PandoraPartyProject
ダガヌチの巫姫
さざ波は遠く、海鳥の声が交差する。
かつてリヴァイアサンという絶海の竜と戦ったこの地は、人々の想いが行き交う貿易拠点へと、一大リゾート地へと変貌していた。
その名はシレンツィオ・リゾート、フェデリア島。
「大変な時……なのは分かるっすけど。良いんすか? そっちの国も大変なんでしょ?」
窓際に立ち、ガラス瓶入りのミネラルウォーターに口をつけるフィオナ・イル・パレスト(p3n000189)。彼女は振り返り、会議室の椅子に腰掛けるパーヴェルを見た。
パーヴェルはいまだ手を付けていない瓶を見つめ、その側面を流れる水滴に目を細める。
ゼシュテル鉄帝国を取り巻く未曾有の大事件は、国に関わる全ての人間達に回避不能な影響を与えていた。
なにせ皇帝がすげかわり、寄りによって『煉獄編第三冠"憤怒"』バルナバス・スティージレッドが皇帝位についてしまったのだ。国は弱肉強食を是とする修羅界と化し、北から南まで群雄割拠の戦乱が吹き荒れているという。
その知らせは当然、鉄帝国が領土をもつここフェデリア島にも伝わり……リトル・ゼシュテルの管理を任されていた文官パーヴェルもまた対応に追われていた。
「私がやるべきことは決まっている。この豊かな土地を護り、維持することだ。
もう、凍った死体を抱え墓穴を掘る日々をくり返すわけにはいかない」
「シビアっすねえ……」
軍帽のさきをつまんで下ろすパーヴェルをあえて見ることなく、窓の外へと視線をはずすフィオナ。
ラサも、鉄帝国の状況に対しては触れ方に迷っているという状態だ。下手に手を出せばこちらが焼かれかねないほど状況は加熱してしまう。場合によってはひどい数の難民が押し寄せることだってないとは言えない。
実際、シレンツィオとの間を行き来していた鉄帝国民は家族を連れてこちらへ避難する者も多いと聞く。パーヴェルの仕事は増える一方だが、リトル・ゼシュテルことここシレンツィオ四番街は平和な日常を維持している。戦乱に塗れた故郷と平和な新天地では、後者を選ぶ者が増えても無理からぬことだ。
「そんなことより、キャピテーヌ執政官から上がってきた報告内容について検討すべきだろう」
「そうですね……」
それまで沈黙を保っていた月ヶ瀬 庚(p3n000221)がやっと声をあげた。
この状況が他人事ではないというのは、豊穣郷カムイグラとて同じ事。しかしフェデリア島を介してすら遠い地での出来事だ。介入も難しく、そして直接的影響も少ない。強いて言えば鉄帝豊穣間で行われていた貿易の多くがストップしてしまうことが痛いが、元々貿易を行わずに維持してきた国だ。今更多少止まったところで大きな被害はないだろう。
そしてそれゆえに、強く口を出すべき立場でもない。
庚は真剣な顔つきに戻り、手にしていた資料をテーブルへと置いた。
「エスペランサ遺跡の調査結果。竜宮城での事件報告。そしてフェデリア島内で意図的に起こされたであろうダガヌチ寄生体の暴走……その全てが、『ダガヌチの巫姫』なる存在と裏で繋がっていた、と」
「…………」
カヌレ・ジェラート・コンテュール(p3n000127)は沈黙し、どこか悲痛な面持ちのまま机面を見つめている。よく磨かれた大理石のテーブルは、彼女の表情を映すほどぴかぴかだ。
紆余曲折あったとはいえ、最後には絶望の青踏破を共に成した同盟国の危機。しかしラサ同様、下手に手を出せるような状況ではない。イザベラ女王も本件には消極的な姿勢を見せていると、兄からそれとなく伝え聞いている。
……ならば、こちらは気持ちを切り替えるべきなのだろうか。
「ダガヌチというのは確か……最近あちこちで発生しているフリーパレットさんを狙って襲ったり、人や物に寄生して怪物化する危険な存在のことですわよね」
「その通りなのだ」
会議室の扉が開き、声がした。皆一様にその方向を見れば、やはりというべきか『シレンツィオ代表執政官』キャピテーヌ・P・ピラータ(p3n000279)の姿があった。
彼女はつかつかと歩き、会議室内の奥。つまりは自分の席へと座る。
目元に泣きはらした跡があることには、あえて誰も触れなかった。
「パーヴェル殿。帰国のデリケートな状態は理解しているのだ。けれど今は、ここシレンツィオの平和と安全を優先して話し合わねばならないことを――」
「良い。それはこちらも望むところだ。続けてくれ」
パーヴェルが言葉を遮ってまで、手をかざして首を振る。
キャピテーヌは礼を示し、書類を手に取った。
「皆も報告書で知っての通り、フェデリア島、そして竜宮城それぞれに危険が迫っているのだ。
深怪魔の脅威も日に日に増してきている。折角こちらに門扉を開いてくれた竜宮城と友誼を交わせたというのに、滅んでしまったのでは困るのだ」
元はと言えば、シレンツィオリゾート開拓二周年を記念し国威をかけた豪華客船ツアーの障害となる深怪魔排除が目的であった。それらを封印できる玉匣(たまくしげ)なる神器修復のため、ローレットに竜宮幣(ドラグチップ)収集を依頼したという経緯がある。
「既に、総督府に根回しをしている所なのだ。もし決定的に動くべき理由ができたなら……」
「……ふむ」
パーヴェル、フィオナ、庚、カヌレの表情にそれぞれ険の混じったものが現れる。
キャピテーヌは頷き、手にしていた書類を置く。
「今回は私も出るのだ」
「キャピも? でも調査とかじゃないし……」
フィオナが言いかけたところで、キャピテーヌはテーブルに目を落とす。
「パパが、いたから」
机面に映った彼女の顔は、年相応の子供に見えた。
シレンツィオにて――エスペランサ遺跡調査、フェデリア島内でのダガヌチ暴走事件、竜宮城でのダガヌチ大量発生事件それぞれの報告書が共有されています。
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