シナリオ詳細
<終焉のクロニクル>壊世の焔
オープニング
●
ひどく重たい瞼を押し上げると、木造の天井が見えた。バシリオ・レケホは何度か瞬きをして、それから小さく息をつく。
(俺、は……)
意識を失う前の記憶があいまいだ。必死にそれを手繰り寄せる。
そう、混沌各所に大きな穴が現れたのだと聞いた。海洋では王都リッツパークの中心地にそれが現れ、ほぼ同時に巨大な火柱が上がった。
『――おい! 誰かいないのか!』
火柱の止んだ地を俺は駆けた。何も残っていなかった。誰も残っていなかった。燃えて、壊れて全てがおわりゆく。生きた心地のしない光景で、ただ俺は声を張り上げるしかなかった。
そこで、女と、イレギュラーズに会ったのだ。
嗚呼、とうめく声が何とも情けなかった。
思い出した。思い出した。痛みも、悔しさも、情けなさも。苦しむ住民の声を聞いた。腕の中で息を引き取った子供もいた。縋りつく手の皮がずるりと剥けて、けれど俺はその手当すらする余裕はなかったんだ――。
バシリオは目覚めた時よりも疲れた顔をして、腕を天井へ向かって持ち上げた。否、持ち上げようとした。腕が続くにしてはあまりにも軽い、それを。
片腕。さらにもう片腕。魔種ホムラミヤによって切り落とされた両腕はどちらも存在せず、武器など握れようもない。
(戦うだけであれば……いや、)
とん、と中途半端な腕をベッドに落として、バシリオは瞑目した。
バシリオは剣士である。剣士でありたかった。護るべきものを護れるような最高の剣士でありたかったのだ。神秘の類を操れるようになれば、再び戦場に立てるかもしれないが、それはバシリオの望む姿ではなかった。
それに最近の行動やそれに伴った結果はどうだっただろうか。目指していた"護るべきものを護る"などという姿には程遠い。それは、バシリオは力不足だったが故に。
――エエ、マッタクモッテ、ナサケナイ。
「……っ!?」
耳の奥へ聞こえてきた声にバシリオは起き上がろう――として、傷を痛みにうめく。絶対安静を命じられた体は起き上がることすら困難だ。
――アナタガモット強カッタラ、マシダッタカモシレナイワネ?
「くそ、何が言いたい……!」
クスクスクス。耳障りな笑い声がバシリオの耳朶をくすぐる。
――力ヲアゲマショウ。
その言葉にバシリオは一瞬息をつめて、誰がその手に、と呟いた。
嗚呼、けれど。その一瞬には確かに"迷い"があったと、見抜かれていたのだろう。
――護リタイノデショウ。
――ケレド、ソノ腕デハモウ無理ネ?
――ワタシニツイテクルナラ、腕ト護ルモノヲアゲル。
横たわっているのに立ち眩みをしたかのような、眩暈の類を感じる。ぐわんぐわんと世界が揺れているような。そんなわけは、ないのに。
――アナタ如キノ力ジャ、永遠ニ護レヤシナイワ。
クスリ、と笑い声が止んで。
その日。バシリオ・レケホの搬送された建物は業火に包まれ、死者数名が確認された。
しかし肝心のバシリオ・レケホが眠っていたベッドに遺体は存在せず、行方不明であるという情報がローレットへ齎されたのだった。
●
「わあ」
すごいなあ、なんて幼稚な感想かもしれない。
プカリと煙をくゆらせた男はあたりを見回した。歩いても歩いても無である。ここが海洋の王都だった場所、なんて言っても信じてもらえないかもしれない。
こんなに空は広かっただろうか。ここまで明かりがなければ満天の星が見える事だろう。
「ま、僕の煙はそれも隠しちゃうんだけど」
残念だなあ、と全く残念そうではない声音。煙管をくわえ、ふぅと息を吐きだしたその魔種は、名をドゥイームと言う。
彼は魔種ホムラミヤが焦土へと変えた土地を散策していた。人間はこぞって逃げてしまったから誰もいない。まあ、あの業火を見ればそれが大正解だろう。あの時に関しては、だが。
(ホムラミヤは止まらない。あれは言葉を解する獣みたいなものだしねえ)
ここまで"待て"ができたことだけでも奇跡だと思う。待てを教えていた者は途方もない苦労をしたかもしれないが、まあそれはそれというやつ。
しかし一度走り出したアレが止まるのは非常に困難だろう。気が済むまで目に入る全てを焼き尽くすしかない。海でさえも彼女の周囲では蒸発してしまうに違いない。どこへ逃げたとて、世界の果てまで燃やし尽くさんとする彼女の前にいつか首を――いや灰を並べることになるだろう。
Bad End 8。ドゥイームはそこへ名を連ねる者たちと関わりはないが、可能な範囲で観察してきた。だって面白そうだったから。どうせ冠位は殆どいなくなってしまったし、これから面白いことをしてくれそうなのはイレギュラーズとBad End 8くらいのものである。
故に彼らの戦いも見ていたのだが、本当に世界は終わりそうだとドゥイームは思った。Bad End 8は多少の――彼らにとっては痛恨かもしれないが――痛手があったものの、イレギュラーズを超える戦いを行った者も多い。イレギュラーズが勝てないのならば、それはつまり世界の死を意味するのだ。
だが、ドゥイームとしては簡単に世界が終わるのもまた面白くない。彼が簡単に人間を魔種にしたら面白くないと思っているのと同じような感覚であった。
(チェレちゃん、頑張ってくれないかなぁ)
敗北したイレギュラーズたちが、再び立ち上がり勝利したならば。それはきっと、この先が読めない楽しい展開になるだろう。嗚呼でも、それにはチェレちゃん(チェレンチィ)のいのちが足りるかどうか。
「そうだなぁ、あげてもいいかも」
彼にとって最も大事なこと。それを前にすれば、自らのいのちとて惜しくないのである。
●
「――アハ、」
笑い声を止めたホムラミヤは、ゆっくりと周りを見回した。
ない。何もない。在ることなど許さなかったから、一つ残らず灰にした。豪奢な建物も、色鮮やかな織物も、瑞々しい果実でさえ、その形を残していなかった。
あの時と同じだ――自ら生やした樹へ閉じこもるように、その身を守っていた女。その顔を見た瞬間言いようのない怒りが起こって、何か言う前に消し炭にした。炭が残っていることすら許せずに塵と消えるまで燃やした。
あれから気づいたのだ。自身の怒りを収めるには、姿形も残してはいけないのだと。
――イレギュラーズが、ヒトがいくら魔種(焔宮 芙蓉)の痕跡を探そうとしても存在しないに決まっていたのだ。その前にホムラミヤが『なかったこと』にしたのだから。
ホムラミヤは一歩を踏み出した。ゆらりと焔が立ち上る。
「ココハモウイラナイ。マダ足リナイ」
まだまだ燃やさないといけない。この程度では世界を壊すなどできないから。
しかし数歩進んだホムラミヤはおもむろに立ち止まって、嫌そうな顔をして振り返った。嗚呼そうだ、お荷物を背負ってきたんだった、と。
視線の先にあるワームホールの前でケルベロスが鎮座している。その首はひとつが使い物にならないようだった。
