PandoraPartyProject

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炎の愉悦

 ――ムスペルヘイム、という伝承がある。
 とある旅人(ウォーカー)の世界に伝わる神話だ。
 巨人が住む、灼熱に覆われた国。もしそれが現実に存在するとしたら、きっとこのような光景がふさわしいのだろう。
 その館は、炎に覆われていた。天も地も、灼熱の炎に覆われ、空は視えず、大地は視えない。
 だが、その炎は奇妙なことに、館も、その周辺の木々も焼かない。まるで、熱を持たぬ炎のように、その館を包んでいた。
 その館は、元は、幻想種の名家のものが住む屋敷だろう。だが、今は呪いに囚われ中で眠っているはずの家主に変わり、別のものが居座っている。その者が作り上げた結界のようなものがこの炎であった。
 さて、その館の中、応接間のような部屋に、二人の人物がいる。
 一人は、浅黒い肌の偉丈夫である。ソファーに深く腰掛け、手にしていた骨付きの肉を被り着く、どこか粗野な印象を抱く男。
「儂には、カロリーをとる様な必要はないが」
 男が肉を噛みちぎり、言う。
「食事っちゅうは、中々楽しい。どうせ人の姿をしたんじゃ、精々楽しませてもらわんとな」
「そうですか」
 目の前の女が、頷いた。喪服の女である。その身体的特徴から、亜竜種のように見えた。す、と静かに紅茶を飲む女は、醜く引き攣れた右目のやけど後に触れながら、言った。
「所で、見出した勇者の方々の活躍は、ご期待に添うものでしたか? シェーム様」
「おう」
 にぃ、と、男が――炎の嘆き、シェームが笑った。
「まず……シャルレィスちゅう青髪の冒険者じゃ。奴は良い。この地でもだいぶ名高いが、それ以上に、伸びしろがある。
 まだまだ成長できるところが、実に美味そうじゃな。
 ゼファーちゅう奴も、これがなかなか。今は作りたての嘆きをぶつけとるが、どちらが勝つかのう?
 アリア、そしてアリシス。こ奴らは直接、化身として戦ったが……ああ、実に楽しい連中じゃった。
 他にもおるぞ。クロバ・フユツキ……じゃが、ぬいぐるみスゥースゥー王の方と因縁がありそうじゃな。
 それから、わんこ。こやつも捨てがたい。実に獰猛な獣と言った所」
 指折り、指折り、楽しそうに語るシェームに、亜竜種の女は嘆息した。
「私には、貴方の感情の機微は分かりませんが。
 いずれにしても、『勇者たち』の進撃が進んでいることは理解できました。
 貴方達はアンテローゼ大聖堂を奪還され、こうして今反撃の糸口をつかまれている。
 それ故に――貴方は楽しいのでしたね」
「貴様(きさん)は楽しくはないか? ザ……ザビーネじゃったか?」
 シェームの言葉に、ザビーネと呼ばれた女は頷いた。
「興味のない相手の名は覚えないのですね。
 まぁ、構いません。その問いに返答をするならば、私には理解できかねます。若輩故に」
 ですが、とザビーネは続けた
「貴方の『望むこと』は分かります、シェーム様。
 それ故に、私も偉大なる長の許しを得て、ここで観測の客人として滞在しています。
 貴方の望む結末が、私にとっても学びとなるのです。
 すなわち、人は、破滅を目前とした困難に立ち向かい生きるべきか、安らかな死を選ぶべきか。死とは安らぎか否か」
「貴様(きさん)は考え過ぎじゃ。
 生きておった方が楽しいじゃろうが」
 シェームはふん、と鼻を鳴らすと、ソファにごろりと横になった。
「寝る。
 楽しい夢が見られそうじゃからな」
「ええ、ええ。
 おやすみなさいませ、炎の嘆き」
 ザビーネがそういうのを聞きながら、シェームは『眠り』に落ちていく。
 深緑を覆う危機は、様々なものの様々なイトを乗せ。
 くるくるかたかたと、糸車を回す。
 かたかた、かたかたと。物語は、進む。

これまでの覇竜編深緑編

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