PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<騎士語り>いと昏き闇と煌めく息吹<春告げの光>

完了

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 戦場の霞んだ空気が晴れて、分厚い雲の隙間から青空が見える。
 次第に薄れる灰色の雲の代わりに現れた蒼穹は、鉄帝の人々が待ち望んだ『春告げ』だ。
 ぬるい風がベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)の頬を撫でつける。

 ――冠位バルナバスとの戦いは終わった。
 黒い太陽はもう何処にも無くて、空気を揺るがす勝ち鬨がそこら中から聞こえてくる。
 雷神ルーから賜った『神輝クラウソラス』の真の力、それを解き放ったベルフラウが此処に立って居られるのは『魔女』ヘザー・サウセイルと『統王』シグバルド、それに『戦乙女』エメラインの魂の輝きが彼女の背を押したからだ。
 ……まだこんな所に来てはだめよ。
 ……貴様がヴィーザルを統べて見せよ。
 灰にならんとしていたベルフラウの魂を救ってくれた。
「その意志……必ず」
 先を往く者達が託してくれた願いを胸にベルフラウは揺らめく赤き御旗を見つめた。

 戦場より帰還したベルフラウを迎えたのは『餓狼伯』ヴォルフ・アヒム・ローゼンイスタフだ。
 豪奢な絨毯の両横へ、餓狼伯へ忠誠を誓う騎士達が直立不動の姿勢を崩さない。
 ヴォルフの前まで一歩一歩と進んだベルフラウは、かしずき、床へ拳を立てる。
「偉大なる帝国が臣、ローゼンイスタフのベルフラウ、ただいま帰参いたしました」
「ベルフラウよ、顔を上げよ。よくぞローゼンイスタフが担う役を全うした」
「ハッ!」
 旗持ちと影で呼ばれて居たローゼンイスタフの娘は、リッテラムに御旗を掲げた。
 かつての誹謗は、すでに誉れ以外の何ものでもなくなっている。
 豪奢な椅子から立ち上がり、歩み寄る父ヴォルフの表情はいつもながらに険しい。
「娘よ、本当によくやった」
「――父上」
 だが自身を見据える眼差しは熱く、潤っていた。
 ベルフラウの胸の内にも温かなものが灯り、燃え上がる。
 人はそんな父娘が互いに抱く想いを『誇り』と呼んだ。

「これから貴様は再びこの城を立ち、やがて世界をも救うだろう」
 父が言葉を続ける。
「それや良し。だが以前にも伝えた通り、家督は貴様が継げ」
 しばらくの実務は家臣が行い、ヴォルフが監督する。
 だが実際の君臨から逃れることは出来ない。
 やがてこの世界が救われた際には、今のヴォルフと完全に同じこと、いやそれ以上をせねばならない。
 これまで同様に世界で知見を得、仲間を得、人脈を増やす事もまた当主としての責務であるだろう。

「……我等が帝国には春が訪れた。しかしヴィーザルにとって真と言えるか」
「否、決して。我等ローゼンイスタフの責務――その理想とは程遠いと存ずる」
「ならば分かるな、ベルフラウよ」
 父はこれを周囲に『聞かせているな』と感じる。
 故に自身も職責を果たそう。
「ハッ! この地を侵す未だ昏き闇、それをこそ振り払わねばなりませぬ」
 闇の眷属エーヴェルト・シグバルソンを裏で操っていた闇の神『悪鬼』バロルグが姿を現したのだ。
 戦場で一瞬相まみえただけに過ぎないが、手足となっていたエーヴェルトを殺されたバロルグは此方の出方を伺い、隙あらば仕掛けてくるだろう。ならばローゼンイスタフが為すべきは何か。
「――答えなど自明といった顔をしておるな」
「無論、このベルフラウにお任せ願いたいとも」
「良き答えよ。皆の者、しかと聞き届けたか!」
 辺りに喝采が花開く。
 父は家臣へ発破を掛けた。『勝って兜の緒を締めよ』と。
 イレギュラーズは、いずれも大きな期待を背負っている。
 だが父はそこへ更なる責務を負わせようとは考えていない。
 未来を見据え、ベルフラウへ『箔』を付けてやろうとしているのだ。
 それはベルフラウが父の信頼を勝ち得たという証左に他ならない。
 今後、世界全体を巻き込む魔種との戦いの中で、地位は武器になる。
 誰かに何かをさせるとき、権威というものは重要な意味を持つからだ。
 だが権威というものは、実を伴わねば反感さえ生む両刃の剣ともなる。
 本件は、その『権威という刃を佩くに足りる』と判断されたことに他ならない。
「この責務は我等ローゼンイスタフが為す。そして今、盟約により新たな伯爵が立った」
 ヴォルフは椅子を立ち上がり、ベルフラウを見つめた。
「我等一同『雷狼伯』へ、この身、その魂の全霊を捧げん!」

 ――我等が全霊を捧げん!

 唱和と共に、あの父が自身へとひざまずく。
 その儀式を浴び、ベルフラウはゆっくりと領主の椅子へと座した。
 騎士達が一斉に礼の姿勢をとる。
 ベルフラウ――新たな伯爵は一同を見据え、宣言した。
「良い、直れ。我等はこの悲しみの大地を平定し、真の楽土を築き上げる」

 ――ハッ!

 かくして『餓狼伯』の爵位は、『雷狼伯』へと引き継がれたのである。

 ――――
 ――

 昏き闇は光と共に眠りて。
 人々の魂を呼び集め喰らう。
 泣き叫ぶ魂の悲涙が闇の中に木霊した。

「エーヴェルト。貴様も哀れな男よな……肉体が滅んで尚、因果に縛られるのだからな」
 昏き肌と赤い瞳、雄々しい角を持った闇神『悪鬼』バロルグが青焔を手の上に燃やす。
 それはエーヴェルト・シグバルソンの魂と呼べるもの。
「憎しみを募らせた貴様は、抜け出せぬ檻の中に自らを投じる事で闇の力を得た。それが我との契約だ。肉体が無くなってもその魂を我の糧とする。我は貴様を手足として魂を集める」
 口を大きく開けたバロルグはエーヴェルトの魂に歯を突き立てる。
 エーヴェルトの無念と憎しみが蜜のようにバロルグの舌に広がった。
「くくく……エーヴェルト。貴様は美味いなぁ」
 酒を煽るようにバロルグはエーヴェルトの魂を喰らう。

「ユビルの魂を喰らった時も美味かったが……」
 バロルグは傍らに立っていたユビルの頭を掴んで持ち上げたあと、そのまま地面に叩きつけた。
 アンデッドとなっているユビルは簡単に頭蓋を砕けさせる。
 それでも、しばらくすると黒い液体が引き合って元通りになった。
「……ははっ、まだむずがるかユビルよ。もう腹の中で溶けたかと思っていたぞ。流石はシグバルドの血筋ということか。あの獣には相当手こずらされたからな」
 バロルグに喰らわれて尚、ユビルは腹の中で抵抗を続けている。
 その無駄な抵抗はバロルグにとって愉悦であった。

「手子摺らされたといえば、あの戦いに居た黒い獣は腹立たしいな。エーヴェルトの肉体を失ったのは彼奴のせいでもある」
 バロルグは恋屍・愛無(p3p007296)の顔を思い出し舌打ちをした。
「だが、他にも美味そうな魂をしている者たちが居た」
 チック・シュテル(p3p000932)、ルカ・ガンビーノ(p3p007268)を思い浮かべ口角を上げる。
 儚さを抱く白き灯火も、雄々しく燃ゆる宝石もバロルグに爪を立てたのだ。逃げ惑うだけのか弱き生き物では無く猫のようにじゃれつく者の方が喰らい甲斐があるというもの。
「そういえば、以前に撒いた種も育っている頃合いか」
 ロト(p3p008480)を惑わせて双子の片割れをエーヴェルトの元へ堕とした時の『水の精霊』アクアヴィーネの顔は面白かったとバロルグは笑い声を上げる。
「信頼していた調停の民の血族が、まさか闇の眷属として惑うとは思ってもみなかっただろう。血を継いだだけの傍流ならいざ知らず、アレは力も強かったからな」
 記憶を消したあとアルエット・ベルターナの指導役としてロトは活躍していた。

 バロルグはリブラディオンの襲撃もエーヴェルトを通して全て知っている。
 エーヴェルトに魂を集めさせたのはバロルグ自身が復活する為。
 魂の輝き、負の感情、怨嗟や憎しみ。其れ等はバロルグの糧となった。
「くくく……人間とはつくずく愚かな生き物よな」
 ユビルを引き倒したバロルグの笑みが、闇の中へゆっくりと消えて行った。


 ローゼンイスタフの城下町は活気に満ちあふれていた。
 寒さをものともしない住人達が嬉しそうにビールを手に酒場のテラスで乾杯をする。
 ブルストを食みながら、赤ら顔の男が意気揚々と歌をうたっていた。
「俺達は勝ったんだ――!」
「あのバルナバスに!!」
 オウェード=ランドマスター(p3p009184)は楽しげな住人の笑顔に「良かった」と頷く。
 見渡せばローゼンイスタフの街には他にもイレギュラーズが集まっていた。
 あたたかいシュクメルリを前に目を輝かせてるのはフラーゴラ・トラモント(p3p008825)とリュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)である。
「美味しそう!」
「これ、ぜんぶ食べていいの?」
「祝いだ! どんどん食べておくれよ!」
 今日は祝勝会である。懸命に戦ったイレギュラーズを街中の人々が労ってくれていた。
 フラーゴラとリュコスがシュクメルリを頬袋いっぱいに詰め込む。

 その隣ではラダ・ジグリ(p3p000271)とルナ・ファ・ディール(p3p009526)が酒を傾けた。
「まだまだ先は長いが……」
 ラダの言葉にルナは「そうだな」と頷く。
 動乱の最中でローゼンイスタフとノーザンキングスは手を取り合った。
 されど、本来的には相対する者達のはずだ。どう決着をつけるのかはこれからの話しだろう。
「不凍港ベデクトやリブラディオンのこともあるしね」
 マルク・シリング(p3p001309)は学友であったラッセル・シャーリーと今後のヴィーザルの動向について語り合っていた。祝勝という中であっても先を見据えた話しをするのは彼ららしいといえる。
 ラッセルは辺りを見渡し、『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソンの姿を見つけた。
 ベルノは夫人のエルヴィーラ・リンドブロムと共に酒を飲んでいるようだ。
 その向かいには愛無とオレガリオの姿もあった。
 其処へやってきたのはベルフラウである。
「ここに居たのかベルノ。戦場でのあの言葉、忘れてはいまいな」
 ベルフラウはベルノに戦いが終わったら『伴侶になれ』と伝えていた。戦いで倒れるなという激励の意味もあっただろう。
 男が家族を守る為に死んで行くことが多いノーザンキングスでは、妻を何人も養う夫も居る。
 一夫多妻のその実は、前の夫を失った妻が多い事を意味していた。
 過酷な大地に棲まうノーザンキングスの人々は異父異母兄弟が多く存在する。そうしなければ子を残し育てることが出来なかった風土なのだ。
「ああ、忘れちゃいねえよ。でも、エルヴィーラが……」
 異父異母兄弟が多く存在する風土であっても、『やきもち』はある。
「倫理に反する? ならばベルノも奥方も両方抱けば問題ないだろう?」
 ベルフラウは強気な笑みで、ベルノとエルヴィーラを両腕に抱きしめた。

「百合子」
 大きな胸を揺らして咲花・百合子(p3p001385)とセレマ オード クロウリー(p3p007790)の元へやってきたのは『月と狩りと獣の女神』ユーディアだ。
「おお、ユーディア殿か」
 初めて会った時は力を封じられて幼子の姿だったユーディアは、今は妖艶な大人の女神になっていた。
「ルカも居るのね。貴方達が無事で良かったわ」
 柔らかく微笑んだユーディアは酒を飲んでいたルカに笑みを向ける。
 ユーディアはシルヴァンスに加護を与える女神であった。そして、祖父に悪鬼バロルグと兄に雷神ルーを持つ者でもある。エーヴェルトの画策により封じられていたユーディアは力を取り戻すまでローゼンイスタフに滞在しているのだ。

「おう……賑やかではないか」
 低く通る声が喧噪の中にも関わらずよく聞こえた。
 威厳のある声は大凡人間らしからぬもの。威厳ある神の声だ。
「え? 兄様!? どうしてここへ?」
「うむ。ユーディアか……久しいな。何やら勝ち鬨が聞こえて来たのでな。エスティアと共に様子を見に来たのだ。本体が動くとエスティアが煩いから力の無い分体だがな」
 得意げに胸を張るのは『雷神』ルーだ。傍らには申し訳なさそうに精霊エスティアが付き添っている。
 雷神ルーの本体はリブラディオンの神殿にあるモイメルへの門の向こうに存在し、此方に出てこようものなら均衡が崩れてしまうという話しだったはずだが。
 分体なら大丈夫なのだろうとジェック・アーロン(p3p004755)は頷いた。
 精霊が多く棲まうアーカーシュと縁の深いジェックは神秘的な出来事に対しての許容量が大きい。
 紅い瞳を閉じて、ジェックはヘザーの事を想う。
「誰よりも、優しいお婆ちゃんだったんだね」
 会ったのは片手で数えられる程だけれど、彼女の生き様を忘れる事は出来そうも無い。

 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はエーヴェルトに思い馳せた。
 彼は自分と同じだった。誰よりも家族を想い狂ってしまった人。
 その裏には悪鬼バロルグの画策があったように思えてならない。
 リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)も戦場でバロルグの気配を感じ取っていた。
「シグバルドが闇の眷属を嫌う理由は何だったのでしょう」
「魂を集めてたからじゃないかな」
 リースリットの問いかけに『青雪花の精霊』エーミルが答える。その隣ではクルトとシラス(p3p004421)がブルストを頬張っていた。
「戦乙女に導かれてヴァルハラに行けるのが本望みたいにあのオッサンも言ってたしな」
 シラスは戦士として戦い抜いた『獣鬼』ヴィダル・ダレイソンとの死闘を思い出す。
「じゃあ爺さんは行けたのね」
 戦乙女エメラインに導かれ、シグバルドはヴァルハラへ旅立ったとゼファー(p3p007625)は聞いていた。

「そういえばクルトはこれからどうするんだ?」
 フーガ・リリオ(p3p010595)は以前助けたクルトへ問いかける。
「今はヴィルヘルムの所に居るけど、ヴィダルが死んだなら冒険に出てもいいかな」
 ヴィダルは獰猛な戦士であった。されど、クルトにとっては脅威でもあったから。
「でも、ヘンリエッタやセシリアも心配かも。フェリクスはベデクト勤務で大変そうだし。最近は俺がヘンリエッタのお世話係をしてるんだ。何だか家族みたいだなって」
 クルトの答えにフーガの隣に居た佐倉・望乃(p3p010720)は目を細めた。
「そうよ。クルトはもうヘルムスデリーの一員なんだから」
 ヘルムスデリーの『薬師魔女』クルーエル・エルがミザリィ・メルヒェン(p3p010073)とファニー(p3p010255)を連れてテーブルへやってくる。
「二人ともご苦労様。美味しいもの食べましょ。ほら……遠慮は要らないわよ」
「はい。頂きます」
 クルーエルに押されつつミザリィとファニーも祝勝の宴に参加する。
 エステル(p3p007981)と燦火=炯=フェネクス(p3p010488)は温かいスープを飲みながら一息ついた。

「ベネディクト、お疲れ様」
「ああ、ディムナもな」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)とリュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)の前に座ったのは『聡剣』ディムナ・グレスターと『氷獅』ヴィルヘルム・ヴァイスだ。
「二人とも大変だったね」
「はい……」
 ディムナの言葉にリュティスが頷く。誰しもが少なからず命を削る戦いをした。
 ベネディクトの隣で秋月 誠吾(p3p007127)が物憂げにブドウジュースを飲み干す。
「戦い、終焉、祝い、休息」
 誠吾を元気づけるようにシャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)がブドウジュースを注いだ。
「そうだな。ありがと」

