シナリオ詳細
雪降る夜に、混沌なる音楽祭を
オープニング
●混沌音楽祭
幻想、バルツァーレク領――。
その一角にある都市、ルニーア。街の中心に巨大な野外音楽堂を携える、音楽の都である。
12月の、雪降る夜。その野外音楽堂には、今多くの明かりがともり、あちこちから楽器のチューニングの音が響いている。
ステージ前の客席には多くの観客たちが詰め寄せ、音楽祭の開演を、今か今かと待ちわびている。野外音楽堂の周囲には、大量の観光客を狙っての屋台や出店が並んでおり、音楽には興味がなくとも、そちらに釣られてふらふらとつられる人出で、これまた大きくにぎわっていた。
野外音楽堂、その一室にある貴賓室。そこに二人の男がいる。
「ご協力ありがとうございます、マエストロ・ダンテ」
その内の一人――ガブリエル・ロウ・バルツァーレクは、穏やかな微笑を浮かべながら、目の前の男、『マエストロ』ダンテへと告げた。
「……混沌の各地から、様々な音楽を……様々な身分の者の作り上げたそれまでも含めて蒐集し、上演する。
まさに混沌という世界が生み出した、あらゆる音楽の宴……『混沌音楽祭』。
まさか、これほどの盛況となるとは。正直な所、私の予想を大きく上回っています」
ガブリエルがそう告げるのへ、ダンテはゆっくりと頷いた。
「音楽とは、人の魂だ。魂より生まれた音楽に、貴賤も貧富の差もない。
純然たる、魂の発露――それこそが音楽なれば、すなわちあらゆる者から、音楽とは蒐集されるべきものだろう。
バルツァーレク伯、あなたの申し出は、私にとってもありがたいものだった。
こうして様々な音楽に触れることは、私にとっても良い刺激になる」
思ってもいない美辞麗句を並べたてながら、ダンテは恭しく一礼をした。その内心を知ってか知らずかガブリエルは、
「こちらこそ。重ね重ね、ご協力、感謝いたします」
此方も優雅に一礼。
さて、ここで混沌音楽祭について説明しよう。それは、ガブリエルがダンテの協力を得て実行した、まさに混沌のすべての音楽の祭典、とでもいうべき催しだ。
混沌世界中のあらゆる場所から、それこそ練達の再現性東京までも使者を飛ばして、身分・属性を問わず、あらゆる音楽を蒐集し、この場で上演する。
クラシック音楽からポピュラー音楽まで、ジャンルを問わずあらゆる音楽を蒐集する。その関係上、聴衆も格式高い者達ばかりというわけにもいかない。その為、混沌音楽祭のチケットは一般庶民にまで――まぁ、値段は相当張るのだか――販売されており、こうして一種の、街をあげたお祭り騒ぎのようにもなっているのだ。
「今回の音楽祭には、ローレットのイレギュラーズ達も多数参加してくれています。彼らの音楽は、マエストロにとっても良い刺激になるのでは?」
ガブリエルがそう言うのへ、ダンテは苦笑した様子を見せて頭を振った。
「そうではあるが……今宵は裏方に回らせてもらうとしよう」
「そうですか……ですが、開演の挨拶をお願いしてもよろしいでしょうか?
やはり、あなたの力あっての混沌音楽祭です。開演の声をあげるのは、あなたがふさわしい」
ガブリエルの言葉に、ダンテは頷いた。
「では、大役を引き受けさせていただこう」
果たして会場には、既に多くの観客たちがひしめき合っている。ステージの裏には、今宵音楽を披露する様々なもの達がおり、自らの魂の発露を、今か今かと待っていた。
さて、そのステージに、スポットライトがあてられた。ステージの中央に立つのは、マエストロ――ダンテだ。ダンテはマイクなど不要なほどの清涼で、朗々と語り上げた。
「良くぞ、集まってくれた。混沌の音楽家達よ!
調べを記そう。遠き時の彼方にも消えぬよう、世界に刻もう。
音の誕生に祝福を――魂焦がす煉獄よりも情熱的に、私はこの日を祝福する!
始めよう! 混沌音楽祭を!」
その言葉に、観客達から拍手と喝采が巻き起こった。ダンテはゆっくりと頷くと、ステージを後にする。
それと入れ替わる様に、様々な楽器を携えた音楽家たちが、ステージへと登場した。
一瞬の静寂。緊張のような空気が、音楽家たちに張り詰める。今宵はまさに、一世一代の大舞台。音楽家たちが頷き合い、指揮者がその指揮棒を高らかに掲げる。
そして――音楽が鳴り響いた。
- 雪降る夜に、混沌なる音楽祭を完了
- GM名洗井落雲
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年01月12日 23時10分
- 参加人数47/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 47 人
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参加者一覧(47人)
リプレイ
●音楽祭の始まり
ドラマが、ふ、と力強く息を吹き込めば、ホルンは返すように音を鳴らす。
チューニングは完璧。これまでの練習も。そう言えば、練習中に息を吸うのも忘れる位に演奏に集中して、酸欠で倒れることもあったなぁ、とドラマは苦笑する。
ホルンの重みが、両手にずっしりと載っている。その重さも、奏でる音色も、書物で識っただけでは、味わいきれぬ体験だった。
「……それもいい修行になっただろう、なんて、あなたなら言いますか?」
くすりと笑いながら、観客席を見る。大勢の観客たちが、チューニングを始めた自分たちを……いわばローレット・イレギュラーズ・オーケストラとでもいうべき、舞台に集ったメンバーを、期待に満ちた目で見つめている。
ドラマが仲間達に目をやってみれば、イングリッシュホルンを抱えるリンディスと目があった。リンディスは苦笑するように笑いかけながら、
「緊張しますね……」
と声をかける。全く、誰もが心の中では、緊張していただろう。混沌のすべての音楽を蒐集するという大音楽祭、ローレット・イレギュラーズ・オーケストラは、どうやらその始まりの音を告げる『Overture』を任されているらしい。
「そうですね。特に始まりとなると、私達の演奏によって、音楽会の格を決められてしまうかも、と考えると」
「うう……そうですね……」
リンディスがこくこくと頷いた。
「私も、書物で知識としては知っていましたが……実際に演奏するとなると、やっぱり難しいです。
意識して来たら、大丈夫かな、って、考えてしまいますね」
と、リンディスが言った刹那、ぷっ、ぷっ、と、勇気づけるようにトランペットが声をあげた。
「大丈夫、皆一杯練習したからね」
トランペットの主、序曲の鏑矢を告げる担当でもある姫喬が笑った。
「まぁ、緊張しないわけでもないけど。それ以上に、なんだか楽しいのよ。
縁ゆえに、こんな所に立つことになったけど、なんだか笑けてくる」
ふふ、と実際に笑ってみせる姫喬へ、リンディスもこくりと頷いた。
「そうですね。自分たちも楽しめるような演奏にしましょう」
「そ! それが一番!」
たたん、とステップを踏んで見せるのは、風牙だ。手にしたのは、オーボエ。それを軽やかに吹いて見せれば、自身のパートのワンフレーズが、雪空にそっと流れていく。
「ふふ、なかなかうまくなったもんだろ!
