シナリオ詳細
<Liar Break>Lunacircus
オープニング
●
軍馬の嘶き。
「全軍――」
湿り気を孕んだ六月の大気を檄が劈く。
「――突撃ッ!」
振り上げた軍刀が風を切る。陽光の反射が瞳に刹那の閃光を投げかけ。鬨の声。
荒涼とした大地は怒涛と地響きに覆われた。
騎兵槍が魔獣を跳ね上げ、続く鉄靴の怒涛が踏みにじる。
無数の矢が突き立つ大地を蹄が蹂躙して征く。
――かの幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公演以来、混乱の続いたレガド・イルシオンであったが転機が訪れた。
虐げられてきた民衆の暴発『幻想蜂起』を解決したローレットのイレギュラーズ達は、そのままの勢いで恩を売った貴族、民衆等を味方とすることに成功する。
かくしてサーカスの絶対的保護者であった国王フォルデルマン三世は重い腰を上げるに至った。
これがイレギュラーズ達の尽力によって大成功に終わった『ノーブル・レバレッジ』と呼ばれる作戦の成果である。
今やサーカスは狩りの対象だった。
挙国一致の重大な事態を察知し、王都からは逃げおおせたサーカス一党ではあったが、狭まり続ける包囲網から逃れ続ける術はない。
それはここ、幻想西部に位置するトライクラン峠に広がる荒野においても同様であった。
「怯むな! 持ちこたえろ!」
襲い来る魔獣の爪牙を盾で弾き、騎士隊長ガーラル・ディストは怒声を張り上げる。
サーカスが魔物を使役するなど、今となっては当然とも思える。
ガーラルは十分に想定していた事態であった。
戦場は荒野。足場も良好。軍の侵攻には有利な状況だ。
はっきりとした目的意識を持った兵士達の士気も高い。
通常の戦場において、敵を追い詰めすぎるのは下策だ。
敵に潰走の道筋を残すことで士気を削ぎ、圧倒的戦力を叩きつけて撃退する戦術が王道だろうか。
だが殲滅が最善となる魔物を相手には、そうもいかないことがある。
だからこの戦場では、敵をそびえたつ絶壁へと追い込んだのだ。
それらの作戦は見事に成功していた。
敵は切立った崖に向けて分断され、包囲されつつある。
前線に立つ歴戦のガーラル、他二名の騎士隊長が率いる兵士達は見事な奮戦ぶりを見せていた。
兵站とて万全。老練な指揮官であるオーギュスト・バルゲリー子爵の戦術は実に堅実であった。
だからきっと。
この作戦は成功を収めたのだろう。
戦場に魔種さえ居なければ――
「後退! 盾を構えろ!」
後方から側面に回り込んだ弓兵隊が、一斉に矢を放つ。
死屍累々の魔獣の死骸が戦場に散った。
だが。
後方から突進してきた燃え盛る炎の巨人が腕を振り上げ、眼前が純白に染まる。
数名の兵士が黒い影となり、口を絶叫の形に歪ませたまま消失した。
騒然。数舜の静けさ。
「退け!」
怒号轟く中で、殺到する魔獣が哀れな兵の喉笛を噛みちぎる。
調子はずれの笛のような音を立てて、一人が倒れた。
サーカス団員に加え、この程度の魔獣の討伐であれば、どうということはない筈だった。
数と狂暴さだけが取り柄の魔獣である筈だが、反応も連携も、殺傷力すら常識を超えている。
「奥の奴か……!」
ベテランの一人が吐き捨てた。
あの場所へはどうやっても届きそうにない。
「ねえ、どうして」
魔物の只中に座り込んでいる少女が、天を仰ぎよろよろと立ち上がる。
「少し殺しただけじゃない」
肩が弾け、腹が膨れ。
「少し食べちゃっただけじゃない」
足が、指先が。身体のパーツが次々とちぐはぐに破裂する。
「大人じゃなくて子供とか。ちゃんと役立たずを選んだじゃない。私、悪い事なんて何にも」
血しぶきが虹色に煌き、透き通った球を形成した。
「ヤッテ……ナイ……ノ、ニ……ッ!」
原罪の呼び声と呼ばれる現象に、その身を委ねたのだろう。
「タノシイコト、モット、シマショ」
戦場に更なる脅威が出現した事になる。
誰もが既に満身創痍だった。
それでも彼等は、絶望に向かって死に物狂いで立ち向かっていた。
人は抗う生き物である。
人は挑む生き物である。
――なのに運命とは、ときにひどく残酷で。
●
激突は続いている。
戦いは徐々に徐々に、騎士団の劣勢へと傾いていた。
戦場には三体もの魔種が居る。兵達はいつこの場に広がる狂気に飲まれてもおかしくはない筈である。
だがそうした中で『絆の手紙作戦』と、イレギュラーズの存在そのものが、幻想の人々に狂気を跳ね除ける力を与えているのだ。
誰かが何かを叫んだ。
後方で座り込み、俯く兵士が顔を上げる。
足を失った男が、安堵の溜息を漏らす。
「来たぞ!」
剣を、盾を。弓を。槍を支えに、傷だらけの男達が立ち上がる。
「援軍か!?」
誰も彼も。燃え尽きそうな命を輝かせるかのように叫ぶ。
「勝てる、いや。勝つぞ!」
腕の傷に軟膏を塗りこまれ、苦痛に顔をゆがめていた男が槍を天高く掲げた。
「ワリ。ちと遅れたか」
どうしようもない戦場で、一人のイレギュラーズが得物を抜き放つ。
「ローレット!?」
誰かの声を皮切りに、歓声が大気を揺さぶった。
「無理すんな」
別のイレギュラーズが、傷だらけの兵士に声を掛けて前に出る。
「俺だってそこまではやれねえよ」
不敵な笑み。
「その勲章。帰ったら自慢してやんな」
敗北が約束されていた戦場で、何かが変わろうとしていた。
『個々の作戦の合間で申し訳ないが、至急向かってほしい』
いつもの酒場で、いつもの情報屋はそう述べた。
イレギュラーズ達は戦場に到着するなり、司令官のバルゲリー子爵から更なる情報を得た。状況は全て承知している。
敵はサーカスのパフォーマー達。そして取り巻く魔獣の軍勢だ。
ブロウマンは巨漢の火吹き男である。芸と共に軽妙な語り口調で客を笑わせていた。
最後には必ずビールをがぶ飲みする。盛大なゲップの火吹きで終わるのがお約束である。
だが彼は全てを焼き尽くす事だけを望む破滅主義者だ。
かつていくつも発生してた放火事件は彼の仕業だったりもする。
魔種となった今でも、その望みは変わらないのだろう。
少女マチュアは『タイニーバブル』と呼ばれていた。
小さな身体より更に小さく見えるシャボン玉に入り込み、浮かぶという芸の持ち主であった。
無数のシャボン玉や音楽に合わせて舞い、おとぎ話のような光景を見せていた。
少女たちの憧れであった彼女だが、他者をサーカスにとって役立つか役立たないかに区分する思想を拗らせていた。
身寄りのない子供をサーカスに招き、使えないと決めてかかると相当数を殺し、せめて役立たせられるよう食べて栄養にしていたらしい。
魔種となったのも、当然と言えば当然なのだろう。
フラップトという痩せぎすの男は、何もしゃべってくれないことで有名だった。
獣にグラスを重ねさせ、その上を渡らせる。縄跳びやシーソー。一輪車に火の輪くぐり。
どれもその後に自分が上手くやってみせ、得意満面の中で最後に完敗するというおどけた芸が人気であった。
人は獣の餌となるべしというのが彼の本音である。
多数の人を獣に食わせ、最後は自分が餌食になるという空想を抱き続けていた。
魔種となった今、彼はその望みを叶えるつもりなのだろう。
今はもう。どれもこれも不倶戴天の邪悪な敵である。
さて。ここからは、あくまで仮定の話だ。
約束された無情なる運命を覆す事。
仮に出来る者が居るとすれば。
それはローレットのイレギュラーズをおいて他にないのではないか。
期待の視線を浴びながら。
さっさと応えてやろう。
- <Liar Break>Lunacircus完了
- GM名pipi
- 種別決戦
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年06月29日 22時45分
- 参加人数100/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 100 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(100人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●The Beast Slayer Pt.1