 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はヘルムスデリーで留守番をしているヘンリエッタ・クレンゲルへの土産を買おうと雑貨店を見回っていた。
「捜し物か?」
「ああ、お土産をな」
 リースヒース(p3p009207)は棚に飾られた向日葵のチャームを手に取る。
 寒々しいヴィーザルの地では向日葵は育ちにくいのかもしれない。だからこそこうして願いを込めたチャームにするのだろう。
「あら、こっちの兎のぬいぐるみも良いんじゃない?」
 小さな女の子相手ならこっちも良いとジルーシャ・グレイ(p3p002246)はアーマデルに勧める。
「お土産か……またヘルムスデリーに訪れるのも悪く無いかもな」
 シュロット(p3p009930)は銀泉神殿にいるセシリア・リンデルンにまた話しを聞いてみたいと思った。
「ふむ……こういうのも置いてあるんですね」
 ボディ・ダクレ(p3p008384)は銀色のアクセサリーを手に取りジッと見つめる。
 親友に似合いそうだと考え込んで、そういえばもうじき誕生日ではなかったかと思い至った。

『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソンは友人の姿を見つけ肩を叩く。
「おい、チック大丈夫か?」
「トビアス……、うん、大丈夫」
 戦いが始まる前に具合が悪そうだったチックを心配しているのだろう。
 チックの隣に座ったトビアスは疲れているだろうと「もたれ掛かれよ」と言ってくれる。
 グドルフ・ボイデル(p3p000694)は遠目に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)を見遣り、大きな怪我は無さそうだと勝利の酒を煽った。
 アルエットの傍には鶫 四音(p3p000375)とジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)、炎堂 焔(p3p004727)が居るようだ。
「本当にそっくりになちゃったんだね」
 焔は四音を見つめ驚いたような声を出す。四音はエメラインの身体を譲り受けアルエットと同じ姿を取れるようになったのだ。
「どっちか分からないな」
 髪を切ったジェラルドは頭を掻きながらアルエットと四音を交互に見遣る。
「――アルエットちゃん!! 見つけた!」
 其処へ涙を浮かべながら抱きついて来たのはペトラ・エンメリックという少女だった。
「わわ!? ええと」
「私よペトラよ。アルエットちゃん……心配したんだから。お役目だから仕方ないのかもしれないけど」
 泣いたと思っていたら今度は頬を膨らませたペトラに一同は困惑する。
 本当のアルエット(エメライン)の生前の親友であるペトラには彼女の死は知らされていなかった。
 親友が行方不明になったと思い込んでいる不憫な少女に大人達は何も言えなかったのだろう。
「でも良いわ。これからは前みたいに一緒に遊べるわね。……あれ? アルエットちゃんが二人?」
 顔を上げたペトラはアルエットと四音を見つめ首を傾げる。
「どういうことなの?」
 焔は混乱しているペトラの手を握った。彼女には酷かもしれないが、真実を伝える時が来たようだ。

 ――――
 ――

 ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)は銀と白の双眸を上げる。
 彼女の目の前にいるのは『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)とベルノ・シグバルソンの二人だ。二人とも鎧を着込み剣を構えている。

 ――この戦いが終わったら、決着を着ける。

 それは、『ハイエスタの』ヘルムスデリーと『ノルダインの』サヴィルウスの決着。
 ノルダインの襲撃によってハイエスタの村リブラディオンが壊滅した。
 その引き金はベルノの弟がリブラディオンによって殺されたからだとサヴィルウスの住人は思っていた。
 ギルバートはノルダインへ、ベルノはハイエスタへ憎しみを募らせた。
 しかし、真相はベルノの異母兄弟であるエーヴェルトによる策略であり、裏で手を引いている悪鬼バロルグの悪行であったのだ。
 停戦協定はシグバルドを殺した魔種を滅するまで。
 本来であれば、もう敵対してもおかしくない。
 されど、これ以上争いの火種を生み出したくは無い。
 ギルバートもベルノもそれは同じ気持ちだ。

 だが――
 譲れないものがある。憎しみを力に変えた過去がある。守るべき者達が居る。
「死んでも恨みっこ無しだぜ」
「全身全霊を掛けて切り伏せるのみ」

 剣檄がジュリエットの耳に響いた。
 幾度も鍔迫り合い、散る火花はいっそ美しいとさえ思える。
 ベルノの雄々しさに一歩押されるギルバート。されど、精霊の加護を受けたギルバートは剣技に魔力を込めて反撃を叩き込んだ。お互い一歩も譲らぬ激闘。
 ベルフラウやリースリット、ベネディクトといったイレギュラーズも固唾を呑んで見守る。
「やるじゃねえか!」
「負けるものか!」
 何れだけ――憎しみを怒りを嘆きを抱えてきたと思うのだ。
 無残に殺されたアルエット・ベルターナやリブラディオンの民を思えばこそ引く事など出来なかった。

 ベルノとギルバート、お互いの剣が交差し、刃がこぼれ亀裂が入る。
「チィ!」
 砕けた剣を捨てた二人は、鎧も脱ぎ捨て生身の拳で殴り合った。
 胴に叩き込まれる拳と頬に入る拳。
「喧嘩ってのはなぁこうすんだよ!」
「くそ……!」
 距離を取るために蹴りを入れたベルノにギルバートが怒りを露わにする。
 誰にも止める事は出来なかった。
 死闘などではない。
 己の尊厳のため、守るべき矜持のため、家族のため――泥臭く殴り合っている。

 お互いの拳がクロスカウンターで顎を捉え、脳震盪を起こしても。
 残った意地を絞って相手より先に倒れるまいと、一歩、二歩よろける。
 されど、同時にギルバートとベルノは床へ倒れ込んだ。

「ギルバートさん!」
 駆け寄ったジュリエットは必死にギルバートの名前を呼ぶ。
 息はある。死んではいない……ベルノも同じようなものだろう。
 安堵と共に、ジュリエットは「まったく」と眉を下げる。
 男というものは、意地っ張りで格好つけで、どうしようもなく愛おしいものなのだ。

GMコメント

 もみじです。大戦お疲れ様でした。
 ヴィーザルに新しい光が差し込みました。

※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
 なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!

------------------------------------------------------------

●目的
 思い思いに過ごす
(大戦の勝利に酔いしれたり、ゆっくりとしたり、デートしたり、新たな闇への調査をしたり何でも大丈夫です)

●ロケーション
 鉄帝国ヴィーザル地方の各地です。
 まだ雪が残っている場所が多いです。

【1】ローゼンイスタフ
 ヴィーザルの西端、ノーザンキングスの脅威を押しとどめている城塞都市です。
 大戦の勝利とベルフラウへの譲位の一報に街中が沸いています。
 城下町で住民たちと一緒に飲み明かすのいいでしょう。
 ヴォルフと共に今後のローゼンイスタフとノーザンキングスについて話し合うのもいいでしょう。

【2】不凍港ベデクト
 鉄帝国東部にある、不凍港ベデクトと呼ばれる港町です。
 その名の通り、漁船、交易船、軍艦など様々な船が出入りする港を持ちます。
 イレギュラーズ達は新皇帝派からベデクトを奪還しました。

 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/map/map_bedekuto01_1.png


【3】ヘルムスデリー

 ヴィーザル地方ハイエスタの村『ヘルムスデリー』とその周辺。
 ギルバートの村です。

 ヘルムスデリーの地図
 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/ev/sm/kisigatari/kisigatariimg014.png


【4】リブラディオン

 ヴィーザル地方ハイエスタの村『リブラディオン』とその周辺。
 リブラディオンは現在廃墟となっています。まだ雪が残っています。

 リブラディオンの地図
 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/ev/sm/kisigatari/kisigatariimg015.png


【5】その他
 ヴィーザル地方北辰連合に関係のある、行けそうな場所へ行くことが出来ます。
 ロクスレア、サヴィルウスなど。

------------------------------------------------------------
●NPC
 選択肢の中で居そうな場所にいます。
 細かい所は置いておいて、呼びつけていただいて構いません。楽しみましょう!

○『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス(p3n000195)
 ヴィーザル地方ハイエスタの村ヘルムスデリーの騎士。
 正義感が強く誰にでも優しい好青年。
 翠迅を賜る程の剣の腕前。
 ドルイドの血も引いており、精霊の声を聞く事が出来る。
 守護神ファーガスの加護を受ける。
 イレギュラーズにとても友好的です。

○『獰猛なる獣』ベルノ・シグバルソン
 ギルバートの仇敵。
 数年前のリブラディオンで、村を壊滅に追いやった首謀者です。
 ノーザンキングス連合王国統王シグバルドの子。トビアスの父。
 獰猛で豪快な性格はノルダインの戦士そのものです。
 強い者が勝ち、弱い者が負ける。
 殺伐とした価値観を持っていますが、それ故に仲間からの信頼は厚いです。
 ポラリス・ユニオンはベルノ達の停戦共闘を受入れました。

○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 本当の名は『カナリー・ベルノスドティール』。
 ギルバートの仇敵ベルノの養子であり、トビアスの妹。
 母であるエルヴィーラの教えにより素性を隠して生活していました。
 トビアスがローゼンイスタフに保護された事により、『兄』と再会。
 本当のアルエットの代わりにその名を借りています。

○『強き志しを胸に』トビアス・ベルノソン
 ヴィーザル地方ノルダインの村サヴィルウスの戦士。
 父親(ベルノ)譲りの勝ち気な性格で、腕っ節が強く獰猛な性格。
 ドルイドの母親から魔術を受け継いでおり精霊の声を聞く事が出来る。
 受け継いだドルイドの力を軟弱といって疎ましく思っている反抗期の少年です。
 ですが、死んだと知らされていた妹のカナリーと再会し考えを改めました。

○ 『餓狼伯』ヴォルフ・アヒム・ローゼンイスタフ
 鉄帝貴族ローゼンイスタフ家先代当主。
 旗手として名を高めてきたローゼンイスタフ家だが、陰では所詮旗持ちと蔑まれていた中初めて武名においても名を挙げた傑物。
 ヴィーザル地方付近に領土を構え、帝都に住む者からは『辺境の餓狼伯』とも呼ばれる。
 他人に厳しく、身内には更に厳しく、己に最も厳しい。
 だがそれは誠実さの裏返しでもあり、国に対しての忠誠心の高さでもある。
 故に一度心より信を得る事が出来ればそれは何があろうとも揺るがないだろう。

○『雷神』ルー、『月と狩りと獣の女神』ユーディア
 悪鬼バロルグの血を受け継いだ大精霊の兄妹です。
 彼らの父神クロウ・クルァクは祓い屋の繰切と大体同一です。

 ローゼンイスタフの祝勝会に居ます。
 ルーの方は分体です。気さくで偉そうです。何処か繰切との血の繋がりを感じる性格です。
 お供に精霊エスティアを連れています。
 ユーディアは妖艶な姿でにこにこしています。気さくで優しいです。

○ヘルムスデリーの住人
 ヴィルヘルム、ディムナ、セシリア、クルト、精霊エーミル、ギルバートの両親(ダニエル、パトリシア)、フェリクス、ヘンリエッタ、クルーエル、ペトラ、村長グリフィス

○サヴィルウスの住人
 エルヴィーラ、オレガリオ、ラッセル

○リブラディオンの住人
 精霊アクアヴィーネ、雷神ルー、精霊エスティア

-------------------------

●敵勢力
 今回は戦闘は無いですが、情報として記載します。
 雷神ルーや女神ユーディアから何らかの情報を得られるかもしれません。

○闇の神『悪鬼』バロルグ
 昏き肌と赤い瞳、雄々しい角を持った魔神です。
 かつて光の神『雷神』ルーと戦い相打ちとなり共に封印の眠りにつきました。
 狡猾で悪辣な性格をしており、闇の眷属を使い復活を画策していました。
 調停の民を惑わせ闇の眷属へと堕としたり、魂を集めさせたりしていました。
 闇の眷属をシグバルドが嫌っていたのはバロルグの復活を忌避したからです。

 エーヴェルトは闇の眷属としてバロルグの手足となって魂を集めていました。
 現在はユビルを手足として使っているようです。

○エーヴェルト・シグバルソン
 ベルノの異母兄弟で闇の眷属でした。
 イレギュラーズとの戦いで死亡しました。
 かつては母親想いの優しい男でした。母親の死が彼を狂わせたのです。

○ユビル・シグバルソン
 ベルノの実弟で、現在はアンデッドとなりバロルグの手足となっています。
 既に死んでいるので元に戻すことは出来ません。
 しかし、かつてバロルグに献上されたユビルの魂はまだ囚われたままです。

○囚われた魂たち
 アルエットの本当の両親たちやリブラディオンの住人の魂はまだバロルグに囚われています。
 エメラインは彼らを解放してほしいと願い旅立ちました。

-------------------------

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●騎士語りの特設ページ
https://rev1.reversion.jp/page/kisigatari


行動場所
 以下の選択肢の中から行動する場所を選択して下さい。

【1】ローゼンイスタフ
 ヴィーザルの西端、ノーザンキングスの脅威を押しとどめている城塞都市です。
 大戦の勝利とベルフラウへの譲位の一報に街中が沸いています。

 城下町では兵士やイレギュラーズ、傭兵、ノーザンキングスの戦士、街の住人などがお祭り騒ぎをしています。
 ブルストを頬張りながら、ビールを飲むのもいいでしょう。
 他にもビーフストロガノフ、チキンカツレツ、お肉の串焼き、シュクメルリ、サーモンマリネ、スブプロドクチイ、アクローシュカ、ピロシキ、ガルショーク、ペリメニ、セリョートカ、サーロ、アグレツ&カプスタ、冷製ボルシチ、クワス、モルス、お芋サラダ、塩漬けのお肉やお魚などなどがあります。

 アルコールはビール、ヴォトカ、クワス、バルチカ、ワインやチャチャ、蜂蜜酒等。
 未成年はソフトドリンクやジュースです。

【2】不凍港ベデクト
 鉄帝国東部にある、不凍港ベデクトと呼ばれる港町です。
 その名の通り、漁船、交易船、軍艦など様々な船が出入りする港を持ちます。
 イレギュラーズ達は新皇帝派からベデクトを奪還しました。

 現在は物資などが各国から入って来ているようです。

 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/map/map_bedekuto01_1.png

【3】ヘルムスデリー
 ヴィーザル地方ハイエスタの村『ヘルムスデリー』とその周辺。
 ギルバートの村です。
 冬は雪深い村ですが、今は少しずつ雪が解けて、芽吹きの季節です。
 庭には美しい花が咲き始め、村から見下ろす湿地帯には紅紫色のヒースがもうすぐ咲くでしょう。
 それでも幻想国王都等に比べると寒いので、温かい格好で行きましょう。
 最高気温は10度ほど。夜は氷点下になるかならないか。
 夜になると美しい星空が広がります。

 詳細シナリオ:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8005
 ヘルムスデリーの地図
 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/ev/sm/kisigatari/kisigatariimg014.png

【4】リブラディオン
 ヴィーザル地方ハイエスタの村『リブラディオン』とその周辺。
 リブラディオンは現在廃墟となっています。まだ雪が残っています。
 街の中には崩れた建物、北側には壊れた神殿があります。
 近くの見晴らしの良い丘に何十もの墓標が建っています。
 寒いので温かい格好で行きましょう。

 詳細シナリオ:https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8708
 リブラディオンの地図
 https://img.rev1.reversion.jp/public/img/ev/sm/kisigatari/kisigatariimg015.png

【5】その他
 ヴィーザル地方北辰連合に関係のある、行けそうな場所へ行くことが出来ます。

  • <騎士語り>いと昏き闇と煌めく息吹<春告げの光>完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月20日 22時07分
  • 参加人数40/40人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 40 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC3人)参加者一覧(40人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
シラス(p3p004421)
超える者
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
エステル(p3p007981)
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)
ファイアフォックス
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)
魂の護り手
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)
翠迅の守護
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
シュロット(p3p009930)
青眼の灰狼
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル
ファニー(p3p010255)
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者
燦火=炯=フェネクス(p3p010488)
希望の星
フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