最初はロクに音も出せなかったからな。無理ーって思ったけど……うん、なんか、今日まで頑張ってきてよかったって思うよ」
楽器。それは知識として理解してみても、実際に演奏するとなるとなかなか難しいものだ。管楽器などは特に、音を出すだけでも、少々の技能を必要とする。
「一人じゃ、投げ出してたかもな。このメンバーで、皆で頑張れたから、今日、ここに立つことができたんだ」
「そうだね。演奏は、皆で力を合わせて作るものだから、なによりメンバーの相性が重要だと思うよ」
マルクが笑いかける。
「それに、相性の楽器と出会えることも必要かな?
チェロって、すごく縁の下の力持ちって感じで、僕は凄く、自分にあってると思う。
オーボエは、ハーモニーを描くよね。風牙さんによく合ってると思うよ。
もちろん、リンディスさんのイングリッシュホルンもね」
友に笑いかけるマルク。姫喬はトランペットを鳴らしながら、
「これもあたしっぽい?」
「もちろん」
マルクが笑って頷く。
チューニングもほとんど終わる。様々な楽器の調声が響いてた舞台が少しずつ静かになるにつれて、焔の緊張も少しずつ高まっていく。
コントラファゴットを抱きしめるように抱えながら、焔が、うう、と唸ってみせた。緊張で、掌と、頬が熱くなるのを感じる。途端、背中からばしん、と叩かれて、
「わわっ」
焔は声をあげた。強く叩かれたわけではないから姿勢を崩すようなことはなかったが、それでも、びっくりして、目を白くさせる。
「あはは、ごめん。緊張ほぐしてあげようと思って」
と、そう言ったのはフランだ。先ほど焔の背中を叩いたのは、フランらしい。焔は、むーっ、と声をあげて。
「びっくりしたよぉ。
でも、緊張がほぐれたのは、そうかも」
えへへ、と笑った。
「今まで頑張ってきたもんね。最初はできるのか不安だったけど、皆で力を合わせれば、あんな素敵な音色が奏でられるんだーっ、って思った。
皆にもおすそ分けしないとだね……って、しにゃこさん、指揮台に乗って観客席に手をふっちゃだめ!」
あわわ、とフランが手をふってみせる。その視線の先にはしにゃこが居て、演奏を待つ観客席に向ってアピールをしていた。
「えー、しにゃも目立ちたいですよ!
次は指揮者になりたいですね! って思ったけど、指揮者ってずっと観客席に背を向けてるんですねぇ。じゃあ、目立たないかな。
あ、次は歌つきのはどうですか!? もちろん、ボーカルはしにゃです!」
「おいおい、まだ始まってもいないのに、もう次の話か?」
ひょい、とルカがしにゃこの襟元を掴んで持ち上げた。猫みたいに持ち上げられたしにゃこが、わーわーと両手を振る。
「えー、ルカさんはまたやりたくないんですか?」
しにゃこが言うのへ、ルカは微笑した。
「ま、楽しかったのは事実だ。それから、今日の演奏も楽しめるって確信はある。
ふっ……また、か。それもいいな。
……だが、しにゃこのボーカルってのはどうだかな?」
くくっ、と笑ってみせるルカに、しにゃこはブーイングして抗議してみせた。
「おや、次、ですか。でしたら、私と共にジャズバンドなどは如何でしょうか?」
寛治がトロンボーンを、アドリブを聞かせてワンフレーズを演奏してみせる。
「中々のものだと己惚れさせてもらっています。
コントラバスが入れば、中々締まるものだと思いますよ」
「ジャズってボーカルありますか!?」
しにゃこが手をあげるのへ、
「ある曲も、まぁ、ありますが……」
寛治が苦笑する。
「お前みたいなノリノリの歌はそうそうないだろ?」
ルカも苦笑する。
「次、かぁ。みんなもう、次のこと考えてるのかな?