世の中には意志とは無関係な、めぐり合わせというものがある。
まるで決定づけられていたとしか思えない流れを、人は宿命と呼んだ。
それは往々にして悲劇であり、この戦場はそんな定めを背負っている。
――
――――
よろめき、槍に体重を預けた兵を巨大な影が覆う。
三メートルはあろうかと言う狼のような生き物が、哀れな犠牲者の喉笛を噛み切ろうと――凛。鞘走りの音色。
妖気を纏う蒼い刀身が魔獣の腹部を深々と切り裂いた。
白銀の髪が風を受け、ふわりと広がる。
獣であれば致命傷に違いないが、相手は魔物だ。
案の定跳ね起きる魔獣に、魔力を纏った閃光が次々に突き刺さる。
この個体は、あと一息といった所だろうか。
「確実に参りましょう」
ふわりと儚い星の姫――コルクの言葉にアレンツァーは一つ頷き、傷付いた兵を下がらせる。
「すまん。イレギュラーズ、恩に着る」
兵の言葉に尾の一振りを返し。駆ける刃の銀狐は魔獣へと全身全霊の一刀を叩き込んだ。
「目標は三体ですわ」
数の暴力を相手には、地道だがそうする他ない。
邪性を帯びた瞳に呪詛の念を滾らせる魔獣。次の目標へ向けて、コルクは今一度長銃を構えた。
最前列の兵と入れ替わるように。イレギュラーズ達が前へ歩み出る。
「お、おれも。まだ戦える!」
ゲオルグ達の到着に歓喜した兵士が叫んだ。
「後方に支援部隊が到着している。また戻ってこい。それまで支えて見せる」
「すまん!」
退却する数名の兵を、ゲオルグはその広い背で守るように立ち、想う
この戦いはこの国の命運を決めるのかもしれない。だがこれが最後の戦いではないのだ。
ならば騎士団の被害は最小にせねばなるまい。
群れを成す蛇のような魔獣にゲオルグは蒼月の術陣を展開し――凄絶な血花が戦場を染め上げた。
「これが……戦場……」
心臓が痛むほど高鳴るヨタカの背を押したRing・a・Bell――アベルの逞しい手のひら。
方や不思議と戦場に親しみを感じるアベルは。何か記憶の断片でもあるのだろうか。
美しい煌きを湛えるヴァイオリンを構え、覚悟を決める。
「……さぁ」
煌めく命のスコア。奏でよう、か――
「まぁ、ついていきますとも。オレは貴方の”右目”ですので……!」
牙をむき出し怒りの唸りを上げる魔獣にアベルは鋭い蹴撃を放つ。そのまま畳み掛ける連撃に、魔獣が宙を舞う。
殊更に今だなどと、声をかける必要はあるまい。
ヨタカが奏でる美麗な音色とテノールに合わせ、蒼炎を纏う骸。その歌声が舞台を震わせた。
これ以上はやらせない。これ以上は――許さない。
学者風の頃もをはためかせ、ラデリが怨嗟渦巻く呪いの魔陣を展開する。
苦しめる準備も、殺す用意も出来ている。
もう終わりだ。シルク・ド・マントゥール――!
美しい悪意の花びらが魔獣達を飲み込み、蝕んでゆく。
魔種が支配する絶望的な戦場で、兵達などとっくに『原罪の呼び声』にかどわかされていても不思議ではない。
声など、聞こえない、聞こえてなるものか。
狂気へ誘う声など、全て、全て潰してやる。
全て、食い千切ってやる。
ラデリの気迫が兵達の支柱となっていることを疑う余地はないだろう。
「空に魔獣って、いらなくね?」
「……ん、そだね。じゃあ、どかさなきゃ」
マリネとオリヴァーは深緑の髪を靡かせ、フワリと浮かんだ。
自由の鳥たちは手を取り合い戦場を羽ばたく。
「あーしあれ嫌い。リヴ、行こ」
「行こ、リネ。……あんまり、怪我しないで。ね?」
勝ち気なマリネに連れられてオリヴァーが心配そうに少女を見つめていた。
マリネに流れる敵を抑えながらオリヴァーは長弓を弾き絞り。
「……リネは駄目、だよ」
鋭い風切り音と共に矢が突き立つ。
「ありがと、リヴ」
魔獣がどうと倒れ、地を滑る音。土煙。
「ん……」
相手を気遣い戦場を舞う様は宛ら番の白鳥のようで。
せっかくノーブル・レバレッジから良い流れが出来ているのだから。
それを途切れさせる訳にはいかない。
そう述べたクロジンデにアルテナが頷いた。
仲間が押し、切り開きつつある魔獣の軍勢はさらに分断包囲されつつあり、奥で荒れ狂う強敵の元へイレギュラーズが殺到を始めている。
敵陣に孤立し、防戦一方となっている兵達もこれで救われるだろう。
クロジンデが放つ悪意の花に蝕まれた魔獣が、決死の形相で襲い来るが。
「お願いー」
「任せて」
鋭く閃く細剣がトカゲのような魔物を刺し貫く。
背中合わせに立ち。
「もう一度、いくよー」
「うん!」
●Blame to Blaze Pt.1
魔獣達は――未だ数分の一が駆逐された程度であろうか。
だが切り開かれた道の意味は極めて大きい。
(どうやらあのサーカス団は異形の集団だったらしいね……)
あのような存在を殺す事こそ刀崎の家の役目だと、あやめは頷く。
物静かな様子とはうってかわり、悪鬼が如き気配が揺らめいた。
やはり格上食いこそ戦の華だと。
獰猛な終焉の騎士。その表情は読めないが、或いは嗤っているのだろうか。
失われた言語で『命を喰らう者』を意味する魔剣ラスアルグルを振るい、ウォリアはブロウマンの真正面に立ちふさがる。
巨人はウォリアを睨みつけ、炎が唸りを上げた。
「よかろう――!」
それは宣戦布告だ。
荒れ狂う暴威が炎を散らし、激突が始まった。
「少年! 行くぞ!」
ガーラルという騎士隊長がチャロロの隣に馬を寄せる。
「今のオイラの戦いぶりをハカセに見せてやるんだ!」
決意をこめて、チャロロが頷く。
『無事に帰ってきなさいね、チャロロ――』
そう述べて、この戦場後方で優しく背を押してくれたミシャは見ているか。
今は遠きトゥスクルモシリ。そこでの時間に想いを馳せ。
チャロロとミシャはこの世界で未来を切り開く。
眼前に迫るのは爆炎を纏う巨人だ。
その中心に立つ人型の骸にチャロロは巨大な盾を構えて飛び込む。
炎をいなし、突撃するままの勢いで叩き込まれた盾に巨人は僅かによろめいた。
「チャロロ!」
続く雷撃。ミシャの一撃が巨人の振り上げた腕を貫き、爆炎が吹きあがる。
態勢を崩した巨人は、それでも振り上げた腕をチャロロに叩きつけた。
だがミシャの一撃で生じた隙は、叩き込んだ盾を再び構えなおす猶予を与えてくれた。
衝撃。僅か一撃で膝が嗤う。
けれど小さな少年は決して倒れない。
血が焦げた匂いを感じる――
サイズはその名通りの大鎌を構えた。
――ほんと戦場は嫌だね。
サイズは美しい翼をはためかせ、眼前に迫る炎の巨人に肉薄する。
迫る炎は、けれど魔剣――鎌たるその身を焼き焦がす力を持たない。
とは言え終わったらメンテナンスは必要であろうが。
すさまじい衝撃に明滅する意識を叱咤し、振るう鎌が巨人を切り裂く。血飛沫のように炎が舞った。
『どこか親近感が沸くよ』
――炎に巻かれているという点においてだけは。
やはり敵が放つ強烈な炎は、その炎の血潮を滾らせても焼き尽くすには至らない。
ジェームズの心境はどこか皮肉気に、その面持ちそのものである炎を滾らせた。
稲妻が、続いて氷鎖迸り、炎の巨人を強かに打ちのめす。
爆炎が渦巻く危険な戦場でリウハは自嘲する。
己は。エースでもジョーカーでもないかもしれないが――
彼女は長大なライフルを構えた。
焼かれぬ身体を持つ機械仕掛けの鬼。その赤い瞳が巨人を捉え。穿つ。
巨人。『スピットファイア』ブロウマンは、この戦場に居る三体の魔種の中でも、とりわけ攻撃に特化した存在だ。
場合によっては僅か一撃で体力の過半を失い、渦巻く炎を身に浴びれば並の兵士等であればひとたまりもない。
だがここにはリウハの様に、炎に対して強い耐性を持つイレギュラーズが揃っていた。
適材適所を意識したイレギュラーズ達の作戦は、早くも功を奏しているのだろう。
「なるほど」
小さな賢者。士郎が不敵に笑う。
確かに魔種ブロウマンは強大な力を持つようだ。だが。
「カノープス殿!」
秘策を放つ隙を伺う士郎を守るため、カノープスが強烈な火炎に立ちふさがる。
腕に自信があるかと言えば、そんなものはない。
