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シナリオ詳細

<灯狂レトゥム>死像廻廊

完了

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●死像廻廊
「ミセス」
 ゆっくりと振り向いた飴村 偲は唇を吊り上げて笑う。
 薔薇色の髪の女は相も変わらず大仰に扇子で口許を隠し佇んでいた。麗しき女は「ご機嫌よう、務史」と囁く。
 飴村通信。飴村サービス。そうした通信関連会社を有する希望ヶ浜の飴村一族の女当主は静羅川立神教の信者としてその名を知られていた。
 女が入信した切欠とは飴村 禊――一人息子を『不慮の事故』で亡くしたことだという。
 そうしたものがこの場には多いことを務史 翠生はよく知っていた。
「ミュージアムの完成に祝辞を。アナタらしい実に悪趣味で良い絵が揃っている」
「お前様に褒められるとは、愉快な心地ですこと」
 偲はヒールをこつこつと鳴らしながら一枚の絵の前に立った。翠生もその傍に立つ。
「お前様は、あの方に言われてきたのでしょうに」
「ええ。新たな門出に祝福を――『レトゥム』がワタシに下さった『腕(きぼう)』を使う日が来たようだ」
 絵画を眺めて居た男はうっとりと微笑んだ。
 レトゥム。
 それは彼等静羅川立神教の『死屍派』が信ずる唯一の存在である。
 その姿を見てはならないと信者達は教えられていた。獰猛なるそれは悍ましき外見をして居るのだそうだ。故に、レトゥムはその姿を愛すべき信者には見られたくはないと言う。
「お労しきやレトゥム。今日は『孔善』といらっしゃるのでしょう」
「久々に皆が揃うのならば、しっかりと準備しなくてはなりませんわね」
 女の指先が撫でたのは『異端たる女神』と名付けられた絵画であった。
 それはとある画家が描いた『死の絵画』シリーズの未完成の一枚。美しい女を塗り潰すように黒いインキが重ねられている。
 額縁を触った女の指先がどぷり、と泥にでも沈むように飲み込まれた。
「……準備は出来ているのですね」
「生奥、いつから」
 振り向いた翠生に少年は「深美とさっきから」と背後に立っていた女を指した。パーカーで顔を隠し、俯いているのはそのシルエットから女だろう。
 深美と呼ばれたその女は翠生と偲に会釈をしてから親指をがりがりと噛んだ。
「選別、ですか」
「うん、深美。レトゥムには必要な事だから」
 うっとりと笑う少年に深美はゆるやかに頭を振る。
「……娘が、くるかもしれません……」
「深美の娘なら、選別も大丈夫だろうに」
 女は少年の言葉に頭を緩やかに縦に振った。その首から垂れ下がったネームプレートには『綾敷深美』の文字が躍っている。
「じゃあ、ぼくは深美をホールに送ってきますね」
 にこやかに微笑んだ少年の背へと偲は「生奥」と呼び掛けた。
「はい」
「……美都はどうなさるの?」
 少年は笑みを崩さぬまま、少しだけ悩んだ『フリ』をして――

「――用済みでしょう」

●『セレオロジスト美術館』
 再現性東京202X、希望ヶ浜に存在するその美術館は新進気鋭のデザイナーが手がけたという『如何にも』と云った場所だった。
 一言では言い表すことの出来ない建造物を見て八方 美都は「建築美」を感じられるほどそちら側の造詣には長けていない。
「美都は興味がないものに対しては『意味わからん』で済ませますからね」
「『ふーん、そうなんだ』の間違いだけど」
 唇を尖らせる八方 美都の傍らには白髪の少年が立っていた。白を身に纏った彼は穏やかな笑みを顔面に貼り付けて、セレオロジスト美術館に入って行く。
 閉館後の美術館はその造形の所為もあり恐怖心を刺激する。わざわざこんな場所で『集会』を開かなくてもいいではないか。趣味が悪いババアめ。そんなことをぼやきながら「きお、待ってよ」と美都は少年――時透・生奥(ときおう・きおく)を追掛けた。

 ・集会の案内
 ・場所『セレオロジスト美術館』
 参加時にこのメッセを受付に見せて下さい。

 たったそれだけの案内が八方 美都から送付されたと言う話しが澄原病院の会議室では話題になっていた。メッセージを見詰めている草薙 夜善は「どうする」と席に着いたままの澄原 晴陽 (p3n000216)に問う。
「……私に聞くことですか?」
「一応司令官っぽい顔してるから。辞めとく?」
 揶揄うように笑う夜善に晴陽は心底嫌そうな表情を見せてから「貴方がすれば宜しい」と冷たく言い放った。デスマシーンじろう君が僅かに動いた気がして夜善がサッと視線を逸らす。
 若き佐伯製作所のホープは夜妖に対してそれ程の恐怖心を抱いていないが危機察知能力はそれなりに高かったようにも思える。
「司令官かどうかは兎も角。これはまたとない機会だ。セレオロジスト美術館は最近、郊外に出来たばかりの場所だ。
 指定時刻は21時。閉館後であるのも気になる……けれど、これは美術館が飴村グループ傘下だからと考えれば良さそうだね」
「あの女の持ち物なの?」
 渋い表情を見せたのは『宗教的に』対抗心を抱いていた楊枝 茄子子(p3p008356)であった。
「そうなるね。最近テレビニュースでは『死の絵画』の呼び名が憑いている曰く付きの品を幾つか展示していると言われていたよ」
「死の……絵画……正しく、それらしいと言うべきでしょうか」
 静羅川立神教の『死屍派』。それは死を救済とする者達の集いなのだそうだ。その信者が作った美術館らしいと皮肉そうに呟いたボディ・ダクレ(p3p008384)に「確かにそうですね」と手を叩き喜んだのは真城 祀。この場には居らず、何かの調査を行って居る澄原 水夜子 (p3n000214)の従兄に当たる青年だ。
「『死』という概念を描いたとされる幾つもの絵画。その中でも有名なのは『異端たる女神』でしょうか。
 これは水夜子の方が詳しいかも知れませんけれど、ある程度の調べは付いています。見た者が『魅入られ』てしまう死へ誘う女の絵……と端的に顕すべきでしょうか」
 男の弾むような声音に耳を傾けながら、そう言えば水夜子は『大切な友人』と神社周りで調べ物をして居たな、と笹木 花丸(p3p008689)は思い出す。
「まあ、その絵が有るか無いかは趣味の範疇でしょう」
「あ、関係ないんだね?」
 ぱちくりと瞬く花丸は祀が切り抜きだと渡した紙をまじまじと眺めて居た。
「取りあえずは、行けばいいんですよね? 行かなきゃ何があるかも分からない! なら、レッツラゴーですよ!」
 ぶんぶんと腕を振り回すしにゃこ(p3p008456)に花丸は「危険かもよ?」と囁く。
「ひいん、護って下さいよ、笹木さん」
「ええ……」
 慌てるしにゃこを微笑ましそうに見詰めてから夜善は花丸の言うとおりだと考えた。
 案内はたった、それだけ。その先に何が待ち受けているのかも分からない。一先ずは向かわねば――

「アーリアさん、カフカさん、体調は」
 問うた晴陽にカフカ(p3p010280)は「んー、まあ、何時も通りやけど」と呟いてから、アーリア・スピリッツ(p3p004400)を見た。
「まだ耐えきれる範囲だけれど、何だか今は妙に『お腹が減るの』」
「それは、蕃茄を見ると?」
 ぐうと腹を鳴らしたアーリアは隣に立っていた若宮 蕃茄 (p3n000251)に肩を跳ねさせた。確かに新世界委の欠片である蕃茄や晴陽が連れているデスマシーンじろう君を見ると腹が減る、だが――
「ううん。違うわ。実は――」
 その視線は越智内 定(p3p009033)の傍で「入学式はね」「学食はね」と嬉しそうに話している綾敷・なじみ (p3n000168)に向けられていた。
「なじみちゃんを見ると、特に」
 ――それが何故だか、分からないけれど。


「拝見します」
 美都からの案内を差し出したのはアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は彼女への宣言通りシラス(p3p004421)をパートナーとして連れて集会に参加していた。
 美都からは『まあ、友達の都合が合えば誘えば良いよ、アレクシアちゃん』と適当な事を言われていたのも確かだ。
 定はなじみと共に受付を済ませ美術館の中を歩いていた。サクラ(p3p005004)は「二人とも」と手を振る。進入禁止を顕すようにロープが幾つか張られ、導線が示されている。
 向かうべきはその奥のホールのようだ。
「どうやらこっちみたい、なんだけど……受付で何か言われた?」
「何も。アレクシアちゃんたちも何も言われてないよね?」
 振り向くなじみに「何も」とアレクシアは首を振った。一先ずは道なりに進むしかないだろうか。
「……皆さん、あの絵の前に人集りがあります」
 緩やかに指差すミザリィ・メルヒェン(p3p010073)になじみは「ミザリィちゃん、暗いのによく見えたねえ」と感心したように頷いた。
 ミザリィが指した先には人集りが存在している。その隣の扉は開かれているが中の照明は着けられていないようだ。
「あれは――」
 仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が呟けば、気付いたように水瀬 冬佳(p3p006383)は「八方 美都」と呟く。
 可愛らしい赤色のインナーカラーに、何時も通りの華やかな服装をした少女は青ざめた儘、立ち竦んでいた。
「……あ、ああ、皆か……」
 見たことのない美都の表情に思わず冬佳は足を止める。
「あー……その、ミトちん、説明役だからさぁ……」
 何処か戸惑ったような美都の手を握りしめ、フォルトゥーナは小さく息を吐いた。
「ここは、選別を行なう場所だよ」
「選別?」
 定は問う。
「そう。今日は『レトゥム』……ああ、いや、死屍派の象徴である唯一が来てる。
 だから、それと会う為に『穢れた魂』は選別を受けなくちゃならないんだ。何時も色んな方法があるけど、今回は――」
 フォルトゥーナは真面目な口調で其処まで説明してから背後を見遣った。人集りが『絵へ吸い込まれていく』。

「……『死像廻廊』」

 可愛らしい少年は低くそう言った。
「案内役に美都は選ばれた。だから、美都は死像廻廊に踏み入れて選別を受ける人々を見なくちゃならない。
 勿論、入れば美都も『選別の参加者の一人』に扱われるから、無事は保証されないケド」
「ッ、フォ、フォルちゃん……やだよ、 どうしてあたしがそうなるワケ? あたし、悪い事してなくない!?」
「美都、これは素晴らしいことだよ。こんなに沢山の信者候補を連れて――」
「は? 勧誘メッチャしたから用済み?! もしくは希望ヶ浜に嗅ぎつかれたから!?」
 此処に案内を出したのも美都だった。その因果関係をフォルトゥーナは語らないが美都を宥めるように「フォルちゃんも一緒だよ」と囁く。
「……きょーか」
「そう呼ばないでって言ったけど」
 フォルトゥーナは眉を吊り上げてから、イレギュラーズを見詰めた。
「……じゃ、ボクちゃんたちは死像廻廊に行くから。
 集会に参加するなら、あの廻廊を抜けなくちゃならないけど、キミ達なら『代表者』が入るだけでも構わないんじゃない?」
 そう告げたフォルトゥーナは「序でにホール、覗いていいよ」と囁いた。
 一歩踏み入れて、國定 天川(p3p010201)は引き攣った表情を見せた。
 参加者のためにとヴェールが配られていて良かったとさえ思う。
 白髪の少年と、見慣れた『九天ルシア』の背後には、見たくもなかった存在が立っていたからだ。

 ――地堂 孔善。

 それは、國定 天川の妻と子供を殺した『原因』であった女。今は死屍派の頂点に立っている『真性怪異憑き』、そのひとだった――

GMコメント

<灯狂レトゥム>第三話。前回参加の方も、此処から初めましての方も何方も大歓迎です。
(※長編シナリオはプレイングが公開されません。伸び伸び楽しく活動して下さい)

●目的
 『死像廻廊』に入った者が一人でも抜け出すこと

●『死像廻廊』
 セレオロジスト美術館の集会参加希望者の中で『飴村 偲』が選別を受けるべきだと選んだ信者の参加するゲームです。
 イレギュラーズは選ばれたふりをして此方に参加することが可能です。ホールでは当たり障りのない話しばかりが展開されているため、『死像廻廊』での出来る限りの行動が推奨されます。
 この廻廊内部は非常に危険で、命の保証も為されないような場所です。
 ですが、『この廻廊を抜ける』=『死屍派に認められる』となる為に今後の活動も活かしやすい物となるでしょう。
 内部には『蟲』や『猿』など……何やら怪異の断片が見えているようです。

●静羅川立神教NPC
 ・『蟲』(行動箇所【1】【2】)
 鬲虫と呼ばれる存在。カフカ(p3p010280)さんに憑いてやってきましたが、現在はその身を『分け』てアーリア・スピリッツ(p3p004400)さんに巣食っています。
 地を這い蹲り、糸を吐く巨大な蟲。弱虫と呼ばれる分身を作り、人々に倦怠感などを作り出します。その性質を利用し、『死屍派』を信じることで救われると告げる様です。

 ・現川 夢華(行動箇所【1】)
 うつつか、ゆめか。皆さんの後輩ですよ。説明? 今はそれこそミスリードではありませんか?
 悪性怪異:夜妖<ヨル>『バンシー』が本来の名前。それは死を知らせる怪異。虫の知らせとも呼ばれ、ああ、ほら『蟲』。近くに居ますよ。
 仲良くも、してくれますが……?

