シナリオ詳細
<神の王国>Testament
オープニング
●
神の国。
其処はルストを『神』とし、その配下――選ばれし者達が住まう至高の地。
決して揺らぐ事無き絶対なる『理想郷』だ。
何を持って理想とするかはそれぞれによるだろう。
小鳥の囁きが聞こえる、平穏なる街を創造する者。
木々満ち、静かなる湖畔を創造する者。
或いは血に塗れた紅蓮なる闘争の世界を創造する者もいるだろうか。
とは言え。その全てはルストの権能内にのみ限られる。
真実、世界の全てが『こう』ではないのだ――しかし。
「――この地平が偽りでない時が来るのだ」
遂行者が一角、『聖槍』マスティマは呟こうか。
あぁ間もなく『時』がやって来るのだと。
何の為に世界各地に帳を降ろさんとしていたか。
幻想、海洋、鉄帝、深緑、傭兵、練達、豊穣――結果としてイレギュラーズの行為により、マトモに帳が降りたと言えるのは海洋ぐらいのものだったが。されどその目的は世界全てを理想郷にて塗りつぶす事であったのだから。
アレらは前準備。そして本命たる時は至る。
もう間もなく。間もなくだ。
グラキエスは多くを救うために。
セレスタン=”サマエル”・オリオールは完全となるために。
遂行者らはそれぞれの意志と目的によって、理想を成さんとするだろう。
では、マスティマは『何』か。
――彼は今、焼けた夕日が彼方に見える丘の上にいる。
ここは彼にとって懐かしき光景たる場であった。
ここで。かつて一人の者が磔刑に処されたのである。それはマスティマにとっても遠い記憶の彼方にある……原初の一端であった。その者の脇腹を突き刺したのが、かつての己にして自らが『聖槍』と呼ばれる所以。
「我が主よ。もう間もなく――世界より罪が消えるのです」
……マスティマはルストに賛同すれど深い忠誠がある訳ではない。
彼にとって真実、崇拝しえる己が神と言える者は別にいるのだ。
マスティマは彼を刺した事を――間違っていないと信ずる。
間違っていたのなら、己は何のために、刺したのだ?
……ともあれ。マスティマの目的は己が主を失えど――いや失ったからこそ。
その後の世界をよりよい世にせねばならぬと信じていた。
故に持ち主に勝利を与えんとし続けた。
あの方を刺した際に宿った己が神秘を与え続けた。
それが『聖槍』と謳われた己が宿命であると信じた。
されど。世はいつまで経ちても混迷にいたるばかり。
このような世ばかりが作られるのならば。
――私自らが世を罰さねばなるまい。
罪ありし者を粛清し。罪なき者だけの世を作るのだ。
「…………」
「不満か、ゲツガ・ロウライト」
「あぁ」
「率直だな。しかし、二度目はあるまい。ルストの権能の支配からは誰も逃れられん」
マスティマが視線を滑らせた先にいたのは――ゲツガ・ロウライト。
『月光の騎士』と謳われた天義聖騎士……だった者、だ。
彼は遂行者側へと寝返った。ただし、それは。
「義理の娘を狂気から救うためとは、御立派な聖騎士様だ」
「私はただ、神の御許での断罪を行っていた時代が懐かしいだけだ」
「――まぁそう言う事にしておいてやろう。
さっきも言った通り、どうせ二度目はないのだからな」
完全なる本心ではない。預言者ツロの力による招致の際に巻き込まれた義理の娘――ソフィーリヤ・ロウライトの魂を救うためのものだ。『理想郷』の狂気に『夢』を見てしまった彼女の精神は危うい状態にあった。
ゲツガが介入しなければ保てなかったかもしれない――
ただソフィーリヤの精神をコントロールするべく、彼自身は遂行者になったのだが。
そしてそれには……代償があった。
「見ろ。『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』だ。
此処に私の欠片と、貴様の心の臓の半分がある」
「……」
「ルストの権能の一つと言えようか。これがある限り我らは不死。
――ただしルストの命に従う身とはなるがな」
それが遂行者の証とも言えるモノ。『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』
ルストの聖痕が刻まれた聖遺物の入れ物だ。
マスティマの告げた通り此処に代償を支払う限り、遂行者は神の国にて不死となる。神の国の外でも、通常の魔種よりも強い力を宿しながら行動する事も可能だ――ゲツガが『若い姿』を取り戻したのも、これに誓約した影響なのだろう。
デメリットは、これもまた言った通りルストに絶対服従となる事。
――だが構うまい。少なくともマスティマは。
己が理想とする地平を創造できるのならば。
「私達は間違っていない。私達こそが真実なる正義だ」
選別しよう。
選定しよう。
前準備は終わった。もう間もなく世界そのものを塗りつぶす時だ。
海洋以外に帳を降ろすのを仕損じているが故にこそ、些か強引な手が必要かもしれぬ。
テュリム大神殿の防衛線を超えられたことも想定外だ。多くの異物共が理想郷にまで手を掛けている。
されど負けん。神の意志を遂行するのが遂行者なれば。
「神罰執行・滅却創生」
マスティマは何度でも紡ぐものだ。まるで聖句のように。
――彼方には未だ夕日が見える。血に塗れたかのような、真っ赤な夕日が。
あの太陽がもう一度昇る時。世界は新しく創造されているだろうか。
灼けた地平の果てに、望む空はあるのか。
あると信じよう。
死すら覆すこの完全なる世界に亀裂が走る事は許されぬのだから。
「間違っていない、か……過去の天義も、そうだったのだろうな」
しかし。斯様なマスティマの在り方を見てゲツガは呟くものだ。
過去の天義は善に溺れていた。
正義のみが全てであり。不正義は即刻断罪すべし。
……あぁあの在り方は今考えれば傲慢極まるものだっただろう。
ゲツガは、あの時代を全盛として生きた者だ。
懐かしくもある。騎士として十全に過ごした時代を心地よく想う心もある。
だが。
「――もう十分だ。過去の栄光は」
天義の未来を担う、新しい芽は確かに存在しているのだから。
瞼を閉じれば思い起こす。自らの孫を始めとして……多くの者が育った。
もう私がいなくても大丈夫だろう。
故に、来い。
先達として最後の姿を――見せてくれよう。
●
「――遂に、ここまで来たのだな。神の国の最深部へ」
ネロ=ヴェアヴォルフは言う。感慨深いように。
『バビロンの断罪者』に属していた彼は長年遂行者と戦っていた。
……だが遂行者の戦力は圧倒的であり、神の国に侵入を果たした事はついぞ無かったのである。故にテュリム大神殿以降の世界は完全に未知であった――ここまでの道を切り開いたのは、イレギュラーズ達がいたが故。
「生きてここまで辿り着けるとは思わなかった」
微かな、微笑み。
命を費やしてでも皆の為に尽くすつもりだった。
こんな化け物たる己の命。その礎になるなら結構だと……
しかし。イレギュラーズの皆は暖かく、共に在り続けてくれた。
……あぁ十分すぎる程の時間だった。
「――遂行者の頭目である冠位魔種ルスト。
奴を倒す為に……まずは配下である遂行者を撃滅しなければならない。
この先にいるのはマスティマだろう。それから――ゲツガ・ロウライト殿もいるだろうか」
が、想い馳せる暇もない。
ルストが行動を開始したのだ。世界に強制的に『神の国』を降ろさんとしている。
奴の力は七罪の中でも特に強大なる側だ。
もしも見過ごせば――恐らく本当に世界を塗りつぶせるだけの力があるだろう。
故に、戦わなければならない。
遂行者を倒し、神の国を降ろす『核』となるものを破壊するのだ。
その為ならば、この身の全てを尽くそう。
しかし。理想郷の最深部は、魔種の呼び声だろうか……狂気を感じ得る気配もまた濃いものであった。その影響か、以前の戦いでゲツガにより強制的に元の姿を引き摺り出された影響か……ネロの身は人の身をあまり保てなくなっている。
元々が終焉獣ともされている人狼の一族――
自身の本来の姿である狼の姿を呼び覚ますのだ。
尤も。魂自体は汚染されている訳ではなく。
常に人と……いや。
「さぁ往こう。きっとこれが最後の戦いだ、戦友」
君達と共にある。
私の友達。君達の力になろう。君達の世界を救おう。
――共に最後まで戦わせてくれ。
- <神の王国>Testament完了
- GM名茶零四
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年12月21日 22時05分
- 参加人数66/66人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 66 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(66人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――『正しい』とはなんなのだろうか?