ボクは、今だけでいっぱいいっぱいかも」
「私もだよぉ」
焔の言葉に、フランが、ふわあ、と息をついて同意してみせる。
「それもしょうがないさ。俺だって緊張しっぱなしだぜ?」
バスクラリネットを手に、そう言ってみせるのは誠吾だ。
「けど、この緊張も悪くはないって思うな。
平和な緊張感って言うか。
皆が集まって、手にしてるのが武器じゃなくて楽器って所が、なんだか……嬉しいって言うか」
「そうだな」
ベネディクトが笑う。
「俺たちが、このメンバーが集まって、やることが戦いではなく演奏。
確かに、素晴らしい事だ。
もちろん、厭戦的な事を言うわけではないが……。
なんだろうな。いつかこの世界が、本当の意味で平和になったら……。
剣の鍛錬でなく、楽器の鍛錬を積んで、披露する。
紡ぐは剣戟ではなく、幾重にも重なった音楽たち。
そう言った未来も、或いはあるのかもしれないな」
ベネディクトの言葉に、誠吾は頷いた。平和ボケと言われたとしても、そうであればどれだけいいか、と思わずにはいられない。
「ふっ……だとすれば、これはまさに別の形での真剣勝負か。
俺達の音を楽しみにしていくれているもの達のためにも、気は抜けないな。
さぁ、頑張ろう。この音楽が、皆の心に何かを残し得る様に」
「真面目だな、ベネディクトは……」
誠吾は苦笑する。が、その真っすぐな瞳は、剣を楽器に持ち替えた今でも、なお心強い。
「そろそろ、時間ですね」
リースリットが言うのへ、2人は頷いた。見れば、他のメンバーも調律を追え、緊張した面持ちで楽器を構えている。
「はじめに、この様な演奏を行うという話を聞いたおt期には、どうなる事かと思いましたけれど……」
リースリットが、楽しそうに笑った。
「なかなかどうして。楽しい時間でした。
もちろん、本職のそれに比べれば、私達の演奏などは、足りない所も多いでしょう。
それでも……皆と、今日まで頑張れて、よかったと。
心から思います」
それは、仲間達皆が、同じくする思いだろう。
友と紡いだ思い出。
友と紡ぐ音色。
その全てが、とても輝いて思える。
「その成果を、今日ここで、披露するときです」
リースリットがそういうのへ、友が頷く。すぅ、と皆が息を吸って、刹那、舞台には静寂が訪れた。
舞台袖から、ゆっくりと、ベルフラウがやってくる。皆とそろえた、黒をメインとした衣装。凛々しいその眼で観客席を見やるや、優雅に一礼。
指揮者は語らない。指揮者のもつ指揮棒は、言葉よりも雄弁に、指揮者の想いを語るからだ。指揮者の想いを汲んで、演奏者は楽器を奏でるからだ。
思いは一つ。
今この場にいる者達に、最高の時間を。
ベルフラウが、ゆっくりと指揮棒をあげた。
姫喬が、息を吸いこむ。
そして――「Bravery Legion ~PandoraPartyProject Overture~」、その始まりの音が鳴り響き――。
音楽祭は、高らかに始まりの歌声をあげる。
●雪夜のステージ
「わ、わぁ!」
スクは思わず声をあげる。ローレット・イレギュラーズ達による、壮大な序曲の演奏。それが、観客として訪れていたスクの胸を、強く打ったのだ。
「やっぱりすごい……音楽は想像と努力の結晶です! その成果を、こうやって見ることができるのは最高ですよ!」
ぱちぱちと、拍手が自然とこぼれ出る。いつかは、自分も演奏する側に回ってみたい、とスクは思う。だが、まだ今は、色々な事を学ぶ期間だろう。でも、いつかは。
「いつかは、ボクも、あの場所へ!」
決意を言葉にしながら、スクは他の観客同様に拍手という形で演者たちに応えていた。
さて、最高の演奏を見せてくれたローレットのメンバーに万雷の拍手が巻き起こり、最高の出だしを飾った混沌音楽祭。もちろんその後も、彼らに負けず劣らずの演奏が次々と繰り広げられる。格調高い、クラシック音楽。或いは、下町の酒場などで歌われる流行歌。遠い練達の再現性東京で歌われるポピュラー音楽など、様々なジャンルの音楽が次々と演奏される姿は、まさに混沌世界を音楽で表現しているようでもあった。
そして、ローレットのイレギュラーズたちの参加も、目玉の一つである。例えば――。
「さぁ来いネアンデルタール音楽隊!!」
舞台に現れる半裸の戦装束の男たち。その真ん中で指揮をするように、朋子が巨大な刃を振り回せば、『戦姿蛮行、武麗千蛮』と名付けられた勇ましい曲が演奏される。高らかに打ち鳴らされる戦太鼓。鬨の声の如きコーラス。実際、朋子の刃は、この時指揮棒の代わりでもある。勇ましい演武、そして同時に無数の武芸者たちによる行進が、曲の迫力をさらに盛り上げんと、舞台を、いや客席を巻き込んで踏み荒らす。
「音楽祭はあたしたちのもんじゃー!!
