シナリオ詳細
<黄昏崩壊>宿命の刻
オープニング
●
――ヘスペリデスが泣いている。
鳥が飛び立つ。小動物が逃げ出す。逃げれぬ花は死を悟りて枯れ始めようか。
大地が嘆いている。空が啼いている。世界は軋むように涙を零そう。
彼方を見据えれば天の色が端より紅とも紫ともに染まり始めようか。これは――
「ベルゼーの暴走、か……? 何があったというのだ……!!」
『薄明竜』クワルバルツは天を見据え思考を巡らせていた。
恐らくベルゼーが原因なのであろう。ヘスペリデス全域に斯様な異変が生じるなど……奴以外にあり得ぬ。近頃ヘスペリデス各地へと足を踏み入れていたイレギュラーズがベルゼーと遂に接触し――何か起こったか。
仔細は別の地にいたクワルバルツには知れぬ。されど……確かな事は一つある。
「チッ。この地まで崩壊させる訳にはいかん。アユア! エチェディ!」
「へい、姉御!」
「承知しております。この地の防衛、ですな?」
「ああ。何も渡さん。侵入する輩は全て薙ぎ払えッ!」
己の使命は美しき大地を穢させぬ事。
それがクワルバルツにとって絶対的である先代との約束――
故。クワルバルツに近しき竜である『金剛竜』アユアが馳せ参じ、クワルバルツに仕える老竜エチェディも傍にあろうか。竜が三体もいれば薙ぎ払えぬ敵など何処に存在しえよう……
ただ、今回の事態はあまりに異常だ。
まるで『何かに引き付けられるように』全てのモノが一点に収束せんとしている。
暴風が吹き荒れ、木々は大きくその身を揺らし、花々は生命力が吸い取られるかの如く枯れ始めよう。空は暗黒に包まれ、天候は嘆き悲しむ様に荒れ狂おうか。このようなヘスペリデスの光景は……初めて見る。
何が起こるのかクワルバルツにも一切分からぬのだ。
――と、その時。彼方に……何か『影』が見えた。
ソレは空を舞っている。クワルバルツが目を凝らせ、ば。
「……ん? アレはなんだ。竜……ではないが」
「あれは。レムレース、ですな」
「何? 知っているのかエチェディ」
「私も直に見るのは初めてですが。『女神の欠片』がヘスペリデスの危機を察知し、守護者として遣わしているのでしょう。誰がこのような惨事を生んだのかと――連中はヘスペリデスの危機を許さず、周囲に存在する者を害します。深緑に存在すると聞く、大樹の嘆きと似ていると言えましょうか」
見えた影は一見すれば竜か亜竜のようにも見える――が。本質は異なる。
エチェディが述べたように連中は『レムレース・ドラゴン』という名を持つ、ヘスペリデス各地に在る『女神の欠片』による防衛本能の一端だ。姿が竜の影のように見えるのは、この地に多くの竜がいるからか……? まぁ、姿自体はどうでもいい。
問題なのは周囲の者を無差別に攻撃するという点である。
誰も彼もをヘスペリデスを害する者、と認識しているのか。
……普段であれば『女神の欠片』がここまで過剰反応する事はない。
しかしベルゼーの暴走に伴う事態は、欠片が危機感を感じる程と言う事か。
多数の影が見える。三十……いやもっと増えているだろうか。イレギュラーズにより女神の欠片の回収が進められていなければ、恐らくもっともっと各地で、膨大な数が生まれていたかもしれない。
「チッ。こっちに向かってくるか……!」
「姉御、全部なぎ倒しますか?」
「無論だ。こちらを害してくる者を許す道理などない。消し飛ばせアユア!」
「了解!」
ともあれレムレース達からは強い敵意を感じる。
竜であろうと臆さずヘスペリデスを護らんとする意志が向かってくるのだ。ならば排するより他はあるまい――アユアは敵対者としてレムレースの群れへと跳び込もう。クワルバルツは害させぬと……次いでエチェディも向かわんとする。
「では我も参りましょう。クワルバルツ様は此処に」
「待て、エチェディ。その前に一つ。連中はどうすれば止まる?」
「大元の根源たる女神の欠片を手中に収めれば……恐らくは止まるかと思います。
ヘスペリデスの大地から切り離すのです。さすればレムレースの増殖も……」
「そうか。では回収には私が……んっ?」
と、その時だ。眼前のレムレースの群れとは別の方角から……殺意を感じえた。
――直後に飛来するのは『雷』だ。
ヘスペリデスを荒れ狂う様に降り注いでいる雷が、いきなりクワルバルツへと。これは!
「このクソ忙しい時に――暇な奴だなホドォ!!」
「今宵こそ決着を付けてくれよう。アユアもエチェディも此方にはこれまい?」
クワルバルツを激しく敵視する竜――『叛逆竜』ホドの干渉だ。
彼はこのヘスペリデスの危機を、逆に絶好の機会としか思っていない。クワルバルツの傍にいつもいて邪魔をしてくるアユアがいないのだ……一対一で捻じ伏せんと総力を向けてこようか。
クワルバルツはこの地が大事だ。しかしホドにとってはそうではない。
まぁヘスペリデスが壊れるのはホドにとっても、自らの住処が害されてよい気分ではない――ものの、だからと言って何がなんでも守らなければならない意思はないのだから。
彼にとっては決着を付ける事の方こそが大事だ。
クワルバルツの先代から続く戦いに、今こそ終止符を打たんとする。
「ふっふっふん~♪ 空も大地も凄い、すごいなぁ。へへへ。
そう簡単にこの事態を終わらせる訳にはいかないね……
主様が言うには女神の欠片、だっけ。アレはもっと暴走してもらわなきゃ」
――と、同時。その様子を眺める一人の魔種がいた。
夏雲(シアユン)なる者だ。亜竜種にして……暴食の狂気に包まれた存在。
彼女は眺める。己が最大の欲が果たせる瞬間を。
あぁ自らを打ち倒し、しかし生かした『我が主』も言っていたのだから。
今日は、大望たる竜の肉が遂に食えると。
●
ヘスペリデスが崩壊していく、あまりの異常事態。
されどイレギュラーズはその地にあった――
冠位魔種ベルゼーの位置が遂に分かったからだ。
……尤も、彼と接触しえた者達によると、彼の限界が来てしまったという報告がある。
このままではヘスペリデスを――いやもっと広大な範囲を呑み込んでしまうかもしれない。
「進むしかないのでござろうな。放置しておけば、甚大な被害に広がるかと」
「やれやれ。こっちはクワちゃんとデートしたいだけなんだけどなぁ」
言の葉を告げるのは如月=紅牙=咲耶(p3p006128)やコラバポス 夏子(p3p000808)か。両名の瞳にも、瓦解していくヘスペリデスの地が映っている……あぁ全くとんでもない事態だ、と。
そしてヘスペリデスの変貌に伴って、竜種らにも動きが見えているものだ。
人間達が来たからこうなった――などと人に対し攻撃的な者。
全くどうなっているのか――などと、とかく自らの地を護らんとする者。
対応はそれぞれ。少なくとも、静観している者はいないか。
「クワルバルツ……は、ホドに襲われているようだな」
「誰も彼も好き勝手動きますねッ、こんな異常事態の最中なのに……!」
ともあれとブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)にアイラ・ディアグレイス(p3p006523)が見た先にいたのは、クワルバルツらの影である。竜同士で激しく争っている――のと同時に、更に『影の様な竜』も次々と竜に襲い掛かっていようか。
クワルバルツはこの地を荒らしたくないが故か、やや本気を出せていないように感じる。
ならば――クワルバルツとは協力出来るだろうか?