リプレイ


 ――そこら中から人の声がする。
 不凍港ベデクトを初めて訪れた時には有り得なかった活気を感じ『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は感心するようにフードを降ろした。
 鉄帝の動乱は収まったがヴィーザルにはまだやり残しがあるのだ。
 疲弊したままではそれに不安も残るだろう。
 それに――ようやく、武力衝突が落ち着き雪解けも始まった。
 我々商人が本格的に動き出す時だと。
「ああ、よかった」
 思わずそんな言葉が零れる程に胸に熱いものがこみ上げた。
 流氷は無くなり、行き交う船は海洋のものも多く見かけた。
 港は人であふれかえり、鉄帝の凍らぬ港が息を吹き返したかのようだった。
 屋台で買ったお菓子を摘まみながらラダは市街を歩いてみる。
 子供達が目の前を笑いながら駆け抜けていった。
 あの時息を潜めていた人々が嘘のように。活気に満ちあふれている
「だが……」
 望まぬとも新皇帝派になっていた者や、外国からの船員たちとのいざこざも増える頃だろう。
 今後もトラブルは続きそうだとラダは怒号が聞こえる方向へ向かう。
 この辺りの問題は自分が拠点としているラサの町でも起こりうる。
「ベデクトでの政策は見習いたいもの。ちょっと市庁舎の方も見学に行こうかな」
 ふと、振り返ったラダは「そういえば」と背を伸ばす。
「あの時様子を確認して、そのままになってた艦隊はどうしてるだろう」
 冠位を打てたとはいえ、全てが解決したわけでは無い。
 いつか必要となる時がくるかもしれない。出来れば少し中を見学させてほしいが……
 遠くに見えるだけで、近づく事は出来なかった。
 やはり国家機密を覗く事は出来ないようだった。

 目の前を荷物を持った承認が足早に横切っていく。
『黒き流星』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は不凍港ベデクトの復興を眺めながら街中を駆け巡る。
「俺ァ正直外様だ。ノーザンキングス周りのあれこれに関しちゃ対して関わってねぇし、良く知りもしねぇで大局に首つっこもうたぁ思わねぇ。そうでなくてもお偉いさん周りにゃ適当に人が集まんだろ」
 されど、アイデの氏族やアルゴノーツの連中やら全く縁が無いわけでは無かった。
 何よりも。
「神様だか魔種だかなんだかしんねぇが、外から部族の在り方に手を出す連中は、気にくわねぇ」
 戦勝ムードで緩んだ時に、悪意が姿を現さないかを気に掛けているのだ。
「おーい、ラダ」
「ああ、来ていたのか」
 見知った顔を見つけてルナは手を振った。
「何か手伝うか? 商機になりそうな情報でもありゃいいがな」
「丁度いま、喧嘩を止めにいこうとな。向こうの方だ」
「あー、確かに何か聞こえんなぁ」
 内乱が収まって一段落している今は、一波乱起こさせるには好機であろう。
 もしかしたら、この喧嘩もそういう火種になりうるかも知れない。
 或いは外から使徒を呼び寄せるか、餌になりそうな奴隷やなんかを集める事もできるだろう。
「どちらにしろ、港がその玄関口になる可能性は捨てきれねぇ。早めに仲裁に入るか」
「ああ、そうだな」
 ルナとラダは暴れている男達を手早く羽交い締めにしてみせる。
 その慣れた手さばきに遠巻きに見ていた人々から歓声があがった。
 ノーザンキングスでは統王が居なくなり、アイデの族長も死んだ。
「今のノルダインは若い。それは何も悪いことばかりじゃねぇ。鉄帝全体が変わって行く時に、新しい風も必要だ。だが、安定とは程遠いもんだろう。一見落ち着いたように見えて、世代間での価値観の相違、鉄帝への姿勢、いくらでも荒れる要素はある。それを抑えまとめあげるのは力かもしれねぇが、情報に、物資も必要だぜ。奴等に振り回されんなよ」
 ルナの言葉に人々は大きく頷く。

「傷はどうだい? エーヴェルト陣営から離脱する際に、手酷くやられたようだけど」
『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)はラッセルの様子を伺う。
「もう大丈夫だよ。心配かけたね」
 マルクとラッセルは不凍港ベデクトを歩きながら活気溢れる町並みを眺めた。
「ここは、北辰連合とアーカーシュが作戦を主導して、奪還した不凍港だからね。思い入れはあるよ」
 直接戦場では出会わなかったけれど、あの時はノーザンキングスと新皇帝派、ローレットの三つ巴でラッセルとは敵同士だった。
「あの時も、ラッセルはどこかで軍師として動いてた、のかな」
「そうだね……戦場には居なかったけど近くまで来ていたよ」
「だとしたら、僕等は学友と軍略を競う場にいた、ということか。もし君の策が万全に行き届いていたなら、この不凍港での戦いの結果は変わっていたかもしれないね」
「どうかな。マルクは強いから……戦いだけじゃない、その知略は本当に見習いたいよ」
 マルクはベデクトの町並みをゆっくりと見渡す。戦いの爪痕が残る通りには瓦礫を片付ける人や駅に向かう商人が行き交っている。
「戦争が終わって、ここからは復興のための戦いだね」
「そうだね……」
 地政学的にもベデクトの統治にはノーザンキングスが深く関わる事になるだろうとマルクは告げる。
「復興は、君の腕の見せ所だよ。何せ、鉄帝には政治家が足りないって言われてるんだから。ベルノさんを補佐するんだろ?」
「政治家って柄じゃ無いけど……でも、ベルノさんを支えたいのは本当だ」
 ただ、気掛かりな事があるとマルクは顔を上げる。
「悪神「バロルグ」との戦い。すべての悲劇を引き起こした元凶。おそらく、決着に向けて、皆心に期すものがあると思う。だから、ラッセル。君だけは最後まで、冷静沈着で居てほしい」
「うん」
「君がベルノさんの軍師であるなら、君は常に一番冷静でなきゃいけない。それが譬え、彼らの意に沿わない進言であっても」
 ラッセルにとってそれは身を裂く程に辛い決断であろう。
 それでも、正しい道を進んで欲しいと思うなら。
「分かったよ。努力する」
「困ったら、いつでも呼んでよ。もう僕もこの国の事は、他人事では無いからね」
 ラッセルの背をぽんと叩いたマルクはもう一度、友人と共に活気を取り戻した不凍港を見つめた。


『黒鉄守護』オウェード=ランドマスター(p3p009184)は以前出会った妖精や熊を気にしながらヘルムスデリーに足を踏みいれる。
「この村に来るのも久し振りじゃな……」
 動乱は終わったが戦いはまだまだ終わっていない。自領からボランティアを呼び、復興作業を手伝おうとオウェードはここまでやってきたのだ。
「この長い動乱で疲労をしているじゃろう……だからワシも手伝える所は手伝おうかね!」
「有り難い……戦の後だから剣や防具がボロボロになってしまってね」
 ギルバートは村の鍛冶屋へとオウェードを案内する。ヘルムスデリーは戦場になっていないから建物が壊れたということは無いが、それでも怪我人や武具防具の損耗は見られた。
「雷神や闇神についての伝承について知っている人はいるかね? イレギュラーズとして知っておきたいと思うんじゃが……」
「そうだな、俺の母なら詳しいと思う。調停の民だからな」
 調停の民であるパトリシアなら雷神ルーやバロルグについても詳しいだろう。
 オウェードはパトリシアの元を訪れ情報を得る。
「ふむ、雷神ルーと悪鬼バロルグは『孫と祖父』の関係であったか。闇から光が生まれるとは。
 ウム……協力ありがとうじゃよ……また何かあれば宜しくじゃよ! それとこのメロンもどうぞじゃよ」
「あら、ありがとう。美味しく頂くわね」
 手を振って見送ってくれるパトリシアにオウェードも礼儀正しくお辞儀をする。

「まだ寒さは残っていますが咲き始めた花達が綺麗ですね」
 ギルバートと『温かな季節』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)は庭園でティータイムを楽しんでいた。グラオクローネの時に約束したからとジョシュアはギルバートに紅茶を淹れる。
「ギルバート様に労いの気持ちを込めて……お好きな紅茶や飲み方はありますか?」
「君が淹れてくれる紅茶なら、全て美味しいだろうから……一番得意な方法でお願いしようかな」
 嫌なこともあっただろう、故郷が喪われるかもしれなかった、そう思うとジョシュアの身は震える。
 だからこそ、この穏やかな景色を守れて良かったと思うのだ。
「だけどギルバート様にはまだやらなくてはならない事があるのですよね?
 僕の力はそんなに良いものじゃありませんが、貴方の力になりたい、そう思っています」
「ありがとう、ジョシュア。君がそういってくれるとほっとするよ」
 戦いが続いていたから、ジョシュアと飲む紅茶が穏やかで心地良いとギルバートは微笑む。
「はわ、こういうの緊張しますね。慣れていなくて……」
 僅かにあたたかな春の風が二人の間をすりぬけていった。

『青眼の灰狼』シュロット(p3p009930)はお供えを持って銀泉神殿に向かう。
 凍らぬ泉に祈りを捧げたあと、シュロットはセシリアの元へとやってきた。
 神殿の中庭に紅茶の良い香りが漂う。
「鉄帝での動乱は一先ず終わりを迎えた。戦の詳細についてはギルバートや他の人の方がずっと詳しいだろうけれど、とても大変なモノだったのだろう」
「ええそうですね……」
「僕は最後の戦いに参加しただけだけれど、大勢の人が死んだどころか魂を囚われて今も苦しんでいる者さえいるという。僕の頭に残っているのは、戦場で聞いた「死にたくない」という声だ。戦場なら誰しも思う事だろうけれど、あまりに悲痛でね……」
 苦しげな顔で息を吐いたシュロットの背をセシリアはそっと撫でる。
「ここは医療の神を祀っている。信者には医者や傷病に悩む人も多いだろう」
「そうですね。痛みを訴える方は多くいらっしゃいます」
「癒すと言う事は、そういった事とは無縁ではいられない。当然『死にたくない』という叫びは神様の元に届いているのだろう」
 シュロットが聞いた「死にたくない」という声はアルエット・ベルターナのものだ。
 エーヴェルトに殺された時の強い思念がその言葉として現れたのだろう。
「その子は囚われている魂を開放してほしいと願っているという。機会があれば僕もそれに協力しようと思っているのだけれど、ふと思ったことがある」
 シュロットの言葉にセシリアは首を傾げる。
「囚われた魂はその元凶を倒せば解放され、弔ってやれば救われるのだろう。傷や病、つまり身体の事は癒しの術や医療で治る。それによって苦痛から解放される事で苛まれていた心も回復する」
 ならば心の病はどうなのだろうか。それも医療の神様の救いの管轄なのだろうか。
「僕のこの記憶の欠落が心の病なのか他に要因があるのかはわからないけれど、もしもそうなら医療の神によって何時かは救われるのかな」
「心と身体、二つは密接に絡み合っています。身体が痛めば心もくすんでくる。記憶の欠落があるのだとしたら、強い身体的な衝撃か或いは強烈な精神負担があったのでしょう。それを術として扱う人もこの世の中には存在しています。だからシュロットさんがどんな風に記憶を無くしたのかを知ることは重要だと思います。ただ、思い出すことで負担になるのであれば、無理をしなくても大丈夫です。ゆっくりと進む事は回り道ではありませんよ」

『不屈の太陽』ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)はアルエットと理髪店で待ち合わせる。
「あん時から切りっぱなしだったからよ、ちぃと整えようってな。決まってんだろ?」
「うんうん! ジェラルドさんカッコイイの!」
「アンタと出かけんならちゃんとしなきゃと思ってよ」
 微笑んだアルエットと共にジェラルドは歩き出した。
 リブラディオンに行くかとも思ったけれど。
「四月と言えばアンタにとって特別な月だと思ってな。大きな戦いもとりあえずのひと段落はしたし、今日くらいは息抜きがてら街を散策しようぜ? アンタの為の一日ってヤツだ、どうだい?」
「嬉しいわ!」
 雪解けのヘルムスデリーの庭先には色彩豊かな花が咲き乱れる。
「この街の皆が如何に花が好きなのがわかるぜ。この雰囲気だと公園の花も咲いているかね?」
「向こうの方かな?」
 村の公園へとやってきた二人の目の前には花畑が広がった。
「おー満開だな……やっぱアンタみたいなヤツが花畑は似合うな」
「ジェラルドさんも似合うわよ」
「俺はなんだか浮いてる気がするぜ、花は嫌いじゃないんだけどよ。さて……あげたリボンは持ってきていたりするかい? いやね、アルエット専属のスタイリストでも開こうかってね」
 カバンの中から誕生日プレゼントに貰ったリボンを取り出すアルエット。
「ジェラルドさんつけてくれるの?」
「ああ、もちろんだ。俺はもうこんな短くなっちまったからな」
 ベンチに座ったアルエットの髪をジェラルドがブラシで梳く。
「……思ってた通り俺の髪とは全然違うな、ちゃんと手入れされてる。俺は男だしガーッと洗って終わりだからよ。ちゃんと手入れればこんなサラッサラになってたんかねぇ」
 ジェラルドはアルエットの髪を編み込みながら金色の髪をじっと見つめた。
 髪弄りは一種の地味な作戦であった。少しでもアルエットに恋愛対象として意識して貰えるように。
 男性が近づきすぎるのが怖いというトラウマだって消えた訳では無いだろう。
 少しずつスキンシップを増やせばそのうち好意を気付いてくれるかもしれない。
 好きな子の髪を触るのは緊張するが、身を任せて貰えるのは有り難い。
(んとに……女の髪ってのは柔かい、な)
「……よしっと。やっぱ編み込んだりとかはアンタの方が似合うぜ!」
「わあ! 可愛い髪型になったの。ありがとうジェラルドさん。リトも似合うって思う?
「うん、似合う」
 黒猫姿のリトの頭を撫でながら嬉しそうな笑顔を浮かべるアルエット。

『騎士の矜持』フーガ・リリオ(p3p010595)は妻の『ふもふも』佐倉・望乃(p3p010720)と共にヘルムスデリーを訪れていた。
「この辺りのことは、フーガの方が詳しいですから。おすすめの場所とか、美味しいお菓子のお店とか、色々と案内して頂けたら嬉しいです」
「詳しいっつっても、ギルバートから教わったぐらいだ」
 村の入口から西方へ向けて歩みを進めるフーガと望乃。
 ヴィルヘルムの家の前を通り過ぎ、広場へとやってくる二人。
 春の日差しを浴びて望乃はのんびりと羽を伸ばす。直ぐ傍のマーケットには妖精や花をモチーフにしたアクセサリーが並んでいた。
「わ、可愛い」
 思わず零れた望乃のはしゃぐ声にフーガは目を細める。
「何か買うかい?」
「あ、お土産に何か買って行くのも良いですね。……できれば、フーガとお揃いの物が欲しいのです。
 もし、また、あなたが戦地に向かった時に。離れていても、あなたを感じられる物が」
 フーガと望乃はお揃いの銀細工を手にする。それはアミュレットと呼ばれる御守りだ。
 マーケットの近くには酒場兼食堂があった。
「ヤギのミルクで作ったシチューは絶品だぜ。果実酒も美味いが…これは望乃が成人してから、な?」
 焼きたてふかふかのパンと一緒にシチューを頬張る望乃にフーガは微笑む。
 お酒を一緒に飲めないのは残念だが、それも成人後の『約束』なのだ。

「やあ、フーガ」
「ギルバート達も来てたのか」
 食堂へやってきたギルバートとクルトへフーガは手を振る。
 緊張気味に背筋を伸ばす望乃は「妻として夫が恥を掻かないようにしなければ……!」と内心ドキドキしていた。
「ギルバートはおいらがヘルムスデリーに来た時に案内してくれた友達。
 いつか自分の妻を紹介するって約束、できてよかったぜ。
 ……で、ギルバート、奥さんの方はどうよ? なんて」
「ジュリエットは元気で居るよ。相変わらず美しくて可愛い。君達のようにずっと傍に居られたらいいのだがお互い忙しいからな。たまに会うと離したくなくなってしまう」
「ナチュラルに惚気るなぁ。だが、うちの奥さんも可愛いからな。望乃っていうんだ」
 望乃に向かって手を差し出したギルバートは「よろしく」と微笑む。
「クルトは、今はヴィルヘルム達と一緒にいるが、元々はリブラディオンの子で……助ける内に愛着が湧いちまって一緒になることが多くなったんだ。多分、おいら達に子供ができるとしたらこんな感じかな?」
「そうですね、わたし達に子どもができるとしたらこんな感じ……っ!?」
 フーガの言葉を反芻した望乃は盛大に咽せる。
「ってオイオイ、どうした急に咽せて!?」
 望乃の背中をトントンと擦るフーガ。二人の仲睦まじい姿は微笑ましいとギルバートは思った。
「……そうだ、銀の泉にお祈りしてみるかい? セシリア殿も居るだうし。セシリア殿は銀泉神殿の巫女で、手術する時に神殿の中を貸してくれて、医神ディアン様の加護を受けるきっかけになった人でもある」
「銀の泉……? はい、行ってみたいです!」
 初めは美味しい料理とシエスタする場所を求めこのヘルムスデリーにやってきた。
 けれど、気付けば色々な人のことを想い、助け、愛着が湧くようになってきたと望乃に語るフーガ。
「そして今、エメラインや囚われた魂と、これからの望乃や仲間達の無事を医神様に祈っている……不思議なもんだぜ。ヘルムズテリーの村人達は優しくて温かい人達ばかりだ。望乃にも、ヘルムスデリー村の人達と仲良くなれたら、嬉しいな」
「はい! 鎮魂の歌なら歌えますし、それから……ディアン様に、どうかこれからもフーガをお護り下さいって、お伝えしたいです」
 銀泉神殿にフーガと望乃の歌声が反響した。

