PandoraPartyProject

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Grau Palast 夏の魔術

「それでヴィヴィ、俺はどうすればいい。何か望みがあるんだろう?」
「そうとも、この時間を楽しみに待っていたからね」
 ヴィヴィの歩調が弾む。
「早速ボクと手を繋いでくれたまえよ、クロバっ子」
「……分かった」
 クロバ・フユツキ(p3p000145)は、やや困惑しながら水の大精霊ヴィヴィ=アクアマナの手を取った。
 クロバはヴィヴィに手伝ってもらう代わりに、何でもすると約束したから。
「それでは楽しい楽しいデートと行こうじゃないか。まずは外を見に行こう」
 下層から外へ出る。雪のように積もった灰を踏みしめ、ヴィヴィが両手を広げてくるくると舞う。
「外はいいな。こんな景色でもすがすがしい。何か気の利いた飲み物でもないのかね?」
「すまないが、生憎」
 そもそもクロバは困惑していた。父――魔種陣営に与するクオンの遺体が発見されていないことにも、言葉にできない不思議な感情を抱いている。
 そこにも増して、この状況だ。
 何が何だか、全く理解出来ていない。
「手際の悪い男はモテないぞ」
 クロバは知っている。というよりも薄々分かってきた。
 この存在がクロバを、どこか未熟な子供のように扱うのは、自身もそう扱われたいからなのだと。
 幻想種や精霊種といった永劫を生きる者達の、まれにある悪癖のようなものだ。
 謂わば『若さへの恋』。そう考えるのが一般的な解釈だ。
 失ってしまった遠い記憶への追想、あるいはすっかり忘れてしまったからこその新鮮。ともあれ――
「悪かったな、今度いくらでも奢るから」
「――今度……か、まあいい。その言葉を信じようじゃないか」
「ああ、頼むよ」

 それから二人はしばらく歩き、ファルカウへと戻った。この下層にもまた灰が積もっている。
 魔種の操る焔王フェニックスによる惨禍が所以である。フェニックスの撃破と再封印に成功したウォリア(p3p001789)ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)達が活躍した甲斐もあり、ヴィヴィは大火災の鎮火それ自体には成功していたが――
 幻想種達は、どこか呆然とした面持ちで灰をかき集める作業に没頭していた。きっと、何かをし続けなければ心の平静すら保てまい。大火が燃やしたのは、家や家具だけではない。ここに暮らす幻想種達が大切にしていた想い出の品々さえも、消え去った者だって多いのだろうから。
「まさか、これを見せたかったのか?」
「なんだよ、傷つくじゃないか。ボクだってそこまで悪趣味じゃないったら」
「……」
「この悲愴な灰の宮殿でへらへらと楽しんでいられるほど、冷酷なつもりだってない」
「じゃあ――」
「だからデートだとも、手を繋いで街を歩いて……そういうことがしたいと言った訳だが、不服かい?」
「いや、滅相も……というかどうして――」
「乙女に根掘り葉掘りも嫌われるぞ」
「……」
「素直でよろしい、もちろんこんな有り様であることには、ボクだって胸を痛めるが」
 そんな話をしながら、やがてたどり着いたのは、ファルカウ上層への入り口である。
「ここからはボクが案内しよう。エスコートを頼む訳にもいかないのが不服だがね」
「上層か……まあ、それはそうなんだけど」
 そうしてたどり着いたのは、ファルカウ上層に存在する小聖堂である。
 深緑の長リュミエ・フル・フォーレ(p3n000092)はそこで静かに祈りを捧げていた。
「……ヴィヴィ。来てくれたのですね。それにクロバさんも」

