シナリオ詳細
<ジーニアス・ゲイム>Prison=Hugin
オープニング
●Prison
「さて、」
男の声音は『意志の剣』サンディ・カルタ(p3p000438)が聞いていた限り、『常』とは変わらなかった。
彼が周囲を見回せば、共に囚われた筈の女性陣の姿はない――先の取引で人質を殺すと選択した彼女らは王に気に入られたとでもいうのだろうか。重傷を負い、牢に囚われた青年には到底知る由のない現状だ。
「貴方に状況を簡単にご説明しましょうか。何、気分が良いのですよ」
「『気分が良い』……?」
「ええ。我が王の次の一手は児戯の如き王制国家を揺るがすものとなる。
国盗りというゲームのシナリオにおいては最も重要な局面と言えるでしょう。
それに、実に愉快でした。まさか、いとも容易く我々の言葉の通り殺しを働いてくれるとは――」
饒舌な男は目を細め、手を打ち鳴らした。
気分が良いというのは本当の事なのだろう。拘束と傷が動く事を苛む現状にサンディは歯噛みする。
「ギルド・ローレットは我々と同じく寄せ集めとは聞いていましたが――成程、面白い」
かつかつ、と冷たい石の床に響いた靴音を聞きながらサンディは近くに人の気配がない事を悟った。
フギン・ムニンが言う通り『重要局面』を迎えた事で兵の配置や蠍の動きが変わったのだろう。
「面白いついでに、聞かせてもらえるか? 『彼女』達は?」
「ああ」
さも、興味なさそうに彼は怜悧な瞳を細め、足元を這い擦る蛇へと手を伸ばす。蛇は機嫌よさげにフギンの腕へと絡みつき、舌をべろりとサンディへと見せた。
「王と共に」
「『王と』?」
「……それ以上が必要ですか? いえ、必要はないでしょう。
何にせよ貴方には最終局面で有効な駒として働いてくれることを期待していますよ。……ああ、効果のほどは解りませんが」
有り得ない、いざ。保険。
危機の際に一番マシな人質として機能しそうだから。
『ローレットのお仲間である自分』を選んだのだろうとサンディは悟る。
――『王と共に』と告げられた二人の少女の命運は気になるが……そこにばかり意識を向けられないのが現状だ。
「さあ、舞台の幕は開きますよ。宛ら貴方は囚われのお姫様とでも言いましょうか。
そこでのんびりと見ていてください。ゲイムの盤上に貴方はいないのだから」
サンディの唇が歪む。噛み締めた奥歯がぎり、と音を立てたがフギンは気にする由もない。
背を向け、歩いてゆく彼は楽し気ににやにやと笑っている。
彼の王による大いなる国盗り合戦。
「ああ、貴方方の事を勉強しましたよ。ギルド・ローレット。中々にややこしい状況ですね?」
国盗りという現状に怯える幻想。
国盗りに乗り出した鉄帝。
そのどちらもがローレットにとっては『クライアント』。
この混乱に乗じて砂蠍が動き出すことは『当たり前』の事だ。
フギンはやけに楽し気に笑みを溢し、サンディへと視線を溢す。
「特異運命座標は世界を破滅から救う為ならば、鉄帝であろうと幻想であろうと平等に接さなくてはならないそうですね。
中立、いや、中立という言葉はここまで度し難い物でしょうか?
我々から守らんとした国を『同盟相手の侵略があるから』と手伝わねばならない」
「……ギルド条約か」
ローレットに『幻想を陥落させよ』と鉄帝から依頼があったのだろうとサンディは察した。
フギンが楽し気であるのはその現状が彼にとって愉快に他ならないからであろう。
「さて、どうなりますか」
その牢に渦巻く気配は未だ濃い――まるで毒の沼にでも使っているかのような気分でサンディはゆっくりと目を伏せた。
●
「現状は?」
『男子高校生』月原・亮 (p3n000006)の言葉に『パサジールルメスの少女』リヴィエール・ルメス(p3n000038)は頷いた。
「余談はゆるさない状況っす。現状を整理するっすよ。
幻想の国の状況では南部の街や拠点が『新生砂蠍』の手に落ちている事実は揺るぎません。
拠点を与えた以上、次に狙われるのはここ、王都メフ・メフィートっす。
……そんな中、噂されてたっすけど、来たから鉄帝の軍勢が攻めてきてるっす」
「それで……?」
「ローレットは『ギルド条約』があるっす。鉄帝も幻想も我々にとってはクライアント。
鉄帝が幻想を堕とせと依頼してきたのであれば、それを受諾する他にアタシらに選択肢はないっす」
「ややこしい!」
机をばんと叩いた亮は唇を噛み締める。
幻想は国を守れと言い、鉄帝は国を落とせという。そして、これを機だと攻め来る砂蠍の存在までもある。
「ややこしいっすけど、怒らないで下さい!
アタシからお願いしたいのは砂蠍への対応っす。南部――キング・スコルピオを補佐するように布陣するフギン・ムニン軍への対応をお願いしたいっす」
フギン・ムニン。
その名前に亮の表情が僅かに強張った。
「……人質は?」
「現状は、フギン・ムニンの許にはサンディさんしかいないようっす。
二人――奏さんと綺亜羅さんは前線での姿が確認されてるのでこれは間違いないかと」
真剣な表情を見せたリヴィエールは『黒陣白刃』御幣島 戦神 奏(p3p000216)と『皇帝のバンギャ』一条院・綺亜羅(p3p004797)はキング・スコルピオと共に前線に駆り出されているのだと不安げに告げた。
「相変わらずのフギン・ムニンからはメッセンジャーとして一人」
ちら、と後方へと視線を向けたリヴィエールは彼の許から『わざわざ情報を運んできた』情報屋がいたのだと告げた。
以前の『シャーロット・ドレジュワール』とは違い金で雇われた情報屋なのだろう。フギンのメッセンジャーとしての役割を彼は十分に発揮している。
「教えてくれ」
「お嬢さん方は囚われの特異運命座標を殺して前線へ。
従わなかった坊主一人は牢獄の中で、今回のゲイムには未参加だ」
情報屋は言う。リヴィエールはその言葉にゆるゆると頷いた。
「『仲間でない』と判断したサンディさんは、前線に出されず未だ囚われてます」
そして、彼は言っていたのだという。
――やはり、特異運命座標は面白い。さて、王の為に少し遊ぼうじゃありませんか。
その『遊び』を額面通りに受け取る者は居ない。
言葉こそ軽妙だが、フギンの狙いは知れている。これは王へ進む敵を削ぎ落とす為の陽動だ。
サンディをそこに配し、敢えてメッセンジャー等投げつけてきたのだから見え見えだ。
だが、遊びに来いというならば、行くしかないだろう。
放置しておけば、厄介な男に違いない。
現状ですら悪化は大きくみられるのだ。また他の特異運命座標が彼の手に落ちないとも限らない。
「……フギンの対応を願うっす。
キング・スコルピオの退路を守る彼を陥落させれば逃げ道を絞れる」
「勝機が見える、のか」
「はい」
そして、願わくば人質の救出も。罠と知りながら特異運命座標を送り出した少女は力強く言う。
これは三度目の正直だ。
一度目は奪われ、二度目も奪われ、三度目。
「命は重たいと言う事を、知識ばかり詰まった脳みそに直接刻み付けてやりましょう」
少女は冷たく、強く、そう言った。
- <ジーニアス・ゲイム>Prison=HuginLv:8以上完了
- GM名夏あかね
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年12月15日 23時05分
- 参加人数76/100人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 76 人
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参加者一覧(76人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●監獄にて
「くそ……」
冷たい壁を叩き、『意志の剣』サンディ・カルタ(p3p000438)はそう言った。
反響する己の声を聴きながら、ここが『監獄』と称するに相応しい場所と知る。
「幸運か不運ならアンタは前者じゃないのさ!