「弱イ。邪魔」
そのケルベロスをホムラミヤがついと指さす。瞬間、火柱がケルベロスを飲み込んで骨すらも残さず燃やした。2頭分の断末魔が火柱の中で途絶える。
厄介者を排除して、ホムラミヤは次に何を据えようかと考えた。半端な実力ではあのケルベロスの二の舞だ。もっと実力のありそうなモノを置いていかなくては。嗚呼、次を据えるまでに多少イレギュラーズが入ってしまうかもしれないが、それくらいは他の誰かが良いようにしてくれるだろう。
「……アアモウ、腹立タシイ。ナケレバ作レバイイワ」
だが考える事すらもイライラすると、ホムラミヤは頭を振って。先ほど戦った中にいた男を思い出した。両腕を失った剣士。護りたい住民が誰一人として護れなかった男。あれにしよう。
――かくして、ワームホールへ新たな魔種を向かわせ、ホムラミヤはさらに北上していった。
「皆さん、海洋に関しての続報です」
うわっとと、と零れ落ちそうになった資料を間一髪でキャッチして、ブラウ(p3n000090)が告げる。
海洋には王都中心区にワームホールが顕現しており、未だ終焉獣が湧いているという。王侯貴族は海へ逃れたものの、状況は芳しくない。
「まず、ホムラミヤはワームホールを放置して北上。天義との国境へ向かいながら見えるもの全てを焼き尽くしているようです」
海洋王国も決して狭くはない。しかしいつまでも手をこまねいていれば、魔種の焔は天義まで到達するだろう。その前に彼女を止めなくてはならない。ワームホールが放置されているということは、そこからイレギュラーズが侵攻できるということでもあるが。
「また、ワームホールから現れた終焉獣はホムラミヤを追いかけている個体と……海の方へ向かっている個体がいるみたいです。多分、海に逃れた人たちを探そうとしているんだと思います」
ブラウの表情は芳しくない。王侯貴族や逃れた住民たちに軍の人間もついているが、ただの人間の限界はイレギュラーズよりずっと低い場所にある。彼らが耐え忍ぶには、そもそも襲ってくる数を減らしてやらねばならないだろう。
「それと――フラーゴラさんや関わった方には悪い知らせになります。バシリオ・レケホさんが反転した状態で見つかりました」
ひゅっとフラーゴラ・トラモント(p3p008825)が息をのんだ。行方不明になったと聞いていたバシリオが、反転して――どこに?
「ワームホールを護らんと向かっているそうです。ワームホールを護る魔種がもう1人いるようですが、関係は不明です」
バシリオは先のホムラミヤ戦で両腕を失ったが、反転したことで多数の腕を手に入れることとなったらしい。かの男が反転して力を手に入れたのならば、心してかかるべきだろう。
「……姉さんも行くなら、僕もついていくからね」
「ザクロ」
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は実弟へ視線を向ける。姉弟ともども種族由来の病はそれなりに進行しているが、弟に譲る意思は見えない。
「一緒に生きるんでしょ、姉さん。死にに行くつもりはないよ」
それはシキもそうであるように、ザクロも同じ。
「いいんじゃないか、実力は確かだろう」
「今は手があればあるほどいい、ってな!」
クロバ・フユツキ(p3p000145)とカイト・シャルラハ(p3p000684)も頷く。ホムラミヤは強敵だ。実力が確かで味方として動くのであれば歓迎すべきだろう。
「あと、チェレンチィさん、」
困ったような視線がチェレンチィ(p3p008318)へ向けられる。なんだろうかと首を傾げたチェレンチィは、ブラウの言葉に表情をこわばらせた。
「ホムラミヤの近くに、ドゥイームが……?」
「はい。つかず離れず、観察しているようにも見える……とのことですが」
相変わらず何を目的としているのか読めない男だ。だが、その場にいるのであれば場をひっかき回すために来ているのだろう。ジルーシャ・グレイ(p3p002246)も同じようなことを思ったのか、考えに耽っているようだ。
「ともかく、急ごう。天義も燃やされちまう前にな」
●
「バシリオさん……!」
「よう、フラーゴラ」
返してくれる言葉は、以前と変わらないはずなのに。フラーゴラはぐっとこみ上げる想いを飲み込んでバシリオを見上げる。
そこにいる男は、バシリオのようでありながらバシリオではなかった。いやヒトとすら呼べない。ヒトがあのように何本もの腕を持っているものか。
「悪いがここは渡してやれない。今度こそ護りきるんだ」
バシリオの近くにいる少女は2人の応酬を冷めた目で眺めている。その身にまとう紫の焔を見るに、ホムラミヤと関係があると見て良さそうだ。
「もうすぐ尽きる命でしょうが、名乗るのは礼儀でしょうね。わたしはロザリー・フォンタニエ――ホムラミヤに全てを奪われた者」
名乗る彼女の瞳、その奥で怒りの焔が揺れる。いいや、隠れていただけでずっとそこに在ったのだ。
「ロザリーは全てを許しません。あの魔種も、世界も、世界を救おうなどとするあなた方も」
遺憾な事この上ないが、手っ取り早く世界を壊すなら"今は"あの魔種を放置しておいた方が早いのだ――そう彼女は言って、杖を構えた。
「大人しく焼き尽くされるのです。ひとり、残らず」
「やあ、やあ。来てくれると思ったよ、チェレちゃん」
この焦土に似つかわしくない笑みを浮かべたドゥイームに、チェレンチィの視線が刺さる。
「そんな顔しないでよ。今回は君と取引をしてあげる」
「取引ですって? そんなもの――」
「まあ聞きなよ。"君のいのち"の話なんだから」
その言葉にチェレンチィはぴたりと口をつぐんだ。いのちの話。それはチェレンチィへ『うっかり死にかけていた』と言っていたことと関係があるのだろう。そしてそれは首に残っているものとも関係があるのだろうと、うっすら思い始めていた。
「今のチェレちゃんはね、僕のいのちを分け与えられて生きてるんだ。それがなくなりそうだったから死にかけたのさ。
だから僕が死んだら、チェレちゃんはほどなくしていのちが空っぽに――なっちゃうわけなんだけど。それじゃ面白くないじゃない?」
「は?」
存外深刻な話に顔をこわばらせていたチェレンチィは思わず声を出さずにいられなかった。面白いかどうかで自分のいのちが左右されるのか。いやこいつならそうかもしれない。
「面白くないよ。ころっとチェレちゃんが死ぬのも、大した障害なく世界が終わるのも面白くない。それは僕にとって由々しき事態なのさ」
面白いこと――それを前にすれば、何だって惜しくはない。たとえ自らの命を絶つことになったとしても。
「だからさ、あの魔種をちゃんと殺せたら、僕のいのちをまるっとチェレちゃんにあげる。ぶすっとココを刺せばいいだけさ。破格の取引だろう?