夕焼けに照らされた丘は、灼けるかの如く。
沈みゆく黄昏は何を示すか。
開くるべくの空には――何が浮かぶのか。
「自分は絶対正しい、だなんてバカな事は言うな。
間違いを認められない奴はどこにも進めない。それが分からないのか!」
かの地を進む一人がプリンだ。プリンの視線は場を率いるマスティマに向けられている。
マスティマの心の有り様が気に入らぬ。
もし己が間違っていたのだとしても、止まらずに進むと。
「そう決めるくらいの覚悟で来い! そうでなければ張り合いもない!」
「態度も頭も高いぞ凡愚が。私に抗せるとでも思うかッ!」
放つ一閃。マスティマの槍撃は地を抉らんばかりの威力を秘めていようか。
プリンは跳躍しつつ槍の軌跡を避け――同時に己を阻まんとする『選ばれし者』達の注意を引き付けんと立ち回る。連中は邪魔だ。まずは奴らを排さなければマスティマに届きもしない、と。
「……過去への執着、か。その気持ちは分かる。本当によく分かるぞ。
だけど……いや、話は終わりだ。血濡れた呪物として、お前を破壊する」
血濡れた聖槍を、此処で終わらせると。
紡ぐのはサイズか。彼もまた聖槍を狙わんと往く――
求めるは破壊。なにをしてでも、あんな兵器は破壊させてもらう!
瞬時に高めた赤い闘気が戦場に瞬く――
「背信者どもを殺せ……! 理想郷に近付けさせるな!」
「選ばれし人、ですか。
……作り物とは言え、人の形のものに怨嗟をぶつけられるのは嫌なものですね」
紡ぐは瑠璃だ。『選ばれし人』などと称される者達より罵倒されれば、普通の人間でないと分かっていても……決して心地よいものではない。それでも、ここより去る事などしない。
この決戦に臨もうとして、叶わず倒れた方がいる。
彼らの行動で散った者もいる。
……命に報いるなどと口にする資格があるかは分からない、が。
「出来る事をしましょう。それが彼らの、理想郷の終焉になろうと」
彼女は掃射の一撃を繋ごうか。こちらに接近してくる者を打ち倒す為に。
誰にも近寄らせぬ。特に治癒術などを展開している者達の所へは、と。
「全く、どれだけいるんですかね、この……何、なんです?
何かに選ばれたとかいう人達は。でもまぁ、しったこっちゃないんですよね……
友達がいるんです。道を切り拓くため、ここで死んでもらいます」
「――露払いはさせてもらおうか。
成すべき事を成そうとする者がいるならば。私は、かの『道』を作り上げるのみ」
同時。エマやレイヴンも連中へと攻勢を仕掛けよう。
超高速の儘にエマは戦場を疾走する。風よりも早く。音よりも速く。
一人でも多く敵を減らすのだ――友達の為に。
呼吸の暇すら惜しい感覚の中で、すれ違いざまに振るう刃は敵を捉えようか。そして――
「空よ裂けろ。大地を焼け。来れ、鉄の流星……!」
レイヴンが敵陣中枢に鉄の塊を降らす。
その一撃は地表の敵を薙ぐが如く。乱戦の状況であれば味方を巻き込む危険もあるが、されど斯様に敵が多数であり塊が見えるのであれば話も別。正面戦闘を行わんとする者達の支援行おう。
「そうね。背中を押す追い風である……それが私の在り方。
私の選んだ道。私の――望み。全霊を賭して、皆の未来への道筋を作りましょう」
そしてレイヴンは同時に支援や治癒担当する者達にも視線を巡らせておこうか。
いざと言う時援護が出来る様に。それが例えば華蓮であった。
彼女は皆を救うべく。皆の歩みを助けるべく此処に在る。
誰しもに捧ぐ追い風として。
自らが背を押した誰かがその望みを成す――
(私は、それが見たい)
きっと。至高なる空が広がっていると信じて。
――風吹きすさぶ。華蓮の紡ぐ加護が皆を満たすのだ。
「人の望み通りの事が起こる場所。正に理想郷と言う訳ですか。
大変興味深いですが……私は私自身の手で需要を満たしたいですね」
「そもそもこんな『作り物』だらけの場所がホントに理想郷なのかよ!
誰かを簡単に傷つけたり害するような場所……遠慮なく焼き尽してやる!」
見えた姿は倉庫マンや一悟であった。
彼らは認めぬ。理想郷を。
自らの手で望みを掴むからこそ意味があると――倉庫マンは信ずるが故に。
広い視点を抱きながら彼は否定の意志と共にこの地に抗おうか。
助け求める先へ援護の手を繰り出しつつ、同時に一悟は爆裂なる一撃を此処に。
『選ばれし者』達……人の姿をしていても人ではない作り物が何を謳うというのだろうか。
ここは、ただの箱庭だ。
神様ごっこなど認めるつもりはないとばかりに――!
「――今です。『神霊の淵』へ。アレを破壊しなければ、この戦いを制する事は出来ません」
「ふむ。マスティマも流石に守りを固めているようだが……
如何なるものであれ『絶対』などないと教示してやろうか」
と、その時だ。味方の攻勢を見た黒子が、機を定める。
『選ばれし者』やパラディンらの防衛網は厚い――
だがイレギュラーズ達の度重なる攻撃があらば必ず隙は出来るものだ。黒子は『神霊の淵』への突入路へ火線を集約させんと画策し、皆を誘導する。念話を用いた情報の共有を即座に行いて刹那の間隙を突くのだ。
然らば昴が至ろうか。敵陣の守りを切り崩すべく、彼女は踏み込む。
邪魔立てする輩は全てその拳をもって粉砕せしめん。
しぶとく生き残る者がいても関係ない――確実なる一撃を、敵の首筋へと。
「ここは任せて先に行け」
言うなり、なんとなし苦笑の色を口端に灯そうか。
……まさか私が『コレ』をやる事になるとはな。
まぁ、やれるだけやってみるさ。
「よし――行くぞ、あの聖遺物さえ砕けば、勝機はおのずと見える!」
「ネロ殿、今の内そちらへ! わしらも片付いたら追いかけますけえ!」
「やれやれ支佐手めがまた無茶せんとしよる……まぁ、今に始まった事ではないか。わしも最後まで付き合ってやる。ネロとやら、わしらに先導は任せよ――これ支佐! あまり張り切りすぎるでない! わしの術も無限ではないのじゃぞ! それにそなたが攻撃の要……大怪我をすれば崩れるやもと心得よ!」
「分かっとります! されどこの場この時に死力を尽くすが、至上かと!」
であればネロもパラディンを打ち倒しつつ一気に跳躍せんとするものだ。
その動きを援護するは支佐手だ。彼はネロ達の道筋を援護するべく、敵の注意を引き付けんと立ち回る――傍には親しき五十琴姫の姿もあろうか。
支佐手の動きは中々の無茶だ。五十琴姫の治癒術があろうとも、傷が増える程に。
それでも。ネロ殿、彼の覚悟を見たのなら。
「――おんしらにも信ずるものがあるんでしょうが、かと言うて譲るわけにもいきません。
こっちの鎧武者は、わしがやる! 琴、そっちは任せてえいか!」
「任せよ! この程度! わしの敵ではないわ!
理想に現を抜かす愚か者共よ……諸行無常の響きをぞ知れッ――!」
あの道筋に祝福を与える為に力を尽くすのだ。
雷神の権能を宿す蛇と共に支佐手は敵を薙ぎ払い。
極限の光を宿す太陽の力を、五十琴姫は天より堕とそうか。
「何をしている――押し留めろ。理想郷に反する背信者共を通すな!」
「やれやれ前座達が動く、か……こちらも忙しいんだ、邪魔はしないでほしいね……
そんなに遊びたいのなら暫し僕と付き合ってもらおうか?」
「『神』の『理想郷』……思う所はありますが、それはそれ。
神殺しの槍になんて負けてやる訳にはいきません! お覚悟を!」
直後。ネロ達の動きに勘付いたマスティマがパラディンらに指示を飛ばす、が。
斯様な動きを阻止するのがラムダやアザーだ。
圧を強める。アザーが治癒の力をもってして敵に挑む者達を支え。
ラムダはマスティマの指示によって動かんとするパラディンを抑える。
あぁ誰にも邪魔などさせるものか。遂行者を討つのも、アレを破壊するのも。
――敵群へと挑みかかるラムダの一閃は戦場を裂こうか。
「……思うのですが。なぜ正義を行動原理とする方々は悉く
『間違っていない』と言うのでせうか?」
実に不可思議。言うはヘイゼルか。
所詮は人知や知覚は限りがある。間違っていない者などいない筈がないというのに。
例えば。世に永遠に生きる者が居ないように。
何故自分だけは例外だと、さもそのように振舞えるのか。
……まぁ、いいか。
「こういう手合いは、大概言葉は無意味でせうから。ゆるりと参りませうか」
彼女が狙うのはパラディンだ。連中はそれなり以上の能力を秘めた個体共。
放置は出来ぬと不可視の魔力糸をもってして――絡めとろうか。
最前線より引き離し攪乱する。さぁこちらで踊りませう、と。
「……かの槍、なのだな?
