シナリオ詳細
春告げに萌む
オープニング
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小鳥のさえずりは春の気配を運び、羽搏き一つが穏やかな風を感じさせる。
頬を撫でた春は、遠くにあると感じていた『聖女の殻』エルピス(p3n000080)は「もう、こんな時期なのですね」とぱちりと瞬いた。
彼女の生まれた天義――聖教国ネメシスは鉄帝国に隣接するためにしばしば激しい気候を感じる場所もあった。そこより幾分か離れローレットの冒険者達の『行動範囲』が広がった事で寓話の世界でしかなかった深緑に訪れることとなれば感じる空気も違うというもの。
「草木のかおり、花の気配に、春のかぜ――どれもが、真新しく感じます」
「新しい季節が来ると、俺も、そう思うよ」
エルピスをちら、とだけ見た『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は小さくそう言った。
女性慣れしない情報屋は頬を掻き、瞬くエルピスの空音(こえ)を聞きながら地図をとんとんと指さした。
「大樹から少し離れて――ここ」
「ここ、は?」
「幻想種の人が教えてくれたんだ。春告草の咲く湖」
小鳥たちが囀り合い、静かに愛を酌み交わす『名前を忘れられた湖』。
周辺には遺跡が多く残る迷宮森林の中の、憩いの場所なのだと雪風はそう言った。
「春告草――?」
こてり、とエルピスは首を傾げる。
「うん。深緑ではしばしばそう言うらしいけど、俺の世界では、ええと――まあ、俺、旅人なんすけど――『梅の花』って言ったんだ」
小振りの桃色。その梅の花に似た『春告草』が芽吹く穏やかな場所は隣接するのがラサなだけあった温暖な気候でピクニックに打って付けだ。
「色々と忙しくしたり、まあ、大変だったし、季節の変わり目、だし、さ」
「はい」
「ピクニックでのんびりとか、どうかな」
雪風にエルピスは「はじめてします」とぱちりと瞬き小さく笑う。
綻ぶ春告の花に、混ざる小鳥の囀り。
吹き渡る春に髪を煽られたならば、もう直ぐ季節は巡る頃だ。
- 春告げに萌む完了
- GM名日下部あやめ
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2019年03月21日 22時05分
- 参加人数33/50人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 33 人
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参加者一覧(33人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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朝告げの囀りが聞こえる。耳を欹て春を聴くエルピスの背中に「見て」とエーリカは穏やかに手招いた。
木々の間から零れる朝。芽吹く緑に、土のにおい。ほころびはじめた花を数えながら彼女はそろりと唇を震わせる。
「……わたしも、『ひかりの国』でうまれたの。
村のひとたちが持ついろを、わたしはひとつも持っていなくて『みんな』の聲を聞く、尖った耳をもつわたしを『災厄の子』だって、すごく怖がったの」
そう、花のかおりに乗って姿を現す精霊たちにゆびさきをのばして、ゆっくりとエルピスを振り返る。
恐る恐ると振り返る彼女にエルピスは「聲が聞ける。わたしと、おなじですね」と何処か不思議そうに瞬いた。
「あのね、あの場所で、わたしは『夜鷹』でしかなかった。
でも……、……そんなわたしでも、あなたの手をとることができた。わたしはそれが、とても、うれしいの」
手渡された菫のかおり。エルピスはエーリカさま、と静かに呼んで。