 ・飴村 偲(行動箇所【2】)
 通信事業を手がける飴村グループの会長。『セレオロジスト美術館』所有者。『死像廻廊』を作り出した張本人です。

 ・務史 翠生(行動箇所【2】)
 静羅川立神教の信者であろう紳士。『死像廻廊』の維持を行って居るようですが……?

 ・フォルトゥーナ(行動箇所【1】)
 P-tuber。美都には「きょーか」と呼ばれていました。
 若年層に人気を博しています。イレギュラーズ達についての情報も多く有しているようです。
 何かを達観しているのか『死像廻廊』の美都についてきました。

 ・八方 美都(はっぽう みと)(行動箇所【1】)
 白椛大学心理学部の少女。『恋叶え屋さん』を名乗っています。明るく元気で友人からの評判も上々。
 皆さんをこの場所に案内してきた張本人です。何故か共に『死像廻廊』にぶち込まれました。顔面蒼白です。

 ・時透 生奥&九天 ルシア(行動箇所【2】)
 死屍派の信者である少年と少女です。何方も穏やかな微笑みを浮かべており、『背後に居る誰か』を仰いでいます。
 ひょっとすると、國定 天川(p3p010201)さんは嫌な気配を感じているかもしれませんね……?

 ・綾敷 深美
 綾敷なじみの母。姿を消しています。どうやら時透 生奥が詳しいようですが……?

●その他NPC
 ・『猫鬼憑き』綾敷・なじみ (p3n000168)
 猫鬼に憑かれた少女。本人の思想としては『猫を消す』事を考えて居ましたが、その考えも揺らいでいます。
 大学生になりました。現在は澄原病院の特別病棟に仮住まい。姿を消した母を探しています。
 誰に対してもフランクで、誰に対してもお友達だと笑いますが、危険予知を苦手とし、どちらかと言えば前のめりです。
 集会に参加を考えて居ます、が、出来るだけ大きなキャップなどで顔を隠して参加をしたいようです。

 ・『猫鬼』
 悪性怪異:夜妖。綾敷の血筋に憑いている夜妖。なじみの父を『喰い殺し』ました。
 猫鬼は所謂『猫の蠱毒』により産み出された呪詛が転じたものであり、まじないの一種が形を得たものです。
 なじみとは相性が良く、なじみの中に棲まうためには良い顔をし協力的です。これがなじみでなかったならば……。
『死像廻廊』になじみとは別の存在として参加可能。外見は金色の瞳のなじみです。なじみと通じ合うため、外との連絡役になります。

 ・真城 祀(ましろ まつり)
 澄原 水夜子 (p3n000214)の従兄。澄原病院の営業職です。表向きは。
 静羅川立神教の調査に意気揚々と参加しました。そういう所は従妹に似ているのでしょうか……。
 非常に口が達者です。何処へでも連れて行って下さい。

 ・若宮 蕃茄 (p3n000251)
 何処にでもついていく系元神様だったもの。怪異に対しての探知能力に長けています。死像廻廊向きです。

 ・草薙 夜善(くさなぎやよい)
 澄原 晴陽 (p3n000216)の元婚約者で幼馴染みです。調査に参加しない晴陽の代わりに出て来ました。
 佐伯製作所勤め。希望ヶ浜の平穏維持の為に行動しています。
 勘が鋭く、切れ者の印象を受けますが何処か残念な彼は何かあった際は自身が犠牲になるつもりでやって来ています。
 (晴陽はデスマシーンじろう君とお留守番しています。デスマシーンじろう君は何故か動く人形です。)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

●Danger!
 当シナリオには『そうそう無いはずですが』パンドラ残量に拠らない死亡判定、又は、『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●灯狂レトゥムあらすじ
 綾敷なじみが姿を消した――
 彼女は静羅川立神教に接触することを目的としているらしい。
 なじみには猫鬼という夜妖が憑いている。危険性の高い其れは、将来的にはなじみを食い尽してしまうことだろう。
 だからこそ、その解決と『母親』の一件でなじみは静羅川立神教の死屍派に接触していた。
 死屍派は静羅川立神教でも急成長してきた派閥である。その派閥のNO1こそが國定天川が元世界で殺した『はず』の妻子の仇であった。
 それは真性怪異と思わしき何かと手を組み、希望ヶ浜東浦地区で大量の自殺事件を起こしたという。
 サクラ始めとしたイレギュラーズと共に捜査を行なう草薙 夜善は次は静羅川立神教の集会へと潜入し、地堂 孔善との接触を目指そうと告げたのだ。
 その為の調査の為に静羅川立神教との接触を行なったイレギュラーズは、幾人かの信者と出会う。
 飴村事件で知られる飴村偲、務史さんと名乗る初老の男性、『恋叶え屋』八方美都、人気配信者フォルトゥーナ。
 そして、巨大な『蟲』――蟲は人々に病を振り撒き、ネガティブを増強させ死へと誘うらしい。
 蟲は死屍派のNO1である地堂 孔善の差し金であろう。そして、蟲自体が異界より現れた『旅人』の一種であり、その概念が新たな夜妖に転じたものでもある。
 カフカに憑いていた蟲は今や、別個の存在とし動き回りアーリア・スピリッツへと取り憑いた。
 そして、遂に来た集会の日――!


行動指針
 以下のような行動を行う事が出来ます。
 今回は『調査』もしくは『探索』の何方かを行なう事が出来ます。
【1】と【2】は全く別物のフィールドになるため、双方での活動は不可です

【1】『死像廻廊』
危険度:高

『死像廻廊』の内部には無数に同じ絵が存在し、ホラー仕掛けの美術館そのもの。絵が動いたり、石像が追掛けてきます。
 非常に危険度が高く、一般人でこの場所に参加した『集会参加希望者』は容易になくなって仕舞う可能性もあります。
 スキル攻撃が可能であるかは定かではありません。壁を壊すなど、そうした事も何故か不可能でしょう。
 何処からか蟲の羽音が聞こえ、アナウンスのようなものが聞こえてきます。アナウンスは神の教えか、参加希望者達は時折天を仰ぎ涙を流し、無残にも……。

 この廻廊の中に1つだけ『異端たる女神』と名付けられた絵が存在し、それが出口になっています。
 同じ絵ばかりであると言うことからこの絵画も『隠されている』可能性が高いです。
 ただ……一つだけ分かることがあります。その絵画は『この空間では異質』であり『夜妖』を察知する事も出来そうだ、と言うことです。
 危険度は高いですが、この内部には『レトゥム』と呼ばれる存在が居るようです。

【2】『集会参加』
危険度:?(行動による)

 希望ヶ浜の『セレオロジスト美術館』での活動となります。
 閉館後のセレオロジスト美術館第三ホールにて集会が行なわれています。
 一般人は居らず、警備の者も静羅川立神教の信者である事が窺えます。

 皆さんは『八方美都』もしくは『フォルトゥーナ』の勧誘を受けて集会に参加しています。
 ロケーションはOPを参考にして下さい。非常に重苦しい空気を感じ、活動中には体調への変化(目眩、立ちくらみ、微熱、倦怠感などの症状)を感じやすくなります。(『蟲』による影響です)
 集会では踏み込みすぎることは危険度を高めますが、自由に質問や行動が可能です。
『死像廻廊』を眺め、何人生き残るかを楽しみにする幹部達、教えを胸に祈りを捧げる者達。
 様々な者達の姿を見ることが出来ます。『一般参加者』には『時透 生奥』による慈善活動への誘いが行なわれているようですが……。

  • <灯狂レトゥム>死像廻廊完了
  • GM名夏あかね
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月07日 22時10分
  • 参加人数30/30人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 30 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(30人)

ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
越智内 定(p3p009033)
約束
グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)
心に寄り添う
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
カフカ(p3p010280)
蟲憑き
荒御鋒・陵鳴(p3p010418)
アラミサキ
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ

●しがらみ
 生とはしがらみでしかない。ならば、死とは生という檻より解き放つ救済だ。
 君が鳥であったなら、わたしは鳥籠の鍵を開け直ぐにでも自由に空を飛ぶ事を赦そう。
 翼の使い方を知らない鳥は、ただ、ただ、落ちて行くだけだ。
 それでも、わたしは君の選択を否定することはない。
 君はもう、自由なのだから――

●『セレオロジスト美術館』I
 周辺に馴染んだ様子を見せている『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)改め、若宮 黄瓜は集会前の段階でセレオロジスト美術館に訪れていた。
 決められた時間より先に姿を見せ、美都に「準備を手伝いに来たよ」とさも当たり前の様に告げる。
 此処にはイレギュラーズの茄子子は居ない。黄瓜と呼び掛けられれば『無垢で何も知らない女の子』の振りをするのだ。
「しぞーかいろう?」
「そうよ」
 ぱちくりと瞬いた黄瓜に応えたのは飴村 偲であった。「なんですか? 私、今日初めての参加ですけど……」と些か不安げに告げる茄子子に偲は「新しい信者なのね」と頷いた。
「死像廻廊はね、レトゥムの『選別』を受けるのよ」
「選別?」
「ええ。希望ヶ浜において、一番大事な事って知ってる?」
 黄瓜の眉がぴくりと吊り上がったが、気付く者は居ない。警戒されない程度に、引き際が肝心だ。信者として、知りたい事を耳にするだけ。あくまで、それを意識しなくてはならない。
「大事な、事……」
「ええ、この場所は真実から目を背けるための揺り籠なの。だからね、『気付いてはならない』事から目を背け続ければ、良い。
 気付いて仕舞わなければ、素晴らしい未来に辿り着ける。けれど――」
 希望ヶ浜に怪異など存在しない。希望ヶ浜に神秘など存在しない。何時だって目隠しをして『当たり前』を謳歌している。
 気付いて仕舞えば其れが理不尽な死になってしまう。気付かなければ、それは救済なのだ。
 ああ、なんて、当たり前で莫迦らしいのか。
「黄瓜は今日は見学?」
「うん。……って、浮かない顔してる。選別を受けるって聞いたよ――私の恋を叶えて貰うまでは逃がさないよ。約束でしょ?」
 その時ばかりは茄子子の顔をして、八方 美都へと囁いた。彼女はぎこちなく笑ってから「そうなればいいね」と肩を竦める。
 生きることに絶望している。彼女は『気付いて仕舞った』から。
 幾人もを死に誘いながらも、八方 美都は自分の唯一を見付けられぬまま此処まで来て仕舞ったのだろうか。
 ――ああ、屹度、彼女は『救い』に対して疑惑を抱いてしまったから『処罰』されるのだ。