親愛なるヒーローさん、あ、違うか? 今は囚われのお姫様。
そっちの方が生き残れる可能性あるんじゃない? 知らないけどねェ」
ケラケラと笑った『マァメイド』メアリ・メアリは己の拳銃を見下ろしてぎり、と奥歯を噛み締めた。
――彼を救いに沢山のヒーローが来るのだろう。
彼女とて、『頭は悪くはない』。この冷たい牢獄に囚われの姫君と共に居るこの状態が自身にどのような結末を齎すのか位、メアリ・メアリには予想は付いていた。
所詮は寄せ集め(ローレット)と戦う自身らとて新生・砂蠍と言えど寄せ集めなのだろうかと自虐するように女怪盗は唇を釣り上げる。
「アンタさ、少し話し相手になってよ。此処から元気に出れたら何したいよ」
「はぁ?」
「此処にゃ、フギン様もイナイ訳。その辺の兵士もこっちにゃ興味ないの。
アタシはね、怪盗だもん。そりゃあ豪勢に幸せいっぱいに生きたいわよ」
「俺は」
共に捕まった二人が気がかりだ、と口から出る。蠍の毒について、きっとこの女怪盗は何も知らないのだろう。
何処からか聞こえる。喧騒と戦乱の気配。
何処からか、誰かの声がした。
――攻めて来たぞ。
まるで『逆』じゃないか。そんな言葉。
●進軍A
La――La La La――♪
アラ、今日は情熱的ね? キッス・オブ・ファイアでも呷ったのかしら。
ウォッカの香りを纏った口づけなんて大好物に決まっているじゃない。
「来るわ」
女は言う。
「来たな」
男は言う。
その二人の許を目指して進むモモカはイオ=ン=モールをぎゅ、っと握りしめた。
「なんかややこしい状況になってるけどアタイがやることはただ一つ!
サンディさんをみんなが助けてくれることを信じて……目の前の敵をぶっとばすだけだ!」
モモカの高らかな声音にけらけらと笑う声がいくつも上がる。
地面踏み締め、まるで猛牛の様に突撃するモモカは開けたAルート――その先には蠍の王の戦場があるのだろう――の守りを固める傭兵たちに狙いを定める。
唇に蠱惑的な笑みを浮かべて。ディナーフォークを模した遣りに尾を絡めたマルベートはにぃ、と笑う。
「中々に大規模な戦闘だ。これに心躍らないようでは、獣ではない」
悪魔の微笑みに雪の様に美しい白髪を揺らしたミレニアは大きく頷いた。久々に母とのおでかけ、それにはしゃがぬこどもは居ないだろう。
「さあ、愛しい私の後継よ。食材達が砂塵を巻き上げてやってくる。食べ放題飲み放題の宴と行こうじゃないか」
ミレニアは思う。母がこれほどまでに嬉しそうに笑うのだから、きっと嬉しい事。
――けど命は美しいのは分かる。それが散る美しさも。美しいものが沢山あるのは、良い事。
「ハハハ、おじさんみたいな一般人にはこんな危険なところは極力立ち入りたくはないんだけどなぁ」
僅かに肩を竦めてジャックはそう言った。楽し気に笑う盗賊や傭兵たちを相手取り、巨大な爆発を起こした彼は煙る向こう側で傭兵たちが交戦的な笑みを見せたそれを見遣る。
「はは」
彼の唇から漏れたのは乾いた笑い。成程、一筋縄でいかないというのは、どちらもか。
傭兵の攻撃を反射し、驚異的持久戦へと縺れこませるリジェネーター。ダメージの反射があれば、効率よく敵を狩れないと小さな舌打ちが聞こえる。
「おじさんと戦いたいのならかかってくるといい」
モモカが敵を錯乱するように突撃する中で、ぷうと頬を膨らませた鈴音は「テラちゃんをいじめる人は鈴がめっ! ってしますにゃ!」と尻尾をぴんと立てた。
尻尾をぶんぶんと振り回し「敵さんがいっぱいいたら倒さなきゃいけないじゃないですかー!」と彼女は傍らのテラを見遣る。
戦うのが苦手でも、テラが共に在るならば頑張れると鈴音は両手でぎゅっとノービススペルブックを抱きしめる。
「どれも……これも……悪い顔なのですギルティ」
テラは首を傾げる。群がる傭兵をばったばったと『無双ゲー』を求められているのだろうと戦場を見渡して、そう思う。
周囲の仲間達に続き、周辺の傭兵たちの数を減らしその向こう――監獄へと向かう仲間達を送り出す様にテラと鈴音は立ち回る。
「しーきゅーしーきゅ……衛生兵衛生兵」
聖なる光がぴかり、とその視線を晦ませる。ふわりの放ったオーラの縄は先へ行く仲間達を補佐し続ける。
「小さいからって侮ってもらっては困るのです」
羽の様に軽く丈夫な服を身に纏い、ふわりはその身に宿した異常なカリスマ性を発揮する。小さいから舐めては困る、それは神の様な気配を感じさせて。
「この先に駒を進めることもだいじなのです」
「そうですの! 前回、お三方をさらわれてしまった借り……返させてもらいたいですの!」
顔を上げたノリア。ふわふわと泳ぐように宙を動いておさしみボディを揺れ動かす。
彼女はよく知っている。以前、接敵したフギン・ムニンやその周辺人物であれば自身が『物質中親和』し動く事を知っているはずだ。
忠誠の低い『傭兵』だ。所謂、フギンが連れていた兵士やそのほかの幹部級でなければ己の子の先方は知る由もないはずだ。
「――こちらですの!」
するりと壁を抜け、全力で放った頭突き。驚きに竦んだ躰がノリアに向けば、彼女は『隙だらけ』になってみせる。
「ふふ、こちらですの!」
捕まえたいと半透明の人魚に手を伸ばす。その一瞬を逃さぬ様にふわりは、モモカは攻撃を放ち続ける。
「……サンディには依頼で世話になった恩がある。助太刀で参上、だ」
牙を覗かせて笑ったレイチェルは宵月の衣をばさりと揺らす。死を纏うその濃い気配は手にした青い燐光の白い花弁をより際立たせる。
「……先ずは戦意を挫く……! 合わせるぞ!」
シグの言葉にレイチェルは大きく頷く。簡易契約を結べばその掌に良く馴染む。
己の地を媒介とした魔術式。鮮烈なる赤と共にオーラの縄が傭兵たちのその身を包み込む。
具現化された死血の海の中、シグは「拳よ!」と声高に眼前の女をしかと映し込んだ。
破壊のエネルギーに濃い血潮のかおりを混ぜ込んで――只、その道を切り開くが為にシグは、レイチェルの剣として身を投じる。
「此所は俺達が道を切り開く!!」
その言葉を聞き乍ら、その横をすり抜ける様に走るは二人の少女。
「雑魚を散らすのに大事なことって知ってる? 軸になるのは指揮官の存在。リイン」
「大丈夫だよ、リンネッ! 真っ向勝負なんて狙ってないよ。むしろ味方を狙ってよそ見してる敵を、ばっさばっさ斬り飛ばすっ!」
リンネの言葉に快活に笑ったリイン。リインは『ぷんすか』してるのだ。
リインは只、己の出せる火力を相棒(リンネ)の支えの許、全力で示すだけだと知っている。
超分析の許、リンネは戦いに高鳴る鼓動で肩を鼓舞し続ける。大号令を聞け、聞け。指揮官の首は取って見せると少女たちは決意を決めて。
「あなた達にも色々事情があると思うのだけれど……あなたを待っている人、大切な人が居るのを忘れてはダメよ?
ここで戦って死ぬ事なんてないわ。今ならすぐに逃げられそうだけれど……どうしましょう~?」
首をこてんと傾げたレスト。癒しを送りシグを補佐するレストは上空舞うフクロウとの共感覚を感じながらにこりと笑う。
「あら~、戦況も動いたのね~?」
レストの言葉にその身を翻すものも少なくない。葵の弾幕の向こう側、見えるは派手な格好をした女とその身に墨を刻んだ男。
(アリソンと雨豹――今度こそ逃がしません……!)
