけじゃなく、他にも関わるものならなおさら、大事ですよね」
ニルの言葉にカイトと繁茂が頷いた。
「そうだな。これはかなり重要そうに見えるぜ」
「確かにそうですね」
注連縄が巻かれた大きな一枚岩をカイトと繁茂は見上げる。
「重要なもんが無くても本人の望まぬ戦闘で物損がありました、ってのはけっこー傷になるもんだぜ? 此処には要石だけじゃなく、あいつらの家だってある。後は、まぁそうだな。もう一人の結界の張り手が相当無理したっぽいし、保険オブ保険ってトコだ」
ニルの結界を繁茂が強化し、カイトは多くの範囲をカバーできるように術式を張り巡らせた。
「あとは、ニルに任せてください。要石は身体を盾にしてでも絶対絶対守ります。味方以外が何かしようとしている人がいたら攻撃してでも止めますから」
この要石は深道三家を繋ぐレイラインの上に立てられていた。
深道、燈堂、周藤に同じように巨大な一枚岩の要石がある。
もしこれが壊れてしまうような事があれば、力の奔流が溢れ出し、壊滅的な打撃を受けるだろう。
燈堂だけではなく、レイラインで繋がっている深道周藤も同じように影響がある。
「要石だけでなく、お屋敷も庭も、できるだけ傷ついてほしくないのです。きっとここは、たくさんの思い出のある場所なのでしょう? 誰かにとっての大切な場所なのでしょう?」
ニルは自分が失ってしまったものが大事なのだと知っているから。
「なら、居場所は、帰る場所、は……おかえりを言う場所は、きっときっと、必要なはずですもの」
「ありがとう、ニル」
「雨水様? どうしてここに」
ニルの隣にふと現れた水の精霊はこの燈堂に棲まう怪異だった。
暁月が戦うと決めたのなら、彼を慕っている雨水は少年へ敵意を向けるはずだ。けれど、雨水はいつものようにニルへと優しく微笑んでくれている。
「うん……暁月も苦しんでるから。僕が戦う事で暁月がもっと苦しんでしまうから。だから僕はニルの傍で君を守るよ。友達だからね」
その言葉にニルは頬を緩めた。
一人きりの戦いじゃない。友達が傍に居てくれるのがこんなにも頼もしい。
口を尖らせた『故郷の空を守れ』山本 雄斗(p3p009723)の視線は刀を振るう暁月へと向けられる。
もし暁月が思い描いた通り、『蛇神』繰切へ戦いを挑み、負けて彼が死んでしまったとして。妖刀無限廻廊が廻へと戻り命を取り留めたとしよう。
自分だけが生き残って、大切な暁月が死んでしまった事実を廻が受け止めきれるだろうか。
逆の立場だったなら、暁月は喜ぶのだろうか。
雄斗は悔しげに感情を露わにする。
昂ぶった感情の発露、小刻みに震える指先をぎゅっと握り締め雄斗は叫んだ。
「僕はそんなの絶対に喜ばないっ!」
だから、暁月に恨まれようとも全力で邪魔をして、最高のハッピーエンドを迎える。
なんたって雄斗はイレギュラーズで、スーパーヒーローなのだから。
「フォーム、チェンジ! 暴風!」
軽快なBGMと煌めくエフェクトが雄斗の前身を覆い、光が晴れた瞬間に現れる勇壮な姿。
「さぁ、道を開けてもらうよ!」
暁月の周りに集まる魑魅魍魎をできる限り殲滅するように、雄斗は四連装ガトリング砲から無数の弾丸を射出する。解き放たれた弾丸は白い爆煙を引きながら中庭に絨毯爆撃を炸裂させた。
中庭に響き渡る爆撃音の後で、長いスカートを揺らすのは『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)だ。
「はてさて、大変なことになっているわね。ここまで思い詰める前に、もっと出来ることもあったと思うのだけれど……」
小さく首を傾げたヴァイスは白き礼剣を顔の前に掲げる。
「こうなったからにはしょうがないから、頑張って元に戻ってもらう努力をしましょう。何事も後味の良い、良かったと思える結末になる方がいいでしょう?」
人形のように美しく冷たさを覚える声色で、身体を低く落したヴァイス。
「まずは、周りの夜妖からね」
礼剣を前へと突き出した少女は自身の負荷を気にも止めず一直線に戦場を突抜ける。
痛みが前身を棘のように覆うけれど、僅かに眉を寄せただけ。
中庭を多角的に走り抜けるヴァイスは戦闘の最中、暁月に視線を上げた。
近づき過ぎれば、要らぬ怪我を負ってしまうだろう。
自分の役目は周りの夜妖を効率よく蹴散らすことだ。無碍に自らの命を散らす事も不要。
「けれど、あまり時間もないみたいだし加減は程々にしておきましょう」
この戦いには廻の命というタイムリミットがある。
手加減をしている暇など無いのだとヴァイスは息を吐いた。
――――
――
「……めぐり…? まだ、生きてるよね……? 寝てるだけだよね……?」
自分で思ってる以上に上ずった声が聞こえ、『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)は服の裾をぎゅっと握り締めた。
遠くに見える茶屋の縁側には横たわる廻と、葛城春泥が見える。
此処からでは、廻がどうなっているのかは分からない。けれど、ぴくりとも動く様子は無かった。
ちぐさの身体から血の気が引いていく。身体の芯が冷えて、足が震えた。最悪の事態が脳裏を過る。
「めぐり……」
足が震えて崩れ落ちそうなちぐさを『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)が支える。
ちぐさは何とか踏み留まり、視線を上げ廻の隣に居る葛城春泥を見遣った。
あれは夢で見た不気味な存在だ。この場に立っている事さえ嫌になるぐらい、怖くて気を抜けば吐いてしまいそうになるけれど。
「……しっかりしないと……にゃ!」
友達が死にそうになっているのに、こんな所で倒れている訳にはいかないのだから。
暁月がどうなろうと知ったことではないけれど、廻を連れて行かせたくないとラズワルドは視線を落す。
「理由なんて僕がイヤだからで十分じゃない? 飲みに行く約束もまだだし。まさかキミまで『嘘吐き』にはならないよねぇ」
こういう執着が嫌だから、親しい友達なんて作らないでいたのに。廻の傍は心地よくていつの間にか寄り添っていた自分をラズワルドは自嘲気味に笑う。
「あんまりにも急だし……」
暁月と廻が危うい糸の上を歩いている事は分かっていた。けれど、それにしても事態は急転した。
この今の状況を作った元凶があるはずなのだ。
繰切では無いだろう。月祈の儀を行っている禍ツ神ではあるけれど、お気に入りの反応が見たいだけで殺したい訳ではないはずなのだ。ならば、とラズワルドは廻の傍に居る葛城春泥へと視線を上げる。
「ねぇ。アレ、誰? なんか、うぇ、イヤな音ぉ……」
この戦場において嫌悪や怒り、焦りではない。似つかわしくない『慈愛』の音。まるで、母親が子を撫でている時のような穏やかな心音が聞こえてくる。だからこそ、ラズワルドは恐ろしいものに感じた。余りにも異質だったからだ。
「ねえ、廻くん……キミも置いてくつもり? 別に冥土の土産で僕の話聞かせたんじゃないんだけどなぁ」
捨てられた猫が漏らす言葉は夜の闇に霧散する。
らしくないとラズワルドは思いながら、彼の為にこの身を戦いに投じる事を決意させた。
視線は暁月へと向けられ、その顔には嫌がる表情が浮かぶ。
「そっかぁ、拾ったものを捨てるんだ? それが嫌ならお前が捨てろって? 選ばせるフリしてホントに選びたいものは選ばせないの?」
唆されたのか、何か他に理由があるのかラズワルドには分からなかったけれど。それを理解するのも億劫で彼は暁月を『嫌い』なのだと定義する。
ラズワルドにとって他人への感情は好きか無関心だ。それでも暁月の事は『嫌い』だった。
「でも廻くんと飲むお酒は楽しい方がイイし。死ぬんならせめて考えてることはぜぇんぶ吐き出してってよ、ねぇ? だから、僕的にはお仕置きは必須だけど、殴りたい人ならいっぱいいるでしょ。僕は廻くんの傍にいるよ」
好きな人の為に動く方が、きっと気持ち良いだろうから。複雑で繊細なラズワルドの心。猫の気持ち。
「暁月さま……膨らみ続けてきて、急に弾けてしまった、ような……」
眉を下げた『白ひつじ』メイメイ・ルー(p3p004460)は小さく言葉を零した。
きっと廻は、自分がどうなっても構わないと思っているのだろう。
ずっとそうして、拾ってくれた暁月に恩義を感じ尊敬して、彼の全てを受入れて来たのだ。
「でも、それでも……わたしは、嫌です。廻さまを、暁月さまを、燈堂の地を喪ってしまうのは」
メイメイは廻から抜かれてしまった本霊を戻したいと強く願う。
それには暁月の説得が必要不可欠だ。まずは、仲間が暁月を押さえている間に、メイメイ達は廻の元へ辿り着かねばならない。中庭にはびっしりと魑魅魍魎が跋扈している。
「行きましょう。廻さまの元へ」
たとえ、夜妖が目の前に来て、傷付いたとしても構わない。
震えるだけの弱い子羊だったメイメイが、自らの意思でこの戦場を突き進むのだ。
「シルキィさまたちも、護らないといけません、から」
「そうですね。廻さんの保護を最優先に。シルキィさん、愛無さんのサポートに回ります」
メイメイの耳に『守る者』ラクリマ・イース(p3p004247)の透き通る声が響く。
「二人が廻さんの元へ少しでも早くたどり着けるように――最前線を避け、迂回します」
少し遠回りになるだろうが、戦場の真ん中を走るよりは夜妖が少ない迂回路を往く方が結果的に早くたどり着けるだろうとラクリマは判断した。
「私が先導します」
抜刀した『suminA mynonA』観音打 至東(p3p008495)が一歩前に出て走り出す。
「要人護衛はお任せください」
廻の身辺は多くの仲間が集まるだろう。
ならば彼らが廻に専念できるようにその周りを至東は守ると決めた。
当然の事ながら、彼らもローレットのイレギュラーズ、気を付けては居るだろうが外で誰かが『見張り』をしてくれているという状況はきっと心強い。
「憂いなく、廻君に専念してくださいましネ。なすべきことをなし、なるべきようにならせましょう」
茶屋までの迂回路も夥しい数の夜妖が犇めいている。
近づく者に牙を剥く暗き夜妖。至東は先陣を駆け一閃。月光が刀身を走った。
返す刃で夜妖を裂き、身を翻した彼女の背後へ、ラクリマの歌声が矢となりて駆け抜ける。
「今のうちに!」
ラクリマはブルーグリーンの双眸をメイメイ達へ向け茶屋への足取りを促した。
『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は『決別を識る』恋屍・愛無(p3p007296)へと『御守り』を投げて寄越す。愛無は何事かと首を傾げ掌に収まった御守りと行人を交互に見つめた。
「恋屍、行ってこい。廻くんを助けに行くんだ、汚れるわけにはいかないだろう?
ケツは持ってやる――だから、廻くんを頼むぜ。怪生物!」
その御守りを廻に渡してくれと行人は口の端を上げる。
「ほら、行け!」
愛無達を先に走らせ、行人と至東は茶屋への敵襲をなるべく抑えるよう、ここで蹴散らすとアイコンタクトを送る。不意打ちを受けぬように気を張り巡らせる至東。
燈堂家という戦場において、怪異的な事象に備えるのは至極当然の理だろう。
それに、至東は一人ではない。広域俯瞰を持ち合わせた行人が的確にサポートしてくれる。
「そっちは問題無いか?」
「はい。私達でどうにもならない状況になるばらば、茶屋の皆さんのお助けを願えばいいですしね」
至東は中庭の剣檄に耳を傾ける。
――妖刀なんて云う物は有りません。
あるのは誰もが持つ家族の情と、誰もが起こすすれ違いと、誰もが隠す破壊衝動だと至東は眉を寄せた。
されど、実際に廻が苦しんでいるのだとしたら考えを改めなければならないのだろうか。
「……いずれにせよ、妖刀なんて云う物は、有ったところで誰も徳をしないものですね。殺傷能力のない手鞠とかにすればいいのに」
もし、暁月が握る妖刀無限廻廊を至東が手にする事が出来るのならば、何か分かる事があるだろうかと考えて廻の命というタイムリミットがあることを思い出す。一昼夜の間所持しなければならない至東のギフトは今夜という限られた時間の中では難しいものだった。
●
「……『それ』は良くない、と。以前、貴方に言ったと思います。暁月さん」
凍てついた銀の刃が『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)の手から咲き誇る。
「舞花……」
苦しげに表情を歪ませる暁月へ真正面から視線を交す舞花。
もう時間が無い――そう舞花が思った矢先に、暁月の精神は崩壊した。
兆しが無かった訳では無い。むしろ、要因は数え切れない程あっただろう。
されど、今すぐ崩れてしまう程とも思えなかった。
暁月はまだ、慈しみの心と笑顔を見せていたのだから。
崩壊する程の精神の歪み、それを隠していたことを見抜けなかったのだろうか。
悔しさが舞花の瞳に滲んだ。自分の節穴を呪いたくなるけれど……舞花はふと暁月の背後にある茶屋に視線を上げる。横たわる廻と見知らぬ女――深道の相談役である葛城春泥の姿があった。
この戦場において、異様な程冷静で安らいでいる春泥の姿に、底知れぬ恐ろしさを感じる舞花。
「白雪さん……ふわふわ尻尾、ありがとう」
『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)は友人である白猫を優しく撫でる。
「ねえ、もし君達が望むなら……暁月さんを助けるの、手伝ってほしい」
祝音は白雪と黒夢の双子のウォーカーに強い眼差しを向けた。
「僕は……行きます」
普段の穏やかな祝音とは違う気迫に白雪達は「手伝う」と頷く。
迷いは止まって、彼の内にあるのは暁月への怒りだ。
「暁月さんに言わないといけない事がある」
「にゃーお」
白雪は走り出す祝音を守るように夜妖へと爪を突き立てる。
「善良な夜妖なら倒したくないけど、でも必要なら……ごめんね!」
眩き光が戦場を照らし、怯んだ夜妖の隙間を縫って祝音は暁月へと視線を上げた。
「正直、私は貴方方の事情、心境などをすべて理解出来てません」
刀身に月明かりを背負い『介錯人』すずな(p3p005307)は暁月を真っ直ぐに見つめる。
報告書には目を通したし、燈堂家の人となりぐらいは把握しているつもりだとすずなは眉を寄せた。
「そんな上辺だけしか知らぬ者が何を、と思われるでしょう。それでも、貴方を否定させて頂きます」
どうして結論を急いでしまったのか、全てを背負い込んで自分一人で『解決』しようだなんて。
「……特異運命座標にも友人は居たでしょう!? 何の為の友人、仲間ですか! 一人では出せない答えも、あったかもしれないのに……!」
命を簡単に投げ出す決断なんて許されない。置いて行かれる悲しみ、決別の苦痛は誰しもが知っている痛みだというのに。
「暁月さん……どうしてこんなにも死ぬ気になっちゃうんですよ。なんでそうなる前に、皆に話してくれなかったんですよ」
唇を噛みしめた『航空猟兵』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は小さく息を吐いた。
誰にも話せないから、当主としての責任を持っているからこんな風に壊れてしまったのだ。
ならば、ブランシュは彼を止める他無い。こんなにも沢山の人が暁月を想っているのだから。
「ブランシュは暁月さんとは初めてお会いする事になるですよ。でも、これだけはわかります。皆、貴方を助けるために戦ってるんだって。だからブランシュも手伝います。世界と貴方の笑顔の為に!」
遠距離から解き放たれる特殊弾は、暗き戦場を星屑を纏い駆け抜ける。
「でも、今の貴方はきっと滅茶苦茶でわからないんだと思うですよ。だから分かるようになるまで、貴方を叩く。滅茶苦茶痛いですよ。覚悟して欲しいですよ」
暁月の頭上に瞬いたブランシュの弾道は鮮烈なる閃光を広げた。
「今のブランシュの一撃は、どんな時よりも強いから――!」
「……っ!」
苦しげに歪んだ暁月の顔。眉を寄せて剣の柄を握り締める。
「暁月……。なんて面してやがる……」
髪を掻き上げた『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)は心に棘を抱える暁月の表情に、焦れったい思いを抱える。自分はこの男に何をしてやれるだろう。言葉は届くのだろうか。
「らしくねぇじゃねぇか……」
元々、『あの時』に失ったはずの命なのだ。ここで友の為に賭けねばいつ燃やすのだと天川は陽月の双刀を抜き暁月へと対峙する。
「天川、私は……」
暁月の口から紡がれる言葉は無かったけれど、天川には「どうしたらよかったのか」と迷う想いが伝わってきた。何処か歪で。何かがおかしいと、天川は眉を寄せる。
「大切な者を失った時、救いを求めて腕を伸ばすことさえできません。互いに寄りかかっていた片方が無くなったら倒れるものです」
祈るように言葉を紡ぐ繁茂は金色の瞳を僅か伏せた。
なんとか支え合っていたものが限界を迎え崩れ落ちた、そんな暁月へといくら手を伸ばしても握り返してはくれないと、痛みを分かち合う事さえ許せないのだろうと繁茂は拳を握る。
「ですがこの身朽ち果てても伝えたい事があります。誰よりも強く誰よりも優しく抱きしめてくれた人の事を忘れないでほしい」
「……」
繁茂の言葉に暁月が思い描くのは恋人の詩織の顔。
「その思い人はもうあなたの中にしかいません、なのに最期だけ思い出すのは悲しいじゃないですか。そしてあなたの隣には思い人以外にもあなたを大切に、愛している人たちがいることも」
忘れないでほしいと繁茂は暁月に言葉を投げる。
「……暁月様。少々ご無礼致します」
死臭を放つ『桜舞の暉盾』星穹(p3p008330)が暁月の眼前へと身を翻した。
「其れが当主ですか。其の程度が『燈堂』を背負った者の刃ですか――温い!!」
火花を散らし剣檄の音が戦場を包む。
星穹の肩口に暁月の妖刀が走るのを『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が直剣で弾いた。
「暁月殿」
ヴェルグリーズは銀の双眸を暁月へと向け、剣尖をその胴へと繰り出す。
何時か酒を飲み交わした時のように穏やかな時を、再び過ごせる事をヴェルグリーズは信じている。
「決して死なせない、失わせない、必ず取り戻してみせる……!」
ヴェルグリーズの言葉に星穹は唇を噛みしめた。
「どうして貴方は、周りの燈火足り得る筈の友を信じてはくれないのですか。貴方は独りじゃない。どうして独りで抱えて、悩んで、助けてと伝えてはくれないのですか!」
「助けて……か」
其れを伝う事ができたなら、何かが変わったのだろうかと暁月は視線を落す。呪いに侵食された暁月の心は黒く染まり、外からの言葉を拒絶するのだろう。けれど星穹は想いを叩きつける。
「貴方の命だって、心だって、何一つ此処に失われて良いものは無いのに! どうして此の地を、家族を守ってきた貴方が其れを解ってはくれないのですか!」
星穹の叫びが燈堂の中庭に木霊して、悲しげに儚く霧散した。
――――
――
葛城春泥は茶屋の縁側に横たわる燈堂廻の頭を撫でる。
「ふむ、苦しそうだね……獏馬が命を繋いでるとはいえ急に妖刀を抜かれたからね、無理も無い。あれは君の命そのものだったからね。記憶の方は誰かに渡したのかな?」
「はっ……、はっ……」
苦しげに息を吐く事しか出来ない廻は朦朧とする意識の中で春泥の声を追った。
「実はさ、初めて会った時、君にプレゼントをあげたんだよ」
呪いという名の贈り物。神の寵愛を受ける容れ物(めぐり)を穢れた『泥の器』にする呪い。
「ほら、君ってば暁月が居ないと生きていけないだろう? 依存っていうの? 困るんだよね、あの子は深道三家を支える大切な男なんだから。妖刀の本霊もちゃんと暁月が持ってないと、封印が綻びてしまう。それだと佐智子達が不安がるんだよね。不安は不穏を呼び不可逆的な厄災を招く。だから、もう君には本霊を戻せなくしたんだ。穢れた泥の器となった君はもう……おっと、お仲間が来たみたいだ」
熟々と一人で語っていた春泥は、愛無達の姿に顔を上げた。
「お姉さん誰にゃ? ここは危ないにゃ、燈堂の人にゃ?」
ちぐさは勇気を振り絞って春泥へと話しかける。この位置からでは、廻を人質に取られる可能性があるから慎重に言葉を選ぶちぐさ。彼女はちぐさが死んでしまう夢に出て来た人物だ。信用は出来ない。
本当は廻自身に話して欲しかった燈堂のこと。彼の口から語ってくれるまで知らないフリをして、ちぐさはただの廻の友達として振る舞うのだ。
「はじめまして。僕は葛城春泥。暁月のお家の先生だよ。君は誰かな?」
「お姉さん、先生なのにゃ!? 僕は廻の友達で廻はもちろん、お兄さんの暁月や龍成を助けたいのにゃ。お姉さんが先生なら暁月をやめさせてにゃ! 暁月があんなに苦しんでるの、平気なのにゃ!?」
ちぐさは春泥に近づき、廻との間に割って入る。
「暁月が苦しんでいるのは、まあ自業自得かな。あの子は何でも抱えすぎて頼る事をしないからね。ちょっとキツいお灸を据えたんだ。佐智子を不安にさせちゃダメってね」
「そっか。暁月先生が。大変なことになっちゃったね」
眉を下げる『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は、自身が万年桜で精神崩壊を起こしそうになったのを救ってくれた事を思い出す。
「まぁ、今度は会長が……なんて言うつもりは無いけど」
その役目は自分よりも他の人が適任だろう。いつも通りに彼らを支える。それが『会長』の在り方だ。
「とりあえずは廻くんだね。一番危ない感じだ」
茄子子は茶屋の縁側に横たわる廻の肩を揺する。
「ほら、意識を強く持って。何でもいいから喋ってると気が紛れるよ」
「は……っ、な、すこさ……?」
「そうだよ。会長だよ。シルキィくんも愛無くんも居るよ」
茄子子は医療的に見て春泥がおかしな事をしていないかよく観察する。
怪我などの外傷は無いが、廻の身体に起った異変に茄子子は感づいた。
廻の体内へ溢れ出す穢れの気配。どろりと絡みつく毒気の強いそれ。
「ふうん……お上手ですね。春泥さん、でしたっけ?」
茄子子が警戒心を露わにするのを、肩をすくめ廻から離れる春泥。
「ふふ、そんなに睨まなくても……ちょっとしたプレゼントをあげただけだよ。まあ、君達イレギュラーズが居れば何とかなるんじゃない?」
春泥の言葉に愛無は牙を剥き出しにじっと彼女を睨み付ける。
妙な匂いがするのだ。懐かしいような、不快な匂い。奇妙な感覚を覚える愛無。
――なんだ? 僕は、この女が怖いのか?