「とてもすてきな、瞳。どうか、その目で見た世界を教えてはくれませんか?」
春を告げる花の香りに心躍らせてジルーシャは調香師としての血が騒ぐと朝露を感じさせる森を歩んでいた。
澄んだ空気はどこか冷たく、それでいて穏やかな風とかおりを『聴く』ことができるこの瞬間がジルーシャにとっての一番の瞬間だ。
まるで水面揺らがぬ湖のように――積み立ての春告草のかおりと言葉を交わし合う。
(調香って、香りと一対一で向き合ってお話するようなものだもの。
どうすればこの子の魅力を最大限に引き出せるか、真剣に考えなくっちゃ)
きっと、素晴らしい存在になるはずだ。愛らしい我が子。折角だからその名を特別につけて、ジルーシャは「そうね」とコロンを指先揺らす。
「アンタは、そうね――《***》なんてどうかしら。
アタシがいた世界で、“希望”って意味の言葉なの」
深緑。その名を確かめるように口にして津々流はその名の通りだと周囲を見回した。巨大なる樹を都とするその国の朝と昼のはざま。
昼食には美味しいサンドイッチを、とバザーで購入したものを少しばかり見下ろして。包み紙でくるりと包まれたそれには小さな春告の葉がひとつ挟まれている。
「……ああ、そうだ、『彼ら』にこのあたりの話を聞くのも楽しそうだね」
隠れた穴場を教えてはもらえないかな、と。植物たちにこっそりと囁いて。彼らしか知らないこの湖の事を秘密めいて耳打ちした。
「春告草とは、なんとも風雅な名前ですねもう春がくるのかと思うと、時は早いもので御座います」
その優美な名を持った花を摘んで春を身に着けたならば――それはどんなに幸福な事であろうかと幻は目を細めた。
「ああ……」
そんなにも優美な姿――感動に指先が震えるとはこの事かと幻はゆっくりと、その美しさを手折った。
花のひとつひとつの香りを嗅いで春めく穏やかさをその手のうちに納めていく。
春告草が揺れる。香水瓶に並べて、春を独り占めするようにそっとふたを閉めた。
湖畔で摘んだ花々と図鑑で頭を突き合わせて。にらめっこしている時間はあっという間に過ぎてしまった。
お弁当はアレクシア特製と、彼女が胸を張るものだから、シラスは楽しみだと頬を緩めて。
「サンドイッチに、あと一口で食べやすいようにおかずを幾つか作ったんだ。
バザーの商品には負けるかもしれないけど、それなりに食べれる味のはず!」
「ん、すごいね」
美味しそう、と笑みを浮かべた彼にアレクシアの口元にもゆったりと笑みが浮かぶ。図鑑とにらめっこしている彼の隣から覗き込んで「このお花?」とアレクシアは指さした。
花飾り、押し花、コロン。どんなものにしようかと心を躍らせるシラスに『深緑の事は先輩』だとアレクシアは「教えてあげる!」と堂々と笑み溢す。春めいたのは季節だけではなく二人の心もか――得意げな彼女を見れば自分も嬉しくなってしまうとシラスの顔も綻んで。
「それでねそれでね!」
美しい景色の中で、この国を好きになって欲しいと願う彼女の横顔を見遣って。
この国ではどんな仕事が待っているのだろうかと、どこか期待をひとつ。
●
注ぐ陽光に、感じる暖かさが春の足音を耳朶に鳴らした。弁当箱を詰め込んだ鞄を手にシリルは偶には一人で穏やかな散歩も悪くはないとその肺一杯に春を吸い込んだ。
「ローレットの方じゃあんまりなかったよね……こういう草木の匂い……落ち着く……」
ローレット――幻想は中世の街並みを保っている。それ故に深緑の様な美しい自然とは少し雰囲気が違っていて。
「……隣、いいかな?」
樹木の傍に腰かけ、そっと、幹を撫でる。その指先に応えるように春めいた風が吹き、シリルは目を細めた。
「よしよし、春も近づいてきたね。……いただきます」
迷宮森林の中に埋もれるようにして存在していた遺跡。その一角に腰かけてウィリアムは静かに息を付く。
朝からの散策は少しばかり草臥れたが――木登りを、となれば幻想種ならお手の物、と彼は小さく冗談めかした。