兄弟よ。いつか"私達の"主が蘇り、真の神の国を創ると信じ切れなかったか?」
と、その時だ。マスティマへと言の葉を紡いだのはルブラットか。
『かの槍』と知るならば紡がなければならぬモノがある、と。
「偽の神に与してでも、其処に至るまでの悲劇の数が我慢ならなかったか?」
「黙れ。主に全てを委ね、盲目の儘に安寧を過ごすを是とするか――? 私は出来ぬだけの事!」
「……その心。解るから、見てられないよ」
微かに伏せた瞼には、どれほどの想いがあったろうか。
されど直後には振るわれる槍に応戦の構えをみせよう。
かの一撃。威を宿す槍撃受けるべからず。
刹那の隙を見据えんとルブラットは往く――己が心の熱を、刃に乗せて。
「凄まじい力のうねりですわね……っ!? これが、この天義の国に巣食っていた存在……! しかしだからこそ見過ごせません……ここは全力でご助力させて頂きます――!
それだけでは終わらない。微かにでも力にならんと美空は上空を飛翔しつつ敵陣を確認。隙あらば急速・急降下をもってして襲撃しよう――! 高速なる機動をもってして敵の意識を上に下にと散らすのだ。
遂行者らの、そしてルストの目的と聖遺物は尋常でないと思えば尚更に。
美空の指先には力が籠る――
「さぁ筆を回そう──やっぱこの口上が性にあってんなぁ、どうにも」
次いで幸潮の姿も見えよう。苦笑のような表情の色を見せながら、しかし。
彼幸潮の姿は『偶像崇拝』へと至る。天義は『これ』で通すと決めているのだ。
「さて。
神に愛されていると宣ってはいるが……神、神か。
ああ、確かに愛されてはいるのだろう。
私の物でない、この世界を運営する者どもにはな」
彼女は謳う。周囲に轟くように。加護を齎す様に。
「――こうして態々大舞台に引っ張り出された上、何十人もの英雄らに積み重ねてきた願いを無為に還されてしまうのがその証拠よ。なぁ?」
同時、嘲笑うような声と共に紡ごうか。
『選ばれし人』とやらに。守護者たるパラディンたちに。
お前達にはお前達なりの道理があるのかもしれないが。
だが私は外より來るモノ。其なる思惑は無視だ。
――唯、文を綴る。
「丘の上に十字架、ね。如何にも『再誕します』って雰囲気だが……そういうのは紙に書いて楽しんでくれ。現に捻り出して楽しもうとするなよ――いや、盗人猛々しいか? 魂クズに売った阿呆どもだもんな」
「再誕だの不死だの……良い印象が抱けないのう。
死は死。生は生。それは侵されざるべき領域であり――
……いや、今はそれ所ではないのぅ……
儂らの世界を儂らの知らない『神』の『理想郷』にされる訳にはいかぬ。
如何にしても『理想』とやらを推し進める気なら……砕いてみせようぞ!」
続け様にはマカライトに鶫も攻勢を仕掛けようか。こんな十字架、さっさと砕いて便所にばら撒いて芳香剤にするに限る――と。マカライトは吐き捨てるように紡ぎつつ、数多の敵を粉砕せしめん。目標は十字架だが、敵は幾らでもいるのだから。
鶫が引き付けた敵勢の最中へと突っ込めば、効率的に排していけよう。
彼女は防を固めており幾体相手にしようと早々には崩れぬ――故に。
それらの攻勢と陽動による敵の陣の『波』をイレギュラーズは衝いた。
「……これが最後、ですか。ならば行くしかないでしょうね」
その一人が彼者誰だ。彼は、微かに瞼を伏せようか。
想い馳せるは『かつて』の記憶。
そう。『かつて』の天義騎士見習い――アンドレイ・マカーロヴィチ・トルストイ。
今や帰らず故郷が美しい姿の為。
もう還らない優しき亡者を慰める為。
――欲しかった何でもない日常へ帰る為。
「いざ、推して参るッ!」
心の儘に往くのだ。何一つ悔いなきように。
立ち塞がらんとする者を打ち倒す。力を籠め、振るう剣閃に迷いはない。
欲しかったもの。手に入れたかったもの。
その全てを俺は。俺の心のままに。俺の力のままで。
――この体全てで抱くから。
「認められない。否定します。あなた方の理想を、王国を!」
「一人も死なせないよ――! この王国が壊れるまで、誰一人だって好きにはさせない!」
「神霊の淵まで近付いている。油断せずに行こう。
――共に帰るんだ。誰しも欠けず、日常へ」
次いで斯様な動きを支援する様にフォルトゥナリアとゲオルグが治癒の力を振るおう。
ゲオルグは優れし視点をもってして戦場を隅まで把握し。
フォルトゥナリアは飛翔せし陸の鮫と共に赴く――
時にゲオルグは号令鳴り響くが如き戦の加護をも齎そうか。
仲間の為。生きる為。勝利の為――!
「上から目線が気に喰わないんだ。こっちが正しいんだって押し付け……
それだけで私はそっちを殴れるよ。人様を見下す性根が――気に喰わないから!」
更に紅璃もまたゲオルグなどと同様に周囲の仲間に加護を齎そうか。
誰しもを万全へと至らせるのである。そこまで行えば自らも攻勢へと。
操作されるaPhone。放たれる雷撃が敵を焼くのだ……!
あっちが正しい。こっちが正しい。
あぁそんなのは、それぞれの立場から見たもので絶対的なものではないってのはもう陳腐化するぐらい言われてる。無意味にして無価値だ。だから高尚な理由なんて紅璃は口にしてやらない。馬鹿に付ける薬はないのだから!
「ネロ、無茶はするなよ。僕としては君も含めて――全員で生還したいと思っているんだ」
「だがそれでもネロ、お前は行くというのなら……俺が、俺達が道を切り開く」
「シューヴェルト、エーレン。共に来てくれるか?」
「あぁ君を生かす為にね――!」
直後。シューヴェルトはネロの周辺に接近しつつあった敵を薙ぎ払い。
エーレンもまた斬撃巡らせようか。
ネロの被害を少なくするためにも死力を尽くす。『神霊の淵』は見えているのだからと。
シューヴェルトは声を張り上げ仲間と息を合わせんとしようか。
あと一歩。あともう少し――力の限り戦うのだ。
皆の未来。そしてネロの未来を切り開くために。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ! お前たちの王国を壊しにきたぞ!」
あぁならばエーレンは誓う。己は彼の為に此処にあろうと。
霧江詠蓮として。ネロの、彼の――戦友として!
跳躍一歩で彼方へ。抵抗してくるパラディンらへと注ぐ刀撃が至高たるか。
「道は切り開き、障害は排除してみせましょう。
人の心を持つネロ様。ここで潰える運命かは、また別ですよ」
「姿は獣でも、心が人なら、それは人間よね。
終焉の獣も、己の意志がある。運命の操り人形じゃない。
――暖かな心をもっているのなら、それが全てよ」
更にウルリカがネロを見据えつつ、射撃一閃。放つ衝撃波が敵へ襲い掛かろうか。
もふもふなネロを見れば、それはそれで一部の方が放っておかない気もするものだ……もしも彼が生き残れば、イレギュラーズに盛大にもふられそうだ。しかし今はともあれ、大願を成す為に動こうかと。
ロレインも共に攻勢を紡ぐ。まずはネロに至高なる恩寵を与えつつ。
魔砲による一撃で戦場を薙ごうか。
「それに――その姿も素敵だわ」
「……なんとも複雑なものだが、な」
「ここまできたんだ。今更水臭いのはナシだからね? ネロさん!
一緒にいこう――どこまでも隣で戦うよ!」
「せや……最後まで一緒にな。共に戦い抜いたんや」
人を殺す為の姿が狼。なんとも複雑だとネロは苦笑う、も。
雲雀や彩陽も気にはしない。
彼の損耗を可能な限り防ぐべく、敵の層を打ち砕かんと動こうか。
――あぁ。なんと言われようが仲間だ。戦友だ。
「せやからその道行きも全部一緒や! 周りは任せぇや行くで!!」
「最後の最後まで一緒に戦いたいんだ、ネロさん……友達だからね!」
「――あぁ、うむ。やはり、君達に出会えたことは、我が身の幸福だった」
彩陽は敵の塊へと堕天の輝きを繰り出し。
直後にはヨゾラもまた星空の魔力をもってしてネロの道を繋がんとする。
少しの間でも一緒にいるんだと、強い意志と共に。
――進め。
進むんだ。僕も、全力を此処で尽くす……!