今まで恐怖というものを殆ど感じた事が無い愛無にとって、目の前の春泥はそこはかとない畏怖にもにた感覚がある。それなのに、懐かしさを覚えるなんて鼻がおかしくなってしまったのだろうか。
否と、愛無は首を振った。余計な事を考えて居る場合では無い。
今は廻へと生命力を送るのが先決。
愛無は『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)を春泥の視線からす隠すように抱き上げ廻へと一気に跳躍した。
シルキィは愛無と共に廻へと駆け寄り、彼の額に手を当てる。
――わたしは廻君の記憶を見てしまった。
シルキィだけが知っている廻の過去。言葉に紡ぐ事すら憚られる記憶。
だからこそ廻にはもっと生きていてほしいと願わずにはいられない。
リスクや犠牲を伴う方法を避けて、暁月を説得し廻に本霊を戻す事ができれば。
「しるき……さん? ぁ、いなさ……」
「廻君、大丈夫だよ! みんな居るからね」
シルキィは廻の頭を膝の上に乗せて深呼吸をする。
その様子を見つめた愛無は、廻が自分を守りたいと願っているのに、まだ早いと苦笑した。
「廻君もシルキィ君も。他にも色々な思い出が出来た。どれも大切な思い出だ。ゆえに僕は守りたいと思うモノを守る。それだけだ。それが変わらない、変えられない生き方だから」
分かたれた獏馬。しゅうとあまねを通じて、愛無は廻へと膨大な生命力を分け与える。
「より状況は差し迫っている。廻君は大抵死にかけてるが、今回は『核』が抜かれたようなモノだ。出し惜しみをしてる余裕もない。限界まで生命譲渡を行う」
「愛無ちゃん、私も手伝うよ。愛無ちゃんみたいに粘液が出せないから、体の張りどころだねぇ」
「うむ。シルキィ君は『繋ぐ者』だ。君に託す事が僕の務め。さあ、廻君、僕の命を受け取り給えよ」
糸で指を傷つけたシルキィ。今までよりも深く大きく。指先に走る痛みはあれど、大切な人の苦しみはこんなものではない。
「だからせめて、わたしの血を、命をあげる」
滴る赤き恵みを廻の口へと運ぶシルキィ。溢れぬように愛無が黒い触指で掬いながら共に舌先へ乗せる。
紡がれる命の灯火。失いたくないという想いが、廻の命を繋ぐ糸となるのだ。
「どこまでも神様って意地悪だよな。ほんと、大嫌いだよ」
不機嫌そうな表情を浮かべた『スカーレットの闇纏い』眞田(p3p008414)は廻の傍に歩み寄り、顔色の悪い頬に触れた。現実でなければ、夢だったらどんなによかったか。今回はそんな暇すら許されない。
「廻君、廻君」
「ぁ……まだ、さ」
辛うじて動くようになった指先が眞田の声がする方へ伸ばされる。彼が名前を呼んでくれているからと。
その手を掴んだ眞田は縁側に寝ている廻へ視線を合わせるように腰を落した。
「……君はどこまでもお人好しだよ。君がこうなる理由はひとつもないのに。何でそこまで他人の為に生きるんだよ……そこが君の長所か」
返事の代わりに掴んだ手に力が入る。その指先に懇願するように額を押しつける眞田。
「な、廻君さ。俺のお願いも聞いてくれないかな。俺は君に生きていて欲しいんだ。君を必要とする人は沢山いる『君自身』が少しでも生きたいと思っているのなら、どうかそれを諦めないで欲しい」
願いを込めた青翼を廻の掌に握らせて。眞田は祈りを込める。この翼が君の力になるように、と。
「そうにゃ! 廻……元気になったら僕や暁月とお酒飲むにゃ! だから……頑張って」
ちぐさも同じように廻の手をぎゅっと握る。
震える廻の吐息が眞田とちぐさの耳に届いた。賢明にその命を繋ごうと抗っているのだ。
「廻さん! しっかりしてください! 廻さん!」
「っ、……はっぁ、……はっ」
ラクリマの凜とした通る声が廻の耳に聞こえてくる。見た目は儚く美しいのに、この親友は意外と押しが強くて強情な所があるのだ。返事をしなければ、後で怒られてしまうかもしれないと廻は薄らと瞼を上げた。
「い、ます……」
「そうですよ。その調子で意識を保っててくださいよ! 寝ちゃだめですからね!」
彼が励ましてくれる声に涙が出そうになる。彼が想う以上に、ラクリマの声は廻を死の淵から引き摺って思いとどまらせるだけの力があるのだ。
たとえラクリマが特別な力は無いと思っていたとしても廻にとっては大切な人の声だから。
ラクリマは近づいて来る夜妖の気配に身を翻す。
廻を助ける為にはシルキィと愛無、二人の力が必要だ。だから彼らが廻の命を繋ぐというのなら、それを身を挺して守り抜くのが『守る者』としてのラクリマの使命。
「絶対に邪魔はさせない、邪魔する者は誰であろうと容赦はしません!」
行人はラクリマと至東に目配せして、近づいて来た夜妖へと切り込む。
――思えば、少しだけの縁だったなぁ。廻くんとは。
一番最初に出会ったのは、夜妖を討伐した後始末だっただろうか。あの頃はお互い何も知らず、堅い雰囲気を纏った頼れる少年だと思って居たけれど。
初めて話したのはブラウンライトに照らされたお洒落なバーだった。それからは希望ヶ浜でも時々見かけるようになり。交流が進んで行くにつれて廻は柔らかく笑うようになった。
そして、いつしか儚く消えてしまいそうな雰囲気を纏い。
久しぶりに見た廻は今にも死んでしまいそうになっている。
「だが、しかし。君に死んで貰いたくなくて必死になってる連中が、いる。君が死出の旅路を歩むことを良しとしない俺たちが、ここにいる」
行人は茶屋を背に夜妖へと刀を走らせた。
「組紐を廻らせ、思い紡ぎ。――君の無事を祈る」
そして、また他愛無いことでのんびりしよう。みんな一緒に、と行人は双眸を上げた。
●
中庭に響く剣檄と砂利を踏む音。闇夜につばぜり合いの火花が散るのを『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)の瞳が捉える。
「――暁月さん、色んなモノを一人で抱えすぎて耐えられなくなっちゃったんだね」
遠くに見える暁月の表情までは読み取れないけれど、その心は少なからず伝わってきた。
「私達を頼ろうとして、頼り切れなくて、雁字搦めになって。だからこそ助けてみせるよ。誰かを犠牲にする結末だけはやっぱり間違ってると思うから。――絶対に」
花丸は赤みを帯びた紫の瞳を暁月を守るように布陣する燈堂門下生へと向ける。
「その為にも先ずは皆を止めないと。暁月さんを止めるのは私達だけじゃなくって、ここに居る皆の力も必要な筈だから」
花丸は一瞬後を振り返る。其処には『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)や『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の姿があった。
「数は多い……けど、私達の連携だって負けてないもんね。行くよ、皆っ!」
「ああ!」
「任せてよ!」
花丸が先陣を切り、地面を蹴りつけて門下生へと駆け抜ける。
倒す為ではなく。共に手を取り合うために。
ブレンダは剣を上段に掲げ、門下生――湖潤・狸尾へと刃を向ける。
彼女は一度BAR『luna piena』で会った事がある。まさかこうして剣を交える事になるとは思ってもみなかった。彼女は確か掃除屋で戦闘には不向きのはず。
それでも戦場に出てくるという事は譲れない戦いであるのだ。
ブレンダ達にとって現状考えうる限り最悪の事態になってしまった。
しかし、これが暁月にとってはベターな選択だったのだろう。以前のブレンダであれば同じことをしていたかもしれないと小さく息を吐く。
――自分の命を使えば状況が改善出来るのであれば安いもの、だと。
「だがな? それを良しとしない者も大勢いるのだ。目指してみようじゃないか。完全無欠のハッピーエンドというやつを。なあ、狸尾殿もそう思うだろう?」
「……そうですね。ローレットの皆さんと敵対するのは嫌です。暁月さんが死ぬのも、廻さんが死ぬのも」
狸尾には迷いがあるのだとブレンダは直感的に見抜く。
「ああ、私だってそうだ。だから、こうして君達を迎えにきた!」
この剣は殺すためじゃない。共に往くためなのだと、ブレンダは狸尾に叫んだ。
「命令に従うのは大いに結構! 流石の忠誠心だ! だが、私たちは暁月殿を殺しに来たのではなく救いに来た! 僅かにでも同じ志を持つのであれば剣を納め共に行こう! 彼を止めるために!」
ブレンダの言葉に狸尾は箒の柄をぎゅっと握り締める。
戦うのではなく止めるために彼らは来てくれたのだ。その事実に溢れる感情が涙となって押し寄せた。
モスグリーンのローブを少し上げて『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)は門下生を見遣る。
――全く…鉄心相手の弟子に魔導がばんばん撃てるかなぁって来たのに……良く聞いてみれば殴り合う前に色々出来る余地がある話じゃないっ!
誰しもがこの燈堂の当主たる暁月に死んで欲しくないと願っている。ならばやることは決まっていた。
「暁月本人の考えなんて無視よ無視! 自分の欲望が一番大事に決まってるじゃない!」
焦れったいのだというようにきゐこは杖を握り締めた。
門下生と話しをするにもまずは、聞く耳を持って貰わねばならない。
殺気だっている状況では言葉を受け取ってくれるかも怪しい。
「だから、気を使って不殺持って来たんだしどかどか撃っても死にゃぁしないわね!」
戦場を照らす閃光は門下生の命を奪うものではない。だが、痛みはしっかりとあるタイプだ。
「あなたたちは、なにをしているんッスか」
凜と澄んだ『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)の声が戦場に響き渡る。
「暁月さんが大変なことになっているのに、こんなところでなにをしているんッスか!」
鹿ノ子の言葉は対峙する剣崎・双葉の心を大きく揺さぶった。
詳しい事情は鹿ノ子には分からない。けれど、この戦いが何の意味も無い事ぐらい理解できる。
「だって、暁月さんの命令は絶対で……」
「絶対だと思うなら何でそこで言葉を迷うんッスか!? 本当は助けたいって思ってるんッスよね!? 彼を助けたい、死んでほしくないという気持ちがあるなら、いますぐ武器を捨ててくださいッス!」
白く透き通る刀身の太刀を翻し、鹿ノ子は『本気』で双葉へと斬り掛かる。この言葉は嘘偽りの無い本心で真正面から向き合うものなのだと刀に乗せるため。
「本当に大切だと思うなら……踏み込んででも、たとえ嫌われてでも! 一緒に悩んであげるべきじゃなかったんッスか!」
彼女らにとって暁月は親代わりである。だから、どこか信じていた。
壊れる訳がない、死ぬ訳がない。親はずっと導いてくれるものなのだと慢心(あんしん)していた。
「たったひとりで抱え込んだからあんなことに……! そう、ひとりで抱えてしまったから……! だから! 今度は! ひとりで抱えなければいいんッスよ!」
「でも……私なんかが、暁月さんの悩みを聞けるのかな。支えてあげられるのかな」
本当は頼って欲しかった。悩みたかった。家族なのだから。それをしなかった暁月に、自分達は必要ないと突き放されるのが怖かったのかもしれないと双葉は鹿ノ子を見つめる。
だから暁月を守ることで、『必要』になりたかった。
「”でも”とか”だって”とか! そういうのはいらないんだ! そういうのは、やれることを全部やりつくして、本当にどうしようもなくなってから言ってください!」
双葉はだらりと剣を地面に降ろす。鹿ノ子の言葉は双葉の心に強く突き刺さった。
「やれること……」
「選んでください。僕たちを信じて一縷の望みに掛けるか、それとも、彼の命令に最後まで従うか」
「私は……家族を手放したくない。皆が笑って、ご飯が美味しくて、安心して眠れる場所を」
鹿ノ子は双葉の肩を抱きしめ、「一緒に行くッスよ」と頬を緩ませた。
「アーリアせんせ、僕はさ、最近まで大人って皆強いんだと思ってたんだ」
「強い?」
定の言葉に『導く者』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は首を傾げる。
「先生って職業なんて最たるものだろう? 毎日遅くまで働いて、自分に与えられた役目のレールから外れずにひた走って、辛い顔なんてせずに毎朝おはようって大きな声であいさつして」
頼もしく寄りかかる事ができる大人。何でも出来て当たり前だと幻想を抱いていた。
「でもそれって、辛くないワケじゃないんだね。それに気付かせてくれたのが、アーリアせんせと燈堂先生だ――そうさ、先生だって人なんだ」
酒を飲んでべろべろに酔ったり、背負いすぎて壊れてしまったり。優しくて繊細で楽しい事も辛い事も、自分と同じように経験して歩いている、同じ人。
「……本当に、馬鹿よね」
アーリアは定の言葉に戦場の奥で剣を振るう暁月を見つめる。
「全員助ける。私、我儘な女だから」
此処で出会った皆がいたから生まれたこの技を、皆に使う事になるなんてと、アーリアは切なげに緑の双眸を落した。燈想糸繰――糸を紡ぎ縁を結び、想いを燃やせとアーリアは戦場に繰り出す。
「あの子達にも言いたいことがあるからね」
定は花丸と共に門下生――湖潤・仁巳、煌星 夜空の前に立ち塞がった。
「君たちは少し前の僕と一緒だ」
「どういう事よ?」
仁巳は銀の双眸で定を睨み付ける。
「自分が相手を支える様なつもりで行動する。けどそれって、ホントに支えてるのかい。それは信頼と言えるのかい? 僕の場合は違った。さもその人に寄り添う様な事を言って、ホントは自分が安心したいだけだったんだよ」
定の言葉に仁巳は目を瞠った。
暁月が恋人の朝倉詩織を殺した時に、仁巳は人質としてその場に居た。
もし、自分に抜け出せる程の力があれば結果は変わっていただろうかと何度も自分を責めた。
それが何時しか、詩織の代わりに自分が暁月を支えるという執着に変わっていたと気付いたのは最近だ。
「僕が彼女の手を取ったつもりで、いつも彼女に手を取って貰っていたんだ」
定は掌に感じる彼女の温もりに思い馳せる。色鮮やかな思い出の色彩の中で、彼女は緩く笑っていた。
その笑顔を傍で見ていたいと、守りたいと、願うその心を、包み込む大きな温かさに定は気付かされた。
「君たちだってそうじゃないのか? 燈堂先生に手を取って貰ったから此処にいるんだろう。何時までそうやって導いて貰う心算なんだい」
この燈堂に居る子供達は皆、暁月に拾われた。絶望の淵で見た希望の光だった。
もう手放したくないと夜空は指をぎゅっと握る。
「皆だって本当は暁月さんの選択が間違ってるって思ってるんじゃないの!?」
花丸は夜空達には迷いがあると感じていた。このままでは間違った道へ進んでしまう。
「私は嫌だよっ! 暁月さんが、誰かが犠牲になってしまう選択なんてっ!」
「そうだ。こんな時にまで燈堂先生に拠りかかっているのなら、死んで欲しくないなんて言うなよ!!」
戦場に花丸と定の声が響き渡った。痛みを伴った言葉に夜空と仁巳がお互いの手をぎゅっと握る。
「……私達も怖い、怖いんだよぉ! 誰も死んで欲しくない!」
「でも、どうしたら良いのよ!? うぅ……、暁月さん……、やだよ……、死なないでよっ」
親代わりの暁月が壊れてしまった、廻が死にかけている、地獄だった人生において安寧の場所が崩れようとしているその事実に足が震えてしまう。逃げ出したい。でも、其れだけは出来ない。暁月を裏切る事は出来ないと仁巳たち門下生はこの場に立っているのだろう。
定は強い意思を持った眼差しで、彼女達に手を差し出す。
「――だったら! まだ遅くないんだ。行こうぜ、恩返しってヤツに!!」
『薄紫色の栞』を胸に抱いたすみれ(p3p009752)は門下生の中に周藤夜見の姿を見つける。
意に反する使命を負って門下生とイレギュラーズは対峙していた。
厄災を斬りに来た周藤日向が、交流する中で廻を大切に思うようになった、その成長にすみれは心を打たれたのだ。日向の小さな肩を抱き良く頑張ったと小さく零したすみれ。
「彼処に立つ夜見様も本心は異なるはず。側で過ごした日向様なら尚更わかるかと」
「……うん」
「ですから、苦しむ夜見様に寄り添ってください。夕夏様を救った時のように。あなたには心を照らす才があります。刃でなく言葉で相手と向き合ってみてくださいな」
こくりと頷いた日向は夜見へと駆け出す。戦場を『刀を抜かず』、縫うように走った。
「……夜見兄さん!」
「日向、刀も抜かんと戦場に立つな!」
管狐を足がかりに飛び上がった日向は夜見の頭へと掴みかかる。反動で転びそうになる重心を、日向を支える事でなんとか持ち直した夜見。足下に支えを失った薙刀が転がった。
「僕は! 僕は、ワガママだから! 暁月兄さんに死んで欲しくないし、すみれたちと家族にも戦って欲しくないんだよ! 分かってるんでしょ! ここで戦ってても意味無いって!!」
大粒の涙をぼろぼろと零しながら、夜見の頭に抱きつく日向。
許容量を超えた感情が涙となって溢れるのだろう。
「このままじゃ暁月さんが死んでしまうわよ」
アーリアは真っ直ぐに夜見を見つめ言葉を放つ。
「朝比奈ちゃんだって夜見くんだって、仁巳ちゃんや夜空ちゃん狸尾さん双葉ちゃん……ここにいる皆、全員が本当は失いたくないんでしょう!? 暁月さんが皆を照らしてくれたなら、今度は貴方達が照らす番よ。まだ間に合う、だから手を貸しなさい!!」
戦場に響くアーリアの声。寄せては返す波打ち際の白泡のように、夜見の心を攫って行く。
「本当に、男の人って馬鹿よね。実際に暁月さんと話をしてみて、あの人がどういう人か良く分かったわ」
すぐにでも暁月をぶん殴ってやりたい所だがと『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は拳を握った。
「……その前に話をしなきゃいけない人が居るみたいね」
リアはサファイヤの双眸を暁月の実妹、深道朝比奈へと向ける。自身の武器を地面に突き立てたリアは丸腰のまま朝比奈の前に立った。此方からは攻撃を仕掛けない。その意思に朝比奈の攻撃の手が鈍る。
「何で攻撃してこないのよ! やりにくいじゃない!」
「あたし、これでも頑丈だし、根比べだったら暁月さんなんかよりもよっぽど強いから……ねえ、朝日奈」
「……」
リアは朝日奈から目を逸らさず、真っ直ぐに彼女の名を呼んだ。継ぐ言葉を、叱られる事を覚悟の上で朝日奈はこの場に立っているというのに、リアの瞳はその意思を揺るがす色を孕んでいる。