 温かい恰好でヘルムスデリーを訪れたヨゾラは、村の入口で見つけた猫と一緒に散歩していた。
 村の通りを進むと食堂があり左側にはマーケットが広がる。
 そこで買ったパンとハムを食べながら夜は星空を見上げるのだ。
「鉄帝の、ヘルムズデリーの星空……」
 アーカーシュとは違った綺麗な星空にヨゾラは目を細める。
「混沌世界の全てを巡れる訳ではないけれど、色んな所の、色んな星空を……星空と一緒にある風景を、素敵な地を、僕自身の大切な思い出として覚えておきたいんだ」
 村の入口で見つけた猫は宿屋の看板娘だったらしい。部屋で寛いでくれる姿にヨゾラは微笑んだ。
「星空に憧れる者として、星空の願望器として、星空の思い出を胸に奇跡を起こせるように……」


『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はローゼンイスタフで殴り合いをしていたギルバートとベルノを思い出す。
 ベルノとは必ずけじめを付けさせると言った手前、決闘がどのような結果になったとしても――
 例えばどちらかが死ぬような事態であったとしてもだ。
 リースリットにはその結果を最大限尊重して良くなるように計らう他無いと思っていた。
 されど、彼らが選んだのは、『生きて』これからの未来を紡ぐ事。
 その為のけじめの戦いだったのだろう。拳一つが無念と怨嗟と嘆きの念が籠ったもの。お互いが背負ってきた悲しみと怒りの『代わり』の一打。
 リースリットはヘザーの家族や、本物のアルエットの墓に改めて安らかなれと祈りを捧げる。
「――ギルバートさん。もう、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうリースリット。心配を掛けてしまったね」
「例え心底から許す事も割り切る事も出来ずとも、それでいい。それでも前を向いて行く事は出来る筈です」 リースリットの言葉にギルバートは確りと頷いた。
「王に仕える騎士に非ず。大切な人々を護る為の騎士……ふふ。やっぱり、貴方は私の知る中で最も素敵な騎士様です」
「強く気高い君にそんな風に言われると、何だか照れてしまうよ。ありがとう紅焔の美しき女神」
 紅き瞳の気高き乙女。ギルバートはリースリットをそのように表した。

「ねえ、ヘザー……」
 何度その名を呼んだだろう。
『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)は、まだ雪の残るリブラディオンの廃墟を一人歩く。
 エーヴェルトは殺され、バルナバスも散り。ハイエスタもリブラディオンも、少し平和になった。
「だから、挨拶に来たんだ」
 辿り着いた見晴らしの良い丘の上、幾つもの墓石が並ぶ場所。
 ジェックはヘザーの名が記された墓石の前に立ち笑みを零す。
 この下には家族と一緒に眠って居るヘザーが居る。だから、ジェックは最後のお別れをしにきたのだ。
「パトリシアもギルバートも、皆キミのことを慕っていたね。アタシもキミの焼いたクッキーを食べてみたかったな。キミのクッキーと同じ味が出せる人を探してみようか……なんて」
 小さく微笑んだジェックの声が墓石に跳ね返る。
「同じ味を食べたらきっとパトリシアが……ううん。村の皆が泣いちゃうね」
 ジェックは墓石の上に積もった雪を手で押しのけて座り込んだ。
「戦火の跡は色濃くて、未だに傷は癒えないけど、アタシ達は前を向いているよ。
 この平和がいつまで続くのかも、戦いがいつ終わるのかも分からないけれど。
 キミが愛した村を、キミの愛した人を、守ってあげる」
 このヴィーザルの地を平和な……安心して暮らせる土地にしてみせる。
 ――助ける、と約束したのだ。
「だから、ゆっくり休んでね。ヘザーお婆ちゃん」
 ジェックは墓石に額を預け祈るように呟いた。

「墓、とは、死者のためにあるものだと思っていましたが……」
『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)は墓地へと足を運ぶ。
「そこに遺体がなくても、そこに魂がなくても、果たしてそれは死者のためのものといえるのでしょうか。むしろ、残された者たちの慰めのためにあるものではないのでしょうか」
 リブラディオンの住民の霊魂は残って居ない。バロルグに囚われたままだとアルエット・ベルターナは言っていた。ならばここで祈りを捧げる意味はあるのだろうか。祈る側の自己満足、エゴという言葉がミザリィの頭を駆け巡る。
「それとも本当は、祈りの心さえあれば場所なんて関係ないのでしょうか……いまの私には、分からないことがたくさんありますね」
 ふうと溜息を吐く。まだ少しだけ息が白い。
「それでも、祈りを。どうか祈りを。海を越えて、山を越えて、どうか、どうか。
 時の彼方さえまでも届いてほしい」
 必ず救いに行くと。
 必ず眠らせてやると。
 だからどうか。もう少しだけ待っていてほしい。
 ミザリィは目を瞑り祈りを捧げる。これは祈りであると同時に誓いでもある。
 彼女の口元から零れるのは優しい歌。
 ――天使の調べ。
 母ほど上手く歌うことは出来ない、誰かに聞かせたことも殆ど無い。
 それでも。どうか、どうか。願わくば。
「この歌が、此処に在らざる魂たちに届かんことを――」

 エステル(p3p007981)はほっとした表情でリブラディオンの空を見上げる。
「大きな戦いは、ようやく終わりましたか。しかしながら神々とは、何なのでしょうか……?」
 考えを纏めるためにこの場所へやってきたエステル。
 バロルグに対抗する力はクラウソラス意外にあるのだろうか。
「捧げられた魂を、儀式などの方法で打倒前に解放し、バロルグを弱める手立てはあるか……」
 エステルは顎に手を当てて思考の海を泳ぐ。
「そして神々……豊穣の四神に続いてヴィーザルの地にいた神と呼ばれる者たちは何なのか」
 神霊に相当するもの。希望ヶ浜では真性怪異と呼ばれる者達。
 信仰を集めた大精霊ともいうべき存在にエステルは思い馳せる。
 鍛冶歌を口ずさみながらリブラディオンに漂う精霊たちの声に耳を傾けた。
「明確な答えを期待したわけではありませんが……
 やはり、この地の記録はあまりにも紛失しすぎていますか……」
 廃墟の町並みを歩きながらエステルは悲しげに視線を落す。
「私自身、魔術の部門に明るいわけではないというのも、難しいところですね……」
 エステルは見晴らしの良い丘の墓地へやってくる。墓地に残った雪を払い花の種を蒔くのだ。
 雪にクレイモアを突き立てたエステルの回りに結晶が舞う。
 見えて来た土に花の種を蒔き祈りを込めるエステル。
「花が咲く頃には、バロルグを討ち、捧げられた方たちを満開の花の中で送ってあげたいですね……」
 エステルは墓石を見つめながらふと考え込む。
 死者蘇生はどう足掻いても、この世界では成し得ない。
 ならば、バロルグに捧げられた魂やアルエット・ベルターナの魂は何だったのか。
 残留思念を集めた謂わば、死霊術の一種であるのだろう。
 死者蘇生などとは呼べぬものだとエステルは首を左右に振った。

『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は手に白い息を吐く。
 まだ雪解け間も無いリブラディオンは肌寒く感じてしまうのだ。
 廃墟の中を歩き、北の神殿へと向かうジルーシャ。
 少し広くなった場所で瓦礫に腰掛け竪琴を取り出す。
 静かな神殿に響く音色と、仄かに漂う優しい香りに引き寄せられ精霊達が集まって来た。
「フフ、久しぶりね。アタシのこと、覚えていてくれたかしら?」
 ジルーシャの回りをふよふよと飛ぶ精霊は不思議そうに首を傾げる。
 前に来たときとは違い、今のジルーシャには右眼が無い。精霊もその気配に気付いたのだろう。
「心配しなくても大丈夫よ。今日は神殿の中に入るつもりじゃないの。……少しの間、この場所を使わせて頂戴ね。本当の祝勝会にはまだ早いから、いつかきっと、と願いを込めたお裾分け」
 ガンダルヴァの調律を風に乗せて、ルーやお墓にも届くように。
『あの日』のまま時の止まってしまったリブラディオンの姿を思い返しておきたいから。
「……ね、アンタたちの中にも、ここで起きたことを覚えている子はいるのかしら。もし、アタシの演奏を気に入ってくれたのなら……少しだけ、お話を聞かせてくれない?」
 精霊達はジルーシャの言葉に頷く。
 皆で笑い合った日々を、そしてそれが喪われた悲しみを。
 ジルーシャに悲しげに訴えかけてくる。
「バロルグを倒すことは変わらない。けれど、知らないまま終わらせたくない。
 知ることは力になるって、ベルノたちとの関わりを通して学んだもの」
 ジルーシャの胸の中には精霊達が語った平和だった日々と、戦いの傷跡が生々しく描かれていた。
「教えてくれてありがとう……」
 胸が痛むけれど、受け止めるようにジルーシャは竪琴の弦を弾いた。

「悪いな、またちょっと面を貸してくれよ」
『竜剣』シラス(p3p004421)はクルトと共にリブラディオンへ足を踏み入れる。
「まだ解決じゃあない、聞けばリブラディオンで死んだ奴らの魂は囚われたままなんだろ?」
 クルトは「そうだ」とシラスへ頷いた。
 死後に残る魂が在るのかシラスには分からないが後味が悪い事だけは理解できた。
「悔しくはねえか? 何とかしてやろうぜ、知恵を貸してくれよ」
「わかった。協力するよ」
 まずは状況の整理からだとシラスは廃墟の街を進む。
「前の調査の時、パトリシアの話ではバロルグはまだ此処に『居る』ということだった」
 けれど、エーヴェルトとの戦いではユビルから溢れてその姿を見せていた。
「本体はルーと共に封印されたまま不完全な状態でうろついてるということだろうか?」
 シラスは眉を寄せて「うーん」と首を傾げる。
「バロルグに囚われた魂を解決する方法はなんだろう?」
「ユビルの中に居たバロルグを討つ?」
 クルトの言葉にシラスは首を左右に振った。それで解決出来るとは到底思えなかった。
「ここの封印を強める、或いは再封印するのはどうだ?」
「囚われた魂ごと封印されてしまうかも」
「そうだな。その可能性はある。俺達だけじゃ封印の方法も分からないし……」
 リブラディオンを離れているギルバートやパトリシアとてその方法を確実に知っているか定かではない。

 シラス達は北の神殿へと足を踏み入れた。神殿の扉は開いており、中から声が聞こえる。
 ギルバートとリースリットだ。その向こうには雷神ルーと精霊エスティアの姿も見えた。
「バロルグの本体を見つけ出して討つ……本体はまだ此処に封印されてるのか?」
 このリブラディオンに封印されてるのか、既に解放されているのか知りたいとシラスは雷神ルーへと視線を上げる。
「この場にはもう居ないぞ。地下を伝って何処ぞへと去ったのだろう」
「地下?」
 暗躍しているバロルグの所在は地下ということなのだろうか。
 リースリットはシラスに頷き、ルーへと顔を上げる。
「以前、迎撃戦をしたリブラディオンの地下空洞は、エーヴェルトの配下が彼方からやって来た。つまり、間違いなく彼らの拠点に通じている筈なのです」
 だからリブラディオンに赴き雷神ルーとその従者たる精霊エスティアに問いたかった。
 神殿の扉を開けられるのは調停の民の末裔であるギルバートたちだけ。だから彼に同行して貰ったのだ。
「闇の眷属は……バロルグにとっての調停の民のような存在の末裔、ですか?」
 ルーとエスティアに向かってリースリットは問いかける。
 もしそうならば、調停の民と闇の眷属もかつては良好な関係にあった時代が、本当にあったのだろうかとリースリットは疑問に思っているのだ。
「地下空洞の繋がる先は……バロルグにとってのリブラディオン、バロルグの神殿もあるだろう闇の眷属が住まう地なのではないかと考えています。バロルグが今潜んでいる可能性の高い場所はそこなのだと」
 リースリットの言葉を聞きエスティアは頷く。
「闇の眷属はバロルグを讃える一族です。そして、調停の民と元々は同じだった」
「同じだった?」
「どういうことですか?」
 シラスとリースリットは瞳を瞬かせる。
「調停の民……すなわち、調和を是とする者たち。ハイエスタの王家を支える均衡の守り手。光に偏りすぎても闇に偏りすぎても王道は成し得ない。光と闇が同じになるように制するのが彼らの役目でした」
 光と闇の眷属。それは、信仰する神の違いであり、どちらが『善』でどちらが『悪』であるというのは外から見たもの。調停の民は其れ其れの役目を持ってお互い共存していたのだ。
「しかし、長い月日の中でその役目も王家も喪われ、ただこの神殿を細々と守っていたのです」
 精霊エスティアから齎された情報にシラスは頭を抱える。
「くそ、頭から湯気出そうだ」
 リブラディオンを護る必要がある。それは明確であろうとシラスは唸る。
 この地はバロルグの居場所へ通じる手がかりそのものなのだから。
 そして、ギルバート達にとっても大切な場所。

「なるほど。……闇の眷属といえば、もう一つ。現代において闇の眷属を滅ぼしたシグバルドという来歴不詳の男。彼は闇の眷属を嫌っていたそうですが……」
 リースリットはエスティアの隣に居るルーへ視線を上げる。
「バロルグの魂喰らいが理由なら、即ちシグバルドはバロルグについて詳しい知識を持っていたと言う事になる。極一部の間でしか伝承されていないような知識を、です。彼は何者なのか……ルーは、心当たりないでしょうか?」
「シグバルドの出自は知らぬが。立ち塞がる者は獣のような鋭さで退ける。
 奴の目にはハイエスタの王家など、『悪しき』闇の眷属と同等だったのだろう」
 王家を滅ぼした時に真実を知った可能性もある。最初は強さだけを求めていたシグバルドがノーザンキングスという国を欲したのはその後なのかもしれない。
「奴の覇道は屍の道で築かれている。だが、そんな男でなければヴィーザルを統一するなど考えもしなかっただろう。奴は見据えていたのかもしれぬな」
 統王シグバルドが見据えたもの。覇道の先の――悪鬼との戦い。
 順番や辿る道が違っていようとも、犠牲を払ってでも。成し遂げなければならぬと意志を貫いた男。
 そんな男が強く無いわけがないだろうとルーは遠くを見つめる。
「統王シグバルドは……きっと、誰よりも強かったのであろうな」
 己を『倒した』ゼファーやルカ達イレギュラーズに、シグバルドは未来を見たのだろう。

「やっぱり、完全に解放させた上で滅ぼすしかないのか?」
 シラスは唸りながらルーへと問いかける。人間の手に負える相手かどうかも分からないのだ。
「バロルグは我と同じく神なる存在。倒した所でその力は世界を巡り再び集束する」
「じゃあ、滅ぼしても意味が無いのか?」
 シラスの言葉にルーは左右に首を振った。
「闇の力が大きくなりすぎる事が問題なのだ。均衡が崩れれば闇が蔓延る。だからバロルグを討ち、その力を分散させる。完全な消滅にはならぬが、闇の力は減退し光との均衡が保たれる」
「なるほどな。探し出して討てば、何とかなるんだな?」
「ああ、なんとかなる!」
 雷神ルーは思っていたより、大雑把な性格なのだとシラスは思った。

