シナリオ詳細
ローレット・トレーニングVII<ラサ>
オープニング
●夢の都にて
照り付ける陽の熱を含んだ風が、砂上の町にも吹いていた。
ラサ傭兵商会連合――通常ラサは、幻想と深緑、そして鉄帝に境を接する砂漠地帯で共同体を形成した連合国家だ。
その首都ネフェリストは、熱砂に埋もれた古い歴史と、夢を抱いて訪れた新しい人々の混在する町。オアシスの恩恵に与る街なかは、砂漠の中央部とは思えないほど人も建物も煌めき、サンド・バザールと呼ばれる市のおかげで、人や品々の往来が活気をもたらしている。
そんな豊かな砂の都の片隅に、一軒の酒場がある。イレギュラーズたちはくたびれた戸を押し、そこへ足を踏み入れた。
「よう。お早い到着で何よりだ。用件は理解してるんだろ?」
口端に笑みを湛えイレギュラーズを出迎えたのは、傭兵『赤犬』ディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071)だ。
彼だけではない。酒場に集った傭兵たちが、イレギュラーズとの出逢いと再会にグラスを掲げ、傾け出す。
よくよく見てみれば、集まっているのはディルク率いる傭兵団『赤犬の群れ』だけではない。
店の真ん中を陣取っているのは、雄々しき『凶頭』ハウザー・ヤーク(p3n000093)が頭領の、獣種のみで構成された『凶(マガキ)』だ。酒を呷るのに余念のない彼らは、訪問者に目もくれず獲物に食らいついている。
かと思えば一角では、『レナヴィスカ』の幻想種たちが穏やかに食事を摂っていた。彼女らを統率する麗しき見目のイルナスが、そっと片手で挨拶を向けてきたのをイレギュラーズは見逃さない。
他にも様々な傭兵たちが、団の垣根を越えて集っていた。まるでひと仕事を終えた後のひとときを過ごすかのように、楽しげに。
しかし何故、複数の傭兵団の面々が集まっているのか。
その理由は、ローレットを通してイレギュラーズへ届けられた言伝にある。
平たくいえば、『合同訓練』をしようというラサの傭兵たちからのお誘いだ。
「ここにいる奴らは、イレギュラーズと訓練できると聞いて、喜び勇んで駆けつけた連中だ」
誰といわずともディルクの眼差しが物語る。すると、矛先を向けられた他の団の傭兵たちが喚き出す。
「ハッ、最も恋しそうにしてたのはディルクだろう。いの一番にここへ来てたじゃねぇか」
鼻先で笑ったのは『凶』のハウザーだ。しかしディルクは片眉を上げるのみで。
「おいおい、招待した本人が真っ先に場を整えとかないでどうするよ?」
そう、ローレットへの伝を発したのはもちろんディルクだ。彼はラサにおける実質的な指導者でもある。
ラサには『王』がいない。秩序を司っているのは傭兵で、力を持っているのは商人だ。
王を戴かない理由を賢しらに説くなら、自由を愛する国民性が理由との見解もできる。他者が下した命令を盲目的に信じるなど、ラサの民にとっては有り得ない。ここでは権力よりも、金と実力が物を言う。
また、大きな物事の決定の際には、有力な傭兵団の団長が顔を揃え、議題について吟味する。各地から舞い込む傭兵への依頼も、案件単位で受諾して取り組む。そうして各傭兵団が任務に赴く間、商人たちはラサの経済基盤と交易網を支える。このやり方でラサは、大国と隣接しながらもしたたかに生き抜いてきた。
「整えるっつっても、ここ貸しきったのはイルナスの手配だろうがよ」
「さすが鼻の利く奴だ」
ハウザーとディルクの他愛ない応酬に句切りがついたところで、イレギュラーズと向き合ったディルクはふと唇を震わす。
「……ちょうど一年ぐらい前か」
懐かしむには近すぎる『ザントマン事件』の話題を、ディルクがちらりと呟く。
深緑の幻想種が連続で拐かされ、奴隷として販売されていた痛ましい事件だ。
お伽噺として恐れられていた『ザントマン』を名乗る者が暗躍したこの事件。ラサと深緑の友好を脅かすものに違いはなかったが、ふたを開けてみれば、単なる誘拐奴隷事件に留まらない存在でもあった。
そしてこの事件をラサや深緑と共に解決したことにより、ローレットはラサからの信頼を得て現在に至る。
「今でも貴方がたとのことは、話題に上りますよ」
そう言いながら顔を覗かせたのは『レナヴィスカ』のリーダー、イルナスだ。
「他の傭兵団でもそうです。新規入団者への話の種にもなっています」
とある団では、新米傭兵が早いうちに教わるのはローレットとラサに生まれた縁だという。仔細まで語らずとも、双方が成したものと繋いだ縁がいかに大事かは、新参者でも感じ取れる。
そうして新人は、イレギュラーズへの興味をより濃くしていったのだ。
イルナスの話へ耳を傾けていたカピバラ――否、『伝説の傭兵』ジャック・ロカタンスキーが、神妙な面持ちでもそもそと口を動かす。
「私の成してきたことを語るのと同じぐらい、人に喜ばれる話だな。イレギュラーズの武勇伝は」
集団に属さないジャックから見ても、日々の話柄として魅力的らしい。
良い機会だろ、とそこでディルクが口を開く。
「アンタらのとこも、新顔が随分増えたそうじゃねぇか」
イレギュラーズには『赤犬』ディルクの薫陶を受けた者や、顔を合わせた者が多い。
そんな中で見知らぬ顔が大勢増えたとなれば、程度はどうあれディルクや他の傭兵も気になるのだろう。
「さすがディルク。各傭兵団の新人育成に手は抜かないってか」
「なんだかんだ面倒見が良いですからねえ」
周りで飲んでいた傭兵たちから、矢継ぎ早に茶々が入った。
肩を竦めたディルクは、そんな彼らへ変わらぬ調子で反応する。
「訓練開始までに酒は抜いとけよ。お前らはイレギュラーズにも面倒見てもらうんだからな」