そこのけそこのけー!! それか列に加われー!!!!」
まさに戦姿蛮行か。荒々しい音楽と熱気に、観客たちは原始の心に火をつけたかのような拍手を、ひたすらに鳴り響かせた。
さて、そんな荒々しくも勇敢な曲が奏でられる一方、テルクシエペイアのマンドリンが奏でるアイリッシュ・ミュージックは、原始のそれとは違う方向で、観客たちの胸を躍らせた。
「僕の歌(と演奏)を聞けェーーーッ!!!!!☆彡」
テルクシエペイアの奏でるそれは、前述したように、アイリッシュ・ミュージックと呼ばれるジャンルに分類される曲だ。アイリッシュ・ミュージックは、先人から口伝にて伝えられていったとされる伝承音楽で、にぎやかさを感じる曲調は、思わず踊りだしたくなるほどに小気味の良いものである。
「本当は、このまま踊って欲しい所だけど……会場ではだめだね。
もしよかったら、今度はもっと広い場所で、キミ達のための演奏を約束しよう!」
実際、テルクシエペイアの演奏技術は見事なものだ。吟遊詩人、アイドルを自称するのも伊達ではあるまい。
「やっぱり、イレギュラーズは多芸だね。俺は音楽方面はさっぱりだけど……」
観客席でそう呟く、シルト。隣にはブレンダが座っていて、共に楽曲を堪能している。
「ああ、皆実に様々な業を持っているものだ。私も演奏する側で出ても良かったが……今回は流石に準備の時間が足りなかったな
次があればその時は出てみてもいいかもしれん」
「あれ、その口ぶりからして……ブレンダも楽器できる感じ?」
シルトが尋ねるのへ、ブレンダは頷いて見せた。
「ん? 言ってなかったか? 楽器なら基本的に大体弾けるぞ?
一番得意なのはピアノを含めた打楽器だ。……今度弾いてやるから期待して待っていろ」
ふ、と笑うブレンダに、シルトは、
「やっぱり美人はなんでもできるね。楽しみにしてるよ」
などと軽口一つ。とはいえ内心は、
(こんなにブレンダが音楽好きだったなんて知らなかったな。ちょっとコンサートとか調べておこう。
次はちゃんと俺がエスコートしてあげたいしね)
と、しっかりと次のデートプランを考えていたりするのだった。
さて、踊り、と言えば彼――夢心地はきらっきらの着物を用意して舞台に上がるや、ノリの良いBGMが、練達から貸与されたスピーカーから流れだす。
「年末の歌の祭典的なアレに集まった観客達よ! 歌って踊って年を越そうぞ!」
ばっ、とポーズを決める夢心地。その様子に、観客席からは笑いと歓声が巻き起こる。流れ出す「殿様カルナバル」の何処かサイバーな曲調に合わせて、夢心地は踊りだす。
国も、種族も、垣根も超えて、今は殿さまのカルナバルの下、まさに夢心地の時間を過ごせるのだろう。
それはまさに、年末、誰もが歌に耳を傾け平和を過ごす祭典の、再現であったかもしれない。
イレギュラーズ達の登場はまだまだ終わらない。カインは自慢のリュートをもって参戦。
「曲名は『新たなる冒険の日々!』――!」
マイクが楽器たちの声を拡散して、スピーカーから客席へ届ける。何処かさわやかな、希望に満ちた冒険の旅路を切り取ったような曲。
まるで草原と、風と、太陽の匂いが局長から伝わらるようなそれは、冒険者であるカインらしい曲といえただろう。
「もちろん、演奏するだけじゃなくて、皆の曲も楽しませてもらうけどね!」
リュートを奏でながら、カインは笑う。
カインに続いて舞台に上がったのは、アリアだ。舞台に上がっただけで分かる、これまでの音楽たちが盛り上げてきた空気。観客たちの熱気。ここで崩すわけにはいかないし――何よりアリアも、この熱気に浸っていたい!
「うわぁ、最高! この感じ、この空気! まさに大! 音楽祭!
盛り上がって行ってね!」
即席とは言え、腕は確かなメンバーを携え、アリアが奏でるピアノは、繊細さというより勇敢さを感じさせるような、強く叩きつけるようなそれだ。歯切れのよいテンポ、いわゆるジャズミュージック。アドリブをしっかり聞かせたそれは、協奏というよりは競争。まるで争うように、金管楽器が、弦楽器が音を鳴らし、アリアのピアノがそれを押さえつけつつも手をつなぐように協調させ強調させる。
会場の熱気とメンバーの熱気に当てられた、まるで喧嘩するみたいな、でも楽しくじゃれ合っているかのような演奏は、観客たちの心にも火をつける。格式高い音楽祭では決して聞けぬような歓声が、アリアの耳にも心地よい。
「楽しかったーーーっ!」
じゃん、とピアノの鍵盤を鳴らして終わりを告げれば、万雷の拍手がバンドを迎えた。
「ごめんなさい、アンゲリカさん……急に呼び出してしまって。
どうせならこの一大イベント、誰かと一緒に感想を言い合ったりしたいかな、と……そういうわけで」
観客席でそういうイルミナに、アンゲリカは、「ん?」と不思議そうな顔をして見せた。
「『謝るな』……っと、悪い、アンタにこういう言い方はダメだったな。
謝らないでいい。私だって、音楽を聴かないわけじゃないし……友達に遊びに誘われて、嬉しくないわけが……」
徐々に小声になっていくアンゲリカの言葉に、イルミナは、
「えっ、ごめんなさい、最後の方よく聞こえなくて」
『聞くな!』
『了解ッス!』
びっ、とイルミナが姿勢を正した。
「だから、なんだ、嫌じゃない。
そう言えば、アンタは演奏しないのか?」
「実はイルミナもこの音楽祭にエントリーしてるんですけど……どちらかというと皆さんの作品を聞くのが楽しみッス!」