「拝見致します」
 慣れた様子で案内を確認していく女に礼を言ってから『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は美術館内へと踏み入れた。
 静羅川立神教にアーマデルは深く携わってきたわけではない。だからこそ、気付くことがあるかも知れないと下調べは最低限とした。
 例えば、静羅川立神教の内部には幾つか派閥が存在し、死屍派はその中の一つであること、そして教義が『死が救済』だということだけは最低限の知識だ。
 無論、それに対して意見を抱けどもどうにも口にしてはならないだろうか。虫の知らせという言葉もある。人間の無意識下での気付きを大切にしていきたい。アーマデルは絵を見詰めて先入観なくその中に挑むと決めて居た。
 今回は集会に参加するという『晴陽の婚約者』が些か気になったものの死像廻廊を見過ごすことが出来ないと『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は夜善に「お気を付けて」とだけ告げた。
 夜善曰く「はるちゃんは國定さんと特に仲良しだからなあ。ってことで草薙夜善さんは今はフリーだよ」と謎のアピールを繰返してきていたが星穹は「聞いていません」と首を振った。明るく振る舞う彼は揶揄うように笑った後、すんと表情を失い集会場となるホールへと向かって行く。
「……こんなにも一般の方がいらっしゃるのですね」
 そう呟かずには居られなかった。抜け出すことを念頭に全ての事が上手く運ぶように考えねばならない。
 何より、星穹は暁月とは違う。心配を掛ける相手は選ぶ方だ。ちゃんと帰還しなくては叱られて仕舞うのも確かである。
『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は焦っていた。だが、内心での事である。あくまでも『違和感のない程度』に溶け込まなくてはいけない。
 静羅川と『死屍派』に近付く為に集会へと参加することは既定路線だった。その行動に関してはやるべき行動であると認識していた。
 しかし――蓋を開けてみればどうだろうか。集会にスパイスを振りかけすぎである。
(こんな、集まった人全部を喰らいにかかるとまでは考えてなかった! 見立てが甘かったよクソが!
 オレらイレギュラーズはともかく、一般人の参加者はマジでやばい! なんとかしないと!)
 こんなにも何かを行なうというのだから事を起こす可能性がある。例えば、今回の『選別』で彼等を贄にして。
 底まで考えれば、風牙は居ても立っても居られなかった。ずんずんと飛び込んで行く風牙の背中を見送ってから『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)はさてはて、と周囲を見回す。
「成程」
 案内確認をされる程だ。しっかりと『教団は機能している』と考えるべきだろう。
 今までの真性怪異とは万人による概念が影響を与えているパターン、閉塞的でその地方特有の空間で限られた人間が信奉し神格化したパターンがあった。だが、今回は種別が違う。『宗教』とはそういうものだ。耳にする人間が多くなる。自ずとそれが『神』であると定義されやすい。
「実に良い構造だ」
 不特定多数に信仰が広まっている。それ以上に不特定多数が『レトゥム』と呼ばれる何らかの神が存在していると認識するのだ。
 詰まりは存在の定着。怪異にとって信仰とは力であり、存在の維持とは即ち認識によるものである。
「しかし、レトゥム。猿がいる。猿の怪異と認識すべきか。猿の手、というものもあったな。
 突き詰めれば代償を基に願いを叶える呪具だろう。『手』ではなく本体と交渉が出来たなら、より己の望む形で願いを叶える事が出来るのではないか」
 呟く愛無はこの場に澄原 水夜子が居なくて安心したと胸を撫で下ろした。猿怪は水怪、即ち『女好き』である。敢て水夜子を外したというならば炯眼だ。
「まあ、そこはどうでも良いのだが。幹部はどの様に考えて居ようとも、『死は救済』というのは信者という『代償』を手に入れるためのお題目ではないか。猿怪は死者を蘇らす事もできるはずだ。『形』はどうあれ――願いを叶えやすくもなる」
 さて、何を考えて居るかは定かではないが、それは『本人に聞けば良い』だけだ。序でに腕の一本でも貰えれば良い土産にも鳴りそうなものだけれども。
「試練。選別。謁見。如何にもだが、情勢の不安がヒトを駆り立てるか」
 弱気に寄り添うではなく、付け入る事を進行と呼ぶのは感心しない。況してや死が救いというのであれば鬼が絡まずとも捨て置けないと『アラミサキ』荒御鋒・陵鳴(p3p010418)は廻廊への参加に立候補したが――
(何時か訪れる安寧を信じて今を心安らかに在る、というのとは訳が違う……此の闇の中に居る何人を掬い上げられるのだろうな)
 絵へと自ら進む信者達は、心安らかに『何者かから与えられる死』を待っているのだ。それは異様でしかない。
「飴村会長ってセレ……なんとか美術館なんて持ってたの? マジかー、金もってんなー」
 流石は『飴村グループ』ということかと『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)はからからと笑う。
 集会参加者として共にやって来た秋奈。自称『拙者、特に芸術センスもないのに現代美術を理解しようとチェックしちゃう剣道少女』なのである。
「……なるほど奥が深い」
 そんなことを口にしてはみたが、何も理解して居ないのであった。
 秋奈は一般人の少女として参加していた。その隣を歩いて行く蕃茄が「秋奈、あげる」と『黄瓜』の残したメモを見てから「ほーん」と呟く。
(あ、じゃあ、これ、私ちゃん楽勝クリアじゃね? アレでアレなやつだわ、捜索と霊魂疎通と『運』でワンチャンとか考えたけど――)
 傍らには何時だって『あれ』が居た。それだけでも救いなのかも知れないけれどやっぱり、ちょっと怖かった。
「花丸ちゃんとかとかー一人で動いていたりーしないかなー?」
 心細かった秋奈はきょろきょろと周囲を見回したのであった。

●『セレオロジスト美術館』II
「どうした、顔色が悪いぜ。これまで何組も招待してきたんだろう?」
『竜剣』シラス(p3p004421)に声を掛けられて、八方 美都そのひとは肩をびくりと跳ねさせた。シラスの隣には『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が立っている。
「あ、ああ……彼氏と来たんだ」
「彼氏――ではないけれどね、美都君と一緒に死像廻廊に入ろうと思って」
 いいかな、と微笑みかけたアレクシアに美都は力無く頷いた。フォルトゥーナがシラスとアレクシアをまじまじと眺めて居る。
「恋叶え屋さんが結んだカップルは一月足らずで姿を消すという噂……それって、つまり、『そういうこと』なんだろ?」
「……そう、ね」
 美都がぽつりと呟いた。例えば、ビルの怪異――飴村ビルはそうした場所の一種だったのだろう。この死像廻廊そのものは中々利用される者ではないのかも知れないが。
「大丈夫、俺達はこういうの慣れっこだからさ。守ってやるよ」
「え、何言ってんの。危険――」
 シラスは首を振った。美都の反応を見ればアレクシアは直ぐに理解出来る。
『彼女』は外について知らない。ギルドローレットの事も、夜妖と戦っている事だってそうだ。簡単にしか知らない。希望ヶ浜学園の生徒は夜妖について知っているという事位しか教わっていないようにも思える。
「大丈夫だって。信用してよ」
 もう少しだけアレクシアとカップルごっこしていてもよかったな、と呟いたシラスに美都は「照れてんの? ホントのカップルでしょ」と当たり前の様に言った。否定も肯定も行なわないアレクシアを見たが、どうやら聞いていないだけだと悟りシラスは肩を竦めた。
「こんにちは。その様子だと『死像廻廊』が何かなのはご存じなのですね、美都さん」
 けれど、自身が入ることは予想にして居なかった。其処まで口にした『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)に美都はのろのろと頷いた。
(彼女の立場はやはり……恐らく、彼女は静羅川立神教の深い所までは本当に知らない。蟲の件然り。
 つまり……幹部ではなく、少々深入りしている熱心な信者、宣伝係。言ってしまえば『何時切り捨てても良い程度の末端』、か)
 状況が変化して彼女諸共人集めが不要になったか――もしくは『本当に必要な事の準備が整った』のか。
「……貴女は。此処を無事に抜けたい、ですか?」
「あ、当たり前じゃない。あたし、もっと……もっと役に立って、ちゃんと『パパとママ』の所に行けるはず、なのに……」
 死像廻廊で死を迎えるのは救済ではない、と言うことか。冬佳はまじまじと美都を見た。彼女は何も知らないのであろうか。
「散々他人をこういう場に送っておいて、自分は嫌だ怖いとか、舐めてんだろ……。なーにが『悪いことしてない』だ。呆れるわ」
 風牙にちくり、と指された美都が鋭く睨め付ける。しかし、涙を孕んでいることに気付き、つい、たじろいだ。
「あのね、死屍派の『教義』は死は救済。あたしだって、信じてる。でも、こんな『選別』なんかでそれが与えられるわけないでしょ。
 あたしは『選別』を終えているの。終っているから何が起るのかも、どうすればいいのかも分かってるんだもの!」
 美都がぐいぐいと風牙に詰め寄ったのは年の近い少女だと風牙を認識したからなのだろう。メイクはよれている、涙の流れた後がある。髪型だって崩れてる。そこに完璧な『ミトちゃん』はいない。
「あたしは救われなきゃならないの!」
 ――彼女は生きている上で苦しいことがあったのだと、それは理解出来た。
「美都、顔色が悪いぞ。呼吸を落ち着けられるか」
 宥める『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に美都は背を撫でられてから小さく息を吐出した。
 普段の彼女ならば「イケメンだわ!」とはしゃぐ所だが、今はそんな余裕もないように思える。折角の美術館だ。のんびりと見て回りたかったが――それも難しいのだろうとベネディクトは『入り口となる絵画』を眺めて居た。
 ただ、一人きりで歩いていたのは『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)であった。
 空腹が苛んだ。どうしたことか、大切な『生徒』を抱き締めることも出来ないのだ。なじみが帰ってきたあの日から、アーリアの中の違和感は大きくなっていく。
 おめでとう、と言って抱き着いて。屹度喜んでぎゅっとしがみ付いてくれる彼女の背を撫でて褒めてやりたかった。
 だと言うのに『脳内』で思い描いた理想が――変わる。おめでとう、ではない。口をつくのは『いただきます』になりそうなのだ。
 腹の中で、蟲が口を開けて待っている。彼女を、彼女の中の『猫』を。
「アーリア」
「蕃茄ちゃん」
 どくん、と心臓が跳ねた。彼女は真性怪異の分霊(かけら)。美味しそう。美味しそうで、仕方が無い。
「アーリア、もしも、全てが恐ろしくなったら、蕃茄が食べてあげる」
 その言葉に、アーリアは唇を緩めてから笑い返した。ああ、大丈夫――蟲が呼ぶ方向に進めば怖いことだって薄れてくれるはずだから。
「うっわー……え、やばくないですか? やばくないですか?」
 楽しげな声が聞こえてきて、アーリアはそそくさと身を隠した。『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)の弾むような声音である。
「超完成度高いお化け屋敷! でも人死が出たらただのモンスターハウスです……語感は似てますけど!
 怖いですけどこれも友達の為! 絶対はぐれないでくださいね! はぐれたら死にます! しにゃが!」
「……」
「『猫』ちゃん何か話して下さいよー!?」
 しにゃこが絵画の中に踏み入った時、目の前に立っていたのは猫鬼だった。彼女は『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)と『綾敷さんのお友達』越智内 定(p3p009033)を待っていたのだろう。
「……あ、『猫鬼』」
「ああ、『猫』か」
 紫色の猫の姿をして居た其れが尾を揺らがせる。定の肩の上に収まったそれは「いざとなれば人の形になる」となじみと良く似た声音でそう言った。
「調査開始だね……って言っても私達と違って普通に信者候補として集められた以上、素直に応じてくれるかは怪しいけど、何もしないわけにはいかないもんね」
 一般人の確保が目的だと意気込んだ『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)に汰磨羈は頷いた。
「しかし、構わんぞ。無茶をするにも人手が必要だろう? その為の協力は惜しまぬさ。
 この期に及んで、無理も無茶も抜きでどうこうできるなどとは思っておらぬしな――」
 しかし、何かがあれば頼りにしていると汰磨羈は『猫鬼』へと囁いた。なじみと霊的に繋がっている。だからこそ、外のなじみと連絡が取り合えるというのは良いことなのか、悪い事なのか。
「っくし……」
 小さな嚔を漏してから『無視できない』カフカ(p3p010280)は肩を竦めた。
 先程、柔らかな紫色の髪が見えた。あれは、アーリアのものだった様な――気がする。
(まあ、来るやんなあ。蟲が、呼んでるし。……アーリアさんに蟲がついたのも、この世界に蟲がばらまかれてこの宗教の連中に悪用されたのも……。
 俺がこの世界に呼ばれたせい。俺が蟲を連れてきた。だとするなら俺は、俺がやるべきは、なんなんやろな。何ができるんやろうか)
 まだ、何も思いつかないのは蟲がぶんぶんと『羽音』を立て続けているからだ。煩すぎて、思考もできない。