げっ、と包み隠さない反応が四辺から零れた。しかし心の底から嫌がっている気配はない。それはイレギュラーズにも見てとれる。心なしか、どの傭兵も浮き立っているようだ。イレギュラーズとの特訓を待ちわびた者が多いのだろう。
それが単なる興味本位でないことは、傭兵団『白牛の雄叫び』の団長『白牛』マグナッド・グローリーも知っていた。
「生きて戦場に立ち続けるためにも、日頃の行いは重要だ」
マグナッドの肌身に刻まれた無数の傷は、歴戦の傭兵であると初対面の相手にも連想させる。そんな彼の話に『白牛の雄叫び』の団員たちは、新人や古株を問わず頷いた。
そういうわけだ、とイレギュラーズに向き直ったディルクが続きを紡ぐ。
「準備ができたら声をかけてやってくれ。町外れだろうと砂漠だろうと、あいつらはついてくぜ」
あいつら、とディルクが目で示したのは当然、酒場に居座る傭兵たちだ。
「ラサの中でなら、個々で動いてもらって構わないからな。場所や訓練メニューまで口を出す気はねぇよ」
言うや否やディルクは酒場の戸へ手をかける。
「……強いて口を出すなら」
ふと思い出したように、彼は笑みを刷く。
「最近の砂漠は暑いぜ。覚悟しとけよ」
そう言い残した彼の姿は、酒場の外に広がる白い陽光に包まれていった。
- ローレット・トレーニングVII<ラサ>完了
- GM名棟方ろか
- 種別イベント
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2020年08月17日 23時14分
- 参加人数111/∞人
- 相談8日
- 参加費50RC
参加者 : 111 人
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参加者一覧(111人)
リプレイ
●
振り回す度、剣の重みに腕を持っていかれそうだ。
そう考え目を伏せたウォルに、軽々と着地したミスティルが片眉をあげる。
「辛気臭いことは後! とりあえず身体を動かしとけばいいのよ」
呼気をテンポよく吐き出してミスティルが告げる。
弾む足取りと声音に、ウォルの心持ちもいつしか軽くなって。
「……そうだな。よし、もう一回付き合ってもらおうか……!」
「望むところよ!」
歎くよりも今はただ、『その時』に備えて研鑽を積むのみだ。
キィン、カツンと音が鳴り響く二人の脇を通り、傭兵を引き連れたアルプスが走り込んでいた。
「スピード上げていきますよ!」
言った途端に叫ばれた雄々しき弱音を後背に受けつつ、アルプスはアクセルを全開にする。
「降水確率0%。視界良好。これを逃すのは勿体ないでしょう?」
ついてきてくださいと暗に告げたアルプスの目標は――砂丘のてっぺんだ。
同じ頃、別の場所で。
眼前に控えるは名うての傭兵一行。対峙するは、里帰りを果たしたクラブガンビーノの傭兵たち。
「レア、お前は俺と一緒に前線を食い破る役目だ。……当てにしてるぜ?」
信頼を寄せた手の平でルカがレアの背を叩く。するとレアは、ふ、と吐息で笑って。
「任された。外で鍛え上げて来たその腕前、改めて確かめさせて貰うよ、団長代理殿」
肯いつつも、背に痛みが走ったため手加減しろと指摘した。悪い悪い、とルカの片手がひらひら泳ぐ。
「しにゃっこ、お前は後ろから援護だ。ちったぁ上達したところ見せてみろ」
ひえっ、と蚊の鳴くような声が零れる。
「ヘマしたら親父さんに突き出すからな」
「ちゃんと撃ちますんで親バレだけはご勘弁を!」
今にも勢い良く頭を下げそうなしにゃこへ、すかさずレアが囁く。
「お前はやれば出来る子だ、弾除け程度にはなってやるから」
やればできる――嘘偽りなきレアの所感だったが。
「帰りたいんですけどおお! ええいこうなったらいくぞおおお!」
しにゃこの切実かつ自棄を帯びた訴えが、開戦の合図となった。
だだっ広い砂漠においても、悲鳴や雄叫びは風が教えくれるものだ。
その上で静寂が未だ残る片隅には、ディルクがいた。彼を見かけたティエンシェが、静かに歩みを寄せる。
「なあ旦那。『昔狩った蠍』は、強かったかい?」
「そいつぁ、お前の方が知っているんじゃねぇか」
「聞いてるのはあたしだよ」
臆さず返したティエンシェへ、肩を竦めた彼はこう続ける。
「あんたが欲しいのは、俺の感想じゃねぇと思うがな」
片隅で交わされた会話なぞ、他の誰かが知るはずもなく、イレギュラーズや傭兵たちが砂漠の四方へ散っていく。
ひと気がゼロに近い地域を訪れた『七星団』の内、巨大蠍との遭遇をホリ・マッセは口の端を上げて喜んだ。
「よしっ、オメェら、行くぜっ!」
威勢よく飛び出したホリ・マッセの後方、団員たちが何事か言いたげに顔を見合わせた。
直後、豊かな翼をこれでもかと羽ばたかせて、クォ・ヴァディスが蠍の気を惹く。
「いやー、さすが地獄のシゴキでおなじみのロレトレだよー」
危険極まりない蠍に追われながら、クォ・ヴァディスは砂をとんとんと蹴った。
かのダチョウを追走した蠍を見つめるのは、鞍馬天狗だ。どのような双眸で直視したかは知らずとも、唇が紡ぐ笑みは物語る。
「面妖な」
言いながら鞍馬天狗は集束させた気を解き放ち、蠍を怯ませた。
すかさずホリ・マッセが、蠍の頭部めがけて一撃を見舞う。ぐらついた蠍が狙い定めたのは、これまで追っていたクォ・ヴァディスではなく、大きなまなこをくりりと煌めかせて大盾を構えた有馬 次郎だ。
「カニの次はサソリとな。まあ毒さえ喰らわなければ……」
それに、いざ突撃されたら丸まればいい。だから有馬 次郎は迷いなく前へ踊り出て、高々と掲げられた蠍の尾を盾で受ける。