プライド高い竜だ。仮に申し出ても、人間と組む事はそうそうあり得まい。
だがここ最近のクワルバルツは多少なり認めた人間もいるものだ。
可能性ぐらいはあるかもしれない――
実際ブレンダやアイラは先日もクワルバルツと出会い、縁を紡いだのだから。
なんにせよ、イレギュラーズ達の……ローレットの目的はヘスペリデスの変貌を食い止める事だ。ベルゼーの下へ向かわんとする者もいるだろうが、この周辺ではレムレース・ドラゴンも派手に暴れている。
彼らを鎮める為、女神の欠片を回収する事も重要だろう。
「さて。前に見た悪食娘もどっかいそうだなぁ。
……何が起こっても不思議じゃねぇ。最大限に警戒しておかねぇと、な」
だがファニー(p3p010255)は感じ得るものだ。
現状の――ヘスペリデスの崩壊は当然としても――それ以外に胸騒ぎがする。
何か起こる。何か、見えぬ影か、陰謀がひしめいていると……感じ得るのだ。
「エチェディは怪しいもんね。この前、ホドと一緒にいたし」
であればと。スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は思考を巡らせる。
話に聞いた所によればクワルバルツの先代は――遥か過去に行方不明になったという。
もしやその失踪に関わっているのでは、と。
少し前にはクワルバルツの下を離れ、密かにホドとエチェディが出逢っている場も目撃もした。
竜同士、常に争っている訳ではない――などと彼は言っていたが、その動きは疑惑の方が大きい。
どこまでクワルバルツがその動きに気付いているかは分からないが……
「……クワルバルツの先代の失踪にも関わっていたりして?」
なんとなしスティアは勘付くものだ。もしかしてエチェディの目的は――と。
数多の思惑吹き荒れる。竜の大地に吹く風は、はたして如何な未来が紡がれる事か……
●
――唐突だが一つ。クイズを出そう。
竜は様々な種類がいる。大地に系譜を持つ堅牢な竜であったり。
天に系譜を持つ、暴風暴雨を操る傲慢なる竜だったり。
海に系譜を持つ、守り神のような竜だったり。
氷に系譜を持つ、数多の術を弾く加護を宿した竜だったり。
炎に系譜を持つ、万物を焼き尽くさんとする地獄の焔を宿した竜だったり。
月に系譜を持つ、美しく強大な竜であったり。
それらは様々だ。あぁ実に多種多様だ。
竜も人と同様に数多の存在が許され、この世に在る。
だが一つだけ……もしもこの世に。
竜の世を乱すような『いてはならぬ竜』がいるとしたら――
それは、どんな宿命を背負った竜だと思う?
- <黄昏崩壊>宿命の刻Lv:50以上完了
- GM名茶零四
- 種別決戦
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年07月01日 20時30分
- 参加人数60/60人
- 相談6日
- 参加費50RC
参加者 : 60 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(60人)
リプレイ
●
レムレース・ドラゴン。女神の欠片が過剰反応を見せた防衛機構。
ある意味で、深緑で生じた大樹の嘆きと似たものと言えようか――
「あっちもこっちも竜が暴れてて人手が足りないんだって?
大変らしーじゃん。ふっかけても金払いイイんじゃね?
ローレットだってまーたどーせ使ってない金がどこかにあんだろ」
言を紡ぐはことほぎだ。どこからかは分からぬが、竜の雄たけびも聞こえてくれば、おぉ流石覇竜領域と思うものだが……だからこそ同時に危険性をも感じ得る。これはローレットに相応の報酬を期待せねばなるまいよ、と。
思案を巡らせつつも動こうか。周囲の状況を俯瞰するような視点と共に眺めながら、だ。
命あっての物種――逃げ時を見失ったらコトであるが故に。
「ま、ヤバくならない程度に手伝わせてもらうとしようかね――」
直後に生じさせるは彼女に備わりし魔術……監獄の名を冠したソレは呪いにして魂の欺瞞を嘲笑う纏いであれば。堕天の輝きをより深淵へと誘おう――敵陣中枢へと投じた一撃がレムレースらを薙ぎ払いて。
「おにくだ! おにくおにくおにく!
ふふっどこを見てもより取り見取り……!!」
「レムレース……竜なのでしょうか。それともただの影……?
いずれにせよアレらを散らさねば、探索どころではありませんね」
更にもつや鹿ノ子の動きが続こうか。数多の『おにく』を見据えれば、もつに宿る食欲はもう我慢できない――全霊たるベヱコンの『法』を叩きつけてベーコンの塊にしてやるのだ。ふふふ。ふふ、ふふふふふふ! 小さい個体をベコンベコーン!
しかしレムレームも流石に反撃せんと大きく翼を広げ――故に鹿ノ子は、その動作の一瞬を見逃さぬものだ。もつに気を取られた刹那に彼女は踏み込み、己が刃を届かせる。
『――――!』
「僕の太刀から逃れられるとは思わない事です。道を開けてもらいますよ」
「数が多い連中だな……! だけど負けっかよ、露払いは任せとけ!」
レムレースより轟く悲鳴。続けてはオランも連中を退けんと赴こうか。
――ホスト稼業で迷惑客の追い出しはすっかり得意になっちまったぜ。
「あぁ、腹一杯喰らいやがれッ――暴れるだけの輩なんぞ、どこも歓迎されねぇんだよ!」
礼節あるお客様には歓迎を、招かざる客にはご退場をってなあ!
彼に宿りし祝福が、己が往くべき地を本能の奥底より教えてくれる――
放つは炎。内より出でる剛撃がレムレース達を穿とうか!
「んん、ここが覇竜。どうにも障害が多い地と見ました。
あちらこちらに見える敵影……とりあえず斬れば解決という話であればお任せ有れ」
テラが見据えるはヘスペリデスの彼方。黒き影はどこまでも連なるかのようだ……
放置していればまた増えるのだろうな、と。故に彼女は跳躍しよう。
『流石に竜の肉は喰えなさそうだな』
「これは亡霊のようなモノなので仕方ないかと。本物でないのなら……」
同時に話すのは己が胸の宝石に宿る霊体、マリスだ。軽口の様に紡ぎながら、しかし手は抜かぬ。逃がさじの剣閃を放ちて、レムレースを叩き落とさんと動き続けようか――そして。
「園が泣いている?」
ロレインが感じ得るは、ヘスペリデスの大地が発している嘆きだ。
空が割れそうな程の混沌。これは、この地は、来る災禍を望んでいない証か?
「……それでも竜種はベルゼーと共にあるの? 彼に味方をする竜種は、一体……」
最後まで彼と殉じる事を望んでいるのだろうかと、彼女は思考するものだ。
だがいずれにせよ、この事態を放置しては置けないのは確かだ。女神の欠片がベルゼーの道を望んでいないように……ただただ黙って滅びを待つだけだなんて真っ平よね、と。彼女は雷撃を放ちて――レムレースを撃ち落とさん。
「此の内輪揉めを好機と見るか、災難と見るか……まぁ。相打つのであるとしても出来れば、少しばかり抑えていただければ助かるのですが。このままでは戦いどうこう以前に、ヘスペリデスが保ちませんね」
吐息零すのはアッシュだ。女神の欠片を一刻も手中に納めねばと――
アッシュもまずは雷撃。地を這う蛇の如き濁流の雷が、敵を薙ごうか。
一体でも早く、一つでも多く撃つべきが道理、かと。
「やれやれ。どこまで出てくるのでしょうかね……女神の欠片とやらの暴走には困った茂のです。どうにも竜の相手というのは疲れるから遠慮願いたいんですがね……まぁ、可能な限りやりますが。近頃はこういう手合いの相手が多くて、慣れてきたのがいいのやら悪いのやら……」
ベークは自らに甘い匂いを漂わせながらレムレース達の眼前へとあえて出でようか。それは彼らの注意を存分に引く為――彼らが何かを食うのかは知りませんが、しかし曲りなり形は竜を司っていれば、食いごたえのある方に来やすいでしょう、と。
「あなたたちの相手は僕です。さぁこちらですよ」
「うんうん。わたしもなぐるし、じっさい。空とかむりげになってるし、やばばのきわみ。
はやいところレムレース・ドラゴン片してかえるのがいいとおもう。
まぁわたし、ここに住んでないし。竜のところだから別にいいけど」
さすれば良かったというかなんというかターゲットにされるベーク。レムレースが彼を喰らわんと牙を突き立て……その横っ面を思いっきりぶちのめしたのがセティアだ。すごいなぐる。めっちゃなぐる。いぇーい。カメラ目線ピース。
マジヤバ低気圧爆弾斬りで彼女はレムレースをめった斬りしていこうか。
地面とかはよ戻ってくんないと人様に迷惑かかるとおもう、なんて紡ぎながら。
「しかしこれは……これまでほぼ無反応だった女神の欠片も、ベルゼーの権能の前には危機感を抱いた、と言う事ですか。つまり意志のようなものがあると……或いは自動的に反応したのかもしれませんが、まぁいずれでも良いでしょう」
こんな事態まで引き起こしてしまうのであれば、やはり確保は正解でしたね――
斯様な言を零したのは、ロウランか。邪悪を掃う光をもってしてレムレースを退けんと立ち回る……同時に彼女が見据えるのはレムレースや、現状の荒れ果てたヘスペリデス。今まで沈黙を保っていた女神の欠片がこれほどの過剰反応を示すとは。
やはりベルゼーの権能は『それほど』であるという事か。
「さてさて最終的に現れるのは覇竜の神でしょうか? まぁ――今更何が来ても驚きませんよ。既に何度も神格級の存在を見てきてますからね」
「とにかく変な暴走してるのを止めないといけないですにゃー! 女神の欠片はベルゼーを止める為のもの……こんな、足止めされる為のものじゃないですにゃ!」
「とてつもない数……こんなのが増え続けたらベルゼーへの対策どころじゃない。
女神の欠片がこんな事を引き起こすだなんて、一刻も早く止めないと……!」
ともあれ、と。ぷんぷんにゃんこモードであるみーおは、空飛ぶレムレースへと狙い定めて穿つ一閃を放とうか。女神の欠片の暴走は悪意のあるものではないかとも疑っているのだ――同時に幽我もレムレースへの対処に当たらんと、影に潜みながら連中の隙を窺う。
特に狙うべくは消耗している個体を着実に、だ。
極小の炎乱を的確に投じて――彼らの動きを阻まんと立ち回ろうか。
「幾つか退けられていますが、彼らはどこからまた襲来してくるか分かりません……皆さんどうかお気をつけて……! まだまだ正念場はこれからですよ……!」
更にそんな者達を支援せんと涼花は己が声を張り上げる――彼女の号令には力が宿り、皆の助けとなろうか。敵を攻撃する、と自分の意志で決めて臨む初の実戦……心の奥底にはどこか恐怖の感情もあるものだ、が。
(……始まってすらいなかった自分はここで捨て去りましょうッ)
これが自らにとってのスタートラインだと、彼女は意を決する。
――いつまでも庇われるだけじゃいられない。今度は自分が、皆の力になるのだと!