「いい景色だ……故郷はやっぱり安心するね」
眼窩に臨むは鮮やかな青と翠。春の気配を感じさせ仄かに表情を変え始めた草木ははにかむかのようだ。
こうして壮大な緑に包まれると実家に戻ってきたのだとしみじみと感じさせる。芽吹く華の気配も、鼻孔擽る草の香りも、全てが全て愛おしい。
さて、今日はこれからどちらにいこうか。未だ見ぬ場所はあるだろうかときょろりと周囲を見回して。
「おーっほっほっほ! ご覧になって! お天道様きらめくピクニック日和ですわー!」
常の通りの様子で。簡易な折り畳みテーブルには可愛らしいテーブルクロスとタントセレクトの食器の数々。
春めいたお茶菓子は桜や花を練り合わせたものはアールグレイのかおりをさせる。ヴァレーリヤがタントへ送った紅茶は折角の『ピクニック』にと茶器に注いで。
「す、素敵なティーセットね。ちなみにコレ、貴重な物だったりするのかしら?」
「あら、このティーセットですの? 大したことはございませんわ、ほんの5……」
ふわ、と春が舞い踊る。ティーカップの中に花弁が落ちた様子にタントはご覧になって、とヴァレーリヤに差し出す。
「茶柱ならぬ花柱が立ちましたわね。オーッホッホッホッ!」
「そ、そうね。ふーん、そう……」
ひくり、とヴァレーリヤの口元が引きつったのは気のせいではない。穏やかな表情の裏には凍土に立たされているかのような不安が吹き荒れる。
『5って何ですの、途中で止めないで下さいまし! 5万? 50万!? 誰か助けてええ! こんなのうっかり割ったら弁償できませんわよ!』――内心穏やかでない彼女にタントは常通りの輝かんばかりの笑みで「まあまあ、お気になさらず楽しみましょう! お菓子も美味しいですわよ!」とずずいと菓子を差し出した。
「コノオカシ、オイシイデスワ」
「……あら、肌寒いですかしら? 震えておりますが……」
暖かいですのに、と周囲を見回すタント。ヴァレーリヤの脳裏に過るのは弁償できずに身売りし、『きらめけ! 僕らのタント様!』と叫ぶ仕事に身を捧げる自身の姿。
「ねえ、タント……上手く叫べなくても私の事は見捨てないで頂戴ね?」
「ンッ!? 何で叫びますの!!?」
湖畔に腰かけ、木陰に腰かければクリスティアンはバザーで購入したサンドイッチで腹を満たす。
輝かんばかりの陽光が彼の金の髪を撫でる。穏やかな日常の中、春告草の咲く湖の景色を父に聞いてきたというエリーナが春告草たちと会話している風景が視界に入った。
「良い眺めですね」
穏やかな少女はサンドイッチを手に柔和な笑みを浮かべる。その頬が緩む様子を見れば、どうやら草木の御機嫌も麗しいらしい。
散策する彼女を眺めている内に、クリスティアンの意識は次第にうつつより攫われていく。
そうして、眠りに誘われる様な穏やかな陽気を歩みながらシフォリィは自然の息吹と共に『人』の気配を仄かに感じていた。
残された遺跡。それはどの様な存在が作ったものなのか――旧く、想像もつかぬ歴史に触れながらシフォリィは開けた場所に踏み入れる。
ざあ、と音立て吹く風が銀を靡かせ、シルクのリボンを抑えた彼女は淑女らしからぬ姿勢で自然にごろりと寝転がる。
まるで草木に抱かれているかのような感覚で青空を眺め、耳を澄ませれば小鳥たちの会話や風のささやきが聞こえるかのよう。
そう、春だ。春告草、と口にしてポテトはすっかり春めいた気配を感じて周囲を見回した。
湖畔に腰かけサンドイッチと文庫本を嗜めば、小鳥たちが美味しそうだと戯れるように指先突く。
「人懐っこい子たちだな」
少しの御裾分けをして。穏やかな空気に深緑という国の気質が自分にはあっているのだと確認しながらポテトはふと顔を上げた。
梅の花もよいかおりをさせ、ポプリやコロンを作るのにもぴったりだろうか。
美しい花を集め、実がなれば菓子にするのも良い。梅餡を作ればリゲルとノーラはどんな反応をするだろう――?