ないのではあるが。
ブロウマンの両腕がウォリアの魔剣にぎりぎりと絡みつく。
鉄さえ赤く溶かしつくすほどの熱量は、それでも異形のケンプファーを焼くには至らない。
されど。至らぬまでも。鎧――その肉体そのものが軋み、鋼を打つような悲鳴を上げている。
ウォリアの人ならざる咆哮。裂帛の気合い。
ブロウマンをわずかに押し返し――斬撃。
「此処は引けない!」
「くっ……分かった。ワシの魔術がどこまで通用するか分からんが――否! やってみせるとも!」
やり遂げる覚悟。全力で守り抜く覚悟。
その覚悟を試すかのように。純白の炎が二人を襲う。
衝撃に、熱に。瞬きするほどの僅かな時間に死すら覚悟せざるを得ないほどの一撃が見舞われた。
「鋼鉄の守護を、簡単に燃やし尽くせると思うな……!」
――まるで時が止まったように。
士郎が放つ封印の術式がブロウマンを包み込んだ。
●The Beast Slayer Pt.2
セルウスとズットッドは戦場に立ち群像を見つめる。
「大規模戦闘? 王に逆らう異分子を追い立てて焼いたことならあるね!」
物騒な言葉が飛び交いつつ。
爬虫類を相手取り、魔力の奔流を叩きつけるセルウス。
「っと、そっちに抜けた!」
『お任せ下さい』『お安い御用』
目まぐるしい戦場では簡単に後衛へと接敵してしまうだろう。
そうさせる訳にはいかない。ズットッドのガトリングから繰り出される無数の弾丸は爬虫類の表皮を穿ち、ずたずたに引き裂いてゆく。
「グリフォンへの警戒を怠らないようにね」
『警戒せよ』
永遠に続くかと思えるような戦いも、それでも一歩一歩前進はしている筈だと。
「命を賭したサーカスとはまた一興よな」
騎士団の援護に回っていたフルオライトは自身の力量を正確に推し量っていた。
魔種との戦いは荷が重いと判断したのだろう。
しかして、こちらを軽んじて言い訳もなく。その身に掛かったプレッシャーは相当なものだろう。
だからこそ。
「歌うぞ! 高らかに! 強かに!」
己を奮い立たせる歌を紡ぎ、後方から魔力の弾丸を爆裂させる。
傷つく人を見るのは好きじゃないから。
少しでも多くこの手で守りたい。
「盾に――!」
そう、決意を胸に折紙 ココロは輝く瞳で前を向いた。
フルオライトに迫る敵の間に割り込んでその身で受ける。
「ちょっとくらいの痛みじゃ怯まないから!」
じくじくと痛む傷から流れる血。見るだけでも倒れそうなぐらいだけど。
でも、きっとなんとかなる。
「ありがとな!」
フルオライトの声がする。
だって、一人じゃない。仲間が居るのだから。
「騎士団の人が無事に戦える様、おれもちゃんと……『手伝わ』なくちゃ」
誰かの助けになるのなら、とチックは呟く。だって、その為の歌なのだから。
命をやり取りする戦場ならば、強い敵も沢山居るだろう。
だけど、皆が居れば。
「きっと大丈夫」
士気を上げる手伝い。明るく元気に。諦めない気持ちを大切に。
「ん……大丈夫」
兵達に張り付いた泥と同じ疲労の顔。
「後ろにはちゃんと」
けれど。
「おれ達が……ついてるから」
呼応。兵達は槍を支えに立ち上がろうとしている。
また別の場所。
「お前達は何のために此処にいる。無残に殺されるためか?」
戦場に響き渡る黒羽の声に顔を上げる者はない。
「たしかに、ここで死ねばさぞ楽だろう。だが」
叫ぶ。
「次死ぬのは、誰だ!?」
大切な親、家族、恋人。次に命を落とす人々を想像出来ないのかと。
呻くような拒絶の声。疲労に打ちひしがれた中での刺すような視線。
「だったら――!」
黒羽が背を向ける。
「この背に続け。食らいつけ!」
僅かな力を振り絞り、兵達は雄たけびを上げる。
諦めるにはまだ早いのだ。
他方からも人々を励ます声がする。
「立ちなさい! あんた達は恥に溺れる為にここに来たのか!」
弱気な音色を感じ取りその場に駆けつけたリアは透き通る声で叱咤した。
彼女を見上げた騎士団は突然現れた美しい女神に目を奪われる。
銀の指輪から顕現したヴァイオリンを掲げ。
「あたしは想いを奏でる英雄幻奏」
彼女は勇気を奏でた。
「たまにはヒロイックに、行こうじゃない」
徐々に。
徐々にだが士気は高まっていく。
「皆はとてもよく頑張ったのです!」
ひまわりの元気な声が木霊した。沢山の敵を前に折れそうになった騎士たちの心を汲み取り、勇気の言葉に変えていく。
「その心意気、イレギュラーズはしかと受け取ったのです!」
あともう少しだから。一緒に頑張ろうぞと騎士達の心を掴んでいくのだ。
もちろん、ひまわりは小さく愛らしい存在なので、彼らを『壁』に後方から魔獣を打ち払うのであるが。
さておき。
●Save the Knights Pt.1
後方の本陣。
銃後という場所は、ひとまずの安全こそ確保されている。
だが楽な仕事は一つとて存在しない。
命を賭す最前線を支え続けることこそが、彼等の職務であるからだ。
けたたましい馬車の音。
「戻ったか!」
総司令官バルゲリー子爵が立ち上がる。
「忙しくなるぞ、子爵殿?」
首をかしげる瑞穂。馬車から飛び降り背筋を伸ばす雪穂の双方へ集まる兵達の視線は、まるで神を崇めるようだ。
兵士達どころか子爵自ら、清潔な水の補充を手伝っている。
「まこと『有難い壺』じゃの」
いろいろな意味で。
「戦場へ向かう方は、すぐに準備をするであります」
生真面目に呼びかける雪穂に、十名程の兵が「応」と応えた。
救助を求める場所を察知し、馬車を走らせ。癒す。それはさながら戦場の『救急車』である。
「こっちは黄」
『やっぱり黄』
レオンとカルラ。レオン・カルラは重傷者には赤札、軽症者には黄札、応急手当で問題なければ青札と区分している。
これでそれぞれに応じた処置が可能となる。
考えうる限りの安全な手段で患者当人から状態を聞き出し、判断し。レオン・カルラが懸命に選別する中で、最初の癒しを施すのは蜜姫だった。
運び込まれた数名の兵に彼女は瞳を閉じて両手を広げる。穏やかな光が兵達を包み込む。
泥の中でもがくような疲労。既にこの魔術を何度行使しているか分からない。額に汗が滲んでいる気がする。
突如激しく咳き込む騎士。胸元には霧を吹きかけたような鮮血。兜を外すと金色の美しい髪がふわりと広がる。少女だ。
奥ゆかしい蜜姫は勇気を振り絞り、少女の唇に唇を重ねた。甘く甘い花蜜の露が兵士に生の息吹を取り戻させる。
エリーナとケイティが増設したテントには『赤札』の患者が運び込まれている。
一気に三人だ。
命がある限りは諦めずに救って見せると、セルビア達は息も絶え絶えな兵の治療に当たっている。
息をのむ。メディカルチェッカーが緊急中の大緊急を告げている。兵士達に意識はなく、いずれも大出血を起こしている。
大動脈か、臓器か。一分一秒が生死を分ける明確な重体患者である。生半可な治療では死を免れようもない。だが彼女達であれば救うことは可能だ。
「エリーナ様、リーゼロッテ様」
前の患者の処置を終え駆け付けたエリーナはセルビアの呼びかけに応じ、その柔和な表情を引き締める。
「こちらも直ぐに手術します」
丁度一メートルの距離で、リーゼロッテのギフトはようやく患者が男性の気配であることを告げる。
顔や上半身を覆う包帯を慎重に解いて、残念――ではなく。知識と技術に裏打ちされた消毒を手早く施す。
患者一人ずつを手分けして。
エリーナのサーヴァントが器具と清潔な水を次々に運び込む中で、三人は各々慎重に治療を続ける。
最後に癒しの魔術を施し――乱れた呼吸が深く落ち着いたものになる。
処置を終え、再び馬車が走り出す。
考えたくはないが、けれどおそらくすぐに次の仕事が始まるのだろう。
レオン・カルラの労いに応じて、救護班はつかの間の休息を得るのだった。
●Realm 666 Pt.1
「よっしゃ! いっちょやってやりますか♪」
あま~いお菓子をプレゼント。お菓子の妖精タルトが小さな身体で胸を張る。
可笑しなお菓子な妖精は、両手に持ったアイスキャンディをしこたまにブン投げた。
口腔に突き刺さる氷菓にキマイラの額がきーんてする。絶対きーんてしてる。
お菓子だと思った?