そうすれば仮に世界が終わることになったとしても、イレギュラーズとして最期まで足掻けるって寸法さ。
ああ、殺されたら普通に死ぬけどね!」
あの魔種でホムラミヤを指し、ココと左胸を指す。にっこりと笑ったその表情は――どう考えても胡散臭いのである。
「アア、マタキタノ」
煩わしい人間たち。世界を救わんとする可能性たち。
それらの存在にホムラミヤは嫌悪を隠そうともせず振り返った。
「……随分変わったな」
その姿にクロバは瞳をすがめる。イレギュラーズだった頃の面影は――焔宮 鳴だった頃の姿は、欠片ほどもなくて。そこにいるのは原罪の呼び声と災厄の焔をまき散らす強敵に他ならなかった。
「救われることは、もうないのか? イレギュラーズとしての記憶は、」
「スクイ?」
ホムラミヤが嗤う。鳴だったらそんな笑い方はしない、そんな考えに一瞬動きが遅れる。
気が付けばホムラミヤはすぐ目前に、その手にした得物がクロバの胴へ吸い込まれるように薙いでいく。
(あ、マズった)
今から動くのでは遅い。間に合わない。
「――全く、緊張感を持ちたまえ」
まさに胴体へ触れんとした瞬間、目にもとまらぬスピードで駆けてきた何者かの剣によってホムラミヤの得物がはじかれる。ホムラミヤの視線がすぐさまそちらへ移り、勢いよく焔が伸びあがったが、その"何者か"は俊敏な動きでそれを躱した。
ある者は目を見開き、ある者は警戒しただろう。クロバもまた、思わずぽかんと口を開けている。
「今度こそ真っ二つになりたくなければ、気を引き締めたほうがいい。それとも、二度も私に助けられたいか?」
「……再開に対しては一言もないのかよ」
「なんだ、この場でそんなものが欲しかったのか? 馬鹿息子」
は、と乾いた笑みを吐き出してクロバは得物を構えた。彼の言う通り、二度も助けられるつもりはない。
今はただ、目の前の強敵を――ホムラミヤを倒すのみだ。
- <終焉のクロニクル>壊世の焔Lv:60以上完了
- ゼンブ、モエテ、コワレテシマエ――!!!
- GM名愁
- 種別決戦
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2024年04月11日 22時05分
- 参加人数36/36人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 36 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(36人)
リプレイ
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(……最後の戦いか)
戦いのない世界は悪い世界ではない。ないだろう、が、金熊 両儀にとっては味気ないものとなるだろう。
「ならば暴れるだけ暴れさせてもらおうか! 天下無双の鬼武者たぁ、儂の事よぉ!」
敵陣に飛び込んだ両儀。鬼の膂力による一撃が近くの敵を吹き飛ばす。
最後となるならば、これ以上ないほどに――この先一生分ほどに暴れてみせんと終焉獣たちを蹂躙する。
まだまだ序盤。しかしここでの動きは魔種2体を相手取るものたち、そしてホムラミヤと戦う者たちへ大きく影響を与えるだろう。
「空は任せてええかぁ!?」
「うん! 頑張るよ……!」
頷いた祝音・猫乃見・来探の操る気糸が、ワームホールから飛び出してきた鳥型の終焉獣へ迫る。
(敵達を食い止める、その為にも頑張らないと……!)
この被害を起こしたのは、かつてイレギュラーズだった者だという。リッツパークに降り立ったという情報は祝音も知っていたが、まさか中心地がこんなことになっていようとは。
「これ以上壊させない。皆で、世界を守るんだ……!!」
終焉獣が襲いくる。負けるものか、と目に力を入れたその時、大きな背中が立ちはだかった。
「ああ、その通りだ。これ以上悲惨な状況になったら、たまったもんじゃない」
エイヴァン=フルブス=グラキオールが敵の攻撃を受け止め、咆哮を上げて敵を威圧する。周囲の敵がエイヴァへ警戒の色を示す。
「さあこい。俺のさぼり場をつぶしたツケは払ってもらうぜ」
「この期に及んでさぼり場の心配か?」
おうとも、とエイヴァンは笑う。
「このまま捨ておいたら、ここのために尽力したどこぞの令嬢に申し訳が立たん」
この場が焼け野原になったとしても、イレギュラーズたちの、他の誰かの尽力で人は生きている。取り戻せればいつか活気ある街を復興できるだろう。
「悪いな、世界を終わらせたくない理由(ワケ)が出来ちまったんだ」
十夜 縁の操流術が終焉獣たちを翻弄する。彼らの視線を引きながら、縁はちらりと魔種たちを見やった。
終焉獣に携わる者は比較的多いが、魔種の対応はまばらか。
(あっちに加勢した方がいいか)
ふっと笑って敵を蹂躙する。
嗚呼、こんなことを思うとは思わなかった。世界を救おうだなんて、まだこの世界で生きていたいだなんて。――大切な人と共に過ごして行きたい、なんて。
(嫁さんには責任とってもらわないとなぁ?)
そう言ったら、彼女は嬉しそうに笑うだろうか。嫌と言ってもついて行くつもりよ、なんて言いながら。
「よぉ、有象無象ども!」
準備はいいか? できてなくても始めるけどな! HAHAHA!
郷田 貴道による文字通りの蹂躙が始まる。決着をつけたい者たちへ道を開けてやるのが人情というもの――とはいえ、魔種たちの方から目をつけてくるなら別の話だが。
「まさか、此処がこれ程酷い状況だとはね……」
カイン・レジストは敵の弱点を見定めながら、敵の進行を食い止めんと攻撃を放つ。ワームホールから無限の如く出てくるのならば、いかに効率的にせん滅するか、いかにホムラミヤと戦っている仲間達へ合流させないかが重要だ。
(もうちょっと僕らが頑張って踏ん張らないと、ね!)