「止めろゲツガ。連中め、食い破るつもりだぞ!」
「……ふむ。だが、こちらも忙しいものでな」
「――月光の騎士にお会いできるとは、恐悦至極。
二度目はない……最期のワルツを、一時お願いできますか?」
神霊の淵が間近に迫る。あれ以上はいかんとマスティマは告げるが。
止めるべくの戦力、遂行者ゲツガの目前にもイレギュラーズは迫っていた。
――その一人がトールだ。諸事情で騎士とは程遠い格好だ、が。
極光の騎士と月光の騎士の相対を果たそう。
天義に満ち溢れるのは完全なる理想郷ではなく――
「不完全だからこそ歩み続ける人々の生ある輝きであると、私は信ずるが故に!」
「来い。次代を担うと告げるなら」
「無論!」
剣を通じて伝えんとトールは跳躍する。
激しき金属音。剣が鍔迫り合えば、光が瞬くか。
退けぬ。負けれぬ。数多の想いが胸中にあるのだ……!
「月光の騎士……最早多くの言葉は不要でしょう――介錯仕ります」
「もうここまで来たら互いの信念と剣を交わすのみ……! 勝つわよ、次は無いッ!」
「顔を見たな。よかろう。我が身と魂を超えられるか、見定めんッ!」
だが挑むはトールだけではない。蛍や珠緒も続くものだ。
言葉は既に交わした。斬り抜けて進むと――そう告げた。
事情があるのは知っている。然らば抱く想いに変化もあれど。
それでも。百万の言の葉よりも、刹那の一閃こそが雄弁たれば。
――踏み込む力に迷いはない。
切り結ぶ。月光の騎士はまるで大岩の如く堅牢にして強固だ。
珠緒らの放つ軌跡を決して通すまいと交差する。
だが『その先』を見せると誓ったのだ。
私達は――
「我らは」
ひとりで進むに非ず。
「珠緒さん――ッ!」
「ぬっ……!」
意識を引き付けんとする剣閃。蛍の穿ち貫く輝きに続き、珠緒が太刀を滑り込ませよう。
名を、藤桜剣。四象を束ねた赫き刀を『するり』と紡ぎたもうか。
かの者の防の狭間を捉える一閃。微かな間隙すら見逃しはせぬ。
ゲツガを抑える動きは至高の領域へ辿り着かんとする――
ならばやはりネロ達を止めうるだけの特記戦力は動けぬ。
彼らは進む。進む。さぁ今ぞ!
「ここまで来たら道案内、って感じじゃないな。
正面の敵は任せろ。後ろや周りは――まぁ続いてくる奴がなんとかしてくれるさ。
望みを果たせよ。俺は、気ままなカラスとして自由にやらせてもらうけどな」
「どうか、その願いを果たせますように……その為にも……僕も頑張る。みゃー」
「すまんな。二人共、感謝する――あともう少しだけ力を貸してくれ……!」
ダメ押しとばかりにミヅハの射撃も敵陣へと紡がれるものだ。ネロに戦友、などと言われると、そこまでの面識がなくてこそばゆい感覚がどこかあるものだが……命を懸けんとする者の道筋を作る事に否はなし。彼の大弓は引き絞られ――空へと放たれようか。
さぁ駆けろ、矢の如く。夜明けを切り拓く一筋と成らん――!
直後には祝音による治癒魔術も振るわれようか。流石に、敵陣の奥へと進めば進む程抵抗も激しくなるものだ……だからこそ祝音は力を途絶えさせない。
「誰も倒れさせない……僕も皆を癒します。みゃー!」
「うう、放置できないとは思っていましたが、い、威圧感が凄いですね……っ!? 近付けば近付くほどに異質な気配も……でも、このまま放置は出来ませんし、少しは頑張っちゃいましょうっ」
「……ネロ。その身は終焉獣の一種であると聞いています。
しかし……今は特異運命座標に協力して、この時を打開すべく動けている。
それだけの願いが、決断がある。きっとあなたが救われても……許されるはずです」
次いで四音にシュテルンも力の限り皆を援護しよう。
重ねられる治癒の施しが急速に誰しもの傷を塞ぎ、暖かな光で包む――
世界も。私達も。いのちだいじに!
言いようのしれない恐怖はあるが――それでも四音は逃げず皆を助けんと動こう。
シュテルンも同様だ。ネロに対する援護……あぁ構うまい。
きっと許される結末はあるのだと信ずる。
だからこそ彼女は手を抜かぬ。治癒の力を紡ぎ、戦線を維持し続けるのである。
「アレを壊す為に、全てを賭けるんだね。
何かを叶えたい人がいるなら、その手伝いをするのが私の役割。でもね。
叶えておしまいじゃなくて、その後も生きていこうよ」
「……そうだな。もしもこの先で、生き残れたら、それも悪くない」
「うん。ネロさんを大切に思う人たちと一緒に、生きてほしい、な。
誰かと一緒に生きていたいっていう気持ち――私も、すごく分かるから」
そして治癒の力を受け取りつつ射撃によって戦場を穿つのはハリエットだ。
彼女もまたネロへと言の葉を。
……終わりだなんて悲しい。ネロとはそこまで深い親交がある訳ではないが。
きっと彼が死んだら悲しむ人がいるのだろう。
その気持ちは分かるんだ、と。言いながら彼女は引き金を絞り上げる。
狙うは『神霊の淵』。その周辺に展開していた『選ばれし者』達は数を減らしている。果敢に立ち向かって来ようとするが――それでもイレギュラーズには抗がえていないのだ。届く。届く。この地の中枢へ。
「あの槍付喪のツラは割ったから――私はもう勝利済みよね。
で? 何? あの十字架を壊すまで不死?
ツラ割られて不服だったからってつまらないモノ用意して来たわね」
「ぶっ壊しに行かないとね、美咲さん!
理想郷だとか神の国だとか馬鹿な事言ってる人多いし――
全部ぶちのめしていこうよ!」
然らば最後の抵抗の力を奪わんと跳び込んだのは美咲にヒィロだ。
マスティマへの意趣返しは既に済ましている。美咲は既に『勝利した』などとのたまえばマスティマ辺りは『誰が敗北したと? 小娘が!』などと叫びそう……今実際に聞こえた気がしたが戦場特有の幻聴だと聞き流そうか。
ともあれツラの底までぶちやぶる後処理は望む者に任せよう。
――それよりもあの気に喰わない十字架を打ち破る。
跳躍するヒィロは残存の敵陣をかき乱し、ヒィロの作った道を美咲は駆け抜けるのだ。
「みーんな思考停止してるの? うるさい言葉ばかり……
そんなに逝きたきゃ送ってやるよ! 誰の声も届かない彼方で囀ってろ!!」
『選ばれし者』達から繰り出される罵倒を、ヒィロは更なる声をもってして一蹴しよう。
連中の言葉になんて誰が耳を貸してやるものか。そして。
「――無駄よ。私に斬れる『理想の世界』なんて、薄っぺら過ぎて笑いも出ないわ」
美咲は立ち塞がるパラディンを目前に全霊を紡ぐ。
世界の傷から生じる断裂で、爆ぜろ。
如何なる存在だろうが知った事か。『斬れた』のならば『斬れた』のだ。
理想郷の守護者だかなんだか知らないが――
お前らは、その程度だ。
「不死を司るのが十字架とは……まったく皮肉なものだ。
死人の俺に不滅はいらぬ。理想の一員の対価がそんなものなど御免被る。
――黒一閃、黒星一晃! 一筋の光と成りて、不死の器に終わりを刻もう!」
続け様には一晃の放つ斬撃が敵を諸共薙いだ。
数多を討つ。数多を滅す。
終わりを齎す使者として至るのだ。
(聖遺物が一堂に会するこの場で、俺が携えるは贋作か)
同時。彼は己が手中にありし刀に思考を巡らせ、苦笑しようか。
が、構わない。その銘に刻まれた曰くこそは伝説そのもの。
それをこの贋作で砕き、超えることが出来る日が来るとは!!
「伝説を刻もう。旧きは潰え、新たなる伝説の――幕開けだ!」
「毒をもって死を与えましょう。死を拒絶した偽りの世界に、現の毒を――」
果敢に攻勢を仕掛ける一晃。次いでジョシュアも往こうか。
理想郷。悲しみの無い世界。あぁ悪くないかもしれないが……
例えこの世界がどれだけ悲しくても、僕は。
「そこにあった『本当』を大切にしたいです」
それが『生きる』と言う事なのだと、想うんだ。
――穿つ。理想の象徴たる十字に。
毒を紛れ込ますのだ。折れよ、象徴――!
「くッ! よせ、ソレに触るなッ……!」
「なんだ焦ってやがるのか? 傲慢っぷりはどうしたよ。
罪なき者だけの世界なんていうお人形遊びがしたいんだろうが!