「朝比奈! アンタ、暁月さんを助けたいんじゃなかったの!? だと言うのに、こんな所で無駄に戦っている事が本当にあの人の助けになるって思っているの!? だったらアンタは大馬鹿者よ!」
戦場に木霊するリアの声。本当に助けたいのなら自分の頭で考えなければならないのだと説けば、悔しげに唇を噛みしめる朝比奈。
「分からない訳じゃ無いでしょ? だったら、あたし達を頼りなさい! 暁月さんも、廻も、アンタ達一門もあたし達が救ってみせるから! あたし達には、それを実現する意思も覚悟もあるわ」
「ローレットのイレギュラーズは、ほんまお人好しなんよね。おかしなって廻を刺したうちを許して、あまつさえ一緒にご飯食べたりすんねんよ朝比奈」
リアの隣に立ったのは、暁月達の従姉妹深道夕夏だ。
仲の悪い夕夏にまで諭され朝比奈は大きく息を吐いた。
「朝比奈、貴女の力を貸して」
手を差し出したリアの手を、朝日奈はじっと見つめ、ぎゅっと握り締める。
「黒曜だっけ? 何か呪符で操られてるんだっけ?」
きゐこは黒曜に視線を上げた。苦しげな瞳、剥き出しの犬歯。彼は暁月に呪符で従わされている。
イレギュラーズ達と戦いたくないのは事実だが、呪符がそれを許してくれないのだ。
「情けないわね! 自力でレジストしなさいよっ!」
「うるせぇ! やれるもんならやってる!」
暁月の部下である三妖のうち、元々怪異である白銀と牡丹が本気で抗えば暁月の呪縛に抗う事は出来るだろう。実際、牡丹は服従の印をはね除けイレギュラーズと行動を共にしていた。
されど、人間で狼憑きの黒曜にはそれだけの強さは無い。
己の不甲斐なさに自責の念を抱いてるのは黒曜自身だろう。
「兎も角……」
きゐこは息を吸い込んで、黒曜へと走り込む。
鋭い爪がきゐこのローブを裂き、黒曜の視界が緑色に覆われた。
瞬間、黒曜は額に衝撃を受けて反射的に目を瞑る。
「痛ってぇ!?」
目を見開いてきゐこの姿を捉えようとした黒曜の瞳にフードの隙間から覗く紫眼が見えた。
「命ず、汝の思うままに事を成せっ!」
きゐこの言葉に、黒曜は服従の印を掻きむしる。
「本当はこんなもの無くても……良かったんだ」
黒曜もまた暁月に拾われたうちの一人だ。親のような存在をどうして裏切る事が出来るだろう。
杖を構えたきゐこは、黒曜と戦わねばならないのだと身構えた。
されど、伸ばされた狼爪はきゐこの頭を撫で、その瞳は緩やかに細められる。
「ありがとな、きゐこだったか。目が覚めたぜ……俺は暁月を止める。命令だろうと、アイツが死んじゃあ意味がねえんだ。この服従の印を使ったのも、こいつのせいだからっていう、暁月の優しさなんだよ。アイツはそういう奴なんだよ。何でも自分で抱え込んでさ。本当に腹立つよな。何の為に俺達が居んだよ!」
「ええ、そうよ! 一緒に行くわよ!」
きゐこの言葉に黒曜は頷く。
「信仰を分ける事によって、何かが変わるかもしれないんッス……」
「まぁ簡単に言えば分霊を使って都合よく無限回廊を書き換えましょうって話だわ」
鹿ノ子ときゐこは門下生に、自分達が成そうとしている事を伝う。
「いいじゃない! 言霊を重ねて術式を別の物に変化させる。私好みかつ得意な奴だわ! とはいえ信仰のエネルギーとして人数が沢山居た方が当然成功率は高くなる。併せて無限回廊含む燈堂一門の術は貴方達門下生の方が詳しいわよね?」
きゐこの言葉に仁巳達は眉を寄せた。封呪無限廻廊が本邸に在る事は知っているけれど、それを実際に見た事があるのは黒曜ぐらいのもの。イレギュラーズの方が詳しいだろう。
「俺達は暁月を助けてやりたい、その為には力が必要だ」
『竜撃の』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は芯の通った声で夜空達へ青き双眸を向けた。それは彼女達の不安な気持ちを落ち着かせる優しく包容力のある響きで。
「此処に今、”君達だけではなく俺達が居る“。ならば、皆で助けに行かないか? 彼を」
ベネディクトの声が門下生の心に深く染み渡り奮わせる。
「そう。協力するのだわ! 貴方達の思いと知恵を寄越しなさい! 私も思いと知恵を貸してあげるわ! 皆で気に喰わない結末を私達の望む形に書き換えるわよ!!!!」
マントを翻し、先んじたベネディクトは背中越しに黒曜達へ言葉を投げる。
「動けない者は此処で休んでいろ。動けるようになれば追って来い、来るなとは言わん」
「分かった。行くわ!」
「自分達の居場所を、家族を、守るのは私達だから」
今日のこの夜、この場にいる者に――『行かない』という選択肢はありはしないのだ。
●
中庭を走る『刃魔』澄原 龍成(p3n000215)は体内から化け物が出てくるのではないかという恐怖に歯を噛みしめていた。黒き呪いは彼の中で暴れ回り、四肢の自由を奪っているのだ。
「ホント、よく巻き込まれるんだから!」
廻や暁月の事も心配だが、まずは龍成を助けなければと『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は彼の行く手を阻むように手を広げる。
「サクラ……、逃げろ。身体が言う事をきかねぇんだ」
姉貴分であるサクラに向けて容赦無くナイフを振りかざす龍成の腕。
「心配しないで、龍成くん。貴方には誰も傷つけさせない」
「やめろ……!」
目を見開いてサクラから逃げようとする龍成。
その腕を掴んだ彼女は顔を近づけてウィンクをしてみせる。
「舐めないでよね。私も強くなったんだから。ちょっとはお姉さんを信用してよね」
何だかんだ龍成という男は優しくて。自分が死なないのも勿論だけれど、誰かを傷つけるのも嫌がるだろうから。以前戦った時は、押されてしまったけれど。今は心も体も強くなったから。
「さぁおいで! 全部受け止めて上げる!」
弟分が困ってる時ぐらいは、胸を貸してあげるから。サクラは頬を緩め龍成を見つめた。
その龍成を追いかけて来た『紫香に包まれて』ボディ・ダクレ(p3p008384)は、ようやく彼が止まってくれた事に安堵する。
今まで稼働して、少しは理解したことがある。
――人が死ぬと、悲しい。取り分け、愛着があるのなら尚更だ。
夢に描いた桜を見上げる少年の姿は初めて『機械』に痛みを与えた。そこから、幾度痛みをエラーを重ね、救えた事を噛みしめたのだろう。
「私は、為したいことを為す」
だから、龍成と真正面から向き合ってやる。自分から逃げるなんて許されない。
「ボディ……逃げろよ」
「逃げませんよ、私は。辛そうな顔をされて、誰がそのままにしますか」
龍成のナイフを弾き、懐へと入り込むボディ。
月の面影に刃を乗せて。切り裂かれた龍成の赤き血を浴びる。
ボディの白い頬を龍成の血が滴り落ちて、胸元にとろりと流れた。
龍成は苦しげな表情を浮かべ、ボディの背に刃を突き立てる。
「……っ、嫌だ」
誰かが自分の目の前で死んでしまうのは嫌なのだと、龍成は慟哭を言葉にした。
「龍成しっかりしろ! よく見ろ! ボディはそんぐらいじゃ、死なねぇンだよ!」
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の声に息を吸い込んだ龍成は目の前のボディが何時もと変わらない無表情で刀を振り回すのを見遣る。
「そうです。私はこれぐらいでは死にませんよ。龍成」
この戦場において、身体的な攻撃の応酬も然る事ながら。一番厄介なのが龍成の心が折れてしまうことだとレイチェルは直感的に見抜いた。
大切な人を傷つけてしまう、殺してしまうその恐怖は何よりも恐れる事だろう。
「可愛い弟分の危機に駆けつけねぇ姉貴分はいねぇンだよ。……俺達が何とかするから。折れるンじゃねぇぞ龍成。もう少しの辛抱だ」
レイチェルは彼の傷の具合を的確に判断する。まだ多少の傷がある程度で命の危機には至っていない。
「大丈夫、任せとけ」
務めていつも通りに。姉貴分たる余裕を持って。レイチェルは龍成に声をかけ続ける。
カイトはバイザーの奥から戦場を見渡した。
この戦場において、カイトは己を『部外者』であると定義している。
当事者意識というものは、想いを募らせ類い稀なる力を引き出す要因となりうるだろう。
されど、時として自分の足下や背後が見えなくなってしまう事も起こりえるのだ。
だからカイトは務めて冷静に、俯瞰した視点でこの戦場を『見守って』いた。
「ぶっちゃけ呪いも蝕も全部削ぎ落として『封じる事に特化』させるのかなり手間かかるんだぜ? その分主演の皆々様方にはきっちり『良い結果』は掴んで頂くけどな」
なるべく助ける為の尽力なのだとカイトは口角を上げる。
「殴りたくないし殴らせたくない上に『戦いたくない』ってのはお互い様だろ」
カイトの双眸は龍成と対峙するボディやサクラ達を追いかける。
「俺はあくまで外様で裏方。たまたま深く今回は踏み込んでるだけ……こんな心配性な外様で裏方がいてたまるかと思われるだろうがな! 仕方ねぇだろ!」
為すべき事をする為に生まれて来たカイトが、その情動を意のままに発露出来る様になったのは何時の頃だっただろうか。龍成やボディを見ているとその頃の拙い感情を思い出して心配になるのだ。
「……にしたって今回は」
カイトは戦場の奥、茶屋の傍に佇んでいる春泥を見遣る。
「気になるねぇ……詳しく知らねぇから監視以上が出来ないのが辛いとこだが。怪しすぎるだろう?」
「龍成氏……多分、こうなったのは僕のせいなんだよね」
唇を噛みしめた『陽の宝物』星影 昼顔(p3p009259)は戦場で苦しげに戦う龍成を見つめた。
彼女の姉を悲しませたくない、絆を途切れさせたくない様々な理由はあれど、今はそれよりも。
「僕はもう二度と友達を失いたくないんだよ……ッ!」
龍成の耳に届く昼顔の言葉。彼の瞳が謝罪を述べるみたいに揺れる。されど、それは違うのだと昼顔は首を横に振った。自分が友人を救いたいから。自分が救われたいから手を伸ばす。
この身が夜妖の攻撃に傷付こうとも構わない。
「龍成氏は皆を傷つけるのが苦しいんだろう。君の強さならよく知ってる。だけど舐めないでよ」
昼顔は同じ戦場に立つ『春の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)へ視線を送る。
大丈夫だと言うようにイーハトーヴは大きく頷いた。
大切な人達を、龍成の心に反して、彼自身の手で傷付けさせる。なんて悪趣味な呪いなのだろうと、イーハトーヴは眉を寄せた。呪いを施した目的は龍成の心を傷つける事だろうか。
「海、キャンプ、カラオケ。龍成としゅうと一緒に遊びにいくって約束したんだ」
だから、絶対に助けるのだとイーハトーヴは大きく深呼吸をする。
「君がどれだけ攻めようが、それ以上に回復させ誰ひとり倒れさせない。僕も今回倒れるつもりはない。逆に言うよ。君が本気出さないと、僕から倒さないと、誰一人倒せないよ? だから遠慮なくて大丈夫! すぐ助けるから。今度は僕が傷ついても尚、君に手を伸ばす番だ!」
龍成を安心させる為に、最後まで戦場に立ち続ける。それが昼顔の役目。
「最後まで笑って立っててやるから。安心しなよ。龍成氏!」
「そうだよ。一緒に遊びに行くんだから!」
倒れない。倒させない。昼顔とイーハトーヴが勇気を声に変えて、龍成に届けと叫んだ。
――俺が救う。……俺が
刀の鞘を強く握り締めた『救う者』浅蔵 竜真(p3p008541)は仄暗く、されど強い意思を胸に抱く。
「厄介な呪いを植え付けられたか……なんにしろこのまま放っておくわけがない」
葛城春泥が龍成に施した黒き呪いは自分の意思に反して仲間を攻撃するもの。
「仕上げは任せるが、それまでの手伝いは俺もやらせてもらう。約束もしたんだしな」
竜真は刀を抜き去り、龍成の前に剣尖を走らせる。
交錯する竜真と龍成の瞳。
月明かりに竜真の刀身が揺らぎ、僅かに回避行動に出た龍成の肩を切り裂いた。
「……龍成。今のお前には自分の意志が確かにある。廻を襲ったときの、確証のないものを致命的に信じ込んだお前とは違う。呪いへの抵抗は紛れもなく、お前が歩んできた時間の答えだ」
竜真の言葉に龍成は肩で息をしながら頷く。
――仲間を傷つけたくない。その想いを抱くに値する、積み重ねた時間。
「なら答えに付き纏う余計な物は……俺たちが払い除ける。あとは、友達を信じたらいい。お前のことを思って戦う人たちがいる。お前のことをどこまでも逃がさないやつがいる」
だから、心配するなと、竜真は龍成を真っ直ぐに見据えた。必ず全て受け止めるから。
「龍成さん、がぶがぶかちこち、エルがお止めしますよ」
美しいタンザナイトを抱く『繰切の友人』エル・エ・ルーエ(p3p008216)の瞳が龍成を見つめる。
彼の命を奪わぬように戦場に降り注ぐ冬の調べ。ちらつく粉雪が月光に照らされ、舞い落ちた。
エルは隣に立つ深道佐智子を見遣る。
「御婆様は、イーハトーヴさんが、攻撃されないように、ご無理にならない程度で、守って下さい。龍成さんを助けたら、皆さんとご一緒に、龍成さんを避難させて下さい」
「ええ。分かったわ」
佐智子の言葉にエルは顔を上げる。言わなければならない事があったのだ。
「繰切さんは、エルとお友達に、なってくれました。だから、大丈夫ですよ」
エルの言葉に佐智子は視線を落す。深道を導く者として佐智子は繰切となれ合う事は出来ない。
それは、『繰切』を封印するという一族の団結の崩壊に繋がってしまう。だから、エルの言葉に簡単に頷く事は出来ないのだ。以前ならば、『外部』の幼子の言う事なぞ聞く耳を持たなかっただろう。
しかし、彼らは何度もこの燈堂を救ってくれた。今も暁月達を助けようとしてくれている。
「……エルは、とっても欲張りなので、皆さんが、ゆっくりゆったり、ほっこり出来るために、エルが出来る事を、とっても頑張ります。エルも、エルのお友達も、信じて頂けたら、エルは嬉しい、です」
「そうね。エルちゃんから伝わってくる繰切の人柄は私達が思い描いていたよりも、ずっと人間らしく優しいものなのでしょう。もし、『繰切』が禍ツ神でないと、一族の皆に知らしめる事ができるなら……」
今はまだ繰切は触れれば祟る『真性怪異』の悪しき神だ。そうであれと願われているからその力も強くあるのだろう。
「だから、エルは、お友達と大切なお話を、してきます」
「ええ、こちらは任せて頂戴エルちゃん」
エルはこくりと頷き、中庭から本邸へと向かう。
あらかじめ飛ばしておいた白い小鳥で繰切を呼んだのだ。本家筋である佐智子の傍に繰切は現れないのだと判断したエルは、彼女に戦場を任せ無限廻廊の座へ歩みを取った。
『繰切の友人』チック・シュテル(p3p000932)は黄昏色の双眸を僅か伏せた。
「また、皆と一緒に。笑顔でいられる様に」
苦しげな廻の指先をぎゅっと握り、チックは彼に言葉を掛ける。
「君達を助けたいという気持ちは……おれも一緒……繰切の所に、行ってくるね」
「……」
呼吸の合間に指先をほんの少し動かした廻。チックはゆっくりと立ち上がり茶屋を後にする。
茶屋から少し離れた場所で立ち止まった少年は蛇神の名を呼んだ。
「……連れて行って。君が、封じられている場所へ」
蛇神はチックの美しい髪を撫で、緩りと己が領域へと誘う。
「繰切氏居る?」
戦いの最中、昼顔は蛇神の名を呼ぶ。
青年の隣に現れた繰切は昼顔が解析を掛けた相手ではあったけれど、以前よりも気安さを滲ませていた。
「夢の中ではごめんね。覗くような真似をして」
「何だそんな事か。我は気にせぬが、人の身であるお主が壊れてしまうだろうな。神に触れるとはそういうことだからな。長生きしたくば命を粗末にするような事は控えた方がいいぞ? 小僧」
口の端を上げた繰切に昼顔は問いかける。
「君はどんな自分で在りたい? 人が望むように成るのが神だとしても、善神でも裏切る人は居るし。一方的な押し付けは僕は嫌だ。今は話せるんだから」
それにと昼顔は繰切に視線を上げた。
「君がなりたい君は悪じゃないと思うから」
「繰切は……そう在る様に人々から願われたから、今は悪神としての側面が強く出てるンだろう」
昼顔の言葉にレイチェルが重ねる。
「なら、俺は」
この蛇神の善寄りの部分を。己が巫女を、人を愛する部分を信じるとレイチェルは声を張った。
「繰切は禍ツ神じゃない。『水』は災害にして恵みの雨、『毒』は時に薬にもなる」
人――この場合は神も含むが――は皆二面性を持つ。誰だってそうだ。
「おい、繰切。暇なら手伝えよ。非力な人が運命に抗うって最高のショーを見せてやる。神様ってヤツはそういうの好きだろ? 退屈はさせねぇぞ?」
レイチェルの言葉に繰切は腰に手を当ててくつくつと笑う。人間というものはどうしてこうも愉快なのだろうかと感情を滲ませた。
――――
――
『約束の光』チェレンチィ(p3p008318)は遠目に見える龍成が辛そうな表情を浮かべているのを見つける。
「成程、体の自由がきかない呪いに何故かかかってしまっていると。……呪い、ですか」
チェレンチィはほんの少し苦々しい顔をして、服で覆い隠された自身の首筋に手を当てた。
首輪の如く一筋の煙のような痕が、タンポポの花のような形の痕がこの下には残っている。
「呪いを解く方法が分かっているなら、それを実行するのみ。ボクも助太刀いたしましょう」
チェレンチィがその美しい青瞳を上げた瞬間、世界は闇に包まれた。
「な……!?」
一瞬の浮遊感が過ぎ去って、目を見開けば、燈堂の中庭ではない広い空間にチェレンチィは立っていた。
「……ここは?」
燈堂本邸の地下にある封呪『無限廻廊』が置かれた石造りの空間。
奥には蛇神を封じる扉があった。
周囲を警戒するチェレンチィの背後に突如として現れた禍々しい気配。振り返る事すら躊躇われる威圧と忌避感に胃の中のものが迫り上がってくる。
「そう、焦るな。人間……我がお主を此処へ呼んだのだ」
闇の中から姿を現したのは大凡人間ではないもの。燈堂の地に奉られし『蛇神』繰切だった。
「あれがお主と遊びたがっていたのでな……生まれたばかりだが我の子だ。灰斗という名だ」
「ふむ。灰斗ですか。彼は何故ボクを選んだのです?」
ゆらりと身体を起こした灰斗はチェレンチィの瞳を見つめ、爛々と目を輝かせる。
「きれいな、め。欲しい……」
「それは出来ない相談ですね……」
既に片方の目は無く、もう一つまで取られたとあらば、光を見る事さえ叶わない。
「まあでも、隣で見ているだけなら良いですけどね」
チェレンチィは真っ直ぐに向かってくる灰斗の腕を受け流し、背後へ回り込む。
「廻殿、彼の大事な暁月殿、失われて良いものなどいない」