多数の仲間が魔種の女を狙う事を葵は事前に知っていた。ならば、手薄となる傭兵の男と相対すべきだとその決意を固めていく。
「『命は重たいと言う事を、刻み付けてやりましょう』か……。
召喚されるまで使い捨ての標的機でありそれを良しとしてきた吾輩には耳の痛い話であるな」
マスターデコイは小さくぼやく。数は多いが、この場にいる傭兵たちは忠誠心が高くはない。ならば『倒れることはない』と油断している敵だと言う事をマスターデコイはその経験上よく知っていた。
全力で攻撃し、痛烈なカウンターを放つマスターデコイは最もダメージが叩きつけられてるであろう傭兵へと肉薄した。
「その積極性、剥いで見せるである」
「どうしたどうした! こんなもんでござるか!? さあ来い、拙者が相手でござる!!」
ぴょいんと飛びあがり下呂左衛門は雫丸を手に奔る。その刀身が露を纏う事で血潮で曇る事は一切ない。
「やあやあ我こそは『井之中流』河津 下呂左衛門! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!!」
発するその一声。誘われるように飛び込む傭兵たちと擦れ違う様にアリソンの許へと走る華鈴はころころと笑う。
「ついて来て貰ってごめんね。前回倒せなかった相手がいる。だから行かなきゃ」
「なに、結乃がお世話になったお礼に行かねばならんからのぅ…後悔せぬよう、出来る事はしておくのじゃぞ?」
結乃は言う。力が足りなかったから――今度は、絶対に。
あの街はどうなっただろうか。魔種のおんなと、盗賊のおとこに蹂躙されたのだろうか。だから、今度こそ。
不可避の雹が降り注ぐ。ルアは周囲の傭兵たちが『魔種の呼び声』に誘われることを知っていると歯噛みした。
魔種とは、その呼び声で共鳴するようにその仲間を増やし続ける。アリソン、そう呼ばれた女は傭兵たちをも虜にし盾としているのだろう。
「虫けらどもが……! 全員踏み潰してくれる……!」
銀は声を発する。その左手薬指に飾られたアメシスト。その環の感覚を確かめながら赤い紐を結び付けた蝙蝠を宙へ飛ばす事ないようにと願う。
生命力を犠牲にしながら、危険は承知で進むと銀は飛び込む傭兵たちを受け止め続ける。
「魔種『アリソン』――!」
「見つけた……!」
銀とルア。周囲の傭兵を薙ぎ倒したその刹那、魔種のおんなは詰まらなさそうに唇を尖らせる。
「何時ぞやの礼じゃ。その心身、悉く引き裂いてくれよう!」
幻覚さえも見せるかのように、ルアの一撃は激しい嵐の様におんなへと飛び込んだ。
両眼に映すは赤いルージュの乙女。上機嫌に歌いながら『生娘の様に首傾げた』女は小さく笑みを溢す。
「いやね、情熱的におんなを貪るだなんて」
ジョーク交り、アリソンに届く一撃はルアにとっての最大級の威力。ぞくぞくするじゃないと溢した笑みの深さに周囲を囲む傭兵たちは『彼女に操られるように動く』。
「アリソンさん。また会ったね。覚えてないかもだけど」
「汝がアリソンか……結乃がお世話になったようじゃの」
好かないとはっきり告げた華鈴は唇を尖らせる。あまり攻撃を受け止めたくはない。触れたもの傷付けるといえど、全てを受け止めるには余りに不安だ。
「覚えていたわ。ああ、けれど――口説き文句はあまり好かないの」
笑うアリソンが地面を踏み締める。たん、たん、とリズミカルに踊る様に攻撃の一手を放った彼女に結乃でなく、華鈴が受け止める。
「前は一方的に名乗られて終わったもの。お望み通り名乗り返してあげようじゃない!」
拗ねた様に少女は声を張り上げた。煌めきの羽ペンを握りしめ、リーゼロッテの雷神の鉄槌(ライトニング)が仲間の道を切り開く光となる。
「……百合子さん、今回こそは!」
その姿はバイクそのもの。アルプスは亮へと己に乗ることを促した。
上機嫌で謳いながら歩むアリソンの上空にその姿を現してアルプスはあくる日の空を思い出す――そうだ、上空から彼女を狙った。
「ああ、アリソンめに美少女を生かしておけば必ず首を落とされると思い知らせねばならぬ。
往くぞ! アルプス殿! 応報の時である!」
声高に告げた百合子は生徒会長の証たる白セーラーの襟を揺らす。鍛えられたそれを纏いし美少女は只、その拳を固くし続ける。
「あら、あら……?」
くすくすと笑った女はルージュの惹かれた唇をつい、と釣り上げ楽し気に小さく笑った。
「どこかでみたかしら」
「忘れたとは言わせぬぞ!」
だん、と地面を踏み締める。百合子の重たい一撃に追撃を入れる様に亮と、そしてプラックが飛び込んだ。
「オラァッ!」
プラックの鍛え上げたその脚は鋼の様に固く。この渾沌にて『力を手に入れた』その日にその両眼に飛び込んだのは戦禍の気配。
「誰かが困ってんなら、助けねぇのは漢じゃねぇだろぉ! ゴラァッ!」
「同意だ! 困ってる誰かがいるなら行くべきだろっ」
プラックの言葉に亮は大きく頷いた。アルプスは知っている、己の子の行動は完封できる――ただ、届くか。それだけだ。
強烈な蹴りに続き、百合子の拳が唸りを上げる。
その様子につい、と顔を上げてリペアは魔剣「グラトニー」をゆっくりと振り上げた。
おこぼれに預かるその気持ちは十分だ。くう、くうと腹が鳴る。己が手にした魂喰らいは甘えたな気持ちでは扱えない。
「……ん、以前から魔種って食べたらどんなに美味しいか気になってたの」
「あら、情熱的ね?」
La――La La La――♪
謳うおんなのもとへと散らした小型の気功爆弾。散らすその焔の気配の中で、ステージに居るかのようにひらりと長いドレスを揺らしたアリソンはキツネの様にくすくすと笑い続ける。
「抱い(たべ)てくれるのかしら?」
「暴食(たべ)てしまおう、グラトニー。食事の時間だよ」
距離詰めるリペアの前でくるくると姿勢を変える。アリソンの行く手を遮る様に立ちはだかって勇司はルスト・ウッシュを構えた。
その身は万全な態勢を築く。傷を負い後退する仲間達を安全圏へ送り届けることも自身の仕事だという様に彼は奥歯を噛み締める。
「――もう仲間は見捨てねぇ。俺の手が届く限り守って見せる。絶対の、絶対に!」
是が非でも生き残る――勇司にとってそれは大事な事だった。
魔種が此処に入る。その呼び声で人々を狂わせるおんなが。そして、届かなかった仲間がいたのだ、失う訳にはいかない。
くすくすと笑うおんなの声音が勇司の耳朶を滑り落ちる。その誘惑(こえ)には彼は乗らない。
「聞きなさい、魔種(アリソン)! わたしの名はリーゼロッテ! いつか彼の暗殺令嬢より名を轟かす魔女よ、あの世で覚えてなさい!」
「可愛い魔女(マグ・メル)、そのジョークは好きじゃないわ」
ぐん、とその身を苛むは女の呼び声。
たのしみましょう、あそびましょう、さみしいのはいやでしょう?