そこへ小気味よい調子で跳ねながらルー・カンガが飛び込んでいく。
「モンスター狩りはやっぱり腕が鳴るぜ」
蠍もうまくやれば転覆させられると践んで肉薄し、威嚇代わりに拳を突き出して。
「……で、こうだっ!!」
不意を突く角度からの一打で、ルー・カンガは蠍をひっくり返した。
ワイワイ騒ぐ一団の音声が届かぬ先の砂漠にも、一人励むイレギュラーズがいる。
身の丈ほどもある得物をどれだけ振り回そうと、砂が見守るだけ。この世界へ呼ばれて以降、迷惑になるからと躊躇し、存分な鍛練を為せずにいた風次郎は、緩む砂を踏み締め、熱風を切る。
(やるからにはとことんだ)
己を限界まで追い込むべく、風次郎はひたすら素振りを繰り返す。
そこから程近い砂の上、静寂を湛えた瞑想のひとときにリーゼロッテは沈んでいたが。
(あついわ、あっっつ、死んじゃう、ここは我慢なのよリーゼロッテ)
集中しきれていない。
陽射し凄まじい砂漠において、肌を覆い、帽子で頭部を隠すのは大事だ。けれどこの激暑に、あみだの神様へ苦情のひとつでも訴えたい気分だった。
トレーニングに集中できていないのは、別のグループも同じで。
「エレム! 我は怒りに満ち足りているぞぉ!」
「私もある意味そうだよ」
砂の底が抜けるほどに深い溜め息を、エレムが零す。
(やっとトレーニングらしいことができると思ったのに)
肩を落としつつちらと見やった先で、ティアブラスが徐に水の入った瓶を取り出した。
「人は苦しい時にこそ救いを求めるのです」
「ナるホド……」
青に揺らめく陽光が、Dark Planeという名の神秘をより際立たせる。
こくりと頷きDark Planetがメモに残すのは、苦悶に喘ぐ人々こそが真の救いを求める存在であるという点。新たな学びはDark Planetにとって目映く、ゆえにひとつひとつを純粋に記録していく。
「なるホド、隙間ヲ狙えバ簡単に騙せル」
不穏な響きすら逃さず拾い上げた。
「これを紹介し、売り捌くのです」
「ちょっとまっておくれよ」
咄嗟にエレムが止めに入る。
「修業するせっかくの好機に? 水を?」
「こんな糞暑い空間での救いと云えば水です」
「や、それはそうだけどさ」
「神聖なる水とでも謳えば、効果覿面でしょう」
「付き合っておられん」
淀みなく流れるティアブラスの弁舌に、無鎧が言い捨てる。
「効果、テキ面。ナル、ほど?」
今度のDark Planetは首をことんと傾けた。
語り終えたところで我に返ったかのように、ティアブラスが辺りを見渡す。
「ふう。それにしても暑いですね……」
とうとう耐え切れず商品である水を呷り始めたのを目の当たりにして、無鎧とエレムが疲れ果てた息を同時に吐く。
そうしてぐったりする者もいれば、揚々と進む者もいる。赤々と燃え上がる色の髪を振り乱して、ルウは独り砂漠を進んでいた。移動と水分補給を適切に行いながら、女傑の道を阻む獣や虫は容赦なく、
「ぶっ飛ばす!!」
俺の前に出たのが間違いだとばかりに倒し、丘陵地帯を超えた。そこでは流砂が蠢き、ルウの視界を楽しませる。
「よし、ここも抜ければまた強くなれるぞ!」
ルウの目指す道は、どこまでも眩しく、果てしないものだった。
一方その頃、猛攻を凌ぎ、治癒を重ねつつ反撃へ繋げればと奮戦したカイロだが、しかしハウザーの一手一手は、重たく彼を抉るばかりだった。しかし満身創痍のカイロが抱くのは充足感で。
「お相手して頂きありがとうございます~。宜しかったらこれ、どうぞ」
差し出された薫製肉へハウザーが喰らいつくまで、三秒と待たなかった。
同じタイミングで斜面を駆けていたバルガルは、囲いこむ傭兵たちとの距離を目測し、順に飛び掛かってきた彼らへ暴風の陣を敷く。軽やかな旋回により刀が起こした風に煽られ、よろめいた一人へ切っ先を突きつけた。良い訓練になったと傭兵に言わせても尚、バルガルの湛えた笑みは不変だ。
「此方としても非常にありがたい機会でした」
互いを讃えあう大人の付き合いの、その後方。
「さぁ、いきますよ!」
閉ざした瞼越しに世界を知るカンナは、声を張り上げパスを試みた。陽炎のごとく揺れ、ふらりと彷徨うがごとく相手チームの傭兵を翻弄し、次へ繋げる。
世は正にサッカーの時代だ。イレギュラーズや傭兵をサッカーに誘った当事者であるエスタは、カンナから受けたボールを片足で操り、駆ける。阻む傭兵たちの巨躯を引き寄せて。
「甘いんだゾ☆」
言うが早いかエスタはシグレへパスした。
托されたシグレの足取りは機敏だ。球の奪取を目指す傭兵をフェイントで軽々と躱していく。
「お生憎様。私も砂には慣れているの」
試合の舵を取りシグレが繋げた先は、エスタだ。
エスタの蹴りは――跳んだ傭兵の指先よりほんの少し先を抜け、ゴールへ球を送った。
本気で挑んだ傭兵たちの顔に、清々しさが浮かぶ。
「いいものとなりました」
カンナはしかと学んだものを飲み込み、そう告げた。
「これだけ動いたんだもの、お酒も美味しくなるわぁ」
隣でシグレも、妖艶な笑みを頬へ含んだ。
そうした彼女たちの様相を、ふんふん、とアラクが頷きながら状況を記録する。
「砂漠の暑さ、ざらつく感触、汗ばむ中で動かす心身……大事だ、こういうの」
薄い本に回すため、今日も今日とてアラクは、ギラギラ降り注ぐ陽の下で空想の種を掻き集めていく。
不意に、砂漠を嵐が通過した。その正体はザヴィーだ。ザヴィーが進めば砂が巻き上がる。砂上に生じた竜巻は訓練中のイレギュラーズや傭兵の目を惹いた。けれど。
「おお、元気な台風だ!」
「いいぞー!」
刺激に飢えているのか、そこかしこからあがる声。
(ああ、人も家も家畜も吹き飛ばない!)