にこりと笑うイルミナに、アンゲリカは微笑を浮かべた。
「そうか。じゃあ、一緒に色々聞いて帰るか」
「そうッスね!」
二人は穏やかに笑い合いながら、次なる曲を待つ。
さて、アリアの巻き起こした熱気冷めやらぬ中、一人舞台に上がるのは涼花だ。
「まずは、アリアさんに負けないような情熱の曲! 『情熱の蒼』!」
アコースティックを激しくかき鳴らすような、まさに情熱の曲。さながら青色の炎だろうか? 蒼い炎が観客たちの心をつかみ上げたのを確認した涼花は、続けざまに曲調を変えた。
「今度は元気よく! ――『ブーゲンビリア』」
続いて演奏されるのは、ポップソングとでもいうべき曲だろうか。涼花はアコースティックギターを華麗に鳴らしながら、歌唱も勤め上げる。『歌いたいんだ、奏でたいんだ、だから終わらない歌を』。歌う、という事に対して、涼花の想いを叫ぶような、歌――。
「最後! 聞いてください! 『陽だまりの花』!」
続く、少し穏やかな曲調の出だし。先ほどまでよりは落ち着いたポップソング。どこまでも、この歌が届くように。どこまでも、どこまでも。涼花の歌は、確かにこの時、多くの人の心に届いていた――。
さて、そんな歌声響く中、ギルバートとジュリエットは、2人野外音楽堂の観客席に座りながら、ひと時の逢瀬を堪能していた。
「二人でこうして過ごすのは久々ですね。
また貴方と過ごせる時間が出来た事、とても嬉しいです」
ジュリエットが笑顔でそういうのへ、ギルバートもまた優しく微笑んだ。
「確かに夏以来だ。俺も君と過ごす事ができて嬉しい」
ギルバートは、己のマントで包むように、ジュリエットにかけてやった。わずかに、肩がつくような距離。
「寒いからな。体を冷やすといけない」
ぽっ、と身体が頬が熱くなるのを、ジュリエットは感じていた。いけない、と思いつつも、そうなってしまうのはしょうがない。
「私は多少ピアノを習っておりましたので、
クラシックを好んで聞くのですが、
ギルバートさんはどんな音楽が好みですか?」
「俺はヴィーザル地方に伝わる民族音楽をよく聞くな。ケルティックと言えば伝わるだろうか?
……しかし、ピアノが弾けるんだな。君がピアノを弾いている姿は美しいだろうな。今度ぜひ聞かせて欲しい」
そう言ってほほ笑むギルバートに、ジュリエットは夢を見るような瞳で、頷いた――。
さて、舞台に視点を戻そう。引き続きはこの二人、シュテルンと誠二だ。
誠二が静かにピアノを伴奏する中、ピアノの前に立ったシュテルンが、静かに、優しく――歌い上げる。
「そっと 目を閉じて
そっと 明星(あけぼし)光る
そっと 時を重ねて
そっと 目を開けた
そっと 夜が見える
そっと 夢をかけてく」
それは、シュテルンにとって、大切な歌だった。誠二と歌う、誠二のピアノと共に歌う、大切な歌。
――せーじ、きょうは、たのしかったよ。
心の中で、そう告げる。
――シュテ、せーじとうたうの、すき! せーじも、たのしい、と、うれしい……。
心の想いは、きっと誠二にも伝わっていて。
優しくその指は鍵盤を撫でながら、
「俺も好きだよ。いつまでも弾いていたいくらいに……満たされてるさ」
そう呟いた。シュテルンは、その声を聴いて、くすぐったそうに微笑んだ。
さて、音楽祭はまだまだ続いていく。舞台に上がったのは、ヨタカ、イズマ、剛の三人だ。
「今宵限りのスペシャルユニット、【蒼の翼】じゃ!」
剛が声をあげるのへ、観客たちが歓声を上げた。
「……皆、ワクワクしてるか? 俺は凄くワクワクしてる……。
……世界中からいろんな音楽たちが集まって、今ここでこうして手を取り合ってる。
こんな光景、一生に一度見られたらラッキーだ。そんな所に、俺たちはいるんだ……」
ヨタカの言葉に、観客達も、同意の声をあげた。身分の差もなく、ただ音楽を愛するというだけで人々が一堂に会せるイベントは、そうそうありはしないだろう。ならば、今宵の光景はある意味で奇跡。
「皆、楽しんでいってくれ! 俺も精一杯楽しむつもりだ。
まずは一曲目――『翼は蒼き風に乗って』」
だだん、とイズマがドラムを打ち鳴らす。同時、ヨタカのヴァイオリンが、剛のピアノが、にぎやかな曲を奏でる。まさに翼は風に乗って。大空を舞う翼のようなさわやかな音楽に、観客たちは歓声をあげる。
「おお、アイツらやるじゃねぇか! 音楽についてはさっぱりわからんが、そんな俺でも大した腕だっての分かるぜ!」
観客席から歓声をあげるバクルド。若干酒が入ってるが、それを気にするようなものは周りにはいない。皆音楽に魅入られているのだ。
「続いて――『Let’s go on!』」
ヨタカの言葉と共に、激しいドラムの音が鳴り響く。今度はスピーディーな曲調の音楽だ。駆けるような曲調は、まさにLet’s go on! まさに皆に共に往くことを促し勇気づけるようなそれが、観客たちを盛り上げる。
「ガッハッハ! いいぞ! いいぞ!」
観客席から、バクルドが盛大に拍手を送った。それに負けぬような大きな拍手が、他の観客からも巻き起こる。
「それ、アンコール! ってな! 皆も、まだまだ聞き足りないだろ?」
バクルドがにやり、と笑ってそういうのへ、観客達も歓声をあげた。やがて巻き起こるアンコールの声が、蒼の翼のメンバーの名を呼ぶ。
「……え、もう終わりなのかって?