なんて、そんなことを考えれば、緩やかに時間が過ぎてゆくのだ。
イーハトーヴはうさ耳付きのパーカーを身に纏い、アーリアとの待ち合わせ場所に向かった。
あの日――マリーとシャルルが衣服について話していた日――彼女が見繕ってくれたパーカーの裾を春告の風に揺らせば、春色のスカートのアーリアがにんまりと笑みを浮かべる。
「綺麗な色のスカート、可憐な君によく似合うな!」
「ふふ。イーハトーヴくんのパーカーもばっちりお似合いねぇ……!」
バザーで買い込んだ食べ物や飲み物。酒盛り(そう書いてピクニックと読ませる)準備はばっちりなアーリアはパカダクラのトロイカとカピブタのテネシーと共にレジャーシートを広げる。
「初めての酒! 初めてのピクニック! ああ、胸が躍るよ! それに――その、撫でても……?」
初めて見た混沌の生物に心をときめかすイーハトーヴ。アーリアは勿論と嬉しそうに笑みを溢した。
「さて、改めて出会えたことに乾杯でもしましょっかぁ」
この縁に乾杯、とグラスをかちり。ふと、イーハトーヴはお酒と言えばアーリア。アーリアと言えばお酒という噂を耳にして――そっと問い掛けた。
「ところでアーリア、酒というのはどういうふうに飲むんだ? ぜひ、先輩にご指導願いたい!」
「お酒? ……お酒はねぇ、楽しくお喋りしながら飲むのが一番!」
楽しいおしゃべり。それならば今からたんまりと出来る筈。ひらりと花弁がグラスに舞い落ちる。その様子に目を細めて、今日に乾杯。
●
「初めてお会いしますね、私はアニーといいます」
柔らかに笑みを浮かべたアニーにエルピスは緊張した様に「エルピス、です」と慣れぬ自身の名を告げた。
彼女を笑顔にできれば――そう思いアニーがエルピスの手を取ったのは昼下がりの穏やかな翠の中での自然散歩。
「良いお天気……こうして歩いていると、時々ふわぁっと良い香りが漂ってきますね。
花の香り……でも風に乗ってすぐどこかへ行ってしまう。あの香りを掴むことができたら、なんて」
アニーの言葉に耳を傾けエルピスは「そんなこと、できるのでしょうか」とぱちりと瞬く。
「できるんです。 ……そう! コロンにすれば! 一緒にお花のコロンを作りませんか?」
ぱちり、と瞬くエルピスにアニーはこくりと頷いた。コロンが何かも分からぬだろう彼女にもひとつひとつ教えればきっと楽しんでくれるはず。
「大丈夫! お花のことなら任せてください! 私こう見えて実は花屋してるんですよっ。なんでも聞いてくださいねっ」
「はい。あの……よければ」
同じものを、と提案したエルピスにアニーは頷いた。フルーツの様な甘いかおり、カミツレの話をしながらそう言うアニーはふと手を止めて「エルピスさまはどんなかおりが好みですか?」と首を傾いだ。
「雨の、かおりもすきなのですが、このかおりも、とてもすきです」
あなたの香りですね、とぎこちないながらも幸福そうに、小さく、小さく笑って。
「春を告げる花、ですか。可愛らしく、またとても良い香りのする花ですね」
落ちた花弁に指先伸ばしてLumiliaはほう、と小さく息を付いた。穏やかな風は彼女の雪色の髪を柔らかに揺らす。
肺一杯に吸い込んだ華やぐ春。のんびりと、時間さえ忘れて笛を奏でる。稼ぐ為でもなく、仲間を助ける訳でもなく、自身と音楽を教えt家熟れた師の為に――
「……ああ、そういえば『あなた』達がいたのですね」
奏でるその音色に誘われるように顔を出した小栗鼠にLumiliaは柔らかに笑みを溢す。ちょっとした餌をとバザーで購入したパン屑を手渡せば何所か嬉しそうに栗鼠はくるりとその身を反転させた。
小鳥たちがそわそわと顔を出し、Lumiliaは良ければ謳ってくれませんか、と冗談めかす。なんて――人の言葉は解らないでしょう、と小さく笑ったその声に変えるのは柔らかな小鳥のさえずり。
「エルピス、良ければ昼食でも如何ですか?」
頷くエルピスは雪之丞の連れた大福にぱちりと瞬く。珍しいですか、と問う彼女にエルピスはおずおずと頷いた。
「よければ触ってみますか? 大人しい猫ですから、遠慮せずどうぞ」
「あ、えっと……ありがとう、ございます」
おそるおそると伸ばした指先。エルピス、と彼女の名を呼び捨てにしたのは雪之丞の中で、彼女にはそうするべきだと考えたからだ。友人という一線の上で敬称を付けてはきっと彼女は距離を測りかねるのだろう。
「エルピス、ローレットには、もう馴染んだでしょうか?」
「……どう、でしょう。まだまだ、慣れないものですね」
こうも緊張してしまいます、とへにゃりと笑うエルピスに雪之丞はゆるやかに頷いた。
「そうだ、ひとつ。梅の花に因むものを。エルピスは、梅干しを知っているでしょうか?」
ふるふる、と彼女は首を振る。うめぼし、とたどたどしくそう言ったエルピスに実がなるのですと美しい花を指さして。
「この綺麗な花から出来る実は、様々に使われます。
例えば、――少々酸っぱいですが、お茶とよく合うのですよ」
梅干のおにぎりを差し出す雪之丞に、エルピスは恐る恐る口にしてすっぱいと口をすぼめる。
小さな、笑みを溢した雪之丞に釣られて笑みを溢すエルピスは「ふしぎ、ですね」と首を傾いだ。
出会いも縁も紡いだのは奇異な形で。日々を重ねて、いつかは友人と呼べる関係になれたならば――
「日差しも風も心地良いわ……これぞ春の訪れよね。
故郷の日本でも愛されていた梅の花……こっちだと春告草だっけ、をぜひ一緒に見たくて誘っちゃったけど、大正解だったかも」
笑み溢して、蛍は珠緒をちらりと見遣る。春の香りに穏やかな陽気は生の喜びを実感させると珠緒は笑みを溢した。
「日頃、血を吐く思いをして生き抜くに足ると言えましょう。とても穏やかな日ですね」
「そうね。折角だからここで一休みしましょう? おいしそうなサンドイッチを買ったし」
湖畔に腰かけて、サンドイッチを取り出した蛍に珠緒は「さんどいっち」と手元をじいと見詰めた。
「さんどいっちというのは、所謂簡易食だそうですが、お出かけして景色を眺めながらというのには、よく合うものですね」
「うんうん。……ね、次のお出掛けの時、お弁当を一緒に作らない?