小さく息を吐いた『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は繰切の傍へと歩み寄る。
今、アーマデルが出来る事はこの無限廻廊の座へ赴き、生まれたばかりの灰斗を導くこと。白銀を止める事なのだろう。きっと、この『蛇神』もそう望んでいると、何故か思うのだ。
「繰切殿の子、白銀殿の弟……そう望まれて生まれた者。……繰切殿と彼の方の縁の見える姿だな」
「アーマデルか。灰斗は我の中にあるキリの部分が多く出たのだろうな。白銀もそうだが……」
繰切の声に寂しさを感じ、アーマデルは腕を掴む。
自分の中に在った大切な存在が剥がれてしまうのは、きっと神様でも辛いことなのだ。
一歩前へ出たアーマデルは灰斗へと掛け、蛇腹剣を解き放つ。
「ならば、俺達が灰斗殿を導こう。倒すのではなく、力の使い方を……加減を、学んで欲しい。俺では物足りぬだろうが、共に『遊んで』くれるだろう?」
生まれ落ちたばかりの神様を、正しい途へと誘う為に。
「記憶をみたんだ。大昔、ふたりの神様は「そうであれ」と願われたから戦って……」
夢の中で見た記憶に思い馳せた『繰切の侵食を受けた』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は『ゴミ山の英雄』サンディ・カルタ(p3p000438)と共に無限廻廊の座へと足を踏み入れた。
「繰切もそうであれと願われたからここにいる」
そこにきっと善悪はなく、人の祈りがあったのだろうとシキは蛇神へと視線を上げる。
「だったら私は祈りたい。共に在ることも、戦い合わずに済むことも」
正直なところ、シキの言葉はサンディには分からなかった。それを理解するには余りにも燈堂の事情に疎くあるとサンディ自身が深く踏み込んでいないからだ。
されど、親友であるシキがやりたい事の為走っているのなら、彼女を守るのがサンディの役目。
此処に至る理由なんて、それで十分なのだ。
「……夜妖が寄ってくるこの感じ……まさか、繰切に浸食されてるか?」
「それもあるかもしれないけど。暁月さんが呼んでるのかも」
「何でだ?」
繰切を倒す為に、夜妖を集めているのかもしれないとシキは伝う。
「まあ、よくわかんねぇけど。寄ってくる敵をシキには近づけさせねぇ! ましてや傷つけさせるわけにはいかないぜ! しっかり守るから安心しろよな!!」
それに此処に集まった夜妖は敵意を向けるべきではないようにサンディは感じるのだ。
「なるべく専守防衛だ。俺たちがここに来たのは、全滅させるためなんかじゃないからな」
サンディは夜妖共を恐れない。其れだけの冒険と死闘をくぐり抜けて来たからだ。
「だからさ。シキはきちんと、伝えたいと思ったことを、自分の口でしっかり伝えてくれよ」
「うん。ありがとう」
シキは無限廻廊の座に佇む白銀と灰斗に視線を向ける。
「白銀はあまり戦いたくなさそうなのだよね。灰斗もまだあまり状況を飲み込めていないのかも」
「じゃあ、積極的に攻撃しない感じか?」
「うん。様子を見ながらだけど。攻撃を耐えながら呼びかけたい。仲良くなれないかな、って。繰切が「そうであれ」と祈りに左右されるなら彼らもそうかもしれない」
シキは白銀の元へと駆け、刃を交える。彼は暁月の服従の印に逆らう形で此処に呼ばれていた。
力は半減しているらしいが、元々が怪異である。
シキの得物を素手で掴み、サンディ目がけて少女を投げ飛ばした。
「やっぱり……」
白銀は戦う事、傷つける事を望んでいる訳では無いのだ。そうでなければ着地点をサンディとしない。
深呼吸をしたシキは祈るように心で叫ぶ。
――だから……だからね。戦いたくない。共に在りたいと願うんだよ。強く強く。
「何だ、戦わぬのか? 面白くないぞ」
「繰切か……邪魔すんじゃねーよ」
サンディは身を乗り出した繰切の前に立ち塞がった。
「いちおー言っとくぜ。俺は『お前達を恐れちゃいねぇ』。俺達を妨害しようってんなら神様だろうと、関係ねぇ。宿命とか定めとか、ホント、くだらねぇ。世の中なんだってさ、本当に、自分の目で見ることだぜ」
繰切はサンディの言葉に口の端を上げて、彼の頭をグリグリと撫で回した。
『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はサンディを弄る繰切の隣に歩いて来る。
「今日ってぇ日は良くも悪くも燈堂を変えるんだろうよ。なら今日はハレの日だ。そんな日はカミサマだって覗いてちょっかいかけて愉しむに決まってる。繰切よ。お前さんもそうなんだろ?」
「変える……か。そうだな、小僧。その『可能性』は十分に有り得る」
「だけどもよ、向こうにちょっかいかけられるのは勘弁願いたくてね。その代わりにだがよ。俺たちとちょっとばかし遊ぼうぜ?」
ニコラスは繰切を見上げる。目隠しの布から出ている口元が僅かに笑みを零した。
「そもそもな話よ。カミサマに善も悪もあるわけねぇだろうがよ」
ニコラスは無限廻廊の結界印を背に溜息を吐いた。
「その行いが人の益になったから善神と呼ばれ、人の悪になったから邪神と呼ばれる。ただそうあれかしと祈られたからそうなった。繰切、お前もそうなんだろ」
深道三家それに連なる者達に邪神たれと願われたから、蛇神は『悪』であると信じられた。
「繰切、聞かせてくれよ。俺たちは今、俺たちの都合でお前らの物語を歪ませる。そのあり方を語り直そうとしている。それは俺たちからしたら良い方向へ向かう為のもので、お前らの関係をもっと寄り添え合えるものになるかもしれないことだ。それをお前は良しとするのか?」
それを神が良い事だと言うのならニコラスは諸手を挙げて喜ぶだろう。
「だけど、嫌だと言うなら悪いな。存分に恨んでくれ。嫌だとしてもそれで救えるものがあるから俺たちは止まれねぇんだ」
「小僧よ。我が紡いだ過去をお主らに変える事は出来ぬのだ。我がお主の過去を変えられぬのと同じように。されど、在り方を今ここから、変えては行ける。大きすぎる願いは難しいかもしれぬが、その一歩を踏み出すことは出来るぞ。まだ、『終わり』などではない」
その言葉にニコラスは目を瞠る。
今、この瞬間から始めて行かねば真実にたどり着けないと神は伝うのだ。
「ああ。そうだな。戦いが終わったら酒でも飲みてぇなぁ」
「蛇巫女の後悔はな、奉納酒の銘だ」
アーマデルは背のバッグから酒瓶を取り出す。
「味見のつもりがうっかり飲み過ぎて……という事らしい。俺は今は繰切殿の巫女。その縁と耐性のある者には、美味い酒かもしれんな」
杯を満たし、繰切へと捧げるアーマデル。
「信仰を得た地を追われ、この地に縁を得て。だが水は永く留まれば淀むもの、ヒトが喉元の熱さを忘れるように。巡って捩れ、縺れて廻り、よく似た軌跡を繰り返す。少しずつ異なる模様を描きながら」
アーマデルは繰切が杯を傾けるのを目隠し越しに見つめた。
「それに添えば、巡る事もまた必要。分霊、分社、縁で繋いで巡らす……巡業……?」
首を傾げる仮初めの巫女の手を取り、抱え込んだ繰切は、かつて生まれ故郷を追われ、砂漠へ逃げて、この地に至った道筋へ思い馳せる。
「俺は繰切殿に『蛇神』だけではない親しみを感じた。故に巫女に名乗り出たのだ、廻殿の事も勿論あるが。縁を結び、断ち切る、縁繰りの神にでもならないか?」
アーマデルの問いに蛇神は「それも悪く無いかもしれぬ」と笑ってみせた。
「エルも繰切さんや灰斗さんに、共に楽しみ、共に笑える未来を、想像してもらいたいです」
繰切の手を握ったエルは、侵食が指先から伝わってくるのを感じる。それでも彼女はその手を放さない。
「封印ではなく、お約束を。小さな事から、少しずつ、大丈夫ですよ」
エルの頭に大きな手を置いて「そうかもしれぬな」と繰切は言葉に乗せる。
「ムゲンカイロウで繰切がなんとなくわかった。龍成から感じたビリビリした感じも繰切だけどこわくておそろしいだけじゃない」
夢の中で見た繰切からの侵食を『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は思い出す。まだイレギュラーズと出会う前の、禍ツ神であれと願われていた繰切は、ある意味正しい存在だったのだろう。
「ムズしいことはわからないけど、ねがわれて今みたいになったなら『そうあってほしい』としんじれば変わるはずだよね。うん。きっとそうだよ」
リュコスは胸の前で両手をぎゅっと握り締めた。祈るように願うように。
「龍成はなかよしがたくさんいるしダイジョウブ! だから……繰切とその子どもたちとはなしたい。これからのため、みんなのために」
「そうだな」
リュコスの言葉に『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が頷く。
「太古の詩人は祭司であり、魔術師でもあったらしい。かつてあった物語を語りなおし、ここで繰り広げられる物語を語り、未来につなげる。運命と神意、そしてレイラインの交差するこの場所でなら、魔法のようなことも起こるだろう」
ヤツェクの語る難しい言葉はリュコスには半分も分からなかったけれど、きっと何か凄い事をしようとしていることはわかった。
「繰切は邪悪ではない、というのがおれの視点だ。自然の行いに悪意を見出せば悪神となる。それが零落して怪物になる。科学で浄められ、結果神秘は喪われる。……おれのいた世界はそうだった」
「うん?」
首を傾げるリュコスに「つまりだ」とヤツェクは口の端を上げる。
「……望むのは『繰切と無限回廊の物語の語り直し』、どんつまりの物語を無理やりハッピーエンドに結び付ける詩人の荒業だ」
「ハッピーエンド! それならボクも分かるよ!」
クロウ・クルァクと白鋼斬影。二柱の『共にありたい』という最初の願いを叶える為に、神々のありかたを変えようというのだ。その最初の一音を此処で奏でる。
「でも、そんなことできるの?」
「ははっ! 良い質問だ。俺一人じゃ到底無理だろう。だが、既に俺には力を貸してくれるリュコスが居る。この無限廻廊の座には仲間が居る。蝶の羽ばたき一つが、廻り廻って巨大な嵐となるってな」
出来ないかもしれない。けれど、始めなければ起こりえない。
「わかった! ボクもてつだうよ!」
ヤツェクの詩が届くように、リュコスも願いを込めると拳を掲げた。
「……何故戦うのか。理由、わからない……けど。立ち止まったら……いけない気が、する」
チックは震える心を落ち着かせるように深く息を吐く。その手は癒やしと拘束の為に振るわれる。
――これは、『対話』の続き。
少年の夕陽を抱く瞳が生まれたばかりの神様へと注がれた。
「知らない事……沢山だからこそ、これからもっと……知っていく事、出来る。あなた達とも向き合いたいから……戦う。その為に、この場所を選んだ……殺す手段は使わない。絶対に」
空間に眩いばかりの光が溢れる。チックが灯した真白の旋律は灰斗の目を灼き、身体の動きを鈍らせた。
その白き灯火が薄暗い空間から消失する前に、チックは灰斗の元へと駆け寄る。
「おれが……また一緒に過ごしたいと、思うのは。──繰切。君達も、だから」
チックが触れた場所から温かな光が灰斗の中に入って来た。
何も知らない灰斗が、チックの想いに興味を持って、視線を上げる。
「廻や暁月達……燈堂の人達と。過ごしたいと願うのは、おれも……同じ。でも、其処に居るのは……君達も一緒が良い。灰斗にも……この世界の色んな事、知っていってほしいんだ」
灰斗がチックの想いを受入れる代わりに、侵食は彼の身体を蝕んだ。
されど、それすらもチックは受入れる。がむしゃらに、暗闇を吹き飛ばすために。
「誰かと……美味しいものを共有したり、綺麗な景色を見たり。『生まれてこなければよかった』と、後悔してほしくないって思う、から」
その後悔だけは、してほしくない。チックが心から願う想い。
崇め奉る信仰はチックには理解出来なかったけれど。それでも、紡ぐ強き想いがある。
「おれは……君(ともだち)の事を、信じるよ」
「生まれたばかりのカミサマ、そして蛇神繰切。願わくば、人と共に在る存在になりますよう」
チェレンチィは青き瞳を灰斗に向ける。遊ぶということは恐らく剣を交えるということ。神々の戯れとは戦いを意味するのだ。
「善悪とは紙一重。神も人も、どちらも簡単に揺れ動くものです」
だからこそ、お互いが『善』となるよう、支え合う。それこそがチェレンチィの信仰であった。
「どういうこと……?」
チェレンチィの言葉に灰斗が首を傾げる。
知識も知恵もまだ殆ど無い、生まれたばかりの子供である灰斗は貪欲に情報を得ようとしていた。
「まぁ、出来る範囲で仲良くしてほしいってことですよ」
「仲良く……友達ってこと? チックも言ってたよ。友達。仲良し……」
攻撃の手を止め、灰斗はチェレンチィとチックの言葉を噛みしめるように反芻する。
どうも引っかかるのだ。自分の中の認識とチェレンチィ達の語る言葉に齟齬がある。
自分の中にある知識は父母であるクロウ・クルァクと白鋼斬影が戦っていたこと。それを父は楽しい事だと思っていた。だから、灰斗は戦う事が仲良くする事なのだと信じていた。
けれど、目の前のチェレンチィを見ているとそれが『違う』のかもしれないと思いとどまる。
「戦う事じゃ無い? 他に仲良くする方法がある? 父上が楽しいって思ったから僕が生まれた。悪戯も楽しい。戦う事も楽しい。でも、それ以外にも『父上が考えた楽しい』がある?」
「ううん。これから見つけるの……灰斗だけの『楽しい』だよ」
チックは繰切の意思ではなく、自分の中から溢れる気持ちを見つけて欲しいと願っている。
「僕の楽しい……それはどんなの?」
「そうですねぇ……落ち着いたら、散歩にでも行きますか?」
チェレンチィの言葉に、知りたいという思いが昂ぶった。強く灰斗の心を揺さぶる。
「桜が綺麗な、素敵な場所を教えて貰ったんです。ふふ」
「うん。行きたい……みてみたい」
チェレンチィは灰斗の手を取って『約束』をした。神との契約は違えれば祟りとなる。されど、それが成就されるのならば、きっと良い方向へ向かうはずなのだ。
青い瞳を細め灰斗に微笑み掛けるチェレンチィ。心配事は灰斗だけではない。地上で戦っている龍成の事も気になっているのだ。
――まだお礼を言えてないんです。……大丈夫、きっと大丈夫。
そうチェレンチィは己の心に言い聞かせた。
「繰切とそのもとになった黒いヘビと白いヘビがほんとうにいいヒトだったかわからない! そもそもかんがえてることを、いい・わるいでくべつできるような、かんたんな話じゃないかもだけどっ」
リュコスの幼い声が無限廻廊の座に響き、繰切や白銀、灰斗が皆少年へと視線を上げる。
「黒いヘビと白いヘビは一緒になろうとして今のすがたになった。それって、つまり、好きだったってことなんでしょ?」
喰らってしまう程に、好きで好きで。どちらかが生き残るしかないのならば、共に在るために喰らってしまうという決断をした。
「ほかの人たちの話もきいて思った。繰切には『あいじょう』がある! こわがられて、そればかり知ってたからこわいやり方であいじょうをあらわしてたけど。こわくないと思って、こわがられないあいし方を知ってもらえたら繰切はやさしいそんざいになれるはず。……好きが好きなあいてのためにならないってかなしいことだよ」
誰もが自分の理解の及ばぬ存在に恐怖を抱く。だからこそ、繰切たちを怖くないと認識を変えたい。
「子どもの一人である君こそが繰切がやさしいきもちになれるしょうこだよ! とうどうのおうちにやさくしたきもちにウソがないなら……おねがい、みまもって」
リュコスの言葉に白銀は緑がかった金眼を少年へ向けた。
「だから、白銀――なろう、はんこーき!!!!」
少年の声に緊張した場の空気が一瞬で吹き飛ぶ。
「反抗期って……っ!」
思わず吹きだした白銀は顔を赤くしながら笑みを零していた。
「父上……私、今から反抗期になるそうです。なので、これ以上は争いません」
はっきりと繰切へと宣言する白銀に繰切は呆れたように肩を落とす。
「何を言うかと思えば……お主は生まれたときから我の言う事を半分ぐらいしか聞かんだろう。何処ぞなりと自由に生きろと言ったにも関わらず、己自身で此処へ留まり守護する者となったのだから。慈愛に満ちあふれているのに強情で傲慢。彼奴と……キリと瓜二つだ」
繰切は寂しげに笑った後、『封呪』無限廻廊に顔を向ける。
ヤツェクは戦いが決した封印の前で、ギターの弦を弾いた。
「『封呪』無限廻廊は人々が安心する為の白鋼斬影という神を象ったもの。そう願われたから、繰切は邪神であり、無限廻廊は封呪」
ヤツェクは『現在』の在り方を歌に乗せて語ったあと、ゆっくりとそれを塗り替える言葉を選ぶ。
神の前で、魔法の歌を奏で、語り直すのだ。
「繰切――クロウ・クルァクは盃にたゆたう水なり、無限回郎――白鋼斬影は水を抱く盃なり、二つは支え合うもの、添うもの、そのようにあれかし」
ギターの音色に彩られた歌が無限廻廊の座に響き渡る。
「見よ、神の間に子は生まれた、御身を祝福しよう。行く道が喜びにあふれるよう。御身が愛されるよう!」
――ヤツェクが語る一雫。それは小さな一滴で、弱い波紋。
されど、その波はゆっくりと時間を掛けて広がっていく。
●
「……ったく、手が焼ける弟分だ。俺達の事は気にすんなって言っても駄目なンだろうなァ」
レイチェルの溜息が夜の中庭に消える。金銀妖瞳は戦場に向けられ、龍成の体力を常に見極めていた。
彼に掛けられた呪いは、体力の消耗により体表へと出てくるものだとレイチェルは推察する。
ならば、龍成と戦い弱らせてから呪いを吸い出すのが合理的だ。
「はぁ……」
打ちをしたくなるのを堪えてレイチェルは息を吐いた。
呪いを解く為とはいえ、弟分を攻撃しなければならないのだ。この戦場に立つ誰しもが、悪質な呪いに憎悪を向けた。それを施したのは、恐らく廻の傍に居る葛城春泥だ。
「仲間面して……何を考えてやがるンだ」
廻の傍には他の仲間が居てくれる、大事には成らないだろう。それでも、春泥は警戒すべき相手だとレイチェルは認識していた。そう、まるで己の仇敵と同じ。そんな悪辣な匂いがするのだ。
「良いようにはさせねぇ……絶対に龍成を助ける!」
「うん……」
レイチェルの言葉に、イーハトーヴもしっかりと頷く。
「大丈夫だよ! 龍成! すぐに助けるから!」
龍成の心が折れぬよう、普段の彼らしからぬ気迫で、友人を鼓舞する声を張り上げた。
『そうよ! こんな所で負けてしまったら、約束が果たせないのよ! だから、頑張りなさい!』