●死像廻廊I
 確かに呪物としか呼びようのない空間だ。夥しい闇色の中に、絵画が飾られている。セレオロジスト美術館を『夜』に閉じ込め多様な場所だった。
『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は怪異に近寄れば、相手の領域内に引き摺り込まれる事は道理であるとも考えて居た。
 呪いの継ぎ接ぎか、女神の掌の上に立たされているのか。この内部では相手に自身達の行動は筒抜けであろうとも認識していた。
「……さて、何処にあるか。『異端たる女神』」
 それがこの廻廊から抜け出す出口だった。天から聞こえ続けるアナウンスに上空を仰ぐ者達。異様な空気だけがその場所には漂っている。
「……うへぇ、ロクでもない所に来ちゃったんじゃないのこれ」
 真性怪異について知りたいと考えたのは『流転の綿雲』ラズワルド(p3p000622)が『蛇神』と知己であるからだ。
 何か知れる事があればと重い足を踏み入れてみたは良いが廻廊と言うよりも怪異の腹の中のようであるような気色の悪さがある。生温い空気は判断能力を低下させ、死を救済だと仰ぐ者達の姿を見るだけで「きもちわる」――思わず呟いた。
「ただの絵や像が動く訳ないもんねぇ、これも怪異? 夜妖? それとも幻覚?」
「怪異によるものなのだろうな。『死像廻廊』……名称からはミラーハウスのような、覗き込めば永遠に廻る迷路のような印象を受けた。
 本や絵画は物語……異界と親和性が高い。故郷にはそういう、正史から剪定された異界への入り口たる書物や絵画が回収・保管される。禁書架図書館があってな……」
「つまり、怪異の遊園地」
 言い得て妙だとアーマデルは『心に寄り添う』グリゼルダ=ロッジェロ(p3p009285)へと頷いた。
「こういった探索も偶には一興だな。動く絵画に石像。先程は走って行く奇妙な像が居た。遊園地とは言いたいが実態はそんな楽しそうなものではないのだろうが……」
 死ぬかも知れない人々を放置するのは寝覚めが悪いとグリゼルダは呟く。一般人救出を目標等する者達と協力し合えば其れ等は救えるのかも知れない――が。
「死を救済とする者の集いだというならば、単純だが死に惹かれているものほど出口を見つけやすいのではないか?」
「夜妖、ということかな……」
 アーマデルは呟いた。グリゼルダは「どうだろうか」と天を眺める。アナウンスが聞こえ、天を仰いだ信者達はぴたりと動きを止めている。
 話しかけてみたがうんともすんとも応えを返さないのは彼等がアナウンスに『魅入られている』証拠だということだろうか。
「信者達は何処を見ているのだろうな……」
「分からない。ぱにっく、にもならないし、死の恐怖も、感じていない。あの『あなうんす』のせいだろうか」
 自暴自棄にもならないのは些か可笑しいとグリゼルダは感じていた。話しかけても反応がないのは気味が悪い。
 アーマデルは死者の霊を探すが、それは霊と言うよりも『霊魂』に近しい存在だったのだろうか。
「……此処ではあまり怪異の類いとは縁を結ばない方が良さそうだ。見ていれば、ぼんやりとしていない信者達は進んでそれらと接触しているようにも見える」
 其れが何を意図しているかは分からないが――一先ずは絵に印を付けてから廻廊を廻ろうとアーマデルはゆっくりと歩き出した。
「この印は」
「ああ、一度見たものだったからだ」
 陵鳴は頷いてから、絵から目を離し呟いた。「どうやら、思い違いをして居たようだ」、と。そう呟いてから彼は美都の元へと進む。
 陵鳴のしていた思い違いとは単純明快だ。これは『鬼』が絡んでいる。アナウンスは『鬼』の気配がする。邪を払うのは必要か。
「んー……異端が普通じゃないってことなら、そこら歩いてたりしてねぇ。
 異端たる女神、人の形してるとか言わない? 参加者に混じってない? なんて、あったらどうしよう。レトゥムも混じってたりして」
 ――そんなことを言って、『怪異を見付けてしまったら』どうしようかとラズワルドは笑った。
 不自然な鼓動が何処かから聞こえてくるが、それは『この空間が脈打っている』と気付いて仕舞った事になる気がして、目を逸らした。
「ふむ。外とは少し違うのですね」
 折角ならば絵画や美術品を楽しみたいと考えて居た星穹だが――この空間にあるのは怪異そのもののようにも感じられる。
 得も言いがたい気持ち悪さではあるが仕方ないだろうか。それとも、見る者が見れば何か意味合いがあるのかも知れないが――
(生憎、宗教徒ではありませんので何も信じては居ないのですが……。
 芸術に心を動かされるという事もあるのでしょう。命を擲つのはあまり褒められたことではありませんが)
 星穹は黒く塗り潰された絵画から目を逸らした、地面には川を描いたイラストが存在していた。それがどうにも足元を捉えるのだ。
 その『水』――実際は水ではないが、水があると思わせる仕掛けなのか――が絡み合っては、思考を鈍らせんとする。
(ああ、やはり、この空間は怪異の特別性。人心の扱いは宗教家ならでは、長けていらっしゃるのですね)
 それでも家族や恋人、大切な人や譲れない者は誰にでもあるはずだ、と星穹は考え、ぼんやりとしていた信者達に声を掛けた。
「……家族のところに、連れて行ってもらうんだ」
「はい?」
「家族のところに行くのが、救いなんだ……」
 呟かれるその言葉に、蟲の羽音が重なり合う。なんて、耳障りなのだろうか――
「ぎょわあー!?」 
 秋奈の叫び声がする。つまり「一寸怖かった」のである。霊魂疎通を駆使して誰かの『何も言葉になって亡くても良いから存在を聞いていたい』秋奈は耳を傾けたが、何も聞こえなかった。
「ああーもう、ズルすんね。いいじゃんね、ズル。アリエっち……アリアリ……アリエちゃん?
 相手も夜妖ってんなら『有柄様』にちょっとお伺い。許してアリエちゃん。
 んでさ、『異端たる女神』の絵を見つけたいの。ひと際反応が大きいの無いかい?」
 独り言ちた秋奈の『肌』を何かが這いずった。皮膚の中だ。盛り上がるようにしてそれが腕を這い蹲り指先へと向かう。ぼこり、と音を立てて人差し指が盛り上がった。
「ぎえ」
 痛くはないが気持ち悪い。思わず眉を顰める秋奈に『有柄様』は確かに行く先を示してくれたのだろう。
 夜妖に気付く。
 怪異を認める。
 それは『希望ヶ浜という揺り籠』で過ごす人間にとってどれ程に恐ろしいことであろうか――ああ、屹度、それは『イレギュラーズ』には分からない。
(でも、目を背けたい奴って居るんだよね。私ちゃんには分からないけどさ)
 気付いて仕舞わなければ救いなのだという。莫迦みたいな信仰も、食い物にされてしまえば只のよくある怪異譚。
 問題は、深く根付いた信仰というものは、何人にも侵されないという事だ。
「『選別』ならば、何か基準があるだろうが。この廻廊自体が蟲毒のようでもある。
 ……求められる物は怪異への親和性か。贄としての適性か。元となる怪異は憑物筋のような面も持つ様だが」
「蠱毒」
 思わず呟いたのは『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)であった。
「ああ、蠱毒……と、は思わないだろうか」
 愛無もミザリィも個人で行動していた。他者の存在は楔たり得る。愛無は『死ぬときは一人だ』と考えて居た。
 故に、獣や人に憑く可能性を想像していたが、死骸は存在していなかった。ミザリィは音を聞き分けて此処までやってきたという。
「此処が蠱毒なのか、はたまた抜けた先が蠱毒なのか。其れが問題にもなりましょう」
「と、言うと?」
「……アナウンスを聞いていたのです。蟲の羽音は耳障りではありましたが、アナウンスはどれも『聞き取りづらい』のに、信者の皆さんはそれを神の教えというように感じ取っている」
 耳を澄ませ、全ての物音を聞き漏らさぬようにして居たミザリィは眉を顰める。
「このアナウンスは『私達では聞き取れない』のではないか、と感じました」
「ああ、それはあるかもしれない。僕は夜妖憑きだ。君は?」
「真性怪異に出会ったことがあります」
「まあ、僕らは何方も『お手付き』だ。そして、一般人の彼等は『お手付き』ではない」
 ミザリィはお手付きという言葉に妙な顔をした。確かに、彼女自身はとある因習の村で非常に怪異に好かれたこともあれば、各地で様々な真性怪異にも触れてきている。イレギュラーズが希望ヶ浜で活動する上で『一般人のようにフラット』では居られない。
「『選別』とは即ち――」
「怪異を知っているか否か、実に単純だ」
 ミザリィは頷いた。試しに天井まで跳ね上がってみても届きやしない。スピーカーも見えない。だが、廻廊はぐるぐると何処までも続いている。
「……『怪異を知っている者が』『怪異との親和性を求められ』、『迷うことなく脱出した』ならば」
「待ち受けているのは怪異による怪異の蠱毒、実に愉快だな」
 思えば、飴村ビルで『蟲』は怪異を食べて居た。レトゥムと呼ばれた『真性怪異』も同じように何かを糧にしたならば。
 ……いや、それは今は考えないで置こう。悪いジョークのようにも感じられるからだ。
「死像廻廊……こんな狂気に満ちたゲームをしていたわけですね。
 嵌められた形ですがチャンスでもあります。この場を潜り抜け、答えの場所まで踏み込むべきでしょうね」
 体の中でぞわり、と動いたのは『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)と共に在った魔女だった。
 死血の魔女はこの状況を嘲笑う。マリエッタが『意思の疎通の出来ない謎の魂』が存在している事に気付いたのは暫くしてからだ。
 魔女が囁くような感覚だ――『からっぽじゃない』と。
 目の前の塗り潰された絵画に、死血の魔女の姿が見えた気がする。
「空っぽ? どう言うことですか?」
『空っぽでしょう。もう食べられてしまったのだから』
「魂はあります。ですが――」
『死というのは、どういうものでしょうね』
 魔女が笑う。マリエッタは「死」と呟いた。死とは肉体を指すか、それとも精神を指すか。後者であるならば『存在を喰った』とでも言うべきか。
 肉体を失い乖離した霊魂の心を食い尽す。殻となった魂は、只の容れ物だとでも言うべきか。
 惨いとマリエッタは呟いた。何処からか聞こえる蟲の羽音に、聞こえ続けるアナウンスに。
「……この状況は心を折る為に意図的に不安を煽る創り。
 であれば答えに近い者は答えと思ってはいけない……地獄の先にこそ、きっと道はある。死さえも超えてみろと、そういう事なのでしょう?」
『死を、越えられるの?』
 あなたが、と魔女が笑う。
「煩い」
 誰にも聞こえぬ場所でマリエッタは叫んだ。
「煩い!」
 くすくすくす――――笑い声だけが聞こえる。
 振り返れば、黒髪の娘が立っていた。
「こんにちは、先輩」
 現川夢華は言う。
「迷子でしたら、ご一緒しましょう。私も『先輩』の所に行くつもりでしたから」