珠緒さんと一緒に準備して、一緒に過ごして、一緒に帰る……きっと素晴らしい一日になるわ」
ぱちり、と瞬く珠緒。早起きしないと、と笑った彼女のかんばせを見遣ってから蛍ははっと口元を抑えた。
「あ……つい言っちゃったけど、桜咲さんのこと、珠緒さんって呼ばせてもらってもいいかな」
馴れ馴れしいかしらと慌てた声に珠緒は「桜咲だって蛍さんとお呼びしてますし」と好きなように呼んで欲しいと頷いた。
「そ、そう! ボクの膝枕で休んでほしいなって!この前の御礼に……」
慌てたそれに頷いて、はて、と珠緒が蛍を見上げる。お礼というのは心当たりはないけれど――ああ、けれど、心地よい。
眠りの淵に誘われた彼女を見ながら小鳥のさえずりを耳にして。このまま、時が止まったならば――
「メイメイちゃん、どれにする?」
ピクニックの為にとバザーに立ち寄った蜻蛉に、一緒に春を楽しめるとうきうきとした心のメイメイはぱちりと瞬く。
「ぜ、是非食べてみたい、です! わたしは、たまごサンドを」
食いしん坊を少しだけ覗かせたメイメイに蜻蛉はくすりと笑う。敷物を広げられる景色のいい場所を探そうと手招く彼女にメイメイは羊の耳をぴこりとさせた。
「あちらの、木陰が良さそうです、よ……!」
春告草のかおりに、小鳥のさえずり。サンドイッチも美味しいとめいめいが幸福そうに目を細めれば蜻蛉はミルクティを差し出した。
サンドイッチならば持って帰って食べても良いと提案する彼女にメイメイは頬を赤らめ――
「……お口についてる、ここ」
くす、と笑った蜻蛉の指先がメイメイの頬を撫でる。ひゃ、と小さく声漏らし恥ずかしいと肩を竦めたメイメイに蜻蛉はくすくすと笑った。
吹く風が二人の髪を煽る。顔を上げたメイメイの頭にひらひらと落ちた花弁を掬い上げ、蜻蛉は柔らかに笑みを溢す。
「春やねぇ……風光る、や」
「……そう、ですね……生命の息吹を、感じます。とても、穏やかで、素敵な……」
ほっと微笑んで――春はまだ、訪れたばかりだ。
「深緑に来る機会とかあまりないっす」
ふんふん、と鼻歌交じりに。緑が沢山なこの場所を楽しむ様にぐんぐんとレッドは進む。
こうした緑豊かな場所というのも知り得なかった世界で。初めて見る自然と迷路、穏やかな春風にも心が躍る。
巣から旅立つ小鳥たちや、肩や頭に乗ってくる人懐っこい小動物たち。春の気配を存分に感じながらレッドは芽吹く花に指先伸ばす。
「この深緑という世界をこの体に見せてやるっす」
がさ、と音立て獣道を進んだレッドは「でも」と一歩ずつ後退する。時には魔物だってこんにちは。
病弱だからと気にすることなく一目散にダッシュで逃げて――まずは安全第一なのだ。
「アルティオ=エルムの迷宮森林。自然のままに在る豊かな森ですね」
アリシスはそう呟き周囲を見回した。旧時代の遺跡があり、人の手が全く入っていないわけでもないのだろうがその自然は大らかに全てを受け入れるかのようで。
自然に覆い尽くされ動物の生活の場となったそれを見回してアリシスは「大樹ファルカウという霊樹の影響下にあるからでしょうか……精霊や妖精の世界に近い、感覚がしますね」と小さく呟いた。
「……ふむ、なるほど。この辺りの雰囲気は昔、手入れをしていた庭園を思い出すな」
友と語らったその場所を思い出すというアレフはバザーで購入したサンドイッチを見下ろした。
どうやらこの周辺は人を受け入れるに適している様だ。アレフに擦り寄る小鳥はサンドイッチが欲しいという様に小さく囀る。。