最後まで吼えてみたらどうだよ!」
然らばいよいよマスティマの声色にも焦りのようなものが見え始めようか。
だがシラスがマスティマの動きを抑えんとしていれば簡単に突破は出来ぬ。
同時、彼は否定しよう。この地を、この国を。
……選ばれし人とやらは人の姿をしているだけで神の国の一部。
いわば、その辺に生えてる草と何が違う? いや何も変わらない。
血の通っていないハリボテ。あぁお前らの自己満足!
「自分の頭の中だけで満足してろ、国一つ巻き込むんじゃねぇ。
――聖槍の名が泣くぞ。俺に寄越せ、もっと上手く使ってやる」
「痴れ者が! 貴様如きに聖槍が扱えるものか、魂を焼いてくれるわ!」
激突する。神殺しの槍先――イレギュラーズの可能性を殺す兵器。
だが恐れない。臆さない。むしろ死線の先へとシラスは踏み込もう。
勝機は。其処にしかないんだ。
勝利の美酒は。手を伸ばさなければ掴めぬのだから!
肘打ち一閃。超加速の果てに紡ぐ一撃はまるで雷光の如し。
聖人の如く海は割れねど、槍の一本は折ってみせよう――!
「……ゆえ、何よその顔」
「んーん、なんにもないよー」
そして。遂行者らが抑えられている隙に鈴花と月瑠も動き続けている。
であれば鈴花の表情を見て――月瑠はなんぞや意味深な笑みを。
りんりんがやりたい事があるというのなら、わたしはそのお手伝いをするだけ。
「だから、誰一人、蟻んこ一匹だって通すもんか。
りんりん、こっちは気にしないで大丈夫だからね」
思いっきりやっちゃえ、と。月瑠は鈴花らを送り出そうか。
全力たる攻撃をもってして敵を払い、同時――
「ネロさん。どうぞ、ご存分に本懐を」
「グリーフ――くっ、すまん……!」
「謝らないでください。これは好きでやっている事ですから」
それでも正に命を尽くしてネロらに殺到する敵がいる。
だからこそグリーフは動くのだ。ネロを、そして彼に続く者らを護ろう。
絶対なる守護の意志と共に。刃の一切合切通しはせぬ。
――あぁグリーフは倒れまいよ。なぜなら。
(彼は、優しく、そして、自分を半ば諦めているから。
ためらいなくその自傷の力を使うでしょうね。
……ならば。えぇ。最初から決めていたのです。決まっていたのです)
これより先。命を燃やさんとしているネロの背姿を見据えているのだから。
彼を前に行かせてやりたいから。
未来へ、生かせてやりたいから。
防を固め、健在であり続ける。そして。
「――皆。本当に、ありがとう。
バビロンの断罪者が誰も辿り着けなかった所へ……私は来れた」
ネロは至る。『神霊の淵』へと。
堅牢さを感じ得る気配が其処にある。だが、関係ない。
この聖遺物殺しの聖遺物ならば――行けるのだ。
……瞼を閉じる。一瞬の暗闇の中に感じたのは、なんだったろうか。
「ネロ、様」
「行こう。手伝ってくれるか、皆。メイメイ」
「勿論、です」
「……えぇこれで終わりです。行きましょう」
だが悠長にしている暇はない。メイメイやミザリィらと共に、破壊を試みよう。
ミザリィは神妙な面持ちで首を縦に振り、同時に神霊の淵へ呪言の術式を。
直後にはネロが振るう―0-聖遺物殺しの聖遺物『バビロン』を。
狼の身であればこそ可能な跳躍をもってして、一刀せしめんとするのだ。
同時にメイメイの……切なる願いも満ちようか。
それは。命を燃やし尽くさんとするネロへの、熱。
ネロ=ヴェアヴォルフと共に在らんとする意志。
覚悟を穢すものではない。ただ、せめて。
(祈らせて、ほしいです。貴方が最後まで戦い抜けることを)
守り抜いた先の未来を、僅かでもいい……
貴方の目で、見届けて欲しい
(一緒に、です)
ネロさま。貴方とわたしは、同じ世界に、生まれ落ちたのです。
だから、これは『わたし達の世界』を救う戦い、です。
「メイメイ。あまり近寄られると、動きが」
「ふふ、良いですよ、ね?」
「む、むむ」
ネロの毛並みに頬を寄せる。
柔らかな気質。あぁまるで彼の優しい魂のようで。
さぁ。総ての力を、尽くそう。
これが最後なら尚に。『神霊の淵』を穿つ一撃、を!
――砕かれる。『神霊の淵』に、亀裂が走りて。
その器が滅びんとする。
……同時、光が満ちる。
極大の光だ。まるで輝ける朝日の如く。
それは邪を払い、悪を滅す。だからこそ……
「待った。そうはいかないわよ――ねぇネロ! こっちに来なさいよ!」
「『善き狼』である貴方が聖遺物に蝕まれて息絶えるのは……悲しい事です。
……命を分け与えましょう。私情であってもなんであっても!」
だが認めぬ者がいる。例えば鈴花やミザリィがそうだ。
ミザリィはフローズヴィトニルの事を想起しようか。
世には。『善き狼』がいると……人狼としての私情であっても、失いたくないのだ。
そして鈴花も滅びの気配を払わんと奇跡に願いを込める。
「アタシはねぇ、アンタとまだご飯に行けてない!」
叫ぶ。好きな食べ物も、趣味も……好きなタイプも聞けてないと。
とびきり似合う黒衣以外の服を見繕って、一緒にご飯に行くのだと!
だから――ねぇ!
「もう充分って顔やめて。生きたいって、願いなさいよバカ!」
「ネロさん、生きてよ! 友達じゃないか!」
「ネロはん――ネロはんがどんな人生を今まで歩んできたか。
……なんも知らんとまま『さよなら』なんて、御免やで」
彼女だけではない。ヨゾラや彩陽も願おうか。
物語はハッピーエンドで――その結末を見たいのだ。
奇跡は祈るのではなく起こす為にと……!
「どうか。せめて時間だけでも……! 聖遺物の代償を、俺が……!」
「……皆。あぁ、やっぱり、だな。そうするのではと思っていた」
更には雲雀もネロの『時』を祈ろう。
みんなで帰る時、そこに彼もいる未来が――欲しいのだ。
諦めたくない。帰ろう。一緒に、平穏なる世界で……
「だがダメだ。役目を果たし終えた時、死なねばきっと俺は『敵』になる」
「ネロ……!?」
「なんとなく分かるのだ。魂が疼く。もうすぐ『何か』が起こらんとしていると」
その時に君達を傷付けたくはないと、ネロは伝えようか。
……あぁ終焉獣を救うのは魔種になった者を戻すより、ある意味難しい。
例えば『白い絵の具』の中に『黒』が混じっておかしくなったのなら。
『黒』をどうにか弾き出せば『白』だけに戻る事はあるかもしれない。
しかし『黒い絵の具』の中に『白』があったとて。
その『黒』を弾いては――存在の根底が残らぬ。
終焉の獣を救うのは、出来ない。
……だが。
「ありがとう」
ネロは伝えよう。感謝の心を。
こんな自らに可能性を願う者がいてくれた。
その心がなによりも……宝物だ。
――『神霊の淵』が、割れる。
同時。亀裂の端から内包されていた強烈な力が零れ出でて。
「もしも。もしも世界が救われた後で、まだ私が生きていたのなら。
或いは私のような者が零れ落ちたなら……」
刹那。ネロは言の葉を紡ごう。
「仲良くなってくれ。人と共にあれる者が、いたのなら」
微笑みと共に。
直後――『神霊の淵』から絶大な衝撃波が生じた。
この地を支える核が、破裂した証だった。
●
砕かれる『神霊の淵』
その影響は甚大だ。遂行者の不死の核になっているのだから。
マスティマの身が揺らぐ。魂に亀裂が走ったかのような感覚が襲ってこようか。
『神霊の淵』が破壊された時点で死する遂行者も中にはいるだろう。
それほどに遂行者達はルストの権能に依存しているのだ。
――しかし。
「ぉぉぉおお! おのれ無知蒙昧なる輩どもが……!
だがまだだ! 私がこの程度で滅ぶものか!」
マスティマは死なない。少なくとも即座には。
そのカラクリが偽・不朽なる恩寵――インコラプティブル・セブンス・ホール。
マスティマの開発していた技術が一端だ。彼と戦った時にその力を目にした者もいようか……かの力は治癒にも使える。なにせマスティマが遥か昔目撃した『奇跡』を模して造られているのだから。
恩寵をもってして生き永らえさせるのだ。己が命を。己が命脈を――!