穏やかな声音で、語り掛ける酒場の女。リーゼロッテは苛立ったように首を振る。
「魔術を極める事も使う事も家出してでも取ったわたしの趣味よ! 人生超楽しいんだから邪魔しないで!」
勤勉だから、影響されるに相応しいと彼女が見込んだからこそ、アリソンは気に入った様に『マグ・メル』と彼女を呼んだ。
つまらないでしょうと笑ったおんなを振り払う様に放った雷の向こう側――プラックが顔を出し、拳を固める。
「今だぜ!」
その声に、アリソンが顔を上げる。上空から落ちてくるアルプスの向こうに太陽が見える。
美しく、ラサの上空にも輝いていた鮮やかな空の色。
「百合子さん!」
今度こそ。
アルプスは言う。
今度こそ、届かせる。
その言葉に誘われるように百合子が前へと飛び込んだ。
雷の気配を纏うリーゼロッテが「おしまいだわ」とアリソンを見遣る。鮮やかな紫色、その気配を目に宿してアリソンはくすくす笑う。
美少女の拳が届く。その刹那、女は首を傾げた。
「いやね、いや――あはは、情熱的なのは悪くはないわ。
ね、どんなカクテルがお好き? アタシはね、」
落ちたのは赤いルージュ。
「あーあ」
ぼそりと呟く雨豹の声。レンはそれが『懇意にしていたおんなが店仕舞いでもした』かのように聞こえた。
「さっさと終わらせてもらうぞ。落ち着いてラドバウに行けたものではない」
「はは、確かにな」
ジョークを言う様に男は笑う。それにレンは鼻を鳴らして真正面から拳を固めた。
鉄帝のラド・バウ。戦いに全てを見出せるその場所――そこでなら『戦争』なんてくだらない事はしなくて済む。
「争いが好きならラドバウで会おうぜ? そうじゃねえならここで終われ
汚い戦に誉を見出すな。お前たちの正義を世界に押し付けるな。己が盗賊たる所以に言い訳をつけるな」
殴りつけられた横面に雨豹はつまらないという様に小さく笑う。略奪略取は弱い者からするものだ。それを『罪だと彼は思わない』。
「……フン、悪党風情が軍規模になったからといって調子に乗ってないか?」
悪は駆逐しなくてはならない。それが復讐であるとレイスは魔種により蹂躙された過去を思い返す様に歯を剥きだしにする。
近接を得意とする雨豹を狙った射撃の中、かすかに感じる湿気たかおりに鼻先がくん、と鳴る。
「ツレないヤツばっかでね。女ばかりモテるのも困ったこった」
「言ってろ」
復讐代行権限。世界がレイスに与えた贈物に苛まれる事なく雨豹はからからと笑っている。
ぐん、と攻撃を躱した雨豹の許へと葵の鴉が飛び込んだ。精密操作は式を施した鴉の一撃を届かせる。
「おっと」
「乙女のリベンジ、受け止めていただきたいのですが」
葵の一声に雨豹の瞳に笑みが浮かぶ。布の蛇ががぱりと口を開ける。雨豹は傷を負えどまだまだ余裕があるといった調子で笑っていた。
降り注ぐ攻撃の気配、その中でこの戦場はローレットが優勢だと誰が見ても明らかであった。
「おっと――!?」
キャッチャーミットを手にした洸汰は己に群がる傭兵たちの士気が下がった事を知る。
城の様に敵を迎撃する不動の構えを見せる彼は死球が来たとて厭わぬ気持ちでピンチヒッターとして諦めぬ心を胸に立ちはだかっていた。
傍らのパカおが洸汰を支援するようにダカァと鳴いている。傍らをすり抜けられることが無いように、ぴょんぴょんたろーが心配する事ないように、彼はしっかりと立っていた。
しかし、察したのは魔種アリソンの死亡と共に戦線を突破し『もとより蠍の王への忠誠を高く保てなかった男』の逃亡か。
(アリソンは集中狙いされてたけど、雨豹までには足りなかったのか……)
嘶く雷が落ちる中、唇を釣り上げて笑った雨豹がその姿を消してゆく。
まだ、戦えると知りながら周辺の傭兵の気配が少なくなる――蠍の王の許へと往くものはこのルートには居ないだろう――ことに気付いてウィリアムはほっと息を付いた。
宙を舞う蝙蝠は銀による合図。Aルートは確保したというその意思はよりしっかりと他の戦場へと届く事だろう。
監獄やルートBに向かった仲間はどうしているだろうか――堕天の杖を握りしめた儘、ウィリアムは小さく呟く。
宙を舞う烏が伝えるのはどの様な現状か。きっと、何事もないはずだと願う様に目を伏せて。
「あちらは大丈夫かな。……みんな無事に、笑顔で帰ってくると良いのだけれど」
●進軍B
「ここで倒しておかないと、またもっと悪い事をするかもしれないもんね。そんな人達を逃がすわけにはいかないよ!」
己の体に流れる炎の神の血。カグツチを手に焔は火炎弾を放つ。
爆風を伴い、地上にいる相手を巻き込む焔はこの戦場――地形を武器にしたこの場所を見詰めていた。
(飛ぶことを躊躇させれたら……乱戦になってくれれば、勝機が見えるはず……!)
手の甲に張り付けたブレイブソウル。脳内物質をコントロールして沈痛・士気高揚の効果を発揮させた公には恐怖心はあまりない。
薄れているから、確かにそうなのかもしれない。だからこそ、最前線に立っているのかもしれない。
けれど、それでいい。虞なんて必要ない――戦争に加担するより、人助けが良いのだから。
細い道を進軍し、蒼の衝撃を放った公の視界にちらつくは戦線をコントロールする飛行種の男。
「クロックホルム」
「ああ……戦うとしましょう、特異運命座標」
ぐん、と接敵するその一撃に彼の声を、動きを確認したかの如く、一気に戦況が変化する。
公は『早々にこのルートを確保しにきた』のだとその動きを判断した。
ケドウィンが踏んだキラーステップ。距離を殺し、兵へと肉薄した彼が握る葉ボウイナイフ。使い込まれたナイフを一気に振り上げる。
(――生きろよ、サンディ)
空より姿を見せた兵士たち。そのいずれもが、その先にあるフギン・ムニンの監獄を気にしているのだろう。
それはケドウィンとて同じだ。『囚われのお姫様』などと称されたサンディの無事のため、まずはこの戦場を掻きまわすことこそが命題だ。
「命は重たい。あぁ、そうだ。その通りだ」
リヴィエールは言っていた――命は重たいと言う事を、知識ばかり詰まった脳みそに直接刻み付けてやりましょう。
その言葉を繰り返す様に咲夜は告げる。だから、咲夜はここに居た。
ここで揮わない力とは、何のための力だというのか。迸る一条、いやらしいほどに守りに適した地形の中で、彼女は只、進む。
注意を引く。誰もが死なぬようにと『気を付けて進んだ』咲夜は襤褸を被り息を潜めた。
ハイセンスと直感を元に、ノエルは周辺へと警戒を促す。飛行し、戦況を有利に進めようとする兵たちの統率は予想以上にとれているのだと悟った。
(……空より落ちてきてくれたならば、いいのですが)
アルテマ・ルナティックを手に、ノエルは歯噛みする。深く静かに抉る死の凶弾は、まだ、撃つ機会に恵まれぬのかと唇は線を結んだ。
「うかない顔してんね? 敵は精強! つってもまー、こっちは有象無象のイレギュラー!
こっからは、思った通りに行くとは思ってほしくはないもんだねぇー。つーことで、今日は友達と一緒に笑って帰るぜロックンロール!」
ノエルに笑みを溢してヴィマラはフードをゆらゆらと揺らした。悪意無き心から生まれた何かは霧となり純粋なままで敵を狙う。
「ッ」
兵士の歪んだ表情にノエルは頷き、弓を穿つ。
ロックンロールに合わせれば、テンションだってハイだ。地上戦をとれるなら、その敵だけでも『グルーヴ』に乗せてしまえ。
オーラの縄を放つヴィマラに合わせてノエルは「次です」と敵の居場所を探し求める。
空を見上げればそこにはクロックホルムの姿がある。戦線は依然として彼らが有利なのだろう。
「さて、さて……中々切羽詰まった状況の様だけれど……救出は他に任せて。私は私で、楽しませてもらうとしましょうか」
大賞首と言えずとも相手は『副将』。佐那にとっても楽しい相手ではないか。ツイてるではないかと『飛ぶ斬撃』を放った彼女の口元にゆったりと笑みが浮かび上がる。