幸せを謳歌するザヴィーは、砂漠を快走する。
おやつと夢を、リュックいっぱいに詰め込んで。
竜巻の余韻が心地好く届くも、砂漠は身も心も弱らせるとアレクサンドラは知っていた。ゆえに行軍訓練を採ったが、そろそろ傭兵たちに疲労の影が見え始める。
「全然抜け落ちないな、姉ちゃんは」
「見合ったお代に応えるのがスターレット流ですので!」
傭兵へ向けてふふんと鼻を鳴らし、運び屋の娘は胸を張った。
彼女たちの一群が見えなくなりそうな辺りでも、歩を運ぶ姿がある。熱砂の最中においても身は軽やかで、エダルドの足取りは砂を散策の供とするかのよう。
(この歳になって、また肉体を鍛えられることがあるとはね?)
くるくる踊らせたステッキで咲かせた砂を道標に、男は熱中行軍と洒落込む。
そうした各々の鍛練を見学する度、徒花の色違いのまなこが陽に煌めく。なるほどと呟けば光景が記憶に刻まれ、なんでしょうと首を傾げれば爪先が進む。
(いつかは、私も混ざって戦って、倒せるくらい強くなってみせますよ)
徒花は歩く。砂上で意思をくゆらせて。
その頃、甲冑がかしゃりと悲鳴をあげる度、グニオグは砂を連れた風へ意識を向けていた。
広闊な砂の原は無情だ。灼きつく熱が襲うも、グニオグは揺らがない。
教えを、人を守るための忍耐力を培うべく、決して――。
彼からは随分離れた一帯で、砂に足を取られたパカダクラをラニットが支える。行商隊の後尾でパカダクラに跨がっているのは少年だ。礼を述べた彼へ、これもまた縁だとラニットはかぶりを振り、緩みかけた荷の紐を直す。
「君達は本当に、よく働き、よく生きている」
ぽつりぽつりと温い雫が行商人たちの鼻先へ落ちた。
雨の獣が彼らの旅路に齎した、恵みの雨だ。
●
がっはっはと『白牛』マグナッドの豪快な笑声が天を衝く。
『白牛の雄叫び』の集いで、相も変わらぬ顔触れに頬を緩めたラノールは、すぐさま習練を始めた。
「知っていると思うが……」
砂踏むラノールの面差しは自信に満ちて。
「足場の悪い戦場は私のホームだ。いくぞ!」
「「おおぉッ!!」」
今、戦いの狼煙があがった。
烽火は離れたところにいる者たちの耳や目にも届く。けれど構わずラダは、『レナヴィスカ』の訓練の合間にイルナスと話をしていた。
会話の後、可能ならと前置きしてラダは願いを寄せる。実際に見せてもらいたいと。
構いませんよ、とイルナスの口角がうっそりと上がる。
「貴方の射撃で、皆の相手もしてくださるのなら」
「心得た」
提案された交換条件を、ラダは快く受け入れる。
直後、点在する集団のうち、一群の奥で的が撃ち抜かれた。
弾痕がじゅうと唸るのを見て、傭兵も射撃に挑む。彼が的へ見事な風穴をあければ、やるじゃねぇか、とピットの眸に太陽の輝きが燈る。
「もっとやろうぜ! いいだろ!?」
楽しさ疼くピットに、当たり前だと傭兵も迷わず応じた。
四辺から湧く歓声と共に、勝負はまだまだ続く。
的当ての音が祭のごとく街を華やかにさせれば、ラパンノワールの京司も負けてはいない。彼がくるり手の平を翻すと、無かったはずの飴が生まれる。飴の包装紙を解けば、目に飛び込むのはレモネード屋なる字。
「おいで! 魔術師ラパンノワールのミニステージだ!」
高らかに歌いながら、京司は喉が乾いた者たちを連れていく。
ラサで目立つ魔術師ご一行にも、ましてや鍛練などにもヴォルフは興味なく、何を言わずともついて来る菖蒲へ、辛いものの露店を顎で示す。
「雛菊、何か奢ってやんぜ」
菖蒲は僅かに目を瞠った後、急ぎかぶりを振った。
「我が主様。思い出だけで充分でございます」
恭しく頭を下げた菖蒲に、くつくつとヴォルフの喉奥で笑いが込み上げる。
誰が自分を気にするでもない往来だ。込み上げる情を抑えずヴォルフは天を仰ぐ。双眸を細めてもなお暑い。だが。
この暑さも悪くはない。そう思えた。
ふと通りの喧騒が色濃くなる。ミルヴィの可憐な姿に侮った男がひとり、流麗なる舞いで打ちのめされたところだ。
「アタシに挑む猛者は他にいないのかい!?」
決闘に尻込みするというより、囃し立てるのを好む者が多いのだろう。住民よりも、旅行客や腕に覚えのある商人が名乗り出た。
「そうこなくっちゃ。さ、奏でるよ!」
何も持たぬ筈のミルヴィは、強くなるという一点だけを求め戦いを続ける。
イレギュラーズが挙って訪れたラサは、こうした決闘やショーもあり、何処もお祭り騒ぎだ。
そんな中、人混みからするりと抜け出した奏は、知人の姿を見つけて近寄った。久しぶり、と告げた知己に口端を緩めて応じる。ほんの僅かな動きだが、傭兵は「いいねえ」と笑った後、古びた演習場を顎で示す。
旧知の誘いに奏がこくりと肯い、ガンブレードへ指を這わせた。
その少し先で、良い案配に酔いが回ったシャッファは、頭に猪口を乗せてひらりはらりと飛び掛かってきた人々から逃れていた。酔っ払いらしき動きは不定ゆえ面白く、観客も興奮している。
「ほらほら、私からお猪口を奪える人はいないの?」
好奇心から飛び掛かってきた子らにも油断せず、シャッファは積まれた荷箱へ身軽に跳んだ。
沸き立つ歓声を背に、道端では。
「お姉さん! パンひとつください!」
「ください!」
子どもたちが願いを傾けた相手は、パン屋の出店許可を一時得たマリアだ。どうぞ、と薄い唇で笑みを刷き、船を模ったパンを手渡せば、彼女の細長く白い指に思わず触れた子らの頬がほのかに赤らむ。妖美揺蕩う彼女に惹かれ、決闘を観戦していた人々が店へ押し寄せる。
海産物を使ったドレイクのパン屋さんは、砂漠の民にはこの上なく好評だった。
町外れにはもうひとり、大道芸を行う者がいる。
とす、と刺さったナイフで光が滑る。軽やかにクンプフリットが放った一手は、息呑む観客たちの前で間違いなく標的を射た。一礼した後、彼女は観客数名を手招く。次に披露したのは、数本ものナイフが彼らを避けて的に刺さる様。拍手喝采の渦中で、クンプフリットは片目を瞑って笑む。
――そう、人生にはロマンと酔狂が欠かせないのだ。
光る一芸に雲集する喧騒の傍で、傭兵の輪に混ざったラウルが耳を忙しなく動かす。
「そっか、それも生き残るための心得、なんだね」
好奇心を宿すラウルの姿勢は、武勇伝未満の武勇伝すら語りたがる男たちに重宝されていて。
「坊主、俺らの日課にも混ざってくか?」
傭兵に気に入られた少年がぶんぶん尻尾を振る。彼が訓練場へついていく時には、上機嫌になった傭兵が、砂穴に投げ込まれた悪者が砂の泳ぎ方を知らず溺れかけたことを、面白おかしく話しながら歩いて行った。
その近く、ディアンナが手招こうとしたのは傭兵という名の屈強な漢たちだ。彼らが疲れ果てる頃を見計らい準備していた。マッサージ処という名のオアシスを。
しかし傭兵たちに近寄る気配はない。
「ちょっとぉ! メンテナンスしないと身体を痛めるわよ!」
こうして今日もディアンナはゆく。愛と勇気を求めて。
かような惨劇が起こっていると知る由もなく、星屑にも似た砂の上を一悟が駆ける。ラサ縦断マラソンに挑戦中の彼の走りは、大会の時から衰えていない。
(そろそろ補給するか……ん?)