「私は死なぬ」
私は朽ちぬ。
「不朽なる恩寵が私を理想へと運ぼう――!
誰も彼も理想の前に朽ち果てるがいいエェェィィィィメェン!!」
「見苦しい! 理想郷は、己の内にのみあるべき物よ!」
マスティマの振るう槍撃が地を抉る。
槍を振るうだけで衝撃波が満ちるのだ。後先考えぬ全身全霊が其処にある。
聖槍に宿りし極大の神秘――されどイーリンは臆さぬ。
斬るは啖呵。掲げるは戦旗。
騎兵隊ここに在りと彼女は示そうか……ただ。
今回は少し違う。総大将としてではなく。皆で一つの『騎兵隊』として。
「ココロ行きましょう。身命を賭して、奴を討つわ」
「はい、お師匠様。どこまでも、共に」
歩んでいくと決めたから。
傍にいるのはココロか。イーリンは漆黒の牝馬に騎乗し。ココロもまた深紅なる馬に。
――わたしは人間が好き。
わたしからは神のように思えるお師匠様も、人として接してくれている。
いままでも、これからもずっとね。だから。
「理想郷は神の望み。あなたの言う通り、愚かな人間達には過ぎた物。
それは災いの種。災禍の大樹として成長し世界を覆う――
だからこそ砕かせてもらいます」
「何をぬかす。理想郷の絶対性を信じきれぬ臆病者めが。
お前の内にあるのは理想郷を理解できぬ不安と焦燥だ。
そんなにこの世界が愛おしいのか!」
「少なくとも――お師匠様と出会えたこの世界が過ちでないとは知っています」
マスティマになんと言われようとココロの信念は揺らがない。
そも、理想郷のような純白はヒトに過ぎたるモノ。
水清ければ魚棲まず……
心にだけ住まわすものなのだ。決して外に吐いてはならぬモノ。
それを分からないのならば聖槍だろうがなんだろうが。
――砕いてみせる。
駆ける。マスティマへと、一直線に。
槍撃なぞ恐れるものか。牽制の一撃を放ちつつココロは右から、イーリンは左から。
挟みこむようにマスティマへと狙い定める。されば――!
「私はレイリー=シュタイン! 騎兵隊の一番槍! 理想郷を破壊しに来たわ!」
「悪魔の尖兵がッ! 理想の蹂躙を是とし来たるべき安寧の破壊がそんなに誇らしいか!」
「私の誇りは惑わない。自らの過ちを認められないお前達の言葉は軽い!
そんな者達に騎兵隊は――私の護りは貫けない!」
真正面からはレイリーも至ろう! 白き竜の如き加護が彼女の魂へと纏われる。
彼女は逃げぬ。真正面、先頭にて至る彼女を無視できようか。
マスティマの槍の軌跡を見据え――その一撃を受け止めん!
凄まじい衝撃が彼女を襲うが、全ては覚悟の上なれば。
踏み耐える。聖槍よりも騎兵隊の槍が上と――
「示してみせるわ……今よッ!」
「いくら止事無き聖遺物だろうが所詮道具は道具。
意思持って暴走するなら。ただのガラクタだがなっ!
叩き折られるか、炉にくべられるか――好きな方を今の内選んどきな!」
「ハッ。最強最高の聖遺物ね、ただ『人を貫いた槍』程度が随分と大きく出たもんだ。その最高で最強の槍とやら、軽くへし折ってやるよ――さぁ行くぞッ!! 我は『騎兵の先に立つ紅き備』エレンシアだ! 邪魔するやつぁぶっ飛ばす!」
そして間髪入れずバクルドとエレンシアがレイリーに続くものだ。
聖人を貫いた槍だろうがなんだろうがバクルドは『知った事か』と。真贋問わず探せば幾らでも出てくるものになんの価値があるか――道を切り開く一撃を繰り出しつつ、バクルドはマスティマへと急速接近。
次いでエレンシアも超絶なる砲撃によって敵陣を薙ぎながら往くものだ。
他者を下に見る傲慢性が気に入らない。
ただ人を貫いただけだろうが。それがなんだ、誇らしいのか?
「――テメェなんざただの槍なんだよ!!」
「我が主の崇高さを理解できぬとは、つくづく救えん愚か者共がぁぁぁあああ!!」
「……ヒトが愚かな事、否定せんし肯定するがね。
しかし……それを述べるお前自身はどうなのだ?
自らは絶対であり自らこそが清いものだとでも述べるのか?」
エレンシアの一撃。それに抗するようにマスティマは聖槍を繰り出すものだ。
然らばその一瞬を付いてマニエラの支援が行われようか。
自らの仕事は騎兵隊を生かして返す事。
――それが、師と姉弟子二人からのオーダーだ。
「この命を削り切ってでも成し遂げさせてもらう。可能性を削り取れると思うな」
「くふふ、かの冠位魔種が座す理想郷。
果ては理想郷を混沌そのものに降ろす、でごぜーますか。
いやはやなんとも壮大にして佳境でごぜーますが……
お祭りの如しなら、張り切って参りんしょうか。
騒がなければ損、というものでしょう」
同時。エマもいよいよもってして冠位魔種の物語も佳境と断ずれば笑みの色を口端に。
不吉なる帳を降ろそうか。特にマスティマを狙いて、その動きを乱さんと。
圧を強めていく。総力をもってして、ここが正念場であるとすればこそ!
「……人を殺めたくはない、です。それがどんな人であろうとも……だけど……」
更に加わるのはLilyか。彼女は美しき一礼と共に、マスティマを見据えよう。
奴をあの世に送るために。死出の旅路の顔を見据えるのだ。
「私は葬儀屋……マスティマ、紅き翼の女性に代わり、貴方を葬りにきました」
「葬儀屋? アンダーテイカー如きが頭に乗るなよ。貴様に送られる道理はない!」
「まぁまぁ――試してみたらいいじゃないか。火葬されても尚、妄言を叩けるのか」
そしてLilyと共に駆け抜ける姿は火群のものであったか。彼は炎と共にある。『死ねない人間』が聖なる槍とか名乗ってる『へんなもの』を焼く為に、燃えてる炎が。
「この炎は貫かれた端から、燃える」
「そんな炎があるものか。妄言繰り出すはお前であろう!」
「そんじゃ、やってみようか」
本当に聖なる物だったら、この程度で燃えないよね?
言の葉紡ぐと同時に攻勢一直線。Lilyは杭を放ち、火群は刺し違えようとも燃やし尽くしてみせると槍の圏内へ踏み込もう。抉じ開けさせてもらう。その道を。三途への道筋を――!
「イーリンさん、イッケー! なのです!」
「やれ、ジョーンズ! 全身全霊ぶっ放せ!」
「一瞬よ、イーリン!!」
然らば。Lilyが、バクルドが、レイリーが叫ぶ。
埒を『開けた』と。
あぁやっぱり皆。
「最高だわ」
「お師匠様」
「見せてやりましょう、私達の『本気』を」
直後。イーリンとココロが往く。
騎兵隊で紡いだ刹那。逃すものかと踏み込み。
貫く一撃。今の彼女らに繰り出される至高が――此処に在る。
「――ぬぅぅぅ! かまびすしいわ、どいつもこいつもッ!!」
だが。まだ折れぬ。まだ聖槍は其処にある!
勝利を与えるとまで謳われた槍が終われるか――
そう叫ばんばかりの一撃が振るわれる。
大地を粉砕せしめ、凄まじい土煙が舞い上がり……そして。
「……サクラさんのお爺様とお見受けします。一手、打ち合わせて頂けますか」
「無論。拒む理由はどこにもない」
その一角で遂行者ゲツガとの死闘も行われていた。
眼前至るはすずな。祖父と聞いていたが、随分とお若いような。
まぁ、良い。いずれであろうと強者であるなら不足なし。
――故。土煙。晴れる前に剣と刀が相打つ。
ゲツガの抱く聖剣の軌跡は強力にして強靭。
されどすずなの刀閃は鋭利にして神速。
秒の間に紡がれる衝撃音は幾重にも。
ゲツガの表情は揺らがない。まるで無の儘に打ち合いて、しかし刀の軌跡を見切る。
――それは目で追えているというよりも『勘』によるものだった。
熟達した戦士の『勘』が此処に極まる。道理を超越した最短の動きは速度の差を埋めるのだ。
(――やはり。一筋縄ではいきません、か)
呼吸の暇すら忘れそうだ。というより暇を入れれば剣閃に捕まるか?