「うぅ。ヘスペリデスがとんでもない事になってるみたいですよ……でも、だからこそメイもお手伝い出来る事がある筈です……! 皆の助けになるように頑張るですよ!」
「どうにも妙な奴も動いてるみたいだしな――女神の欠片もさっさと確保しておきてぇ所だ。こっちが相手している間にかっ浚われるなんぞ……流石に冗談じゃねぇし、な」
メイは皆と歩調を合わせつつ、味方に治癒の力を降り注がせようか。酷い戦場であればこそ、治癒の頑張り所でもあるのだと――えいえい、と彼女は己が力を降り注がせる。レムレースが降り立って来れば、光をぴゃー! と放ちて迎撃しようか。
目晦ましのように。直後には義弘の一撃もレムレースへと襲い掛かりて、跳ね除けんとする。優れた三感を用いて周囲の状況を把握せんとする彼が警戒しているのは、恐らく戦場で暗躍していると思われる者の存在、か。あれもこれもと考えねばならぬ。
「ったく、まぁ体張るべき時ってなら仕方ねぇか……!」
今日も気張っていこうじゃねぇか、と。彼は五指に力を込めて――敵と相対しようか。
「萊連理と申します、しがないメイドでございます。竜の地より出でし方々……ワタクシでは実力不足かと存じますが、誠心誠意お相手を務めさせていただきます」
更に連理も前線へと出でようか。古巣の一大事とあらば彼女にとっても他人事ではない。
跳躍。レムレースらの注意を引き付けるべく、名乗り上げるように往こうか――
そして耐えるのだ。防衛に徹すれば己でもなし得るべき事はあるのだとばかりに。
(――ワタクシが生き残る事で、結果戦場全体の効率が上がりますでしょう?)
一人でも手があればレムレースの手を割かせる事が出来るのだから。
「うっわ、凄い数だね……どう考えても乱戦必至。うんうん、マリオンさんも頑張らないとね!」
次いで女性体であるマリオンは連理に引き寄せられている個体共を狙って一撃放とうか。敵のみを穿つ雷撃であればこそ、敵味方が入り乱れる状況でも的確なる狙いを定める事も出来るが故に……
しかし、女神の欠片なんて名前なのに、どうしてこんなレムレースなんてのが湧いてくるのか。
「魔種っぽくも見えるよね。うーん、竜のイメージってこんななのかな!?」
「さて。女神の欠片……これも竜の神の意志でも混じっているのでしょうか、ね」
更にエステルも参戦。レムレース・ドラゴンへと更に攻撃を畳みかける。
邪悪を掃う光をもってして道を切り拓かんとするのだ――味方を先に進ませるために尽力しよう。例え女神の欠片が如何なる意志を持っているのだとしても、止めさせぬ。
「無粋な輩もどこぞに混じっている様だが……
役者たちの晴れ舞台の邪魔はさせんよ。全ては滞りなく演じられるべきなのだ」
「そうね! 私も一緒に探すのだわ、女神様の落とし物!」
鬼灯は章殿を腕に抱きながら、ヘスペリデスの地を見据えようか。あぁ貴殿の愛らしい目でしっかり探してくれと――そして邪魔立てする者があらば、鬼灯は容赦せぬ。
「さぁ、空繰舞台の幕を上げようか」
退場してもらおう、と。彼の卓越なる糸繰の手がレムレースらを阻むのである。同時に彼は俯瞰する視点と共に女神の欠片を探索。章殿も『どこかしら! どこかしら!』なんて視線を目いっぱい動かしながら探していようか――
「女神の欠片。一刻も早く見つけないといけませんね。それが事態解決の一歩でしょう」
「うん……でも……邪魔する影みたいな竜も多いから……気を付けないとね……」
そして女神の欠片はサルヴェナーズにレインも探索に務めていた。案の定レムレースが襲い掛かって来れば、サルヴェナーズは魔眼の術式を紡ぎて払いのけんとしようか――あぁ構っている暇はないとばかりに。
レインはファミリアーによる力でネズミを使役しながら捜索の手を広げる。空と地面……両方の目があらばより早く見つけることが出来るだろう、と。時にはレムレースらを引き付けるべくわざと発光しながら目立ちて、反撃には光の翼を紡ごうか。
「雨……降ってるのはいいね……傘、ささなくていいから……」
同時。レインは天を眺める。
どこまでも雨が降ってきていた。多くの雨粒――
それはヘスペリデスの涙でもあったのだろうか。雨自体は、何も語らぬが。
「目標の存在予想地点特定、そこに埋没の可能性大ぞ。
未だ敵の手中には収まっていないと視える……今が好機か」
と、その時だ。言の葉を紡いだのは、オジヴァンか。
イレギュラーズ達はレムレースを排除するのと同時に女神の欠片の確保の為にも動いていた訳であるが――その甲斐あって遂にオジヴァンが気配を感知しえたのだ。レムレース・ドラゴンの分布から中央点となりうる箇所を導き出した。
撃を放ちて道を切り拓かんとする。さすれば――
「うぉーお前ら、また現れやがったなこの忙しい時に!!」
「ああ。また会った、な。これで三度目、か?
此れも何かの縁、だ。共闘しないか。なに。難しい事では、ない。
協力というよりも、互いに攻撃しないだけで、十分だ」
レムレース達を薙いでいたアユアとの接触も同じ頃に果たされていた。
エクスマリアは降り注がせる鉄の星によってレムレース達を狙いつつ――アユアに対しては交渉を。クワルバルツと敵対する気はないのだから。少なくとも今回は。
「今度は、お腹いっぱいに飴玉を食べさせて、やろう」
「まぁつまりはだな……先日の事もあるから無理もないが、今回ばかりは目的が同じなんだよ。味方になろうとは流石に言わないさ。ただあんたの目的に反しない間は見逃してくれ! 損はさせないさ。私達が勝手に動くだけ、だからな!」
「俺が飴玉で釣られると思うなよ! ……だけど今は忙しいから邪魔しねーなら見逃してやってもいい! 今度逆鱗狙ったらぶち殺すけどな!」
続け様にはラダも共闘の為にアユアへと言を紡ごうか――さすればアユアは困惑しつつも『邪魔しないなら』とイレギュラーズを放置する事を決めたようである――ヘスペリデスの状況が状況である事も起因しているのだろうか。
やれやれ、どこも大変な状況である。やっとラサが少しは落ち着いて、覇竜に目を向けられると思っていた矢先にこれとは……
「他のトラブルが重なる前に、これらを沈めねばいずれ手は足りなくなるのは明白だ……近頃は魔種の行動が多すぎるな。これも……何かの予兆なのか」
ラダは思考をするものだが――今は目の前かと銃を構えよう。
女神の欠片を確保するのだ。邪魔なレムレースを排除し――突き進む。
当然、アユアは狙わない。むしろ彼女に纏わりついているレムレースを狙ってやろうか。さすれば。
「うん。分かったよ、それで大丈夫。
今日は、貴女を狙いに来たんじゃない。貴女の援護に来たんだから」
「おかしな連中だな、人間ってのは……踏みつぶされねーように気を付けるんだな!」
ハリエットも微笑みながらアユアと共闘を。
ヘスペリデス……この前訪れたときは奇麗な場所だったのに。
(ベルゼーさんがこんな風に変えてしまったの? そこまで追い詰められているの?)