敵の足を縫い留めて、いまだと仲間達へ声をかける。少しずつ、確実に。確かな1歩を踏み固めれば、きっと活路は開けるはずだ。
「バシリオさん、そんな……」
「フラーゴラ。俺は護るものを決めたんだ」
バシリオの言葉にフラーゴラ・トラモントはぐっと唇を噛む。
――護るって後ろにあるワームホールのこと?
――魔種になってまで護りたいものなの?
――最後までワタシたちと共に戦ってくれないの?
そんな言葉、かけたって意味もない。魔種になったら倒す以外の選択肢はないのだから。
「ワタシの頭、なでることも出来ないね……」
呟きながら、味方に強化をかける。それは死の概念すら喰らうモノ。
「ぶはははッ! バシリオ、オメェさんのそれは護るたぁ言わねぇ。『護る』ってのはどういうことか、この聖盾をもって教えてやらぁ!」
どんと聖盾を構えたゴリョウ・クートンが真っ向からバシリオ・レケホ――かつてイレギュラーズと共に戦った男を見据える。
両腕を失ったと聞いていたが、そこに立つ男の腕は確かに在る。それどころか、常人にはありえないほどの腕が生えている。
ヒトから逸脱したその姿は、そしてなによりその身から発される原罪の呼び声が、彼の存在を人外だと言わしめていた。
「ボクも付き合うよ。剣士なんでしょ? なら、同じく剣を使うボクを相手してよ」
セララもゴリョウの隣で剣を構える。
ホムラミヤはそうかもしれないが、少なくとも鳴は世界を滅ぼす事なんて望んでなかったと、そう思っている。
ならば止めなければ。自分たちは彼女の、焔宮 鳴の仲間なのだから!
「いくよ、バシリオ!」
燐光を纏わせ、セララの剣がバシリオのそれと重くかち合う。そこへ参戦しようとするロザリーの眼前を、血色の武装が舞った。
「思い通りにはさせませんよ」
マリエッタ・エーレインの魔術がロザリーを翻弄する――が、紫の焔が血を蒸発させんと燃え上がる。
「その言葉、そのまま返します。イレギュラーズ……!」
にじみ出る憤怒。負けるものかとマリエッタは大鎌を手に握る。
(全て焼き尽くして無に帰す……本当に苦しいことがあってこそ、たどり着いた境地なのでしょう)
ホムラミヤも、この少女も、その本質は似ているのではないだろうか。許せないから、全てを燃やし尽くさんとする――憎悪、憤怒、絶望。そんなものが彼女たちを構成しているのだろう。
「奪って持っていきますよ。その憤怒も、炎も、絶望も……全て!」
●
ウォリアの一閃が終焉獣を滅し、かの魔種への道を開く。
(暖かい娘だった)
エクスマリア=カリブルヌスは、焔宮 鳴の事を思い出す。私的なつながりはないけれど、共に戦ったことはある。魔種に落ちてからも、対峙したのは一度の身だったけれど。
(マリアにとって、暖かい娘だった)
そのひとつだけ、ちゃんと覚えている。
エクスマリアのひとたちが強烈な威力でホムラミヤへ叩きつけられる。思っているほどの威力ではないか。しかし思っていたよりも威力は出たか。
「だから、鳴。その火は、止める」
「ナリジャナイ。ソノ名前ハ、知ラナイワ」
「それじゃあ、ホムラミヤ。私は聖女として、貴女を止めるよ!」
スティア・エイル・ヴァークライトが挑発し、その眼前へと踊り出る。熱い。彼女自身が一つの焔であるかのように熱風を感じる。
(これが、嘗てイレギュラーズだった人の……魔種に落ちたイレギュラーズの、力!)
その熱さを物ともせずウォリアが残影百手で攻めにかかる。
「鳴――否、『ホムラミヤ』……その焔は……此処で消し去らせて貰う!」
「消シ去レルト思ウナラ、ヤッテミレバイイ!」
次の瞬間、高熱がスティアごとウォリアへ襲い掛かる。まるで焔の壁に潰されるかのようだ。
(もう、詞は届かないだろうか)
以前の彼女の雰囲気はかけらも存在しない。これまでも仲間たちが語り掛けてきたと聞くが、ここでもう届かないのならば――焔もろとも、命さえも消し去るしかないだろう。
(1人も死なせない。この世界だって、これ以上燃やさせはしない!)
フォルトゥナリア・ヴェルーリアは必死に仲間を癒し、復活させて送り出していく。攻撃の雨を絶やさなくて済むように、ホムラミヤが倒れるまで皆が戦い続けられるように。
圧倒的な火力は仲間たちの体を容易に焼き、苦痛にうめく声は絶えない。皆の盾となる者ですらそう長くは持たないほどに苛烈で、怒りのこもった焔。
(だからこそ私たちが必要なんだ)
「絶対に治す……皆が戦えるように。あの人に想いを、伝えられるように!」
そんな焔をものともせず、ジルーシャ・グレイは香術でホムラミヤへ仕掛けていく。この結界がいつまでもつかもわからないが、可能な限り皆を支え、彼女を倒せるところまでもっていかなければ。
鳴ちゃん。そう語り掛けても、もう振り向かないでしょう。
(魔種、ホムラミヤ。アンタにとっては消えてほしい世界かもしれない)
だが自分たちにとっては灰にさせられない世界だ。この世界には思い出が詰まっている。誰かとの、仲間との、鳴との思い出が。
それはたとえ鳴の記憶が燃え尽きようとも、誰かの記憶に残っているから完全に消え去ることはない。
炎堂 焔も、その記憶の一片を持っている。
「最後に会ったのは、カムイグラでだっけ」
「知ラナイワ」
挨拶代わりの焔をすんでのところで避けて、焔は速力で勝負していく。
(戦いたくない)
記憶があることが、こんなにも苦しいなんて。
(ボクは覚えてるんだ。鳴ちゃんが覚えてなくても、お喋りしたことも、遊んだことも、一緒に戦ったことだって)
覚えていないから、非情になれる。
覚えているから、決心が鈍る。
――彼女に、トドメなんて刺せるだろうか?
力も、覚悟もなく、奇跡を願うことさえなく。あの時を後悔したことは数知れない。
(それでも、これ以上鳴ちゃんにこの世界を壊させるわけにはいかない)
全てを忘れてしまっているとしても。シフォリィ・シリア・アルテロンドもまた、過去の彼女を思い浮かべながら得物を構える。
「鳴さん、知ってますか? 私、勇者と共に戦った人の生まれ変わりなんですって」
「ソウ。ソレデ?」
「……本当に、忘れてしまっているんですね」
ここにいるのは焔宮 鳴ではなく、魔種ホムラミヤ。そう再認識して、シフォリィは駆けだす。
(自凝島で見た貴女の顔を、今でも忘れられない。だから……そんな顔をしている鳴さんを燃やす、その焔を消しさってみせる!)