「この辺りの鳥達は、随分と人懐こい……警戒心があまり無いのだろうか……ああ、アリシスの方にも」
「はい、何時もので。それでは休憩と致しましょうか」
パンの片をつつく小鳥を見遣りながら、こうした世界に縁がないと少し居心地の悪さを感じていたアリシスは偶には悪くないかとゆっくりと腰掛けた。
「お茶でも淹れようか、暫くこの場所で時間を潰すとしよう。茶葉はいつもので良いかな」
その言葉に頷いて。今暫くはこの春を堪能して居ようではないか。
●
「……どうも、お久しぶりですね……貴女が覚えているかどうかは分かりませんが……」
そう、確かめる様に言ったクローネにエルピスはゆるりと頷いた。
隣に腰かけたエルピスに視線を向けて、クローネは頬を掻く。
「……と、言っても特に喋る事があった訳ではないんっスけどね……。
……あの時、あの依頼で助けた聖女がローレットの中に入ったと聞いたので……」
「いきていいと、いわれたので」
その言葉に、差し伸べられた手を握って。そうたどたどしくも告げたエルピスにクローネはそうですか、と小さく答える。
「……私はどちらかと言えば貴方を始末しようとした側なのでこう言うのも何ですが。
……どうか自分の命は大切にする様に……貴女を助けたいと思った人がいたはずなので……」
そう、告げるクローネにぱちり、とエルピスは瞬いた。
「……とは理由づけましたが……まぁ、知人に死なれると此方も寝覚めが悪いので……」
彼女なりの優しさなのだと、そう、理解できて。エルピスはゆっくりと立ち上がりよろしくお願いしますと頭を下げた。
「もう春告草の季節なんだね!」
深緑にいた頃はよく昼間にピクニックを楽しんだ。フランにとって夜の森でのピクニックは草木芽生えるように新たな出来事で。
集合前に実家によりミシュカおかーさん特製シチューとパンを準備してきたフランの心は踊る。
バーベキューセットを、とシャルレィスは珍しい肉を探し求めた。流石は冒険者、何かないかなと目星をつけて行動する彼女は雪風とエルピスにご一緒に、と手招いた。
「い、いいんスか……?」
何処か緊張した素振りの雪風にシャルレィスがくすくすと小さく笑う。勿論、と頷く言葉にぱぁと表情を明るくしたのは雪風だけではないだろう。
テーブルを整え、バーベキューとチーズフォンデュの準備をしたニーニアは輝く月の下、ランプに明かりを灯す。
「皆、いらっしゃい! 星空も綺麗だし、景色も楽しみながらお食事しよう~」
にんまりと微笑むニーニアにフランとシャルレィスは心を躍らせた。女性が多いと緊張する雪風に、見慣れぬものにきょとりとしたエルピスをシャルレィスは紹介し、はっと顔をあげる。
「うわぁ、綺麗な星空……! 湖にも星が映り込んで、なんだか夢の世界みたい」
きれい、と小さく呟くエルピスにフランは「自慢の森なの!」と胸を張る――が、きゅう、と何処からか音が聞こえて。
「……夢の世界でも、お腹は空いちゃうみたいだけど!」
小さく笑ったシャルレィス。その言葉においしそうなものが多いと雪風も同意を示す。
野菜にバーベキュー用の肉、チーズなど自然由来の者は全て深緑で手に入れたものだとニーニアは折角の新たな春の訪れをこの地のもので楽しみたいと笑みを深めた。
「フランさんのお家のパンもシチューも、とっても美味しいね♪」
その言葉にフランの瞳がきらり、と輝く。美しい景色に、自慢の料理を褒められて、嗚呼、なんて嬉しいのだろう!