はは、まだまだ物足りないよな。もう一曲……いいかい?」
イズマの言葉に、観客たちが歓声を上げた。ヨタカも嬉し気に、メンバーに頷く。
「……楽しいな。あぁ、人と一緒に演奏するって、どうしてこんなに楽しいのだろうか……!」
「よし、それじゃあアンコールと行こう。『雪の女王に捧げるレクイエム』じゃ!」
剛の言葉と共に、アンコールの音楽が鳴り響く。これまでの曲とは違って、ピアノをメインとした、静かな曲調だった――。
「あっ……」
と、それを聞いたエルが声をあげた。目をキラキラと輝かせる。
「エル、知ってる曲なのか?」
龍成が尋ねるのへ、エルは頷いた。
「はい。エルが、一番好きな曲です。同じ名前の劇があって、その縁で、エルのお父さんとお母さんは出会いました。
だから、この曲も、たくさん、たくさんきいています。
……でも、こんなに大きな音で聞いたのは、はじめて」
「ああ、スピーカーで増幅されてるからな。あの箱、わかるか?」
龍成が指さすのは、練達から貸与されたスピーカーである。
「どんどんぼわわーな、あの箱が、スピーカーなのですね。
龍成さんは、物知りだって、エルは思いました」
きらきらと目を輝かせるエルに、龍成は頬をかく。
「物知りってほどじゃねぇよ……希望ヶ浜じゃみんな知ってるぜ?
な、昼顔、アンタだって知ってる話だろ?」
きらきらのエルの視線から助けを求めるように、龍成は昼顔に声をかけた。
「……そうだね。エル氏、今度希望ヶ浜の電気街に行こうか?
音楽に関する道具、色々あるんだ」
「本当ですか? エルはとっても嬉しいです」
にこにこの視線が、龍成から昼顔にうつったのを見て、龍成は笑った。
「助かるよ。昼顔はアニソンとか聞いてんのか?」
「そうだね。龍成氏は、やっぱラップとか、そう言うの?」
「んー、まぁ、ノレれば何でもって感じだな。
でも、オペラっての? あれはすげぇって思うぜ。中学の社会科見学でじかに見たんだけど、マイクもないのに、まるで目の前で聞いてるみたいな声の大きさだった。あれだ、太鼓とか花火を間近で聞いた時みたいに身体で音を感じたんだよ。
実際に、今日オーケストラとかクラシックみたいなのもきいたけどさ、やっぱり、本物の音楽ってのは違うんだな。魂が乗ってるって言うか」
「魂、ですか。不思議な概念ですね」
ボディがそう言って、小首をかしげた。
「ボディはやっぱ、静かな曲の方が好みか?」
「静かな曲も好きですが、他の種類も好きですよ。しかし、ローレットの皆さんでも、作曲をこなせる方がいるとは。ああいった音楽を作れるというのは、やはりすごいものですね」
「だよなぁ。そういえば、昼顔だって、曲作れるんだろ?」
龍成がそういうのへ、昼顔は頷いた。
「む、昔は、だよ。音楽ソフトとか、合成音声使って……」
「昼顔様は作曲されてたのですね、凄いです。今度拝聴することって可能なのでしょうか?」
「こ、今度ね」
昼顔が苦笑してみせた。なんだか、そうやって懇願されると、気恥ずかしいものだ。
「聞くと言えば、ボディはどこから音拾ってんだ? 耳ないよな?」
まじまじと、龍成がボディの側頭部のあたりに視線をやる。
「それはもちろん、聴覚センサーが内部にあって……」
ボディがそういうのへ、龍成はまじまじと顔を近づかせて見せる。
「マイクみたいに息拭きかけたらボって聞こえんのか?」
「それは……近い、近いですから、あの」
じゃれ合うように顔を寄せる二人を観ながら、エルは昼顔に、こっそり耳打ちした。
「ふふっ。
お二人、いつも通り、ですね」
「ねー、エル氏。これで親友、かぁ……」
昼顔も笑ってみせた。
さて、仲睦まじい四人の友が友情を確かめ合っているうちにも、舞台の上ではあわただしく楽器と演者が入れ替わっていく。
今舞台に立っているのは、ピアノの前に立つ二人の女性、リアとシキだ。とはいえ、リアは平然としているが、シキはどこかびっくりした様子を見せている。それはそうだろう。というのも、シキは今まさに、観客席からリアに連れてこられて、飛び入りのような形で参加しているのだから。
「ふふ、ごめんねシキ。吃驚した?」
そう笑うリアに、シキは少しだけ頬を膨らませて、抗議するように言った。
「びっくりはいいけど、私を連れてきてどうするのさ?」
「……ねぇ、シキ。貴女もピアノ弾いてみない?」
平然と言うリアに、シキは再び目を丸くする。
「楽器なんて……いやいや、弾けないよぉ!?
それに……」
驚きから、少しだけ息を吸いこんでから、目を伏せた。
「私の指は綺麗なものじゃなくて、血で汚れてしまって、だから」
「あたしはね、思うのよ。
貴女の指は、命を紡ぐとっても素敵な指なのよ。
だから、きっと貴女なら素敵な音色も生み出せると思うの」
そう言って、リアは笑う。
「大丈夫! あたしが隣で支えるから!」
大丈夫。その言葉は、まるで魔法のような言葉。シキはその言葉を聞くたびに、起きな大樹に包まれて、木漏れ日に温められているような気持になる。
魔法の言葉が、勇気をくれる。
「私で、大丈夫?」
「大丈夫」
リアが言った。
「シキは自由に音を鳴らしてくれれば、あたしがその旋律を拾って音楽にするわ。
だからあたしを信じて、一緒に作りましょう。
澄み渡る蒼空みたいな、そんな音楽を」
そういうリアに連れられるように、シキは二人で、ピアノに腰かけた。目の前に広がる世界。白と黒の鍵盤。
ここから、青空を生み出そう。私たち二人で。大丈夫。私達ならきっとできる――。
――。
「素晴らしい演奏ですね」
ガブリエルが、そんな二人を舞台袖から見つめながら、頷いた。今は、傍によらぬ方がいいだろう。集中を崩してしまうだろうし、何よりと元の、魂を交えた語らいの時間を邪魔するほど、彼は無粋ではない。
「そうだな。良い。実に良い」
ダンテが、その隣で、リアとシキを見つめていた。ああ、煉獄よ。今はその身の内に炎を巡らせよ。
今は未だ――かまどにまきをくべるが時。
「良いものだな」
ダンテは、にぃ、と笑っていた。その笑みに、会場の誰も気がついてはいなかった。
――。
いつしか演奏は終わり、2人の演者に、惜しみない拍手がむけられた。紅潮する、シキとリア、2人の頬を、雪空の冷たい風が冷やしてくれていた。
「うう、素晴らしい催しでしたわね!