威力にこだわらず、己のルーツから生まれた技をたたきこむ。この心が、想いが、伸ばした手が届くように。
「――煩ワシイ」
その結界を中から破壊して、ホムラミヤの視線がシフォリィを射抜く。
「おっと危ない」
シフォリィの体が横へと引き倒され、同時にその場所へ火柱が立ち上った。ベーク・シー・ドリームは素早く態勢を立て直し、ホムラミヤを見る。
(まあ、周りに見知った顔があるのは道理でしょうね)
ホムラミヤ――焔宮 鳴を知るものたちが集まっているのだ。べーくもまたその一人でもある。結構かじられそうになってること多かったけど。
「ねえ、戻ってはこられませんか? 一緒に笑う人が減るのは寂しいことですから」
「アリエナイ」
「即答ですか……」
小さくため息をつくベークの体からは終始美味しそうな香りが漂う。これで思い出したりしてくれないかな、なんて小さな望みを抱いたりもするのだ。これでも、知人だったのだから。
遠距離からホムラミヤへ応戦する結月 沙耶は、ふと視界に入ったドゥイームへ視線を向ける。
(神の国で会って以来か)
相変わらず胡散臭いことを抜かす魔種である。まさに煙のよう、だ。
「ドゥイーム」
「なんだい? ホムラミヤとの戦いに集中しなよ」
へらりと笑って見せるドゥイームだが、沙耶は気にせず問いかける。
「なぜ君はそこまでホムラミヤを憎む? いや、それとも私達に勝って欲しいのか?
ドゥイーム、君の目的は――何だ?」
目的、目的ねぇ、とドゥイームは繰り返して、にんまりと笑う。
「イレギュラーズが勝ったなら、この先の展開も大どんでん返しが起こるかもしれない。それってとても面白いだろう?」
●
「テメェは役不足じゃないか? 俺とタイマンはろうなんざいい度胸だ!」
ロザリーの攻撃を受けてなお、いいやむしろ攻撃を受けて貴道は笑みを深くする。
終焉獣の数は驚異だが、もっと湧き立つような戦いを求めるならこちらだろう。嗚呼、相手も殺る気満々で結構!
「いくぜ」
繰り出される技は飾り気などない。だからこそひたすらに鋭く研ぎ澄まされた技が光る。
「っ!」
ロザリーもそれを感じ取ったか、距離を離して紫焔を膨らませた。爆発を伴うそれに――貴道は怯まない。
(リカ師匠、どうかご無事で……いえ、あの人は死んだって死なないのでしたわね)
生憎と、守られてばかりの弟子ではないから。
フロラ・イーリス・ハスクヴァーナは貴道に押し込まれたロザリーを見て、その懐へ飛び込んでいく。パンドラの奇跡を強く願い、立っていられる限り唯々斬り結び、斬り続ける。
「わたくしの全火力――喰らえ、ですわ!」
「ロザリーは、負けられません。負けられるわけがない……許せるわけが、ないッ!!」
杖で受け止め、躱し、血を流しながらも苛烈な焔がフロラに襲い掛かる。意識が薄れるフロラは、けれどにぃと笑みを浮かべた。
(これさえも計画通り――そのための『バアルの契約』ですもの)
強く輝かせた魂の光が仲間を癒さんと降り注ぐ。ラストアタックは自分じゃなくていい。仲間が、引き継いでくれるだろうから。
「何が憤怒だ――俺等のシマを荒らしやがって。ブチギレてるのはこっちもなんだよ!!」
カイト・シャルラハは吠えながら戦場を緋色へ染めていく。背中合わせで立つカイトはちらりと彼を見た。
「……フォローはすっから冷静にな」
「まだ冷静だぜ、まだな」
まだ、口だけ。けれど時間が経てば経つほどに、持久戦としては不利なはずなのに炎は苛烈に燃え盛る。
(無理もないか)
カイトはその動きのすべてに食らいついていかんと行動を合わせながらも思わずにはいられない。
あの顛末は『見て』知っている。だからこそその上で『俺』たるカイト・シャルラハがそうなるのも無理はないのだ。
もう跡形もないが――ここは確かに海洋だった。いいや、跡形もなかったとしても海洋であることに変わりはない。
(好き勝手にされることを、『風読禽』、『鳥種勇者』、海洋の民として許せるわけがねえ……!!)
「いいか、『俺』」
カイトは、だからこう応える。
「――『好きなだけ付き合うから』『好きなだけ扱き使え』」
「おう、頼むぜ『俺』!」
上空で彼らが戦うその下で、ユーフォニーは陸型の終焉獣たちを蹂躙する。うまく巻き込めるなら魔種たちも、と思っていたが、存外しぶといのはやはり魔種ゆえか。
(けれど、ここであきらめるわけにはいかない。ホムラミヤさんに向かったみんなが無事に戻ってこられるように、想いを伝えきれるように――私たちは、ここですべきことがある!)
応戦するユーフォニーに、ロザリーの焔が迫る。爆炎に吹っ飛ばされたユーフォニーは、意識を失いそうなさなかにフラーゴラの声を聞いた。
「皆、力を貸して……バシリオさんを、倒さなきゃ」
フラーゴラのデウス・エクス・マキナが仲間を目覚めさせる。祝音もまたそれに力を貸す。
「無駄なことを」
「無駄じゃない……! ワタシ、覚悟を決めたの。バシリオさんを倒すって……!」
真っ向から見つめ返せば、バシリオの体が――いいや、手にした無数の武器がぐわりと迫る。
「っち……!」
度重なる攻撃に倒れまいと、ゴリョウの足に力がこもる。流石に魔種、舐めてかかれる相手ではない。
(だがこちとら、タンクは日常茶飯事だ!)
全力で耐え凌ぎ、ゴリョウが叫ぶ。
「オメェさんに助けられ感謝してた民だって確かに居ただろうが!
そいつらを害する立場になった時点で『護る』もクソもあるかぁッ!」
「見えないものは感じ取れない。俺が見たものは――救えず、無念にも命を落とした亡骸ばかりだ」
護るべきものがあまりにも弱すぎた。バシリオにとってそれを護ることはあまりにも難しかった。
――護るものが弱くなければ、自分がもっと強ければ、護ることができる。最強の剣士をまだ目指すことができるのだ!