●死像廻廊II
 運が良ければ――いや、訂正しよう。『運が悪ければ』レトゥムの顔をも拝めるだろうと『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は一人でやって来た。
 知らぬが仏とは言うが、知らなければ次には繋がらない。さて、『知らぬが仏』というのはこの場合どちらにも掛かるのだろう。
 怪異について知り、全容を暴かなければ『幸せ』な者達がニコラスの傍には居る。参加者の救助を行なうならば、その認識に深く切り込まねばならないのか。だからこそ、遣りづらい。
「絵画の世界ねぇ。絵には心が宿るっつうが……さてはて。どんな心をしているのやら」
 美術の方面には明るくないと告げる陵鳴は死は鬼の養分になるのだと考えた。電波は通らず光源となる『アラミサキ』の矛はしずしずと進むだけだ。
「天井、床……迷路のように入り組んでいるコレは天から見れば何らかの絵になっていたりするのだろうか」
 陵鳴は呟きながらもアナウンスが聞こえ耳を澄ませた。虫の羽音は、心をざわつかせる。実に不愉快だが、アナウンスに耳を傾ければ、そちらに『意識が思わず奪われる』かのようだった。
 正しく、それは天からの救いのようだ。耳にした信者がそれを『縋る』ように見上げたのは、この暗澹たる廻廊の中で其れだけが唯一の希望のように感じられるかだろう。実に、意地が悪いのだ。
「怪異らしく後ろの正面に居た場合は――どうだろうな」
 陵鳴はふと同じ絵がばかりがあることが気になった。
 絵。その絵は塗り潰されているが元は何が書いてあったのか。まじまじと目をこらせば――それは、美しい女の絵画を真っ黒に塗り潰したものであったことが分かった。
「何とも言えない顔だな」
 ニコラスは思わず呟いた。一般人を救出する仲間との合流を行ないながら、一先ず情報を整理するべきだろうか。
 この中の何処かにレトゥムが居る。その気配がするのは確かだ。『怪異』とは認識すれば、そこに存在(あ)る。
 詰まり逆を返せば居ないと思えば居ないのだ。だが、イレギュラーズは『存在(い)』ると考えて居る。だからこそ、それはここに入って来た。
 今回の場合は『レトゥムを知っている人間がいれば良い』。つまり、美都が一人でも良かったわけだ。
「うう……帰ろうよぉ」
 呟く美都に「帰りたいのはやまやまですが、抜け出さねば意味がありませんと」冬佳が困った様子で背を撫でる。
「顔見知りだろう。流石に放ってはおけない、問題が無いなら同道しよう。何処までやれるかは解らないが。
 ……知り得ている限りの事を教えてくれないか。此処から脱出する為に」
 ベネディクトの問い掛けに美都は「知らないわよぉ」と情けない声を出した。美都とフォルトゥーナこそが、安全無事に抜け出す事の出来るヒントになる筈だ。
 ベネディクトとて他の一般人達を救ってやりたいとは考えて居たが――それも全て、は難しそうではある。
 フォルトゥーナはさも興味なさそうにイレギュラーズに付き従っていた。誰が見てもフォルトゥーナの方が内部事情には明るいだろう。
「これはどういう状況なんだ、どうして美都まで選別を受けている?」
「美都は元からあまり深く踏み込んでなかったんだよね。僕ちゃんはレトゥムと会ったこともあれば、君達のことも詳しいけど」
 胡散臭いとシラスは呟いた。アレクシアも同じくなのだろう。どちらかといえば美都の側に興味があるのだろう。
 希死念慮に取り入るような場所だ。明るく振る舞っていた彼女には何か辛い事があったのかも知れないと気を配り続けて居る様子でもある。
「俺は別に死屍派の信仰を否定はしないさ、でも押し売りは御免だぜ。
 死は救済だ。そうやって受け止めないと慰められない心もある。別に悲観的でも特別でもない、普遍的な価値観の一つだと思ってるよ。
 ……アンタはどう思ってるんだ? どうして」
「僕ちゃんもそうだね、死は救済というのは否定しない。僕ちゃんは、美都には救われて欲しかった」
「美都さんがですか?」
 冬佳は問うた。美都はぎこちなく冬佳を眺めて居る。
「東浦キャンバスの時の蟲……鬲虫。やはり、静羅川は無関係でも無さそうですよ」
「あたし、ほんとに何も知らなかったんだよね……」
 がっくりとした美都にフォルトゥーナは「美都はそれで良いんだよ」と耳障りの良い言葉を繰返した。
「まあ、しゃあないんちゃう? この中にモノホンがおるなら俺が探し当てたるしさ。あれ、会っても嫌やけどさ。
 ……まあ、俺は分かるよ。アレが何処におって、何がしたんか。なんとなく。あの蟲、死屍派が使って『何したいんか』も何となく分かったわ」
 カフカに美都は「何だと思うの」と問うた。カフカは腹を撫でる。どうしようもない程に腹が空いていたのに、満たされた気がしたのはどうしてか。
 アーリアに憑いた蟲を思えば自分だって猫鬼を見るだけで腹が空いたはずなのに。
(アナウンス聞いて泣いてる奴らも、気持ち悪いなあ、頭可笑しくなりそうやとか思ってたけど――ちゃうわ)
 カフカは「秘密」と美都へと微笑んだ。こてんと首を傾げたしにゃこは「ははーん、もしかしてラブです?」と明後日の方向に向けた言葉を投げ掛ける。
「ちゃうって」
「しにゃこさん、メチャクチャ今怖いんでしょ」
「ち、ちちちち、違いますけどォッ!?」
 花丸にしがみついていたしにゃこは「寒気がする」と何度も繰り開けした。
「寒気か。確かに、何かが近付いて着ているような気もしているが……」
 周囲を見回す汰磨羈に定は「なんだろう?」と首を捻ってから――
「先輩」
「うわァッ!?」
 びくりと肩を跳ねさせた定の背後にはいつの間にやら夢華が立っていた。
 夢華に連れられて遣ってきたマリエッタは「漸く落ち合えましたね」と美都へと声を掛ける。
 美都は随分な扱いを受けていた。騙したつもりはないのだろうが、結果的にそうなった因果応報。報いを受けるのは確かだ。
「美都さんとフォルトゥーナさんは一番に詳しいでしょう。ある程度の調査を終えた後なのです。
 ……大丈夫、私は別に貴女をどうこうするつもりはありません。何より友達でしょう? こんな小さな悪戯ぐらいで怒りはしませんよ」
 マリエッタをまじまじと見詰めた美都が乾いた笑い声を滲ませた。
「あたし、ほんとの友達、きょーかしか居ないと思ってたから……なんか、うれし……」
「私も友達ですけど」
 夢華がにんまりと笑う。花丸は定に「ジョーさん」と囁いた。夢華は夜妖だ。それは花丸も聞いている。
 参加者達に呼び掛けても相手に為れなかった辺り、彼等は夜妖が何であるかを認識していない。今は『夢華を人間として扱うべき』なのだろう。
 無理矢理手を引いてきた参加者達。花丸としにゃこに連れられて遣ってきた彼等はぼんやりとしている。
「お家に帰るなら夢華ちゃんが手伝ってあげましょう。なにせ『先輩』が此処で死んじゃうなんて勿体ないですからね」
「……あれ? 其れってどう言う意味なんです?」
『入った』場所――入り口の絵から出る事が出来ないかを確かめ、閉じ込められた気がすると叫んだ『異端的な可愛さを有する女神』ことしにゃこは夢華に問うた。
「だって、此処で『いなくなる』って死ぬとはまた違うじゃないですか」
 花丸は夢華の言葉に考え込んだ。ひよのを思い浮かべる。帰り道だと言った彼女。
 此処で亡くなるというのは即ち存在を怪異に取り込まれるという事なのだろうか――
(……分からないけど、夢華さんは教えて呉れなさそう、だよね)
 一先ずは彼女と共に行動するべきだろうか。教えてくれやしないいじわるな後輩に手を引かれる定の背中を花丸はまじまじと眺めて居た。
「何を持って異端と呼んでいるのやら。案外この世界から出ようと参加者に混じってたりするのかね。
『死の絵画』の一枚だっけか? ……なら死に対する異端というのなら生を求め足掻こうとするものだったりしてな」
 呟くニコラスはぼんやりと絵画を眺めた。『生』がなければ『死』は成り立たず、『生』を知らなければ『死』は分からない。
 その認識は翻って。『生(あたりまえ)』がなければ『死(異変)』は成り立たないことを示している。
 詰まり、怪異という、神秘という、『存在し得ないもの』を異端と認めるには、ベースがなくてはならないのだ。
(澄原先生や水夜子さん達の調べた話からすると、『異端たる女神』とは死の噂を一身に受けた事で夜妖と成った絵画……か?)
 ニコラスの考えを聞きながら冬佳は更に考え込む。この空間は異界の類いだ。平常心を忘れず神秘的な観点から考えるべきだ。
 この内部では『多少の自衛は出来る』事も分かっている。ならば、自身が有する能力を使用することだって出来るはずだ。
「しかし、ホラー仕掛けの美術館、ですか。良い趣味をしていますね」
 緩やかに歩いてやって来たミザリィが眉を顰めた。お世辞にも良い趣味とは言えないとニコラスが揶揄うように言えば「ええ、もちろん」とミザリィは頷いた。
「ホラー仕掛けにして居るのだって、あぶり出そうとしてるんだろうな。異端を」
「それは、私達のことですか」
 ミザリィの問いにニコラスは頷いた。怪異を知っている存在は異端だ。少なくとも、それは希望ヶ浜では――