残念! 攻撃だよ!
両前足で三つの頭を抱えたキマイラだが。気が付くと前足の先がちょっと切れてる。地味にすげえ痛いアレの奴。
「もういっちょー☆」
ばかすか投げた。もう、すごい投げた。これでもかってタルトは投げた。
「嬢ちゃんばっかりに、やらせてらんねえよな!」
他の戦線で身を張り、治療を終えた兵達が続々と戦線に追加投入されてくる。
「勝つぞ!」
轟きが響き渡る。
「沢山いるね……」
シオンの呟き。
「速攻あるのみ!」
厄狩闘流『破禳』、火行討技が一つ。
咆哮を上げるキマイラが複顔の中央。獅子の鼻先に汰磨羈の踵がめり込み――破禳・鴻翼楔!
爆裂する。
吹き飛ぶキマイラの懐に飛び込んだ濡羽の大太刀が、ヤギ面の首を走り。
「行くよ……」
黒き雷光のように。シオンの一撃がキマイラの頭蓋を叩き割る。
「冷静に……」
自分に出来る事をやろうとリチャードは視線を上げた。
狙撃手にとって接敵される事はそのまま死へ直結する事になりかねない。
物陰の間からバレルを伸ばし、照準を合わせた。
ひとたび引き金を引けば、弾丸は音速を超え魔獣へと着弾する。
後から聞こえる銃声が聞こえた時には敵は血を流しているのだ。
「後ろに……居る――!」
大技を立て続けに振るう汰磨羈の背後に迫る影。新たな敵をシオンは紫電の一閃で打ち払う。
「大丈夫……」
キマイラの巨大な腕が振り下ろされ――散開。
「お前みたいに厄介な敵を、後まで残す理由は無い」
二人の刃は閃光の如く駆け抜ける。
「幸か不幸かボク痛いとか分かんないし」
陽花は小さく呟く。
肩口を切り裂かれた爪痕もさっき誰かに言われて気づいたぐらいだ。
だから戦える。困っているヒトが居るのだから。
仲間を巻き込まない位置から、魔力銃を構え解き放つ。
命の残滓を燃やすように、憎悪の牙をむき出しに飛び込む魔獣へ向けて。
収束した魔力は魔獣の群れを飲み込み、打ち貫いた。
●The Beast Slayer Pt.3
丁度同じ頃。【共闘】の名のもとに集まったメンバーは騎士団を援護する形で戦場の奥へと踏み入った。
「フハハハ!!! 俺参上!」
ブラッディクロス男爵家、ジェイド・ブラッディクロスが友軍の危機に馳せ参じ。
「ジェイド男爵……我が主の付添いとして馳せ参じました、メイド兼魔法少女スノードロップでございます。以後お見知りおきを」
生真面目な挨拶に続いて、沙織は伏し目がちに。
「あまり目立ちたくないのですが……」
きらきらと舞い散る光の粒子と共に、軽やかな音を立ててエプロンが、ヘッドドレスがポンと弾けて消える。
ゆっくりと回りながら身体を覆うのは魔法少女の装束と大鎌。
「愛と正義の魔法少女スノードロップ! 華麗に可憐に参上!」
兵達の喝采。
「悪い魔物さんはお仕置きだぞ♪」
兵士だって男の子。士気高揚は間違いない。
「騎士団諸君! 卿らの『正義』はここに有る!」
愛する国と民。そして何よりも大切な家族を守るために剣を取った『勇気』を示せとジェイドは『正義の咆哮』を上げる。
「さあ、俺等も居るぞ! 共に英雄になろうぞ!」
轟くような喝采が響いた。
「皆! もう大丈夫! 私達が来たから! 我ら特異運命座標、此処に見参ってね!」
烈火の如く赤い塊が、新たに戦場に現れる。
神秘を帯びた拳で魔獣を叩きつける姫乃は瀕死の声を感じ取り走り出した。
傷だらけの騎士の手を取り、大丈夫だと励ます。
「生きる事を諦めないで!」
皆で一緒に帰るのだから。諦めるのはまだ早い。
姫乃の援護に入った冥利は目配せをして、騎士を下がらせる。
「もう大丈夫」
魔物の懐に瞬時に入り込み腕を掴んで打ち据えた。
「上から来るぞ! 気をつけろぉ」
悲鳴にも似た兵士の声がする。
「囮になるのは、このオレだ!」
ギルバートが吠え、駆ける。
飛来したグリフォンの鋭い爪がその肩に伸し掛かり――ギルバートは抜き放つ剣を下から突き立てる。
「此度の戦場!」
血飛沫が舞い。
「勝ちは見えた!」
爪が食い込み、背骨が軋む。だがギルバートは叫ぶのを止めはしない。
「これが諸君がもたらした勝ち筋だ!」
歓声と共に、彼は両腕に渾身の力をこめ、グリフォンの胸部を一気に切り裂く。
後少し、もう少しで笑顔で家族の元に帰れる。
だから、共に――
ギルバートの傍らにはココロ=Bliss=Solitudeとエウラリアの姿もあった。
名乗りを上げ、敵の注意を惹きつけたギルバートにココロは疑問を抱かずにはいられない。
騎士団を囮にすれば効率よく戦えるというものだ。
その理由を知りたい。近くで見れば分かるのだろうか。
ギルバートに肉薄するグリフォンに、ココロは銃を突きつけ。衝撃が走る。
吹き飛ぶ魔獣が中空で羽を広げ、姿勢を戻そうとするが。
エウラリアが構えたサウザンド・ワンが火を噴き、回転する弾丸が魔獣の翼の根本を穿つ。舞い散る羽。
「クっ……!」
傾ぐギルバートの身体を支えたエウラリア。ココロは即座に回復を施して。
「まだだ……ぁああ!!!」
戦場に勇敢なる戦士の雄叫びが木霊した。
最前線【強敵討伐】に立つのはアザリアの有志。
「実はサーカスは詳しくは知らないんだけどね、あたしの力が必要だっていうのならそれだけ十分よっ」
そう笑ってみせる彼女の輝く水色の髪が風に靡く。
その背にはためく妖精の羽は太陽の光を浴びて一層煌めいた。
「大丈夫! あたしが護ってみせるから!」
ミノタウロスの攻撃を華奢な身体の全身全霊で受け止める。
聖なる盾――セイントクロスレプリカに叩きつけられた重みに骨に軋む。
――それでも。
彼女が抱く騎士の誇りは砕けない。
「なかなか歯応えのある相手のようでござるしな」
ミノタウロスを前に下呂左衛門は龍神丸を抜き放った。
小細工など不要。真っ向から巨躯の懐に飛び込んで溜めた気合で一閃する。
血を噴出し痛みに悶える敵にもう一太刀浴びせれば、及び腰になっている背後の騎士団も少しは気合が入るであろうか。
「もうひと踏ん張りでござる。拙者達の剣で幻想に平和を取り戻すのでござるよ!!」
ラミアの前に立つ薫子。彼女自身は最前線に赴くほど強くはないと考えている。
だが――美しき大太刀『姫切』が閃き、兵の喝采。そう謙遜するものでもない。
紅の雷纏いし大上段からの一閃。黒い髪が艶やかに流れた。
気力の続く限り、徹底的に叩き込む刃。鬼を宿しし気迫の猛攻にラミアの身体は切り裂かれ。
勢いづいた兵達は怒涛の勢いで攻めかかる。
イレギュラーズ達が強敵に対峙する傍らで、アトリは纏わりつく無数の敵と戦っていた。
「大変なことになってるね……頑張って帰ろう……!」
傷ついた騎士達を励まし、敵を引き受け後方への退路を確保する。
臨機応変にその場を凌ぎいで行くサポートの力は、強敵を相手取る上でも需要な役割であっただろう。
「最善を尽くす……!」
「私、死神のリイン! 相棒のリンネは、やばそうな決戦に行っちゃった☆」
冗談めかして言ってはみたものの、目の前の戦場とて簡単に済むものではない事をリインはしっかりと感じ取っていた。
自分一人でも、何か出来ることがあるはずだとReinterminationをぎゅっと握りしめる。
優しげな風貌からは想像もつかないけれど、彼女は肉体言語で語るタイプであった。
「馬鹿力なら、負けませんよっー!!」
――お兄ちゃんの代わりに、私が守らなきゃ……!