「……オメェさんの『護る』って言葉は中身のねぇ伽藍洞だ。なにが護るだ……護りたいものを護っているんじゃなく、護れるものを護っているだけだろうが!」
ゴリョウの言葉に一瞬の怯みを見せたのは、それが事実ゆえか。それとも、事実と思っておらずとも多少の疑念を生じさせたのか。
その瞬間にセララは剣を押し込んでいく。
「バシリオ、たくさんの武器を操るのは強いよ。でもね、想いや情熱が失われてるんだ」
どれだけ剣を交えても。
どれだけ強い攻撃を受けても。
彼の剣は想いのひとつも、なにも訴えかけてはくれない。
「そんな剣には負けない……ボクが、思い出させてあげる!」
想いを込めた全力の一撃は、どんな剣にだって負けないのだと!
「全力全壊――ギガセララブレイク!」
セララの剣がバシリオの鎧を貫く。ぼたぼたと血の塊が地面へ落ちて、吸い込まれていった。
「……最後まで足掻くなんて、やるね」
バシリオが倒れると同時。セララが膝をつき、フラーゴラが慌てて駆け寄っていく。回復を施しながら、フラーゴラはバシリオを見下ろした。
「さよならだよ……バシリオさん」
どうか、来世では正しい心を持った剣士と成れますように、と。
それを横目に見て、そして視線をワームホールへ滑らせて。なんちゅう数でしょう、と物部 支佐手は呟かずにはいられなかった。
「なんじゃ、怖気づいたか?」
「そんなことは。此処で負けるわけにゃいきませんよ」
神倉 五十琴姫の言葉に、支佐手はそちらこそ大丈夫か、と視線を向ける。
「勝って故郷へ凱旋しようではないか」
「ええ。神威神楽の、宮様の無事がかかっとりますけえ」
ワームホールから湧き出る終焉獣。支佐手がそれを一手にひきつけ、五十琴姫が援護と回復を担う。……が。
「支佐! 前に出過ぎるな! 援護しにくいじゃろうが!」
「おんしこそ出過ぎじゃろうが、かばう方の身にもなりんさい!」
言い合いながらせん滅していく様は、まるで戦いが始まったばかりかのようである。この応酬こそ余裕を示すものでもあり、そして互いの信頼の証であろう。
しかし、魔種はまだ残存。ワームホールもまた終焉獣を湧き出し続けている。魔種の動きによっていくらかの終焉獣はホムラミヤのもとへと向かっている状況だ――。
●
ねえ、とスティアは自身へ回復をかけながら語り掛ける。次は復活できないかもしれない。言の葉を乗せるのなら、今しかない。
「貴女は世界をこんな風に燃やして平気なの? 誰かを守りたいと思った事も忘れてしまった?」
スティアの真剣な言葉に、ホムラミヤは笑って。嗤って。
「マモル? 平気カ、デスッテ?
イツカハソウ思ッテイタノカモシレナイ。ケレド今ハスベテガ許セナイ。何モカモ、世界ガソコニ在ルコトスラモ――憎ラシイ。憎ラシクテシカタガナイ!」
そこに、『焔宮 鳴』の欠片もないかのように。ホムラミヤは全身全霊でその怒りを、憎悪を、絶望をぶつけてくる。火の粉に焼かれながら、スティアはそう、と小さく呟いた。
決着をつけなければ、いけないのだろう。
(ここが正念場……皆がこの場で打ち勝つ為に、できる事をしないと!)
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンはそれはもう必死に、これ以上なんて絶対ないと思いながら終焉獣へ応戦していた。幸い、ワームホール側の戦場が終焉獣対応を頑張ってくれているのか絶望するほどの数ではない。
しかし全くのゼロといかないところは、あちらも魔種が2体いるだけあるだろう。終焉獣をせん滅しながら、ヨゾラは周りに回復の必要そうな仲間がいないか視線を巡らせる。
ホムラミヤに対して、個人的な恨みなどはないが――こうも仲間が傷ついていると、全く何も思わない、とは言えないか。
「皆、もう少し頑張って……! 僕が倒れさせないから!」
こゃー、と胡桃・ツァンフオが鳴きながら炎を散らせる。ヨゾラの回復を受け、多少は戦い続けられそうか。
(確かに、炎とはそういうものであるの)
胡桃がその性質に対して理解を示すのは当然の事であり。
しかしその赫怒で世界を焼くこと止めるのもまた、当然であった。彼女がそうしたいと思い、行動したから。
焔と炎が拮抗する。ホムラミヤの視線を受けても、負けやしない。
「声も、思いも、届かぬとしても……わたしのすべき事は同じ。その焔、わたしの炎で燃やし尽くすの」
「フザケタコトヲ……」
「何にしても、燃やすものが無くなった炎は消えるのではないですか?」
チェレンチィの放つ雷を帯びた無数の斬撃がホムラミヤの肌を傷つける。浅い。けれど確かに入っている。
「チェレンチィ、面倒なことになってるみてえだが……いいさ、守り抜いてやる! ドゥイームも誤殺されるんじゃねえぞ!?」
紅花 牡丹の言葉に、少し離れたところから「はーい」と気の抜ける声がした。あの声の主の真意はいつだって図り得ないが、それはチェレンチィが喉から手が出るくらい欲しいものというのがまた憎たらしい。
牡丹が終焉獣をひきつけ、チェレンチィはその命をつなぐためホムラミヤへと仕掛けていく。そうでなくても、これ以上この世界を燃やさせはしない。
「戻って来たよ、ホムラミヤ」
「モドッテコナケレバヨカッタノニ。ココデ塵ニナリナサイ」
「いいえ、させません。この世界を失うことも、ありません」
ヴェルグリーズの傍に星穹が立つ。家族の笑顔を、未来を紡ぐだろうこの世界を壊させはしない。
2人は息の合った連携でホムラミヤを攻め立てていく。その視線の先にあるのは彼女――ではなく、その手にした刀だ。
(前回は破壊しそびれたけれど今度こそは――!)
星穹のサポートを受け、ヴェルグリーズの度重なる剣戟が刀へ叩き込まれる。その耳に刀のひび割れる音を聞いた彼はさらにもう一撃を乗せようとして。
「甘イワ」
「っ……!」
「ヴェルグリーズ!」
大丈夫だ、と口にする。焔の吹きあがったあと、そこに立つホムラミヤの刀は赤く光っていた。
(刀を熱したのか……!)