クロックホルムの一撃が佐那の両腕を痺れさせる。逃げることはない、だけれど『彼がフギンの許へ向かう可能性はある』。
気を引いて居られるならば、楽しく打ち合う事が出来る筈。
「こっちよ」
「――成程、交戦的も悪くはありませんが」
ここで負けるわけにはいかないというのもクロックホルムだろう。佐那の一撃がクロックホルムへとぶつかっていく。
「相手は誰も彼もバサバサ………。飛べない鶏の本気を見せてあげるわー!」
一方で、回復役として戦線を支えるトリーネはリヴィエールと手分けしての回復を担っていた。
クロックホルムと相対する佐那の癒しを行いながらトリーネは周囲を見回す。流石に統率の取れた相手では分が悪い。
盾役がいなくてピンチだとそうならぬ様に支えなければとばさばさと羽を動かし懸命に『こけこっこー』してみせている。
「嫌がらせみたいなものだけど、少しでも妨害になるなら、やれることは何でもやるよ!」
胡椒を振りまきながらニーニアは音の反響で周囲の様子を探る。無理に単騎では戦わない。あくまで時間を稼げればそれでいいのだと彼女はよく知っている。
罠設置のノウハウ生かし、有毒ガスの霧を広めるニーニアはアルケミストとしての神髄魅せる。
「ニーニアさん!」
「うん、がんばっていこうね」
顔を上げたリヴィエールにこくりと頷く。敵の動きを抑制し、空を舞台に躍ることができるのが飛行種としての長所だ。
焔珠の魔弾が空を射る。全身全力全ての魔力を破壊の勢いで放った一撃で――焔珠は宙を舞う敵を只、穿ち続ける。
その向こう側にあるのは姫君捕らえた牢獄か。この戦場の兵士たちが増援に向かう様子から、今、ローレットの置かれる状況が非常に不利であることを焔珠は知る。
「……監獄の方は大丈夫かしら。お友達、無事に助け出せていると良いわね」
三日月砂丘を手に、出来ることは撃破数を稼ぐ、只、それだけだ。
「……何処も彼処も蠍退治と……物騒な仕事しかありゃしない」
ぽそぽそと呟きながら街に潜むに適したフードを被りクローネは移動し続ける。周辺の兵へと放つ悪意が蝕み続ける。
大戦斧を手にしたまま、毒の生を喰らう様に彼女は潜み続ける。
「……王様相手よかは半歩程マシっスけど……さぁさぁ、ここは蠍殺しの英雄の通り道だ…脇役は仲良く脇役とフェードアウトしましょうや」
その瞳が捕らえるはクロックホルム、特異運命座標を相手取りながらも複数の兵士が彼に追随し、戦闘を展開している。
「対象は複数だ」
「――は!」
統率の取れた兵士達の目を掻い潜りクローネが放った毒の薬瓶。毒を以て毒を制す――蠍の毒などこの場所には必要ないのだという様に乙女は戦い続けた。
「多少の無茶は承知だ絶対に他の所へ行かせないためにも、ここで奴を落とす!!」
地面を踏み締め、藍柱のグリモアを手にしたラクリマが舞い散る雪を持って兵士を、クロックホルムを打ち落とすために戦い続ける。
その間合いへと踏み込まれぬよう、けれども、その戦線を続けるための一歩を惜しまぬよう、彼は凍て付く氷を以て攻撃し続けた。
自然と融和し、戦線の維持が為の無茶に応える様にシュリエがぴょこりと顔を出す。
「近づいて来るなら好都合ってやつにゃー!」
全力全開。は夏はパイロキネシス。異能の焔で包み込めば、クロックホルムの表情が僅かに歪む。
練達上位式で作り上げた鳥は胡椒をばら撒き続ける。シュリエの右腕に刻まれた紋様が光を放ち、その爪がクロックホルムへと突き立てられる。
「さてさて。盗賊王と戦うあいつらへの支援にゃ」
「王に忠義を誓ったあの方のため、此方も『支援』は惜しまぬので」
クロックホルムが嘲る様にそう言う。ぐん、とその身が地面に打ち付けられシュリエがは、と息を飲む。
ラクリマと共に後方よりクロックホルムを狙うアニエルは捜索を以て、『敵の位置』を探さんと警戒を怠らない。
シュリエへと浄化の鎧を降臨させクロックホルムの周囲で守りを固める兵士へと喧嘩殺法を以て、戦いを挑んでいく。
『Q.あの、轢き逃げしてるんですけど。A.あなたが我流殺法だと思うものが我流殺法です。そこに他者の認識の介入する余地はありません』
――なんて、ジョークを少し交えながら。
「恐らく貴様等は嗤っているのでありましょうな」
そう告げて、エッダがクロックホルムをその両眼に映し込んだ。
クロックホルムの許へと飛び込んで、エッダはガイスター・ファウスト――拳撃を放つ。
『メイドじゃねーってんだろ』と勢いよく切った啖呵。攻撃の手を休める事無くエッダはクロックホルムへと肉薄する。
「……戦場のならいに、戦士の覚悟に、嗤って糞を塗ったくった貴様等は断じて許さん。
我が名エッダ・フロールリジ。だが覚えなくて良し。戦士ではなく芥の如く、一切死んでしまえ」
「さて」
茶化すような口調でそう言って、クロックホルムはその兵と共に接敵したエッダのその身を地面へと叩きつける。
兵の数が多い事、そして、魔種の存在からか人数の多いAルートと比べれば、Bルートの苦戦は大きい。
統率がとれた兵士たちへの対応の許、善戦しながら戦況を動かす特異運命座標達は皆、クロックホルムを倒すことこそがこの戦場の最優先だと認識していたことだる。
「囚われた者がいる――そちらの情勢は気になる所であるが。
かといってこちらを捨て置く訳にもいくまいな、さぁ物語の踏ん張り所だ……英雄らの戦いをこの目に刻むとしようか」
ライハは己の生命力を以て見方を強化し続ける。クロックホルムを狙う仲間の数は少ない――だが、語るべき物語があるならば、ここで『見ないという選択肢』は存在していない。
倒すのは自分でなくていい。分かっているのだ、タフな相手と戦う上で持久戦で必要な回復手が此処に足りない事を。
ならば、深手を与えるのみ。ライハは言う――『誰ぞの攻撃へと繋がればよい』と。自身の生命力を弾丸に代え、今、放ちだす。
「ふふ……ッ! お互い似た様なタイプのようだね……!
だけど僕は絶対に負けない……! 僕の進む先にも、僕の背にも守りたい仲間たちがいるんだ!」
サンディを助けたいとクリスティアンはそう願う。その為にはここで出来ることを全力でやって見せる。
一対の蝶を作る指輪をその手に飾り、クリスティアンは闇の爪痕で虚空を切り裂いていく。いくらどつきまわされようと彼は麗しの王子様、ハンサムフェイスは崩すことはない。
「経緯は知らないけれど。命を懸ける程の人に出逢えるって素敵ね――命の遣り取りは愉しいもの」
「忠誠とはどの様な場所にあるか――それは『分からない』ものでしょう」
指先伸ばして、シーヴァは四方八方幾重にも攻撃を重ね続ける。一等脆い場所を探す様に。
その一撃を受け乍らもタフな男は只、戦線の維持と安全確保に気を配る様に指示をし続ける。
周囲から齎される癒し。監獄に抜けた仲間達が今頃、攻め入ってる頃だろうとシーヴァが思うと同時、クロックホルムが僅かに首をつい、と上げる。
「フギンが気になるのかしら、先に逝って向こうの露払いをしてみてはいかが?」
見逃さないと重ねた一手。確かにその一撃が彼へと刻まれるが、シーヴァはそこで悟る。
ああ、この戦場で全てを抑えきるには一手足りていないのだと。
統率の取れた相手に対するに、持久力では不足していた。届かぬと歯噛みしたクリスティアンの背後で、ラクリマが肩で息をする。
笑うクロックホルムの指示が伝達される。指揮官を助けに行くのだ、と。
向こうの空、監獄へと兵が流れていく様子を、只、見詰めながら。
●フギン・ムニン
――来ましたか。
さも、詰まらなさそうにそう言った。
監獄に捕らえた特異運命座標はいざという時の餌だった。
自身と、そして王を逃がすための。
さて、麗しの王はどうしているだろうか。迫りくる特異運命座標と共に、ルートBと称したその戦場からは彼にとっての友軍が顔を出す。
「フギン様ですか? 今回一時的に契約を結ばせて頂いたギルドとの良い関係作りの為、申し訳ございませんが討たせて頂きます」
「これは、ご丁寧に」