されど尻込みするつもりなど毛頭なく。全力を尽くせるのならば、むしろ最上。
繋げよう。あぁ――
『彼女達』へと。
「お祖父様」
その時確かに聞いた。ゲツガの口から『来たか』と零れたのを。
いるは、サクラだ。傍にはヴァークライトの血族――スティアもいようか。
交わす視線。その瞳の中には逡巡の色は一切なく。
「これが最後。ならば……聖奠聖騎士、ロウライト家のサクラ。参ります!」
「宜しい。月光の騎士、ゲツガ・ロウライト――参る」
ただ。悔いを残さぬ為の意志が其処にあった。
――切り結ぶ。未だ土煙が残る中で、されど魂は誤魔化せぬ。
今、この瞬間にこそ決着を付けるのだ。
「……ヴァークライトか」
「お父様の敵討ち――なんて、そんなつもりはないよ」
「怒り、恨み、秘めた感情は?」
「気持ちの整理はついてる。四年前に。だから――遠慮は不要だよ!
私達ならなんだって出来る……行こう、サクラちゃん!!」
「うん! お祖父様、今の私で及ばなくても……私達なら超えられます!」
同時。ゲツガの視線はスティアへと至ろうか。
スティアは今回。復讐者などという立場でいる訳ではない。
――サクラの親友。隣にいたい存在として、此処にいるのだ。
ヴァークライトとロウライトの間にわだかまりはないと。
示す為にも、往く! 強き意思を戦場瞬く矢と成し。
サクラの身が傷つけば治癒の華を咲かそう――
……あぁ。
「芽は、出でるか。アシュレイ殿」
ゲツガの表情が微かに和らぐ。
それは本当に一瞬の出来事。だが世にも珍しい、祖父の……
「――禍斬抜剣!」
瞬間。それは『どちら』の声であったか。
ゲツガとサクラ。双方の聖剣の力が解放される――!
衝撃が満ち。光が輝きを示す。土煙を瞬時に払う力の収束と炸裂が天を衝き。
「サクラちゃん――!」
張り上げる声。その刹那に、スティアは見た。
「ありがとうお祖父様……」
「――」
一手。早く剣撃を繰り出したサクラの姿を。
ゲツガの身は疲弊していたのだ。全盛の頃に戻りても、なお。
蛍が、珠緒が、トールが、すずなが、スティアが。イレギュラーズ達の築き上げたものが。
歴戦を、超えた。
「見事だ」
「お祖父様」
「行け。戦いはまだ終わっていない」
純白の衣が鮮血に染まる。
……伏す月光の騎士の瞼の裏には何が映ったか。
若き頃は戦場すら駆け抜けた。正義の為、多くの断罪も行って来たか。
神を信じていた。善を信じていた。理想を信じていた。
刹那。脳裏に響いたのは、己が他へと投じてきた言の葉。
――汝、悔い改めるか。
「何一つない」
「……?」
「悔い改める事など何もない」
悔いは礼を失する。今までの断罪のその全て。
神と信念の名の下に天義騎士であり続けた。
ヴァークライトの彼を討った時も、心に従った。
――神を言い訳にするつもりは毛頭ない。
ない、が。
あぁ。
「――」
今、なんとなし。
やっと一息、つけた気がする。
良い人生であったかは知らぬが。
良い子に、孫には恵まれた。
――何一つの心配事などありはしない。
目の前にいるのは私の孫娘だ。そしてその友だ。
……強いて、想う事があったのならば。
ただ一つ。この子達が紡ぐ、天義をもう少し見てみたい気もするが。
まぁ、仕方ない。
今際の際。未練があるぐらいが――人生だ。
……拾い上げるゲツガの聖剣。
立ち止まってはいられない。いられない、んだ――
「ちょっとだけ待ってね。サクラちゃん」
刹那。スティアはサクラからやや離れて……祈りを捧ごうか。
安らかに眠れるように。
……然らば。サクラから堰を切ったように弾け出す感情があっただろうか。
胸中に過るは過去の追憶。あぁ――
慟哭の感情が、手向けのように響き渡った……
「なに。ゲツガ、まさか、あれほどの騎士が……!?」
「見つけたぜマスティマ――ッ!!」
その時。遂行者の一角が落ちた事をマスティマは勘付こうか――
驚愕。されどその一瞬を牡丹は見逃さなかった。
彼女は燃え上がる熱を胸に秘めながらマスティマへと吶喊した。
逃がさない。見逃さない。アイツを殴り続けてやるために!
「また貴様かッ! えぇいどいつもこいつも何故分からぬ!
嘆き苦しみ涙に満ちる……死たる叫び声だらけの世界だ!
こんな世界は塗りつぶされるべきなのだ! 死すら免れる世界で!」
「ン。我 墓守。主ノ死 護ル者。ダカラ分カル。
ココ 墓標。マスティマ 主 墓標」
であればマスティマは咄嗟に聖槍によって迎撃するものだ。
牡丹はひたすら前のめりに突撃してきている。ならば隙を衝くと……
しかしフリークライによる援護が彼女を支えんとしていた。
治癒を。活力を満たす術式を。徹底的に張り巡らせる――
「我 牡丹 マスティマ 遺サレシ者。
マスティマ ドコマデモ主殺シタ責任 果タサントシ続ケテイル。
死者 想イ続ケテイル。
君二敬意ヲ。
君ハ紛レモナク 君ノ主ノ為ノ槍デアル」
「敬意あれども賛同はせぬのか。
墓守よ、その呪われた宿命から解放されたいと思わぬのか!」
「死 悲シイ ダケド 我 墓守」
今ままでも。これからもと。
フリークライは拒絶の意思を示そうか。
マスティマはなんでも自分が正しいという観点で喋って来る、が。
「オレは愛を知っている。『無償の愛』を知っている!」
――かーさん。
奥歯で噛みしめた言葉は、しかし。
「てめぇはどうだ!?」
別の言葉として吐き出そうか。知ってるっつうのなら分かれよ、と。
そいつはてめえの正しさの為じゃねえ。
「――愛の為に死んだんだよ!」
「貴様如きがあの方を――語るなァッ!!」
牡丹の身に力が宿る。フリークライの治癒を受けながら、全ての傷を無視して踏み込むのだ。
負けられない。負けられない。この戦いだけは絶対に――!!
――マスティマ。オレはてめぇを、ぶっ飛ばす!
戦場の最中に轟くように張り上げた声は、天にすら響いただろうか。
一瞬の煌めき。牡丹の一撃がマスティマを穿ち、て。
「マスティマよ。聖槍だと己を告げるならば……貫いてみせよ。
現代の聖者たる麿を! それが出来ぬのなら貴様は紛い物よ!」
直後には夢心地も追撃の一手を仕掛けようか。
後光の輝きを背後に。シン・シャイニング夢心地へと至る彼は――目立つ。
だがなにもふざけている訳ではない。ヤツの力の源は自分自身に対する絶対的な自信。
――ならばそこに揺らぎが生じれば、聖槍は聖槍たるべき価値を失うのでは?
力と心は両立していなければ無意味。故にこそ夢心地は語るのだ。
貴様の槍はただ人を傷つけるだけの代物。大惑不解の槍で世界最高最強を謳うなぞ――
「片腹痛いわッ!」
「狂人が! 貴様なぞ聖人ではない、断言してやる! 黙して死ねェッ!」
切り結ぶ。槍と刀が。
傲慢が悪いのでは無い。
狂信が悪いのでも無い。
棘のように残った悔恨こそが、不完全たらしめている。
――それを理解(わか)らせてやるのじゃ。
夢心地は立ち続ける。貫かれぬ聖者として。現代に蘇った聖者夢心地として!
その時のマスティマの胸中にあったのは憤怒か、傲慢か。
振るう槍撃は追い詰められるほどに洗練さを増していった――
まるで。最後の輝きであるかのように。
「ぉぉぉ! 私は、まだ、まだだ……! 私は……理想郷を……! 遂行者の同胞を……!」
「マスティマ。お前にも抱く信念があるのだろうが、此処までだ」
「よう変な頭野郎。いや聖槍だっけか?
まぁどっちにしろ構いはしねぇや。テメェらはここまでなんだからな」
其処へ至りし姿は二つ。ベネディクトに雄だ。
雄は吐き捨てるようにマスティマへと言を紡ぐものだ。
都合のいいように全てを無理やり塗り替える? ハッ。
「そりゃ女を無理矢理こますのとどこが違うんだ? ダセェ男だな」
「斯様な発想しか出来ぬ輩が、何を知った口を……!」
「知らねぇよ。知らねぇからこそ――あぁ。ここでへし折ってやんよ」
覚悟しろ、と。文字通り唾を吐き捨てながら彼は一歩前に出でようか。
同時。ベネディクトも思考を巡らせる。
……マスティマ。お前とは何度か出会ったな。その度に戦った。
故に一つだけ決めていた事があったのだ。
俺はお前を聖槍としてではなく。
「この世界を仇為す凶槍として打ち砕こう」
「凶槍、だと? 不心得者が……! 私を、なんだと思っている! あの方すら貫いた――」
「いい加減、自らが誇りに思っていない事を声高に語るのは止めたらどうだ」
マスティマ=ロンギヌスよ、自らが尊ぶ者を弑したが故に正しさを信ずる者よ。
俺は貴様を此処で。
「打ち砕く!」
「やってみせろ。私は聖槍……聖槍マスティマ=ロンギヌス!」
この世の神の可能性に、死を齎す者なり!