 鎮火したファルカウは、依然として深刻な状態にあった。
 内部がひどく火傷を負ったと言うのが、比喩としては正しいだろう。
「出来る事は精一杯、手伝いたいから」
 フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)が述べた通り。小聖堂にはドラマ・ゲツク(p3p000172)ニュース・ゲツクアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)をはじめ、イレギュラーズやこの地に住まう幻想種を中心に、高位の術士達や巫女達が集まっていた。
 リュミエや巫女達は休む間もなく治癒を祈り続け、術士達も魔力を供給し続けているが、果たして。
「ヴィヴィから見て、どうでしょう、この状況は」
「まあ無理だろうね。キミ等がいくら祈り続けたところで、この大霊樹ファルカウは枯れ果てるだろうさ」
「……っ」
「都市機能はせいぜい――あと十五年だろう。分かっていたろうに、何せこれだけ燃えたんだから」
 ヴィヴィの言葉にリュミエが言葉を詰まらせる。
 人間種にとっては長く、けれど幻想種には短すぎた。
 この原初の大樹は、都市は、故郷は、揺りかごは――もう『おしまい』だ。
 百年ほどかけて徐々に葉を失い、また長い時間の後に枯れ果て、悠久の後に朽ちる。
 そうして最後には森へ還るのだろう。
 幻想種の誰もが理解し、それでも祈り――
「どうして、私は……かくも無力で…………」
 蒼白な相貌のドラマは拳を固く握りしめ、肩を震わせた。

「だからってね、結論は急ぐものじゃないよ、リュミエにドラマ。キミ達はこれを読みたまえ」
 リュミエが幼かった頃、ヴィヴィを姉のように、あるいは伯母や祖母のように慕った時期がある。
 その時も、ちょうどこんな調子だった気がする。
「これは生命の秘術(アルス=マグナ)ですか。そうですね、この秘術なら、あるいは……」
「そうとも、けれどそれを以てしても難しいのだろう――ただね、試して欲しいことがあるのさ」
「まさか、ヴィヴィ……」
「――察しが良くて助かるね」
「しかしそれでは」
「これはボクたっての願いだ。それにリュミエ。キミ達にしか頼めない難題だろう。やったところで何も誰かが死ぬ訳でも、消えてしまうわけでもない。ただ僅かなチャンスに賭けるなら、これしかないだろう?」
「……分かりました」
 悲愴そのものの表情で、リュミエがゆっくりと立ち上がる。

 クロバはただじっとしたまま、二人の会話する様を眺めていた。
(――俺が、ここに呼ばれた理由は、一体なんだ?)
 するとふいにヴィヴィが振り返った。
「キミとデートがしたかったのは本当だとも。あとはそこで見ていておくれ」
「よく分からないが、そう言うならそうさせてもらおう」
「よろしい」
「クロバさんは、ヴィヴィと仲良くしてくれて居たのですよね」
「え、ええ。まあ、お陰様で」
 何のお陰かは分からないが、唐突な問いについ返す。
「それ以上はいらないよ、リュミエ。分かるだろう?」
「……ええ、承知しています」

 そして厳かな儀式が始まった。
「汝ヴィヴィを媒体とし、ファルカウへ、大秘術アルス=マグナのパスを繋ぎます。皆さん、詠唱を」
 酷く乾いた声のリュミエに導かれ、術者達が詠唱を重ねて行く。
 クロバはふと、初めてヴィヴィに出会った時にも、こんな調子だったのを思い出す。
 あれは駆け出しの頃、助けようとした少女に、逆に助けられるなどという情けないものだった。
 友人となり、幾度か話したり、茶を飲んだり、些細な時間を過ごしてきた。距離感が妙に近い奴だが、まあ誰に対してもそうだと思うし、特に気にしたことはない。ある日、リュミエを気にするような素振りをみせたクロバを、妙にからかうようになったのも、一因かもしれないが。
 けれど別れは唐突で、最近になって再開するまで音沙汰一つなかった。もっとも禁書の管理人などをしていたなら、むしろ遊んでいたことのほうが珍しいのだろうけれど。