ゆるりと頭を下げたフィンの瞳が狡猾な色を帯びる。フギンは冗談めかしたように唇を僅かに吊り上げ、笑って見せた。
距離詰め、その一手を届かせんとするフィンの前へフギンの部下たる兵士が顔を出す。
「ええ、そうです。『私を護りなさい』」
「――は!」
冷徹な声音で告げたフギン。王の勝利を確信し、そして、己と王の生存こそが新体制に必要であると彼は妄信している。
一手下がったフィン。入れ替わる様に踏み込んで、舞花の剣は先を読むかのように揺れ動く。
「――先日はどうも。余計な気を払わずに攻め立てれるこの時を待っていましたよ」
如何に統率が取れようと、乱戦となれば兵は乱れる。ならば、この一撃を確かに届けさせることこそが使命であると彼女の刃は鈍色に輝いた。
「フギン・ムニン。貴方はこの場で討ち取ります」
「お嬢さん。あまり『強がらない』方がいい」
その言葉に乙女の唇がぎ、と引き結ばれる。フギンの傍らにいた兵士による一撃を受け流す鞘が僅かに軋む。
ふわりと至近に詰めたユイは雷切(偽)を構え、自身を追い込む事で戦闘能力を向上してゆく。
深く間合いへと踏み込み切り伏せんとした、ユイの刃を受け止めた兵士の後ろでフギンが唇を釣り上げ笑う。
「私へ狙いを定める。その作戦は評価しかねますが――……
大将首を獲れば、この戦場を制圧したと変わらぬという意気込みは評価しましょう」
「それはどうも。正々堂々……ウチも任侠の徒。道を外したモンを見過ごせんわなぁ……
という訳やフリートホーフの食客として……あんた斬らせてもらうわ……」
愚策と笑うでもなく、己を狙う特異運命座標達を面白いと笑うかのようにフギン・ムニンは軽い音を立て拍手を一つ。
彼を支援すべく姿を見せるルートBの兵士たちは「こちらを攻める輩はそちらですか」とフギンへと高揚した様に問い掛けた。
「攻める、だって。攻守逆転ってこの事だと思わない?」
妖刀『蛍火』を構え、鳴は流れる赤き血潮が戦いの始まりを告げる感覚を確かに感じた。
白銀に煌めく刀身を翻し、たん、と地面を踏み締める。集中した一撃は確かに立つ指揮官の許へと到達する。
「おや……?」
首を捻る様にそう告げた男の目がぎょろり、と鳴を見遣った。
鳴は彼を知らない。彼も鳴を知らない。
「――でも特異運命座標の仲間を捕らえてるのなら、貴方を斃す理由になるの!」
「ああ、……やる気のある働き手をそろそろ返してもらわねぇと、俺がサボり難くなっちまうからな」
肩を竦め、冗談めかした縁の言葉にフギンは『愉快だという様に』笑って見せた。
余裕さえも感じさせるその表情に鳴はむ、と唇を尖らせ、縁は誓約の盾を手に聖なる光を放つ。
フギンの観察眼では彼の心は読めない。ポーカーフェイスに重ねるは強い精神力による動揺を抑え込む技術。
「せぇっかくギルドの人達と戦うんだもの、ボクもたまには良いとこ見せちゃうわよ♪」
ころころと笑みを浮かべたタルトは死にたくないものね、と。ジ・エンドを手に小さく呟く。
甘い香りを放つアイスキャンディロケットは兵士たちへと放たれる。
『頭がキーンとしちゃうような一撃』に負けず攻め入ろうとした兵士の胸を貫くはフルートの一撃。
「ぐへへ……狙撃手の出番かなぁ? 大暴れって言うのは柄じゃないから……こっそりやらせてもらうけどねぇ!」
風切る音と共に撃ち込まれたそれを確認し、狙撃手は僅かに息を潜める。
その刹那、強かに抉る凶弾がフギンの腕を貫いた。
(怨みもインネンもないケド、依頼なら仕方ナイよね?)
首傾ぐジェックは殺戮猟兵としてライフルの引き金を引き続ける。怨みも何もなくとも命刈り取る凶弾は獲物に向けて飛び出した。
「こういうシゴトなんだ、分かるデショ?」
首傾いだジェックの言葉へとフギンは小さく笑う。
「……おや、どうやら『私を傷つけた』ようですが」
愉快そうに笑っていた司令官の表情が僅かに変わる。その変化を感じ取ったかのように周辺の兵士は特異運命座標を改めて見定めた。
「――やれ」
弾丸が、槍が、特異運命座標へと雨の様に繰り出される。
(これも依頼ですし……それに、無闇に人を傷つけるのは好きません)
守りを固め、是が非でも生き残る戦いを意識ながらベークはフギンを相手取る。
「僕程度越えられないなら、陸で溺れてしまえばいい……!!」
防御重視に切り替えたその両足に力を込めてベークは陸地での『守る為の時間稼ぎ』をし続ける。
「此処は私に任せてくれ」
淡々と告げたジークの作り出す黑き瘴気は死の気配を孕み、黒髑髏の斑を兵士の身へと宿らせた。
指揮官としての能力が高いフギン自身も厄介だが、彼に手駒を与えて居ることこそがその脅威を高めているのだと彼は理解していた。
サンディが戻るまでの退路の確保にも兵士の数を減らす事が重要だ。
ベークの肉体を再生しながらもその身を緑の輝きで癒すタルトは支え続けるのだと願う様にお菓子の妖精として祈りを込める。
ベークのバリア・システムで張り巡らせた防御障壁が破られる前に。フギンの足止めを、兵士の意識を広場へ向けさせれたならば――
相手とるフギンを護る兵士の層は厚い。仄かな水の香りを纏う縁は小さく息を吐く。表情は、変わらぬまま目だけきょろりと動かして。
「そんじゃ、偶には気合い入れるとするかね。……おっさん達が切り身にされる前に、決着は早目に頼むぜ?」
縁の声音に静かに返す様にグレイシアが息を吐く。只、進む足取りは常よりも重く感じられた。
「捕まった仲間の救出……と言えば聞こえは良いが」
そう呟いたはグレイシア。サンディが捕らえられたその切欠は自身の失態であると彼は苦虫を噛み潰したようにそう言った。
「おじさま。俯くのは早いよ! 囚われたなら助けるだけ。がんばろ!」
背伸びするように、そう言って。ルアナはグレイシアの手をきゅ、と握る。その言葉は自身を鼓舞するのと同じ――まだ、俯いては居られない。
索敵が為、その視力を武器に進むルアナと共に周辺に反響する音を確認しながらグレイシアは貴族の屋敷の扉を蹴破った。
外ではフギンと、軍勢を相手とるように別動隊が動いている。今の内に動かなくてはならないのだと『囚われた仲間』を探し求めて。
街の地図を入手したヘイゼルは息を潜め屋敷の前に立っていた。共有した情報を手に、今が攻め時だと彼女は言う。
「サンディさんは海洋の魔種対応で背中を預け合った身、見捨てては居られません」
落ちればその先にあるのは地獄だとヘイゼルは知っていた。二人組、片方が落ちれば地獄にもう片方も引き摺り落とされる危険があったその場所。
広場の騒ぎに乗じれば、この扉から攻め入るが一番であると彼女は声掛ける。見遣ったその場所にあるは、女怪盗の背中ではないか。
その背中を視認して、九鬼は霊刀を強く握りしめた。僅かな音さえも逃すまいと耳を澄まし、そして目を凝らす。
女怪盗――その姿を変える可能性がある相手に対応すべく、彼女が身に着けた心眼は確かな効力を発揮して。
倒すと決めた。救うと決めた。如何なる覚悟であろうとも、真直ぐにとらえた女の許へ――「仲間を傷つけた悪党を斬る……!」
散らすは夢想の如き剣戟。只の少女であった九鬼の放つ一撃に「手厚い歓迎ね」と女怪盗がせせら笑った。
「貴女がメアリさん? ルアナたちとあそぼ!」
「ハロー、ヒーローさん。相変わらずご機嫌そうでなによりね」
拳銃に口づけて、笑った女の許へとルアナがその身を投じる。メアリの行く手を阻む様に相対したグレイシアの放った特殊な格闘術式が女怪盗の姿勢を僅かに崩す。
「先手必勝って?」
「相対するのはこれが二度目――今度は『逃がさんぞ』」
地面踏み締め、メアリが高く跳躍する。彼女は屋敷に攻め入られたと伝達するように産み出したファミリアーを屋敷の中にぐるりと飛ばす。
何処からともなく姿を現すフギン・ムニンの兵士たちに「随分と好待遇ですね」とヘイゼルが小さく笑った。
(行くのは怖いが……知った顔が危ない目に合ってんだ。ほっとけるほど俺は薄情じゃねぇぞ……!)