ともあれ、と。今はアユアの援護を果たさんと彼女は銃を構えようか。
アユアを狙わんとするレムレースを穿つ。持てる力全てを援護射撃に注ぐのだ。
――そうしたら、いつかアユアもこっちが敵でないと分かってくれるだろうか。
「私、貴女と友達になりたいんだ」
「んっ? 何か言ったか?」
「ううん。『今は』なんでもないよ」
いつか。きっと。分かり合えると信じてるから。
「……フリアノンさんのばかぁ! 大馬鹿――!!
ヘスペリデスをこんなにしてどうするつもりなんだよ――!」
と、その時だ。激しい感情と共に大声を天に向けたのは銘恵か。
女神の欠片は慈愛の結晶とも言えた。守る為のものだったはずなのに。
今は暴走して――ただただ世界を混沌とさせている。
それが銘恵には悲しい。馬鹿だと。ベルゼーさんも竜も、馬鹿、馬鹿!!
それでも彼女は前に進もう。悲しい想いがあるからこそ、悲しさを断ち切るために。
レムレースを討ち、皆を治癒しながら。突き進むんだ――ッ!
――しかし。何もかも順調とはいかない。
女神の欠片を狙っているのは……イレギュラーズ達だけではないのだから。
「夏雲、でしたか。やはりいましたね」
「――ありゃ? 見つかっちゃった?」
そう。魔種たる夏雲が暗躍しているのである。
レムレースは全てを敵として攻撃しうるモノだ。故に夏雲も例外ではなく、彼女の歩みも妨害されていた……それが故にこそ、イレギュラーズ達の捜索と警戒も間に合ったか。であれば見つけたミザリィは彼女に念話を仕掛けよう。
『貴方の主は誰です? 貴方が狙っているのはあくまで”おこぼれ”の様ですね……ならば貴方の主が先に食事を始めるはず。それは此処に来ているのでしょう?』
『うーん。それって応える必要ある?』
『ないので、探ります。エチェディでしょう?』
同時。ミザリィは心を読む術も張り巡らせようか。
『あの人』の推理は当たっているのかと――ハズレならとっちめてやろうと思っていた、が。夏雲の脳裏に浮かんだ一瞬の顔は――『当たり』のようであった。
直後。夏雲は笑みと共にミザリィを喰わらんと攻勢を仕掛けてくる。
寸での所で躱すが、後ろにあった木が……ごっそりを喰われていた。
直撃すれば――まずいな、これは。
「ったく。魔種ってのはどいつもこいつも化け物だなマジでよ……
まぁいい。テメェらが何考えてようが碌な事じゃねぇのは確かだ。
――目で味わう芸術を見せてやるよ」
「えぇ。出来得る限りのことをさせていただきましょう。
――さぁ。覇竜の大地で育ったロリババアの希少部位ザブトンですが。
こらを炭火でじっくり炙った肉厚のステーキ! いかがです? 絶品の極みですが!」
「わぁ何それ! 美味しそうだね――幻じゃなければ!」
されどミザリィ一人ではない。近くに迫っていたベルナルドに冥夜が咄嗟に援護に一手を紡ごうか――それは幻影だ。ベルナルドが己に宿りし知識をフル活用し、次々と『美味しそうな料理』を作り出すのである。
だがそれだけでは終わらない。冥夜が極上ディナーの解説を加え、よりリアルさを増させるのである――食に貪欲たる彼女であればこそ気が散るだろう、と。無論、幻影と言う事はすぐに分かるだろうが、構わない。
要は時間稼ぎが出来ればいいのだから。
「さぁ次はこいつはどうだ? 今回のテーマはボリューミー! たぁんと味わいな!」
「生憎だけど、紙に描いた餅に興味はないよ! 何もかも食べれてこそ、ってね!」
超速で料理を生み出していくベルナルド。
夏雲は手に持つ骨で切り裂くように進んでいくが――しかし。その影から同時にベルナルドは攻勢の魔術をも時折混ぜよう。絵を描くだけで終わると思ったか? 甘いぜ?
「後は、この酷い天候も多少マシになればよいのですが。流石に簡単にはいきませんか」
そして冥夜は暴風暴雨の天候に晴天祈願を捧げるものだが……流石にベルゼーを起因とした天候であるからか、かなり厳しい様だ。吐息一つ零しつつ――彼は援護の号令を繰り広げようか。
それは戦う者達の活力を満たそう。故に……
「喰らえ! 俺は幸運の女神の守り手、ラッキーバレットだぜ!
なんでもかんでも女神の加護まで食べようとするヤツは――仕置きだッ!!」
ジュートも続くものだ。ベルナルドが作った幻影の罠の中に紛れ、夏雲を強襲。
全力全開の光輝の魔術を叩き込んでやろうではないか。あぁ――
「譲れないんだ、女神にまつわる物はよぉ!」
「――うーん。邪魔だなぁ。どうしてこれだけのイレギュラーズがここまで侵入出来てるんだろう。ここは竜の住処だよ? 怖くないの?」
「さぁな! ソレより――お前『喰らう』事が好きらしいな! だったら……オレを食べてみろ!」
さすれば打ち倒されるとまではいかないが、多くのイレギュラーズが次々と参戦している事によって、やや数の不利が出てきた夏雲は言を零す。竜と言えば最強種族。一瞬の油断が死を招くかもしれない領域に、これほどの人間がいるとは――予想外だと。
されど、この場まで一直線にブッチ切って来たプリンはそれよりも重大な事があった。
そう。それはプリンの味を広める事――!
「オレはプリン! だからオレより美味い物なんて、何処にもないのだ!」
「??? プリン、プリンってなに? 美味しいの? いただきまーす!」
「来いぃぃぃいい!」
身を挺して時間を稼がんとする。挑発と共に夏雲を抑えるのである――!
「いい食いっぷりだが……女神の欠片……それを得てどうする?
其方の方はどう見ても食い物ではないのだがな」
「酷くない? 私だってなんでも食欲だけで行動してる訳じゃないんだよ――?
まぁ私自身は別に興味ないけどね。私の主様が色々あるみたいなだけで」
次いでフィノアーシェも夏雲へと相対しよう。夏雲の狙いは今一つ分からないが……しかしいずれにせよ彼女に渡してよいものではない。プリンに気を取られている間に横より介入し、少しでも彼女を削らんとする――
奴の目論見は達成させない。原罪の呼び声にも応えない。
――竜種の魔種がいない事を祈るばかりである。
「夏雲……! これですか『穏やかな天候の日なんて吹き飛ぶような出来事』とは……!」
「あ、おねーさんこの前も会ったねー、まーだ生きてたんだ竜の住処で!」
「俺も加勢しますよ。コイツは……ほっといたらヤバそうなんでね」
直後。更に夏雲へと強襲を仕掛けたのは、チェレンチィに慧だ。
チェレンチィは心の奥底に、焦りを微かに抱いている。まるで予言したが如き状況が訪れているのだから。夏雲と繋がっていそうな……『喰らおうとする存在』に心当たりはあるが……だからこそ気のせいである事を願うものである。
どうであれ夏雲に欠片は渡せぬと、翼を煌めかせ彼女を穿とう。
続け様には慧の炎も襲来する――決して夏雲を前に進ませぬとばかりに押し留めようか。
それから、鬼血の呪符や角を……わざと彼女に見える様にちらつかせてやる。
「ううん? 貴方、珍しいね。見た事のない角!」
「でしょう? しかし角見て涎たらすとは――悪食にもほどがあるっすよ!」
夏雲の闘争欲が増大。感じ取って慧は彼女の撃を躱そうか。
――と、その時だ。レムレース達の増殖が、止まった?