 金の瞳を瞬かせた『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は繰切が言っていた「闇の力の高まり」が気に掛かっていた。
「俺はこちら方面にはあまり踏み込んでいなかったからな」
 故に、『雷神』ルーや『月と狩りと獣の女神』ユーディアに会って見たかったのだ。
 手土産(蛇鱗せんべい)を持って神殿を訪れたアーマデルの後ろからユーディアが現れる。
「ふんふん、君お父様の匂いがするねえ? 兄様、この子お父様の匂いするわ」
 アーマデルの匂いを嗅いだユーディアは目を輝かせた。
 反対にルーはすごく嫌そうな顔をする。
「光と闇が合わさって最強に見えてたけど闇が濃くなってきた。突撃! 推しの実家──そんな感じになるだろうか」
「何て?」
 練達風の説明ではやはり伝わらなかっただろうかとアーマデルはルーの顔を見遣った。
 アーマデルは闇や光、その力の性質よりも使い方を重んじる。
「俺の保護者(?)は薬学に通じていてな、毒と薬は表裏一体なのだと習った。例えば死者と疎通する力は、迷える死者を往くべき処へ送る事にも、逆に安息を求める死者を捕らえて苛む事にも使えるだろう? まあ、あの御仁(バロルグ)の在り方はこの地に生きる者にとって過たず悪であるとは思うが」
 アーマデルが繰切を喪いたくないと思うのは、仮初めの巫女であるからというよりも、友人や身内を亡くしたく無いという思いに近い。
「初めての友人(廻)と、かの蛇神、どちらかを選べない……」
 クロウ・クルァクと白鋼斬影。混ざり合った彼らを切り離す為の一片を知っている。
「だが本人はそれを望まなさそうな気がする。手札は幾つ備えても足りない、故に闇のみでなく、光も、それらの調和も……知る機会を得られれば、そう思ってここへ来た」
「ふむ……」
 雷神ルーは光と闇の均衡を尊ぶ。
 それは調停の民が元々は光と闇の眷属を内包していたことからも明らかだ。
「この地でのクロウ・クルァクを俺は知らない。差支えない思い出話はあるだろうか」
「……父神はかなり、人たらしでな。その辺の人間やら精霊やらを拐かしては食べておった。祖父神(バロルグ)もその辺は変わらぬがクロウ・クルァクの方がより選り好みが激しかった。それが今は一人の白蛇を喰らう程に愛しているだと? 大丈夫か? その地は雑草も生えぬ荒野になってはいないか?」
 心配そうな表情でアーマデルを見つめるルーとユーディア。
「だいじょうぶだ、多分」
 ルーから繰切への評価は「だらしのない父」なのだろう。砂漠で会った『残穢』とそう印象は変わらないとアーマデルは思った。

「エメラインは我らにリブラディオンの霊魂の解放を託した」
 死者の望みとあらば全力を尽くして答えなければならない。それが『無鋒剣を掲げて』リースヒース(p3p009207)が己に課した役目だから。
「祭儀の時だ。バロルグに対抗するために、我らは心を一つにせねばならぬ」
 リースヒースの傍にはアーマデルと『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)の姿もあった。
「先の騒動の最中でそれとなく話は聞き及んじゃいるけども……こっちの話は『まだ』終わっちゃいない、ってトコなんだろうな」
 カイトはリースヒースを手伝いながらぽつりと呟く。このタイミングでこうして自分が訪れるように『呼ばれた』のも、おそらく何らかの意味があるはずだとカイトは考えを巡らせた。
「形式として弔いをしなければならないのは事実として。それでも魂を手中っていうか腹内に納めるような存在が碌なもんじゃねぇってのは嫌でも分かるよ。だが、誰かがやらねぇと此処は時が止まったみてぇに廃墟のままなんだろうな」
 カイトの言葉にリースヒースは静かに頷く。
 この地に住まう精霊と神を祀る古式の祭儀。
「そして、バロルグを倒し、魂を開放することを神々と精霊、霊に誓おう」
 神殿の広場でリースヒースは心を研ぎ澄ませる。
 ローゼンイスタフの祭りには及ばぬが、あちらは戦勝会、こちらは戦の前の誓いの儀。
「比較してはならぬ。まあ、神というからにはバロルグは見ているだろう。
 これは宣戦布告だ。私はきっと御身から霊魂を取り戻す」
 何処かで此方の動向を探っているはずのバロルグへリースヒースは声を張る。
 リースヒースの周りに集まったルー達は興味深そうに祭事を見守っていた。
「バロルグを倒すための方法を、そこに至る道を。いくらか細い可能性でも構わない。教えてほしい」
 仰々しいのは嫌がるかもしれない。
 されど神々や精霊には礼儀を尽くした方が良いとリースヒースは考える
 カイトもそれは知りたい情報だった。何故此処に繰切との縁があるのか等、色々聞きたいことは山ほどあるけれど。一度、他の者が調査したのは知っているが現状の情報整理は重要であろう。そこに意義があるとカイトは信じているのだ。下調べは十全に。悪癖ではあると自覚もしながら。
「至るはこの地下。そこから通じる道の先」
 エーヴェルトの配下と戦った地下洞。その道を辿ればバロルグの住処へ辿り着くのだろう。
「でも、入り組んでんじゃねえのか?」
「ああ……ユーディアの力が完全に戻れば辿る事も可能だろう」
 カイトの問いかけにルーは答える。

「後は神殿の修理をせねばならん。仮の社を立てるか、それが無理ならせめて掃き清めよう。バロルグと戦うならば、彼らと言葉を交わすことも増えるだろうしな」
「そうだな、あとは……ゆっくりでも良いから『この場所に戻すべき信仰』を考えるべきなのかな」
 どんなに長い時間が掛かろうとも、此処には戻ってくるべき人々が居るとカイトは紡ぐ。
「廃墟を廃墟のままで風化させて終わらせる、なんて話じゃない筈だ」
 こんなに親身になるなんて。カイトは己の変化に胸がむず痒くなった。
「もし可能ならば、神々よ、精霊よ。御身らに神官でも巫でも、望む形で奉仕しよう。使い走りは多い方が良いであろう? いや、仕えさせてくれ。私の覚悟の形だ」
 というわけでと振り返ったリースヒースは隅の方に佇んでいたモールへ視線を送る。
「という訳でモール。わが得難き理解者よ。人手が足りない故手伝ってほしい。いや、ここの墓所を管理しろとは言わぬ。だが、たまに様子を見にはこれるだろう。私はこれから無茶をするゆえ……。私とこの地の霊魂が無事に帰ってくることを、墓守なりに祈っていて欲しい。私は御身を信用している。頼む」
「仕方ないな。そんなに来られないけどたまに墓の掃除ぐらいはしてあげるよ」


 リブラディオンから北東。ノルダインの村サヴィルウスはベルノたちの家がある。
『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)はベルノと共にエーヴェルトの家に足を踏み入れた。
「律儀に日記でもつけてくれてりゃあ話が早ぇんだがな」
「……どうだろうな。つけててもおかしくは無いが」
 エーヴェルトは何処かでバロルグと出会っているはずなのだ。サヴィルウスに堂々とバロルグが乗り込んで来たとも思えない。
「バロルグが容易に顕現出来るような、バロルグの影響が濃い場所で出会ったって考えるのが自然だろう。バロルグ縁の地か、あるいはエーヴェルトの母親が残した何かか」
「…………」
 考え込むベルノにルカは「まあ、検討つかねえよな」と振り返る。
「ユーディア、この辺にバロルグの力を感じる何かがあるか探せるか?」
「そうねぇ……森の方に気配があるわ。おそらく、兄様のモイメルに繋がってる道ね」
「アルエットを拾った場所か」
 常春の庭。飛び地。そこを通って闇の眷属は移動しているのだろう。
「それって『調停の民』しか開けられないんじゃないのか?」
 ルカの問いにユーディアは「ええ」と答える。
「元は同じよ。調停の民は光と闇の眷属を内包するの。けれど、長い年月が経ちその役目も仕えていた王家も喪われてしまったの」
 祖父神バロルグを信仰する者と孫にあたる雷神ルーを信仰する者。
 均衡を保つ上で『善』と『悪』は容易に裏返る。

「エーヴェルトは多分、バロルグに利用されたんだろうな」
「そう、だろうな……親父が言うには母親のイルヴァもそうだったみたいだ。イルヴァはそれを拒否して親父の手で殺された」
 愛する者の手で死ぬ事が出来る幸せがあり、残していく子が気掛かりではあっただろう。
「たとえそうだとしても選んだのはエーヴェルトだ。俺がアイツを許す気はねえ」
「ああ、分かってる。それは正当な思いだ」
 ルカの言葉にベルノは確りと眼を見つめ頷いた。
「だけどな、お前までそうである必要はねえ。シグバルドを殺したのは許せねえだろうが、エーヴェルトを利用したバロルグが許せねえって気持ちを持つ事は罪でもなんでもねえ」
 粗方家捜しを追えたルカは入口に向かい、背をベルノに向ける。
「あぁ、それとな。これは俺の想像だが、エーヴェルトはお前の事は嫌いじゃなかったと思うぜ。北辰と手を組むって言って決別する時にお前を殺しておけば面倒は少なかったのにそうはしなかった」
「……」
「いつまでもそのままって訳じゃなかったかも知れねえが、少なくともその時点ではお前を大将にして一緒に戦う気だったように思うぜ」
 先に出ているとルカはドアを開けて外へ踏み出した。
 残されたベルノにも心の整理の時間が必要なのだ。家族を二人も喪ったのだから。

「悪鬼バロルグ。奴を滅ぼさん限りは、囚われた魂達は救われねぇンだな」
「ああ」
『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はベルノの元を訪れていた。
「なら──まだ、戦いは終わってねぇ。これからだ」
 その為にも情報を得なければとレイチェルは此処へやってきた。
 ベルノに許可を取りエーヴェルトの家に悪鬼バロルグに繋がるものが無いかと探すレイチェル。
 机の上に幼いエーヴェルトと母親が映った写真があった。
「エーヴェルトは、母親想いの男だった。少なくとも、あの戦場で奴の抱く想いをこの眼で視た範囲では。
 ……ベルノから見てもそうだったか? 嘗ての彼は」
「そうだな。エーヴェルトは母親のイルヴァがめちゃくちゃ好きだったよ。だが、親父が言うにはイルヴァは闇の眷属だったんだ。親父は闇の眷属を嫌ってたからな……イルヴァが殺された時にエーヴェルトが殺されてもおかしくなかった」
 エーヴェルトはまだ五歳にもなっていなかった。幼子の悲しみは相当なものだっただろう。
「そんな小さい時にか?」
「ああ、エーヴェルトの母親は闇の眷属だったけれど。親父の子だ。不自由は無かった筈だ」
 レイチェルは唸るように考え込む。
「こんな事を言うのもアレだが、彼も悪鬼バロルグに利用されてたンじゃねぇかって思うんよ。俺は。お前はどう思う?」
「……俺もそう思う。イルヴァも突然おかしくなったって親父が言ってたからな。だから殺したんだって。イルヴァがそう望んだって……」
 闇の眷属でありながら、シグバルドを愛してしまったイルヴァは。
 バロルグの手足となる前に愛しき人の手で殺されたかった。
 そして、エーヴェルトが闇の眷属とならない可能性に賭けたのだろう。
「でも、エーヴェルトはその悲しみから嫉妬の心を膨らませ、ついに反転しちまったんだな」
 嫉妬が憤怒に転じた時呼び声を受けたのだ。
「だったら、エーヴェルトの魂も、俺は救ってやりてぇ。お前も手を貸してくれないだろうか」
 レイチェルはベルノの眼を真っ直ぐに見つめ手を差し出す。
「ハッ、当たり前じゃねえか。アイツは俺の『家族』だぞ」
 その言葉にレイチェルは眼を細めた。
 収穫は思った以上にあっただろう。サヴィルウスに来た甲斐があった。
 レイチェルは己の目的が定まったと拳を握る。
「エーヴェルトも他の奴らも全員の魂を救い出す」

『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)もサヴィルウスの地を踏む。
「もふぐりの墓参りくらいしてやっても罰は当たるまい。あの時の選択が間違っていたとは思わないが。そのせいで墓には何も残らなくなったからな」
 灰と化したエーヴェルトの身体。魂はバロルグに囚われているらしい。
 アルエット・ベルターナの両親たちのの魂も。
「それも回収せねばなるまい。乗りかかった船でもある」
 しかし、と愛無はサヴィルウスの村を見渡す。雪がまだ残る村は何処か寂しい空気を纏っていた。
 見知った顔を見つけ愛無は手を振る。
「来ていたのか」
 エルヴィーラは何度か顔を合わせた事のあるイレギュラーズに目を細めた。
「この地には神話が生活の中に色濃く残っているのだな」
「ああ。帝都よりは幾分な」
 それは神々の力とその影響が極めて強いということだ。
「この世界の神にとって信仰とはすなわち力だからな。いずれバロルグと対峙した時、奴の力を少しでも弱めておくに越したことはないと思うのだが、どうだろうか?」
「そうだな。良い案だと思うぞ」
「ならば、この戦勝の機を逃す理由はあるまい。神に対抗しうる「英雄」を意図的に作り上げる」
 どういうことだと次句を待つエルヴィーラに愛無は視線を寄越す。
 深道での信仰の改変。それをこの地でより大規模に行う事ができれば。
「戦後の復興とあわせ春の訪れで人の流れも活発化するだろう。ノーザンキングスとの和平がなった事も大きい。座標の活躍を吟遊詩人や商人等に行く先々で座標の活躍を語ってもらうよう頼んでみる」
「ほう……成程な」
 魔種の打破と国の危機を救った英雄の話。ユーディアの解放とバロルグ復活の阻止は積極的に話してもらうのだ。
「そうすれば、悪神への恐れが減りるだろう……戦後の不安が癒されれば、それだけでも奴への『嫌がらせ』にはなる。やつの力の源は負の感情だろうからな」
 そして、バロルグが復活を諦めたとは到底思えなかった。
 戦後の不安を抱えている者は多い。そういった人々が傀儡にされてしまう懸念もあった。
「あれは人の弱みに付け込み堕落させて楽しむタイプだろうしな」
 この大戦で不幸に見舞われた有力者や権力者の動きにも気を配っておいた方が良いと愛無はエルヴィーラへと語る。


 ローゼンイスタフの城内で、ドサリと倒れ込んだギルバートへ『翠迅の守護』ジュリエット・フォン・イーリス(p3p008823)は駆け寄る。死んではいないかと指先を口元へあてて呼吸をしている事に安堵した。
「まったく。貴方は私を心配させてばかりです」
 気を失ったギルバートの頬を撫でてジュリエットは眉を下げる。
 ちらりと、同時に倒れたベルノを見ればエルヴィーラが介抱をしていた。心配そうに見つめるジュリエットにエルヴィーラは大丈夫だと頷く。
 安静な場所へ運ぶのをヴィルヘルムに手伝ってもらい、ジュリエットは城の一室を借りた。
 ベッドに寝かされたギルバートの頭を撫でたあと、ふと思い立ち自分の膝に重みを乗せる。
 膝枕をしたジュリエットは髪の感触を楽しむようにそっと撫でる。
「ふふ、ちょっとだけ独占した様な気分に浸ってしまいますね」
 照れたように笑ったジュリエットは、小さなうめき声と共に目を覚ましたギルバートへ言葉を注いだ。
「……同時に倒れられましたよ。あまり心配させないで下さいませ」
 戦いの最中、何度割り込みそうになったか分からない。けれど、ジュリエットは必死に我慢した。
 これが大切な戦いだと分かっているから。
「すまない」
「少しでもすまないと思うのならば、私にも構って下さいませ」
 頭を抱え込みながら、ジュリエットはギルバートへ口付けを落す。
 白銀の髪がさらりと流れてギルバートの頬を流れた。
「愛してるよ、ジュリエット」
 一言告げて、ギルバートは再び微睡むように瞼を閉じた。
 それは手負いだとしても安心して傍で眠れる相手なのだと言わんばかりで――