音楽とは人の魂……まさにその通りですわよねー!
鉄帝ではコロシアムがメインの娯楽でしたから、こういった文化的なイベントは新鮮ですわ!」
にっこりと笑うヴァレーリヤに、マリアはうん、と頷いた。
「音楽は人の魂……か。うん! そうだね……私もそう思う!
皆の心に触れられるイベント、か。
ねぇ、VDMランドでも、きっとこういうイベントができるよね!」
マリアが屈託なく笑うのへ、ヴァレーリヤが頷く。
「そうですわね。ぜひチャレンジしてみたいですわ……!
ああ、聖歌や教会音楽も好きだけれど、人の心を震わせるために生まれた音楽というべきかしら。心が湧き立つようなって、この時のためにありましたのね。こんなイベントを、鉄帝の、貧しい人たちにも触れさせてあげられたら……!」
この時は、ヴァレーリヤも貧しい人たちのことを思う、清らかな聖職者としての顔をのぞかせていた。それが少し嬉しくて、マリアは「やっぱり素敵な人だなぁ」なんて笑う。
「終わってしまうのが哀しいですわね……ねぇ、マリィ! あなたはどの曲が好きでした?
私はやっぱり、あの曲ですわね。まるで、春を迎えた森の喜びが伝わってくるようで好きでございますわ」
「私は、その後の曲が好き! 雷鳴轟く荘厳な感じがして好きだよ!」
「まぁ、マリィらしいですわね。ふふ、いろいろ言葉が尽きませんわね。
いつか私も楽器を習ってみたいものですわね」
「いいね、私も頑張るよ! 教会や、VDMランドで、一緒に演奏しよう!」
音楽に彩られる輝く未来を、二人、そして多くの人達に見せながら。
音楽堂は、未だ止まぬ音楽を、鳴り響かせ続けていた――。
●音楽の響く街
「すごいね、マリー! 音楽堂から離れてるのに、こっちにまで音楽が聞こえてくる!」
セララがクレープを片手にはしゃぐのへ、ハイデマリーは落ち着いた様子を装いながら、クレープを齧る。
「そうでありますね。……幻想風の敵性音楽も聞こえるのは何でありますが。いや、こういう時は我慢であります」
「音楽ってすごいね!
ねぇマリ―、今度二人でライブしようか! 魔法少女ライブだよ!」
「ライヴはごめんであります。
嫌であります。
何故私がそんなことをしなければならないのでありますか」
むー、と眉を顰めるハイデマリー。とはいえ、なんだかんだ流されて、一緒に歌っている未来が見える。見える……。
「ふふー」
セララがにこにこと笑う。
「どうしたでありますか?」
ハイデマリーが尋ねるのへ、セララは言った。
「やっぱり、マリーとこうして遊べるのが一番楽しいよ! これからも、また一緒に遊ぼうね!」
屈託なく笑うセララに、ハイデマリーは少しだけ、口元をほころばせた。
「そうでありますね。また、一緒に」
雪夜の遠賀にのせて、二人の少女は、かけがえのない気持ちを確かに胸にするのであった。
「ぼんちゃん、世界が変わっても、人の営みは変わんないんだねぇ、なんちゃって」
商店街を歩きながら、五郎八は呟いた。混沌世界にやってから、一か月ほどたつのだろうか。
右も左もわからぬ世界に、少し不安を感じることはあった。今も流れる音楽は、まるで故郷のそれにも似て。
わずかに、寂しさが、胸中に浮かんだりもする。
「コケッ」
胸に抱いていたボンちゃんが、五郎八を元気づけるように鳴いて、ほっぺたとくちばしで突っついた。五郎八はハッとした顔を見せる。
「ううん、大丈夫だよ、ぼんちゃん。ふふ、ありがと」
にっこり笑って、屋台に二人で目を通す。
「ぼんちゃん、今日は何食べよっか? とうもろこしがあるみたいだし、それを半分こにしよう!」
「コケケッ」
ぼんちゃんが嬉しそうに鳴いたから、五郎八も微笑んで見せるのだった。
音楽堂から少し離れた公園では、音楽堂から小さく漏れ出す音楽たちが、ささやかに耳を震わせてくれた。静かだけれど、心地の良い音楽。
そんな音に身を委ね、芝生に寝転ぶアリスとノルンは、普段より、いつもより、少しだけ、距離をくっつけて。
「今年一年、色々ありましたね……」
ノルンがそういうのへ、アリスは頷いた。
「……アリス、ノルンのこと、最初女の子だと思っちゃってて……」
「そうでしたね。ふふ」
くすくすと笑ってみせる。二人はおでこがくっつきそうな距離で、目を合わせて笑いあってみせた。
「短いようでとっても長くて楽しい時間だったね……!
アリスも……ノルンとこうやって一緒に居られるの……すごく嬉しい!