「……あっ! しまった、もしかして取られた!?」
「んー、私ってコソ泥の才能がありそうねーやってみるものだわ、なんでもかんでも」
それはイナリによる奪取の成功である。夏雲が止められている間に成しえたか。己が足音を殺し、レムレースからも気付かれぬ様に接近する事が出来たのも大きかったであろうか。
美しい結晶がイナリの手に握られていた。興味深い対象だ……何が中に詰まっているのか。さておき、これを奪取出来たのならば――後は夏雲だ。残るならばイレギュラーズの総力を持って撃退するのみ、だが。
「うう。これってもしかして怒られるかなぁ……まぁいいや。死にたくないしかーえろっと!」
「――ッ! 夏雲の口に気を付けて!」
刹那。チェレンチィが激しい声を飛ばした――
夏雲に死ぬまで戦う意志は無かったが、数に囲まれいる関係上穴を開ける必要があったが故に……彼女が大きく口を開いたのだ。さすれば、喰らう。空間ごと。あらゆる防御を突破して喰らう――魔種としての特性、か?
その一撃で木々が倒れ出した。そのどさくさ紛れで夏雲は姿を消す、か。
……さて。女神の欠片は回収しえた。ならばこの辺りの騒動はやがて止まるだろう。
後は――
●
竜とは、混沌世界において最強の種族である。
只人などでは到底叶わぬ領域。年若い竜ですら、人類にとっては脅威そのもの。
――では。その竜同士が抗争した場合はどうなるか。
阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれるのは想像に難くない。
「いやー、とんでもない光景だね!? スーパードラゴン大戦! って感じ!!
重力が渦巻いて、天候が荒れ狂ってるよ! これは映像に納めないとね!!」
であれば、かの光景を見るは紅璃だ。
クワルバルツの権能――重力操術が景色を歪め。
ホドの権能――流動操術が荒れ狂う天候を更に歪める。
もしも万が一この場が例えば幻想の街の上であったならば、その下の街は壊滅しているだろう。そして、それだけの余波がどこに向くとも分からない――故にこそイレギュラーズ達は女神の欠片を確保しうるまで、或いはヘスペリデスそのものの状況が動くまで――クワルバルツらの動きを抑える事も重要な役目であった。
故、紅璃は動く。レイドの英雄対戦でこそ輝くのだと……!!
「映像取って後で練達で配信しないとねー! まずは生き残るのも大事だ――!」
「全く。先へ進む為にも……竜種達には退いてもらわないとね」
されば紅璃の支援を受け取りし瑠藍は群がるレムレースへとまずは視線を。リトルワイバーンを駆りて、まずは連中を相手取らんとするのである。絶妙なる位置よりヒット&アウェイ戦法で彼らの身を削っていく――
「偽物が混在しているとはいえ、ドラゴン同士の殺し合いか……某恐竜映画か、でなければ、怪獣映画だな。全く。映画で見る分には結構な事だが、現実で相手取る事になろうとは、なんとも厄介な事だ」
更に一嘉も続こうか。地上に降り立ち、こちらを狙ってくるレムレースへと炎撃一閃。
連中の怒りを引き付けるように彼は動くのである――成すべきは女神の欠片を味方が回収するまで。連中の爪を躱し、返しの一撃を叩き込み。死線の狭間で彼は奮闘しようか。こいつらは無限湧きみたいなものだろう――故に、焦らず冷静に。
盾としてあり続けるのだと、彼は強き信念と共に此処に在る。
「レムレースって、大樹の嘆きみたい……? クワルバルツもクェイスと一緒にいた竜だし……なんだか偶然とは思えないわ。ねぇクェイス――これって運命なのかしら」
同時セチアはかつての記憶を想起しながら想い馳せようか。
自分が……此処に来たのは導かれたのではないか、と。
故に紡ごう、この地でも己の力を。
――大地を保護するべく結界を張り巡らせる。少しでも戦闘の余波を最小限に。
そして己も戦いに赴こう。刑務所五訓を胸に――敵を穿つ!
「見渡す限り竜だらけ……こんな光景、他じゃあり得ない事だね」
剣を構えるシャルティエは思わず苦笑するような想いを抱いていただろうか。
とんでもない光景だと。それでも怖気づく為に来たわけではない。
「道を作る助けくらいはしようか。一体でも引き付けないとね――!」
故に彼は周囲の状況を見据えつつ動くものだ。レムレースらの意識を此方に向けさせ、他の者の援護となるように。例え竜の姿をした影であっても侮りがたいが――本物でなければやり様は幾らでもあるのだから。
「おいおい……随分派手にやってるじゃねぇか。
クソ、ここまで余波が届きやがるぞ。近付いたら冥府への門が見えるってか――?
だが、そうはさせねぇよ。俺がいる限り渡らせてやったりなんざしねぇ……!!」
「やれやれ、人手が足りないとは聞いていたが――お相手は竜とは。
まぁいい。相手によって引っ込める牙など、生憎と持っていなくてね。
――氷の狼の遠吠えを聞くがいい」
次いで聖霊は空で竜が暴れている惨事に眉を顰めるものだ。だが、少なくとも現状において怪我人はともかく死者はいないようである――ならば幾らでもやりようはある。失われてなければ俺が必ず繋いでみせる、と。
護衛としてリーディアが傍にあれば何の不安があろうか!
動く。聖霊は片っ端から治癒の技能を齎し、皆の命を現に留めんと尽力するのだ。
そしてリーディアはその聖霊に近付かんとするレムレースを――撃ち貫く。
「背は任せてくれ。皆の為にも、君が倒れる訳には行くまい」
「ああ――悪い。苦労させるな」
「心配かね? 気にする必要はない――君は君の成すべき事を成すと良い」
周囲の敵意を感知し、彼は銃撃を只管に続けよう。
引き金を絞り上げレムレース共を撃ち落としていくのだ。
いざと言う時には聖霊の盾となってでも。
あぁ来るがいい影の竜よ、氷の狼の強さを教えてやろう!
「こちらも治癒は任せよ。全力で支援しよう――皆は思い残すことなく戦い続けよ!」
「レムレースに邪魔をさせる訳には行きませんね……
……他にも幾つか警戒すべき要素がある気はします、が」
更にはリースヒースの援護も降り注ぐ。悪路であろうと問題なくつき走る彼女は戦場を縦横無尽に駆け抜けながら、蝶舞う慈しみの治癒を齎すのだ。レムレースには囲まれぬように注意しつつ、戦線を保たせるべく突っ走って。
次いでハンナもレムレースへ攻勢を加えようか。
――が。彼女の視線は別の地点にも注がれている。
エチェディ。彼の動向はあまりにも怪しいから……心配が無用であれば、構わないのだが……
「あっちにもこっちにもドラゴンっぽい影が……
せめてドラネコみたいに可愛ければなぁ。まぁ仕方ないかね」
同時。ロゼットは竜に興味はなかった。どちらかと言えば愛くるしい存在……ドラネコの方が興味があるぐらいである。ただ、それでも放っておけば破壊を振りまくのであれば放置してはおけないと彼女も手伝いにやって来た。
レムレース達の注意を引き寄せ、引っぺがすのである。
その後は只管防御重視、だ。レムレースらの爪を捌き、牙を弾く。
「このものは一口サイズのお菓子ではない。容易く食せると思わない事だ」
立ち回る。生き残り、少しでも連中の目を余所に向けさせるために――
「人間達か……やはり来たな。
このような状況にも介入してくるとは、本当に物好きな連中だ」
「――クワルバルツ! 大丈夫ですか!!」
であればホドと交戦しているクワルバルツも、イレギュラーズ達の介入に気付き始める。視線をそちらに寄こしてみれば――語り掛けてきたのは。
「アイラか――だが、手助けのつもりか? 不要だ。人の力など私は借りん!」
「でも手伝いますよ! だって貴女を倒すのは……ボク達じゃなきゃ、嫌です!」
クワルバルツが顔と名前を憶えている希少な一人――アイラだ。
彼女は周囲を少しでも保護せんと結界を張り巡らせながら、クワルバルツのサポートを行わんとする。戦闘を全て防ぐのは難しいだろうが、少しでも彼女の力になればと……理由? だって――この場所も、クワルバルツも。
大好き、だからです。
「まーまーまー。仲好小好で慣れ合うんじゃなくてさ。
意地張り合って、ソレで良いと思うワケよ。
千里の道も一歩からって? まぁそういうアレがアレな訳で?」
直後には夏子も至る。今回は方針にそう相違はないのだ――協力できる事もあろうと。
クワルバルツへ放たれるホドの一撃を受け止めんと夏子は動こうか。流石に竜の攻撃の規模全て、細々したのまで受け止めるのは無理だ――けど、隙を突かんとした一撃を押し留めるぐらいならば問題ないと。
それに全部全部受け止められるなんて、クワちゃんイヤっしょ?