太陽に焦がれた月の呪い。メルナの祈りは己を月から太陽へと変ずる儀式。
「もうこれ以上死なせない……死なせられない! 絶対に守るんだ!」
大剣を掲げミノタウロスの前に立ちはだかるメルナ。
質量を持って叩きつけられる剣に敵が怯む。
その隙きを狙うは、死骸の皮を被ったロクだ。
匂いを悟らせず背後まで近づき、ミノタウロスの身体に噛み付く。
先程まで騎士達のフラグをベキバキに折っていた心優しい彼女からは想像も付かない俊敏さで牙を立てていた。
「みんな、無理せずいこうね!!」
兵達が力強く呼応した。
リインの渾身の一撃はミノタウロスの首筋を捉え。
薫子の刃がラミアの心臓を貫いた頃。
ギルバートの剣がグリフォンの額を貫く。断末魔の絶叫と共にその爪が胸を深く抉り。
突き立てた闘志に更なる力を籠めて――グリフォンは真っ二つに切り裂かれた。
リィンの声音と共に。その悪しき魂は転生の理へと還ることになるのだろう。
●Blame to Blaze Pt.2
きりり。きりり。命の歯車を廻し。
「レモラ」
「既に待機させております、姫様」
「良かったわ」
小さな身体を躍らせるように、はぐるま姫が戦場を舞う。
はぐるまのような大きな大きな指輪――腕を飾る『名も知らぬ神の残滓』から紡がれる魔曲の気糸が、あまりに大きさの違う巨人の体躯を縦横に締め上げる。
「負傷者はあちらへ」
馬車を用意させたRemoraことレモラの指示で兵士達が退いてゆく。
こうした戦場の細かな判断が、救えなかった筈の命、その灯が絶える事を許さない。
今のところ上手くいっている。だがいざという時にはその身を賭してでも小さな姫君を守る覚悟だ。
「シキさん、行きましょう」
「……はい。行きましょう、リリーさん」
空を揺蕩い流れる雲のように。
どこまでも静けさを湛えたティミの青い瞳が、刃のように鋭い光を放つシキを照らす。
構えは背水。後は無し。
士郎とカノープスによって作り出された大いなるチャンスに、イレギュラーズ達は最大限の火力を叩き込もうと殺到する。
あなたが振るわれる事を望むなら。
私も全力で応える。
自身の魔力を一振りの刀、シキに託し。
刃がブロウマンの骨の間隙に吸い込まれ――裂帛の一閃が骨を打ち砕く。
「これくらいで」
吠える巨人の拳を受けても。
「『僕』は折れたりしません」
続いている戦闘の中で、既に幾人ものイレギュラーズが可能性の箱をこじ開け、奇跡をつかみ取っている。
ブロウマンの攻撃は、そのほとんどが一撃必殺に近い。より正確にはある程度の疲弊から一気に戦闘が不可能な状態にまで追いやられてしまう危険な代物だ。
けれど士郎の封呪は正に戦闘の鍵となり、この作戦はその命を文字通り燃やすように耐え続けるカノープスが支えていた。
これまでその炎の技の、実に半数以上を封じているのだから、その貢献は相当に大きいだろう。
ただ、そこには物理的な限界というものもある。
猛攻を続けるイレギュラーズの後ろで、手当を終えた数名の兵達が駆け戻ってくるのが見える。
――頃合いだ。
「これ以上長引かせるのは危険ね。一番なのは、あの頭を叩く事だけれど……」
舞花の呟きに、最後の一押しとなるべく力を温存していた【烈火】の面々が動き出す。
怜悧な彼女には見通すことの出来る戦況。今攻めねば――おそらく後はない。
眼前の巨人を目の当たりにして。やはり彼女にはかつて知る妖異なる存在と似ているように思える。
こうした存在がこの世界にも居ると言うのなら――これを討つことが。
「――道を斬り開きましょう。戦線に穴をこじ開けてアレを叩くなら今が好機」
「行くぞ、短時間で己の全てを出し切る心算で望む」
現状の封印とていつまでももつ訳ではない。
颯人の剣が黄金の軌跡を纏い、巨人の骨を穿つ。
躊躇いなく。防御など何も考えず。ただただ必殺必倒の意志を叩きつける。
「タイミングを合わせろ、二人とも!」
「合点! 師匠の動きは体に染みついてらぁ!」
舞花の斬魔刀が閃き――水月。
今まさに動き出さんとするブロウマンを前に、先の先、先、或いは後の先を斬る剣の術理がその拳を縦一文字に切り裂いた。
「『スピットファイア』! 今日でお前の火吹きショーは幕引きだ!」
飾り気のない一振りの剣を握りしめ。速力を高めた風牙の一閃。
「最後はテメエ自身が燃えてくたばれ!」
切り裂く。
「芸の続きは地獄でやれ。もっともお前程度の火じゃあ地獄では物足りないだろうけどな!」
「ガンガン攻めて押し切るアル!」
軽快なステップで。風蘭が愛用の――魔を退ける文字を刻んだ短刀でブロウマンを縦横に切り刻む。
勝てる。勝つ。
負けない。死なない。
絶対に――生きて帰るんだ!
熱いけど耐えられる。後背に回り込んだコゼットの鋭い踏み込み。兎が跳ねるように肉薄する。
己が力を刃とする斬撃に、ブロウマンが燃え上がる。
ブロウマンさん。
貴方『も』。
炎に魅せられたヒトなのです?
――貴方の操る焔、存分に愉しみたいのです。
仲間と共に赤の熱狂を纏い、クーアが『イマドキのメイドの嗜み』を披露する。
こうして彼女は。紅蓮色の末路へと、もう一度歩むのか。
炎の巨人は、おそらく彼女の推察通り。彼女自身と同じく『燃える』のだ。
その姿は、あたかもロウソクが燃え尽きる直前のような勢いを湛えて。
「早く、燃え尽きろ――」
コゼットの一撃がブロウマンの腕を粉砕する。
「うーん、中々に」
お熱い相手だ。だがコリーヌとて鍛冶で鍛えた身。
この程度の炎がなんだと言うのか。
コゼットの動きに合わせ、死角に回り込むコリーヌが舞うような、そして重い斬撃を叩き込む。
巨人がうなりを上げる。
「前ばっか見てると痛い目みるよーって!」
その狙いは――『仲間が本丸をブチ込み易くする』為!