 シュクメルリを口いっぱいに頬張りながら『珍しいお肉を狩猟したい!』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は祝勝会を楽しんでいた。小さな女の子が頬袋に物を詰め込んでいるのはとても可愛らしい。
「と、と、シュクメルリを食べてばっかりいる場合じゃなかった。せっかくだからお肉屋さんとしての腕も振るわないとね!」
 腕を捲ったフラーゴラは自身の得意料理を集まった皆に振る舞う。
「皆に……と、それでもってベルノさんに! ここの人たちはいっぱい食べるイメージある!」
「おう、サンキューな!」
 フラーゴラから『ゴラ食べよ』を受け取ったベルノは歯を見せて笑った。
「お話していい?」
「ん? 何だ?」
「……鉄帝の気質は実はあんまり好きじゃない。嫌い、なくらい。弱肉強食な感じがね。ワタシのやりたいことは弱者の救済だから。力を持つものなら弱いものを救ってこそ「強い」ワタシはそう思うよ」
 ベルノはどういう信念を持っているのだろうとフラーゴラは顔を上げる。
「そうだな。フラーゴラの考えは何も間違ってない。良いと思うぜ。だが、俺達の住んでいるこの場所は弱肉強食の世界だ。弱けりゃ死んじまう」
「うん……」
「そうだな、子供ってのは弱いだろ? 俺達の住んでる所じゃ子供なんてすぐ死んじまう。大人でもそうだ。病気怪我飢餓、何でも死が近い場所にあるんだよ。人が死ぬのは日常茶飯事……とまでは言わないが、悲しみに暮れているだけじゃ食ってけねえ。諦めるとは違うが、自分の心の切り替えに『弱肉強食』を使うのも事実だ。『あいつは弱かったから死んだ』ってな。俺達は自然や太刀打ち出来ねえ力の前では『弱者』である。だからこそ『強者』を目指し、そうあらねばならない。まあ、自分の村を守る為に、他の村を襲う決断もする。生き残る為にな」
 ベルノは、自らの村の存続の為に他の村を襲う。野蛮な生き方だとフラーゴラは思うのだ。
 根本的には相容れないのだろう。けれど、喧嘩をしている場合ではないのだ。
 最も重要なのはバロルグを倒す事だ。ベルノと信念を違えるなんて些細なことだ。
「ワタシはここで出来ることに疎い。何か手伝えることがあったら言って。資料集めでも……聞き込みでも……調査でも! 何でも!」
「そうだな。俺よりもルーやユーディア達の所へ行って、誰か尋ねる情報を拾った方が手っ取り早いぜ」
「なるほど」
 こくりと頷いたフラーゴラは早速ユーディア達の元へ駆けていく。

『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はブルストを皿にのせてテーブルに座る。
 多くは食べられないけれど美味しそうだと笑みを零した。
「お肉やお魚もあるんだね、猫さん達とか好きかな?」
 見かけた猫を撫で回す祝音。人間用の食べ物は味が濃いから、焼いただけの魚をプレゼントする。
 祝音は近くを通りかかったルーとユーディアへ手を振った。
「お父さんは……父神クロウ・クルァクさんは、どんな神様だったのかな」
「クソ親父は物凄い人たらしだ。今は違うと聞いているが、本当にすぐに拐かしては生命力を吸っていた。たらしこむものだから、人も嫌がらない。均衡が崩れるから止めろと言っているのに……」
 思い出して不機嫌そうになるルーに祝音はくすりと微笑んだ。
「でも、いまは白鋼斬影と一緒なんだね」
 祝音は悪鬼バロルグを倒して魂を囚われた人達を解放したいと願う。
「その為にも、この先の道が良い方向に続きますように」

「コャー、気になる事も、あるのだけれども、ひとまず、今はお祭りを楽しむのがいいかしら~」
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)はお肉をお皿にたっぷりとのせて微笑む。
「こちらにはあまり来ていなかったわたしではあるのだけれども、それはそれ、これはこれ。この国の民全ての勝利をお祝いするの。しれーっと参加していても多分誰も気にしないの!」
 美味しそうなローストビーフをパクリと口の中に入れる胡桃。
「コャー、おいしいの!」
 胡桃の傍らにはオレンジジュースが置かれていた。何故か渡されたのがジュースだったのだ。
「かんぱい~!」
「かんぱい~!」
 胡桃は隣に座った『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)とコップを打つ。
「しょうりだ! えんかいだ! わっしょい!」
「ワッショイー!」
「ヴィーザルでの戦いだけじゃなくて『ふんぬ』とのケッセンでも頑張ってすごいねって。えへへ、大変なこともたくさんあったけどいっしょに戦った兵士さんたちもぶじで『シュクショーカイ』ができてよかった」
 ふにゃりと笑うリュコスの頭を胡桃は「がんばりました」と撫でる。
 初対面であろうと何だろうと、一緒に騒げば大抵のことはどうにかなると胡桃はリュコスと一緒にわいわいと肉を頬張る。よく知らぬけれども、何かよく分からぬうちに広がっている交友関係が理想と言えば理想なのだと胡桃はうんうんと頷く。
「本日はみなさまおつかれさまでしたパーティなので。勇敢な戦士の皆様におかれましては勝利を以て共にこの場を迎えることができたのがさいわい」
「でも、やっぱりアンデッドにされた人たちのことを気になるかも」
「そうね……」
 リュコスの言葉に胡桃も頷く。
 一つの戦いは終わったけれど、蠢動するバロルグがいるのも確かなのだ。
 楽しい空気を台無しにしたいわけでは無いのだ。けれど旅立った人達に供えるものも必要だとリュコスは考える。
「亡くなった人にできることは悲しむだけじゃなくて、今ここに生きてる人たちがみんなわいわいしてる姿を見せてあんしんしてもらいたいんだ。まだアンデッドにされたまましはいされてる人もいるって話だし」
「新たな戦いが目前に迫っているのかしらね。困ったことがあれば、呼んでほしいかしら~?」
「わー、たよりになるねおねえさん!」
 リュコスにお姉さんと言われ笑みを零す胡桃。
「炎たるわたしにできることは微々なれど、手を貸したいの」
「うん、まだ死にたくなかった人をころして、戦いたくない人たちをみがってに戦わせてるてきがのこっているなら……ぼくはゆるせない」
 元に戻せなくてもせめて安心して旅立てるように魂を解放してあげたいから。

『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は懐に忍ばせた銀のペンダントに触れる。
 先程お土産に買ったものだ。喜んでくれると嬉しいなと、ボディは龍成がペンダントを付けてくれている姿を想像して頬を染める。誕生日も近いからこれは大切な贈り物なのだ。
「……さて、プレゼントも買ったことですし祝勝会でご飯でもいただきましょう」
 ボディにとっては知らない料理ばかりで、思うがままに摘まんで口に運ぶ。
「ふむ、ふむ。……もっと食べたいのでタッパーとか無いですかね。持ち帰りたい……」
 持ち帰って同じ味を共有したいとボディは無意識に思ったのだろう。
 ふと、視線をあげれば雷神ルーの姿が見えた。リブラディオンの封印の扉の向こうに居た神様。
 ボディはお皿を持ってルーの元へ歩み寄る。人でも神でも対話出来るのなら仲良く出来るはず。
「ルー様、相席よろしいでしょうか?」
「おお、構わぬぞ」
 雷神の仕草と声が、何処か繰切を思い出してボディは目を瞠る。
「ルー様の好みの食事ってなんでしょうかね?」
「酒は好きだな。人間の作る料理は大抵美味いし、人間自体もかなり美味い。
 ……ふふ、冗談だ。そう固まるなよ。祈りや願い清らかなる心は我の糧となる」
 真意が掴めぬ言葉繰りに、やはりルーとクロウ・クルァクは親子なのだとボディは確信する。
 沢山の料理を腹に入れたボディはローゼンイスタフの城下町を見渡した。
「やはり、人と街は活気がある方が良いです」
 リブラディオンのように廃墟と化した街は寂しく思ってしまうから。
「あの街は未だに人の魂は還って来ていない。バロルグというのが持ったままなのでしょう。何とかして戻してやりたいですが、はてさてどうしたら……」
 ボディはルーへと視線をあげ素直に疑問を打つける。
「ルー様は悪鬼バロルグとの血縁があるのですよね? バロルグが喰べた魂について何か知ってないでしょうか……例えば吐き戻させて魂を還す方法だとか」
 都合の良いものは無くとも、何か断片でも手がかりがほしい。
「死んでからも苦しむなど、あってはならないと思うのです。
 ……魂の蒐集箱である屍機が言うのはいささか不適切ですがね」
「祖父神は人間の魂を苦しめ弄んでいる。魂すら支配し負の感情を食べているのだろう。楽しむためにある程度は魂の形を変えずに『そのまま』で、その身に内包しているはずだ。だから、討てば自ずと魂は解放されるだろうな」

 まだまだ問題は残っているけれど、一先ずはこの勝利を祝うのだと『希望の星』燦火=炯=フェネクス(p3p010488)はグラスを掲げる。
「折角の機会だから、私もお酒をがぶがぶと……」
「嬢ちゃん未成年だろ? ダメダメ」
「そんな~」
 酒場の女将に没収されたグラスの代わりにオレンジジュースが入った子供用コップを渡される燦火。
 それでも満ち足りた勝利の空気に気分が高揚する。
「ハァイ、トビアス! 元気にやってる?」
「うわっ!?」
 突然ハイテンションで突撃してきた燦火にトビアスは驚いて声を上げる。
「ノーザンキングスの男らしく、いっぱい飲んでいっぱい食べてるかしら!
 お肉が足りないなら持ってきてあげるわよ。ついでにビールも……
 そういえばトビアス。貴方って成年? 未成年?」
「俺はまだ未成年。17だよ」
 燦火と同じ子供用コップを見せるトビアス。
「まぁ、どっちでもヨシ! 頑張った男の子には、お姉ちゃんがいっぱいサービスしてあげるわ!
 何ならご褒美のチューだってしてあげちゃう☆
 ほっぺにする? おでこにする? それとも、く・ち・び・る?」
「アアアア! 止めろ、恥ずかしい!」
 頬を撫でる指先を掴んでトビアスは顔を真っ赤にする。
「おっと、アルエットちゃんもおいでおいで!」
「はわ……」
 手招きされてやってきたアルエットは「どうしたの?」と首を傾げた。
「ほら見て! お兄ちゃんったら、顔を真っ赤にして面白いの!」
 むぎゅうと抱きついた燦火に「やめろぉ!」と抵抗するトビアス。
「……お兄ちゃん」
「違う、これは違う! 燦火が勝手に抱きついてんだ!」
「お、何だトビアス。早速女が出来たんか?」
 ニヤニヤと笑うベルノにトビアスは歯を食いしばり「違うから!」と何処かへ去っていった。

「ハァ……ハァ……」
 息を切らして走って来たトビアスに『闇の糸』チック・シュテル(p3p000932)は首を傾げる。
「どうしたの?」
「何でもねえ……」
 ようやくヴィーザルにも春が訪れた。長い道のりだったけれど一緒に戦った人達と穏やかな時間が過ごせることがなにより嬉しいとチックは微笑む。
「……でも、気がかりな事も……いっぱい。……バロルグや、ユビル……リブラディオンの人達の事、とか。必ず、彼らを取り戻す……する。その前に、楽しい時間も……大切にしなくちゃ、ね」
 チックとトビアスはジュースを片手に屋台を歩く。
「まずは……お疲れ様、トビアス。それから、いっぱい……ありがと。初めて会う……した時から、大変な事……続いてたと、思う。それでも、今……こうして無事に過ごせて……とっても嬉しい」
「ああ、お疲れ様だ」
 トビアスはチックの灰髪を撫でて歯を見せて笑う。
「決戦に行く前とか……具合悪い時、迷惑かけちゃって……ごめんね」
「気にしてねえよ。それより体調まだ悪いんじゃねーのか? 大丈夫か?」
「うん、いまはまだ……今日はその分、トビアスに沢山美味しい……楽しむ、してほしい。ブルスト……っていう食べ物、とか。美味しそう他に食べたいもの……あれば、おれ……持ってくる、任せて」
 危なっかしくて任せてられないとトビアスはチックの隣に立つ。トビアスにとってチックはひな鳥のように見えているのかもしれない。
「おれは、サーモンマリネを食べる……してみよう、かな……あ、ルーとユーディアもいる?」
 チックはやたら目立つ二人を見つけそっと声を掛けに行く。
「ユーディアは……お久しぶり。あれから、無事に元気になる……してるみたいで、良かった」
「あら、チック! この通り元気よ!」
 ウィンクしてみせたユーディアにトビアスは視線を逸らす。女神の恰好は目に毒なのだ。
「ルーは初めまして」
(この人も繰切……クロウ・クルァクの子。その、一人)
 チックはぺこりとお辞儀をしてからルーとユーディアへ質問を投げかける。
「……二人に聞きたい事、ある。バロルグに、ついて、彼に会う、するのは。どうしたら……良い?」
 暗い話をしてごめんと謝るチックに問題無いとユーディアは微笑んだ。
「……でもおれは、バロルグからユビルや……リブラディオンの人達の魂を取り戻す、したい。その為に少しでも、彼に関係する事……知りたいんだ」
 無意識にチックは首筋を撫でながら二人を見遣る。
「リブラディオンの地下洞から、気配を辿っていくのがいいでしょうね」
「あと……もう一つ。君達のお父さん……クロウ・クルァクは、今……白鋼斬影っていう人の魂と一つになって、繰切っていう名前……だけど。……もう一度、二人に分ける方法を……知ってる、かな……?」
「お、我の力が必要か? 我が剣クラウ・ソラスと雷神の権能があれば父神を討つことが出来ようぞ。まあ、その白鋼斬影とやらも巻き添えだがな」
「兄様、適当なことを言わないで。チックが困ってるわ。それに兄様まだ動けないでしょ。
 えっと、そうね。一つになったものを分けるのは難しいわ。それこそ『父様に聞かなければ分からない』ものよ。ただ、喰らいたい程愛した人と再び離れることを父様が選ぶかは分からないわ」
 ありがとうとチックは礼を言って、二人の言葉を反芻する。

「折角のお祭りですもの、一緒に回りましょう? 祝勝会にはルー様とユーディア様がいらっしゃると聞きました。まだご挨拶が出来て居ないのでお会いしたいです」
 ジュリエットはギルバートと手を繋ぎルーとユーディアの前へやってくる。
「初めまして。ルー様、ユーディア様……えと、ユーディア様はよろしければこちらをお使いください」
 自分のコートを差し出すジュリエット。女神の出で立ちは目に毒なのである。
「少し、お聞きしたい事があって参りました。悪鬼バロルグは最初から邪神だったのでしょうか?」
「そうだな。闇の眷属に奉られし我が祖父神だ」
「だとしたらそれは何故なのでしょう……クロウ・クルァクも邪神であったと聞きました。では、何故邪神からルー様やユーディア様がお生まれになるのか……世界の均衡と仰られた事と関わりがあるのでしょうか」
 ジュリエットの問いに「うむ」とルーは頷く。
「神代において闇の神から光の神が生まれるのはよくあることだ。それは表裏一体のものだからな。ユーディアは月の女神だ。昼より夜の方が力が強い。それは闇の力が増大するからだ」
 均衡は大事であるとルーは答える。

 ルーとエスティアに挨拶したジェックは祝勝会の会場の隅で二人を見守る。
「ふふ……」
 エスティアは何だかルーの母親みたいだと紅い瞳を細めるジェック。
「こんなこと思ってると、怒られちゃうかな?」
 次の戦いまできっともう少しだけ時間があるだろうから。
 この幸せな光景を目に焼き付けたいとジェックは思うのだ。
 自分が守るべきものを見失わないように、するために――

「さ、流石に飲み食いし過ぎたかも……ちょっと、苦し゛い゛……」
 燦火は大の字になって寝転がる。その上にはくろくてはねのはえたかわいくてむがいなねこたんが五匹ほどもふもふと乗っかっている。
「――さて、バロルグの件、まだ片付いてないのよね……」
 急にキリッとした顔になって起き上がる燦火。
「今後の対応に関しては、ルーやユーディアに相談して決めないとヤバそうな気がする。囚われた魂たちも、救ってあげないと――」
 そうと決まれば善は急げである。ベルノや『雷狼伯』に声を掛け、早急に話し合いの場を設けねばならないだろう。
「あの人達の事だから、私が言うまでも無く考えてるとは思うけど、ね!」