「言うて身の程弁えててね。なら、デカいの引き受けた方が――ねぇ?」
「大丈夫、無理に共闘しようなんて言わないよ。
ただお互い雌雄を決すのは此処じゃないってだけだから!」
「あぁ。倒すのは私、そう言っただろう! 忘れたなどとは言わさんぞ――!
こんな所で疲弊する事も許さん。いずれ至る決着の時まで、壮健でいてもらう!」
「夏子にスティア、ブレンダまで来たか――えぇい来るのは勝手だが死んでも知らんぞ!」
更にスティアはクワルバルツへ治癒の力を齎そう。クワルバルツが人の力を借りるのを嫌がるのは想定内……だから無理やり押し切る! こっちが勝手にやっている事だから、とばかりに。然らばブレンダも強引に戦場へと介入しようか。
彼女はクワルバルツへと言を放ちつつ、狙いはホドへと。
共闘する訳ではない。お互いがお互いを利用し……叛逆の竜を潰す。
それ以上の意味はないと瞳の意志で示す――
「クワルバルツを倒すのは私だァ! 貴様如きに邪魔などさせんよッ!!」
「くだらん。人間如き蟲が一匹二匹来た所で、何が変わろうか!」
「ほっほ。言ってくれるの~~じゃが相も変わらず薄明竜が本気を出せぬ状況でしか、攻めて来れぬその気質……もはや叛逆竜ではなく、卑怯竜じゃな~そなた~。或いは小物竜とでも改名するつもりかの? な――っはっはっは!」
ホドの操る暴風に、真っ向から斬撃叩き込むブレンダ――に、続いたのは夢心地のビームである! 彼より迸る熱き熱閃が雨を切り裂き叛逆竜の身を焼かんとしようか。
「ふざけた蟲だ。そんな程度で私の芯に届くとでも思ったか!」
「――その驕りこそ、汝の弱点よ。余り人間を舐めるでないわ、竜よッ。
地を這う者達の意地と魂――その身をもって知るがよいわッ!!」
さればホドは夢心地を踏みつぶさんとする、が。
刹那。夢心地は即座に動いた――ビームだけを放ち続けたのは、布石。
真なる狙いは超接近戦。ホドの動きに合わせて斬り込み御殿様と化すのだ――如何に堅牢なる鱗をもっていようとも、瞳やらまで堅いとは限るまい?
夢心地の一閃が煌めく――暴風が襲い掛かってくるも敗れず劣らず彼の踏み込みが斬撃成して。
「ニンゲンが嫌い。憎い。そう思うのは全然良いけどさ。
その嫌いなニンゲンを殴る度に、そっちだって傷つくんだぜー?
誇りだなんだの前に、自分にも向き合えよな――!」
「鬱陶しいぞ劣等種共が……!」
更に夢心地だけでなく洸汰もホドへと至ろうか。パカダクラを駆りて可能な限りホドへと接近するのである――流動を操るホドであれば風や雨によってそれを阻まんとするが、しかし洸汰の卓越した制御能力があれば、そう簡単に倒れはせぬ。
いやむしろ攻撃してくれば痛みを反射しうる術をもって着実に反撃しようか。
人間が嫌いな事情など知らぬ、が。好き勝手にはさせね――!
「ほらほらどうした? その程度かよ、なさけねーな!!」
そのまま速度を武器にホドへと一撃。どこまでもしぶとく張り付かん――
「忙しい時にこそトラブルってのは重なるものだね……
でも慌てたらダメだ。こういう時は一つ一つ確実に片付けていくのが一番だよ」
「相変わらずホドは敵対心が強めだね……でも!」
次いで文はホドを見据える。その能力を少しでも解析せんとする術を張り巡らせながら。
竜は強大なる存在であるが故に簡単には解析出来ぬ――それでも少しでもクワルバルツの損耗を防ぐ事が叶えば、と彼は行動しようか。直接竜と相対し戦闘するよりも補助的に皆の助けになる様に……時にはホドの放つ雨からの盾ともなりながら。
そしてリリーもレムレースの対処を主としながら――しかし隙あらばホドにも撃を紡いでいた。可能であれば竜とも友達になりたいのだが……ホドの問題は根深そうだと思っている。まだクワルバルツの方が可能性があるだろうか――?
(とにかく、今はちょっかいも可能な限りだして……頑張らないとね!)
穿つ。レムレース達を退け、味方の援護になる様に、と。
「蟲だなんだと結構ですが、お姉様の障害になるのであれば。
それこそ全て蟲以下の塵芥――ええ、私配偶者として参りましょう。
お姉様の邪魔は、一切合切させません!!」
しきみだ。相も変わらず彼女の瞳は『お姉様』への愛だけに染まっている。
故にこそホドもレムレースも片付けてみせよう。全部まとめて高位の氷術によって包んであげませう――幸いというか空を飛んでいる個体も多いのだ。仲間を巻き込む様にする機も幾つかあるもの。
勿論ホド側も『囀るな』と反撃の流動を紡いでくるものである。
それは矢の如く降り注ぐ雨であったり、なぎ倒す風であったり。
――されどしきみは踏みとどまる。ええ、脅威との戦いは苦行ですが。
「お姉様と生きる未来の為、このような所では死ねませぬ!」
強い意志と共に――立ち塞がり続けよう。
さすれば少しずつ、少しずつであるが戦況に変化が訪れ始める。
レムレースらは撃ち落とされ、ホド自体もやや押され始めてきているのだ。クワルバルツと交戦しながら一騎当千たるイレギュラーズ達の撃も加われば、流石に竜と言えどホドも余裕を見せられている状況ではない、か。
「蟲共がッ……貴様らはいつの時代も、私の邪魔をしてくれる……!!」
「フンッ――それは先代様の事を言っているのか? たしか『聖女』なる人物が手を貸したのだったか……私は当時の事は知らんが、昔の事をいつまでもネチネチと煩い男だ」
「黙れ。人の手を借りる事をなんとも思わぬ竜の恥晒しがッ!」
人の手を借りているつもりはない――と、クワルバルツはより激しくホドと交戦。
いずれに天秤が傾くか。それはそう遠くなさそうだと誰かが直感した……
のと、時を同じくして。
「うおーまたいやがったな! オラ!
短期間に3回目、流石に覚えたよな! 赤いとりさんだぞ!!
この緋色の翼は見た事あるだろ! どーだ!!」
「はて……タレを掛けた赤い焼き鳥なら覚えておるのじゃが……誰だったかのぅ……?」
「テメーもう絶対わざとだろ!」
カイトは――レムレースを喰らうエチェディと接触していた。
直後にはエチェディが翼をはためかせ飛翔するカイトを堕とさんとしてくる――が。警戒していたカイトであれば早々直撃などせぬものだ。風を見切りて躱し、そのまま思考を巡らせつつ接近の機会を窺う――
「なぁ今何を考えてる? 腹減ったとかか?」
「むっ? ほっほっほ。そうじゃの――確かに腹は減ったかもしれぬ。焼き鳥が喰いたいの」
「……竜を喰ったことはあるか?」
刹那。カイトの言は、証拠こそないものの……一種の確信の籠った言の葉であった。
さればエチェディの気質が微かに変じたような気もして。
「――エチェディ殿。またお会いしましたな」
直後、カイトに続く形で咲耶もエチェディへと接触を。
咲耶は幾度か、エチェディと出会っていた。
故に――警戒していたのだ。
「ほっほっほ。人間よ、また来たのか。竜の住処に何度と来るとは……
そろそろ本気で命を堕とそうぞ? 一度生き延びたからと永劫に続くとは限らん」
「お気遣い結構。それより、時にエチェディ殿。お主が求めていらっしゃったな『実』を。
それについて考えていたのでござるが――『実』とは『肉』の事ではござらぬか?」
「――ほう。そこな鳥も含めて、何故そう思う?」
「直感。とでも言えば満足でござろうか?」
以前に出会った時に得た情報からの推察でもある。エチェディが欲する『実』とは……しかしその核心たる部分をひた隠しにするのは……その実の意味、が。
『己より若く力を持つ竜』だからではござらぬか?