チャロロが、サイズが、颯人が、あやめが。巨人を切り刻んでゆく。
ウォリアが打ち付ける鋼の暴風が腰を断ち切り。
倒れ込む巨体の炎を一身に浴びながら。
「シキさん!」
ティミの叫び。
雷光を纏うシキがブロウマンの頭蓋をたたき割る。
「姫様!」
断末魔の雄たけびと共に放たれた爆炎にレモラはその身を焼き焦がし。けれどするどい歯を覗かせ――嗤っている。
ゆっくりと崩れる従者、その実誰よりも強かな女の背を飛び越えて。
はぐるま姫の呪いにブロウマンは天に届かん程の炎を噴き上げ――
戦場に白い白い灰だけが舞い踊る。
●Save the Knights Pt.2
「魔獣軍、並びにスピットファイア撃破!」
歓声が上がる。そのまま座り込む者も居る。
それは司令部の天幕にもたらされた、ようやくの朗報だった。
「お疲れ様なのです」
戻ってきた兵士にピュリエルは清涼な水を差しだし労った。
まずは現場の情報を聞かねばならない。
「ピュリエル殿、よいか」
「はいです」
ピュリエルは羊皮紙に記した情報を元に、机上の駒を動かした。
そうして戦術書と照らし合わせていくつかのプランを提示する。
「どう思う、礼久殿?」
子爵の問い。礼久は眼鏡に指をかけた。
「ええ」
足枷となる魔獣軍の数が最初のネックだった。甚大な被害が想定されたブロウマン共々、その撃破は非常に大きい。
回復を終えた兵達を向かわせる先に、強力な範囲攻撃を持つマチュアは不適切だ。
「フラップト討伐の援護がよろしいかと」
「ミッテル!」
「はっ! イレギュラーズ殿の見識に、わたくしも相違ありません」
「やはり貴殿等もそう思うか。よかろう」
急報とこの先の方針を知らせる天幕の外。
いくつかのテントの中では、やはり命をかけた戦いが繰り広げられていた。
いくら傷の癒しを終えたとて、その疲労までは拭えない。
それでも意気揚々と再び戦地に赴く兵達の心を支えているのは何か。
たとえ、回復が出来なくともこの場に必要なものがある。
炭鉱夫から陽気な歌い手を取り上げてはならないように。
――誰かの為に、全力で総てを照らす光でありたい。
渓は兵達一人一人の声を聞き、その手を取り、激励していた。
その笑顔はきっと、この場に必要不可欠な『太陽』なのだろう。
「正に戦争ですね……」
元の世界でテレビに映るそれを見たことがある。だが現実はテレビなんて比べ物にならない質量で愛莉を襲っていた。
運び込まれる怪我人、血の匂い、目を覆いたくなるような傷。忙しくしていなければ気が滅入ってしまいそうな緊張感で戦場は駆け巡る。
「誰一人として死なせません!」
その力が今の彼女にはある。だから、今は全力で頑張るのだ。
誰一人の命も奪わせない為に。
「……いのちは、だいじ、です」
心優しいメイメイは小さく呟いた。恥ずかしがりやで引っ込み思案な彼女が戦場の片隅で頑張っている。
怖さに足も震えるけれど。最前線で戦っている仲間はきっともっと怖い思いをしているだろうから
踏ん張りどころと拳をきゅっと握った。
メイメイは医療に長けた仲間の指示に従い怪我人を癒やしていく。
清潔な場所の用意も欠かさず。
お供のカピブタはきっと荒んだ戦場の中で癒やしとなるだろう。
「皆さんは必ず勝って帰って来る、そう信じてますの。だから、死んではいけませんわ!」
治療班設営にはケイティの力無くしては早急に進まなかったであろう。
彼女のギフト、及び的確な陣地構築は目を見張る物があった。
素晴らしく出来の良い本陣は魔獣の侵入を防ぐ為に無数のトラップが仕掛けられ、実際に罠に引っかかった魔獣がすばやく処理された。
「私に、あなた方の墓穴を掘らせないでくださいまし!」
ケイティの激励は心強い。
「俺は、まだやれる! 行かせてくれ!」
最前線から運ばれてきた騎士は酷く重傷で、このまま戦場に送り出せば死ぬのは見えていた。
そんな彼を落ち着かせる様に話しかけたのは、大きな翼を持つパルファン。
「ほら、落ち着きなさい」
どうどう、と子供をあやすように、その大きな翼で騎士を包み込む。ふわりと香るあたたかな匂いに、次第に騎士が落ち着いて行く。
無駄な時間を取らせない最高効率。素晴らしきもふもふ。
「……この世界にやってきて、ローレットに所属した以上は覚悟していたことだけど」
現代日本からやってきた詩音は運び込まれる負傷者に息を飲んだ。
医療の現場に居ない人ならば夥しい傷など見る機会も無いのだから無理もない。
元いた世界の平和を痛感する詩音。
「とにかく、俺にできるのは人の命を救う事だけ。それしかできない」
それは戦場においてとても重要な役割で。
清潔にする事こそ医療の基本。生存率を引き上げる基礎中の基礎なのだ。
こうして戦いは、徐々に終焉へと近づいてゆく。
●Tiny Bubble Pt.1
――どの世界でも、どこにおっても。
戦場の最奥。
そこには最後の。そして突如出現した虹色の水球が鎮座していた。
「争いはなくならん……のね」
それが人の世。悲しきかな。
「堪忍な」
霧のような雨粒が吹きすさぶ中、蜻蛉は美しい傘をそっと閉じる。
「ええ」
二人の美しい髪に水滴が沁み込んでゆく。
背を合わせるように立つ雪之丞は。
「人喰いの成れの果て――ですか」
呟き。金属音。指先でわずかに鍔に触れ。じりと土煙が足元を煙らせた刹那――
「さぁ、行って!」
蜻蛉の艶やかな声音に導かれ、その背を包む暖かく淡い光を受け取るように。
音もなく忍び寄る影――真正面に肉薄した雪之丞は既に抜き放っている刃を振り上げた。
刀身から伝わる粘土のような感触と、血飛沫代わりに迸る虹色の水流が敵の存在を実感させる。
襲い来る水流に身を切られ、飲まれ。
「単純なことです。貴方は、喰らう側」
けれど。
「獲物がただ、大人しく喰われるのを待つだけとは、限りません」
拙が、そうでしたから。
刀身が閃き――
音もなく忍び寄る。白き羽は空を夢見れど。飛び方すら彼方。
「御機嫌よう。白雉と遊んで下さいませ」
炎を纏い舞い踊る白雉はマチュアの背後に回り込んだ。
その様をリラの瞳が見つめている。
儚き小鳥が少しでも踊っていられるように。
魔女は祈りを捧げ、呪文を繰る。
解き放たれるは敵を打つ呪いの言葉か。将又、小鳥を癒やす祝福か。
明滅するように現れる少女の顔は、その形を歪めながら。球体の周りを目まぐるしく駆け回っている。
「そっちは任せた!」
オリーブは結と意思を合わせ、マチュアを前後から取り囲んだ。
「分かったわ!」
格闘武装で防御を固めたオリーブは敵へ手甲を叩き込む。
無尽蔵に跳躍で飛び回る結との絶妙なコンビネーションは見るものを圧倒しただろう。
翻弄する様に突き入れられた剣はその細さからは想像も出来ないような質量で突き刺さった。
倒れてもらう、ぞ。
「悪しきサーカス」
妖艶なマスクの下、アリエールの声に天満は重々しく頷く。
魔法の雫を身体に施せば、すらりと伸びた足も軽やかになるようだ。そこから繰り出されるアリエールの強打は敵の表面に叩きつけられた。
天逆鉾を空に掲げ、天満は操る焔を走らせて。
●Realm 666 Pt.2
「ふん、悪あがきもここまで来ると尊敬に値するな」
墨の和服に身を包み妖刀を携え、眼前の魔獣の群れを鼻で笑う男が居た。
しかして、依頼とあらば完璧に遂行するのが男の流儀。
故に。
「墨染烏黒星一晃、一筋の光と成りて魔獣を斬る!」
妖刀を振るい、キマイラへと駆ける様は流星の如く鋭さで。
戦場に響く爆音の中、薄墨のマフラーが風に靡いていた。
フォリアスは改良型重装火器のスコープを覗きながら戦場を見据える。
より傷を負っていない方のキマイラへ狙いを定めた。
「さて」
魔獣の表皮はどれだけ硬いものなのか。お手並み拝見としよう。
タイミングを見計らい、最良の瞬間で引き金を引いた。
少しでも誰かの助けとなるように。
自分に出来る事は少ないからと、フォリアスは狙撃を続ける。
戦場の中央に立つ存在。寄せ集めた文字を人型に押し込めたような異形。魔種フラップト。