●死像廻廊III
「一緒の集会で出会った縁だ。共に乗り越えられるように頑張ろうぜ!」
 風牙のファミリアーが『人間』を探り、掛けよって声を掛けた人々の瞳は虚ろであった。
 何を告げようとも耳に入っていないかのような反応をするのだ。それは異質すぎる。
「命の危険がある所を案内しなきゃなんて、死屍派の人も大変なんだね。それにしても良く分からない選別だぜ。
 ……死屍派って言うのは死こそが救済だって言うんだろう?
 ならこの廻廊で死ぬ事は救いになるはずだし、それこそが教義にならう事となる筈だろ?」
「そうだよ。けど、信者達は『象徴に出会って幸せになれる』だけなんだよ。美都や僕にとっては大いに意味が違うけど」
「それは……希望ヶ浜では見たくない者から目を逸らしているって話とイコールできるかい?」
 居心地の良さそうな夢華に手を繋がれながら定は問うた。なじみが此処に居なくて良かった。手を振り払えば夢華は何処かに行ってしまいそうだからと手を繋いでいたが彼女にそんな場面は見られたく――肩の上の『猫鬼』はノーカウントにしておいた。
「そうだよ。フォルちゃん達は夜妖を知ってる。君の後輩がバンシーなのも、肩の上にいるのが猫鬼なのも。
 でも他の人はこの空間は神への道に見えて、アナウンスが神の声に聞こえて、象徴は迎えに来てくれた神様にみえるだろうね」
「それは――」
「真実を知らなければ目は曇るでしょ」
 フォルトゥーナは微笑んだ。定は「何とも言えない話だよね」と肩を竦める。花丸も同じ心地だ。
「……正しく、希望ヶ浜らしい、と言う事だな」
 汰磨羈は呟いた。蕃茄の欠片を含んでいる愛刀も妙な気配をさせている。アナウンスを『聞き取れなかった』のは信者達と聞いている『もの』が違うからなのだろうか。
(……美都は怯えてるのに、この参加者達は怯える訳でもないし、アナウンスを聞いてから大人しくなってる。寧ろ、遣りづらいな)
 幾人かを引連れていた風牙と合流したベネディクトは走り回る石像から一先ず身を隠した。
 確かに対応は出来そうではあったが、自身が身に着けた技量よりも石像達へと叩きつけられる攻撃は弱っているように感じられた。それが、斯うした空間であるが故なのであろうか。
「参ったな。この場所にずっと居ると頭がおかしくなりそうだ」
「……だからよ」
 美都がぼそりと呟いた。ベネディクトは「美都?」と彼女に呼び掛ける。俯いている美都は冬佳に張り付いたままだがそろそろと唇を震わせた。
「こんな場所に居たら頭が可笑しくなっちゃうわ。けど『世界に適性があれば』抜け出せる。
 あたしだって初めての時はちゃんと抜け出せたわ。今は、もう……皆がいないと、何処に行けば良いのかさえ分からないもの」
「同じね」
 暗闇のなから聞こえた声はアーリアのものだった。何処か困ったような表情をして居るアーリアは『何人か』から目を背けた。
 例えば、愛無。例えば、汰磨羈。夜妖に『曰くが憑いた』ものを見る度に腹が減る。どうしようもなく、落ち着いていられたのは平常心のお陰だったのだろうか。
 それから、もう一つ――
「奇遇やね」
「そうね」
 カフカが居た。『同類』の彼が空腹を抑えているのは彼に憑いている蟲は彼によく馴染んでいるからなのだろう。
「美都ちゃん、フォルちゃん。一緒に動いてもいい? ……ね、正直大人ぶって一人で居るのも限界なのよ、一緒に居てくれない?」
「そんな辛そうな顔で?」
「んふふ、フォルちゃんにはお見通しね。大丈夫、何があったってセンセが守ってあげちゃう!
 一人になりたくないのも本当だけど、二人と話をしてみたかったのも本当なのよ。フォルちゃんは美都ちゃんと知り合いだったみたいだし」
 聞きたいなあと笑いかけたアーリアにフォルトゥーナは「杏剛・京佳」と呟いた。
「僕の名前。アーリアが聞きたい事は『フォルちゃん』じゃなくて『京佳』が教えてあげる」
「本当に? じゃあ――」
「今日の『選別』は特別製だよ。夜妖に適性のある奴らを選び抜いて『次』に閉じ込めるんだ」
「閉じ込め――?」
 アーリアが目を瞠った。カフカは「どういうことなん」とフォルトゥーナに低く問い掛ける。あくまでも、美都には聞かれないようにだ。
「君が一番『関係ある』よ、カフカ。君の中の蟲が羽化したら、間違いなく夜妖を食べる」
「食べ――ええ、まあ、せやろうけどさ……」
 己の中に居る『蟲』がそういう者であることは理解してる。それがどうして関わるのか。
「夜妖は人に寄ってくる。外に出た信者と、それから夜妖を同じ場所に閉じ込める。それで――」
 そこまで口にしてからフォルトゥーナがその体を固めた。
「ッ――」
「フォル……? ああ、なんか『おでまし』やなあ」
 カフカは困ったように暗闇を眺めて居た。
 死者の感情を利用して呪物でも作って居るのか、何らかの願望器でも作るのかサイズはその様に考えて居た。
 もしも、『レトゥム』と出会えたならばそう問うてみたかった。敵意を抱くつもりはない。妖精は此処には関係なく、サイズ自身はこの廻廊で何か得られるのだろうかとも考えて居た。
 天には美しい白き鱗粉を振り撒き飛び回る蝶々の姿があった。それは触れれば簡単に解け花片のようになる。
 それこそが蟲だ。蟲の欠片。弱虫。読んで字の如く、大した力も無い『怪物』の欠片である。
 この廻廊はレトゥムと呼ばれた死屍派の――真性怪異の作った空間ではないのだろう。それにしてはお粗末すぎる。
(この空間は『異端たる女神』……そう呼ばれている夜妖の作ったものなのかな、何でも飲み込んでしまう暴食さだもんね)
 腹の内部に危険因子を飲み込んでしまう神様ならば内側から殺されてしまうだろう。ラズワルドはそう認識してゆっくりと歩いて行った。
「お腹空いたから顔を見せちゃった?」
 心臓の音はしない。生きている存在ではないような、異様なもの。
 目の前の『女』に問うたラズワルドに「まあね」と笑って見せたそれは――細く、嗄れた猿の腕を有していた。
「こんにちは、ええと……レトゥム?」
「こんにちは」
 恭しく腰を折った『女』が星穹の姿を見付け「君は外だね」とそう言った。
「……どう言う意味、でしょうか」
「君は燈堂の匂いが濃いな。そっちの女の子も音呂木の匂いだ。あちらの刀は? ――別の『真性怪異(かみさま)』の気配だな」
 指差された花丸と汰磨羈が身構えた。星穹は燈堂の匂いと告げられたことに自身の子である空と心結が脳裏に過った。
 花丸とてそうだ。音呂木は花丸が懇意にして居るひよのの生家である。ひよのが巫女として神職の大半の担っているのだから――
「困ったなあ。今回の選別は『はずれ』かな。美都」
「ッ……」
「連れて来たのは、美都? それとも、京佳?」
 呼ばれたフォルトゥーナが「僕です」と宣言した。愛らしく、可愛らしいP-tuber『フォルトゥーナ』ではない。アーリアの前でだけ少し見せた『杏剛・京佳』の顔をして居る。
「僕が連れて来た。美都は関係ない。妖蠱をするなら僕を連れて行って」
「フォルちゃん!?」
 アーリアが肩を掴む。先生として其れは許せなかった。フォルトゥーナは時間が許す限りアーリアに教えてくれた。
 京佳は元から親を知らず、孤児院で育った京佳は飴村に拾われたという。培った価値観も全て彼女が作り上げたものであるため深く入り込んでいる。
 美都は両親を亡くした少女だったという。美都に死屍派について教え、美都を護ってきたのは京佳だったのだと、そう言った。

 ――あの娘には、幸せになって欲しかったんだよね。僕の分だけでも。

(莫迦ね、先生がいるのよ?)
 アーリアはフォルトゥーナの肩を掴む。レトゥムは「美都、そこからでなさい」と促すように『絵』を指差した。
「他は貰っても良いかな、京佳」
「……ねぇレトゥム、私を選びなさいよ。蟲とも相性がいいし、食べ応えがあるわよ。……尤も生き汚いから、食べたらお腹を壊すでしょうけど!」
 アーリアはフォルトゥーナを庇うように両手を広げた。
 蟲の気配がする。羽音がうるさい。頭が可笑しくなる。カフカは「ああ、もう」と呟いた。
「ぶんぶんぶんぶん、やかましい! アーリアさんにばっか格好付けさせられへんって。その蟲、俺のせい!」
 カフカが大声を上げればしにゃこが目を丸くした。「いや、確かにそうかも知れませんけど、そういうことじゃなくってぇ!?」と慌てるしにゃこはどうしたものかとばたばたと体を動かしている。
「ああ、もう笹木さんが言ってた虎穴でなんとやらです! ちょっとタンマ! ほら、可愛さの女神の顔面をみて許してください!」
 レトゥムは待ってくれている。しにゃこの突然過ぎる『発言』に固まったのか、それともカフカとアーリアの中の蟲が蠢く気配がしたからなのかは分からない。
「『蟲』憑き。ああ……青年の蟲はよく育ってしまったね」
「どういう、事や……」
「空腹は感じないだろう。君の蟲は、親だからね。『子』が腹に居る彼女と違って、よく育っている」
 レトゥムが嬉しそうに笑った。
「君の蟲は羽化をする。君が蟲に食い尽されるか――君が蟲を受け入れ従えるか、それは君次第だろう」
 背の肉が盛り上がった気がした。カフカが膝を付く。呻いたカフカを抱きすくめるようにアーリアは肩を掴んだ。
「何をしたの!?」
「違うさ、蟲だよ。蟲が、出てこようとしている」
 囁かれる声音に――カフカはがたがたと震え始める。体の内側に何かが居る。蟲の気配だ。
 それが這い出そうとしている。今はダメだ。今は。今、出て来てしまえば蟲はこの場の全てを食い尽す。
 それは『今』じゃないと本能が叫んでいる。
「ッ、すまん、俺、先に――」
 アーリアの腕を掴んだカフカは「はよ出るで!」と叫んだ。アーリアは小さく頷き、他の仲間達に出口を示す。
 皆が順々に出て行く様子を眺めながら定は傍らの夜妖に問い掛けた。
「夢華ちゃん、どうする?」
「先輩に出口を教えるだけですし。私は……」
「駄目だ。なじみさんも心配してたぜ。一緒に行こうよ。そういえば猫鬼と夢華ちゃんが一緒にいるのって珍しい気がするぜ」
「……私は未だする事がありますから」
 肩を竦める夢華に定は「夢華ちゃん」と呼び掛けた。美都が怖がっているから助けたかったのは、良心がそうした。彼女の事はしにゃこやアーリアに任せていられる。けれど――夢華はどうだ。
 夢華の本質を知っているからこそ、この場所が居心地が良いことは分かる。けれど。
(……けどさ、なじみさんの傍に居て欲しい。
 一人ぼっちだったなじみさんに、最初に寄り添ってくれていたのは夢華ちゃんだから。
 どうしたらいいのかなんて分からないぜ……人間関係って、やっぱり苦手だ)

 ――なじみん。
   なじみんの傍は居心地が良いですね。

 だって、もうすぐ死んでしまうから――なんちゃって。

●出口
「……いきますよ」
 しにゃこが花丸に囁いた。出来るだけ救いたい。ベネディクトと星穹がじりじりと交代していく。
 扇動していた風牙はきちんと外に出られただろうか。これが安全だという保証はない――保証はなかった、が。
「これです」
 星穹は確かにそう言った。何故か『この絵が一番安心』するのだ。それは彼女を思う『子供達』の気配がしたからかもしれない。
 隔絶された空間から出る事が出来る。
「いきましょう。笹木さん、『いっせーのーせ』です」
「うん、了解だよ」
 出口か。レトゥムが顔を上げた――が、気付いた刹那にいの一番に前へと飛び出したのはアレクシア。
「レトゥム」
 彼女は自身が囮となり仲間を逃がす気なのか。
 運が良かったのは『アレクシアという少女』が得た世界からの贈り物(ギフト)が『魂』を感じ取るものであったからだ。
 大きな苦痛を感じた際にシラスがストップを掛けたが、身に取り込むというのは即ち連れ出すという意味合いである。
 運が悪かったのは『レトゥムという存在』が欲しかったのが魂であったことだ。体力的にキツいと認識したアレクシアの強がりをシラスは気付いて居る。
「アレクシア」
 シラスが厳しい声を投げ掛けた。
「……あなたは、魂を養分にするんだね。養分なのか、それとも食事の一種として認識しているのかは分からないけれど」
 アレクシアが真っ直ぐにレトゥムを見た。それは美しい女のなりをしている。『孔善』と呼んだ女の姿を借り受けているのだろう。
「返して欲しいなあ」
 唇がざらりとした音を立てた。背後には『異質な絵』がある。一枚だけ、その絵は怒っているのだ。塗り潰されている女が怒りの形相をして居る絵に『此度の贄』であるはずの一般人が押し込まれていく。
(早く、早く――!)
 定に緊張が滲む。アレクシアに興味を持っているレトゥムは未だ、贄の数が減っていくことに気付いて居ない。
「返して欲しいなあ」
 もう一度、耳障りの悪い声音が居聞こえた。
「魂のことなら、返してはあげられないよ。ここをこれ以上、あなたの餌場にはさせやしないから。
『死は救済』だなんて嘘。死ねばそこで終わり。そうじゃなきゃ、この廻廊がこんなに魂に満ちているはずがない」
 アレクシアは直ぐにヴィリディフローラを構えた。杖の先に黄色い魔力が宿る。譲れぬ思いが、眩い光を帯びる――が。
「アレクシア!」
 シラスが吼えた。レトゥムが動き出す前に、シラスが美都を『出口』へと叩き込みアレクシアの腕を退いた。
 それは青年の本能的な察知だ。勝てない。少なくとも『この空間』では無理だ。アレクシアの眩い魔力が、一瞬にして消え去ったのが其れを意味している。
「シラス君!?」
「出直すぞ」
 レトゥムが追うよりも早く、シラスはアレクシアと共に『出口』へと飛び込んだ。
「あーあ」
 ぐりんと首だけ向けたレトゥムに汰磨羈は「いけ」と『猫』達を促した。
 この様な場所だと、なじみから離れられる猫鬼。霊的には繋がっているのだろうが、仕組みさえ分かれば『分離させること』が出来るのだろうか。
 猫鬼とは呪詛だ。なじいの血に憑いている。
 どのようにして引き剥がすかが問題だが――それ以上に、目の前の『怒っている』怪異こそが問題か。
「たまきち」
『猫』の声に汰磨羈が振り返る。汰磨羈は最低でも猫鬼と定だけでも脱出させると決めて居た。
「心配するな。これでも、しぶとさと生への執着には自身が――」
『猫』からぞうと気配が立った。汰磨羈が目を見開く。
「わたしは、怪異だ。たまきちが帰ってこなければ、なじみはわたしに『約束』をくれなくなる」
 定は汰磨羈の腕を掴んだ。そうだ、なじみは屹度怒るだろう。
 彼女と『猫鬼』の問題に定は上手く踏み込めてやいない。
 彼女と『猫鬼』の約束に定はなんとか干渉できてもいない。
 君がの所が死で別つまで――なんて、待ってられないくせに、考えることばかりだ。
「一度出て考える! そうだろ。なあ、夢華ちゃん!」
「先輩ったら」
 嬉しそうな顔をした夢華がレトゥムににんまりと微笑んだ。レトゥムが動きを止める。
「バンシー……」
「どうせすぐ呼んで下さるんでしょう、レトゥム」
 微笑んだ夢華にレトゥムの嗄れた腕が伸ばさんとし――降ろされる。
「猫鬼」
「『フカミ』は返してあげてほしい」
「君がそんなことを言うなんて」
「わたしはね、『なじみ』が気に入ってるんだ。レトゥム――『なじみさんは、外でお前の依代と会ったぞ』」
 猫鬼は『なじみの姿をとって』そう言った。
 レトゥムはけたたましく笑い始める。世界が揺らぐ。出来るだけを救いたいと願ったが、これ以上は無理か。
 まだ幾人もが残されている。だが――猫が勢い良く出口に走り込んでいく。汰磨羈の首を掴み投げ入れるように夜妖の膂力が唸る。
「せーんぱい」
 定に飛び付かん勢いで夢華が覆い被さった。出口に向けて定の体が倒れていく。
 唇がぶつかり掛けた事に気付いて、定は「ぎゃ」と情けない声を上げ――
「大丈夫ですよ、せんぱい」
 夢華の微笑みが降る
「『それ』はなじみんにあげるから、夢華ちゃんは……こっち」
 頬に夢華の唇がぶつかった気がした途端、定は美術館のエントランスに尻餅をついて弾き出されていた。