イーハトーヴの腕の中でオフィーリアも龍成を励ます。
「誰かが倒れるところを龍成に絶対に見せたくない。だから、誰も倒れさせないのが今の俺にできる一番の戦い方だ」
回復を絶やさぬよう。己も倒れぬよう。龍成を死なせることのないよう。
イーハトーヴは全身全霊を掛けて、友人を助けるために戦場に立った。
「大丈夫。俺は約束した」
震えそうになる身体をイーハトーヴは拳を握り締めることで耐える。
「絶対に、救うんだ」
友達を。彼が笑っている未来を。
イーハトーヴはこの場に居られた事を良かったと思った。
以前の自分ならば、人と関わる事さえ怖くて、部屋の隅で泣いていただろう。
戦いなんて避けていただろう。けれど、救う選択が出来るこの場に立って居られること。
それはイーハトーヴの成長であり、誇りであった。
「龍成! 負けないで! 俺も頑張るから!!!!」
折れてくれるな。明日を笑い合う為に、イーハトーヴは此処に居るのだから。
「結構痛いと思うけど……男の子だし我慢出来るよね!」
サクラの剣が龍成の胴を切り裂き、滴る赤い血が地面に飛び散った。
龍成は肩で息をしながら、必死に呪いに抗っている。
仲間がこんなにも心配して己の前に立ってくれている、その事実は龍成の心を繋ぎ止めていた。
「あぁ……、手加減してらんねぇ。かなり、限界だわ」
視界が明滅する。ここで意識を手放してしまえば、呪いに食い潰され、もしかしたらそのままサクラ達を殺してしまうかもしれない。急所を狙う龍成の刃をサクラは聖刀で受け止め、その頬を張った。
「しっかりしなさい!」
「あ、ぁ……すまねぇ、お前らを傷付け……て」
息も絶え絶えに龍成はサクラへと言葉を返す。
目の下には濃い隈が刻まれ、今にも折れてしまいそうだった。
「傷つけたくない? ああ、私だって、貴方のそんな顔なんて見たくもない。私が見たいのは貴方の嬉しそうな顔だ、楽しそうな顔だッ!」
普段声を荒らげる事の無いボディが、心の底から叫びを上げる。
彼の/彼女の中にあるのは、呪いへの腹立たしさ。
「だから私はそんな呪いから──貴方を、奪ってやる」
為したい事。為すべき事。澄原龍成を取り戻すこと。その為なら何度でも、激情(エラー)を燃やす。
「サクラ、ボディ! 今だ!」
レイチェルの声が戦場に響き渡った。龍成の体力が危険領域まで達した合図だ。
サクラは剣を捨てて龍成へとしがみ付く。押し返すように抗う呪い。
「大丈夫。今、私達が救ってあげるから!」
「――龍成ッ!」
ボディは龍成へと抱きつき首筋の傷へと歯を立てる。
龍成の中の呪いが消失する事に抗い、サクラの拘束の一瞬を突いてボディを剥がそうと頭を掴んだ。
それでも離れないボディに呪いはナイフを何度も突き立てる。
深紅に染まるボディの身体。
食らい付いて放さない強い意思。
「や、め……」
龍成の言葉が耳元で響く。
それでも、ボディは傷から口を離さなかった。
『こんな呪いが、私の想いに、龍成への気持ちに勝てると思うなよッ──!』
――――
――
「ごめんね、シキ、サンディ。ちょっと寄り道していて遅れちゃった」
夜妖の合間を縫って茶屋へと駆け込んできたリアは友人達に手を振る。
「暁月さんの方は、きっとおねーちゃん達がなんとかしてくれるでしょ……正直、あたしもぶん殴ってやりたいのだけど。ただ、今あたしがやるのはそうじゃない!」
リアは茶屋の縁側に横たわる廻を見つめ唇を噛みしめた。
「廻を救う事こそが、あの人への救いにもなるはず!」
今に見ていろとリアは茶屋に迫る夜妖共を見遣る。地上を這う魑魅魍魎はどこか寂しげで。暁月の心を表しているようだった。
「一人ぼっちで背負いこみ過ぎておかしくなったお馬鹿な暁月さん。特異運命座標が、束ねた想いの力ってのを見せつけてあげるから!」
リアはシキとサンディに振り返り「行くわよ!」と拳を上げる。
いつものように、サンディが守ってシキがなぎ払い、リアが支えるのだ。
今回はそこへ、朝比奈も加わる。だから、全然負ける気がしない。
「私達は絶対に負けないから、貴女も信じて一緒に戦って」
「ええ。リア……私あなたの事、信じるわ。だって、暁月兄さんの為に、廻の為にこんなにも頑張ってくれてるから……兄達の代わりに礼を言うわ。ありがとう」
初めはソリが合わないと思っていたけれど、リア達の強く優しい心に朝比奈は感銘を受けた。
だから、共に戦うと決めたのだ。
「難しいことはわからない、でも、廻は友達だから助けたい」
シキの言葉にサンディは彼女の肩をぽんと叩く。
「それで良いんじゃねぇか。俺も難しい事はわかんねーし。でもシキやリアちゃんが戦うってんなら俺は手伝うそんなけだ。だからシキも廻が友達で助けたいなら助けるで良いんだよ」
サンディはいつも通りに笑ってみせる。それがシキにとって安心感に繋がるのだ。
「うん、うん……そうだね。サンディ」
シキは勢い良く近づいて来た夜妖をなぎ払う。
そのアクアマリンの瞳には、もう迷いなど無い。
「廻、せっかく友達になったのにさ。これからいっぱい一緒に遊ぶのにいなくならないでよねぇ!」
シキの声は廻の耳にも届いた。皆が自分達の為に戦ってくれている。
穢れが自分の中を這いずり回るのを廻は必死に耐えていた。
「縛ってんのは誰だ、囚われてるのは誰だ? 例え俺が許しても、俺の『風』は黙っちゃいない!」
吹けよ風――サンディは戦場に突抜ける強い風を叫ぶ。
「繰切さま、いらっしゃいます、か? いらっしゃいます、よね」
戦場の奥の茶屋――巫女の傍で己を呼ぶ小さな声に応じた繰切。
「我が名を呼ぶのは誰だ?」
「メイメイ、です。あの、繰切さまのお力を……お借りしたいです。廻さまを、あなたが住まうこの場所を、護りたいのです」
懇願するように小さな身体でメイメイは繰切を見上げた。
「この先、廻さまの命を守るには、暁月さまも無事でなくては、なりません。あなたを神として、信じます。そうして一緒に楽しいことを、しましょう。他の皆さまがそう感じたように、儀式の時も廻さまに優しくも出来た、その善性を信じて」
「ふむ……」
メイメイの願いを受け取るように、その小さな頭を大きな手で撫でた繰切は、苦しそうに息を吐く己が巫女に視線を送る。妖刀無限廻廊の力が無くなった今、命を辛うじて繋いでいるのは獏馬達のお陰だ。それも長くは持たないだろう。それに――
「厄介なモノを入れられたものだな」
葛城春泥が掛けた毒性の強い呪いが廻の中を侵食しているのが分かる。
暁月や龍成に与えられたものとは性質の異なるもの。
「やっぱり、怪しいことをしてたのにゃ!?」
ちぐさは自分を深道の先生だと言っていた春泥の言葉を思い出す。
彼女の言葉を全て鵜呑みにするのは危険だと思っていたのだ。何か不利になる情報を掴まされたのではないかと内心不安になるちぐさ。
「暁月にキツいお灸を据えるって言ってたにゃ……良い事をしているみたいに言ってたけど、やっぱりウソだったにゃ?」
暁月を止めるでもなく、廻の看病をしているなんて怪しいと思っていたのだ。
「これでは、廻の中に妖刀が戻らぬな……面白い事をするではないか人間」
「春泥がそんな事をしてたのにゃ!? 大変だにゃ!」
「妖刀が戻らない? どういう、事ですか? それでは、廻さまが……死んでしまいますっ!」
メイメイは首を横に振って最悪の事態を否定する。彼女の言葉にシルキィと愛無も何事かと顔を上げた。
「自分のせいで死者が出たとか考えたくないでしょ。暁月先生も、廻くんも、繰切くんもね」
茄子子はメイメイを落ち着かせるように肩を抱いた。
「大丈夫、生きてさえいれば会長がなんとかしてあげるからさ。ねえ、繰切くん。完璧なハッピーエンド以外は認めないよ。会長は中途半端なの嫌いなんだ。何とかなるんでしょ? だからそんなに悠長に構えていられるんだ。会長はそういうの分かるんだからね!」
それは羽衣教会会長なりの信仰だ。信じる心があれば願いは必ず届くと『会長』は知っている。
「暁月くんも廻くんも大変だって分かってるけど」
『繰切の友人』紫桜(p3p010150)は小さく言葉を漏らす。
「彼らには彼らを大切に想う人がいて。だから申し訳ないけど、俺はやっぱり君に会いに来たよ。最後まで俺は俺の為に――ねえ、繰切?」
繰切の神友として、紫桜は此処へやってきた。
「君の願い、君の望みは何? 繰切」
紫桜は熱の籠もった眼差しで蛇神を見つめる。誰よりも何よりも目の前の蛇神の事が知りたい。彼の特別になりたいのだと繰切の手に指を絡ませる紫桜。
「あれから、考えてみたんだけどね。俺は表立って何かを求めた事がないから、何もかも間違ってるかもしれない。……俺は、君の特別になりたい。君を初めて認識したその時からそう思ってたよ」
求められるままを返していた紫桜が初めて、自らの内側から焦がれる想いを自覚した。
可愛い子の為に生きて来たその事実さえも押しのけてしまう程に、紫桜は繰切に懸想している。
「俺は今君に夢中で。初めて自分から誰かを求めて。せめて、俺のこの気持ちを知って欲しいと、そう思うんだ。証明が欲しいなら出来る限りの事をやってみようと、そう思うんだ」
神というものは容易く籠絡出来るものではない。人の身で近づけば身を滅ぼすが定め。
されど、同時に。繰切という蛇神は愛を紡ぐ定めを帯びた神である。
人が己に愛を捧げるのならば応えるのがその在り方。
気まぐれで意地悪な性格ではあるけれど、それでも繰切は人を愛している。
「ねえ……繰切、君はこの物語を全員ハッピーエンドで終わらせる方法知ってたりするかい?」
神力を注ぐこと。何事にもリスクは伴うものだ。それを紫桜は忌避した。
「廻くんか繰切か分からないけど、ハイリスクハイリターンらしいしそういう手段は取らない方がいいと思うんだよね。それに、暁月くん説得以外に他にも方法があるって言うのが気になる」
「お主は臆病で愛い奴だな。鳥籠の雛のようだ。まあ、それがお主の在り方なのだろうな」
繰切は紫桜を抱き上げ茶屋へと近づいていく。
「ねぇ、繰切サマ。ちょっと状況教えて? 僕に出来ることは?」
ラズワルドは繰切へと近づきその美しいオッドアイを向けた。
「信仰とか願いが要るんなら、お参りでも何でも約束するし、廻くんにリスクがないなら命だって分けてもイイよ。どうせ大して長生きしないからねぇ」
繰切はラズワルドの色素の薄い髪を撫でてから紫桜と共に抱き上げる。
「方法はある……が」
「ほら、水神サマならお酒を半分こするみたいに上手く注げない?」
ラズワルドはねだるような笑みを浮かべ、繰切の髪を緩く指に巻き付けた。
「廻を侵食しているのは、『泥の器』と呼ばれる呪いだ。あれは長らく妖刀無限廻廊の鞘であっただろう。膨大な力を有する刀を内包し続けたのだ。廻が望むと望むまいと、容れ物としての能力はその辺の追随を許さぬ程となってしまった。されど、其れが転ずれば――」
「穢れを溜め込むものになる? だから、妖刀が戻らない?」
ラズワルドの問いかけに繰切は頷いた。
「妖刀と名を冠しているが、あれは願いや信仰で裏打ちされたもの。己が収まる場所に穢れを孕む事を酷く嫌うだろうな。――まあ、我が神気を注げば命だけは繋がる。しかし、泥の器という位だからな、穴だらけでいくら注いでも漏れてしまうのだ」
「だったら、その泥の器? の穴を塞いでしまえば廻くんは助かるんだね?」
「ああ。シルキィの糸は廻にとって救いになり、愛無の生命力が泥を強固な器へと変えるだろう」
ラズワルドは愛無とシルキィへ繰切の言葉を伝える為に彼の腕の中から飛び降りた。
それを見送った紫桜は「本当に神力を注いで大丈夫なの?」と問いかける。
「我の力は少しは落ちるだろうが、些末な事だ。此処に集った者たちは廻が生きることを望んでいるからな。まあ、一度泥の器となった者は穢れを孕む故に、それを浄化してゆかねばならぬが、今は命を繋ぐのが先決だろうよ」
「そうか、繰切殿の神力を注げば、長く侵食を受けていた廻殿はヒトでいられなくなるかもしれない、か」
繰切の傍に呼び出されたアーマデルが周囲を警戒しながら隣に寄り添う。茶屋ではイシュミルが廻を見守っているのが見えた。
「俺はそれでも、廻殿に生き延びて欲しいと……思う。この内なる可能性を潰してでも」
アーマデルは胸に手を当てて繰切を見上げた。その頭を緩りと蛇神が撫で回す。
「まあ、穢れを浄化する方が大変だがな。月祈の儀も執り行う事は困難になるだろう。仮初めの巫女であるお主の出番だぞアーマデル」
「なるほど」
「……君に力を注がれるのって、どんな感じなんだろうね。正直、廻くんが羨ましいよ」
自分が人の身に成る事無く、神であったならばと想わずにはいられない。攻撃されるならばと身構えていたのに、きっとこの抱擁は繰切が紫桜(ゆうじん)を守る為の檻だ。
「人間の守護なんて、神様には必要ないんだろうけどね。でも俺は、君の為に何かしたいと思ってたんだよ。その証拠を――傷でも負えばいいのにと思ってここまで来たのに」
「そんな事だろうと思ったぞ。無駄に傷を負うな。お主の身体は美しいのだから」
繰切の言葉に悔しさを滲ませる紫桜。神様のままだったなら、隣に並び戦えたのだろうか。
「ねえ、繰切。人は本当に愚かでどうしようもないね」
「そうだな。愚かで臆病で愛い友人を持つ我の身にもなってくれ」
――苦しい。痛い。怖い。僕が僕じゃなくなってしまう。
廻は内側から侵食される感覚に必死に抗っていた。
いまこの瞬間も泥の器は穢れを廻の中に生み出し続けている。
意識を手放せば、もう戻ってこられないような、そんな恐怖が全身を覆っていた。
けれど、イレギュラーズの声が廻を死の淵から救い上げる。
何度も、何度も。たくさんの声が彼を励ましていたのだ。
――思えば、ずっと三人で過ごしていけるなどと思っていたのだ。
愛無は遙か遠く記憶に刻まれた『叶わぬ夢』へ想い廻らせる。
考えないようにしていた。最後はきっと訪れるのだと。それでも、その最後の瞬間まで共に在りたいと願うのは暴食(しゅうちゃく)の性なのだろう。
だからシルキィと廻は己が守る。それがあの時『彼ら』を喰らった怪生物の役目であり。望みだ。
「二人には幸せでいてほしいのだ」
「愛無ちゃんも三人で、だよぉ」
廻の命を繋ぐ為にはシルキィの糸と愛無の力が必要だ。
二人のどちらかが欠けても成し得ない。
「廻君は優しいから、暁月さんの事を否定しないんだぁ、知ってるよ。もう何年も傍で見てきたから。キミがこれで正しいんだって思ってること、何となくわかるよぉ。わたしも、暁月さんを怒る気にはならないんだ。ずっと一人で抱えてきたんだから……」
「廻君は暁月君にとっても大切な家族だ。『リード』も、まだまだ握ってもらわねば」
さかさまカフェで約束をした。来年もまた同じように時を歩もうと。お義父さんと呼ぶかお義兄さんと呼ぶか『リード』を持つ時に決めようと。
死ぬつもりは無いけれど、されど、結局の所『優先順位』というものがあるのだと愛無は廻に生命力を注ぎながら考える。命を惜しむことはない。しかし死を選らんでいる訳では無い。皆で笑って帰るのだ。
自分達は『家族』なのだから。誕生日は誰が欠けても成り立たない。
そもそも主役がいなければ始まらないのだ。だから、諦めない。全員で笑い合うために。
「やれやれ。狡いのはどうやら僕も同じようだ。まぁ、恋は屍。愛も無く。僕は狡いくらいが丁度いい、人でなしの化物だ。シルキィ君、何時でも良い……」
愛無の言葉にこくりと頷くシルキィ。
「暁月さんにも廻君にも生きていて欲しいって思う人が、こんなにも沢山いるから。だから、わたし達を信じて。……廻君。わたしを、信じて」
――繋ぐ者の力で、わたしの糸で、泥の器を塞いでみせる。
「因果だって繋いでみせたんだから……大切な人の命くらい、繋いでみせるんだ……!」
廻の中に入り込む命を繋ぐシルキィの糸。其処へ愛無の魂とも呼べる力が絡み合う。
穢れを生み出し続ける『泥の器』を丁寧に縫い繋ぎ。堅め戒め。決して壊れぬ強固な杯を作り上げた。
其処へ注ぐ蛇神の水。廻の命を満たし充たし――
愛無とシルキィが居なければ廻の命は、春泥が仕掛けた泥の器から出る穢れで潰えていたかもしれない。
何か意図があるような胸騒ぎと焦燥を愛無は胸に抱く。
●
紫紺の妖気を纏う暁月の刀が月明かりに翻った。
中庭を覆う魑魅魍魎は依然として増え続けるばかりで、ブランシュは青き双眸を戦場に向ける。
近づかれぬようブランシュはできる限り遠くから暁月を狙い弾丸を放った。
「とにかく暴走を止めるですよ! 話はそれから! 暁月さんから出ていけですよ!」
暁月がこんな風に壊れてしまったのは、恐らく葛城春泥が掛けた黒き呪いのせいなのだろう。
呪いを解く方法は暁月を弱らせ、吸い出すこと。
その為の手助けをブランシュは己が役目と決めたのだ。
皆が勝利を掴むために。誰も死なせない為に。
ブランシュの足下を無数の夜妖が這いずり回る。彼女の脚に群がり傷口を広げて行く。
痛みに眉を寄せたブランシュは、それでも留まる事をしない。
自分が戦場を駆け回ることで、見えて来る勝機が必ずあるはずだから。
「まだまだですよ――!」
燃え上がる命の灯火。戦場を眩しく染め上げる。
迅は口の中に滲んだ血を吐き捨てた。
「こんな所で終わらせません!」
この戦いの結末は全員にとって良きものでなければならない。
殴りながら幸せを願うというのも妙な話ではあるけれど、心から迅は祈っているのだ。
「これまで皆さんが暁月殿と積み重ねた時間、沢山の思い出。それがこのまま失われてしまうのは、あまりに悲しいですから」
歯を剥き出しに、意思を込めた瞳で迅が拳を穿つ。
「皆さんが揃ってまた笑いあえるように。全力で殴ります!」
迅の拳は暁月の胴に軋みを与えた。其れに続くのはヴァイスだ。
「もう、気持ちはわからなくもないけれど……ごめんなさいね?」
まだこの程度では暁月の命は奪えないだろう。けれど、確実に体力を削る一手となっている。
ヴァイスは数度切り結び、弾かれるように身を翻した。
「助けて、と言うのは大切なことなのよ」
弛む刀身を再び暁月へと突き入れるヴァイス。
「私にはもう俺の思い人を思い出す事ができません。だからこそあなたには私のようになってほしくない」
繁茂は暁月がかつての自分と同じ結末を歩もうとしていると感じていた。
精神崩壊を起こした男の成れの果てなのだと己を定義する繁茂には、今の暁月が分岐点の上に立っているのだと思えて成らないのだ。
何度も何度も違う途を想像した。何度も何度も違う結果を懸想した。夢の中の自分は輝かしく美しく楽しげに笑っていて。そうでない現実に同じ数だけ絶望した。慟哭した。