繁華な集いを発見し、一悟の足が向かった先は――砂の原の隅、町外れに一時許可を得た『サヨナキドリ』の店。
漂う香気に、涼を求め集まった群集が喉を鳴らす。
「冷たいレモネードやアイスはいかが?」
蜂蜜色の髪を揺らし、ルミエールの夢紡ぐ唇が唄う。
「おお、美味そうだオレにも頼む!」
手を挙げたのは客として混ざった一悟だ。
「ほら、我(アタシ)の小鳥。ご注文が入ったよ」
武器商人から呼ばれ、炎天下のなか宣伝する看板動物たちを眺めていたヨタカが、はっと振り向く。こくりと肯ったその細長い指先が生むのは、ソルティハニーレモネード。
「……どうぞ」
ヨタカから受けとったレモネードで、一悟が咥内も喉も潤す。巡る爽快感に礼を告げ、一悟はすぐさま砂漠へ戻っていく。
とぼとぼ歩いていたアカツキもまた、香に惹かれ立ち寄った。
「こっ、これは……!」
砂漠に咲く一輪の花ならぬ、一杯の色彩豊かなドリンク。
「逃してはならぬのう! 今飲む用と帰り道用に、妾に拵えるのじゃ!」
どうぞ、とルミエールが届けた一杯は、薔薇香るレモネードとミントアイスの色艶。
続けて武器商人も、シャーベットの帽子を被った一杯を渡す。
満悦そうな笑みを浮かべたアカツキを見送る頃、ハァイ、と耳馴染みある声が帰還した。
「商人。濃いめのレモネードをご所望だとさ」
京司が得意げに鼻を鳴らす。道中で若者たちを店へ托した彼は、再び宣伝の旅に出た。
「今日はいい日になりそうね、父様」
町の子どもを乗せてはしゃぐ白狼を横目にルミエールが告げると、武器商人が堪え切れずに笑う。
ジュエリー・レモネードは、彼らに宝石という名の富を齎したようだ。
●
蹴り上げた熱砂が足にかかるも、ココロの動きは鈍らない。前へ踊り出た彼女は小柄な躯を生かし傭兵たちを翻弄する。
彼女の後ろでは、着物の裾が美しくはためき、戦斧が砂風を切った。常ならば牧は前衛。けれど此度彼女が担うのはココロの背。
(ココロさん、私よりずっと経験がおありになる)
ふと和らげた眼が捉えたのは、ココロから差し伸べられる癒しの力。
「牧さん!」
掛け声は端的に。篭めたものは言葉以上に。
ココロから受理した一瞬を糧に、踏み込んだ牧が一手を差し込み――戦いの幕が閉じる。
お疲れ様と傭兵へ告げたココロが、にこっと微笑んで。
「思いっきり汗かいて運動するの、気持ちいいよね!」
「ああ、本当にな」
傭兵たちが口々に述べた所感は、いずれも清々しく。
「お疲れ様です。宜しかったら、こちらを」
終いに牧が傭兵たちへ渡したオアシスの雫は、猛暑にやられた身へ涼を呼んだ。
別の場では、色違いの光を燈すジョゼが後退っていた。
相手が柄久多屋とはいえ、ジョゼが今身につけようとしている戦法は、まだしっくりくる段階に至っていない。眉をしかめつつも彼の足取りは砂を巻き上げ、ボムで灼熱の地へ新たな熱を加える。
直後ジョゼはふらつき、射る陽に目を眇めた。
(剣魔両立ってムズイなぁ)
けれど習練を重ねれば、きっと――。
加減も配慮も抜きの混戦が砂漠で繰り広げられ、アンジェリカも渦中の人となった。淑女は漲る気力を糧に突進し、ナバールや佐那へ一撃を見舞う。となれば当然『返礼』が生じる。
踊り子姿でナバールがしなやかに退避し、浮き立つ身に滾る熱を感じた佐那が刀を振り上げる。佐那は先ずアンジェリカへ斬りかかった。こうした状況こそ、アンジェリカの胸に情を点すもの。
(むしろ鉄屑共に遅れをとった昔日を鑑みれば……私自身、多数戦を鍛えるべきなんですわ!)