●集会I
 ――出発前に、『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は澄原 晴陽に「行ってきます」と挨拶を行っていた。
 デスマシーンじろう君が相変わらずその存在感を発揮していたが、ある意味で安心できるのだろう。魔除けとしての意味合いも強そうだ。
(しかし選別ですか……あまり良い趣向ではありませんね。
 人の命を弄ぶ最悪の儀式だとは思います。ですが、情報を引き出す為にも興味のあるフリをするべきでしょうね)
 もしもデスマシーンじろう君を廻廊に連れていったならば思う存分暴れてくれそうな気配はするが、『彼女』を晴陽の傍から離さない方が良い。
 それはリュティスの予感であり、デスマシーンじろう君という妙な存在が脳裏に引っ掛かったからでもあった。
「なんだか居心地が悪いね」
 帽子を深く被っていたなじみの傍で『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)が「そうだよね」と困ったように肩を竦めた。
 隣には草薙 夜善の姿もある。サクラはなじみと夜善の護衛としてこの場所にやって来た。それでもじっとしてばかりでは得るものも少なかろう。
「なじみさん、夜善さんはちょっとだけ此処に居てね?」
「サクラちゃんは?」
「ジョーさんの元クラスメイトだったっていう九天ルシアちゃんにちょっと話しかけてこようかなって。
 なじみさんは少し危ないかも知れないから夜善さんにひっついていてね。絶対に勝手に行動しちゃダメだからね」
 こくこくと頷いたなじみは『猫』が廻廊に入っていって仕舞ったことを知っているからだろう。自分を護る物の少なさに怯えた様子である。
「こんにちは。ジョーくんのお友達なんだよね?
 貴女はどうしてここに来たの? 仲良くしたい人がいるのかな。そっちの男の子がお相手?」
「……生奥は違う」
 ルシアが首を振ったが、その隣で時透 生奥が「冷たいなあ」と笑う。リュティスは「生奥様とお呼びしても?」と問うた。
「名前、ご存じなんですね」
「美都様から勧誘されたので、それなりには」
 自身達も『呼ばれた側』なのだとアピールするリュティスに生奥は「成程ねえ」と頷いた。
「そういえば綾敷 深美さんって知ってる? 友達のお母さんなんでいるなら挨拶しときたいなって思ってたんだけど、見当たらなくて」
「……ああ、深美さんは慈善事業に参加していて」
 はぐらかされたのだろうか。サクラは「また会うこともあるかなー」と和やかに微笑むだけだ。
「この選別は、罪人を外に放り出し救いを与えるとは仰って居ましたが……その判断は『レトゥム』様が行って居らっしゃるのですか?」
「まあ。そうかな。美都が紹介したがっていたのは君かな、確かに頭も良さそうだし、怯えた様子もない」
 頷く生奥にリュティスは首を傾いで見せた。その発言から『美都の代りでも探していた』のかとも感じられる。
(確かに、美都様は迂闊ではありました。此方に尾を掴ませてしまう可能性に、少しばかり勘の悪さもあった。
 ……成程、毒を喰らわば皿までという言葉もあります。代わりに立候補するのも悪くないのかも知れませんが――)
 生奥が今更になってみ美都の代りを探したのはどうした事情だろうか。例えば、彼女が適応できない『何か』があったと言う事だろうか。
「何か力になれるという事でしょうか。と、言っても提供できるのは武力位のものですが……」
「君は、夜妖に憑かれても大丈夫そうな肉体で安心したよ。出来れば廻廊に入って欲しかったけれど――」
 どう言うことだとリュティスが生奥を眺めたがそれ以上の言葉はない。
 サクラは生奥に聞こえないように、「静羅川 亜沙妃さんって会ったことある?」とルシアに問うた。
「……ううん」
「そっか……孔善さんなら会ったことあるのかな? 私も会ってみたいなあ」
 呟くサクラにルシアは「何処に行っちゃったんだろうね」と呟いた。その一言から『ルシアは亜沙妃』にあった事があるのだろうとサクラは直感した。
「なじみ殿ー!」
 ぶんぶんと手を振ってやって来た『夜善の協力者』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)。亜沙妃のことが気になるというジョーイにルシアは「教祖様、最近はお姿を見なくなったらしい」と言った。
「ほあ? それってどう言う意味でありますか?」
「……ん、分からないけれど。そう、言ってた」
 言ってた――というのは死屍派の『リーダー』が、であろうか。慈善事業に参加するつもりでやって来たジョーイは「なじみが見つかっても問題は山積み」だと理解していた。
 因みに、ヘルメットを被って参加しようと誘ったが「逆に目立ちそうだから辞めとく」となじみに断られてジョーイは思わず「ぴえん」と叫んだのはここだけの話である。
「慈善活動に参加しようとしたんですが、何か吾輩、『加護が強い』と言われまして~、何かルシア殿は知ってたりしません?」
「……音呂木」
「音呂木? あ、ひよの殿!」
 音呂木、と言えば希望ヶ浜でもその名を聞く神社である。その巫女であるひよのはジョーイの友人に当たる。
「音呂木は力が強いから、加護の気配が少し残っていたのかも。あなたは、見学」
「とほほ」
 がくりと肩を落としたジョーイにルシアは気の毒になったのか首を振った。屹度――その方が良いと、励ますような声を掛けて。
 彼岸花のカードを持ってやって来た『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)はVIPの扱いであった。
 その理由も「フォルトゥーナが持て成してあげて」と彼女の名を上げていたからだという。
「私を死に誘ってくださると聞いたのだけれど?」
 ヴェールで顔を隠した『車椅子の娘』に「勿論」と生奥は微笑んだ。いつも以上に重たく感じられるからだに、車椅子を動かす腕が疲れを感じ始める。
 今のヴィリスは鉄靴を履いては居ない。今のヴィリスはダンスフロアで自由に踊るプリマドンナではない。
 事故で足を失った可哀想な女の子、なのだ。生きる希望もなくなって、車椅子の上で籠の鳥になる哀れな娘。
 それを演じるように俯いたヴィリスに「救いを求めてきたのだと」口にする参加者達は皆、虚ろな目をして居る。
(辛気くさい顔をして居る。救いだなんて簡単に口にする……し、う、うーん……顔に出さない努力はするけれどやっぱり私と価値観が違いすぎるわね。
 拠り所がない人たちが弱ったところを付けこまれたのかしら。踊りがなければ私もこの人たちの様に絶望して死を望んでいたかもしれないわね)
 そう思えるほどに、この空間は異質であった。生奥が「車椅子を押しましょうか」と声を掛けてくれる。
「こんな身体ではもう生きる希望も意味もないの。折れ曲がってしまった指も、……それに『これ』も」
 傷の残ったかんばせは女の武器などどこにもないのだと言わんばかりであった。踊りだけでもなく演技も出来る、ミュージカル女優『ヴィリス』に生奥はじいと彼女を見詰める。
「あなたは良いですね」
「……何がかしら?」
「死は救いであると、認識しているでしょう。恐らく、其れを否定していない」
 其れは勿論だ。死が救いになる事もある。逃げ道の一種だ。少なくとも、ヴィリスは其れ等全てを否定はしない。
「ええ……」
「けれど、それを『誰かに押し付けること』は許せない。違いますか?」
 自分で踊る舞台を見極めるヴィリスを見透かしたように生奥はそう言った。
「気に入りました。よければ、次回も手伝ってください」
「あら、どうして?」
「丁度良いじゃないですか。足を捥がれた状態って」
 嫌なことを言う、とヴィリスは生奥の顔をまじまじと眺めた。

●集会II
「……因習村の次はカルトでスか。
 公安案件と言われたらたしかに機関の国内防諜室の仕事として私も入る事はまだわからなくもないスが……んにしても、最近厄モノネタ引きすぎじゃありません?」
 げんなりとしていた『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は嘆息する。現地スタッフを装いながらこっそりと忍び込んで居た。
 流石に、一般的に公開されている美術館であることから、警備は厳重だ。『セレオロジスト美術館』は郊外に出来たばかりで知名度は余り高くはない。
 夜間の警備員がいるのは頷けるが、其れにしては数が多い。『選別』を受けずに信者として入れ込んでいる者が多いのかも知れないとも考えた。
(……選考基準はなんでスかね)
 死像廻廊や『選別』を経ているならば、そうした痕跡が残っているのだろうか。倦怠感を感じ取りながらも、『裏』からこっそりと忍び込んでいた美咲は首を捻る。
 何処にも不可思議なことがないのは流石は希望ヶ浜。本拠地ではなく、此処を集会場としただけなのだろうか。
(何事もなく他のメンツが撤退出来ればいいでスが……)
 何があるか、警戒して置いた方が良い。ホールの様子を伺いながらも、自身は隠れた位置で――
「何をなさっているのでしょうか」
 がりがりと不愉快な音がした。爪を囓っているのだろうか。フードを深く被って居るその人は『自分の正体をばらしたくはない』事が窺える。
「……は」
 何処からと美咲は息を呑んだ。フードの『女』は「え、えっと」と戸惑う。その様子を見れば幹部とは言い切れないが、油断も出来まい。
「あ、『フカミ』と申します」
 フカミ、深海? 布上? いや――それが名字か名前なのかは彼女は言って居ない。
 美咲は『アヤシキ フカミ』という名を何処かで聞いた気がした。綾敷 なじみの母であっただろうか。
「その……集会場は、こちら、ではありませんよ」
「え、ええ……ハ、ハイ?」
 そんなことだけ言って頭を下げ、去って行く『フカミ』の背中を美咲は異様な物を見るように見詰めていた。