その周囲を取り囲む魔獣は未だ健在で、攻撃を寄せ付けない。
だが。
愛槍Love Dealerを振るい、Jam Tomorrowたる思念と信念を盾として。
QZはフラップトの猛攻をしのぎ続けている。
彼女は敵の軍勢を真っ二つに切り分け、フラップトへと到達する過程を文字通り半分にまで短縮したのである。
「大丈夫です! 数は多いですけど、これくらいなら……!」
蛍の細い手足が今日は少しだけ頼もしく見える。
それに。
「援軍だ!」
誰かの声が響いた。
戦いを終えたイレギュラーズ達。そして兵士達が戦場へと駆けつけてきたのである。
蛍が病弱な身体を押して、この戦場まで来たのはこの世界で生き抜く為。
そばに居てくれるニアの存在も心強い。
魔種へと向かう仲間の為にその身に取り巻きを引きつけようとニアは声を上げた。
怒りに任せて寄って来る魔獣を鉄壁の防御で耐えて見せるニア。
一人では挫けてしまいそうになる痛みも。
「けほっ、けほっ……。ニアちゃん、今、回復します……」
砂埃に咳き込む蛍。そんな病弱な彼女が頑張っているのだ。
この膝を折ることなど、断じて出来ようはずもない。
殺到する援軍が切り開く道の中央。
毒を物ともしないショゴスは最前線に立ち続けている。
己が内包する毒を吹きかけながら、その存在はついに魔種フラップトの前に立ち、女の顔で嗤う。
あれを喰らえばどんな味がするのだろう。
「じゃ。私ここまで。おつかれ」
そんな軽い口調とは裏腹に、QZの騎士甲冑の下には痛ましい傷が隠れている筈だ。
「ええ、おさがり下さい!」
彼女が支え続けていた間隙に騎士達が殺到する。
「あとは任せてくだせえ!」
騎士が、兵が。口々に叫び、軍馬が嘶く。
「やめてよ」
彼女は身体に刻まれた痛みなど、おくびにも出さずに笑ってのけた。
QZが説いた『生きる覚悟』は、兵達の胸に染み込んでいる。
イレギュラーズがフラップトに到達した今、彼女は為すべきことを成し遂げていた。
戦線の維持は兵達の、そして魔種の打倒はここから攻撃役を務めるイレギュラーズの仕事だ。
そして生きて帰るのだ。
「さて、開演の時間だ。準備はいいな、虚」
『おうよ! 頑張ろうぜ、稔クン』
Tricky・Starsはフラップトを目の前に闘志を高めていく。
奏でるは生命力の逆転。
敵に触れた肩から内部へと反転する魔力の流転。
Tricky・Starsの視界には守備を固めるアグライアの姿が見える。
星乙女の正剣を掲げ少女は声を張り上げた。
「絶対に守り抜いて見せます!!!」
範囲攻撃を鑑みて分散してる彼女の考えは正しいだろう。
蒼光は敵の憎悪を煽る呪いの粒子。
怒りを剥き出しにこちらへ向かってくる魔種を迎え撃つように強い眼差しを上げた。
優雅なティータイムとは至高の時間である。
それを邪魔されるのであれば、年中ティータイムであるSuviaとて黙ってはいない。
騒がしい魔獣共を蹴散らすには実力行使も仕方ないであろう。
「優雅なティータイムを取り戻すために手加減はいたしませんので、お覚悟くださいませ」
スカートのすそを優雅に持ち上げ、足元を伝う茨が魔種の身体を縛り上げる。
「初めての依頼で魔種討伐って結構酷いお誘いじゃないかな~? おじいちゃんこき使いすぎ?」
「シャルシェレットさんの力が必要なんです!」
「よーし、頑張っちゃおうかな~?」
幾千年を生きたシャルシェレットにとって、戦争なぞ幾度も経験した些末な出来事なのかもしれない。
それでも、若き者たちが頑張っているのだからと手を差し伸べてくれる彼は、きっと根っからのお人好しなのだろう。
「どんな状況でも何度でも――!」
優雅に、そしてどこか怜悧に見える美しいラクリマが、この日は違う。
「諦めたりしないで――!」
内に秘めた熱い情熱を持って、戦場に美しい歌声が響き渡る。
「僕たちが必ず助けますから!」
イレギュラーズ達が魔種の身体を縦横に切り刻んでゆく。
爆ぜた文字が砕け、意味をなさない怨嗟が響き。
そして――
多数の群れ、その間隙を縫って。
狙うは、群れの首領――!
スコープの中にフラップトを見つけた鶫は研ぎ澄まされた瞳で機を待っていた。
「狙った以上は逃しません。絶対に!」
引き金が引かれ、撃ち出される弾丸。
仲間が敵を抑え、取り巻きを遠ざけてくれたからこそ通った射線。
音速を超え――――弾丸が駆ける。
文字が砕け、踊り、弾け。フラップトの身体はバラバラに吹き飛んだ。
戦場に一瞬の静けさが満ち。
「全軍――突撃!!!」
騎士隊長の号令が響く中。
主を失った魔獣共に、もう逆転の目など残されていよう筈もない。
●Tiny Bubble Pt.2
イレギュラーズの読み通り、マチュアには死角がある。強大なデモニアだが得意とする戦闘距離は至近ではないらしい。
だがやはり人ならざる力に堕ちた存在というのは、ただただ脅威そのものであった。
宙を揺蕩うように。N123は味方を聖なる光で仲間を癒して行く。
イレギュラーズ達は可能な限り、至近距離に肉薄して戦闘を行っているが。どうしても例外となってしまうタイミングがある。
それはイレギュラーズ達が肉薄する直前。移動を許した時。そして敵の眼前から脱出せざるを得ない時。
つまり距離のコントロールが乱れた時だ。
そうした際に叩きつけられた水の魔力はイレギュラーズ達にたびたび大きな被害を出している。
だからだろうか。普段のN123であれば、にへらとした笑顔を見せているというのに。この戦場においては真剣な表情で回復に当たっていた。
緊迫した戦場とは裏腹にストレートボブの髪に小さな気泡とゆらりと何が泳いでいく。
この辺りの仲間は粗方回復しただろうか。
ちらほらと戻ってくる救援舞台に兵の数は少ない。大半はイレギュラーズだ。
未だ交戦中なのか。勝利の疲労にへたり込んでいるのか。それとも――
幾人かの心を不吉な想いが去来しても、その猛攻は止まらない。
視線は遠くの魔種。
魔力を小さなティアドロップに変えて、マチュアへと怒涛の勢いで降らせる。
そんな戦場の最前線。
今この時。マチュアの正面に立つ少女の膝は、震えそうだった。
びしょ濡れになった小さな身体を奮い立たせ、セレネはデモニアにダガーを突き立てる。
普段は小さく可愛らしい少女だが。戦場では美しく頼もしい。
こんな戦場でもセレネはどこか場違いとも思える落ち着きを感じていた。
「行くよ!」
「はいっ!」
背後から響くライセルの力強い掛け声があるから。
「手前しか幸せにしない芸など独り善がりも甚だしいですぅ」
美しい翡翠の羽を広げ、エステルはマチュアを睨む。
リュートの弦を弾けば甘く切ない音色が辺りに響いた。
「――この世界では誰もが孤独」
彼女の歌声は仲間の気力を奮い立たせる。
「だからこそ人は互いの垣を埋めようと」
芸とは人と繋がり幸せにする術でなくてはならないとエステルは心に歌う。
「今までいいようにしてくれたわね」
ユウは浮かびながらマチュアを見つめていた。傍らにはいつも通りセシリアが居る。
「これ以上被害を広げないためにも……」
温かなひだまりのコテージに集う皆の元に戻るためにも。頑張ろうと声を張るセシリア。
ユウは小さく頷いて腕を振り上げる。その手元。青い宝石の中で雪華が舞うように――
顕現した氷鎖がマチュアのシャボン玉のような身体に巻き付き、強かに締め上げる。
「全員で、無事に帰るよ!」
セシリアが放つ優しく暖かい光が、雪之丞を癒し。オリーブが、結が、再びマチュアを挟撃する。
イレギュラーズ達が殺到する中で、敵の頭上には世界樹の姿が見える。
「マチュアにとっては周囲だらけ敵な状況じゃろ?」
心理的盲点と判断した世界樹は頭上を取り、急襲。
「よくも『同胞』を増やし続けたわね……絶対に許さないわ」
無念、無情、無碍に倒された者たちの伸ばした手が白の心を苛む。
怒り、悲しみ。呼応する魂の叫びに抑えきれない衝動が大粒の涙を零していた。
黒い腕がから編み上げられる魔法陣は連なり、マチュアへと伸びる。