「本当に、きらきらしていて綺麗だね……! 夜の森は怖いから出歩いたことなかったけど、皆と来れて嬉しいなー」
怖い世界とはまた違う。穏やかな空気に今は心を和ませて。
月明かりの晩に二人きりで。吸血種の体を受け入れる闇の心地よさを感じながらレイチェルは恋人を手招いた。
「お前さんは日光があまり好きではないのだろう?」
誰もいない静かな空間で、レイチェルはシグの袖をくい、と引っ張る。人前では恋人という雰囲気を醸すのが苦手な事は知っている。
手を繋ぎたいという合図を受け入れて小さく笑えば「……私は別に人前でも大丈夫なのだがな?」とも冗談が唇を滑る。
「この森の中にも、春告草は咲いてるかな? 俺、見てみたいンだ。綺麗に咲いてる所。
一杯群生してるのも綺麗だが……森の中で一本だけ咲き誇る、ってのも凄い心惹かれるのがあるだろ? 神秘的でな」
神秘、そう告げられた言葉を繰り返してシグはふむ、とだけ呟いた。
「……そうだな。ロマンではあるが……研究者としての私だと、そういうレアな物を見るとどうしても『如何に普及させ、実用に持ち込むか』の方を思い浮かべてしまう。……すまんな、味気なくて」
そうは言うけれど、そう言う彼にも好意的なのだとレイチェルは小さく笑う。
これが、二人の在り方なのだから。
臨む陽光の美しさに、煌めく風の気配は深緑を思わせる。しかし、静謐なる月に照らされた若葉の気配というのもオツなものではないかとクロバは小さく笑った。
美しいハーモニアの女性に一声かけることもせず、押し花にしたアカシアとゼラニウムの花を眺め、ゆっくりと腰掛けた。
「そう言えば、妹(あいつ)に花言葉を織り交ぜて贈るっていう遊びもしてたか……」
湖面の月を眺め、アカシアとゼラニウムの花言葉はなんだったかと茫と視線を揺るがせた。
(――そういえば、久しく月を眺めるなんてしなかった)
安寧の気配の中でも喧騒と事件、そして春告のように芽生えたばかりの言葉に出来ぬ感情を飲み込む様に安酒のボトルを煽った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加ありがとうございました。
随分と春めいてきた気候です。昼と夜の長さが同じになるあたたかな日を経て、また一段と春を感じることができそうですね。
また、ご縁がありましたら。
是非よろしくお願いいたします。
GMコメント
春の足音がしております。日下部あやめです。
ピクニックのお誘いに参りました。
●春告草と小鳥のワルツ
深緑の迷宮森林にある小さな湖。静謐なる森の陽射しが、調和を取り春を運ぶ風が頬を撫でる――只、穏やかと称するに相応しい場所です。
人懐こい小鳥たちが木の実を啄み羽を休める湖の名は、遥か昔に付けられたもので今は皆、知らぬそうです。まるで寓話の世界の様な、そんな場所。
●行動
以下をプレイング冒頭にご記入くださいませ。
※行動は文字数短縮の為に数字でOKです。是非ご活用くださいね。
同行者:グループタグやIDを冒頭にご記載ください。
時刻:【朝】【昼】【夜】
行動:【1】【2】【3】
【1】湖で休息を
深緑という異国の空気をその肌で感じのんびりと過ごしたい方はこちらに。
湖畔でのピクニックもお勧めです。向かう途中、深緑のバザーでお弁当を購入してもいいかもしれませんね。サンドイッチがおすすめだそうです。
【2】迷宮森林(湖近く)の散策
古き遺跡の残る迷宮森林を散策します。
穏やかな春を感じさせ、ところどころでは木々の芽吹きを感じます。
今回の趣旨上、戦闘行為はお控えくださいませ。
【3】その他
何かございましたら。深緑のファルカウ近くへと向かう事は出来ます。
また、詰んだ花で押し花やコロン、花飾りを作ることもできます。ご希望の場合は湖畔のベンチでご一緒に楽しみましょう。
●NPC
山田・雪風とエルピスがおります。
お声かけがなければ出番はありません。
余り何も考えてませんのでもしも、何かございましたらお気軽にお声掛けください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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