これより先に何があるか――地味な色のマントを身に纏い、メアリの横をすり抜けんとした零が小さく舌を打つ。
サンディまでもうすぐ手が届くのに、兵士たちがこの場を邪魔すれば、目の前の距離がもどかしい程に遠く感じられた。
ど、ど、ど。リズミカルに幾度も胸を打つ鼓動。静まれと願う様に零はゆっくりゆっくりと歩を進めていく。
「随分と酷い真似しますね……私でもこのやり口は許せません。助け出し、悪い奴らにはお仕置きしてやらないとですね……!」
己を、そして仲間を鼓舞するように愛莉はそう言った。祝福の囁きで与えた活力がこの監獄で戦い続ける仲間たちを鼓舞している。
「皆さんへ幸運を……! 死闘間違えなしの局面……祈らずにはいられません」
メアリと相対した仲間達へと与えるヒールオーダー。
メアリの足を止めさせ、今だと進む零の姿を両眼に映し愛莉は救ってくれと願わずには居られない。
「友人を失うのは、絶対嫌! 必ず連れ帰る! そして、無茶しやがって馬鹿野郎って叱ってあげるのよ!」
不協和音で頭が割れそうだとリアは唇を噛み締める。襲い来る悪意の旋律が、耳障りな不協和音が、メアリや兵士の存在を伝えるから。
リアは頭痛など気にする素振りなく「あっちよ」と声を張る。
その声に頷いて、暁蕾は走った。魔的な力を放出し、大魔術を展開しながら暁蕾は友人が為に進む。
聡明なる乙女はサンディを救わんとする自身らにメアリが『獲物を奪われる』という認識を見せているのだと認識した。
(サンディさんを護る事が彼女に与えられたミッションだからこそ、傍に置いていた……)
暁蕾の傍らで、地面を踏み締め、千早の如き霊装を身に纏った汰磨羈が前線へと飛び込んだ。
「まずは私がこじ開けよう。追撃を頼む!」
メアリや兵士の間をこじ開けて、進む先にいる『人質』の確保こそが最も必須だと汰磨羈はよく知っていた。
厄狩闘流『破禳』――火の気配孕むその一撃が指向性爆発を以て兵士たちを蹴散らしていく。
「ッ」
眩む視界にメアリが息を飲む。その隙を逃すまいと汰磨羈は深く切り込んだ。
「貴様の様な輩に遠慮は無用だな。抉らせて貰う!」
牢と呼ぶには余りにもお粗末で。一部始終を眺め、自身の能力で仲間を強化していたサンディは救出班として姿を見せた友人たちに胸を撫で下ろす。
肩で息するように刻まれた傷の感覚を確かめたサンディの傍らでエイヴァンは膝をつく。
「……すまない」
「くたばらせるには惜しい奴と思っただけの話だ。感謝なら他の奴にしてくれ」
メアリへの対応に追われるチームメイトたちの様子を確認し、流れ混んでくる兵士を受け止める頑丈なる盾を手に彼は静かに息を吐く。
「早々易く逃げれると思うな!」
「ッ――」
メアリに構う事無く兵士たちは『フギンの指示に従う様に』屋敷の侵入者の排除を狙う。
強烈なるカウンターを放ったエイヴァンに兵士が僅かに呻く。
「貴方の命を繋ぎとめる」
サンディの許へと膝をついたニエルは星官僚のメスを手に静かに呟く。粗悪品であろうと、己を蝕もうと、彼の命を救うとニエルは決めていた。
迫りくる兵士――そしてメアリ。ニエルが放つ慈悲のない非殺の一撃がメアリの胸を貫く。
殺してくれ、と告げるが如く蝕む攻撃に女の瞳が僅かに見開かれた。
「ヒーローだからって、調子にッ――」
女の唇が戦慄いた。
「――調子に乗らないでッ」
女怪盗が呻く。その言葉を塞ぐようにヨルムンガンドの腕が振るわれる。
禍々しい竜の腕。夜色の炎を纏う竜の呪いがメアリの体を包み込む。
巨大な壁とてはだかる威圧が女怪盗そのものを喰らう。
世界を喰らった竜は、万物をも砕く牙で、その身を噛み砕く。
「伝える機会はないだろうが、敢えてお前に言伝を頼もう。
仲間を……命を弄ぶ行為は最も怒りを買うと、その狡賢い頭に冥土の土産として刻んでおけ」
「サンディ君……絶対に助けてあげるからね!」
静かに告げて、声を張り上げる。アレクシアの周囲を包み込む桜の花弁は静かに彼女の周囲を舞った。
張り巡らせた梅花の結界。魔女の身を包み込む二種の花をも蹴散らさんと兵士による攻撃が雨の如く飛び交う。
「これ以上、誰も死なせやしないし連れて行かせもしない! 護ってみせる!」
聖なる光により包み込み、仲間を守らんとするアレクシア。祝福の囁きと共に、彼女は倒れまいと仲間を鼓舞し続ける。
ここで、回復手が倒れては崩れてしまう。知っている。
ここで、諦めてしまっては誰かが死ぬ。知っている。
だからこそ、もう『誰も奪われない』。
「前回はまんまと奪われてしまったけど、今回はこちらの手番さ。
悪辣は淘汰される。自然の摂理には逆らえないことを教えてあげるよ、フギン……!」
津々流は吼える様にそう言う。地面より生えた巨大な腕がフギンを守らんとする兵士を蹴散らし、彼は大いなる悪意と殺傷力を帯びる。
「まだまだ戦況は決まっていません」
冷静に告げるフギンの声音に津々流は静かに歯噛みした。
そうだ、まだ、決まってはいない。此方の勝利も、敗北も。一度の敗北にもう一度は在りはしないという様に津々流は不可視の糸を張り巡らせる。
「情報屋フリートホーフ、貴様を屠るギルドの名だ。その鳥頭に記憶するが良い」
告げて、地獄の大総裁ボティスの如き蛇がうねる。静粛に。静粛にと自由を奪わんと訪れる蛇を一蹴しろとフギンは声高に指示をする。
リュグナーの手にした魔性なる鎌が大きく振り翳される。兵士を越え、フギンへと届かさんとした刃にぶつかるは指揮官たる男の毒。
――フギン・ムニンッ!
吼えるサンディの声が広場へと響き渡る。
その声に振り仰いだ男の表情は見る見るうちに苛立ったものに変わっていく。そうか、牢は破られた。
「メアリ・メアリィ……」
地団駄踏む様に地面を踏み締めたフギンは奥歯が折れてしまいそうなほどに力を込めて噛み締める。
「今だ、構わぬ、やれ!」
告げるリュグナーの声。隣をすり抜け走ったルチアーノが放つは物理的破壊力さえ生じる大喝。
腹を抉る様に放たれたそれは悪意をも跳ねのける障壁を手にした彼の傍らへと降りたってノースポールはメアレートの引き金を引く。
「絶対に許せない、逃がさない!」
地面を踏み締めた足先が、踊る様に一度浮き上がる。白雪の翼は乙女の身を軽々と宙に浮かせ、フギンを叩きつける。
「ッ――!」
腹を抉る様に放たれたは蛇の毒。二対の蛇が牙を見せノースポールを蝕み続ける。
形振り構っていられぬと指揮官然とした男が「王が為に」と吼えたその声音を遮る様に弾丸はひゅ、と宙を踊った。
「――落ちろよ、屑野郎!」
フルートの声音が只、響く。研ぎ澄まされた一撃が静かに、フギンの右目を抉る。
ぼたぼたと溢れた血潮に苛立つ指揮官を護るが為、特異運命座標を蹴散らす兵士たちにより、フルートの位置から見ても劣勢は明らかだった。
逃げなければならない。この場から、解毒薬が見つからぬことに歯噛みした弥恵は気を引く様に手を伸ばす。
魅せたがりの舞姫は蠱惑的に笑い、表情を滑る様にその舞いをフギン軍へと見せつける。
「月影の舞姫、津久見・弥恵。見惚れると怪我をしますよ?」
フギン・ムニンを討つにはまだ一つ足りない。ここから離脱することが優先だと響く声を聴き、兵士と距離を取りながら後退する特異運命座標達は皆、その表情に焦りを浮かべていた。
(蠍の王はどうなったでしょうか……? 此方の抑えは十分の筈――倒せずとも、あちらに兵士を向けさせては居ない)
フギンを追い詰める、只、それだけで。この戦場での特異運命座標達のミッションは完遂されている。
逃げなければ。
逃げなければ。
Bルートから流れる兵士を相手にしていては、撤退も難しい。
サンディ・カルタは知っていた。フギン・ムニンが『己をどうして残したのか』――いざという時、王と自身を逃がすための駒とするためなのだ。
逃げなければ。
サンディは唇を釣り上げる。
「どうせ、死ぬんだ」
乾いた笑いが、唇から溢れた。それは自嘲ではない、手段を手に入れたヒーローとしての笑みだ。
「『なら、こうする』しかないだろ?」
溢れ出る光が、光が、光が。
「言ったでしょ」
リアはゆっくりと顔を上げる。その背中は、何時も見た彼のもの。
「『無茶しやがって、馬鹿野郎』って」
サンディを、そして、この場にいる特異運命座標を包み込む光が満ちる。サンディはその瞳にフギンの悔し気な表情を映し込んだ。
願ったのだ。彼は、奇跡を。
「ッ――貴様」
その声は怒号の様に響く。
「よくもッ――貴様ッ!」
サンディの起こす可能性。不可逆の奇跡。命に代えても誰一人として失う訳にはいかないと願ったひとつ。
逃げるルートがないなら作ればいい。
こんな巨大な『魔法』、だれが予想しただろうか?