彼女が積みたい修練は今にある。けれどどうしても、どうしても忌まわしき鉄屑のことを想起した瞬間から、内に苛立ちの火が揺らめきだす。
その間にも距離を目測したナバールが、隠しナイフを手へ滑らせる。柔らかな砂を踏み締めて、懐めがけ――跳ぶ。淑女を僅かに刃で裂くも、留まる先を見失いたたらを踏んだところで。
「ああもう取り繕ってらんねー!」
可憐に淑やかに。そんな装いを脱ぎ捨ててアンジェリカが攻める。
「本気のアタイを見ろッ!」
着地の勢いを加えて、アンジェリカがナバールへ踵を落とす。
近くにいた佐那が赤きまなこで彼女を捉えるも、宙翔ける刀の切っ先は、彼女でなくナバールの均衡を僅かに崩す。
「っとと」
引く際に身を低くして砂面を滑ったナバールは、やるね、と飾らず囁く。
するとそこへ。
「オレも混ぜてくれや!」
宣言と共に猟兵が飛び込んできた。縺れ合うナバールたちが退けば、代わりに残るのは。
「良き力だ! 我は知っているぞ、小さくか弱き者に眠る力を!」
鏡面に似た盾を砂へ突き立てていたグェルドが、攻め立てる猟兵を受けとめた。
口角に不敵さを刷いて、猟兵はぎらぎらした目つきで睨みつける。
「誰がか弱き者だ! よっし、運動するか!」
「フハハハ! 存分に打ってくるがよいぞ!」
大口を開けて笑うグェルドめがけ、猟兵の猛攻が重なった。
止まぬ連撃の元へ、ザハールが天から落ちていく。正確には、高くジャンプした彼が槌を振り下ろしたのだ。
ザハールからの強撃に、猟兵がカラカラ笑った。
「オレからの加減も必要ねェよなァ!」
「いいぜ、来いよォ……」
言葉違わず彼女が繰り出した強打は、守りをも砕く強烈さで、ひくつくザハールを伏す。
その近くでは、吹き荒れた砂嵐の中、ノラが拳で綾姫を突く――突きかけた。
すんでのところで綾姫が砂塵に紛れ、すれ違うようにギンコが姿を現す。疾駆するギンコにほんの一瞬気をとられたノラへ、天の構えを以て綾姫が攻め入った。綾姫が振り下ろした先から放たれた一閃は、舞う砂粒を星屑のように瞬かせ、そして。
攻め疲れた瞬間を、ギンコは逃さない。
「これが一番手っ取り早いな、はあっ!」
風のように素早く、ノラを投げ飛ばした。投げられた側はしかし、背を強か打つ前にくるりと回り着地に成功する。そのまま振り返ったノラは、表情を綻ばせて。
「あんたら強いな。終わったら一緒に飲まないか?」
旨い酒でもジュースでも。彼女の提案に、綾姫もギンコも迷わず賛成を示した。
一方、容赦ない照り返しと風に運ばれた砂が、ネイ・キッドをこれでもかと追い詰める。とにかく身を守りたい守らねば危うい色々と。
「さぁ来い! 私はパンツしか履いていない!」
憚らず宣言したネイと遭遇してしまったブルーとロミルダが、ぴたと止まる。
「社会的に死ぬわけにいかな……ッげぶ!!」
巨躯を活かしたブルーの拳とロミルダの蹴りが、霞む景色の中、華麗にネイへ直撃してしまった。
だが休まずブルーは跳躍する。
「おらぁ!!」
ブルーが荒々しく咆哮し、拳で抉れば。
「っ、そこですっ!」
ロミルダも肉迫してブルーの脚を蹴り、次に狙うのは――降りかかる筈の一撃への対処。
研ぎ澄ませた反射神経でステップを踏んで、右へ左へと避けていく。互いに接近してのすべを得手とする者同士、ラリーは続いた。
もはや乱戦と呼んで差し支えない砂漠の戦場から、ぞろぞろと離脱する人も増えていく。
「くっ、いいパンチだった、鳥野郎の蹴爪より効いたぜ……」
よろめくザハールもまた該当する一人だ。
ふと見やった先、荷運びと救護に尽力する遥華の頭上で、吹き出し状のナニカが出現していた。声の届き難い砂塵の中でも、記された文字は不思議と見える。戦うばかりがイレギュラーズではない――という設定で励む遥華は、事あるごとに吹き出しを掲げるのだ。
「みなさーん! 宮田をよろしくねー!」
明るい挨拶で、病床人の気を紛らせながら。
不意に、そこへきょろきょろと目線を彷徨わせたフラーゴラが現れる。汗だくになりながらも、ぽっかり空いた穴を埋めるように歩を運び、休憩や治療のため集っていた仲間たちの輪へ顔を出した。
「……ワタシまだ冒険初心者」
フラーゴラのもふもふの尻尾が、しなっと垂れ下がる。
「だから、たくさん訓練して……強くなる」
強くなりたいのだと真っ直ぐ訴えかけてくる眸の潤みがあまりに愛らしく、佐里はそっと微笑んで。
「何なら座学もやりましょうか」
「ざがく?」
フラーゴラがこてんと首を傾いだ。
イレギュラーズには我流も多いが、他の人が培い、得てきた流派を知るのも良い勉強になるはずと、佐里が強く推す。
でしたら、と綾姫が唇を震わせる。
「座学のときにでも、皆さんの武器、というか刃物を見せてもらえると嬉しいな、と」
刃物。同じ単語を繰り返して周りが尋ねると、綾姫の頬が赤らんだ。
「いや、その、こういうの見るのも振るのも好きで……!」
やや興奮気味な綾姫から顔を逸らし、徐にザハールが尋ねたのは。
「ってか座学? 砂漠で?」
「ええ、日陰でかき氷でも頂きながら」
つられて皆一様に顔を向けたのは、今なおガリガリと氷を器へ盛るアルクで。
焼け付く陽の下、溶けかけのアルクは凄まじい集中力で――かき氷を作り続けていた。
砂漠は暑い。だからこそアルクは、一局終えたばかりの仲間たちへ涼を配っていく。
「……頑張るみんなにサービス。はい」
戦いに句切がついた仲間たちが、かき氷の恩恵を与っていると、何処からか素振りの音が響いた。黙々と斧を振るうゲンリーのものだ。いつ機が巡りくるとも限らない。いざその時に接した際、万全の状態で挑めるよう彼は一秒一秒を着実に紡いでいて。
「おお、新しく来た者か。どうじゃ、この老骨にひとつ訓練相手という名の仕事をくれんか」
若者たちに気付いたゲンリーからの誘いに、活力を取り戻しつつあったイレギュラーズが挙手をする。
――刹那。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!!!!」