 儀式はつつがなく進行している。
 ファルカウの霊格は極めて高く、神霊の端くれであるヴィヴィとて直接接続せねばならない。
 それは巨大な神格に、小さな神格が触れることを意味する。
 精霊の仮初の肉体に形成された『心』のようなものなど、粉々に砕けてしまうのではないか。
 死ぬ訳でもないだろう。
 消えるわけでもないだろう。
 砕け、混じり合い、一つになるだけだ。
 けれどつまり、それは――
「まさか、ヴィヴィ。お前――ッ!」
「来てくれてありがとう。楽しいデートだったよ、クロバっ子」
「待って、待ってくれ、ヴィヴィ! 俺はまだ何一つだって!」
 クロバが伸ばした手は虚空を掴み、笑顔で振り返ったヴィヴィが光に包まれ祭壇へ消えて行く。
 そしてファルカウに光が満ちた。
「お疲れ様でした。ファルカウは……これで少しずつ、けれど確実に再生するはずです」

 ――零れる安堵の吐息の中。
「焔王を諫め鎮め、冬の王を救い、冠位怠惰を滅ぼして、そこまでしてなお、私達は結局、最後には大精霊に故郷復興の願いの全てを押しつけて、このファルカウの再生を祈り、願うだけ」
 ――暗く俯いたままのドラマが呟いた。
 瞳は、悲しみと怒りをない交ぜにしたように、昏く煌めいている。
「そんなこと、あってなるものですか! やりますよ、ニュース!」
 そして毅然と、涙を湛えた顔をあげる。
「一体全体、何をするつもりなのさ」
「私達自身がここでどうにか出来ずして、何が月英(ユグズ=オルム)! 何が叡智の祭壇! どこがハーモニア(調和の種族)ですか! これより月英が全知全能を以て干渉術式を送り、アルス=マグナを成立させたまま、ヴィヴィ様の『御心(みこころ)』も保護します!」
「待ちなさい、ドラマ。あなた方イレギュラーズに倒れられでもしたら、元も子もありません」
「リュミエさま、お言葉ですが。たかが一日や二日程度を、寝ずに書へかじりつけずして、ゲツクなんて名乗れません。それに倒れたからなんですか! 疲労なんてせいぜいその後で多少寝ればいい。けれど今手をこまねいていては、永遠に後悔するしかないでしょう! 私は――ファルカウを焼いた私は知っています! 私はもう絶対に、何も奪わせはしない!」
「言葉は魔力、みだりに自分を傷つけてはいけません。けれど……分かりました。やるだけやりましょう」
 リュミエがドラマをそっと抱きしめ、静かに身を離す。
「じゃあほら、ドラマ君これを」
「アレクシアさん、フランツェルさん、これは……」
 アレクシアと 『灰薔薇の司教』フランツェル・ロア・ヘクセンハウス(p3n000115)が手渡したもの――
「魔方陣の簡易設計図なんて、いつの間に」
「雑でごめんね。時間が無くて。話を聞きながら描いたんだけど、意図は伝わると思うんだ。例えばここだったら、この辺で別々に切って、個々に詳細設計すれば……」
「どうにか出来るんじゃないかしら」
 ――それは二人が即興で書き切った保護術式の陣と詠唱であった。
「いえ、充分です。私はこの一角を。ではニュース、このあたりをどうです?」
「なんだいこれ、面倒だなぁ、二時間はかかるじゃないの」
「ニュース!」
「やだなぁ怖い顔しちゃってさぁ。誰も引き受けないだなんて、言ってないじゃないか」
「……それなら、ありがとうございます」
「水くさいね、パパだよ、パパ。たまには甘えてみなよ。それにあれ、家(うち)の本だしさぁ」
「おや、これは興味深いですねェ。確かに知識も使わねば宝の持ち腐れというものですし――」
 煌・彩嘉(p3p010396)が身を乗り出した。
「――これでも探求家を名乗る身の上ですから、アタシも一角を引き受けましょう」
「ならば最後の一角は、私が責任を持ちます。ファルカウもヴィヴィも、どちらも救いましょう」
「ありがとうございます、リュミエ様。ええ、もう二度と奪わせません」
「リュミエ様、理論上は可能でしょう。しかし多数の術士による混成術式というものは、余りにリスクが」
 端正な面持ちを、苦虫をかみつぶしたような表情に塗りあげ、イルス・フォル・リエーネが述べた。
 よりにもよって術式検証ゼロのぶっつけ本番のやっつけ工事で、大儀式魔術の行使など。
「だからあなたが居るのでしょう。パスの維持を任せましたよ」
「ああ巫女様ときたら、これだ。まーかーさーれーまーしーたー!!」
 冷静沈着なイルスは、これまで見たこともないような表情を浮かべ、後頭部をかきむしった。
 そんな様子にリュミエが微笑む。
「今日に限って、らしくないですね」