「どうか私に信じさせてください、俺が救われていた未来があったと。私に明日が来なくてもいい、望む物はただ一つ、私たちの最期に救いを」
繁茂は己の願いを乗せて、暁月へと大鎌を振り抜いた。
「無限回廊も、繰切様のことも、昔のこととかも。ニルはよくわからないけれど。暁月様や廻様たち人間だけじゃなく、ここにいるみなさまが、少しでも、笑顔でいられるように……」
雪の結晶が戦場に降り注げば、月光を反射して白い輝きを帯びる。
暁月に声を届けたい人が邪魔される事の無いように。道を拓くのがニルの役目。
「ここは、大丈夫です。行ってください……」
「そうだよ! ここはスーパーヒーローに任せて!」
雄斗はニルと共に魑魅魍魎を引きつけ、攻撃を叩き込み打ち払った。
声をかけ続けられるように、手を伸ばし続けられるように。
「僕もついてるから大丈夫。君達はきちんと向き合わなければならない『親』というものに」
ニルの隣に立った雨水の言葉に仁巳は頷く。
「暁月さんの孤独に寄り添えるのは、きっと私じゃない。ずっとそれは解ってた」
自分があの時人質に取られていなければ、抜け出せるぐらい強ければ。其れだけを考えているのだ。あの時からずっと。
「でも、例え、この気持ちが偽りでも。醜いモノだとしても。私は暁月さんを助けたい。それだけは偽りのない私の気持ちだから! 暁月さんが一人で戻れないなら、私が連れ戻す。暁月さんが、あの時、私を助けてくれたように!! 行くよ、夜空! 双葉! お姉ちゃん!」
「分かったよ、仁巳ちゃん!」
花丸はできる限り大振りな身振りで夜妖共を自分に引きつける。
この魑魅魍魎は明確な意思を持っている訳では無い。ならば、目立つように立ち振る舞い注視させるのが一番効率がいいのだ。
「イレギュラーズの皆とこっちについてくれた皆と共に暁月さんを止めてみせるよ! その為にはこの邪魔な夜妖を蹴散らさないとね!」
花丸は傍らにやってきた黒夢へと視線を上げた。
「……きっと黒夢さんにも命令しようと思えば出来た筈なんだ。そうしなかったのは暁月さんが本当は助けを求めてるからじゃないの? 黒夢さん、貴方の力も貸して。どうすることも出来ない輪の中に囚われた暁月さんを助け出す為に!」
「もちろん」
黒夢は花丸と共に暁月の前に立ちはだかる。戦う為ではなく、助ける為。未来へと進む為。
「暁月さんもそんな投げやりなやり方じゃなくってもっと私達を頼ってよっ!」
「花丸……」
頼るということは暁月にとって何よりもハードルの高い行為だ。
己を導く者として定めた彼は、頼られることはあっても頼る事は出来なかった。
そんな暁月に花丸は遠慮無く拳をぶつける。言葉だけじゃ伝わらないなら――
「この拳は時には言葉よりもずっと雄弁だから!」
花丸の拳を無限廻廊で受け止めた暁月の視界に定の瞳が映り込む。
「燈堂先生ってさ、意外と視野が狭いよね!」
「はは……そうかもしれないね」
自暴自棄のような笑みを浮かべた暁月に定は小さく溜息を吐いた。
「ねえ、刀なんて握っていないでさ、手を広げてみなよ。人一人がその手で握れるものなんて、刀一本が限界だろう。そんなもの一つでどうやって全てを護ろうって言うんだい」
どんなに強くたって、所詮は人一人なのだ。全てを救うなんて事出来るわけが無い。
「それに、周りを見てみなよ、先生を助けたいって人達がこんなに沢山手を取り合って力を合わせて此処にいる。他人に助けの求め方が分からないって言うなら教えてあげるぜ。その道のプロなんだ」
顔を綻ばせ歯を見せた定は、大きく息を吸い込んで戦場へ叫びを上げた。
「先生が手を伸ばせば僕達がそこから引っ張りあげるから! 信じてみてよ、今までの自分を!
――これからの僕達を!!!!」
定の言葉は一瞬、暁月の思考を鈍らせる。戦場においてその隙は致命傷となり得るもの。
祝音は暁月の頬を左手で殴り付けた。
「ふざけるな……暁月の大馬鹿野郎――――!!」
黒印の呪いが彼の心を蝕み、その肩に課された重圧に耐えて来たのだろう。そんなこと分かって居るのだと祝音は息を荒らげ叫ぶ。
「自分だけじゃどうにもならない事もあって、疲れてしまったんじゃないの!? 完璧じゃなくて良い。助けてほしいって思っても良いし言っても良い……信頼できる人の前でなら泣いても打ち明けても良いんだよ」
燈堂家が抱える難しい事情は祝音には分からないけれど。
友達の白雪がこの場所を心地良いと思っているなら、此処を守るのは祝音の役目だ。
「難しい事より暁月さんの方が大切! そして廻さん達も、ね。全員で生きて未来を迎える!」
だから、この拳は大馬鹿者の暁月へのきついお仕置きなのだ。
「日向様。昨秋、あなたは道場で暁月様の剣術を見たはずです。それも眼前で」
「うん……」
すみれは日向と共に暁月が剣を振るう戦場へと姿を現す。
本来は使命に奔走する日向が、彼らと敵対しても戦えるようにというすみれの心遣いだった。
「まさか此処で活きるとは。あなたには暁月様の剣癖、更には……」
毒抜の時機だって見抜けるかもしれないとすみれは日向へと向き直る。
「燈堂には……いいえ。私には、あなたの力が必要です。どうか、共に暁月様を救ってはくれませんか?」
「うん。勿論そのつもりだよ。すみれは僕が守る。そして、暁月兄さんも廻も助ける!」
「ええ、ええ。同じひとの子なのです。あなたが廻様を刺したくないと思い改められたように。黒く染まる暁月様だってまた変わることができるはず」
すみれは仲間と剣を交える暁月を薄紫の双眸で見つめる。
仮に燈堂が壊れてしまっても直せばいいとすみれは日向の肩を抱きしめた。
「好きな人一色だった私の人生は、この世界に降り立ったことで実質終わったようなものだと思っていましたが……そこにあなたが希望の花を咲かせてくれて。いただいた花は、その具現です。生きていればやり直せる……そうでしょう?」
日向はすみれが肩に置いた手をぎゅっと握り絞める。
「うん。そうだね。間違えてもやり直せる」
一人で刃を受ける必要はないのだ。何時でも自分が支えるとすみれは目を細めた。
「今度は私が、あなたの人生の栞になりましょう――行きますよ」
「行こう!」
日向に降りかかる刃はすみれが受け止める。傷付き血に濡れても、歩みを止めぬよう。
あの狭間で自分を助けてくれた日向が、災禍を壊す、柔らかな陽の光となってくれるから。
「花といい救いといい貰ってばかりですから……」
その身穿たれようとも、光を遮ることは許されないのだと、すみれは日向への攻撃を庇い続ける。
「暁月先生、あなたの道はそれしかなかったんですか?」
責めるつもりは無いけれどと悔しさを滲ませ拳を握る眞田。
彼を殺めるつもりは無い。廻が大事に思っている人だから。
「先生の為に燈堂君は今までずっと辛い思いを我慢してきたんだ……」
歯を噛みしめ、眞田は暁月の前に赤いナイフを走らせる。
弾ける剣檄と荒れ狂う妖気。眞田の腕を暁月の剣尖が流れた。
「俺はもう痛みを恐れない」
滴り落ちる血を其の儘に、眞田は腰を落し暁月の懐へ飛躍する。
「燈堂君の受けてきた痛み、暁月先生の抱えてきた苦しみ。そんなのに比べたらなんてことなかったんだ。燈堂君が苦しんでることを知ってなお、俺は救えなかった……何も出来なかった。ここで手を止めたらずっと後悔することになる」
苦しんでいる姿を見たくない。悲しんでいる姿を見たくない。
眞田は暁月と手合わせした記憶を反芻していた。
あの時とは全く違うけれど。それでも得たものはあるから。
剣の捌き方、間合いの詰め方。全部暁月に教わったものだ。
「……俺、燈堂君を守りたくて、先生に相談してさ……自分で言うのもアレだけど、こんな人間がちょっとは変われたんだ。先生、進路って進んだ後でも変えられないものですか?」
自分を隠してきた臆病だった眞田が、変れたと思えたのに。それを教えてくれた暁月が変れないなんて、そんなはずは無いのだと眞田はナイフの刃へと想いを込めた。
「俺は……最後の選択もあなたに預けるよ」
ブレンダは狸尾達を後へ控えさせ、自身は前に一歩踏み出す。
「貴方の苦しみが分かるなどとは口が裂けても言えない。しかし……失ったモノばかり数えるな! 貴方のしてきたことは正しく、美しいものなのだから!」
大剣は暁月の眼前に迫り、辛くも避けた刃に血が乗った。
頬を伝う赤を拭いもせず、暁月はブレンダと刃を交わす。拮抗する力が鬩ぎ合い金属の摩擦音が戦場に響き渡った。暁月に届けるのは自身の声ではなく、門下生たちの言葉。
「彼らは貴方の事を大切に思っている。死んで欲しくないと泣いていたよ」
ブレンダは己を力なき者の剣であると自負している。その為にここに居るのだと。
「……みんな」
「やはり、彼らの言葉は染みるか。そうだろうとも。独りであまり抱え込むものじゃない。大変な時は誰かに頼ってもいいらしいぞ? 暁月先生。悲劇が貴方の運命というのなら私たちイレギュラーズがその運命をきっと変えてみせよう」
刻まれるブレンダの刃(ことば)は暁月の胴に傷を生んだ。
「ああ、それと。屋敷の中庭。夏の花が咲いたらまた一緒に見ようじゃないか。きっとまた綺麗な花を咲かせるんだろう?」
じくじくと痛む傷口から侵入してくる温かな言葉の数々。
「暁月さん、ねぇ!? 最悪自分が死ねば廻は助かる――ふざけているんですか!?」
怒気を孕んだすずなの声が戦場に響き渡った。昂ぶった感情に呼応してすずなの目尻に涙が浮かぶ。
「残されたものの気持ちは、貴方が一番よく知ってるんじゃないですか……!?」
恋人を失った悲しみを未だに引き摺っているのは暁月であるはずなのに。
「廻さんだって、全てに納得しているわけではないでしょうに、少なくとも、今回の貴方の選択は間違っています! だから、ここで止めます! そして探しましょう、貴方も、廻さんも救える道を!!!!」
すずなだって置いて行かれそうになった事がある。今の廻にその時の情動を重ねたすずな。
怖くて悔しくて悲しくて。その時の不安と焦燥感に抗う様に怒りへと変えて。
「絶対に認めないし、死なせない! 全力を尽くしますよ!!!!」
この戦場には天川たちも駆けつけている。彼らはすずなより暁月と親しい。
その心情を慮ればこそ、辛い戦いとなる事は分かりきっている。
だから、すずなは彼らの手助けもしたいのだ。
殺すつもりは毛頭無い。されど、手加減出来る相手でも無いだろう。
「願わくば、正常な状態で手合わせしたかったです……」
「ごめん、ね」
轟音伴う鍔迫り合い。火花が戦場を彩り、刹那の時間眩しく弾ける。
一瞬でも気を抜けば此方が急所に傷を受けるだろう。苛烈なる気迫にすずなの頬に汗が流れた。
「無限回廊……暁月さん、貴方はそれを信じ切る事は出来なかったのね」
「……」
舞花の言葉に無言の同意を返す暁月。目の前で綻んで行く姿を一番見ていたのだ。当然だと舞花は僅かに視線を落した。無限廻廊に、燈堂に関わったせいで……どれ程のものを背負い、どれ程のものを失ってきたのだろうか。
「解る、とは言いませんが、同業としては察するには余りあります」
「君もその背に負ってるんだね」
「暁月さん。御存じでしょうが、無限回廊もまた神なるものの欠片。信仰こそが在り方を定めるもの。
けれど、それは滅ぼす為の力に非ず。繰切を封ずるためにこそ、その形をとった力でした。封じ続ける事が答えとは言いません。その伝統にこそ抜本的な解決が必要だと、以前貴方に言った通りです」
舞花の伝う『解決』は、その業を背負った暁月にとって存在意義の消失に等しかった。
されど、叶うのならば。全員が笑っていられるような世界をこの目で見たかった。
「……舞花、私はこの前の竜が来襲した時に思ってしまったんだ。この燈堂を一瞬で消してくれたら誰も苦しまずに済むのだろうか、と。繰切も無限廻廊も全部無くなって私達も無くなってしまえば。けれど、それは子供達が可哀想だ。彼らには未来がある。なら、彼らには道を残さなければならない……」
切なく揺れる暁月の赤い瞳を舞花は真正面から見つめる。
「今は――私達が居ます。私達が信じ、貴方と共に切り拓いてみせる。このような終わり方は……『誰も望んでいない』。貴方は死なせない。廻君、龍成君、そして澄原先生の為にも――!」
薄氷の剣が舞花と暁月の間に翻った。煌めく燐光を帯びた美しい剣は暁月の肩に深々と突き刺さる。
舞花は暁月から一度距離を取り、彼の様子を観察するため視線を上げた。黒い呪いが傷口からじわりと染み出して、再び暁月の中へと潜り込む。舞花は眉を寄せてその黒呪を見つめた。あれは元々暁月に巣くっていたものではない。この急変も、先程の黒呪のせいなのだろう。
何者かの介入の気配を感じると戦場に気を張り巡らせる舞花。
龍成の異常もそうだが。廻側でも何かが起っている。
「暁月さん、廻さん、龍成君の呪い……そして恐らくは情報を流していた者も同じ」
信頼され、情報を得られる、燈堂家に出入りする者――葛城春泥。
捨て置けないと舞花は僅かに怒りを滲ませた。
天川は暁月の憂いに沈む表情を見上げ胸が詰まる想いだった。
暁月と晴陽、そして己が苦しみを分かち合えたのならと思わずにはいられない。
どんな思いで刀を握ったのか苦しんだのか。それを伝える術は、今此処には無い。
ならば剣を交え伝えるしかないだろう。文句ならば、後から存分に聞いてやるから。
「お前は一人で背負いすぎなんだよ! 泣きたいなら泣け! 苦しいなら苦しいと言え! 己が無力を嘆いたっていい! 一人じゃ出来ないなら俺んとこに来い! 一緒に泣いてやる! 一緒に苦しんでやる! 一緒に無力を嘆いてやる!」
天川のよく通る声が暁月の耳に届く。
「何を、君ほどの男が、無力だなんて」
自由に己の身一つで戦場を生きていける天川が、暁月は眩しかった。羨ましかったのだ。それでも、背負う業があり、導くべき者達が居る。天川と自分とでは生きて居る世界が違うと見ない振りをしていた。
「俺だってな……! 未だにどうすりゃ前を向いて歩けるのかなんて……分からねぇよ!」
悔しげな切なげな天川の表情。拳を握る力が溢れ、小刻みに震えている。
この男も、自分と同じなのかと、この時初めて、暁月は天川の眼差しを真正面から受け止めた。
「きっと俺達は過去を忘れられない」
大切な人を失った傷跡は天川にも暁月にも深く刻まれている。
「それでも逝った奴の……今いる奴らの事を想うなら……ずっと俯いてる訳にもいかねぇ。そうだろ?」
「ああ……分かっているさ。わかっている」
だからこそ、道を作るため『己の命』で贖おうとした。
「どうすりゃ前を向いて歩けるか……一緒に考えよう……。廻や繰切のことだって、いつでも! いくらでも力を貸してやる! だから帰ってこい! 暁月!!」
天川は暁月に手を伸ばす。彼らはもう十分に失ったのだと。これ以上奪わせやしないのだと。
「ああ。天川、私は――」
伸ばされた暁月の手。縋るように。助けを求めるように。
次句を継ごうと、暁月の唇が動き。
それを覆い隠すように、黒印の呪いが胸元の傷から瘴気となり溢れ出した。
もがき苦しむ暁月の名を、天川は呼び続ける。
絶対に負けるなと、諦めるなと言うように――
●
ラクリマはブルーグリーンの瞳を上げた。
空気が震える。嫌な予感が耳を攫って焦燥がラクリマの頬を撫でていった。
「暁月さん……」
小さく呟いたラクリマは廻の頭を撫でてから踵を返す。
きっと廻だけではない。周りの仲間とて望む結果ではない。
「俺だって……」
出来れば暁月を殺したくは無いのだ。されど、もし暁月が呪いに飲み込まれてしまったのなら。
ラクリマは廻を選ぶと決めていた。大切な人を失うのはもう嫌だから。
「嫌われてもかまわない……廻さんが生きていてくれたら十分なのです」
ラクリマは意を決する為祈るように指を組んだ。
その先を、殺気を纏った竜真が通り過ぎる。ラクリマよりも明確な殺意。
「は……っ」
苦しげに止めていた息を吐いたラクリマ。
「俺は」
置いて行かれる悲しさを知っている。伽藍洞の心を知っている。
それを廻に刻んで欲しくないと思ってしまった。暁月を殺す事はラクリマには出来ない。
「暁月さん」
願わずにはいられない。全てが助かる未来を。
「船の上で初めて会った時、俺は貴方を大人だと思った」
竜真は暁月の前に太刀を翻した。距離を測りながら睨み合い機が決するのを待っている。
「貴方といるときの廻は暖かそうで、ちゃんとした保護者がいるんだなと。……だが、どうやら俺はまだまだ節穴だったらしい。こんな大馬鹿を保護者だと勘違いしていた」
落胆と僅かに怒りを孕んだ竜真の声。
「廻一人守れないくせに繰切を殺す? ふざけたことをぬかすな。アンタには殺せない。殺す力も、目的も、なにもない。今のアンタは弱い。守れなかった昔よりも。受け継いだばかりの幼い頃よりもずっとな!」
竜馬が地を蹴り暁月の眼前へ飛び込む。金属音と共に弾かれる刃。
反動を軸に再び竜真は間合いを取った。
「……その弱さは、俺が殺してやる」
竜真とて暁月を殺したいわけではない。誰も死なずに済むならそれがいい。
「貴方が死を望んで、それがどこまでも固いなら。誰か一人くらいは。タイムリミットに関係なく、その意思を肯定してやらないと。それが俺の望みだ」
振り上げた太刀筋。月明り煌めく刀身に暁月が僅かに目を細めた。
「それじゃあ、さよなら……暁月さん。ここからは貴方の、救済の時間だ」
竜真は暁月を殺す為の刃を振り下ろす――
「スペリオン……エッジキィィィィィィィィック――――!!!!」
ムサシの高らかなる雄叫びと共に暁月の身体が宙を舞う。
地面に転がった暁月目がけ、ムサシはダッシュし、彼に馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。
「こん……のっ……分からず屋ァッ!!!!」
痛烈な握り拳が暁月の頬を打つ。
妖刀を掴み立ち上がった暁月にムサシは食らい付くように言葉を叩きつけた。
「神を殺すって息巻いといて……それより大分弱い、『ヒーロー』一人、殺せないんでありますか!?」
ムサシの怒号に暁月も苛立つように息を吐く。
「自分は妖刀『無限廻廊』がどれほどのものか分からない。それでも、そんなものなんかに殺されてなんかやれないであります! くし刺しにされようが、斬られようが、手足がもがれようが、抗い抜く!」
パンドラだろうが持って行け。神の侵食だろうが関係無い。その代わり絶対に救ってやる。
「こんなことで倒れる……ヒーローなんかやってないんでありますよ……っ!」
ムサシ・セルブライトは絶対に負けない正義のヒーローなのだから!