君のおかげで幸せ……だよ」
目を細めて、屈託なく笑うアリスに、少しだけどきどきしながら、ノルンは頷いた。
「そんな風に時間を重ねて、今日もこうして隣でお話できるのが、とても嬉しいのです」
うん、とアリスは、ノルンは、頷き合った。
「来年も、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね……! 来年も色んなとこ、行こう…一緒に!」
満面の笑みと、真っすぐな瞳が、交差する。優しい、今は二人だけの世界。それを祝福するみたいに、音楽堂からは優しい音色が、静かに流れてきて、2人を包んでいた。
ネフェルティは一人、芝生に腰かけて、夜空を見上げている。
言葉は無い。供は無い。ただ、空の星々と、柔らかな芝生、そして遠くから聞こえる音楽だけを、仲間として。
星空を見上げる。音楽を胸に吸い込む。
ピアノの音が鼓動と重なって、ネフェルティを空へ飛ばしてくれるような思いだった。星々の海で、ネフェルティは音楽と星と踊るのだ。真っ暗の世界に輝く光、音楽、星、ネフェルティ、命、心、そう言ったモノ。
世界に身を委ねて、ネフェルティは静かに、静かに夜を過ごしている――。
かちり、とばねが回る音がした。
かち、かち、と動き出す。オルゴール。
路地裏。近くに座る、猫。その隣に座る、ヨゾラ。
「これはね、僕のお気に入りの音楽なんだ」
ヨゾラが笑う。オルゴールが、音楽を奏でた。不思議そうな眼をして、猫が小首をかしげる。その身体を、ヨゾラは優しく撫でてやった。
別の猫が、不思議そうに夜空を見つめる。夜空は微笑んで、好きにするように促した。猫は路地に寝っ転がって、音楽に耳をそばだてた。
猫と、ヨゾラと、音楽だけが、その路地にあった。澄んだオルゴールの音色が空に浮かんで、とけていくみたいだった。
「これからも良い曲が沢山創られて、
心癒され、心躍り、感情が巡り、
幸せになれる機会が沢山増えると良いな」
それは祈りであり、願いだった。
多くの曲が生まれ、出会い、誰かの心に沁み込んでいきますように。
そう願い、そう想い、そうして生まれたすべての音楽たちに幸あれと。
そして雪夜の中、音楽祭は、大盛況の中幕を閉じたのだった――。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
すべての音楽に、全ての人の魂に、幸あれと。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
混沌音楽祭、ここに開幕です!
●成功条件
混沌音楽祭を楽しむ
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●状況
幻想、バルツァーレク領の街、ルニーア。街の中央に野外音楽堂の音楽の街。
今宵、ここでは混沌世界中の音楽を蒐集し、演奏するという催し、『混沌音楽祭』がひらかれています。
クラシック音楽から、ポピュラー音楽まで。それこそ何でもありの、混沌世界のすべての音楽の集まる一大イベントです。
貧富の差も身分の差もなく集められた音楽家たち。その中には、イレギュラーズであるあなた達の姿もあるかもしれません。
皆さんは、この混沌音楽祭に参加し、この特別なお祭りをめいっぱい楽しむことにしましょう!
●描写先
今回は、以下の様な描写を予定しています。
【1】野外音楽堂
今回のイベントのメインとなります、野外音楽堂です。
混沌各地から集められた、様々な音楽と音楽家たち。それが今宵、この場でその音楽を披露します。
ここでは、大切な仲間や友達と音楽を楽しんだり、音楽家としてステージに立つことができます。
あなたの自慢の音楽をここで披露してみたり、仲間達の音楽を客席で楽しんだりしましょう!
【2】出店エリア
街では、音楽フェスのイベントに便乗した、大規模な出店やお店が立ち並ぶエリアが存在します。
様々な品物や、食べ物など……多くの店が、皆さんを待っていることでしょう。
音楽堂から零れ落ちる、混沌の音楽を聴きながら、一人で、あるいは大切な仲間と、買い物を楽しむのも良いでしょう。
【3】音楽堂近くの公園
音楽堂にほど近い公園は、今宵はあまり人も少なく、落ち着いて二人きりになれたりするような、芝生の植えられた広場があります。
大切な人と芝生に寝転んで、音楽堂から聞こえてくる音楽を、静かに楽しむ、なんてのもいいかもしれません。
【4】その他
上記に該当しないもの。
内容によっては、ご期待に添えない場合もありますので、ご了承ください。
●プレイングの書式
一行目:【行き先の数字】
二行目:【一緒に参加するお友達の名前とID】、あるいは【グループタグ】
三行目:本文
の形式での記入をしていただけると、とても助かります。。
書式が崩れていたり、グループタグ等が記入されていなかった場合、希望の個所に参加できなかったり、迷子などが発生する可能性があります。
プレイング記入例
【2】
【ラーシアの音楽鑑賞】
混沌各地の色々な音楽! 楽しみですね。
●諸注意
基本的には、アドリブや、複数人セットでの描写が多めになります。アドリブNGと言う方や、完全に単独での描写を希望の方は、その旨をプレイングにご記入いただけますよう、ご協力お願いいたします。
過度な暴力行為、性的な行為、未成年の飲酒喫煙、その他公序良俗に反する行為は、描写できかねる可能性がございます。
可能な限りリプレイ内への登場、描写を行いますが、プレイングの不備(白紙など)などにより、出来かねる場合がございます。予めご了承ください。
●『マエストロ』ダンテ
裏方に徹していますので、何かちょっかいをかけてくるという事は一切ありません。
今回は、平和なお祭りです。情報精度もAなので、ご心配なさらず。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。
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