沈黙。それは一拍か二拍か程度の事。
戦場における本当に微かな程度の時間――だが。
「人間というのはやはり、面白い発想を持つ者達だのぅ――」
「――咲耶殿! お気を付けを!!」
瞬間。警告の声を飛ばしたのは支佐手であったか。
いつ『何が』起こってもいいように戦闘準備を整えていた彼の行動は早かった。咲耶や周囲の者に警告を飛ばし、そして己自身もエチェディの行動――『殺意』の一撃を阻まんと跳躍するのだ。
「随分と腹が減っとられるようで。ですが、この御仁だけは食わせるわけにゃいきませんでの! どうしても喰らうというのであれば……わしを押しのけてからにしてもらいましょう!」
「笑止。人間など喰わぬよ――瞬きの間に腐り果てる果実など味わえもせぬでな」
「この野郎、次はだれを捧げるつもりだ? いやお前さんが喰うつもりか?」
誰も彼も行動は一瞬にして迅速だった。咲耶はエチェディの腹に一撃叩き込まんと刃を放ち、支佐手も呪詛の巫術をもってしてエチェディを阻まんとする。カイトもエチェディの内より放たれる威圧に対し――水竜への想いと共に耐え抜かんとするものだ。
が、幸いと言うべきかエチェディの狙いはイレギュラーズ達を押しのける事であって、イレギュラーズ達を喰らう事ではなかった。いやむしろ竜という巨体からすれば、人間などと言うのは小さすぎて……菓子にもならぬ、と思っているのか?
奴の狙いはもっと別のモノ。
この時の為にずっとずっと待っていたのだ。
『なぁエチェディ、聞きたいことがあるんだが』
と、その時だ。空を飛翔するエチェディへと念話が届いた。
ファニーの術である。レムレースらを堕としながら、彼は言の葉を紡ごう。
『クワルバルツの先代は……美味かったか?』
『――ああ、絶品であったよ』
やはりか、とファニーは心の中で想うものだ。
奴の狙いはずっとずっと前から単純な事だったのではないか? 常に若い竜の肉を狙っていた――つまり。クワルバルツを狙っていたホドの動きを利用し、弱り果てた肉体を食うのがお前の目的で……夏雲はそのおこぼれを頂くのが目的。
夏雲が従っているのはホドではなくお前。
お前がクワルバルツに仕えているのも、喰らうタイミングを傍で図る為。
「させっかよ……!」
ファニーは跳躍する。全力の移動をもってして、エチェディの動きを阻まんとするのだ。しかし周囲の天候が暴風暴雨である事に加え、飛翔するエチェディに追いつくのはそう簡単な事ではない――間に合うかどうかはギリギリ、か?
ただ、エチェディの不穏な動きに警戒していたのはファニーだけではない。
「クワルバルツ、聞いて。エチェディは――ホドと会っていたよ」
「何?」
「間違いないよ。だって私、直に見たんだ」
「そっスよ。オレも見たッス。密会するかのように会ってたスね――」
クワルバルツの傍にいたスティアやライオリットは告げる。エチェディに不穏な動きがあった事を。奴には――注意した方が良いと。
……視線を微かに向ければ、エチェディが丁度クワルバルツの下へと急速に向かってきていた。接触まであと十秒もあるまい。だがクワルバルツは注意こそすれど、いきなり攻勢を仕掛ける事はせぬ。それはスティアの言を信じていなかったから、ではない。
クワルバルツは己に絶対の自信を抱いている。
負けはせぬ。仮にエチェディが歯向かって来たとしても。
それは竜としても、クワルバルツ個人の気質としても抱いている傲慢にして自負。
ホドと挟み撃ちになれば不利かもしれない、が――それでも。
「老竜に私が負けるか。奴から真か、言だけは聞いてやる」
「クワルバルツ、油断しない方がいい! 老いた竜が若い竜に勝てないのは道理だけど。それでも、もし。貴女の先代にエチェディが関わって行方不明になったのだとすれば――」
それには別の道理があるのだと、ホドと交戦していたサクラは告げようか。
エチェディには何か秘密があるのではと。
クワルバルツが重力を操るように。ホドが流動を操るように。エチェディには――
「エチェディ、其処で止まれ」
「残念ながら此処で終わりで御座います。人間とお戯れになられては――
今後、面倒な事になりそうなので。ここで仕舞にしておこうかと」
「――そうか。本気で私に勝てるとでも思っているのか?」
刹那。クワルバルツはエチェディへと重力の槍を一閃する。
それは練達のビルを損壊せしめた一撃。竜と言えど直撃すればただではすまぬ。
その一撃を、しかし。
「な、にッ――掻き消した!?」
「クワちゃん!」
「クワルバルツ――逃げてッ!!」
「させないわ……貴方の飢えは肯定させてあげない!」
エチェディが何か唱えたと思えば。クワルバルツの放った一撃が、押し負けた。
あっけない程に容易く。暖簾に腕押すように、エチェディの振るった爪の一撃が勝利した。
――あり得ない。いくら何でも抗う事すら出来ず、そんな事など。
微かな動揺と硬直。
その一瞬に爪が届かんとする刹那に夏子やセチア、スティア。そして辛うじて間に合ったファニーも庇い立てるように動いた。更には瑠藍もさせぬ、とばかりに下顎からアッパーする様にエチェディの妨害を試みようか――
(させない……! 誰かが死ぬ可能性に抗うのが看守だもの!)
セチアは強い意志と共に庇いだてんとする。
死にたくない、彼に会いたい、それでも……!
――だが爪を受け止めんとした者達が、セチアに関わらず全員『弾き飛ば』された。
庇い立てする事を予測していたのか? いや、違う。
これはもっと何か別種の『力』のような……
「――ッ、お!!」
しかし。彼らが稼いだ時間は決して無駄ではなかった。
一手。その一手の時間がクワルバルツに跳び退かせる暇を与えて。
命を繋ぐ。ただし――
クワルバルツの右肩から先は、失われたが。
「づ、ぉ、ぉおおお……!!」
くぐもった声。轟かせなかったのはクワルバルツの矜持が故か――?
「――エチェディッ、貴様。決着は私に付けさせるものであったろうが!」
「お主がさっさと仕留められぬから悪い」
「エチェディ! やっぱり」
直後。ホドに相対していたサクラはエチェディへと斬りかかる――
おかしい。クワルバルツは人間の状態であったとしても、早々傷つける事叶わぬ程の堅牢な身であった筈だ。なのにエチェディは一撃でその身を喰らった。まるでバターを削ぎ落すかのように。
クワルバルツ自身の疲弊を加味したとしても――おかしい。
そうか、やはり、だから。
「――貴方の爪が竜に特攻作用があるなら話は別だよね」
サクラは紡ぐ。ホドもお前の爪を恐れていた……
お前の秘密は、たった一つ。
――同族殺しの竜。『竜殺しの属性を宿した竜』
同胞を喰らう事でしか生きれない竜。
それがお前だエチェディ。
サクラの推測は正に100%的中していた。世にも珍しい竜を屠る為の竜。
「もしも二つ名があるのなら『竜屠竜』っていう所かな! ずっと機を窺ってたんだね!」
「あぁ――この性がはたしていつからだったのかは分かりはせぬ。
何を食っても満たされなかった。
牛も豚も鳥も人も木も精霊も岩も魔物も何もかも食べても満たされなかった――
ただある日。同族を喰らった日を除いては」
エチェディの目が見開かれる。紅き眼が、血に塗れた瞳が、世界を捉えようか。
彼は『そういう者』なのだ。竜殺しの竜としての宿命を背負って生まれた者。
「――同族が旨い。ああ食わせろ。ベルゼーが全てを喰らう前に。
蓋世竜、命鐘竜、月宮竜、破邪竜――数多を喰らって来た。
ベルゼーめは可能な限り我慢しようとしていたようだが、我はそうではない」
「だから、私も喰らおうというのか? 旨そうだというだけの理由で……!