「うおおおおおお!!!! 暁月ィィ!!!!」
「……っ!」
ムサシの拳は暁月の意思を崩す黒呪を弱らせる。
「何時かの約束を果たしに来た。どうやら、守る事が出来る様で何よりだ」
ベネディクトは剣を抜き去り、暁月の瞳を真っ直ぐ見つめた。
大人になってから、守る事の出来なかった約束に思い馳せるベネディクト。
数えきれぬほどの思いが青年の脳裏に蘇ってくる。鮮明に鮮烈に。
絶対に守るべきものだってあった筈なのに。自分の預かり知れぬ所で掌から滑り落ちていく物も。自ら手を下したこともあった。
「大喧嘩といこうか、暁月。俺は決して、優しくは無いぞ」
「ああ……知ってるよ」
交錯する色。剣尖が宵闇を走り、重なる刃が激しく火花を散らす。
「加減をする心算は無い、先ずは無限廻廊を振るえん様にさせる――!」
これは、抗うための戦いだ。救う為の対話だ。
ベネディクトの剣が暁月の胴を切り裂き、己の断ち切られた筋肉に痛みが走る。
血が赤く飛び散り、刀身が滑った。それでも突き入れるベネディクトの剣尖に澱みは無く。
肉を斬る音と刃の金属音が戦場に木霊した。
「斬り掛かってきた所を回避、と思ってるんだろうが……俺の覚悟を甘く見んじゃねえ!」
急所を狙った暁月の太刀筋を幻介は敢えて懐に飛び込む事で受け止める。
暁月が持つ妖刀無限廻廊を奪い取ろうと幻介は親友へと飛びかかったのだ。
「無茶をする、なぁ!」
「それはこっちの台詞だ!!!! お前これ滅茶苦茶痛えし怖いに決まってんだろ馬鹿! けどよ……こんなもん、お前の苦悩に比べたら屁でもねえ、全っ然痛かねえな!」
「幻介……」
「絶対に死なせねえからな! お前には死んで償わせるより生きて俺達と同じ地獄を味わってもらうぜ。それがお前に出来る、最大の償いだ!」
何が何でも食らい付いてやると幻介は暁月の腕に必死にしがみついた。
そして、妖刀無限廻廊へと手を伸ばす。
幻介が刀に触れた瞬間、灯火の赤焔が闇夜を照らした。
「が、ぁ!?」
うなり声を上げたのは暁月ではなく幻介の方。強制的な支配を妖刀自身が拒絶したのだ。
脅威を排斥しようと妖刀に施された反呪術が発動し、命を蝕む苦痛が幻介を侵食する。
されど、その幻介が命がけで生み出した『隙』をヴェルグリーズと星穹は見逃さなかった。
「頼むぜ、二人とも……信じてるからよ」
幻介が血を吐きながら見上げた先。
光を解き放ち剣の姿となったヴェルグリーズの柄を星穹が掴む。
「暁月様――貴方に憑いた陰りを祓い、心全てを照らします」
少女は己とヴェルグリーズの分霊を合わせ高らかに天へと掲げた。
「……欠けることはなかった奇跡の欠片。それでも、そうだとしても、私が願わない理由にはならない。だから願い、祈り――そして、掴みます!」
ブランシュは祈る。無限廻廊の仕組みを変化させ、誰も死なない結末を。
「想いよ届け! 最上級のハッピーエンドじゃなくていい! 誰も死なない平和な結末を!」
「祈りとかはよく分からないけど誰かを助けたい気持ちなら誰にも負けないから」
雄斗の願いは必ず暁月や廻を助けること。この想いは強く、誰もが叶えたいと思うもの。
一つ一つは小さな願いが、繋がり紡がれ、辿って廻る。
「繰切と新しい無限廻廊? の信仰が両立したっていいと思ってるにゃ。神様も人間(他)も信仰も、尊重する心が大切にゃ!」
ちぐさは指を組んで目を瞑り、祈りを捧げる。
難しい事は分からないけれど。きっと願う事が大切だと思うから。
「……少しでも、かなしいことが減るように」
この小さな祈りが、信じる力が力になるのならとニルもヴェルグリーズと星穹に想いを託す。
「おふたりが願うものがいいことだって、ニルは信じているのです」
「全部解決して、白雪さんや暁月さん達と一緒に、縁側でのんびり日向ぼっこするんだ……!」
祝音の言葉は中庭に響く。
「封呪のある無限廻廊の座も、色んな所があり、楽しめる所もある廻廊になっていい。繰切さんが廻廊とずっと一緒に居られて。望む皆がたまに訪れ過ごせるように」
繰切は猫のようだと祝音は思う。気まぐれで神出鬼没で。きっと縁側で昼寝をしたりのんびり楽しむ事だって出来るはずだから。皆のそれぞれの幸せを祝音は願う。白雪達の幸せを祈る。
ボディは重傷を負い朦朧とする意識の中で祈った。
遠く龍成の声が聞こえるけれど、其れ等が死なぬよう。全員が望む幸せを手に入れられるよう。
「最初から皆が信じる繰切氏を含む皆を信じてる」
昼顔はボディと龍成を回復しながら、願いを叫んだ。自分の名は昼顔だから。願いは決まっている。
「皆が笑い、生きて、繋がる未来を僕は願う!」
「エルも、皆様が笑って、食卓を囲んで、良い冬を迎えられる事を、祈ります」
昼顔の言葉にエルも頷く。レイチェルは仲間が為すべき事を信じると目を細めた。
「我儘だけれど、俺は皆が笑顔になれる形を望みたい」
白い花の栞を優しく手で包み込んだイーハトーヴはそれを額に宛てる。
「廻に、龍成に、しゅうに、幸せでいてほしいんだ」
だからイーハトーヴは、皆が幸せになれる道があると『信じる』のだと言葉紡いだ。
「僕は信じる。神だとか霊だとかはよく分からないけれど……」
鹿ノ子はそういう類いの存在に会った事はあるのだ。豊穣の地で四神朱雀の試練を受けた。豊穣にて神霊と呼ばれるものは希望ヶ浜においては真性怪異と名を変え悪性を強める事がある。特に繰切は禍ツ神であれと願われた。
「でも、誰かの犠牲の上に成り立つハッピーエンドなんて嫌だから! 暁月さんも、廻さんも、繰切さんだって! 僕は誰ひとり、犠牲になんてしたくない! みんなで終わらせるんだ、そして、みんなで新しく始めるんだ!」
心からの望みを鹿ノ子は叫ぶ。この瞬間から、新しく始める。その一歩を踏み出す願い。
「暁月さま、廻さま……燈堂家に連なる皆さまのこれからの為にも。誰もが悲しい想いをしないで済む、力となるように」
メイメイは目を瞑り小さく息を吐いた。
ここまで紡いできた様々な人達との思い出。言葉、笑顔に思い馳せ。
「わたしは、信じましょう。……繰切さまと無限廻廊が良い形で共にあれるように」
「うん! 私も繰切の善性、未来を信じて幸福な未来を作れる事を信じ、望むよ!」
サクラはメイメイの隣に立って胸を張った。
「たとえ、完全に変える事は難しくても信じればそういう側面が少しは発生するかも。その上で分霊をみんなが信じればその力を増幅させられるかもしれない! 私だって暁月さんに死んでほしくないんだから!」
それに、とサクラは暁月へ届くように声を張り上げる。
「晴陽ちゃんはたしかに暁月さんを恨んでるかも知れない。嫌ってるかも知れない……だからって! あの子が暁月さんに死んで欲しいなんて思う訳ないでしょ!!」
「……澄原先生は、多分、暁月さんに甘えているのね。彼女は今でも暁月さんの事を、何でもできる筈の凄い先輩だと、思っているのではないかしら」
サクラの言葉に舞花は笑みを零した。本人達の問題ではあるけれど、それでも当事者だからこそ見えていないものだってある筈なのだ。
「星穹ちゃんは知らない仲じゃない。ヴェルグリーズもまた然り」
行人は剣に想いを掲げる彼らを見つめる。彼らが願いを集めてくれるというならば、自分はそれを信じるだけだと行人は祈りを捧げた。
「より良い結果を見せて貰いたいから。ベターではなく、ベストを得たいから。
――あの二人なら、きっと悪いようにこの力を使わないだろうから。信じ仰ぎて、寄り掛からず」
戦いの最中、皆がこの瞬間を待ち望んでいた。
「この信仰(こぶし)は生きていてほしいから、皆で笑い合いたいって言う願いなんだ!」
ムサシは暁月に組み付き、声を張り上げる。
「自分もイレギュラーズの皆さんも、祓い屋や門下生の人達も!
あなたが死ぬ事なんて望んでやしないんだ――!」
どれだけ斬られようとも、自分の身体が傷を負おうともかまうものか。
「大馬鹿な泣き叫ぶ子供の癇癪を受け止められないで、何がヒーローだ……ッ!」
――――
――
「皆……ありがとう」
ヴェルグリーズと星穹を信じ願った想い。叫んだ言葉。
光となって溢れ輝きを帯びる剣(ヴェルグリーズ)――
「私達は我儘なので全て譲るつもりはありません」
そのヴェルグリーズを手に星穹は閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
暁月の命も廻の命も。全部全部。
諦めて捨てる事なぞ出来はしない。
「それは勿論――ヴェルグリーズ、貴方の命だって同じです。貴方は私の相棒です」
折れることは決して許さない。星穹は相方の柄を強く強く握り締める。
ヴェルグリーズの背には信じてくれた仲間の願いが詰まっているのだから。
死ぬつもりなんて毛頭無い。ヴェルグリーズが折れれば暁月も星穹も悲しんでしまうから。
自分達が目指すのは全ての勝利。其処へ至る道筋。
「暁月殿、俺は酒を酌み交わしたあの日に誓ったんだ。キミを決して一人にはしないと。
だから、さっさと正気に戻れ! この分からず屋の頑固者!!!!」
あの日信じてくれたこの分霊を今度は自分達が信じる番だと星穹は僅かに瞳を伏せた。
「主(わたし)達の力となってください」
ヴェルグリーズが因果を別つ剣ならば、星穹は運命を結わえる器なのだ。
「全ては誰ぞの心を受け入れ――そして、誰ぞの道を開くが為に。私の鞘で、暁月様を支え、ヴェルグリーズを護り、運命を新たに切り拓く。悲しみを生む此の因果は、今此の時を以て終わりにする。誰かに頼ることは逃げなんかじゃない。貴方が貴方を護ることを、私は決して否定しない!!!!」
無限廻廊の書き換え。それは信仰を覆すということ。
深道三家に連なる人々が心から信じ己の支えにしてきたものを無かった事には出来ない。
されど、イレギュラーズが祈りヴェルグリーズと星穹に集めた願いは。
可能性の輝きを。
星屑の瞬きを。
その光を。
戦場を覆い尽くす星剣の『奇跡』を持って降り注ぐ――!
「解呪顕現――星剣の刃。燈光の陰りを祓い断つ。我等、振るうは燈火を灯す因果――銀影の迅!」
星穹とヴェルグリーズが共に分かち合った命の灯火と共に『分霊』が『本霊』へと干渉する。
覆らない理が、眩いばかりの星輝によって流転する。
その力の奔流は燈堂の地下に廻り、『封呪』にも影響を及ぼした。
何代にも渡って少しずつ歪んでしまっていた妖刀と封呪の力の流れを正常なものへと変える。
それは、実質的な『封呪』の強化でもあった。
「E-Aきちんと撮れてるか?」
「問題無い」
ヤツェクは『友人』の言葉に口の端を上げる。
彼の予想通り、無限廻廊の座には異変が起っていた。
黒く澱んで地面いっぱいに落ちていた呪符が、その力を取り戻したように浮き上がり、白く真新しい姿のまま自ら壁に張り付いていく。
薄暗い無限廻廊の座が、清廉なる空気に充たされ、この場が神聖な場所である事を思い出させてくれる。
この映像をヤツェクは友人の力を借りてネットに放流するつもりなのだ。
「新しい『神話』を放送して、興味を持つ奴が増えるよう。認識されれば、それだけで神のありようは変わるはずだ」
信仰が神の力の礎となるならば、其れを『知っている』母数を増やせば良いのだとヤツェクは考えた。この映像を眉唾物だと信じない人も居るだろう。されど、希望ヶ浜の人々はもうこの世界が安寧の揺り籠で無い事を知っている。ドラゴンが攻めてくるような世界だと認識している。
ヤツェクの取った行動は、この再現性東京202Xに生きる人々だからこそ信じてしまう説得力を有していたのだ。これは深道三家にも影響を及ぼすだろう。
ヴェルグリーズと星穹が拓いた信仰を覆す先陣に、ヤツェクが真正しく背を押した。
「ヴェルグリーズ、星穹、……喜べ!! お主達は繰切(われ)を再び封印の内側へ追いやるのだ。その成果を持って深道三家に知らしめよ。否、其れだけでは足りぬ。考え得る限り信仰を『それ』に集めよ。何千何万という信仰を覆すのだ。さすれば、我の在り方は変わるだろう」
カムイグラで瑞神を神逐したように。異なる信仰を持って邪を祓い奉る。
「たとえ、それによって我が消えるのだとしても、深道三家の拗くれた輪を解き放つは、お主の使命であろうヴェルグリーズ――」
別れを司る宿命を帯びた者。
仮想世界で断ち切る事を願われた白鋼斬影が妖刀廻姫を依代としたのは偶然などではない。
因果は廻る。妖刀無限廻廊の分霊を宿した時から、ヴェルグリーズの道筋は、此処へ収束する。
されど、妖刀廻姫が仮想世界で在り方をねじ曲げられたのは受け止めてくれる鞘が存在しなかったから。
ヴェルグリーズは柄に伝わる温もりを感じる。
無辜なる混沌では、彼の傍には星穹という鞘(あいかた)が居てくれるのだ。
そして、繰切が『それ』と指差したものを、ヴェルグリーズと星穹はじっと見つめる。二人が降り注いだ力の余波で生まれ落ちたもの。銀の髪と星の瞳。少年のかたち。『神々廻剱』に宿った『分霊』の姿だった。
紫桜は恨めしそうな悲しそうな顔で繰切を見上げる。
「君はそれでいいの?」
神であった紫桜だから、否、友人であるからこそ理解出来てしまった。彼の真意。
「構わぬ。少し出てくるのに消耗するだけだ」
容易に分体を出す事も出来なくなると言外に伝わってくる。
それでも愛すべき『人』の為に、自らを縛る檻の中に囚われると言うのだ。
分体が容易に出て来ていたのは封呪の綻びがあったから。それが正常な流れへと変わった今、繰切への戒めは本来在るべき姿へと戻っただけの話。
「何かあれば名を呼べ――紫桜」
そうして『蛇神』繰切は自ら封印の中へ帰っていった。
残ったのは黒印の呪いに侵された暁月。対峙するのはアーリアだった。
「……っ、くそ」
暁月が黒印に抗うように刀を振り上げる。
アーリアは刃が己を深く切り裂く事を覚悟の上で懐に飛び込んだ。
衝撃と。
赤く滲む血と。
激痛がアーリアの身体を走る――
肩口から入った妖刀が動脈を断ち切る寸前で暁月の手が止まった。
「な、んで……っ」
アーリアの白い肌が赤く染まって行く。
暁月が『自らの強い意思で』止めなければ黒印の呪いはアーリアの命を奪っていただろう。
――ごめんね。酷い荒療治で。貴方の最悪の日を思い出させてしまうでしょう。
「だい、じょぅ……ぶ?」
――ごめ、なさい、愛して、る。
今際の際で血だらけになりながら、愛を紡いだ恋人(しおり)の姿がアーリアと重なる。
「止めろ、駄目だ……死ぬな。死なないでくれっ!」
アーリアは暁月の頬を指でなぞり、大丈夫だと息も絶え絶えに紡いだ。
詩織と違ってそう簡単に死なないのだと。廻る思い出が、パンドラがアーリアを生かす。
ねえ、覚えてる?