――激突する。閃光の如き強烈な力の応酬が繰り広げられる。
ベネディクトはロンギヌスの軌道を見極め、己が刃を返す刀で一閃し。
雄は聖槍そのものを抑え込まんとしようか。
如何に強力な力をもっていたとしても――
「動けねぇなら意味ねぇだろ……!」
「貴様ッ……!!」
ああ人生ってのはクソッたれだ。
やり直しやもっと良い世界を望みたくなる。その気持ちは分かるさ。けどな。
「歯ぁ食いしばって生きてる今を消させはしねえ!
てめぇらの絶望と俺の楽観、どっちが勝つか勝負だ!!」
――なんだコイツらは! どいつもこいつも正気なのか!?
マスティマは焦燥する。未来に疑いを持たないイレギュラーズに。
何故だ。何故そこまで信じられる。
私はあの方を貫いてより遥か時を経て、この応えに至ったというのに。
100も生きていないであろう貴様らが何故。
「そう、大層なものではない」
その時。ベネディクトは、告げようか。
俺はこのお前が混迷とする世界を、此処に生きる人々を。
ただ、守りたいだけだと。
……聖人の様に導くだのと大層な事は出来んだろうが。
それでも。
「信じている」
この世界にも救いはあると。
嘆き。悲しみ。悲鳴だけの世界なんかでは――決してないのだと。
「――――」
『正しい』とはなんなのだろうか?
私は今まで信じてきた。どこまでも、どこまでも。
自らが正しいのだと。しかし。
こうも。世界に光を見出せる者達がいるというのか?
闇に覆われているのではないのだと、信じて進むことが出来るのか?
「魂に陰りなし、か」
マスティマは信ずる事が出来なかった。
世界の行く末を。待っていても平穏なる世など来ないのだと。
聖人でもいなければ不可能だと。
だが、それは。
光から目を逸らす行為だったのかもしれない。
あぁ。
イレギュラーズ達がどこまでも眩しく――見える。
「救いがあると信ずるなら、精々、最後まで折れずに進むことだ」
マスティマの魂が砕けんとしている。
滅びのアーク側と至った、その魂が。
今。光を見て滅び仕る……
戦いが終わる。
夕焼けに照らされた丘は、灼けるかの如く。
沈みゆく黄昏は何を示すか。
開くるべくの空には――何が浮かぶのか。
「主よ。私は信じます。世の地平を満たすのは明日の光であると」
明くる空には、きっと。希望の光が零れ出でる。
少なくともルブラットは、天を仰ぎながらそう信じよう。
世界には理想など必要ない。立って歩く力が――人々にはあるのだから。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
――ありがとうございました。
GMコメント
●排他制限
こちらのRAIDに参加した場合、他のRAIDには参加出来ません。
※複数のRAIDに優先がある方は、特別に複数RAIDに参加可能です。
※片方のRAIDに参加した後、運営にお問い合わせから連絡いただければ、両方に参加できる処置を行います。恐れ入りますがご連絡いただけますと幸いです。
●依頼達成条件
全遂行者の撃破。
●フィールド
ある丘です。マスティマの記憶を下に作られた空間の模様です。
丘の上。大きな十字の――磔刑に処すような――モノがあります。
その傍にマスティマはおり、守護するように敵勢力が展開している様です。
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●敵勢力
●『聖槍』マスティマ=ロンギヌス
聖遺物『聖槍』ロンギヌスが遂行者として人の形を司っている存在です。
神に愛されたある聖人を貫いた自らを世界最高最強の聖遺物だと狂信しています。
その祈りこそが傲慢たる遂行者の彼の芯のようです。槍そのものが本体なのですが、マスティマ(人型)に攻撃を加えても同様にダメージは入ります。
聖槍から非常に強力な『力』を感じえます。槍の一撃をマトモに受けると『パンドラが追加減少する』可能性があります(必ずではありません)。神殺しの槍は、神に愛されているパンドラ持ちに対する特攻性能を持っているのです。
●『月光の騎士』ゲツガ・ロウライト
天義の聖騎士、でしたがとある事情から遂行者側へと至った者です。
後述する『神霊の淵』の影響により遂行者として戦わざるを得ません。
――良いのです。それこそが選んだ道なのですから。
朽ち往くだけの老樹であった己に出来る最後の仕事なのですから。
遂行者になった影響か、若々しい肉体・膂力を保持しています。
しかし記憶は老齢のままですので、要は『肉体も戦闘経験も全盛期』の状態です。
非常に強敵です。禍斬抜剣なる聖剣の力を解放する事が出来、周囲を高ダメージで薙ぎ払う一撃を繰り出す事があります。連続的に使用する事は無いですが、威力が非常に高い為ご注意ください。
●『アイディール・パラディン』×20体
神の王国を護る最精鋭の一角です。
姿は一見すると鎧を着込んだ天使のようにも窺えます。
戦闘能力は遂行者程ではありませんが高いです。
概ね近接主体であり、皆さんの迎撃を成さんと立ち塞がる事でしょう。
●『選ばれし人』×多数
理想郷に棲まう人々です。外見上は一般人ですが、人ではありません。
要は神の王国に住まう作られた存在です。戦闘力は並程度。
様々な武器をもってイレギュラーズを阻まんとするでしょう。
彼らにとっての幸せなる理想郷を害させなど――しないのです。
●『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』(※敵勢力アイテム)
ルストの聖痕が刻まれた聖遺物の容器です。
丘の上にある磔刑用の大きな十字が、この場ではソレになります。
内部にはロンギヌスの欠片と、ゲツガ・ロウライトの心臓の半分が入っています。
これはルストの権能の一つのようなもので、神の国内部で『神霊の淵』を有する遂行者は死なず、外でも通常の魔種よりも強力な力を有します。ただしデメリットとしてルストの言葉に従わなければならないという『盟約』が付きます。
そして不死ではあるのですが、それは『神霊の淵』が維持される限りの話です。
神霊の淵が破損すると不死が解除されます。その後、死亡するかは不明です。
(また不死ではありますがダメージを無効化する訳ではないので『神霊の淵』前に与えられたダメージは蓄積されて行きます)
ただ、ここの『神霊の淵』は特別堅いようで破壊は容易ではありません。
自己治癒能力もあるようで、かなり攻撃を重ねる必要があるでしょう。
ネロは『神霊の淵』破壊の為に己が聖遺物も用いて全力を尽くす心算のようです。
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●味方NPC
●『バビロンの断罪者』ネロ=ヴェアヴォルフ
『バビロンの断罪者』なる、天義が苛烈だった時代に生まれた組織に属している人物です。尤も、もう彼以外の生き残りはいないようですが……非常に高い戦闘力を宿しています。
背負っている大剣は『聖遺物殺しの聖遺物』であるらしく、聖遺物に対する特攻性能を宿します。この力をもってして『神霊の淵』破壊を試みます。ただしこの聖遺物、使用者を蝕む力があるようで、使うとネロは弱っていきます。
――ただしそれは、ネロは覚悟の上です。
元々長年戦い続けてきていて、いつかは滅びる定めだと彼自身言っています。
無為に滅びる前に――『友達』の為に尽くしたいのです。
狼状態だと全般的にステータスが上がっている様です。ただし細々とした動きが苦手になるので、命中や回避のステータスが下がりFBも上昇している気配があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
行動場所
以下の選択肢の中から行動する目的・場所を選択して下さい。
【1】遂行者マスティマ・ゲツガ撃破
遂行者マスティマ・ゲツガの撃破を目指す行動です。
彼らを撃破すれば勝利となります。
ただし【2】が果たされない限り、彼らの撃破は果たせませんのでご注意ください。
また周囲には『アイディール・パラディン』『選ばれし人』も幾らか存在しています。彼らは遂行者を援護するように立ち回る事でしょう。
【2】『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』破壊行動
遂行者達の不死を維持する『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』の破壊を目指します。『神霊の淵(ダイモーン・テホーム)』を破壊出来ない限り遂行者は不死=本戦場の勝利条件を満たせない為、重要となります。
多数の『アイディール・パラディン』『選ばれし人』との激しい交戦が予想されます。
【3】戦場全域支援活動
戦場全域に対する支援活動を主とします。
治癒、支援、敵勢力への攻撃などなど全てを含めます。
【1】【2】両戦場になにかしら良い影響を与える場合があります。
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