絶叫咆哮――報せた刻の音が砂の表面を、空気を、そして人々の鼓膜を震撼させた。
それは茫洋たる砂漠を望む所に留まっていた、かのオッター・プラテパスによる技だ。
もうすぐ、砂漠に夜が訪れる。
●
大きなまなこを煌めかせ、つつじは熱持った砂を蹴る。
「死ぬほど暑いけどおもろいなー!」
広大な砂の原をゆけば、環境に適応する鍛練になるだろう。望まずとも砂漠で一夜を過ごすはめになることだって有り得る。可能性を遠い存在と考えてはならないと、つつじは一向に変わらぬ景色をゆく。
道中、もこもこと膨らんだ砂の塊を見かけた気もするが、恐らく気の所為だ。
その砂の塊――砂風呂のため集まる若者たちがいた。
砂風呂とは潤沢な砂と熱によって齎されるボテックス、いや、デイドリームか。砂風呂の下で潮が首を捻る。
「なんじゃったかのう」
『潮 それ デトックス』
砂に混ざるオコジョ――アルトゥライネルの看板にはそう書かれていた。
「なるほど、代謝を良くするトレーニングですね」
見学中の徒花がふむふむと頷く。
徒花の助力を得て綺麗に埋まったトゥリトスは、ふひぃ、とあえかな息を吐き始める。蒸し焼きになる肉や魚はこうして意識を失っていくのだと、考えただけで眼前が霞む。
アルトゥライネルもまた、焼きオコジョか蒸しオコジョかと考えを巡らせる。どちらにせよおいしく出来上がりそうだ。
汗しとど、体内に残留する悪しきものを押し流す感覚に潮の口許は満足げで。
「これぞ正しく究極のボルテックスじゃのう」
『潮 それ デトックス』
「ぉぉおもう無理ぃぃあづいぃ」
這う這うのていで抜け出した水着姿のトゥリトスをよそに、まだいけると内なる心を叱り付けアルトゥライネルは継続した。
あー、と平坦な呻きを潮がもらす。
「無理すると干物になってしまうぞ」
「み、みず……」
不意にトゥリトスが突然浴びたのは、大量の水だ。願い叶えた主は樽を担いだファルケで。
「起き上がるのである! 暑さにやられる等、言語両断である!」
ぶちまけられた水が火照った身を癒すも、彼の熱い言動に目が眩む。
「な、なんで平気そうなの?」
思わず尋ねたトゥリトスに、当然のごとく返るのは。
「なあに、俺には容易いぞ。何故なら筋肉は……裏切らない」
説得力満載の隆々たる肉体で告げたファルケに、確かにのう、と豊かな体躯を有する潮も頷く。
『良い砂風呂だった ありがとう潮』
ぷるぷると身震いするアルトゥライネルが起こした看板を見て、一同は揃って眦を和らげた。
そんな穏やかな雰囲気から程遠い処、優美な青が砂に残滓を落としていく。青の主チェレンチィの羽ばたきは、飛揚する砂を浴びながらも強さを損なわない。飛んでは降り、砂を蹴ってまた飛ぶチェレンチィを追う傭兵は、口端を上げた。
「あまりに色が綺麗なもんで躊躇っちまうな」
「一撃も入れられないままでは鍛練になりませんよ」
まったくだと返して、男は再び鳥を追う。
砂漠を飛翔する鳥は、そう多くない。慣れ親しんだ砂漠の天上を僅かに瞥見したバトバヤルは、呼吸に気をつけながら槍を振るう。
「力入ってんねえ。おかげで良い訓練ができる」
そう告げた傭兵に、バトバヤルは肩を竦めた。
「魔種が跋扈するなどしたら、俺も商売上がったりだしな」
違いない、と笑声がこだましていく。
小気味よい笑いが響く一方で、千之は独り砂の原で立ち尽くしていた。
「あっぢぃ……」
まるで囚われたかのように、そんな感想ばかり口を衝いて出る。一直線に駆け抜けたはずが、方角も現在位置も見失いかけていた。
体力も枯れ果て、動けずにいると、発見した姫百合が駆け寄る。
「くっそぅ、なかなか強くなれねえ」
「えぇ、強くはないですが」
直球な姫百合の一言に、千之がうぐっと呻く。
「それでも十分だとおもっています」
白装束の少年はただただ呟き、癒しを施す。
「無理しないでくださいね。死にますよ?」
千之は瞼を落とす直前、そんな言を聞いた。
同じ頃、静けさとは無縁の一帯であどけなさを残す少女――の姿をしたクラウジアの術が叩くのは、砂上でも機動力を落とさぬ的だ。目下の宿題は二つ。命中精度は上昇しつつあるが、術式がなかなか安定しない。
「儂の魔法を躱すとはのう」
うっそり微笑んでクラウジアは次なる術式を編む。
「よーし、やるのじゃー」
突然、快い金属音が響き渡った。
クラウジアが振り向くと、余熱を孕む銃口を掲げたライの姿が窺える。
「なかなかの腕前じゃのう」
「ありがとうございます。これなら、神も喜ばれることでしょう」
成果に睫毛を揺らしたライは、ふと目線を外した先でアイゼルネを知った。
クラウジアの用意した的へ、アイゼルネが向かう。砂に塗れたナイフを取り、熱さと共に意地を握りしめて。
表情持たぬ面差しが捉えるのは、遥かなる宙空で泳ぐ的のみ。
足が縺れやすい砂漠において、強みを生かすための手段を得るのが急務だった。だから彼女は黙々と訓練に励む。
こうして砂上ゆく一行あれば、天翔ける一行あり。
「どらっしゃあァァ!」
雄叫びにも似た大音声の主はエナだ。飛び掛かった先、ルクトの盾が威勢を削ぐも総身に走る衝撃は拭えない。
「空中戦はこうでないとな」
防いだ余韻によって回転したルクトはしかし、翻弄されず矢継ぎ早に弾幕を張る。砂の絶景をも覆いかねない弾幕が、エナを超えアレクシエルへと向かう。
ふ、と吐息でアレクシエルが笑んだ。
彼女が拳に集束させた熱気で烈しく叩き込み、炎熱の砂塵が舞い上がる。熱風が一帯を、弾幕を包んだ。
(やっぱり地上とはバランスの取り方が違うのね)
攻撃の拍子によろめいたアレクシエルも、すぐさま均衡を取り戻し首を捻る。そこへ。
「タリホー!」
エナの掛け声が空気をつんざく。
「ふふ、いいわね」
目許を緩めてアレクシエルが防御態勢に入った瞬間、滑空したエナの一撃がずしりと圧しかかる。
「楽しくなってきたわ」
吐息がかかるほどの距離で、アレクシエルは手刀で打つ。いたっ、と弾ける声を耳にしつつ、小首を傾いでアレクシエルは手足をひらりと泳がせた。もっと高く、もっとダイナミックに。訓練を積むほど望みが募る一方で。