「焔ガヤマナイ限リ、コノ刀ダッテオレハシナイ。ソシテ焔がヤムコトハナイ――!!」
圧倒的な焔。そこに込められた怒りと憎しみは、きっとこの世界が起こしたものなのだろう。
(大切だった人が生きているのに、それでもこの世界を壊すことができるのは……心から怒っているからなのでしょう、ね)
大切なものより、世界の滅亡を優先させるほどに。大切なものがある2人には到底できないことだけれど。
だが、ホムラミヤの体は今や傷だらけで。焼いて止血している箇所は多く、地面は焦げて判別もつかないが、少なくない血が流れたのは確かだ。
「もうごちゃごちゃ言わないわ、2度目はないの」
リカ・サキュバスも全身全霊の攻撃をいなし、その身を業火で焼き焦がす。
あつい。熱い。これが彼女の怒りか。憎しみか。
かろうじて、のところでその業火から抜け出せたのは奇跡であろう。仲間の回復を得たリカは再びホムラミヤを見る。
「私、諦めは悪いのよ……!」
「何度キテモ同ジコトヨ」
「さあ、どうかしらね!」
こんな悪夢はとっとと終わらせて、いい夢を見たいものだ。この戦いの後にいい夢が見られるかは置いておくが――これが最大の悪夢であることに間違いはない。
「家族と永遠に、地獄で安らかに眠りなさい……!!」
その地獄の先で、彼女自身が見送った家族が待っている。
無数の斬撃がホムラミヤを取り囲む。焔の壁をも突き抜けて、燃え尽きたような肌も髪もズタズタに切り裂いて赤く染めていく。
「グ、ゥ……!」
「まだだよ、お師匠!」
「ああ、分かってるさ」
クロバ・フユツキはシキ・ナイトアッシュに頷いて、ホムラミヤへ肉薄する。あれほどの攻撃を受けてなお立ち、殺意を向けてくる様はそこらの魔種と一味違うというべきか。
「……何を笑っている」
「笑わずにいられるかこの状況。俺には勿体ないくらいの無茶する弟子と、その弟と。世界ぶっ壊そうとした父(アホ)がいるんだ。これでどう負けろと?
――なぁ馬鹿親父?」
全くもって、素直に話せない親子だが。クオンはその言葉に肩を竦めるばかりで、ザクロはそんなクオンへちらりと視線を向ける。
「待っている気は……なかったよね、知ってる!」
「そう言ってくれてよかったよ」
死ぬ気はない。生きるための戦いだ。姉弟ともそれをわかっているから、止めない。
「ホムラミヤ、その憎しみは俺たちが受け止めてやる!」
「鳴ちゃん、この声がもう届かないなんて諦めないよ。諦めたくない!」
鋭い剣のコンビネーションに、クオンとザクロたちの追い上げに、焔の壁はついていけない。
「ドウシテ……ソコマデ過去ニコダワルノ!」
焔が大きく伸びあがる。誰よりも高く、津波のように降り注ぐ。
「――危ない!」
それを庇う者がいた。
「っ、いけ、決めてこい!」
「えっ、なんでここにいるの!?」
サンディ・カルタの姿にシキがぎょっとする。内緒でここまで来ていたが、護となれば前に出ざるを得ないだろう。
天義も、シキも、燃やされては困るのだ。
「……っ、あとで話があるからね!」
眉を吊り上げたシキがホムラミヤへと向かっていく。その怒りを全部受け止めて見せるために。
「終焉に反逆する心の炎を――示してやる!」
クロバの一太刀。そこへアルテミア・フィルティスが突っ込んでいく。
(ねぇ、もうわかったかしら。貴女がどれだけ燃やして『なかったこと』にしても、私たちは……私は貴女が友達だった事を忘れはしないってこと)
全部なくしてしまおうなんて、できっこないのだ。
焔を避けることなく、剣にプロメテウスの恋焔を灯す。そして再び願うのだ。妹よ、力を貸してくれと――!
「……さようならよ、鳴ちゃん。大切な友達」
その胸に剣を突き立てて、アルテミアは奇跡を願った。彼女が逝くときは、どうか、と。
ドサリ、とホムラミヤの体が崩れ落ちて焔が止む。あたりは驚くほど静かになって。
「……さよ、なら……なの――」
――確かに、その声を聞いたのだ。
何人かが駆け寄ってすすり泣く。友を、知人を失った悲しみに暮れる。
「……おやすみなさい、鳴ちゃん」
ジルーシャの言葉が落ちるころには、ホムラミヤは眠るように目を閉じていた。それを見届けたドゥイームが地へ降りてきて、ボロボロのチェレンチィを振り返る。その傍らでは牡丹が使命成し遂げたりと言わんばかりに傷だらけで座り込んでいた。
「チェレちゃん、おめでとう。これでこの命はチェレちゃんのものだ」
最期の最後まで軽い言葉が耳障りで、チェレンチィは小さく眉根を寄せた。
「逃げないんですね」
「そういう取引さ」
そうですか、という言葉の余韻と共に、刃がドゥイームの心臓を静かに貫く。耳元でドゥイームが笑う気配がした。
「どんな世界を見るのかな。あの世で見てても楽しめるくらいひっかき回してよ」
「指図は受けません。自分が生きたいように生きていきます」
そっか、と再び笑う声がして。ドゥイームが倒れたのを見届けたチェレンチィは、その体に力がみなぎっていることに気が付いた。いや、力というのは語弊があるか。生命力、と言うべきかもしれない。
「……お前の分まで生きてやりますよ、ドゥイーム!」
もう、聞こえていないかもしれないが。せいぜい頑張りなよ、なんて言葉を聞いた気がした。
ホムラミヤは倒れ、バシリオもまた命の灯を消した。ロザリーは生憎と、ワームホールの向こう側へ姿を消したようだが――ホムラミヤの訃報を聞くのももう間もなくだろう。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
あと一歩、ですが概ね勝利と言えるでしょう。
さあ、世界の平和を目指して――最後まで駆け抜けてください。
GMコメント
愁です。泣いても笑っても最終決戦です。
決着をつけに行きましょう。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●成功条件
魔種の全討伐。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
海洋王都リッツパークへホムラミヤがワームホールと共に現れ、その業火で以て王都を焼きました。イレギュラーズの尽力により、女王や貴族たちは海へと無事逃れられました。(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/10762)
彼女はその災厄のような力と共に天義の国境へ進んでいます。まだ国境を渡っていませんが、時間の問題です。
またワームホールはいまだに終焉獣を吐き出しており、それらはホムラミヤを追う他、海を渡らんとする種も存在します。
●行動場所-【1】
●フィールド
海洋国の天義に近い場所。周囲は焼け野原です。見通しは良いですが、周囲に隠れられるようなものもありません。
ホムラミヤが通ってきた場所は同じような光景が広がっています。ホムラミヤがこれから通る場所はまだ建築物は残っていますが、ホムラミヤが通ればあっという間に消え失せるでしょう。
幸い、住民は海、ないしは天義へ退避しています。いずれも空き家ばかりですが、ホムラミヤが近づけばあっという間に形もなくなってしまうでしょう。
●エネミー
・ホムラミヤ
焔宮 鳴(p3p000246)の反転した姿。イレギュラーズだった時の記憶はありません。イレギュラーズは自らの望みを阻む敵とだけ認識しています。
全てを燃やして無に返すことを目的としています。世界が世界としてあり続ける限り、ホムラミヤの怒りは収まることなく燃え続けます。
陽の光を思わせた金髪も健康的な肌も燃やした薪のように白くなり、瞳は映ったものを等しく燃やさんと憎悪を宿しています。
辺り一帯を一瞬にして燃やし尽くせるほどの力を持つ、非常に強力な単体エネミーです。高火力の炎を操り、また刀による鋭い斬撃にも注意が必要です。
会話らしいものは可能です。ただし彼女が何よりも優先すべきことは自身の目的ですので、まだ自らの力が及んでいない場所へ向かおうとします。
このパートで魔種はホムラミヤのみですが、【2】よりも危険なパートですので覚悟して臨んでください。
・終焉獣-陸型×???