「死ぬなら世界にだって乞うて見せるさ。じゃあな、フギン・ムニン」
風による大転移魔法の発動は完遂されていた。それが、彼がこの世界に願った奇跡――PPPと呼ばれた『彼の可能性』。
その場に残されたは右目を失った一人の男。
届けられるは『親愛なる王』の死の結末と、新生・砂蠍と名付けた軍の壊滅。
――畜生。
吼える。そこには、冷徹な指揮官の姿はない。
畜生、畜生、畜生――ッ!
彼を迎える様にその場に姿を現したのは憤怒の焔に身を包んだ幻想種の男、ただ、一人だった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れさまです、イレギュラーズ!
まずは皆さまからの戦況報告を楽しみにしておりました。
見事、『キング・スコルピオの撃破までフギン=ムニンの動きを封じること』に成功です。
雨豹、クロックホルム、そしてフギン・ムニン。生き残った彼らについては、また。
決戦において、どの様に戦うか、どの敵を相手にとるかというのは非常に難しい選択となります。
此度は、救出という最大のミッションがあった事から、非常に『いじわる』な戦場となったかと思います。
サンディさんは自身を助けに来た皆さんが『誰一人欠ける事無く』救われるために、その命を懸けてのPPP(Pandora Party Project=奇跡)を乞いました。
その結果が本人と、そして皆さんを救う事が出来た――覚悟は確かに届きました。
お疲れさまでした。どうぞ、傷を癒してくださいね。
(※全員描写させて頂きました。漏れがございましたら、ご指摘ください)
※咲花・百合子(p3p001385)が『キッス・オブ・ファイア』を獲得しました!
※サンディ・カルタさんのプレイング
さて、暫くは大人しく横になるか
自己再生による体力回復+護衛の怪盗サンが「飽きる」のを狙うぜ
眠りはせず、エネミーサーチしつつ音や気配に注意
敵の動向と、余裕があればファミリア来てないかに注意だ
敵が待ち伏せしてるとかは口パクで伝えたい
牢が暫く無人そうなら手元や髪留めを確認
髪留めとかの針金か細い棒状のがありゃ解錠出来るかも
牢のまま戦闘に巻き込まれんなら
安易に人質にされないよう動き回りつつエスプリ効果で味方を支援
檻脱出後は対メアリ班と合流
その後は余裕がなきゃ戦場離脱
あるなら他の仲間と合流してもいい
解毒薬を探したい気は多少ある
どのみち死ぬならPPPだ
命を代償に仲間と自分に対して風の大転移魔法の発動を試すぜ
GMコメント
夏あかねです。フギンです。
当シナリオの牢には『意志の剣』サンディ・カルタ(p3p000438)さんが囚われております。
●決戦シナリオの注意
当シナリオは『決戦シナリオ』です。
他『<ジーニアス・ゲイム>あの蠍座のように』『<ジーニアス・ゲイム>Prison=Hugin』『<ジーニアス・ゲイム>イーグルハート』『<ジーニアス・ゲイム>Defend orders the Luxion』『<ジーニアス・ゲイム>南方海域解放戦線』『<ジーニアス・ゲイム>紅蓮の巨人』にはどれか一つしか参加できません。ご注意ください。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どれか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●成功条件
フギン=ムニンを撃破し、『進軍ルートA』『進軍ルートB』の制圧。
もしくは、キング・スコルピオの撃破までフギン=ムニンの動きを封じること。
●進軍ルートA
雑多な傭兵で固められた大通りルートです。見通しはよいですが、大量の兵が合流してきます。
当ルートが健在の際は、大量の兵が合流し、別戦場の支援に向かう可能性が高くなります。
また、キング・スコルピオの許へと合流することも考えられます。
傭兵、盗賊などの『忠誠心はあまり高くなく、危機が生じれば撤退する可能性がある』兵が多くいますが、数が多いため撤退までの時間はかかりそうです。
◆『雨豹』
雨豹と呼ばれる男です。躰の大部分に入れ墨を。右半身には傷を負っている単眼の傭兵です。
近接距離での攻撃を得意としたアサシンタイプ。その呼び名の通り豹の獣種です。
(菖蒲GM、鉄瓶ぬめぬめGMのシナリオに登場していた敵エネミーです)
◆酒場の女『アリソン』
人をコケにし騙す女狐の印象を与える赤いルージュの美女。魔種。
近接攻撃タイプ。楽し気にころころと笑います。
・アリソンの呼び声(純種へと行動阻害BS付与)
たのしみましょう、あそびましょう、さみしいのはいやでしょう?
彼女の呼び声は何処までも甘えたです。穏やかな声色で、人生なんて詰らないでしょうと呼びかけます。
彼女に影響されやすいのは勤勉な人、何かに没頭してる人、それから『遊びたい』人です。
(菖蒲GM、鉄瓶ぬめぬめGMのシナリオに登場していた敵エネミーです)
●進軍ルートB
フギンに忠誠を誓う兵たちで構築されています。
非常に曲がりくねったルートであり、逃走ルートとしても使用しやすいであろうと言う事が想像されます。
飛行戦闘が優位に働く地形ですが、配置される兵たちも飛行種や飛行を所有しているため、何らかの対策が必要です。
進軍ルートAに関してはあまり気を使いませんがフギンのいる『監獄』付近には気を配る様子が見られます。
進軍ルートBの安全が確保された際は、キング・スコルピオまたはフギンに上空からの支援を行います。
◆『爪研ぎ鴉』クロックホルム
フギン・ムニンの副官たる人物です。前線で戦う事に長けた青年。
HPが非常に高くタフです。その呼び名の通り、彼は飛行種ですが、ファイターとして戦います。
フギンのためならばと撤退することはありません。
●監獄
進軍ルートAとBの中間地点、幻想南部の陥落した拠点たる街の中心部、貴族の屋敷付近。
貴族の屋敷には周囲を見渡せる広場があり、フギンやその軍勢の姿が見られます。
サンディさんに関しましては外にほど近い屋敷内にある牢に囚われています。メアリ・メアリが護衛としてついているようです。
軍勢の数は多く、フギンを守る様に統率の取れた動きをする事がうかがえます。
◆『意志の剣』サンディ・カルタ(p3p000438)
囚われています。
◆『識者の梟』フギン・ムニン
梟の翼をもった飛行種の男。痩身で何所か虚弱な雰囲気を思わせますが、かなりの実力者です。
毒蛇を2匹連れており、己の得物には梟の刻印を押す悪党であるという噂が蔓延っています。
知恵者であり、ある程度の指揮を行うなど、軍隊を動かすことには精通しているようです。
・戦場把握
→スキル統率とスキル人心掌握術を兼ね合わせたかのようなフギン本人の性質です。彼が戦場に居ることで兵の士気が向上します。 ・罠対処
・ジャミング等のスキルに長けています
・EX 蛇毒(BS付与、神近扇)
神秘攻撃に精通しています。
◆『マァメイド』メアリ・メアリ
海種の乙女。遠距離での攻撃、BSを得意とし、嗜虐心たっぷりに楽しむ女怪盗です。
フギンの指示を受けサンディと共に居ます。
●同行NPC
・『男子高校生』月原・亮 (p3n000006)
前線で戦うファイタータイプです。侍です。ご指示あればどこへでも。
基本は進軍ルートAにおります。
・『パサジールルメスの少女』リヴィエール・ルメス(p3n000038)
兼情報屋の流浪の民族の少女。支援を得意としています。戦闘はあまり得意ではないですが…。
こちらもご指示があればどこへでも。基本は進軍ルートBにおります。
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