直後、真白き鳥エナが目指すは、態勢を整えたルクトただひとつ。
「どっせーい!!」
けれどエナの一声が響くより早く、ルクトも空を蹴る。宙空にものが無くとも蹴れば充分、速度は積み上がる。
そして焦熱も気に留めず、義手の指を瞬時に外し――撃つ。
エナが翻り躱すのを目撃したルクトは、二人へ腕を突き出してこう誘った。
「まだ終わらない。さぁ……」
私と踊ろう。この空のすべてが、私たちのダンスホールだ。
弛まぬ賑わいからそう遠くない砂地で、薫陶を受けたいとディルクに願い出たのはエルスだ。
「私が勝ったらシャイネン・ナハトにデートして下さいね!」
「砂漠より熱い誘いだ、いいぜ、やってみな」
こうしてエルスは己が口にした言の意味を知らぬままディルクに挑み、そして負けた。
勝負の後、ひとり頭を抱えるエルスがいたという目撃談もあるが、定かではない。
銘々が「らしく」過ごしていると、いつしか砂漠にも夜気が流れてきていた。
砂漠の民らしい雰囲気でサバイバル生活を。
そう案を提示したアスタ自身、不要でも食事という名の娯楽も、睡眠の心地よさも知っている。だから寝床となるテントを張った。岩や材木を収集して金剛が作った陣地に。
ロゼットがそこへ運び込んだのは、素人目には判別が難しい無毒のサボテンだ。
続いて呼人と金剛が狩りから帰還したのを見やり、カナタは燃料に着火する。
それは、とぱちぱち瞬いた狐太郎への、カナタの答えは。
「パカダクラの糞だ」
「ふ……」
「乾燥させておいたから臭いは少ないだろう。食べていた物によるが」
無臭とは断言しないカナタに、仲間たちが風向きを確認し始める。
調理にも暖を取るにも必要な赤が、こうして彼らの夜営地に燈った――。
やがて焼き上がった獣肉を呼人が切り分ける傍ら、狐太郎が飯盒をそろりと開ける。
「あつあつご飯も、できたよ」
ほんのり焦げた部分を割りながら、狐太郎が温食を配っていく。そうしている間にも鼻をすすり始めた狐太郎へ、毛布を差し出すのはロゼットだ。
「防寒具は大事だよー。はい」
ロゼットの厚意は、金剛へも届けられた。
「はえー、本当に寒いんだなぁ」
金剛は受け取った布に包まり、同じく毛布を羽織った狐太郎が頬をふくりと上げる。
「ラサは暑くて寒いけど、なんだかとってもいい所」
狐太郎の所感を耳にし、羽織る毛皮を掻き寄せた呼人は、火の昇る先へ視線を移す。
(いい所、か)
呼人が一瞥したのは、白銀を知らぬ砂の原。なぜか雪山が恋しくなった、気がする。
「よし、冷める前に食うとしよう」
促すカナタの声で、皆は食事へ手をつけた。
美味しい、美味いと紡がれていく言を聞き、アスタも同じ響きを口にしてみる。
(……僕も、楽しんでいるのかな)
ささやかな寝食を共にして、かれらは砂漠の夜を過ごす。
時おり仰いだ砂漠の星月夜は、今日を生きた者たちの明日を願うかのように、それはそれは美しく瞬くばかりだった。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
トレーニングお疲れ様でした!
またご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
Re:versionです。三周年ありがとうございます!
今回は特別企画で各国に分かれてのイベントシナリオとなります。
●重要:『ローレット・トレーニングVIIは1本しか参加できません』
『ローレット・トレーニングVII<国家名>』は1本しか参加することが出来ません。
参加後の移動も行うことが出来ませんので、参加シナリオ間違いなどにご注意下さい。
●成功度について
難易度Easyの経験値・ゴールド獲得は保証されます。
一定のルールの中で参加人数に応じて獲得経験値が増加します。
それとは別に『ローレット・トレーニングVII』全シナリオ合計で700人を超えた場合、大成功します。(余録です)
まかり間違って『ローレット・トレーニングVII』全シナリオ合計で1000人を超えた場合、更に何か起きます。(想定外です)
万が一もっとすごかったらまた色々考えます。
尚、プレイング素敵だった場合『全体に』別枠加算される場合があります。
又、称号が付与される場合があります。
●プレイングについて
下記ルールを守り、内容は基本的にお好きにどうぞ。
【ペア・グループ参加】
どなたかとペアで参加する場合は相手の名前とIDを記載してください。できればフルネーム+IDがあるとマッチングがスムーズになります。
『レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)』くらいまでなら読み取れますが、それ以上略されてしまうと最悪迷子になるのでご注意ください。
三人以上のお楽しみの場合は(できればお名前もあって欲しいですが)【アランズブートキャンプ】みたいなグループ名でもOKとします。これも表記ゆれがあったりすると迷子になりかねないのでくれぐれもご注意くださいませ。
●注意
このシナリオで行われるのはスポット的なリプレイ描写となります。
通常のイベントシナリオのような描写密度は基本的にありません。
また全員描写も原則行いません(本当に)
代わりにリソース獲得効率を通常のイベントシナリオの三倍以上としています。
●目標
真面目に楽しく、健やかにトレーニング!
●訓練について
住民に迷惑がかからなければ、訓練場所や相手は問いません。
鍛練・サバイバルなどお好きにどうぞ!
派手に動き回るなら砂漠が一番です。
町外れは道が舗装され、足場が砂漠より安定しているのと、住民や商人といった傭兵以外の目が少しあります。
観衆を前にしての訓練ができますが、子どもも見ているという前提で行動してくださいませ。
それでは、熱と夢が降る砂上でトレーニングといきましょう!
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