 ギルバートやディムナも交えて祝杯をあげようと提案した『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は頷く。
「折角だ、俺の領地から持って来た酒や料理なども堪能して貰いたいのもあるしな」
「それでは先に下準備を済ませてしまいますね。少し変わった豊穣のお酒や料理もありますから……」
 飲み方や食べ方を簡単にまとめるリュティスにベネディクトは目を細める。
 彼女の料理は格別で、それを知って貰える機会があるのが嬉しいのだ。
「まだ全てが終わった訳ではないのだろうが、一先ず乾杯と行こう。リュティスも良かったら混ざると良い、今日は無礼講でも構わないだろう?」
「はい。こちらの準備も終わりましたので参ります」
 並べられた料理に目を瞠るディムナとギルバート。
「では──改めて、勝利に」
「乾杯を」
 グラスを打つ音が重なり、喉の奥に酒が流れ込んでいく。
 リュティスはシュクメルリやピロシキなど珍しい料理を摘まんだ。
 味を覚えてレパートリーを増やすためだ。出来ればレシピを教えて貰いたいと料理人を探す。
「今回の戦いでこの辺りの問題は少しは収束に向かうと思っても大丈夫なのか? ギルバート」
 サヴィルウスとヘルムスデリーの争いは一先ず停戦状態である。他の部族との小競り合いはあるだろうが其れよりもまずは悪鬼バロルグとの戦いに備えなければならない。
「俺はな、ギルバート。君が今後ジュリエットと共に歩んで行くのならそれをずっと応援する心算で居る」
「ああ、ありがとうベネディクト」
 ベネディクトとギルバートのやり取りを静かに見守るリュティス。
 個人的にはギルバートとジュリエットが結ばれてほしいとリュティスも願っている。
 苦難もあったから幸せになってほしいのだ。とはいえ、口を挟むのは無粋であるとリュティスは静かに二人の会話を聞いている。
 ベネディクトにとってジュリエットもギルバートも友人のような間柄である。
 だからこそ二人には幸せになってほしいのだ。
「泣かせるなよ、『翠迅の騎士』ギルバート・フォーサイス」
 ギルバートの胸をトンと、叩いたベネディクト。
「此度の戦いは終わったが、何れまた剣を握る事にはなるだろう。その時は遠慮なく声を掛けてくれ。問題はないだろう? リュティス」
「ええ、問題はありません。私も御主人様と共に参りましょう」
 それがどのような戦場であろうとも、ベネディクトとリュティスは駆けつけるだろう。

「戦士の休息、てやつか。賑やかなこった」
『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)は目の前で繰り広げられるお祭り騒ぎを眺める。
 確かに戦っていてばかりでは心が死んでしまうだろう……否、そうではないと首を振る誠吾。
「親しい人を亡くした人にとってはこれからがある意味本番か。その人がいなくなったことを、日常のあちこちに実感することになる」
 だからこそ祭りに参加するのだ。悲しみを一時でも遠ざけるために、『区切り』をつけるために。
 誠吾の親しい人達は、幸運にも誰も欠けずにすんだ。
「だが深い傷を負ったものも沢山いて、俺だって怪我をあちこちこさえて……」
 怪我をして帰るとソフィリアが涙目になると誠吾は眉を下げる。
「自分が傷つくのは慣れた。が、あいつの涙目に慣れることはなさそうだ」
 お祭り騒ぎの喧噪の中を行きながら、誠吾はソフィリア宛てのお土産を手にする。
 あと、心残りと言えば『餓狼伯』に会ってみたいということだろうか。
 ヴォルフと面識が無い誠吾は、遠慮して遠くから彼を眺める。
「あれが、辺境伯として領地を治めてきた人物……」
 誠吾はその出で立ちに目を瞠る。遠くからでもその迫力に気圧されたからだ。
 彼が最も信頼し、これからも仕えていきたいと願う黒狼の主もいつかあんな風になるのだろう。
 拭えぬ風格を携え、長年にわたって領地に沢山の幸せを届けてくれる人物となるだろう。
(俺は仲間と一緒に、それを支えたい)
 きっと、これで全てが終わったわけではない。
 悪鬼バロルグや光や闇の眷属。不穏な話しが出ているのだ。
 誠吾は拳をぎゅっと握って決意を表す。
「俺は只の一兵卒だが、その時が来れば戦おう。仲間と一緒に」

「鉄帝動乱のほうも終わって、この国にも春がやってくるのね」
『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)は活気づく町並みにほっと息を吐いた。
 けれどまだ解決していない問題もある。バロルグに関してもその一つであろう。
「お久しぶりです、ルー殿。そして、初めまして、ユーディア殿」
 レイリーはユーディアの隣へ座り、共に酒を飲み交わす。
「ユーディア殿はこのローゼンイスタフの生活には慣れましたか?」
「ええ、みんな良くしてくれるわ。とっても過ごしやすいの。ご飯も美味しいし、優しい人も多いし」
 にっこりと微笑んだユーディアにレイリーは「よかった」と零した。
 ユーディア達との話しは弾みスチールグラードやラドバウを始めとした、鉄帝の他の地方の楽しい所について紹介するレイリー。
 自分の救った場所……というと自惚れが過ぎてしまうけれどとレイリーは照れながら、やはり良い所は知って欲しいと願わずにはいられない。
「そうだ、この子はロージー」
 情報交換としてレイリーはロージーを召喚して二人に紹介する。
 鉄帝の動乱について、特にフローズヴィトニルの封印に関してはしっかりと話すレイリー。
「私がお話できるのはこのぐらいかしら。バロルグについて教えてほしいの。彼にとらわれた魂を助ける方法を知りたい。死んだ後も不当に扱われているなら、解放してあげたいわ!」
 バロルグの行いは間違っているし、レイリー自身も嫌悪している。
 次の手は何なのか。レイリーははっきりさせたいのだ。
「どこかへ向かうべきなのか、まだ情報や力が足りないのか。急ぎはしないけど、ただ待つだけもしたくないからね」
 レイリーの問いかけにユーディアは頷いた。
 そこへ『愚者』ファニー(p3p010255)、ベネディクトとリュティスがユーディア達の元へやってくる。
 バロルグの情報を得たいと集まったのだ。
 今一度封印を行うにしろ、別の方法をとるにしろ自分達の手の届く場所まで、バロルグを引きずり出さねばならないとベネディクトは考える。
 仲間のルカが目を付けられたというのが気掛かりだとリュティスも頷く。
「はじめまして、俺様はファニー。エメラインの……本物のアルエット・ベルターナの最期の言葉を聞き届けた者だ」
「何か聞きたい事がある顔ね。こっちにいらっしゃい」
 ユーディアはファニー達を自分の隣に座らせる。
「バロルグに囚われたままの魂はまだたくさん残っていると聞いた。未練が残ったままでは、あいつも安らかには眠りにつけないだろう。俺様は、あいつの願いを叶えてやりたいんだ」
 だから、バロルグについて教えてほしいとファニーはユーディア達の顔を見遣る。
 丁度同じ質問をしていたレイリーや、情報を得たいベネディクトもユーディア達の言葉をじっと待った。
「そうね。今はまだ完全体ではないわ。おそらくこの戦いで散って行った人達の……名を上げることなく死んで行った人達の魂を集めているのでしょうね。流石のお祖父様もこれは時間が掛かってしまうわ」
「再度封印することは可能なのか? そのとき囚われた魂は?」
「もう一度封印する事は難しいでしょうね。それを成し得た人達は多大な犠牲を払ったの。だから討って魂を解放してあげるのが一番早いわ」
 バロルグを討つ為に有効な手段は現段階では分からないとユーディアは答える。
「ふたりの力を取り戻す為に協力できることはあるか?」
「……生命力や魔力を分けてくれると嬉しいけれど、いっぱい必要なのよね。お祖父様みたいに魂を食べれば簡単に手に入るでしょうけど。私はそれをしたくないの。だから少しずつ分けて貰ってるわ?」
 獣の笑みで女神が微笑めば、本能的な恐怖がファニーの背骨を駆け抜ける。
 彼女が『月と狩りと獣の女神』であるのは間違いない。
「質問攻めになってしまって申し訳ないが、こっちも必死なんだ。勝利の余韻に浸っている場合じゃ……」
「大丈夫、焦らなくて良いわ」
「……ああ、いや、そうだな、蜂蜜酒あたりはもらっておこうか。気を張ってばかりなのも良くないよな。切り替えは大事だ」
 グラスを手にしたファニーは酒を勢い良く煽った。その様子をユーディアは興味深そうに見つめる。
「うん? スケルトンの食事風景を見るのは初めてか? 飲み食いしたものはどこへ消えるのかって?
 heh、そいつは企業秘密ってやつさ」

「一先ずのケリはついたことですし」
『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)はベルノの元へやってくる。
「此れからどうなるのか、どうするのか……」
「よお、ゼファー、酒はどうだ? この葡萄酒は美味いぞ」
 自分が口を挟むことではないのは分かっているけれど、それでも長く生きて欲しいと思うのだ。
 あれだけ仲睦まじい家族の様子を見れば、否応無しに胸がざわめくのだ。
「……っていうか、私のこと何歳だと思ってんだか?」
「あん? お前もしかして二十歳超えてねえのか!?」
 驚いた表情を浮かべるベルノに「はぁ」と小さく溜息を吐くゼファー。
「あら、ゼファーちゃんも来てたのね! あの時はありがとぉ!」
 手を振って近づいて来るユーディアはとても嬉しそうである。
 初対面の時とは随分と違う姿のユーディアにゼファーは感心するように抱擁を受けた。
「そういえば、バロルグの足取りって分かるのかしら? そういうの得意よね?」
「ああ、それね……リブラディオンの地下から辿った場所に居るかなって思うわ。でも、まだ私の力が完全じゃないからもう少し時間が掛かってしまうわ」
 バルナバスが討たれたとしても、此方はまだ解決したわけでは無い。バロルグを倒さねばまた同じような事が起るだろうとゼファーは考えを巡らせる。
「また動き出して手勢を増やされる前に、何とか先手が打てないものかしら」
「そうねえ。今は戦死した名も無き人達の魂を集めてるかも? もう少し時間が掛かると思うわ」
「頭が痛い話しね……爺さんは一先ず無事に送れたことですし。私は此処まで……かと思ってたんだけれど。元凶がまだ生きてるとあっちゃ、流石に一抜けとはいかなさそうね。折角ですもの。行けるとこまで行ってやろうじゃない?」
「やーん、ゼファーちゃんかっこいいー!」
 ぎゅむぎゅむとユーディアはゼファーを抱きしめる。
「女神のお酒のむ? 美味しいわよ?」
「お酒のほうはお生憎。もう少ししたら付き合ってあげられるかもしれませんけど、ねえ。色々終わって、お互い元気にやってたらその時は付き合うわよ」
「お、いいじゃねえか。しっかり生き残ってくれよな」
「うふふ! 楽しみね!」
 ベルノとユーディアは「約束」だとゼファーに笑顔を向けた。

「勝った、勝った、大勝利ーーーー! でも、お酒、飲める、年、少し、足りない……残念」
 子供用コップを手にした『魂の護り手』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)は少ししょんぼりと肩をおとしながら、それでも勝利の空気に酔いしれていた。
「シュクメルリ、あたたかそう」
 肉とピロシキを頬張り、ボルシチを食べて、モルスで流し込む。
 くるくると音楽に合わせて踊れば、何時もより楽しい気分を味わえる。
 端から見れば無表情でぐるぐると回っているように見えるからシュールである。
「雷神、ルー様、楽しんでる?」
「ああ、楽しいぞ」
 沢山食べて踊って、少し落ち着いてきたシャノはルーの元へやってきた。
 シタシディを継ぐ者としてシャノはルーに聞かねばならないことがある。
「闇、力、まだ強い……?」
 バロルグが目覚めヴィーザルを脅かせば自分の故郷も影響を受けるかもしれないとシャノは考えたのだ。
「ああ、まだ力は大きくなっている。この戦いで人が沢山死んだからな。それを集めているのだろう」
「阻止、しないと」
 シャノの肩乗っている黒い鴉が「うむ」と頷く。
 この黒いカラスは篝火のカラスと呼ばれる精霊だ。良い性格をしているので、おそらくルーとバロルグの戦いも面白がっているのだろう。
「ユーディアの力が戻れば、その居場所も突き止めることができるだろう。今はまだ『静』の時だ」
「うん」
 きっと今日ばかりは夜になっても宴の明りが途絶えることは無い。
 シタシディにとって夜の炎が生み出す優しい影こそが自身の住処。
 シャノは他の人が安心して夜を過ごせるように、周囲を警戒する。
「皆、精霊、祝福、あるように」

『雷神』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)は勝利の宴を見遣り僅かに目を伏せる。
 冠位魔種バルナバスを下し、国内の動乱が収まったけれど、ヴィーザルの火種は燻ったまま。
 悪鬼バロルグ然り、共闘関係であったノーザンキングスとの『真の和睦』も進めなければならない。
 ギルバートとベルノの決着もまだなのだ……
「……なに? それは終わった? 殴り合いで? 何故私を呼ばん!!
 ええい、そんなものノーカンだ! コロッセオで今一度やれ!」
「そんな所で出来るか……!」
 ベルフラウの叫びにベルノが首を左右に振る。ベルフラウは本気か冗談かいまいち分からないのだ。何故なら行動力がありすぎるから『コイツならやりかねん』とベルノは思ってしまうのだ。
「冗談はさておき。バロルグとやらの動向が気になる」
 ベルフラウは悪鬼と直接会った事は無い。
 ならば、よく知っている者に聞いてみるのが一番手っ取り早いだろう。
「雷神ルーよ、悪鬼の目的とは何だ? 成り行き如何によってはクラウソラスを返還させて頂くのも後回しになるやも知れんと思ってな」
「今は戦死した名も無き者達の魂を集めているのだろうな。居場所もリブラディオンの地下洞を辿った所と大凡は掴めているが、ユーディアの力が完全に戻るまでしばし時間が掛かる。
 それと『雷鳴剣』クラウ・ソラスは預けたままにしておく。魂が還る時に持って来るが良い」
 この地の鎮守を誓った身において、神輝クラウ・ソラスを賜ることの誉れは如何ほどだろうか。
 その身がいかに焼かれようともやり遂げるとベルフラウは強く念う。
「……世継ぎを産む役目もあるが、それはこの地に真の安寧が訪れてからになりそうだな」
 バロルグに集められた魂の解放はやはり討つしかないのだろう。
 落ち着く処か忙しさに拍車が掛かったようだ。
 ベルノを夫として迎えようと思ったのはヴィーザルの平定も含めた意図が少なからずあった。
 されど、ベルノはギルバートとのケジメをも付けたのだ。
 一度心の底より恨まれた相手と戦い、いずれも命を落とさずに場を収めたと言う事はそれだけの器があると言う事だとベルフラウは口角を上げる。
「認めねばなるまい、ベルノがこの地において代えがたい強き男であると言う事を。
 これから先は打算抜きだ、エルヴィーラと言う女がいようが関係ない」
 ヴィーザルの春を夢見た強き女の声が辺りに響き渡った。

『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は盛り上がる祝勝会に颯爽と現れる。
 今日はこの場を借りてやりたい事があって来たのだ。
『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)からのプロポーズ。
 このプロポーズ作戦はセレマの名前を方々に売る為のものなのだ。
 百合子から請求された『結婚』という褒賞を、お互いにとってより価値のあるものにするために。
 利益を差し出さねばならない。百合子が差し出すものは、人脈や名声である。
 つまり、耳障りの良い美麗字句、ロマンチックな文言、そして周囲の―特に要人―からの祝福を持って成立させるのが目的である。
 打ち合わせのもとセレマが求婚し百合子が「はい」と答える。そう思うと途端にこのプロポーズも陳腐なものに思えてくると百合子は唇を引き結んだ。

「おい、聞け。美少女。この動乱の冬が来てからというものだ。
 ボクはお前のことを、この戦いの中で常に隣に置いてやった。不必要がすぎる程にだ。
 美貌を競う好敵手としてか、とも思った。それにしてはお前を案じ過ぎた。
 生きる綱としてお前を利用せんがためか、とも思った。
 それではお前を冠位の手より庇うには不十分だった。
 何度も、何度も、その理由を尋ね続けて漸く気付いた。
 悔しいことにお前は、ボクの不毛な胸の内に咲く、春告の陽だったんだ」
 全ては完璧に筋書き通りに、セレマは言葉を紡いだ。
 何が。美貌を競う好敵手だと百合子は思う。セレマが百合子を傍に置くのは自分の敵ではないと認識しているからだろう。何が生きる綱としてお前を利用せんがためだ。セレマには百合子以外の選択肢もあったし自分が一番危ない事するくせに。何が春告の陽だ、絶対今うまい事まとめたと思ってるだろ。
 百合子の中に広がる表現しがたいモヤモヤ。