へんてこなカフェでの写真も。
台風の夜のお泊りも。
日々遊びに行ってはお酒を飲んで撮った写真も。
全部私のaPhoneのフォルダにある。
写真にない思い出も沢山!
……でもね、私はまだそれを増やしたいのよ。
それに、言ってくれたじゃない。
『運命に愛された君の道行きが幸多いものでありますように』って。
願ってくれたじゃない。だから。
「……このばか!」
アーリアは歯を食いしばって、全身全霊の張り手を暁月の頬にお見舞いする。
「泣き叫びたくて、甘えたくて、救って欲しくて、止めて欲しくて!
顔にそう書いてあるんだから、ちゃんと口にしなさいよ!
信じなさいよ! 貴方自身を、貴方を信じる人達を!!
無限廻廊が真っ暗な堂々巡りじゃなく、沢山の光に溢れたものであることを!
光が見えないなんて言わせないんだから――!!」
毒も想いも全部吐き出してしまえと。アーリアは暁月の腕から黒印の呪いを吸い出す。
――全部全部吐き出して、そうしたらちゃんと言わせてちょうだいよ。
だってまだ私、直接言えてないのよ。『お誕生日おめでとう』って、貴方に。
「君はずるいよ……本当に。ずるくて、悪い(いい)女だ」
暁月は悔しそうに顔を歪めて、一筋の涙を流す。
いつだって欲しいものは手に入らない。
どんなに手を伸ばしたって届かない。
今はもう、想いを伝える事さえできはしない。
暁月が愛したのは、『死んだ女(詩織)』と――『誰かの女(アーリア)』なのだから。
アーリアの肩からずるりと無限廻廊が抜け落ちる。
支えを失った刀は地面へと転がり焔の色を失った。
暁月は腕の中で血に濡れたアーリアを抱き留め「ごめん」と小さく呟く。
「友達なんだから、もっと頼りなさいよ」
「……ああ、そうだね」
この瞬間で刻が止まってしまえばいいのにと、思い馳せた暁月は、彼女の肩に顔を埋めた。
●
「ボディ……ッ! しっかりしろ、ボディ!」
龍成の声が静かになった中庭に響き渡る。
重傷を負ったボディの自発呼吸が希薄になったのだ。身体は屍機なれど、生命活動において酸素を供給する呼吸は止める事は出来ない。ましてや深く傷を負っているボディには必要不可欠であろう。
自身も重傷を負いながら、龍成はボディの呼吸を確保するため口から息を吹き込んだ。
何度も、何度も。死なないでくれと、心で叫びながら。
「ごほっ、ごほっ……」
「ボディ!?」
唐突に咳き込み息を吹き返したボディ。その華奢な身体を龍成は強く強く抱きしめた。
「ごめん、ごめん……ボディ。痛かったな」
「龍成、あの……大丈夫です、から」
縋り付くように離れない龍成の頭をそっと撫でて、ボディは良かったと息を吐いた。
そのいつも通りの龍成達の姿を見つめ、イーハトーヴは無事で良かったと胸を撫で下ろす。
「廻に泥の器を? なぜ、そんな事を……!」
暁月の声が月明かり照らす中庭に響き渡った。
彼と対峙するのは葛城春泥。暁月の焦りを孕んだ眼光を物ともせず、大仰に溜息を吐く。
「暁月……君のせいだろう? 君が廻に妖刀の本霊をやったから、封呪は急速に綻びんだ。そして、君の精神の弱さがこの事態を招いたんだ。だから、戻せなくした。ただそれだけだよ」
無限廻廊の綻び。暁月の精神不安も然る事ながら、本来の持ち主である暁月の手から長く離れていた事が軋みに拍車を掛けたと春泥は指摘する。彼女が深道佐智子に伝えた『綻びの原因は廻である』という情報は、ある意味では正しくあったのだろう。
「やり方は、他にあったでしょう!? それでは廻が……」
可哀想だと暁月は頭を抱える。黒印の呪いが失せ、妖刀と封呪の歪みが星穹たちによって正された今、暁月の精神状態は正常に戻りつつあった。だからこそ、廻に訪れた厄災に激昂したのだ。
「暁月、お前がそれを言うの? ここに集まってくれた人達にどれ程の心配と迷惑を掛けたんだい? 佐智子や和輝、朝比奈がどれだけお前の事を心配していたと思っているんだ?」
相談役の春泥に話しを持ちかけた深道の人々は皆、暁月の事をとても心配していたのだ。
「……はぁ、もういいよ。僕は疲れた。今日の所は帰るよ。また近いうちに君らは深道に呼ばれると思う。そっちの分霊と持ち主の二人もね。……まあ、もしかしたら廻は暁月の代わりに責任を負う事になるかもしれないけど、仕方ないよね。じゃあ、また会おう諸君」
軽く手を振って去って行く春泥と、己の不甲斐なさに唇を噛む暁月。
「廻君は大丈夫かね?」
愛無は体力を消耗しぐったりと動かない廻を抱きかかえる。
「ええ、何とか……」
身体の中に泥の器が存在する本能的忌避感は拭えないけれど。生み出された穢れに侵食されていた時よりは随分と楽になった。これも、愛無とシルキィが泥の器の穴を塞いだからだろう。
「でも、妖刀は戻らないんだよねぇ?」
シルキィの言葉に至東は首を傾げる。
「なら、今はどうなっているんでしょうか?」
廻達を護る為に戦い続けていた至東は事の顛末を感知していないのだ。
「僕の身体には暁月さんや龍成とは違う『泥の器』という呪いが掛けられたようなんです。穢れを生み出し続けて、妖刀を戻せなくするものらしいのですが」
「それって、大丈夫なの!?」
変身を解いた雄斗が心配そうに廻の顔を覗き込む。雄斗の目には廻の具合は悪そうに見えた。だが、今すぐ死ぬようなものではないだろう。
「はい。繰切様が神力を注いでくれたので、命に別状はありませんよ」
「そうなんだ。なら、よかったね! 難しい事は分かんないけど、今はそれで良いんじゃない?」
雄斗の言葉に廻はこくりと頷く。
「まあ、色々と追々調べていけばいいだろ。今日の所は全員助かった」
カイトは廻の頭をぽんぽんと撫でて、にっかりと笑った。
暁月は廻の頬を心配そうに撫でた。
「廻……」
何度も何度も深道三家に纏わる、暁月が解決しなければならない事に巻き込んしまった。
「暁月さん、僕は『巻き込まれて』なんかいませんからね。僕は暁月さんに拾われた時から『燈堂』廻です。燈堂のお家が抱える色々なことは、僕にも解決する義務がある。それに此処で落ち込んじゃ、皆がすっごく怒っちゃいますよ?」
暁月の背を幻介がバシンと叩いた。ヴェルグリーズと星穹が両側から暁月の頬を摘まむ。
「何時までもネガティブになってちゃいけないな」
廻に降りかかった厄災をどうするかの方が重要だ。それに、人の姿を得た分霊と、深道三家、繰切と無限廻廊。考える事は山積みで。落ち込んでいる暇などないのだろう。
「はい……」
暁月の前に手を差し出すのはムサシだ。
「……自分でよければ、ヒーローが力になるでありますから、今度は……皆で一緒に、考えましょう」
「ああ、そうだな。みんな、ありがとう。これからは、少し荷物を預けてもいいかい?」
久しぶりに見た、少し情けない笑顔の暁月を。
アーリアは緑の双眸で見つめていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
祓い屋第二部、暁月編閉幕となります。
MVPはこの先の途を切り拓いた星穹さんへ。
同様に大きく貢献したヴェルグリーズさん、ヤツェクさん、アーリアさんへ名声をプラスしています。
ここから物語は最終章へ突入します。
祓い屋第三部『無限廻廊繰切編』です。
全ての終わりを迎えるために。
よろしくお願いします。
GMコメント
もみじです。祓い屋第二部、最終話『燈堂暁月』です。
暁月が精神崩壊を起こしました。
このままでは最悪の結果になってしまいます。
どうか、救ってあげてください。
※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!
●目的
・暁月を救う(生死を問いません)
・龍成の救出。
・廻の保護。
・燈堂の地を守る。
●ロケーション
希望ヶ浜、燈堂一門の広大な中庭です。
とても広いので、戦闘には支障ありません。
門下生や子供達が住む建物への被害は牡丹の結界があるので問題ありません。
中庭にある茶屋はその限りでは無いです。
燈堂の地にはレイラインの要石が存在します。
この場所が破壊されないように気をつけてください。
●出来る事
分かりやすいように【A】~【F】に振ってみました。
跨いでも問題ありません。一つに絞った方が描写は多くなります。
【A】~【D】は中庭、【E】無限廻廊の座、【F】任意です。
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【A】暁月と戦う(生死は問いません)
全てに絶望し精神崩壊を起こした暁月は、繰切を倒す為、廻から妖刀『無限廻廊』を抜きました。
これは、廻の生死に関わる事態です。時間の猶予は残されていません。
本霊を取り戻した暁月の力は凄まじいです。
また、それとは別に『黒印の呪い』が掛けられ、暴走状態にあります。
黒印を取り除くには、戦って体力を消耗させてから、吸い出します。
毒を抜くように傷口から吸って吐き出しましょう。
○なぜ、暁月が精神崩壊を起こしたのか
当主として、導き手として、全てをその手で守ろうとしていました。
誰に理解されなくとも、守ってみせる。
妹や弟、深道三家に連なる者、燈堂の門下生、拠り所としてくれる夜妖たちまでも。
しかし、最愛の恋人をその手で切らねばなりませんでした。
そこから大きな歪みが生まれ、廻との関係性も雁字搦めになり。
自分自身が当主として相応しくないと思ってしまったのです。
それに比例して、封呪無限廻廊も綻んでいく。
どうすることも出来ない輪の中に、暁月は囚われてしまったのです。
そうして、精神崩壊した暁月は、繰切を殺すことを決意しました。
失敗すれば自分の命で封印の礎となればいい。
自分が死んで廻が妖刀を継承すれば彼の命も助かる。そう思ってしまったのです。
ただ、それにしても崩壊に至る道筋が早すぎる事には疑問が残ります。
これを打破するには、イレギュラーズの力が必要です。
イレギュラーズと紡いだ思い出が暁月を寸前の所で留めています。
止めて欲しいと、殺して欲しいと、救って欲しいと願っています。
自分の気持ちすら解らなくなっているのかもしれません。
○暁月の戦術
妖刀『無限廻廊』で攻撃を仕掛けて来ます。
至近距離からの攻撃はかなり強力です。
剣術と呪術を組み合わせ、遠距離攻撃も行ってきます。
○集まった夜妖×無数
暁月の周りには妖気に引かれ、集まった夜妖が居ます。
魑魅魍魎。弱い夜妖が集まって怨念に似た形を取ります。
彼らは暁月の盾や矛になるでしょう。
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【B】廻の保護
廻の命綱である妖刀無限廻廊を抜かれ、生死の境を彷徨っています。
中庭にある茶屋(縁側)で、ぐったりと横たわっています。
息をすることさえ苦しく、自分で歩く事はできません。
長くは保たないと思われます。
妖刀を抜かれた事に対して、悪感情を抱いていません。
暁月が自分を連れて往くというのなら、それに従うのが正しいと思っています。
しかし、イレギュラーズと紡いできた思い出があり、未練があります。
シルキィさん(p3p008115)、愛無さん(p3p007296)との絆を強く想っています。
○廻を救う為の手段はいくつかあります。
・暁月を殺し、妖刀を廻に継承させる。
・暁月を殺し、イレギュラーズの誰かが妖刀を継承し、廻に本霊を与える。
・暁月から力尽くで妖刀を奪い、廻に本霊を戻す(一命は取り留めるが意識不明の重傷)
・暁月を説得し、廻に本霊を戻す。
・廻へ神(繰切)の力を注ぐ。(ハイリスクハイリターン。不確定要素が有り)
他にも方法があるかもしれません。
○茶屋
廻が倒れている場所です。
暁月の背後、イレギュラーズからすると最奥に位置します。
彼の隣には深道の相談役である葛城春泥が付いていますので、攻撃が当たる心配はありません。
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【C】深道朝比奈、周藤夜見、門下生と戦う
暁月が戦うと決めたのであれば、暁月の妹弟、門下生たちはそれに従います。
しかし、彼らは暁月の妹弟と燈堂一門の門下生です。
命令に従うだけではなく、自分で考える力を持っています。
全員が『暁月に死んで欲しくない』と思っています。
説得することで、戦力をこちら側に引き込む事ができるでしょう。
○『番犬』黒曜:暁月の部下です。両手を狼の手に変え、戦います。
彼は服従の印により強制的に暁月に従っていますので最後まで戦う事になるでしょう。
○深道朝比奈:暁月の妹です。強気で兄想いの少女です。白蛇を従え、戦います。
○周藤夜見:暁月の弟です。兄想いで穏やかな性格です。薙刀で戦います。
○門下生×20名
湖潤・狸尾、湖潤・仁巳、煌星 夜空、剣崎・双葉、他
燈堂一門の門下生です。
戦闘能力はそれなりですが、補うように連携力がかなりあります。
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【D】龍成と戦う
黒印の呪いによって、龍成が暴走しています。
呪いにより能力が強化されています。
イレギュラーズと戦う事をとても嫌がっており、苦しげな表情をしています。
黒印を取り除くには、戦って体力を消耗させてから、吸い出します。
毒を抜くように傷口から吸って吐き出しましょう。
絶対に死なないと、強い意思で黒印の呪いに抗っています。
それは親友であるボディさん(p3p008384)や友人達との約束があるからです。
ナイフでの攻撃を主体にしています。
手数の多い戦闘スタイルです。
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【E】繰切の子と戦う
戦場は無限廻廊の座です。
広い部屋の中には封呪無限廻廊があります。
部屋中に張られた呪符は暁月の精神崩壊を受け、真っ黒になって全て剥がれ落ちています。
何やら騒がしい気配を受けて、面白そうだと繰切は興味を引かれました。
神様故に、面白い事は大好きです。
余興として自分も楽しみたいと分体で戦場を練り歩いています。
その邪悪とも取れる繰切の力から、一つの存在が生まれました。
概念的には繰切の子。白銀の弟となる者です。
繰切は封呪『無限廻廊』の座へイレギュラーズを瞬時に移動させることができます。
○『護蛇』白銀
心優しい燈堂の守り神。
父神である繰切が望んだのでイレギュラーズと戦います。
繰切に従うことは暁月からの服従の印に背く行為ですので、力が半減しています。
生まれたばかりの弟(灰斗)の様子を気に掛けています。
○『繰切の子』灰斗
生まれたばかりの繰切の子供です。
灰髪から蛇影が出ています。十代中頃の少年のように見えます。
父神である繰切に従っていますが、あまり戦いに慣れていません。
されど、怪異であるが故に、とても強力です。
美しい瞳のチェレンチィさん(p3p008318)に興味があるようです。
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【F】その他
後方支援や怪我人の救護。サポートなど。
戦場以外にいる関係者やNPCと任意でお話できます。
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●味方NPC
○『守狐』牡丹
心優しい燈堂の守り神。
燈堂に住んでいる子供達や夜妖が怪我をしないように結界を張っています。
服従の印に抗いながら、回復をしてくれます。
本来であれば暁月と共にイレギュラーズと対峙していたでしょう。
しかし、溢れる母性で命令を振り切り、イレギュラーズを含む子供達を護る為尽力します。
○『獏馬』しゅう、あまね
二つで一つの存在である二人の間には、生命力を受渡し出来る力があります。
廻をブーストとして使えば愛無さんが強化され。愛無さんが廻に生命力を委譲すれば、生死の境を彷徨っている廻を膠着状態まで持って行くことができます。その分愛無さんの力が激減しますので使い方は要検討です。
○『双猫』白雪、黒夢
燈堂に棲まう旅人の猫兄弟です。彼らは情報屋の役割を担っています。
本来であれば暁月に従うのが道理ですが、暁月は彼らに命令を下しませんでした。
助けて欲しいという心の現れだったのかもしれません。
○周藤日向
狐耳の少年。暁月の従兄弟。
彼はすみれ(p3p009752)さんと共に在る事をのぞみました。
日本刀で戦います。
○深道夕夏、深道佐智子
燈堂の本家筋。深道の面々がいます。
二人はイレギュラーズとの交流により、暁月を止める決断をしました。
深道としては危険な思想となってしまった暁月を殺し、封呪の礎にしたいと思っています。
しかし、夕夏と佐智子はそれに反発。本家から駆けつけました。
本家の人達を留るため暁月の従兄弟である和輝は残っています。
夕夏は朝比奈の元へ向かい、佐智子はエルさん(p3p008216)と共に行動します。
○葛城春泥
練達の研究員で、深道の相談役です。
燈堂で大変な事が起っているということで様子を見にきました。
積極的な戦闘参加はしませんが自分の身は自分で守れます。
一応医療の心得があるので、廻の傍で様子を見ています。
暁月達は彼女を先生と慕っていますので、廻を任せても安心ですね。
○繰切分体
無限廻廊の座や中庭、茶屋、屋根の上など、様々な所で見かけます。
この一連の事件を面白がっているようです。
自身は戦いには参加しません。ちょっかいは掛けるかもしれませんが。
戦いたいと目の前に立ちはだかるなら、相手はしてくれるでしょう。
繰切の巫女である廻と、アーマデルさん(p3p008599)は気まぐれに守るようです。
上手く交渉すれば、廻に神力を注いでくれる可能性があります。(ハイリスクハイリターン。不確定要素が有り)
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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以下は物語をより楽しみたい方向け。
●祓い屋とは
練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。
●封呪『無限廻廊』
燈堂家の地下には封呪『無限廻廊』という巨大な封印があります。
真性怪異『繰切』を封じているものです。
燈堂家はその無限廻廊を守護する役割があります。
無限廻廊が壊れると、繰切が復活して、何千人もの命が失われると言われています。
暁月の精神不安により封呪に綻びが見られます。
封呪『無限廻廊』は封印、妖刀『無限廻廊』は刀です。対になるものです。
●真性怪異『繰切』
燈堂家の地下に鎮座する蛇神です。水神でもあり、病毒の神でもあります。
その前身は『クロウ・クルァク』だと推察されています。
クロウ・クルァク時代よりも信仰は薄れていますが、無限廻廊を簡単に突破できる程の力は残っているだろうと目されています。
では、何故留まり続けるのか。
夢の中で見た記憶では白鋼斬影との約束があるようです。
留まる代わりに廻を巫女に置き、月に一度の満月の夜に『月祈の儀』を執り行っています。
●月祈の儀
無限廻廊が綻んでいても、繰切が暴れ出さない為の契約です。
月に一度の満月の夜、燈堂家の地下に降りて廻を人身御供として捧げます。
試練と称して苦痛を与え、そのもがき苦しむ様子を愉しんでいます。
最近はイレギュラーズのアドバイスにより、優しく寵愛することもあるようです。
暁月の精神不安の原因でもあります。
●これまでのお話
燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou
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