 ――ここには『地堂 孔善がいる』。
 それは『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)が務史 翠生から聞いた言葉である。最初から、その人にだけ逢いに来た。
 死屍派の首魁である孔善とは何物であるのかを気になった。最初から彼に会いに行くと告げればボディは易々とホールへ向かう事が出来たのだ。
「お久しぶりです、務史様。以前はお誘いいただきどうも。気になって集会に来てみました」
「ああ、オマエさんか、久しぶりだな」
 穏やかな表情をして居る翠生にボディは只ならぬ事を感じられた。気になったのは確かだ。気持が変わるほどのことがここにあるのか――どうして『オマエさんなら』と言われたのか、気になって仕方が無かったのだ。
「不躾ですが務史様、この集会の目的とは。『死は救済』ならば、選別より全員死なせた方が教義に合うのでは。……そのキューブと関係はあったり?」
「ああ、このキューブは『我が妻』から頂いたんだ。素晴らしいだろう」
 うっとり笑った男にボディはぎこちなく肩を竦める。答えになっていないと、もう一度同じ質問を繰返した。
 幹部は何人『生き残る』のかを楽しみにして居た。それは死を救済としているにしては余りにお粗末だ。
「オマエさんには難しいかな。死者を多く産み出せば、それだけ良いことをした事になるんだ。
 それに、我が妻は『もっと素晴らしい』事をお考えだ。今回生き残った者には褒賞を与えてくださるらしいよ」
「……成程、共感はしませんが理解はしました。……なら、どうして務史様は私に最初、死屍派に来てくれると思ったのですか」
「オマエさん、夜妖に縁が深いだろう」
 え、とボディは息を呑んだ。「分かるよ、何、ワタシだってね『調べないわけじゃあない』」と彼は繰返す。
「燈堂は居心地は良いかい?」
「……ど、してそれを」
「澄原のあの子こそ『ワタシ達の仲間にしたかった』のだけどなあ。オマエさん、連れてきてやくれ――」
「ッ――貴方が言っていた地堂 孔善とは何者なのですか。その方がいれば私も気持ちが変わる、と?」
 それ以上、『彼』の事を口にされたくはなかった。澄原と言う家が希望ヶ浜では其れなりの地位にあり、目立った存在であることも識っている。
 祓い屋の一門で知られる燈堂だってそうだ。夜妖と共に在る『死屍派』ならば邪魔だと認識する可能性もある。
 其方に手出しすることはないだろう。武力抗争では分が悪い事を知っている。ならば――手を出すなら?
(……龍成……いや、『先生』の方か……)
 話し相手にぴったりなのはあの女医だ。澄原の権限を有する『院長』は弟を護る為ならば対話に応じるだろう。
「勿論。我が妻の『依代』だ。屹度、会うだけで心が揺らぐだろう」
 そんなことはない、とは思いながらも興味が惹かれる。
 ボディはその感覚こそ『真性怪異』に近付いた時、その神域に踏み込んだ刹那に感情が揺さぶられる感覚だと認識していた。
「……その人とはどうやって会うのですか?」
 翠生は「そちらにいらっしゃる」とゆっくりと振り向いた視線の先には――「時透さん」
 怠いなあと茄子子は呟いた。平然を装うことも出来るけれど、此処では其れは不自然だ。
 一般参加者は『蟲』の影響を受けているだろう。茄子子は敢て小さな咳をしてから「うう」と呟いて。
「大丈夫? これはお誘いだよ」
「……慈善活動ですか? ぜひ参加させてください。ちなみに何をするんですか? 参加してからのお楽しみですか?」
 ぱちくりと瞬いた黄瓜に生奥はにんまりと笑ってから後方を一瞥、それから「孤児院を回ったりしているんですよ」とありきたりな言葉を重ねた。
「ところで時透さん、ずっと背後を仰いでますけど、彼女はどなたですか?」
「え? ああ、『うちのリーダー』ですよ」
 その言葉がなくとも、『偉い人』だろうという簡単な想像は出来ていた。誰であるか、は聞かずとも傍らに立っていた『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)を見れば良く分かる。
 その表情は青褪め、有り得ない者が存在して居るかのように目をぎょろりと動かしている。
 天川は今、幸せであるかと問われれば間違いなく『幸せ』と応えるだろう。人殺し、復讐鬼、家族を失った男がそれを許されるのかは分からないが。
(……きっと、復讐なんぞ晶も光星も望んじゃいなかった。そんなことは分かって居る。分かって居るが――
 どうしたって俺は孔善が憎い。奴がいなければ家族は死なずに済んだ。奴と同じ空気を吸っていることが我慢ならねぇ)
 ぶるぶると拳が震えた。どうしようもなくどす黒い感情が湧上がってくる。どのようにしてそれを我慢できようか。
 リーダーと言って名を誤魔化しているが、何と云われようと分かる。
 ――國定 天川の妻と子がなくなる切欠となった大規模テロ事件。その主導者、地堂 孔善。
 その気配を天川が見紛う筈もない。
「……おい。九天。もう面が割れてるんだ。コソコソしても仕方がねぇ。率直に聞くがあれは地堂孔善本人か?」
「……」
 九天 ルシアは後方を仰ぎ見た。ステージ上に何者かが座っているが此方からは窺えぬように暗幕が掛けられている。
 直感を信じれば孔善が生きており、この場所に座っている筈だ。
 選別と入っていたが『死像廻廊』は恐らくは孔善にとっての悲願を叶えるための第一歩でしかない。全人類の祝福を――孔善にとっての祝福は即ち、死を――広めようとしているだけだろう。
(九天の能力は以前と同等か?
 それとも混沌肯定で弱体化しているのか?どちらにせよそっちも探っておかねぇと後々厄介だな。と、これも聞こえてんのか? 九天)
 天川は『読まれている』と感じた。それは混沌世界でイレギュラーズ達が持ち得るリーディングと同等か。
 ルシアが元世界で有していた能力は弱体化しているが、一つだけ違ったようである。九天ルシアは『パス』になる事が出来る。
 対話を求めた者達だけが聞こえるように、自身をアンテナに会話を行なう事が出来るのだろう。
(……聞こえてる)
(聞こえているなら、聞こえてるなら頼みがある。孔善と話をさせろ。お前の能力で中継しての念話でも構わん。
 俺にはそれくらいの権利があると思わねぇか? お前個人で判断出来ないのなら孔善本人に確認してみてくれ)

●『死願死募』
 ルシアは『幾人か』との対話を仲介すると告げた。挙手をした黄瓜に天川は戸惑ったが、彼女にも考えがあるのだろうと認識している。
「私が今、貴方を殺そうとしたら、貴方はそれを喜んで受け入れますか?」
「勿論」
 声音は『孔善』のものだった。
 死を願う者。其れは確かか。だが、死を与え、死を願うが故に『自身に課せられた使命』であるように、皆に平等な死を齎していると言った積もりだろうか。
 破滅主義者の自殺志願者。其れに付き合わされるのは堪ったものではないと茄子子は独り言ちる。
「よぉ、孔善。久しいな。しかしお前にも殊勝な所があるじゃねぇか。
 ……わざわざもう一回ぶっ殺されに来てくれるとはな。まぁそれはいい。お前ら、何をしようとしている?」
「『死神様』」
 呼び掛けられてから天川の指先がぴくりと動いた。
「当たり前でしょう。私達は私達の使命がある。そのために動いているだけに過ぎません」
 暗幕の向こうに居る。居るというのに、踏み込むことが許されないのは――体が硬直したのは、レトゥムのせいか。
「今、私の体は私独りのものではありません」
「どう言う意味でしょうか」
 敢て踏み込むことを意識していたのだろうリュティスは問い掛けた。発言を許したのは生奥か。
 孔善はうっとりと笑う。
「我が身には『神』が憑いています。この『神』が悲願を果たすために共に歩んでいるのです――」
「……悲願」
 ぴくりと指先を動かしたサクラを庇うように夜善が立っている。本来ならばサクラが護ろうとしたが「年長者に任せなよ」と彼は穏やかに微笑んだのだ。
(……夜善さんっ!)
 はっきり言って足手纏いだと怒鳴りつけたかった。「駄目で超邪魔」とそんな言葉で彼を払い除けたかったが、そんな暇もない。
 サクラの背後でなじみが張り付くように見守っている。何かがあれば夜善になじみを頼み、此処で自身が惹き付けるつもりだった。
 鯉口に手が掛かる。サクラはひりつく気配を感じながら見据えた。
「今日の選別はお終いでしょう。レトゥムも満足した――集会はコレで終わりです」
「待て! 孔善!」
 叫んだ天川にくすくすと擽るような笑い声が降った。
「蟲の羽化が進み、猫も見えた――ならば、次は簡単なこと。次こそその全てを喰らいましょう。
『死神様』は何を戸惑っているのですか。何も顧みずに、殺してくれるのではなかったのですか?
 ああ、違う……貴方はこの世界にも護りたい物が出来てしまった。猫と共に居る青年ですか? それとも、『病院で夜妖と共に情報を集めている女』ですか?」
 天川の肩がびくりと震えた。夜善の唇が戦慄く――どちらも、脳裏に一人の女が浮かんだからだ。
「まずは、それを処分しましょうか。猫も、バンシーも、蟲も何をするべきか分かって居るでしょうから」
「ッ――!」
 此処で深追いをしている場合ではないか。天川が唇をぎゅ、と噛んだ。
 リュティスはデスマシーンじろう君に全てを任せてきた。大丈夫だと何時も通りの顔をして居た晴陽の傍にはデスマシーンじろう君が何事もなかったように鎮座していた。
(……晴陽様……)
 リュティスは後方を振り返ったが、此処から澄原病院は余りに遠い。

「何時まで仕事をして居るんですか?」
 呆れた顔をした水夜子に晴陽は「皆さん、そろそろ帰ってくるでしょうし。カルテの整理でもしながら待っているだけですよ」とパソコンから目を離さぬまま答えた。
 キーボードを規則正しく叩く彼女の傍で水夜子は詰らなさそうにデスマシーンじろう君を突いて遊んでいる。
「水夜子はどうですか?」
「そうですねえ。調査の方はぼちぼちですね。祀兄さんが戻ってきたら、そろそろ音呂木にも顔を出そうかと――」
 そこまで言葉にしてから水夜子が動きを止めた。顔を上げた水夜子に晴陽が小さく頷く。気付けば、立ち上がっていた晴陽の手には夜妖を封じた鞭が握られていた。
『窮奇』、それは音呂木より借り受けた晴陽が自らの護身用として利用する鞭である。その腕には夜妖『マヨヒガ』を封じた『反射のまじない』のブレスレットが携えられている。
「晴陽姉さん……お忘れかも知れませんけれど。
 私って姉さんの傍に居るために育てられた女なのですよね。詰まり、護衛役で、いざという時のデコイです」
「貴女の割り切った性格は嫌いではありませんよ。以前の私なら、さっさと死ねとでも言ったでしょうが」
「今は違いますか?」
「今は――どうやら目的が私のようですから」
 デスマシーンじろう君が『人形』ではなく本来の夜妖としての姿を見せた。水夜子を護るように動いたのは晴陽の意思を受けてのことか。
「姉さん!」
 呼ぶ水夜子に晴陽は表情を変えず、鞭を手に静かな声音で『目の前の怪異に声を掛ける』
 いつから其処に居たのかは分からない。水夜子の腕を掴んだデスマシーンじろう君は能面のような表情の儘それを見詰めている。
「この様なところまで遙々とご苦労様です。澄原 晴陽と申します。お名前をお聞きしても――?」

 ――集会から帰還した天川に飛び付くようにして顕れた水夜子は晴陽が『謎の夜妖に着いて行った』と叫ぶ。
 その背後には異様な存在感をした人間サイズの『日本人形』デスマシーン次郎くんが佇んでいた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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