それで……まさか先代様も……!!」
「クワルバルツ、喋ると出血が……!」
「おいおい誰も死ぬんじゃねぇぞ!! 生きやがれどいつもこいつもよ!」
肩からの流血を抑えんとするクワルバルツ。傍にはアイラが駆け寄ろうか。聖霊も他に負傷者がいないか視線を巡らせ奔走する――が。アイラはクワルバルツに治癒の力を宿した黄の花弁を与えるが、駄目だ。
そもそもが深手である事もあるが、エチェディの撃は竜にとっての毒に等しい。
治癒すら簡単な事ではない。
左目からも流血が見える。先の一撃、左目にも多少の影響を零していたのか……
――だがクワルバルツの瞳は、そんなものどうでもいいぐらい憤怒の感情で染まっていた。
故に顕現させる。己の体力の全てを注ぎ込んで――天に現したは。
クワルバルツ渾身の一撃、グレート・アトラクター。
重力の権能を収束させた超越の一撃――しかし。
「ほっほっほ。なんちゅう燃費の悪い技じゃ」
「なッ」
それに対してエチェディは『同じ技』を発動させた。
グレート・アトラクター。クワルバルツと同じモノを――まさか。
「アイツ……まさか食った者の能力を使う事が出来るんスか……!?」
「――対衝突します! 皆さん、伏せて!!」
ライオリットが予測し、戦場を俯瞰していたハンナが思わず声を飛ばす――
超重力同士の衝突が天で炸裂した。
轟音。数多のレムレースを吹き飛ばす程の奔流が場を襲う。
「ぬぅぅ……ひどく疲れる技じゃの。それよりもどうしてお主らはまだ我の前に立つ?」
「――なんていうかさ。クワルバルツちゃんもアユアちゃんも結構好きなんだよね」
その奔流は放ったエチェディ自身も襲う程だ。コントロールまで上手くいっている訳ではない、と言う事か? 頭を振って眼前を向きなおれば……しかし。クワルバルツを護るように立つ人間の姿も見えようか。
その一人がサクラだ。
クワルバルツちゃんとはちゃんと戦いたいから――貴方はちょー邪魔。
「だから守った。他に理由なんて必要ないでしょ?」
「そうだな。さっきも言った通りだ『クワルバルツを倒すのは私』だ。お前にはやらん」
「……お前達は、まったく」
次いでブレンダもエチェディの前に立ち塞がろうか。
……人間とは度し難い。あぁどうしてこうなのだ?
一度決めたことをどこまでもやる。竜程堅牢ではないだろうに、どうして――
『――クワルバルツ。人間にも時折、面白い者はいるものだぞ。お前も出会えたらいいな』
刹那。クワルバルツは先代の言葉を思い出していた。
先代も、たしか。気を許した者が一人いたと……
……いやそもそも先程、スティアやライオリットの言を聞いてエチェディを疑う行動をした時点で――私は――
「姉御――!!」
と、その時だ。先の轟音を聞いて駆けつけてきたのは、アユアか。
クワルバルツの大量の流血――尋常ならざる事態に飛び込んできて、彼女を掻っ攫っていかんとする。事態を正確に理解している訳ではないが、クワルバルツの危機という事だけを最優先にこの場を離れるのが正解だと断じた。
幸か不幸か、エチェディは先程のグレート・アトラクターの再現で微かに息を切らしている。老竜であるという体力の低さが起因しているのだろう――ならば。
「お前達も退け。今ならチャンスはある。それに私の力だけではない、アイツは……もっと」
「ねえ! こんなに卑怯な手段で勝って本当に心から喜べるんですか?
後ろから討つようなこんな事……そっちの勝利だって胸を張って言えるんですか!」
アイラは最後に、ホドに対して言を飛ばすものだ。
この結末に納得しているのかと――
ホドは只睨みつけるだけで、言葉は返さなかったが。
「どこへ逃げるというのじゃ。もう無理ぞ。
ベルゼーの力を感じる。あ奴の暴食もきっと限界なのじゃ――
まもなく全ては呑み込まれようぞ」
一方でエチェディは、笑うような言を残すだけであった。アユアに抱えられたクワルバルツを追わぬのは体力がそこまで限界に近いからか。それとも……どうせ逃げても無駄だと、想っているからなのか?
ヘスペリデスが揺れている。
大気が、世界そのものが如く。
――ヘスペリデスの揺れは少しずつ強くなっていくばかりであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。覇竜での戦いは、まもなく全ての決着を迎えるでしょう。
クワルバルツがどうなるかは幾つかの道筋があったのですが、クワルバルツがイレギュラーズの言を聞く程には認めていた事から、命は残っています。彼女がどうなっているかは、また近い内に。
ありがとうございました。
GMコメント
最後のクイズという一連の文章は、あまり気にしないでください。
それ自体は本作戦の成否には関係ありません。ご安心ください。
●依頼達成条件
女神の欠片を確保する事。
●同時参加につきまして
決戦及びRAIDシナリオは他決戦・RAIDシナリオと同時に参加出来ません。(通常全体とは同時参加出来ます)
どちらか一つの参加となりますのでご注意下さい。
●フィールド・シチュエーション
竜の里、竜の住処と言われるヘスペリデスの一角です。
風光明媚にして美しい地――だったのですが、その地は崩壊しつつあります。
ベルゼーの暴走の影響の模様です。
天候は吹き荒れ、暴風暴雨が各地を襲っています。
その一角で竜同士の争い、そしてレムレース・ドラゴンなる敵性存在が確認されました。ベルゼーの下へ道を繋ぐ為にも、この地の状況を収めなければ危険です。
レムレース・ドラゴンに関しては、近くの大地に埋め込まれるようにして存在してる『女神の欠片』を確保できると増殖が止まります。周囲には多くのレムレースがいる為、危険はありますが、なんとか確保してください!
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●敵勢力
●レムレース・ドラゴン
ヘスペリデス各地に存在する『女神の欠片』が、ベルゼーの暴走に伴うヘスペリデスの危機に呼応して出現させた存在です。ヘスペリデスの危機に対してあらゆる存在を敵視しています――
姿は竜の様に見えますが、存在的には竜ではなく魔物か精霊の類かと思われます。
大きなサイズが3体、小さなサイズが30体以上存在しています。
大きめのサイズは範囲攻撃ブレスを吐く事もあり、それなりの強さを宿しています。
更に時間が経過するごとに増えていくようです。人間も竜も関係なく襲ってきます。
女神の欠片を確保すると、追加されなくなります。
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●登場NPC_A
●『薄明竜』クワルバルツ
天帝種の一角。薄明竜と謳われる竜種です。
ホドと一対一で対決しています。時折、レムレースの介入もあるようですが、小型の存在では止める事も叶わず薙ぎ払われているようです。
重力を操る権能を宿し、広域攻撃を得意とします。
が、今まで幾度となく人間と戦ってきたからか、やや負傷や疲労の跡も見えます。
●『金剛竜』アユア
将星種の一角。金剛竜と謳われる竜種です。
クワルバルツに懐いており、彼女の為に戦います。
現状は非常に堅牢な身を活かしてレムレースを薙ぎ払っているようです。人間の事はヘスペリデスに侵入した連中と思っているようで、近くにいると攻撃される可能性もあります。
●エチェディ
分類は不明ですが竜種の一角です。どうも老竜と言える程長命な存在であるらしく、あまり動きが機敏ではないように見られます。言動にもやや呆けた所が見られる事も。クワルバルツに仕えている存在なのか彼女に忠実である様に見えます……が?
現状はクワルバルツに近寄らんとするレムレースを薙ぎ払っています。
人間も見かければ攻撃してくる事でしょう。
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●登場NPC_B
●『叛逆竜』ホド
将星種『レグルス』に位置する竜です。
天帝種嫌いの竜であり過去にクワルバルツや、クワルバルツの『先代』に戦いを挑んでいた野心的な存在でもあります。過去に『何か』あったらしく人間の事は滅茶苦茶嫌ってるレベルです。見かけたらぶち殺す心算です。
『流動』を操る権能を有しており、例えば風や雨、雷と言った事象を自在に操る事が出来ます。クワルバルツを敵視し彼女の命を狙っているようです――
●夏雲(シアユン)
亜竜種の魔種です。非常に食欲に貪欲な人物です。
なんでもかんでも『喰らう』事を得手としています――ご注意を。
また、竜の『小間使い』にされているのか、竜の指示には忠実です。
『女神の欠片』を手に入れんと動いています。ただしそれはこの事態を終わらせる為ではない様です。
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●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
戦場
以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。
【1】クワルバルツvsホド戦への対応
クワルバルツvsホドの戦いが行われている場へと介入します。
他、レムレース・ドラゴンも襲い掛かってくる事でしょう。
エチェディも近くにいますが、レムレースを対応しています。
【2】『女神の欠片』対応
多くのレムレース・ドラゴンと戦う必要がある地です。
レムレース・ドラゴンを払いのけた先には『女神の欠片』があると思われます――これを手に入れる事が出来れば、この戦場での依頼は達成となります。
アユアや夏雲がいると思われます。
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