飛行能力を持たない終焉獣です。狼のような比較的小型な種から、熊のように大型の種まで様々です。いずれも炎を纏っており、【反】の効果を常時発動しています。
爪や牙で攻撃してくる他、炎を操ってくる個体も存在するようです。小型であれば俊敏、大型であれば一撃が強烈な傾向にあります。
終焉獣の数は【2】の結果によって変動します。
・ドゥイーム
チェレンチィ(p3p008318)さんの因縁の相手。煙の精霊種ではありますが、現在は傲慢の魔種です。絶えずその体や所持する煙管からは煙が発生しています。
彼については少々特殊で、本人に戦闘の意志はありません。それどころか、ホムラミヤが倒れるならば自身もイレギュラーズへ――より厳密にいえばチェレンチィさんへ命をくれてやろうとしています。
ホムラミヤが倒された後であれば、チェレンチィさんの一撃を素直に受けてくれるでしょう。うさん臭さ全開ですが、ちゃんと本気で言っています。お喋りする余裕があるかはさておいて、会話したい場合は会話してくれます。
●行動場所-【2】
●フィールド
海洋王都リッツパークの中心地、活気ある商業区――だった場所。もう何もありません。高い建物もありません。故に見晴らしは良いです。
ぽっかりとワームホールが開いており、終焉獣が未だ出てくる状況です。
●エネミー
・ロザリー・フォンタニエ
ホムラミヤによって反転させられた幻想種の少女。しかしホムラミヤには敵対的です。先日海洋王都にワームホールが開いたこと、ホムラミヤの存在が確認されたことから訪れたようです。
彼女の目的はホムラミヤも、世界も、世界を救おうとするイレギュラーズも全て燃やすことです。そういう意味では、ホムラミヤと敵対していながらも、近い目的を抱いている魔種と言えるでしょう。
ワームホールは世界を終わらせるための手段と理解しており、簡単に手出しさせるつもりはなさそうです。
魔術による紫色の焔を纏っており、手にした杖で焔の魔術を繰り出します。小さく細かく撃つことも、大きく派手に打つことも自在です。
・バシリオ・レケホ
ホムラミヤとの戦いにおいて両腕を喪失し、その後失踪していましたがワームホール付近で発見されました。ホムラミヤによって反転していたようで、彼の剣士でありたいという願いを叶えるように腕は復活し、さらに腕が増えました。
彼はホムラミヤに従い、最後まで剣士であろうとしています。彼が今護るべきは彼女の齎したワームホールなのです。
多数の腕と、鎖でつながった得物を巧みに操ります。手数に富んでおり、的確な剣裁きは非常に危険です。また、武器のリーチも様々であるため、彼の射程から外れるということは自身の攻撃も届かないと考えて然るべきでしょう。
彼の纏う黒白の焔はどのような効果があるか未知数です。それ以上に彼自身が危険なエネミーとなります。
・終焉獣-陸型×???
飛行能力を持たない終焉獣です。狼のような比較的小型な種から、熊のように大型の種まで様々です。いずれも炎を纏っており、【反】の効果を常時発動しています。
爪や牙で攻撃してくる他、炎を操ってくる個体も存在するようです。小型であれば俊敏、大型であれば一撃が強烈な傾向にあります。
・終焉獣-鳥型×???
飛行能力を持つ終焉獣です。比較的小型〜中型のものが多いです。素早く、捉え所がありません。
炎の翼を持ち、熱風を起こす等で襲ってきます。物理より神秘攻撃寄りのようです。
放置すれば海を越え、シレンツィオ、そして豊穣へ向かおうとするでしょう。
●友軍
・ザクロ・ナイトアッシュ
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)さんの弟。姉の絶対的な味方です。この先も姉と一緒にいる為、共に戦います。
戦い方は処刑剣を用いた至近~中距離レンジの物理アタッカー。手数と狙いに自信があり、それなりにタフです。
基本は姉について行きたいみたいです。別途行動指示があれば従います。
・クオン=フユツキ
クロバ・フユツキ(p3p000145)さんの保護者代わりだった人。剣聖の異名を持ち、永遠の命を持ってしまった原初の錬金術師。唯一と呼べる女性を失ったがために狂った男。
旅人でありながら世界の破壊を目的としており、ことあるごとに魔種と組んでいましたが、かつての戦いでイレギュラーズに敗北し、行方不明でした。
全体的なステータスは高めで、剣による物理攻撃を中心としますが、錬金術を応用してBSで仕掛けることもできるようです。それなりに強力な助っ人です。
クロバさんがいる場所へ向かいます。OP上では【1】扱いになっていますが、ここは任せた俺たちは【2】に行く!をしても問題ありません。
●魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
行動場所
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】天義方面
ホムラミヤを食い止め、打ち倒すパートです。
このパートが失敗すると天義へも業火が降り注ぐでしょう。
【2】ワームホール近辺
バシリオ・レケホ、ロザリー・フォンタニエを打ち倒し、またワームホールから出現する終焉獣を食い止めるパートです。
終焉獣を食い止めればパート【1】のエネミー増援や、海へ向かおうとする終焉獣の数を抑えられる他、このワームホールから人類が侵攻するためのルートを確保することができます。しかし終焉獣やワームホールへ手を出そうとすれば、魔種たちが黙ってはいないでしょう。
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