「あたしも何かしたいよ」
「せめてお力になれたらと」
 そう言いながら立ち上がったフラン・ヴィラネル(p3p006816)と、リディア・ヴァイス・フォーマルハウト(p3p003581)の二人に続き、幾人もの魔術師達が手を挙げる。
「皆さんはそこで寝ていて下さい」
 リュミエは、ただそうとだけ述べた。
「……」
「心境は分かります。当然、眠れないでしょう。けれど横になり目を閉じるだけでも、多少なりとも体力は回復するものです。儀式の魔力供給で存分に働いてもらいますから。そこが本当の正念場ですよ」
「それなら……はい!」
「わかりました、必ず成し遂げます」
 そんな言い方になってしまうほど、リュミエも疲れているのだと思う。

 ここは『怠惰の国』だった。
 暑さに耐える。寒さにも耐える。戦にも、病にも。全てを閉ざし、ただ永劫を黙して生きる。
 鉄騎種のように、生まれながらの強靭さなど持ち合わせてはいない。けれど、ただ沈黙は崩さない。
 絶え間なく、休みなく、まるでずっと寝ているかのように、ただ決まりきったルーティーンをこなす。
 変革を恐れ、失敗を恥じ、能動は禁じられ――
 アルティオ=エルムという国は、森を開くまではそんな場所だった。
 ただ自身の内面のみを律し続ければよいのだと、開いた後さえ、国の在り方は変わらなかった。

 今だって誰しもが疲れ切っている。
 けれど何かが変わろうとしていた。
 それは惰眠を振り切る、目覚めの夏。
 こうして再び、二度目の長い儀式が始まり――

 ――
 ――――

「このファルカウが精を尋ねし者達よ、この悠久の命は未来へとつながることになった。感謝を――」

 再び姿を見せた『ヴィヴィのような存在』が、厳かに告げた。
 ヴィヴィに似ている。けれど纏う気配はまるで違う。
 水の精霊でなく、母のように優しく、それでいて余りにも大きな――

「まあ、まさかボクが『残る』なんて思ってもみなかったけどね、キミ等がやってくれたのかい?」
 そう述べて術士達へ視線を送る。
「ヴィヴィ!」
 リュミエが安堵の吐息を零し、クロバが駆け寄る。
「そうはいっても、ファルカウから出られる訳でもない。すまないねニュース。禁書の番はお役御免だ」
 ニュースがドラマに視線を送り、ドラマが首を横に振る。
「ヴィヴィ、どうして俺だったんだ?」
「だからデートがしたかったと言ったろう」
 恐らくこの場の誰もが知っている、けれどクロバだけが気付いて居ないであろう問いに苦笑が漏れる。

「父の剣を折ったんだろう、ならば次は錬金術でも研究するがいいさ、クロバっ子。何、死者を呼び戻す(不可能)より、よほど簡単だとも。ファルカウが戻ったらボクをもう一度、ここから連れ出してくれたまえ」
 それから「たまにぐらいは、遊びにくるように」と彼女は続けた。

 無茶を言うものだ。けれど――

(――いいさ、背負わせてもらうよ。俺はもう、きっと『ただの死神』じゃ居られない)

 ※アルティオ=エルムの首都、大霊樹ファルカウの火災が鎮火しました。
 ※生命の秘術(アルス=マグナ)を行使しました。
 ※ファルカウの再生が始まりました!

これまでの覇竜編深緑編シレンツィオ編

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