「可能性は低くてもその子たちは、『同胞』達はお客さんになれたかもしれないのに!」
叩きつけられる感情。
「サーカスならその芸はいったい誰に見せるのよ!」
叫ぶ。切る。叩く。貫く。
イレギュラーズの猛攻がマチュアを圧倒して往く。
「っと、危ない!」
「ひゃっ!」
襟首を引かれ、セレネはライセルの助けがあったことを知る。
多量の水にぬれ、流され、見えていなかったもの。足元におびただしい血を滴らせているセレネの姿に、ライセルの何かが弾けた。
「楽しい事しようか、お嬢さん!」
わが身を顧みることもないライセルの猛撃がマチュアの泡のような身体を切り刻んでゆく。
血も、命も、その最後の一滴まで使い果たさんとするばかりの攻撃。
視界は歪み、霞み、赤く滲む中で。
「サーカスはもう終わりです!」
瞳が煌き。
駆ける小さな影が――
前のめりに倒れるライセルの背を飛び越えて。
頬に傷がついたって。
地に倒れたって。
負けない。
皆も頑張ってる。
この手で誰かを守りたくて強くなったの。
突き立てた細い細い。満身創痍の小さな牙。
それこそが宿命さえ塗り替える特異運命座標の刃であり。
――どんな子だったのかな。
水の表面に映る少女の姿。
サーカスに拾われたばかりの頃。ただ生真面目に。黙々と役立つ事だけを願った日々を微かに映して。
人喰いの邪悪な水球――不倶戴天のデモニアは膨れ上がり。
弾け萎んで泡と消えた。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
この戦いにこれ以外の判定結果はつけようがありませんでした。
大変お見事です。
騎士団被害の想定は、致命的壊滅の末に敗北というものでした。
しかし結果は快勝。天と地の差であり、こちらもお見事です。
MVPは全体的な被害の低減という面で、己が身を賭して最も重要なポイントとなったであろう方へ。
それでは。またのご参加を心待ちにしております。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
魔種を相手とした大規模戦闘です。
こちらは最大100人までの参加制限がありますので、お気を付けくださいませ。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
他、決戦シナリオである『Endless Capriccio』『幻想遊戯カデンツァ』には同時参加する事ができません。ご注意ください。
●プレイング書式
【グループor同行者ID】
【1】
パンドラ使用有・無
本文
上記の形式でお書きください。
例:
アルテナ・フォルテ(p3n000007)
【4】
有
かっこよく戦うぞ!
●目的
・魔種三体を殺す(成功条件)。
・魔獣の撃退。
・騎士団の窮地を救い、被害を低減させる。
●戦場
白昼の荒野。
無数の魔獣の死骸。懸命に戦う兵士達、倒れた兵士達。
木や大岩等はありますが、視界、足場等に問題はありません。
敵はそれぞれ『魔種ブロウマン』『魔種マチュア』『魔種フラップトと取り巻き』『多数の魔獣』に分断され、そびえたつ崖方向に追い詰められています。
それを騎士団が包囲している格好です。
それだけならば有利な状況に見えるのですが……
皆さんは後述する【1】~【5】の好きな場所に参戦出来ます。
皆さんは多数の魔物相手に苦戦する騎士や兵士達の切り札です。
エースでもジョーカーでも。恰好良くキメてやりましょう。
●味方
敵と必死に交戦中です。
・オーギュスト・バルゲリー子爵
バルツァーレク派の老貴族です。
この討伐軍の司令官です。後方の陣で全体を指揮しています。
幻想貴族としては、いろいろな意味でそれなりにまともな部類の人。
作戦を買って出ました。
かなり頑張りましたが、こんな状態です。
・ガーラル・ディスト、他2名。
騎士隊長です。
部下を率いてサーカス一派をそれぞれ包囲しています。
疲労の色濃く、満身創痍です。
誰がいつ倒れてもおかしくありません。
・騎士や兵士達
総勢で100名に満たない程度。
よくやっていますが、ギリギリの士気。瓦解寸前です。
疲労の色濃く、満身創痍。倒れている人、既に命を落とした人も居ます。
このままではとてつもない被害が予想されます。
しかし彼等は皆さんを信頼しています。
多少の無茶は承知の上で従うことでしょう。
●敵
不倶戴天の魔種が三体。
どれも非常に強力な個体です。
加えて多数の魔物が居り、危険な戦場と言えます。
【1】:魔種ブロウマン討伐
『スピットファイア』ティム・ザ・ブロウマン
2メートルを超える黒い人骨を燃え盛る炎が包んでいます。
かつて縦にも横にも大きい巨漢の火吹き男でした。
高いHPと攻撃力、レンジや範囲の広さが特徴の危険な相手です。
・炎槌(A):神至単、威力特大、火炎
・炎吹(A):神近列、威力大、業炎
・炎嵐(A):神中域、威力中、炎獄
・炎弾(A):神遠範、威力大、業炎
・燃え盛る身体(P):反
【2】:魔種マチュア討伐
『タイニーバブル』クイン・マチュア
3メートルほどのシャボン玉のような存在です。表面には少女の様々な姿が映像のように浮かんでいます。
かつてシャボン玉に包まれて浮遊するという芸を持った小さな少女でした。
高いHPに加え、厄介なBS技を持った難敵です。
・水撃(A)神至列:ダメージ小
・水球(A)神遠域:ダメージ大、苦鳴、停滞、麻痺
・水呪(A)神遠域:ダメージ大、不運、乱れ
・水鏡(A)自付:命中と反応と上昇させ、反を得る。
・EXA40%(P):EXAが40
・BS耐性(P):マチュアにBSを付与するには150%HITが必要
・低空浮遊(P)
【3】:魔種フラップト討伐
『ビーストリアルム』フラップト
宙に浮かぶバラバラの文字を、人型に押し込めたような姿をしています。
かつて無口な猛獣使いでした。
個体の戦闘能力は他2体の魔種には劣りますが、多数のモンスターを使役しています。
とはいえ決して弱くないので気を付けて下さい。
・殴る蹴る(A):物至単、威力中、猛毒
・毒鞭(A):物中範、威力中、毒
・魔物使役(P):レンジ2以内の魔獣の物理攻撃力、命中、反応を少量加算。
『フラップト取り巻き』
総じて至近攻撃を行います。ほとんどが雑魚ですが、数は侮れません。
・魔獣(キマイラ型)(2体):HP、攻撃力、反応が高いです。強いです。
・魔獣(獣型)(15体):反応が多少高い程度です。
・魔獣(爬虫型)(15体):毒攻撃が厄介です。
・魔獣(鳥型)(15体):弱いですが、集中攻撃してきます。
【4】:騎士団援護
安全ではありませんが、【1】~【3』と比較すればマシでしょうか。
・ラミア(1体):HP、攻撃力が高いです。魅了攻撃を行います。強いです。
・ミノタウロス(1体):単体攻撃しか行いませんが、HP、攻撃力がひたすら高いです。強いです。
・グリフォン(1体):HP、攻撃力が高いです。後方を奇襲したがります。
・魔獣(獣型)(20体):反応が多少高い程度です。
・魔獣(爬虫型)(20体):毒攻撃が厄介です。
・魔獣(鳥型)(20体):弱いですが、集中攻撃してきます。
【5】:後方支援
後方の本陣です。
作戦が機能している限りは安全な場所の筈です。
負傷した兵士やイレギュラーズ達の回復や手当等を行いましょう。
ここでの活躍は重傷率や死亡率の低下に強く貢献します。
●同行NPC
『駆け出し冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
【4】:騎士団援護に参加します。
格闘、一刀両断、遠術、ライトヒールを活性化しています。
特に指示がなければ、適度に無難に行動します。
何かさせたい場合は、具体的に指示を与えてあげてください。
絡まれた程度にしか描写はされません
以上。ご参加をお待ちしております。
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