「冬の燕が、鉛の王子の鼓動で暖を取り、その一時に幸福の園を見出すように」
 一時でもセレマと幸せになりたいのは本当だから「はい」と言ってやらなくもないと百合子は相手の目を見る。幸福の王子と燕が心を通わせ、寄り添い合った日々は幸せだったに違いないのだから。
「――百合子、キミの傍に居たい」
 これは濃い物語の継接ぎの台詞なのに。最後の言葉は『百合子』に向けたものだった。
 その瞬間、百合子の顔に朱が散る。
 落ち着いて次にそなえていたのに。全部吹き飛んでしまった。
 どうしようと、合意の代わりに差し出された花を受け取る百合子。
 その百合子の手にセレマは口付けを落す。

 百合子にとってそれは予想外のものだった。
 怒り、侮辱、そんな考えが頭を過るのに。けれど何故、喜んでしまっているのだろう。
 口付けは大切なものではないのだろうか。それこそギルバートとジュリエットがするような。
 心が伴わないといけないのに。どうして嬉しくなるのだろう。
 こんなのちっとも幸せじゃないのに――本当じゃないのに、嘘なのに。

 さあ、次は百合子がセレマを紹介する番だと顔を上げれば。
(………なんだその緩み切ってんのかイラついてんのか分かんねえ顔)
 ロマンチックを演出しようと人の家に無断で上がり込んだのにも関わらずだ。
『おい、筋書き忘れんなよ。ボクを紹介するって話だろ』
 次の瞬間には駄々でも捏ねそうな手を取りセレマは会場を歩いて行く。
 これは仲睦まじい演出でもありご機嫌取りでもある。
『……だからなんでそんな機嫌悪いんだよ。打ち合わせ通りだろうが』

「おめでとう、百合子」
「あ、ユーディア。えっと、セレマは……セレマはいつも顔がいいと思ってて威張ってる奴で……」
 間違えたこれは真実だと百合子は首を振る。
「口は悪いしデリカシーはないし……」
 これも本当の事だった。
「でも、吾の事を一番見てくれる人なんだ」
 今ちょっと嫌いだけどと、百合子は僅かに眉を寄せる。
 モヤモヤした心。嬉しい気持ち。感情の置き場が見つからないのだ。

「ペトラちゃん、アルエットちゃんのこと知ってたんだね」
「うん……」
 こくりと頷いたペトラの肩をそっと抱いた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は落ち着ける場所へと彼女を連れて行く。
「ちゃんと順番にちゃんと話すよ、でもちょっと長くなりそうだし、落ち着いて話せる場所に移動した方がいいかな」
 アルエットと『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)、ペトラと焔の四人はカフェテラスのベンチへと座り込む。
「これから話すことの中にはショックなこともあると思うけど、落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「分かったわ」
 焔の言葉にペトラは大人しく頷いた。
 といっても何処から話せばいいだろうか。全てを曝け出すとショックが大きすぎるだろうか。
 焔は思い悩んだあと、「じゃあまずは」とアルエットと四音に視線を向ける。
「じゃあ、まずここにいる2人について、この子はアルエットちゃんの双子の妹で、カナリーちゃん。凄く小さい頃に、その、色々とわけがあって別の場所に住んでたんだって」
「双子の? え? アルエットちゃん双子だったの?」
「そうみたい。それで、こっちのアルエットちゃんとそっくりな子は四音ちゃん。どうしてこんな姿をしてるのかは……後で話すよ」
 アルエットと四音を交互に見つめるペトラは困ったように焔を見つめる。
 ペトラはアルエット・ベルターナと仲が良かった。だから、目の前の真実を受け入れがたい。
 けれど、だからこそ、伝えなければならないと焔は唇を引き結んだ。
「それから、本当のアルエットちゃんのこと、なんだけど。アルエットちゃんは、もういないんだ……リブラディオンが襲われた時に……」
「…………」
 困ったような表情がみるみると曇っていく。ペトラも薄々分かっていたのかもしれない。取り乱さないように我慢しているように思えた。膝の上で握り締められた手がぶるぶると震えている。
「最近まで意思というか、魂みたいなものは残ってたんだけど。四音ちゃんがカナリーちゃんを守るために死にかけて……そのままじゃ確実に死んじゃうような傷を負って、その時に、これからもカナリーちゃんのことを守ってって言って、自分の身体を譲ってくれたんだって……」

「だから、アルエットちゃんの身体が四音ちゃんのものになったの? 私のアルエットちゃんはもう何処にもいないの? もう、遊べないの? お話も、出来ないの?」
 ぽろぽろと大粒の涙を流すペトラを焔はぎゅっと抱きしめる。
「うん、もう会えない。ごめんね。アルエットちゃんのことについては、ボクには何も出来なかった。その場にはいられなかったし、どんなに奇跡を願っても、死んだ人を生き返らせることは……ううん、もしその場にいたとしても、ボクに何か出来たかわからない」
 きっと、神様でも生き返らせることは出来なかった。全ては過去に起ったことなのだから。
 触れられる運命の外側で起った。全てを救う事は出来ないと知りながら、それでも悔しいと焔は思ったのだろう。ペトラもそれは同じだ。
「だからってわけじゃないけど、ペトラちゃんも自分を責めたりしないで。そんなことをしてもきっと、アルエットちゃんも悲しむだけだと思うから」
 焔に抱きつきながらペトラは小さな子供みたいに泣き続けた。
「お墓はリブラディオンの近くの丘にあるから、気持ちに整理が付いたら1度行ってみてあげて」
「……うん、うん……アルエットちゃん、ごめんね。ごめんね。でも、偉かったね」
 ペトラが知ってるアルエット・ベルターナは、やっぱりとんでもなく凄い少女だったのだ。
「焔ちゃんも、ありがとう……教えてくれて。きっと伝えるの辛かったと思うのに」
「ううん、ペトラちゃんの痛みに比べればこんな……」
 じわりと焔の目の奥が熱くなる。きっとペトラの涙が移ってしまったのだ。
 何も出来なかった悔しさが、一雫の涙となって焔の頬を流れていった。

 オウェードはペトラやアルエット達をそっと見守る。
 声を掛けるのは容易である。されど、ペトラ達が自分で立ち上がるのを見守るのも『大人』の仕事であるのだ。少女たちが成長していく姿は、何よりもオウェードの胸に突き刺さった。
 その傍で季彰もオウェードと同じように少女たちを見守る。
 しばらくして一人になったアルエットへと話しかけるオウェード。
「アルエット殿……迷子から何とか帰れたと聞いている……」
「オウェードさん、心配してくれてありがとうなの」
「確かアルエット殿の義父はベルノ様じゃったかね……彼は強かった……」
 敵としても味方としても雄々しくあったとオウェードはアルエットに語る。
「さて……今回の戦いはお疲れさまじゃったが……まだお前さんには心残りはある……この先はもっと辛い戦いになりそうじゃが……覚悟は出来ているかね?」
「ええ、私は剣を取って前に進むわ」
「うむ……良い返事じゃ。その時にはワシやイレギュラーズ達もまた来るじゃろう。思いっきりワシらを頼るが良い」
「ありがとうなの、オウェードさん」
「では、ワシはこの辺で……落ち着いて暇があればワシの領に来てもいい……その時にはメロンも用意しようとも思っている」
 手を振って去っていくオウェードにアルエットはぺこりとお辞儀をした。

 四音はアルエットを連れてローゼンイスタフの城下町を歩く。
 勝利と誕生日のお祝いも兼ねているのだ。
「誕生日が近い者同士、一緒にお祝いしましょうね? ふふふふ、何でも好きなものを買ってあげちゃう!
 ……と言われても困るでしょうから。適当に見て回りましょうか」
「そうね、四音さんと一緒なら楽しいわ!」
 料理にアクセサリーにお花、香水や雑貨と次々に見て回る四音とアルエット。
「まあ貴女と一緒に過ごせるだけでも私にとっては素敵な贈り物なんですけどね!」
「はわ……四音さんって時々、照れちゃうこと言ってくるの。えへへ……嬉しい」
 緩く微笑んだ四音は「実はプレゼントがある」と告げる。
「ちょっと目を瞑ってもらえますか? そう、そんな感じでしばらく」
「うん?」
 髪の長さ良し、眼鏡も良し、服装は元々良し。
「はい、目を開けて大丈夫ですよ。じゃーん、お姉ちゃんですよ? アルエット」
「わわ?」
 髪の毛の短い『アルエット』の姿が目の前に現れる。
 眼鏡をかけて全体的に黒基調のドレスだが翠の瞳は全く同じ。
「なんでこの姿になったかと言うと。まあ、簡単な話です。甘えて、良いんですよ? アルエット?」
 四音の言葉に目を見開くアルエット。
「私は貴女のお姉さん本人ではありませんけれど、姉を失った寂しさを少しでも癒したい思いました。見ていて辛いと言うんでしたら止めますけれど、今日は私に一杯甘えてみませんか! なんと言っても私の方が一つ年上でお姉ちゃんですしね!」
 眉を下げたアルエットは泣きそうな顔で四音をぎゅうと抱きしめた。
 食べる時にはあーんとしてみたり、特に意味も無く可愛いと行ってみたり。
「もう貴女のことが大好きなんですよ」
「えへへ……」
 アルエットのふにゃりとした表情を見て、普段とやっている事は変わらないのではと我に返る四音。
「ええと、じゃあ……膝枕、しても良いですか?」
 本当は一つだけやってみたかったこと。優しく頭を撫でて頑張ったねと、アルエットを褒める。
「四音さん……」
 大人しく四音の膝の上に頭を乗せたアルエットに降り注ぐ言葉。
「私は人でなしの化け物で、それが変わることはありませんけど、貴女を大事に思う気持ちは確かに有りますので。だから、ずっと仲良くしましょうね? アルエット」
「うん、ずっと仲良しだよ」
 とろんと落ちて来た瞼に逆らえなくて、アルエットはうつらうつらと微睡む。
 そんなアルエットを見つめ四音は甘い溜息を吐いた。
(……はあ、食べちゃいたい位かわいい。羽とか毟っても、駄目、駄目ですよ、そんなことしちゃ)

『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)はアルエットの姿を見つけ傍に寄る。
「よう。なあに黄昏れてんだあ?」
 せっかくの祝勝会なのだ。楽しまなければ損だとグドルフは大声で笑った。
「グドルフさん……」
 眉を下げたアルエットにグドルフは静かに言葉を紡ぐ。
「……なあ、ロランとかいう神父の戦いを覚えてるか?」
 四年前の戦いを今でも覚えている。
「あの時、嬢ちゃんの前には「両親」の幻影が居たな。薄っすらと、遠目ではあったがよ──
 だから、あのベルノとかいうオッサンが本当の親じゃねえ事はわかったぜ」
 あれは幻影。育ての親であるエルヴィーラの使い魔がアルエットの心を守る為に偽りの両親の姿を見せていたのだ。アルエット自身がそれを知ったのは鉄帝の戦いが激化した頃だった。けれど、何処かアルエットと似た面影を残していたその姿は、幼い記憶にある『本物』を模したものだったのかもしれない。
「言っとくがよ、おれさまは嬢ちゃんの名前が何だろうが、どこの生まれだろうが、どうだっていいのさ。
 今、此処にいる『アルエットの嬢ちゃん』は、あの時おれさまと会った時のまんま、何ら変わりゃしねえんだ。その上でひとつ聞くぜ──」
 アルエットはグドルフの顔を見やり言葉を待つ。
「嬢ちゃんがしてェこたあ何だ。何の為に剣を取った。仇討ちか? 一族のなんちゃらか?」
「……私は」
「本当の両親を忘れろとは言わねえさ。だが、あんな虫も殺せなさそうなツラをしてた両親だ、娘にそんなマネして欲しいたあ思ってねえハズだぜ。斬るも殺すも嬢ちゃんにゃ向いてねえ。今更後ろへ隠れてたって、誰も文句言わねえよ」
 バロルグが全ての元凶であり、それを討たなければアルエットの両親もリブラディオンの民も救われないだろう。
「だが、そんなもんはローレットに任せときゃ良いだけだ」
 そのうち誰かが尻尾を掴んで、全力で打ち倒してくれる。
「嬢ちゃんの前で死ぬほど土下座させてやるだろうさ。
 ……だから、剣なんざ捨てちまえ。ガキはガキらしくしとけってんだ!」

 救えなかった者。
 生き残ってしまった者。
 名を捨てた者。
 名を拾い上げた者。
 嗚呼、それを演じるには少女はあまりにも幼すぎる――

 グドルフは「剣を捨てるならそれでいい」とアルエットの翠の瞳を見つめる。
 捨てて欲しいとさえ思う。まだ15歳の少女は誰かに護られる存在であるのだ。戦場に立つべきではない。
 復讐の炎で焦げた心は真っ黒で。燃え尽きた身体で出来るのは、怒りを焚べる事だけだ。
 己と同じ『停滞』を選ばせたくないとグドルフは唇を引き結ぶ。
 どうか、どうか、剣を置いてくれと。
 同時に期待もしていた。
 この翠の瞳は何処までも透き通り輝きを放つのだと。
 だから、きっと少女は『前へ進む』ために剣を取るのだろうと。

「いいえ、グドルフさん。私は止まったりしない。剣を持って前へ進むのよ。
 刃は私を傷つけるかもしれない。立ち止まってしまうことだって、泣いてしまうことだってある。
 でも、私はあの子や大切な人の為に……ううん、何より自分の為に前へ進むわ!」
 眩しく強い眼差しがグドルフを射貫く。
「……ハ、そうこなくちゃなあ!」
 グドルフが無くしてしまった光。その溢れる輝き持って明日へ向かう者。
 その背を押すのは自分の役目であるとグドルフは鼻の奥に熱を滲ませながら笑った。

 ――――
 ――

 月明かりが部屋の中に差し込んだ。
 祝勝会の乾杯でも少しだけ口をつけ、殆ど酒を飲まなかったギルバート。
 意を決してギルバートはジュリエットを部屋のバルコニーへと誘う。
 夜はまだ少し肌寒い。けれど、群青の夜空には雲一つ無く、星々が瞬いていた。
 ギルバートはジュリエットにブランケットを被せ、バルコニーの床にひざまずく。
 真っ直ぐに向けられる翠の瞳に緊張が浮かんでいるのが分かった。
 その強い眼差しに当てられ、ジュリエットの心臓も高鳴る。

「――ジュリエット、俺と結婚してほしい」

 飾らない言葉。それだけ純粋な思いなのだろう。
 雪解けの、春の星空のした、ギルバートはジュリエットへ思いを告げる。
 これから先の未来を、共に歩み生きていきたい。
 暗闇の灯火を、冷たい雪の朝を、咲き誇るヒースの丘を、一緒に見たい。
 精霊に誓って、守り抜いてみせる。

 差し出された手にそっと自分の指先を重ねるジュリエット。
 結婚という言葉が頭の中を反芻し、高鳴る鼓動と共に頬に熱が伝う。
 その熱は耳にまで広がって、それでもジュリエットは真っ直ぐにギルバートを見つめた。
「……はい。喜んでお受け致します」
 緊張で震えていたギルバートの手を両手で包み込むジュリエット。その手に引かれ立ち上がったギルバートの腕の中へジュリエットはしなだれかかる。
「寒い雪の日は一緒に寄り添って過ごしましょう。星が綺麗な夜は、一緒に見上げられますね。ヒースの咲く丘はとても綺麗で私も好きです。それから……些細な喧嘩と仲直りもしてみたいですね。
 お婆さんになるまで貴方に寄り添えたら嬉しいです。
 ですから……私よりも長生きして下さいね?」
「ああ、君を一人にしないと誓うよ」


 ギルバートはジュリエットを強く抱きしめ「愛してる」の言葉と共に。
 赤くて甘い柔らかな唇に、口付けを落した。






成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 北辰連合の祝勝会でした。
 一つの区切りと始まりと。これからも前へ向けて歩いて行くのでしょう。
 ご参加ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM